IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ インスティトゥート ナシオナル デ メディシナ ヘノミカの特許一覧

<>
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図1
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図2
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図3
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図4
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図5
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図6
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図7
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図8
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図9
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図10
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図11
  • 特表-動物由来のRNAフリー血清 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-12-08
(54)【発明の名称】動物由来のRNAフリー血清
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/02 20060101AFI20221201BHJP
【FI】
C12N5/02
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022510996
(86)(22)【出願日】2020-08-19
(85)【翻訳文提出日】2022-03-14
(86)【国際出願番号】 MX2020050027
(87)【国際公開番号】W WO2021034181
(87)【国際公開日】2021-02-25
(31)【優先権主張番号】MX/A/2019/009864
(32)【優先日】2019-08-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】MX
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522063848
【氏名又は名称】インスティトゥート ナシオナル デ メディシナ ヘノミカ
【氏名又は名称原語表記】INSTITUTO NACIONAL DE MEDICINA GENOMICA
【住所又は居所原語表記】Periferico Sur No. 4809. Colonia Arenal Tepepan. Alcaldia Tlalpan. Ciudad de Mexico, 14610, Mexico
(74)【代理人】
【識別番号】110002295
【氏名又は名称】弁理士法人M&Partners
(72)【発明者】
【氏名】フロレス ハッソ カルロス ファビアン
(72)【発明者】
【氏名】アベンダーニョ バスケス セルマ エレンディラ
(72)【発明者】
【氏名】フロレス トーレス マリアナ
(72)【発明者】
【氏名】チャビラ デサレス ディアナ
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BD08
4B065BD15
(57)【要約】
【課題】RNAを含まない、あるいは最小限のRNA含有量で、血清自身のRNAによる汚染や干渉のリスクなしに細胞培養研究が可能な、FBSを中心とした動物用血清を提供する。
【解決手段】
本発明は、サプリメントの特徴を維持するという事実のために、細胞培養のため、または医薬生物学的製品の製造のために有用であることができるRNAフリー哺乳類血清に関するものである。本発明の別の実施形態は、連続的な血清加熱、アルカリ化および中和ステップの適用による哺乳類血清からRNAを除去するための方法に関するものである。
【選択図】 無し
【特許請求の範囲】
【請求項1】
RNAを含まない、または実質的に含まないことを特徴とする動物由来の血清。
【請求項2】
前記血清がウシ、ウマ、ヒト、マウス、ラット、ヤギ、またはそれぞれの胎児血清の変種のいずれかであることを特徴とする請求項1記載の血清。
【請求項3】
前記血清は、ウシの胎児血清であることを特徴とする請求項1又は2記載の血清。
【請求項4】
哺乳類の血清からRNAを除去するのに有用な方法であって、
a)血清を52℃から63℃の間の温度に加熱するステップ、
b)血清を8℃から25℃の間の温度に冷却するステップ、
c)血清を10から12の間のpHにアルカリ化するステップ、
d)血清を生理的なpHに中和するステップ
を含み、これらのステップが順次行われることを特徴とする方法。
【請求項5】
前記血清が、ウシ、ウマ、ヒト、マウス、ラット、ヤギ、またはそれぞれの胎児血清の変種のいずれかであることを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記血清を55℃から57℃の間の温度に加熱するステップを有することを特徴とする請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
前記ステップa)の温度をさらに30~45分間維持することを特徴とする請求項4から6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記ホエイ(血清)をpH12にアルカリ化することを特徴とする請求項4から7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化マグネシウム(Mg(OH))、水酸化カルシウム(Ca(OH))からなる群から選択された塩基性の化学的性質を持つ化合物を用いてさらに前記ホエイのアルカリ化を行うことを特徴とする請求項4から8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
前記アルカリ化を3分から20分間維持することを特徴とする請求項4から9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記アルカリ化を5~10分間さらに維持することを特徴とする請求項4から10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記血清の中和を、リン酸(HPO)、硝酸(HNO3)、酢酸(CHCOOH)、塩酸(HCl)からなる群から選択された酸性化学的性質の化合物を用いてさらに行うことを特徴とする請求項4から11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
前記血清の中和を、7.2から7.5の間のpHに達するまで行うことをさらに特徴とする請求項4から12のいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
前記ホエイの中和を、pH7.4になるまで行うことを特徴とする請求項4から13のいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
最初または最後のステップに超遠心分離ステップをさらに含むことを特徴とする請求項4から14のいずれか1項記載の方法。
【請求項16】
哺乳類の血清からRNAを除去するのに有用な方法であって、
a)血清を52℃から63℃の間の温度に加熱するステップ、
b)血清を8℃から25℃の間の温度に冷却するステップ、
c)血清を80,000 xgから100,000 xgの間で少なくとも5から7時間超遠心分離するステップ、
を含み、これらのステップがこの連続した順序で行われることを特徴とする方法。
【請求項17】
前記血清が、ウシ、ウマ、ヒト、マウス、ラット、ヤギ、またはそれぞれの胎児血清の変種のいずれかであることを特徴とする請求項16記載の方法。
【請求項18】
前記血清を52℃から63℃の間の温度に加熱することを特徴とする請求項16又は17記載の方法。
【請求項19】
前記ステップa)の温度を30~45分間維持することを特徴とする請求項16から18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
前記超遠心分離を100,000 xgで7時間行うことを特徴とする、請求項16から19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記超遠心分離を5~10時間行うことを特徴とする請求項16から20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
前記血清を滅菌するステップをさらに含むことを特徴とする請求項16から18のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞生物学の分野に属し、特に、細胞培養補助剤の分野に属する。一般論として、本発明は、リボ核酸(RNA)が減少した、または検出限界以下の最小RNA含量を有する血清、好ましくはウシ胎児血清、および血清からRNAを除去するのに有用な方法に関するものである。このRNA低減血清は、動物血清中に通常存在するRNAが細胞培養からのRNA発現解析に干渉することなく、解析を行うのに有用である。
【0002】
細胞培養は、in vitroでの基礎研究や生物医学研究の主要なツールの一つである。昆虫から哺乳類まで、さまざまな種類の動物の細胞を、温度や湿度、二酸化炭素の割合などを制御しながら維持することで成り立っている。細胞を生き生きとさせ、絶えず分裂させるために、細胞培養は、細胞が最も重要な代謝機能を果たすために適切な量の塩を含む液体培地で維持される(Swain P. Basic Techniques and Limitations in Establishing Cell Culture: a Mini Review)。Adv Anim Vet Sci (2014) doi:10.14737/journal.aavs/2014/2.4s.1.10、Arora M. Cell Culture Media: A Review. Mater Methods (2013) doi:10.13070/mm.en.3.175)。
【0003】
試験管内での細胞培養に重要な成分は血清である。血清には、細胞が絶えず分裂し続けるために必要な成長因子、脂質、タンパク質などが多く含まれている。このように、血清は細胞培養を維持するための合成液体培地に栄養補助として添加される。この目的のために使用される血清は、ヒト、ウマ、ウシ由来のものがあり、ウシ胎児血清(FBS)が世界的に最も広く使用されている(Arora M. Cell Culture Media: A Review)。Mater Methods (2013) doi:10.13070/mm.en.3.175.)
