(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-02-28
(54)【発明の名称】耐食性に優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230220BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20230220BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/44
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022538350
(86)(22)【出願日】2020-02-10
(85)【翻訳文提出日】2022-06-20
(86)【国際出願番号】 KR2020001844
(87)【国際公開番号】W WO2021125436
(87)【国際公開日】2021-06-24
(31)【優先権主張番号】10-2019-0170586
(32)【優先日】2019-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】キム,クァン ミン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ボン-ウン
(72)【発明者】
【氏名】ソ,ボ-ソン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ドン-フン
(72)【発明者】
【氏名】イ,ムン-スゥ
(57)【要約】
【課題】本発明は、耐食性に優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼に係り、より詳細には、燃料電池駆動環境である硫酸環境で優れた耐食性を有する高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】本発明の高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼は、重量%で、C:0.09%以下、Si:1.0%以上2.5%未満、Mn:1.0%以下(0を除く)、S:0.003%以下、Cr:20~23%、Ni:9~13%、W:1.0%以下(0を除く)、N:0.10~0.25%、残部はFe及びその他の不可避な不純物からなり、下記式(1)で表される耐食性指標が7以上であることを特徴とする。
(1)3*W+1.5*Si+0.1*Cr+20*N-2*Mn
前記式(1)において、W、Si、Cr、N、Mnは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【選択図】
図1a
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.09%以下、Si:1.0%以上2.5%未満、Mn:1.0%以下(0を除く)、S:0.003%以下、Cr:20~23%、Ni:9~13%、W:1.0%以下(0を除く)、N:0.10~0.25%、残部はFe及びその他の不可避な不純物からなり、下記式(1)で表される耐食性指標が7以上であることを特徴とする高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
(1)3*W+1.5*Si+0.1*Cr+20*N-2*Mn
(前記式(1)において、W、Si、Cr、N、Mnは、各元素の含量(重量%)を意味する。)
【請求項2】
下記式(2)の値が2.0以上であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
下記式(3)の値が1.4~2.0であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
(3)(Cr+Mo+1.5Si+0.75W)/(Ni+0.5Mn+20N+24.5C)
(前記式(3)において、Cr、Mo、Si、W、Ni、Mn、N、Cは、各元素の含量(重量%)を意味する)。
【請求項4】
不動態皮膜の厚さが6nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
延伸率が40%以上であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
80℃、pH3の硫酸(H
2SO
4)とpH5.3のフッ酸(HF)の混合溶液でカロメル電極に対して0.6V電位を24時間印加して測定された腐食電流密度が0.05μA/cm
2以下であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
80℃、pH3の硫酸(H
2SO
4)とpH5.3のフッ酸(HF)の混合溶液でカロメル電極に対して0.6V電位を24時間印加して溶解した金属量が316Lステンレス鋼に対して0.7以下であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性に優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼に係り、より詳細には、燃料電池駆動環境である硫酸環境で優れた耐食性を有する高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質型燃料電池は、水素イオン交換特性を有する高分子膜を電解質として用いる燃料電池であり、他の形態の燃料電池に比べて80℃程度と作動温度が低く、効率が高い。また、始動が速く、出力密度が高く、電池本体の構造が簡単なので、自動車用、家庭用などに使用可能である。
