(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-02-15
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230208BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20230208BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20230208BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20230208BHJP
C23C 14/35 20060101ALI20230208BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/14 B
B23B27/20
C23C14/06 A
C23C14/34 A
C23C14/35 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022537097
(86)(22)【出願日】2020-12-17
(85)【翻訳文提出日】2022-08-16
(86)【国際出願番号】 EP2020086640
(87)【国際公開番号】W WO2021122892
(87)【国際公開日】2021-06-24
(32)【優先日】2019-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】シーア, ファイト
(72)【発明者】
【氏名】エンゲルハート, ヴォルフガング
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
3C046FF10
3C046FF16
3C046FF20
3C046FF25
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3C046FF34
3C046FF35
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3C046FF48
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3C046HH04
4K029AA02
4K029AA04
4K029BA58
4K029BD05
4K029CA06
4K029DC04
4K029DC39
4K029EA03
4K029EA04
4K029EA08
4K029EA09
(57)【要約】
本発明は、全体組成(Ti
xAl
1-x)N、0.34≦x≦0.65を有する(Ti,Al)N層を含むコーティングを有する基体を含む被覆切削工具であって、(Ti,Al)N層が、10~100nmの平均粒径を有する柱状の(Ti,Al)N粒を含み、(Ti,Al)N層が、立方晶系結晶構造の格子面を含み、(Ti,Al)N層が、電子回折分析において、3.2~4.0nm
-1の散乱ベクトルの範囲内にその最大値を有する平均化された径方向強度分布プロファイルのピーク(P)として示され、ピーク(P)の半値全幅(FWHM)が0.8~2.0nm
-1である回折シグナルが存在するパターンを示す、被覆切削工具に関する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体組成(Ti
xAl
1-x)N、0.34≦x≦0.65を有する(Ti,Al)N層を含むコーティングを有する基体を含む被覆切削工具であって、(Ti,Al)N層が、10~100nmの平均粒径を有する柱状の(Ti,Al)N粒を含み、(Ti,Al)N層が、立方晶系結晶構造の格子面を含み、(Ti,Al)N層が、電子回折分析において、3.2~4.0nm
-1の散乱ベクトルの範囲内にその最大値を有する平均化された径方向強度分布プロファイルのピーク(P)として示され、ピーク(P)の半値全幅(FWHM)が0.8~2.0nm
-1である回折シグナルが存在するパターンを示す、被覆切削工具。
【請求項2】
(Ti,Al)N層が、全体組成(Ti
xAl
1-x)N、0.35≦x≦0.55、好ましくは0.36≦x≦0.45を有する、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
平均化された径方向強度分布プロファイルにおけるピーク(P)が、3.4~3.8nm
-1の散乱ベクトルの範囲内にその最大値を有する、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
ピーク(P)の半値全幅(FWHM)が1.0~1.8nm
-1、好ましくは1.2~1.6nm
