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特表2023-509474制御可能な分解とマイクロプラスチックの排除が可能な生物活性プラスチック
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-03-08
(54)【発明の名称】制御可能な分解とマイクロプラスチックの排除が可能な生物活性プラスチック
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20230301BHJP
   C12N 9/50 20060101ALI20230301BHJP
   C12N 9/20 20060101ALI20230301BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20230301BHJP
   C08L 89/00 20060101ALI20230301BHJP
   C08L 33/04 20060101ALI20230301BHJP
   C08L 67/00 20060101ALI20230301BHJP
   C08L 101/16 20060101ALN20230301BHJP
【FI】
C08L101/00
C12N9/50 ZBP
C12N9/20 ZAB
C12N9/16
C08L89/00
C08L33/04
C08L67/00
C08L101/16
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022541606
(86)(22)【出願日】2021-01-04
(85)【翻訳文提出日】2022-09-05
(86)【国際出願番号】 US2021012108
(87)【国際公開番号】W WO2021138681
(87)【国際公開日】2021-07-08
(31)【優先権主張番号】62/957,307
(32)【優先日】2020-01-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】504256408
【氏名又は名称】ザ リージェンツ オブ ザ ユニヴァーシティ オブ カリフォルニア
【氏名又は名称原語表記】THE REGENTS OF THE UNIVERSITY OF CALIFORNIA
【住所又は居所原語表記】1111 Franklin Street,12th Floor,Oakland,California 94607 U.S.A.
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】シュー,ティン
(72)【発明者】
【氏名】デル リ,クリストファー
(72)【発明者】
【氏名】クウォン,ジュンピョ
【テーマコード(参考)】
4B050
4J002
4J200
【Fターム(参考)】
4B050CC07
4B050KK14
4B050LL10
4J002AA001
4J002AD032
4J002BG053
4J002BG063
4J002BG073
4J002CF061
4J002CF191
4J002FD192
4J200AA08
4J200BA09
4J200BA14
4J200BA18
(57)【要約】
微量の酵素およびランダムヘテロポリマーをプラスチック中にナノ分散させることによって、マイクロプラスチックの排除と制御可能な分解を達成できる環境にやさしい完全機能性プラスチックを提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物活性プラスチック組成物であって、
有機ポリマーと、
前記有機ポリマーを加水分解する酵素とランダムヘテロポリマー(RHP)とからなる複合体のナノ分散体と
を含み、
前記酵素により前記有機ポリマーが加水分解されることによって、制御可能なプロセッシブ型の解重合とマイクロプラスチックの排除が可能となる、組成物。
【請求項2】
前記複合体が、前記組成物中に均一に分散されている、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記複合体の大きさが、10nm、20nmまたは40nmから100nm、200nmまたは500nmまでの範囲である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
結晶性を有する前記有機ポリマーのラメラ間に存在する前記複合体の大きさが、10nm、20nmまたは40nmから100nm、200nmまたは500nmまでの範囲である、請求項1、2または3に記載の組成物。
【請求項5】
前記組成物中の前記酵素の含有量が、0.001%、0.01%または0.1%から0.1%、1%または5%までの範囲である、請求項1、2、3または4に記載の組成物。
【請求項6】
前記RHPが、メチルメタクリレート(MMA)、オリゴ(エチレングリコール)メタクリレート(OEGMA)、メタクリル酸3-スルホプロピルカリウム(3-SPMA)およびメタクリル酸2-エチルヘキシル(2-EHMA)から選択される複数の種類のモノマーを様々な割合で含む、請求項1、2、3、4または5に記載の組成物。
【請求項7】
前記有機ポリマーと前記酵素の組み合わせが、ポリカプロラクトン(PCL)とリパーゼの組み合わせ、ポリ乳酸(PLA)とプロテイナーゼKの組み合わせ、およびポリエチレンテレフタレート(PET)とPET加水分解酵素の組み合わせから選択される、請求項1、2、3、4、5または6に記載の組成物。
【請求項8】
貴金属フィラーの大部分(50%、60%、70%、80%または90%から90%、95%または99%までの範囲)を回収可能な3Dプリント用導電性インクに調製される、請求項1、2、3、4、5、6または7に記載の組成物。
【請求項9】