【0003】
高分子電解質型燃料電池は、電解質とアノード(anode)及びカソード(cathode)電極からなる膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)の両側に気体拡散層と分離板が積層された単位電池構造からなり、このような単位電池の複数個が直列に連結されて構成されたものを燃料電池スタック(stack)という。
【0004】
分離板は、燃料電池電極にそれぞれ燃料(水素や改質ガス)と酸化剤(酸素と空気)を供給し、電気化学反応物である水を排出するための流路が形成されており、膜電極集合体と気体拡散層を機械的に支持する機能と隣接した単位電池との電気的連結機能を担う。
【0005】
このような分離板の素材として従来では黒鉛素材を使用していたが、最近では作製コスト、重量などを考慮してステンレス鋼を多く適用している。しかし、分離板として用いられるステンレス鋼の耐食性を十分に確保できなければ、燃料電池の駆動環境である硫酸環境下で腐食が発生する。その結果、燃料電池の出力が低くなるという問題が生じる。
【0006】
そこで、通常、高分子燃料電池分離板用素材として耐食性と成形性を確保するため、316Lステンレス鋼のようにモリブデン(Mo)が添加されたオーステナイト系ステンレス鋼が主に使用されている。しかし、316Lステンレス鋼は、2%以上とモリブデン(Mo)を多量に含有している。これにより、モリブデン(Mo)の価格上昇による製造原価の変動幅が大きく、価格競争力が低いという短所がある。また、燃料電池駆動環境である硫酸環境内で、従来の316Lステンレス鋼は耐食性が十分でなく、依然として腐食が発生しうるという問題がある。
【0007】
このような問題を解決するため、従来の特許文献1、2は、ステンレス分離板の表面をプラズマ処理して耐食性を確保し、特許文献3は、金、白金、ルテニウム、イリジウムなどでステンレス分離板の表面をコーティングして耐食性を確保している。しかし、このような方法は、追加的な表面改質工程またはコーティング工程が別途必要であるため、価格競争力が相対的に低く、生産性が低下するという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】韓国登録特許公報第10-1172163号公報
【特許文献2】韓国登録特許公報第10-1054760号公報
【特許文献3】韓国登録特許公報第10-1165542号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した問題点を解決するため、本発明の目的は、燃料電池駆動環境である硫酸環境で優れた耐食性を確保できる高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するための手段として、本発明の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0.09%以下、Si:1.0%以上2.5%未満、Mn:1.0%以下(0を除く)、S:0.003%以下、Cr:20~23%、Ni:9~13%、W:1.0%以下(0を除く)、N:0.10~0.25%、残部はFe及びその他の不可避な不純物からなり、下記式(1)で表される耐食性指標が7以上であってもよい。
【0011】
(1)3*W+1.5*Si+0.1*Cr+20*N-2*Mn
【0012】
前記式(1)において、W、Si、Cr、N、Mnは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0013】
本発明の各高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼において、下記式(2)の値が2.0以上であってもよい。
【0014】
【0015】
本発明の各高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼において、下記式(3)の値が1.4~2.0であってもよい。
【0016】
(3)(Cr+Mo+1.5Si+0.75W)/(Ni+0.5Mn+20N+24.5C)
【0017】
前記式(3)において、Cr、Mo、Si、W、Ni、Mn、N、Cは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0018】
本発明の各高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼において、不動態皮膜の厚さが6nm以下であってもよい。
【0019】
本発明の各高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼において、延伸率が40%以上であってもよい。
【0020】
本発明の各高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼において、80℃、pH3の硫酸(H2SO4)とpH5.3のフッ酸(HF)の混合溶液でカロメル電極に対して0.6V電位を24時間印加して測定された腐食電流密度が0.05μA/cm2以下であってもよい。
【0021】
