(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-12-26
(54)【発明の名称】マルチパラメトリックX線蛍光イメージングのための方法、装置およびマーカ物質キット
(51)【国際特許分類】
A61B 6/00 20060101AFI20221219BHJP
G01N 23/223 20060101ALI20221219BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20221219BHJP
G01T 1/164 20060101ALI20221219BHJP
【FI】
A61B6/00 331Z
G01N23/223
G01N33/543 575
G01T1/164 F
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022524594
(86)(22)【出願日】2020-10-23
(85)【翻訳文提出日】2022-06-27
(86)【国際出願番号】 EP2020079909
(87)【国際公開番号】W WO2021078950
(87)【国際公開日】2021-04-29
(31)【優先権主張番号】102019128842.8
(32)【優先日】2019-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】515126684
【氏名又は名称】ウニヴェルズィテート ハンブルク
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITAT HAMBURG
【住所又は居所原語表記】Mittelweg 177,20148 Hamburg Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100105360
【氏名又は名称】川上 光治
(74)【代理人】
【識別番号】100145023
【氏名又は名称】川本 学
(72)【発明者】
【氏名】グリュナー,フロリアン
【テーマコード(参考)】
2G001
4C093
4C188
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA04
2G001CA01
2G001DA09
2G001LA01
2G001MA04
4C093AA22
4C188EE03
4C188FF03
(57)【要約】
第1マーカ物質を含む生物/生体試料10上の最大検出感度と最小放射線量でのマルチパラメトリックX線蛍光イメージ法は、第1マーカ物質のX線蛍光2を励起する試料へX線1の照射、第1マーカ物質のX線蛍光の空間分解検出、第1マーカ物質のX線蛍光から試料中第1マーカ物質分布の決定の工程を含む。試料はX線でX線蛍光へ励起される最少1の別マーカ物質を含む。第1マーカ物質と最少1の別マーカ物質の蛍光線3は異なる。これを追跡できるよう、第1と最少1の別マーカ物質中の最少1、試料との特定相互作用用の又は細胞中の活性成分分子及び/又はリガンド分子に結合する。検出は第1と最少1の別マーカ物質のX線蛍光のスペクトル分解検出を含む。試料中の最少1の別マーカ物質の最少1の分布を第1と最少1の別マーカ物質の検出X線蛍光で決定する。マルチパラメトリックX線蛍光イメージ用イメージ装置100、試料へマーカ物質導入用のマーカ物質キットの最適選択法も説明する.
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物有機体の体の少なくとも一部を含みかつ第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質を含む試料(10)上でのマルチパラメトリックX線蛍光イメージング方法であって、
前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の中の少なくとも1種の物質が、前記試料(10)との特定の相互作用のために供給された活性物質分子および/またはリガンド分子に結合され、
- 前記試料(10)にX線放射線(1)を照射する工程であって、前記X線放射線(1)によって前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光(2)が励起され、前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記X線蛍光(2)の各蛍光線(3)が互いに異なるものである、工程と、
- 前記X線蛍光(2)を空間分解検出する工程であって、前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記X線蛍光(2)をスペクトル分解検出することを含む工程と、
- 前記検出されたX線蛍光(2)から、前記試料(10)中の前記第1のマーカ物質の分布と、さらに前記少なくとも1種の別のマーカ物質の少なくとも1つの分布とを求める工程と、
を含み、
- 前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、これらのマーカ物質の同じ濃度での前記X線蛍光(2)の検出によって同等の統計的有意レベルが得られる程度に、共に同等のまたは近似する、蛍光確率、前記試料(10)における前記X線蛍光(2)の減衰、および前記試料(10)における散乱による背景ノイズ・レベルを示すものであり、
- 前記X線放射線(1)の放射光子エネルギは、全ての前記マーカ物質の吸収端より高いものである、
方法。
【請求項2】
前記マーカ物質の統計的有意レベルは、前記マーカ物質の背景ノイズ・レベルが共に極小で等しくまたは近似的に等しくなるように、同時に前記蛍光確率および前記試料中の透過率が共に等しくまたは近似的に等しく最大であるように、前記試料中の前記マーカ物質の最高の吸収端より高い位置に前記X線放射線(1)の放射光子エネルギを選択することによって、最大化されるものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記X線放射線(1)の共通の励起ビームを用いて前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記X線蛍光(2)が励起され同時に検出される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光(2)が、相異なるエネルギを示す前記X線放射線(1)の相異なる励起ビームを用いて励起され、同時にまたは順次検出されるものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれナノ粒子(11、12)およびマーカ分子(15、16)を含むものである、請求項1乃至4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
- 前記第1のマーカ物質または前記少なくとも1種の別のマーカ物質はそれぞれナノ粒子(11、12)を含み、
- 前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記ナノ粒子(11、12)は前記試料(10)について区別できない表面を含み、前記ナノ粒子(11、12)は内部に相異なる元素を含むものである、
請求項5に記載の方法。
【請求項7】
- 前記第1のマーカ物質は、主に第1のX線蛍光元素を含む第1のタイプのナノ粒子(11)を含み、
- 前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれ主に少なくとも1つの別のX線蛍光元素を含む少なくとも1つの別のタイプのナノ粒子(12)を含むものである、
請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
各タイプのナノ粒子(11、12)は、前記第1のX線蛍光元素および前記少なくとも1つの別のX線蛍光元素の中の1つの元素のみを含むものである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
- 前記第1のタイプのナノ粒子(11)は、前記試料(10)との化学的および/または物理的相互作用のために供給された第1のタイプの活性物質分子および/またはリガンド分子を担持し、
- 前記少なくとも1つの別のタイプのナノ粒子(12)は、それぞれ、前記試料(10)との化学的および/または物理的相互作用のために供給された相異なるタイプの活性物質分子および/またはリガンド分子を担持し、または活性物質分子またはリガンド分子を担持しないものである、
請求項5乃至8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
各タイプのナノ粒子(11、12)は、1つの特定のタイプの活性物質分子および/またはリガンド分子のみを担持するものである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記第1のタイプのナノ粒子および前記少なくとも1つの別のタイプのナノ粒子(11、12)の中の少なくとも1つのタイプのナノ粒子が、粒子コア(13)および粒子被覆層(14)を含むコア-シェル構造を有する、請求項5乃至10のいずれか記載の方法。
【請求項12】
全ての前記ナノ粒子(11、12)はコア-シェル構造を有するものである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記粒子被覆層(14)は、金属、特に金、または非金属材料、特にポリマーまたはリポソーム材料またはミセル材料、を含むものである、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
全ての前記ナノ粒子(11、12)の前記粒子被覆層(14)は、活性物質分子および/またはリガンド分子が結合できる同じ材料から生成されるものである、請求項11または12に記載の方法。
【請求項15】
前記ナノ粒子(11、12)は、それぞれ、イリジウム、白金、金、ビスマス、銀、ヨウ素、パラジウム、カドミウムまたはインジウムを含むものである、請求項5乃至14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
前記ナノ粒子(11、12)はそれぞれ相異なるX線造影剤分子を含むものである、請求項5乃至15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
各タイプのナノ粒子(11、12)は相異なるナノ粒子サイズを有するものである、請求項5乃至16のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
- 前記第1のマーカ物質は、第1のX線蛍光元素を含む第1のタイプのマーカ分子(15)を含み、
- 前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれ少なくとも1つの別のX線蛍光元素を含む少なくとも1つの別のタイプのマーカ分子(16)を含むものである、
請求項5乃至17のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
- 前記第1のマーカ物質は、第1のX線蛍光元素を含むナノ粒子(11)を含み、
- 前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれ少なくとも1つの別のX線蛍光元素を含むマーカ分子(15)を含むものである、
請求項5乃至17のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
前記マーカ分子(15、16)は活性物質および/またはリガンド分子に結合され、前記マーカ分子(15、16)は、それぞれ前記第1のX線蛍光元素および前記少なくとも1つの別のX線蛍光元素の中の1つの元素を含むものである、請求項18または19に記載の方法。
【請求項21】
前記X線蛍光元素が、銀、インジウム、パラジウム、カドミウム、ヨウ素またはバリウムを含むものである、請求項18乃至20のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
前記試料(10)における前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の空間的分布の時間関数が決定される、請求項1乃至21のいずれかに記載の方法。
