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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-04
(54)【発明の名称】タウオパチーの治療方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/201 20060101AFI20230328BHJP
   A61K 31/202 20060101ALI20230328BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20230328BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230328BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20230328BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20230328BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230328BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20230328BHJP
【FI】
A61K31/201
A61K31/202
A61P25/00
A61P43/00 105
A61P25/28
A61P25/16
A61P35/00
A61P9/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022548978
(86)(22)【出願日】2021-02-12
(85)【翻訳文提出日】2022-09-15
(86)【国際出願番号】 US2021017981
(87)【国際公開番号】W WO2021163580
(87)【国際公開日】2021-08-19
(31)【優先権主張番号】62/976,958
(32)【優先日】2020-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】510247526
【氏名又は名称】レトロトップ、 インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】RETROTOPE, INC.
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】シチェピノフ、ミハイル、セルゲーエヴィチ
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA04
4C206DA05
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA02
4C206ZA15
4C206ZA16
4C206ZA36
4C206ZB21
4C206ZB26
4C206ZC54
(57)【要約】
同位体修飾多価不飽和化合物の、それを必要とする対象におけるタウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態の治療、改善又は進行の阻害のための使用が開示される。特定の実施形態では、同位体修飾多価不飽和化合物は、重水素化多価不飽和脂肪酸又はその誘導体である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経細胞における脂質過酸化を低減するための方法であって、前記脂質過酸化がタウオパチーに特徴的な異常なチューブリン結合ユニット(タウ)に関連し、前記方法が:
前記神経細胞を、十分な量の重水素化多価不飽和脂肪酸(PUFA)又はそのエステル若しくは誘導体と、前記神経細胞中に前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が蓄積するのに十分な時間にわたって接触させること;を含み、
前記神経細胞中に蓄積された前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、異常なタウに関連する神経細胞死に対して神経細胞を安定化させる、方法。
【請求項2】
患者の神経細胞における脂質過酸化を低減するための方法であって、前記脂質過酸化がタウオパチーに特徴的な異常なチューブリン結合ユニット(タウ)と関連し、前記方法が:
十分な量の重水素化多価不飽和脂肪酸(PUFA)又はそのエステル若しくは誘導体を、前記患者の神経細胞膜を含む神経細胞中に前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体を蓄積するのに十分な時間にわたって患者に投与すること;を含み、
前記蓄積された重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、前記神経細胞中の脂質過酸化を減弱させ、それによって異常なタウに関連する神経細胞死に対して神経細胞を安定化させる、方法。
【請求項3】
対象におけるタウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態を治療、改善、又はその進行を阻害する方法であって、第1の有効量の1種以上の重水素化多価不飽和脂質又はその薬学的に許容される塩を、第1の期間中に対象に投与することを含む、方法。
【請求項4】
タウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態が、嗜銀顆粒性疾患(AGD)、慢性外傷性脳症(CTE)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、前頭側頭型認知症及びパーキンソン病、神経節膠腫、神経節細胞腫、リポフスチン症、リティコ-ボディグ病、髄膜血管腫症、パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)、ピック病、脳炎後パーキンソン症、原発性加齢性タウオパチー(PART)、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群(SROS)(進行性核上性麻痺-PSPとも呼ばれる)、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)、アルツハイマー病、又はリティコ-ボディグ病からなる群より選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記神経変性疾患又は状態が、SROSが疑われるものである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、重水素化脂肪酸、重水素化脂肪酸エステル、重水素化脂肪酸チオエステル、重水素化脂肪酸アミド、脂肪酸重水素化リン酸エステル又はリン脂質誘導体からなる群から選択され、重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体のビス-アリル位の少なくとも1つ以上が重水素置換の部位である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
少なくとも1つのさらなるアリル位における重水素置換をさらに含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記多価不飽和脂質が化学式(I)の構造を有するか、又はその混合物である、請求項6に記載の方法:
【化1】
式中:
Rが、水素又は置換基を有していてもよいC~C10アルキルであり、ここで、前記有していてもよい置換基は、少なくとも1つの重水素であり;
R′が、-OR、-SR、-O(CH)CH(OR)CH(OR)、-NR
【化2】
であり;
及びRが、H、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニル、置換基を有していてもよいC~C10シクロアルキル、置換基を有していてもよいC~C10アリール、置換基を有していてもよい4~10員ヘテロアリール、又は置換基を有していてもよい3~10員複素環であり;
及びRの各々が、独立して、H、置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルキル、置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルキニルであり;
及びRの各々は、独立して、H、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC-C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニル、置換基を有していてもよいC~C10シクロアルキル、置換基を有していてもよいC~C10アリール、置換基を有していてもよい4~10員ヘテロアリール、又は置換基を有していてもよい3~10員複素環であるか、又はR及びRがそれらが結合した窒素原子ととともに、置換基を有していてもよい3~10員複素環を形成し;
が、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよいC~C21アルキニルであり;
が、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよいC~C21アルキニルであり;
10が、
【化3】
単糖、二糖又はオリゴ糖であり;
各X及びYは、独立して、H又はDであり、但し、少なくとも1つのX、及び任意で1つ以上のYが、Dであり;
p及びqの各々が、独立して、1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10の整数である。
【請求項9】
Yの各々がDである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
Rが、メチル、Cアルキル、又はCアルキルであり、それぞれが1つ以上のDで置換されていてもよい、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである、請求項2に記載の方法。
【請求項13】
前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである、請求項8に記載の方法。
【請求項14】
エステルORが、アルキルエステル、トリグリセリド、ジグリセリド、又はモノグリセリドである、請求項8に記載の方法。
【請求項15】
がエチルである、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、11,11-D2-リノール酸、11,11,14,14-D4-リノレン酸、13,13-D2-アラキドン酸、7,7,10,13,13-D6-アラキドン酸、7,7,10,10,13,13,16,16-D8-エイコサペンタエン酸若しくは6,6,9,9,12,12,15,15,18,18-D10-ドコサヘキサエン酸、又はそれらのエチルエステルから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記重水素化多価不飽和脂質の混合物が、ビス-アリル位で少なくとも50%の重水素化度を有する、請求項8に記載の方法。
【請求項18】
前記重水素化多価不飽和脂質の混合物が、ビス-アリル位で少なくとも70%の重水素化度を有する、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記1つ以上の重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項20】
前記1つ以上の重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与される、請求項2に記載の方法。
【請求項21】
前記1つ以上の重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与される、請求項3に記載の方法。
【請求項22】
前記抗酸化剤が、コエンザイムQ、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンC、若しくはビタミンE、又はそれらの組み合わせを含む、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記前頭側頭型認知症及びパーキンソン病が、第17染色体(FTDP 17)に連鎖している、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願の相互参照]
本出願は35U.S.C§119(e)(1)の規定に基づいて2020年2月14日に出願された米国仮特許出願第62/976,958号の利益を主張し、その出願はその全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
[発明の分野]
本開示は、タウオパチーを治療するための方法及び組成物に関する。いくつかの実施形態では、これらの方法及び組成物がタウオパチーによって媒介される疾患を治療するための重水素化多価不飽和脂肪酸又はその誘導体の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
[関連技術の説明]
タウオパチーは、レビー小体疾患又はプロテイノパチー(proteinopathy)のサブグループである。タウオパチーは、ヒト脳におけるタウタンパク質の過剰リン酸化から形成される凝集体を伴う、タウタンパク質の不溶性のもつれ(tangle)への凝集を含む、いくつかの神経変性状態を含む。これらの神経変性状態は、レビー小体疾患又はプロテイノパチーのより広いカテゴリーに相当する。タウオパチーに関連する特定の状態としては、限定されるものではないが、嗜銀顆粒性疾患(AGD)、慢性外傷性脳症(CTE)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、第17染色体連鎖前頭側頭型認知症及びパーキンソン病(FTDP-17)、神経節膠腫、神経節細胞腫、リポフスチン症、リティコ-ボディグ(lytico-bodig)病、髄膜血管腫症、パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)、ピック病、脳炎後パーキンソン症、原発性加齢性タウオパチー(PART)、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー(Steele-Richardson-Olszewski)症候群(SROS)、及び亜急性硬化性全脳炎(SSPE)が挙げられる。Wang et al., Nature Rev. Neurosci. 2016;17:5及び、Arendt et al., Brain Res. Bulletin 2016;126:238。タウオパチーはしばしばシヌクレイノパチーと重複する。
【0004】
スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群又は進行性核上性麻痺(PSP)は、脳の特定の体積の漸進的な悪化及び死を伴う神経変性疾患である。この状態は、平衡の喪失、動作の鈍化、眼球運動困難、及び認知症を含む症状をもたらす。第17染色体上に位置するH1ハプロタイプと呼ばれるタウタンパク質の遺伝子における変異体は、PSPと関連付けられた。タウオパチーに加えて、ミトコンドリア機能不全はPSPに関与する因子であると考えられている。特に、ミトコンドリア複合体I阻害剤は、PSP様脳損傷に関与する。
【0005】
酸化ストレスが神経変性タウオパチーにおいて主要な役割を果たすことは十分に理解されている。Ganguly et al., Drug Design, Dev. And Therapy 2017;11:797。より具体的には、脂質過酸化(LPO)が、特に関連性の高いタウオパチー誘導因子として認識されている。Porter NA, Methods Enzymol. 1(984) 105:273; Gomez-Ramos, et al., J. Neurosci. Res., (2003) 71:863; and Liu, et al., Free Rad. Biol. Med., (2005) 38:746.
【0006】