【0004】
前述の成分に加えて、FBSは核酸を多く含んでおり、最も豊富なのは、トランスファーRNA(tRNA)、リボソームRNA(rRNA)、マイクロRNA(miRNA)、Piwi-タンパク質群結合小分子RNA(pi-RNA)、核小体RNA(snoRNA)など、さまざまな生物学的機能形態のRNAである(Chen X, et al. Cell Res. 2008 Oct;18(10):997-1006)。様々な種類のRNAの中には、細胞外小胞(EV)の中に含まれるものと、その外に含まれるものがある(Keerthikumar S. et al. J Mol Biol. 2016 Feb 22;428(4):688-692)。
【0005】
EVは、直径50~400nmの脂質二重層からなる微小構造体で、その中にはタンパク質、さまざまな種類の生物学的機能を持つRNA、およびいくつかの小分子が含まれている。EVは、直径や分子量が互いに異なるサブグループから構成されており、直径50~1200nmのEVであるエクソソームが最も広く研究されている(Colombo M. et al. Annu Rev Cell Dev Biol. 2014;30:255-89)。EVの重要な点は、EVがその内容物をin vitroおよびin vivoの両方でレシピエントの細胞に転送できることが示されていることで、EVは細胞間コミュニケーションシステムとして提案されており、代謝や、がんや糖尿病などの病気の発症に大きな重要性を持つ可能性がある(Muralidharan-Chari V.ら、J Cell Sci. 2010 May 15;123(Pt 10):1603-11およびBobrie A.ら、Traffic. 2011 Dec;12(12):1659-68)。
【0006】
培養細胞を用いた研究では、FBSのEVはそのRNAコンテンツをヒトやネズミの細胞株に転送する能力があることが示され、FBSを使用した場合、ウシのRNAが細胞培養物に転送される可能性があることが強調された。この発見により、miRNAが発見されてから今日までに、miRNAの発現を検出・解析したと報告されている科学文献には、当該研究の細胞株が由来する種のRNAとウシのRNAが混在している可能性が非常に高いことが明らかになった。ウシのRNAの検出と、細胞培養内でのその可能な機能の両方において、どの程度の干渉があるかは、現時点では不明である。その主な理由は、牛のmiRNAの70%以上が、ヒトのmiRNAを含む他の哺乳類のmiRNAと同一であることである(Wei Z. et al. Sci Rep. 2016 Aug 9;6:31175)。
【0007】
この点について、Weiらは、FBSには、メッセンジャーRNA、マイクロRNA(miRNA)、リボソームRNA、小核RNAなど、タンパク質をコードするRNAと制御するRNAの両方を含むさまざまな種類のRNAが含まれており、超遠心分離処理を行っても、そのうちの最大70%が血清中に残る可能性があると述べている。
【0008】
Weiらは、FBS由来のRNAは細胞培養由来のRNAと一緒に単離され、その後のRNA分析に干渉や誤解を与える可能性があるため、このような研究にはRNAフリー血清が望ましいと指摘している(Tosar JP. J Extracell Vesicles.2017 Jan 12;6(1):1272832)
【0009】
細胞培養に使用する血清中に内因性のEVが存在することで起こりうる干渉や誤解を減らすために、血清からEVを除去するいくつかの方法が開発された。
【0010】
この意味で、特許US9,005,888には、動物細胞が産生するEVを分離する方法と、EVの含有量が減少した血漿または血清を製造する方法が記載されており、もともと存在していたmiRNAの一部が、その方法を適用した後に定量的PCR(qPCR)で検出できなくなることが示されている。しかし、特許US9,005,888号に記載されている方法は、ポリエチレングリコール(PEG)を含む沈殿液を使用するなど、いくつかの欠点があり、そのうちの残留物が処理された血清に残り、汚染物質とみなされる可能性がある。
【0011】
例えば、PEGがヘテロカリオンの形成、すなわち細胞融合を誘発して多核細胞を生成することが報告されており(Davidson RL, Gerald PS. Somatic Cell Genet. 1976 Mar;2(2):165-76.)、そのためFBSに残ったPEGが細胞の生物学的機能を変化させ、分子生物学的実験の結果を変化させる可能性がある。
【0012】
さらに、血清中に残っているPEGが、Trizolなどの従来の方法によるRNA抽出に影響を与えている可能性も否定できず、特許US9,005,888号に記載されているRNAがほとんど或いは全く検出されないという影響は、PEGに起因する人為的構造によるものであり、RNAの除去によるものではないと考えられる。
【0013】
注目すべきは、Weiらが述べているように、血清中のRNAのほとんどがEV内ではなくEV外に含まれていることで、PEG処理した血清を使用した場合、細胞培養にRNAの混入がないという確実性が大きく損なわれる。さらに、PEG沈殿法は血清から高濃度のタンパク質を沈殿させることもできるが、EV内包物以外の外因性循環RNAと結合したタンパク質複合体を完全に除去できるかどうかは不明である(Tosar et al)。
【0014】
また、特許US9,005,888号に記載されている方法では、血清の無菌状態を約束する手順や操作が必要であり、無菌状態の細胞培養でFBSを使用するためには、一度PEGで処理した血清を無菌状態に戻す追加の手順が必要になる可能性があることにも注意が必要である。これでは、EVなしの血清を製造するための時間と費用が増えてしまう。もう一つの重要な点は、PEG法では血清中に存在するEVを完全には除去できないということであり、記載されている方法の一つでは、1mlあたり104個以下の小胞濃度のEV低減血清を定義している。
【0015】
Kornilovら(Kornilov R. et al. J Extracell Vesicles. 2018 Jan 21;7(1):1422674)は、限外濾過によってFBSからEVを除去する方法を述べている。EVを除去する方法として、実験室規模では方法論的にシンプルな選択肢を提供しているものの、この方法論では、遠心分離や高価な材料(限外濾過材料や装置など)の使用が必要であり、この方法論の実用性や工業規模での応用性は低い。また、この方法では、EVの量を減らすことはできても、EVの外にあるRNAを取り除くことができないため、この方法で処理した血清には、FBSのRNAが大量に残ってしまう。
【0016】