【請求項23】
- 前記活性物質は生体細胞を含み、前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の中の少なくとも1種のマーカ物質が前記生体細胞に結合され、
- 前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記分布を求めることは、前記試料中の前記生体細胞の輸送の検出を含むものである、
請求項1乃至22のいずれかに記載の方法。
【請求項24】
前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれ異なる方法または経路で前記試料(10)に導入されたものである、請求項1乃至23のいずれかに記載の方法。
【請求項25】
前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、活性物質分子および/またはリガンド分子が結合されることなく、前記試料に対して同じ効果を有するように形成されるものである、請求項1乃至24のいずれかに記載の方法。
【請求項26】
請求項1乃至25のいずれかに記載の方法によって試料(10)を調べるためにマルチパラメトリックX線蛍光イメージングを行うよう構成されたイメージング装置(100)であって、
前記試料は、生物有機体の体の少なくとも一部を含み、かつ第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質を含み、
前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の中の少なくとも1種の物質が、前記試料(10)との特定の相互作用のために供給された活性物質分子および/またはリガンド分子に結合され、
- 前記試料(10)にX線放射線(1)を照射するよう配置されたX線源装置(110)であって、前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光(2)が励起され、前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記X線蛍光(2)の蛍光線(3)が互いに異なるものである、X線源装置(110)と、
- 前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質の前記X線蛍光(2)を空間的およびスペクトル的に分解して検出するよう構成された検出器装置(120)と、
- 前記検出されたX線蛍光(2)から、前記試料(10)における、前記第1のマーカ物質の空間的分布と、さらに前記少なくとも1種の別のマーカ物質の空間的分布とを求めるよう構成された評価装置(130)と、
を含む、イメージング装置(100)。
【請求項27】
試料(10)上でのマルチパラメトリックX線蛍光イメージングのために前記試料(10)にマーカ物質を導入するために構成されたマーカ物質キット(200)であって、
- X線放射線(1)が照射されたときにX線蛍光(2)を放射する第1のマーカ物質と、
- X線放射線(1)が照射されたときにX線蛍光(2)を放射する少なくとも1種の別のマーカ物質と、
を含み、
- 前記第1のマーカ物質と前記少なくとも1種の別のマーカ物質の蛍光線は互いに異なり、
- 前記第1のマーカ物質および前記少なくとも1種の別のマーカ物質は、これらのマーカ物質の等しい濃度での前記X線蛍光(2)の検出によって、前記放射エネルギの選択によって最大化できる同等のまたは近似する統計的有意レベルが得られる程度に共に等しいまたは近似する、蛍光確率、試料(10)中でのX線蛍光(2)の減衰、および前記試料(10)における散乱による背景ノイズ・レベルを示すものである、
マーカ物質キット(200)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料におけるマーカ(標識)物質分布が検出される、試料上でのマルチパラメトリックX線蛍光イメージングのための方法に関する。本発明は、さらに、調査対象の試料上でX線蛍光イメージングを行うよう構成されたイメージング装置、および試料上でのX線蛍光イメージングのために試料に導入するために構成されたマーカ物質キットに関する。本発明は、試料、特に生体(生物)試料または非生体試料、に関するX線蛍光イメージングに使用できる。
【背景技術】
【0002】
本明細書において、本発明の背景技術を表す以下の先行技術を参照する。
[1]独国特許出願公開第10 2017 003 517号
[2]米国特許出願公開第2012/0307962号
[3]米国特許出願公開第2016/0252471号
[4]T. Pellegrino et al. "Nano Lett." Vol.4, No.4, 2004, p.703-707
[5]H. D. Fiedler et al. "Anal Chem." 2013, 85(21):10142-8
[6]R. Zhang et al. "Am. J. Nucl. Med. Mol. Imaging" 2018, 8(3):169-188
[7]F. Gruner et al. "Sci. Rep." Vol.8, 2018, p.16561
[8]K. Khrennikov et al. "Phys. Rev. Lett." Vol.114, p.195003 (2015)
[9]M. Hossain et al. "Applied Physics Letters" Vol.97, 2010, p.263704-1-263704-3
[10]D. P. Cormode et al. "Contrast Media & Molecular Imaging" 2014, No.9, p.37- 52
[11]Y. Li et al. "Contrast Media & Molecular Imaging" Vol.2018, 2018, Article ID 8174820, p.1-7 (with Supplementary material)
【0003】
薬理学において、生理学的に作用する物質(ここでは、活性物質または活性物質分子または薬理活性物質とも称する)、特にバイオ・マーカ、抗体、抗体フラグメント、生体細胞、および/または医薬品(薬剤分子)の、患者または試験動物の体内における局所的および/または時間(経時)的分布を測定すること(体内動態の測定)は興味深いことである。薬物動態(Pharmakokinetik)の測定は、特に、体内における適用される活性物質の局所濃度を時間依存形態で捕捉(取得)することを目指す(目的とする)。その理由は、活性物質の効果は、例えば細胞表面上の受容体(レセプタ)と結合することなどによって、それ(活性物質)が治療作用部位において結合する濃度(および時間期間)に直接依存するからである。通常の薬物動態学的方法には、限られた有益的価値(Aussagekraft:情報有益性、有意性、意義)しかない。例えば、薬剤の投与後に、血液中の薬剤の濃度を測定するために血液試料(サンプル)を採取した場合、体内での薬剤の局所的分布は捕捉(記録)されず、特に、薬剤が所望の作用部位に到達したかどうか、いつ到達したか、およびどの濃度で到達したかに関する情報が得られない。複数の活性物質が適用される(ここで、一般的にマルチメディケーションと称される)場合、手間のかかる複雑な工程段階が適用される場合にだけ、これら活性物質を個別に捕捉(記録)することができる。
【0004】
さらに重要な適用例は、例えばクローン病および/または潰瘍性大腸炎並びに免疫系媒介炎症性疾患の治療用の薬剤の効果を記録するために、相異なる免疫細胞タイプ(型)の分布を測定することであろう。この場合、異なる複数の免疫細胞タイプが通常関連するので、体内の相異なる免疫細胞タイプの動態を別々に、しかも同時に同じ位置で測定するという、未解決の課題が生じる。
【0005】
陽電子放射断層撮影法(PET)は、例えば体内での薬剤の分布を記録できる方法として一般的に(広く)知られている。PETは、放射性トレーサ分子が薬剤分子に結合していることに基づくものである。トレーサ分子は調査対象の体内において陽電子を放出し、それが電子と対消滅し、その結果、511keVの特性エネルギを有する2つのX線光子が生成される。この2つのX線光子が検出され、複数の同時測定(計測)によって放出(放射)位置、従って薬剤の位置、を測定または決定することができる。しかし、PETには、体の放射線被曝、複雑な装置技術、およびマルチメディケーション(多剤投与)の場合の限定された有益的価値(Aussagekraft:情報有益性、結論)から生じる一連の欠点がある。
【0006】
マルチメディケーション(多剤投与)の場合、PETは限られた情報しか提供しない。その理由は、1回の測定で単一の薬剤分布しか記録できない(複数の活性物質の同時的薬物動態が得られない)からである。複数の薬剤が同時に投与された場合でも、それらを別々に測定することはできない。全ての消滅事象(過程)において、511keVのエネルギを有する光子しか発生しないので、相異なるトレーサ分子をそれぞれ異なる薬剤分子との組合せ(結合)でも区別することができず、従って薬剤固有の放出(放射)位置を検出することができないであろう。PETでは、最初に1回目の薬剤を注入して検出し、次いで2回目の薬剤を注入して検出するという順次(連続)測定が可能であるが、トレーサ分子の減衰が早いために、診断の時間窓(ウィンドウ)が非常に狭く限られているので、実用的ではない。従って、マルチメディケーション(多剤投与)へのPETの適用は実際には除外される。
【0007】
さらに一般的に知られている機能イメージング(画像)検査法として、単一光子放射コンピュータ・トモグラフィ(断層撮影法)(SPECT:Single Photon Emission Computed Tomography)があるが、これも同様にマルチメディケーション(多剤投与)の場合の活性剤分布を検出するのには使用できない。SPECTの場合、放射エネルギの相違により識別可能であろう相異なるトレーサ分子を使用することができるであろうが、トレーサ分子は、非常に複雑な形態で(放射化学による)しか生体分子に結合することができない。さらに、SPECTに利用可能なトレーサ分子は、非常に異なる放射エネルギおよび半減期を有し、従って、一緒に検出することが困難であり得る。また、検出器の効率は、入来する光子のエネルギに大きく依存し、半減期に応じてそれぞれ放射される光子の数が非常に異なる度合で減少する。最後に、利用可能なトレーサ分子は限られた診断時間窓(ウィンドウ)しか与えず、それ(時間窓)は活性物質の時間的分布を調べるには通常短すぎるであろう。SPECTに基づく解決策は、かなりより複雑なものとなる。その理由は、薬剤分子へのSPECTトレーサ分子の結合は困難であり、特に同時に使用することが意図された相異なるトレーサ分子の場合に、それが困難となるからである。また、定量的評価に必須である注射直前の活動の測定も、この場合は困難であろう。
【0008】
PETとSPECTの組合せでも、PETの限界を克服することはできないであろう。その理由は、2つの異なるトレーサ分子を同時に使用する場合に、両方の方法で2種の異なる薬剤を追跡することができるであろうが、これは、それぞれの半減期によってかなり制限されるそれらの診断時間窓においてのみ可能であろうからである。さらに、これまで、2つの方法の動作(作業形態)が異なるので、PETとSPECTの両方を同時に可能にする組合せまたは複合装置は知られていない。
【0009】
X線蛍光(蛍光X線)イメージング(XFI)(Roentgenfluoreszenz-Bildgebung (RFB))は、体内における薬剤の分布を検出するための別の方法である(例えば、文献[1]~[3]、[9]および[11]を参照)。診断X線蛍光イメージング(diagnostische Roentgenfluoreszenz-Bildgebung)法は、例えば複数のナノ粒子を含むマーカ物質を検査対象の体内に適用してX線波長域の誘導蛍光によって空間的分解の形態で検出を行うこと、に基づくものである。リガンド(配位子)がナノ粒子(官能化ナノ粒子)に結合され、かつそのリガンドが、活性物質、例えば、抗体または抗体フラグメント、生体細胞、バイオ・マーカまたは薬剤、に連結されまたはそのような活性物質を含む場合、X線蛍光の空間分解測定によって体内における活性物質の分布に関する情報が得られる。XFI研究において、金ナノ粒子が通常使用される。その理由は、これら(金ナノ粒子)は合成が容易であり、その官能化は充分研究されたカップリング化学に基づくものだからである。他のナノ粒子については、文献[4]、[5]、[9]、[10](コンピュータ・トモグラフィとの関連で)および文献[11]に記載されている。測定前に或る生命体(生物有機体)中に既に存在する複数種の異なる有害金属を、生命体中のそれぞれのX線蛍光に基づいてXFIによって検出することが、文献[6]で知られている。