ミトコンドリア機能不全は、種々のプロテイノパチー性神経疾患の別の共通項であり、酸化ストレス及びLPOと密接に関連している。このような機能不全はミトコンドリアの分裂及び融合、マイトファジー、オートファジー、アポトーシス、シグナル伝達、カルシウムホメオスタシス及びOxPhos経路機能不全を含む様々な欠陥を含み、これら全てが神経変性に直接関連することがよく知られている。Murphy, et al., J. Cereb. Blood Flow Metab., (1999) 19:231-245; Lin, et al., Nature (2006) 443:787-795。これら及びミトコンドリア形態及び膜曲率などの他のパラメータは、脂質二重層環境及び脂質代謝によって直接影響を受ける。Aufschnaiter, et al., Cell Tissue Res., (2017) 367:125-140。ミトコンドリア脂質膜は多価不飽和脂肪酸(PUFA)が豊富であり、これは特にROSによって開始される酸化を受けやすい。重要なことに、PUFAの酸化は連鎖反応的に進行する。それによって、1つのROSに起因する損傷が、実質的な損傷及び複数の毒性生成物を生成する。そして、その結果、さらに多くのROSが発生し、悪循環が続く。活性酸素種(ROS)及びLPOの蓄積は、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群(SROS)の病態生理において重要な役割を果たすと考えられている。Odetti, et al., J. Neuropathol. Exp. Neurol., (2000) 59:393-397; and Zarkovic, Molec. Aspects Med., (2003) 24:293-303。神経変性タウオパチーのための新しい医薬処置を開発する必要性が残っている。
【0007】
同位体修飾された多価不飽和脂肪酸、そのエステル及び誘導体は、タウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態の治療、緩和、又は進行の抑制に有用であることが今回見出された。
【発明の概要】
【0008】
一態様では、本開示は、タウオパチーによって少なくとも部分的に媒介される神経変性疾患若しくは状態を治療若しくは改善する方法;又はそれを必要とする患者においてタウオパチーに関連する神経変性疾患若しくは状態の進行を阻害する方法であって、第1の有効量の1種以上の重水素化多価不飽和脂質又若しくはその薬学的に許容される塩を第1の期間中に対象に投与することを含む、方法に関する。いくつかの実施形態では、前記方法は、第2の有効量の1つ以上の重水素化多価不飽和脂質又はその薬学的に許容される塩を、第2の期間中に対象に投与することをさらに含む。いくつかの実施形態では、タウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態は、嗜銀顆粒性疾患(AGD)、慢性外傷性脳症(CTE)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、第17染色体連鎖前頭側頭型認知症及びパーキンソン病(FTDP-17)、神経節膠腫、神経節細胞腫、リポフスチン症、リティコ-ボディグ(lytico-bodig)病、髄膜血管腫症、パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)、ピック病、脳炎後パーキンソン症、原発性加齢性タウオパチー(PART)、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー(Steele-Richardson-Olszewski)症候群(SROS)、及び亜急性硬化性全脳炎(SSPE)からなる群から選択される。いくつかのさらなる実施形態では、神経変性疾患又は状態は、アルツハイマー病、パーキンソン病、又は前頭側頭型認知症ではない。
【0009】
これらの疾患のそれぞれの病理はタウタンパク質の不溶性のもつれへの凝集に関与し、凝集体は、ヒト脳におけるタウタンパク質の過剰リン酸化から形成される。
【0010】
一実施形態では、本開示は、神経細胞における脂質過酸化を低減するための方法であって、前記脂質過酸化がタウオパチーに特徴的な異常なチューブリン結合ユニット(タウ)に関連する方法を提供し、前記方法は:
【0011】
タウオパチーを呈する神経細胞を、神経細胞中、特に神経細胞膜中にそのような脂肪酸が蓄積するのに十分な期間にわたって、十分な量の重水素化多価不飽和脂肪酸と接触させることを含み、
ここで、前記神経細胞中に取り込まれた前記重水素化多価不飽和脂肪酸が、前記神経細胞中の脂質過酸化を減弱させ、それによって異常なタウに関連する神経細胞死に対して神経細胞を安定化させる、方法である。
【0012】
一実施形態では、本開示は、神経細胞における脂質過酸化を低減するための方法であって、前記脂質過酸化がタウオパチーに特徴的な脳内の異常なチューブリン結合ユニット(タウ)に関連する方法を提供し、前記方法は:タウオパチーのリスクがあるか、又はタウオパチーに罹患している患者に、十分な量の重水素化多価不飽和脂肪酸を、前記患者の神経細胞中、特に神経細胞膜中にそのような脂肪酸が蓄積するのに十分な時間にわたって投与することを含み、前記神経細胞中に取り込まれた前記重水素化多価不飽和脂肪酸が、前記神経細胞中の脂質過酸化を減弱させ、それによって異常なタウに関連する神経細胞死に対して神経細胞を安定化させる、方法である。
【0013】
いくつかの実施形態では、神経細胞における脂質過酸化を低減するための方法であって、前記脂質過酸化がタウオパチーに特徴的な異常なチューブリン結合ユニット(タウ)と関連する方法を提供し、前記方法は、前記神経細胞を、十分な量の重水素化多価不飽和脂肪酸(PUFA)又はそのエステル若しくは誘導体と、前記神経細胞中に前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体を蓄積するのに十分な時間にわたって接触させることを含み、ここで、前記神経細胞中に蓄積された前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体が、異常なタウに関連する神経細胞死に対して神経細胞を安定化する、方法である。
【0014】
いくつかの実施形態では、患者の神経細胞における脂質過酸化を低減するための方法であって、前記脂質過酸化がタウオパチーに特徴的な異常なチューブリン結合ユニット(タウ)と関連する、方法を提供し、前記方法は、前記患者に、十分な量の重水素化多価不飽和脂肪酸(PUFA)又はそのエステル若しくは誘導体を、前記患者の神経細胞膜を含む神経細胞中に前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体を蓄積するのに十分な時間にわたって投与することを含み、前記蓄積された重水素化PUFA又はそれのエステル若しくは誘導体が、前記神経細胞中の脂質過酸化を減弱させ、それによって異常なタウに関連する神経細胞死に対して神経細胞を安定化させる、方法である。
【0015】
いくつかの実施形態では、対象におけるタウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態を治療、改善、又はその進行を阻害する方法が提供され、この方法は第1の有効量の1種以上の重水素化多価不飽和脂質又はその薬学的に許容される塩を、第1の期間中に対象に投与することを含む。
【0016】
いくつかの実施形態では、タウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態は、嗜銀顆粒性疾患(AGD)、慢性外傷性脳症(CTE)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、前頭側頭型認知症及びパーキンソン病、神経節膠腫、神経節細胞腫、リポフスチン症、リティコ-ボディグ病、髄膜血管腫症、パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)、ピック病、脳炎後パーキンソン症、原発性加齢性タウオパチー(PART)、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群(SROS)(進行性核上性麻痺-PSPとも呼ばれる)、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)、アルツハイマー病、又はリティコ-ボディグ病からなる群から選択される。
【0017】
いくつかの実施形態では、神経変性疾患又は状態は、SROSが疑われるものである。
【0018】
いくつかの実施形態では、重水素化PUFA又はそのエステル又若しくは誘導体は、重水素化脂肪酸、重水素化脂肪酸エステル、重水素化脂肪酸チオエステル、重水素化脂肪酸アミド、脂肪酸重水素化リン酸エステル、又はリン脂質誘導体からなる群から選択され、重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体のビス-アリル位の少なくとも1つ以上が、重水素置換の部位である。
【0019】
いくつかの実施形態では、前記組成物は、少なくとも1つのさらなるアリル位における重水素置換をさらに含んでもよい。
【0020】
いくつかの実施形態では、前記多価不飽和脂質は、化学式(I)の構造を有するか、又はその混合物である:
【化1】
式中:
Rが、水素又は置換基を有していてもよいC~C10アルキルであり、ここで、前記有していてもよい置換基は、少なくとも1つの重水素であり;
R′が、-OR、-SR、-O(CH)CH(OR)CH(OR)、-NR
【化2】
であり;
及びRが、H、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニル、置換基を有していてもよいC~C10シクロアルキル、置換基を有していてもよいC~C10アリール、置換基を有していてもよい4~10員ヘテロアリール、又は置換基を有していてもよい3~10員複素環であり;
及びRの各々が、独立して、H、置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルキル、置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルキニルであり;
及びRの各々が、独立して、H、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニル、置換基を有していてもよいC~C10シクロアルキル、置換基を有していてもよいC~C10アリール、置換基を有していてもよい4~10員ヘテロアリール、又は置換基を有していてもよい3~10員複素環であるか、又はR及びRがそれらが結合した窒素原子とともに、置換基を有していてもよい3~10員複素環を形成し;
が、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよいC~C21アルキニルであり;
が、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよいC~C21アルキニルであり;
10が、
【化3】
単糖、二糖又はオリゴ糖であり;
各X及びYは、独立して、H又はDであり、但し、少なくとも1つのX、及び任意で1つ以上のYが、Dであり;
p及びqの各々が、独立して、1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10の整数である。
【0021】
いくつかの実施形態では、Yの各々はDである。
【0022】
いくつかの実施形態では、Rは、メチル、Cアルキル又はCアルキルであり、それぞれは、1つ以上のDで置換されていてもよい。
【0023】
いくつかの実施形態では、前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである。
【0024】
いくつかの実施形態では、前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである。
【0025】
いくつかの実施形態では、前記重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである。
【0026】
いくつかの実施形態では、エステルORは、アルキルエステル、トリグリセリド、ジグリセリド又はモノグリセリドである。
【0027】
いくつかの実施形態では、Rはエチルである。
【0028】
いくつかの実施形態では、重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、11,11-D2-リノール酸、11,11,14,14-D4-リノレン酸、13,13-D2-アラキドン酸、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸、7,7,10,10,13,13,16,16-D8-エイコサペンタエン酸若しくは6,6,9,9,12,12,15,15,18,18-D10-ドコサヘキサエン酸、又はそれらのエチルエステルから選択される。
【0029】
いくつかの実施形態では、前記重水素化多価不飽和脂質の混合物は、ビス-アリル位で少なくとも50%の重水素化度を有する。
【0030】
いくつかの実施形態では、前記重水素化多価不飽和脂質の混合物は、ビス-アリル位で少なくとも70%の重水素化度を有する。
【0031】
いくつかの実施形態では、前記1つ以上の重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与される。
【0032】
いくつかの実施形態では、前記1つ以上の重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与される。
【0033】
いくつかの実施形態は、前記1つ以上の重水素化PUFA又はそのエステル若しくは誘導体は、少なくとも1つの抗酸化剤ととともに投与される。
【0034】
いくつかの実施形態では、前記抗酸化剤は、コエンザイムQ、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンC、若しくはビタミンE、又はそれらの組み合わせを含む。
【0035】
いくつかの実施形態では、前頭側頭型認知症及びパーキンソン病が、第17染色体に連鎖している(FTDP17)。
【発明を実施するための形態】
【0036】
[詳細な説明]
本開示の実施形態は、タウオパチーに関連する神経変性疾患又は状態を治療又は改善するための、重水素化多価不飽和脂肪酸などの同位体修飾多価不飽和脂質及びその誘導体の方法及び使用に関する。いくつかの実施形態では、そのようなタウオパチー関連神経変性疾患又は状態は、アルツハイマー病、パーキンソン病、又は前頭側頭型認知症ではない。いくつかの実施形態では、そのようなタウオパチー関連神経変性疾患は、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群(SROS)又は進行性核上性麻痺(PSP)である。
【0037】
いくつかの実施態様において、本明細書に記載の方法又は使用はまた、イソプロスタンとリン酸化タウタンパク質との相互作用を減少させ、後者が脱リン酸化されて除去され得る。その結果、タウの蓄積によって引き起こされる毒性を低減又は緩和する。
【0038】
いくつかの例において、本明細書に記載の方法又は使用はまた、SROS対象における中脳のタウ及びリン酸化タウのクロスリンクを防止する。いくつかの場合、本方法又は使用はまた、神経細胞のミトコンドリア細胞死を防止することによってSROSを逆転させる。
【0039】
いくつかの例において、本明細書に記載される方法又は使用は、神経細胞のミトコンドリア細胞死を相乗的に防止し、イソプロスタン誘導性のリン酸化タウ除去不全の下流毒性効果を遮断することによって、SROSを逆転させる。
【0040】
しかしながら、より詳細な説明を提供する前に、以下の用語を最初に定義する。
【0041】
[定義]
本明細書で使用される項目見出しは、構成的な目的のために過ぎず、説明される主題を限定すると解釈すべきではない。
【0042】
別途定義されない限り、本明細書で使用されるすべての技術用語及び科学用語は、当業者によって一般に理解されるものと同じ意味を有する。「含んでいる(including)」という用語、並びに「含む(include)」、「含む(includes)」、及び「含まれる(included)」などの他の形態の使用は限定的ではない。