上述のFBSを処理して、EV含有量やRNA量を減らす方法に加えて、細胞培養用のFBS代替物が市販されている。このような血清代替品は、血清の天然成分の一部を含む合成製剤であるため、一部の細胞株は制御された培養条件下で最適な条件で増殖することができる(Barnes D, Sato G. Anal Biochem. 1980 Mar 1;102(2):255-70)。しかし、合成血清代替品は、FBSに比べて非常に高価であることが多く、また、特定の種類の細胞を培養するように設計されているため、一般的には、幹細胞などの特定の細胞株や培養条件で培養する場合にのみ、FBS代替品として有効であると考えられる(Ohnuma K. et al. J Neurosci Methods. 2006 Mar 15;151(2):250-61)
【0017】
細胞培養におけるエクソソームの生物学的効果を研究し、血清からのmiRNAが培養物を汚染して実験の結論を妨げないようにする必要性から、すでにmiRNAを低減したFBS製品が市販されているが(Paszkiet B. et al. Development of an improved process for the depletion of exosomes from fetal bovine serum.Thermo Fisher Scientific Inc.2016)、これらには他の種類のRNAが多量に含まれており、その培養への影響は調べられていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
理想的には、細胞培養内でのRNAの汚染を避けるために、培地を補充するために使用される血清は、RNAを含まないか、または実質的に減少させ、EVを含まないか、または実質的に減少させる必要があるが、例えばPEGのような追加の化学化合物を含まないことも望ましい。ただし、この血清は、細胞培養に不可欠な他の血清成分を保持している必要がある。
【0019】
現在の技術状況から、RNAを含まない、あるいは最小限のRNA含有量で、血清自身のRNAによる汚染や干渉のリスクなしに細胞培養研究が可能な、FBSを中心とした動物用血清が明確に求められている。同様に、細胞培養に使用される動物の血清からRNAを除去する方法として、血清の無菌性を損なわず、製品のコストを急激に増加させることなく工業的に拡張可能な、シンプルで低コストの技術が明らかに必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、RNAを含まない、または実質的に含まない動物由来の血清に関するものである。この血清は、細胞外小胞(EV)を含まない、または実質的に含まないが、細胞培養に不可欠な血清の他の成分は保持しているため、血清に内在するEVやRNAによる汚染のリスクを伴わずに、細胞培養をベースとした研究を行う上で有用である。
【0021】
ウシ、ウマ、ヒト、マウス、ラット、ヤギの血清や、それぞれの胎児血清など、動物由来のさまざまな種類の血清が本発明の態様に含まれる。
【0022】
さらに本出願は、加熱、冷却、アルカリ化、中和の各ステップを順次適用することにより、動物血清、主にウシ胎児血清(FBS)中に存在するRNAの量を除去または実質的に減少させるのに有用な方法に関するものである。この方法では、動物の血清中に存在する内因性のEVを分解し、その結果、血清中のフリーのRNAを変性・分解することで、血清中に存在するRNAを除去または大幅に減少させることができる。EVの分解は、EV本来の機能を否定するものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】様々な市販のFBS製品におけるRNAクラス(種類)の割合と量(アバンダンス)をまとめた棒グラフ
図2】FBSサンプルに適用した異なるプロセスの組み合わせでRNAを除去した後に回収したRNAの濃度を示すグラフ
図3】FBSに含まれる粒子の量と大きさを表したヒストグラム
図4】様々な市販のFBS製品のRNA濃度を、本発明の方法の適用前と適用後で示した棒グラフ
図5】本発明に記載のRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSを補体として用いた細胞培養の細胞増殖を示すグラフ
図6】異なる補充条件で培養した細胞の形態
図7】異なる補充条件で培養した場合の細胞生存率を比較した棒グラフ
図8】RNAフリーのFBSを添加した細胞株と、対照として未処理の血清を添加した細胞株の増殖率の比率
図9】RNAフリーのFBSを添加したラインと未処理の血清(対照)の細胞生存率の比率
図10】未処理の血清(対照)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清中の様々なmiRNAの存在量を示すグラフ
図11】未処理の血清(対照)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清中の他のクラスのRNAの存在量を示すグラフ
図12】未処理の血清(対照)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清中の様々なmiRNAの存在量を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1は、様々な市販のFBS製品におけるRNAクラス(種類)の割合と量(アバンダンス)をまとめた棒グラフである。それぞれのバーは、異なる市販のFBS製品のプレゼンテーションを示している。
1)通常のFBS A、
2)通常のFBS B、
3)キャラクター化されたFBS(characterized FBS)、
4)修飾されたFBS(graded FBS)、
5)認証されたFBS(certified FBS)、
6)トリプルフィルターされたFBS(triple filtered FBS)、
7)エクソソームを減少させたFBS(FBS reduced in exosomes)。
市販のプレゼンテーションとは異なるクラスの含有量やRNA量(アバンダンス)が見られ、miRNAを含まないものもあるが、すべてのクラスにRNAが存在することがわかる。黒のバーはmiRNA、濃いグレーのバーはnon-annotated RNA(家畜牛(Bos taurus)のゲノムに存在するが、特定の機能を持つRNAタイプに関連づけることができなかった配列)、薄いグレーのバーはtRNA、白のバーは家畜牛(Bos taurus)のゲノムに存在しないその他のRNAで、その起源はウシ以外である可能性がある。
【0025】