-1である、請求項1から3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
(Ti,Al)N層が、互いに異なるTi:Al比を有する2~4つの異なる(Ti,Al)N副層からなる(Ti,Al)Nナノ多層である、請求項1から4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
最も低いTi:Al比を有する副層のTi:Al比が0.10:0.90~0.50:0.50であり、最も高いTi:Al比を有する副層のTi:Al比が0.30:0.70~0.70:0.30である、請求項5に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
(Ti,Al)N層の厚さが0.4~20μmである、請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
(Ti,Al)N層が2.5~4.0W/mKの熱伝導率を有する、請求項1から7のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
(Ti,Al)N層が2600~3700HV0.0015のビッカース硬度を有する、請求項1から8のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
(Ti,Al)Nが350~470GPaの減少したヤング率を有する、請求項1から9のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
コーティングの厚さが全体として1~25μmである、請求項1から10のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項12】
(Ti,Al)N層中の(Ti,Al)N粒の間に粒界相が存在する、請求項1から11のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項13】
粒界相が六方晶系結晶構造を含む、請求項12に記載の被覆切削工具。
【請求項14】
粒界相が1~5nm、好ましくは1~3nmの平均厚さを有する、請求項12又は13に記載の被覆切削工具。
【請求項15】
ピーク(P)を示す回折シグナルが、六方晶系結晶構造に起因する、請求項1から14のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項16】
(Ti,Al)N層が、電子回折分析において、立方晶系結晶構造の格子面からの回折シグナルを含むパターンを示し、立方晶系結晶構造の格子面が、(111)、(200)、(220)又は(222)格子面のうちの少なくとも1つである、請求項1から15のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項17】
(Ti,Al)N層に立方晶(111)格子面が存在し、(111)格子面が、コーティング表面に垂直な方向から40度+/-15度以内の優先配向を有する、請求項16に記載の被覆切削工具。
【請求項18】
基体が超硬合金、サーメット、cBN、セラミックス、PCD及びHSSから選択される、請求項1から17のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(Ti,Al)N層を含むコーティングを有する被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
金属加工用の切削工具を改良して、より長持ちさせ、より高い切削速度及び/又は他のますます要求の厳しい切削操作に耐えるようにすることが絶えず望まれている。
【0003】
一般に、金属加工用の切削工具は、超硬合金、立方晶窒化ホウ素、又はサーメットのような硬質材料の基体と、基体の表面に堆積した薄い耐摩耗性コーティングとを含む。
【0004】
コーティングの性能は、コーティング自体の物理的及び機械的特性ならびに金属加工操作の種類の両方という、異なる要因の複雑な相互作用に依存する。
【0005】
耐摩耗性コーティングを堆積する場合、一般的には化学気相成長(CVD)又は物理気相成長(PVD)が使用される。どちらの方法でも、提供できるコーティング特性には制限がある。同じ化学組成のコーティングがどちらの方法で堆積された場合でも、それらの特性は、例えば、内部残留応力、密度、及び結晶化度に関して変化する。
【0006】
