(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-05
(54)【発明の名称】ブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーセット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6851 20180101AFI20230329BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230329BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20230329BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230329BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20230329BHJP
C12Q 1/6837 20180101ALI20230329BHJP
C12Q 1/6874 20180101ALI20230329BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20230329BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230329BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230329BHJP
G01N 33/52 20060101ALI20230329BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALN20230329BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
C12Q1/02
C12Q1/6844 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6813 Z
C12Q1/6837 Z
C12Q1/6874 Z
C12Q1/6883 Z
G01N33/53 M
G01N33/50 P
G01N33/52 C
C12Q1/6869 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022549367
(86)(22)【出願日】2021-02-11
(85)【翻訳文提出日】2022-10-17
(86)【国際出願番号】 IB2021051121
(87)【国際公開番号】W WO2021161208
(87)【国際公開日】2021-08-19
(32)【優先日】2020-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522325090
【氏名又は名称】カーディオミックス エス.アール.エル.
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パッポーネ、カルロ
(72)【発明者】
【氏名】アナスタージア、ルイージ
(72)【発明者】
【氏名】チコンテ、ジュゼッペ
(72)【発明者】
【氏名】ヴィセドミニ、ガブリエーレ
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045DA02
2G045DA14
2G045DA35
2G045FA11
2G045FA34
2G045FB02
4B063QA07
4B063QA19
4B063QQ03
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4B063QS25
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4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
本発明は、ヒトにおけるブルガダ症候群(Brudaga Syndrome)の診断のための関連するバイオマーカーの特定のセット並びに関連する方法及びキットに関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)以下の表に列挙されている6個のmRNAからなるサブセット:
【表1】
(ii)以下の7個の代謝産物からなるサブセット:
2-アミノオクタン酸(2-aminooctanoate)、4-メトキシフェノールスルフェート(4-methoxyphenol sulfate)、ヒポタウリン(hypotaurine)、リシン(lysine)、N-アセチル-2-アミノオクタン酸(N-acetyl-2-aminooctanoate)、フェノールスルフェート(phenol sulfate)、γ-グルタミルロイシン(γ-glutamylleucine);及び
(iii)脂肪(lipid)ドデカン二酸(lipid docecenedioate)(C12:1-DC)
を少なくとも含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断用のバイオマーカーセット。
【請求項2】
以下の追加のバイオマーカーのうち1つ以上をさらに含む、請求項1に記載のバイオマーカーセット。
(i)以下からなる群から選択されるRNA:
【表2-1】
【表2-2】
【表2-3】
(ii)以下からなる群から選択される代謝産物:
5-メチルウリジン(リボチミジン)、
フィブリノペプチドA,ホスホノ-セリン(3)(fibrinopeptide A, phosphono-ser(3))、
グリコ-α-ムリコール酸(glyco-alpha-muricholate)、
3-(4-ヒドロキシフェニル)乳酸(3-(4-hydroxyphenyl)lactate)、
グルクロン酸(glucoronate)、
トランス-4-ヒドロキシプロリン(trans-4-hydroxyproline)、
(iii)ホスファチジルイノシトール(16:0/18:1);又は、
これらの組み合わせ。
【請求項3】
以下を含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断用の請求項2に記載のバイオマーカーのセット:
(i)以下の表に列挙されている44個のRNAからなるサブセット:
