(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-10-26
(54)【発明の名称】アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩を含む電解液
(51)【国際特許分類】
H01M 10/0569 20100101AFI20221019BHJP
H01M 10/054 20100101ALI20221019BHJP
H01M 10/0568 20100101ALI20221019BHJP
H01M 4/58 20100101ALI20221019BHJP
【FI】
H01M10/0569
H01M10/054
H01M10/0568
H01M4/58
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022511196
(86)(22)【出願日】2020-08-07
(85)【翻訳文提出日】2022-04-11
(86)【国際出願番号】 EP2020072278
(87)【国際公開番号】W WO2021032510
(87)【国際公開日】2021-02-25
(32)【優先日】2019-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522064937
【氏名又は名称】アルトリス エービー
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】モーゲンセン、ロニー
(72)【発明者】
【氏名】ブラント、ウィリアム
(72)【発明者】
【氏名】ヨウネシ、レザ
(72)【発明者】
【氏名】コルビン、シモン
【テーマコード(参考)】
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
5H029AJ02
5H029AJ12
5H029AK01
5H029AK03
5H029AL11
5H029AL13
5H029AL16
5H029AM02
5H029AM07
5H029HJ01
5H029HJ02
5H029HJ10
5H029HJ14
5H029HJ20
5H050AA02
5H050AA15
5H050BA15
5H050CA01
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB12
5H050HA02
(57)【要約】
本開示は、一般に、アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩を含む電解液に関する。本開示は、そのような電解液を調製するための方法、及び電解質を含む電池セルにも関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解液であって、
-アルカリ金属イオンがナトリウム(Na
+)及びカリウム(K
+)から選択される、アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩と、
-ピロリドン及び/又はリン酸エステル化合物を含む有機溶媒と、
を含む電解液。
【請求項2】
前記有機溶媒が、以下の構造を有するN-アルキル-2-ピロリドンであり:
【化1】
式中、Rが、1~8個の炭素原子、好ましくは1~4個の炭素原子を含むアルキル基から選択される、請求項1に記載の電解液。
【請求項3】
前記有機溶媒が、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)である、請求項1又は請求項2に記載の電解液。
【請求項4】
前記有機溶媒が、以下の構造を有するトリアルキルホスファートであり:
【化2】
式中、R
1、R
2及びR
3が、1~6個の炭素原子、好ましくは1~3個の炭素原子を含むアルキル基から独立して選択される、請求項1に記載の電解液。
【請求項5】
前記有機溶媒が、トリメチルホスファート(TMP)である、請求項1又は請求項4に記載の電解液。
【請求項6】
前記有機溶媒が、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)とトリメチルホスファート(TMP)との混合物を含む、請求項1に記載の電解液。
【請求項7】
前記有機溶媒が、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)とトリメチルホスファート(TMP)とを40:60~90:10の範囲で含む、請求項6に記載の電解液。