PVD法で堆積されたコーティング中の金属元素の起源は、PVD反応器内のいわゆる「ターゲット」である。PVD法には様々な方法があり、カソードアークエバポレーションとマグネトロンスパッタリングに大別される。「マグネトロンスパッタリング」という一般的な用語の中には、デュアルマグネトロンスパッタリングやハイパワーインパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)など、それぞれ大きく異なる方法がさらに存在する。異なる方法を使用して提供されるコーティングは、様々な側面で異なる。また、同じ種類のPVD法の中で使用されるプロセスパラメーターの組み合わせが異なると、堆積されたコーティングの間に、異なる物理特性、異なる機械特性、異なる結晶構造、金属切削プロセスで使用した場合の異なる挙動などの差異が生じることになる。
【0007】
物理気相成長(PVD)により堆積された窒化チタンアルミニウム(Ti,Al)Nコーティングはよく知られている。(Ti,Al)Nコーティングの1つの種類は、(Ti,Al)N組成が層全体にわたって本質的に同じである単層である。単層コーティングは、堆積プロセスで使用される1つ又は複数のターゲットが同じTi:Al比を有する場合に提供される。別の種類の(Ti,Al)Nコーティングは、層中に異なる組成の(Ti,Al)N副層が存在する多層である。このような多層は、堆積プロセスで使用されるターゲットの少なくとも2つが異なるTi:Al比を有する場合に提供されることが可能であり、その結果、基体がチャンバー内で回転するときに異なる組成の副層が交互に堆積される。多層の特別な種類は、個々の層の厚さがわずか数ナノメートルと薄くてもよいナノ多層である。
【0008】
米国特許出願公開第2018/0223436(A1)号は、超硬合金基体と(Ti,Al)Nコーティングを有する被覆切削工具を開示する。コーティングは、HIPIMS方法によって堆積された、例えば(Ti,Al)Nの単層又は多層耐摩耗保護層を含む。
【0009】
米国特許出願公開第2018/0030590(A1)号は、長い耐用年数を有するHIPIMSによって作られたTi0.40Al0.60N層を開示する。
【発明の概要】
【0010】
本発明の目的は、金属切削、特に鋼の切削において、逃げ面摩耗が改善された被覆切削工具を提供することである。低減された逃げ面摩耗は、先行技術の切削工具よりも工具寿命の改善につながる。
【0011】
本発明
全体組成(TixAl1-x)N、0.34≦x≦0.65を有する(Ti,Al)N層を含むコーティングを有する基体を含む被覆切削工具であって、(Ti,Al)N層が、10~100nmの平均粒径を有する柱状の(Ti,Al)N粒を含み、(Ti,Al)N層が、電子回折分析において、3.2~4.0nm-1の散乱ベクトルの範囲内にその最大値を有する平均化された径方向強度分布プロファイルのピーク(P)として示され、ピーク(P)の半値全幅(FWHM)が0.8~2.0nm-1である、回折シグナルが存在するパターンを示す、被覆切削工具がここで提供されている。
【0012】
平均化された径方向強度プロファイルは、電子回折パターンから、回折パターンの中心までの距離(半径)が同じである回折パターンのすべての強度の平均を提供することによって得られる。次に、平均化された強度が半径の関数として描かれる。
【0013】
(Ti,Al)N層は、適切には、全体組成(TixAl1-x)N、0.35≦x≦0.55、好ましくは0.36≦x≦0.45を有する。
【0014】
(Ti,Al)N層は、好ましくは、平均幅が20~70nmの柱状粒子を含む。
【0015】
平均化された径方向強度分布プロファイルにおけるピーク(P)は、適切には、3.4~3.8nm-1の散乱ベクトルの範囲内にその最大値を有する。
【0016】
ピーク(P)の半値全幅(FWHM)は、適切には1.0~1.8nm-1、好ましくは1.2~1.6nm-1である。
【0017】
一実施形態では、(Ti,Al)N層は、2~4つの、好ましくは2つの、互いに異なるTi:Al比を有する異なる(Ti,Al)N副層、からなる(Ti,Al)Nナノ多層である。副層が非常に薄い場合、異なるTi:Al比の2つの隣接する副層の間に鋭い境界が存在しない場合がある。その代わりに、(Ti,Al)Nナノ多層の厚さ全体にわたってTi:Al比が周期的に緩やかに変化している場合がある。このため、本明細書では、副層のTi:Al比は、副層の中間に存在するTi:Al比であると考える。
【0018】
最も低いTi:Al比を有する副層のTi:Al比は、適切には0.10:0.90~0.50:0.50、好ましくは0.25:0.75~0.40:0.60である。
【0019】
最も高いTi:Al比を有する副層のTi:Al比は、適切には0.30:0.70~0.70:0.30、好ましくは0.35:0.65~0.50:0.50である。
【0020】