本発明の各高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼において、80℃、pH3の硫酸(H2SO4)とpH5.3のフッ酸(HF)の混合溶液でカロメル電極に対して0.6V電位を24時間印加して溶解された金属量は、316Lステンレス鋼に対して0.7以下であってもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、燃料電池駆動環境である硫酸環境で316Lステンレス鋼に対して、より優れた耐食性を有する高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供しうる。
【0023】
具体的には、高価なモリブデン(Mo)の代わりにシリコン(Si)、タングステン(W)を添加し、耐食性指標によって合金組成を制御して耐食性に優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供しうる。また、母材に対して不動態皮膜内の耐食性に優れたSi、W酸化物形態の存在割合を高めて耐食性に優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供しうる。
【0024】
本発明によれば、耐食性及び加工性がすべて優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供しうる。
【0025】
具体的には、Cr当量、Ni当量の比でデルタフェライト分率を制御して優れた熱間加工性を確保しうる。一例による高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼の延伸率は、40%以上であってもよい。
【0026】
また、本発明によれば、別途の表面改質工程またはコーティング工程なしに燃料電池駆動環境である硫酸環境で耐食性に優れた高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼を提供しうる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1a】耐食性指標と腐食電流密度との相関関係を示すグラフである。
【
図1b】耐食性指標と316Lステンレス鋼対比相対的溶解量の相関関係を示すグラフである。
【
図2a】式(2)の値と腐食電流密度との相関関係を示すグラフである。
【
図2b】式(2)の値と316Lステンレス鋼対比相対的溶解量との相関関係を示すグラフである。
【
図2c】式(2)の値と不動態皮膜の厚さとの相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の一例による高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0.09%以下、Si:1.0%以上2.5%未満、Mn:1.0%以下(0を除く)、S:0.003 %以下、Cr:20~23%、Ni:9~13%、W:1.0%以下(0を除く)、N:0.10~0.25%、残部はFe及びその他の不可避な不純物からなり、下記式(1)で表される耐食性指標が7以上であってもよい。
【0029】
(1)3*W+1.5*Si+0.1*Cr+20*N-2*Mn
【0030】
前記式(1)において、W、Si、Cr、N、Mnは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0031】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。しかし、本発明の実施形態は、様々な異なる形態に変形されてもよく、本発明の技術思想が以下で説明する実施形態に限定されるものではない。また、本発明の実施形態は、当該技術分野において平均的な知識を有する者に本発明をさらに完全に説明するために提供されるものである。
【0032】
本出願で使用される用語は、単に特定の例示を説明するために使用されるものである。そのために、例えば、単数の表現は、文脈上明らかに単数でなければならないものでない限り、複数の表現を含む。
【0033】
さらに、本出願で使用される「含む」または「備える」などの用語は、明細書上に記載された特徴、段階、機能、構成要素またはそれらを組み合わせたものが存在することを明確に指すために使用されるものであり、他の特徴や段階、機能、構成要素またはそれらを組み合わせたものの存在を予備的に排除するために使用されるものではないことに留意しなければならない。
【0034】
一方、特に定義のない限り、本明細書で使用されるすべての用語は、本発明が属する技術分野で通常の知識を有する者によって一般的に理解されるものと同じ意味を有するものとみなされるべきである。したがって、本明細書で明確に定義しない限り、特定の用語が過度に理想的または形式的な意味で解釈されるべきではない。例えば、本明細書における単数の表現は、文脈上明らかに例外がない限り、複数の表現を含む。
【0035】
また、本明細書において「約」、「実質的に」などは、言及した意味に固有の製造及び物質許容誤差が提示されるとき、その数値またはその数値に近い意味で使用され、本発明の理解を助けるために正確かつ絶対的な数値が言及された開示内容を非良心的な侵害者が不当に用いることを防止するために使用される。
【0036】