【請求項8】
前記電解液中の前記塩の濃度が、0.3~1.5M、好ましくは0.4~0.8M、より好ましくは0.5~0.6Mである、請求項1~7のいずれか一項に記載の電解液。
【請求項9】
前記電解液の導電率が、23℃の温度にて4mS/cmを上回る、請求項1~8のいずれか一項に記載の電解液。
【請求項10】
少なくとも1個の電極と、請求項1~9のいずれか一項に記載の電解液とを備える、電池セル。
【請求項11】
前記電極が、化学式Na
2Fe
2(CN)
6を有するプルシアンブルー類似体材料を含む正極である、請求項10に記載の電池セル。
【請求項12】
電解液を調製するための方法であって、
-アルカリ金属イオンがナトリウム(Na
+)及びカリウム(K
+)から選択される、アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩を提供するステップと、
-前記塩を、ピロリドン及び/又はリン酸エステル化合物を含む有機溶媒に溶解させるステップと、
を含む方法。
【請求項13】
前記塩が、0.3~1.5M、好ましくは0.4~0.8Mの濃度で前記有機溶媒に溶解される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記有機溶媒が、以下の構造を有するN-アルキル-2-ピロリドンであり:
【化3】
式中、Rが、1~8個の炭素原子、好ましくは1~4個の炭素原子を含むアルキル基から選択される、請求項12又は請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記有機溶媒が、以下の構造を有するトリアルキルホスファートであり:
【化4】
式中、R
1、R
2及びR
3が、1~6個の炭素原子、好ましくは1~3個の炭素原子を含むアルキル基から独立して選択される、請求項12又は請求項13に記載の方法。
【請求項16】
前記有機溶媒が、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)及び/又はトリメチルホスファート(TMP)である、請求項12~15のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、一般に、アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩を含む電解液に関する。本開示は、そのような電解液を調製するための方法、及び電解質を含む電池セルにも関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン系電池は、充電式電池の市場で優位を占めている。しかし、この技術には欠点があり、少なくともリチウムの資源が比較的少ないことではない。前世代の二次電池技術よりも優れているが、リチウムイオン系電池は環境に優しくなく、リサイクルの観点からも費用がかかる。
【0003】
ナトリウムイオン電池は、リチウムイオン電池の魅力的な代替品であり、負荷平準化及び過剰エネルギーの貯蔵の目的で再生可能エネルギー源を支持する最も実行可能な手段であることは間違いない。
【0004】
ナトリウムイオン電池の性能は、電極材料の特性、電解質の特性にも依存する。電解質は電池の重要な部分であり、その性能はナトリウムイオン電池の性能に直接影響する。
【0005】
電解質は、有機電解質、有機液体系電解質、水性電解質、及び固形又はポリマー系電解質の4種類に分類することができる。
【0006】
有機液体系電解質は、典型的には、塩及び有機溶媒を含む。リチウム塩と比較して、ナトリウム塩は有機溶媒に溶解しにくいことが多いため、このような電解質の選択が制限される。
【0007】
フッ素化ナトリウム塩は、ナトリウムイオン電池用の電解質に使用されることが多い。電解質用途に使用される塩の例としては、ナトリウムヘキサフルオロホスファート(NaPF6)、ナトリウムテトラフルオロボラート(NaBF4)、ナトリウムパークロラート(NaClO4)、ナトリウムトリフルオロメタンスルホナート(NaCF3SO3)、ナトリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(NaTFSI)及びナトリウムビス(フルオロスルホニル)イミド(NaFSI)が挙げられる。
【0008】
上記の塩のアニオンはすべて欠点を有する。例えば、ClO4は強酸化剤であり、他のアニオンはすべてフッ素を含有する。
【0009】
