(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-10-27
(54)【発明の名称】髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を含む分化誘導剤、誘導髄核前駆細胞の製造方法、および誘導髄核前駆細胞の用途
(51)【国際特許分類】
A61K 38/02 20060101AFI20221020BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20221020BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20221020BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20221020BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20221020BHJP
A61P 19/04 20060101ALI20221020BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20221020BHJP
A61K 35/766 20150101ALI20221020BHJP
A61K 35/35 20150101ALI20221020BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20221020BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20221020BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221020BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20221020BHJP
C12N 15/63 20060101ALN20221020BHJP
C07K 14/50 20060101ALN20221020BHJP
C07K 14/485 20060101ALN20221020BHJP
C12N 1/00 20060101ALN20221020BHJP
【FI】
A61K38/02
C12N5/071
C12N5/10
C12Q1/02
C12Q1/68
A61P19/04
A61K35/76
A61K35/766
A61K35/35
A61L27/38 300
A61K48/00
A61P43/00 121
C12N15/12
C12N15/63 Z
C07K14/50
C07K14/485
C12N1/00 B
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021557862
(86)(22)【出願日】2021-07-29
(85)【翻訳文提出日】2021-09-28
(86)【国際出願番号】 JP2021028084
(87)【国際公開番号】W WO2022070578
(87)【国際公開日】2022-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2020163416
(32)【優先日】2020-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(72)【発明者】
【氏名】酒井 大輔
(72)【発明者】
【氏名】ショール,ジルディ
(72)【発明者】
【氏名】中村 嘉彦
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C081
4C084
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA18
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4H045AA10
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4H045EA20
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4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】
本発明は、終末分化した細胞や多能性または多分化能を有する幹細胞のような所望の細胞から髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)を作製することができる、再現可能な手段を提供する。本発明による髄核前駆細胞誘導剤は、Brachyury(T)またはそのホモログと、SRY-box6(SOX6)またはそのホモログおよびForkhead Box Q1(FOXQ1)またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種と、MYC Proto-Oncogene, BHLH Transcription Factor(cMyc)またはそのホモログ(髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子)の遺伝子またはその産物の有効量を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
髄核前駆細胞以外の有核細胞を髄核前駆細胞に向かって誘導するための転写因子(以下「髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子」と呼ぶ。)の遺伝子またはその産物の有効量を含む剤(以下「髄核前駆細胞誘導剤」と呼ぶ。)であって、
前記髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、Brachyury(T)またはそのホモログと、SRY-box6(SOX6)またはそのホモログおよびForkhead Box Q1(FOXQ1)またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種と、MYC Proto-Oncogene, BHLH Transcription Factor(cMyc)またはそのホモログとを含む、髄核前駆細胞誘導剤。
【請求項2】
前記髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が、発現ベクターに挿入された遺伝子である、請求項1に記載の髄核前駆細胞誘導剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤を含む、脊椎動物における脊椎関連疾患を治療または予防するための医薬組成物。
【請求項4】
インビトロで、請求項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤を、髄核前駆細胞以外の有核細胞に導入する工程(以下「導入工程」と呼ぶ。)、および
導入工程により得られた細胞(以下「転写因子導入細胞」と呼ぶ。)を培養して髄核前駆細胞に誘導する工程(以下「誘導工程」と呼ぶ。)を含む、誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項5】
さらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種の発現状況を確認する工程を含む、請求項4に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項6】
さらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、コロニー形成アッセイ培養条件下におけるコロニー形成ユニットの形成能を有するかを確認する工程を含む、請求項4または5に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項7】
さらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、髄核細胞への分化能を有するかを確認する工程を含む、請求項4~6のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項8】
前記誘導工程が、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGFまたはFGF2)、上皮成長因子(EGF)またはその両方が補充された培地中で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、請求項4~7のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項9】
前記誘導工程が、低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つの条件下で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、請求項4~8のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項10】
前記誘導工程が、コロニー形成アッセイ培養条件下で行われる、請求項4~9のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
【請求項11】
請求項1または2において定義されている髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の有効量を含有する細胞である、転写因子導入細胞。
【請求項12】
請求項11に記載の転写因子導入細胞を培養することにより得られた、活性化髄核前駆細胞表現型を備えた細胞である、誘導髄核前駆細胞。
【請求項13】
Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種を発現している、請求項12に記載の誘導髄核前駆細胞。
【請求項14】
髄核細胞表現型および脊索細胞表現型から選ばれる少なくとも1つの成熟細胞表現型への分化能を有する、請求項12または13に記載の誘導髄核前駆細胞。
【請求項15】
請求項11に記載の転写因子導入細胞および/または請求項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞を含む、細胞集団。
【請求項16】
請求項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞または請求項15に記載の細胞集団を含む、脊椎動物における脊椎関連疾患を治療または予防するための細胞製剤。
【請求項17】
請求項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞、請求項15に記載の細胞集団または請求項16に記載の細胞製剤を、椎間板髄核組織に作用するよう生体内に移植または投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における脊椎関連疾患を治療または予防するための方法。
【請求項18】
請求項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤または請求項3に記載の医薬組成物を、椎間板内の髄核細胞に作用するよう生体内に投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における脊椎関連疾患を治療または予防する方法。
【請求項19】
請求項11に記載の転写因子導入細胞、請求項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞または請求項15に記載の細胞集団を用いて、対象における有効性および安全性を試験する工程を含む、脊椎動物における脊椎関連疾患を治療または予防するための医薬または方法をスクリーニングする方法。
【請求項20】
単離された髄核細胞集団の、請求項1または2において定義されている髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の発現レベルを測定することを含む、髄核細胞集団の老化、変性または疾患の状態に関連する指標を得る方法。
【請求項21】
インビトロで、請求項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞を培養して、活性化髄核細胞に分化誘導するまたは成熟させる工程を含む、誘導髄核細胞の製造方法。
【請求項22】
請求項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤を含む、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、終末分化した細胞または分化能を有する細胞から活性化髄核細胞表現型への細胞再構成(ダイレクトリプログラミング)、すなわち分化転換を可能にしたり、未分化の細胞から髄核細胞への分化誘導を可能にしたりする転写因子(髄核細胞マスターレギュレーター転写因子)に関する。本発明は特に、高い細胞増殖能を有し、多くの髄核細胞(活性化髄核細胞表現型)を産生することのできる、髄核前駆細胞へのダイレクトリプログラミングを可能とする、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子に関する。さらに本発明は、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
腰痛と頚部痛は一般的な健康問題であり、全世界の約6億3,200万人の人々に影響を与え、障害の主要な原因となっている。両障害は、仕事への障害と医療費によって大きな社会的および経済的負担をかける。すべての腰痛症例の20%を発症すると推定される椎間板変性疾患は脊柱に沿った生体力学に障害を与え、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、脊椎すべり症およびその他の脊椎関連障害につながり得る。椎間板変性疾患は、特に椎間板のコア内で、細胞外マトリックス組成の不可逆的な変性によって特徴づけられる椎間板障害である。
【0003】
現時点では、これらの退行性状態の回復または根底にある病因を止めることができる臨床的に有効な治療法は存在しない。したがって、新たな治療の開発が強く求められている。それにもかかわらず、特に骨および関節軟骨の分野における知識の洞察と比較して椎間板の恒常性、細胞表現型、および病因の発生および進行の一般的な理解は乏しい。
【0004】
椎間板は、脊椎に沿った各2つの椎骨間の線維軟骨構造物である。椎間板は、柔軟性を与えながら、脊柱に沿って機械的な力を分散することに関与している。この特徴は、密閉された髄核内に確立された静水圧から生じる。髄核(nucleus pulposus: NP)は、プロテオグリカンおよびII型コラーゲン繊維を主成分とし、比較的多量の水分を吸収する。髄核は、線維輪(annulus fibrosus: AF)と呼ばれる線維性軟骨層によって外側が囲まれている。最後に、椎間板は、椎骨との境界上の硝子軟骨の薄い層、すなわち終板によって覆われる。
【0005】
ネイティブ髄核細胞は、空胞化脊索細胞から活性化髄核細胞、老化細胞および線維性髄核細胞にその表現型が変化し、髄核に多くの異種細胞集団となることが示唆されている。「活性化髄核細胞表現型」とは、「細胞外マトリックスの生成またはリモデリングに積極的かつ同化的に寄与するか、そうでなければ他の細胞がそうすることを積極的に支援する髄核細胞(表現型)」と定義してもよい。このような異なる表現型への変化は、椎間板変性疾患の進行において決定的な役割を果たすようである。老化や、生物学的および機械的ストレス(摩耗)により、髄核はTie2 / GD2陽性前駆細胞の漸減を示し(非特許文献1:Sakai et al., 2012)、老化した細胞は次第に線維性の細胞に切り替わる。これらの変化は、結果としてプロテオグリカンに富む髄核細胞外マトリックスを線維性の構造に変遷させ、椎間板の静水圧および他の生体力学的特徴を悪化させる。これらの事象のカスケードは、潜在的に腰痛および他の脊椎疾患をもたらす。逆に、椎間板変性疾患および関連障害は、他の動物モデル(例えばブタ、マウス、ラットなど)ではめったに見られない。これはおそらく、これらの動物は元々の脊索細胞の表現型を維持し、それにより髄核細胞の活性表現型が健康な椎間板を維持することができ、そのことが椎間板障害を予防する上で決定的な役割を果たすという事実によるのであろう。したがって、ヒトの椎間板変性疾患等を治療する、または痛みや障害を緩和する上では、椎間板組織中の固有の細胞集団を再増殖するまたは増殖を誘導することで、椎間板マトリックスを能動的に産生し再生するための戦略の確立に強く研究重点が置かれている。
【0006】
そのような戦略の一環として、活性化された髄核細胞または軟骨細胞を椎間板変性疾患等の患部に移植することの利点は様々な研究が示しており(非特許文献2:Schol and Sakai, 2018においてレビューされている通り)、椎間板変性疾患等の治療法の選択肢として有望視されている。それにもかかわらず、細胞移植用の活性化髄核細胞等の供給は、臨床的な面からも科学的な面からも不十分である。従来は、手術中に外科的に除去された椎間板から単離された自家ないし同種ドナーの髄核細胞や、椎間板環境内で髄核細胞と同様の細胞外マトリックスを産生する能力を本質的に有する軟骨細胞を移植することで、椎間板を再生する可能性が探求されてきた。しかしながら、手術等によりドナーから採取される椎間板または軟骨は多くの場合、疾患、外傷、加齢などにより損傷した状態にあるため、そこに含まれる髄核細胞または軟骨細胞は移植再生材料としての有効性が十分でないおそれがある(非特許文献1)。また、髄核細胞を移植する治療法では、ドナーの細胞を体外培養で再活性化および生成して、最終的な活性化髄核細胞集団精製物を調製しているが、髄核細胞は培養によりその形質が失われる(脱分化する)ことが知られており、脱分化させずに髄核細胞を増幅させることが技術的問題となっている(非特許文献1)。
【0007】
椎間板へ移植するための細胞としては、髄核細胞への分化能を有する幹細胞、例えば骨髄、胎盤、脂肪などに由来し、比較的容易にアクセスでき、多量に得ることができる、間葉系間質細胞または間葉系幹細胞(MSC)を用いることも考えられる。しかしながら、椎間板の無血管性および進行性の変性により生じる低血糖、高浸透圧および低酸素環境は、MSCの生存および増殖にとって重大な障害となる。そのため、移植されたMSCが周囲の細胞を再活性化するためのマトリックスタンパク質またはサイトカインを能動的に産生および分泌し、長期間有効に椎間板組織を再生することがどこまでできるかは不明であり、MSCの椎間板障害への臨床適用は制限されている(非特許文献3:Fang, Z., et al., 2013)。造血幹細胞などの、間葉系間質細胞または間葉系幹細胞以外の多分化能を有する幹細胞についても同様の問題がある。
【0008】
