(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-03-27
(54)【発明の名称】細胞培養物の分析
(51)【国際特許分類】
G01N 21/3577 20140101AFI20230317BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230317BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230317BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20230317BHJP
【FI】
G01N21/3577
C12Q1/02
C12M1/00 A
C12M1/34 A
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022543587
(86)(22)【出願日】2021-01-15
(85)【翻訳文提出日】2022-09-01
(86)【国際出願番号】 EP2021050849
(87)【国際公開番号】W WO2021144443
(87)【国際公開日】2021-07-22
(32)【優先日】2020-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】521154420
【氏名又は名称】ディーエックスカバー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100225060
【氏名又は名称】屋代 直樹
(72)【発明者】
【氏名】マーク ヘガーティ
(72)【発明者】
【氏名】マシュー ジェイ ベイカー
(72)【発明者】
【氏名】ホリー バトラー
【テーマコード(参考)】
2G059
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059BB12
2G059CC07
2G059CC12
2G059DD01
2G059DD15
2G059EE01
2G059EE12
2G059HH01
4B029AA02
4B029AA07
4B029BB11
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR77
4B063QX01
(57)【要約】
細胞培養(物)内の細胞状態の検出方法が記載されている。方法は、細胞培養から得られた試験サンプルのIRスペクトルを、1つ以上の対照サンプルのIRスペクトルと、または細胞培養のより早い時点で得られた1つ以上のサンプルのIRスペクトルと比較し、スペクトル間の違いを細胞状態と相関させることに基づいている。状態は、健康もしくは不健康に分類され得る。試験サンプルは細胞を含んでも含まなくてもよい。試験サンプルは、細胞断片、細胞成分もしくは細胞媒体を含有することがあり得る、または、細胞上澄み液であり得る。比較は、サポートベクターマシン(SVM)、線形判別分析(LDA)、主成分判別関数分析(PC-DFA)、ニューラルネットワーク、またはランダムフォレストなどのパターン認識アルゴリズムに基づく予測モデルを使用して実施され得る。分析結果を使用し、細胞培養プロセスを監視および/または制御することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養物内の細胞の状態を検出するための方法であって、
細胞培養から採取された試験サンプルからのIRスペクトルを準備するステップと、該細胞培養から採取された該試験サンプル内の細胞の状態と相関させることができるよう、該試験サンプルと対照サンプルもしくは該試験サンプルよりも細胞培養のより早い時点で採取されたサンプルとの間の差異を検出するために、前記IRスペクトルを、1つ以上の対照サンプル、もしくは該試験サンプルよりも細胞培養のより早い時点で採取された1つ以上のサンプルのIRスペクトルと比較するステップと、を含む、方法。
【請求項2】
統合された細胞培養およびIR分析システムであって、
a)培地内で細胞を増殖させるための細胞培養装置と、
b)前記細胞培養装置内の細胞培養物から1つ以上のサンプルを採取するためのサンプル取扱いシステムであって、該1つ以上のサンプルのIRスペクトルを取得することができるよう、該細胞培養物からサンプルを採取し、かつ該サンプルをIR分光計に移送するサンプラーを有する、該サンプル取扱いシステムと、
を備え、また
c)前期細胞培養物内の細胞の状態を検出するために、請求項1に係る方法を実行すること、
を含む、統合された細胞培養およびIR分析システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法において、前記1つ以上のサンプルは、前記細胞培養から手動によって、または、該細胞培養に関連する半自動もしくは完全自動システムによって採取される、方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法において、前記比較するステップを実行し、前記細胞培養から採取された前記試験サンプルと対照またはより早いサンプルとの間の差異を検出するために、統合ソフトウェアを備えたコンピュータシステムによって実装および/または制御される、方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の方法において、前記細胞培養物内の細胞の状態は、該細胞の健康に関係する、方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法において、前記細胞の前記状態は、健康であるか、または不健康であるかを検出される、方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法において、前記細胞の前記不健康な状態は、該細胞がウイルスもしくは細菌に感染しているか、または該細胞が異常を発症したかに起因するものである、方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、前記異常は、pH、酸素レベル、有毒成分の蓄積および/または栄養レベルの変化などの細胞培養条件によって生じたものである、方法。
【請求項9】