フッ素化塩の使用は高いイオン導電率を生じ得るが、フッ素系塩の使用には、とりわけ高温及び水分の存在下で、多くの固有の安全上の懸念が伴う。有害液体の漏出及びガス発生が起こるおそれがあり、電池も特別なパッケージングを要することがある。
【0010】
したがって、より環境に優しい、フッ素不含有の無毒性ナトリウム塩、並びに電解液が望ましい。そのような開発における課題は、使用される有機溶媒に可溶性の非フッ素化塩を見出すことである。
【0011】
近年、リチウムイオン電池用途の有望な候補として、リチウムビス(オキサラト)ボラート(LiBOB)が注目を集めている。LiBOB塩は、低コスト、広い電位窓、高い熱安定性などの多くの利点を有し、またフッ素を含まない。
【0012】
Zavalijら1(Structures of potassium,sodium and lithium bis(oxalato)borate salts from powder diffraction data,Acta Crystallographica,Section B:Structural Science,2003)は、リチウムイオン電解質用途における、LiBOBとも呼ばれるリチウムビス(オキサラト)ボラートの使用を論じている。しかし、そのナトリウム対応物であるナトリウムビス(オキサラト)ボラート(NaBOB)は、Zavalijら1でも論じられ、電解質用途には不適当であるとして明示的に言及されている。これはこの塩を溶解させることが困難なためである。
【0013】
NaBOBの限られた溶解度、及びそれによるナトリウムイオン電池用途における不適切さは、Chengら2及びWangら3によって以前に認識されている。
【0014】
上記に鑑みて、ナトリウムイオン電池用途での使用に好適な高導電性ナトリウムイオン電解質を開発する必要がある。そのような電解質は、フッ素イオンを含まず、安全で環境に優しいものでなければならない。
【発明の概要】
【0015】
先行技術の上記及び他の欠点を考慮して、本開示の目的は、フッ素を含まず、より環境に優しい電解質及びナトリウムイオン電池用途におけるその使用に関する改善を提供することである。
【0016】
したがって、本開示の一態様によれば、
電解液であって、
-アルカリ金属イオンがナトリウム(Na+)及びカリウム(K+)から選択される、アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩と、
-ピロリドン及び/又はリン酸エステル化合物を含む有機溶媒と、
を含む電解液が提供される。
【0017】
ナトリウムビス(オキサラト)ボラート塩(以下、NaBOBと呼ぶ)に関して文献で説明されている溶解の困難さにもかかわらず、本発明者らは、驚くべきことに、この塩がピロリドン及びリン酸エステル系溶媒から選択される有機溶媒に溶解され得ることを見出した。
【0018】
したがって、フッ素を含まず、より環境に優しく、安全な電解液が得られる。得られた電解液は、電解質をナトリウムイオン電池用の商業的に魅力的な溶液にする、イオン導電率及び電気化学的安定性を有する。電解質は、ビス(オキサレート)ボラート塩のカリウム塩とナトリウム塩との間の親近構造類似性のために、カリウムイオン電池用途にも適用可能であり得る(Zavalijら1)。
【0019】
NaBOBの使用によって、空気及び水への曝露時に、毒性生成物又は危険生成物は発生しない。
【0020】
いくつかの実施形態において、有機溶媒は、以下の構造を有するN-アルキル-2-ピロリドンであり:
【化1】
式中、Rは、1~8個の炭素原子、好ましくは1~4個の炭素原子を含むアルキル基から選択される。
【0021】
より長い鎖を有するアルキル基は、有機溶媒を疎水性物質と相互作用させることができ、皮膜を透過しやすくすることもできる。
【0022】
好ましくは、Rはメチル基又はエチル基から選択される。
【0023】
いくつかの実施形態において、有機溶媒は、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)である。
【0024】
本発明者らは、驚くべきことに、ナトリウムビス(オキサラト)ボラートが、その塩の高濃度においても、NMPに完全に溶解し得ることを見出した。
【0025】
得られた電解質配合物は、高いイオン導電率を有し、ナトリウムイオン電池電極に印加される高電圧にて電気化学的に安定である。本発明者らは、以下の例の節でさらに説明するように、電池用途におけるNMPに溶解したNaBOBを含む電解液の可能性を実証するために、いくつかの実験を行った。
