(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-02-08
(54)【発明の名称】虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防
(51)【国際特許分類】
A61K 31/194 20060101AFI20230201BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20230201BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20230201BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230201BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20230201BHJP
【FI】
A61K31/194
A61P25/00
A61P9/10
A61P43/00 105
A61K45/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022534784
(86)(22)【出願日】2020-12-08
(85)【翻訳文提出日】2022-08-05
(86)【国際出願番号】 GB2020053141
(87)【国際公開番号】W WO2021116670
(87)【国際公開日】2021-06-17
(32)【優先日】2019-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】501484851
【氏名又は名称】ケンブリッジ・エンタープライズ・リミテッド
【氏名又は名称原語表記】CAMBRIDGE ENTERPRISE LIMITED
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100150500
【氏名又は名称】森本 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100176474
【氏名又は名称】秋山 信彦
(74)【代理人】
【識別番号】100136696
【氏名又は名称】時岡 恭平
(72)【発明者】
【氏名】マーフィー,マイケル パトリック
(72)【発明者】
【氏名】クリーグ,トーマス
【テーマコード(参考)】
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA19
4C084NA05
4C084ZA542
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA36
4C206KA12
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA04
4C206MA72
4C206MA75
4C206MA78
4C206MA79
4C206MA86
4C206NA14
4C206ZA02
4C206ZA36
4C206ZB21
(57)【要約】
本発明は、虚血性脳卒中再灌流(IR)傷害の治療に使用するための塩および組成物に関する。特に、本発明は、虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための式(I)で示される塩に関する(式中、X、Y、n、m、Z、A、およびBは、本明細書において定義されているとおりである)。
式(I)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための、式(I):
【化1】
式(I)
[式中、
Xは、負電荷、H、またはC
1-C
12アルキルから選択され;
Yは、H、OH、またはC
1-C
12アルキルから選択され;
nは、0または1であり;
mは、0または1であり;
Zは、1つ以上の薬学的に許容されるカチオンであり:および、
AおよびBは、独立して任意の整数であり、塩の正味電荷は0である。]
で示される、塩。
【請求項2】
nが0であり、そして、mが0である、請求項1に記載の塩。
【請求項3】
Xが、負電荷、H、またはC
1-C
5アルキルから選択され;および/または、Yが、H、またはC
1-C
5アルキルから選択される、請求項1または2に記載の塩。
【請求項4】
YがHである、請求項1~3のいずれか1項に記載の塩。
【請求項5】
Yがブチル基である、請求項1~4のいずれか1項に記載の塩。
【請求項6】
Xが負電荷である、請求項1~5のいずれか1項に記載の塩。
【請求項7】
各Zが、Li
+、Na
+、K
+、Rb
+、Cs
+、Mg
2+、Ca
2+、Sr
2+、Ba
2+、Cu
+、Cu
2+、Fe
2+、Fe
3+、Pb
2+、Ni
2+、Ag
+、Sn
2+、Cr
3+、Zn
2+、Al
3+、および/またはNH
4
+、から独立して選択される、請求項1~6のいずれか1項に記載の塩。
【請求項8】
該塩が、マロン酸の塩である、請求項1、2、3、4、6または7のいずれか1項に記載の塩。
【請求項9】
該塩が、マロン酸二ナトリウム、マロン酸一ナトリウム、マロン酸二カリウム、マロン酸一カリウム、マロン酸二リチウム、マロン酸一リチウム、マロン酸カルシウム、マロン酸マグネシウム、マロン酸アンモニウム、マロン酸アルミニウム、またはマロン酸亜鉛である、請求項8に記載の塩。
【請求項10】
該塩を、経口、局所、皮下、非経口、筋肉内、腹腔内、眼内、鼻腔内、動脈内、または静脈内に投与することにより使用する、請求項1~9のいずれか1項に記載の塩。
【請求項11】
該塩を、静脈内に投与することにより使用する、請求項1~10のいずれか1項に記載の塩。
【請求項12】
脳卒中虚血後および再灌流前に、該塩の投与を開始することにより使用する、請求項1~11のいずれか1項に記載の塩。
【請求項13】
再灌流の開始前に少なくとも10分間、該塩を投与することにより使用する、請求項12に記載の塩。
【請求項14】
再灌流中に該塩を投与することにより使用する、請求項1~13のいずれか1項に記載の塩。
【請求項15】
脳卒中のタイプの診断の前に緊急薬として、該塩を投与することにより使用する、請求項1~14のいずれか1項に記載の塩。
【請求項16】
脳卒中症状の発症から1時間以内に、該塩を投与することにより使用する、請求項1~15のいずれか1項に記載の塩。
【請求項17】
約10分から約2時間の範囲の合計時間で、該塩を投与することにより使用する、請求項1~16のいずれか1項に記載の塩。
【請求項18】
血流の閉塞を除去するために使用または意図される治療と組み合わせて、該塩を投与することにより使用する、請求項1~17のいずれか1項に記載の塩。
【請求項19】
血流の閉塞を除去するために使用または意図される治療が、抗凝血剤の適用または溶解剤の適用による血栓溶解、および/または血栓摘出から選択される、請求項18に記載の塩。
【請求項20】
約0.1mg/kg~約500mg/kg体重の範囲の用量で、該塩を投与することにより使用する、請求項1~19のいずれか1項に記載の塩。
【請求項21】
約0.5mg/kg~約100mg/kg体重の範囲の用量で、該塩を投与することにより使用する、請求項1~20のいずれか1項に記載の塩。
【請求項22】