異なる種類の(Ti,Al)N副層の平均厚さは、適切には1~20nm、好ましくは1.5~10nm、最も好ましくは1.5~5nmである。
【0021】
(Ti,Al)N層の厚さは、適切には0.4~20μm、好ましくは1~10μm、最も好ましくは2~6μmである。
【0022】
本明細書において、(Ti,Al)N粒の「粒径」は、(Ti,Al)N層中の柱状の(Ti,Al)N粒の平均粒幅を意味する。粒幅は、層の中央部において、コーティング表面に平行な方向で測定される。一実施形態では、(Ti,Al)N粒の平均粒径は10~80nmであり、好ましくは30~60nmである。
【0023】
一実施形態では、(Ti,Al)N層は、2.5~4.0W/mK、好ましくは3.0~3.6W/mKの熱伝導率を有する。低い熱伝導率は、工具基体上の切削方法からの熱負荷を可能な限り低く保つのに有益である。
【0024】
一実施形態では、(Ti,Al)N層は、2600~3700HV0.0015のビッカース硬度を有する。
【0025】
一実施形態では、(Ti,Al)N層は、350~470GPaの減少したヤング率を有する。
【0026】
コーティングの全体としての厚さは、適切には1~25μm、好ましくは2~15μm、最も好ましくは3~10μmである。
【0027】
電子回折分析における平均化された径方向強度分布プロファイルのピーク(P)の最大値の位置は、結晶相に存在する格子d-面間隔の回折シグナルに起因すると考えることができる。したがって、3.2~4.0nm-1の散乱ベクトルの範囲内のピーク(P)の最大値の位置は、2.5~3.1Åのd-面間隔に相関する。3.4~3.8nm-1の散乱ベクトルの範囲内のピーク(P)の最大値の位置は、2.6~2.9Åのd-面間隔に相関することになる。約2.34Åより大きい立方晶構造では可能なd-面間隔が存在しないので、ピーク(P)を示す回折シグナルは、一実施形態では、六方晶系結晶構造の格子面、好ましくは(100)格子面からのものであると考えられる。
【0028】
ピーク(P)の広さは、結晶相ドメイン又は結晶子のサイズが非常に小さいことを意味する。
【0029】
一実施形態では、(Ti,Al)N層中の(Ti,Al)N粒の間に粒界相が存在する。粒界相は、TEM分析において、個々の(Ti,Al)N粒の間に位置する非常に薄い対照的な相として見ることができる。粒界相は、適切には、六方晶系結晶構造を含む。粒界相は、適切には、1~5nm、好ましくは1~3nmの平均厚さを有する。
【0030】
一実施形態では、(Ti,Al)N層は、電子回折分析において、立方晶系結晶構造の格子面からの回折シグナルを含むパターンを示す。
【0031】
一実施形態では、立方晶系結晶構造の格子面からの回折シグナルは、≦0.5nm-1、適切には0.10~0.4nm-1、好ましくは0.12~0.30nm-1のFWHMを有する。回折シグナルを示す立方晶系結晶構造の格子面は、(111)、(200)、(220)及び(222)のうち少なくとも1つ、適切には少なくとも(111)及び(200)、好ましくは少なくとも(111)、(200)及び(220)、最も好ましくは、(111)、(200)、(220)及び(222)である。
【0032】
一実施形態では、(Ti,Al)N層に立方晶(111)格子面が存在し、(111)格子面は、コーティング表面に垂直な方向から40度+/-15度、好ましくはコーティング表面に垂直な方向から40度+/-10度以内の優先配向を有する。本明細書において、(hkl)格子面の「優先配向」とは、すべての(hkl)格子面のうち、(hkl)格子面のある傾きが存在する頻度が最大となる位置を意味する。格子面の優先配向は、XRDテクスチャ分析により、特に極点図から決定することができる。
【0033】
被覆切削工具の基体は、金属加工用の切削工具の分野で一般的な任意の種類のものにすることができる。基体は、適切には、超硬合金、サーメット、cBN、セラミックス、PCD及びHSSから選択される。
【0034】
好ましい一実施形態では、基体は、超硬合金である。
【0035】
被覆切削工具は、旋削用の被覆切削インサート又はフライス加工用の被覆切削インサート、又はドリル加工用の被覆切削インサート、又はねじ切り用の被覆切削インサート、又はパーティング及びグルービング用の被覆切削インサートなどの、被覆切削インサートとすることができる。また、被覆切削工具は、ソリッドドリル、エンドミル、タップなどの被覆ソリッド工具とすることができる。
【0036】
(Ti,Al)N層は、好ましくは、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)により堆積される。
【0037】