そこで、人工的に活性化髄核細胞の形質(表現型)を維持ないし誘導する技術が求められるが、その鍵となる転写因子とその制御に関わる情報は限定的であり、これまでのところin vitroで活性化髄核細胞表現型そのものを誘導することは実現されていない。従来は、髄核細胞以外の細胞のうち有力そうなものに対して様々な刺激を加え、実際の髄核細胞の代替物として髄核細胞様表現型を得る可能性が検討されてきた。そのような候補の細胞としては、MSCの他、より頻度は低いが人工多能性幹細胞(iPS細胞)が用いられている。このような多能性または多分化能を有する幹細胞は、適切な条件下で分化誘導することにより、様々な細胞を得ることができることが知られている。多能性または多分化能を有する幹細胞から髄核細胞様表現型を得るためには、細胞外マトリックス組成、酸素分圧、機械的または浸透圧的刺激、ハイドロゲルなどの足場(スキャフォールド)適用、成長因子やサイトカインによる刺激、他細胞との共培養や培養上澄による刺激、またはそれらの組み合わせが試みられている。それらの研究は概して、II型コラーゲン(COL2)、アグリカン(ACAN)、および分化クラスター24(CD24)などの、髄核細胞に関連する遺伝子の発現レベルの増強またはタンパク質生成の向上を示すことができると報告されている。さらに、細胞封入、凝集またはin vivoへの直接的な移植によって、一般的に椎間板再生として報告されるプロテオグリカンおよびCOL2に富むNP細胞様細胞外マトリックスに似た細胞外マトリックス沈着を生じることも報告されている。
【0009】
なお、成長因子を用いる方法については一般的に、再現性に対する懸念がある。成長因子を適用することによって所望の応答を引き起こすためには、細胞がその成長因子対応する正確な細胞膜結合受容体を提示することを必要とする。適切な受容体の提示は、高度に細胞型およびドナー特異的であり、潜在的に誘導手順の再現性に問題を引き起こす。さらに、成長因子がない、または成長因子が異なる環境(すなわち、元来の髄核組織の中などの環境)における細胞の移植が、移植された細胞の表現型を悪い方へ変化させる可能性があるかどうか、依然として不明である。最後に、成長因子の持続的な補充は、誘導された髄核細胞の生産または使用のための培養プロセスの比較的高価な部分を占め、それらの臨床的応用能力をさらに制限する。
【0010】
上記のような培養条件の調整ではなく、より直接的な遺伝子発現プロファイルに対する操作により、MSC、iPSC等の多能性または多分化能を有する細胞や、髄核細胞以外に終末分化している細胞から活性化髄核細胞表現型を作製する可能性を探究した研究はほんの僅かであり、そのような遺伝子操作のための鍵となる転写因子およびその制御に関する情報はこれまで極めて限定的であった。
【0011】
例えば、非特許文献4(Xu et al., 2016)には、ウサギの骨髄由来MSCにおいて、骨形成タンパク質7(BMP7)の分泌増強によりNP細胞への分化を刺激することを目的としてBMP7を過剰発現させたこと、その結果、単層培養によりトランスフェクションから2~3週間後に、mRNAレベルで、COL2、ACAN、SOX9、ケラチン(KRT)-8、およびKRT19の発現増強が示されたことが記載されている。しかしながら、この方法において得られた細胞生成物を椎間板変性ウサギモデルに移植したところ、移植の6週間および12週間後に、偽対照およびBMP7トランスフェクション群の両方で有益な効果が観察されたが、12週目のBMP7過剰発現群のグリコサミノグリカン/DNA比は、偽対照と比較してわずかに上昇していただけであった。
【0012】
非特許文献5(Chen et al., 2017)には、同様のアプローチにより、ラット脂肪由来MSCにおいて、レンチウイルスによる形質導入で確立させた因子WNT11を過剰発現させたこと、そのin vitro評価では、緑色蛍光タンパク質(GFP)をトランスフェクトして過剰発現させた偽対照と比較して、mRNAおよびタンパク質レベルの両方において、COL2、ACANおよびSOX9が、わずかではあるが有意な増加を示したことが記載されている。
【0013】
他のアプローチとして、非特許文献6(Outani et al., 2013)には、軟骨細胞形成のマスターレギュレーター転写因子として知られていたSOX9(非特許文献7:Wright et al., 1995、非特許文献8:Bi et al., 1999)を導入することによって、その細胞を軟骨細胞表現型へダイレクトリプログラミングできたことが記載されている。
【0014】
非特許文献9(Yang et al,, 2011)には、ラット脂肪組織由来MSCにおいて、水疱性口内炎ウイルスG-エンベロープ糖タンパク質で偽型された白血病ウイルス由来ウイルスベクターによって、SOX9を過剰発現する細胞株が確立されたことが記載されている。そして、その確立された細胞株を、トランスフォーミング成長因子β(TGFβ)-3を添加した場合と添加しない場合で培養した結果、GAG / DNA およびCOL2 / DNA 比が変化したこと、そのような結果から、SOX9の過剰発現がTGFβ3の補充に伴って相対的なGAGとCOL2の比の増加を誘導できること、逆に言えば単にTGFβ3の培地への補充またはSOX9の形質導入のいずれか一方による操作だけでは有意な改善をもたらさないことなども記載されている。しかしながら当該文献には、髄核細胞表現型に関するさらなる評価は提示されていない。
【0015】
同様に、非特許文献10(Sun et al. 2014)にも、ウサギ骨髄由来MSCにおいて、アデノウイルスベクターによってSOX9を形質導入したことが記載されている。In vitroでの単層評価では、形質導入細胞は、GFP-対照群と比較して、mRNAレベルでのACAN、COL2およびSOX9の発現に明らかに強い増加が示されたが、I型コラーゲン(COL1)にはわずかな減少が観察されたのみであった。キトサン-グリセロリン酸ゲルで培養された形質導入細胞からも同様の結果が得られた。最後に、誘発した椎間板変性ウサギモデルに形質導入細胞を移植したところ、GFP発現MSC投与群およびSOX9過剰発現MSC投与群はともにT2強度が改善され、再度MSC移植の利点が示されたが、SOX9過剰発現MSC投与群はGFP発現細胞と比較して小さいものの有意差のある改善を示した。組織学的な結果からも同様に、サフラニン-O染色(プロテオグリカン含有量を表す)およびCOL2標的化染色によって示されたように、GFP発現とは対照的に、SOX9過剰発現によってわずかに増加を伴うMSC移植による利益が明らかにされた。
【0016】
非特許文献11(Hiramatsu et al., 2011)には、再プログラミング因子c-MYCおよびKLF4とSOX9転写因子との組み合わせを用いてマウス成体真皮線維芽細胞を分化させたこと、それらの遺伝子を過剰発現させた結果、開始細胞集団は成熟分化した状態にあるにもかかわらず、ACANおよびCOL2の軟骨細胞特異的発現を刺激することができたことが記載されている。
【0017】
非特許文献12(Outani et al, 2013。非特許文献11と同じグループ)にも、KLF4、c-MYCおよびSOX9の過剰発現による線維芽細胞から軟骨細胞表現型への再プログラミングが成功した証拠が開示されている。当該文献には、ヒト由来の真皮線維芽細胞に適用することで、ACANおよびCOL2の発現が増強されたことが記載されている。さらに、再プログラムされた線維芽細胞の移植は、皮下および軟骨形成欠損適応のいずれかを伴うマウスモデルにおいて、軟骨形成性マトリックス沈着が増強されたことも明らかにされている。
【0018】
上記の先行技術文献は総じて、転写因子SOX9の発現が軟骨形成表現型を刺激し得ることを示している。したがって、SOX9の過剰発現は、特定の髄核細胞表現型をもたらすのではなく、より一般的な軟骨細胞表現型を生じる可能性が高い。上記の先行技術文献には、軟骨形質を示す他の細胞との対比として、髄核細胞に特異的に関連するマーカーまたは形態学的特徴は調べていない。
【0019】
その他にも、髄核細胞の形質に関するマーカーとして、低酸素誘導性因子1サブユニットα(HIF1α)(非特許文献13:Risbud et al., 2006)、Brachyury(T)(非特許文献14:Sheyn et al., 2017)、Paired Box 1(PAX1)(非特許文献15:Risbud et al., 2015)などが報告されているが、それらの遺伝子の発現プロファイルについても十分な評価はこれまでなされていない。
【0020】
非特許文献16(Sheyn D. et al.,2019)には、iPS細胞を髄核細胞様表現型に導く方法が記載されている。しかしながら、この文献には、転写因子の操作、特にTの過剰発現は、髄核細胞様表現型を誘導し維持するのには不十分であるということが示されている。非特許文献17(Colombier P, et al., 2020)には、NOTO、TおよびFOXA2の過剰発現を含む、iPS細胞集団から髄核細胞様細胞を作製するための、段階的な分化プロトコールが記載されている。しかしながら、この文献には、Tの過剰発現は髄核細胞様表現型を誘導するのに不十分であることが示されている。非特許文献18(Zhang Y., et al., 2020)には、培地への成分添加およびNOTOの検出を含む段階的な分化を介して、ヒトiPS細胞から髄核細胞様細胞(髄核細胞前駆細胞様細胞を含む)への分化を可能とするためのプロトコールが記載されている。
【0021】
一方、非特許文献1および特許文献1(WO2011/122601)には、椎間板組織(髄核)に含まれている細胞のうち、細胞表面マーカーとしてTie2および/またはGD2が陽性である細胞が、髄核細胞の幹細胞または前駆細胞というべき細胞(髄核幹/前駆細胞)であること、特にTie2およびGD2の両方が陽性である細胞が、球状コロニーを形成し、一連の分化カスケードを経て最終的に成熟した髄核細胞への分化能を有する(他にも脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞および神経細胞への分化能も有する)こと、さらに髄核幹/前駆細胞を椎間板(髄核)に移植することによって、組織中でII型コラーゲン等の細胞外マトリックスを産生させることができ、椎間板組織を維持または再構築や、椎間板変性症の予防または治療ができる可能性があることなどが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】Sakai, D. et al. Exhaustion of nucleus pulposus progenitor cells with ageing and degeneration of the intervertebral disc. Nature communications 3, 1264, doi:10.1038/ncomms2226 (2012).
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【非特許文献3】Fang, Z., et al., Differentiation of GFP-Bcl-2-engineered mesenchymal stem cells towards a nucleus pulposus-like phenotype under hypoxia in vitro. Biochem Biophys Res Commun, 2013. 432(3): p. 444-50.
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【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
上述したように、椎間板変性疾患等の治療において、ドナーから採取された椎間板(髄核)細胞または軟骨細胞を移植することにも、間葉系間質細胞(間葉系幹細胞)、造血幹細胞等の髄核細胞の分化能を有する幹細胞を移植することにも、様々な問題がある。また、特定の成長因子を用いてMSC等の幹細胞等を活性化髄核細胞表現型に分化誘導する方法も、再現性やコストの面で問題があり、それらの問題を打ち消すほどの安全性や治療効果がもたらされるとの証拠はない。
【0025】
そのため、幹細胞等に対して特定の転写因子を作用させる(すなわち転写因子プロファイルを変更する)ことによって、活性化髄核細胞表現型または活性化髄核細胞に分化誘導できる髄核前駆細胞を作製し、そのようにして得られる活性化髄核細胞表現型または髄核前駆細胞を移植に用いることが理想的と思われる。しかしながら、そのような細胞の作製を可能とし、かつ得られた活性化髄核細胞表現型または髄核前駆細胞が移植された後も活性化髄核細胞表現型または髄核前駆細胞としての十分な機能を発揮し続け(例えば、活性化髄核細胞表現型が十分な量の細胞外マトリックスを産生したり、髄核前駆細胞から多数の活性化髄核細胞表現型を産生し)、臨床学的に有効なものとできるような「髄核細胞マスターレギュレーター転写因子」または「髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子」は、これまでに確立されていない。さらに、MSC等の幹細胞ではなく、髄核細胞以外に終末分化した細胞からの分化転換により活性化髄核細胞表現型または髄核前駆細胞を得ることができるような、強力な転写因子(マスターレギュレーター転写因子)は未だに見出されていない。例えば、軟骨形成のマスターレギュレーター転写因子として確立されているSOX9が、活性化髄核細胞表現型または髄核前駆細胞のマスターレギュレーター転写因子として十分な有用性を有することは例証されていない。
【0026】
本発明は、終末分化した細胞や多能性または多分化能を有する幹細胞のような所望の細胞から、活性化髄核細胞表現型または髄核前駆細胞を作製することができる、再現可能な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明者らは、まず、マイクロアレイアッセイなどを通じて、髄核細胞に特有の転写因子をスクリーニングした。そして、その候補から選ばれる特定の転写因子の組み合わせ、代表的には、Brachyury(T)と、SRY-box6(SOX6)および/またはForkhead Box Q1(FOXQ1)との組み合わせは、MSC等の幹細胞からの分化誘導だけでなく、例えば線維芽細胞のような終末分化した細胞からの分化転換によっても、活性化髄核細胞表現型へと誘導することのできる、「髄核細胞マスターレギュレーター転写因子」というべき強力な転写因子のセットとなることを見出した(PCT/JP2020/004449)。
【0028】
しかしながら、上記の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子によって得られる活性化髄核細胞表現型は、髄核細胞として成熟した細胞であり、髄核前駆細胞を表す細胞マーカー、すなわちTie2およびGD2の発現量(細胞集団中の陽性率)は低く、球状のコロニー形成ユニット(S-CFU)の割合も少ない。将来的な再生医療用の細胞製剤の生産にとっては、(i)前駆細胞としての能力(表現型)を失っておらず、(ii)細胞外マトリックス(ECM)の産生能が高く、(iii)インビトロでの高い増殖能を有し、大規模バッチ生産を可能なものとして、市場性を向上させることのできる、髄核細胞集団が得られれば、より望ましいといえる。そのような観点からは、上記の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子には、強化または改良の余地が残されていた。
【0029】
本発明者は、上記の要求を満たすためにさらに研究を進めた結果、Tと、SOX6および/またはFOXQ1との組み合わせに、MYC Proto-Oncogene, BHLH Transcription Factor(c-Myc、CMYCまたはMYCとしても知られている、本明細書では以下「cMyc」と呼ぶ。)を加えた転写因子のセットを用いることにより、高い細胞増殖能を有し、多くの活性化髄核細胞表現型(軟骨形成髄核細胞)を産生することのできる髄核前駆細胞を、それ以外の有核細胞から分化誘導することができること、つまりTと、SOX6および/またはFOXQ1と、cMycとの組み合わせが髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子となることを見出し、本発明を完成させた。
【0030】
すなわち、本発明は少なくとも下記の事項を提供する。
[1]
髄核前駆細胞以外の有核細胞を髄核前駆細胞に向かって誘導するための転写因子(以下「髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子」と呼ぶ。)の遺伝子またはその産物の有効量を含む剤(以下「髄核前駆細胞誘導剤」と呼ぶ。)であって、
前記髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、Brachyury(T)またはそのホモログと、SRY-box6(SOX6)またはそのホモログおよびForkhead Box Q1(FOXQ1)またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種と、MYC Proto-Oncogene, BHLH Transcription Factor(cMyc)またはそのホモログとを含む、髄核前駆細胞誘導剤。
[2]
前記髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が、発現ベクターに挿入された遺伝子である、項1に記載の髄核前駆細胞誘導剤。
[3]
項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤を含む、脊椎動物における脊椎関連疾患を治療または予防するための医薬組成物。
[4]
インビトロで、項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤を、髄核前駆細胞以外の有核細胞に導入する工程(以下「導入工程」と呼ぶ。)、および
導入工程により得られた細胞(以下「転写因子導入細胞」と呼ぶ。)を培養して髄核前駆細胞に誘導する工程(以下「誘導工程」と呼ぶ。)を含む、誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[5]
さらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種の発現状況を確認する工程を含む、項4に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[6]
さらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、コロニー形成アッセイ培養条件下におけるコロニー形成ユニットの形成能を有するかを確認する工程を含む、項4または5に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[7]
さらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、髄核細胞への分化能を有するかを確認する工程を含む、項4~6のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[8]