連続的な分解を誘導して、マイクロプラスチックの65%、90%、95%または99%を排除できるように構成されている、請求項1、2、3、4、5、6、7または8に記載の組成物。
【請求項10】
ポリマー鎖をランダムに切断するのではなく、ポリマー鎖の末端を選択的に切断することによって、再重合可能な低分子副産物を生成することが可能なポリマーベースの分解機構を提供するように構成されている、請求項1、2、3、4、5、6、7、8または9に記載の組成物。
【請求項11】
前記有機ポリマーの分解が、バルクの結晶化度とは関係なく、局所でのラメラの厚さに依存して行われることによって、溶融処理または溶液処理されたホストマトリックスが空間的かつ時間的に制御可能に分解されるように構成されている、請求項1、2、3、4、5、6、7、8、9または10に記載の組成物。
【請求項12】
制御可能な分解方法であって、酵素がポリマーの主鎖を切断できる条件下で、請求項1、2、3、4、5、6、7、8、9、10または11に記載の組成物を提供することによって、制御可能な前記ポリマーの分解とマイクロプラスチックの排除が可能になることを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
優先権:
本発明は、米国国防総省陸軍研究所によって付与された助成金番号W911NF-13-1-0232および米国エネルギー省基礎エネルギー科学局によって付与された助成金番号FWP KC3104による政府支援を受けてなされたものである。米国政府は、本発明に関し一定の権利を保有する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックは、ポリマーと同様に有用な材料であるが、プラスチック廃棄物の負担は限界に達しており、あらゆる団体が協力して早急に対処することが必要とされている。新たな課題として、マイクロプラスチックをいかに効果的に排除できるかという問題が認識されているが、何年にもわたりプラスチックのリサイクルに努力が重ねられてきたにもかかわらず、この問題を即座に解決できるような方法はない1。埋め立て地2や海洋3に集積されたプラスチック廃棄物は、分解されてマイクロプラスチックになり、様々な生物により摂取されて食物連鎖の上位へと運ばれ4,5、ヒトや野生生物に重大な健康問題を引き起こしている。経済的に実行可能な方法でケミカルリサイクルの効率を向上させるため、既存の製造の枠組み内において、分解を制御可能であり、マイクロプラスチックを迅速に排除できる新たなプラスチック材料の開発が求められている。
【0003】
埋め立て地や水界生態系では、酵素によって材料のリサイクルプロセスが触媒されるが6、利用可能な酵素の濃度が低く、ポリマー鎖のランダムな切断を介して拡散律速下で表面が侵食されることから、このような外面からの分解プロセスには数年を要する7,8。ポリマー鎖の切断が可能な触媒をプラスチックに埋め込むことによって、プラスチックの分解を加速させることができる9,10。また、酵素を物理的にカプセル化することによって、プラスチックの分解を部分的に制御することができるが、マイクロプラスチックを排除することはできない。溶液処理や溶融処理をしたポリマーでは、酵素が凝集して重要な活性が失われ11、ホスト材料が崩壊すると、酵素が溶出してしまう12。酵素をナノ分散させると、利用可能な酵素が増えて分解効率が向上し、酵素の溶出が抑制され、マイクロプラスチックが形成されても、これを連続的に分解することが可能となる。単一のポリマー鎖と同程度の大きさにカプセル化した酵素の固相上での挙動についてはほとんど知られていないが、酵素とホスト材料の相互作用とポリマーの分解を調節することによって、副産物を分子レベルで制御することが可能となり、その結果、クローズドループな資源循環を達成できると考えられる。
【0004】
本発明者らが過去に出願したWO2019/143578では、異質な環境下においてタンパク質の機能を維持できるランダムヘテロポリマーを開示している。また、US20180142097は、ランダムに切断される生分解性ポリエステルに関するものである。本明細書で開示する制御可能な分解プロセスでは、酵素の活性部位の形状と界面化学を利用して酵素とポリエステルの相互作用を操作することによって、単一のポリマー鎖のプロセッシブ型の分解を実現している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本明細書では、微量の酵素(例えばリパーゼ)をプラスチック(例えばポリカプロラクトン(PCL))にナノ分散させることによって、マイクロプラスチックの排除と制御可能な分解を達成できる環境にやさしい完全機能性プラスチックを提供できることを開示する。酵素をナノカプセル化することによって、(1)連続的な分解を誘導して、マイクロプラスチックの95%を排除すること;(2)ポリマー鎖をランダムに切断するのではなく、ポリマー鎖の末端を選択的に切断することによって、再重合可能な低分子副産物を生成することが可能なポリマー分解機構を提供すること;(3)ポリマーの分解が、バルクの結晶化度とは関係なく、局所でのラメラの厚さに依存して行われることによって、溶融処理されたホストマトリックスが空間的かつ時間的に制御可能に分解されること;および(4)貴金属フィラーの全量を回収可能な3Dプリント用導電性インクを調製することが可能となる。したがって、本発明は、マイクロプラスチックの排除と材料のリサイクルを達成でき、環境にやさしく、技術的に実行可能な解決策を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一態様において、本発明は、生物活性プラスチック組成物であって、
有機ポリマーと、
前記有機ポリマーを加水分解する酵素とランダムヘテロポリマー(RHP)とからなる複合体のナノ分散体と