一実施形態では、コーティングは、(Ti,Al)N層の直下に金属窒化物の層を含む。金属窒化物は、適切には、IUPAC元素周期表の4族から6族に属する1つ又は複数の金属の窒化物であり、任意選択でAl及び/又はSiとともにある。そのような金属窒化物の例としては、TiN及び(Ti,Al)Nが挙げられる。金属窒化物層の厚さは、適切には0.5~5μm、好ましくは1~3μmである。この金属窒化物層は、好ましくはHIPIMSにより堆積される。
【0038】
一実施形態では、(Ti,Al)N層の直下の金属窒化物の層は、(TiyAl1-y)Nの単層、0.30≦y≦0.90、好ましくは0.33≦y≦0.70である。
【0039】
好ましい実施形態では、被覆切削工具は、全体組成(TixAl1-x)N、0.34≦x≦0.65を有する1~10μm厚の(Ti,Al)N層を含むコーティングを有する基体を含み、(Ti,Al)N層は、10~100nmの平均粒径を有する柱状の(Ti,Al)N粒を含み、(Ti,Al)N層は、電子回折分析において、3.2~4.0nm-1の散乱ベクトルの範囲内にその最大値を有する平均化された径方向強度分布プロファイルのピーク(P)として示され、ピーク(P)の半値全幅(FWHM)が0.8~2.0nm-1である回折シグナルが存在するパターンを示し、(Ti,Al)N層は互いに異なるTi:Al比を有する2~4つの異なる(Ti,Al)N副層からなる(Ti,Al)Nナノ多層であり、最も低いTi:Al比を有する副層のTi:Al比は0.25:0.75~0.40:0.60であり、最も高いTi:Al比を有する副層のTi:Al比は0.35:0.65~0.50:0.50であり、異なる種類の(Ti,Al)N副層の平均厚さは1.5nm~5nmである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【
図1】切削工具がミーリングインサートである一実施形態の模式図である。
【
図2】本発明による(Ti,Al)N層の電子回折像を示す図である。
【
図3】先行技術による(Ti,Al)N層の電子回折像を示す図である。
【
図4】本発明による(Ti,Al)N層の電子回折図について作成されたフィットされた平均径方向強度分布曲線を示す図である。
【
図5】先行技術(参照2)による(Ti,Al)N層の電子回折図について作成されたフィットされた平均径方向強度分布曲線を示す図である。
【
図6】粒界の一部に粒界相が存在する結晶粒組織の略図である。
【
図7】本発明による(Ti,Al)N層のTEM像を示す図である。数個の結晶粒に線が引かれている。
【
図8】
図7に引かれた線に対する強度プロファイルを示す図である。
【
図9】(Ti,Al)N粒を示す本発明による(Ti,Al)N層のTEM像を示す図である。
【
図10】黒色で示された粒界相に囲まれた(Ti,Al)N粒を示す
図9の拡大部分を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明の実施形態を添付の図面
図1、
図6、
図7、
図9でさらに説明する。
図1は、すくい面(2)と逃げ面(3)と切れ刃(4)とを有する切削工具(1)の一実施形態を示す模式図である。切削工具(1)は、本実施形態では、ミーリングインサートである。
図6は、隣接する(Ti,Al)N粒(5)間の粒界の一部に粒界相(6)が存在する(Ti,Al)N粒(5)を有する本発明による(Ti,Al)N層の結晶粒組織の略図を示す。
図7は、本発明による(Ti,Al)N層のTEM像を示し、数個の結晶粒の上に線が引かれている。引かれた線に対する強度プロファイルを
図8に示す。粒界は画像上で暗い相を含むため、これらの粒界を超えると強度が大きく低下する。これにより、粒界相の厚さを推定することができる。
図9は、
図7と同じTEM像を示すが、粒界相がより明確に見えるようにコントラストを上げたものである。図中では、1つの(Ti,Al)N粒の周囲にマークをつけている。
図10は、
図9の1つの(Ti,Al)N粒の周りのマークの部分を拡大したものである。(Ti,Al)N粒の周囲に黒色の粒界相がはっきりと見える。
【0042】
方法
XRDテクスチャ分析(極点図)
結晶学的テクスチャの分析には、(Ti,Al)N層における格子面の優先配向を決定するために、Seifert/GEの回折計(PTS3003)を使用した。分析には、ポリキャピラリーレンズ(平行ビーム生成用)を用いたCuKα線を適用した(高電圧40kV、電流40mA)。入射ビームは2mmのピンホールで画定した。回折ビームの経路にはエネルギー分散型検出器(Meteor 0D)を使用した。極点図は、α軸を0~80°の範囲で5°ずつ傾け、β軸を0~360°の範囲で5°ずつ傾けて行った測定から得た。
【0043】
TEM分析