【0010】
しかし、XFI法または侵襲的な方法を用いた研究で、非官能化ナノ粒子であっても、生物有機体の様々な器官において様々な濃度で集積することが知られている。さらに、ナノ粒子は典型的な薬剤分子と比較して非常に非対称な質量比を有し、従って、体内での薬剤の輸送(移送)はナノ粒子の輸送が支配的となり得るであろう。ナノ粒子のこれらの特性は、通常のXFI法の有益な価値(Aussagekraft:情報有益性、有意性、意義)を制約する。即ち、特定の器官(臓器)における薬剤で官能化された金ナノ粒子の濃度をXFIで測定した場合、測定された濃度値のみに基づいて、それ(濃度)が薬剤によって決定されたと結論づけることはできない。金ナノ粒子は、結合した薬剤がなくても同じ濃度に達していた可能性があるであろう。
【0011】
従って、文献[7]では、比較のために、リガンドを有するナノ粒子を第1の生命体(生物有機体)において測定し、リガンドを有しないナノ粒子を第2の別の生命体(この場合はマウス)において測定することが提案されている。しかし、この方法では、実験動物への要求が高くなり、また、個々の生命体間での固体差を無視することになる。さらに、患者への医療行為では実用的ではない。従って、1つの生命体で同時に比較測定を行うことは、興味深いことであろう。この比較測定ではさらに標的領域における非特異的な生理的背景を検出することが可能になるであろう。例えば、血管およびその血管内の非結合ナノ粒子がそこに位置する場合、この“背景画像”はXFI画像から減算することができる。次いで、その差分画像は、特異的に結合したナノ粒子のみを表示する。この比較測定は通常の技術を用いて実行することができず、この比較測定ではさらに標的領域における非特異的な生理的背景を検出することが可能になるであろう。例えば、血管およびその血管内の非結合ナノ粒子がそこに位置する場合、この“背景画像”はXFI画像から減算することができる。次いで、その差分画像は、特異的に結合したナノ粒子のみを表示する。
【0012】
通常のXFIの別の欠点は、マルチメディケーションの場合に、複数の異なる薬剤またはバイオ・マーカを同時に追跡することができないことである。これは、相異なる免疫細胞の動態を同時にイメージング(結像、画像化)する場合にも当てはまる。しかし、この種の測定は、例えば、体内の炎症過程の可視化のための、または複数の異なる抗体を用いた腫瘍診断のための、一連の医学研究において重要であろう。例えば、炎症の過程(進行)の場合において、相異なる免疫細胞のタイプ(種類)を記録することが意図されており、それらは異なる時間で炎症部位に到達し、従って炎症の進行に影響を与える。従って、クローン病の場合、4つの異なる免疫細胞タイプを同時に追跡することは興味深いことである。しかし、通常のXFIによって、異なる細胞タイプを区別(識別)することはできない。マルチメディケーション(複数薬剤)の場合における薬物動態の測定は、薬剤間の相互作用を調べまたは薬剤の効果を比較するために、興味深いことであろう。一般的に、新しい薬剤は市販された後で失敗することが多い。その理由は、患者が複数の薬剤を同時に服用しなければならず、それによって体内で互いに結合部位をブロックするからである。しかし、通常の技術では、同時に測定すべき全ての免疫細胞タイプを同じ感度で判定することができないので、この目標はまだ達成されていない。
【0013】
通常のXFIの場合、別の重要な問題は、周知のように、ナノ粒子の動態がそのサイズに依存するという問題である。異なるサイズの複数のナノ粒子タイプの動態を共に同じ感度で追跡するための、およびこれらを互いに直接比較するための実用的および効果的な方法は、まだ利用可能ではない。
【0014】
マルチメディケーション(多剤投与)の場合の薬物動態の測定のためには、XFIの場合にも順次(連続)測定を行うことができるが、それには許容できないほど長い測定時間が必要となるであろう。相異なる薬剤は、調べた薬剤がそれぞれ分解されて排泄された後にだけ、連続的に調べることができるであろう。従って、通常のXFIでは、実用的なルーチン条件下で、マルチパラメトリック(複数パラメータ)薬物動態を測定することは不可能である。
【0015】
文献[9] には、X線蛍光を用いた相異なるナノ粒子タイプのマルチプレックス(多重化)バイオ・マーカ検出が記載されている。文献[9]の著者は、相異なるナノ粒子タイプは、その相異なるスペクトル蛍光特性に基づいて区別することができ、相異なる位置での相異なるナノ粒子タイプの空間分解測定が可能であることを確認または見出した。文献[9]による技術は、薄いアルミニウム基板上でナノ粒子を高い励起強度の励起X線放射線を照射するモデル系に基づいて研究された。その高い励起強度によって、充分に高い蛍光強度のX線蛍光を発生させることができ、従ってこれを高感度に検出することができる。そのアルミニウム基板を使用することによって、多重散乱による干渉散乱放射(背景放射)を大幅に回避することができる。
【0016】
しかし、文献[9]による技術は生物医学イメージング(画像化)には適用できず、その理由は、放射線防護の理由から、この技術では必要とされる励起X線放射線の強度がかなり低いからであり、また、生体組織内でかなり強い散乱放射線が生成され、その理由は、多くの(複数の)散乱が発生するかなり多くの組織を被験体(被験者、対象物)(例えばマウス)が有するからである。この問題を克服するために、文献[9]では、その励起に単色X線放射線を使用することが提案されているが、それ(放射線)は、特に文献[9]で使用された基板よりもかなり大きい被験体(被験者、対象物)に対して、実際にはX線蛍光検出の充分な感度を達成するには不充分であることが判明した。その理由は、その体積が大きいために、その散乱放射線によって、結果的に、検出スペクトルにおいて大きい背景が生じ、最小限の放射線量において、弱いXFI信号をもはや検出することができないからである。また、文献[2]には、マーカ・キットの具体的な選択について記載されていない。
【0017】
文献[2]には、原理的には複数の異なるナノ粒子タイプの組成物を用いてXFIを行うことができるコンピュータ・トモグラフィXFIの方法が記載されている。しかし、この場合、検出されたX線蛍光の評価において、相異なるナノ粒子タイプのスペクトル的に相異なる放射または放出は、生体(lebenden Organismen:有機体、生命体)上でのイメージングに使用されない。
【0018】
X線蛍光トモグラフィ(断層撮影法)用のナノ粒子ライブラリについて文献[11]に記載されている。文献[11]の著者は文献[11]の補足資料で、相異なる元素からなるナノ粒子の場合、それぞれ散乱放射線の強度が数桁にわたって変動するように生じるため、相異なるナノ粒子を同じレベルの感度で検出することができないことを示した。生体試料上でのXFIにおいて、高い背景を有するナノ粒子の濃度を例えば1000倍に増大させることでナノ粒子の濃度を適合化することによってこの問題を克服することは、厳しい生理学的に制約を受ける。従って、文献[11]では、複数のナノ粒子の組合せの選択基準として、ナノ粒子の放射元素のK端(吸収端)を、X線源の(平均)エネルギにできるだけ近くすることが提案されている。しかし、これでは、背景を最小化することができない。従って、文献[11]では、研究されたマーカ元素の信号領域における背景は共に非常に異なっており(変動しやすく)、また、全体的に最小化されていない。従って、高感度のXFIは不可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】独国特許出願公開第10 2017 003 517号
【特許文献2】米国特許出願公開第2012/0307962号
【特許文献3】米国特許出願公開第2016/0252471号
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】T. Pellegrino et al. "Nano Lett." Vol.4, No.4, 2004, p.703-707
【非特許文献2】H. D. Fiedler et al. "Anal Chem." 2013, 85(21):10142-8
【非特許文献3】R. Zhang et al. "Am. J. Nucl. Med. Mol. Imaging" 2018, 8(3):169-188
【非特許文献4】F. Gruner et al. "Sci. Rep." Vol.8, 2018, p.16561
【非特許文献5】K. Khrennikov et al. "Phys. Rev. Lett." Vol.114, p.195003 (2015)
【非特許文献6】M. Hossain et al. "Applied Physics Letters" Vol.97, 2010, p.263704-1-263704-3
【非特許文献7】D. P. Cormode et al. "Contrast Media & Molecular Imaging" 2014, No.9, p.37- 52
【非特許文献8】Y. Li et al. "Contrast Media & Molecular Imaging" Vol.2018, 2018, Article ID 8174820, p.1-7 (with Supplementary material)
【発明の開示】
【0021】
本発明の目的は、試料上でのX線蛍光イメージング(画像化、結像)のための改善された方法を実現することであり、それによって通常の技術の欠点が解消(回避)される。本発明の別の目的は、試料を調べるためのX線蛍光イメージングのための改良されたイメージング装置を実現することであり、このイメージング装置によって通常の技術の欠点が解消(回避)される。本発明の別の目的は、試料上でのX線蛍光イメージングのために試料に導入するよう適合化された、改良されたマーカ物質キットを実現することである。本発明は、特に、増大した有益的価値(Aussagekraft:情報有益性、有意性、意義)を有する高感度XFIを実現すること、調査される有機体(生命体、生物)の体内における1種または複数種の活性物質の空間的および/または時間的分布の測定を可能にすること、および/または、特に実際の適用条件下でのXFIの新しい適用例を提示すること、を意図している。この場合、例えば、1種または複数種の活性物質、特にバイオ・マーカ、抗体、抗体フラグメント、生体細胞、例えば免疫細胞、および/または薬剤、の検出を含むインビボでの(in vivo:生体内)イメージングが、特に関心の対象である。XFIは、特に、方法の複雑さを軽減したマルチメディケーションの場合における研究または検査を可能にすること、および/または、短い診断時間窓に対する各制限(制約)を回避することを意図している。
【0022】
発明の概要
これらの目的は、それぞれ、独立請求項の特徴を有する、X線蛍光イメージングの方法、蛍光Xイメージング装置、およびマーカ物質キットによって達成される。本発明の好ましい実施形態および適用例は、従属請求項に記載されている。
【0023】
本発明の第1の一般的な態様によれば、上述の目的は、試料のマルチパラメトリックX線蛍光イメージングの方法によって達成され、次のような各工程(ステップ)が用意される。調査対象の試料にX線放射線、好ましくは単色のまたは少なくとも狭帯域のX線放射線が照射され、第1のマーカ物質のX線蛍光が励起される。その試料は、一般的に形状を保持する物体(対象物)であり、生物有機体(生命体)の体(または体の一部)であることが好ましく、ヒトまたは動物の被験体の体(または体の一部)であることが特に好ましい。代替的に、他の非自然物体、例えば合成生物体(生体対象物)、または人工器官(臓器)、例えばインプラントまたは皮膚モデル、または技術的な物体、も調査対象となり得る。第1のマーカ物質のX線蛍光の空間分解検出は、特に試料を走査することによって、行われる。第1のマーカ物質の検出されたX線蛍光から、試料中の第1のマーカ物質の分布を決定することができる。