前記誘導工程が、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGFまたはFGF2)、上皮成長因子(EGF)またはその両方が補充された培地中で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、項4~7のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[9]
前記誘導工程が、低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つの条件下で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、項4~8のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[10]
前記誘導工程が、コロニー形成アッセイ培養条件下で行われる、項4~9のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞の製造方法。
[11]
項1または2において定義されている髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の有効量を含有する細胞である、転写因子導入細胞。
[12]
項11に記載の転写因子導入細胞を培養することにより得られた、活性化髄核前駆細胞表現型を備えた細胞である、誘導髄核前駆細胞。
[13]
Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種を発現している、項12に記載の誘導髄核前駆細胞。
[14]
髄核細胞表現型および脊索細胞表現型から選ばれる少なくとも1つの成熟細胞表現型への分化能を有する、項12または13に記載の誘導髄核前駆細胞。
[15]
項11に記載の転写因子導入細胞および/または項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞を含む、細胞集団。
[16]
項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞または項15に記載の細胞集団を含む、脊椎動物における脊椎関連疾患を治療または予防するための細胞製剤。
[17]
項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞、項15に記載の細胞集団または項16に記載の細胞製剤を、椎間板髄核組織に作用するよう生体内に移植または投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における脊椎関連疾患を治療または予防するための方法。
[18]
項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤または項3に記載の医薬組成物を、椎間板内の髄核細胞に作用するよう生体内に投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における脊椎関連疾患を治療または予防する方法。
[19]
項11に記載の転写因子導入細胞、項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞または項15に記載の細胞集団を用いて、対象における有効性および安全性を試験する工程を含む、脊椎動物における脊椎関連疾患を治療または予防するための医薬または方法をスクリーニングする方法。
[20]
単離された髄核細胞集団の、項1または2において定義されている髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の発現レベルを測定することを含む、髄核細胞集団の老化、変性または疾患の状態に関連する指標を得る方法。
[21]
インビトロで、項12~14のいずれか一項に記載の誘導髄核前駆細胞を培養して、活性化髄核細胞に分化誘導するまたは成熟させる工程を含む、誘導髄核細胞の製造方法。
[22]
項1または2に記載の髄核前駆細胞誘導剤を含む、キット。
【0031】
なお、本発明において、「インビトロで」および「ヒトを除く」という規定は、産業上の利用可能性からの観点からの規定に過ぎず、技術的な観点からは、本発明を「インビボ」で行うこと、および本発明の適用対象に「ヒトを含める」ことが可能である。また、特に断らない限り、単数形の用語(例えば、英語の場合は「a」または「an」が付されている用語)を用いた本発明についての記載と、複数形の用語を用いた本発明についての記載は、相互に変換可能であることは当業者には明らかである。例えば、単数形の用語を用いて記載されている本発明に関する事項は、その用語の対象が単数存在する実施形態に適用可能であるのみならず、その用語の対象が複数存在する実施形態においても適用可能であり、複数の対象のうちの一部または全部に含まれる各対象に対して該当する事項である解釈することができる。また、複数形の用語を用いて記載されている本発明に関する事項は、その用語の対象が複数存在する実施形態において、複数の対象のうちの一部または全部に含まれる各対象に対して一般的に該当する事項であると解釈することができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明では、特定の転写因子の組み合わせを用いて活性化髄核前駆細胞表現型のマスターレギュレーターを特異的に刺激することにより、細胞転写プロファイルを直接的に変化させる、つまり細胞の転写因子プロファイルを髄核前駆細胞と同様のプロファイルに誘導することを可能にする。このアプローチによって、特定の細胞膜受容体または関連シグナル伝達タンパク質を必要とせずに、細胞を直接改変することができるため、信頼性(再現性)があり比較的安価に実施することができる。
【0033】
また、本発明により特定された髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は強力であり、直接再プログラミングを適用可能な細胞の範囲を拡大する。本発明においては、多能性または多分化能の細胞型(MSCなど)を髄核前駆細胞に分化誘導することも可能であるし、成熟分化細胞、例えば、終末分化したヒト真皮線維芽細胞を髄核前駆細胞に分化転換することも可能である。本発明により特定された髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子により、増殖能や球状のコロニー形成ユニットの産生能に優れ、Tie2やGD2などの髄核前駆細胞マーカーの発現量の高い髄核前駆細胞が得られる。さらに、本発明により得られる誘導髄核前駆細胞を培養することによって、プロテオグリカン、II型コラーゲン等の髄核関連細胞外マトリックスの産生能に優れた髄核細胞(活性化髄核細胞表現型)を、低コストで多量に得ることができる。また、本発明は、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を、椎間板に含まれる老化細胞または線維性髄核細胞や、培養中に髄核細胞が脱分化した細胞に導入することによって、そのような細胞を「再分化」により活性化髄核前駆細胞にするという実施形態で行うことも可能である。
【0034】
現在のところ、慢性腰痛等を治療するための有効な治療法は対症療法に限定されているが、本発明を応用することにより、椎間板再生医療のための優れた細胞製品を、off the shelf(OTS)細胞製剤として、低コストで大量に供給することが可能となり、ドナーの数および質の問題や生産コストの問題が解決される。これまでのように、移植する髄核細胞を、脊柱側弯症や椎間板ヘルニアなどの椎間板変性疾患の患部から切除された組織や他臓器から採取する状況を打開でき、より健全で元来の形質に近く機能的な髄核細胞を、多様な体細胞型から、例えば皮膚または脂肪組織に含まれる細胞から、作製することを可能にする。また、本発明により作製される髄核前駆細胞は自己由来とすることも可能であるため、非自己由来の細胞を用いることのリスクを回避することもできる。
【0035】
他の側面では、本発明により得られる誘導髄核前駆細胞は、健康な個体ドナー細胞から作製することができるため、若い個体および体外条件下で髄核の健康状態を研究するために利用できる可能性もある。さらに、本発明は、脊椎または一般細胞生物学に影響を与える特定の遺伝子変異を提示する患者由来の髄核前駆細胞の作製を可能にする。すなわち、患者の皮膚や脂肪組織などアクセスし易い組織源に含まれる細胞から誘導髄核前駆細胞を作製し、元の細胞に含まれていた遺伝子の変異がin vitroで髄核前駆細胞の挙動にどのように影響するかを評価することが可能となる。最後に、パーソナライズ医療戦略において、本発明により得られる誘導髄核前駆細胞を用いることで、治療の候補となる医薬およびその投与量が患者特異的誘導髄核前駆細胞集団にどのように影響を及ぼすかを決定することができ、実際に患者に投与する前に、患者特異的な潜在的な負の効果を明らかにし、適正な治療方法を知ることに役立つ可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】
図1[A]は、髄核前駆細胞から髄核細胞への単純化された階層的分化プロセスを、Tie2、GD2、およびCD24の発現の変化を分化軸に沿って説明する(Sakai D, Nakamura Y, Nakai T, et al. Exhaustion of nucleus pulposus progenitor cells with ageing and degeneration of the intervertebral disc. Nat Commun. 2012;3:1264. / Sakai D, Schol J, Bach FC, et al. Successful fishing for nucleus pulposus progenitor cells of the intervertebral disc across species. JOR Spine. 2018;1(2):e1018.)。
図1[B]および[C]は、単層培養した髄核細胞集団についてTie2発現(Tie2
+)、GD2発現(GD2
+)またはCD24発現(CD24
+)によってソーティングした結果、あるいはメチルセルロース中でのコロニー形成アッセイで培養した髄核細胞集団についてCD24発現(CD24
+,3D)によってソーティングした結果を表す。髄核細胞における各転写因子の発現レベルを、iPS細胞(iPSC)、肺細胞(Lung)、神経前駆細胞(NPC)および線維芽細胞(Fibro)の発現プロファイルと比較している。
図1[B]は発現量の高かった上位半分を示し、
図1[C]はヒットした下位半分を示す。
【
図2】
図2は、GFP(SHAM)、Brachyury(T)、FOXQ1(F)、SOX6(S)およびcMyc(C)の所定の組み合わせを、間葉系間質細胞(MSC)に形質導入して過剰発現させ、1週間培養することにより得られた細胞の、光学顕微鏡写真(上段)および蛍光顕微鏡写真(下段)である。形態学的な変化は、培養条件ごとの違いを明確に表している。TF、TF+C、TSFおよびTSF+Cは、髄核細胞表現型と類似の形態を示している。「t0」は形質導入前のMSCである。「NC」(ネガティブコントロール)は、形質導入していないこと以外は同様の条件で培養したMSCである(以下の図面においても同様)。「SHAM」は、コントロールとしてGFPのみを形質導入し過剰発現させたMSCである(以下の図面においても同様)。SHAMコントロール以外は、GFPの発現はTの発現のレポーターである。
【
図3】
図3は、Brachyury(T)、SOX6(S)およびFOXQ1(F)の組み合わせに、cMycをさらに加えたもの(+C)および加えなかったものを、間葉系間質細胞(MSC)に形質導入して過剰発現させ、2週間培養することにより得られた細胞の遺伝子発現プロファイルである。発現プロファイルは、ハウスキーピング遺伝子GAPDHおよびネガティブコントロール(NC:形質導入していないMSC)に対する相対値として示している。SHAMコントロールは、GFPを過剰発現させるよう形質導入したMSCである。発現レベルは[A]COL2A1、[B]CD24、[C]ACAN、[D]KRT8、[E]PITX1、[F]PAX1について測定した。[G]は、形質導入した遺伝子の組み合わせごとの、総合的な発現レベルへの影響を示すようにした、各特定の遺伝子の平均発現レベルの組み合わせを示すヒートマップである。概して、TFおよびTSFの組み合わせがNPマーカーの発現に高い有効性を示し、Cを加えることによってその発現を持続または増強することができた。
【
図4】
図4は、Brachyury(T)、SOX6(S)およびFOXQ1(F)の組み合わせに、cMycをさらに加えたもの(+C)および加えなかったものを、間葉系間質細胞(MSC)に形質導入して過剰発現させ、約3週間培養することにより得られた細胞の遺伝子発現プロファイルである。cMycを加えることにより、細胞の増殖率が向上することが示唆された。
【
図5】
図5[A]は、Brachyury、FOXQ1およびcMYCの組み合わせ(TF+C)をMSCに形質導入し、1週間培養し、コロニー形成アッセイ(Sakai et al. JOR Spine. 2018;1(2):e1018.に従った)を行って得られた細胞の、光学顕微鏡写真および蛍光顕微鏡写真である。TF+C形質導入MSCは、GFPを産生している(つまりTを発現している)巨大な球状のコロニー形成ユニットを呈している。
図5[B]は、Brachyury(T)、SOX6(S)、FOXQ1(F)およびcMyc(C)の組み合わせをMSCに形質導入し、10週間培養することにより得られた細胞1000個あたりの、球状のコロニー形成ユニット(CFU-S)の数を計測した結果である。
【
図6】
図6は、Brachyury(T)、SOX6(S)、FOXQ1(F)およびcMyc(C)の所定の組み合わせをMSCに形質導入し、時点1(形質導入前:t=0)、時点2(時点1から1~2週間の培養後)、時点3(時点2から1~2週間の培養後)において、フローサイトメトリーにより、GFP(SHAMコントロールを除き、Tの発現のレポーターである)陽性細胞の割合(GFP陽性率)を測定した結果を表す。
【
図7】
図7は、Brachyury(T)、SOX6(S)、FOXQ1(F)およびcMyc(C)の所定の組み合わせをMSCに形質導入し、時点2(形質導入から1~2週間の培養後)および時点3(時点2から1~2週間の培養後)において、フローサイトメトリーにより、GFP(SHAMコントロールを除き、Tの発現のレポーターである)が陽性の細胞画分(+)および陰性の細胞画分(-)ごとに、[A]Tie2陽性率、[B]GD2陽性率、[C]CD24陽性率を測定した結果を表す。[D]は、髄核前駆細胞マーカーの陽性率をフローサイトメトリーにより分析した結果の概要を表すヒートマップである。
【
図8】
図8は、Brachyury(T)、SOX6(S)、FOXQ1(F)およびcMyc(C)の組み合わせ(TSF+C)またはT、FおよびCの組み合わせ(TF+C)を形質導入したMSC、あるいはSHAMのMSCを、全体を放射線処理したヒト髄核組織の断片上に播種し、1~2週間後に遊走性、増殖性およびGFPタンパク質のおおよその存在性について試験した、蛍光顕微鏡(Olympus IX70、オリンパス株式会社)による観察像である。SHAMコントロールについては、大きな線維芽細胞様の特徴を有する、均質に分布した細胞集団が観察された。一方でTSF+CおよびTF+Cについては、播種から1週間後では組織断片の外層にGFP陽性細胞が点在していたが、その後大きな高密度の細胞集団の塊を形成するよう変化しており、これは最初に播種した細胞が増殖性の幹細胞様の表現型を有していることを示唆している。
【
図9】
図9は、Brachyury(T)、SOX6(S)、FOXQ1(F)およびcMyc(C)の組み合わせ(TSF+C)、T、FおよびCの組み合わせ(TF+C)またはCのみ(C)を形質導入したMSC、あるいはSHAMのMSCについて、組織全体培養(whole tissue culture)による2週間の培養後に回収された細胞の、[A]数および[B]生存率(全細胞数に対するパーセンテージ)を表す。フローサイトメトリーにおいて、死細胞はPI(ヨウ化プロピジウム)染色により排除した。
【
図10】
図10は、Brachyury(T)、SOX6(S)、FOXQ1(F)およびcMyc(C)の組み合わせ(TSF+C)、T、FおよびCの組み合わせ(TF+C)またはCのみ(C)をMSCに形質導入し、組織全体培養(whole tissue culture)による2週間の培養後、フローサイトメトリーにより、GFP(SHAMコントロールを除き、Tの発現のレポーターである)が陽性の細胞画分(+)および陰性の細胞画分(-)ごとに、Tie2陽性率、GD2陽性率およびCD24陽性率を測定した結果を表す。
【
図11】
図11は、マスターレギュレーター転写因子(T、SOX6およびFOXQ1の4通りの組み合わせ方)を(A)線維芽細胞および[B]MSCに形質導入し、1週間培養することにより得られた、誘導髄核細胞の光学顕微鏡写真(10倍、スケールバーは250μm)である。(A)ヒト線維芽細胞から作製された誘導髄核細胞を、SHAMコントロール(マスターレギュレーター転写因子の代わりに緑色蛍光タンパク質(GFP)を形質導入している。)と対比している。(B)同様に、ヒト骨髄由来MSCから作製された誘導髄核細胞をSHAMコントロールと対比している。
【
図12】
図12は、形質導入から1~2週間後の誘導髄核細胞の細胞内(原形質内)に観察された空胞の光学顕微鏡写真(10倍および20倍)である。ヒト新生児真皮線維芽細胞に、T、SOX6およびFOXQ1を3通りの組み合わせ方で形質導入し、SHAMコントロールには代わりにGFPを形質導入した。黒い矢印は細胞内空胞を指している。
【
図13】
図13は、線維芽細胞由来の誘導髄核細胞における、マスターレギュレーター転写因子の異なる組み合わせによる、髄核細胞マーカー(アグリカン(ACAN)、II型コラーゲン(COL2)、I型コラーゲン(COL1)、CD24、ケラチン18(KRT18)およびケラチン8(KRT8))のmRNA発現レベルを検証した結果を表す。各グラフは、3名の異なるドナーに由来するヒト真皮線維芽細胞に、T、SOX6(S)およびFOXQ1(F)の異なる組み合わせを形質導入し、1週間培養したときの、GFPを形質導入したSHAMコントロールと対比した。mRNAの発現レベルは、GAPDHの発現レベルに対する相対値として算出し、ドナー毎にSHAMコントロールの発現レベル(相対値)との差を求めた。数値は平均値±標準誤差(SEM)を表す。統計分析には、二元配置分散分析(マッチングなし)およびTukeyの多重比較検定を用い、p<0.05を有意差ありと判定した(* p≦0.05、** p≦0.01、*** p≦0.005、**** p≦0.001)。
【
図14】