請求項2~8のいずれか一項に記載の方法において、前記統合されたシステムは、該方法から取得された任意の結果に応答して、ユーザーに警告する能力、細胞培養プロセスを変更および/または停止する能力をさらに含む、方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法において、前記細胞培養物は、組換えタンパク質などの生成物を産生する細胞を含む、または該細胞が該生成物である、方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法において、前記細胞は前記生成物であり、インビボおよび/またはインビトロ用途を意図している、方法。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の方法において、前記細胞は、哺乳類タイプまたは他の真核細胞タイプなどの細菌性または真核性である、方法。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか一項に記載の方法において、前記IRスペクトルは、透過、半透過および/または減衰全反射(ATR)を含むなど、FTIRスペクトルまたは、その一部分もしくは複数部分である、方法。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか一項に記載の方法において、前記サンプルは、前記細胞培養物から直接または間接的に(例えば、凍結および/または固定サンプル)採取された、湿潤サンプルまたは乾燥サンプルである、方法。
【請求項15】
請求項1~14のいずれか一項に記載の方法において、分析結果の前記比較するステップは、事前相関された分析のデータベースを「トレーニング」することによって任意に開発された、予測モデルを使用して実施される、方法。
【請求項16】
請求項1~15のいずれか一項に記載の方法に従った細胞培養サンプルの分光IRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データに基づいた、予測細胞状態分析方法を実施するためにコンピュータを操作するように構成されたコンピューターソフトウェアがインストールされたコンピュータ。
【請求項17】
請求項16に記載のコンピュータにおいて、複数の事前相関されたIRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データに適用された1つ以上のパターン認識アルゴリズムから導出された予測モデルを組み込むコンピュータであって、結果を既知の細胞状態サンプルと相関させるため、および/またはトレーニングセットデータを保存するために、任意にデータベースをさらにインストールした、コンピュータ。
【請求項18】
請求項1~15のいずれか一項に記載の方法で使用するためのコンピューターソフトウェアおよび任意のデータベースを含むコンピュータ可読媒体。
【請求項19】
IR分光分析の方法の結果を細胞培養内の細胞状態と相関させるコンピュータ実装方法であって、
前記分光分析からデータを収集するステップと、および
事前相関された分光分析上で実行されたパターン認識アルゴリズムに適切に基づく、予測モデルを採用して(任意で、本明細書で定義されるように、データベースと併せて)、前記データを前記細胞培養内の細胞の細胞状態と相関させるステップと、
を含む、コンピュータ実装方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養(物)(cell culture)中に存在する細胞の潜在的な異常を検出するために、細胞培養物に対して赤外分光法(IR)分析を実施する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換赤外(FTIR)分光法は、化学結合の離散的な振動を同定するためにケミカル科学で一般的に使用される手法である。この手法では、一般に中赤外線(MIR)領域(4000~400cm-1)、つまり特定の化学結合振動の周波数範囲と同じ周波数範囲の光を用いる。
【0003】
生物学的分子はこの範囲の波長で活発に振動することが知られているため、FTIR分光法は生物学的用途に適している。生物学的サンプルがMIR光を照射されると、このエネルギーの一部が該サンプルに吸収される。所定のサンプルの吸収プロファイルは、サンプル内に存在する化学結合を代表するものであり、複雑な生物学的材料の特性評価に使用できる。
【0004】
FTIR分光法を使用した特定のタイプの分析の例としては、未制御および無秩序な細胞増殖によって引き起こされ、場合によっては腫瘍の形成につながり得る、癌などの増殖性疾患の調査がある。
【0005】
近年、血液サンプルの減衰全反射-フーリエ変換赤外(ATR-FTIR)分光分析を実施することによる脳腫瘍の診断方法が、特許文献1(国際公開第2014/076480号)に記載されている。従来のATR-IR(サンプルを基板上に置いてからATR結晶と接触させる)とは対照的に、ATR結晶がサンプルの基板として使用された。この方法は、ポイントオブケア検査および非破壊診断検査を提供する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2014/076480号パンフレット
【0007】
バイオプロセシングとして知られる、細胞を使用して生物学的製剤を製造する分野では、細胞は通常、スケールアップする前に、始めは小さなベンチスケールのバッチで増殖させる。細胞培養および培養物内の細胞、典型的には哺乳動物細胞のスケールアップは、時間も費用もかかる。さらに、生産される生物学的製剤は一般に価値が高いので、最高レベルおよび最高品質の生物学的製剤を生産するためには、それら生物学的製剤の生産に使用される細胞が健康であることが重要である。しかしながら、スケールアッププロセスは、最終的なフルスケールプロセスおよびバイオリアクターが達成される前に、数週間にわたって、および/または様々なサイズに大きくなってゆくバイオリアクター内で実行され得る。この上流プロセスのスケールアップは、細菌もしくはウイルス感染を引き起こす汚染、または細胞増殖の阻害もしくは非効率性に関連する問題などが原因で、細胞異常が発生することになり得る。プロセス制御およびコスト効率の観点から、このような異常の検出が早ければ早いほどより良いものとなり得る。さらに、場合によっては、必要とされる生物学的製剤は、細胞培養が最大にスケールアップされた後にのみ発現されることがあり、そのような場合、ユーザーは、多大な時間および費用がかかるまで、細胞に問題があり、それゆえに生物学的製剤を生産する能力に問題があるということに気付かないことがあり得る。