【表3-1】
【表3-2】
(ii)以下の13個の代謝産物からなるサブセット:
2-アミノオクタン酸(2-aminooctanoate)、
3-(4-ヒドロキシフェニル)乳酸(3-(4-hidroxyphenyl)lactate)、
4-メトキシフェノールスルフェート(4-methoxyphenol sulfate)、
ヒポタウリン(hypotaurine)、
リシン(lysine)、
グルクロン酸(glucoronate)、
トランス-4-ヒドロキシプロリン、
N-アセチル-2-アミノオクタン酸(N-acetyl-2-aminooctanoate)、
フェノールスルフェート(phenol sulfate)、
γ-グルタミルロイシン(γ-glutamylleucine)、
5-メチルウリジン(リボチミジン)(5-methyluridine (ribothymidine))、
フィブリノペプチドA,ホスホノ-セリン(3)、
グリコ-α-ムリコール酸;及び
(iii)以下の脂質からなるサブセット:
ドデカン二酸(dodecenedioate)(C12:1-DC)、
ホスファチジルイノシトール(16:0/18:1)。
【請求項4】
ヒトの生体サンプル中における、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のバイオマーカーセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出する又は発生の濃度を測定するためのインビトロ方法。
【請求項5】
以下のステップを含む、前記バイオマーカーセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出するための請求項4に記載のインビトロ方法:
(a)mRNAマイクロアレイ検出、リアルタイムPCR、ドロップレットデジタルPCR(Droplet Digital PCR)、又はハイブリダイゼーション系アッセイ(hybridization-based assay)からなる群より選択されるアッセイと、branched DNA(bDNA)技術(すなわち、QuantiGene(登録商標)アッセイ)、又はそれらの組み合わせにより、サブセット(i)のうちの6~44個のRNAの存在を検出すること、
(b)アッセイ、例えば、MS、GC-MS、蛍光分析若しくは比色分析、NMR、ナノプローブを用いた分光分析、酵素結合オリゴヌクレオチドアッセイ(Enzyme-Linked oligonucleotide assay)、又はそれらの組み合わせからなる群より選択されるアッセイにより、サブセット(ii)のうちの7~13個の代謝産物及びサブセット(iii)のうちの少なくとも1又は両方の脂質を検出すること、
ここで、正常対照と比較して全てのバイオマーカーの陽性検出は、ブルガダ症候群の影響を受けている患者の同定を可能とする。
【請求項6】
以下のステップを含む、前記バイオマーカーセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの濃度を測定する請求項4に記載のインビトロ方法:
(a)定量PCR、好ましくは、リアルタイムPCT、ドロップレットデジタルPCR、Quantigeneアッセイ、又はそれらの組み合わせ等の定量的技術により、サブセット(i)のうちの6~44個のRNAを定量すること、
(b)HPLC、MS、NMR分析、ELONA、又はそれらの組み合わせから選択される技術により、サブセット(ii)の代謝産物のうちの7~13個を定量すること、
(c)HPLC、MS、NMR分析、又はそれらの組み合わせから選択される技術により、サブセット(iii)の脂質のうちの少なくとも1つ又は両方を定量すること、
ここで、正常対照と比較してのバイオマーカーの濃度の増加はブルガダ症候群との診断を示す。
【請求項7】
生体サンプルが、全血、血漿、血清、末梢血、及びPBMCからなる群より選択される、請求項4~請求項6のいずれか1項に記載のインビトロ方法。
【請求項8】
ヒトが無症状(asymptomatic)である、請求項4~請求項7のいずれか1項に記載のインビトロ方法。
【請求項9】
ヒトが、家族歴、心房細動及び/又は心室細動の既往、糖尿病、又は肥満により、ブルガダ症候群のリスクが高い、請求項4~請求項8のいずれか1項に記載のインビトロ方法。
【請求項10】
人が約40歳以下である、請求項4~請求項9のいずれか1項に記載のインビトロ方法。
【請求項11】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のサブセット(i)のRNAのそれぞれと、少なくとも85%、90%、95%、96%、97%、98%、99%又は100%相補的なオリゴヌクレオチドを含み、
ここで、前記オリゴヌクレオチドは固体支持体に任意選択的に(optionally)付着しているプライマー又はプローブである、キット。
【請求項12】
以下のステップを含む、ブルガダ症候群の診断を示すためのコンピュータにより実行される方法:
(a)コンピュータ上で、ヒトについてのバイオマーカー情報を取得すること、ここで、前記バイオマーカー情報は、請求項1~請求項3に記載のセットに含まれるバイオマーカーのそれぞれについてのバイオマーカー値(biomarker values)を含んでいる;
(b)コンピュータで、前記バイオマーカー値の分類を行う。
【請求項13】
ブルガダ症候群の診断を示すことが、複数の分類から決定される、ブルガダ症候群との診断の可能性を示すことを含む、請求項12に記載のコンピュータにより実行される方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトにおけるブルガダ症候群(Brudaga Syndrome)(BrS)の診断のための関連するバイオマーカーの特定のセット及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブルガダ症候群(BrS)は、心電図上で右心房線にcoved型のST上昇を示し、構造的に正常な心臓を有する患者において心臓突然死(SCD)のリスクが増加することにより定義される遺伝性不整脈疾患である[1-4]。
【0003】
ブルガダ症候群は心臓突然死の5~40%を占めると報告されており、幼児及び小児にも発症するものの、40歳未満の個人における重要な死因である[5-7]。本症候群はアジア地域で流行しており[6]、女性よりも男性に8~10倍多く見られるようである。