図14は、軟骨様ペレット〔chondrogenic pellets〕における誘導髄核細胞の組織学的な概要を示す光学顕微鏡写真(スケールバーは250μm)である。ブラキュリ(T)、SOX6(S)、PITX1(P)およびFOXQ1(F)の異なる組み合わせで形質導入された、線維芽細胞またはMSCのペレット培養物の、ヘマトキシリン/エオシンおよびサフラニン-O/ファストグリーン染色切片を、GFPで形質導入されたSHAMコントロールと対比している。ヘマトキシリン/エオシン染色により、TSおよびTSPの組み合わせで形質導入された線維芽細胞、ならびにTSで形質導入されたMSCは、強い細胞空胞化を示している。一方で、赤色サフラニン-O染色により、TSおよびTSFの組みあわせは、線維芽細胞およびMSCのどちらに由来する誘導髄核細胞でも、プロテオグリカンの領域または均一の沈着を示している。
【発明を実施するための形態】
【0037】
-髄核前駆細胞誘導剤(髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子)-
本発明の髄核前駆細胞誘導剤は、活性化髄核前駆細胞に向かって細胞を誘導させるための有効量の転写因子(髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子)の遺伝子またはその産物を含む剤である。本発明において、「髄核前駆細胞に向かって細胞を誘導する」ことには、(i)髄核前駆細胞以外の終末分化している細胞または髄核前駆細胞以外の細胞への分化にコミットしている細胞から髄核前駆細胞への「分化転換」を維持し、髄核前駆細胞へと誘導すること(本明細書において「第1実施形態」と呼ぶことがある。)、(ii)髄核前駆細胞およびそれ以外の細胞への分化能(多能性または多分化能)を有する幹細胞等から髄核前駆細胞へと分化誘導すること(本明細書において「第2実施形態」と呼ぶことがある。)、および(iii)脱分化または損傷した髄核前駆細胞を再活性化し、髄核前駆細胞にすること(本明細書において「第3実施形態」と呼ぶことがある。)、などの実施形態が包含される。本発明の髄核前駆細胞誘導剤は、上記第1、第2および第3実施形態のいずれにおいても使用することができ、総称として「髄核前駆細胞誘導剤」という用語を用いているが、特に第1実施形態で使用する場合は「分化転換剤」、第2実施形態で使用する場合は「分化誘導剤」、第3実施形態で使用する場合は「再活性化剤」などの用語を用いることもある。
【0038】
本発明の主題である髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子、すなわち髄核前駆細胞の表現型の維持に重要なマスターレギュレーター転写因子の組み合わせは、
(1)Brachyury(T)またはそのホモログ、
(2)SRY-box 6(SOX6)またはそのホモログおよびForkhead Box Q1(FOXQ1)またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種(SRY-box 6(SOX6)およびForkhead Box Q1(FOXQ1)からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそのホモログ)、ならびに
(3)MYC Proto-Oncogene, BHLH Transcription Factor(cMyc)またはそのホモログを含む。上記(2)の転写因子は、少なくともFOXQ1またはそのホモログを含むことが好ましく、FOXQ1またはそのホモログとSOX6またはそのホモログの両方を含むことがより好ましい。なお、上記の用語「T」、「SOX6」、「FOXQ1」、「cMyc」(および本明細書に記載されているその他の転写因子を表す用語)は、転写因子が遺伝子(核酸)かその産物(タンパク質)かを限定するものではなく、文脈に従って遺伝子(核酸)であるともその産物(タンパク質)であるとも解釈することができる。
【0039】
各髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子のホモログは当業者にとって公知であり、例えば日本DNAデータバンク(DDBJ)、NCBI GenBank、EMBLなどのデータベースによって検索することができる。どのような髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子(の組み合わせ)を選択するかは、本発明の髄核前駆細胞誘導剤を分化転換剤として(髄核前駆細胞以外に終末分化した細胞等に対して)使用するか、分化誘導剤として(髄核前駆細胞およびそれ以外の細胞への分化能を有する幹細胞等に対して)使用するか、再活性化剤として(脱分化または損傷した髄核前駆細胞に対して)使用するかに応じて、適宜調整することができる。
【0040】
本発明において「髄核前駆細胞」とは、(i)Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種の発現が陽性であること、および(ii)コロニー形成アッセイ培養条件下で、球状のコロニー形成ユニットの形成能を有すること、の少なくとも一方、好ましくは両方の形質を備える細胞を指す。なお、本発明が適用された細胞集団に属する細胞全てが均質に同じ形質を備えている必要はなく、少なくとも細胞集団の一部として、上記(i)、好ましくはさらに上記(ii)の形質を備えた細胞が存在していればよい。本発明では、上記(i)、好ましくはさらに上記(ii)の形質を備える髄核前駆細胞を比較的豊富に含む細胞集団を調製することができる。上記のような髄核前駆細胞は、髄核細胞(活性化髄核細胞表現型)への分化能を有するが、軟骨細胞、脂肪細胞、骨細胞、神経細胞など、多系列の細胞表現型への分化能も有している。
【0041】
本発明の好ましい実施形態において、本発明の「髄核前駆細胞」は、Tie2陽性、GD2陽性かつCD24陰性(Tie2+/CD2+/CD24-)である細胞、すなわち「活性化髄核前駆細胞表現型」(
図1「Activated Progenitor Cell」)である。しかしながら、本発明の「髄核前駆細胞」は、広義で、Tie2陽性、GD2陰性かつCD24陰性(Tie2+/GD2-/CD24-)である細胞、すなわち休眠型髄核前駆細胞表現型(
図1「Dormant Progenitor Cell」);Tie2陰性、GD2陽性かつCD24陰性(Tie2-/CD2+/CD24-)である細胞(
図1「Committing NP cells」);Tie2陰性、GD2陰性かつCD24陽性(Tie2-/CD2-/CD24+)である細胞(
図1「Committed NP cells」)であってもよい、換言すればTie2陰性、GD2陰性かつCD24陰性(Tie2-/CD2-/CD24-)である細胞(
図1「Matured NP cells」)以外の細胞を指すことができる。
【0042】
本発明において、「髄核前駆細胞」をさらに分化誘導することにより得られる「髄核細胞」(活性化髄核細胞表現型)とは、(i)多量のプロテオグリカン(例えばアグリカン)、II型コラーゲンなどの髄核関連マトリクスタンパク質を産生すること、または髄核細胞に特異的な細胞マーカー、例えばCD24、KRT8、KRT18などの少なくとも1種を発現すること、(ii)健康なまたは中程度に変性した椎間板を模倣する低血糖、酸性、低酸素および/または高浸透圧状態に対処できること、(iii)髄核細胞と同じ形態学的な特長、例えば細胞骨格の沈着や、比較的大きな細胞内空胞を有すること、などから選ばれる1つ以上の形質、好ましくは(i)、(ii)または(iii)のうちの複数のグループの形質(表現型)を備えることをいう。また、細胞集団に属する細胞全てが均質に同じ形質を備えている必要はなく、例えば上記(iii)の形質は細胞集団の一部に見られるものであってもよい。
【0043】
本発明の別の実施形態において、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、(1)Tまたはそのホモログと、(3)cMycまたはそのホモログを含む(すなわち前記(2)を含まない)もの、あるいは(2)SOX6またはそのホモログおよびFOXQ1またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種(SOX6およびFOXQ1からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそのホモログ)と、(3)cMycまたはそのホモログを含む(すなわち前記(1)を含まない)ものであってもよい。
【0044】
本発明の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、所望により、上記所定の転写因子以外の転写因子をさらに含むことができる。本発明の一実施形態において、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、PITX1またはそのホモログおよびPAX1またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種(PITX1およびPAX1からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそれらのホモログ)をさらに含むことができる。
【0045】
本発明の一実施形態において、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、HIF3α、SOX9、RUNX1、HIF1αおよびFOXA2からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそのホモログを含むことができる。
【0046】
本発明の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、標的細胞内に、遺伝子(核酸)の形態で導入してもよいし、その遺伝子の産物であるタンパク質の形態で導入してもよい。標的細胞内に遺伝子(核酸)またはタンパク質を導入するための手段はそれぞれ、当業者に多数知られており、適切な手段およびそれに対応する条件を本発明で利用することができる。髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子(核酸)は、例えば、プラスミド等のDNAの形態であってもよいし、mRNA等のRNAの形態であってもよく、それぞれ、例えば、リポソーム、脂質粒子、ポリマー等との複合体を用いたトランスフェクション;エレクトロポレーション;レトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、アデノウイルス、センダイウイルス等を用いたウイルスベクターなどによって標的細胞内に導入することができる。また、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子のタンパク質は、例えば、細胞透過性ペプチドを連結させることによって標的細胞内に導入することができる。
【0047】
本発明の一実施形態において、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、少なくとも1種の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子をコードする遺伝子が挿入された発現ベクター(ウイルスベクタープラスミド、発現プラスミド等)の形態で標的細胞内に導入される。標的細胞内でそのベクター上の遺伝子を発現させることにより、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子のタンパク質が産生され、その結果、Tie2およびGD2のように、活性化髄核前駆細胞表現型に特異的な遺伝子の発現が、直接的または間接的に誘導される。前記ベクターは、二本鎖であっても一本鎖であってもよいし、DNAであってもRNAであってもよい。前記ベクターは、核内または細胞質内に一時的または複製されながら持続的に存在する実施形態でもよいし、ゲノムDNAに組み込まれて永続的に存在する実施形態でもよい。複数の種類の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を発現させる場合、1つの発現ベクターによって1種類の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を発現させる(そのような発現ベクターを複数種組み合わせて用いる)ようにしてもよいし、1つの発現ベクターによって複数種の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を発現させるようにしてもよい。
【0048】
例えば、T、SOX6、FOXQ1およびcMycのそれぞれをコードする遺伝子を含むプラスミドDNAの各々を、レンチウイルスを用いたトランスフェクションによって、骨髄等に由来するヒト間葉系幹細胞または間葉系間質細胞(MSC)またはヒト線維芽細胞に導入し、各遺伝子の上流に配置された35Mカリフラワーモザイクウイルスプロモーター(pCMV)によって発現させることができる。これにより、上記4つの髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が導入されたヒト間葉系幹細胞またはヒト線維芽細胞におけるT、SOX6、FOXQ1およびcMyc遺伝子の過剰発現をもたらし、当該細胞を髄核前駆細胞に誘導することができる。このようにして得られる誘導髄核前駆細胞は、Tie2、GD2、CD24などの髄核前駆細胞特異的マーカーの発現および産生により特徴付けられる。
【0049】
本発明の一実施形態において、本発明の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、活性化髄核前駆細胞表現型のマーカーとして機能する。髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子は、例えば変性椎間板のように、老化して線維性細胞型に分化した髄核細胞を主とする細胞集団ではほとんど発現せず、それとは対照的に、健康な髄核前駆細胞を主とする細胞集団での発現量は比較的高い。そのため、単離、培養された髄核前駆細胞を含む細胞集団、または髄核、椎間板などの組織から採取された髄核前駆細胞、成熟した髄核細胞等を含む細胞集団における、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の発現レベル(陽性率)を測定することにより、髄核前駆細胞等を含む細胞集団の老化、変性または疾患の状態に関連する指標として、髄核前駆細胞の表現型、細胞活性や細胞集団ないし組織の健全性の指標を得ることができる。
【0050】
-誘導髄核前駆細胞の製造方法-
本発明の誘導髄核前駆細胞の製造方法は、インビトロで、本発明の髄核前駆細胞誘導剤(有効量の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物)を細胞に導入する工程(導入工程)、および導入工程により得られた細胞を培養して髄核前駆細胞に誘導する工程(誘導工程)を少なくとも含む。本発明の誘導髄核前駆細胞の製造方法は、好ましくはさらに、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種の発現状況を確認する工程(確認工程1)、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、コロニー形成アッセイ培養条件下におけるコロニー形成ユニットの形成能を有するかを確認する工程(確認工程2)、前記誘導工程の培養中または培養後の細胞について、髄核細胞への分化能を有するかを確認する工程(確認工程3)の1つ以上を含む。
【0051】
(導入工程)
導入工程は、本発明の髄核前駆細胞誘導剤(有効量の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物)を細胞に導入する工程である。
【0052】
髄核前駆細胞誘導剤を導入する対象とする細胞(本明細書において「導入対象細胞」と呼ぶ。)は、髄核前駆細胞以外の有核細胞である限り、好ましくは体細胞(生殖細胞以外の細胞)である限り、特に限定されるものではなく、種々の細胞型を含む。導入対象細胞は、確立された株化細胞であってもよいし、個体から採取された初代培養細胞(自家細胞または他家細胞)またはその継代細胞であってもよい。
【0053】
本発明の第1実施形態において、導入対象細胞は、髄核前駆細胞以外に終末分化した各種の体細胞、または髄核前駆細胞以外の細胞への分化にすでにコミットしている細胞(髄核前駆細胞以外の特定の細胞系列の前駆細胞等)である。そのような第1実施形態における導入対象細胞としては、例えば、入手および培養が比較的容易である皮膚組織の細胞、代表的には線維芽細胞が好ましいが、終末分化した(成熟した)髄核細胞を用いることもできる。
【0054】
本発明の第2実施形態において、導入対象細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性を有する幹細胞、髄核前駆細胞およびその他の細胞への多分化能を有する各種の幹細胞、またはその他の髄核前駆細胞への分化にまだコミットしてない細胞である。そのような第2実施形態における導入対象細胞としては、例えば、脂肪、臍帯、滑膜、骨髄などの組織から採取可能な成体幹細胞である間葉系間質細胞または間葉系幹細胞(MSC)が好ましいが、休眠型髄核前駆細胞表現型を用いることもできる。
【0055】
導入対象細胞は、一般的には脊椎動物に由来するもの、典型的には哺乳動物に由来するものであり、ヒトに由来するものであっても、ヒト以外の哺乳動物に由来するものであってもよい。哺乳動物としては、ヒトの他、例えばマウス、ラット、イヌ、ネコ、ヒツジ、ウシなどを挙げることができる。導入対象体細胞が個体から採取された初代培養細胞またはその継代細胞である場合、その個体は、誘導髄核前駆細胞を移植する予定の個体(椎間板障害の患者等)であってもよいし、当該個体とは異なる個体(健常者、ドナー)であってもよい。
【0056】
導入対象細胞は、遺伝的変異を有する脊椎動物に由来するものであってもよい。例えば、遺伝的変異を有する対象(ヒトまたはヒト以外の脊椎動物)由来の皮膚線維芽細胞に対して髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を導入し、誘導髄核前駆細胞を作製することにより、髄核細胞の挙動、椎間板の発生、その他の現象に対する遺伝的変異の影響(その遺伝子が有する役割)を分析することが可能となる。
【0057】
導入工程で用いられる髄核前駆細胞誘導剤は、(i)導入対象細胞が髄核前駆細胞以外に終末分化した細胞等である場合はその細胞から髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)への分化転換の維持および誘導のために有効な(必要な)量で、また(ii)導入対象細胞が未分化の細胞等である場合はその細胞から髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)へと分化誘導するために有効な(必要な)量で、使用すればよい。(i)の分化転換剤としての使用量、(ii)の分化誘導剤としての使用量はそれぞれ、本発明の実施形態によって、例えば、導入対象細胞の種類、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の種類およびそれを遺伝子(発現プラスミド、mRNA等)の形態で細胞に導入するかタンパク質の形態で導入するかの選択、さらにそれらの細胞への導入手段(ウイルスベクター、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、リポフェクション、細胞透過性ペプチドの連結、その他のトランスフェクション試薬等)、細胞の培養条件によって変動するものであり、一概に数値範囲を決定できるものではない。当業者であれば、例えば全細胞数に対する誘導髄核前駆細胞数の比率を指標として、所期の目的を達成できる使用量を調節および設定することができる。髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物は、所望の順序で多段階で全部の種類を導入するようにしてもよいが、一段階で全部の種類を導入することが好ましい。