【0026】
別の実施形態では、有機溶媒は、以下の構造を有するトリアルキルホスファートであり:
【化2】
式中、R
1、R
2及びR
3は、1~6個の炭素原子、好ましくは1~3個の炭素原子を含むアルキル基から独立して選択される。
【0027】
好ましくは、R1、R2及びR3は、メチル又基はエチル基から独立して選択される。
【0028】
実施形態では、有機溶媒はトリメチルホスファート(TMP)である。
【0029】
TMPを含む電解液は、優れた導電特性を示し、電気化学的に安定である。電解質は、例の節でさらに実証されるように、高電圧ナトリウムイオン電池にうまく使用することができる。
【0030】
実施形態では、有機溶媒は、ピロリドンとリン酸エステル化合物との混合物、好ましくはN-メチル-2-ピロリドン(NMP)とトリメチルホスファート(TMP)との混合物を含む。
【0031】
実施形態では、有機溶媒は、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)及びトリメチルホスファート(TMP)を40:60~90:10の範囲で含む。
【0032】
このような電解液は、イオン導電率が向上し、電気化学的に安定である。
【0033】
電解液中の塩の濃度は、0.3M~1.5Mであり得る。
【0034】
低すぎる濃度は、不十分な電荷キャリア、ゆえにより低い導電率を意味する。塩の濃度が高すぎると、これにより粘度が上昇し、イオン対形成が誘発され、コストが増加し得る。
【0035】
好ましくは、電解液中の塩の濃度は、0.4~0.8Mの間、より好ましくは0.5~0.6Mの間である。
【0036】
これらの範囲は、ナトリウムイオン電池用途にうまく使用できる電解液を得るために有益であることが見出されている。
【0037】
電解液は、4mS/cmを超える導電率を有することが好ましい。
【0038】
別の態様によれば、先に説明したように、少なくとも1個の電極と電解液とを備える電池セルが提供される。
【0039】
実施形態では、電極は化学式Na2Fe2(CN)6を有するプルシアンブルー類似体材料を含む、正極、即ちカソードである。
【0040】
プルシアンブルー類似体はプルシアンホワイトと呼ばれることがあり、ナトリウム、鉄、炭素及び窒素を含むフレームワーク材料である。材料内部の大きな細孔によって、広範囲の原子又は分子の捕捉及び貯蔵が可能となる。
【0041】
プルシアンブルー類似体は、環境に優しく、低コストで製造することができる。
【0042】
本開示の別の態様によれば、電解液を調製するための方法であって、
-アルカリ金属イオンがナトリウム(Na+)及びカリウム(K+)から選択される、アルカリ金属ビス(オキサラト)ボラート塩を提供するステップと、
-前記塩を、ピロリドン及び/又はリン酸エステル化合物を含む有機溶媒に溶解させるステップと、
を含む方法が提供される。
【0043】
実施形態では、塩は、有機溶媒に、0.3M~1.5M、好ましくは0.4M~0.8Mの濃度で溶解される。
【0044】
実施形態では、有機溶媒は、以下の構造を有するN-アルキル-2-ピロリドンであり:
【化3】
式中、Rは、1~8個の炭素原子、好ましくは1~4個の炭素原子を含むアルキル基から選択される。
【0045】
別の実施形態では、有機溶媒は、以下の構造を有するトリアルキルホスファートであり:
【化4】
式中、R
1、R
2及びR
3は、1~6個の炭素原子、好ましくは1~3個の炭素原子を含むアルキル基から独立して選択される。
【0046】
好ましくは、有機溶媒は、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)及び/又はトリメチルホスファート(TMP)である。
【0047】
本開示のさらなる特徴及び利点は、添付の特許請求の範囲及び以下の説明を検討する際に明らかになるであろう。当業者は、本開示の範囲から逸脱することなく、本開示の異なる特徴を組み合わせて、以下に記載されたもの以外の実施形態が考案され得ることを理解する。
【0048】
その特定の特徴及び利点を含む本開示の様々な態様は、以下の詳細な説明及び添付の図面から容易に理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【
図2】電気化学実験を行うために使用されたナトリウムビス(オキサラト)ボラートのX線ディフラクトグラムを示す。
【