【0043】
「有している(having)」という用語、並びに「有する(have)」、「有する(has)」、及び「有した(had)」などの他の形態の使用は限定的ではない。
【0044】
本明細書において使用される場合、移行句においてであろうと、請求項の本文においてであろうと、用語「含む(comprise)」及び「含む(comprising)」は、オープンエンドの意味を有すると解釈されるべきである。すなわち、上記の用語は「少なくとも有する」又は「少なくとも含む」という語句と同義に解釈されるべきである。例えば、プロセスの文脈において使用される場合、「含む」という語はプロセスが少なくとも列挙されたステップを含むことを手段するが、追加のステップを含み得る。化合物、組成物、製剤、又はデバイスの文脈において使用される場合、「含む」という語は化合物、組成物、製剤、又はデバイスが少なくとも列挙された特徴又は構成要素を含むが、追加の特徴又は構成要素も含み得ることを意味する。
【0045】
本明細書で使用される「約」という用語は、かさ、値、数、百分率、量又は重量について、基準のかさ、値、数、百分率、量又は重量から、それらのタイプのかさ、値、数、百分率、量又は重量の当業者によって許容されると考えられる分散を表す。様々な実施形態において、用語「約」は、基準のかさ、値、数、百分率、量又は重量に対して、20%、15%、10%、9%、8%、7%、6%、5%、4%、3%、2%、又は1%の分散を表す。
【0046】
本明細書で使用される場合、単数形における「タウオパチー」及び複数形における「タウオパチー」という用語は、臨床的、生化学的、及び形態学的に異質な神経変性疾患の十分に認識されたセットを指し、そのような疾患の病理は、神経細胞に最も大きな損傷を引き起こすタウ(チューブリン結合ユニット)タンパク質の可溶性前原線維凝集体と、脳における異常タウの沈着(まとめて「異常タウ」)との両方を含む。多くの認識された神経変性疾患は、タウの沈着があるかどうかに関係なく、そのような特徴を有している。したがって、これらの疾患の多くにおいて、タウオパチーを有する患者も有しない患者もいる。しかしながら、本明細書で定義されるように、異常タウを有する患者のみが、認識された疾患のサブセットとして含まれる。異常タウは、神経細胞への、特に神経細胞膜中の脂肪酸への酸化的損傷をもたらし、神経細胞死をもたらす不正なタンパク質である。
【0047】
Esterasによる以下の要約(「Mitochondrial Calcium Deregulation in the Mechanism of Beta-Amyloid and Tau Pathology」, Cell, 9:9 2135 (2020))には、タウオパチーの詳細な要約が提供されている。「タウタンパク質(チューブリン結合ユニット)は、微小管関連タンパク質を指す。それは、可溶性であり、天然においてアンフォールド状態でリン酸化されたタンパク質であり、ほとんどの組織及び器官において普遍的に発現している。このタンパク質は、6つの選択的スプライシングされたアイソフォームとして存在し、ヒトの17番染色体上に位置する単一遺伝子maptによってコードされる。タウは全ての細胞及び細胞内コンパートメントに見出されるが、中枢神経系の神経細胞の軸索において最も顕著である。タウタンパク質は、神経生理学、微小管集合及び動態、軸索の伸長促進、軸索輸送及びシグナル伝達において重要な役割を果たす。タウの生理学的及び病理学的活性は、リン酸化(タウはリンタンパク質である)及び選択的スプライシング、並びに凝集のレベルに依存する。タウタンパク質の可溶性前原線維凝集体は、神経細胞に最も大きな損傷を引き起こす。疾患において、タウは微小管から解離し、大きな、主に細胞内のβシートに富む原線維を形成する。タウタンパク質は、多くの神経変性疾患、特にアルツハイマー病及び前頭側頭型認知症の病因に関与する。神経系の病理学及び認知症は、もはや微小管を適切に安定化できない欠陥を有するタウタンパク質と関連している。タウの機能異常は、速い軸索輸送の障害、ジストロフィー性神経突起、及びミトコンドリアの分布異常をもたらす。このミトコンドリアの異常な分布は、タウによるミトコンドリアの分裂及び融合の障害によって誘発される可能性がより高い。また、ヒトのタウ遺伝子を導入したマウス及びハエにおいて、F-アクチンが増加し、これがミトコンドリアと分裂タンパク質DRP1との物理的結合を破壊し、ミトコンドリアの伸長をもたらすことが示されている。結果として生じる神経毒性は、ミトコンドリア融合を減少させることによって、又は分裂を増強することによって、又はアクチン安定化を逆転させることによってレスキューすることができる。ミトコンドリア複合体Iに対するタウの考えられうる効果が、トリプルノックアウトアルツハイマー病マウスミトコンドリアにより示されている。タウをコードするMAPT遺伝子に10+16イントロン変異が生じると、より凝集しやすい4Rタウアイソフォームの産生が増加する。この突然変異を有するヒトiPSC由来神経細胞は、複合体Iによって駆動される呼吸が部分的に抑制され、F1Fo-ATPアーゼが逆モードに切り替わる。この組合せにより、ミトコンドリア膜電位が上昇し、電子輸送鎖におけるROS生成を誘発し、酸化ストレス及び細胞死を引き起こす」(引用及び図の参照は省略)。
【0048】
臨床的、生化学的、及び形態学的に異質な神経変性疾患であって、そのような疾患の病理は、次の疾患を罹患している患者の少なくとも一部においてタウオパチーを含み、当該疾患は、嗜銀顆粒性疾患(AGD)、慢性外傷性脳症(CTE)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、前頭側頭型認知症及びパーキンソン病、神経節膠腫、神経節細胞腫、リポフスチン症、リティコ-ボディグ病、髄膜血管腫症、パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)、ピック病、脳炎後パーキンソン症、原発性加齢性タウオパチー(PART)、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群(SROS)(進行性核上性麻痺-PSPとも呼ばれる)、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)、アルツハイマー病、リティコ-ボディグ病、及び疾患の病因及び/又は病理のいずれかにタウオパチーを含むその他の神経変性疾患を含む。
【0049】
本明細書で使用される場合、「ビス-アリル」位置は、本明細書に記載される多価不飽和脂質の1,4-ジエン系のメチレン基(例えば、化学式(I)の多価不飽和脂質のY置換位置)を指す。本明細書で使用される場合、「モノ-アリル」位置は、1つの二重結合のみに隣接するメチレン基を指すが、ビス-アリル位置(例えば、化学式(I)の多価不飽和脂質のX置換位置)ではない。以下の構造でさらに例示される:
【化4】
【0050】
用語「多価不飽和脂質」は、本明細書で使用される場合、その炭化水素鎖中に二重結合又は三重結合などの2つ以上の不飽和結合を含有する脂質を指す。ここで、多価不飽和脂質は、多価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸エステル、多価不飽和脂肪酸チオエステル、多価不飽和脂肪酸アミド、多価不飽和脂肪酸リン酸、又は多価不飽和脂肪酸残基を含むリン脂質であり得る。
【0051】
いくつかの態様では、同位体修飾されたPUFA分子は、メチレン基中の2つの水素のうちの1つが重水素によって置換される場合など、1つの重水素原子を含有してもよく、したがって、「D1」PUFAと呼ばれてもよい。同様に、同位体修飾されたPUFA分子は、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個又は14個の重水素原子を含み得、それぞれ、「D2」、「D3」、「D4」、「D5」、「D6」、「D7」、「D8」、「D9」、「D10」、「D11」、「D12」、「D13」又は「D14」PUFAと呼称され得る。
【0052】
用語「D2-アラキドン酸又はそのエステル」は、本明細書で使用される場合、アラキドン酸又はエステルのビス-アリル位の1つ又は2つに重水素化が存在することを意味する。そのようなD2-アラキドン酸又はエステルとしては、7,7-D2-アラキドン酸若しくはそのエステル、10,10-D2-アラキドン酸若しくはそのエステル又は13,13-D2-アラキドン酸若しくはそのエステル、又は、7,10-D2-アラキドン酸及び関連化合物(例えば、7,13-D2、10,13-D2-)が挙げられる。D2-アラキドン酸又はそのエステルの混合物が含まれる。そのようなD2-アラキドン酸又はエステルは、1つのビス-アリル位に1つの重水素原子が存在する条件で、合計6個までの重水素原子を含むアリル位などのビス-アリル位以外の部位での追加の重水素を含み得る。
【0053】
用語「D4-アラキドン酸又はそのエステル」という語は、本明細書で使用する場合、アラキドン酸又はエステルのビス-アリル位の2つ又は3つに重水素化が存在することを意味する。そのようなD2-アラキドン酸又はエステルとしては、7,7,10,10-D4-アラキドン酸若しくはそのエステル、10,10,13,13-D4-アラキドン酸若しくはそのエステル、又は7,7,13,13-D4-アラキドン酸若しくはそのエステル、又は7,7,10,13-D4-アラキドン酸又はそのエステル、及び関連化合物(7,10,13,13-D4-又は7,10,10,13-D4)が挙げられる。D2-アラキドン酸又はそのエステルの混合物が含まれる。そのようなD4-アラキドン酸又はエステルは、2つのビス-アリル部位に2個の重水素原子が存在する条件で、合計8個までの重水素原子を含むアリル位などのビス-アリル位以外の部位での追加の重水素化を含み得る。
【0054】
本明細書で使用される場合、「D6-アラキドン酸又はそのエステル」という語は、アラキドン酸又はエステルのビス-アリル位のそれぞれに二価の重水素化が存在することを手段する。そのようなD6-アラキドン酸又はエステルは、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸又はそのエステルが挙げられる。そのようなD6-アラキドン酸又はそのエステルは、合計10個までの重水素原子を含むアリル部位などのビス-アリル部位以外の部位での追加の重水素化を含み得る。
【0055】
本明細書で使用される場合、「a」及び「b」が整数である「C~C」は、アルキル、アルケニル若しくはアルキニル基中の炭素原子の数、又はシクロアルキル、アリール、ヘテロアリール若しくは複素環基の環中の炭素原子の数を指す。すなわち、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル環、アリール環、ヘテロアリール環、又は複素環の環は、「a」~「b」(両端を含む)の炭素原子を含有することができる。例えば、「C~Cアルキル」基又は「C~Cアルキル」基とは、炭素数1~4の全てのアルキル基、すなわち、CH-、CHCH-、CHCHCH、(CHCH-、CHCHCHCH-、CHCHCH(CH)-及び(CHC-を指す。同様に、例えば、シクロアルキル基は、合計原子で「a」~「b」(両端を含む)の原子を含み、例えば、C~Cシクロアルキル基は環中に3~8個の炭素原子を含有し得る。アルキル、シクロアルキル、又はシクロアルケニルに関して「a」及び「b」が指定されていない場合、これらの定義に記載されている最も広い範囲が想定される。同様に、「4~7員複素環」基は4~7個の全環原子を有する全ての複素環基、例えば、アゼチジン、オキセタン、オキサゾリン、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、モルホリンなどを指す。
【0056】
本明細書で使用される場合、用語「C~C」は、C、C、C、C、C及びC、並びに2つの先行する数字のいずれかによって定義される範囲を含む。例えば、C~Cアルキルは、C、C、C、C、C及びCアルキル、C~Cアルキル、C~Cアルキルなどを含む。同様に、C~Cカルボシクリル又はシクロアルキルはそれぞれ、3、4、5、6、7及び8個の炭素原子を含有する炭化水素環、又はC~Cシクロアルキル又はC~Cシクロアルキルなどの2つの数のいずれかによって定義される範囲を含む。別の例として、3~10員複素環基は、3、4、5、6、7、8、9、若しくは10個の環原子、又は4~6員若しくは5~7員複素環などの先の2つの数のいずれかによって定義される範囲を含む。
【0057】
本明細書で使用するとき、「アルキル」は、完全飽和(二重結合又は三重結合を有さない)炭化水素基を含む直鎖又は分岐鎖炭化水素鎖を指す。アルキル基は1~20個の炭素原子を有していてもよい(本明細書で出現する場合はいつでも、「1~20」などの数値範囲は、所与の範囲内のそれぞれの整数を指し、例えば、アルキル基が1個の炭素原子、2個の炭素原子、3個の炭素原子などからなり、20個までの炭素原子を含むことを意味する「1~20個の炭素原子」であるが、本定義はまた、数値範囲が指定されていない「アルキル」という用語の出現も包含する)。アルキル基はまた、1~10個の炭素原子を有する中型のアルキルであってもよい。アルキル基は、1~6個の炭素原子を有する低級アルキルであってもよい。化合物のアルキル基は、「C~Cアルキル」のように、又は同様の名称で表すことができる。ほんの一例として、「C~Cアルキル」は、アルキル鎖中に1~4個の炭素原子が存在することを示し、すなわち、アルキル鎖は、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、sec-ブチル、及びt-ブチルから選択される。典型的なアルキル基としては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、第三級ブチル、ペンチル、及びヘキシルが挙げられるが、これらに限定されない。アルキル基は、置換されていても、置換されていなくてもよい。
【0058】
本明細書で使用される場合、「アルケニル」は、直鎖又は分岐鎖炭化水素鎖中に1つ以上の二重結合を含むアルキル基を指す。アルケニル基は2~20個の炭素原子を有し得るが、本定義は数値範囲が指定されていない「アルケニル」という用語の存在も包含する。アルケニル基はまた、2~9個の炭素原子を有する中型のアルケニルであってもよい。アルケニル基は、2~4個の炭素原子を有する低級アルケニルであってもよい。化合物のアルケニル基は、「C2-4アルケニル」のように、又は同様の名称で表すことができる。単なる例として、「C2-4アルケニル」はアルケニル鎖中に2~4個の炭素原子が存在することを示し、すなわち、アルケニル鎖は、エテニル、プロペン-1-イル、プロペン-2-イル、プロペン-3-イル、ブテン-1-イル、ブテン-2-イル、ブテン-3-イル、ブテン-4-イル、1-メチル-プロペン-1-イル、2-メチル-プロペン-1-イル、1-エチル-エテン-1-イル、2-メチル-プロペン-3-イル、ブタ-1,3-ジエニル、ブタ-1,2-ジエニル及びブタ-1,2-ジエン-4イルから選択される。典型的なアルケニル基としてはエテニル、プロペニル、ブテニル、ペンテニル及びヘキセニルなどが挙げられるが、これらに限定されない。アルケニル基は、非置換であっても置換されていてもよい。
【0059】
本明細書で使用される場合、「アルキニル」は、直鎖又は分岐鎖炭化水素鎖中に1つ以上の三重結合を含むアルキル基を指す。アルキニル基は2~20個の炭素原子を有し得るが、本定義は数値範囲が指定されていない「アルキニル」という用語の存在も包含する。アルキニル基はまた、2~9個の炭素原子を有する中型のアルキニルであってもよい。アルキニル基は、2~4個の炭素原子を有する低級アルキニルであってもよい。化合物のアルキニル基は、「C2-4アルキニル」のように、又は同様の名称で表すことができる。単なる例として、「C2-4アルキニル」は、アルキニル鎖中に2~4個の炭素原子が存在することを示し、すなわち、アルキニル鎖は、エチニル、プロピン-1-イル、プロピン-2-イル、ブチン-1-イル、ブチン-3-イル、ブチン-4-イル、及び2-ブチニルからなる群から選択される。典型的なアルキニル基としては、エチニル、プロピニル、ブチニル、ペンチニル、及びヘキシニルなどが挙げられるが、これらに限定されない。アルキニル基は、非置換であっても置換されていてもよい。