透過電子顕微鏡データ(制限視野回折パターン及び暗視野像)は、JEOL(Jeol ARM)の透過電子顕微鏡により取得した。分析には、300kVの高電圧を使用した。
【0044】
本明細書で電子回折実験に言及する場合、これらは平行照明で実施されたTEM測定である。関心領域は、制限視野アパーチャーで選択した。
【0045】
TEM試料の作製には、FIB(集束イオンビーム)リフトアウトを使用した。最終研磨では、Gaイオンビームを5kVで200pAの電流に調整した。
【0046】
コーティングの断面をコーティングの表面に垂直に分析した。
【0047】
回折パターンの小さな強度は、強度プロファイル分析を使用することにより分析することができる。平均化された径方向強度分布プロファイルから、個々の回折強度ピークを抽出するために、曲線全体のガウスフィッティングを行った。使用したソフトウェアは、Malvern PanalyticalのHighScoreバージョン4.8である。
【0048】
層全体の元素分布を分析するため、例えば、層の特定の位置でのTi:Al比を得るために、STEMモード、300kVを用いてTEM EDSラインスキャンを使用することが好ましい。
【0049】
粒界相の厚さの分析は、交差する線に沿ったTEM像の輝度の変化を決定することによる画像分析により行った。粒界相は画像上では暗いため、厚みを決定することができる。粒界相の厚さの信頼できる平均値を提供するために、十分な長さ及び/又は数の交差する線が引かれる。適切には、少なくとも20個の粒界が交差され、平均値が計算される。
【0050】
ビッカース硬度
ビッカース硬度は、Helmut Fischer GmbH(Sindelfingen、Germany)のPicodentor HM500を用いて、ナノインデンテーション(荷重-深さグラフ)により測定した。測定と計算には、Oliver and Pharr評価アルゴリズムを適用し、Vickersによるダイヤモンド試験体を層に押し込み、測定中に力-経路曲線を記録した。使用した最大荷重は15mN(HV 0.0015)、荷重増加及び荷重減少の時間はそれぞれ20秒、保持時間(クリープ時間)は10秒であった。この曲線から硬度を算出した。
【0051】
減少したヤング率
減少したヤング率(減少した弾性係数)は、ビッカース硬度を決定するために説明したように、ナノインデンテーション(荷重-深さグラフ)により決定した。
【0052】
破壊靭性
以下の手順で行った。平坦な正方形の形状で辺の長さが15mmの研磨された超硬合金基体(Co8重量%)上にコーティングを堆積する。ソフトオプス研磨を使用すると、表面粗さはさらに減少する。次に、試料をエタノール中で超音波洗浄し、FIB-SEM装置に移す。前駆体ガスとFIBからのGaイオンを使用して保護プラチナ層を堆積する。穴のあいた円盤をFIBで基体より下まで削り取る。その結果、基体上に自立したマイクロピラー(約5μm)が得られる。
【0053】
次に、この試料をインデントシステムに移す。圧子の先端はピラーの上に合わせる。荷重深さ曲線が取得され、クラックの発生が確認される。数学的モデルを用いて、破壊靭性の値が計算される。さらにはM.Sebastiani、「Current Opinion in Solid State and Materials Science」、vol.19(2015)、6号、324~333頁を参照のこと。
【0054】
(Ti,Al)Nの粒度
使用した方法は線分交差法である。試料の表面をOPS懸濁液で平坦な面が得られるまで研磨した。その後、中程度の倍率(約10000倍)を使用した。
【0055】
画像の少なくとも1つの1~2μmの長さの強度プロファイルを取り、粒界は強度の著しい減少として見られた。隣り合う2つの粒界間の平均距離、すなわち柱状粒子の直径を平均粒径とした。測定は、研磨したインサートのすくい面側の切れ刃から約1mm離し、層厚の中央部で行った。
【0056】
熱伝導率
以下の特性を持つ時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法を使用した。
1.レーザーパルス(ポンプ)を用いて試料を局所的に加熱する。
2.熱伝導率と熱容量によって、熱エネルギーは試料表面から基体に向かって伝わる。表面の温度は時間経過とともに低下する。
3.反射されるレーザーの部分は、表面温度に依存する。2回目のレーザーパルス(プローブパルス)を使用して、表面の温度低下を測定する。
4.数学的モデルを用いて、試料の熱容量値から熱伝導率を計算することもできる。(D.G.Cahill、Rev.Sci.Instr.75、5119(2004))を参照のこと。
【0057】
厚さ
