(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-11-09
(54)【発明の名称】健常な腸オルガノイドを得る方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20221101BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20221101BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20221101BHJP
C07K 14/00 20060101ALN20221101BHJP
【FI】
C12M3/00 Z ZNA
C12N5/071
C07K14/78
C07K14/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022515064
(86)(22)【出願日】2020-08-24
(85)【翻訳文提出日】2022-04-28
(86)【国際出願番号】 EP2020073586
(87)【国際公開番号】W WO2021043606
(87)【国際公開日】2021-03-11
(32)【優先日】2019-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522087051
【氏名又は名称】プレシジョン・キャンサー・テクノロジーズ・インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100179062
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100199565
【氏名又は名称】飯野 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100212705
【氏名又は名称】矢頭 尚之
(74)【代理人】
【識別番号】100219542
【氏名又は名称】大宅 郁治
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162570
【氏名又は名称】金子 早苗
(72)【発明者】
【氏名】リッツィ、シモーヌ
(72)【発明者】
【氏名】トゥーアティ、ジェレミー
(72)【発明者】
【氏名】フレグニ、ジュリア
(72)【発明者】
【氏名】ブキャナン・ピサノ、カラ
(72)【発明者】
【氏名】クーメリュー、フランク
(72)【発明者】
【氏名】エユロ、マチュー
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB11
4B065AA90X
4B065AA93X
4B065AC20
4B065CA44
4H045AA10
4H045BA17
4H045BA57
4H045CA40
4H045EA20
4H045EA34
(57)【要約】
本発明は、新しく単離された又は凍結された腸細胞の増殖、及びそれに由来する腸オルガノイドの形成に好適な生体機能性三次元ヒドロゲルであって、天然由来マトリックス、例えばマトリゲル(登録商標)の使用を回避し、臨床的用途に好適な腸オルガノイドであって、商業的に実現可能な方法で生成する腸オルガノイドをもたらす、生体機能性三次元ヒドロゲルに関する。本発明はまた、前記ヒドロゲルを好適な培地と組み合わせて含むキットの内容物、及び前記キットの内容物を使用して、新しく単離された又は凍結された腸細胞からオルガノイドを作製して細胞を増殖させる方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖、並びにそれらに由来する腸オルガノイドの形成に好適な生体機能性三次元ヒドロゲルであって、前記ヒドロゲルが、
- ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、少なくとも1つの前駆体分子、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有する架橋分子、並びに、
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド
の反応生成物であり、
前記架橋分子が少なくとも1つのRGDモチーフを含むことを特徴とする、
生体機能性三次元ヒドロゲル。
【請求項2】
前記多重アームPEGが4-アーム及び8-アームPEGからなる群から選択される、請求項1に記載のヒドロゲル。
【請求項3】
前記ヒドロゲルのずり弾性率が50~1000Paである、請求項1又は2に記載のヒドロゲル。
【請求項4】
前記ヒドロゲルが、
i)少なくとも2つのチオール基及び少なくとも2つのRGDモチーフを含むペプチドと架橋した8-アームPEGビニルスルホンである反応生成物、又は
ii)少なくとも2つのチオール基及び少なくとも2つのRGDモチーフを含むペプチドと架橋した8-アームPEGビニルスルホンである反応生成物、並びに/若しくは少なくとも2つのチオール基及び少なくとも2つのRGDモチーフを含むペプチドと架橋した8-アームPEGアクリレートである反応生成物を含む、
請求項1~3のいずれか一項に記載のヒドロゲル。
【請求項5】
前記ヒドロゲルのずり弾性率が経時的に低下する、請求項1~4のいずれか一項に記載のヒドロゲル。
【請求項6】
前記ヒドロゲルは酵素分解の影響を受けにくい、請求項1~5のいずれか一項に記載のヒドロゲル。
【請求項7】
前記架橋分子が少なくとも2つのRGDモチーフ及び少なくとも2つのシステインを含むペプチドである、請求項1~6のいずれか一項に記載のヒドロゲル。
【請求項8】
前記架橋分子がAc-GCREGRGDSPGGRGDSPGERCG-NH
2である、請求項7に記載のヒドロゲル。
【請求項9】
新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖、並びにそれらに由来する腸オルガノイドの形成のためのキットの内容物であって、
- ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、少なくとも1つの前駆体分子、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有し、少なくとも1つのRGDモチーフを含む架橋分子、
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド、並びに、
- R-スポンジン1、好ましくはR-スポンジン1条件培地、及び、Wnt3a、好ましくはWnt3a条件培地を含む培地
を含む、キットの内容物。
【請求項10】
前記架橋分子が少なくとも2つのRGDモチーフ及び少なくとも2つのシステインを含むペプチドである、請求項9に記載のキットの内容物。
【請求項11】
前記前駆体分子が、8-アームPEGビニルスルホン、又は8-アームPEGビニルスルホンと8-アームPEGアクリレートとの組合せである、請求項9又は10に記載のキットの内容物。
【請求項12】
請求項1~8のいずれか一項に記載の三次元ヒドロゲルの製造方法であって、前記方法が、
a1)基材の表面に、若しくは基材の別々の空間、好ましくはマルチウェルプレート内に、ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、1つ以上の異なるヒドロゲル前駆体分子を分注し、
前記ヒドロゲル前駆体分子に、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有し、少なくとも1つのRGDモチーフを含む架橋分子、及び
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド
を加える工程;又は
a2)基材の表面に、若しくは基材の別々の空間、好ましくはマルチウェルプレート内に、未反応粉末、好ましくは凍結乾燥させた未反応粉末の再懸濁物を分注する工程であって、
前記未反応粉末が、
- ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、1つ以上の異なるヒドロゲル前駆体分子、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有し、少なくとも1つのRGDモチーフを含む架橋分子、及び