組織損傷を防止するために組み合わせ療法として、該塩を投与することにより使用する、請求項1~21のいずれか1項に記載の塩。
【請求項23】
1つ以上の薬学的に許容される賦形剤、担体または希釈剤と組み合わせて、請求項1~22のいずれか1項に記載の塩を含む、虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための組成物。
【請求項24】
対象において虚血性脳卒中再灌流傷害を治療または予防する方法であって、請求項1~9のいずれか1項に記載された塩、または請求項23に記載された組成物を、対象に投与することを含む、方法。
【請求項25】
虚血性脳卒中再灌流傷害を治療または予防する医薬の製造のための、請求項1~9のいずれか1項に記載の塩、または請求項23に記載の組成物、の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性脳卒中再灌流(IR)傷害の治療または予防に使用するための塩に関する。
【背景技術】
【0002】
脳卒中は、全世界において主要な健康上の問題である。最近の推定(Feigin VL et al. Global and regional burden of stroke during 1990-2010: findings from the Global Burden of Disease Study 2010. Lancet. 2014;383(9913):245-254)では、世界の脳卒中の有病率が、年間1000人あたり5人であることが示され、これは脳卒中後に生存する3300万人に相当する。2010年には590万人が脳卒中関連の死亡に見舞われ、脳卒中により1億200万以上の障害調整生存年(DALY)が失われており、これは、障害に起因して失われる健康年数と早期死亡の合計に相当する。
【0003】
ここ数十年で、脳卒中治療の選択肢はほとんど進歩しておらず、それに応じて、死亡率/罹患率の低下もほとんど進行していない。
【0004】
現在、血栓摘出または血栓溶解を介して虚血性発作を停止する以外に、虚血性脳卒中に対する特定の治療法はない。虚血時間を最小限に抑えることは、虚血組織を救済するために重要である。
【0005】
しかしながら、凝固を妨げるいかなる治療も、虚血性脳卒中の緊急の治療に使用することはできない。なぜなら、そのような治療は、出血性脳卒中の場合に有害であるからである。
【0006】
したがって、虚血性脳卒中に罹患している疑いのある患者は、最初に、例えば、MRIまたはCT画像を用いて、画像化を行って、脳卒中のタイプを決定しなければならなず、その後、クロピドグレル/チカグレロルまたはアスピリン、または血栓溶解薬などの、脳卒中の治療に有効な薬物を投与することができる。
【0007】
したがって、緊急の画像化が必要なために貴重な時間が失われ、虚血時間が長くなる。
【0008】
虚血性傷害が停止されると、虚血組織への血液の再灌流は、それ自体がダメージを及ぼし、脳卒中による虚血/再灌流(IR)傷害をもたらす。
【0009】
脳卒中後のIR傷害の程度を低減する薬物に対して、明らかに満たされていない臨床的必要性が存在する。
【発明の概要】
【0010】
上記の観点から、出血性脳卒中の場合に患者に有害ではない、虚血性脳卒中再灌流傷害(ischaemic stroke reperfusion injury)の治療および予防に使用するための化合物および組成物を開発する必要性がある。そのような化合物および組成物は、緊急の脳卒中薬として(すなわち、脳卒中のタイプの診断前に)投与することができ、したがって、虚血性発作が停止した後に再灌流によって引き起こされる損傷を低減することによって、虚血性脳卒中患者の臨床転帰を改善する。
【0011】
虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に有用な化合物および組成物の改良に対する一般的な必要性もある。理想的には、そのような改良された化合物および組成物は、再灌流が開始するときに引き起こされる傷害を低減するために、虚血性事象を除去する前に投与することができる。理想的には、そのような化合物および組成物はまた、虚血性事象、例えば血栓を、化学的または機械的に除去することを目的とした治療と組み合わせて、投与することができる。。
【0012】
本発明は、虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための、式(I):
【化1】
式(I)
[式中、
Xは、負電荷、H、またはC
1-C
12アルキルから選択され;
Yは、H、OH、またはC
1-C
12アルキルから選択され;
nは、0または1であり;
mは、0または1であり;
Zは、1つ以上の薬学的に許容されるカチオンであり、および、
AおよびBは、独立して任意の整数であり、塩の正味電荷は0である。]
で示される塩、に関する。
【0013】
本発明はまた、脳卒中のタイプの診断の前に、脳卒中が疑われた後の緊急薬として使用するための、前記の式(I)の塩、に関する。
【0014】
本発明はまた、1つ以上の薬学的に許容される賦形剤、担体または希釈剤と組み合わせて、式(I)の塩を含む、虚血性脳卒中再灌流傷害を治療または予防に使用するための組成物、に関する。
【0015】
好ましくは、上記の式(I)の塩は、以下に定義される式(II)の塩であり、より好ましくは、マロン酸の塩である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、代表的な化合物であるマロン酸二ナトリウムについての、生理食塩水対照と比較した、虚血性脳卒中後の梗塞体積に対する効果を示している。
【0017】
【
図2】
図2は、代表的な化合物であるマロン酸二ナトリウムについての、生理食塩水対照と比較した、虚血性脳卒中および再灌流の間の様々な時点での脳血流(CBF)に対する効果を示している。
【0018】
【
図3】
図3は、比較化合物であるマロン酸ジメチルについての、生理食塩水対照と比較した、虚血性脳卒中後の梗塞体積に対する効果を示している。
【0019】
【
図4】
図4は、代表的な化合物であるマロン酸二ナトリウムについての、組織および細胞によるインビトロでの取り込みを示している。
【0020】
【
図5】
図5は、代表的な化合物であるマロン酸二ナトリウムについての、マウス組織によるインビボでの取り込みを示している。
【0021】
【
図6】
図6は、インビボでの急性虚血性脳卒中のマウスモデルを示している。
【0022】
【
図7】
図7は、急性中大脳動脈(MCA)閉塞におけるコハク酸塩レベルのMALDI画像を示している。
【0023】
【
図8】
図8は、マウスの脳における脳卒中中のコハク酸塩(succinate)の蓄積を示している。
【0024】
【
図9】
図9は、ヒトの脳における脳卒中中のコハク酸塩(succinate)の蓄積を示している。
【0025】
【
図10】
図10は、マウス脳卒中モデルの脳組織における虚血性コハク酸塩レベルを示している。
【0026】
【
図11】
図11は、マウス脳卒中モデルの脳組織における複合体Iの活性を示している。
【0027】
【
図12】
図12は、再灌流の5分前から5分後までのマロン酸二ナトリウムの投与後のマウス脳組織におけるマロン酸塩のレベルを示している。
【0028】
【
図13】