を含み、
前記酵素により前記有機ポリマーが加水分解されることによって、制御可能なプロセッシブ型の解重合とマイクロプラスチックの排除が可能となることを特徴とする組成物を提供する。
【0007】
一実施形態において、前記複合体は、前記組成物中に均一に分散されており、該複合体の大きさは、10nm、20nmまたは40nmから100nm、200nmまたは500nmまでの範囲であるか、もしくは結晶性を有する前記有機ポリマーのラメラ間に存在する前記複合体の大きさが、10nm、20nmまたは40nmから100nm、200nmまたは500nmまでの範囲であり、かつ/または前記組成物中の前記酵素の含有量は、0.001%、0.01%または0.1%から0.1%、1%または5%までの範囲である。
【0008】
一実施形態において、前記RHPは、メチルメタクリレート(MMA)、オリゴ(エチレングリコール)メタクリレート(OEGMA)、メタクリル酸3-スルホプロピルカリウム(3-SPMA)およびメタクリル酸2-エチルヘキシル(2-EHMA)から選択される複数の種類のモノマーを様々な割合で含む。
【0009】
一実施形態において、前記有機ポリマーと前記酵素の組み合わせは、ポリカプロラクトン(PCL)とリパーゼの組み合わせ、ポリ乳酸(PLA)とプロテイナーゼKの組み合わせ、およびポリエチレンテレフタレート(PET)とPET加水分解酵素の組み合わせから選択される。
【0010】
一実施形態において、前記組成物は、貴金属フィラーの大部分(50%、60%、70%、80%または90%から90%、95%または99%までの範囲)を回収可能な3Dプリント用導電性インクに調製される。
【0011】
一実施形態において、前記組成物は、連続的な分解を誘導して、マイクロプラスチックの65%、90%、95%または99%を排除できるように構成されている。
【0012】
一実施形態において、前記組成物は、ポリマー鎖をランダムに切断するのではなく、ポリマー鎖の末端を選択的に切断することによって、再重合可能な低分子副産物を生成することが可能なポリマーベースの分解機構を提供するように構成されている。
【0013】
一実施形態において、前記組成物は、単一のポリマー鎖の分解が、バルクの結晶化度とは関係なく、局所でのラメラの厚さに依存して行われることによって、処理(溶融処理または溶液処理)されたホストマトリックスが空間的かつ時間的に制御可能に分解されるように構成されている。
【0014】
一態様において、本発明は、制御可能な分解方法であって、酵素がポリマーの主鎖を切断できる条件下で、本明細書で開示された組成物を提供することによって、制御可能な前記ポリマーの分解とマイクロプラスチックの排除が可能になることを含む方法を提供する。
【0015】
本発明は、本明細書に記載の特定の態様および実施形態のあらゆる組み合わせが詳細に記載されているものとして、これらの組み合わせを包含する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1a-1e】PCL-RHP-リパーゼの特性評価とマイクロプラスチックの排除を分析した結果を示す。a)本明細書で提案されたように、リパーゼの活性部位にPCL鎖の末端が選択的に結合することを示したリパーゼの結晶構造を示す(疎水性アミノ酸を白色で示し、極性無電荷アミノ酸を紫色で示し、正電荷アミノ酸を青色で示し、負電荷アミノ酸を赤色で示す;PCLは、炭素原子を濃灰色で示し、酸素原子を赤色で示しているが、水素原子は示していない)。b)PCL-RHP-リパーゼフィルムの蛍光顕微鏡画像を示す。c)半晶質のPCLマトリックスに分散させたRHP-リパーゼ複合体を示したTEM画像を示す。d)40℃のバッファーに浸漬させたPCL-RHP-リパーゼの経時的な分解を示した写真と光学画像を示す。浸漬を開始してから2時間後にPCL-RHP-リパーゼフィルムを短時間振盪して、物理的な分解を促進させ、マイクロプラスチックを生成させた。e)緑色の蛍光色素で標識したリパーゼを保持させたPCL-RHP-リパーゼの分解過程で形成されたマイクロプラスチックの蛍光顕微鏡画像を示す。
【0017】
図2a-2d】PCL-RHP-リパーゼの分解機構と明確に定義された副産物を示す。a)PCL-RHP-リパーゼのSAXSプロファイルを示す。(挿入図)質量を約50%減らしたPCL-RHP-リパーゼのSEM断面画像を示す。b)PCLのみのGPC曲線、高純度バッファー中でPCL-RHP-リパーゼを分解させた場合のGPC曲線、または濃縮リパーゼ溶液中でPCLのみを分解させた場合のGPC曲線を示す。分解させた試料ではいずれも質量が約50%減っている。c)PCL-RHP-リパーゼのクロマトグラムと、濃縮リパーゼ溶液中のPCLのみのクロマトグラムを示す。d)時間の関数として表したPCL-RHP-リパーゼの残存量を示す。(挿入図)最初の5時間の分解プロセスにおけるPCL-RHP-リパーゼの融解温度(青色の四角形)と結晶化度(%)(黒色の×印)を示す(エラーバーは各時点での標準偏差を示す;挿入図において、分解試験ではn≧3とし、DSC解析ではn≧2とした)。24時間の時点における残存量はGPCピークを積分して推定し、これよりも前の時点の残存量は、残っていたフィルムを乾燥し、その重量を測定することによって求めた。
【0018】