【0024】
本発明によれば、試料は、第1のマーカ物質に加えて、X線の照射によってX線蛍光へと励起される少なくとも1種(1つ)の別のマーカ物質を含んでいる。少なくとも1種(1つ)の別のマーカ物質が、第1のマーカ物質と同様の同じ照射領域(照射位置のビーム体積、スキャン位置)に位置する場合、X線蛍光の励起は同時に行われることが好ましい。マーカ物質は、分子物質または粒子状物質であり、それぞれ少なくとも1つのX線蛍光元素を純粋な元素としてまたは化合物中に含んでいる。マーカ物質は、体にとって異物であり、XFI法を行う前に意図的に試料に供給され、XFI法を行った後で、物質固有の滞留時間の後に、再び試料から離れ、例えば輸送過程(プロセス)によって分離される。活性物質分子および/またはリガンド分子は、試料との特定の生物学的および/または化学的な相互作用を示し、また、試料の特定の各部分において、例えば代謝または血液輸送のような例えば輸送過程(プロセス)によって輸送され、および/またはそこに結合するものであって、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のうちの少なくとも1種(1つ)の物質に結合される。好ましい変形例によれば、特に本発明による方法によって細胞を監視することが意図される適用例において、活性物質が、生体細胞、例えば免疫細胞療法用の生体細胞、を含む(からなる)場合、その結合されたマーカ物質は、好ましくは細胞内に含まれ、またはその表面に結合される。第1のマーカ物質および別の各マーカ物質は、それぞれ異なるX線蛍光によって特徴付けられる。測定スペクトルにおいて、第1のマーカ物質および別の各マーカ物質のX線蛍光元素の蛍光線は、それぞれ異なるものであり、それらは特に、異なるエネルギおよび/または異なるスペクトル幅においてそれぞれ極大値を有する。本発明によれば、検出は、好ましくは単一の測定手順での、例えばX線ビームを用いた走査による、第1のマーカ物質および別の各マーカ物質のX線蛍光(X線蛍光放射)のスペクトル分解および空間分解型の捕捉を含んでいる。第1のマーカ物質の分布に加えて、試料中の少なくとも1種の別のマーカ物質の少なくとも1つの分布が、第1のマーカ物質および別の各マーカ物質の検出X線蛍光から決定される。
【0025】
その結果、このマルチパラメトリック法によって、試料中の第1のマーカ物質と別の各マーカ物質の複数の固有の分布が得られる。その決定された分布は、典型的には、それ自体が診断情報を構成するものではない。本発明による方法に従って、決定された分布を用いて、試料に関する医学的診断を別途行うことができる。
【0026】
第1のマーカ物質と少なくとも1種の別のマーカ物質は、これらマーカ物質の同じ濃度でのX線蛍光の検出によって同等の統計的有意レベル(水準)が得られる程度に互いに等しいまたは近似する、蛍光確率、試料中のX線蛍光の減衰、および試料中の背景ノイズ・レベル、を示すことが好ましい。さらに、励起X線の放射光子エネルギは、全てのマーカ物質の吸収端より高い(上である)ことが好ましい。“濃度”(Konzentration)という用語は、試料中の(ビーム)面積当りマーカ物質の質量、即ち“面密度”または“質量占有率”(Massenbelegung)を指す。“蛍光確率”(Fluoreszenz-Wahrscheinlichkeit)は、マーカ物質の個々の原子の有効断面積(Wirkungsquerschnitt)を指す。マーカ物質が発生させる蛍光光子の数は、蛍光が試料を透過した後に検出可能な信号を生じさせるものであり、面密度と、関連マーカ物質の蛍光に関する有効断面積との積で決定される。2種のマーカ物質の各有効断面積および各透過率が互いに等しくまたは近似し、かつ各面密度が等しいまたは近似している場合、マーカ物質の互いに等しいまたは近似する検出信号が得られるという利点がある。
【0027】
それらマーカ物質はナノ粒子を含むことが好ましい。それらナノ粒子に含まれることが特に好ましい外部表面(外面)は、試料について(として)区別できず、好ましくは同様または同形であり、標的の官能化によってのみ区別でき、その内部は相異なる元素からなり、それぞれがその特徴的な“蛍光フィンガープリント(指紋)”を有する。これらのナノ粒子は、通常のナノ粒子ベースの(に基づく)XFI(RFB)の場合のように、外部から試料に導入されたものであってもよい。
【0028】
特に、複数のマーカ物質の複数のX線蛍光元素の、狙いを定めた選択は、マルチパラメトリックXFIに有利である。この選択は、好ましくは、次のような基準を満たす。
(a)放射光子エネルギが全ての吸収端より高い(上にある)こと。
(b)それらのX線蛍光元素は互いに近似する蛍光確率を示すこと。
(c)それらのX線蛍光元素のそれぞれの蛍光線の減衰も近似(類似)していること。
(d)それらのX線蛍光元素の蛍光線は、試料中の散乱(単散乱および/または多重散乱)のために、互いに近似する背景ノイズ・レベルを有するべきであり、(b)および(c)とともに、X線ビーム体積中のそれらの元素の面密度(濃度)が同じである場合、それらの元素の検出された蛍光線のそれぞれの統計的有意性が互いに近似または類似するレベルを有すること。
【0029】
例えば、記録された蛍光光子の数 対 背景光子の数のルート(平方根) の比、またはこの比を定量的に表す変数を、統計的有意性のレベルの尺度、即ち特にX線蛍光検出の感度の尺度、として用いることができる。背景光子の数のルートは、統計的な背景ノイズの尺度となる。蛍光光子の数および背景のそれ(光子の数)は、蛍光線の領域における測定X線スペクトルの数学的なフィット関数(Fit funktionen:適合関数)によって、利用可能な数値的方法を用いて決定することができる。
【0030】
基準(b)乃至(d)は、本発明者の特に重要な発見であり、本発明の実施形態を実施するのに特に有利である。例えば、周期律において、2つのX線蛍光元素の蛍光確率(即ち、有効断面積)、試料中の減衰、および背景ノイズ・レベルが過度に互いに異なるほどに離れた2つのX線蛍光元素が選択された場合、X線ビーム体積内の両元素の面密度が同じであったとしても、その2つの元素は大幅にかなり異なる感度で検出されるであろう。これによって、2つのマーカ物質タイプのうちの一方のタイプだけが効果的に検出可能となり得て、その結果、マルチパラメトリックXFI(RFB)は達成できないであろう。
【0031】
マーカ物質の原子の有効断面積は標準的な測定および公表された表で知られており、試料中のX線蛍光の減衰は参照(基準)測定および/またはシミュレーションによって決定することができる。背景は、試料における入来する光子の散乱と検出器の効果との双方によって形成される。X線蛍光元素の背景の性質(挙動)は、数値シミュレーションまたは測定(例えば文献[7]参照)によって決定することができ、それによって基準(b)乃至(d)に従ってX線蛍光元素を最適に選択することができる。
【0032】
マーカ物質の試料内への導入は、例えば注射のような生体物質への侵襲的な干渉(介入)を必要とする限り、本発明の一部とは見なされない。
【0033】
本発明の好ましい実施形態によれば、各マーカ物質の統計的有意レベル(水準)(Signifikanz-Niveaus)は、各マーカ物質の背景ノイズ・レベルが極小(最小)で互いに等しくまたは近似的に等しくなるように、それと同時に試料を通るX線蛍光の各有効断面積および各透過率が極大(最大)で互いに等しくまたは近似的に等しくなるように、試料中のマーカ物質の最高吸収端より高い(上の)距離位置(のエネルギ)にX線放射線の放射光子エネルギを選択することによって、最大化される。各背景ノイズ・レベルまたは各有効断面積および各透過率のそれぞれの差が、X線蛍光の検出に無視できるほど小さい影響しか与えない場合、前述の各変数は互いに近似的に等しいことが好ましい。
【0034】
X線放射線の放射光子エネルギの選択および各マーカ物質の選択は、最適化によって行われることが好ましく、放射光子エネルギは、試料中の各マーカ物質の最高吸収端と比較して、できるだけ大きく(高く)なるように選択され、入射光子が、X線蛍光線のエネルギ範囲に入るまで、できるだけ多く散乱されて、相応のエネルギ損失を受けるように(必要な多重散乱による背景ノイズの最小化。これは、放射エネルギから低い蛍光エネルギ範囲になるまでに失われる合計エネルギ損失に必要となる散乱が多いほど、可能性(見込み)が低くなる。)、選択される。同時に、実効断面積が過度に減少するように放射光子エネルギを高く選択するべきではない。
【0035】
本発明は、実用化に適した試料上でのマルチパラメトリックX線蛍光イメージングを初めて実現するものである。文献[9]では、上述のように、既に異なる2種のナノ粒子が使用されているが、これらは非常に薄い基板上でインビトロ(in vitro)でのみ使用される。これとは対照的に、本発明では、文献[9]には記載されていないマーカ物質の選択によって、少なくともマウス程度の大きさの被験体(被験者)のような実際の物体上で信頼性の高いXFIが可能になる。本発明によるマーカ物質の選択は、文献[2]または[11]にも記載されておらず、従って、例えば文献[11]に記載されたマーカ物質は非常に異なるイメージング(画像)感度を有しており、有効なマルチパラメトリックXFIが除外される。
【0036】
文献[7]に記載された上述の方法の場合とは異なり、本発明では、明確な結果が得られるように、同時比較測定が実際の測定と同じイメージング感度を有するので、単一試料上での比較測定が可能になる。
【0037】
本発明の第2の一般的な態様によれば、上述の目的は、試料を調べるためのマルチパラメトリックX線蛍光イメージングを行うよう構成されたイメージング装置であって、X線放射線源装置と、検出器装置と、評価装置とを含むイメージング装置、によって達成される。X線源装置は、X線放射線を試料に照射するよう構成され、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光が試料中で励起される。検出器装置は、少なくとも1つのスペクトル分解X線検出器、好ましくは複数のスペクトル分解X線検出器、を含んでいて、試料中の第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光をスペクトル分解検出するよう構成され、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光はそれぞれ異なる蛍光線を有する。評価装置は、検出されたX線蛍光放射から、試料中の第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質の各空間的分布を決定する(求める)よう構成される。イメージング装置は、好ましくは、本発明の第1の一般的な態様またはその実施形態による方法を実行するよう構成される。
【0038】
本発明の第3の一般的な態様によれば、上述の目的は、試料上でのマルチパラメトリックX線蛍光イメージングのために試料に導入するために構成されたマーカ物質キットであって、X線放射線の照射によりX線蛍光を放射する少なくとも2種のマーカ物質を含むマーカ物質キット、によって達成され、それらマーカ物質の蛍光線はそれぞれ異なるものである。マーカ物質キットは、本発明の第1の一般的な態様またはその実施形態による方法において使用するように、特に試料に適用するように、意図されることが好ましい。マーカ物質キットは、液体または固体の形態で実現することができる。マーカ物質キットの組成(物質、濃度、粒径または粒度)および中に照射されるX線放射線の好ましい光子エネルギは、試験または参照(基準)による測定および/または数値シミュレーションによって決定することができる。
【0039】
試料中の第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光の空間分解検出は、試料中の少なくとも1つの空間的に限定された領域、例えば、少なくとも1つの器官の領域および/または生命体中の少なくとも1つの他の部分においてのみでの(排他的な)それらのマーカ物質のX線蛍光の検出、および/または、試料全体にわたるそれらのマーカ物質のX線蛍光の空間分解検出、を含んでいる。