図13は、再灌流の5分前から5分後までのマロン酸二ナトリウムの投与後のマウス脳脊髄液(CSF)におけるマロン酸塩のレベルを示している。
【0029】
【
図14】
図14は、急性虚血性脳卒中マウスモデルにおける梗塞サイズに対するマロン酸二ナトリウムの効果を示している。
【0030】
【
図15】
図15は、
図14に示されるデータを生成するために使用された脳を示す。淡い色の脳の領域は、梗塞領域を表す。
【0031】
【
図16】
図16は、急性虚血性脳卒中のために血栓溶解を受けている患者からの静脈血中の、コハク酸塩血漿レベルを示している。
【発明を実施するための形態】
【0032】
虚血性脳卒中に続いての適時の再灌流は、虚血した組織を救済するために重要である。しかしながら、逆説的に、虚血した組織への血液の再灌流は、それ自体において傷害を与え、脳卒中による虚血/再灌流(IR)傷害を引き起こす。
【0033】
現在の最良の臨床手法は、虚血時間を最小化するために急速な再灌流を実施することである。しかしながら、これは広範囲のIR傷害をもたらす可能性があり、脳卒中後のIR傷害の程度を低減する薬剤に対する明らかに満たされていない臨床的な必要性がある。
【0034】
歴史的に、IR傷害は、再灌流虚血組織からの活性酸素種(ROS)の形成をもたらす、ランダムで無秩序な一連の損傷事象として考えられていた。
【0035】
最近、ミトコンドリア内の代謝メカニズムが、IR傷害の中心であることが示された。クエン酸サイクルの代謝物であるコハク酸は、虚血時に組織に蓄積されている。再灌流中、このコハク酸は、コハク酸デヒドロゲナーゼ(SDH)によって急速に酸化され、ミトコンドリア複合体I2によるROS産生のスパイクを促進する。このROSパルスは、カルシウムの調節不全およびATPの減少とともに、再灌流傷害に至る一連の損傷事象を開始する。この再灌流は、虚血のみの損傷を超えそれ以上の損傷をもたらす。したがって、虚血性脳卒中後の再灌流傷害を低減する薬剤を開発することは、臓器損傷を低減するための治療拡大を提供する。
【0036】
SDHは、虚血中のコハク酸塩形成および再灌流時のその酸化における重要な酵素である。虚血性脳卒中再灌流傷害は、虚血中のその蓄積を防ぐことにより(したがって、再灌流中に酸化されるのに利用されるコハク酸が減少する)、または、再灌流中にその酸化を直接ブロックすることにより(例えば、SDHを阻害することにより)、コハク酸代謝を変えることによって、改善できると考えられる。
【0037】
WO2016/001686に記載されているように、マロン酸ジメチル(DMM)は、虚血の前およびその間にわたって投与された場合、保護的に作用することが、これまでに示されている。しかしながら、
図3に示すように、脳卒中の再灌流時またはその直前に投与した場合は効果がない。
【0038】
本発明は、マロン酸塩および関連する化合物が、虚血性脳卒中再灌流傷害の治療および予防に特に有効であるという、驚くべき発見から生まれたものである。そのような塩は、インビボで細胞透過性がないと、これまでは考えられていたので、この発見は特に驚くべきものである。しかしながら、
図4および
図5に例示するように、そのような塩は、驚くべきことに、脳組織を含むさまざまな細胞や組織に浸透することができる。
【0039】
特に、本発明は、虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための、式(I):
【化2】
式(I)
で示される塩、に関する。
【0040】
上記の式において、Xは、負電荷、H、またはC1-C12アルキル基から選択される。好ましくは、Xは、負電荷、H、またはC1-C10アルキルから選択される。より好ましくは、Xは、負電荷、H、またはC1-C5アルキルから選択される。
【0041】
上記の式において、Yは、H、OH、またはC1-C12アルキルから選択される。好ましくは、Yは、H、OH、またはC1-C10アルキルから選択される。より好ましくは、Yは、H、OH、またはC1-C5アルキルから選択される。
【0042】
上記の式において、nは、0または1である。
【0043】
上記の式において、mは、0または1である。
【0044】
上記の式において、Zは、1つ以上の薬学的に許容されるカチオンである。式(I)の塩の正味電荷が0であるという条件で、各Zは、薬学的に許容されるカチオンである。例えば、Zは、+1の電荷、+2の電荷、または+3の電荷を有するカチオンを含み得る。好ましくは、Zは、Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、Cu+、Cu2+、Fe2+、Fe3+、Pb2+、Ni2+、Ag+、Sn2+、Cr3+、Zn2+、Al3+、および/またはNH4
+、から独立して選択されるカチオン;または、Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、Pb2+、Ni2+、Ag+、Sn2+、Cr3+、Zn2+、Al3+、および/またはNH4
+、から独立して選択されるカチオン;または、Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、Pb2+、Ni2+、Sn2+、Cr3+、Zn2+、および/またはNH4
+、から独立して選択されるカチオン;または、Li+、Na+、K+、Mg2+、Ca2+、Zn2+、および/またはNH4
+、から独立して選択されるカチオン、を含む。
【0045】
式(I)の塩の正味電荷が0であるという条件で、AおよびBは、独立して任意の整数(例えば、独立して、1、2または3)であり得る。例えば、Zが+3のカチオン(陽イオン)であり、アニオンが-2のアニオン(陰イオン)である場合、Aは3、Bは2であり、それにより、塩の正味電荷は0である。一実施形態において、AおよびBは、それぞれ独立して、1および2から選択され、例えば、Aは1であり、そして、Bは、1または2である。
【0046】
Zは、単一のイオン、例えば、Na+イオンであり得、あるいは、複数のイオン、例えば、Na+およびK+イオンであり得る。したがって、複数のカチオンを有する塩(例えば、マロン酸ナトリウムカリウム)は、式(I)に含まれる。
【0047】
好ましい実施形態において、式(I)の塩は、nの値が0であり、mの値が0である。この場合、塩は、式(II):
【化3】
式(II)
[式中、A、B、Z、Y、およびXは、上記で定義されたとおりである。]
で示される塩である。
【0048】
虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための式(I)の塩は、好ましくは、マロン酸の塩であり得る。この場合、塩は、式(II)で示されるものであり、Yは、H原子である。
【0049】
例えば、式(II)の塩は、マロン酸二ナトリウム、マロン酸一ナトリウム、マロン酸二カリウム、マロン酸一カリウム、マロン酸二リチウム、マロン酸一リチウム、マロン酸カルシウム、マロン酸マグネシウム、マロン酸アンモニウム、マロン酸アルミニウム、またはマロン酸亜鉛であり得る。場合により、式(II)の塩は、マロン酸二ナトリウムであり得る。
【0050】
マロン酸塩などの本発明の塩の使用は、臨床的翻訳に対する多くの障壁を無効にする。本発明の塩、特にマロン酸塩は、内因性の輸送メカニズムによってミトコンドリアに入ることができ、したがって、化合物が適時に標的部位に到達することを可能にする(