【0008】
上記を考慮すると、細胞培養内の細胞の健康状態および、スケールアッププロセスが十分に進行しているか否かを迅速に確認できるようにするためには、細胞培養内の細胞を、典型的には上流および下流プロセスを含むバイオプロセスの任意の段階の間、監視できることが望ましいであろう。
【発明の概要】
【0009】
本教示は、細胞培養における細胞および/または細胞培地のIR分析について本発明者らが行った研究、ならびにIR分析から、細胞内の健康状態に対する不健康状態などの違いを検出することが可能であるという発明者らの観察に基づく。
【課題を解決するための手段】
【0010】
したがって、第1の態様では、細胞培養物内の細胞の状態を検出するための方法を提供し、この方法は、細胞培養から採取された試験サンプルからのIRスペクトルを準備するステップと、該細胞培養から採取された該試験サンプル内の細胞の状態と相関させることができるよう、該試験サンプルと対照サンプルもしくは前記試験サンプルよりも細胞培養のより早い時点で採取されたサンプルとの間の差異を検出するために、前記IRスペクトルを、1つ以上の対照サンプル、もしくは該試験サンプルよりも細胞培養のより早い時点で採取された1つ以上のサンプルのIRスペクトルと比較するステップと、を含む。
【0011】
1つ以上のサンプルは、細胞培養から手動によって採取され得る、または、細胞培養に関連する半自動もしくは完全自動システムによって採取され得る。
【0012】
したがって、さらなる態様では、統合された細胞培養およびIR分析システムを提供し、該統合細胞培養およびIR分析システムは、
a)培地内の細胞を増殖させるための細胞培養装置と、
b)前記細胞培養装置内の細胞培養物から1つ以上のサンプルを採取するためのサンプル取扱いシステムであって、該1つ以上のサンプルのIRスペクトルを取得することができるよう、該細胞培養物からサンプルを採取し、かつ該サンプルをIR分光計に移送するサンプラーを有する、該サンプル取扱いシステムと、を備え、また
c)前期細胞培養物内の細胞の状態を検出するために、第1の態様またはその実施形態に係る方法を実行すること、を含む。
【0013】
第1の態様またはさらなる態様に係る方法は、一般に、比較ステップを実行し、細胞培養から採取された試験サンプルと対照またはより早いサンプルとの間の差異を検出するために、統合ソフトウェアを備えたコンピュータシステムを含み得る。そのようなコンピュータシステムは、通常、比較結果をユーザーに提示するためにディスプレイデバイスを含む。
【0014】
細胞培養物内の細胞の「状態」は、例えば、細胞の健康に関係し得る。すなわち、細胞培養物内の細胞が、健康であると見なされるか、または不健康であると見なされるかどうかである。不健康な細胞は、例えばウイルスもしくは細菌による感染などによって病気になっていることがあり得る、または細胞培養条件および/もしくは細胞内で発生している突然変異のために異常を発症していることがあり得る。細胞培養条件により発生する異常は、例えば、pH、酸素レベル、栄養レベルなどの変化により生じ得る。本質的に、最適条件に満たない場合、細胞培養中の細胞に変化が生じ、細胞培養物内の細胞の状態が変化し、ひいては、下流のバイオプロセシング製剤の品質および/または収量に影響を与え得る。
【0015】
さらなる態様の統合システムにおいて、該統合システムは、上記方法から取得された任意の結果に応答して、細胞培養プロセスを変更および/または停止する能力をさらに含み得る。したがって、例えば、細胞培養物が栄養素欠乏であると考えられる細胞を含み得ることを該方法が検出した場合、該システムは、細胞培養物に供給されている1つ以上の栄養素を変更したり、または、必要な継代ステップ(passage step)といったより徹底的なプロセスを実行するようにユーザーに警告したりし得る。さらなる分析(すなわち、栄養素の変更後に該方法を再度実行すること)は、栄養素の変更が細胞の状態に対処するのに十分であったかどうかを判別し得る。さらにまたはあるいは、統合システムは、例えば、感染が検出されたときに細胞培養を中断する(shut down)能力を有し得る。細胞培養を迅速に適合および/または中断できる能力は、ユーザーに真の効率性および/またはコスト削減を提供し得る。
【0016】
細胞培養物は、典型的には細胞が組換えタンパク質などの生成物を生産するために、細胞がインビトロ(in vitro)で増殖される任意の適切なインビトロ細胞培養物であり得る。しかしながら、細胞それ自体は、細胞がワクチンとして、または当技術分野で知られている細胞治療用途などの治療製剤自体として使用され得る場合などの生成物であり得る。さらに、細胞は、インビトロ用途、例えば薬物検査または研究用途に適用を見出し得るものであり、また最終用途に関わらず、そのような細胞の品質を確保することが重要である。細胞は、哺乳類タイプまたは他の真核細胞タイプなどの細菌性または真核性であり得る。
【0017】
提供されるIRスペクトルは、典型的には、FTIRスペクトルまたは、その一部もしくは複数部である。本明細書でさらに説明するように、FITRスペクトルまたはその一部分もしくは複数部分などのIRスペクトルは、ベースライン補正および/または正規化を実行し、例えば、光路長の違い、機器、機器要因および環境要因、ならびにノイズおよび一般的な変動によって生じ得る、データセット由来の望ましくない変動を低減するために、当技術分野で知られているようなさらなるスペクトル処理に供してもよい。分光分析の前に、バックグラウンドスペクトルが取得され得る。そのようなバックグラウンドスペクトルは、空気または細胞が増殖する培地などのバックグラウンド環境の補正を提供し得る。したがって、IRスペクトル、またはその一部分もしくは複数部分は、そのようなバックグラウンド補正を受けたIRスペクトルであり得る。さらにまたはあるいは、IRスペクトル、またはその一部分もしくは複数部分は、例えば、多変量分析(主成分分析(PCA)など)、処理アルゴリズム、および/または機械学習を使用して、測定されたIRスペクトルまたはその一部分もしくは複数部分をさらなる処理に供することができる。例えば、PCAを使用すると、データセット間の分散を比較、視覚化および/または調査できるため、サンプル間の生物学的分散などの考えられる分散を特定できる。