【0040】
第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質の分布は、それぞれ、少なくとも1つの空間的に限定された領域におよび/または体内の位置座標に対する、例えば、複数のマーカ物質中の相異なるマーカ物質の、濃度(または面密度)、物質の絶対量、および/または相対的発生頻度(Haeufigkeiten)のような、定量的値の割り当てを含んでいる。少なくとも2種のマーカ物質の分布は、例えば、拡散によって、および/またはキャリア流体、例えば血液、によって試料中での(試料を通る)その輸送から、および試料との生物学的/化学的な相互作用から、結果的に得られる。それらの定量的値は、マーカ物質のX線蛍光放射(放出、発光)の振幅が検出X線蛍光元素の数の尺度となるので、マーカ物質のX線蛍光放射の振幅から、直接決定することができる。X線蛍光放射の検出された振幅は、さらに、試料中の放射された蛍光光子の、それ自体既知の透過率に依存する。各マーカ物質の空間的および/または時間的な分布を決定することが可能である。
【0041】
試料中の各マーカ物質の空間的分布は、それぞれ、マーカ物質の定量的値を、少なくとも1つの空間的に限定された領域におよび/または特定の時間における体内の位置座標に割り当てることを含んでいる。
【0042】
試料中の各マーカ物質の時間的分布は、それぞれ、少なくとも1つの空間的に限定された領域へのおよび/または体内の位置座標への、マーカ物質の定量的値の割当ての時間依存性を含んでいる。
【0043】
従って、分布は、例えば、特定の器官(臓器)における平均濃度値(および/またはその時間関数(時間的変化))、および/または、例えば特定の走査線または特定の走査面または特定の走査体積のような特定の位置座標への質量値のマッピングを含んでいる。
【0044】
本発明によって、複数の異なるマーカ物質の特定の分布であって、例えば、複数の分子マーカ元素のような、または薬剤または抗体などの複数の異なる活性物質分子(活性物質)をそれぞれ担持する複数のナノ粒子のような、またはそれら(活性物質分子)が含まれるまたは活性物質分子が含まれない複数の完全な生体細胞(ganze biologische Zellen:全生体細胞、生体細胞全体)のような、複数の異なるマーカ物質、の特定の分布が、同時に同じ感度で最小放射線量でインビボ(in-vivo:生体内)で測定することができるように、XFIが有利に拡張される。これは、通常のXFI(RFB)またはPETでは原理的に不可能とされていた。単一のマーカ物質を用いる通常のXFI法と比較して、複数の異なるマーカ物質の分布を好ましくは同時に検出すること(“マルチパラメトリックX線蛍光イメージング”)によって、例えば薬物動態情報および/または診断的に評価可能な情報のような、調査対象の試料に関する追加情報が提供される。従って、例えば、マルチパラメータ薬物動態の測定、およびマルチパラメータ腫瘍診断が、XFIの新しい適用例として、可能になる。本発明によって、非官能化ナノ粒子を含む少なくとも1つの比較対照群も同時に測定されるので、例えば、マーカ物質として使用できるナノ粒子の動態への影響を判定(決定、測定)することが初めて可能になる。
【0045】
例えば、或る1種の薬剤が試料中の特定の位置に充分な濃度で存在し、それと相互作用する(例えば阻害作用を有する)別の薬剤も同じ位置にかなりの濃度で存在するかどうかを、インビボ(in vivo:生体内)で決定することが初めて可能になる。
【0046】
別の適用例は、例えば、新しい薬剤および承認済み薬剤または代替的薬剤またはジェネリック医薬品のような、各薬剤の薬物動態を同時に測定するというものである。
【0047】
本発明によれば、薬剤の有効性だけでなく、マルチメディケーションの場合、即ち複数の薬剤を同時に投与したとき、薬剤の相互作用をも調べることが可能である。相異なるマーカ物質と結合させその分布を検出することによって、相異なる薬剤の分布を決定または測定することができる。従って、試料における特定の濃度を有する相異なる薬剤が相互作用し、従って互いのそれぞれの効力(効果)に干渉し合う(を阻害し合う)可能性がある位置または場合を正確に検出することができる。このことは、薬剤の開発にかなりの利点となる。
【0048】
マルチパラメトリック腫瘍診断に適用する方法は、例えば、研究された腫瘍のサブタイプ(亜種型)を識別するために、相異なるマーカ物質がそれぞれ相異なる抗体に結合されるように、実行されるであろう。最適な治療法は腫瘍のサブタイプに依存するので、これはその後の治療にとって大きい利点となる。特に、生検が不可能な場合(例えば、脳の呼吸中枢の腫瘍)、サブタイプが分れば、その後の治療に決定的に有利である。
【0049】
本発明の重要な特徴は、相異なるマーカ物質を用いてXFIを適用することにある。ここで、相異なるマーカ物質を、第1のマーカ物質および別のマーカ物質と称する。相異なるマーカ物質は、例えばその内部において、それぞれ異なる蛍光元素(X線蛍光元素)により本質的に互いに異なっており、その結果として異なる蛍光線が得られる。別の重要な特徴として、非官能化状態、即ち活性物質が結合されない状態では、相異なるマーカ物質は、試料とのそれらの相互作用に関して同じとなり得て、それによって、それらは、同じ生物学的、化学的、生理的および/または物理的な効果を有する、即ち試料に対して同じである。非官能化状態では、各マーカ物質は、特に生物学的および/または化学的に、それらの周囲(環境)と区別できない。
【0050】
さらに、各マーカ物質の蛍光線は、有限のスペクトル分解能(エネルギ分解能)を有する検出器が、各マーカ物質のX線蛍光放射の測定X線スペクトルにおいてそれぞれのX線蛍光元素を区別できるような程度に、互いに異なるものである。各マーカ物質のX線蛍光元素は、これらの元素のK線およびL-α/β線が、測定X線スペクトルにおいてこれらの線を検出器が区別できるようなスペクトル間隔を有するように、選択されることが好ましい。さらに、マーカ物質の各X線蛍光元素は、共に等しいまたは近似した、蛍光確率(有効断面積)および試料中の透過率、並びに、同等の最小背景ノイズ・レベルを有することが、好ましい。
【0051】
これらの特徴は、例として以下で挙げるような用いられることが好ましい各元素について満たされ、その際、典型的には周期律表における隣接する2つの元素のKα線は重なるが、他の2つの元素では、重ならず、従ってスペクトル中に別々に出現する。全ての4本の線は近似したエネルギを有し、従って試料中で同様に吸収されるので、全ての4本の線は同じまたは同等の精度で測定することができる。
【0052】
X線蛍光をスペクトル分解検出することによって、マーカ物質の複数の蛍光線が加算重畳されたX線スペクトルが得られる。複数の蛍光線の個々の定量的寄与分は、X線スペクトルから数値デコンボリューション(解析)によっておよび/または所定の参照尺度(基準測定値)との比較によって、決定することができる。マーカ物質の求める定量的値(例えば、相異なるマーカ物質の、濃度、物質の絶対量、および/または相対的な発生頻度(Haeufigkeiten))は、複数の蛍光線の各定量的な寄与分から得られる。また、X線ビーム体積量中に全てのタイプのマーカ物質が存在する場合であっても、X線スペクトルにおいて、全てのX線蛍光元素のX線蛍光が互いに明確に区別できるので、その相対的な発生頻度をX線スペクトルから求めまたは決定することができる。
【0053】
実際には、背景ノイズの数値シミュレーション、および/または、相異なる放射光子エネルギのX線放射線での試験測定によって、特に考慮中の試料に対する最適化を行うことができる。
【0054】
本発明のさらに好ましい実施形態によれば、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光放射線は、X線放射線の共通の励起ビーム(または問合せビーム(Abfragestrahl))を用いて励起され、同時に検出される。それによって、利点として、試料への放射線暴露が最小化され、処理の持続時間(期間)が短縮される。
【0055】
本発明の代替的な実施形態によれば、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質のX線蛍光放射線は、それぞれ、異なるエネルギ(放射光子エネルギ)を有するX線放射線の相異なる励起ビームを用いて、同時にまたは順次、励起されて検出される。この実施形態では、X線放射線源装置は、例えば、試料に向けられた複数の供給源が相異なるエネルギで同時にまたは順次(例えば、直接連続して)作動されることによって、X線放射線の複数の励起ビームを生成するよう構成される。各励起ビームのエネルギを各マーカ物質のX線蛍光元素の吸収にそれぞれ適合化させることにより、利点が得られ得る。励起と検出を同時に行うことは、処理または方法の持続時間を最小化する点で有利である。励起と検出を順次行うことは、相異なるマーカ物質が励起され、関連する蛍光が段階的に、好ましくは直接連続して、検出されることを意味する。この変形例では、連続的に記録されるその各X線スペクトルから各マーカ物質を直接検出する利点がある。
【0056】
本発明の別の利点は、ナノ粒子(または標的粒子)およびマーカ分子を含む相異なるタイプのマーカ物質が利用可能であることである。第1のマーカ物質および別の各マーカ物質は、それぞれ、複数のナノ粒子および/または複数のマーカ分子を含んでいる。ナノ粒子は、2nm乃至100nm以上の範囲の典型的な寸法を有する粒子であり、その各表面は、リガンドおよび/または活性物質分子の結合に適しまたはそのように意図的に調製されている。マーカ分子は、X線蛍光元素を含む単一分子または分子集合体であり、活性物質分子の結合に適している。特定のX線蛍光元素を有する1種のマーカ物質の全ての各部分がナノ粒子のみまたはマーカ分子のみからなること、または、1種のマーカ物質が、共に同じまたは相異なるX線蛍光元素を含むナノ粒子とマーカ分子からなることが、可能である。
【0057】
ナノ粒子の形態の各マーカ物質は、各活性物質の結合に特に有利である。活性物質分子が結合できるまたはそれ自体が活性物質として使用される各リガンドが、ナノ粒子の表面上に結合される。活性物質分子は、ナノ粒子の表面に位置する。任意に、活性物質分子は、粒子の内部に配置することもできる。この場合、ナノ粒子は、通常の薬物担体(キャリア)技術におけるような、活性物質担体(キャリア)を形成する、という利点がある。従って、相異なるマーカ物質を実現するために(いずれのリガンドが体内のどこでドッキングするかを研究することができるように)、相異なるリガンド分子が表面上に結合され、それと同時に同じまたは他の活性物質分子が内部に配置されるようなナノ粒子を使用することが可能である。しかし、ほとんどの適用例では、粒子表面上のリガンド分子が同時に活性物質を形成する。
【0058】
相異なるナノ粒子からなる各マーカ物質は、例えば、官能化されていない第1の複数のナノ粒子(またはナノ粒子のグループまたはタイプ)と、それぞれ調査対象の少なくとも1種の所定の薬剤が結合している少なくとも1群の他の複数のナノ粒子とを含んでいる。
前述のマーカ物質を用いたマルチパラメトリックXFIによって、同時にまたは順次の1回の測定で、非官能化ナノ粒子の局所濃度と官能化ナノ粒子の局所濃度が得られ、その両濃度の差は、官能化ナノ粒子が結合された薬剤に起因するものとすることが可能であり、その理由は、好ましくは、2つのタイプのナノ粒子は、試料について、活性物質またはリガンド分子だけが互いに異なるからである。別の変形例において、第3のタイプのナノ粒子を第2の薬剤で官能化することができる。このマルチパラメトリックXFIの変形例によって、非官能化ナノ粒子の基本的分布を、官能化ナノ粒子の測定濃度から減算することが可能になり、また、処理において2種の異なる薬剤を区別することも可能になる。また、ナノ粒子の代わりに、マーカ分子を含むマーカ物質を用いて、対応する方法(手順)を実現することも可能である。
【0059】