【0058】
一つの指標として、ウイルスベクターを用いて遺伝子の形態の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を導入対象細胞に導入しようとするとき、ウイルスの感染多重度(MOI: Multiplicity of Infection)の概念に準じた、1細胞あたりのウイルスベクターの数が、適切な範囲となるようにすることが考えられる。一例として、1細胞あたりにウイルスベクターが約8個導入される(MOI=8に相当する)よう、ウイルスベクターの溶液を使用することが考えられる。上記「約8個」というのは例示であり、これより多くても少なくてもよく、当業者であれば適宜設定および調節することができる。髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子がウイルスベクター以外の形態で細胞に導入される実施形態であっても同様に、導入対象細胞1細胞あたりに適切な数の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子が導入されるように調節することができる。
【0059】
したがって、本発明の髄核前駆細胞誘導剤は、導入対象細胞の種類、細胞数、その他の培養条件に応じて、適切な“感染多重度”(1細胞あたりに導入される発現ベクター等)を有するよう調製された、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子を含有する溶液またはそのためのキットとして構成することも可能である。
【0060】
導入工程は、導入対象細胞に有効量の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物を導入し、導入後の細胞を培養するのに適した条件下で行えばよく、そのために用いられる培地中の成分(基本培地、成長因子、その他の添加成分、ベクター、トランスフェクション試薬等)、培養期間、雰囲気などの培養条件は、当業者であれば適切に設定することができる。
【0061】
(誘導工程)
誘導工程は、導入工程により得られた、本発明の髄核前駆細胞誘導剤(有効量の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物)が導入された転写因子導入細胞を培養して、髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核細胞表現型)に誘導する工程である。
【0062】
誘導工程は、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞が髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)になるまで培養するのに適した条件下で行えばよく、そのために用いられる培地中の成分(基本培地、成長因子、その他の添加成分等)、培養期間、雰囲気などの培養条件は、当業者であれば適切に設定することができる。また、誘導工程における培養は、二次元的な培養(例えば単層培養)であってもよいし、三次元的な培養(例えば、3Dペレット培養、組織全体培養(whole tissue culture:椎間板髄核組織から髄核前駆細胞を単離して培養するのではなく、椎間板髄核組織のニッチ中に保持されたまま髄核前駆細胞を培養する方法)、メチルセルロース培地中での培養)であってもよい。
【0063】
本発明の一実施形態において、誘導工程における培地(細胞培養物)は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF、FGF2と呼ばれることもある)、上皮成長因子(EGF)またはその両方が補充されたものとすることができる。bFGF(FGF2)およびEGFそれぞれの培地中の濃度は、活性化髄核前駆細胞表現型に向けて誘導させる作用を考慮して適宜調節することができるが、bFGF(FGF2)の濃度は、通常0.1~100,000ng/mL、好ましくは10~100ng/mLであり、EGFの濃度は、通常0.1~100,000ng/mL、好ましくは10~100ng/mLである。
【0064】
本発明の一実施形態において、例えば、誘導工程において、髄核前駆細胞を得た後、さらにその髄核前駆細胞から髄核細胞(好ましくは活性化髄核細胞表現型)を得るようにする場合、誘導工程における培地は、トランスフォーミング成長因子β1(TGFβ1)、トランスフォーミング成長因子β2(TGFβ2)およびトランスフォーミング成長因子β3(TGFβ3)からなる群より選ばれる少なくとも1種、および/または、増殖分化因子5(GDF5)および増殖分化因子6(GDF6)からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有することができる。TGFβ1、TGFβ2およびTGFβ3からなる群より選ばれる少なくとも1種の培地中の濃度は適宜調節することができるが、通常1~10,000ng/mL、好ましくは10~100ng/mL、例えば約10ng/mLである。GDF5およびGDF6からなる群より選ばれる少なくとも1種の培地中の濃度は適宜調節することができるが、通常1~100,000ng/mL、好ましくは10~500ng/mL、例えば約100ng/mLである。
【0065】
さらに、誘導工程における培地は、デキサメタゾン、L-アスコルビン酸、ウシ胎仔血清(FBS)およびITS-X(Insulin-Transferrin-Selenium-Ethanolamine)からなる群より選ばれる少なくとも1種を、好ましくは全てを、適切な量で含有することができる。デキサメタゾンの培地中の濃度は、通常0.1~1,000ng/mL、好ましくは4~500ng/mL、例えば約10ng/mLである。L-アスコルビン酸の培地中の濃度は、通常1~1,000μM、好ましくは5~500μM、例えば約50μMである。FBSの培地中の濃度は、通常0.5~40%である。ITS-Xの培地中の濃度は、通常0.1~5%である。
【0066】
本発明の一実施形態において、誘導工程は、低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つの条件下で、より好ましくはこれら全ての条件下で、細胞を培養することができる。そのような環境下で髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞を培養することにより、健康なまたは中程度に変性した椎間板の環境である低血糖、酸性、低酸素(および高浸透圧状態)で生存することのできる誘導髄核前駆細胞を作製し回収することができる。低酸素環境は、一般的に培地の雰囲気の酸素濃度が1~10%、好ましくは2~5%、例えば約2%の環境を指す。なお、誘導工程を低酸素条件で行わない場合は、培地の雰囲気の酸素濃度は例えば約21%とすることができる。酸性環境は、一般的に培地の室温(例えば25℃)におけるpHが6.5~7.4の範囲、例えばpHが約6.8の環境を指す。低グルコース環境は、一般的に培地中のグルコース濃度が4.5g/L以下、例えば約1g/Lの環境を指す。これらの環境下での培養期間は適宜調節することができるが、一般的には2~90日間(3ヶ月)、例えば14日間(2週間)である。例えば、酸素濃度2%の低酸素環境下で2週間、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞を培養することが好ましい。
【0067】
(確認工程1)
確認工程1では、誘導工程の培養中または培養後の細胞における、誘導髄核前駆細胞を特徴付ける遺伝子またはタンパク質、すなわち髄核前駆細胞マーカーの発現状況を確認する。髄核前駆細胞マーカーとしては、例えば、活性化髄核前駆細胞表現型において陽性であるマーカー(陽性マーカー)、陰性であるマーカー(陰性マーカー)のどちらも利用することができる。髄核前駆細胞マーカーは、遺伝子であっても、タンパク質であってもよいが、例えば細胞表面マーカーとしてのタンパク質であること(タンパク質の発現状況を確認すること)が好ましい。確認対象細胞における遺伝子および/またはタンパク質であるマーカーは、例えばリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR)、免疫組織学的染色法(IHC)、ウェスタンブロッティング、フローサイトメトリーなど、一般的な手法により、定量的または定性的に確認することができ、その結果に基づいて個別のマーカーの発現が陽性であるか陰性であるか、さらに確認対象細胞におけるマーカーが所定の発現プロファイルを有しているか否かを判定することができる。
【0068】
確認工程1は、より具体的には、誘導工程の培養中または培養後の細胞について、Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種の発現状況を確認する工程である。「Tie2、GD2およびCD24からなる群より選ばれる少なくとも1種の発現」は、髄核前駆細胞(および髄核細胞)を特長付ける細胞表面マーカーである(
図1参照)。上記3種の発現は、遺伝子についてでも、タンパク質についてでもよいが、好ましくはタンパク質についてである。上記3種の細胞表面マーカーの発現状況は、例えばリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR)、免疫組織学的染色法(IHC)、ウェスタンブロッティング、フローサイトメトリーなど、一般的な手法により、定量的または定性的に確認することができ、その結果に基づいて発現が陽性であるか陰性であるかを判定することができる。
【0069】
例えば、誘導工程の培養中または培養後の細胞について、Tie2が陽性、GD2が陽性、かつCD24が陰性であること(Tie2+/GD2+/CD24-)は、その細胞が活性化髄核前駆細胞表現型を有していることを表している。細胞集団中にそのような発現プロファイルを有する細胞が一定数含まれていれば、誘導工程により一定数の髄核前駆細胞(活性化髄核前駆細胞表現型)が得られたと判断するための指標の一つとして用いることができる。同様に、Tie2が陽性、GD2が陰性、かつCD24が陰性であること(Tie2+/GD2-/CD24-)は、休眠型髄核前駆細胞表現型を表しており、Tie2が陰性、GD2が陽性、かつCD24が陰性/陽性であること(Tie2-/GD2+/CD24-/+)は、髄核細胞にコミットしている(髄核細胞への分化が方向付けられた)ことを表しており、Tie2が陰性、GD2が陰性、かつCD24が陽性であること(Tie2-/GD2-/CD24+)は、髄核細胞にコミットしたこと(髄核細胞への分化が決定された)ことを表しており、Tie2が陰性、GD2が陰性、かつCD24が陰性であること(Tie2-/GD2-/CD24-)、さらに後述するような髄核細胞のマーカーが所定の発現プロファイルを有していることは、成熟した髄核細胞(活性化髄核細胞表現型)になったことを表している。
【0070】
なお、本発明では必要に応じて、特に誘導工程において、髄核前駆細胞を得た後、さらにその髄核前駆細胞から髄核細胞(好ましくは活性化髄核細胞表現型)を得るようにする場合、誘導工程の培養中または培養後の細胞における、誘導前駆細胞を特徴付ける遺伝子またはタンパク質、すなわち髄核細胞マーカーの発現状況を確認する工程(確認工程4)を行ってもよい。
【0071】
誘導髄核細胞の陽性マーカーとしては、例えば、CD24、アグリカン、II型コラーゲン、ケラチン8、ケラチン18などが挙げられる。本発明の一実施形態において、誘導工程の培養中または培養後の細胞、すなわち誘導髄核細胞(と推定される細胞)は、CD24、アグリカンおよびII型コラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも1種が発現している(陽性である)ことが好ましく、これら3種の全てを発現している(陽性である)ことがより好ましい。
【0072】
誘導髄核細胞の陰性マーカーとしては、例えば、I型コラーゲンが挙げられる。本発明の一実施形態において、分化誘導工程の培養中または培養後の細胞、すなわち誘導髄核細胞(と推定される細胞)は、I型コラーゲンが発現していない(陰性である)または発現が弱いことが好ましい。
【0073】
(確認工程2)
確認工程2は、誘導工程の培養中または培養後の細胞について、コロニー形成アッセイ培養条件下において、(特に球形の)コロニー形成ユニットの形成能を有するかを確認する工程である。「コロニー形成アッセイ培養条件下」は公知であり、本発明においても同様の実施形態とすることができるが、例えば、メチルセルロース含有培地中での培養が挙げられる。誘導工程により髄核前駆細胞が得られたと判断するための指標の一つとするために、誘導工程の培養中または培養後の細胞を確認工程2の対象細胞とし、コロニー形成アッセイ培養条件下において培養したときに、コロニー形成ユニットが形成されることを確認するようにしてもよい。
【0074】
(確認工程3)
確認工程3は、誘導工程の培養中または培養後の細胞について、髄核細胞(好ましくは活性化髄核細胞)表現型または脊索細胞表現型への分化能を有するかを確認する工程である。髄核前駆細胞から髄核細胞表現型または脊索細胞表現型へ分化誘導するための処理(培養方法、培養条件等)は公知である(例えば前掲非特許文献1参照)。誘導工程により髄核前駆細胞が得られたと判断するための指標の一つとするために、誘導工程の培養中または培養後の細胞を確認工程3の対象細胞とし、髄核前駆細胞から髄核細胞表現型または脊索細胞表現型へ分化誘導するための処理を適用したときに、髄核細胞が得られること、換言すれば処理後の細胞が、本明細書に記載したような方法により、髄核細胞であることを示す所定の細胞マーカーの発現プロファイルを有していることを確認するようにしてもよい。
【0075】
なお、確認工程3と共に、または確認工程3に代えて、誘導工程の培養中または培養後の細胞について、軟骨細胞、脂肪細胞および骨細胞からなる群より選ばれる少なくとも1種への分化能を有するかを確認する工程を行ってもよい。髄核前駆細胞から髄核細胞または軟骨細胞等の髄核細胞以外の細胞へ分化誘導するための処理(培養方法、培養条件等)は公知である(例えば前掲非特許文献1参照)。
【0076】
細胞から髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)への分化転換または分化誘導には、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の細胞内への形質導入および発現が必要である。確認工程1~3の少なくとも1つに基づく判断により、好ましくは確認工程1~2または1~3に基づく総合的な判断により、培養している転写因子導入細胞(細胞培養物中の細胞集団中の所望の割合の転写因子導入細胞)が髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)になったことが確認できれば、誘導髄核前駆細胞の製造を終了させることができる。
【0077】
上記のような本発明の誘導髄核前駆細胞の製造方法により、髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)を実質的に無限に(無尽蔵に)供給することが可能となる。本発明により得られる誘導髄核前駆細胞の用途は限定されるものではないが、典型的には、以下に説明するような製造方法により誘導髄核細胞をさらに得るために、また以下に説明するような椎間板障害の治療および予防方法において椎間板に投与するために、特にそのような用途に使用される細胞製剤を調製するために、利用することができる。
【0078】
-転写因子導入細胞・誘導髄核前駆細胞-
本発明の転写因子導入細胞および誘導髄核前駆細胞は、共に本発明の誘導髄核前駆細胞の製造方法によって産生される細胞であるが、本明細書において、髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物の有効量を含有する、つまり髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が導入されたばかりの細胞や、その導入後の培養によって髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子が過剰発現しているが活性化髄核前駆細胞表現型への誘導がまだ完了していない状態の細胞は「転写因子導入細胞」と呼び、転写因子導入細胞を培養することにより得られる、髄核前駆細胞としての表現型、好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型への誘導が達成された状態の細胞を「誘導髄核前駆細胞」と呼び、両者を区別することとする。転写因子導入細胞および/または誘導髄核前駆細胞を含む細胞集団、ならびに当該細胞集団を含む細胞培養物は、用途に応じて実施形態を調整することができる。例えば、誘導髄核前駆細胞を含む細胞集団を、椎間板障害の治療または予防用の細胞製剤を製造するための原料とする場合は、細胞集団中の誘導髄核前駆細胞の割合をなるべく高くする(逆に言えば、誘導髄核前駆細胞になっていない転写因子導入細胞の割合をなるべく低くする)ことが望ましい。
【0079】
また、本発明の一実施形態において、本発明による転写因子導入細胞、細胞培養物、誘導髄核前駆細胞または細胞集団は、対象における有効性および安全性を試験する工程を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための医薬または方法をスクリーニングする方法において利用する、つまり、投薬、因子または他の(環境)条件に対する髄核前駆細胞または患者特異的髄核前駆細胞の反応を評価するための、科学的、診断的または予後的ツールとしての、in vitro試験モデルとして利用することもできる。さらに、本発明により確立された方法論は、例えば、髄核前駆細胞の表現型、恒常性、椎体間椎間板の発達および病理における遺伝的欠陥の影響、および薬物に対する反応を評価するために、遺伝的欠陥を有する患者から髄核前駆細胞を作製するために利用することができる。このような用途に基づく実施形態により、例えば、個別化された医学的アプローチにおいて、投与前に個々の患者に対する特定の薬物の有効性を評価したり、患者に誘導髄核前駆細胞を投与する際の有害な副作用を防止するため、または医療費支出を抑えるための治療の有効性を評価したりすることができる。
【0080】