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド
を含む、工程;
b)ヒトの生検で得た細胞、好ましくは新しく単離された若しくは凍結された腸細胞を、前記基材の表面に若しくは前記基材の別々の空間内に添加する、又は、前記基材の表面に若しくは前記基材の別々の空間内に添加する前にa1)若しくはa2)のヒドロゲル前駆体調合物に添加する工程;並びに
c)前記ヒドロゲル前駆体分子と前記架橋分子を架橋させてヒドロゲルを形成する工程
を含む、方法。
【請求項13】
新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖のための方法であって、以下の工程:
a)明細書に記載されたキットの内容物を使用して、前記キットの培地の存在下、前記キットのヒドロゲルと、新しく単離された又は凍結された腸細胞をインキュベートすることによる、前記新しく単離された又は凍結されたヒト腸細胞に由来するオルガノイドをデノボ形成する工程、
b)請求項9~11のいずれか一項に記載のキットの内容物を使用して、工程a)の腸オルガノイドに由来する細胞を成長させ、任意に継代し、及び増殖させる工程、
c)任意に、細胞分化を誘発する改変培地の存在下で、工程a)のオルガノイドを分化させる工程
を含み、
完全に合成されたヒドロゲル、又は完全に明確な半合成のヒドロゲルのみを使用することを特徴とする、方法。
【請求項14】
前記方法において、自己分解性である完全に明確な半合成のヒドロゲルのみを使用する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記方法において、自己分解性である完全に合成されたヒドロゲルのみを使用する、請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療及び精密医薬の分野、特に、患者に由来する健常な腸オルガノイド(PDO)を調製する方法に関する。
【0002】
炎症性腸疾患(IBD)に罹患している人の数は、世界的に増加し続けている。粘膜治癒及び腸のバリア機能の再確立は、実質的に良好な予後、低い再発率及び入院率、並びに手術及び結腸がんのリスクの低下に関連する重要な治療目標である。しかし、現在の医療的処置は、IBD患者全てに有効ではなく、患者の約16~47%は、診断後の10年間に手術を必要とする(Frolkis et al., Risk of surgery for inflammatory bowel diseases has decreased over time: a systematic review and meta-analysis of population-based studies; Gastroenterology 2013; 145:996-1006)。これは、移植及び腸バリア機能の再確立のための再生材料として大きく期待される幹細胞に富む腸オルガノイドによる新規な治療法に対する解決されていない課題を明確に強調する。
【0003】
細胞スフェロイド又はクラスターを含むオルガノイドは、幹細胞の三次元構造又は幹細胞から生じた器官特異的細胞であり、in vivoでの状況と同様の方法で、細胞選別と空間的に制限された系統拘束により自己組織化(又は自己パターン化)する。したがって、オルガノイドは、細胞の自然生理学を呈し、細胞の組成(残りの幹細胞及び/又はさまざまな分化段階における特殊化細胞タイプを含む)及び自然状況を模倣する生体構造を有する。幹細胞は、組織又はオルガノイド断片から単離できる。オルガノイドが生成される細胞は分化して、自己組織化する複数の細胞タイプを示す器官様組織を形成し、in vivoで器官に非常に類似した構造を形成することができる(すなわち、細胞分化)。したがって、オルガノイドは、in vivoでの発達に非常に類似した系で、ヒト器官及びヒト器官の発達を検討するための優れたモデルである。オルガノイドはまた、臨床的用途のための細胞を成長及び増殖させるために使用される。単離された腸陰窩又は幹細胞から成長したオルガノイドはまた、本分野では、「エンテロイド」又は「コロノイド」と称されてもよい。
【0004】
腸オルガノイドは、実験による大腸炎を有するマウスに首尾よく送達され、細胞が上皮に接着し、その一体部分になることが実証されている(Yui et al., Functional engraftment of colon epithelium expanded in vitro from a single adult Lgr5+ stem cell, Nature medicine Vol. 18, no. 4 2012, 618-624;Fordham et al., Transplantation of Expanded Fetal Intestinal Progenitors Contributes to Colon Regeneration after Injury, Cell Stem Cell 13, 734-744, December 5, 2013;及びSugimoto et al., Reconstruction of the Human Colon Epithelium In Vivo, Cell Stem Cell 22, 1-6, February 1, 2018 (https://doi.org/ 10.1016/j.stem.2017.11.012))。これらの検討では、成功を収めた腸オルガノイドの成長及び移植は、PDO確立及び増殖のための動物由来マトリックス(例.マトリゲル(登録商標))の使用に依存した。
【0005】
マトリゲル(登録商標)中で幹細胞のターンオーバーを伴う基礎的な陰窩-絨毛生理学を維持する腸オルガノイドのための3D培養系が、説明されている(Sato et al., Single Lgr5 stem cells build crypt-villus structures in vitro without a mesenchymal niche, Nature, Vol 459, 14 May 2009, 262-266;Sato et al., Paneth cells constitute the niche for Lgr5 stem cells in intestinal crypts, Nature, Vol 469, 20 January 2011, 415-419;Sato et al., Long-term Expansion of Epithelial Organoids From Human Colon, Adenoma, Adenocarcinoma, and Barrett’s Epithelium, GASTROENTEROLOGY 2011;141:1762-1772;WO 2009/022907 A2;WO 2010/090513 A2;WO 2012/168930 A2;WO 2013/093812 A2)。これらの研究では、マトリゲル(登録商標)中で成長した細胞に供給するために使用される、細胞培養培地に好適な成分の特定が主要な課題であった。
【0006】
しかし、動物由来のマトリックス、例えばマトリゲル(登録商標)のバッチごとの変動、及び不明確な組成により、ヒトにおいてそれらを使用するには、規制当局の承認の妨げとなっている。したがって、腸オルガノイド移植治療法をヒト患者に転じるため、臨床的使用のために腸オルガノイド培養物のいくつかの側面を改変する必要がある。これらには、明確でヒト使用のために承認を受け、規模拡大可能であり、好ましくは異種不含(すなわち、動物に由来する成分を含まない)な、支持マトリックス及び培地の開発が含まれる。
【0007】
ラミニン111を補給した、明確であるが合成ではない(すなわち、同種不含でもなく、異種不含でもない)フィブリンヒドロゲルが、腸オルガノイドの成長を支持することが、Broguiere et al., Growth of Epithelial Organoids in a Defined Hydrogel, Adv. Mater. 2018, 1801621に示された。フィブリン中のRGDドメインが天然に存在することが、オルガノイド成長にとって、必須であることが示された。
【0008】