図2は、FBSサンプルに適用した異なるプロセスの組み合わせでRNAを除去した後に回収したRNAの濃度を示すグラフである。使用したプロセスとその順番を表1に示す。3つの異なる条件でRNAを除去した(バー11、13、18)。INDはRNA濃度が検出されなかったことを示す。加熱、冷却、アルカリ化、中和の順に不活性化する組み合わせが、FBS中のRNAを除去または大幅に減少させることができる組み合わせの一つである。RNAの量を減らす他の組み合わせでは、超遠心分離のステップが追加される。
【0026】
図3は、FBSに含まれる粒子の量と大きさを表したヒストグラムである。灰色のヒストグラムは、本発明の方法で処理されたFBSのサンプル(表1に従った組み合わせ#11)に存在する粒子のサイズ(粒径)と量に対応し、黒い輪郭のヒストグラムは、何も処理していない対照(コントロール)サンプルに対応する。エクソソームを含む代表的なEVサイズ(直径50~400nm)の粒子は、未処理の血清(対照)に比べてサイズが小さくなり、加熱、冷却、アルカリ化、中和の後、大部分は直径が約30nmになった。
【0027】
図4は、様々な市販のFBS製品のRNA濃度を、本発明の方法の適用前と適用後で示した棒グラフである。1)通常のFBS A、2)通常のFBS B、3)キャラクター化されたFBS(characterized FBS)、4)修飾されたFBS(graded FBS)、5)認証されたFBS(certified FBS)、6)トリプルフィルターされたFBS(triple filtered FBS)、7)エクソソームを減少させたFBS(FBS reduced in exosomes)。
市販品とその初期のRNA濃度に関わらず、本願記載のRNA除去方法を適用すると、RNA濃度が検出不能(IND)になることが確認された。
【0028】
本発明に記載のRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSを補体として用いた細胞培養の細胞増殖を示すグラフを図5に示す。HEK293細胞を異なる補充条件で培養した。白丸は未処理(対照)のFBS、黒丸は本発明のRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBS(表1)の組み合わせ#11で得られたもの)、灰色の三角は合成血清代替品を示す。RNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSで培養した細胞は、未処理のFBS(対照)で培養した細胞と同様の増殖を示し、合成代替品のそれよりも優れていることから、本発明の方法を適用して得られたRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSは、細胞増殖を効果的に促進するのに必要な特性を維持していることが示された。
【0029】
図6は、異なる補充条件で培養した細胞の形態を示している。未処理のFBS(対照)、本発明に記載のRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBS(表1に記載の組み合わせ#11で得られたもの)、及び合成血清補充剤を用いた。本発明のRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSは、対照に対して(との比較において)も、合成血清に対して(との比較において)も、細胞の形態に悪影響を及ぼさず、細胞の増殖に必要な特性を維持していることが確認された。
【0030】
図7は、異なる補充条件で培養した場合の細胞生存率を比較した棒グラフである。未処理のFBS(対照)は白棒、本発明のRNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSは黒棒、および合成血清代替物は灰色棒を使用した。対照のFBSとRNAフリーのFBSと合成代用物を補充した細胞の間で、6日目の累積生存率に有意な差がないことが確認され、本発明の方法を適用した後も、RNAフリーの血清がその補充性を維持していることが確認された。
【0031】
図8は、RNAフリーのFBSを添加した細胞株と、対照として未処理の血清を添加した細胞株の増殖率の比率を示している。1)HEK 293、2)HeLa、3)CHO、4)MCF7、5)MEF細胞に、未処理のFBS(対照)と、RNAフリーまたは実質的にRNAフリーのFBSを補充してインキュベートし、両補充条件での増殖の比率を求めた。RNAフリーのFBSで培養した細胞株はいずれも、未処理のFBSを補充した場合と比較して、6日目の累積増殖量に違いが見られなかった。
【0032】
図9は、RNAフリーのFBSを添加したラインと未処理の血清(対照)の細胞生存率の比率を示している。1)HEK293, 2)HeLa、3)CHO、4)MFC7、5)MEF細胞に未処理のFBSを補充したものと、RNAフリーまたはRNA実質フリーのFBSを補充したものをインキュベートし、両補充条件での生存率の比率を求めた。RNAフリーのFBSで培養した細胞株は、いずれも6日目の累積生存率に、それぞれの対照FBSと比較して差が見られなかった。
【0033】
図10は、未処理の血清(対照)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清中の様々なmiRNAの存在量を示すグラフである。miRNAは、
1)Bta-miR-143、
2)Bta-miR-181a、
3)Bta-miR-192、
4)Bta-miR-380-3p、
5)Hsa-miR-25-3p
を定量的逆転写PCR(qRT-PCR)で検出した。白棒は未処理のFBS、黒棒は本発明の方法で処理したFBSを示す。すべてのケースで、本発明の方法はmiRNAの存在量を検出限界(約38Ct)以下のレベルまで減少させ、FBSからmiRNAを除去する方法の有効性を示した。
【0034】
図11は、未処理の血清(対照)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清中の他のクラスのRNAの存在量を示すグラフである。RNAは、
1)U47と2)非アノテーションRNA #49627とを、qRT-PCRで検出した。白棒は無処理のFBS(対照)、黒棒は本発明の方法で処理した後のFBSを示しており、本発明の方法が様々なクラスのRNAの除去に有効であることが明らかになった。
【0035】
図12は、未処理の血清(対照)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清中の様々なmiRNAの存在量を示すグラフである。miRNAは、
1)hsa-miR-486、
2)hsa-miR-423-5p、
3)hsa-miR-10b
をqRT-PCRで検出した。白棒は無処理のFBS(対照)を、黒棒は本発明の方法で処理した後のFBSを示す。見てわかるように、これらのmiRNAは使用した血清サンプル中では存在量が少ないが、本発明の方法では検出不可能なレベルまで除去することができる。