【0060】
本明細書で使用される場合、「シクロアルキル」は、完全に飽和した(二重結合又は三重結合がない)単環式又は多環式炭化水素環系を指す。2つ以上の環から構成される場合、環は、縮合様式で一緒に結合されてもよい。シクロアルキル基は、環中に3~10個の原子又は環中に3~8個の原子を含有することができる。シクロアルキル基は、非置換であっても置換されていてもよい。典型的なシクロアルキル基としては、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、及びシクロオクチルなどが挙げられるが、これらに限定されない。シクロアルキル基は、非置換であっても置換されていてもよい。
【0061】
本明細書で使用される場合、「アリール」は環の少なくとも1つにわたって完全に非局在化されたπ電子系を有する、炭素環式(全て炭素)単環式又は多環式芳香族環系(例えば、縮合、架橋、又はスピロ環系を含み、2つの炭素環式環が化学結合を共有し、例えば、1つ以上のアリール環が1つ以上のアリール環又は非アリール環を有する)を指す。アリール基中の炭素原子の数は変化し得る。例えば、アリール基は、C~C14アリール基、C~C10アリール基、又はCアリール基であり得る。アリール基の例としてはベンゼン、ナフタレン、及びアズレンが挙げられるが、これらに限定されない。アリール基は、置換されていても置換されていなくてもよい。
【0062】
本明細書で使用される場合、「ヘテロアリール」は1個以上のヘテロ原子(例えば、1、2又は3個のヘテロ原子)、すなわち、限定されないが、窒素、酸素及び硫黄を含む炭素以外の元素を含有する、単環式又は多環式芳香族環系(完全に非局在化されたπ電子系を有する環系)を指す。ヘテロアリール基の環中の原子の数は変動し得る。例えば、ヘテロアリール基は、環中に5~10個の原子、環中に6~10個の原子又は環中に5~6個の原子、例えば9個の炭素原子及び1個のヘテロ原子;8個の炭素原子及び2個のヘテロ原子;7個の炭素原子及び3個のヘテロ原子;8個の炭素原子及び1個のヘテロ原子;7個の炭素原子及び2個のヘテロ原子;6個の炭素原子及び3個のヘテロ原子;5個の炭素原子及び4個のヘテロ原子;5個の炭素原子及び1個のヘテロ原子;4個の炭素原子及び2個のヘテロ原子;3個の炭素原子及び2個のヘテロ原子;3個の炭素原子及び3個のヘテロ原子;4個の炭素原子及び1個のヘテロ原子、3個の炭素原子と2個のヘテロ原子:又は2つの炭素原子及び3つのヘテロ原子を含み得る。さらに、用語「ヘテロアリール」は、2つの環、例えば少なくとも1つのアリール環及び少なくとも1つのヘテロアリール環又は少なくとも2つのヘテロアリール環が、少なくとも1つの化学結合を共有する縮合環系を含む。ヘテロアリール環の例としては限定されるものではないが、フラン、フラザン、チオフェン、ベンゾチオフェン、フタラジン、ピロール、オキサゾール、ベンゾオキサゾール、1,2,3-オキサジアゾール、1,2,4-オキサジアゾール、チアゾール、1,2,3-チアジアゾール、1,2,4-チアジアゾール、ベンゾチアゾール、イミダゾール、ベンズイミダゾール、インドール、インダゾール、ピラゾール、ベンゾピラゾール、イソオキサゾール、ベンゾイソキサゾール、イソチアゾール、トリアゾール、ベンゾトリアゾール、チアジアゾール、テトラゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、プリン、プテリジン、キノリン、イソキノリン、キナゾリン、キノキサリン、シンノリン及びトリアジンが挙げられる。ヘテロアリール基は、置換されていても置換されていなくてもよい。
【0063】
本明細書で使用される場合、「複素環」は、3員、4員、5員、6員、7員、8員、9員及び10員の単環式、二環式及び三環式環系を指し、ここで、炭素原子は1~5個のヘテロ原子とともに該環系を構成する。複素環は必要に応じて、1つ以上の不飽和結合を含有し得るが、完全に非局在化されたπ電子系が全ての環全体に存在しないように位置する(すなわち、複素環基は芳香族ではない)。ヘテロ原子は、酸素、硫黄及び窒素を含むがこれらに限定されない炭素以外の元素である。複素環は、その定義にラクタム、ラクトン、及び環状カルバメートなどのオキソ系を含むように、1つ以上のカルボニル官能基をさらに含有してもよい。2つ以上の環から構成される場合、環は、縮合、架橋又はスピロのいずれかの様式で一緒に結合され得る。本明細書で使用される場合、「縮合」という用語は、2つの原子及び1つの結合を共通に有する2つの環を指す。本明細書で使用される場合、用語「架橋複素環」は、複素環が非隣接原子を連結する1つ以上の原子の結合を含む化合物を指す。本明細書で使用される場合、「スピロ」という用語は1個の原子を共通に有し、2個の環が架橋によって連結されていない2個の環を指す。複素環基は、環中に3~10個の原子、環中に3~8個の原子、環中に3~6個の原子、又は環中に5~6個の原子を含有することができる。例えば、5個の炭素原子及び1個のヘテロ原子;4個の炭素原子及び2個のヘテロ原子;3個の炭素原子及び3個のヘテロ原子;4個の炭素原子及び1個のヘテロ原子;3個の炭素原子及び2個のヘテロ原子;2個の炭素原子及び3個のヘテロ原子;1個の炭素原子及び4個のヘテロ原子;3個の炭素原子及び1個のヘテロ原子;又は2個の炭素原子及び1個のヘテロ原子などが挙げられる。加えて、複素環基中の任意の窒素は、四級化されてもよい。複素環基は、複素環基中の炭素原子(C結合)を介して、又は窒素原子(N結合)などの複素環基中のヘテロ原子によって、分子の残りの部分に結合することができる。複素環基は、非置換であっても置換されていてもよい。このような「複素環」基の例としてはアジリジン、オキシラン、チイラン、アゼチジン、オキセタン、1,3-ジオキシン、1,3-ジオキサン、1,4-ジオキサン、1,2-ジオキソラン、1,3-ジオキソラン、1,4-ジオキソラン、1,3-オキサチアン、1,4-オキサチイン、1,3-オキサチオラン、1,3-ジチオール、1,3-ジチオラン、1,4-オキサチアン、1,4-オキサチアン、テトラヒドロ-1,4-チアジン、2H-1,2-オキサジン、マレイミド、スクシンイミド、バルビツール酸、チオバルビツール酸、ジオキソピペラジン、ヒダントイン、ジヒドロウラシル、トリオキサン、ヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジン、イミダゾリジン、イソキサゾリン、イソキサゾリジン、オキサゾリン、オキサゾリジン、オキサゾリジノン、チアゾリン、チアゾリジン、モルホリン、オキシラン、ピペリジン-N-オキシド、ピペリジン、ピペラジン、ピロリジン、アゼパン、ピロリドン、ピロリジオン、4-ピペリドン、ピラゾリン、ピラゾリジン、2-オキソピロリジン、テトラヒドロピラン、チアモルホリン、チアモルホリンスルホキシド、チアモルホリンスルホン及びそれらのベンゾ縮合類似体(例えば、ベンズイミダゾリジノン、テトラヒドロキノリン及び/又は3,4-メチレンジオキシフェニル)などが挙げられるが、それらに限定されない。スピロ複素環基の例としては、2-アザスピロ[3.3]ヘプタン、2-オキサスピロ[3.3]ヘプタン、2-オキサ-6-アザスピロ[3.3]ヘプタン、2,6ジアザスピロ[3.3]ヘプタン、2-オキサスピロ[3.4]オクタン及び2-アザスピロ[3.4]オクタンが挙げられる。
【0064】
本明細書で使用される場合、置換基は、1つ以上の水素原子が別の原子又は基と交換されている非置換親基に由来する。別段の指示がない限り、基が「置換されている」とみなされる場合、独立して、C~Cアルキル、C~Cアルケニル、C~Cアルキニル、C~Cヘテロアルキル、C~Cカルボシクリル(任意でハロ、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル、及びC~Cハロアルコキシで置換される)、C~C-カルボシクリル-C~C-アルキル(任意で、ハロ、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル、及びC~Cハロアルコキシで置換される)、5~10員複素環(任意で、ハロ、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル、及びC~Cハロアルコキシで置換される)、アリール(任意でハロ、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル及びC~Cハロアルコキシで置換される)、アリール(C~C)アルキル(任意でハロ、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル及びC~Cハロアルコキシで置換される)、5~10員ヘテロアリール(任意でハロ、C~Cアリール、C~Cアルコキシ、C~Cアロアルキル、及びC~Cハロアルコキシで置換される)、5~10員ヘテロアリール(C~C)アルキル(任意でハロ、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル及びC~Cハロアルコキシで置換される)、ハロ、シアノ、ヒドロキシ、C~Cアルコキシ、C~Cアルコキシ(C~C)アルキル(即ち、エーテル)、アリールオキシ、スルフヒドリル(メルカプト)、ハロ(C~C)アルキル(例えばCF)、ハロ(C~C)アルコキシ(例えば、OCF)、C~Cアルキルチオ、アリールチオ、アミノ、アミノ(C~C)アルキル、ニトロ、O-カルバミル、N-カルバミル、O-チオカルバミル、N-チオカルバミル、C-アミド、N-アミド、S-スルホンアミド、N-スルホンアミド、C-カルボキシ、O-カルボキシ、アシル、シアネート,イソシアネート、チオシアネート、イソチオシアネート、スルフィニル、スルホニル、及びオキソ(=O)から選択される置換基で置換されることを意味する。基が「置換され」と記載されている場合は、その基は上記の置換基で置換されていてもよい。いくつかの実施形態において、置換基は、C~Cアルキル、C~Cアルコキシ、C~Cハロアルキル、C~Cハロアルコキシ、アミノ、ヒドロキシ、及びハロゲンから個別にかつ独立して選択される1つ以上の置換基で置換される。
【0065】
本文中で用いられるように、用語「チオエステル」は、カルボン酸及びチオール基がエステル結合によって連結される構造、即ち、カルボニル炭素が硫黄原子と共有結合して-C(=O)SR構造を形成する構造を表し、ここで、Rは水素、置換基を有していてもよいC1-30アルキル(分岐鎖又は直鎖)、置換基を有していてもよいC2-30アルケニル(分岐鎖又は直鎖)、置換基を有していてもよいC2-30アルキニル(分岐鎖又は直鎖)、又は置換基を有していてもよい環構造(例えば、C6-10アリール、ヘテロアリール、カルボシクリル、シクロアルキル、複素環など)を含み得る。「多価不飽和脂肪酸チオエステル」は、構造P-C(=O)SRを表し、ここで、Pは、本明細書に記載される多価不飽和脂肪酸である。
【0066】
本明細書で使用される場合、用語「アミド」は、構造-C(O)NR化合物又は部分を指し、R及びRは、独立して、水素、置換基を有していてもよいC1-30アルキル(分岐鎖又は直鎖)、置換基を有していてもよいC2-30アルケニル(分岐鎖又は直鎖)、置換基を有していてもよいC2-30アルキニル(分岐鎖又は直鎖)、又は置換基を有していてもよい環構造(例えばC6-10アリール、ヘテロアリール、カルボシクリル、シクロアルキル又は複素環)であり得る。「多価不飽和脂肪酸アミド」は構造P-C(=O)NR(式中、Pは本明細書に記載される多価不飽和脂肪酸である)を表す。
【0067】
本明細書で使用される場合、先行基を意味する「置換基を有していてもよい」は、置換されていても置換されていなくてもよい。置換されている場合、「置換基を有していてもよい」基の置換基としては、限定されないが、以下の基又は特定の指定された基のセットから独立して選択される1つ以上の置換基を単独又は組み合わせて含み得る:低級アルキル、低級アルケニル、低級アルキニル、低級アルカノイル、低級ヘテロアルキル、低級ヘテロシクロアルキル、低級ハロアルキル、低級ハロアルケニル、低級ハロアルキニル、低級パーハロアルキル、低級パーハロアルコキシ、低級シクロアルキル、フェニル、アリール、アリールオキシ、低級アルコキシ、低級ハロアルコキシ、オキソ、低級アシルオキシ、カルボニル、カルボキシル、低級アルキルカルボニル、低級カルボキシエステル、低級カルボキシアミド、シアノ、水素、ハロゲン、ヒドロキシ、アミノ、低級アルキルアミノ、アリールアミノ、アミド、ニトロ、チオール、低級アルキルチオ、低級ハロアルキルチオ、低級パーハロアルキルチオ、アリールチオ、スルホン酸塩、スルホン酸、三置換シリル、N、SH、SCH、C(O)CH、COCH、COH、ピリジニル、チオフェン、フラニル、低級カルバメート、低級尿素など。2個の置換基はともに結合して、0~3個のヘテロ原子からなる縮合した5員、6員、又は7員の炭素環式又は複素環式環を形成してもよく、例えば、メチレンジオキシ又はエチレンジオキシを形成することができる。置換基を有していてもよい基は、非置換(例えば、-CHCH)、完全置換(例えば、-CFCF)、一置換(例えば、-CHCHF)、又は完全置換と一置換の間の任意のレベル(例えば、-CHCF)で置換されていてもよい。置換基が置換に関して特定されることなく列挙される場合、置換形態及び非置換形態の両方が包含される。置換基が「置換された」と特定される場合、置換された形態が具体的に意図される。さらに、特定の部分に対する任意の置換基の異なるセットが、必要に応じて定義されてもよく;これらの場合、任意の置換は、「optionally substituted with」の語句の直後に定義される。
【0068】
本明細書で使用される「薬学的に許容される塩」という用語は、広義の用語であり、当業者にその通常の慣習的な意味を与えられるべきであり(特別な又はカスタマイズされた意味に限定されるものではない)、投与される生物に対して著しい刺激を引き起こさず、化合物の生物学的活性及び特性を無効にしない化合物の塩を指すが、これらに限定されない。
【0069】
本明細書で使用される場合、「経口投与剤形」という用語は当業者によって理解されるようなその通常の意味を有し、したがって、非限定的な例として、丸剤、錠剤、コア、カプセル、カプレット、ルーズパウダー、溶液及び懸濁液を含む、ヒトに投与可能な形態の薬物又は薬物の製剤を含む。
【0070】
本明細書で使用される場合、「患者」又は「対象」という用語は、ヒト患者を指す。
【0071】
本明細書で使用するとき、「提供する」行為は、本明細書に記載の組成物を供給すること、取得すること、又は投与すること(自己投与を含む)を含む。
【0072】
本明細書で使用される場合、薬物を「投与する」という用語は、個体が薬物を単独で入手し、摂取することを含む。例えば、いくつかの実施形態では、個体が薬局から薬物を入手し、本明細書で提供される方法に従って薬物を自己投与する。
【0073】
「治療有効量」という用語は本明細書で使用される場合、タウオパチーに関連する神経変性疾患若しくは状態を治療、改善するのに、又は検出可能な治療効果、例えば、タウオパチーに関連する神経変性疾患若しくは状態の進行を予防、阻害、若しくは遅延させるのに十分な、本明細書に記載される1つ以上の同位体修飾多価不飽和脂質の量を指す。効果は、当該技術分野で公知の任意の手段によって検出することができる。いくつかの実施形態では、対象の正確な有効量が対象の体重、サイズ、及び健康状態;状態の性質及び程度;並びに投与のために選択される治療薬又は治療薬の組み合わせに依存し得る。所与の状況に対する治療有効量は、臨床医の技能及び判断の範囲内であるルーチンの実験によって決定され得る。
【0074】
本明細書で使用するとき、用語「食物とともに」は、一般に、本明細書に記載の同位体修飾化合物の投与の約1時間前からそのような化合物の投与の約2時間後までの間に食物を摂取した状態を意味すると定義される。いくつかの実施形態では、食品が胃内で迅速に溶解及び吸収されない十分なかさ及び脂肪含有量を有する固形食品である。好ましくは、食品は、朝食、昼食、又は夕食などの食事である。いくつかの実施形態では、食品が脂肪、未重水素化PUFA又はそのエステルを含有する。
【0075】