図3a】ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を含む本発明の一実施形態による電解液の電気化学的挙動を示す。
【
図3b】ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びトリメチルホスファート(TMP)を含む本発明の別の実施形態による電解液の電気化学的挙動を示す。
【
図4】参照電解液と比較した、本開示の例示的な実施形態による、ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、トリメチルホスファート(TMP)、及びその混合物を含む電解液の容量を示す図である。
【
図5a】55℃の温度にて参照電解液と比較した、本開示の例示的な実施形態による、ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、トリメチルホスファート(TMP)、及びその混合物を含む電解液の容量を示す図である。
【
図5b】55℃の温度にて参照電解液と比較した、本開示の例示的な実施形態による、ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、トリメチルホスファート(TMP)、及びその混合物を含む電解液のクーロン効率を示す。
【
図5c】低温における本開示の例示的な実施形態による、ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、トリメチルホスファート(TMP)、及びその混合物を含む電解液の導電率を示す。
【
図5d】本開示の例示的な実施形態による、ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、トリメチルホスファート(TMP)、及びその混合物を含む電解液について、臨界導電率限界に達する最低温度を示す。
【
図6a】ナトリウムビス(オキサラト)ボラート及びトリエチルホスフェート(TEP)を含む本開示の例示的な実施形態による、電解液の電気化学的挙動を示す。
【
図6b】ナトリウムビス(オキサラト)ボラート、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)及びトリエチルホスファート(TEP)を含む本開示の例示的な実施形態による、電解液の充放電容量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0050】
ナトリウムビス(オキサラト)ボラート(NaBOB)は、以下の化学式を有する。
【化5】
【0051】
NaBOB塩は溶解が困難であることが既知であるため、本発明者らが、この塩を溶解させることができ、ナトリウムイオン電池用途にもうまく使用できることを見出したという事実は、驚くべきことである。
【0052】
NaBOB及びKBOBの結晶構造は、LiBOBの結晶構造と著しく異なり、このことは塩のナトリウム版及びカリウム版の溶解が非常に困難である理由を説明し得る。Liイオンのサイズが小さいほど、鎖、結果的にNa及びK構造に見出されるものとは異なるフレームワークが生じる。BOBイオンも異なる挙動を示す(Zavalijら1)。
【0053】
本開示による有機溶媒の化学的及び物理的性質は、NaBOB塩のカチオンとアニオンとの間の相互作用を弱め、溶液中のNaBOB塩の秩序的結晶構造からイオンが移動する際に、イオンを無秩序化させる。得られたより非局在化した電荷は、Na+に対するアニオンの親和性を低下させ、より良好な導電率をもたらす。
【0054】
図1は、ナトリウムイオン101を電荷キャリアとして利用するナトリウムイオン電池(SIB)100の概略的原理を示す。SIBは、負極102の化学結合にエネルギーを貯蔵する。電池100を充電すると、Na
+イオン101が正極103から脱インターカレートし、負極102に向けて移動する。放電中、プロセスは反転する。回路が完成すると、電子は負極102から正極103に戻り、Na
+イオン101は正極103に戻る。SIBの放電中、
図1に示すように、酸化が負極102で起こるが、還元は正極103で起こる。電流の流れは、正極103と負極102との間の電位差、セル電圧によって決まる。
【0055】
2個の電極は電解質104、即ち本開示による電解液によって隔離されている。
【0056】
本明細書で使用される場合、「電池」という用語は、1個以上の電気化学セルを含むデバイスを意味する。
【0057】
「電気化学セル」では、電極での還元及び酸化(レドックス)反応により化学エネルギーが電気に変換される。