【0036】
細胞株や初代組織の培養は、生物医学研究のための主要なツールの一つである。一般的に、細胞培養は、細胞を生きたまま、あるいは一定の増殖状態に保つためのサプリメントを含む液体培地で細胞を培養することによって行われる。ウシ胎児血清(FBS)は、細胞の成長に重要なタンパク質、核酸、ホルモン、成長因子、脂質、ビタミンやミネラルなどの小分子が複雑に混ざり合っているため、培養液の補助的な役割を果たす。
【0037】
FBSにはさまざまなクラスのRNAが混在しているが、その中でもmiRNAは高度に保存されているため、進化的に離れた種の間でも配列やサイズが全く同じmiRNAが存在する。miRNAは、その高度な保存性と特異性から、遺伝子発現の重要な制御因子と考えられている(Bartel D. P. Metazoan MicroRNAs. Cell (2018) 173:20-51)。
【0038】
最近、細胞培養に血清を補助的に用いると、FBSに存在するRNAが細胞内のmiRNAの検出を妨害することが報告されている(Wei Z. et al. Sci Rep. 2016 Aug 9;6:31175)。というのも、細胞培養におけるRNA遺伝子発現の特徴を明らかにする研究の大半は、FBSを補助的に使用しており、培養細胞由来のmiRNAとFBS由来のmiRNAの混合の影響によって、得られる結果が変化する可能性があるからである。この状況をさらに悪化させているのが、かなりの数のmiRNAにおいて、その由来となる種を区別することができないという事実である。サプリメントとして使用されている血清に含まれるmiRNAやその他のRNAが、遺伝子発現や生理的状態を変化させることによって培養細胞に生物学的機能を及ぼす可能性は否定できず、その結果、実施された実験の結果に影響を及ぼすことがある。
【0039】
ウシのmiRNAが培養細胞に移行する原因の一つとして、FBSに含まれる細胞外小胞(EVs)が考えられるが、EVsの内部にも外部にもmiRNAや他の種類のRNAが同等の割合で存在しているため、ウシのRNAの汚染は、EVs以外の媒体からも発生し、そのためEVsを血清から除去しても、汚染RNAを完全に除去することはできない。
【0040】
最後に、FBSに含まれるRNAは、EVの内外を問わず非常に安定しているため、RNA結合タンパク質によって保護されている筈である。FBSには、効果的に保護されていなければRNAを分解する多数のRNA分解酵素(RNAase)が自然に含まれているからである(Chen X, et al. Cell Res. 2008 Oct;18(10):997-1006)。
【0041】
FBSからEVを減少または除去する方法として、限外濾過、超遠心分離、化学剤を用いた沈殿などからなるいくつかの方法が現状では説明されているが、これらの方法はEVとEVに含まれる生物学的物質の除去に焦点を当てている。但し、哺乳類の血清に含まれるRNAの最大60%を占める可能性のある血清中のフリーフォームのRNAを減少または除去することはできないため、これらの方法やFBS製剤はいずれもRNAフリー、または実質的にフリーのものではない。代替案としては、合成サプリメントの使用が考えられるが、これはFBSの使用に比べてはるかに高価であることが多く、すべての種類の細胞の成長に効果的ではない。
【0042】
したがって、サプリメントとしての特性や機能を維持しながら、分子生物学的実験の結果を汚染したり、変更したりする可能性なく、in vitroでの細胞培養を可能にするRNAフリーまたは実質的にRNAを低減した哺乳類血清が望まれている。この意味で、サプリメントとしての機能を変えることなく、また、細胞培養やそれを用いた分子生物学的実験に支障をきたす可能性のある化学物質を残留させることなく、RNAを含まない、あるいは実質的にRNAを減少させた血清を製造することができる方法があることも望ましい。
【0043】
本発明は、RNAを含まないまたは実質的にRNAが減少した血清、および哺乳類の血清、特にFBSに含まれるRNAを効率的に除去する方法を提供することによって、先行技術の欠点を克服するものである。この方法は、EVに含まれているかどうかにかかわらず、哺乳類の血清中に存在するRNAを効率的に除去することができ、その結果、RNAを含まない、または実質的に減少させた異なる哺乳類種由来の血清を製造することができる。
【0044】
もう一つの技術的な利点は、遠心分離や超遠心分離、フィルターの使用を必要としないシンプルな方法であるため、アプリケーションや工業的なスケールアップのコストが減少することである。さらに、この方法は、血清を異なる容器に移す必要なく実施できるため、使用時に要求される無菌状態を維持することが容易になる。本願明細書に記載された方法で製造された血清は、EVおよびトータルRNAが含まれていないか、または実質的に減少しており、先行技術に記載された他の血清よりも高いRNA除去率を達成している。
【0045】
本発明は、哺乳類の血清に加熱、冷却、アルカリ化、中和の順に処理を施すことで、血清中に自然に存在するRNAが実質的に除去または減少するという予想外の事実に基づいている。これらのプロセスは一般的に使用されており、血清中に存在するさまざまな生体分子に対するそれぞれのプロセスの効果は知られているが、4つのプロセスをこの特定の実行順序で組み合わせ、RNAの除去においてこの有効性を発揮する方法は、これまで説明されていなかった。本発明に記載されているように、これらのプロセスを特定の順序で適用することで、哺乳類の血清中に存在するRNAの除去効率を高めることができる。
【0046】
本発明は、加熱、冷却、アルカリ化、中和のプロセスをその特定の順序で適用することに基づいており、これは現在の技術の状態に反しているので、この分野の平均的な知識を持つ技術者が同様の結論に達することは期待できないだろう。これらのプロセスを別々に、あるいは異なる順序で血清に適用しても、同じ結果は得られないので、本方法は技術の状態から明らかではない。
【0047】
RNAフリーまたはRNAが実質的に減少した血清は、あらゆる種類のin vitro細胞培養(HeLa、HEK293、CHO、MFC7、MEFなど)や、研究対象となる細胞の代謝または生理学的状態を調査することを目的としたあらゆる分子生物学的実験の補助剤として使用することができる。同様に、RNAを含まない、またはRNAが実質的に減少した血清は、遺伝子発現の解析に関連するすべての研究、より詳細には、様々なクラスのRNA、例えばmiRNA、tRNA、lncRNA、mRNA、snRNA、piRNAなどの発現の解析を補完するものとして有用である。同様に、RNAを含まない、またはRNAが実質的に減少した血清は、ホルモン、組換えタンパク質、抗体、凝固因子、ワクチンなどの治療薬の製造に有用な細胞を培養するための補助剤として使用できる(Ashish Verma, Anchal Singh Academic Press, 4 Nov.2013)。