本明細書で使用される場合、「疾患進行率の低下」という語は、疾患進行率が患者の自然の経過と比較して、治療の開始後に減弱されることを手段する。一実施形態では、進行性核上性麻痺評価尺度又は統一パーキンソン病評価尺度を使用して、自然な経過中の疾患進行率を決定し、再度、治療を開始する間隔の間及びその後の設定期間(例えば、3ヶ月ごと)の後にいずれかのスコアを測定することによって、疾患進行率の低下を測定する。その後、両方の割合が年率換算され、疾患進行率の低下は、前後のいずれかのスコアにおいて少なくとも30%の割合の変化をもたらす。
【0076】
「治療濃度」は、病勢進行率を少なくとも30%低下させる重水素化アラキドン酸の濃度を意味する。患者の神経細胞又は脊髄液中の重水素化アラキドン酸の濃度を得ることは、実行可能でも最適でもないので、治療濃度は以下の実施例において提供されるように、赤血球中に見出される重水素化リノール酸又は重水素化アラキドン酸のいずれかの濃度に基づく。したがって、本明細書において重水素化アラキドン酸の治療濃度について言及する場合、赤血球中のその濃度を評価することによって行う。一実施形態において、重水素化アラキドン酸の治療濃度は、以下の表1に提供される。
【0077】
本明細書で使用するとき、用語「定期的投薬」は、本明細書に記載の投薬に実質的に適合する投与スケジュールを指す。別の言い方をすれば、定期的投薬は、30日間にわたって少なくとも75%の時間遵守した患者、好ましくは少なくとも80%の時間遵守した患者を含み、デザインされた投薬の休止を含む。例えば、週6日の投薬を提供する投与スケジュールは、定期的投薬の一形態である。別の例は、患者が他の点では少なくとも75%コンプライアンスであるという条件で、個人的な理由のために、患者が約3日間又は7日間、投与を一時停止することを許可することが挙げられる。
【0078】
用語「非重水素化」は、化合物が天然に存在する量の重水素のみを含むことを意味する。用語「重水素化」は、天然に存在する量より多くの重水素を含有するように化合物が化学的に修飾されていることを意味する。
【0079】
本明細書に記載される実施形態のいずれかにおいて、治療方法は、代替的に、スイスタイプの使用クレームなどの使用クレームを伴うことができる。例えば、FRDAを有する対象を治療する方法は代替的に、FRDAの治療のための医薬の製造における化合物の使用、又はFRDAの治療において使用するための化合物の使用を代替的に包含し得る。
【0080】
(同位体修飾多価不飽和脂質)
いくつかの実施形態では、同位体修飾された多価不飽和脂質は、脂肪酸、脂肪酸エステル、脂肪酸チオエステル、脂肪酸アミド、脂肪酸リン酸、又は脂肪酸のリン脂質誘導体、又はそれらの組み合わせを含む。いくつかのさらなる実施形態では、リン脂質は、脂肪酸のカルボキシル基とリン脂質のヒドロキシ基又はアミノ基との間のエステル化又はアミド化反応の後に、重水素化多価不飽和脂肪酸残基を含有する。
【0081】
いくつかの実施形態では、同位体修飾された多価不飽和脂質は、重水素化多価不飽和脂肪酸又はその誘導体(エステル、チオエステル、アミド、リン酸、又はリン脂質を含むが、これらに限定されない)である。いくつかのそのような実施形態において、多価不飽和脂質は、1つ以上のビス-アリル位で重水素化される。いくつかのそのような実施形態では、前記重水素化多価不飽和脂質は、全てのビス-アリル位で重水素化される。いくつかのさらなる実施形態では、前記多価不飽和脂質が1つ以上のモノ-アリル位でさらに重水素化される。いくつかの実施形態では、前記重水素化多価不飽和脂質は、重水素化リノール酸、重水素化リノレン酸、重水素化アラキドン酸、重水素化エイコサペンタエン酸、重水素化ドコサヘキサエン酸、又はそれらの塩若しくはエステルである。いくつかのさらなる実施形態において、エステルは、アルキルエステル、トリグリセリド、ジグリセリド、又はモノグリセリドである。さらなる実施形態において、エステルはエチルエステルである。
【0082】
いくつかの実施形態では、多価不飽和脂質が化学式(I):
【化5】
【0083】
式中:
Rは、置換基を有していてもよいC~C10アルキルであり;
R′が、-OR、-SR、-O(CH)CH(OR)CH(OR)、-NR又は、
【化6】
であり;
【0084】
それぞれのR及びRが、独立して、H、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニル、置換基を有していてもよいC~C10シクロアルキル、置換基を有していてもよいC~C10アリール、置換基を有していてもよい4~10員ヘテロアリール、又は置換基を有していてもよい3~10員複素環であり;R及びRのそれぞれは、独立して、H、置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルキル、置換基を有していてもよい-C(=O)C~C21アルケニル、又は置換基を有していてもよいC21アルキニルであり;
【0085】
及びRの各々が、独立して、H、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニル、置換基を有していてもよいC~C10シクロアルキル、置換基を有していてもよいC~C10アリール、置換基を有していてもよい4~10員ヘテロアリール、又は置換基を有していてもよい3~10員複素環であるか、又はR及びRがそれらが結合した窒素原子とともに、置換基を有していてもよい3~10員複素環を形成し;
【0086】
の各々が、独立して、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、置換基を有していてもよいC~C21アルキニルであり;
【0087】
の各々が、独立して、H、-CHCH(CH、-CHCHNH、-CHCHNH 、-CHCH(NH)C(=O)O、-CHCH(OH)CHOH、単糖、二糖、又はオリゴ糖であり;
【0088】
が、置換基を有していてもよいC~C21アルキル、置換基を有していてもよいC~C21アルケニル、又は置置換基を有していてもよいC~C21アルキニルであり;
【0089】
10
【化7】
単糖、二糖又はオリゴ糖であり;
【0090】
各X及びYが、独立して、H又はDであり、但し、X及びYの少なくとも1つがDであり;p及びqのそれぞれが、独立して、1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10の整数である。
【0091】
いくつかの実施形態において、X置換位置はモノ-アリル位とも呼ばれ、Y置換位置はビス-アリル位とも呼ばれる。いくつかのそのような実施形態において、少なくとも1つのYはDである。
【0092】
化学式(I)の多価不飽和脂質のいくつかの実施形態において、Yの少なくとも1つはDである(多価不飽和脂質が1つ以上のビス-アリル位で重水素化されていることを意味する)。いくつかのさらなる実施形態では、Yの各々はDである(多価不飽和脂質がすべてのビス-アリル位で重水素化されていることを意味する)。いくつかのそのような実施形態では、Xの各々はHである。いくつかの他の実施形態では少なくとも1つのXはDである(多価不飽和脂質が1つ以上のモノ-アリル位でも重水素化されることを意味する)。いくつかの実施形態では、Rは、メチル、Cアルキル、又はCアルキルであり、それぞれは1つ以上のDで置換されてもよい。他の実施形態において、Rは非置換である。
【0093】
化学式(I)の多価不飽和脂質のいくつかの実施形態において、多価不飽和脂質は、重水素化リノール酸、又は化学式(Ia)のその誘導体である(式中、Rがn-ブチル、p=1、及びq=6)である。
【化8】
【0094】
いくつかのそのような実施形態では、Yの一方又は両方はDである。いくつかのさらなる実施形態では、XはそれぞれHである。他の実施形態では、Xの少なくとも1つはDである。いくつかのそのような実施形態では、R′が-ORであり、ここで、RがH又は置換基を有していてもよいC~C21アルキルである。一実施形態において、Rはエチルである。このような実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、11,11-D2-リノール酸(D2-Lin)、その薬学的に許容される塩、又はそのエチルエステルである。
【0095】
化学式(I)の多価不飽和脂質のいくつかの実施形態において、多価不飽和脂質は、重水素化リノレン酸、又は化学式(Ib)のその誘導体である(式中、Rがメチル、p=2、及びq=6)である。
【化9】
【0096】
いくつかのそのような実施形態では、少なくとも1つのYはDである。いくつかのさらなる実施形態では、YはそれぞれDである。いくつかのさらなる実施形態では、XはそれぞれHである。他の実施形態ではXの少なくとも1つはDである。いくつかのそのような実施形態ではR′は-ORであり、ここで、Rは、H又は置換基を有していてもよいC~C21アルキルである。一実施形態において、Rはエチルである。このような一実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、11,11,14,14-D4-リノレン酸、その薬学的に許容される塩、又はそのエチルエステルである。
【0097】
化学式(I)の多価不飽和脂質のいくつかの実施形態において、多価不飽和脂質は、重水素化アラキドン酸、又は化学式(Ic)のその誘導体である(式中、Rがn-ブチル、p=3、及びq=2)である。
【化10】
【0098】
いくつかのそのような実施形態では、少なくとも1つのYはDである。いくつかのさらなる実施形態では、YはそれぞれDである。いくつかのさらなる実施形態では、XはそれぞれHである。他の実施形態ではXの少なくとも1つはDである。いくつかのそのような実施形態ではR′は-ORであり、ここで、RはH又は置換基を有していてもよいC~C21アルキルである。一実施形態において、Rはエチルである。このような一実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸、その薬学的に許容される塩、又はそのエチルエステルである。
【0099】
化学式(I)の多価不飽和脂質のいくつかの実施形態において、多価不飽和脂質は、重水素化エイコサペンタエン酸、又は化学式(Id)のその誘導体である(式中、Rがメチル、p=4、及びq=2)である。
【化11】
【0100】
いくつかのそのような実施形態では、少なくとも1つのYはDである。いくつかのさらなる実施形態では、YはそれぞれDである。いくつかのさらなる実施形態ではXはそれぞれHである。他の実施形態では、Xの少なくとも1つはDである。いくつかのそのような実施形態では、R′は-ORであり、ここで、RはH又は置換基を有していてもよいC~C21アルキルである。一実施形態において、Rはエチルである。このような一実施形態では、重水素化多価不飽和脂質が7,7,10,10,13,13,16,16-D8-エイコサペンタエン酸、その薬学的に許容される塩、又はそのエチルエステルである。
【0101】
化学式(I)の多価不飽和脂質のいくつかの実施形態において、多価不飽和脂質は、重水素化ドコサヘキサエン酸又は化学式(Ie)のその誘導体(化学式中、Rがメチル、p=5、及びq=1)である。
【化12】
【0102】
いくつかのそのような実施形態では、少なくとも1つのYはDである。いくつかのさらなる実施形態では、YはそれぞれDである。いくつかのさらなる実施形態では、XはそれぞれHである。他の実施形態ではXの少なくとも1つはDである。いくつかのそのような実施形態ではR′は-ORであり、ここで、RはH又は置換基を有していてもよいC~C21アルキルである。一実施形態において、Rはエチルである。このような一実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、6,6,9,9,12,12,15,15,18,18-D10-ドコサヘキサエン酸、その薬学的に許容される塩、又はそのエチルエステルである。
【0103】
化学式(I)の化合物((Ia)~(Ie)を含む)の一実施形態では、多価不飽和脂質がR′=-O(CH)CH(OR)CH(OR)である。
及びRの各々がHである場合、係るエステルはモノグリセリドであり、R及びRの一方のみがHである場合、係るエステルはジグリセリドである。RもRもHでない場合、係るエステルはトリグリセリドである。
【0104】
(重水素化多価不飽和脂質の混合物)
いくつかの実施形態では、本方法は、本明細書に記載の多価不飽和脂質の混合物を投与することを含む。いくつかのそのような実施形態では、混合物中の少なくとも1つの多価不飽和脂質は、すべてのビス-アリル位で重水素化される。いくつかのさらなる実施形態では、混合物中の1つ以上の多価不飽和脂質は、1つ以上のモノ-アリル位でさらに重水素化される。いくつかのそのような実施形態において、多価不飽和脂質の混合物は、本明細書に記載される同じ脂肪酸又はその誘導体の2種以上を含み、様々な種の間の唯一の違いは、ビス-アリル位及び/又はモノ-アリル位における重水素の数である。例えば、混合物が重水素化リノレン酸を含む場合、以下の種を含むことができる。
【化13】
【0105】
同様に、混合物が重水素化リノレン酸又はその誘導体の種を含む場合、混合物は、様々なビス-アリル位及びモノ-アリル位に1~8個の重水素原子のいずれか1つを含む、リノレン酸の様々な種の組み合わせを含んでもよい。混合物が重水素化アラキドン酸又はその誘導体の種を含む場合、混合物は、様々なビス-アリル位及びモノ-アリル位に1~10個の重水素原子のいずれか1つを含む、様々なアラキドン酸の種の組み合わせを含んでもよい。混合物が重水素化エイコサペンタエン酸又はその誘導体の種を含む場合、混合物は、様々なビス-アリル位及びモノ-アリル位に1~12個の重水素原子のいずれか1つを含む、様々な種のエイコサペンタエン酸の組み合わせを含んでもよい。混合物が重水素化ドコサヘキサエン酸又はその誘導体の種を含む場合、混合物は、様々なビス-アリル位及びモノ-アリル位に1~14個の重水素原子のいずれか1つを含有する、様々な種のドコサヘキサエン酸の組み合わせを含んでもよい。
【0106】
本明細書に記載の多価不飽和脂質の混合物のいくつかの実施形態では、混合物が少なくとも50%、例えば、少なくとも50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、又は95%の重水素化の程度を有する。いくつかのさらなる実施形態では、重水素化の程度は少なくとも70%である。「重水素化度」、「重水素化の程度」という用語は、本明細書で使用される場合、重水素化を伴わない同じ化合物と比較した、化合物のビス-アリル位における重水素原子のパーセンテージを指す。それは以下のように計算してもよい:
【0107】
重水素化度(%)=化合物のビス-アリル位の重水素原子の数/化合物のビス-アリル位の水素及び重水素原子の総数。
【0108】
種々の重水素化度を有する重水素化化合物を含有する混合物(例えば、それぞれ33.3%及び66.7%の重水素化度を有する、化合物A及びBを等量含有する混合物)について、混合物の総重水素化度又は合計重水素化度は、以下のように計算され得る:
【0109】
化合物Aのモル百分率*化合物Aの重水素化度+化合物Bのモル百分率*化合物Bの重水素化度。
例えば、混合物が以下の3つの化合物を等モル量で含有する場合、重水素化度は66.7%である:
【化14】
重水素化の総百分率を決定するためのより実用的な方法は、プロトン-炭素13NMRビス-アリルピーク積分測定及び質量分析法による。
【0110】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態では、1種以上の重水素化多価不飽和脂質の第1の量は、対象に投与されるか、又は対象によって摂取された重水素化多価不飽和脂質及び任意の非重水素化脂肪、非重水素化脂肪酸又は脂肪酸エステルの総量の少なくとも約5%である。いくつかの他の実施形態では、1つ以上の重水素化多価不飽和脂質の第1の量は、対象に投与されるか、又は対象によって摂取された重水素化多価不飽和脂質及び任意の非重水素化脂肪、脂肪酸又は脂肪酸エステルの総量の約1%未満又は約1%である。
【0111】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態において、前記1種以上の重水素化多価不飽和脂質は、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与される。いくつかのそのような実施形態において、抗酸化剤は、コエンザイムQ、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンC、若しくはビタミンE、又はそれらの組み合わせを含む。