図3a-3f】PCL-RHP-リパーゼの分解の時間的かつ空間的な制御を示す。a)溶液流延法により作製したPCL-RHP-リパーゼフィルムと、このPCL-RHP-リパーゼフィルムを5分間溶融させてから所定の温度で再結晶化させたフィルムとを準備し、これらのフィルムを37℃のバッファーに浸漬して24時間分解させた後の残存量を示す(49℃で結晶化させたフィルム(Tc=49℃)は8週間経過してもごくわずかな分解しか観察されなかったことには留意されたい)。(挿入図)49℃で結晶化させたPCL-RHP-リパーゼの偏光顕微鏡画像と蛍光顕微鏡画像を重ね合わせた画像を示す。b)グラフに示した時間にわたって49℃で再結晶化させた後、37℃のバッファー中で分解させたPCL-RHP-リパーゼの分解曲線を示す。c)49℃で12時間再結晶化させた後、20℃で再結晶化を停止させたPCL-RHP-リパーゼフィルムにおいて観察された混在した結晶形態を示す(破線の円は49℃で成長した球晶を示し、実線の円は20℃で成長した球晶を示す)。d)2種類の結晶形態が混在したフィルムを、37℃のバッファー中で24時間分解させたところ、20℃で成長させた球晶のみが分解したことを示す。e)リパーゼ混合物を様々な濃度で加えた場合の分解曲線を示す。f)厚さの異なるPCL-RHP-リパーゼフィルムの分解曲線を示す(エラーバーは各時点での標準偏差を示し、いずれもn≧3とした)。
【0019】
図4a-4c】RHPを用いて酵素を埋め込んだプラスチックの機能的用途への応用を示す。a)電球に電力を供給するように構成されたPCL-RHP-リパーゼ-銀からなる3Dプリント回路を示す。(挿入図)この3Dプリント回路のSEM画像を示す。b)PCL-RHP-リパーゼ回路を分解し、単純ろ過により回収した銀フレークを示す。c)PCLと銀からなる3Dプリント回路、PCLとRHP-リパーゼ-銀からなる3Dプリント回路、またはPCLとリサイクルした銀からなる3Dプリント回路の導電率を示す。
【0020】
図5】DLS測定において、トルエン中に分散させたRHP-リパーゼの平均流体力学的直径が285nm±35nmであったことを示す。
【0021】
図6】PCLのみからなる未延伸フィルムとPCL-RHP-リパーゼからなる未延伸フィルムのDSC曲線を示す。
【0022】
図7】PCLのみからなるフィルムとPCL-RHP-リパーゼからなるフィルムの単軸引張試験から得た公称応力-ひずみ曲線を示す。
【0023】
図8】PCLのみからなる溶液流延フィルムとPCL-RHP-リパーゼからなる溶液流延フィルムのSAXSプロファイルを示す。
【0024】
図9】20℃または37℃でのPCL-RHP-リパーゼによる酪酸4-ニトロフェニルの加水分解速度を示す。
【0025】
図10】PCL-RHP-リパーゼ(青色)と濃縮リパーゼ混合物溶液中のPCLのみ(黒色)の質量スペクトルを示す。
【0026】
図11】リパーゼで処理したPS-PCL-PSのGPCクロマトグラフを示す。リパーゼで処理したフィルムの質量を天秤で測定したところ、質量の変化は検出されず、この結果から、分解が起こらなかったことが裏付けられた。
【0027】
図12】PyMOLにおいてリパーゼの活性部位を様々な角度から示す(白色は疎水性アミノ酸を示し、紫色は極性無電荷アミノ酸を示し、青色は正電荷アミノ酸を示し、赤色は負電荷アミノ酸を示す)。参考のため、左側の画像に、触媒作用のあるセリン残基を黒色の丸印で示す。
【0028】
図13】異なる再結晶化条件でのPCL-RHP-リパーゼのDSC曲線を示す。
【0029】
図14】PCL-RHP-lipasecb複合体の蛍光顕微鏡画像を示す。
【0030】
図15】PCLマトリックス中におけるPCL-RHP-lipasecb複合体のTEM画像を示す。
【0031】
図16】トルエン中でRHP-lipasecb複合体のDLS解析を行った結果を示す。
【0032】
図17】銀の含有量の関数として表したPCL-RHP-リパーゼ-銀からなる3Dプリント回路の導電率の測定結果を示す。
【0033】
図18】PCL-RHP-リパーゼ-銀回路を37℃のバッファー中で4時間インキュベートすると、PCLがリパーゼで分解され、導電率が低下したことを示す。(挿入図)PCLマトリックスが分解されたことにより、銀フレークからなるネットワークが破壊されたことを示したSEM画像を示す。
【0034】
図19】PyMOLにおいてプロテイナーゼKの活性部位を様々な角度から示す(白色は疎水性アミノ酸を示し、紫色は極性無電荷アミノ酸を示し、青色は正電荷アミノ酸を示し、赤色は負電荷アミノ酸を示す)。参考のため、左側の画像に、触媒作用のあるセリン残基を黒色の丸印で示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下の詳細な説明および本明細書全体を通して、適切でない場合や別段の記載がない限り、「a」および「an」は1つ以上のものを意味し、「または」は「および/または」を意味する。本明細書に記載の実施例および実施形態は、説明のみを目的としたものである。したがって、これらの実施例および実施形態を様々に修正したり変更したりできることが当業者に示唆されており、これらの修正や変更は、本願の要旨および範囲ならびに添付の請求項の範囲に含まれる。本明細書に引用された刊行物、特許および特許出願(これらの文献中の引用文献を含む)は、いずれも参照によりその全体があらゆる目的で本明細書に援用される。
【0036】
本明細書では、ランダムヘテロポリマー(RHP)を用いた方法を利用して、酵素をプラスチックにナノ分散させることによって、ポリマーの加工性と全般的な特性を損なうことなく、マイクロプラスチックを効果的に排除できることを示す13,14。酵素をプラスチックにナノ分散させることによって、利用可能な酵素が増え、その安定性が向上することから、微量の酵素を添加することによって(例えばポリ(カプロラクトン)(PCL)に0.02wt%のリパーゼを添加することによって)、24時間以内に水中のマイクロプラスチックの約95%を排除することができる。RHPにカプセル化されたリパーゼは、ポリマー鎖を末端から切断することによってPCLを選択的に加水分解し(図1a)、無毒かつ再重合可能な低分子を生成する。ナノ分散されたRHP-リパーゼは、溶融処理を行う際に必要とされる優れた熱安定性を示す。溶融したポリマーの再結晶化を制御することによって、時間的かつ空間的に分解を制御することができる。また、このような生物活性プラスチックを使用して、完全な機能性を持つ電子回路の3Dプリント用導電性インクを調製することができ、この導電性インクで3Dプリントされた電子回路を連続動作させた後、貴金属フィラーを回収することができる。さらに、RHPと酵素からなる複合体を分散させることによるプラスチックの制御可能な分解は、別のプラスチックと酵素からなる系にも適用することができる。本明細書の開示では、生物活性プラスチックが、効果的なプラスチックのリサイクルとマイクロプラスチックの排除を達成するための実行可能な手段であることを検証する。