図5により例示される)。さらに、本発明の塩、特にマロン酸塩は、毒性が限定され、代謝が十分に確立されており、医薬品開発において賦形剤として使用されている。
【0051】
虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための塩は、代わりに、Yが、C1-C5アルキル、より好ましくは、ブチル基である、式(II)の塩、であり得る。
【0052】
式(I)の塩は、疑わしい虚血性脳卒中の後の任意の時点で、例えば、顔、腕、または脚の突然のしびれまたは衰弱、突然の混乱、言語障害、または会話の理解の困難、片方または両方の目の突然の視覚障害、突然の歩行障害、めまい、バランスの喪失、または協調性の欠如、突然の重度の頭痛、体の片側の完全な麻痺、嚥下の困難(嚥下障害)、および意識の喪失、から選択される1つまたは複数の脳卒中症状の観察後に、投与することができる。
【0053】
本明細書において、再灌流は、脳卒中後に虚血組織への血流が始まる点を意味する。再灌流は、自然に発生する場合もあれば(一過性脳虚血発作や軽度脳卒中の後など)、あるいは開始される場合もある。再灌流が開始される場合、それは、機械的または化学的手段のいずれかなどによって、血流の閉塞を取り除くことができる当技術分野で知られている任意の方法によって、開始され得る。好ましくは、再灌流は、血栓溶解によって(例えば、抗凝血剤を投与することによって、または溶解剤を患者に適用することによって)、および/または血栓摘出によって、開始される。
【0054】
適切な抗凝血剤は、Coumadin(商標)(ワルファリン);Pradaxa(商標)(ダビガトラン);Xareito(商標)(リバロキサバン)およびEliquis(商標)(アピキサバン)、フォンダパリヌクス、未分画ヘパリン、エノキサパリンおよびダルテパリンを含むがこれらに限定されない低分子量ヘパリン、ストレプトキナーゼ(SK)、ウロキナーゼ、ラノテプラーゼ、レテプラーゼ、スタフィロキナーゼ、テネクテプラーゼおよびアルテプラーゼを含むがこれらに限定されない血栓溶解剤、または、アスピリン、クロピドグレルまたはチカグレロルなどの抗血小板薬、から選択され得る。
【0055】
式(I)の塩は、脳卒中虚血後、再灌流の前に、最初に患者に投与され得る。好ましくは、式(I)の塩の投与は、その後、再灌流が確立するまで、場合により再灌流の間、場合により再灌流が終了するまで、継続される。
【0056】
再灌流の開始または発生前に、式(I)の塩をある程度の時間投与することにより、式(I)の塩が、再灌流時のROSの生成を最小限に抑えるのに十分な濃度で蓄積できることが確実になり、虚血組織をIR傷害から保護する。したがって、脳卒中症状の発症後できるだけ早く最初に、式(I)の塩を患者に投与することが好ましい。そのため、式(I)の塩は、好ましくは、少なくとも再灌流の開始時または発生時において投与され、好ましくは、再灌流の開始または発生前に少なくとも約5分間、好ましくは10分間、好ましくは15分間、および、好ましくは、再灌流の開始または発生前に20分間またはそれ以上の時間、投与される。
【0057】
あるいは、式(I)の塩は、再灌流の開始または発生に続いて、最初に患者に投与され得る。この場合、式(I)の塩は、好ましくは、IR傷害を最小限にするために、再灌流の開始後できるだけ早く患者に最初に投与される。式(I)の塩を患者に最初に投与した後、投与は、好ましくは、再灌流が確立するまで、場合により再灌流の間、場合により再灌流が終了するまで、継続される。
【0058】
あるいは、式(I)の塩は、再灌流の時点において、最初に患者に投与され得る。好ましくは、式(I)の塩の投与は、その後、再灌流が終了するまで、継続される。
【0059】
式(I)の塩は、血流の閉塞を除去するために使用または意図された治療、すなわち再灌流を開始するために使用または意図された治療、と組み合わせて、患者に投与され得る。これは、例えば、式(I)の塩が、再灌流の時点で患者に投与されるときに同時に、または別々になされ得るものであり、例えば、式(I)の塩は、脳卒中虚血後であるが再灌流の前に投与され、そして、再灌流を開始するための治療は、その後(式(I)の塩の投与中、またはその投与の停止後)に開始される。好ましくは、式(I)の塩は、血栓溶解治療および/または血栓摘出術と組み合わせて、患者に投与される。好ましくは、血栓溶解治療は、上記で定義したように、患者への抗凝血剤の適用または溶解剤の適用から選択される。
【0060】
上記のように、本発明の重要な利点は、式(I)の塩が、虚血性脳卒中再灌流傷害の治療および予防に有益であるものの、出血性脳卒中の場合に有害ではないことである。したがって、脳卒中の種類の診断の前に、脳卒中を患った疑いのある患者に、式(I)の塩を投与することができる。そのため、式(I)の塩は、脳卒中のタイプを診断する前の緊急薬として使用することができ、これにより、再灌流によって引き起こされる損傷が最小限に抑えられる。
【0061】
したがって、一実施形態において、本発明は、脳卒中のタイプの診断の前の、脳卒中を疑われた後の緊急薬として使用するための、本明細書で定義される式(I)で示される塩、に関する。好ましくは、塩は、式(II)の塩であり、より好ましくは、本明細書で定義されるマロン酸の塩である。
【0062】
緊急薬としての投与の場合、式(I)の塩は、好ましくは、脳卒中のタイプの診断前の任意の時点で、好ましくは、脳卒中症状の発症から約4時間以内に、好ましくは、脳卒中症状の発症から約3時間以内に、好ましくは脳卒中症状の発症から約2時間以内に、より好ましくは脳卒中症状の発症から約1時間以内に、脳卒中の罹患の疑いのある患者に、投与される。
【0063】
式(I)の塩は、例えば、病院の病棟において、脳卒中の症状が始まった後、非常に迅速に治療を開始することが可能である状況で、投与されてもよい。したがって、式(I)の塩の投与の開始は、脳卒中症状の発症から約50分以内に、好ましくは、脳卒中症状の発症から約40分以内に、好ましくは、脳卒中症状の発症から約30分以内に、好ましくは、脳卒中症状の発症から約20分以内に、最も好ましくは脳卒中症状の発症から約15分以内に、開始することができる。
【0064】
式(I)の塩の最初の投与が行われた時点に関係なく、再灌流が確立されるまで、または、疑われた虚血性脳卒中の治療があった場合に虚血性脳卒中が除外されるまで、式(I)の塩を(例えば、継続的に、または定期的に)投与し続けることが好ましい。場合によっては、化学的または機械的手段を使用した再灌流の開始は、実施可能ではない。例えば、血栓溶解治療が開始された場合に出血のリスクが高くなるなど、患者は、血栓溶解治療の禁忌を有している可能性がある。あるいは、血栓摘出術は、患者の診察の時点では利用できない場合がある。これらの場合、式(I)の塩は、再灌流が自然に起こるまで継続的に投与され得る。したがって、式(I)の塩は、最初の投与時から最大6時間まで継続的に投与することができる。好ましくは、式(I)の塩の総投与時間は、約2分より長く、好ましくは約5分より長く、好ましくは約10分より長く、および最も好ましくは約15分より長い。好ましくは、式(I)の塩の総投与時間は、約5時間より短く、好ましくは約4時間より短く、好ましくは約3時間より短く、および最も好ましくは約2時間より短い。