【0112】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、投与後に対象の組織(例えば、脳組織)に取り込まれる。
【0113】
[方法]
本発明の方法は、タウオパチーによって媒介される疾患モダリティに罹患している患者への1種以上の重水素化脂肪酸又はそのエステルの投与を伴う。具体的には、本発明は、異常なタウによって媒介される分解に対して神経細胞膜を安定化させるのに十分な量の前記脂肪酸又はそのエステルの投与することを提供する。
【0114】
一実施形態では、重水素化多価不飽和脂肪酸又はそのエステルの投与は、神経細胞が膜中の脂質/リン脂質の自然な代謝回転にもかかわらず、特にそれらの膜中に十分な量のこれらの重水素化脂肪酸を確実に保持するように維持される。本明細書に記載の様式で投与される場合、患者は実施例に示されるように、疾患進行の有意な低減を示す。
【0115】
そのような低減は、患者において、異常なタウが排除されるか、又は著しく毒性が低くなることを証明する。いずれにせよ、そのような投与の結果は、さらなる損傷から神経細胞を保護するうえでの実質的な改善である。
【0116】
以下の実施例8のように、生体内において13,13-D2-アラキドン酸に肝臓で変換される11,11-D2-リノール酸エチルエステルで患者を処置した。アラキドン酸はCNS及び、特に、それらの細胞膜を含む神経細胞において豊富に存在する。これらの神経細胞中の13,13-D2-アラキドン酸の治療用濃度を評価するために、臨床医は、赤血球中のその濃度を代用することができる。その場合、赤血球中の未重水素化アラキドン酸及び重水素化アラキドン酸の総量に対して13,13-D2-アラキドン酸の濃度が少なくとも約3.0%であれば、神経細胞中の13,13-D2-アラキドン酸の治療用濃度を証明することができる。アラキドン酸のビス-アリル部位での重水素化の量が増加することにつれて、脂質過酸化に対してより大きな安定性を与えるので、治療結果を達成するために必要なこれらのより高度に重水素化されたアラキドン酸分子の量は減少する。一般に、そのような治療濃度は以下に提供される:
【0117】
【表1】
【0118】
以下の投与スケジュールは、赤血球における代理によって測定される重水素化アラキドン酸の治療濃度を達成するように設計される。
【0119】
[投与量と投与スケジュール]
以下は、タウオパチーに罹患している患者を治療するための投与スケジュールを提供する。
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態では、投与レジメンは、プライマー期間及び維持期間とで提供される。プライマー期間(第1の投与期間)は、異常なタウから生じる酸化的損傷から神経細胞を安定化させるのに十分な濃度の重水素化多価不飽和脂肪酸(PUFA)を提供するのに必要な時間を最小限にするように設計される。維持用量は、神経細胞中の重水素化PUFAの治療濃度を維持するように設計される。
【0120】
(プライマー投与)
プライマー投与は、治療の開始から神経細胞の安定化を達成するまでの時間を最小限にするように、神経細胞における重水素化PUFAの負荷量を構成する。いくつかの実施形態では、患者に投与される1種以上の重水素化PUFAの毎日又は定期的な量は、約0.1g、0.2g、0.5g、1.0g、1.5g、2.0g、2.5g、3.0g、3.5g、4.0g、4.5g、5.0g、5.5g、6.0g、6.5g、7.0g、7.5g、8.0g、8.5g、9.0g、9.5g、10g、10.5g、11g、11.5g、12g、12.5g、13g、13.5g、14g、14.5g、15g、15.5g、16g、16.5g、17g、17.5g、18g、18.5g、19g、19.5g若しくは20g、又は先の値のいずれか2つによって定義される範囲である。いくつかの実施形態では、対象に投与される1種以上の重水素化多価不飽和脂質の第1の量は、約0.1g~約20g、約1g~約10g、2g~約5gである。一方の実施形態では、その量は約3g又は2.88gである。一部の実施例では、プライマー線量は約6g又は5.78gである。
【0121】
いくつかの実施形態において、投与される1つ以上の重水素化多価不飽和脂質は、単位用量形態である。単位用量は、薬学的用量の1つの丸剤、錠剤、又は他の方法で摂取可能な形態の医薬用量を構成し得る。いくつかの他の実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、1グラムの丸剤又はカプセル剤で提供される。例えば、用量が約3gである場合、それは、それぞれ約0.5g又は約1gの重水素化多価不飽和脂質を含有する1~6個の錠剤又はカプセル剤の形態で提供され得る。一実施形態では、第1の量は、3カプセルで投与される約3gであり、各カプセルは約1gの重水素化脂肪酸又は脂肪酸エステルを含有する。別の実施形態では、第1の量は3カプセルで投与される約2.88gであり、各カプセルには約0.96gの脂質が含まれる。
【0122】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、毎日又は定期的に投与することができる。いくつかの実施形態では、毎日又は定期的な用量は、1日に1回又は2回以上、例えば、1日2回、又は1日3回投与され得る。いくつかのそのような実施形態では、1日当たりに投与される脂質の量が約3g~約20g、約4g~約15g、又は約5g~約10gである。1つの実施形態では、1日当たりに投与される脂質の量が、1日3回のカプセルとして投与される約9g又は8.64gからである(各カプセルは3g又は2.88gの脂肪を含んでいる)。
【0123】
好ましい実施形態では、プライマー投与は、約3~約9グラムの重水素化PUFAの毎日又は定期的用量を構成する。より好ましくは、毎日又は定期的なプライマー投与は、約5g~約7gである。
【0124】
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態では、プライマー投与は、約1週間、2週間、3週間、4週間、5週間、6週間、7週間、8週間、又は12週間(3ヶ月)継続される。一実施形態では、第1の期間は約3ヶ月である。
【0125】
第1の投与期間の完了によって、リポソーム脂質二重層中の全ての重水素化脂肪酸の少なくとも20%の濃度(例えば、重水素化リノール酸及び重水素化アラキドン酸)は、治療濃度を提供する。好ましい実施形態では、リポソーム脂質二重層中の重水素化脂肪酸の濃度が約20%~約60%、より好ましくは約20%~約40%である。
【0126】
(第2投与期間)
本明細書に記載の方法のいくつかの実施形態では、投与方法は、1種以上の重水素化多価不飽和脂質の第2の用量又は維持用量を投与することをさらに含む。いくつかのそのような実施形態では、第2の投与期間は第1の期間が終了した直後に開始する。いくつかのそのような実施形態では、第2の期間は第1の期間よりも長い。いくつかのそのような実施形態では、1日当たり投与される第2の量が1日当たり投与される第1の量よりも約30~70%少ない。維持用量の目的は、リポソーム脂質二重層中の重水素化脂肪酸の治療濃度を約20%~約60%、より好ましくは約20%~約40%に維持するのに十分な重水素化PUFAを患者に提供することである。
【0127】
いくつかの実施形態では、対象に投与される1種以上の重水素化多価不飽和脂質の維持有効量は、プライマー投与の約30~70%、より好ましくはプライマー投与の約35~約65%である。好適な維持用量の例は0.1g、0.2g、0.5g、1.0g、1.5g、2.0g、2.5g、3.0g、3.5g、4.0g及び14gまでの半グラム刻みごとである。好ましい維持用量は、約0.1g~約10g、又は2g~約5gの範囲である。一方の実施形態では、第2の量は約3g又は2.88gである。
【0128】
いくつかの実施形態では、重水素化多価不飽和脂質の維持用量は、単一単位用量形態で投与される。いくつかの他の実施形態では、重水素化多価不飽和脂質は、2種以上の単位用量形態(すなわち、分割投与)である。いくつかの実施形態において、単位用量形態は、錠剤、カプセル剤、丸剤、又はペレット剤である。いくつかのさらなる実施形態において、経口投与のための単位用量形態、すなわち、経口剤形である。例えば、維持用量が約3gである場合、それぞれ約0.5g~3gの重水素化多価不飽和脂質を含有する1~6個の錠剤又はカプセル剤の形態で提供することができる。一実施形態では、第2の量は、3カプセルで投与される約3gであり、各カプセルは約1gの脂質を含有する。別の実施形態では、第2の量は、3カプセルで投与される約2.88gであり、各カプセルには脂質約0.96gが含まれる。
【0129】
本明細書に記載される方法のいくつかの実施形態では、1種以上の重水素化多価不飽和脂質の維持用量は、少なくとも、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月、5ヶ月、6ヶ月、7ヶ月、8ヶ月、9ヶ月、10ヶ月、11ヶ月、1年、又は患者の残りの寿命の間である、第2の期間にわたり投与され得る。
【0130】
本明細書に記載される方法のいくつかの実施形態では、本明細書に記載される1つ以上の多価不飽和脂質の第1の量及び/又は第2の量は、食事(例えば、朝食、昼食又は夕食)とともに、又は食後直ちに投与され得る。いくつかのそのような実施形態では、対象はまた、本明細書に記載の重水素化多価不飽和脂質の投与と同時に、投与前に、又は投与後に、1種以上の非同位体修飾多価不飽和脂質を摂取してもよい。いくつかの実施形態では、1種以上の重水素化多価不飽和脂質の第1の量は、対象に投与されるか、又は送達された対象によって摂取される前記重水素化多価不飽和脂肪酸、及び非重水素化脂肪、脂肪酸又は脂肪酸エステルの総量の少なくとも約5%、10%、15%、20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%又はそれ以上である。いくつかの他の実施形態では、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量は、対象に送達される多価不飽和脂肪酸及び多価不飽和脂肪酸エステルの総量の約5%、4%、3%、2%、1%、又は0.5%未満と同量又はそれら未満である。いくつかのそのような実施形態において、非同位体修飾PUFA又はその誘導体は、同位体修飾PUFAの投与と同時に、投与前に、又は投与後に摂取され得る。
【0131】
本明細書に記載される方法のいくつかの実施形態では、本明細書に記載される1種以上の同位体修飾多価不飽和脂質は、少なくとも1つの抗酸化剤とともに投与され得る。いくつかのそのような実施形態では、抗酸化剤は、コエンザイムQ、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンE、及びビタミンC、並びにそれらの組み合わせからなる群から選択される。いくつかのそのような実施形態において、少なくとも1つの抗酸化剤は、その多価不飽和脂質の投与と同時に、投与前に、又は投与後に摂取され得る。いくつかの実施形態では、抗酸化剤及び多価不飽和脂質は、単回投与形態であってもよい。いくつかの実施形態では、単回投与形態は、丸剤、錠剤、及びカプセル剤からなる群から選択される。
【0132】
11,11-D2-リノール酸エチルエステルの1つの好ましい第1及び第2の投与計画には、以下のものが含まれる:
第1回(プライマー)投与 第2回(維持)投与
約9グラム(例えば8.64g) 約6グラム
約9グラム(例えば8.64g) 約5グラム
約6グラム(例えば8.64g) 約4グラム
約6グラム(例えば5.88g) 約3グラム
約4グラム(例えば3.92g) 約3グラム
約4グラム(例えば3.92g) 約2グラム
【0133】
13,13-D2-アラキドン酸エチルエステルの1つの好ましい第1及び第2の投与計画には、以下のものが含まれる:
第1回(プライマー)投与 第2回(維持)投与
約6グラム 約4グラム
約6グラム 約3.5グラム
約4.5グラム 約3グラム
約4.5グラム 約2.5グラム
約3グラム 約2グラム
約3グラム 約1.5グラム
【0134】
7,7-10,10-D4-アラキドン酸エチルエステル又は7,7,13,13-D4-アラキドン酸エチルエステル又は10,10,13,13-D4-アラキドン酸エチルエステルの1つの好ましい第1及び第2の投与計画には、以下のものが含まれる:
第1回(プライマー)投与 第2回(維持)投与
約3グラム 約2グラム
約3グラム 約1.5グラム
約2グラム 約1グラム
約2グラム 約0.75グラム
約1グラム 約0.66グラム
約1グラム 約0.5グラム
【0135】
7,7,10,1013,13-D6-アラキドン酸エチルエステルの1つの好ましい第1及び第2の投与計画には、以下のものが含まれる:
第1回(プライマー)投与 第2回(維持)投与
約2.5グラム 約1.5グラム
約2グラム 約0.5~約1.5グラム
約1.5グラム 約0.5~約1グラム
約1.0グラム 約0.4~約0.8グラム
約0.75グラム 約0.5グラム
約0.5グラム 約0.25グラム
【0136】
いくつかの実施形態では、主治医が患者の状態によって保証されるように、プライマー投与量を上方に調整することができる。例えば、最初に約6グラムの11,11-D2-リノール酸エチルエステルを投与された患者は、患者の状態及び主治医の判断に基づいて、プライマー投与量を約9グラム日まで増加させることができる。
【0137】
いくつかの実施形態では、プライマー投与は、25~120日、好ましくは30日(1ヶ月)又は90日(3ヶ月)の期間継続される。
【0138】
いくつかの実施形態では、維持用量は、患者の残りの寿命の間継続される。
【0139】
[医薬組成物]
いくつかの実施形態は、(a)有効量の本明細書に記載の1つ以上の同位体修飾多価不飽和脂質、又はその薬学的に許容される塩;及び(b)薬学的に許容される担体、希釈剤、賦形剤、又はそれらの組み合わせを含む医薬組成物を含む。いくつかの実施形態では、多価不飽和脂質は、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルである。特定の一実施形態では、多価不飽和脂質は、11,11-D2-リノール酸エチルエステルである。
【0140】
多価不飽和脂質を塩形態として製剤化することが有用であり得ることも企図される。例えば、医薬化合物の特性を調整する手段としての塩形成の使用は周知である。Stahl et al., Handbook of pharmaceutical salts: Properties, selection and use (2002) Weinheim/Zurich: Wiley-VCH/VHCA; Gould, Salt selection for basic drugs, Int. J. Pharm. (1986), 33:201-217を参照のこと。塩形成は、溶解性を増加又は減少させるため、安定性又は毒性を改善するため、及び製剤の吸湿性を減少させるために使用することができる。
【0141】
塩としての多価不飽和脂質の製剤化には、塩基性無機塩形成剤、塩基性有機塩形成剤、及び酸性及び塩基性官能基の両方を含有する塩形成剤の使用が含まれるが、これらに限定されない。塩を形成するための様々な有用な無機塩基としては限定されるものではないが、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、及びフランシウムの塩などのアルカリ金属塩、並びにベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、及びラジウムなどのアルカリ土類金属塩、並びにアルミニウムなどの金属が挙げられる。これらの無機塩基としては、さらに、対イオン、例えば、炭酸塩、炭酸水素塩、硫酸塩、硫酸水素塩、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、リン酸塩、リン酸水素塩、リン酸二水素塩、亜リン酸塩、亜リン酸水素塩、水酸化物、酸化物、硫化物、アルコキシド(例えば、メトキシド、エトキシド、及びt-ブトキシド)などが挙げられる。塩を形成するための様々な有用な有機塩基としては、アミノ酸、塩基性アミノ酸(例えば、アルギニン、リジン、オルニチンなど)、アンモニア、アルキルアミン(例えば、メチルアミン、エチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミンなど)、複素環式アミン(例えば、ピリジン、ピコリンなど)、アルカノールアミン(例えば、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなど)、ジエチルアミノエタノール、ジメチルアミノエタノール、N-メチルグルカミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン、エチレンジアミン、ピペラジン、コリン、トロラミン、イミダゾール、ジオラミン、ベタイン、トロメタミン、メグルミン、クロロプロカイン、プロカインなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0142】