【0048】
本願明細書では、「RNAフリー血清」および「RNAが実質的に減少した血清」という用語は、RNA除去プロセスを経た動物、好ましくは哺乳類由来の血清を指し、その内因性RNA含有量は、水性サンプル中の核酸濃度を測定するのに有用な従来の高感度な方法、例えば、分光光度法および分光蛍光光度法、あるいは特定のRNA配列の存在、ひいてはその相対的な量を検出する方法による、特定RNA配列の検出によっては、検出されないレベルである。そして、RNA配列がほとんど検出されない、または検出されないということは、典型的には、「存在しない」または「検出されない」配列と解釈される。増幅サイクル(Ct)が目的の配列の存在量の指標となるqRT-PCRの場合に、Ctが38サイクルより大きいアバンダンスシグナルは、目的の配列が存在しない、または検出されないことを示していると考慮されるように、次世代シーケンサー(RNA-seq、small RNA-seq)などの配列特異的な検出技術では、従来、リード数が目的の配列の豊富さを示していると考えられており、リード数が0の配列は、RNAが存在しないか、技術の検出限界以下であることを示している。
【0049】
本発明の開発にあたっては、まず、血清中に存在するさまざまな種類のRNAの組成と相対的な存在比を分析した(図1)。このため、異なる市販のFBS製品(1)通常のFBS A、2)通常のFBS B、3)特徴のあるFBS、4)適格なFBS、5)認証されたFBS、6)トリプルフィルターされたFBS、7)エクソソームを減少させたFBS)のサンプルをRNAseq法(Illumina社)で分析した。バイオインフォマティクス解析の結果、FBSには異なるクラスのRNAが異なる量で含まれていることがわかる。最も豊富なRNAクラスの中には、miRNA、tRNA、unannotated RNA(Bos taurusのゲノムに配列されているが、特定のRNAタイプに関連付けることができなかったもの)がある。ここで注意したいのは、市販品によって異なるRNAの種類の割合が異なり、中には他の製品に比べてmiRNAの割合が低いものもあるが、すべての製品に何らかのRNAが含まれているということである。
【0050】
血清中に存在するRNAの除去プロセスに最も適した条件を決定するために、加熱、冷却、アルカリ化、酵素(リボヌクレアーゼ)の添加、超遠心分離など、さまざまなプロセスとその組み合わせをテストした。異なるプロセスの組み合わせでテストした結果を表1に示す。各プロセスの適用後、RNAをTRIzol試薬(Thermo社)で抽出し、抽出したRNAをQubit型分光蛍光光度計(Thermo社)で定量した。
【0051】
(表1)
【0052】
図2は、FBSサンプルにおける異なるプロセスとその組み合わせによるRNA除去効率を示している。異なるプロセスの特定の3つの組み合わせのみが、スペクトロフルオロメトリーによる検出限界250pg/μL以下の検出不可能なレベル(IND)までRNAを除去する。ある組み合わせ(図2、棒グラフ11)では、加熱と冷却の後、アルカリ化と中和を行う。もう一つの効果的な組み合わせ(図2、バー#13)は、加熱と冷却の後に超遠心分離を行う方法である。3つ目の効果的な組み合わせ(図2、バー#18)は、超遠心分離、加熱・冷却、アルカリ化、中和というステップを順に組み合わせたものである。
【0053】
他のプロセスや組み合わせは、血清からRNAを除去するのにある程度の有効性を示すが、いずれもRNAを完全に除去したり、検出限界以下にするのに有用ではない。血清からRNAを除去するには、加熱、冷却、アルカリ化、中和の4つのプロセスを組み合わせて適用するだけではなく、これらのプロセスを適用する順序が特に重要であることに留意する必要がある。なぜなら、3つのプロセスを組み合わせても、異なる順序で適用しても(図2、棒グラフ#12)、血清からRNAを除去する効果は同じではないからである。結論として、これらのプロセスを別々に、あるいは異なる順序で血清に適用しても、それに含まれるRNAを除去することはできない。
【0054】
血清中に存在するRNAの一部はEVに含まれているため、FBS中に存在するEVに対する本発明の方法の効果を検証するために、NanoSight装置(Malvern社)を用いたナノ粒子追跡分析(NTA)によるナノ粒子定量を行った(図3)。
【0055】
FBSに自然に含まれている粒子の大きさは、直径50~400nmで、100nmと180nm付近に粒子濃度の2つのピークがある(図3、Control.ブラックコンターヒストグラム)。本願明細書に記載の方法を適用した後、FBSに存在する粒子のサイズに著しい減少が見られ、直径30nmに近い粒子濃度の最大ピークを有する(図3、#11 灰色のヒストグラム)。
【0056】
これらの結果から、RNA除去法の適用により、エクソソームを含む血清中のEVが分解されていることがわかる。30nm付近に観測されたピークは、対照サンプルの2つのメインピークの粒子量の合計と相関する存在量(1.5×108個)であることから、EVの自然な状態が分解され、血清中のEV含有量がなくなるか、大幅に減少していることがわかる。EVを分解すると、動物の血清に含まれる全RNAの除去がより効率的になるが、これはおそらく、EV内に存在するRNAをさらなる分解のために放出するためだと思われる。
【0057】
この結果は、加熱と冷却によってEVが変性し、含まれるRNAが放出された後、強塩基で処理することでRNAがアルカリ加水分解され、さらに強酸を加えることでRNAの分解が促進され、その結果、血清からのRNA除去効率が向上したことによるものと考えられる。この処理後に血清中に残ったRNAは、RNA分子が分解されてできた機能しない断片であるため、培養細胞に影響を与えないと考えられる。
【0058】
血清からRNAを除去する方法の有効性を裏付けるために、7つの異なる市販のFBS製品から、本願明細書に記載されている方法による処理の前後でRNAを定量した。RNAはTRIzol試薬(Thermo社)で抽出し、抽出したRNAはQubit型分光蛍光光度計(Thermo社)で定量した。
【0059】
本願に記載されているRNA除去方法は、テストされたすべての市販のFBS製品に有効である:1)通常のFBS A、2)通常のFBS B、3)特徴のあるFBS、4)適格なFBS、5)認証されたFBS、6)トリプルフィルターされたFBS、7)エクソソームを減少させたFBS。