【0018】
FTIR分光法で使用される3つの主要なサンプリングモード、すなわち透過、半透過(transflection)および減衰全反射(ATR)があり、そのうちの1つ以上が本発明に従って使用され得る。
【0019】
「透過(transmission)」モードでは、MIR光が、IR透明基板(CaF2またはBaF2など)に堆積された所定のサンプルを直接的に通過または透過する。このモードはサンプルを通過するIRビームに依存しているため、サンプルの最大厚さおよび含水量に制約がある。
【0020】
「半透過(transflection)」モードでは、サンプルはIR反射スライド上(low-Eまたは金属コーティングなど)に堆積される。MIR光はサンプルを通過し、反射して検出器に向かって戻る。ビームは実際上、サンプルを2回通過するため、サンプルの厚さは経路長に直接影響し、したがって信号強度に直接影響する。これにより、サンプルに水が含まれている場合でも、さらなる水の吸収を可能にする。光と基板の反射面との不確定の相互作用のために、この形式のサンプリングに関しては、当分野で既知である懸念がいくつか存在する。
【0021】
「減衰全反射(Attenuated Total Reflection)」(ATR)は、IRビームが通過する内部反射要素(IRE)を採用する。サンプルはIREに直接的に堆積され、IREと密接に接触した状態に保たれる。これらのIREは、ダイヤモンド、ゲルマニウム、セレン化亜鉛、またはシリコンなど、さまざまな材料で作製することができる。各材料は、その屈折特性がわずかに異なる。IR光が、臨界角と呼ばれる規定の角度を超えてIREを通過するとき、その光はこの媒体を通って内部反射される。ビームがIREとサンプルとの界面に当たると、サンプルに浸透するエバネッセント波が生成される。この浸透の深さは、光の波長、IREおよびサンプルの屈折率、ならびに入射角に依存する。ただし、一般に0.5~2μmの領域にある。次いで、ビームはIREによって検出器に向かって反射される。
【0022】
ATR-FTIR分光法の1つの利点は、IRスペクトルに対する水の吸光度の影響が低減されることである。これにより、水を含んだサンプルの調査が可能になる。これは、本質的に水を含有する細胞および細胞培養サンプルに対して特に重要である。このサンプリングモードであっても水分子は吸収されるが、エバネッセント波の侵入深度は、透過および半透過FTIR分光法の経路長よりもはるかに小さくなる。したがって、サンプリングされる水がはるかに少なくなり、基礎となるサンプルの吸光度を引き続き監視できる。
【0023】
その全内容が参照により本明細書に組み込まれる特許文献2(国際公開第2018/178669号)は、本発明に従って使用するための適切な方法およびデバイスを記載しており、当業者はこの教示を目指している。
【0024】
任意の数のスキャンを採用してよいが、通常、FTIR分光分析では、多くとも100スキャン、好適には多くとも50スキャン、最も好適には多くとも40スキャン(8~32スキャンなど)を採用する。好適には、スキャンは共添加される(co-added)。スキャン数は、データ内容およびデータ取得時間を最適化するために適切に選択される。
【0025】
好適には、IRスペクトルは、400~4000波数(cm’)の領域を含むように収集される。IRスペクトルは、10cm-1以下、好適には6、5、4cm-1以下の分解能を有し得る。サンプルの分光学的シグネチャ特性(すなわち、シグネチャ領域)は、好適には、500~2500cm-1の関連するIRスペクトルの一部またはすべてであり、より好適には、800~2000cm-1の全スペクトルの一部であり、最も好適には、900~1800cm-1のスペクトルである。
【0026】
分光分析は、前処理ステップとしてベクトルの正規化を包含し得る。
【0027】
上記のように、本発明は、細胞培養物内の細胞の状態を検出する方法に関する。該方法は、細胞培養から採取されたサンプルに対して実行でき、そのようなサンプルは、湿潤状態または乾燥状態で分析される液体サンプルであり得る。乾燥状態は、すでに乾燥させた湿潤サンプルから取得することができる。本明細書で使用される場合、「湿潤(wet)」サンプルとは、分光分析の前に乾燥されていないサンプルを指す。そのようなものとして、サンプルは、水(例えば、最大95%の水)を含有し得る、および/または液体形態であり得る。サンプルは、細胞培養物由来の細胞を含んでいる場合も含んでいない場合もある。一実施形態において、サンプルは、細胞培養物由来の細胞を含む。サンプルが細胞を含まない場合、サンプルは、細胞培養培地に放出された細胞成分または細胞断片を含み得る。
【0028】
代案として、該方法は例えば、栄養素レベルの変化を検出するために、および/または感染性病原体の存在を特定するために、細胞培地内の非細胞物質を監視することを含み得る。かかる方法は、細胞培養内の細胞状態を検出する間接的な方法を提供し得ることがあり、それにより、非細胞物質の変化を検出することが、細胞状態と相関し得る。さらに、細胞状態の指標ともなり得るため、最終生成物(ダウンストリーム生成物と呼ばれることもある)を監視することができる。生成物が組換えタンパク質であり、例えば、細胞培養物中の細胞によって産生される場合、タンパク質の産生における任意の変化は、本発明に従って検出され得る。タンパク質産生の減少などの変化は、細胞が健康でない、および/または最適な培養条件で存在しないことを示し得る。これにより、ユーザーまたは自動システムがこれに対処する機会が得られるだろう。
【0029】
本発明者らが観察したように、サンプルは、例えば、サンプルを凍結し、分析前にサンプルを解凍および/または固定化(fixing)することによって採取され、また保存されたサンプルであり得る。そのような凍結/解凍および/または固定化されたサンプルは、依然として本発明に従って分析することができ、適切なスペクトル情報を提供することができる。
【0030】
該方法は、細胞培養物から単一のサンプルを採取すること、または細胞培養および/またはスケールアッププロセス中の様々な時点で採取された一連のサンプルを採取することを含み得る。陰性または対照サンプルは、細胞もしくは細胞断片が存在しない細胞培養培地のサンプル、または既知の細胞状態である対照サンプルを含み得る。例えば、そのような対照サンプルは、健康であるか、実際に感染しているか、または栄養素が欠乏しているか、ということが既知である細胞を含み得る。そうして、ユーザーは、試験サンプルが細胞または細胞培養の状態に違いを示しているかどうかを同定するために、試験サンプルを対照サンプルと比較することができる。