薬学的に許容される塩は、当技術分野において周知であり、上記の無機塩基及び有機塩基の多くを含む。薬学的に許容される塩は、食品医薬品局及び外国の規制当局によって承認された薬物に見られる塩及び塩形成剤をさらに含む。組み込まれる薬学的に許容される有機カチオンとしては、ベンザチン、クロロプロカイン、コリン、ジエタノールアミン、エチレンジアミン、メグルミン、プロカイン、ベネタミン、クレミゾール、ジエチルアミン、ピペラジン、及びトロメタミンが挙げられるが、これらに限定されない。組み込まれる薬学的に許容される金属カチオンとしてはアルミニウム、カルシウム、リチウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、亜鉛、バリウム、及びビスマスが挙げられるが、これらに限定されない。さらなる塩形成剤としてはアルギニン、ベタイン、カルニチン、ジエチルアミン、L-グルタミン、2-(4-イミダゾリル)エチルアミン、イソブタノールアミン、リジン、N-メチルピペラジン、モルホリン及びテオブロミンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0143】
上記のように有用な選択された化合物に加えて、いくつかの実施形態は、薬学的に許容される担体を含有する組成物を含む。本明細書で使用される「薬学的に許容される担体」という語は、哺乳動物への投与に適した、1種以上の適合性の固体又は液状の充填剤希釈剤又は封入剤を意味する。本明細書で使用される「適合性」という語は、組成物の成分が通常の使用状況下で組成物の薬学的有効性を実質的に低下させる相互作用がないような方法で、対象化合物と、及びお互いに混合することができることを手段する。薬学的に許容される担体はもちろん、好ましくは処置される動物、好ましくは哺乳動物への投与に適したものにするために、十分に高い純度及び十分に低い毒性でなければならない。
【0144】
薬学的に許容される担体には、例えば、固体又は液体の充填剤、希釈剤、ヒドロトロピー(hydroropies)、界面活性剤、及び封入物質が含まれる。薬学的に許容される担体又はその成分として役立ち得るいくつかの実例は、ラクトース、グルコース及びショ糖などの糖類;トウモロコシデンプン及びジャガイモデンプンなどのデンプン;カルボキシメチルセルロースナトリウム、エチルセルロース及びメチルセルロースなどのセルロース及びその誘導体;粉末トラガント;麦芽;ゼラチン;タルク;ステアリン酸及びステアリン酸マグネシウムなどの固体潤滑剤;硫酸カルシウム;落花生油、綿実油、ゴマ油、オリーブ油、トウモロコシ油及びカカオ属の油などの植物油;プロピレングリコール、グリセリン、ソルビトール、マンニトール及びポリエチレングリコールなどのポリオール;アルギン酸;TWEEN(登録商標)などの乳化剤;ラウリル硫酸ナトリウムなどの湿潤剤;着色剤;着香剤;錠剤化剤、安定剤;酸化防止剤;防腐剤;発熱性物質除去水;等張生理食塩水;及びリン酸緩衝液である。
【0145】
化合物の阻害活性を実質的に妨害しない、任意の薬学的に活性な材料が含まれてもよい。化合物と併せて使用される担体の量は、化合物の単位用量当たりの投与のための物質の実用的な量を提供するのに十分である。ここに記載されている製法に有用な製剤形態を作るための技法及び組成は、以下の参考文献にすべて盛り込まれている: Modern Pharmaceutics, 4th Ed., Chapters 9 and 10 (Banker & Rhodes, editors, 2002); Lieberman et al., Pharmaceutical Dosage Forms: Tablets (1989); and Ansel, Introduction to Pharmaceutical Dosage Forms 8th Edition (2004)。
【0146】
錠剤、カプセル、顆粒、及びバルクパウダー等の固形形態を含む、種々の経口投与形態が使用できる。錠剤には、圧縮、粉砕、腸溶性コート、糖衣、フィルムコーティング、又は多重圧縮で、適切な結合剤、潤滑剤、希釈液、崩壊剤、着色剤、着香剤、流動化剤、及び融解剤を含有し得る。液体経口投与剤形は、水溶液;乳化液、懸濁液、非発泡性顆粒から再構成された溶液及び/又は懸濁液、及び発泡性顆粒から再構成された発泡性調剤があり、適切な溶媒、防腐剤、乳化剤、懸濁剤、希釈剤、甘味料、融解剤、着色料、及び着香剤を含有し得る。
【0147】
経口投与のための単位用量形態の調製に適した薬学的に許容される担体は、当技術分野で周知である。錠剤は、典型的には、不活性希釈剤(例えば、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、マンニトール、ラクトース及びセルロースなど);結合剤(例えば、デンプン、ゼラチン及びスクロースなど);崩壊剤(例えば、デンプン、アルギン酸及びクロスカルメロースなど);滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸及びタルクなど)を含む。二酸化ケイ素などの滑剤を使用して、粉末混合物の流動特性を改善することができる。FD&C染料などの着色剤を外観のために添加することができる。甘味剤及び香味剤、例えばアスパルテーム、サッカリン、メントール、ペパーミント、及びフルーツフレーバーは、チュアブル錠のための有用な補助剤である。カプセルは、典型的には上記で開示された1つ以上の固体希釈剤を含む。担体成分の選択は、味、コスト、及び貯蔵安定性などの二次的考慮事項に依存するが、重要ではなく、当業者によって容易になされ得る。
【0148】
経口組成物はまた、液体溶液、エマルジョン、懸濁液などを含む。そのような組成物の調製に適した薬学的に許容される担体は、当技術分野で周知である。シロップ剤、エリキシル剤、乳剤及び懸濁剤のための担体の典型的な成分としては、エタノール、グリセロール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、液体スクロース、ソルビトール及び水などが挙げられる。懸濁液の場合、典型的な懸濁剤としてはメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、AVICEL RC-591、トラガント及びアルギン酸ナトリウムが挙げられ;典型的な湿潤剤としてはレシチン及びポリソルベート80が挙げられ;典型的な保存剤としてはメチルパラベン及び安息香酸ナトリウムが挙げられる。経口液体組成物はまた、上記で開示された甘味料、香味剤及び着色剤などの1つ以上の成分を含有することもできる。
【0149】
このような組成物はまた、対象化合物が所望の局所適用の近傍で胃腸管内に放出されるように、又は所望の作用を延長するために様々な時点で、典型的にはpH又は時間依存性コーティングを用いて、従来の方法によってコーティングされ得る。そのような剤形は典型的にはセルロースアセテートフタレート、ポリビニルアセテートフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、エチルセルロース、Eudragitコーティング、ワックス及びセラックのうちの1つ以上を含むが、これらに限定されない。
【0150】
本明細書に記載の組成物は、任意で、他の薬物活性物質又はサプリメントを含んでもよい。例えば、医薬組成物は、1つ以上の抗酸化剤と同時に投与される。いくつかの実施形態では、抗酸化剤がコエンザイムQ、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンE、及びビタミンC、並びにそれらの組み合わせからなる群から選択される。いくつかのそのような実施形態において、少なくとも1つの抗酸化剤は、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの投与と同時に、投与前に、又は投与後に服用され得る。いくつかの実施形態では、抗酸化剤及び11,11-D2-リノール酸又はそのエステルが単一剤形であってもよい。いくつかの実施形態では、単一剤形が丸剤、錠剤、及びカプセル剤からなる群から選択される。
【0151】
当業者であれば、本発明の精神から逸脱することなく、数多くの様々な修正を行うことができることを理解するのであろう。したがって、本明細書に開示される本発明の実施形態は、例示にすぎず、本発明の範囲を限定することを意図するものではないことを明確に理解されたい。本明細書で言及される任意の参考文献は、本明細書で議論される材料について、及びその全体において、参考として援用される。
【0152】
(共投与)
いくつかの実施形態において、本明細書に開示される多価不飽和脂質は、1つ以上の抗酸化剤と組み合わせて投与される。
【0153】
プロセスの確率的性質及び酸化防止剤処理に対するPUFA過酸化生成物(反応性カルボニル)の安定性のために、酸化防止剤はPUFA過酸化の負の効果を相殺することができないが、本明細書に記載されるものなどの酸化に耐性のある組成物との酸化防止剤の共投与は酸化ストレス関連障害を治療するために有益であることが証明され得る。
【0154】
共投与に有用であると考えられる特定の抗酸化剤としては、以下のものが挙げられる:ビタミンC及びビタミンEなどのビタミン;グルタチオン、リポ酸、尿酸、カロテン、リコピン、ルテイン、アントシアニン、シュウ酸、フィチン酸、タンニン、コエンザイムQ、メラトニン、トコフェロール、トコトリエノール、レスベラトロールを含むポリフェノール、フラボノイド、セレン、オイゲノール、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ユビキノン、Szeto-Schillerペプチド、及びミトコンドリア標的化抗酸化剤など。明示的に言及されない場合、前述の抗酸化剤のキノン誘導体もまた、共投与に有用であると考えられる。
【0155】
本開示のいくつかの追加の実施形態は、医薬組成物、処方情報、及び容器を含むキットに関し、医薬組成物は、治療有効量の本明細書に記載の1つ以上の同位体修飾多価不飽和脂質を含む。いくつかの実施形態では、同位体修飾多価不飽和脂質は、重水素化多価不飽和酸(PUFA)又はそのエステル、チオエステル、アミド、リン酸、若しくは他のプロドラッグ(リン脂質誘導体など)である。いくつかのさらなる実施形態では、重水素化PUFAは、11,11-D2-リノール酸及び/又はそのエステルである。ある特定の実施形態では、同位体修飾PUFAは、11,11-D2-リノール酸エチルエステルである。いくつかの実施形態では、処方情報は、対象に、医薬組成物を食物とともに摂取すること、又は医薬組成物を食間に摂取することを助言する。キットは、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを含む1つ以上の単位用量形態を含み得る。単位用量形態は、経口製剤であってもよい。例えば、単位用量形態は、丸剤、錠剤、又はカプセル剤を含み得る。キットは、複数の単位用量形態を含んでもよい。いくつかの実施形態では、単位用量形態は容器に収められている。いくつかの実施形態において、剤形は、11,11-D2-リノール酸又はそのエステル、例えばエチルエステルを含む、単回経口投与剤形である。
【0156】
本明細書に開示される方法、組成物及びキットは情報を含み得る。情報は医薬品の製造、使用又は販売を規制する政府機関によって規定された様式であってもよく、この通知はヒト又は獣医学的投与のための医薬品の様式の機関による承認を反映している。そのような情報は、例えば、処方薬について米国食品医薬品局によって承認されたラベル、又は承認された製品挿入物であってもよい。情報は、用量及び剤形、投与スケジュール及び投与経路、有害事象、禁忌、警告及び使用上の注意、薬物相互作用、並びに特定の集団における使用に関する、必要な情報を含むことができ(例えば、その全体が参照により本明細書に組み込まれる21 CFR§201.57を参照されたい)、いくつかの実施形態では、薬物の販売のために薬物上に存在するか、又は薬物と関連づけられることが必要とされる。いくつかの実施形態では、キットは、米国食品医薬品局などの政府機関の規制の承認を必要とする処方薬の販売のためのものである。いくつかの実施形態では、キットは、例えば、米国における消費者へのキットの販売のために、FDAなどの機関によって要求されるラベル又は製品挿入物を含む。好ましい実施形態では、情報は、起こり得る有害事象、例えば、胃腸の有害事象を低減するために、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを食間に、又は食事とともに摂取するように個体に指示するものである。
【0157】
指示及び/又は情報は、適切な媒体又は基材(例えば、情報が印刷される1枚又は複数枚の紙片)、コンピュータ可読媒体(例えば、情報が記録されたディスケット、CDなど)、又はインターネットを介してアクセスされ得るウェブサイトアドレス上の印刷情報を含む、様々な形態で存在し得る。印刷された情報は、例えば、医薬品に付随するラベルに、医薬品の容器に、医薬品とともに包装されて、又は医薬品とは別に患者に提供されてもよく、又は患者が独立して情報を取得できるように提供されてもよい(例えば、ウェブサイト)。印刷された情報はまた、患者の治療に関与する医療介護者に提供されてもよい。いくつかの実施形態では、情報は、口頭で人に提供される。
【0158】
いくつかの実施形態は、商業的販売に適した治療パッケージを含む。いくつかの実施形態は容器を含む。容器は薬学的に許容される材料、例えば、紙又は段ボールの箱、ガラス又はプラスチックのボトル又は瓶、再密封可能な袋(例えば、異なる容器内に入れるための錠剤の「詰め替え」を保持するため)、又は治療スケジュールに従ってパックから押し出すための個々の用量を有するブリスターパックから作製される、当該技術分野において公知の任意の従来の形状又は形態であり得る。使用される容器は、関連する正確な投与形態に依存することができ、例えば、従来の段ボール箱は一般に、液体懸濁液を保持するために使用されない。単一の剤形を販売するために、2つ以上の容器を単一のパッケージで一緒に使用することが可能である。例えば、錠剤は、ボトル内に収容され、当該ボトルが箱の内に収容されてもよい。
【0159】
情報は、例えば、本明細書に記載の剤形を含むボトルに接着して貼付されたラベル(例えば、処方箋ラベル又は別個のラベル)上に書かれること;単位用量パケットを含む箱の内側など、書かれた添付文書として容器の内部に含まれること;箱の壁面に印刷されるなど、容器に直接適用されること;又は、例えば、紐、コード又は他のライン、ランヤード若しくはテザータイプのデバイスを介してボトルの首に貼付された説明カードとして、又は紐づけ若しくはテープで貼付されることによって、容器に関連付けることができる。情報は、単位用量パック又はブリスターパック又はブリスターカード上に直接印刷されてもよい。
【0160】
1つの任意の除外成分において、神経変性疾患又は状態は、アルツハイマー病、パーキンソン病又は前頭側頭型認知症ではない。
【実施例
【0161】
上記は明確さ及び理解の目的のために、例示及び実施例によっていくらか詳細に記載されているが、本開示の趣旨から逸脱することなく、多数の及び様々な修正が行われ得ることが、当業者によって理解されるのであろう。したがって、本明細書に開示された形態は、例示的なものにすぎず、本開示の範囲を限定することを意図するものではなく、本発明の真の範囲及び趣旨に含まれるすべての修正形態及び代替形態も包含することを明確に理解されたい。
【0162】
(略語)
以下の略語は、以下の実施例において、及び本出願全体を通して使用される。これらの略語は、以下の意味を有する。定義されていない場合、略語は、それらの受け入れられている科学的/医学的意味を有する。