Gjorevski(Gjorevski et al., Designer matrices for intestinal stem cell and organoid culture, Nature, Vol 539, 24 November 2016, 560-56;Gjorevski et al., Synthesis and characterization of well-defined hydrogel matrices and their application to intestinal stem cell and organoid culture, Nature protocols, Vol. 12, no.11, 2017, 2263-2274;WO 2017/036533 A1及びWO 2017/037295 A1)は、一次マウス及びヒト小腸オルガノイド、並びにヒト結腸直腸がんオルガノイドの成長のために、特異的酵素分解及び自己分解速度の制御(PEG-アクリレートの加水分解)を含めた、官能基化RGDペプチド及び異なる分解速度を有する、酵素(第XIII因子)により架橋化した8-アームポリエチレングリコール(PEG)ヒドロゲルを開発した。マウス組織(全タンパク質)から精製されたラミニン111の添加が、オルガノイドの分化を補助するために必要であった。
【0009】
マウス細胞の増殖及びオルガノイド形成ではこの方法は成功したことがあるが、この系が、ヒトの生検で得た新しく単離された又は凍結されたヒト細胞の増殖及びオルガノイド形成にとって好適であることは示されていない(むしろ、Gjorevski 2017,p.2265において疑問視された)。また、第XIII因子による酵素的な架橋反応が行われた唯一の系は高価で、商業的目的のためのスケールアップ及び/又は自動化が難しく、再現も困難であることが証明されている。
【0010】
Cruz-Acunaの研究(Cruz-Acuna et al., Synthetic hydrogels for human intestinal organoid generation and colonic wound repair, Nature cell biology, advanced online publication published online 23 October 2017; DOI: 10.1038/ncb3632, 1-23;Cruz-Acuna et al., PEG-4MAL hydrogels for human organoid generation, culture, and in vivo delivery, Nature protocols, Vol. 13, September 2018, 2102-2119;及びWO 2018/165565 A1)は、ヒト胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞を使用して腸オルガノイドを成長させるための、RGDにより官能基化され、プロテアーゼ分解性ペプチドGPQ-Wにより架橋された完全合成の4-アームPEG-マレイミドヒドロゲルの開発に基づいている。これらの合成ゲル中で増殖させたオルガノイドは、次に、概念実証のためにウス結腸傷害モデルに注入され、腸オルガノイド移植の治療可能性が実証された。
【0011】
この系により、患者の生検で得た新しく単離された又は凍結された細胞を増殖させて、オルガノイドが形成できることは示されていない。この系では、架橋成分は酵素により分解される必要がある。
【0012】
現在、ex vivoでオルガノイドの培養を確立させるための標準は、新しく単離した細胞(組織由来)を、最初に「ゴールドスタンダード」であるマトリゲル(登録商標)(基底膜抽出物(BME)の市販製品の1種)で被包し、次いで、数回継代して細胞を成長させる(すなわち、細胞数を増加させる)ことを含む。BME(例.マトリゲル(登録商標))は、マウス肉腫抽出物に由来するゲルで、上述したように、バッチごとの一貫性に乏しく、組成が不明確であることから、臨床では使用することはできず、規制当局の承認の取得は、困難であるか、不可能である(Madl et al., Nature 557 (2018), 335-342)。
【0013】
オルガノイドの確立のための不明確な異種成分又はヒト成分を有するゲルの使用を排除すると、臨床的用途、例えば、再生医療、精密医薬、薬物試験又は患者層別において、オルガノイドを使用する主な障害の1つが克服されると思われる。
【0014】
完全に明確な(完全合成ではない)マトリックス中で培養した、生検で得た新しく単離された細胞の概念実証は、Mazzocchi et al., In vitro patient-derived 3D mesothelioma tumor organoids facilitate patient-centric therapeutic screening, Scientific reports (2018) 8:2886;Votanopoulos et al., Appendiceal Cancer Patient-Specific Tumor Organoid Model for Predicting Chemotherapy Efficacy Prior to Initiation of Treatment: A Feasibility Study, Ann Surg Oncol (2019) 26: 139-147;及びWO 2018/027023 A1に提示されている。簡単に説明すると、中皮腫及び虫垂がん患者に由来する細胞を、ヒアルロン酸/コラーゲンをベースとするヒドロゲル中で培養し、薬物応答を予測するためのプラットフォームを開発した。しかし、マトリゲル(登録商標)と同様、コラーゲンも天然由来のマトリックスであり、同様の問題がある。
【0015】
これまでのところ、生検又は組織切除で得た新しく単離された又は凍結されたヒト細胞(すなわち、ヒトから直接得られた細胞であって、別の系で事前に培養も確立もされていない細胞)の増殖、及びその後の、天然由来マトリックス、例えばマトリゲル(登録商標)又はコラーゲンではない、完全に明確な及び/又は完全に合成されたヒドロゲルマトリックスにおける、上記のヒト細胞のオルガノイドの形成に成功した報告はない。上述した先行技術に明記されている、このような手法に対する明確なニーズがあるにもかかわらず、現在に至るまで、ゴールドスタンダードは、依然として、少なくとも細胞増殖の最初の工程用のマトリゲル(登録商標)を使用することである。これは、半合成又は全合成三次元ヒドロゲル系の研究の実施に含まれる難題に対する立証である。
【0016】
生検で得た新しく単離された又は凍結されたヒト細胞の増殖と、その後の上記のヒト細胞に由来する腸オルガノイドの形成のための方法であって、天然由来マトリックス、例えばマトリゲル(登録商標)の使用を完全に回避し、臨床的用途に好適であり、商業的に実現可能な方法で、すなわち、費用効果が高い、信頼性が高い、再現可能である、自動化可能である、及びスケールアップ可能である方法で生成される、腸オルガノイドをもたらす方法を提供することが、本発明の根底にある難題であった。
【0017】
本発明では、前記課題は独立した特許請求の範囲に規定されている、ヒドロゲル、キットの内容物及び方法によって解決される。
【0018】
特に、本発明は、新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖、並びに腸細胞に由来する腸オルガノイドの形成に好適な生体機能性三次元ヒドロゲルであって、前記ヒドロゲルが、
- ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、少なくとも1つの前駆体分子、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有する架橋分子、並びに、
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド
の反応生成物であり、
架橋分子が少なくとも1つのRGDモチーフを含み、好ましくは酵素分解性であることが知られていないことを特徴とする、前記ヒドロゲルに関する。
【0019】