また、本明細書において「316Lステンレス鋼」とは、KS規格のSTS316Lステンレス鋼を意味し、重量%で、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:10.0~14.0%、Cr:16.0~18.0%、Mo:2.0~3.0%を含むステンレス鋼と解釈される。ただし、必ずしも前記含量範囲を有するステンレス鋼に限定されて解釈されず、当該技術分野の通常の技術者が明確に認識できる範囲内でKS規格のSTS316Lステンレス鋼と解釈されてもよい。
【0037】
また、本明細書において「不動態皮膜」とは、ステンレス鋼の表面に形成される酸化物層を意味し、当該技術分野の通常の技術者が自明に認知できる範囲内でステンレス鋼の表面に形成される不動態酸化物層と解釈されてもよい。
【0038】
また、本明細書において「母材」とは、ステンレス鋼の表面に形成された不動態皮膜を除いたステンレス鋼を意味し、当該技術分野の通常の技術者が自明に認知できる範囲内でステンレス鋼の表面に形成される不動態酸化物層を除くステンレス鋼と解釈されてもよい。
【0039】
本発明の一例による高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.09%以下、Si:1.0%以上2.5%未満、Mn:1.0%以下(0を除く)、S:0.003%以下、Cr:20~23%、Ni:9~13%、W:1.0%以下(0を除く)、N:0.10~0.25%、残部はFe及びその他の不可避な不純物からなる。
【0040】
以下、前記合金組成に対して限定した理由について、具体的に説明する。
【0041】
炭素(C):0.09重量%以下
Cは、オーステナイト形成元素であり、添加時に高温強度を向上させる元素である。しかし、過剰添加時には鋼中のCrと反応してクロム炭化物を形成し、その結果、Crが欠乏した領域の耐食性が低下する。したがって、本発明において、Cはその含量が低いほど好ましく、本発明では、C含量を0.09重量%以下に制御する。
【0042】
シリコン(Si):1.0重量%以上2.5重量%未満
Siは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。特に、Siは硫酸環境での耐食性向上に優れた元素である。本発明によれば、燃料電池環境である硫酸環境において優れた耐食性を確保するため、本発明では、積極的にSiを1.0重量%以上添加する。Si含量が1.0重量%未満の場合は、燃料電池環境である硫酸環境で十分な耐食性を確保できない。
【0043】
しかし、Siは、過剰添加時に延伸率を低下させ、SiO2酸化物を形成して耐食性を低下させるので、Si含量は、2.5重量%未満に制御される。上述したようにSi含量の過剰時に延伸率及び耐食性が低下することがあるので、より好ましくは、Si含量は、2.0重量%以下に制御される。
【0044】
マンガン(Mn):1.0重量%以下(0を除く)
Mnは、オーステナイト相安定化元素であり、高価なNiを代替できる元素であるが、過剰添加時には耐食性が低下するので、本発明では、Mnの含量を1.0重量%以下に制御する。
【0045】
硫黄(S):0.003重量%以下
Sは、微量の不純物元素であって結晶粒界に偏析して熱間圧延時に加工クラックを起こす主な元素である。したがって、S含量の上限を可能な限り低い含量である0.003%以下に制御する。
【0046】
クロム(Cr):20~23重量%
Crは、鋼表面にCr酸化物を形成して耐食性を向上させる元素であり、強い酸性環境である燃料電池駆動環境での耐食性の確保のためには、20重量%以上で添加しなければならない。しかし、過剰添加時にオーステナイト相の安定化のために、高価なNi、耐食性を低下させるMnまたは加工性を低下させるNをさらに添加しなければならないので、これを考慮して本発明では、Cr含量を23重量%以下に制御する。
【0047】
ニッケル(Ni):9~13重量%
Niは、オーステナイト相安定化元素であるか、高価な元素であるため、本発明では、経済性を考慮してNi含量の上限を13重量%以下に制御する。しかし、過剰なNi含量の減少は、オーステナイト相の安定化のために耐食性を低下させるMnまたは加工性を低下させるNをさらに添加しなければならないので、これを考慮して本発明では、Ni含量の下限を9重量%以上に制御する。
【0048】
タングステン(W):1.0重量%以下(0を除く)
Wは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、Moに比べて少ない量でも耐食性向上効果が大きいため、価格競争力に優れた元素である。しかし、過剰添加時には鋼の機械的性質を低下させるシグマ相の形成を促進するため、本発明では、W含量の上限を1.0重量%以下に制御する。
【0049】
窒素(N):0.10~0.25重量%
Nは、オーステナイト相安定化元素であり、オーステナイト相安定化元素である高価なNiを代替できる元素である。また、Nは、添加時の強度と耐孔食性を向上させる元素であるため、本発明では、N含量を0.10重量%以上に制御する。より優れた耐食性を確保するため、好ましくは、N含量を0.15重量%以上に制御する。
【0050】
しかし、過剰添加時には延伸率などの加工性が低下するという短所があるため、本発明では、N含量の上限を0.25重量%以下に制御する。
【0051】
本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。ただし、通常の製造過程では、原料または周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入することがあるので、これを排除することはできない。前記不純物は、通常の製造過程の技術者であれば誰でも分かるものであるため、そのすべての内容を特に本明細書では言及しない。