-医薬組成物および細胞製剤-
本発明の医薬組成物は、本発明の髄核前駆細胞誘導剤、すなわち有効量の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子(核酸)またはその産物(タンパク質)を含有する。また、本発明の細胞製剤は、体外(in vitro、ex vivo)において、有効量の髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を細胞に導入することによって得られた、誘導髄核前駆細胞を含有する。これらの医薬組成物および細胞製剤は、ヒトおよびヒト以外の脊椎動物の、脊椎関連疾患の治療および予防のために使用することができる。本発明の医薬組成物は、いわゆる遺伝子治療のような形態で、髄核に存在する細胞を体内(in vivo、in situ)で髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)にするために使用することができる。一方、本発明の細胞製剤は、同種異系移植、異種移植または自己細胞移植として椎間板変性髄核に移植することによって、脊椎に沿った生体力学的特徴を潜在的に回復させる、椎体間椎間板の構造の再増殖および回復のための有効な供給源として使用することができる。
【0081】
本発明の医薬組成物および細胞製剤を投与することにより(また次に記載する方法により)治療および予防することができる「脊椎関連疾患」としては、椎間板(髄核)の障害、変性、ヘルニア等が症状として表れる疾患、例えば、腰部または頚椎の椎間板症、椎間板ヘルニア、頚椎症性脊髄症、神経根症、脊椎分離症・すべり症、腰部脊柱管狭窄症、腰椎変性すべり症、腰椎変性側弯症が挙げられる。
【0082】
本発明の医薬組成物が含有する髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子(核酸またはタンパク質)、および細胞製剤が含有する誘導髄核前駆細胞の量は、所望の治療または予防の効果が得られる範囲で適宜調節することができ、特に限定されるものではない。例えば、本発明の細胞製剤における誘導髄核前駆細胞の含有量は、ヒトを対象とする場合は椎間板1つあたり誘導髄核前駆細胞が1個~10×107個投与されるような量、またヒト以外の脊椎動物を対象とする場合は上記と同等の量(換算量)とすることができる。
【0083】
本発明の医薬組成物および細胞製剤の剤型は、標的とする椎間板の髄核に送達できるものであればよいが、例えば注射剤、好ましくは椎間板(髄核)への局所投与用の注射剤とすることができる。医薬組成物および細胞製剤は、製薬学的に許容できる物質、例えば注射剤として調製する場合は注射用水、生理食塩水、培養液、その他の適切な溶媒・分散媒や、添加剤等を必要に応じて含むことができる。また、医薬組成物および細胞製剤は、必要に応じて注射器や併用される薬剤等も含むキットとして製造することもできる。
【0084】
-脊椎関連疾患の治療および予防方法-
本発明の脊椎関連疾患の治療および予防方法の第1実施形態(本明細書において「第1治療予防方法」と呼ぶ。)は、本発明の誘導髄核前駆細胞(を含む細胞集団)または誘導髄核前駆細胞(を含む細胞集団)を含む本発明の細胞製剤を、椎間板髄核組織に作用するように生体内に移植または投与することを含む。「椎間板髄核組織に作用するように」とは、移植または投与された誘導髄核前駆細胞等が患部である椎間板髄核組織に到達し、治療または予防の効果を発揮できれば、移植または投与の実施形態は特に限定されないことを意味し、例えば、椎間板髄核組織またはその近傍に誘導髄核前駆細胞等を移植することや、血管を通じて患部に誘導髄核前駆細胞等が到達するように注射することを含む。
【0085】
本発明の脊椎関連疾患の治療および予防方法の第2実施形態(本明細書において「第2治療予防方法」と呼ぶ。)は、本発明の髄核前駆細胞誘導剤またはそれを含む本発明の医薬組成物を、椎間板内の髄核細胞に作用するよう生体内に投与することを含む。「椎間板内の髄核細胞に作用するように」とは、投与された髄核前駆細胞誘導剤等が椎間板内の髄核細胞に取り込まれ、再活性化させることにより、治療または予防の効果を発揮できれば、投与の実施形態は特に限定されないことを意味し、例えば、椎間板髄核組織またはその近傍にin situで髄核前駆細胞誘導剤等を投与することや、血管を通じて患部に髄核前駆細胞誘導剤等が到達するように注射することを含む。
【0086】
本発明の第1治療予防方法における細胞製剤等および第2治療予防方法における医薬組成物等の作用の対象となる椎間板(髄核組織)は、変性、老化、その他の症状が発症している椎間板である。そのような変性等が起きている椎間板では、健康な髄核細胞が減少し、老化細胞および線維性髄核細胞が増加している。第1治療予防方法によって移植または投与された誘導髄核前駆細胞および第2治療予防方法によって生じた誘導髄核前駆細胞(再活性化された髄核前駆細胞)は、酸性、高浸透圧および低血糖状態である椎間板内微小環境で生存することができ、アグリカン、II型コラーゲン等の細胞外マトリックスの産生量が増加するため、椎間板障害等の脊椎関連疾患を治療または予防することができる。本発明の第2治療予防方法では、椎間板に含まれる老化細胞および線維性髄核細胞に髄核前駆細胞マスターレギュレーター転写因子を導入することによって、それらの細胞を髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)に分化転換および誘導することができる。
【0087】
本発明の第1治療予防方法における細胞製剤等および第2治療予防方法における医薬組成物等は、所望の治療または予防効果を奏するために有効な量で投与すればよい。そのような有効量は、細胞製剤、医薬組成物等の実施形態や投与対象、投与経路などを勘案しながら、1回あたりの投与量、投与回数および投与間隔(一定期間内の投与回数)などによって適宜調整することができる。第1および第2治療予防方法はいずれも、ヒトおよびヒト以外の脊椎動物に対して実施することができる。
【0088】
-誘導髄核細胞の製造方法-
本発明の誘導髄核細胞の製造方法は、インビトロで誘導髄核前駆細胞を培養して、髄核細胞(好ましくは活性化髄核細胞表現型)に分化誘導するまたは成熟させる工程(本明細書において「髄核細胞誘導工程」と呼ぶ。)を含む。髄核細胞誘導工程は、前述した、転写因子導入細胞から髄核前駆細胞を誘導するための誘導工程(以下「髄核前駆細胞誘導工程」と呼ぶ。)に続けて行うことができる。髄核前駆細胞(好ましくは活性化髄核前駆細胞表現型)から髄核細胞(好ましくは活性化髄核細胞表現型)に分化誘導するまたは成熟させるための手法(培養方法、培養条件、例えば培地の組成や培養期間等)は公知である。本発明における髄核細胞誘導工程は、そのような公知の手法に準じて、例えば培地の組成(前述したような、添加する成長因子等)を必要に応じて髄核前駆細胞誘導工程におけるものから変更するなどして、実施することができる。
【0089】
本発明の誘導髄核細胞の製造方法により得られる細胞集団には、誘導髄核細胞だけでなく、それを産出した誘導髄核前駆細胞も一定の割合で含まれている。本発明において「誘導髄核前駆細胞を含む」ことが規定されている、前述したような細胞集団および細胞製剤は、一実施形態として「誘導髄核前駆細胞および誘導髄核細胞を含む」細胞集団および細胞製剤であってもよく、本明細書の記載は適宜そのように読み替えることができる。
【実施例】
【0090】
(1)ヒト髄核組織
本研究の実施に際して、東海大学医学部の機関倫理審査委員会により、ヒト組織サンプルの採取と使用に関して審査され、承認が与えられた。インフォームドコンセントを取った患者からのみ、外科的切除した組織材料を採取し、使用した。
【0091】
(2)組織収集、細胞分離、および増殖培養
椎間板ヘルニア、椎間板変性症、または脊椎側弯症に関連する手術を受けている患者から椎間板組織を得た。組織を生理食塩水に収集し、肉眼で検査して、変性した髄核または線維輪組織からゼラチン状の髄核組織を分離した。採取したサンプルは、十分な量のCellBanker(登録商標)凍結保存液(日本全薬工業株式会社、日本)中、約-196℃での凍結保存か、細胞分離に供した。ヒト髄核細胞集団は、1cm3の断片で組織を細かく刻むことによって得た。その後、組織をTrypLE express(Gibco、USA)で37℃で1時間消化し、続いて0.25 mg / mLコラゲナーゼ-P(F. Hoffmann-La Roche, Ltd.、スイス)で2時間消化した。得られた細胞懸濁液をろ過し、洗浄し、10%ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)(特に明記しない限り)に3,000~5,000細胞 / cm2で播種し、後に使用するまで5% O2で増殖させた。末梢血単核細胞を採取した末梢血から分離した後、20%ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)に20,000細胞 / cm2で播種し、使用前の2週間、21%O2で増殖させた。
【0092】
(3)マイクロアレイアッセイ
マイクロアレイ分析の準備として、髄核細胞を、FACS Vantage cells(BD Biosciences、USA)による蛍光活性化セルソーティングを介してソーティングした。髄核細胞を0.25%(w/v)トリプシンおよび0.001%(w/v)エチレンジアミン四酢酸(EDTA)で剥離し、続いて、抗ヒトジシアロガングリオシドGD2(GD2)(BD Pharmingen; 14; G2a)mAbで30分間、その後FITC結合抗マウスIgヤギ(BD Biosciences)を4℃で30分間、染色した。洗浄後、細胞を、アロフィコシアニン結合抗ヒトTie2(R&D Systems, Inc.、クローン83715)mAbおよびPE結合またはビオチン化抗ヒトCD24(BD Biosciences、クローンML5)mAbで1時間染色した。細胞サンプルを4℃、1200 rpmで5分間遠心分離し、洗浄し、Tie2+/GD2+/CD24-、Tie2-/GD2+/CD24-/+、およびTie2-/GD2-/CD24+集団として分類した。さらに、集団をメチルセルロース培地MethoCult H4230(STEMCELL Technologies Inc.、USA)に同時に適用して、球状コロニー形成単位を形成できるようにし、酒井らの研究(Sakai, D., Nakamura, Y., Nakai, T., Mishima, T., Kato, S., Grad, S., Mochida, J. (2012). Exhaustion of nucleus pulposus progenitor cells with ageing and degeneration of the intervertebral disc. Nat Commun, 3, 1264. doi:10.1038/ncomms2226)に従って、そこからTie2-/GD2-/CD24+集団を取得した。分画した細胞をRNeasy Mini Kit RNAバッファー(QIAGEN、オランダ)に溶解し、メーカーの指示に従ってトータルRNAを単離した。Law Input Quick Amp Labeling Kit One Color(Agilent Technology, Inc.、USA)を用いて、RNAをCy3標識cRNAに変換し、続いてSurePrint G3 Human GE 8x60K v2マイクロアレイ(Agilent Technology, Inc.、USA)およびGene Expression Hybridization Kit(Agilent Technology, Inc.、USA)で処理した後、Agilent DNAマイクロアレイスキャナー(G2565CA、Aligent Technology、Inc.、USA)を介して、ソフトウェアFeature Extraction 7(Agilent Technology Inc.、USA)を用いて評価した。4つの異なる髄核細胞集団のそれぞれの発現プロファイルを、NCBIデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gds/)から取得した、データベースマイクロアレイで決定された神経前駆細胞(ID GSM1608144、GSM1608145)、線維芽細胞(ID GSM1191059、GSM1191060、GSM1191061)、iPS細胞(ID GSM1598135、GSM1598136、GSM1598137)および肺細胞(ID GSM1700910、GSM1700913)の発現プロファイルと、減算によって比較した。
【0093】
図1[B]~[D]に結果を示す。マイクロアレイアッセイより、合計2000を超える転写因子の中から、髄核細胞集団において全体的に高い発現を示す150を超える転写因子が明らかになった。それらの転写因子を、発現レベルが高い順に並べると次の通りである:(1) PAX1, (2) PITX1, (3) BARX1, (4) FOXQ1, (5) HOXC9, (6) HOXC4, (7) HOXA9, (8) HOXA6, (9) HOXB8, (10) PAX9, (11) PRRX1, (12) FOSB, (13) HOXB9, (14) HOXA3, (15) HOXA10, (16) HOXC6, (17) GLIS1, (18) EPAS1, (19) SIX1, (20) MKX, (21) HOXC8, (22) GATA6, (23) NKX3-2, (24) SIX2, (25) RUNX1, (26) HOXA7, (27) HOXB6, (28) HOXC10, (29) FOXC1, (30) HOXA5, (31) HOXD3, (32) FOXF2, (33) FOS, (34) ZFP36, (35) FOXL1, (36) KLF9, (37) SNAl2, (38) TBX15, (39) KLF2, (40) NFIA, (41) PRRX2, (42) KLF4, (43) HOXB5, (44) PRDM8, (45) T, (46) VDR, (47) HOXA2, (48) HOXA11, (49) HOXB3, (50) NR4A2, (51) FOXF1, (52) FOSL2, (53) NFIX, (54) TLE2, (55) NR4A3, (56) NPAS2, (57) HSF4, (58) SIX4, (59) HOXB7, (60) HOXB2, (61) EGR1, (62) KLF8, (63) ZMAT3, (64) ZFHX4, (65) MYC, (66) SOX9, (67) NFIL3 ,(68) STAT2 ,(69) FOXC2, (70) GATA3, (71) PRDM16, (72) SMAD9, (73) SNAl1, (74) JUNB, (75) HOXD8, (76) DMRTA1, (77) SOX6, (78) PITX2, (79) PARG, (80) FOXS1, (81) FLl1, (82) FOSL1, (83) NFATC4, (84) FOXA1, (85) MAFB, (86) DLX3, (87) SOX5 ,(88) NR3C1, (89) PKNOX2, (90) VAX1, (91) LBX2, (92) HOXB4, (93) OSR1, (94) THZ3, (95) DLX5, (96) MEIS2, (97) GSC, (98) KLF5, (99) MSC, (100) TBX18, (101) KLF10, (102) FOXP2, (103) GLIS3, (104) DBX1, (105) HOXC12, (106) DLX2, (107) HOXC5, (108) PLAGL1, (109) HOXC13, (110) HOXD10, (111) PAX6, (112) HNF4A, (113) NKX6-1, (114) ZBTB7B, (115) HLF, (116) TBX4, (117) MLXIPL, (118) NFATC1, (119) ID3, (120) ATF3, (121) ID2, (122) HOXC11, (123) HIVEP2, (124) PGR, (125) PPARA, (126) ZIC1, (127) MYBL1, (128) LHX9, (129) OSR2, (130) STAT1, (131) FEY, (132) TBX2, (133) TWIST1, (134) STAT6, (135) MAF, (136) STAT5A, (137) PAX8, (138) EGR2, (139) TOX, (140) EBF1, (141) FOXD4, (142) OTX1, (143) NFE2L3, (144) HOXD9, (145) ZEB1, (146) NKX3-1, (147) TSHZ2, (148) ELF4, (149) FOXP1, (150) EBF3, (151) DLX4, (152) TBX1, (153) KLF6, (154) SIX5, (155) TSHZ1, (156) HOXA4, (157) FOX01, (158) RUNX2, (159) DMRT1, (160) IRX3, (161) ETS1, (162) MXD4, (163) ZHX1, (164) HNF1A, (165) MEIS1, (166) RUNX3, (167) HAND2, (168) EGR3, (169) VAX2, (170) MEOX2, (171) HIF1 A, (172) BNC1, (173) ZFPM2, (174) HIC1, (175) MSX1, (176) SHOX2, (177) JUN, (178) CREB3L 1, (179) TBX3, (180) HOXA 13, (181) BACH2, (182) 1D1, (183) STAT4, (184) SOX11, (185) IRX5, (186) HES5, (187) LHX1, (188) BCL6B, (189) NR2F2, (190) NR2F1, (191) NANOG, (192) FOXA2, (193) FOXM1。MYC(本明細書中のcMyc)は65位であり、Tie2+GD2+髄核細胞における発現レベルは比較的高い。
【0094】
(4)プラスミド増幅およびウイルス粒子生産
日本の京都大学のiPS細胞研究所の厚意により、Brachyury(T)が挿入されたpMX-IRES-GFPベクター、および各転写因子候補の遺伝子コンストラクトが挿入されたpMXs-GWベクターが提供された。各プラスミドを、LB-broth(Miller)(Sigma-Aldrich CO. LLC、USA)中で、42℃で45秒間のヒートショックおよびその後の一晩のインキュベーションにより、MAX Efficiency Stbl2化学的コンピテント細胞(Invitrogen、USA)にクローニングすることで増幅した。翌日、NucleoBond Xtra Midiキット(Takara Bio Inc.、Japan)により、製造説明書に沿って、プラスミドDNAを単離し精製した。
【0095】