ナノ粒子は、1つのX線蛍光元素(任意に、化学化合物中のもの)のみからなる粒子、または1つのX線蛍光元素(任意に、化学化合物中のもの)と少なくとも1つの他の元素との組成物からなる粒子である。従って、本発明の変形例によれば、各タイプのナノ粒子は、複数のX線蛍光元素の中の1つ(の元素)のみを、任意に非蛍光元素との組成物中に、含有することが可能である。本発明の代替的な変形例によれば、第1のマーカ物質は、主に第1のX線蛍光元素を含む第1のタイプのナノ粒子を含んでもよく、また、少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれ主に少なくとも1つの別のX線蛍光元素を含有する少なくとも1つの別のタイプのナノ粒子を含んでもよい。従って、ナノ粒子は、それぞれ少なくとも2つのX線蛍光元素を含有することができ、その中の1つのX線蛍光元素はそれぞれ検出対象の蛍光線に対して決定的(支配的)である。これは、例えば後述するコア-シェル構造の場合において、ナノ粒子の設計に有利であり得る。
【0060】
本発明の別の有利な実施形態によれば、第1のタイプのナノ粒子は、試料との化学的および/または物理的相互作用を有する第1のタイプの活性物質分子を担持することができ、一方、別のタイプのナノ粒子は、それぞれ、第1のタイプとは異なる、試料との化学的および/または物理的相互作用を有し得るそれぞれ別のタイプの活性物質分子を担持し、または活性物質分子を全く担持しない。各タイプのナノ粒子は、1つの特定のタイプの活性物質分子を担持することが特に好ましい。これによって、利点として、XFIの有益的価値(Aussagekraft:情報有益性、有意性、意義)が増大する。従って、利点として、ナノ粒子は、特定のXFI調査課題に適合化させる場合に高い柔軟性が得られる。
【0061】
本発明の別の好ましい実施形態によれば、少なくとも1つのタイプのナノ粒子は、粒子コアおよび粒子被覆層(ハイブリッド・ナノ粒子)を含むコア-シェル構造を有してもよい。コア-シェル構造によって、利点として、第1にX線蛍光放射に関する機能、および第2に周囲との相互作用に関する機能をそれぞれ有するナノ粒子の2つの機能を分離することが可能になる。従って、粒子コアは、それぞれのタイプのナノ粒子の所望の蛍光線を有するX線蛍光元素から生成することができ、一方、粒子被覆層は、コアとは異なる材料から生成され、かつ、リガンドおよび/または活性物質分子を結合するための表面であって、試料との所定の生物学的および/または化学的相互作用を生じさせるための表面を形成する。粒子被覆層は、蛍光性または非蛍光性の元素から生成されてもよい。
【0062】
本発明の好ましい変形例によれば、粒子被覆層は、金属、特に金、または非金属材料、特にポリマーまたはリポソーム材料またはミセル材料、で形成される。活性物質とナノ粒子のカップリング化学は、これまで、特に金属ナノ粒子、特に金ナノ粒子、を用いて研究されてきたので、コア-シェル構造を有するナノ粒子は、金と同程度の大きい原子番号を有する(X線蛍光が、試料外部でこれらの光子を高感度で測定するために、比較的高いエネルギ範囲にあるようにされる)X線蛍光元素を、粒子コア中に有することが好ましく、粒子コアは、活性物質(リガンド)を結合するために、金属層、特に金層、で被覆されていることが好ましい。粒子被覆層の厚さは、例えば粒子径の1/4以下であることが好ましい。従って、他のX線蛍光元素と比較した金の体積分率は無視できて、XFI信号はあたかも粒子コアのX線蛍光元素のみが存在するかのように見える。別の可能性としては、例えば文献[5]に記載されているように、様々なX線蛍光元素からナノ粒子を生成し、金属の代わりにポリマーを、粒子被覆層に使用することができる。次いで、対応するリガンド、即ち、例えば薬剤または抗体を、上述のポリマー粒子被覆層に結合させることができる。ポリマー層ナノ粒子は、特定の適用条件(例えば、研究される薬剤のサイズおよび量)に応じて、使用される全てのナノ粒子が互いに近似する感度(信号強度 対 関連する背景の統計ノイズ の比率)を有するマルチパラメトリックXFIを実現するために、適切な内部X線蛍光元素と組み合わせることも可能である。
【0063】
相異なるマーカ物質の全てのナノ粒子はコア-シェル構造を有することが特に好ましく、相異なるマーカ物質の粒子コアは相異なるX線蛍光元素から形成され、全てのマーカ物質の粒子被覆層は、複数の活性物質分子および複数のリガンド分子のうちの少なくとも1つが結合し得る同じ元素から形成される。任意に、複数種のマーカ物質の中の1種のマーカ物質の粒子を全体的に(完全に)1つの元素で形成して、その残りの他のマーカ物質の粒子被覆層をその1つの元素で形成することができる。
【0064】
好ましい設計によれば、ナノ粒子は、外見上区別できず、一方、好ましくは同じサイズを有する相異なる元素を内部に含んでいる。コア-シェル構造を有するナノ粒子は、同じ材料で形成された好ましくは同じ粒子被覆層を、外側に有することが好ましい。従って、それらは、異なる形態で官能化されていない限り、試料で(によって)、特に調査される生物有機体(生命体)の体で(によって)、区別することはできない。上述のナノ粒子は、内部に相異なる元素を含み、そのX線蛍光エネルギは互いに異なる。従って、測定されたXFIスペクトルにおいて、相異なるナノ粒子タイプを互いに区別すること、および同時にそれぞれの濃度を決定することが可能であり、一方、それらは、官能化を除いて、試料で(によって)区別できない。
【0065】
本発明の特に好ましい実施形態によれば、ナノ粒子は、それぞれ、X線蛍光元素として、特に粒子コアに、イリジウムまたは白金または金またはビスマスを含有する。それらのX線蛍光エネルギは互いに近似しているが区別可能なため、利点として、これらの元素は同等の感度で検出できる。その結果、例えば生物有機体(生命体)の体内において、最大で4種の異なる薬剤、(免疫)細胞タイプ、および/またはサブタイプ固有の(特異的)抗体、を同時に追跡することも可能である。代替的な変形例によれば、ナノ粒子は、それぞれ、相異なるX線造影剤分子を含んでもよい。利点として、ヨウ素またはバリウムまたはガドリニウムのようなX線造影剤分子は、実際に広範に利用可能であり、それらの吸収特性(挙動、性質)に関してよく研究されている。ヨウ素およびバリウムは、特に小動物上でのイメージングに好ましい。銀、パラジウムインジウム、カドミウムまたはヨウ素で形成されたナノ粒子も、小動物のイメージングに有利である。
【0066】
本発明のさらに好ましい実施形態によれば、相異なるナノ粒子、即ち相異なるX線蛍光元素を有する相異なるマーカ物質が、それぞれ、異なるナノ粒子サイズである場合、マルチパラメトリックXFIにおいて更なる自由度が得られる。その結果、利点として、XFIの有益的価値(Aussagekraft:有効性、情報有益性、有意性、意義)をさらに高めること、および/または試料中のナノ粒子の特性(挙動)を調査することが可能になる。例えば、相異なるサイズのナノ粒子は異なる動力学を有することが実務上知られている。例えば、最大で4つの異なるサイズのナノ粒子の分布を、X線蛍光によって検出することができるであろう。この場合、典型的なサイズは、2nm乃至5nm、6nm乃至10nm、11nm乃至20nm、および21nm乃至50nmの直径間隔となるように選択される。相異なるサイズのナノ粒子は、好ましくは同じ表面タイプのもので、サイズおよびそのサイズに応じて対応するX線蛍光元素だけが互いに異なる(変化する)ようになっていることが好ましい。
【0067】
代替的または追加的に、相異なるマーカ物質のナノ粒子は、試料内への供給に関しても互いに異なってもよい。例えば、マルチパラメトリックXFIを使用して、例えばナノ粒子の経口および静脈内投与のような、相異なる投与経路が試料内のマーカ物質の分布に与える効果(影響)を調査することが可能である。
【0068】
マーカ分子の形態のマーカ物質は、試料中での(試料を通る)輸送に特に有利である。マーカ分子はナノ粒子よりもかなり小さく、従って、試料中での輸送は、試料における、特に生物有機体(生命体)における、分子質量輸送により類似している。第1のマーカ物質は、第1のX線蛍光元素を含有する第1のタイプのマーカ分子を含み、他の各マーカ物質は、それぞれ、少なくとも1つの別のX線蛍光元素をそれぞれ含有する別のタイプのマーカ分子を含んでいることが好ましい。
【0069】
本発明の別の有利な実施形態によれば、第1のマーカ物質が、第1のX線蛍光元素を含有するナノ粒子を含み、かつ、少なくとも1種の別のマーカ物質が、少なくとも1つの別のX線蛍光元素をそれぞれ含有する各マーカ分子を含む場合、XFIの新しい適用例に関する利点が達成される。例えば、相異なるナノ粒子を有する複数種の、例えば4種の、マーカ物質を、造影剤分子の形態のマーカ分子で形成された1種以上の他のマーカ物質と組み合わせることが可能である。
【0070】
例えば、3つの異なるタイプの免疫細胞を3つの異なるナノ粒子と結合させ、さらに蛍光マーカ分子が結合された薬剤を調べることが、可能である。異なる免疫細胞タイプを異なるナノ粒子でそれぞれマーキング(Markierung:標識付加)することが、例えば、複数の細胞を予め採取しその後でそれにナノ粒子を担持させて(Beladen:乗せて、加えて)試料中に導入することによって、または、特定の相異なる免疫細胞タイプにのみインビボ(in-vivo:体内)でそれぞれ結合するように、官能化されたナノ粒子を使用することによって、実行される。免疫細胞用のナノ粒子は、細胞および試料について(として)区別できないようにすべきであり、一方、薬剤は免疫細胞と区別される。換言すれば、この場合、薬剤は必ずしもナノ粒子に結合されなくてもよい。この適用例は、例えばクローン病のような免疫系疾患の研究において特に有利であり得る。相異なる免疫細胞タイプの分布と薬剤の分布を同時に測定して、それによって薬剤の有効性をインビボ(In-vivo)で調べることができるであろう。この場合、薬剤によって炎症部位における免疫細胞タイプの発生頻度が変化し、例えば、炎症を緩和する免疫細胞タイプがより頻繁に現れるという効果があり得る。
【0071】
ナノ粒子とマーカ分子の双方がそれぞれ異なるマーカ物質として使用されるような本発明の別の有利な適用例には、いわゆる薬物担体(キャリア)がある。例えば、2種の異なるマーカ物質をそれぞれ異なるナノ粒子で使用することが可能であり、そのうちの一方のグループのナノ粒子は非官能化され、その他方のグループのナノ粒子は、試料中の標的構造に結合する(andocken:ドッキングする)ことを意図した所定のリガンドで官能化される。この場合、双方のナノ粒子は、薬物担体として機能してもよく、即ち、今度は分子系マーカが結合された実際の薬剤を内部に有してもよい。マルチパラメトリックXFIによって、薬物担体としてのナノ粒子がその被担持物(Fracht:ロード)を放出する(abgeben:切り離す、解放する)位置および任意にタイミング(時間)を判定することが可能である。例えば、薬剤の分布がナノ粒子の分布に対応しない場合、早期の放出が識別可能であろう。非官能化ナノ粒子の分布と、リガンドを担持するナノ粒子の分布とを比較することによって、リガンドがどのように特異的にその標的位置を見つけるかが示される。両分布が同じである場合、薬物担体は、リガンドによって実際に達成されるように、標的を狙ってではなく、標的位置に偶々(ランダムに)到達したと判定されるであろう。
【0072】
マーカ分子は活性物質分子に結合していることが好ましく、それらマーカ分子は、それぞれ、第1のX線蛍光元素および少なくとも1つの別のX線蛍光元素を含んでいる。X線蛍光元素は、背景ノイズ・レベルをかなり低減することができるジルコニウム乃至セリウムの中程度の重さの元素、または、例えばイリジウム、白金、金およびビスマスのような重元素を含んでいることが、特に好ましい。これら2つのグループの元素は、それらの蛍光特性が互いに近似しており既によく研究されているので、薬物分子またはリガンド分子と容易に結合できるという利点がある。
【0073】
本発明によれば、マーカ物質の空間的および/または時間的分布を決定し(求め、測定し)得る。この場合、特に有利な、本発明の好ましい実施形態では、測定が空間的かつ時間的に分解され、試料中の第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質の空間的分布の時間関数が決定される(求められる)。この実施形態は、試料内への導入から試料中での結合までの、試料中のマーカ物質の輸送に関して特に高い有益的価値(Aussagekraft:有効性、情報有益性、有意性、意義)を有する。
【0074】