【0058】
本開示の電池セルに使用される電極は、ナトリウムイオン電池に一般に使用される任意の電極材料を含み得る。本開示の電解液は、広範囲の電極に適合性である。
【0059】
例えば、正極は、NaFePO4、NaVPO4F、Na3V2(PO4)3、Na2FePO4F及びNa3V2(PO4)3などのホスファート系材料を含み得る。又は正極は、遷移金属化合物、例えばNaNi0.5Mn0.5O2、Na2/3Mn2/3Ni1/3-xMgxO2、Na0.44MnO2、Na1+xV3O8,NaFeO2、スルフィド及びプルシアンブルー類似体(一般式:Na2M[M(CN)6]、式中、Mは遷移金属である)を含み得る。
【0060】
実施形態では、正極材料は、化学式Na2Fe[Fe(CN)6]を有するプルシアンブルー類似体材料を含む。
【0061】
そのような材料は、参照により本明細書に組み入れられている、国際公開第2018/056890号に記載されている方法に従って得ることができる。
【0062】
化学式Na2Fe[Fe(CN)6]を有するプルシアンブルー類似体材料及び前述の電解液を含む電池セルは、環境に優しく、低コストで製造することができる。この組み合わせによって、プルシアンブルー自体が毒性元素を含有しないため、ナトリウムイオン電池技術が完全に環境に優しく安全なシステムへと推進される。
【0063】
カソード材料の良好なレート性能と対になった導電率により、急速な充電及び放電が可能となる。
【0064】
負極材料は、ナトリウムを吸蔵放出可能な材料であれば特に限定されない。例としては、金属複合酸化物、ナトリウム金属、ナトリウム合金、ケイ素、ケイ素系合金、スズ系合金、ビスマス系合金、金属酸化物、ポリアセチレンなどの導電性ポリマー、Na-Co-Ni系材料、ハードカーボンなどが挙げられる。
【0065】
電池セルは、負極と正極との間の電気的短絡を防止し、セルに機械的安定性を提供するための、セパレータ105をさらに備えてもよい。セパレータ材料は、化学的に安定で電気的に絶縁性の任意の材料、例えばポリプロピレン、ポリエチレン又はこれらの組み合わせから一般に作製されるポリマーフィルムであってもよい。
【0066】
実験データ
例1:粉末回折によるNaBOBのキャラクタリゼーション
まず、実験データに使用したナトリウムビス(オキサラト)ボラート塩(NaBOB)をX線回折によって構造的にキャラクタリゼーションした。X線ディフラクトグラムを
図2に示す。回折パターンを参照ディフラクトグラムと比較して、塩の同一性を確認し、その純度を確認した。本発明者らのデータによれば、使用した塩は結晶性不純物を含有せず、高度の結晶性を示した。
【0067】
例2:電解液の調製
電解質は、アルゴン充填したグローブボックス内で以下のように調製した。NaBOB塩を真空下120℃にて慎重に乾燥させた。NMP溶媒及びTMP溶媒をモレキュラーシーブで乾燥させた。塩及び溶媒を乾燥させた後、0.5M溶液を生成するために、これらを体積測定バイアルに添加した。
【0068】
例3:電解液の導電率
不活性雰囲気下でMETTLER TOLEDO InLab 738 ISM導電率プローブを使用したMETTLER TOLEDO SevenGo Duo pro導電率計を使用して、導電率を測定した。標準溶液による較正後に測定を行い、3回繰り返した。較正及び測定は23℃の温度で行った。
【0069】
NMP中の0.5M NaBOBの導電率は7.2mS/cmであった。TMP中の0.5M NaBOBの導電率は4.6mS/cmであった。
【0070】
これらの結果は、両方の電解液が良好な導電率を示し、ナトリウムイオン電池用途での使用の可能性を実証している。
【0071】
例4:電解液のサイクルデータ及び電気化学的安定性
使用した電極は、CMCバインダ及び添加炭素と共にアルミニウム箔上にコーティングされた、プルシアンホワイトスラリーからなっていた。電極の組成は、85重量% PW、10重量% C-65炭素、及び5重量% CMCバインダであり、直径13mmの電極ディスクそれぞれに対して、総活物質装填量はPW 2.5mgであった。フルセルの場合、ハードカーボンの13mmディスクを、95重量%ハードカーボン及び5重量% CMCバインダの組成にて同様の方法で作製した。ハードカーボンの装填量は、直径13mmのディスクあたり1.43mgであった。ハーフセルの場合、アルミニウム箔上に金属ナトリウムをプレスし、直径14mmのディスクを打ち抜くことによってナトリウム対電極を作製した。