【0004】
本症候群は典型的には心停止又は失神として現れ、30代~40代に発症する[3,4,6]が、大多数の患者は心臓の構造的に正常で無症状であり、通常は偶発的に診断される。
【0005】
ブルガダ症候群のリスク層別化、特に無症状の患者におけるリスク層別化は、依然として臨床的な課題となっている。
【0006】
不整脈基質の程度は、心室細動(VF)及び心室頻拍(VT)の誘発性の唯一の独立した予測因子であり、リスク層別化及び治療のための新たなマーカーとして考慮される可能性があることが示された[8]。
【0007】
現在、自然発生的なタイプ1(spontaneous type 1)心電図パターンを有し、不整脈に由来する心臓突然死又は失神を回避した被験者は、将来の不整脈イベントのリスクが最も高く、デバイス関連の合併症及び不適切なショックのリスクがあるものの、植込み型除細動器(ICD)を受けることが推奨されている。
【0008】
現在、ブルガダ症候群の診断は、典型的な心電図(ECG)シグナルの同定に基づいており、この信号は、自然発生(1型)である場合と、アジマリン(ajmaline)又はフレカイニド(flecainide)等のナトリウムチャネル遮断薬を静脈内投与して行う薬理試験により誘導される場合がある。BrSについての診断として考慮されるためには、心電図上で、右肋間高位(第2~4肋間)にある右心室誘導(主にV1、V2)にcoved型のST上昇を含むパターンが見られる必要がある。
【0009】
アジマリンチャレンジは、自然発生的な1型心電図パターンを持たない人においてブルガダ症候群を診断するための、現在最も正確な検査法である。正常な心筋細胞を有する患者では、アジマリンは心電図にほとんど影響を与えない。この薬剤は、ブルガダ1型パターンのマスキングを解除する強力なツールであり[10]、偽陰性率が36%とされるフレカイニドよりも正確であることが証明されている[11]。しかし、アジマリンの投与は、診断手順中にVT/VFを誘発する可能性がある。そのため、アジマリン負荷によるブルガダ診断検査は、安全上の理由から、いくつかの国ではスクリーニング検査として許可されていない場合がある。また、その危険性から、患者自身が検査を拒否するケースもある。さらに、この方法は、体外式膜酸素供給装置(ECMO)チームを有する病院において、経験豊富なスタッフを必要とする。そのため、この手術は広く行われておらず、患者は手術のために長距離を移動する必要がある。経済的な観点からも、この手術は高価であり、イタリアの国民医療制度にとってかなりの負担となっている。その結果、潜在的な患者は適時に、又は全く診断検査を受けることができず、心臓突然死の危険にさらされることになる。
【0010】
さらに、ブルガダ症候群には、無視できない遺伝的要因がある。それは、常染色体優性遺伝で、不完全な浸透率の異質なチャネル異常である[9]。
【0011】
現在までに、ブルガダ症候群の患者において25の遺伝子における約300の病原性変異が同定されているが、そのほとんど(25~30%)が染色体3p22上のSCN5a遺伝子(心臓ナトリウムチャネルNaV1.5のα-サブユニットをコードする)に関与している[10]。ブルガダ症候群に関連する他の遺伝子病変には、CACNA1C、SCN10a、PKP2、TRPM4、KCNH2、及び少なくとも18の他の遺伝子におけるヘテロ接合型変異が含まれる。SCN5aのヘテロ接合型変異は、ブルガダ症候群の全症例の11~28%を占めている[11]。
【0012】
国際公開公報WO2014/152364(A1)には、(a)SCN5a遺伝子によってコードされる全長mRNAのレベル、(b)切断されたSCN5aタンパク質をコードするSCN5aスプライスバリアントのmRNAのレベル、(c)SCN5aスプライシング因子遺伝子によってコードされるmRNAのレベル、及び/又は(d)小胞体ストレス反応(Unfolded protein response)(UPR)の遺伝子によってコードされるmRNAのレベルを検出することによって、対象におけるブルガダ症候群の存在を同定し;(a)、(b)、及び/又は(d)のレベルが対照レベルに対して低下している場合、及び/又は、(c)のレベルが対照レベルに対して上昇している場合に、上記症候群の存在を同定する方法が開示されている。
【0013】
しかし、ブルガダ症候群の患者の約90%は、SCN5a遺伝子に変異がない。
【0014】
また、SCN5a遺伝子以外の遺伝子の変異によって引き起こされるブルガダ症候群もあり、遺伝学的評価はさらに複雑になっている。例えば、ブルガダ症候群-2(表現型MIM #611777)は、GPD1L遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-3(表現型MIM #611875)及びブルガダ症候群-4(表現型MIM #611876)は、心電図上のQT間隔の短縮を含む表現型であるが、それぞれCACNA1C及びCACNB2遺伝子の変異により引き起こされる。ブルガダ症候群-5(表現型MIM ♯612838)は、SCN1B遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-6(表現型MIM ♯613119)は、KCNE3遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-7(表現型MIM ♯613120)は、SCN3B遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-8(表現型MIM ♯613123)は、HCN4遺伝子の変異によって引き起こされる。
【0015】
科学界ではブルガダ症候群をイオンチャネル病とみなしているが、更なる証拠から、この症候群は他の要因によっても発生することが示唆されている。例えば、ある研究では、α-トロポミオシンヘテロ接合体変異がHCMとブルガダ症候群を繋いでいるように見受けられ、サルコメア病(sarcomeropathies)についての役割を示唆している[12]。本発明者らによって発表された別の研究では、MYBPC3遺伝子の病原性バリアントとブルガダ症候群との潜在的な関連性が初めて示された[13]。実際、サルコメア特性の変化は、不整脈発生及び突然死に直接的に関与している[14-16]。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