Gjorevski 2016及び2017、WO2017/036533 A1、並びにWO2017/037295 A1の先行技術のヒドロゲルと比較して、本発明のヒドロゲルはそれほど高価ではない。本発明のヒドロゲルは、架橋のために酵素及び活性化因子の存在を必要としないので、商業的目的のために容易にスケールアップできる。及び、これはまた、本発明において上に記載されているゲル前駆体(すなわち、2つの求核性基及び少なくとも1つの生体機能性リガンドを含有する架橋分子である、エチレン性不飽和基を有する多重アームPEG)は、Gjorevski 2016及び2017、WO2017/036533 A1、並びにWO2017/037295 A1の先行技術のゲルに必要な、ゲル前駆体の製造のために追加の工程を必要としないからである。
【0020】
とりわけ、本発明のゲル前駆体は、製造スケールアップ及びそれらの使用の自動化にとって、すなわちピペットロボットなどを使用する方法という応用にとって非常に好適である。本発明のヒドロゲルは、非常に信頼性が高く再現可能である。さらに、Gjorevskiらの酵素による架橋ゲルとは対照的に、本発明のヒドロゲルは、市販の培地、例えば、STEMCELL Technologies製のIntestiCult(商標)オルガノイド成長培地と同等である、すなわち、本発明のヒドロゲルの分解は早くない。
【0021】
本発明のヒドロゲルは、Cruz-Acuna 2017及び2018並びにWO2018/165565 A1の先行技術のヒドロゲルと比較して、自動化にとって、すなわちピペットロボットなどを使用する方法の応用にとって一層好適な、異なる化学的性質に基づいており、より容易にスケールアップできる。これは、製造工程中に、本発明のゲル前駆体材料の全て(すなわち、エチレン性不飽和基を有する多重アームPEG、2つの求核性基を有する架橋分子及び少なくとも1つの生体機能性リガンド)が早まって反応することなく、事前に混合して凍結乾燥できるためで、Cruz-Acunaらの系の条件では、前駆体が反応することから不可能である。
【0022】
本発明のヒドロゲルの重要な側面は、架橋したヒドロゲルに(「ぶら下がる」形式で)結合しているリガンド中にRGDモチーフが存在する先行技術のヒドロゲルと比較して、少なくとも1つのRGDモチーフが架橋分子内に存在するという事実である。本発明の手法により、ヒドロゲル中のRGDモチーフの量をかなりの程度まで増加させることが可能となる。このため、本発明では、ヒドロゲルの特性が大幅に改善することが、驚くべきことに判明した。
【0023】
本発明によれば、明細書で説明したヒドロゲルは、好適な培地と組み合わせて使用すると、ヒトの生検又は組織切除で得た新しく単離された又は凍結された腸細胞(単一の細胞及び/又はクラスター)に由来するオルガノイドのデノボ形成、これらの細胞の成長、継代及び増殖、並びに任意にそれらに由来するオルガノイドのその後の分化に好適であることが驚くべきことに見いだされた。したがって、本発明では、天然由来マトリックス、例えばマトリゲル(登録商標)を使用しなければならないという必要性が完全に回避される。
【0024】
本発明では、用語「生検又は組織切除で得た新しく単離された又は凍結されたヒト細胞」は、上述した方法によってヒトから直接得られ、オルガノイドを形成する方法で使用する前に、別の系で事前に培養も確立もされていない細胞を指す。通常、このような新しい細胞は採取された直後又は最大でも3~4日の間に、本発明の方法に使用される。細胞を採取後、直ちに使用しない場合、それらの細胞は、保管のために、従来の条件で凍結してもよい。採取した細胞は、単一の細胞、並びに/又は、解離細胞、陰窩及び組織の小片を含む細胞の「クラスター」であってもよい。本発明の好ましい態様によれば、上皮細胞が使用される。
【0025】
本発明では、用語「オルガノイドのデノボ形成」は、初めて、ex vivo(すなわち、元の生物の外部)で成長させた新しく単離された又は凍結されたヒト細胞(例.ヒトの生検試料又は切除組織)を指す。用語「最初のex vivo細胞成長」又は「継代0(P0)」は同じ意味で使用される。
【0026】
本発明では、用語「事前に確立したオルガノイド」は、本発明のヒドロゲルに適用する前に、他の系(例.マトリゲル(登録商標)、2D又は3D系、患者由来の異種移植片(PDX)のin vivo)で成長させた細胞、単一細胞及び/又は細胞クラスター(例.細胞凝集物、オルガノイドなど)を指す。
【0027】
本発明では、用語「細胞成長」は、事前に確立したオルガノイド、又はデノボで形成させたオルガノイドに由来する細胞の成功した成長を指す。
【0028】
本発明では、用語「細胞を継代すること」又は「継代」又は「細胞分割」は、1つのゲルから細胞を取り出し、前のゲルと同じ又は異なる特徴を有する別のゲルに上記細胞を播種し、成長させる工程を指す。
【0029】
本発明では、用語「細胞増殖」は、(例えば、同じ継代内、又はある継代から別の継代に)細胞が成長し、細胞数が増加する工程を指す。
【0030】
本発明では、用語「オルガノイド分化」は、オルガノイドにおける細胞分化の誘発が成功したことを指す。
【0031】
本発明はまた、新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖、並びにそれに由来する腸オルガノイド形成のためのキットの内容物であって、
- ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、少なくとも1つの前駆体分子、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有し、少なくとも1つのRGDモチーフを含む架橋分子、及び
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド、並びに、
- R-スポンジン1、好ましくはR-スポンジン1条件培地、及び、Wnt3a、好ましくはWnt3a条件培地を含む培地
を含む、キットの内容物に関連する。
【0032】
本発明はまた、新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖のための方法であって、以下の工程:
a)明細書に記載されたキットの内容物を使用して、前記キットの培地の存在下、前記キットのヒドロゲルと、新しく単離された又は凍結された腸細胞とインキュベートすることによる、前記新しく単離された又は凍結されたヒト腸細胞に由来するオルガノイドをデノボ形成する工程、
b)明細書に記載された前記キットの内容物を使用して、工程a)の腸オルガノイドに由来する細胞を成長させ、任意に継代し、及び増殖させる工程、
c)任意に、細胞分化を誘発する改変培地の存在下で、工程a)のオルガノイドを分化させる工程
を含み、
前記方法において、完全に合成されたヒドロゲル、又は完全に明確な半合成のヒドロゲルのみを使用することを特徴とする、方法に関する。
【0033】
本発明では、用語「完全合成ヒドロゲル」は、合成前駆体から、すなわちいかなる天然に由来する前駆体、例えば天然ラミニン111の非存在下でもっぱら形成されたヒドロゲルを指す。
【0034】
本発明では、用語「完全に明確な半合成ヒドロゲル」は、天然ラミニン111のような少なくとも1種の天然由来の前駆体を含むが、合成に使用した前駆体分子の性質が公知であるため、構造及び/又は組成が完全に明確であるヒドロゲルを指す。したがって、完全に明確な半合成ヒドロゲルは、構造及び/又は組成が未知のマトリゲル(登録商標)のような天然由来のヒドロゲルとは異なる。
【0035】
本発明のヒドロゲルは、前駆体分子として、ビニルスルホン又はアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEG(ポリエチレングリコール)に基づく。
【0036】
ヒドロゲル(ゲル)は、親水性ポリマー鎖のネットワークを含むマトリックスである。生体機能性ヒドロゲルは、細胞生存率及び所望の細胞表現型を促進する生存細胞と相互作用する、生体接着性(又は、生物活性)分子、及び/又は細胞シグナル伝達分子を含むヒドロゲルである。
【0037】
本発明の好ましい態様によれば、多重アームPEGは、2~12個のアーム、好ましくは4-アーム又は8-アームを有するPEGからなる群から選択され、すなわち、好ましくは、4-アーム又は8-アームPEGである。PEGの分子量は、1,000~1,000,000、1,000~500,000、1,000~250,000、1,000~150,000、1,000~100,000、1,000~50,000、5,000~100,000、5,000~50,000、10,000~100,000、10,000~50,000、20,000~100,000、20,000~80,000、20,000~60,000、20,000~40,000又は40,000~60,000であってもよい。上記分子量は、例えば、GPC又はMALDIなどの方法によって決定される、Daで表示される平均分子量である。