実装されることが好ましい別の特徴によれば、マーカ物質を励起するためのX線放射線の放射光子エネルギ、およびマーカ物質のX線蛍光特性は、X線放射線の放射光子エネルギが全てのマーカ物質のX線蛍光元素の吸収端より高くなる(上にある)ように、また、全てのマーカ物質のX線蛍光元素が有する(示す)蛍光確率、試料中でのX線蛍光の減衰、および試料中の信号対背景ノイズ・レベルが、同じ濃度でのX線蛍光の検出によって結果として同等の信号強度が得られる程度に互いに等しいまたは近似するように、選択されることが好ましい。この特徴によって、検出X線スペクトルから直接的に、相異なるマーカ物質の相対的発生頻度(Hauufigkeiten)を、より容易に求めることができる。例えば、複数種のマーカ物質の中の1種の物質が、他のマーカ物質よりもかなり低い濃度を有し得る。その理由は、例えば、これらのナノ粒子上のリガンドが試料中の標的構造に結合しにくいからである。この特性(挙動)は、同等の感度でX線蛍光を検出する場合に、検出X線スペクトルから直接的に観察することができる。全てのマーカ物質が互いに同じまたは近似する面密度を有する場合、それらの信号は同等の強度を有することになる。
【0075】
本発明の好ましい適用例によれば、調査対象の試料は、ヒト若しくは動物の被験体、またはその体の一部である。マーカ物質は、例えば経口または他の投与法または注射によって、予め被験体に導入される。第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質は、それぞれ、異なる方法または経路で試料に導入されてもよい。被験体の体内への注射によるマーカ物質の導入を含む準備工程は、本発明の一部を構成しない。
【0076】
本発明の別の有利な適用例によれば、活性物質は生体細胞を含み(からなり)、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質の中の少なくとも1種(の物質)は生体細胞に結合され、第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質の分布の決定(測定)は、試料中の(試料を通る)生体細胞の輸送の検出を含んでいる。その結果として、利点として、例えば、試料中の相異なる免疫細胞の輸送を決定することが可能である。
【0077】
本発明の他の詳細および利点を、図面を参照して以下説明する。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態によるX線蛍光イメージングのためのイメージング装置の概略図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態によるX線蛍光イメージングのための方法のフロー図である。
【
図3】
図3は、本発明によるX線蛍光イメージングのための方法で使用できるマーカ物質の例を示している。
【
図4】
図4は、本発明の実施形態によるマーカ物質キットの概略図である。
【
図5】
図5は、生体細胞における2つの異なるX線蛍光元素のX線蛍光放射線を示す測定X線スペクトルを示している。
【
図6】
図6は、試料中の4つの異なるX線蛍光元素のX線蛍光放射線を示すための測定X線スペクトルを示している。
【
図7】
図7は、2つの異なる放射(単一ビーム)エネルギに対する試料中のX線蛍光元素のX線蛍光放射線を示すためのシミュレーションによるX線スペクトルを示している。
【発明を実施するための形態】
【0079】
本発明の好ましい実施形態の特徴を、例として、特定のX線蛍光元素を用いたヒト被験者上でのXFIを参照して、以下で説明する。強調すべきこととして、本発明の実際の実現は、記載された例に限定されることなく、他の試料、例えば、ヒト被験者の一部、合成生物体(生体対象物)、被験動物、またはそれらの一部を用いて、対応する形態で、可能である。本発明の実施形態を、特に、複数のマーカ物質の構成、XFIの実行、およびイメージング装置の構造、の重要な特徴を参照して、以下説明する。イメージング装置の他の特徴は、例えば文献[1]に記載されているように実装することができる。文献[1]を、イメージング装置の構造および機能に関して、参照により本開示内容に組み込む。ナノ粒子の官能化、ナノ粒子と活性物質との結合、リガンドの選択、マーカ分子と活性物質との結合、X線蛍光のスペクトルおよび空間分解検出、および複数の蛍光線からなる重畳スペクトルの分析の詳細は、先行技術でそれ自体が既知である限り、説明しない。各マーカ物質の濃度は、通常のXFIでそれ自体既知の形態で選択することができる。
【0080】
図1は、例えばベッドのような試料ホルダ101上に配置された、例えばヒト被験者のような試料10の調査または検査用のX線蛍光イメージングのためのイメージング装置100の実施形態の特徴を概略的に示している。
図2は、複数種のマーカ物質の供給(S1)、試料へのX線照射(S2)、X線蛍光の検出(S3)、および、検出されたX線蛍光からのマーカ物質分布の決定(S4)を含む、イメージング装置100を用いた本発明による方法の複数の工程(ステップ)を概略的に示している。
【0081】
さらに、
図2は、複数種のマーカ物質と放射光子エネルギの選択を含む工程S0を示している。工程S0は、同じ散乱特性を有する考察(検討)対象の試料または一群(グループ)の試料について、例えば或る特定の種およびサイズの小動物について、本発明による方法の実行(実装)とは別に、一度だけ実行されれば充分である。代替的に、工程S0は、本発明による方法の各実行の一部として設けられてもよい。
【0082】
その選択は、例えば
図7に例示された蛍光スペクトルに基づいて、例えば以下のような考察の下に行われる。詳しくは、
図7は、第一に放射エネルギを例えば85keVとし、第二に放射エネルギを例えば53keVとして、各単色(モノクロ)X線で励起した後の2つのシミュレーションによるスペクトルを直接比較で示している。第一の事例では、例えば、金ナノ粒子は、励起する(約81keVにおけるK端(吸収端))ことが可能であるが、一度だけ散乱された光子に由来する近似的に約65keV付近の高いピークの範囲に複数の蛍光線を有する。これとは対照的に、53keVのスペクトルは、約15乃至28keVの範囲にある中程度の重さの元素の複数の蛍光線において顕著な背景の最小値を示す。その理由は、これに関して、入来した光子が通常5回以上散乱することになるからである。85keVのスペクトルも同じエネルギ範囲に最小値を示すが、こちらの方が高く、その高い放射エネルギは中程度の重さの元素に関する蛍光の収率がより少ないことを意味するであろう。
【0083】
従って、中程度の重さの元素のマーカ・キットでは、放射エネルギが低い方がより効率的であり、また、重元素の金では、より高いエネルギが好ましい。ビーム方向に対する検出器の位置の変化(この事例では150°)によって、背景範囲における最小値を僅かにより大きく拡大することが可能であるが、最小値のレベルの決定的な(重要な)パラメータは放射エネルギである。
【0084】
マウス上でのXFIの具体例では、第1のマーカ物質について、X線蛍光元素としてヨウ素を、および放射光子エネルギとして53keV(
図7参照)を選択することができる。放射光子エネルギ53keVは、ヨウ素の端(エッジ)33keVよりかなり高い。従って、多重散乱後にヨウ素のX線蛍光のエネルギ範囲(約29keV)に入る入来する光は、複数回の連続したコンプトン散乱、特に約5回のコンプトン散乱、を受けることになるであろう。先行する散乱の後の別の各コンプトン散乱のたびに、全体の確率が低下して、背景が最小化されるようになる。同時に、53keVで励起されると、ヨウ素は充分に高い蛍光確率を有する。この例では、PTE中のヨウ素に近接する元素、例えばインジウム、が、別のマーカ物質として用意または供給され、これが同じ放射(単一ビーム)光子エネルギ53keVで励起される。
【0085】
マーカ物質と放射(単一ビーム)光子エネルギの選択は、例えば、X線放射線の放射光子エネルギが、試料中の全てのマーカ物質の最高の吸収端から或る距離にあり、それと同時にその位置でマーカ物質の背景ノイズ・レベルが極小でありかつ有効断面積が近似しているという上述の最適化に従って、試料および/または試験の散乱特性(挙動)のシミュレーションによって、実行される。
【0086】
より大きい試料上でXFIを行う別の例では、金と、PTEにおける金に近接した1つの元素、例えば白金、とが、X線蛍光元素として用いられ、また、例えば85keVといったX線放射線の放射光子エネルギが用いられるであろう。
【0087】
工程S1は、例えばマーカ物質の経口投与および/または注射を含んでおり、また、生物の体(生体)への介入が行われる場合には、本発明の一部として見なすことはできない。
【0088】
イメージング装置100は、試料10にX線放射線1(工程S2)を照射するよう構成されたX線放射線源装置110であって、例えば50keVまたは100keVの光子エネルギを放射するX線放射線源装置110、を含んでいる。X線放射線源装置110は、例えば文献[8]に記載されているように、コンパクトなレーザ系のトムソン散乱X線源(Thomson-Quelle)(相対論的電子でのレーザ光のトムソン散乱に基づいてX線放射線を生成するX線放射線源)であることが好ましいが、しかし、シンクロトロン源を含むことも、または一般的にX線源であって、特にマーカ物質のX線蛍光元素のK端より高いエネルギ範囲において、充分低い発散および高い強度を有するX線放射線を生成するX線源、例えばX線管、を含むこともでき、また、上述の放射エネルギの最適化を改善するために、可能な限り単色(モノクロ)であるべきである。
【0089】
X線放射線1は、試料10の調査対象の断面全体をカバーする直径を有する平行な放射ビームの形態で発生させることができる。この場合、試料の全ての各領域が同時に照射され、そこに存在する各マーカ物質は励起されてX線蛍光2が発生する。代替的に、X線放射線1は、ビーム方向に対して横方向に、特に試料の断面より小さい直径を有する、ペンシル・ビームとして生成されてもよく、また、X線光学系(図示せず)によって試料10に対して移動(走査)されてもよい。この場合、試料の各領域は順次照射(“走査”)され、そこに存在する各マーカ物質が励起されてX線蛍光2が発生する。試料10上でのペンシル・ビームの走査移動は、試料10中のマーカ物質の典型的な輸送時間と比較して無視し得る走査持続時間内で行うことができるので、X線放射線1の走査の場合にも、X線蛍光2のスナップショットも効果的に捕捉される。
【0090】
イメージング装置100は、さらに、試料10中のマーカ物質のX線蛍光2をスペクトル的および空間的に分解して検出する(工程S3)よう配置された検出器装置120を含んでいる。検出器装置120は、それぞれX線蛍光2のX線スペクトルを捕捉する複数の検出器要素(素子)(図示せず)を含んでいる。試料10内の所定の幾何学的配置部分をカバーする対応する立体角範囲(Raumwinkelbereich)は、個々の検出器要素または複数群(グループ)の検出器要素のコリメータによって、制限することができる。検出器装置120は、例えば、文献[1]に記載されているように構築される。検出器装置と試料の間に1つのコリメータを配置してもよく、そのコリメータは、文献[7]に記載されているように、散乱放射を低減することができるものである。
【0091】
図1とは違って、検出器装置120には1つの検出器要素のみが設けられてもよく、その検出器要素は、試料10に対して移動可能であり、また、試料10中の各マーカ物質のX線蛍光2をスペクトル分解検出するよう配置されるものである。コリメータが検出器要素の立体角範囲内の試料の或る領域のみを切り取る場合、試料10は、マーカ物質の空間的分布を捕捉するために、可動検出器要素によってサンプル(標本化)(走査)することができる。別の選択肢によれば、単一の検出器要素を、試料10に対して位置を固定するように配置することができ、試料10の特定の部分における複数のマーカ物質のX線蛍光2をスペクトル分解検出するよう配置することができる。この場合にも、コリメータが使用される場合には、X線蛍光2は、試料10の、例えば器官の、規定(画定)された一部分に、空間的に制限された形態で捕捉される。
【0092】
代替的に、コリメータを用いずに、例えば文献[7]に記載されているように、X線ビーム1の走査によってマーカ物質を位置決めすることもできる。
【0093】