【0031】
前述したように、試験サンプルのスペクトルを対照サンプルのスペクトルと比較する代案として、試験サンプルのスペクトルを、細胞培養プロセスのより初期の段階で採取されたサンプルのスペクトルと比較することも可能である。2つの別々の時点からのスペクトルを比較することにより、ユーザーは、細胞または細胞培養状態の変化を示すことになる任意の変化が経時的に発生したのかどうかを観察できる。
【0032】
本明細書の記載および特許請求の範囲を通じて、「含む、備える(comprise)」および「含有する(contain)」という言葉、およびそれらの変形は、「含むが、これらに限定されない」ことを意味し、上記の言葉は、他の部分、添加物、成分、整数、またはステップを排除することを意図していない(および排除しない)。本明細書の記載および特許請求の範囲を通じて、単数形は、文脈上別段の要求がない限り、複数形を包含する。特に、不定冠詞が使用される場合、明細書は、文脈上別段の要求がない限り、単数性だけでなく複数性も考慮していると理解されるべきである。
【0033】
本発明の特定の態様、実施形態または実施例に関連して記載される特徴、整数、特性、化合物、化学部分または基は、それら同士矛盾する場合を除き、本明細書に記載される任意な他の態様、実施形態または実施例に適用可能であると理解されるべきである。本明細書(添付の特許請求の範囲、要約、および図面を含む)に開示されたすべての特徴、および/またはそのように開示された方法またはプロセスのすべてのステップは、かかる特徴および/またはステップの少なくともいくつかが相互に排他的である組み合わせを除いて、任意の組み合わせで組み合わせてよい。本発明は、前述の実施形態の詳細に限定されない。本発明は、本明細書(添付の特許請求の範囲、要約および図面を含む)に開示された特徴の任意の新規の1つもしくは任意の新規の組み合わせ、またはそのように開示された任意の方法もしくはプロセスのステップの任意の新規の1つもしくは任意の新規の組み合わせにまで及ぶ。
【0034】
サンプルは、適切に遠心分離または濾過され、サンプルのバルク液体から細胞および/または細胞物質を分離され得る。当業者に理解されるように、遠心分離は、細胞または細胞物質の実質的な損傷または溶解を引き起こすことなく、細胞および/または細胞物質の適切なペレット化を達成するために比較的穏やかに行う。一例として、1000rpmで1分以下の遠心分離で十分であり得る。細胞培養サンプルの濾過は、好適には、例えば、細胞および/または細胞物質を培地およびその中の可溶性物質から分離するために、フィルターを通して濾過することを含む。ユーザーは、状況や培養する細胞に応じて適切なフィルターを選択できる。
【0035】
IRスペクトルの比較/分析結果は、手動で(例えば、細胞培養技術者もしくは他の適切な分析者によって)または自動的に(例えば、計算手段によって)実施され得る。比較は、定性的に(例えば、グラフィカルなトレースもしくは痕跡(signatures)の比較を介して)、または定量的に(例えば、所定の閾値または統計的限界を参照することにより)確立され得る。分析結果の比較は、事前相関された(pre-correlated)分析のデータベースを「トレーニング」することによって開発された、本明細書で任意に定義される予測モデルを使用して実施され得る。
【0036】
特定の実施形態において、分析結果の比較としては、細胞培養物内の細胞の状態を検出または決定するために、分析結果と参照標準、または該分析結果と特定の状態とすでに相関している過去の分析結果(例えば、データベースに保存された事前相関された分析結果)との初期の比較を包含する。過去の分析結果との相関は、統計的比較または「最適な」比較を含み得る(例えば、グラフィカルなトレースをデータベースに保存されているものと比較する場合)。分析結果を相関させる方法は、コンピュータで実装される相関方法であり得る。好適には、そのようなコンピュータ実装方法は、任意に適切なデータベースと組み合わせて、予測モデルを組み込む。これらの予測モデルは、エンドユーザーが入力できる予め決められたデータベースフレームワークを使用して自動生成され得る。
【0037】
好適には、分析結果を相関させる前に、分析結果自体が検証される。特に、分析結果は、理想的には、信頼性のあるように、かつサンプル調製などの変動によって生じ得る人為結果がないように最初に検証されるべきである。
【0038】
特定の実施形態において、本明細書に記載の分光学的に取得されたIRスペクトルまたは処理されたスペクトル/データは、健康/不健康、感染/非感染などの特定の細胞状態との相関を導き出すために、データベース(例えば、「トレーニングセット」)に保存された複数の事前相関されたIRスペクトル/処理されたスペクトル/データと比較される。統計分析(例えば、パターン認識アルゴリズムによる)は、好ましくは、IRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データと事前相関された痕跡との類似性および非類似性の比較に基づいて、統計分析がスペクトル/データを細胞状態と相関させるために使用される前に、適切に実施され得る。適切なパターン認識アルゴリズムの例としては、サポートベクターマシン(SVM)、線形判別分析(LDA)、主成分判別関数分析(PC-DFA)、人工ニューラルネットワーク、およびランダムフォレストが挙げられ、これらは市販されており、当業者にはよく知られている。
【0039】
特定の実施形態において、分光学的に取得されたIRスペクトル、または処理されたIRスペクトル/データは、事前相関された分析のデータベースの「トレーニング」によって(例えば、パターン認識アルゴリズムを介して)開発された予測モデルに基づいて、細胞の状態と相関させる。
【0040】