【0038】
このようなPEGは当該技術分野において公知であり、市販されている。4-アームPEGの場合、ペンタエリスリトールである可能性があるコア、8-アームPEGの場合、トリペンタエリスリトール又はヘキサグリセロールである可能性があるコアからなる:
【0039】
【0040】
4-アームPEG-VS又は8-アームPEG-VSでは、4-アームPEG又は8-アームPEGの末端の遊離OH基は、当該技術分野において公知の条件で、ビニルスルホン基に変換され、上記の式中、Rは、例えば、
【0041】
【0042】
となる。4-アームPEG-Acr又は8-アームPEG-Acrでは、4-アームPEG又は8-アームPEGの末端の遊離OH基は、当該技術分野において公知の条件で、アクリレート基に変換され、上記の式中、Rは、例えば、
【0043】
【0044】
となる。好ましくは、上記の4-アームPEG又は8-アームPEGの末端の遊離OH基は全て、ビニルスルホン又はアクリレートに変換される。
【0045】
ビニルスルホン又はアクリレートは、マイケル付加反応によってPEG前駆体分子を架橋するのに好適なエチレン性不飽和基である。マイケル付加反応は、好適な求核性部分と好適な求電子性部分との反応を含む、周知の化学反応である。例えば、アクリレート又はビニルスルホンは、好適なマイケルドナー(すなわち求核剤)として、例えばチオールと反応する好適なマイケルアクセプター(すなわち求電子剤)であることが知られている。
【0046】
したがって、本発明によるヒドロゲルを得るため、上記PEG前駆体分子は、マイケル付加反応により多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有する架橋分子と反応する。
【0047】
架橋分子とは、上記PEG前駆体分子のうちの少なくとも2つが互いに連結した分子のことである。本願では、架橋分子は、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有していなければならず、求核性基の一方は、第1のPEG前駆体分子と反応し、もう一方の求核性基は、第2のPEG前駆体分子と反応する。
【0048】
本発明で使用する架橋分子は3つ以上の求核性基を有する可能性があるが、PEG前駆体分子のそれぞれが2つ以上の架橋分子と反応できるので、架橋分子が3つ以上の求核性基を有することは、三次元ネットワークの形成に必要ではない。
【0049】
本発明のヒドロゲルの重要な側面は、架橋したヒドロゲルに(「ぶら下がる」形式で)結合しているリガンド中にRGDモチーフが存在する先行技術のヒドロゲルと比較して、少なくとも1つのRGDモチーフが架橋分子内に存在するという事実である。本発明の手法により、ヒドロゲル中のRGDモチーフの量をかなりの程度まで増加させることが可能となる。このため、本発明では、ヒドロゲルの特性が大幅に改善することが、驚くべきことに判明した。
【0050】
本発明のヒドロゲルの場合、ヒドロゲル中にかなりの量のRGDモチーフが存在することが必要である。ヒドロゲル中にラミニン111リガンドがある場合、RGDモチーフは必須ではないというWO2017/037295 A1に記載されている結果は、本発明のヒドロゲルでは確認できなかった。
【0051】
したがって、本発明において使用される架橋分子は、少なくとも1つのRGDモチーフ、好ましくは少なくとも2つのRGDモチーフ、より好ましくは2~8のRGDモチーフ、さらにより好ましくは2~5のRGDモチーフ、とりわけ好ましくは、2、3又は4つのRGDモチーフを含むペプチドである。
【0052】
用語RGD又はRGD配列は、最小限の生物活性RGD配列を指し、これは、アルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)の配列で、フィブロネクチンへの細胞の結合を模倣する、及び/又は足場依存性細胞の接着を促進するために十分な、最小(最小限)のフィブロネクチンに由来するアミノ酸配列である。加えてさらに、RGDのようにリシン又はアルギニンを含有するアミノ酸配列は、例えばゲルの解離のために使用される、トリプシン様酵素のようなプロテアーゼに好適な基質である。
【0053】
好適なRGDモチーフの例は、RGD、RGDS、RGDSP、RGDSPG、RGDSPK、RGDTP又はRGDSPASSKPであるが、ヒドロゲル及び細胞培養の分野において、公知で、首尾よく使用されているRGD配列が主に使用できる。
【0054】
本発明の好ましい態様によれば、前記架橋分子は、少なくとも2つのRGDモチーフ及び少なくとも2つのシステインを含むペプチドである。システインは、チオール基、すなわちマイケルドナーを含むアミノ酸である。
【0055】
本発明のとりわけ好ましい態様によれば、前記架橋分子は、Ac-GCREGRGDSPGGRGDSPGERCG-NH2である。
【0056】
本発明によれば、ヒドロゲル中のRGDモチーフの量は、上述した先行技術のヒドロゲル中の量よりも多い(WO 2017/037295 A1の31ページ、例5では、ヒドロゲル中のRGDを0.5mMより多くしても、改善にはつながらないということが議論され;Cruz-Acunaゲル(Cruz-Acuna 2017)では、2mMのRGDが一貫して使用された)。本発明によれば、ヒドロゲル中のRGDモチーフの量は、1~15mM、好ましくは2.5~5.5mM、とりわけ好ましくは2.5~5mMである。
【0057】
ヒドロゲル前駆体分子の架橋は、通常、ヒドロゲル内で培養される細胞の存在下で行われ、解離細胞、陰窩及び組織の小片を含む単一の細胞及び/又は細胞の「クラスター」は、形成中のヒドロゲルマトリックスで被包される、すなわち、個別の細胞培養微小環境中にある。
【0058】
本発明のとりわけ好ましい態様によれば、前記ヒドロゲルは、
- 少なくとも2つ、好ましくは2つのチオール基、及び、少なくとも2つ、好ましくは2つのRGDモチーフを含むペプチドと架橋した4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンである反応生成物、又は
- 少なくとも2つ、好ましくは2つのチオール基、及び、少なくとも2つ、好ましくは2つのRGDモチーフを含むペプチドと架橋した4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンである反応生成物、並びに/又は、少なくとも2つ、好ましくは2つのチオール基、及び、少なくとも2つ、好ましくは2つのRGDモチーフを含むペプチドと架橋した4-アーム又は8-アームPEGアクリレートである反応生成物を含む。
【0059】
各態様では、さらに、天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される生体機能性リガンドは、ヒドロゲル中に存在する。好適な組換えラミニンアイソフォームの例は、ラミニン111、ラミニン211、ラミニン332、ラミニン411、ラミニン511又はラミニン521であり、ラミニン511が好ましい。
【0060】
これらの態様の第1は、前駆体分子として、4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンのみを使用する。前記態様によるヒドロゲルは機械的に安定である。すなわち、このヒドロゲルのずり弾性率は低下することなく、このヒドロゲルは経時的に軟化しない。
【0061】