【0072】
パウチセルの組み立てはアルゴン下で行い、セパレータはガラス繊維及びアルミニウムの集電体からなっていた。電極及びセパレータを積層した後、NMP 0.5M NaBOB又はTMP 0.5M NaBOB電解質100μLを添加してから、5mBarアルゴン下でセルを密封した。
【0073】
組み立てに続いて12時間の浸漬時間後に、Landt InstrumentsのBattery Test System(電池試験システム)型式CT 2001 Aで定電流サイクルを行った。サイクルは、150mAh/gの正極容量から計算したC/5に相当する定電流を使用した。フルセルを1~4ボルトの間でサイクルしたのに対して、ハーフセルを2~4ボルトの間でサイクルした。
【0074】
図3a)の電気化学的サイクルに示すように、NMP 0.5M NaBOB電解質の安定な電気化学的挙動を、C/5サイクルレートにて10サイクルにわたって、プルシアンホワイト正極及びハードカーボン負極からなるフルセルにおいて観察する。
【0075】
図3bの電気化学的サイクルに示すように、TMP 0.5M NaBOB電解質の安定な電気化学的挙動を、C/5サイクルレートにて4サイクルにわたって、プルシアンホワイト正極及び金属ナトリウム負極からなるハーフセルにおいて観察する。
【0076】
まとめると、これらの結果は、本開示の電解液が良好な電気化学的挙動を示し、ナトリウムイオン電池用途での使用に好適であることを実証している。
【0077】
例5:様々な量のNMP及びTMPを含む電解液の溶解度及び電気化学的特性
NMP、TMP及びNMPとTMPとの混合物を有機溶媒として使用した場合の、NaBOBの溶解度及びイオン導電率を評価するための試験も行った。以下の表1に示すように、NMP及びTMPの様々な濃度を評価した。電解液を上記の例2で規定したように調製して、電解液中のNaBOBの濃度は、表1で報告した各組み合わせについての最大溶解度であった。各試料のイオン導電率を実験室温度(23℃)にて、上記の例3に従って測定した。NaPF
6を、比較目的のための参照電解液として使用した。1M NaPF
6を1:1 EC:DEC(エチレンカーボネート:ジエチルカーボネート)に溶解させた。
【表1】
【0078】
表1に示すように、NaBOBは、NMPとTMPとの混合物を含む電解液にうまく溶解させることができ、電解液は、最新技術の電解液と比較して、著しく改善された導電率を示す。これは有機溶媒が40:60~90:10の範囲のNMPとTMPとの混合物を含む場合に特に当てはまる。
【0079】
すべての試料のサイクル性能を、23℃の温度(
図4)及び55℃の温度(
図5a~b)並びに低温(
図5c及び
図5d)の両方にて評価した。
【0080】
最初の5サイクルをC/5レートで実施し、その後のすべてのサイクルを1Cレートで実施したことを除いて、例4に記載したのと同様の方法でサイクル性能を評価した。
【0081】
図4に示すように、本開示の電解液、即ちNMP、TMP又はその混合物に溶解させたNaBOBを含む電池は、多数の充電サイクルでも高い容量を示す。一般に、サイクル回数は、故障するまで又は著しい容量損失が生じるまで、完全な充放電プロセスに電池を供することができる回数を示す。容量は、電池によって蓄積された電荷の尺度であり、電池に含有される正極活物質の質量によって求められる。電池容量は、ある規定条件下で電池から取り出すことができる最大エネルギー量を表す。
【0082】
また、各試料について平均クーロン効率を測定した。クーロン効率(CE)は、電子が電池内で移動する充電効率の尺度である。CEは、完全サイクルにわたって電池に投入された総電荷に対する、電池から取り出された総電荷の比である。サイクル10~1000のクーロン効率の平均を以下の表2に示す。
【表2】
【0083】
表2は、NMPとTMPの組み合わせがすべて、平均して参照電解質と同等又はより優れたクーロン効率を示すことを実証し、それにより電解質が実用的な電気化学的安定性を有することが確認される。
【0084】
高温における本開示の電解液の性能を実証するために、容量及びクーロン効率を55℃の温度にて測定した。結果を
図5a及び
図5bに示す。図から分かるように、本開示の電解質は、55℃の温度にて参照電解質よりも優れた性能を示す。
【0085】
低温における本開示の電解液のイオン導電率を評価する試験も行った。