【0052】
上述した合金組成を有する本発明の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、下記式(1)の耐食性指標が7以上であってもよい。
【0053】
(1)3*W+1.5*Si+0.1*Cr+20*N-2*Mn
【0054】
式(1)において、W、Si、Cr、N、Mnは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0055】
前記式(1)は、本発明の発明者らが強い酸性環境である燃料電池駆動環境において優れた耐食性を有するステンレス鋼を確保するために図案したものである。式(1)において各元素の含量に乗じられる係数は、耐食性を確保するための本発明のステンレス鋼で制御される合金元素の加重値を意味する。
【0056】
例えば、W、Si、Cr、Nは、耐食性を向上させる元素であり、式(1)において各元素の含量に乗じられる係数は正数である。一方、Mnは、オーステナイト相安定化元素であるが、耐食性を低下させるので、式(1)においてMnの含量に乗じられる係数は、負数である。
【0057】
式(1)による耐食性指標は、高いほどより優れた耐食性を確保しうるが、式(1)のW、Si、Cr、N、Mnの含量は、上述した含量範囲内で制御されることに留意しなければならない。
【0058】
本発明では、式(1)の耐食性指標を7以上に制御することにより、強い酸性環境である燃料電池駆動環境で優れた耐食性を有する高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼を提供しうる。
【0059】
ステンレス鋼の不動態皮膜は、ステンレス鋼の表面上に形成され、腐食環境下で母材の露出を防止する役割を果たす。これにより、ステンレス鋼の耐食性は、ステンレス鋼の表面に形成される不動態皮膜が腐食環境下で腐食安定性がどれほど高いかによって決定されることになる。
【0060】
また、燃料電池環境である硫酸環境で優れた耐食性を確保するためには、硫酸環境での耐食性向上に優れた元素であるSiが不動態皮膜内に多量に含まれることが好ましい。
【0061】
上述したことを考慮して、本発明の発明者らは、不動態皮膜内の耐食性に優れたSi、Wが不動態皮膜内に多量に含まれるように制御する下記式(2)を導き出した。
【0062】
【0063】
前記式(2)の値が大きいほど、不動態皮膜内の耐食性に優れたSi、Wが酸化物形態で存在する割合が母材の含量に比べて高いことを意味する。
【0064】
本発明の一例によれば、高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、式 (2)の値が2.0以上であってもよい。式(2)の値が2.0未満の場合、燃料電池環境内で十分な耐食性を確保できない。
【0065】
ステンレス鋼の不動態皮膜は、母材が腐食環境に曝されると、母材内のFe、Cr、Si、Wなどの金属元素が酸化されて形成される酸化物層である。Fe酸化物は、酸化物内の欠陥が多く、緻密ではないので、母材内に浸透する酸素を防止することができず、不動態皮膜が成長し続けることになる。一方、Cr、Si、Wなどの金属酸化物は、Fe酸化物に比べて緻密で母材内に浸透する酸素を防止し、不動態皮膜の成長を抑制しうる。
【0066】
本発明による式(2)の値が2.0以上を満たすと、Fe酸化物に比べて緻密なSi、W酸化物が不動態皮膜内に多数形成され、これにより母材内に浸透する酸素を防止し、不動態皮膜の成長を抑制しうる。一例によれば、不動態皮膜の成長が抑制されて薄くて緻密な不動態皮膜の厚さは、6nm以下であってもよい。
【0067】
以上のように本発明で限定する合金組成、式(1)、式(2)の値を満たす高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性に優れている。
【0068】
一実施例によれば、燃料電池の駆動環境は、80℃、pH3の硫酸(H2SO4)とpH5.3のフッ酸(HF)の混合溶液でカロメル電極に対して0.6V電位を24時間印加することにより造成されてもよい。本発明の一例によれば、以上の造成された環境で測定された腐食電流密度は、0.05μA/cm2以下であってもよく、溶解された金属量が316Lステンレス鋼に対して0.7以下であってもよい。
【0069】
ステンレス鋼の耐食性が優れていても加工性が不良であれば、薄い燃料電池分離板を製造するための工程中にステンレス鋼のエッジや表面にクラックなどの表面欠陥が多発すれば実収率が低下するので、好ましくない。このようなクラックは、製造工程中において熱間圧延工程中に発生する可能性が高く、薄い燃料電池分離板の素材として適用するためには、熱間加工性を向上させる必要がある。
【0070】
オーステナイト系ステンレス鋼のエッジや表面のクラックなど表面欠陥の発生は、ステンレス鋼の微細組織内に存在するデルタフェライト分率によって発生頻度が決定されることを見出した。具体的には、デルタフェライトの割合が大きすぎると、オーステナイトとデルタフェライトの2相(two-phase)領域に対する圧延によってエッジや表面の表面欠陥が発生する可能性が高い。一方、デルタフェライト分率が小さすぎると、オーステナイト結晶粒粗大化により表面欠陥が発生する可能性が高い。したがって、凝固時に形成されるデルタフェライト分率を適切に調節する必要がある。