これらの態様の第2は、前駆体分子として、4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンと4-アーム又は8-アームPEGアクリレートを使用するか、あるいは、4-アーム又は8-アームPEGアクリレートのみを使用する。以下で説明するように、ヒドロゲル中の4-アーム又は8-アームPEGアクリレートの存在は、ヒドロゲルを機械的に動的にする。すなわち、ヒドロゲルのずり弾性率は低下し、このヒドロゲルは経時的に軟化する。ヒドロゲルの軟化度は、ヒドロゲル中の4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンと4-アーム又は8-アームPEGアクリレートの存在比で調節できる。本発明のとりわけ好ましい態様によれば、ヒドロゲル中に存在する4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンと4-アーム又は8-アームPEGアクリレートの比は、5:1~1:5、好ましくは3:1~1:3、とりわけ好ましくは1:1である。
【0062】
機械的に動的なヒドロゲルを用いる態様、好ましくは、ヒドロゲル中に、4-アーム又は8-アームPEGビニルスルホンと4-アーム又は8-アームPEGアクリレートが1:1の比で存在する態様が、新しく単離された又は凍結された腸細胞の増殖及び継代に対するその適合性(同様の構造の非分解性ゲルと比較して、効率的なゲルの解離及び細胞喪失の低下)に関して好ましいことが見いだされた。さらに、本発明のヒドロゲルは、非常に有利な動的分解挙動を示すことが驚くべきことに見いだされた。本発明に好適な培養条件(すなわち、本発明の最も好ましい培地の存在下)では早期に分解し、細胞継代及び増殖に適さない先行技術(Gjorevski 2016 & 2017、WO 2017/036533 A1及びWO 2017/037295 A1)のヒドロゲルとは対照的に、本発明のヒドロゲルは、通常必要とされる8~11日間後も依然として存在し(すなわち、分解せず)、特に、細胞の継代やさらなる増殖に最適な状態であることが見いだされた。
【0063】
本発明によるヒドロゲルは、必須成分として、天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム及びその生体機能性断片からなる群から選択される少なくとも1つの生体機能性リガンドを更に含む。好適な組換えラミニンアイソフォームの例は、ラミニン111、ラミニン211、ラミニン332、ラミニン411、ラミニン511又はラミニン521である。
【0064】
好ましくは、天然ラミニン、例えばラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム及びそれらの生体機能断片からなる群から選択される少なくとも1つの生体機能性リガンドは、ヒドロゲル中に、0.01g/l~3g/l、より好ましくは0.05g/l~0.5g/lの濃度で存在する。
【0065】
ラミニンは、α、β及びγ鎖からなるヘテロ三量体構造の細胞外マトリックス糖タンパク質である。例えば、「111」は、α1β1γ1のアイソフォームの鎖の組成を示す。ラミニン111はラミニン1と同義である。細胞接着において、ラミニン111及び他のアイソフォームは、細胞外マトリックス(ECM)に細胞を固定する重要なタンパク質である。細胞とECMの結合は、細胞表面受容体をラミニンα鎖の一方の端に結合させ、ECM成分をラミニンの別の領域に結合させることによって形成される。α鎖の球状ドメイン(G-ドメイン)は、インテグリン、糖タンパク質、硫酸化糖脂質及びジストログリカンの結合を可能にするラミニン111の領域である。ラミニンは、ECMに細胞を固定することの他に、細胞やECMの他の成分のシグナル伝達にも関与する。
【0066】
一態様によれば、天然ラミニン、例えばラミニン111、好ましくはマウスラミニン111が使用される。この場合、天然ラミニン111は生物起源なので、本発明のヒドロゲルは半合成である。しかし、天然ラミニン111、好ましくはマウスラミニン111の構造は既知であることから、本発明のヒドロゲルは完全に明確であり、したがって、確実に再現可能である。
【0067】
別の態様によれば、組換えラミニンアイソフォームを使用する。好適な組換えラミニンアイソフォームの例は、ラミニン111、ラミニン211、ラミニン332、ラミニン411、ラミニン511又はラミニン521、好ましくはラミニン511である。この場合も、ラミニンアイソフォームは合成起源であることから、本発明のヒドロゲルは完全に合成である。組換えラミニンアイソフォームを作製する方法は、当該技術分野において公知である。
【0068】
別の態様によれば、ラミニン511の生体機能性断片が使用される。ラミニン511の生体機能性断片は、必要な生物学的機能をもたらす、ラミニン511の一部を含む分子である。言い換えると、前記断片は、他の分子(例.インテグリン、細胞表面受容体タンパク質、ECMの成分)と相互作用できるラミニン511の一部の1つを含まなければならない。
【0069】
天然ラミニン111の使用を回避する態様は、完全に合成された三次元マトリックスの使用をもたらし、したがって臨床的での使用に対する規制当局の承認に関して有利となるので、好ましい。
【0070】
別の態様によれば、本発明のヒドロゲルは、天然ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される生体機能性リガンドに加え、少なくとも1つの他の生体機能性リガンドを更に含んでもよい。例えば、上述したような少なくとも1つのRGDモチーフを含むリガンドは、ヒドロゲルに結合されてもよい。
【0071】
少なくとも1つの生体機能性リガンドは、当該技術分野において公知の方法によって、好ましくは、生体機能性リガンド中のシステインのチオール基とヒドロゲルポリマー中のマイケルアクセプター基(ビニルスルホン又はアクリレート)との反応によって、架橋されているヒドロゲルに結合されてもよい。
【0072】
本発明の別の側面は、本発明の三次元ヒドロゲルを製造する方法に関する。特に、この方法は、
a1)基材の表面に、又は基材の別々の空間、好ましくはマルチウェルプレート内に、ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、1つ以上の異なるヒドロゲル前駆体分子を分注し、
前記ヒドロゲル前駆体分子に、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有し、少なくとも1つのRGDモチーフを含む架橋分子、及び
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド
を加える工程;又は
a2)基材の表面に、又は基材の別々の空間、好ましくはマルチウェルプレート内に、未反応粉末、好ましくは凍結乾燥させた未反応粉末の再懸濁物を分注する工程であって、
前記未反応粉末が、
- ビニルスルホン及びアクリレートからなる群から選択されるエチレン性不飽和基を有する多重アームPEGである、1つ以上の異なるヒドロゲル前駆体分子、
- マイケル付加反応により前記多重アームPEGのエチレン性不飽和基と反応することが可能な、少なくとも2つ、好ましくは2つの求核性基を有し、少なくとも1つのRGDモチーフを含む架橋分子、及び
- 天然ラミニン、例えば、ラミニン111、組換えラミニンアイソフォーム、好ましくはラミニン511及びそれらの生体機能性断片からなる群から選択される、少なくとも1つの生体機能性リガンド
を含む、工程
b)ヒトの生検で得た細胞、好ましくは新しく単離された若しくは凍結された腸細胞を、前記基材の表面に若しくは前記基材の別々の空間内に添加する、又は、前記基材の表面に若しくは前記基材の別々の空間内に添加する前にa1)若しくはa2)のヒドロゲル前駆体調合物に添加する工程;並びに
c)前記ヒドロゲル前駆体分子と前記架橋分子を架橋させてヒドロゲルを形成する工程
を含む。
【0073】
好ましい態様によれば、未反応粉末の形態のヒドロゲル前駆体調合物を再懸濁して、基材の別々の空間、好ましくはマルチウェルプレートの表面又は内部に分注する。前記ヒドロゲル前駆体調合物は、本発明によるヒドロゲルの形成に必要な成分の全て、すなわち、上述した1つ以上の異なるヒドロゲル前駆体分子、1つ以上の架橋分子、及び少なくとも1つの生体機能性リガンド、そして、好ましくは細胞も含み、好ましくはヒトの生検で得た新しく単離された又は凍結された腸細胞を含む。
【0074】
前記ヒドロゲル前駆体調合物の前記未反応粉末の提供は、例えば、WO2011/131642 A1で公知である。
【0075】
別の態様によれば、ヒドロゲル前駆体調合物は、それ自体を、事前の凍結乾燥及び再懸濁を行うことなく、基材の別々の空間の表面又は内部に分注することもできる。
【0076】