ウイルス粒子を生産するために、10%FBS、1%ピルビン酸塩および50U/mL(50μg/mL)ペニシリン/ストレプトマイシンが添加されたDMEM高グルコース培地に、プラチナ-GPレトロウイルスパッケージング細胞を、55×103細胞/cm2の密度で、0.1%ゼラチンコートプレート(Sigma-Aldrich Co. LLC、USA)上で播種した。翌日、北沢らの研究(Kitazawa, K. et al. OVOL2 Maintains the Transcriptional Program of Human Corneal Epithelium by Suppressing Epithelial-to-Mesenchymal Transition. Cell reports 15, 1359-1368, doi:10.1016/j.celrep.2016.04.020 (2016))に従って、培地2mLにつき、5.4μLのFuGENE(Promega、USA)、600ng(0.6μL)のpLP/VSVG(Invitrogen、USA)(代替エンベロープとしての水疱性口内炎ウイルスGタンパク質の発現プラスミド)、1200ng(1.2μL)の単数導入遺伝子をコードするpMXs-GWプラスミドまたはpMX-IRES-GFPベクターDNA、および60μLのOpti-MEM(Thermo Fisher Scientific.、USA)、合計69μLを添加した。24時間後、培地をリフレッシュし、さらに24時間後、培地を回収し、0.45μm孔径のフィルターユニット(Sigma-Aldrich Co. LLC、USA)で濾過することで、ウイルス粒子を回収した。ウイルス粒子懸濁液を直接、それぞれの研究に直接適用した。
【0096】
(5)「スピンフェクション」によるヒト間葉系間質細胞の分化転換
その1:細胞形態
ヒト間葉系間質細胞は、商業ベンダー(Lonza、スイス)から入手したか、インハウスの整形外科手術中の骨髄の吸引およびその後培養により入手した。骨髄穿刺液内の骨髄由来単核細胞を、20%(v/v)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリンおよび100μg/ mLストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)を添加したα-最小必須培地イーグル培地(Thermo Fisher Scientific、USA)に1000-2000細胞/cm2で播種した。細胞を37℃、21%O2インキュベーターチャンバーに1週間保持し、間葉系間質細胞をプラスチック表面に付着させた。次に、培地をリフレッシュして、付着していない細胞集団を廃棄した。続いて、付着した細胞をさらに1週間増殖させた後、0.25%(w/v)トリプシンおよび0.001%(w/v)エチレンジアミン四酢酸(EDTA)で継代した。
【0097】
得られた間葉系間質細胞を、10%(v/v)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリン、および100μg/mLストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)を含むダルベッコ改変イーグル培地(Thermo Fisher Scientific、USA)に沈めた、コーティングされていない6ウェルプレート(WAKO、日本)に、5.5×103細胞/cm2で播種し、一晩付着させた。翌日、培地を、ウシ胎児血清を含まない2 mLダルベッコ改変イーグル培地(Thermo Fisher Scientific、USA)に交換した。各ウェルに、500μLのウイルス粒子含有培地を2 mLの容量まで加え、指定された各導入遺伝子について、1、2、または3つの導入遺伝子のみを受け取る条件、または導入遺伝子をまったく受け取らない条件となるようにした。ウシ胎児血清を含まないダルベッコ改変イーグル培地(Thermo Fisher Scientific、USA)で2mLの容量を構成して満たし、各ウェルの最終容量を4mLにした。SHAMコントロールグループは、強化された緑色蛍光タンパク質の発現ベクターを含むよう作製された500μLのウイルス粒子培地を受け取った細胞により構成した。続いて、培地に40μgのポリブレン(Santa Cruz Biotechnology、Inc.、USA)を補充した。次に、細胞を30℃で30分間、800Gの遠心力にかけた。細胞を取得し、ウイルス粒子培地を廃棄し、過剰量のリン酸緩衝生理食塩水で洗浄し、0.1%(v/v)インスリン-トランスフェリン-セレン-エタノールアミン溶液(Thermo Fisher Scientific、USA)、100U/mLペニシリン、および100μg/mLストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、米国)、1%(v/v)ウシ胎児血清、および50μMリン酸L-アスコルビルマグネシウム(FUJIFILM和光純薬株式会社、日本)を添加した。その後、細胞を2%O2、37℃のインキュベーションチャンバーに移し、週に2~3回培地をリフレッシュした。オリンパスIX70蛍光顕微鏡(オリンパス株式会社、日本)を用いて、細胞形態の変化および緑色蛍光発現の変化を経時的に追跡した。
【0098】
形質導入後1週間培養された間葉系間質細胞の形態学的変化は、形質導入された導入遺伝子の組み合わせに大きく依存して、形質導入した日(t0)の同じ間質系細胞と比較して形態に明確な変化をもたらすことが明らかになった(
図2)。ネガティブコントロール(NC)および緑色蛍光タンパク質で形質導入されたSHAMコントロール条件は、形態における変化が限定的で、薄い細長い細胞を示す線維芽細胞の形態を維持しており、また高い増殖能を備えていることも明らかになった。適用された組み合わせに応じて、各導入遺伝子の添加は細胞形態を不均一な集団に変えることができ、多角形のコブルストーン細胞、高密度の細胞骨格の特徴を示す多角形細胞、中心から長い突起を有する細長い細胞、複数の樹状細胞のような突起を有する星状細胞様細胞、または培養表面から分離しているように見える球状細胞などを呈している。cMycで処理された細胞は、細胞を取り巻く光の「ハロー」の存在によって示されるように、プラスチック培養表面への付着が限定的な、より球形の細胞を呈している。TおよびFOXQ1(TF)、またはT、FOXQ1およびcMyc(TF+C)、またはT、FOXQ1およびSOX6(TFS)、またはT、FOXQ1、SOX6、およびcMyc(TFS+C)の組み合わせは、髄核細胞に類似した形態の細胞を呈した。また、形質導入の有効性は、(i)SHAMコントロールにおける形質導入の成功、および(ii)Tを含む形質導入細胞におけるTの形質導入および発現の成功、の指標としての緑色蛍光タンパク質が細胞内で発現していることを示す、細胞内の緑色蛍光の存在によって調べた。緑色蛍光は、Tを含む各形質導入条件の大部分およびまたはSHAMコントロールで検出された。
【0099】
(6)「スピンフェクション」によるヒト間葉系間質細胞の分化転換
その2:qPCR分析
各条件の形質導入細胞を、0.25%(w/v)トリプシンおよび0.001%(w/v)エチレンジアミン四酢酸(EDTA)とのインキュベーションによって回収し、全リボ核酸(RNA)分離のために準備した。全RNAは、SV-Total RNA Isolation System(Promega Corp.、USA)を用いて、製造元の指示に従って分離した。続いて、Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(Applied Biosystem、USA)を適用して、単離されたRNAを相補的デオキシリボ核酸(cDNA)に変換した。メッセンジャーリボ核酸(mRNA)発現プロファイルは、SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystem、USA)、カスタム設計されたプライマー(FASMAC Co. Ltd.、日本)、およびQuantstudio(登録商標)3システム(Applied Biosystems、USA)を適用して、採取した細胞について評価した。得られたサイクル閾値(CT)値は、グリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ発現について得られた内部対照CT値に対して正規化され、非形質導入サンプルの相対発現レベルに対してさらに正規化され、相対発現レベルを2-ΔΔCTとして計算した。
【0100】
図3は、それぞれ前述した2週間の培養後の、T、SOX6、FOXQ1、およびcMycのさまざまな組み合わせで形質導入された間葉系間質細胞のqPCR分析で得られた結果を、非形質導入の、または緑色蛍光タンパク質(SHAM)で形質導入された、間葉系間質細胞と比較して示している(n=1)。Collagen Type II alpha 1(COL2A1)、Paired Box 1(PAX1)、Cluster of Differentiation 24(CD24)、Paired-like homeodomain 1(PITX1)、Aggrecan(ACAN)、およびKeratin-8(KRT8)の相対的なmRNA発現レベルが決定された。COL2A1の発現は、Tで形質導入されたすべての条件で大幅な増加を示し、FOXQ1の添加によってさらに増幅された。PAX1(髄核細胞の表現型に関連する最高の転写因子であることが明らかにされており、髄核細胞の表現型のマスターレギュレーター転写因子として確認されている、PCT/JP2020/004449明細書参照)の発現は、「T、FOXQ1、SOX6、およびcMyc」(TFS+C)、「T、SOX6、およびFOXQ1」(TSF)、「T、FOXQ1およびcMyc」(TS+C)、「TおよびFOXQ1」(TF)で最も強い増加を示しており、cMycの追加により、「TおよびFOXQ1」(TF)、「T、SOX6およびFOXQ1」(TSF)の両方の組み合わせについて、PAX1発現を強化することができた。CD24の発現も同様に、「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)、「T、SOX6およびFOXQ1」(TSF)、「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)の発現が強く増加しており、やはり、「TおよびFOXQ1」(TF)が形質導入された間葉系間質細胞に対して、cMycの追加により分化ポテンシャルが強化されることを示している。PITX1の増加は、「T」のみの組み合わせで強化され、転写因子FOXQ1およびcMycが追加された場合にのみ維持することができた。ACANは、「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)、「T、SOX6およびFOXQ1」(TSF)、「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)、「TおよびFOXQ1」(TF)、さらに「TおよびSOX6」(TS)の組み合わせで形質導入された間葉系間質細胞でいくらかの増加を示した。最後に、KRT8の発現は、「T、SOX6およびFOXQ1」(TSF)、「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)、「TおよびFOXQ1」(TF)で強く増加した。これらの結果は一緒になって、重要な髄核細胞マーカーの発現を増強するcMycの能力を示唆している。
【0101】
(7)「スピンフェクション」によるヒト間葉系間質細胞の分化転換
その3:成長速度およびコロニー形成
形質導入された間葉系間質細胞を得て、10 ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子、100U/mLのペニシリンおよび100μg/mLのストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)を添加した20%(v/v)ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)で、5%O2張力で培養した。形質導入された細胞を約3週間培養し、継代時に細胞を注意深くカウントした。
【0102】
図4は、T、SOX6、FOXQ1のいずれか、またはこれら3つの組み合わせで形質導入した条件では、非形質導入細胞またはSHAM形質導入細胞と比較して、増殖速度の低下がもたらされることを示唆している。ほとんどの組み合わせにcMycを追加すると、得られた細胞の増殖速度が強く増加した。
【0103】
10ng/mLの基本線維芽細胞成長因子、100U/mLのペニシリンおよび100μg/mLのストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)が添加された20%(v/v)ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)で、5%O
2張力で培養して得た形質導入細胞を、酒井らの研究(Sakai et al., 2018)に記載されているように、MethoCult H4230メチルセルロース培地(STEMCELL Technology、Canada)で浮遊培養することによる、コロニー形成アッセイに供した。約4,000個の形質導入細胞を、4mLのMethoCult H4230メチルセルロース培地(STEMCELL Technology、Canada)と、激しく手動で振盪することにより混合した。1mLのMethoCult細胞懸濁液を35mmφのペトリディッシュに移し、続いて5%O
2張力で10日間培養した。一時的に、倒立光学顕微鏡を用いて、スフェロイド形をしたコロニーを追跡し、写真を撮った。10日目に形成されたコロニーの例を
図4に示す。これは、10個を超える細胞からなる球状のコロニー形成単位を呈しており、主に緑色蛍光タンパク質陽性であり、Tの活発な発現を示唆している。コロニー形成単位の形成は、コロニー形成単位を生じさせる個々の細胞の、幹細胞様または前駆細胞様の表現型を示唆している。
【0104】
倒立光学顕微鏡を使用して、分析されたすべての条件について、スフェロイド形のコロニーの数を数えた。
図5は、1mLのMethoCult H4230メチルセルロース培地(STEMCELL Technology、Canada)に1000個の細胞を播種し、10日間培養して得られた、平均コロニー形成単位を示す。コロニー形成単位率は、1週間の増殖後に十分な生細胞数を示したサンプルについてのみ評価できた。
図4から示唆されているように、cMycを追加していない条件では増殖培養の1週目では十分な細胞数を得ることができなかったため、コロニー形成アッセイでは、「SHAM」、「T」(T)、「SOX6」(S)、「FOXQ1」(F)、「TおよびSOX6」(TS)、「TおよびFOXQ1」(TF)、「SOX6およびFOXQ1」(SF)、「SOX6、FOXQ1およびcMyc」(SF+C)、「T、SOX6、FOXQ1およびcMyc」(TSF+C)は示していない。それにもかかわらず、
図5に示すように、評価された条件のうち、cMycに髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の1つを組み合わせて形質導入された条件で、高いコロニー形成率が認められる。改めて、cMycが成長速度を高め、同様に幹細胞様または前駆細胞様の表現型をサポートまたは誘導することができ、形質導入された細胞の不均一な集団内でのコロニー形成を可能にする能力を有することが示唆されている。
【0105】
(8)「スピンフェクション」によるヒト間葉系間質細胞の分化転換
その4:細胞表面マーカーの変化
10 ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子、100 U/mLのペニシリンおよび100 μg/mLのストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)を添加した20%(v/v)ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)で、5%O2張力で培養して得られた形質転換細胞を、数週間維持し、サンプルをそれぞれ抗CD24抗体、抗GD2抗体、および抗Tie2抗体で染色することで、分化クラスター24(cluster of differentiation 24: CD24)、ジシアロガングリオシド(disialoganglioside: GD2)およびチロシンタンパク質キナーゼ(Tyrosine-protein kinase: Tie2)の細胞表面マーカーの発現を、また緑色蛍光タンパク質の一般的な発現を、経時的に分析した。陽性率は、FACS Vantage(BD Bioscience、Erembodegem、Belgium)を介して、CellQuest Pro(BD Bioscience)およびFlowJo Software(FlowJow LLC、Ashland、OR、US)を適用して分析した。
【0106】
緑色蛍光タンパク質の陽性は、Tを形質導入したすべての条件で、T発現の指標として評価した(ただし、SHAM形質導入緑色蛍光タンパク質の陽性は、Tのレポーターとして機能しない)。1つの時点は、1~2週間の期間が空いたことを示す。
図6は、緑色蛍光タンパク質の発現の経時変化を示す。時点1で、すべてのT形質導入条件は90%を超える陽性率を示し、Tベクターの形質導入の成功と活発な転写を示している。SHAM形質導入間葉系間質細胞は、観察期間中、緑色蛍光タンパク質の発現を90%を超えるレベルに維持することができ、これは、ベクターの転写が妨げられなかったこと、および/または緑色蛍光タンパク質発現ベクターを得られなかった間葉系間質細胞に強い利点があったことを示唆している。Tまたは緑色蛍光タンパク質ベクターの形質導入を伴わない条件では、緑色蛍光タンパク質の陽性率は1%未満と評価され、緑色蛍光タンパク質陽性細胞をゲートするために設定されたしきい値が選択的であることを示唆している。Tの発現をレポートする緑色蛍光タンパク質陽性細胞は、最も強力な髄核細胞マスターレギュレーター転写因子(PCT/JP2020/004449明細書参照)、すなわち「T、SOX6およびFOXQ1」または「TおよびFOXQ1」にcMycと組み合わせたものを含む条件(TSF+C、TF+C)でのみ維持できた。cMycが形質導入されていない他の組み合わせ、すなわち「T、SOX6およびFOXQ1」(TSF)、「TおよびSOX6」(TS)およびより少ない範囲で「T」および「TおよびFOXQ1」(TF)は、緑色蛍光タンパク質発現細胞の画分において、時点2で急激に減少し、時点3で完全に失われた。「TおよびcMyc」(T+C)、「T、SOX6およびcMyc」(TS+C)の組み合わせにおける、cMycの追加は、緑色蛍光タンパク質発現細胞の割合の維持を増強することができたが、時点3ではその増強は失われている。全体として、これらの結果は、形質導入された細胞が発現ベクターの干渉によって緑色蛍光タンパク質(したがってT)の発現を失うか、または/および、緑色蛍光タンパク質(したがってT)を発現しなかったより増殖性の細胞が上回ったことを示唆している。総合すると、このデータは、マスターレギュレーター転写因子「TおよびFOXQ1」とSOX6が、Tの継続的な発現を可能にするために好ましいことを示唆しているようであるが、cMycの追加が、(1)前駆細胞様の表現型を可能とすることにより誘導された髄核細胞の増殖を可能にすること、または/および(2)T発現ベクターのダウンレギュレーションを防ぐ能力にとって必要である。