この多因子疾患の複雑性及び分子レベルでの多くの遺伝子変異の存在を考慮すると、遺伝子検査はブルガダ症候群の臨床診断を確認するためだけに用いられることはあっても、あらゆる対象の疾患の診断を下すために用いることは適さないと考えられる。
【0017】
このような遺伝子スクリーニングの限界から、ブルガダ症候群の確認、及びすでに発症している患者の予後の確立の両方を目的としたバイオマーカーの探索は急務である。
【0018】
この方向で、ナトリウムチャネル遮断薬を使用してブルガダ症候群のマスキングを解除する積極的なスクリーニングが体系的に導入され、この疾患の診断及び発生率が大幅に増加したが、その真の有病率はまだ不明である[17]。しかしながら、診断に使用される薬物チャレンジは、生命を脅かす可能性のある心室性不整脈の発生と関連する可能性があるため、安全な病院環境がない場合には、その普及に限界がある。
【0019】
以上のことから、ブルガダ症候群を診断するための、より時間的及び費用的に効率的で、感度が高く、非侵襲的な臨床検査が必要とされており、最終的には薬剤チャレンジに取って代わるか、又は薬剤チャレンジが少なくともそのような初期の臨床検査スクリーニングに陽性である個体に限定され、遺伝子スクリーニングの限界を克服できるような検査が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の著者らは、従来技術に影響を及ぼす様々な技術的問題を克服し、あらゆる患者(ここでは無症状の対象も含む)におけるブルガダ症候群の診断に信頼性及び感度の高い方法を提供することを可能にする、関連するバイオマーカーセットを同定した。
【0021】
具体的には、著者らは、ブルガダ症候群の影響を受けている患者では、末梢血において検出可能な病気の徴候があることを発見した。特に、ブルガダ症候群の影響を受けている患者で見つかった変異遺伝子の数及び多様性が増加していることから、この病気は心臓以外の細胞区画にも影響を及ぼしている可能性がある、との仮説を著者らは立てた。そこで、病態の複雑さ及び患者集団内での不均一性を考慮し、大規模なバイオインフォマティクス及び計算プラットフォームの支援を受けて、末梢血漿とPBMCのマルチオミクス(ゲノム、トランスクリプトーム、メタボローム)特性評価を行った結果、ブルガダ症候群と統計的に有意な関連性のあるバイオマーカーセットを同定することにつながった。
【0022】
本発明のバイオマーカーセットの使用の重要な利点は、SCN5a遺伝子等の他の既知の遺伝子バイオマーカーの遺伝子型又は発現にかかわらず、ブルガダ症候群の幅広いサブタイプのセットにおける診断及び予後的有用性を含むことである。
【0023】
また、本発明のバイオマーカーセットは、ブルガダ症候群の患者のリスク認証に非常に有用であり得る。さらに、本発明のバイオマーカーセットによる陽性結果は、症状の有無とは関係なく、ブルガダ病に罹患している患者を特定することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、CMTRXテクニカルレプリケートサンプル作成手順のスキームを示す。
【
図2】
図2は、本発明の15個の特徴(14個のバイオマーカー+患者年齢)のマルチオミクス(multiomic)ブルガダ症候群のセットのROC曲線を示す。
【
図3】
図3は、本発明のブルガダ症候群マルチオミクス15特徴パネル(メタボロミクス、リピドミクス、トランスクリプトミクス)の特異性及び感度を示す。
【
図4】
図4は、本発明の60個の特徴(59個のバイオマーカー+患者年齢)のマルチオミクスブルガダ症候群のセットのROC曲線を示す。
【
図5】
図5は、本発明のブルガダ症候群マルチオミクス60特徴パネル(メタボロミクス、リピドミクス、トランスクリプトミクス)の特異性及び感度を示す。
【
図6】
図6は、60個未満の特徴を用いて実施したテストの精度の曲線を示す。
【
図7】
図7は、60個以上の特徴を用いた場合のテストの精度の曲線が到達するプラトーを示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
したがって、本発明の目的の1つは、
(i)以下の表1に列挙されている6個のmRNAからなるサブセット;
【表1】
(ii)以下の7個の代謝産物からなるサブセット:
2-アミノオクタン酸(2-aminooctanoate)、4-メトキシフェノールスルフェート(4-methoxyphenol sulfate)、ヒポタウリン(hypotaurine)、リシン(lysine)、N-アセチル-2-アミノオクタン酸(N-acetyl-2-aminooctanoate)、フェノールスルフェート(phenol sulfate)、γ-グルタミルロイシン(γ-glutamylleucine);及び
(iii)脂肪(lipid)ドデカン二酸(lipid docecenedioate)(C12:1-DC)、
を少なくとも含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断用の、14個のバイオマーカーからなるセットである。
【0026】
本発明に係る14個のバイオマーカーからなるセットは、任意の対象のPBMC集団について、約72~75%の全体的な精度でブルガダ症候群の疾患を診断することを可能にする。
【0027】
バイオマーカーの数を14個から59個に増やすことで、PBMC集団に対するテストの全体的な精度を約87%にすることが可能である。60個以上のバイオマーカーを使用した場合、テストの精度にプラトーが見られる(
図7参照)。
【0028】
本発明のサブセットは、59個を超えない範囲で、上記に列挙したサブセット(i)~(iii)に属するバイオマーカーをさらに含んでいてもよい。
【0029】
したがって、本発明の別の目的は、以下の追加のバイオマーカーのうち1つ以上をさらに含む、14個のバイオマーカーのセットである:
(i)以下からなる群より選択されるRNA:
【0030】
【0031】
【0032】
【0033】
(ii)以下からなる群より選択される代謝産物:
5-メチルウリジン(5-methyluridine)(リボチミジン(ribothymidine))、
フィブリノペプチドA,ホスホノ-セリン(3)(fibrinopeptide A, phosphono-ser(3))、