【0071】
本発明の発明者らは、デルタフェライト分率が特にCr当量とNi当量に大きな影響を受けることを見出し、これに着目して下記式(3)の値に対する制御を通じて適切な分率のデルタフェライトを形成しようとした。
【0072】
(3)(Cr+Mo+1.5Si+0.75W)/(Ni+0.5Mn+20N+24.5C)
【0073】
前記式(3)において、Cr、Mo、Si、W、Ni、Mn、N、Cは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0074】
式(3)の分子部「(Cr+Mo+1.5Si+0.75W)」は、Cr当量(Creq)を意味し、分母部「(Ni+0.5Mn+20N+24.5C)」は、Ni当量(Nieq )を意味する。Cr当量は、フェライト生成を引き起こす合金元素の影響を換算した指数であり、Ni当量は、オーステナイト生成を引き起こす合金元素の影響を換算した指数である。式(3)の値が大きければデルタフェライト分率が大きくなり、式(3)の値が小さければデルタフェライト分率が小さくなる。
【0075】
本発明の一例によれば、式(3)の値は、1.4~2.0であってもよい。式(3)の値が1.4未満の場合、適正なデルタフェライト分率が小さすぎ、オーステナイト結晶粒粗大化により熱間加工性が劣化し、表面欠陥が発生する可能性が高い。一方、式(3)の値が2.0を超えると、デルタフェライト分率が過度に高くなり、熱間圧延時に表面欠陥が発生する可能性が高い。
【0076】
以上のように本発明が限定する式(3)値の範囲を満たす高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、熱間加工性に優れている。
【0077】
一実施例によれば、本発明の高分子燃料電池分離板用オーステナイト系ステンレス鋼は、延伸率が40%以上であってもよい。延伸率が40%未満の場合、加工性を十分に確保できず、薄い高分子燃料電池分離板として加工できないため、高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼として不適合である。
【0078】
以下、実施例をとおして本発明をより具体的に説明する。ただし、下記実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲を限定するためのものではないことに留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項とこれから合理的に類推される事項によって決定されるものであるためである。
【0079】
[実施例]
下記表1のような組成を有する鋼を粗圧延機と連続仕上げ圧延機によりステンレス熱延鋼板を製造し、その後、焼鈍及び酸洗した。また、各発明例及び比較例の下記式(1)で定義される耐食性指標も表1に併せて示した。
【0080】
(1)3*W+1.5*Si+0.1*Cr+20*N-2*Mn
【0081】
【0082】
表1の合金組成を有する各発明例、比較例の鋼に対する物性を以下で評価する。
【0083】
(1)耐食性評価
表1の合金組成を有する各発明例、比較例鋼の耐食性を評価するため、燃料電池駆動環境と類似した環境を造成した。具体的には、前記造成された環境は、80℃、pH3の硫酸(H2SO4)とpH5.3のフッ酸(HF)の混合溶液でカロメル電極に対して0.6V電位を24時間印加することで造成される。
【0084】
表2の式(2)は、下記式(2)に不動態皮膜内のSi、W含量(重量%)の和、母材内のSi、W含量(重量%)の合計を代入して導き出した値である。
【0085】
【0086】
また、耐食性を評価するため、以上の造成された環境で測定された腐食電流密度及び溶解した金属量を以下の表2に示した。表2の「316Lに対して相対的溶解量」は、316Lステンレス鋼が前記造成された環境での溶解された金属量を基準として、316Lステンレス鋼の溶解された金属量に対して各発明例及び比較例の溶解された金属量の相対的比率を示す。
【0087】
【0088】
表2に示すとおり、316Lステンレス鋼の腐食電流密度に対して発明例1~7腐食電流密度が50%以上減少し、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量が0.7以下であることが分かる。これらの結果から、本発明の合金組成、式(1)及び式(2)を満たすステンレス鋼は、強い酸性環境である燃料電池駆動環境でも316Lステンレス鋼よりも優れた耐食性を確保できることが分かる。
【0089】
一方、表2に示すとおり、比較例1~3は、本発明が限定するSi、W含量範囲とは異なり、Siの含量が1.0重量%未満であるか、またはWが添加されなかった。また、比較例1~3は、式(1)で導き出される耐食性指標も7未満であり、式(2)の値が2.0未満で耐食性が劣化した。
【0090】
具体的には、比較例1~3は、腐食電流密度が316Lステンレス鋼に対して、むしろ増加するか、または減少する場合でも30%以下に減少して減少の程度が少ないことが分かる。また、比較例1~3は、表2を参照すると、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量がむしろ増加するか、または類似していることが分かる。また、比較例1~3は、式(2)の値が2.0未満である結果、不動態皮膜の酸化物が緻密でなく、不動態皮膜の厚さが6nmを超えて成長したことが分かる。