予測モデルは、さらにデータの「トレーニング」を通じて、データベースから確立することができる。このようなモデルは、その後、将来予測を目的にコンピューターソフトウェアに組み込まれ得る。次いで、シグネチャはすべて結合され、IRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データの「トレーニングセット」および、IRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データの「ブラインドセット」に(任意で、ランダムにまたは選択的に)分離され得る。次いで、「トレーニングセット」は、パターン認識アルゴリズムを使用して(例えば、LIBSVMまたはPC-DFAを通じて利用可能なものなどのサポートベクターマシンを使用して)、グリッド検索を実施することにより適切にトレーニングされ、例えば、コスト関数およびガンマ関数を最適化してトレーニングセットを識別できるようにし、それによって実行可能な予測モデルを生成する。次いで、「ブラインドセット」がモデルに提供され、ブラインドセット内の個々のIRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データが特定の細胞状態と相関するかどうかを予測するよう求められる。次いで、どの予測が行われたかを示す「混同行列(confusion matrix)」に予測を変換できる。次いで、これらの予測を検証して(例えば、既知の状態の細胞培養からの実際の結果を検証することによって)、モデルの感度および特異性を計算できる。
【0041】
予測モデルの感度は、望ましくは75%を超え、より望ましくは80%を超え、最も望ましくは85%を超える。予測モデルの特異性は、望ましくは85%を超え、望ましくは90%を超え、より望ましくは98%を超える。
【0042】
当然のことながら、さらなる結果が取得され、および相関させ、さらなる基準および変数が説明されるにつれて、モデルを更新および改良することができる。
【0043】
モデルが確立されると、適切なコンピューターソフトウェアに組み込むことができる。次いで、適切なコンピューターソフトウェアに従って(および任意的にデータベースに対しても)動作するコンピュータは、新たに入力された非相関IRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データに対して予測細胞状態分析を(好適には、上記のように確立された感度および特異性で)実施するように前記ソフトウェアによって適切に構成され、それによって前記スペクトル/データを細胞状態と相関させる。
【0044】
したがって、本開示はさらに、細胞培養サンプルの分光IRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データに基づいて予測細胞状態分析を実施するためにコンピュータを操作するように構成された適切なコンピューターソフトウェアがインストールされたコンピュータを教示する。好適には、適切なコンピューターソフトウェアは、複数の事前相関されたIRスペクトルまたは処理されたIRスペクトル/データに適用された1つ以上のパターン認識アルゴリズムから導出された予測モデルを組み込む。コンピュータはまた、本明細書で定義されるように、結果を既知の細胞状態サンプルと相関させるのを助けるため、および/またはトレーニングセットデータを保存するために、データベースがインストールされてもよい。
【0045】
本発明のさらなる態様では、本明細書で定義される適切なコンピューターソフトウェアおよび任意のデータベースを含有するコンピュータ可読媒体が教示される。
【0046】
さらなる教示では、本明細書で定義される分光分析の結果を細胞培養物内の細胞状態と相関させるコンピュータ実装方法が教示されており、該方法は、
前記分光分析からデータを収集するステップと、および
事前相関された分光分析に上で実行されたパターン認識アルゴリズムに適切に基づく、予測モデルを採用して(任意で、本明細書で定義されるように、データベースと併せて)、前記データを前記細胞培養物内の細胞の細胞状態と相関させるステップと、
を含む。
【図面の簡単な説明】
【0047】
ここで、以下の図を参照して、実施例によって本発明をさらに説明する。
【
図1】健康な、栄養不足の条件下で増殖した、またはウイルスに感染した乾燥CHO細胞のスペクトル分析を示している。
【
図2】
図1に表示されたスペクトルデータから取得された乾燥CHO細胞のPCA処理された分析を示している。
【
図3a】
図2に表示されたPCA散布図を参照するPC1ローディングを示している。
【
図3b】健康な細胞とウイルスに感染した細胞との間でスペクトルの違いが生じる場所を示すPC2ローディングを示している。
【
図4】健康な、ウイルスに感染した、栄養が枯渇した(古い)サンプルの予測されたPCA散布図分析を示している。
【
図5】最初にすべてのセルクラスのマルチクラス分類子のランダムフォレスト分類(A)、ならびに正常および非正常に基づくバイナリ分類(B)の結果を示している。
【
図6】サンプル調製中に固定された乾燥CHO細胞のスペクトル分析を示している。
【
図7】
図6に表示されたスペクトルデータから取得された乾燥固定CHO細胞のPCA処理された分析を示している。
【
図8a】任意のサンプル調製ステップとしての固定後に、健康な細胞と不健康な細胞との間の全スペクトルにわたったPC1(A)の分散スペクトルソースを示している。
【
図8b】任意のサンプル調製ステップとしての固定後に、健康な細胞と不健康な細胞との間の全スペクトルにわたったPC2(B)の分散スペクトルソースを示している。
【
図9】固定後の健康な、ウイルス感染した、および栄養枯渇した細胞の予測されたPCA散布図分析を示している。
【
図10】サンプル調製ステップとしての固定後に、
図6の細胞のランダムフォレストバイナリ分類結果を示している。
【
図11】健康な、ウイルス感染した、および栄養枯渇した細胞の上澄み液物質由来の処理されたスペクトルを示している。
【
図12】健康な、ウイルス感染した、および栄養枯渇した細胞の上澄み液物質由来のPCA散布図分析を示している。
【
図13a】アミド領域における明らかな差異を示す、PCA後のPC1(a)から生じる不一致性を示している。
【
図13b】アミド領域における明らかな差異を示す、PCA後のPC2(b)から生じる不一致性を示している。
【
図14】健康なCHO細胞およびウイルスに感染した2種類のCHO細胞に由来する上澄み液サンプルの指紋領域における処理されたスペクトルを示している。
【