試料10は、X線放射線1によって励起されてX線蛍光2が発生する、相異なるX線蛍光元素をそれぞれ有する少なくとも2種のマーカ物質を含有する。検出器装置120は、X線スペクトルの形態の各出力信号を供給し、そのスペクトルは、それぞれ試料10内の各所定の部分(幾何学的位置)に関連付けられるものであり、X線蛍光元素の蛍光線3の重畳(重合せ)を含むものである(
図1のスペクトルの概略的曲線(グラフ)および
図5および6の測定例を参照)。
【0094】
イメージング装置100は、さらに、検出器装置120の出力信号(空間分解X線スペクトル)を受信するため、および検出されたX線蛍光2から試料10中の各マーカ物質の空間的分布4を求める(工程S4)ための評価装置130を含んでいる。評価装置130は、例えば、検出器装置120に結合されるコンピュータ装置を含んでいる。評価装置130は、コンピュータ・プログラムを実行するよう構成され、それによって、検出器装置120の出力信号から、好ましくは予め求められた背景スペクトルを考慮して、試料10内の各幾何学的位置における蛍光線の強度、およびこれら(強度)から各マーカ物質の求める各分布4が、求められる。
【0095】
各マーカ物質の各分布4(
図1の概略図を参照)は、例えば画像(マップ)または表形式の値として出力される。各マーカ物質の時間的(経時的)分布を捕捉すると、試料10内の各マーカ物質の移動および/または試料10の一部、例えば器官(臓器)、における複数種のマーカ物質の中の少なくとも幾種かの蓄積、を表す一連の動画、例えばビデオ・シーケンス、を出力することが可能である。
【0096】
コンピュータ装置を、任意に、イメージング装置100のコントローラとして、特にX線放射線源装置110および/または検出器装置120を制御および/または監視するために、追加的に設けることができる。
【0097】
試料10は、それぞれの蛍光線3が互いに異なる第1のマーカ物質および少なくとも1種の別のマーカ物質を含有し、これを、例として
図3を参照して以下説明する。
図3A乃至3Cは、ナノ粒子11、12の形態の第1のタイプのマーカ物質を示し、
図3Dおよび3Eは、マーカ分子14、15(15、16)の形態の第2のタイプのマーカ物質を示している。ナノ粒子11、12は、(例として示されているように)球状の形状であってもよく、または、異なる形状、例えば、複数の面を有する角状(多面体)の形状、および/または棒状の形状であってもよい。
【0098】
図3Aによれば、ナノ粒子11は、単一のX線蛍光元素から生成されてもよく、特に、例えば金または白金のような全体的に(完全に)X線蛍光元素のみからなるものであってもよく、例えば10nmの直径を有してもよい。
図3Bによれば、ナノ粒子12は、粒子コア13および粒子被覆層14を含むコア-シェル構造を有してもよい。
図3Aによるナノ粒子11と同様に、粒子コア13は、単一のX線蛍光元素から生成されてもよく、特に、例えば白金のような、全体的に(完全に)X線蛍光元素のみからなるものであってもよい。粒子被覆層14は、粒子コア13とは異なる材料、例えば金またはポリマー、からなる(文献[5]を参照)。粒子被覆層14は、例えば2nmの厚さを有する。
図3Cによれば、コア-シェル構造を有するナノ粒子12および/または粒子被覆層は、官能化することができ、即ち、その表面上にリガンドおよび/または活性物質分子が設けられてもよい。リガンドおよび/または活性物質分子は、
図3Cに三角形で概略的に示されており、特に全体的に(完全に)複数の生体(生物)細胞を含んでいる。
【0099】
各マーカ物質は、複数のナノ粒子11、12を含み、その物質量は、試料中の所望の濃度と、検出器装置120を用いたX線スペクトルの測定における所望の感度とに応じて選択される。複数のナノ粒子のX線蛍光元素の選択、および任意に各ナノ粒子の官能化は、次のような考慮事項を考慮して実現される。
【0100】
元素の周期表(PTE)において、互いに近い位置にある複数の元素は、X線蛍光の生成確率および減衰に関して、物理的に非常によく似た特性(性質)を有する。放射(照射)されたX線光子の所与のエネルギでは、第1の変数はその1つの元素にのみ依存する。従って、ナノ粒子の複数のX線蛍光元素は、PTEにおいて直接隣接するように、または、全てのX線蛍光元素のX線蛍光が同等の感度で測定できるほど共に近いように、選択される。相異なるナノ粒子中のX線蛍光元素は、例えば、イリジウム、白金、金およびビスマスの中の少なくとも2つを含んでいる。その理由は、これら4つの重元素はPTEにおいて互いに近い(Ir、Ptおよび金は実に直接隣接している)からである。従って、それら(元素)の特性(挙動)は非常に似ており、4つ全てをXFIに同時に使用することができる。別の有利な変形例は、ジルコニウムからセリウムまでの中程度の重さのX線蛍光元素であろう。これとは対照的に、例えば、或る幾つかのナノ粒子は内側が金で構成され、他のナノ粒子はヨウ素化合物で構成されるように、2種の異なるマーカ物質のナノ粒子を形成することは、好ましくないであろう。金およびヨウ素の2つの元素は、放射エネルギがいわゆる金の端(吸収端)より高い場合にのみ同時にX線蛍光を放射できるように、PTEにおいて互いに離れ、一方、仮に放射エネルギが金の端より低い場合には金のX線蛍光は励起されないであろう。しかし、ヨウ素の端はここ(金の端)から遠く離れているので、ヨウ素の蛍光が発生する確率はかなり低減される。さらに、XFIにおける背景の問題もあり、即ち、(多重)コンプトン散乱は、実際の蛍光線の信号領域においてX線スペクトルに強い背景を生じさせ(文献[1]、[7]参照)、ヨウ素の場合よりも金の場合の方がかなり高くて、全体としてその2つの元素は近似した(同様の)感度レベルで測定することができなくなるであろう。
【0101】
金ナノ粒子と白金ナノ粒子の双方は、同じサイズであり、同じ表面(例えば、同じポリマー粒子被覆層)を有し、互いに等しいまたは非常に似た質量であるので、試料が、特に被験体(被験者)の体が、金ナノ粒子と白金ナノ粒子を区別できなければ、有利である。しかし、例えば、金粒子の被覆層を上に含む白金ナノ粒子のみが官能化されているが、金ナノ粒子が官能化されないまま、その双方を試料中に導入した場合、測定された各局所濃度の差異をリガンドの作用に起因するものとすることができる。その理由は、そうでない場合、その2つのナノ粒子タイプは体では(によっては)区別できないからである。リガンドが体内で特定のまたは意図された結合を形成した場合のみ、白金ナノ粒子の結合部位での局所濃度は、基準濃度として用いられる非官能化金ナノ粒子のそれ(局所濃度)よりも高くなる。これらの局所濃度の差は、利点として、本発明によるXFIによって測定することができる。このために、ナノ粒子の両内部X線蛍光元素の測定感度は、共に充分に高く、好ましくは互いに等しくまたは非常に似ている(検出器出力信号の評価に関して生じ得る差は無視できる)ことは、特に有利である。
【0102】
ナノ粒子は、内部に重元素を含まないが、X線蛍光元素を含むより軽い分子、例えば後述のCT(Computerised Tomography)用の2種の造影剤、を含み、粒子被覆層としてポリマー・シェルを担持(支持)するような、ナノ粒子を使用する別の変形例も可能である。
【0103】
図3Eおよび3Dは、例えば薬剤分子のような活性物質が、例えばX線蛍光元素を含むより小さい錯体、例えばトリヨードベンゼン環(Trijodbenzolring)またはバリウム原子の環(Ring aus Barium-Atomen)、のようなマーカ分子15、16に直接連結されているような、本発明の変形例に関するものである。トリヨードベンゼンおよびバリウムは、容易に入手可能なCT造影剤であり、ヨウ素およびバリウムの2つの元素は、PTEにおいて互いに近接して配置されている。従って、マーカ分子を含むマルチパラメトリックXFIは、異なるX線蛍光元素を含むX線蛍光元素複合体を使用し、これに、例えば異相なる薬剤分子を結合させることができる。マーカ分子は、試料中の薬物の動態に影響を与えない形態で、または測定に対して無視できる影響しか与えない形態で、試料に対して化学的に同等のまたは非常に近似した効果を有することが、好ましい。
【0104】
マーカ物質として様々な異なるCT造影剤を使用することに関して、通常のCT法では、造影剤の異なる吸収の測定差が、これらを同時に測定するには遥かに小さ過ぎるので、マルチパラメトリック測定ができないであろうと指摘される。CTと比較した本発明の重要な利点は、XFIが、全ての各元素がその固有の特性線を生成する分光法であって、純粋に吸収法ではないことである。
【0105】
図4は、一例として、本発明によるX線蛍光イメージングのためにマーカ物質を試料に導入するためのマーカ物質キット200を概略的に示している。マーカ物質キット200は、マーカ物質懸濁液(サスペンション)220が充填された容器210、例えばフレキシブル・ポーチ(柔軟な袋)、を含んでいる。マーカ物質懸濁液220は、例えば生理食塩水(液)のような生理液を含み、その中に相異なるX線蛍光元素を含むナノ粒子11、12が配置される。ナノ粒子11、12の設計、容器210の容積、およびマーカ物質懸濁液220中のナノ粒子11、12の濃度は、具体的なXFI適用例に応じて選択される。マーカ物質キット200を使用するために、容器210は、ライン(管、パイプ)および注射針を介して被験者の血管に接続され、また、ナノ粒子11、12を含むマーカ物質懸濁液220は血管内に導入される。
【0106】
代替的に、
図4によるマーカ物質キット200は、経口摂取のために提供することができる。別の代替形態(選択肢)によれば、マーカ物質キットは、ナノ粒子11、12および生理学的結合剤(バインダ)を含む乾燥形態、例えば錠剤の形態、で提供することができる。
【0107】
発明者たちによる試験測定では、生体細胞に各所定濃度の金および白金のナノ粒子を与え、その生体細胞を直径6mmの試薬容器(エッペンドルフ容器)内に配置した。次いで、その試薬容器を、マウスと同程度の大きさの動物の肉片の中に押し込んだ。試薬容器が挿入されたその肉片を含む試料に、ドイツ電子シンクロトロン(DESY)(DESY Hamburg)によって単色X線放射線が照射された。他の試験測定の場合、試薬容器に4つの異なる蛍光元素が配置され、DESYシンクロトロンでX線放射線が照射された。測定されたX線蛍光を識別可能性および定量的評価可能性を目的とした試験測定を行った結果、
図5および6に示された結果が得られた。また、空間分解能の対応する測定は、例えば文献[1]に記載されている技術を用いて行うことができる。
【0108】
図5によれば、高い感度で同時に検出された金と白金の蛍光線は、明確に区別することができる。蛍光線の個々の強度を決定するための数値デコンボリューション(解析)を含む重畳された蛍光線の評価によって、所定の基準または較正(キャリブレーション)データを考慮して、結果として金と白金のナノ粒子の各濃度が得られた。
【0109】
図6は、試薬容器にイリジウム、白金、金およびビスマスの4つの元素を各所定濃度で溶解させた場合のX線スペクトルの測定結果を示している。このスペクトルから、4つの元素を明確に識別することができる。それぞれの濃度は、存在する全ての蛍光線から決定する(求める)ことができ、使用した各濃度に非常に良く対応した。
【0110】
図5および6は、各試薬容器に水のみを入れた状態で測定された背景スペクトルをも示している。その背景スペクトルの測定は、対応する蛍光光子の数を推定できるようにするために、背景に関する知識(情報)が、スペクトル中の個々の蛍光線の定量的評価にとって重要であることを示している。その背景は、使用毎に具体的に測定することもでき、または基準または較正データを使用して決定することもできる。特に、その背景は、全てのマーカ元素について近似的に同じになるように、また、可能な限り全てについて等しく極小値となるように、選択することができる。
【0111】
また、X線蛍光元素を選択するときに、背景の曲線も考慮することができる。或る元素の蛍光光子の吸収が強過ぎて、それ(吸収)が蛍光エネルギの位置でのスペクトルにおける背景とほとんど区別できない場合、その元素は使用できないであろう。
【0112】
前述の説明、図面、および特許請求の範囲に開示された本発明の特徴は、その様々な実施形態において本発明を実現するために、個別におよび組合せまたはサブコンビネーションの両方で、重要なものであり得る。
【国際調査報告】