【実施例
【0037】
機能性を持つ生物活性プラスチックの調製には、プラスチック中に酵素をナノ分散させることが必須である。しかし、酵素をホストポリマーと混合すると凝集塊が形成されたり、効果的な分解には10wt%という高い濃度の酵素が必要であるという問題がある9。分解が進むにつれて、酵素の凝集塊が溶出し15、マイクロプラスチックが後に残る。RHP-リパーゼは、様々な種類の溶媒中に良好に分散し、トルエン中で約285nmの大きさの複合体を形成するが(図5)、リパーゼのみをトルエン中に分散させると沈殿が生じる。溶液流延法で作製したPCLフィルムでは、RHP-リパーゼが均一に分散されていることが蛍光顕微鏡画像で確認された(図1b)。透過型電子顕微鏡(TEM)画像では、ナノ分散させたRHP-リパーゼ複合体が、結晶性PCLのラメラ間において約50nm~約500nmの範囲の大きさであることが示された(図1c)。酵素を組み込んでも、その含有量が2wt%以下の場合は、PCLのバルクの結晶化度(%)と機械的物性にはわずかな変化しか認められなかった(図6および図7)。小角X線散乱法(SAXS)プロファイルの解析では、リパーゼを組み込んだ場合でも、リパーゼを組み込まなかった場合でも、PCLの結晶化に差は認められなかった(図8)。
【0038】
RHP-リパーゼを含む半晶質PCL(「PCL-RHP-リパーゼ」と呼ぶ)は、水中に浸漬すると、即座に分解される。図1dは、40℃のバッファー中に浸漬したPCL-RHP-リパーゼフィルム(0.02wt%のリパーゼを含む)の一連の写真を、浸漬時間の関数として示したものである。分解が進むにつれて、PCL-RHP-リパーゼフィルムが崩壊して、マイクロプラスチック粒子が生成する。しかし、蛍光標識したリパーゼを使用したところ、リパーゼはPCLのマイクロプラスチック粒子内に埋め込まれたまま維持され、PCLのマイクロプラスチック粒子内で良好に分散していたことが示された(図1e)。対照実験を行ったところ、マイクロプラスチック粒子内でリパーゼの活性が維持され、PCLが連続的に分解されていることがさらに確認された。ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で推定したところ、24時間後には、マイクロプラスチックの約95%が低分子副産物に分解されたことが示された。リパーゼの濃度を滴定したところ、リパーゼの濃度が0.01wt%または0.001wt%の場合に、マイクロプラスチックの95%が分解された。
【0039】
PCL-RHP-リパーゼが内部から分解されてバルク状態からナノスケールへと変化する機構を詳しく解明できれば、PCLの分解を良好に制御することができ、さらには、別の種類の酵素埋め込み型生物活性プラスチックの将来的な設計にも役立つ。PCL-RHP-リパーゼは、表面の侵食ではなく、内部から分解される。PCL-RHP-リパーゼフィルムは、バッファーの量(1mL~1L)に関係なく同程度の速度で分解したことから、外部に溶出した酵素によって表面から分解されるのではなく、埋め込まれた酵素によって分解が触媒されるという設計に合致する結果が得られた。図2aは、PCL-RHP-リパーゼの未延伸フィルムと、質量を最大で約25%減らしたPCL-RHP-リパーゼフィルムのSAXSプロファイルを示す。分解が進むにつれて内部から分解が進行し、ナノ多孔性構造が形成されたことにより、低いq領域において強度が増加した。この結果は、走査電子顕微鏡法(SEM)による断面画像(図2aの挿入図)で観察された結果と一致していた。
【0040】
PCL-RHP-リパーゼの分解は温度依存性を示し、これは、表面の侵食プロセスとは大きく異なる点であった。PCL-RHP-リパーゼは、37℃で内部から急速に分解されたが、20℃では3ヶ月まで観察しても、ごくわずかな分解しか認められなかった。一方、リパーゼ溶液を使用した場合、20℃でも表面が侵食されて、数日以内にPCLの約50%を分解することができる。さらに、PCL-RHP-リパーゼは、溶液中の低分子エステルを20℃で加水分解することができることから(図9)、リパーゼが水を利用してその活性を発揮することを可能にしていることが分かった。PCL-RHP-リパーゼの分解が20℃で制限された理由として、リパーゼの活性部位への基質の結合と、固体マトリックス中での酵素の移動度/立体構造の柔軟性と、局所でのPCL鎖の密度との間での相互作用が原因であると考えられる。
【0041】