図4は、先に決定したように異なるRNA含有クラスを有するにもかかわらず(図1)、本方法は異なる市販品から検出限界以下のレベルまでRNAを除去できることを示しており、本方法は血清中に存在するRNAの濃度や種類にかかわらず有効であり、したがってあらゆる種類の動物血清に適用可能であることを示している。
【0060】
次に、本願発明に記載された遊離または実質的に減少したRNA FBSが、RNA除去方法を適用した後に、細胞培養を補完する能力の点で変化するかどうかを評価した。この目的のために、RNAを含まない血清を添加したヒト細胞(HEK293細胞)の成長曲線を行い、6日間の増殖、形態、生存率を、未処理の血清を添加した培地で培養した細胞や、合成血清代替品(いくつかの種類の細胞株が培養で成長するために必要な成分を含み、その合成の性質上、RNAやEVを含まない合成製剤)で培養した細胞から得られたものと比較した。
【0061】
図5は、3つの補充条件での細胞増殖の比較を示している。HEK293細胞を培養液中で60%コンフルエントになるまで通常の条件で培養した。その後、培養液をいずれかの変種(対照FBS、RNAフリーFBS、合成血清補充剤)を添加した培地に変更し、細胞密度を定量化した(0~6日目)。その結果、RNAフリー血清を添加した培養液(黒丸)と未処理のFBS(対照、白丸)では、細胞の増殖に差がないことがわかった。RNAフリー血清を用いて得られた増殖は、合成血清代替物を添加した培地で培養した細胞よりも優れている(灰色の三角形)。
【0062】
図6は、3つの補充条件で培養した細胞の形態を示したものである。RNAフリーのFBSは、対照や合成血清と比較して、細胞の形態に影響を与えないことが確認されており、細胞の生理機能に二次的な影響を与えることなく、細胞の増殖を促進するために必要な特性を維持していることが示されている。
【0063】
細胞の生存率は、膜の完全性を評価するトリパンブルー排除アッセイを用いてHEK293細胞を定量化することにより決定した。図7は、3つの補充条件(対照FBS、白棒、RNAフリーFBS、黒棒、;合成サロゲート、グレー棒)で培養した細胞の6日目の累積細胞生存率を示している。その結果、6日目の累積細胞生存率は、使用したサプリメントの違いによって変化していないことから、本発明に記載のRNAフリーFBSは細胞生存率に悪影響を及ぼさず、安全に使用できることが分かった。
【0064】
これらの生存率と増殖のアッセイは、他の細胞株でも繰り返し行われた(それぞれ図8図9)。図8は、RNAフリーのFBSを添加した培地で培養した細胞株と、未処理の血清を添加した培地で培養した細胞株(対照)の増殖率の比率を示したものである。1) HEK293, 2) HeLa, 3) CHO, 4) MFC7, 5) MEF細胞を、未処理のFBSと遊離または実質的に遊離のFBS RNAを添加した培地で培養し、両添加条件での増殖の比率を求めた。HEK293細胞と同様に、試験したすべての細胞株において、両補給条件の間の増殖比は1に近く、RNAフリーFBSと対照FBSの間に補給能力の差がないことを示している。
【0065】
図9は、2つの培養条件における同一細胞株の6日目の累積生存率を示しており、両補充条件の生存率比は1に近いことがわかる。 この結果から、本発明の方法で処理した血清を使用した場合、対照血清と比較して細胞生存率に大きな差がないことがわかる。
【0066】
この方法が血清からRNAを除去するのに有効であることを確認するために、この方法の適用前と適用後にいくつかのmiRNAの測定を行った。この目的のために、先に述べたように、miRNAが豊富に含まれている市販のFBS製品からRNAを抽出し(図1)、その後、大量のシーケンス結果のバイオインフォマティクス解析に従って、血清中の最も代表的なmiRNAの相対的な存在比をqRT-PCRで同定した。
【0067】
各miRNAの判定に使用したプローブを表2に示す。図10に見られるように、評価したすべてのmiRNAが 1)Bta-miR-143、2)Bta-miR-181a、3)Bta-miR-192。4)Bta-miR-380-3pおよび5)Hsa-miR-25-3pは、対照血清(白棒)では検出されたが、本発明の方法で処理した血清(黒棒)では38Ct(点線)以下のmiRNAは検出されなかったことから、本発明の方法を適用することで、FBSの最も豊富なmiRNAが排除されるか、検出限界以下に減少したことがわかる。
【0068】
市販のFBS製品の中には、miRNAの含有量は少ないが、他のRNAを大量に含むものがある(図1、棒グラフ4および7)。これらの市販製品の1つに含まれる様々なRNAクラスを計算機で解析したところ、U47に分類されるRNAと、「unannotated」に分類されるRNA(ここでは#49627とする)の2つのRNA配列が豊富に含まれていることがわかった。
【0069】
他のRNAタイプが排除されていることを裏付けるために、特定のプローブを用いたqRT-PCRを行い、これら2つのRNAの存在量を評価した。U47の測定に使用したプローブを表2に示す。
【0070】
(表2)
注釈のないRNA配列#49627については、表3に記載のプライマーオリゴヌクレオチドを用いて、既報の手法でSYBR-green蛍光を用いた。
【0071】
(表3)
【0072】
図11は、未処理の市販品(白棒)と、本発明の方法で処理した後の同じ血清(黒棒)における1)U47と2)#49627の存在量を示したものである。どちらのRNAも未処理の血清では20Ct以下のレベルであり、本発明の方法を適用することで、検出限界である38Ct以下にレベルを下げて両タイプのRNAを排除することができる。
【0073】
miRNAを含まないように見える市販製品の重要な点は、Bta-miR-143、Bta-miR-181a、Bta-miR-192、Bta-miR-380-3p、Hsa-miR-25-3pなど、検出不可能なレベルのmiRNAが含まれているにもかかわらず、検出可能な量のmiRNAが含まれていることである。図12は、これらの市販品の1つにおける1)Hsa-miR-486、2)Hsa-miR-423-5p、および3)Hsa-miR-10bの測定のためのqRT-PCR分析を、処理前(白棒)および本発明の方法を適用した後(黒棒)に示している。未処理のFBSでは、これらのmiRNAは34Ct前後で検出され、本発明の方法を適用することで、これらのmiRNAは検出限界である38Ct以下に減少することが確認された。
【0074】
本願明細書に記載された記述によれば、本明細書に記載された発明は、RNAフリーまたは実質的にRNAが低減された哺乳類の血清、およびそのようなRNAフリーまたは実質的にRNAが低減された血清を得る方法に関するものである。本方法で得られた血清は、細胞培養を補完する能力を維持しており、細胞培養に悪影響を及ぼす可能性のある化学残留物を含んでいない。