【0065】
式(I)の塩は、組織の損傷を防ぐための組み合わせ治療の一部として、投与することができる。例えば、式(I)の塩は、虚血性再灌流傷害を標的とする他の薬剤または施術と共に、投与することができる。
【0066】
式(I)の塩は、当技術分野の任意の方法によって投与することができる。好ましくは、式(I)の塩は、経口、局所、皮下、非経口、筋肉内、腹腔内、眼内、鼻腔内、動脈内または静脈内に投与される。最も好ましくは、式(I)の塩は、静脈内に投与される。
【0067】
式(I)の塩は、約0.1mg/kg~約500mg/kg体重の範囲の用量で、投与することができる。好ましくは、式(I)の塩は、約0.2mg/kg体重より多い用量、好ましくは約0.3mg/kg体重より多い用量、好ましくは約0.4mg/kg体重より多い用量、そして好ましくは約0.5mg/kg体重よりも多い用量で、投与される。好ましくは、式(I)の塩は、約450mg/kg体重より少ない用量、好ましくは約400mg/kg体重より少ない用量、好ましくは約350mg/kg体重より少ない用量、そして好ましくは約300mg/kg体重より少ない用量で、投与される。
【0068】
式(I)の塩、好ましくは式(II)の塩、より好ましくはマロン酸の塩は、それを必要とする対象において虚血性脳卒中再灌流傷害の治療または予防に使用するための組成物に、および/または、脳卒中のタイプの診断前に脳卒中が疑われた後の緊急薬として使用するための組成物に、製剤化することができる。組成物は、式(I)の塩、好ましくは式(II)の塩、より好ましくはマロン酸の塩、および、1つ以上の薬学的に許容される賦形剤、担体または希釈剤を含む。
【0069】
適切な賦形剤、担体および希釈剤は、標準的な薬学文献に見出すことができる。例えば、Handbook for Pharmaceutical Additives, 3rd Edition (eds. M. Ash and I. Ash), 2007 (Synapse Information Resources, Inc., Endicott, New York, USA)、および、Remington: The Science and Practice of Pharmacy, 2ist Edition (ed. D. B. Troy) 2006 (Lippincott, Williams and Wilkins, Philadelphia, USA)、を参照されたい。
【0070】
本発明の組成物に使用するための賦形剤としては、これに限定されるものではないが、微結晶性セルロース、クエン酸ナトリウム、炭酸カルシウム、リン酸二カルシウムおよびグリシンが挙げられ、デンプン(好ましくはトウモロコシ、ジャガイモまたはタピオカのスターチ)、アルギン酸、特定のケイ酸複合物などの様々な崩壊剤とともに使用することができ、および、ポリビニルピロリドン、スクロース、ゼラチン、アカシアなどの造粒結合剤も一緒にすることができる。さらに、ステアリン酸マグネシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、およびタルクなどの滑沢剤は、しばしば錠剤化の目的に非常に有用である。類似の種類の固体組成物をゼラチンカプセルの充填剤として使用することもでき、これに関連した好ましい材料としては、ラクトースまたは乳糖、および高分子量ポリエチレングリコールが挙げられる。水性懸濁液および/またはエリキシルが経口投与に望まれる場合、有効成分は、様々な甘味料または香味剤、着色剤または染色剤、および必要に応じて、乳化剤および/または懸濁剤などと組み合わせることができ、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリンおよびそれらの組み合わせのような様々なものとしての希釈剤と一緒に用いることができる。
【0071】
薬学的な担体としては、固体希釈剤または充填剤、滅菌水性媒質、および様々な非毒性の有機溶媒などが挙げられる。
【0072】
薬学的に許容される担体としては、ガム、デンプン、糖、セルロース系物質、およびそれらの混合物が挙げられる。化合物は、例えば、ペレットの皮下インプラントによって、対象に投与することができる。製剤はまた、液体製剤の静脈内、動脈内、または筋肉内注射によって、液体または固体製剤の経口投与によって、または局所適用によって、投与することができる。投与はまた、直腸坐剤または尿道坐剤を使用することによって、実施することができる。
【0073】
さらに、本明細書において、「薬学的に許容される担体」は、当業者によく知られており、これに限定されるものではないが、0.01~0.1M、好ましくは、0.05Mのリン酸緩衝液、または0.9%生理食塩水が挙げられる。さらに、そのような薬学的に許容される担体は、水溶液または非水性溶液、懸濁液、およびエマルジョンであり得る。非水性溶媒の例は、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、オリーブオイルなどの植物油、およびオレイン酸エチルなどの注射可能な有機エステルである。水性担体としては、水、アルコール/水溶液、エマルジョンまたは懸濁液が挙げられ、生理食塩水およびバッファー媒質が含まれる。
【0074】
薬学的に許容される非経口ビヒクルとしては、塩化ナトリウム溶液、デキストロースリンゲル液、デキストロースおよび塩化ナトリウム、ラクトリンゲル液、および不揮発油が挙げられる。静脈内ビヒクルとしては、液体および栄養補充剤、デキストロースリンゲル液をベースとするものなどの電解質補充剤などが挙げられる。保存剤、および、他の添加剤、例えば、抗菌剤、抗酸化剤、調整剤、不活性ガスなども、存在し得る。
【0075】
本発明による投与可能な制御放出または持続放出の組成物のための、薬学的に許容される担体としては、親油性デポー剤(例えば、脂肪酸、ワックス、オイル)における配合物が挙げられる。また、本発明により、ポリマー(例えば、ポロキサマーまたはポロキサミン)でコーティングされた粒子状組成物、および、組織特異的受容体、リガンドまたは抗原に対する抗体に結合された化合物、または組織特異的受容体のリガンドに結合された化合物、も包含される。
【0076】
薬学的に許容される担体としては、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールのコポリマー、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、またはポリプロリンなどの、水溶性ポリマーの共有結合によって修飾された化合物が挙げられ、対応する未修飾の化合物よりも静脈注射後に血中で実質的により長い半減期を示すことが知られている(Abuchowski and Davis, Soluble Polymer-Enzyme Adducts, Enzymes as Drugs, Hocenberg and Roberts, eds., Wiley-Interscience, New York, N.Y., (1981), pp 367-383)。このような修飾はまた、水溶液への化合物の溶解性を高め、凝集を排除し、化合物の物理的および化学的安定性を高め、化合物の免疫原性および反応性を大幅に低下させる可能性がある。結果として、所望のインビボの生物活性は、そのようなポリマー化合物誘導体を、未修飾化合物よりも、少ない頻度または低用量で投与することによって、達成することができる。