グリコ-α-ムリコレート(glyco-alpha-muricholate)、
3-(4-ヒドロキシフェニル)乳酸(3-(4-hydroxyphenyl)lactate)、
グルクロン酸(glucoronate)、
トランス-4-ヒドロキシプロリン(Trans-4-hydroxyproline)、
(iii)ホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)(16:0/18:1);又は、
これらの組み合わせ。
【0034】
好ましくは、上記の全ての追加のバイオマーカーが、本発明に係るバイオマーカーセットに含まれるが、それらの一部のみが含まれる中間的な解決手段もまた、本発明の範囲に企図される。
【0035】
したがって、さらに好ましい実施形態によれば、本発明の別の課題は、以下を含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断用の59個のバイオマーカーからなるセットである:
(i)以下の表3に列挙されている44個のRNAからなるサブセット:
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
(ii)以下の13個の代謝産物からなるサブセット:
2-アミノオクタン酸、
3-(4-ヒドロキシフェニル)乳酸、
4-メトキシフェノールスルフェート、
ヒポタウリン、
リシン、
グルクロン酸、
トランス-4-ヒドロキシプロリン、
N-アセチル-2-アミノオクタン酸、
フェノールスルフェート、
γ-グルタミルロイシン、
5-メチルウリジン(リボチミジン)、
フィブリノペプチドA,ホスホノ-セリン(3)、
グリコ-α-ムリコール酸;及び
(iii)以下の脂質からなるサブセット:
ドデカン二酸(dodecenedioate)(C12:1-DC)、
ホスファチジルイノシトール(16:0/18:1)。
【0040】
本発明の別の目的は、ヒトの生物学的試料における、上記のバイオマーカーセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出する又は発生の濃度を測定するためのインビトロ方法である。
【0041】
信頼性の高い結果を得るために、インビトロ法では、少なくとも14セットのバイオマーカーから最大59セットのバイオマーカーの存在の検出又は濃度の測定を予測する必要がある。
【0042】
特定の実施形態において、本発明は、以下のステップを含む、ヒトの生体試料における上記バイオマーカーセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出するためのインビトロ方法を提供する:
(a)mRNAマイクロアレイ検出、リアルタイムPCR(Real-Time PCR)、ドロップレットデジタルPCR(Droplet Digital PCR)、又はハイブリダイゼーション系アッセイ(hybridization-based assay)からなる群より選択されるアッセイと、branched DNA(bDNA)技術(すなわち、QuantiGene(登録商標)アッセイ)、又はそれらの組み合わせにより、サブセット(i)のうちの6~44個のRNAの存在を検出すること、
(b)アッセイ、例えば、MS、GC-MS、蛍光分析若しくは比色分析、NMR、ナノプローブを用いた分光分析、酵素結合オリゴヌクレオチドアッセイ(Enzyme-Linked oligonucleotide assay)、又はそれらの組み合わせからなる群より選択されるアッセイにより、サブセット(ii)のうちの7~13個の代謝産物及びサブセット(iii)のうちの少なくとも1又は両方の脂質を検出すること、
ここで、正常対照と比較して全てのバイオマーカーの陽性検出は、ブルガダ症候群の影響を受けている患者の同定を可能とする。
【0043】
別の実施形態によれば、本発明は、以下のステップを含む、ヒトの生態サンプルにおける上記バイオマーカーセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの濃度を測定するためのインビトロ方法に関する:
(a)定量PCR、好ましくは、リアルタイムPCT、ドロップレットデジタルPCR、Quantigeneアッセイ、又はそれらの組み合わせ等の定量的技術により、サブセット(i)のうちの6~44個のRNAを定量すること、
(b)HPLC、MS、NMR分析、ELONA、又はそれらの組み合わせから選択される技術により、サブセット(ii)の代謝産物のうちの7~13個を定量すること、
(c)HPLC、MS、NMR分析、又はそれらの組み合わせから選択される技術により、サブセット(iii)の脂質のうちの少なくとも1つ又は両方を定量すること、
ここで、正常対照と比較してのバイオマーカーの濃度の増加はブルガダ症候群との診断を示す。
【0044】
全てのバイオマーカーが陽性であれば、患者が無症状又は有症状にかかわらず、その患者がブルガダ症候群の影響を受けていることを意味する。
【0045】
本発明の好ましい実施形態によれば、上記生体試料は、全血(whole blood)、血漿(plasma)、血清(serum)、末梢血(peripheral blood)、及びPBMCからなる群から選択される。好ましくは、前記生体試料は、血漿及び/又はPBMCである。上述の方法の別の実施形態によれば、出発生体試料は、成人対象又は子供、男性又は女性対象から無差別に得ることができる。
【0046】
本発明の好ましい実施形態において、上記ヒトは、無症状(asymptomatic)である(すなわち、構造的に正常な心臓を有する)か、又は、家族歴、心臓の心房及び/又は心室細動の既往、糖尿病、又は肥満によりブルガダ症候群の高いリスクを有するかのいずれかであってもよい。
【0047】
より好ましくは、上記ヒトは、約40歳以下である。
【0048】
本発明はさらに、表1の少なくとも6個のmRNAからなるサブセット(i)から、最大で表3の44個のRNAからなるサブセット(i)までを検出するためのキットに関しており、上記キットは、mRNA配列(i)のそれぞれと、少なくとも85%、90%、95%、96%、97%、98%、99%又は100%相補的なオリゴヌクレオチドを含み、ここで、上記オリゴヌクレオチドは、固体支持体に任意選択的に(optionally)付着しているプライマー又はプローブである。また、本発明のこの実施形態では、表2に列挙されている38個のRNAのうちの1つ以上との中間的な組み合わせも企図されている。