コーティング層の厚さは、キャロット研削によって決定した。これにより、直径30mmの鋼球を用いてドーム状の凹部を研削し、さらにリングの直径を測定し、そこから層厚を算出した。切削工具のすくい面(RF)の層厚の測定は、コーナーから2000μmの距離で行い、逃げ面(FF)の測定は、逃げ面の中央で行った。
【実施例】
【0058】
例1(本発明)
6フランジのINGENIA S3p(Oerlikon Balzers)装置において、HIPIMSモードを使用して、WC-Coベースの切削インサート基体上にTi40Al60Nの層を堆積した。
【0059】
基体は、12重量%のCo、1.6重量%の(Ta,Nb)C、残りWCの組成を有し、WC粒径、dWCは、約0.8μmであった。切削インサートの形状はADMT160608R-F56であった。
【0060】
直径160mmの円形のTi40Al60ターゲットを6枚使用した。厚さ約2μmのHIPIMS Ti40Al60N単層を以下の堆積パラメーターを使用して堆積した。
全圧:0.59Pa
Ar圧力:0.43Pa(残りは全圧までN2充填)
バイアスDC電圧:-40V
温度:430℃
電源:60kW
ターゲットあたりの平均出力:9.04kW
パルス点灯時間:7.56μs
周波数:20Hz
#繰り返し:1
【0061】
次に、HIPIMSにより平均組成Ti36Al64Nを有する約1.8μmの耐摩耗性(Ti,Al)N層を堆積した。ターゲットは直径160mmの円形で、Ti33Al67ターゲット3個、Ti40Al60Nターゲット3個の計6個を使用した。以下の堆積パラメーターを用いた。
全圧:0.64Pa(7分)0.61Pa(52分)
Ar圧力:0.43Pa(残りは全圧までN2充填)
バイアスDC電圧:-40V
温度:430℃
電源:60kW
点灯時間:Ti33Al67:2.00ms、Ti40Al60:2.53ms
ターゲットあたりの平均出力:Ti33Al67:7.2kW、Ti40Al60:9.0kW
【0062】
例2(参照1)
先行技術による比較試料「参照1」を作製した。6フランジのINGENIA S3p(Oerlikon Balzers)装置において、HIPIMSモードを使用して、WC-Coベースの切削インサート基体上にTi40Al60Nの層を堆積した。
【0063】
基体は、12重量%のCo、1.6重量%の(Ta,Nb)C、残りWCの組成を有し、WC粒径、dWCは、約0.8μmであった。切削インサートの形状はADMT160608R-F56であった。
【0064】
直径160mmの円形のTi40Al60ターゲットを6枚使用した。例1の下部Ti40Al60N単層と同じ堆積パラメーターを使用して、約4μm厚のHIPIMS Ti40Al60N単層を堆積した。
【0065】
例3(参照2)
先行技術による比較試料「参照2」を作製した。HTC1000Hauzer装置においてHIPIMSモードを使用して、(Ti,Al)N、Ti33Al67N/Ti50Al50Nの多層を含むコーティングをWC-Coベースの切削インサート基体上に堆積した。
【0066】
基体は、12重量%のCo、1.6重量%の(Ta,Nb)C、残りWCの組成を有し、WC粒径、dWCは約0.8μmであった。切削インサートの形状はADMT160608R-F56であった。
【0067】
堆積したコーティングは、米国特許出願公開第2018/0223436(A1)号の実施例2に開示されたものと本質的に同じであった。コーティングは以下のように堆積した。
【0068】
最初に、ボンディング層を、2つのステップでの堆積によって形成した。Ti50Al50Nの約50nmの厚さの層からなるボンディング層の第1の部分は、アークエバポレーションによってステップ1で堆積した。
【0069】
ステップ1:
ターゲットTiAl(50:50)、直径63mm、反応器位置2
堆積パラメーター
時間:3分
気化器電流:75A
流量調整:3500sccm N2
バイアスDC電圧:60V
【0070】
次に、ステップ2で、Ti33Al67NとTi50Al50Nの交互の副層、合計約6個の副層、の約0.2μm厚の(Ti,Al)N多層からなるボンディング層の第2部分を堆積した。
【0071】
ステップ2:
ターゲット1:TiAl(33:67)、直径63mm、反応器位置5、ターゲット2:TiAl(50:50)、直径63mm、反応器位置2(反対側)
堆積パラメーター
時間:3分
気化器電流:75A
流量調整:3500sccm N2
バイアスDC電圧:40V
【0072】
次に、HIPIMSにより、以下の堆積パラメーターを用いて、耐摩耗性(Ti,Al)N多層を堆積した。
ターゲットサイズ Hauzer:長方形17cm×83cm×1cm
平均出力:36kW(ターゲットあたり18kW)
バイアスDC電圧:100V
ピーク電流:ターゲット1:170A、ターゲット2:170A