本発明のヒドロゲルは、いわゆる軟質ヒドロゲルであり、すなわち、本発明の三次元ヒドロゲルのずり弾性率(剛性)は、通常、50~1000Pa、好ましくは200~500Paである。望ましい剛性の範囲は、ヒドロゲル内のポリマー(PEG)含有量及び架橋剤の含有量の合計を、好ましくは1.0~10%w/vに固定することによって実現される。
【0077】
本発明の一態様では、ヒドロゲルは自己分解性である。これは、ヒドロゲル前駆体分子中のアクリレートは、当該技術分野において公知(Gjorevski 2016, p. 563, Fig. 4a)のとおり、加水分解を受ける(すなわち、それらの結合が水の存在下で分解される)ので、そのような部分が存在することで実現される。したがって、前記態様では、本発明の三次元ヒドロゲルの初期ずり弾性率(剛性)は、50~1000Pa、好ましくは200~500Paであり、最終ずり弾性率(剛性)は、0~50Pa、好ましくは0Paである。前記最終ずり弾性率(剛性)は、通常、ヒドロゲルの形成後7~18日で到達する。
【0078】
ヒドロゲルのずり弾性率は、ヒドロゲルの剛性のモジュラス、G、弾性率又は弾性と等しい。ずり弾性率は、せん断歪みに対するせん断応力の比として定義される。ヒドロゲルのずり弾性率はレオメータを使用して測定できる。要約すると、予め形成した、厚さが1~1.4mmの円盤状のヒドロゲルを少なくとも3時間、完全細胞培養培地中で膨潤させて、続いて、レオメータの平行板の間に挟む。ゲルの機械的応答は、室温において、一定歪み(0.05)モードで、周波数掃引(0.1~10Hz)測定を行うことによって記録する。ずり弾性率(G’)は、ゲルの機械特性の尺度として報告する。
【0079】
3Dヒドロゲルの技術的特性は、ヒドロゲル中の親水性ポリマーの含有量、並びにポリマーヒドロゲル前駆体の分子量及び/又は官能度(架橋に利用可能な部位の数)を変化させることで調節できる。
【0080】
ポリマー(すなわち、PEG分子)の含有量、及び緩衝液中で平衡になるまで膨潤したヒドロゲルの架橋剤の含有量の合計は、0.3~10%w/vとすることができ、好ましい範囲は、1.1~4.0%w/v及び1.5~3.5%w/vである。
【0081】
Cruz-Acuna 2017及び2018、並びにWO2018/165565 A1の教示とは異なり、本発明では、ヒドロゲル中の酵素分解部位はヒドロゲルの有効性に関して好ましくないことが見いだされた。したがって、本発明のヒドロゲルは、好ましくは、例えば、MMP又はカテプシンによる分解といった、切断に特定のペプチド配列を必要とする酵素による分解の影響を受けにくい、すなわち、本発明のヒドロゲルは、細胞が分泌するプロテアーゼによる切断を受けやすい部分を含まない。
【0082】
本発明のヒドロゲルによってもたらされる微小環境は、ヒトの新しい単離された若しくは凍結された細胞又は組織に由来するオルガノイド形成に必要な生物化学的、生物物理学的及び生物学的複雑さをもたらす。
【0083】
本発明によれば、本明細書に記載のヒドロゲルは、適切な培地と組み合わせて使用した場合、新しく単離された又は凍結された腸細胞の増殖、及びそれらに由来する腸オルガノイドの形成に好適であることが見いだされた。
【0084】
新しく単離された又は凍結された腸細胞を増殖するため、及びそれらに由来する腸オルガノイドを形成するために、必須の成分として、Wntアゴニスト、例えばR-スポンジン1、好ましくはR-スポンジン1条件培地、及び、Wnt3a、好ましくはWnt3a条件培地を含む培地を使用しなければならないことが見いだされた。
【0085】
R-スポンジン1は、条件培地、例えば、R-スポンジン1を分泌するよう安定的にトランスフェクトされた細胞の上清の形態で使用できる。あるいは、組換えR-スポンジン1、好ましくは精製組換えR-スポンジン1を使用できる。
【0086】
Wnt3aは、条件培地、例えば、Wnt3aを分泌するよう安定的にトランスフェクトされた細胞の上清の形態で好ましくは使用される。しかし、アファミンは、Wntタンパク質を安定化することが示されている(Mihara et al. Active and water-soluble form of lipidated Wnt protein is maintained by a serum glycoprotein afamin/a-albumin eLife 2016; 5:e11621)。アファミン/組換えWnt3a複合体、又はWntタンパク質の安定化を可能にする他の類似複合体もまた、条件培地の代わりに使用できる(Holmberg et al., Culturing human intestinal stem cells for regenerative applications in the treatment of inflammatory bowel disease. EMBO Mol Med 2017 9: 558-57)。同様に、Janda, Surrogate Wnt agonists that phenocopy canonical Wnt/β-catenin signaling, Nature 2017 May 11; 545(7653): 234-237;及びWO 2016/040895 A1に記載されているWntサロゲートタンパク質を使用できる。
【0087】
本発明の好ましい態様によれば、前記培地は、FBS(ウシ胎児血清)を更に含む。
【0088】
任意に、1種以上の以下の成分が、培地中に存在してもよい:基本培地の成分、例えばadDMEM/F12、アミノ酸、例えばグルタミン、タンパク質、例えばトランスフェリン、ノギン、例えば、組換えマウスノギン及び上皮成長因子(EGF)、例えば組換えマウスEGF、抗生物質、例えばペニシリン-ストレプトマイシン、抗酸化剤、例えばグルタチオン、N-アセチル-l-システイン(NAC)、カタラーゼ及びスーパーオキシドディスムターゼ、ビタミン、例えばビオチン、L-カルニチン、ビタミンE、ビタミンA、ニコチンアミド、ホルモン、例えばトリヨード-L-チロニン(T3)、コルチコステロン、プロゲステロン及びインスリン、脂肪酸、例えばリノール酸又はリノレン酸、糖、例えばD-ガラクトース、阻害剤、例えばA83-01(ALK阻害剤)、SB202190(p38阻害剤)又はY-27632(ROCK阻害剤)、及び追加の成分、例えばプトレッシン、エタノールアミンHCl、HEPES又は亜セレン酸ナトリウム。
【0089】
以下の表1に、本発明に好適な培地(標準培地(SCM)及び分化用培地(DM)組成物)の好ましい態様を記載する:
【0090】
【0091】
本発明に好適な市販の培地は、IntestiCult(商標)(STEMCELL Technologiesから入手可能)である。
【0092】
本発明によれば、上記の市販の培地(IntestiCult(商標))は、先行技術、例えばGjorevski 2016及び2017、WO2017/036533 A1、並びにWO2017/037295 A1のヒドロゲルと共に使用できないことが見いだされた。先行技術のヒドロゲルは、通常、1日以内に前記培地内で分解する。先行技術のヒドロゲルは、細胞成長及び増殖に十分な期間、これらの培地中で維持できない。
【0093】
本発明はまた、新しく単離された又は凍結された腸細胞の成長及び増殖のための方法であって、以下の工程:
a)明細書に記載されたキットの内容物を使用して、前記キットの培地の存在下、前記キットのヒドロゲルと、新しく単離された又は凍結された腸細胞とインキュベートすることによる、前記新しく単離された又は凍結されたヒト腸細胞に由来するオルガノイドをデノボ形成する工程、
b)明細書に記載された前記キットの内容物を使用して、工程a)の腸オルガノイドに由来する細胞を成長させ、任意に継代し、及び増殖させる工程、
c)任意に、細胞分化を誘発する改変培地の存在下で、工程a)のオルガノイドを分化させる工程
を含み、
前記方法において、完全に合成されたヒドロゲル、又は完全に明確な半合成のヒドロゲルのみを使用することを特徴とする、方法に関する。
【0094】
したがって、本発明の方法は、天然由来マトリックス、例えばマトリゲル(登録商標)を使用しなければならないという必要性が完全に回避される。
【0095】
本発明の方法で使用する細胞は、好適な方法、例えば標準S状結腸鏡検査によって得ることができ、1個~数個、例えば5個の標準パンチ生検が得られる。