【0049】
次に、本発明を、非限定的な例示の目的で、その好ましい実施形態に従って、特に添付の図を参照しながら説明する。
図1は、CMTRXテクニカルレプリケートサンプル作成手順のスキームを示す。
図2は、本発明の15個の特徴(14個のバイオマーカー+患者年齢)のマルチオミクス(multiomic)ブルガダ症候群のセットのROC曲線を示す。
図3は、本発明のブルガダ症候群マルチオミクス15特徴パネル(メタボロミクス、リピドミクス、トランスクリプトミクス)の特異性及び感度を示す。
図4は、本発明の60個の特徴(59個のバイオマーカー+患者年齢)のマルチオミクスブルガダ症候群のセットのROC曲線を示す。
図5は、本発明のブルガダ症候群マルチオミクス60特徴パネル(メタボロミクス、リピドミクス、トランスクリプトミクス)の特異性及び感度を示す。
図6は、60個未満の特徴を用いて実施したテストの精度の曲線を示す。
図7は、60個以上の特徴を用いた場合のテストの精度の曲線が到達するプラトーを示す。
【0050】
以下の実施例は、単に例示であって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0051】
<実施例1:本発明のブルガダ症候群のバイオマーカーのセットのマルチオミクス同定>
材料及び方法
[倫理に関する声明]
ヒトが参加する研究で行われた全ての手順は、機関及び/又は国の研究委員会の倫理基準、ヘルシンキ宣言及びその後の修正、又は同等の倫理基準に従ったものである。研究デザインは、San Raffaele病院の倫理委員会(Protocol BASED-version 07/01/2004)によって審査された。
【0052】
[患者の登録]
集団研究は、ブルガダ(BrG)群及び対照(CG)群の2群(300人/群)で構成されている。期待された登録期間は24ヶ月である。
【0053】
患者は以下について評価された:
・全血球数、肝機能、甲状腺機能、及び凝固機能を含む基礎検査;
・経胸壁心電図。
【0054】
2群の包含/除外基準はそれぞれ以下の通りである。
ブルガダ群:18歳以上で、アジマリン検査が陽性であるか、又は心外膜アブレーションを受けるSCDのリスクが高いと考えられる一連のブルガダ症候群患者は全て本試験に登録され得る。
対照群:アジマリン検査が陰性でブルガダ症候群でないことが確認された、構造的に正常な心臓を持つ患者集団。
【0055】
対照群についての包含基準:
・年齢:18歳以上
・アジマリンテストでブルガダ症候群を有しないことが確認された。
対照群についての除外基準:
・駆出率(ejection fraction):55%未満
・血行再建術が必要な冠動脈疾患
・心臓手術の既往
・心臓弁膜症に対する最近の外科的/経皮的インターベンション(6ヶ月未満)
・余命:1年以下
・手順及び試験への同意が不可能な方
【0056】
[トランスクリプトーム解析]
トランスクリプトーム解析を、San Raffaele病院のCenter for Translational Genomics and Bioinformaticsで行った。
【0057】
RNAの品質は2100 Bioanalyzer(Agilent社)で確認し、RINが7以上のRNAを解析の対象とした。ライブラリを作成するために、TruSeq stranded mRNAプロトコルを実施した。このプロトコルは、100ngのトータルRNAから開始する5’/3’ライブラリの偏りのない調製を可能にした。ライブラリはバーコード化され、プールされ、Illumina Nova-Seq 6000シーケンサで配列決定された。RNA-Seq実験は、各ランで75nt長のシングルエンド30Mリードを生成して実施された。アダプタのトリミング後、RNA-Seq実験内で生成された配列は、STARアライナー(20)を用いてゲノムにアライメントし、適切なアノテーション(RNA-Seq用の最後のGencode(22)リリースからの遺伝子)にフィーチャーカウント(21)を用いてカウントされた。
【0058】
[血漿でのメタボロミクス解析]
サンプルは、自動MicroLab STAR(登録商標)システム(HamiltonCompany社)を用いて調製された。QC目的のため、抽出プロセスの最初のステップの前に、いくつかの回収標準物(recovery standards)を添加した。タンパク質を除去し、タンパク質に結合しているか又は沈殿したタンパク質マトリックスに捕捉されている小分子を解離させ、化学的に多様な代謝物を回収するために、タンパク質をメタノールで2分間激しく振盪しながら沈殿させ(Glen Mills GenoGrinder 2000)、その後遠心分離をした。得られた抽出物を、ポジティブイオンモードのエレクトロスプレーイオン化(ESI)を用いた2種類の逆相(RP)/UPLC-MS/MS法による分析用に2つ、ネガティブイオンモードESIを用いたRP/UPLC-MS/MS法による分析用に1つ、ネガティブイオンモードESIを用いたHILIC/UPLC-MS/MS法による分析用に1つ、バックアップ用に1つのサンプルの合計5つのフラクションに分けて保存した。サンプルはTurboVap(登録商標)(Zymark社)上に短時間置いて有機溶媒を除去した。サンプル抽出液は窒素下で一晩保存した後、分析に備えた。
【0059】
[QA/QC]
各実験サンプルを少量ずつ採取して作成したプールマトリクスサンプル(又は、十分に特性化されたヒト血漿のプールを使用)は、データセット全体の技術的複製として機能し、抽出した水サンプルはプロセスブランクとして機能し、内因性化合物の測定に干渉しないよう慎重に選択したカクテルQC標準は、全ての分析サンプルに添加し、装置性能モニタリング及びクロマトグラフィーアライメントの補助として機能した。
【0060】
以下の表4及び表5に、これらのQCサンプル及び標準を説明する。
【0061】
【0062】
【0063】
機器のバラツキは、質量分析計に注入する前に各サンプルに添加された標準物質の相対標準偏差(RSD)の中央値を計算することによって決定された。プロセス全体のバラツキは、プールされたマトリックスサンプルの100%に存在する全ての内因性代謝産物(すなわち、非機器的標準物質)のRSD中央値を計算することによって決定された。実験サンプルは、