【0077】
本発明はまた、対象において、虚血性脳卒中再灌流傷害を治療または予防する方法であって、本明細書で定義された式(I)の塩、または本明細書で定義された組成物を、対象に投与することを含む方法、に関する。本発明はまた、対象において、脳卒中のタイプの診断前に、疑われた脳卒中の緊急治療方法であって、本明細書で定義された式(I)の塩、または本明細書で定義された組成物を、対象に投与することを含む方法、に関する。好ましくは、塩は、式(II)の塩であり、より好ましくは、本明細書で定義されたマロン酸塩である。好ましくは、この方法は、本明細書でさらに定義されるように、対象に対して前記の塩を投与することを含む。
【0078】
本発明はまた、虚血性脳卒中再灌流傷害を治療または予防するための医薬の製造のための、本明細書で定義された式(I)の塩、または本明細書で定義された組成物の使用、に関する。本発明はまた、脳卒中のタイプの診断前に、脳卒中が疑われた後の緊急薬として使用するための医薬を製造するための、本明細書で定義された式(I)の塩、または本明細書で定義された組成物の使用、に関する。好ましくは、塩は、式(II)の塩であり、より好ましくは、本明細書で定義されたマロン酸塩である。好ましくは、前記の塩は、本明細書でさらに定義されるように、虚血性脳卒中再灌流傷害を防止するための医薬の製造のためのものである。
【0079】
本明細書において、「C1-Cnアルキル」との用語は、一般に1~n個の炭素原子を有する、直鎖および分岐の飽和炭化水素基を意味する。アルキル基の例としては、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、s-ブチル、i-ブチル、t-ブチル、ペント-1-イル、ペント-2-イル、ペント-3-イル、3-メチルブト-1-イル、3-メチルブト-2-イル、2-メチルブト-2-イル、2,2,2-トリメチルエタ-1-イルなどが挙げられる。
【0080】
本明細書において、「薬物」、「薬物物質」、「医薬有効成分」などの用語は、治療を必要とする対象を処置するために使用され得る化合物を意味する。
【0081】
本明細書において、「賦形剤」との用語は、薬物の生物学的利用能に影響を及ぼし得るが、そうでなければ薬理学的に不活性である、任意の物質を意味する。
【0082】
本明細書において、「薬学的に許容される」との用語は、過度の毒性、刺激、アレルギー反応などを伴わずに対象の組織と接触して使用するのに適した健全な医学的判断の範囲内にあり、合理的な利益対リスクの比率に相応し、そして、意図された用途に効果的である、化学種を意味する。。
【0083】
本明細書において、「医薬組成物」との用語は、1つまたは複数の薬物物質、および1つまたは複数の賦形剤の組み合わせ物を意味する。
【0084】
本明細書において、本明細書で使用される「対象」との用語は、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物を意味する。
【0085】
ヒト以外の哺乳動物の例としては、ヒツジ、ウマ、ウシ、ブタ、ヤギ、ウサギ、およびシカなどの家畜、および、ネコ、イヌ、齧歯動物、およびウマなどのコンパニオン動物が挙げられる。
【0086】
本明細書において、本明細書で使用される「体」との用語は、上記で定義される対象の体を意味する。
【0087】
本明細書において、薬物の「治療有効量」との用語は、対象を処置し、これにより所望の治療、改善、抑制または予防の効果を生み出すのに有効な、薬物または組成物の量を意味する。治療有効量は、数あるものの中でも、対象の体重および年齢、ならびに投与経路に依存し得る。
【0088】
本明細書において、「治療する」との用語は、そのような用語が適用される障害、疾患または病気の進行を、退行、緩和、抑制、または予防すること、または、そのような障害、疾患または病気の1つ以上の症状の進行を、退行、緩和、抑制、または予防すること、を意味する。
【0089】
本明細書において、「治療」との用語は、上記で定義された「治療する」行為を意味する。
【0090】
本明細書において、「予防する」との用語は、所与の疾患または障害にかかるリスクの低減、または、所与の疾患または障害に予防措置の後にかかった場合のその疾患または障害の症状の重症度の低減、を意味する。したがって、「予防する」とは、それを必要とする対象についての予防的処置を意味する。予防的処置は、障害の症状がないか最小限であるにもかかわらず、障害の素因を有する、または障害を発症するリスクがある対象に、適切な用量の治療薬を投与することによって達成することができ、それによって、障害の発症を実質的に回避するか、または、予防措置の後にかかった場合の障害の症状の重症度を実質的に低減する。
【0091】
本明細書において、「コハク酸デヒドロゲナーゼ阻害剤」または「SDHi」との用語は、コハク酸デヒドロゲナーゼの作用を阻害する化学種を意味する。
【0092】
本明細書において、「血栓溶解」との用語は、例えば、血栓溶解剤の使用による化学的手段を使用して、血流をブロックするもの、例えば凝血塊、を除去することを意味する。
【0093】
本明細書において、「血栓摘出術」との用語は、機械的手段を使用して、血流をブロックするもの、例えば凝血塊、を除去することを意味する。
【0094】
本明細書において、「含む」(comprising)との用語は、「少なくとも部分的に構成される」ことを意味する。「含む」との用語を含んだ本明細書の各記述を解釈する場合、それ以外のまたはその用語により前提とされるもの以外の機能も存在する場合がある。「含む」(「comprise」および「comprises」)などの関連する用語も、同様に解釈される。
【実施例】
【0095】
実施例1.一過性中大脳動脈閉塞(MCAO)モデル
6~8週齢のオスのC57Bl6Jマウスを3%イソフルランで麻酔し、麻酔を1.5~2%イソフルランで維持した。ドップラー流量測定プローブ(Perimed、Sweden)を頭蓋骨に取り付けて、脳血流を継続的にモニタリングした。左総頸動脈(CCA)と左外頸動脈を露出させ、永久的に結紮した。左内総頸動脈を一時的にクランプした。次に、CCAを切開し、シリコンチップ(直径0.22mm、長さ2~3mm、Doccol、USA)を備えたフィラメントを挿入し、中大脳動脈(MCA)に到達するまで内頸動脈に前方に誘導した。MCAの閉塞は、脳血流の少なくとも70%の低下を示すことによって確認した。45分の虚血後、フィラメントを引き下げて2時間再灌流させた。脳血流量がベースラインの80%に達したときに再灌流が確認された。
【0096】
マロン酸二ナトリウム(DSM)またはビヒクル対照のいずれかを、再灌流の直前から開始して20分間、静脈内投与した。
【0097】
再灌流の終わりに、マウスを頸椎脱臼により屠殺した。脳を収集し、2mmの厚さにスライスし、生理食塩水中の2%トリフェニルテトラゾリウムクロリドにより37℃で10~15分間染色した。次いで、脳切片を4%パラホルムアルデヒドで一晩固定し、スキャナーを使用して画像化した。両方の半球の健康な組織領域(赤く染色)は、ImageJを使用して測定された。梗塞体積%は、最初に各半球の健康な組織の体積(Σ各切片の面積×切片の厚さ)を計算し、次いで以下の式:((無傷の半球内の健康な組織の体積-傷害を負った半球内の健康な組織の体積)÷無傷の半球内の健康な組織の体積)×100、により計算することによって、算出した