【0091】
これらの結果から、比較例1~3の鋼を強い酸性環境である燃料電池駆動環境内で分離板として使用する場合、腐食が発生するため、燃料電池分離板用として適していないことが分かる。
【0092】
特に、比較例3は、316Lステンレス鋼のようにMoを含有しているが、腐食電流密度及び316Lステンレス鋼対比相対的溶解量が本発明より高かった。これからMoの添加により耐食性を確保しにくいことが分かる。
【0093】
【0094】
図1は、耐食性指標と腐食電流密度、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量の相関関係を示すグラフである。
図1aは、耐食性指標と腐食電流密度、
図1bは、耐食性指標と316Lステンレス鋼対比相対的溶解量の相関関係を示した。
【0095】
図1aの点線領域に示すとおり、耐食性指標が7以上であれば腐食電流密度が0.05μA/cm
2以下であることが分かる。また、
図1bの点線領域に示すとおり、耐食性指標が7以上であれば、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量が0.7以下であることが分かる。
図1a、
図1bに示すとおり、優れた耐食性を確保するためには、式(1)の耐食性指標値を7以上に制御することが好ましいことが分かる。
【0096】
図2は、式(2)の値と腐食電流密度、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量、不動態皮膜の厚さの相関関係を示すグラフである。
図2aは、式(2)の値と腐食電流密度、
図2bは、式(2)の値と316Lステンレス鋼対比相対的溶解量、
図2cは、式(2)の値と不動態皮膜の厚さとの相関関係を示した。
【0097】
図2aの点線領域に示すとおり、式(2)の値が2以上であれば腐食電流密度が0.05μA/cm
2以下であることが分かる。また、
図2bの点線領域に示すとおり、式(2)の値が2以上であれば、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量が0.7以下であることが分かる。また、
図2cの点線領域に示すとおり、式(2)の値が2以上であれば不動態皮膜の厚さが6nm以下であることが分かる。
図2a、
図2b、
図2cに示すとおり、優れた耐食性を確保するためには、式(2)の値を2以上に制御することが好ましいことが分かる。
【0098】
一方、表2に示すとおり、比較例4、5は、腐食電流密度が316Lステンレス鋼に対して減少し、316Lステンレス鋼対比相対的溶解量が減少したことが確認しうる。
【0099】
しかし、薄い燃料電池分離板の素材として使用するためには、加工性を十分に確保しなければならない。このような観点から、比較例4、5は、優れた耐食性を有しているにもかかわらず、以下の「(2)加工性評価」の結果のように加工性を十分に確保できず、燃料電池分離板の素材として不適合であることが分かる。以下、関連した内容を詳細に説明する。
【0100】
(2)加工性評価
各発明例及び実施例の熱間加工性を評価するために熱間圧延した後、表面欠陥が発生したか否かを以下の表3に示した。
【0101】
表3の式(3)の値は、下記式(3)に表1の合金元素の含量(重量%)を代入して導き出した。
【0102】
(3)(Cr+Mo+1.5Si+0.75W)/(Ni+0.5Mn+20N+24.5C)
【0103】
表面欠陥は、熱間圧延されたステンレス鋼のエッジや表面にクラックなどの表面欠陥が発生したか否かによって判断した。
【0104】
【0105】
表3に示すとおり、式(3)の値が1.4以上である結果、熱間圧延後に表面欠陥が発生せず、熱間加工性に優れていることが分かる。
【0106】
一方、比較例1~3及びSTS316L鋼は、式(3)の値が1.4以上で熱間圧延後に表面欠陥が発生せず、熱間加工性に優れていたが、「(1)耐食性評価」で評価したように、燃料電池分離板用としての耐食性を十分に確保できなかった。
【0107】
比較例4、5は、Cr含量などを過剰添加して「(1)耐食性評価」で述べたように十分な耐食性を確保したが、Crを過剰添加した結果、オーステナイト相の安定化のためにNiとNを過剰添加した。その結果、Ni当量の増加による式(3)の値が1.4以下でデルタフェライト分率が少なすぎて熱間加工性が劣化し、それによって表面欠陥が発生した。
【0108】
これらの結果から、耐食性だけでなく熱間加工性を十分に確保するためには、過剰なCr、Nの添加を抑制しなければならず、本発明が限定する合金組成の範囲及び式(3)の値のように制御することが好ましいことが分かる。
【0109】
以上の実施例及びその評価結果から、本発明で限定する合金組成及び式(1)、式(2)、式(3)の値を満たすように制御されたステンレス鋼は、優れた耐食性及び加工性をすべて確保することができ、高分子燃料電池分離板用として適していることが分かる。
【0110】
以上、本発明の例示的な実施例を説明したが、本発明は、これに限定されず、当該技術分野において通常の知識を有する者であれば、以下に記載する請求範囲の概念と範囲から逸脱しない範囲内で様々な変更及び変形が可能であることが理解できるだろう。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明による高分子燃料電池分離板用ステンレス鋼は、高分子電解質型燃料電池の分離板などに適用されてもよい。
【国際調査報告】