BM = 骨髄
cm = センチメートル二乗
D2-ADA = 13,13-D2-アラキドン酸
D2-Lin = 11,11-D2-リノール酸
D2-PUFA = ビス-アリルメチレンに2個の重水素原子を有する多価不飽和脂肪酸
DNA = デオキシ核酸
ER =小胞体
g = グラム
GSH = グルタチオン
4-HNE = 4-ヒドロキシノネナール
Lin = リノール酸
H2-LA = 非重水素化リノール酸
LPO = 脂質過酸化
MAM = ミトコンドリア関連ER膜
MCB = モノクロロビマン
MMP又はΔΨ = ミトコンドリア膜電位
MSC = 間葉系幹細胞
mV = ミリボルト
nM = ナノモル
nm = ナノメートル
PSP = 進行性核上性麻痺
PSPRS = 進行性核上性麻痺評価尺度
ROS = 活性酸素種
SEM = 平均値の標準誤差
SOD1 = フリーラジカル消去酵素-1
SOD2 = フリーラジカル消去酵素-2
SROS = スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群(進行性核上性麻痺-PSP)
TMRM = テトラメチルローダミンメチルエステル
μM = マイクロモル濃度
μm = ミクロン
UPDRS = 統一パーキンソン病評価尺度
【0163】
SROS患者由来の間葉系幹細胞における活性酸素種生成と脂質過酸化の逆転
【0164】
SROS患者由来の間葉系幹細胞に対するD2-Linの効果を、対照として非重水素化Linを用いて評価した。対照被験者からの骨髄吸引物からのMSC調製物を、H Hill S., et al., Free Radic. Biol. Med. (2012) 53:893-906及びCotticelli MG., et al., Redox Biol. (2013) 1:398-404.Radicに記載されているプロトコールに従って、SROSを有する3名の被験者と比較した。
【0165】
SROSを有する患者に由来するMSCは、年齢をマッチさせた対照被験者に由来するMSCと比較した場合、ミトコンドリアの健康状態の低下の特徴を示す。これらには、ミトコンドリア形態、数、及び機能の変化が含まれる。これらのSROS MSCをD2-PUFAとともに72時間インキュベートすると、これらのパラメータがコントロールのMSCレベルにまで回復する。
【0166】
SROS対象に由来するミトコンドリアの構造的及び機能的変化は、LPOの割合の増加、及びグルタチオンレベルの同時減少と関連した。これらの変化はまた、D2-Lin前処理で逆転した。パーキンソン病及びSROSに関連するグルタチオン欠乏症は、以前より認識されている。Fitzmaurice, et al., Movement Disorders, (2003) 18:969-976。さらに、SROSに関連するLPOも以前に報告されている。しかしながら、ここで報告されたD2-Lin実験は、LPOレベルの上昇の結果としてのGSH枯渇の間の明確な関連性を初めて提供する。さらに、グルタチオン-LPO軸は、LPO駆動型の非アポトーシス細胞死メカニズムであるフェロプトーシスと呼ばれる新しい細胞死様式と重なっており、SROS細胞の回復に特に関連性があることが示された。Sun, et al., Cell Death Disease (2018) 9:753-768。
【0167】
[実施例1.ミトコンドリア膜電位に対するD2-Linの効果]
MMPはミトコンドリアの健康状態の重要な指標であり、典型的には低値(100~140mV)に保たれる。正常なMMPレベルの長期間の低下又は上昇は、細胞生存性の喪失及び様々な病態を誘発し得る。ROS及びLPOのレベルはMMPに直接関連し、MMP>140mVで指数関数的に増加する。Zorova et al., Anal. Biochem. (2018) 552:50-59。MMPの蛍光指標を用いたところ、SROS-MSCは、対照MSCと比較して、有意にベースのMMPを増加させた。細胞をD-PUFAと72時間インキュベートすると、対照においてはMMPに影響を及ぼさなかったが、SROS患者由来のSROS細胞においてミトコンドリア膜電位を低下させた。
【0168】
[実施例2.ミトコンドリア構造に対するD2-Linの効果]
シナプス前終末は、典型的には複数のミトコンドリアを含む。異形状のミトコンドリアは、神経細胞に沿って、そして長い軸索及び精巧な樹状突起を通って輸送する経路を詰まらせる可能性がある。Mattson et al., Neuron (2009) 60:748-766。したがって、ミトコンドリアの形状は、ミトコンドリアの健康状態のもう一つの特徴である。また、ミトコンドリアの形成不全では、MAMを介したERとミトコンドリアとの間の伝達経路が損なわれ、さらに蛋白質のフォールディング、脂質代謝、Ca2+恒常性及びアポトーシスが妨害される。Lee et al., Mol. Cells (2018) 41:1000-1007。D-PUFAインキュベーションによるMMPの改善と同様に、SROS MSCに見られるミトコンドリア形態の異常は、D-PUFA前処理によって改善され、より均一な外観のミトコンドリアとなった。
【0169】
[実施例3.ミトコンドリア数に対するD2-Linの効果]
細胞内のミトコンドリアの数は、ミトコンドリア生合成とマイトファジーとのバランスによって調節される。したがって、ミトコンドリアバランスの正常な維持のために、SROS-MSCはミトコンドリア生合成を活性化させるはずである。しかしながら、ミトコンドリアの数の推定として非核領域におけるPicoGreen蛍光によって測定された細胞中のミトコンドリアDNAのレベルは、SROS-MSC(67.5%)では、対照MSCと比較して有意に低かった。様々な要因、例えば、過剰な融合は、細胞中のミトコンドリアの数を減少させ、呼吸障害、ATPの産生低下、及び酸化的損傷の増加をもたらし得る。Arun et al., Curr. Neuropharmacol. (2016) 14:143-154。しかしながら、細胞をD2-PUFAと72時間インキュベートすると、対照MSC及びSROS MSCの両方でミトコンドリアDNAが増加した。このことはSROS MSCにおいて特に顕著であり、レベルが対照よりもさらに増加し(67.5%から105.4%に対して、100%から109%)、D2-PUFAはMSCにおいてミトコンドリア数を完全に回復させることを強く示唆した。
【0170】
[実施例4.ミトコンドリア機能に対するD2-Linの効果]
SROSの原因は不明であるが、SOD1及びSOD2を含むミトコンドリア機能において重要なタンパク質をコードする多くの遺伝子が関与しており、ミトコンドリア機能不全及び過剰なROS生成並びに上昇したLPOにより説明される。Angelova et al., FEBS Lett. 2018;592:692-702。ミトコンドリアの活性酸素種(ROS)の産生は呼吸速度に関連し、このパラメータは、酸化により蛍光を発するミトコンドリア特異的プローブMitoTracker Red CM-H2xROSを使用して測定することができる。対照MSCとSROS MSCとの間に有意なベースの差異が見られた;これらの差異は、MSCをD2-Linとインキュベートした場合に逆転した(mitotracker ROS蛍光の割合、%:P1、169(対照)-106(D2-Lin);P2、288(対照)-138(D2-Lin)、P3、308(対照)-124(D2-Lin))。
【0171】
[実施例5.脂質過酸化に対するD2-Linの効果]
LPOは、SROSにおける初期の極めて重要な因子として関与している。具体的には、LPO連鎖反応の直接的な結果として、4-HNEなどのn-6 PUFA酸化生成物のレベルの増加が報告された。したがって、対照とSROS MSCの3つの細胞株との間の基礎MMP及びROS生成の差異は、LPO特異的プローブであるBODIPY C11によって検出されるように、LPOの割合の増加と関連していた。SROS MSCの脂質過酸化率は有意に高かった(対照の161.8±8.2%;N=7; p<0.001)。ここでも、D2-Linと細胞株の72時間のインキュベーションは、SROS MSCを正常レベルに回復させた。対照MSCにおけるLPOの割合は処置前の値の84.3%に減少し、効果はSROS MSCにおいてさらに顕著であった(161.8%から109.8%;N=8)。
【0172】
[実施例6.グルタチオンに対するD2-Linの効果]
グルタチオン関連機構は、LPO鎖の阻害/伝播を減速させること、並びにLPOの毒性最終産物の掃討に関与する主要な機構である。内因性抗酸化物質であるグルタチオンの消費は、酸化ストレスの間接的な尺度である。モノクロロビマン(MCB)を使用してGSHのレベルを測定したところ、SROS-MSCにおけるミトコンドリアのROSの過剰産生は、対照MSCと比較してGSHのレベルを有意に減少させた。非抗酸化型D2-PUFAとのインキュベーションはSROS MSCにおいてGSHのレベルを有意に増加させたが、対照株においては増加させなかった。この観察は、GSHに対するD-PUFAの効果がミトコンドリアROS過剰産生を減少させるミトコンドリア代謝に対するこれらの脂質の調節効果に起因することを示唆する。
【0173】
以下のインビトロ及びインビボの実施例は、タウオパチーを含む代表的な疾患としてPSPを利用している。タウオパチーが関与する他の疾患は、そこに記載されている方法によって治療することができる。
【0174】
[実施例7.インビトロでの結果]
BMからのMSC調製物を、以前に記載されたプロトコール[14~18]に従って対照被験者及びPSP被験者から得た。要するに、T75フラスコに入れた10%ウシ胎仔血清(FBS; Thermo Fisher Scientific)を補充したαMEM(Thermo Fisher Scientific、Waltham、MA、USA)中に50,000単核細胞/cmを播種したBM吸引物から、MSCを単離した。培養は37℃、20%O、5%COで行った。培地交換は週に2回行った。最初の播種の2週間後、TrypLE Select Enzyme (Thermo Fisher Scientific)を用いて37℃で10分間インキュベートして初代MSCコロニーを分離し、同じ培地で4000細胞/cmで再播種した。MSCの同一性は事前に評価された。その後の継代は、同じ工程に従って行った。継代4~6のMSCを全ての実験に使用した。PSP患者のBMは、Fondazione IRCCS Ca' Granda Ospedale Maggiore Policlinico(イタリア)の地方倫理委員会によって承認され、国立衛生研究所(Istituto Superiore di Sanita)の第I相細胞療法の国の所管官庁によって承認され、イタリア医薬品庁(Agenzia Italiana del Farmaco, AIFA)によって承認された臨床プロトコールに従って収集された。この試験はClinicalTrials.govに登録されている(NCT01824121)。すべてのBMドナーは、書面によるインフォームドコンセントを行った。
【0175】
[生細胞イメージング]
脂質過酸化は、共焦点顕微鏡(META検出システム内蔵のZeiss 710 LSM)を使用して測定した。脂質過酸化の速度は、C11-BODIPY 581/591(2μM;分子プローブ)を用いて測定し、これを488nm及び543nmレーザーラインによって励起し、505~550nmのバンドパスフィルター及び560nmのロングパスフィルター(40×油浸対物)を用いて蛍光を測定した。光毒性を防止するため、照明強度は最小限(レーザー光量の0.1~0.2%)に抑え、ピンホールは約2μmの光学スライスを与えるように設定した。明視野画像の追加を追加することで、異なる焦点面上に位置し、視覚的に異なる神経細胞とグリアを分離することができた。
【0176】
グルタチオンレベルの評価のために、PSP-MSC培養物を、50μMモノクロロビマン(MCB)(Molecular Probes、Invitrogen)とともに40分間、HEPES緩衝塩溶液中でインキュベートした後、画像化した。次いで、細胞をHEPES緩衝塩溶液で洗浄し、Zeiss 710 CLSMを使用して、励起405nm、蛍光435~485nmで、MCB-GSHの蛍光の画像を取得した。酸化によってミトコンドリアに蓄積する、MitoTracker(登録商標)Red CM-H2XRos(Thermo Fisher Scientific)を用いて、ミトコンドリアのROS生成速度を評価した。蛍光測定は561nmのレーザーで励起し、580nm以上の蛍光を検出することによって行った。ミトコンドリア膜電位(ΔΨm)を、25nMのテトラメチルローダミンメチルエステル(TMRM、Thermo Fisher Scientific)を用いて560nm励起で測定し、580nm以上の蛍光を測定した。Zスタック画像を収集し、Zenソフトウェア(Zeiss)を用いてTMRMの蛍光強度を解析した。
【0177】
D2-Linの脂質過酸化、ミトコンドリア機能、グルタチオン、ミトコンドリア膜電位、ミトコンドリア数、及びミトコンドリア構造に対する効果を、健康な、対照年齢をマッチさせた被験者に由来するMSCに対する効果と比較した。H2-LA及びD2-Linは、以前に記載されているように培養物に添加した[17]。
【0178】
LPO特異的プローブBODIPY C11を使用すると、PSP MSCは、対照と比較してLPOの割合が有意に高かった。細胞株をD2-Linと72時間インキュベートした後、PSP MSCは正常レベルに戻ったが(処理群)、非重水素化リノール酸(H2-LA)とインキュベートしたPSP MSC(対照)は、処理群のレベルの2倍を超えて上昇したままであった。
【0179】
グルタチオンレベルはMCBを用いて測定した。MCB強度は、HCと比較してPSP MSCにおいて減少した。D2-Linとのインキュベーション後(試験群)、グルタチオンレベルはHCレベルに回復したが、一方、H2-LAとのインキュベーション後のPSP MSCにおいては、グルタチオンレベルは低いままか、又は試験群において見出されるものよりも約30%低かった。
【0180】
[実施例8.インビボの結果]
PSPの可能性が高いと診断された3人の患者は、28項目の進行性核上性麻痺評価尺度(PSPRS)[19]及び統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)[20、21]を用いてベースライン評価を受けた。次いで、D2-Lin(2.88g BID;1日総量5.76g)で処置し、疾患の進行を観察した。2人目の男性患者は1年目の処置の後に用量を増加させた(2.88g TID;1日総量8.64g)。治療期間中、2つの評価尺度のスコアを3ヶ月毎に決定した。3カ月目に薬物動態(PK)サンプリングを行った。これらの分析物には、血漿及びRBC膜の(D2-LA)のレベルの及びその中枢活性代謝物D2-AAが含まれた。
【0181】
3例は男性2例(66歳、73歳)、女性1例(74歳)で、それぞれの治療前症状期間は、男性2例が6年及び3年であり、女性が2年であった。それぞれのベースラインPSPRSは、男性2例が17及び12であり、女性が13であった。それぞれのベースラインUPDRSは、男性2例が44及び36であり、女性が21であった。
【0182】
3カ月間の治療後、PSPRSの傾きは、過去の0.91ポイント/月の低下から平均0.16ポイント/月(+/-0.23SEM)の低下に変化した。UPDRSの傾きは、0.95ポイント/月の予想される増加から、0.28ポイント/月(+/-0.41SEM)のスコアの平均増加に変化した。
【0183】
3ヶ月目に、以下のデータを収集した:
【0184】
【表2】
【0185】
12ヶ月目に、以下のデータを収集した:
【表3】
【0186】
上記の結果は、治療結果を達成するためには、赤血球中のAAに対する11,11-D2-AAの割合が約3%は必要であることを証明している。このデータはさらに、赤血球中のAAに対する11,11-D2-AAの割合が、約5%が好ましく、6%又は8%がより好ましいことをさらに証明する。
【0187】
いずれにせよ、データは全体として、タウオパチーの代表例における疾患の進行が、本明細書に記載の方法によって有意に低減されることを示す。
【国際調査報告】