【0098】
図1に示すように、DSMが再灌流の直前から開始して20分間与えられた場合、壊死性脳梗塞の体積は減少した。
【0099】
図2に示すように、脳血流は、一過性中大脳動脈閉塞(MCAO)中に有意に減少した。再灌流の直前から開始して20分間DSMを投与しても、処置中の血流は有意に変化せず、DSMが脳血流ではなく再灌流傷害を標的としていることを示した。
【0100】
比較例1
DSMの代わりにマロン酸ジメチル(DMM)を投与したことを除いて、実施例1の方法を実施した。
図3に示すように、再灌流の直前から開始してDMMを20分間投与した場合、壊死性脳梗塞の体積に有意差はなかった。
【0101】
実施例2.インビトロでのマロン酸の取り込み
最初に、マロン酸塩(malonate)が培養中の細胞に取り込まれ得るかどうかを調査した。C2C12マウス筋芽細胞を300,000細胞/ウェルでプレーティングし、一晩接着させた。翌日、細胞を、0~240分間、DSM(a-0.25mM;b-0.25、1または5mM)で処理するか、または未処理にして、その後、プレートを氷上で冷却し、氷冷PBSで4回すばやく洗浄し、ドライアイス上に置いた。質量分析のために、1nmolの13C-マロン酸塩内部標準を有する500μlの抽出バッファー(50%メタノール、30%アセトニトリル、および20%水)を用いて、細胞を抽出し、遠心分離して不溶性の破片を除去した。
【0102】
これにより、細胞へのマロン酸塩の急速な取り込みがあり、250μMのマロン酸二ナトリウムとインキュベートした場合、細胞内レベルが約0.2~0.4nmol/mgタンパク質に達することを示された(
図4a)。マロン酸塩の取り込みは用量と時間の両方に依存し(
図4b)、5mMのDSMは5分後に高レベルの細胞内マロン酸塩(~2nmol/mgタンパク質)を達成した。260mgタンパク質/mlの細胞体積を考慮に入れると、250μMまたは5mMのマロン酸塩と5分間インキュベートした後の細胞内のマロン酸塩濃度は、それぞれ、約50μMおよび500μMである。
【0103】
実施例3.インビボでのマロン酸塩の取り込み
この取り込みがインビボでも起こるかどうかを確認するために、尾静脈のボーラスによって正常酸素状態のマウスにマロン酸二ナトリウムを注射し、5分後に組織のマロン酸塩レベルを測定した。C57/BL6マウスに、DSM(160mg/kg)を尾静脈から注射し、注射の5分後に頸椎脱臼し、組織を採取し、液体窒素でクランプ凍結した。組織分析のために、組織の重量を量り、内部標準を含む25μl/mgの抽出バッファーで抽出し、Precellys24ホモジナイザーでホモジナイズした。ホモジネートしたものを遠心分離して、不溶性の破片を除去した。抽出物をLC-MS/MSで分析し、マロン酸塩のレベルを、マロン酸塩標準曲線の補間によって評価した。
【0104】
これにより、マロン酸塩の組織レベルが腎臓で特に高く、心臓および肝臓でかなりの量であり、また脳での取り込みも示された(
図5)。これは、マロン酸塩の組織への取り込みと一致していた。
【0105】
実施例4
動物
オスのC57Bl6Jマウスは、チャールズ・リバー・ラボラトリーズから購入し、12時間の明暗サイクルで部屋に収容し、餌と水を自由に摂取させた。実験に使用する前に、マウスを1週間順応させた。すべての実験手順は、1986年英国動物法およびケンブリッジ大学の動物福祉方針に従って実施し、本省(Home Office)によって承認された(プロジェクト・ライセンス70/8238および70/08840)。
【0106】
ヒトおよびマウスの脳温虚血
8~10週齢のマウスを頸椎脱臼により屠殺し、脳を、直ちに、または、37℃で、5、15、60、または120分の温虚血後に、クランプ凍結した。ヒトの脳の生検は、ケンブリッジ脳神経外科のリチャード・メア博士(Dr Richard Mair)と共同で、脳腫瘍の手術を受けている患者から収集した。生検(20~80mg)を、組織のサイズに応じて3~5個に急速に切断した。1つのピースをすぐに凍結し(解剖から凍結までの時間:30秒から2分)、他のピースを37℃で指定の時間(5分から120分)、温虚血でインキュベートし、次いでクランプ凍結した。
【0107】
代謝物抽出
約20mgのマウス脳組織、および5~20mgのヒト脳組織を、ドライアイス上で秤量し、事前に冷却したPrecellysチューブ(CK28-R、Bertin Instruments、フランス)に入れた。次に、25μl/mgのドライアイス冷抽出バッファー(50%[v/v]メタノール、30%[v/v]アセトニトリル、および20%[v/v]H2O)に、1nmolの[13C4]-コハク酸塩(Sigma Aldrich、UK)を添加し、これをチューブに加え、Precellys24組織ホモジナイザー(6,500rpm、15秒;Bertin Instruments、フランス)を用いて、組織をホモジナイズした。ドライアイス上で5分間インキュベートした後、ホモジナイズの手順を再度実施した。次いで、サンプルを、17000rpm、4℃で遠心分離し、上清を収集して、-20℃の冷凍庫で1時間インキュベートした。遠心分離の工程を2回繰り返し、上清を、事前に冷却したMSバイアルに移し、液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS/MS)によるコハク酸塩の分析まで-80℃で保存した。
【0108】
コハク酸塩の定量化のためのLC-MS/MS
コハク酸塩のLC-MS/MS分析は、LCMS-8060質量分析計(Shimadzu、UK)と、Nexera X2 UHPLCシステム(Shimadzu、UK)を使用して、実施した。サンプルを、15μlのフロースルーニードルに5μlを注入して、冷蔵オートサンプラー(4℃)に保存した。分離は、SeQuant(商標)ZIC(商標)-HILICカラム(3.5μm、100Å、150×2.1mm、カラム温度30℃;MerckMillipore、UK)と、ZIC(商標)-HILICガードカラム(200Å、1×5mm)を使用して、実施した。A)10mM重炭酸アンモニウム、および、B)100%アセトニトリル、の移動相により、200μl/分の流速を用いた。グラジエントは、0~0.1分、80%MSバッファーB;0.1~4分、80%-20%B;4~10分、20%B;10~11分、20%-80%B;11~15分、80%B、を使用した。質量分析計は、多重反応モニタリング(MRM)を備えた負イオンモードで操作し、Labsolutionsソフトウェア(Shimadzu、UK)を使用して、スペクトルを取得し、MS抽出バッファーの関連の標準曲線から化合物量を計算し、[13C4]-コハク酸内部標準と比較した。
【0109】
ミトコンドリア複合体I活性の測定