図15】健康なCHO細胞およびウイルスに感染した2種類のCHO細胞に由来する上澄み液サンプルの指紋領域における処理されたスペクトルのPCA散布図分析を示している。
【発明を実施するための形態】
【0048】
[材料、方法および結果]
・サンプル調製
細胞培養系から、細胞懸濁液もしくは、細胞断片を含むあるいは含まないことがあり得るペレット、上澄み液の形態で、または直接的に細胞培養物からの培地として、多数のサンプルを採取することが可能である。サンプリングポイントは、直接的にアクティブな培養システムからのものとするか、または種系列(seed train)プロセスにおける継代段階相互間でのものとすることができる。この場合、濃縮細胞懸濁液は、細胞を産生する継代プロセス中に採取し、そこでは、トリプシンを使用して細胞単分子層を培養フラスコから除去し、遠心分離を使用して濃縮している。追加の細胞培養培地を使用したこの状態では、細胞をすぐに新鮮な培養フラスコに播種して継続的に増殖させたり、または、後の分析のために-80℃で保存したりできる。この分析のために、凍結後に細胞を分析した。
【0049】
初めに、分光分析の準備の前に細胞を解凍した。解凍直後、および細胞固定後に細胞を分析した。即座の分析のために、細胞を37℃の水浴で解凍し、穏やかに反転させ、すぐに1000rpmで3分間遠心分離して、細胞をペレットとして濃縮した。次いで、上澄み液を吸引し、個別の分析のために収容した。そして、3マイクロリットルの細胞サンプルをClinSpec Dx光学サンプルスライドの3つのウェルのそれぞれに堆積させた。いくらかの残留溶液が残ったので、細胞サンプルはピペット操作に対して十分な粘度を維持した。細胞固定研究では、細胞を37℃の水浴で解凍し、穏やかに反転させ、次いで、解凍した溶液を最初にエタノールと体積1:1の割合で混合し、ピペットで穏やかに混合し、続いて同じパラメーター設定で遠心分離して、その後、上澄み液を廃棄し、細胞ペレットのみを分析した。すべての細胞サンプルについて、湿潤状態のサンプルを調査するために堆積直後にスライドを分析し、30分間乾燥させた後に完全に分析した。上澄み液の堆積には、SIRE表面が十分に覆われるように、サンプル量をより大きな6マイクロリットルとした。
【0050】
・サンプル分析
分析の前に、サンプル内の真の生物学的変動を覆い隠す可能性のある、サンプルの厚さなどの望ましくない変動をデータセットから除去するために、通常、スペクトルを前処理する。このプロセスには数多くのアプローチがあり、これらはこの研究で広範にチェックされている。一般に、提示されたスペクトルは、スペクトル全体にわたって、ベースライン補正および正規化によって処理し、または指紋領域にカットする。
【0051】
一般に、スペクトル分析は3つのパート、(i) スペクトル観測、(ii) 分散探索、および(iii) 分類モデリングに分けることができる。概要では、各スペクトルを最初に目で観察し、サンプルのIRスペクトルの違いを特定し、処理間の違い(この場合は細胞の健康)の識別を試みる。違いが観察できない場合があるため、主成分分析(PCA:principal component analysis)などの多変量解析手法を使用すると、データセット内の分散のみを調べることができ、細胞間の微妙な違いを明らかにすることができる。PCAは、スペクトルデータセットの次元を、データの分散を説明する主成分(PCs:principal components)に縮小することによって機能する。これらは散布図として視覚化できる。スペクトルは単一の点であり、クラスタリングによって類似性が推測され、点間の分離によって相違点が示唆される。PCローディングプロットは、この分散がスペクトルのどこから生じているかを示すことができる。最後に、分類モデルを使用してデータを統計的に分離し、データがどれだけ正確に予測できるかを確認できる。これにより、疾患予測と同様のレベルの感度/特異性を分析に提供できる。
【0052】
未処理のスペクトルからの最初の結果は、スペクトルを直接比較できるようにするためには、最小限に抑えるべきベースラインの違いの形態である望ましくない分散の証拠を示した。本発明者らは、ベースライン補正および正規化がこれらの影響を低減し、スペクトルの違いがより明確に見られることを観察した。この場合は、数学ソフトウェアRを使用して、ラバーバンド(rubberband)ベースライン補正およびそれに続くベクトル正規化ステップを適用した。
【0053】
図1は、健康な細胞と、ウイルスに感染した細胞および/または栄養制限を受けた細胞とのスペクトルの違いを示している。これらのサンプルは、凍結サンプルから解凍した直後に分析され、IREの表面で乾燥した。この栄養の枯渇は、推奨されたよりも長く(この場合は最大10日間)細胞を培地で増殖させただけで誘発されたため、栄養レベルが低くなった。健康な細胞と「不健康な」細胞との間のそれぞれに、細胞の水分(OH)含有量(3500~3000cm
-1)と、指紋領域の炭水化物領域(1300~1000cm
-1)の明確な違いを確認できた。したがって、望ましくない分散を減らすためにスペクトルデータを処理した後、健康な細胞培養物と不健康な細胞培養物との間のスペクトルの違いを見ることができる。ただし、これらの違いはユーザーにとって捉えにくい場合があり、常に目に見えるとは限らない。
【0054】
主成分分析(PCA)はさらに、異なるデータクラスが共にクラスター化し始めるときに、異なる細胞培養条件が取得されたスペクトルにどのように影響するかを区別するのに役立つ、分散を示すことができる。このプロセスが、データセットをスペクトルの違いを包含する主成分(PCs)と呼ばれる主要な分散源に分解する。分散は、これらのPCsを散布図として比較することで視覚化でき、ここでは、様々なPCsを比較してプロットできる。クラス間の散布図の分離は違いを推測し、クラスタリングは類似性を推測する。多くの場合、散布図はPC1に対するPC2として表示され、これらの2つのコンポーネントがデータセットの分散の大部分を占めるためである(PCsは、PC番号が増加するにつれて分散値が減少し、PC1がデータセット内の分散の最大の原因となる)。分散は、これらの違いを元のIRスペクトルに相関させるPCローディングプロットとしてさらに調べることができる。例えば、散布図のPC2軸上で2つのクラスが視覚的に分かれている場合、PC2ローディング プロットは、その分散がIRスペクトルのどこから生じているかを示す。