図5cに示すように、電解質は、NMPとTMPの混合物により低温にて良好なイオン導電率を維持し、特に導電率1mS/cmを-30℃まで、0.1mS/cmを-55℃まで維持する。参考までに、最新技術のリチウム用電解質の凍結温度は-7.6℃と報告されている(Xuら
4)。
【0086】
図5dは、各電解質混合物について臨界導電率限界に達する最低温度を強調している。例えば、最高の曲線は、1.5mS cm
-1の導電率が達成可能な各電解質の組み合わせに対する最低温度である。
【0087】
例6:各種溶媒へのNaBOBの溶解度
別の溶媒へのNaBOBの溶解度を評価するために、溶媒を過剰量のNaBOB塩に対して数日間保持することにより、各溶媒をNaBOBで飽和させた。この後、溶媒を濾過して沈殿を除き、既知の体積を容器に添加した。この既知の体積の飽和溶媒を蒸発させ、残ったNaBOBの重量測定を行い、溶解量を求めた。結果を以下の表3に示す。
【表3】
【0088】
図から分かるように、NaBOBは、NMP及びTMPを除く任意の溶媒にほとんど溶解性がなかった。
【0089】
例7:NaBOB及びトリエチルホスファート(TEP)を含む電解液のサイクルデータ及び電気化学的安定性
トリエチルホスファート(TEP)及びNaBOBを含む電解液のサイクル性能を評価するための試験も行った。
【0090】
まず、例2と同じ方法で電解液を調製した。電解液中のNaBOBの濃度は0.4Mであった。
【0091】
【0092】
図6aは、ハードカーボン-プルシアンホワイト電池におけるTEP-NaBOB電解質の1回目及び1000回目の放電を示す。最初の5サイクルはC/5サイクルレートで実施し、後続の994サイクルは1Cサイクルレートで実施し、1000回目はC/20サイクルレートで実施した。
【0093】
図6bは、ハードカーボン-プルシアンホワイト電池においてNaBOBを塩として使用した、50体積% TEP及び50体積% NMPからなる電解質の充放電容量を示す。ここでは、例5と同様に電池をサイクルさせている。
【0094】
以上のように、NaBOB及びTEP並びにNABOB及びTEPとNMPとの混合物を含む電解液は、優れた導電性を示し、電気化学的に安定である。
【0095】
本開示のすべての態様の用語、定義及び実施形態は、本開示の他の態様に準用される。
【0096】
本開示をその特定の例示的な実施形態を参照して説明したが、多くの異なる変更、修正などが当業者には明らかになるであろう。
【0097】
開示された実施形態に対する変形は、図面、開示、及び添付の特許請求の範囲の検討から、本開示を実施する際に当業者によって理解及び達成することができる。さらに、特許請求の範囲において、「含む(comprising)」という語は、他の要素又はステップを排除せず、不定冠詞「a」又は「an」は複数形を排除しない。
【0098】
参考文献
1.P.Y.Zavalij,S.Yang and M.S.Whittingham,Structures of potassium,sodium and lithium bis(oxalato)borate salts from powder diffraction data,Acta Crystallographica,Section B:Structural Science,2003,59,753-759.
2.Chen,J.,Huang,Z.,Wang,C.,Porter,S.,Wang,B.,Lie,W.&Liu,H.(2015).Sodium-difluoro(oxalato)borate(NaDFOB):A new electrolyte salt for Na-ion batteries.Chemical Communications,51(48),9809-9812.
3.C.Ge,L.Wang,L.Xue,Z.-S.Wu,H.Li,Z.Gong and X.-D.Zhang,Synthesis of novel organic-ligand-doped sodium bis(oxalate)-borate complexes with tailored thermal stability and enhanced ion conductivity for sodium ion batteries,J.Power Sources,2014,248,77-82.
4.Xu,K.,Nonaqueous Liquid Electrolytes for Lithium-Based Rechargeable Batteries.Chemical Reviews 2004,104(10),4303-4418.
【国際調査報告】