反応ガス:180sccm N2、圧力調整済み、0.53Pa(500sccm Ar)
パルスファイル:60
温度:550℃
【0073】
堆積した耐摩耗性(Ti,Al)N多層の厚さは2.7μmであり、約760枚の交互のTiAlN個別副層で構成されていた。
【0074】
例4(分析)
電子回折分析を伴うTEM分析
例1~3の試料の(Ti,Al)N層の画像を透過電子顕微鏡(TEM)で作成した。
図7及び
図9は、それぞれ、本発明による試料の画像を示し、(Ti,Al)N粒の周囲に(Ti,Al)N粒間の粒界相が見られる。しかし、このような粒界相は、比較試料「参照1」及び「参照2」の画像では見られなかった。本発明による試料のTEM像の画像分析は、粒界相の厚さが約2~3nmであることを示す。
【0075】
さらに、電子回折分析は、例1の手順に従って製造された本発明による試料と、例3の手順に従って製造された比較試料「参照2」についてのTEMで行われた。
【0076】
図2~3は、それぞれ試料の電子回折パターンを示す。
【0077】
本発明による試料については、
図2から明らかなように、肉眼から見て、約4.1nm
-1より低い散乱ベクトルに対して非常に明確な回折スポット、又はいかなるリング状のパターンも見えない。しかし、
図4は、本発明による試料の電子回折図について作成された平均径方向強度分布曲線を示す。この曲線は、全強度曲線の明確な肩として見られるブロードなピークの存在を示し、カーブフィッティング(ガウスフィット、ノイズ除去)を行った後、ブロードなピークは約3.6nm
-1の散乱ベクトル(約2.8Åのd-面間隔に対応)でその最大値を有する。回折パターンはさらに、10nm
-1の散乱ベクトルまで6つのさらなるシグナルを示す。対応するピークのd-面間隔とFWHM値については表1を参照のこと。さらに、標準のTiAlN(TiN+AlN固溶体)回折パターンからの立方晶系結晶構造及び六方晶系結晶構造から近いd-面間隔は、表中に入れてある。
【0078】
ピークの半値全幅(FWHM)は1.44nm-1と決定され、ピークの広さの尺度である。
【0079】
比較試料「参照2」の電子回折図について平均径方向強度分布曲線を作成すると、本発明による試料で見られるようなブロードなピークは存在しない(
図5参照)。
【0080】
理論に拘泥するものではないが、本発明による試料における低い散乱ベクトルでのブロードなピークの起源は、上述のように、非常に小さな構造を有する相からであると考えられる。TEM像から、本発明による(Ti,Al)N層には粒界相の兆候が見られるが、参照1、参照2のいずれの(Ti,Al)N層にも見られない。本発明による(Ti,Al)N層の粒界相の厚さは、約3nmと推定される。ピークの広さは、この粒界相の構造の小ささを反映していると考えられる。
【0081】
XRD分析
本発明による試料と比較試料「参照2」について、(111)格子面反射の極プロットの検索が行われた。結果は、本発明による試料について、コーティング表面に垂直な方向から約40度で(111)格子面の優先配向が存在することを示した。比較サンプルについては、2つの(111)格子面の優先配向があり、1つはコーティング表面に垂直な方向から約15度、もう1つはコーティング表面に垂直な方向から約60度である。
【0082】
粒度
走査電子顕微鏡(SEM)から、本発明による試料と参照試料の両方について、(Ti,Al)N粒の粒径を線分交差法によって決定した。結果を表2に示す。
【0083】
機械的特性
また、被覆工具の逃げ面について硬さ測定(荷重15mN)を行い、ビッカース硬度、減少したヤング率(EIT)、破壊靭性(K
Ic)を測定した。結果を表3に示す。コーティングの靭性(ヤング率)の特徴づけには、荷重500mNのビッカース押込みを実施し、断面を作製した。
【0084】
熱伝導率
最後に、本発明によるコーティングについて、熱伝導率を測定した。比熱容量値が必要であり、本発明コーティングについては2.79J/cm
3Kの値を使用し、参照1については2.81J/cm
3Kの値を使用した。表4を参照のこと。
【0085】
例4(切削試験)
フライス加工試験を行った。
【0086】
被削材:鋼42CrMo4(ISO-P)
歯送り、fz[mm]:0.2
アプローチ角、κ[°]:90
切削幅、ae[mm]:98
切削深さ、ap[mm]:3
切削速度、vc[m/分]:185
回転数、s[U/分]:470
【0087】
切削試験を終了するための基準は、0.1μmを超える工具の逃げ面摩耗であった。結果を表5に示す。
【0088】
本発明による(Ti,Al)N層を含む切削工具は、より長い工具寿命につながる逃げ面摩耗に関して最高の性能を有すると結論付けられる。
【国際調査報告】