PCL-RHP-リパーゼの分解は、ポリマー鎖のランダムな切断ではなく、ポリマー鎖の末端の選択的な切断により進行する。GPC分析を行ったところ、分解が進むにつれて、PCLのメインピークの強度が低下するが、中程度の分子量のポリマーやオリゴマーの形成は認められず(図2b)、ポリマー鎖の末端から切断されたことが示された16。液体クロマトグラフ質量分析(LCMS)を行ったところ、PCL-RHP-リパーゼの分解における主要な副産物は、モノマーと小さなオリゴマーであることが確認された(カプロラクトンの繰り返し単位が5個未満のオリゴマーが大部分を占めていた)(図2cおよび図10)。一方、濃縮リパーゼ溶液(0.1mg/mL)中でPCLを分解したところ、GPCクロマトグラムとLCMSクロマトグラムにおいて、PCLが外面から分解されたことにより中程度の分子量の副産物が生成したことが示され、この副産物は、少なくとも12個の繰り返し単位で構成されていた(図10)。分解機構をさらに詳しく調査するため、小さなポリスチレン(PS)ブロックで両端をキャッピングしたPCLベースのトリブロック共重合体(PS-PCL-PS=1,500g/mol-8,000g/mol-1,500g/mol)の分解性を評価した。前述と同様の方法で37℃のバッファー中に2日間浸漬したところ、PS-PCL-PSの分解はごくわずかしか認められなかった(図11)。PS-PCL-PSの分解が認められなかったことから、固体状態のPCLのポリマー鎖の末端にリパーゼが結合することが示唆された。分子量の小さい水溶性の分解副産物が生成されることは非常に有益である。モノマーや小さなオリゴマーは、分子量が大きな副産物よりもケミカルリサイクルの効率が優れている。概念実証実験として、PCL-RHP-リパーゼを分解した際に得られた副産物からPCLを再重合した。
【0042】
ポリマー鎖の末端から選択的に切断されることが実験で観察されたことを踏まえて、これをさらに調査するため、リパーゼの活性部位を分析した。リパーゼの活性部位の界面化学分析を行ったところ、PCLは、リパーゼの結合ポケットに優勢に認められる疎水性相互作用を主に介して、リパーゼの活性部位に選択的に結合できることが示された(図1aおよび図12)。リパーゼの触媒三残基は、表面から1.7nmの深さに位置し、触媒三残基の付近の底面は狭くなっており、その幅は4.5Åである17。リパーゼの活性部位が深くて狭い構造になっていることから、かさ高い基質は排除されて、PCLの最も運動性の高い部分(すなわちポリマー鎖の末端)のみが、裂け目状の底面に位置する触媒性のセリン残基に到達することが可能になると考えられる。固体状態のリパーゼとPCL鎖の立体構造を考慮に入れると、PCLのポリマー鎖の末端へのリパーゼの選択的な結合は好ましいと考えられる。
【0043】
分解プロセスにおけるPCLの結晶特性の変化を解析することによって、ナノスケールでの分解機構をさらに詳しく調べたところ、局所でのラメラの厚さが分解プロセスに影響を及ぼしていることが示唆された。非晶質が選択的に分解されたことによって、バルクの結晶化度は0~1時間で39±1.8%から47±2.0%に増加した(図2dの挿入図、黒色の×印)。一方、1~5時間では、当初のフィルムの量と比較して約80%からわずか約20%に減少しているにもかかわらず、結晶化度の変動は実験誤差の範囲内であったことから、リパーゼによって結晶ドメインが分解されたことが示された。さらに、分解曲線は、0~3時間ではほぼ直線状であるが、3時間付近で分解速度が低下している。融解温度は、半結晶質ポリマーのラメラの平均厚さに正比例するが、0~3時間では熱アニールにより融解温度が上昇した(図2dの挿入図、青色の正方形)。分解速度は、融解温度のピークが観察された3時間付近で低下しているが、これは、酵素による分解を受けて、熱アニールにより厚さが増加したラメラの局所でのエンタルピーの安定性が増加したことに起因すると考えられる。さらに、過去の報告では、特定の酵素は、単一のポリマー鎖が脱結晶化する際の活性化障壁の低下に寄与し、ポリマー鎖をプロセッシブに分解することが示されている(すなわち、ポリマー鎖から離れることなく、連続した加水分解反応を起こすことができる)18,19。リパーゼは、プロセッシブ酵素に共通する特徴を備えている。プロセッシブ酵素は、疎水性結合による相互作用とトンネル状の活性部位とを備えることから、酵素がポリマー鎖から解離することなく、1本のポリマー鎖に沿って酵素がスライドすることを特徴とする18。半結晶質ポリマーにおいて、1本のポリマー鎖が結晶ドメインと非晶質ドメインの両方にまたがると仮定すれば、ラメラの厚さに依存してポリマー鎖の末端から分解するという機構によるPCL-RHP-リパーゼの分解は、ポリマー鎖のプロセッシブ型の分解として説明することができる。
【0044】
プラスチックにリパーゼを埋め込んだことによって、80℃の溶融状態で5時間経過しても、実験開始前の生物学的活性の40%が維持されていたことから、リパーゼの熱安定性が向上しており、溶融処理に適合することが分かった。偏光顕微鏡画像と蛍光顕微鏡画像を重ね合わせた画像から(図3aの挿入図)、リパーゼは、球晶と球晶の間に位置するのではなく、球晶内に組み込まれていることが示され、これは、溶融状態のPCLでは、結晶の成長速度よりも酵素の拡散速度が数桁遅いことによるものであると見られた。どの再結晶温度でも、酵素の分布は類似していたが、処理条件を変えると分解に有意な影響が認められた。溶液流延法により作製したフィルムを5分間溶融し(酵素の活性の低下は最小限に抑えられていた)、20℃で再結晶化させると、未延伸フィルムと同程度の分解が観察されたが、49℃で再結晶化させると、37℃のバッファーにフィルムを数週間浸漬させても、分解は最小限に抑えられた(図3a)。この分解性の違いは、結晶ドメインの局所的な熱力学的安定性の違いによるものであると考えられた。49℃で結晶化させたフィルムでは(Tc=49℃)、バルクの結晶化度が未延伸フィルムと同程度であったにもかかわらず、融解温度が約6℃上昇したことから、結晶の成長速度が遅く、ラメラと非晶質ドメインの厚みが増したことが示された(図13)。また、49℃で結晶化させたフィルムでは(Tc=49℃)、ラメラの厚みが増したことから、局所でのエンタルピーの安定性が大きく増加したが、この場合、単一のPCL鎖でプロセッシブな分解が進行すると、酵素による分解に必要なエネルギーの点で不利になりうる。一方、20℃で結晶化させたフィルムでは(Tc=20℃)、ラメラの厚さと分解速度が、未延伸フィルム試料と同程度であることが認められた。20℃で再結晶化させたフィルムと49℃で再結晶化させたフィルムの分解挙動の違いから、ラメラの厚さは分解性と強く相関しており、PCL-RHP-リパーゼの単一のポリマー鎖のプロセッシブ型の分解機構と一致していることが分かった。