【0107】
形質導入された細胞を培養し、複数の時点で分析するために取得した。細胞をフローサイトメトリー分析にかけ、緑色蛍光タンパク質の陽性集団内および陰性集団内で、T、SOX6、FOXQ1、およびcMycのさまざまな組み合わせを持つ形質導入細胞の、Tie2、GD2、およびCD24の陽性率を評価した。
図7[A]は、対象となる一次形質導入の組み合わせについての、Tie2、GD2、およびCD24の陽性率の変化を示す。Tie2の発現は、各条件のSHAMコントロールと比較して比較的高かった。さらに、緑色蛍光タンパク質陽性集団では、T、SOX6、およびFOXQ1の組み合わせに関係なく、cMycの追加はTie2陽性率を高める傾向があった。さらに、cMycの追加により、時点2および時点3からのTie2陽性率の維持または増強が可能となった。対照的に、緑色蛍光タンパク質陰性集団では全体として、特にSHAMと比較して、より高いTie2陽性率が観察された。興味深いことに、cMycの追加はTie2の発現を増強するようには見えず、むしろ悪化させており、これは、特に(緑色蛍光タンパク質の陽性によって示される)Tの形質導入および発現とcMycの形質導入の組み合わせが、Tie2発現の増強に有益である可能性があることを示唆している。全体として、データは、PCT/JP2020/004449明細書に記載されているマスターレギュレーター転写因子がTie2の発現を誘導する能力、および、非特許文献1(Sakai et al., 2012)およびこれに続く特許文献1(WO2011/122601)で提示されている、この髄核前駆細胞マーカーの発現を、cMycが増強できることを示唆しているようである。
【0108】
形質導入された細胞のGD2発現を評価した結果、条件間での違いは限定的であった(
図7[B])。SHAMコントロールと比較すると、FOXQ1がなく、SOX6が導入されていると、GD2の発現が減少したが、これは、Tが発現している限り、FOXQ1を導入することで救済できた。たとえば、比較的低いGD2発現は、緑色蛍光タンパク質が発現している場合、発現していない場合、どちらの「TおよびSOX6」形質導入細胞(それぞれ、TS+およびTS-)でも観察された。cMycの追加により、GD2の発現レベルをわずかに高めることができた。しかしながら、この組み合わせにFOXQ1を追加すると、特に緑色蛍光タンパク質が発現している条件では、緑色蛍光陽性の「T、SOX6およびFOXQ1」の組み合わせ(TSF+)で示されるように、GD2発現が強く増加した。FOXQ1の利点は、「TおよびFOXQ1」(TF)および「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)形質導入細胞における全体的なGD2の高発現によってさらに強調される。
【0109】
CD24を評価した結果、異なる条件間で違いが最も顕著であった(
図7[C])。まず、CD24の発現は、緑色蛍光タンパク質発現細胞で主に観察され、CD24の誘導におけるTの役割を示唆している。しかしながら、特にPCT/JP2020/004449明細書の記載において提案されているマスターレギュレーター転写因子を含む組み合わせは、CD24のより高い陽性率をもたらし、cMycの追加よってさらに、強く増加させることができた。このことは、cMycが、非特許文献1(Sakai et al., 2012)およびこれに続く特許文献1(WO2011/122601)で提示されている、成熟したCD24発現髄核細胞を大量に生じさせることができる、高度に分裂する前駆細胞としての、前駆細胞様表現型を形成できる能力を有することを示唆している。
【0110】
(9)「スピンフェクション」によるヒト間葉系間質細胞の分化転換
その5:組織全体培養
形質導入された細胞を取得し、蛍光活性化セルソーティング技術によってソーティングして、精製された緑色蛍光タンパク質発現細胞(SHAMコントロールを除いて、T発現の指標となる)を得て、髄核組織への培養のために調製した。同時に、以前に脊椎手術中に得られ、液体窒素貯蔵庫に保存されていた、19歳の男性患者由来の0.38グラムの髄核組織断片を、氷上で解凍した。続いて髄核組織に、20mAで150kVの放射線を毎分1.64Gyで照射することにより、15Gyの放射線を照射し、組織から生細胞を除去した。SHAM形質導入細胞、ならびに「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)、「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)を形質導入した間葉系間質細胞から得られた、ソーティングされた緑色蛍光タンパク質発現細胞の培養のために、この無細胞組織断片を洗浄し、巨視的に均等に分割した。組織断片をファルコンチューブに移し、10 ng/mLの塩基性線維芽細胞成長因子、100 U/mLのペニシリンおよび100 μg/mLのストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)を添加した3 mLの20%(v/v)ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)を補充した。次に、それぞれの細胞を組織断片の上部に播種し、5%O2張力で培養した。オリンパスIX70蛍光顕微鏡(オリンパス株式会社、日本)を用いて、緑色蛍光タンパク質発現細胞の存在および遊走を組織断片で追跡した。
【0111】
結果を
図8に示す。イメージングにより、SHAM条件により、大きな緑色蛍光タンパク質発現細胞が存在し、組織断片全体でより線維芽細胞の形態が見られ、1週目から2週目までほとんど変化がなかったことが明らかになった。「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)と「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)の組み合わせの両方で、主に組織断片の相互作用表面に散発的な丸みを帯びた緑色蛍光タンパク質発現細胞が生じ、その後、2週目に高密度のクラスターを生じた。このデータは、「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)と「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)が髄核組織断片内に移動し、その後強力に増殖して、最初の散発的な緑色蛍光タンパク質発現細胞に由来する、緑色蛍光タンパク質発現細胞の高密度のクラスターを形成したことを示唆している。このデータは、髄核組織に播種された、「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)と「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)の形質導入細胞の、増殖性および前駆細胞様の表現型を示唆している。
【0112】
5 mLのTrypleExpress(Thermo Fisher、USA)を37℃で30分間使用した後、100 U/mLペニシリンおよび100 μg/mLストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific、USA)が添加された10 mLの10%(v/v)ウシ胎児血清αMEM(Thermo Fisher Scientific、USA)あたり0.0025グラムのコラゲナーゼ(ROCHE)を37℃で60分間適用して消化した。このようにすることで、組織全体培養から細胞を分離できる。トリパンブルー排除試験を用いて、手動細胞カウントにより、条件ごとの総細胞収量を調べた。総細胞収量を
図9[A]に示す。これは、SHAMコントロールの細胞数が少なく、cMycのみの条件の細胞数がわずかに多く、「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)と「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)の形質導入細胞は際立って細胞数が多く、より高い増殖性すなわち前駆細胞様の表現型、またはより高い生存能力のいずれかを支持する。
【0113】
続いて、組織全体培養から分離された細胞をフローサイトメトリー分析に供して、(1)細胞生存率(
図9[B])および(2)細胞表面マーカー陽性率(
図10)を評価した。ヨウ化プロピジウム染色により細胞生存率を調べたところ、SHAM条件およびcMyc条件は両方とも、それぞれ生存率が97.1%と100%である、「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TSF+C)と「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)と比較して、比較的低い生存率(約90%)を示した。総細胞収量とまとめると、「T、FOXQ1、SOX6およびcMyc」(TFS+C)と「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)は、SHAMおよびcMycのいずれよりも、髄核組織内ではるかに高い増殖率を示したことが明らかである。
【0114】
細胞表面マーカーの評価により、緑色蛍光タンパク質が陽性かに関係なく、「T、SOX6、FOXQ1およびcMyc」(TSF+C)と「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)の形質導入細胞でTie2の発現が高いことが明らかになった。これに対して、SHAMまたはcMycのみの条件は、高いTie2陽性画分を示さなかった。最も顕著なのは、「T、SOX6、FOXQ1およびcMyc」(TSF+C)または「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)が形質導入され、主に緑色蛍光タンパク質陽性集団((+))でのみ観察された、CD24陽性率の増加である。「T、SOX6、FOXQ1およびcMyc」(TSF+C)と「T、FOXQ1およびcMyc」(TF+C)は、非特許文献1(Sakai et al., 2012)およびこれに続く特許文献1(WO2011/122601)において得られた結果と類似する、CD24発現髄核細胞を大量に生じさせることができる能力を有しているという考えを再び促進する。さらに、累積的にこれらの発見は、椎間板の細胞療法製品において、髄核前駆細胞または髄核前駆細胞様細胞の方が間葉系間質細胞(MSC)よりも好ましいことを裏付けている。未分化のSHAM MSCサンプルは、髄核組織内での増殖能が限定的であり、(CD24発現の欠如によって示唆されるように)軟骨細胞様の表現型へより分化することができないためである。
【0115】
[参考例]
以下の参考例により、当業者であれば、線維芽細胞などの終末分化した各種の体細胞を用いた場合にも、本発明の作用効果が奏されるであろうことを理解できる。
【0116】
(10)ヒト線維芽細胞の分化転換:その1
ヒト新生児皮膚線維芽細胞(Lonza、Switzerland)を、10%(v/v)FBS、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン含有DMEM中で増殖させた。形質導入の前日に、0.25%(w/v)トリプシン、0.001%(w/v)エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびPBS中で5分間インキュベートすることによりヒト線維芽細胞を分離し、続いて6100μg/mlペニシリンおよび100μg/mlストレプトマイシン含有DMEMで十分に覆ったウェルプレートに5.5×103細胞/cm2の密度で播種した。
【0117】
各ウェルに、各導入遺伝子について形質導入された500μLのウイルス培地を最大容量2mlまで加えた。SHAMコントロールとしては、GFP導入遺伝子ベクターを加えた。100U/mlのペニシリンおよび100μg/mlのストレプトマイシン含有DMEMを、1ウェルあたりの全容量が4mlになるまで加えた。さらに、培地に40μgポリブレン(Santa-Cruz Biotech)を補充した。培養物を30℃で約800Gで30分間スピンダウンした。続いて、ウイルス含有培地を除去し、細胞を過剰のPBSで洗浄した。最後に、0.1%(v/v)インスリン-トランスフェリン-セレン-エタノールアミン溶液(ITS-X;ThermoFisher)、1%(v/v)FBS、50μM L-アスコルビン酸リン酸マグネシウム塩n水和物(WAKO、Japan)、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン含有DMEMを、10ng/mlのTGFβ1(PeproTech、Japan)および100ng/mlの増殖分化因子5(GDF5; PeproTech)の補充あり、補充なしで添加し、細胞を37℃2%02で2週間培養し、3~4日ごとに新鮮な培地を与えた。細胞形態を光学顕微鏡で捕捉し、導入された転写因子の組み合わせに依存して時間的変化を明らかにした。
【0118】
結果を
図11および
図12に示す。非処理、SHAMまたはT-形質導入線維芽細胞は、分化培養を通してその細長い形態を維持しながら、ほとんど変化を示さなかった(
図11[A])。これに対して、T、SOX6およびFOXQ1から選ばれる2つまたは3つの組み合わせによる形質導入は一貫して、細胞の小画分が線維芽細胞形態を維持しながら、異種集団をもたらした。また、細胞は大きさが増し、顕微鏡観察に基づけばその増殖傾向を失うようである。形態学的には、細胞を3つの亜集団に分けることができた:(i)細胞の中心からの長い突起の存在を伴う細長い細胞型をとる細胞、(ii)強い細胞骨格沈着を提示する多角形細胞、および(iii)デンドライト様突起を提示する星状細胞様形態、である(
図11[A])。
【0119】
最終的に、転写因子を組み合わせて形質導入した群の細胞は、散発的に、脊索細胞のinvitroで観察される空胞に似ている細胞内空胞を有する細胞を提示した(
図12)。同様に、PITX1(データ示さず)の添加は、強い細胞骨格沈着および細胞サイズの増加を伴い、上記(ii)の表現型の強い増加をもたらした。
【0120】
(11)ヒト線維芽細胞の分化転換:その2
0.25%トリプシンおよび0.001%EDTAで形質導入細胞を採取し、さらなる評価に供した。qPCR評価に使用されるサンプルについては、SV-Total RNA Isolation System(Promega Corp.、USA)を用いて、製造元の指示に従って、全RNAを単離した。単離されたRNAはその後、付随する指示書に従って、高容量RNA-to-cDNAキット(ThermoFisher)によってcDNAに変換された。次いで、およそ10~100ngのcDNAをSYBRGREEN(ThermoFisher)媒介qPCR分析に使用し、髄核マーカーおよび脊索マーカーのための特注設計のプライマーセットを適用した。得られた発現レベルは、GAPDHおよびそれに続くSHAMコントロールのものと比較した遺伝子発現レベルを比較する、2-ΔΔCT値として計算した。
【0121】
結果を
図13に示す。qPCR分析は、SHAM形質導入細胞と比較して、同定されたマスターレギュレーター転写因子の組み合わせで形質導入された細胞における髄核細胞マーカー発現の増加傾向が明らかであった。得られた発現プロファイルは、形質導入の1週間後の線維芽細胞におけるT、FOXQ1およびSOX6の二重または三重の転写因子の組み合わせの全てについて、いくつかの選択された髄核細胞マーカーのmRNA発現レベルが増加したことを示している。これらの結果から、T、SOX6およびFOXQ1を組み合わせた形質導入が、細胞外マトリクス、アグリカン(ACAN)およびII型コラーゲン(COL2)のmRNAレベルの増加において最も強力かつ最も一貫した傾向を生じたことが明らかとなった。さらに、T+SOX6およびT+FOXQ1はSHAMコントロールと比較して相対的により高いKRT8の発現レベルを示したが、三重転写因子の形質導入は髄核細胞マーカーのKRT18およびKRT8の強い増加傾向を示した。また、ほとんどの組み合わせについてCD24は強い増加傾向を示し、T+SOX6+FOXQ1およびT+FOXQ1の組み合わせが最も高かった。さらなるデータ(ここには含まれていない)は、PITX1、ANXA3およびOVOSについて、TSFおよびその他の組み合わせが発現レベルを向上させる傾向にあることを示している。最後に、陰性マーカー;COL1A1は、T+SOX6+FOXQ1についてのみ望ましい減少傾向を示した。
【0122】
(12)ヒト線維芽細胞の分化転換:その3
さらに、2週間の単層分化培養後、形質導入した線維芽細胞を、先に記載した分化培地0.5ml中の15mlポリプロピレン円錐チューブ(BD Biosciences)に入れた250,000細胞の密度で、前述のように計数した。細胞懸濁液を1500rpmで5分間室温でスピンダウンした。得られた細胞ペレットを1日間培養した後、ペレットをコニカルチューブの底から緩く叩き、今度は球状細胞集合体を2%02で3週間さらに培養した。最後に、ペレットを4%(v/v)パラホルムアルデヒドで固定し、Tissue-TEKO.C.T化合物(Sakura、Japan)を添加し、液体窒素中で急速冷凍した。得られた試料を、シラン被覆スライド(MUTO純粋化学物質)上に8μm切片に凍結切片した。次いで、切片を1g/L Safranin-0(Merck、USA)および800mg/L Fast Green FCF染色(Merck)溶液またはヘマトキシリンエオシン染色でペレット内のECMの産生を視覚化した。
【0123】
結果を
図14に示す。まず、GFP(SHAM)または単一の転写因子候補(データは示さず)で形質導入された線維芽細胞のペレット培養物は、脊索または髄核表現型の特異的特徴の存在なしに、完全な線維性ペレット構造を生じた。空胞化細胞形態の欠如またはプロテオグリカン沈着の欠如のそれぞれによって示される。これに対して、SOX6、T、PITX1、およびFOXQ1から選ばれる転写因子の組み合わせで形質導入された線維芽細胞からなるペレットは、脊索の表現型に対する細胞形態の強い変化を示し、細胞質内に大きな空胞を提示した。さらに、T+SOX6、特にT+SOX6+FOXQ1で形質導入された線維芽細胞からなるペレットは、軽度から強度にかけてのサフラニン-O染色の領域を示し、ペレット内の脊索細胞様領域に全体的にプロテオグリカン沈着を示した。脊索細胞に見られる小胞の出現は、線維芽細胞の髄核細胞系統への分化が成功したことを示している。なぜなら、これらの特徴は、他の哺乳動物細胞種には一般的に見られないからである。さらに、サフラニン-Oで染色されたプロテオグリカンの存在は、髄核細胞表現型の軟骨形成特徴の有効な活性化を示し、細胞がペレット培養内で脊索細胞表現型を超えてより成熟した髄核細胞表現型に分化する傾向があることを示している。
【国際調査報告】