【0075】
本発明の方法を実施するためには、血清サンプルの制御された加熱に有用な先行技術に記載されている任意の方法論を採用することができ、好ましくは無菌の容器またはコンテナ、あるいは工業用コンテナで、限定されるものではないが、温度制御された水への入浴および浸漬、温度制御されたキャビネット(オーブン)でのインキュベーション、または他の制御された加熱装置の使用が含まれる。
【0076】
血清の加熱ステップには、52℃~63℃、好ましくは55℃~37℃の温度を用いることができる。加熱時間は25分から50分、好ましくは35分である。
【0077】
冷却ステップは、加熱後、室温まで冷却することで温度を操作せずに徐々に行ってもよいし、冷却手段を用いて、例えば室温以下の水や液体に浸すことで、あるいはその他の制御された冷却装置を用いることで、ステップを加速してもよい。最終冷却温度は8℃から25℃の間、好ましくは16℃である。
【0078】
水酸化カリウム(KOH)、水酸化マグネシウム(Mg(OH))、水酸化カルシウム(Ca(OH)2)、水酸化ナトリウム(NaOH)など、水酸化イオン(OH-)を放出するアルカリ性または塩基性の各種化合物または塩を、溶液または無水状態で使用することができるが、これらに限定されるものではない。当業者であれば、本手法で必要な加熱・冷却ステップの最適な温度と時間を日常的に標準化することができる。
【0079】
アルカリ濃度は10~12N、好ましくは12Nの間で変化してもよい。当業者であれば、本方法で必要とされるアルカリ化プロセスの最適濃度を日常的に標準化することができる。
【0080】
血清は、pH10から12の間、好ましくはpH12にアルカリ化されるべきである。
【0081】
血清のアルカリへの曝露時間は、存在するRNAの濃度や容量に応じて変化するが、少なくとも3分間維持する必要があるが、3分から20分、好ましくは5分から10分の間で変化しても構わない。
【0082】
中和処理には、酸性の化学的性質を持つさまざまな化合物または塩を使用することができ、これには、リン酸(HPO)、硝酸(HNO)、酢酸(CHCOOH)、塩酸(HCl)など、同様の性質を持つ化合物が含まれるが、これらに限定されない。
【0083】
酸の濃度は、0.1~2Nの間で変化してもよく、好ましくは1Nの濃度を使用してもよい。当業者であれば、本方法で必要な中和処理のための最適濃度を日常的に標準化することができる。
【0084】
血清は、生理的pHである7.2~7.5、好ましくはpH7.4になるまで酸性化する必要がある。
【0085】
本発明の好ましい実施形態では、血清を55℃~57℃の温度に30~45分間加熱し、20℃の室温まで徐々に冷却し、無水NaOH(粉末または顆粒)を用いて10分間かけてpH12までアルカリ化し、その後、1N濃度のHClを用いて生理的pH7.4に中和されるまでアルカリ化した血清のpHを低下させる。
【0086】
DNA濃度が非常に高い場合、例えば45または50ng/mL以上の場合には、本発明の方法を連続して繰り返し適用し、RNAの除去を確実に行うことができる。
【0087】
本発明の一実施形態では、本願明細書に記載の方法は、80,000 xgから100,000 xgの間の追加の超遠心分離ステップを統合してもよい。超遠心分離を行い、その過程で血清の無菌性が損なわれる場合には、0.2ミクロンの孔を持つ膜でのろ過など、当業界で知られている技術を用いて、追加の滅菌処理を行う必要がある。
【0088】
本発明を実施するためには、それぞれの胎児血清に加えて、ウシ、ウマ、ヒト、マウス、ラット、ヤギの血清を含むがこれらに限定されない、あらゆるタイプの動物血清を使用することができる。
【0089】
本発明は、以下の実施例によってさらに説明されるが、これらの実施例は、いかなる意味でも特許請求の範囲に課される制限とはみなされない。それどころか、これらの実施例は、本発明の実施をよりよく理解するために提示されており、本発明の実施形態の一部を表しているに過ぎないことが理解される。
【0090】
実施例1
FBS RNAの除去。
通常の市販のFBS製品から出発して、メーカーの推奨事項に従ってTrizol製品で抽出することにより、total RNAの濃度を最初に決定し、35ng/mLの濃度が得られた。
このFBSを56℃で35分間加熱した後、20℃になるまでゆっくりと室温まで冷却した。次に、12Nの無水NaOHを用いて血清をpH12までアルカリ化し、15分間保持した後、1NのHClを用いてアルカリ化した血清のpHを生理的pH7.4まで下げた。
この方法を適用した後、上述のTrizolを用いた抽出法でtotal RNAの濃度を測定したところ、スペクトロフルオロメトリーで検出限界以下の濃度が得られた。
【0091】
実施例2
発明の方法と超遠心分離を組み合わせたFBSからのRNA除去。
RNA濃度が40ng/mLであることが判明した通常の市販FBS製品を出発点として、血清を100,000×g、4℃で7時間の超遠心分離を行った。超遠心分離の終了時には、得られたボタンを邪魔することなく、サンプルの上澄みを新しい無菌容器に移した。無菌状態を維持するために、血清の上清を孔径0.2ミクロンの無菌フィルターに通した。
続いて、FBS上清を56℃で35分間加熱した後、20℃になるまでゆっくりと室温まで冷却し、無水NaOHを用いて血清をpH12までアルカリ化して15分間保持した後、アルカリ化した血清のpHを1N HClを用いて生理的pH7.4まで低下させた。
この方法を適用した後、上述のTrizolを用いた抽出法でtotal RNAの濃度を測定したところ、スペクトロフルオロメトリーで検出限界以下の濃度が得られた。
【0092】
実施例3
本発明の方法を用いたFBSからのRNA除去を異なる反復で行った結果
市販されている血清の種類によって、RNAの含有量が異なることが予想される。RNA含有量の高い血清サンプルの場合、本発明の方法を繰り返して、そのRNA除去効率の加算結果を与えることができる。
RNA含量が45ng/mL以上と定量された血清を用いて、56℃で35分間加熱した後、20℃になるまでゆっくりと室温まで冷却し、無水NaOHを用いてpH12までアルカリ化し、15分間保持した後、1N HClを用いてアルカリ化した血清のpHを生理的pHである7.4まで下げた。
その後、同じ条件で加熱、冷却、アルカリ化、中和のプロセスを繰り返した。
この方法を2回連続して適用した後、上述のTrizolを用いた抽出法でtotal RNAの濃度を測定したところ、スペクトロフルオロメトリーで検出限界以下の濃度が得られた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【国際調査報告】