図1に示すように、QCサンプルが注入の間に等間隔で配置され、プラットフォームラン全体でランダムに配置された。
図1は、クライアント特異的テクニカルレプリケートの作成方法を示している。各クライアントサンプル(色の付いた円柱)の少量のアリコートをプールしてCMTRXテクニカルレプリケートサンプル(複数の色の付いた円柱)を作成し、これをプラットフォームの実行中に定期的に注入している。一貫して検出される生化学物質間の変動は、プロセス及びプラットフォームの全体的な変動の推定値を算出するために使用することができる。
【0064】
[超高性能液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析計(UPLC-MS/MS)]
全ての方法で、Waters ACQUITY超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)及びThermo Scientific Q-Exactive高分解能/高精度質量分析計、加熱エレクトロスプレーイオン化(HESI-ii)源、35000質量分解能で動作するOrbitrap質量分析計をインターフェースとして使用した。サンプル抽出物を乾燥させた後、4つの方法に適合する溶媒に再構成した。それぞれの再構成溶媒には、注入及びクロマトグラフィーの一貫性を確保するために、一定濃度の一連の標準物質が含まれていた。1つのアリコートは、より親水性の高い化合物のためにクロマトグラフィー的に最適化された酸性ポジティブイオン条件下で分析された。この方法では、0.05%のパーフルオロペンタン酸(PFPA)及び0.1%のギ酸(FA)を含む水とメタノールを用いて、C18カラム(Waters UPLC BEH C18-2.1x100mm,1.7μm)から抽出物をグラジエント溶出した。別のアリコートは、酸性ポジティブイオン条件でも分析されたが、より疎水性の高い化合物用にクロマトグラフィーが最適化されている。この方法では、メタノール、アセトニトリル、水、0.05% PFPA、0.01% FAを使用して、同じ前述のC18カラムから抽出物をグラジエント溶出し、全体的に高い有機含量で操作された。別のアリコートは、別の専用C18カラムを用いた塩基性マイナスイオン最適化条件での分析を行った。塩基性抽出物は、メタノール及び水、ただしpH8で6.5mM重炭酸アンモニウムを使用してカラムからグラジエント溶出した。4番目のアリコートは、水及びアセトニトリルに10mMギ酸アンモニウム、pH10.8のグラジエントを使用してHILICカラム(Waters UPLC BEH Amide 2.1x150mm,1.7μm)から溶出してマイナスイオン化により分析した。MS分析は、MS及びデータ依存のMSnスキャンを交互に行い、ダイナミック排除を使用した。スキャン範囲は方法によって若干異なるが、70~1000m/zをカバーしていた。生データファイルはアーカイブされ、以下に示すように抽出される。
【0065】
[データ抽出及び化合物同定]
Metabolon社のハードウェア及びソフトウェアを用いて、生データの抽出、ピーク同定、及びQC処理を行った。化合物の同定は、精製された標準物質のライブラリ登録物又は再発した未知物体との比較により行われた。Metabolon社は、認証された標準物質をベースに、保持時間/インデックス(RI)、質量電荷比(m/z)、クロマトグラフィーデータ(MS/MSスペクトルデータを含む)を含むライブラリを維持管理しており、ライブラリ内の全ての分子について確認することができる。さらに、生化学的同定は、同定しようとする分子の狭いRIウィンドウ内の保持指標、ライブラリとの正確な質量一致+/- 10ppm、実験データと真正標準との間のMS/MSフォワード及びリバーススコアの3つの基準に基づいて行われる。MS/MSスコアは、実験スペクトル中に存在するイオンとライブラリスペクトル中に存在するイオンを比較することに基づいている。これらの分子間には、これらの要因のうちの1つに基づく類似性があり得るが、3つのデータポイント全てを利用することで、生化学物質を区別し差別化することが可能である。3300以上の市販の精製標準化合物が取得されており、分析特性を決定するために全てのプラットフォームでの分析に登録されている。また、再発特性(クロマトグラフィー及び質量分析の両方)により同定されている構造的に未同定の生化学物質については、追加の質量分析登録物(mass spectral entries)が作成されている。これらの化合物は、将来、適合する精製標準物質を入手するか、又は古典的な構造解析によって同定される可能性がある。
【0066】
[キュレーション]
統計解析及びデータ解釈に利用できる高品質なデータセットを確保するため、様々なキュレーション手順を実施した。QC及びキュレーションプロセスは、真の化学物質を正確かつ一貫して同定し、システムのアーキファクト、ミスアサインメント及びバックグラウンドノイズを示すものを除去するように設計されている。各化合物のライブラリのマッチングは、各サンプルについて確認され、必要に応じて修正された。
【0067】
[代謝産物の定量及びデータの正規化]
ピークは曲線下面積(area-under-the-curve)を用いて定量化された。数日間にわたる試験の場合、機器の日間調整差に起因する変動を補正するために、データの正規化ステップを実施した。基本的には、各化合物の中央値を1(1.00)として登録し、それに比例して各データポイントを正規化することにより、実行日単位で補正を行った(「ブロック補正」と呼ばれる)。1日以上の分析が必要でない試験では、データの視覚化の目的以外には正規化は必要ない。特定の例では、生化学データは、各サンプルに存在する物質の量の違いによる代謝産物レベルの違いを考慮し、追加の因子(例えば、細胞数、ブラッドフォードアッセイで決定した総タンパク質、浸透圧等)に対して正規化されている場合がある。
【0068】
[血漿でのリピドミクス解析]
Metabolon社(Morrisville,USA)がリピドミクス解析を実施した。脂質は、Lofgrenら[19]の方法に従って、自動BUME抽出を用いて、重水素化内部標準の存在下で血漿から抽出した。抽出物は窒素下で乾燥させ、酢酸アンモニウムジクロロメタン:メタノールに再構成した。
【0069】