重量7~10mgの凍結したマウス脳を、氷冷した400mlの50mMのKH2PO4(KPiバッファー)で、Precellys CK14チューブおよびPrecellys組織ホモジナイザー(Bertin Instruments)を用いて、6500rpm、15秒サイクルで、溶解した。ホモジネートしたものをすばやく分注し、ドライアイス冷却したチューブで凍結し、さらに処理するまで、-80℃で保存した。タンパク質濃度は、標準的なBCAアッセイに従って測定した。サンプルの新しいアリコートを、0.05%ドデシルマルトシド(DDM)を含むKPiバッファーで希釈し、5μgのタンパク質総量が含まれた、複合体I活性アッセイ用の100μlのバッファーを得た。96ウェルプレートで、40μlのアッセイバッファー(KPiバッファー中の200μMのKCN、および0.3μMのアンチマイシンA)を、各ウェルに添加し、続いて、5μlのエタノール+100μMデシルユビキノン、または、5μlのエタノール+0.5μMロテノン、を添加した。アッセイを、50μlの新たに調製した0.8mMのNADHを添加することによって、開始した。NADH酸化を、プレートリーダーで、λ=340および380(8~10秒間隔)で、30分間、吸光度をモニタリングすることにより、測定した。サンプルは、複数で実施した。NADH酸化の最大線形レートを、340~380nmでの吸光度を差し引くことによって計算し、バックグラウンドレートを、ロテノンを含むサンプルのレートを差し引くことによって削除した。NADH濃度は、ベール-ランベルトの法則と、吸光係数ε340-380=4.81mM-1cm-1を用いて、決定した。
【0110】
脳卒中の中大脳動脈閉塞(MCAO)非回復モデル
8~12週齢で体重22~30グラムのマウスを、100%酸素で送達されたイソフルラン(3%誘導、1.5~2%維持)で麻酔した。ドップラー(PeriFlux System 5000、Perimed、Sweden)流量測定プローブを、同側の頭蓋骨に取り付けて、MCA領域の血液循環を監視および記録した。次に、左総頸動脈(CCA)と外頸動脈を露出させ、永久的に結紮した。クランプで左内頸動脈を一時的に閉塞した後、CCAを切開し、シリコンコーティングしたチップ(602223PK10RE、Doccol、USA)を取り付けた6-0縫合糸を挿入し、クランプを取り外し、縫合糸を前方に、ドップラーで血流の低下が観察されてMCAOが確認されるまで、挿入した。虚血持続時間は30分または45分であり、その後、縫合糸を除去して再灌流を可能にした。代謝物分析のために、虚血または再灌流後の指定の時点でマウスを屠殺し、頸椎脱臼によって屠殺し、脳の同側および反対側の領域を迅速に解剖し、クランプ凍結した。梗塞測定のために、マウスを2時間の再灌流の間麻酔下に保ち、次いで、頸椎脱臼によって屠殺した。脳を解剖し、染色および梗塞サイズ測定のために、新たにスライスした。MCAO後の血流の低下がベースラインの30%を超えた場合、または過度の出血などの外科的理由により、マウスを研究から除外した。エンドポイント測定後に除外は実施しなかった。
【0111】
コハク酸塩のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)イメージング
マウスに、上記のようにMCAO手術(30分の虚血±5分の再灌流)の処置を行い、脳を直ちに解剖し、液体窒素で冷却したイソペンタンで凍結した。冠状断面を、20μmの厚さに切断し、スライド(Superfrost Plus、Thermo Scientific、UK)に載せ、60℃のヒートパッドで急速に乾燥させ、分析まで-80℃で保存した。線条体(MCA領域)のレベルでの脳ごとに2つのセクションを、MALDIに使用した。マトリックス溶液(1,5-ジアミノナフタレンの80:20のMeOH:H2O(v/v)液、10mg/ml)を、噴霧スプレー(SuncollectMALDIスポッター;KR Analytical、Cheshire、UK)を使用して、切片(20層)に噴霧した。イメージングは、MALDI LTQ Orbitrap XL(Thermo Fisher Scientific、Hemel Hempstead、UK)を用いて、実施した。スペクトルを、ミトコンドリア代謝物の負イオンモードで取得した。代謝物の同定は、観察された値を理論上のm/z値と比較することによって得られた。コハク酸塩は、117.0166m/zで検出された。ImageQuest(Thermofisher)を用いて、画像を再構成した。
【0112】
MCAO後の脳脊髄液(CSF)の収集
マウスに、非回復MCAO手術を処置し、指定の時点でペントバルビタールナトリウムの過剰摂取によって屠殺した。次に、マウスを、左心室を介して氷冷PBSで2.5分間2ml/分の速度で灌流した。CSFは、ガラスキャピラリーを使用して、大槽から収集された。
【0113】
マロン酸二ナトリウム処置
再灌流を5μl/分の速度で静脈内注入する10分前に、非回復手術マウスを、マロン酸二ナトリウム(DSM)、またはビヒクル(リン酸バッファー生理食塩水、PBS)で、静脈内(i.v.)に処置した。総注入量は100μlであった。非回復手術ではランダム化は行われなかったが、梗塞を測定した研究者は処置群を知らされていなかった。回復手術の場合、研究者は、DSMまたはPBSを含むEppendorfチューブに、ランダムにID番号を付けた。施術者は、ランダムに処置用のチューブを選んだ。したがって、行動および梗塞体積を分析する施術者および研究者は、実験および測定を通して、処置に対してブラインド化されていた。体重22~28(24.7±1.4;平均±SD)グラムのマウスに、4mgのDSMが含まれた100μlのPBS(162.2±9.1mg/kg;平均±SD)、またはPBSのみを、再灌流の5分前から開始して、10μl/分の速度で、静脈内に注入し、投与した。
【0114】
非回復MCAO後の梗塞体積測定
非回復手術を受けたマウスの脳を直ちに2mmの厚さにスライスし、2%トリフェニルテトラゾリウムクロリド(TTC)で、37℃で10分間、染色して、梗塞領域を特定した(
図15を参照)。切片を、4%パラホルムアルデヒドで一晩固定し、スキャナーを使用して画像化した。健康な領域(赤く染まった)が、2つの半球で測定された。梗塞領域は、(反対側の健康な領域-同側の健康な領域)として、計算した。梗塞体積は、(梗塞面積×スライス厚)の合計として計算し、健康な半球体積のパーセンテージとして表した。
【0115】
統計
2つの群を比較する梗塞サイズについて、ノンパラメトリックなマン・ホイットニー検定を行った。複数の群の比較(血流とコハク酸塩の量)のために、一元配置または二元配置分散分析を、テューキーまたはシダックの事後検定で、実施した。すべての統計分析は、Graphpad Prism バージョン7.0eを使用して、実施した。
【0116】
実施例5.脳卒中患者の静脈血中の代謝物
急性虚血性脳卒中による患者から、血栓溶解の前後の5つの時点(A-血栓溶解の開始前;血栓溶解の開始後の、B-5分、C-15分、D-30分、およびE-60分)において、静脈血を採取した。血液サンプルの血漿コハク酸塩レベルを分析した。健康な対照は年齢と性別が一致していた。
図16に結果を示す。血栓溶解を受けている患者の静脈血では、コハク酸塩の増加は見られなかった。
【0117】
本発明の具体的な実施形態が上記で説明されているが、本発明は、説明された以外の方法で実施され得ることが理解されるものである。上記の記載は、説明を目的としており、限定するものではない。したがって、以下に記載された特許請求の範囲から逸脱することなく、説明されるように本発明に変更を加えることができることは当業者には明らかであるものである。
【国際調査報告】