【0045】
溶融処理を行うことによって、PCL-RHP-リパーゼの分解を時間的かつ空間的に制御することができる。37℃のバッファー中での分解速度は、49℃でのPCL-RHP-リパーゼの結晶化時間を調節することによって制御することができる(図3b)。PCL-RHP-リパーゼフィルムを49℃で12時間かけて結晶化させ、20℃で結晶化を停止させたところ、2種類の結晶形態が示された(図3c)。2種類の結晶形態が混在したフィルムを37℃のバッファーに24時間浸漬したところ、20℃で結晶化させた領域のみが分解し、49℃で成長した大きな球晶は当初の構造を保持したまま分解しなかった(図3d)。
【0046】
次に、市販のリパーゼ混合物(lipasecb)を使用して、PCL-RHP-リパーゼの分解がスケールアップ可能であることの実証を試みた。この市販のリパーゼ混合物は、精製せずそのまま使用して、PCLにナノスケールで埋め込むことができる。蛍光顕微鏡画像(図14)とTEM画像(図15)で観察し、動的光散乱法(DLS)で確認したところ(図16)、RHP-lipasecb複合体は、トルエン中で約300nm以下のサイズの粒子を形成したが、RHPと複合体を形成していないlipasecbはトルエンに溶解しなかった。分解速度を制御する最も簡単な方法として、未延伸フィルム中のlipasecbの濃度を変える方法がある(図3e)。フィルムの厚さも分解に影響を及ぼす。最大で約1mmの厚さまでは、フィルムの厚さを増加させるほど分解速度は遅くなり、約1mmの厚さでプラトーに達する(図3f)。リパーゼが連続的な加水分解反応を行うには水が必要であることから、フィルムの分解はその厚さに依存することが予想され、したがって、厚い材料の分解では、疎水性のPCLマトリックス中への水の拡散速度が律速因子となる。生物医学用プラスチックの分解は重要性が高く、制御が困難であるとともに20,21、PCLがヒト用としてFDAにより承認された材料であることを踏まえると22、PCL-RHP-リパーゼからなる厚い材料(>1mm)の分解を時間的かつ空間的に制御することができる本発明の系は、生物医学的な用途に極めて有用に使用できると考えられる。
【0047】
PCL-RHP-lipasecbを使用して、リサイクル可能なフレキシブルエレクトロニクスの3Dプリント用導電性インクを調製することができる。銀フレークとRHP-lipasecb複合体を、濃縮(20wt%)PCLのトルエン溶液中で混合して、3Dプリント用インクを調製する。リパーゼをナノ分散させたPCL-RHP-lipasecb-銀を含むインクを3Dプリントして作製した回路は、導電率が高く(図4a)、予想されたとおり、パーコレーションネットワーク現象が計測された23,24図17)。このプリント回路を37℃のバッファー中で4時間インキュベートしたところ、PCLマトリックスがリパーゼで分解されたことから、銀フレークのパーコレーションネットワークが破壊され、プリント回路を流れる電流がゼロになった(図18)。また、PCL-RHP-lipasecb回路を室温で7ヶ月間保管し、5Vの電圧を1ヶ月間流した後でも、37℃のバッファー中での分解が観察されたことから、埋め込まれた酵素が長期安定性を有し、電気的に誘導された変性や非活性化に対する抵抗性も有することが確認された。PCL-RHP-lipasecb-銀回路を分解した後、銀フレークを容易に高純度で回収することができ(図4b)、導電率を損なわずに再利用することができる(図4c)。特に、機能材料の3Dプリント技術の重要性が増していることを考慮に入れると、RHPと酵素の複合体を含むインクは、高価なフィラーを効率よくリサイクル可能な高性能なプラスチックの3Dプリントや、酵素の触媒作用を利用したその他の用途において魅力的である25-27
【0048】
プラスチックの分解に酵素のナノ分散体を利用するというコンセプトは、その他のプラスチックと酵素の組み合わせにも適用可能である。プロテイナーゼKはポリ(乳酸)(PLA)を分解するが28、リパーゼはポリ(乳酸)を分解できない。これは、プロテイナーゼKが、リパーゼよりも大きく開いた親水性の結合ポケットを有しており、この結合ポケットがPLAのエステル基の繰り返し単位と水素結合網を形成できることによると考えられる(図19)。RHP-プロテイナーゼK複合体をPLA中に分散させ、37℃のバッファーに10日間浸漬すると、50%を超えるPLAの分解が観察される。PLA-RHP-プロテイナーゼKを分解できたことから、酵素をプラスチックに埋め込むという本発明の方法を、包装などの日用品に使用されている非分解性のポリオレフィンの代替として使用され始めている重要なプラスチックにも適用できることが実証された29
【0049】
プラスチックに触媒活性を有するフィラーを埋め込むことによって、必要に応じた制御可能な分解と望ましいリサイクル性を達成することができる。固体マトリックスにナノスケールで埋め込まれた酵素の挙動は、基質の結合、副産物、作用機序などの点で顕著に異なりうる。プラスチックの分解速度と分解経路を調節する経路として、プラスチック内での触媒活性粒子の空間的位置と、プラスチックの結晶特性を利用することが効果的である。近年の合成生物学やゲノム情報の進歩を考慮すると、新たな分解性プラスチックや環境にやさしい材料の開発には大きな利点があるが、その一方で、酵素を埋め込んだプラスチックを合理的に設計できれば、ポリマーのライフサイクル全体を制御でき、かつマイクロプラスチックを排除できる技術的に即座に実行可能な方法を提供することができる。
【0050】
方法
材料:
Burkholderia cepacia由来のアマノPSリパーゼと、Tritirachium album由来のプロテイナーゼKは、シグマアルドリッチ社から購入した。精製した酵素を使用した研究では、過去に報告されている方法を使用して酵素を精製した30。市販の酵素混合物を使用した研究では、購入したものをそのまま使用した。PCL(80,000g/mol、PDI<2)とPLA(85,000~160,000g/mol)は、シグマアルドリッチ社から購入し、PS-PCL-PSはPolymer Source社から購入した。これらはいずれも精製せずに使用した。ランダムヘテロポリマー(約70,000g/mol)は、過去の報告に従って合成した13。リパーゼの結晶構造の表示には、Protein Data BankのエントリーID:3lipを使用し、プロテイナーゼKの結晶構造の表示には、Protein Data BankのエントリーID:1ic6を使用した。基質結合解析では、エントリーID:1ys1のリパーゼと、エントリーID:3prkのプロテイナーゼKを使用した。PCL-RHP-リパーゼ-銀からなるインクの3Dプリントは、RHP-リパーゼと銀フレークを含むPCL(20wt%)のトルエン溶液を室温で3Dプリントすることによって行った。導電率は、自作の直流測定器で測定した。
【0051】
分解:
RHP-リパーゼ複合体を水溶液と混合し、一晩かけて凍結乾燥し、4wt%PCLのトルエン溶液に直接再懸濁した(またはRHP-プロテイナーゼK複合体を4wt%PLAのジクロロメタン溶液に直接懸濁した)。得られた懸濁液を顕微鏡用スライドガラスに塗布して乾燥させ、乾燥したフィルムをスライドガラスから剥がし、リン酸ナトリウムバッファー(25mM)中に浸漬させた。所定の時点でフィルムを取り出し、リンスし、減圧乾燥した。PCL-RHP-リパーゼからなるフィルムは、最長で5時間後まで天秤を使用して残存量を測定した。24時間後の未延伸フィルム中のマイクロプラスチックの残存濃度の推定では、マイクロプラスチックの粒度が小さく、その残存量も少なかったことから、天秤で重量を測定することは不可能であったため、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した11~15分のピークを手動で積分し、その面積を市販のPCL試料のピーク面積で除した(マイクロプラスチックの約95%が排除されたことが推定された)。概念実証実験として、分解されたPCL副産物を相抽出と濾過により酵素と緩衝塩から回収した後、過去に報告された方法31を使用して再重合を行った。PLA-RHP-プロテイナーゼKを用いた実験では、グラフに示した時間に残存量を天秤で計量することによって分解を測定した。
【0052】
特性評価:
動的光散乱法は、Brookhaven社のBI-200SM光散乱システムを使用して90°の散乱角で測定した。示差熱量測定(DSC)では、温度を25℃から70℃に上昇させながら2℃/分の走査速度で測定した。結晶化度(%)は、試料の融解エンタルピーを151.7J/g(100%の結晶化度のPCLの融解エンタルピー)で除することによって求めた32。単軸引張試験では、自作した標準的なダンベル形状のテフロン製の型にPCL溶液を流延して試験片を作製した。TEM画像は、JEOL 1200顕微鏡を用いて120kVの加速電圧で撮影した。5wt%四酸化ルテニウム溶液を用いて、RHP-リパーゼとPCLの非晶質ドメインを染色した。
【0053】
小角X線散乱法(SAXS)による試験では、テフロン製ビーカーに試料を流延して約300μmの厚さのフィルムを作製した。得られたフィルム試料を分解させて、少なくとも16時間減圧乾燥してから、ローレンス・バークレー国立研究所の放射光施設Advanced Light Source(ALS)のビームライン7.3.3を用いてSAXS法を行った。1.24Åの波長のX線を2秒間照射した。
【0054】
低分子アッセイ(熱安定性を推定するために実施)では、0.5mM酪酸4-ニトロフェニルの緩衝溶液中にフィルムを浸漬させた。紫外可視分光法を使用して活性を20分間モニターして、加水分解を定量した。
【0055】
460~490nmの励起波長を透過するU-MWBS3ミラーユニットを使用して蛍光顕微鏡観察を行った。製造業者の手順に従って、市販のNHS-フルオレセイン(5/6-カルボキシフルオレセインスクシンイミジルエステル)でリパーゼを標識した。分画分子量が10,000g/molの遠心式限外ろ過フィルターを使用して、標識したリパーゼ溶液を遠心分離し、標識されたリパーゼから過剰な色素を除去した。
【0056】
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)による測定は、残存フィルムと副産物を合わせた濃度が2mg/mLであるTHF溶液を使用して行った。アジレント社のPolyPoreカラム(7.5×300mm)に、この溶液2μLを注入した。液体クロマトグラフィー質量分析(LCMS)による測定は、アセトニトリルと水の混合溶媒(67vol%:33vol%)中に分解物の上清を再懸濁し、アジレント社のInfinityLab EC-C18カラム(2.7μm)に流すことによって行った。質量スペクトルでは、液体クロマトグラムで観察された主要なピークの組み合わせが示された。GPC測定とLCMS測定では、分解産物を一晩かけて凍結乾燥してから適切な溶媒に再懸濁した。
【0057】
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図1a-1e】
図2a-2d】
図3a-3d】
図3e-3f】
図4a-4c】
図5
図6
図7
図8
図9
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【国際調査報告】