【0055】
図2に示すように、PCAは、それらの間のスペクトル分散に基づいて、異なる細胞状態を区別し始める。この例では、データセットの分散の60%を占めるPC1が、ウイルスに感染した細胞、健康な細胞から栄養が不足している細胞、および他のウイルスに感染した細胞を分割し始める。一方、PC2は、ウイルスに感染した細胞から健康なものを分割し始める。このPCA散布図では細胞クラスが、明確なクラスターとして表示されるため、スペクトル分析によって解明されている生物学的差異があることは明らかである。
【0056】
これらのPCsのローディングは、この分散がスペクトルのどこから発生するかを示すことができる。栄養欠乏細胞とウイルス感染細胞とを区別するPC1の陰性は、水分(OH)含有量に関連しているように見え、PC1の陽性は、特にタンパク質および炭水化物に関連する指紋領域でより大きな違いを示している(
図3a)。PC2の陽性は、ウイルスに感染した細胞から健康な細胞を分離し、これは、ローディングが示唆するのは、水分含有量に関連するO-H伸縮ピークの違いである(
図3bを参照)。このプロットのノイズ量が多いというのは、PC2のノイズが大きく、かつ分散値が小さいことを表している。
図1ではスペクトルの違いが観察できたが、この分析では、健康な細胞と異常な細胞との間におけるこれらの違いの詳細および原因が示されている。
【0057】
これらのサンプルを試験としてPCAに投影すると(
図4を参照)、細胞タイプを正しく分離できることがわかる。投影されたPCAおよびPCA-DFAは、RまたはMatlabなどのプログラムでアクセスできる、一般的に実装されている分析方法である。本明細書では、Matlab用のBiocluster Toolboxを使用した。ハイライトされたラベルは、トレーニングデータに投影された試験スペクトルである。近さが、スペクトル間の類似性を表す。このプロセスは、未知の試験サンプルを既存のデータベースと比較し、細胞状態の既知のシグナルを使用して予測する、この技術に想定される商業用アプリケーションに類似する。
【0058】
次に、分類のプロセスである。SVM、LDA、ランダムフォレスト、ニューラルネットワークなど、様々な分類アルゴリズムが利用可能で、それぞれに異なる利点および制約がある。一般に、これらのアルゴリズムの主な要件は、意味のある結果を生成するための十分なサンプル数である。
【0059】
ここに示す例では、データが、1つのサンプルバイアルから取得され、4つの治療タイプから9つの技術的複製に分割されているように、現在のデータセットは制限されている。ただし、サンプル分類を調べるための予備的な試みがここで行われ、複数の比較器を使用してデータに対してマルチクラス分類器を実行することは可能であるが、データが限られているため、この研究についてはすぐには実行不可能である。ただし、これは単なる健康な細胞に対する健康でない細胞/細胞の状態、に対して単純化することができ、より単純なアプローチである。最初の結果は、大いに見込みのある100%の感度および特異性を示している。ただし、結果は、統計的に有意な結果を生成するために拡張する必要がある小さなデータセットから取得されている(
図5を参照)。
【0060】
他の分析でも同様のパターンが観察され、固定細胞はスペクトル全体で微妙な違いを示している(
図6)。固定は、主に細胞の脂質領域で見られる、細胞の生化学的組成を変更するようである。ただし、この変化はサンプル間で一貫しており、治療反応を比較できるように凍結前の状態に固定する。PCAは、スペクトルの違いをより明確に強調し始めることを示す。
図7は、健康な細胞および不健康な細胞の差異を示しており、特に、ウイルスに感染した細胞はPC1でより陰性に見える。PC1のローディングを見ると(
図8a)、このことは、健康な細胞と比較してスペクトルの指紋領域全体での広範な違いに関連している。栄養不足の細胞は、PC2で優勢により陽性であるように見え(
図7)、これは、健康かつウイルスに感染した細胞株と比較して、脂質の変化に関連していることを相対ローディングプロットが示唆している。理論に拘束されるわけではないが、これは固定プロセスに起因することがあり得る。
【0061】
完全なPCA投影が
図9に示され、興味深いことに、特にPC1およびPC3でクラス間の良好な分離が観察される。ここでも、ボックスの影としてハイライトされている試験投影が、試験セットが適切に機能していることを示している。分類も、健康さに対する不健康さに関連する比較的単純なものであった(
図10を参照)。繰り返しになるが、これは小さなデータセットから派生したものであることに注意してほしい。
【0062】
細胞の健康状態を特定する目的で固定および非固定細胞サンプルの両方を使用できることは明らかであり、これらのより早い調査をサポートするためにいくつかのさらなる研究が行われる。結細胞サンプルのサンプルを使用するだけでなく、本発明者らは細胞上澄み液も研究した。
図11では、以前の栄養不足およびウイルス感染細胞株由来の細胞培地、断片および関連生成物を含有する細胞ペレットの吸引された上澄み液を分析した。スペクトルの違いは一目瞭然である。特にウイルスに感染した細胞は、指紋領域を通じて大きなスペクトル分散を示す。理論に拘束されることを望むものではないが、細胞物質がこれらのサンプルにさまざまな程度で存在していることがあり得る。
図12に示すように、これらスペクトルの違いは、ウイルス感染細胞間のPC1の、およびPC2に対しても良好な分割に寄与し、栄養欠乏細胞を識別する。PC1は、感染によるアミドIの変性を主に示しており(
図13a)、タンパク質の違いを示しているが、一方でPC2は、スペクトル全体でより微妙な差異を示している(
図13b)。
【0063】
別の例では、ウイルスに焦点を当てた別の研究で上澄み液を分析し、ReoウイルスおよびEMCウイルスの影響を調査した。サンプルの採取、調製および分析は、前述と同じである。
図14では、健康な細胞およびウイルスに感染した細胞の生スペクトルが示されている。指紋領域に注目した理由としては、この領域に焦点を合わせると違いがより顕著になり、アミドIピークとアミドIIピークとの間のウイルス感染細胞に明らかな違いが生じるからである(
図14を参照)。PCA後の様々な細胞培養条件から得られた上澄み液相互間には明らかな違いがあり、特にPC2ではEMC感染がより陰性的に表れる(
図15)。
【国際調査報告】