抽出物をバイアル瓶に移し、nano PEEKチューブ及びSciex SelexIon-5500 QTRAPを備えたLC(島津製作所)でインフュージョンMS分析を実施した。サンプルはポジティブモード及びネガティブモードのエレクトロスプレーで分析された。5500 QTRAPはMRMモードで動作させ、合計1,100回以上のMRMを行った。
【0070】
個々の脂質種は、各標的化合物のシグナル強度と割り当てられた内部標準のシグナル強度の比をとり、サンプルに加えられた内部標準の濃度を乗じることによって定量された。脂質クラス濃度はクラス内の全分子種の合計から算出し、脂肪酸組成は各クラスが個々の脂肪酸で構成されている割合を算出することで決定した。
【0071】
[血漿中のスフィンゴミエリンの決定]
ヒト血漿中のスフィンゴミエリン含量を、蛍光測定スフィンゴミエリンアッセイキット(Abcam社)を用いて測定した。簡単に説明すると、ヒト血漿(1:10で希釈)をスフィンゴミエリナーゼで37℃、2時間処理し、セラミド及びホスホコリンを得た。次に、ホスホコリンと結合する蛍光色素AbRedとインキュベートし、分光蛍光光度計で分析した。スフィンゴミエリン濃度は、既知濃度のスフィンゴミエリンで定義した標準曲線と蛍光発光の内挿により決定した。
【0072】
[統計解析]
バイオマーカーアッセイは、タンパク質、代謝産物、又は遺伝子発現等、日常的に何万もの個々の結果を報告している。このようなバイオマーカーの観測結果は膨大であるため、バイオマーカーを何らかの反応変数に関連付ける必要がある場合、分類又は評価の問題での利用は複雑となる。特に、特定のバイオマーカー(又はバイオマーカーのカテゴリー)を応答変数に関連付ける先験的な情報がない場合は、この傾向が顕著である。
【0073】
このため、応答変数に最も関連するバイオマーカー観測値を特定するために、特徴選択アルゴリズム(feature selection algorithms)が一般的に採用されている。
【0074】
テンプレート指向の遺伝的アルゴリズム(template-oriented genetic algorithm)が採用されている。
【0075】
[結果]
本試験に登録された患者は、アジマリン検査の結果に基づいて2群に分けられた。各群(対照群及びブルガダ群)に含まれる患者数は293名であり、合計586名であった。表4には、各群の人口統計学的特徴が示されている。
【0076】
【0077】
[メタボロミクス]
メタボロミクスのデータセットから、586名の対象者(症例293名及び対照293名を含む)における984種の化合物の正規化濃度が得られた。その後の分析では、169種の生体異物(xenobiotics)を全て排除した。したがって、メタボロミクスデータセットは、815種の代謝産物によって構成されていた。
【0078】
[リピドミクス]
リピドミクスデータセットにより、586名の対象者(症例293名及び対照293名を含む)における1021種の化合物の正規化濃度が得られた。その後の解析から排除された脂質はなかった。
【0079】
[トランスクリプトミクス]
トランスクリプトミクス解析により、586名の対象者(症例293名及び対照293名を含む)における15155種のRNA分子が検出された。その後の解析から排除されたRNAはなかった。
【0080】
[バイオマーカーの決定]
メタボロミクス、リピドミクス、及びトランスクリプトミクスのデータのみを組み合わせて、バイオマーカー探索を行った。
テンプレート指向の遺伝的アルゴリズムを適用した結果、ブルガダ症候群の診断に有用な15~60個の特徴(患者の年齢を含む)が最も重要であることが明らかになった。
以下の表7に示す通り、14個のバイオマーカーのセットは6個のmRNA、1個の脂質、及び7個の代謝産物を含む。
【0081】
【0082】
以下の表8に示す通り、59個のバイオマーカーのセットは44個のRNA、13個の代謝産物、及び2個の脂質を含む。
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
次に、「材料及び方法」の項で述べたように、サポートベクターマシン分類を用いて、試験集団のブルガダ症候群の診断を予測した。
【0087】
図2及び
図3は、15個の特徴(バイオマーカー14個+患者の年齢)を全て用いた、このような一分類の結果の代表例を示す。この代表例では、分類は以下のような結果をもたらした:
・全体的な精度:72.0%
・特異性:65.7%
・感度:77.6%
【0088】
トレーニング集団(training population)は、75%が本発明者らのデータセットで構成され、残りの25%は検証プロセスに使用された。この方法に従ってデータセットを無作為に200回分割し、それぞれの無作為分割を利用して独立したサポートベクターマシンモデルを学習させた。この200回の無作為化モデルの結果を比較し、整合性を確認した。
【0089】
図4及び
図5は、60個の特徴(バイオマーカー59個+患者の年齢)を全て用いた、このような一分類の結果の代表例を示す。この代表例では、分類は以下のような結果をもたらした:
・全体的な精度:87.2%
・特異性:82.2%
・感度:91.7%
【0090】
「感度」及び「特異性」という用語は、検出されたバイオマーカーの値に基づいて、ある個人をブルガダ症候群を有するか否かに正しく分類する能力を定義する。「感度」とは、ブルガダ症候群を有する個人を正しく分類することに関するバイオマーカーの性能を示す。「特異性」とは、ブルガダ症候群を有しないヒトを正しく分類するためのバイオマーカーの性能を示す。したがって、対照試料とブルガダ症候群患者のセットを試験するために定義されたマーカーのパネルの84%の特異度と91%の感度は、対照試料の84%がパネルによって対照試料として正しく分類され、ブルガダ症候群試料の91%がパネルによってブルガダ症候群試料として正しく分類されたことを意味する。
【0091】
最後に、60個未満の特徴と60個以上の特徴でテストを行った場合の精度を比較した。一般的に、使用する特徴が15個から60個の間では予測能力が直線的に増加し(
図6参照)、60個から150個の間ではプラトーになる(
図7参照)ことが確認されている。
【0092】
したがって、60個が最適な特徴数であるが、少なくとも15個の特徴を用いれば同等に、有意な本症の診断が可能であり得る。
【0093】
[リファレンス]
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