【0096】
こうして得られた細胞は、当該技術分野において公知の標準的な手順で、例えば、キレート形成(キレート剤、例えばEDTAを使用する)によって単離されてもよく、例えばトリプシン様酵素に曝露させることにより、解離細胞、陰窩及び組織の小片を含めた、単一細胞又は細胞の「クラスター」を調製してもよい。
【0097】
解離細胞、陰窩及び組織の小片を含めた、こうして得られた単一細胞又は細胞の「クラスター」は、続いて、本発明のキットの内容物を使用して、すなわち、上で定義した培地と組み合わせた本発明のヒドロゲル中で、所望の臨床的用途に十分な細胞(例.再生医療の場合、最小で107個の細胞)を得るため、2~3回の継代(例.2回の継代)の間、in vitroで増殖させる。細胞増殖中に、培地は、例えば、2~4日ごとに、定期的にこれによって交換される。
【0098】
こうして得られたオルガノイドは、例えば、標準的な結腸内視鏡検査用カテーテルを使用して、当該技術分野において公知の標準的な手順により、患者に埋め込むことができる。
【0099】
さらなる側面では、本発明は、腸組織の再生方法であって、a)ヒトの生検で得た新しく単離された又は凍結された腸細胞を、本発明の三次元ヒドロゲルで被包して増殖させ、オルガノイドを形成させること、及び、b)形成したオルガノイド又は細胞を患者に移植することを含む、方法を提供する。
【0100】
本発明の方法により、マトリゲル(登録商標)の形成能に匹敵するオルガノイドの形成能で、及びマトリゲル(登録商標)中と同様の増殖細胞の類似の数で、少なくとも10回の継代の間、新しく単離された又は凍結された腸細胞を維持することが可能である。本発明により、ヒト及び/又は臨床的用途において使用するための関連する規制上の要件に準拠するオルガノイド生成が可能になる。
【0101】
本発明は、非限定的な図面及び態様を参照して、これより一層詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【
図1】
図1は、市販の培地IntestiCult(商標)用い、実施例1のヒドロゲル(完全に明確な半合成品)、実施例2のヒドロゲル(合成)、先行技術のゲル(PEG RGD及びPEG RGD LAM)、又はマトリゲル(登録商標)中で培養した、さまざまな培養の継代(P、括弧内に表示されている日数)における、ヒト生検で得た新しく単離された腸細胞に由来するオルガノイド形成を示す。スケールバーは500μmである。
【
図2】
図2は、新しいヒトの生検試料から形成され、in vitroで5回継代(P)培養したヒト腸オルガノイドのオルガノイド形成効率(三次元マトリックスに細胞を播種した後、括弧内の日に計算)を示す。
【
図3】
図3は、マトリゲル(登録商標)中で予備培養し、市販の培地IntestiCult(商標)を用い、実施例1のヒドロゲル(完全に明確な半合成品)、先行技術のゲル(PEG RGD及びPEG RGD LAM)、又はマトリゲル(登録商標)中で18日間、成長させた腸細胞に由来するオルガノイド形成を示す。スケールバーは500μmである。
【実施例】
【0103】
物質及び方法
a)ヒト結腸の生検で得た細胞の単離と最初の被包
結腸のパンチ生検試料を、健康な被験者がインフォームドコンセントに署名した後に得た。腸細胞を、(EDTAを使用した)キレート形成により単離し、TrypLE Express(Thermo Fisher Scientific)を使用した酵素による解離で単一細胞にした。新たに解離させた生検で得た単一細胞は、好適な量の基本培地(DMEM/F12、GlutaMAX(1×)、Pen-Strep(100U/ml)(Thermo Fisher Scientific)及びHEPES(10mM)(Thermo Fisher Scientific))に再懸濁して、2500細胞/μl(5×最終濃度)とし、マトリゲル(登録商標)、完全に明確な半合成ヒドロゲル(実施例1)又は合成ヒドロゲル(実施例2)及び先行技術のゲル(PEG RGD及びPEG RGD LAM)で最初に被包(継代0)する準備をした。
【0104】
先行技術のヒドロゲルであるPEG RGD及びPEG RGD LAMは、Gjorevski et al., Synthesis and characterization of well-defined hydrogel matrices and their application to intestinal stem cell and organoid culture, Nature protocols, Vol. 12, no.11, 2017, 2263-2274に記載されているとおりに製造した。簡単に説明すると、ヒドロゲル前駆体を生成するため、8-アームPEG-VSマクロマー及び8-アームPEG-Acrマクロマーの末端を、活性化トランスグルタミナーゼである第XIII因子(FXIIIa)の基質として作用するリシン及びグルタミン提示ペプチドで官能化した。FXIIIaによる2つのペプチド基質間のε-(α-グルタミル)リシンイソペプチド側鎖架橋形成により、マクロマーが架橋され、ゲルが形成された。同じ架橋のメカニズムにより、ペプチド配列に含まれるRGDをヒドロゲルの骨格に結合させた。PEG RGD LAMの場合、天然のマウスラミニン111がヒドロゲルに添加された。
【0105】
実施例1に使用したヒドロゲルは、前駆体分子として1:1の比の8-アームPEG-VS及び8-アームPEG-Acr、2つのシステイン及び2つのRGDモチーフを含み、酵素分解性ではないペプチド架橋分子、及び生体機能分子としての天然のマウスラミニン111から誘導した。
【0106】
実施例2に使用したヒドロゲルは、前駆体分子として1:1の比の8-アームPEG-VS及び8-アームPEG-Acr、2つのシステイン及び2つのRGDモチーフを含み、酵素分解性ではないペプチド架橋分子、及び生体機能分子としての組換えラミニン511から誘導した。
【0107】
ゲル及び(約10000個の)細胞の混合物を、48ウェルプレート中、20μlの液滴でキャストし、37℃で静置した。ゲル化が生じるまでアッセイ用プレートを1分ごとに反転し、細胞の沈降を回避した。20分後、ROCK阻害剤(10μmol/l)を追加したIntestiCult(商標)培地300~330μlをゲル液滴の上部に加えた。培地を2~4日ごとに交換し、7日目までROCK阻害剤を培地中に維持した。
【0108】
b)オルガノイドの継代及び細胞増殖
細胞成長に応じて、オルガノイド継代を、マトリゲル(登録商標)及び本発明のヒドロゲル中に被包したオルガノイドの単一細胞への酵素的(TrypLE)解離及び機械的解離によって、8~11日ごとに行った。ゲル及びオルガノイドの解離の後、細胞を計数し、本発明のヒドロゲル又はマトリゲル(登録商標)に、20μlの液滴当たり細胞約10000個の細胞密度で再播種した。
【0109】
c)事前に確立したオルガノイドを用いた実験
事前に確立したオルガノイドを使用して行った実験では、数継代の間、マトリゲル(登録商標)中で増殖させたオルガノイドを解離し、先行技術のゲル、本発明のヒドロゲル及びb)のマトリゲル(登録商標)に再播種した。
【0110】
d)オルガノイド形成効率及び細胞の計画した合計数
コロニー又はオルガノイド形成効率(OFE)を画像解析によって評価した。OFEは、特定の時点における各画像中の、対象物の合計(すなわち、単一細胞とオルガノイドの合計)に対する形成されたオルガノイドの比として定義した。
【0111】
図1~3から、本発明によるヒドロゲルは、マトリゲル(登録商標)のオルガノイド形成効率(OFE)に匹敵するオルガノイド形成効率(OFE)を示すことが理解できる。したがって、本発明のヒドロゲルは、オルガノイドの形成において、以前に使用された標準マトリゲル(登録商標)と少なくとも同じ程度好適であるが、上述した利点、特に、完全に明確な組成物、就中、完全合成の組成物という利点があり、規制当局の承認において明確な利点をもたらす。
【0112】
図1~3より、a)又はb)に示した条件では、本発明のヒドロゲルは安定で、オルガノイド形成効率(OFE)が非常に良好であったのに対し、Gjorevski 2017のヒドロゲル(図中の「PEG RGD」及び「PEG RGD LAM」)は直ちに分解し、オルガノイド形成効率(OFE)が適正ではなかったことが理解できる。
【国際調査報告】