(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-06
(54)【発明の名称】がん細胞遊走を防止または阻害するための細胞外マトリックスを架橋可能な化合物の使用
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20230330BHJP
A61P 35/04 20060101ALI20230330BHJP
A61K 41/00 20200101ALI20230330BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/352 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/11 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/353 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/525 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/5415 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/132 20060101ALI20230330BHJP
A61K 31/728 20060101ALI20230330BHJP
C07D 311/94 20060101ALN20230330BHJP
C07D 311/62 20060101ALN20230330BHJP
C07D 475/14 20060101ALN20230330BHJP
C07D 311/82 20060101ALN20230330BHJP
C07D 279/36 20060101ALN20230330BHJP
C08B 37/08 20060101ALN20230330BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P35/04
A61K41/00
A61K39/395 D
A61K31/352
A61K31/11
A61K31/353
A61K31/525
A61K31/5415
A61K31/132
A61K31/728
C07D311/94 101
C07D311/62
C07D475/14
C07D311/82
C07D279/36
C08B37/08 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022549042
(86)(22)【出願日】2021-02-12
(85)【翻訳文提出日】2022-10-11
(86)【国際出願番号】 GB2021050345
(87)【国際公開番号】W WO2021161034
(87)【国際公開日】2021-08-19
(32)【優先日】2020-02-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】500341551
【氏名又は名称】ケンブリッジ エンタープライズ リミティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】デュア、メリンダ ジェーン
(72)【発明者】
【氏名】バシュタノヴァ、ウリアナ
(72)【発明者】
【氏名】ラジャン、ラケシュ
【テーマコード(参考)】
4C084
4C085
4C086
4C090
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB26
4C085AA13
4C085EE01
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086BC88
4C086BC89
4C086CB09
4C086EA25
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C090AA09
4C090BA67
4C090BB18
4C090BB53
4C090BB99
4C090CA34
4C090DA23
4C206AA01
4C206AA02
4C206CB02
4C206FA01
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB26
(57)【要約】
本発明は、がんの進行の分野に関する。本発明は、腫瘍または切除した腫瘍の全部または一部、あるいは腫瘍近傍の全部または一部を、架橋剤などの、がん細胞の遊走および/または増殖を妨げる薬剤と接触させることによって、腫瘍また切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害し、それにより浸潤および転移を阻害するためのインビボ方法を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する方法において使用するための、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含み、それにより、前記腫瘍の部位または前記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する組成物であって、前記方法が、
(i)前記腫瘍、
(ii)前記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)前記腫瘍もしくは前記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、当該組成物と接触させることを含み、
好ましくは、前記薬剤が、前記腫瘍中および/または前記腫瘍周囲の細胞外マトリックス(好ましくはヒアルロン酸)を架橋することが可能な架橋剤である、組成物。
【請求項2】
対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する方法であって、
(i)前記腫瘍、
(ii)前記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)前記腫瘍もしくは前記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含む組成物と接触させることを含み、それにより、前記腫瘍の部位または前記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する、方法。
【請求項3】
対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害するための組成物の製造における、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤の使用であって、それにより、前記腫瘍の部位または前記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害し、前記方法が、
(i)前記腫瘍、
(ii)前記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)前記腫瘍もしくは前記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を前記組成物と接触させることを含む、使用。
【請求項4】
前記腫瘍が、癌腫、肉腫、胚細胞腫瘍、および芽腫からなる群から選択される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項5】
前記腫瘍が、脳または神経系のがん、乳房のがん、内分泌系のがん、眼のがん、消化器のがん、泌尿生殖器または婦人科のがん、頭頸部のがん、皮膚のがん、胸部または呼吸器のがん、およびHIV/AIDS関連がんからなる群から選択される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項6】
前記腫瘍が、原発性脳がんであり、好ましくは、多形膠芽腫(GBM)、神経膠腫、びまん性正中神経膠腫、混合性神経膠腫、星細胞腫、乏突起膠腫、髄芽腫、松果体部腫瘍、非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍(AT/RT)、および原始神経外胚葉性腫瘍(PNET)からなる群から選択され、好ましくはGBMである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項7】
前記腫瘍が、膵管腺がん(PDAC)または骨肉腫である、請求項1から請求項5のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項8】
前記薬剤が、
(a)(i)前記腫瘍中のがん細胞を架橋すること、および/または、
(ii)前記腫瘍中および/もしくは前記腫瘍周囲の細胞外マトリックスを架橋すること、および/または、
(iii)がん細胞を前記腫瘍中および/もしくは前記腫瘍周囲の細胞外マトリックスに架橋すること、ならびに/あるいは、
(b)前記腫瘍または前記切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の細胞外マトリックスの粘度および/または分子の絡み合いを増加させること、好ましくは前記腫瘍中および/または前記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に二次的なネットワークを形成することによって増加させること、が可能なものである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項9】
前記薬剤が架橋剤である、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項10】
前記架橋剤が、前記腫瘍の周囲の細胞外マトリックス(ECM)の成分を架橋することが可能なものであり、好ましくは、前記ECMの成分が、ヒアルロン酸、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ECMプロテオグリカン、ECM糖タンパク質、がん細胞によって発現された細胞外タンパク質、およびエクソソームのタンパク質または他の成分からなる群から選択され、より好ましくは、前記ECMの成分がヒアルロン酸またはコラーゲンである、請求項9に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項11】
前記架橋剤が、アミン、チオール、およびカルボニル(アルデヒド、エステル、チオエステル、カルボキシレート、ケトン、およびアミド官能基を含む)から選択された化学基を架橋することが可能なものである、請求項9または請求項10に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項12】
前記架橋剤が、ゲニピン、グルタルアルデヒド、グリオキサール(およびその誘導体)、プロアントシアニジン、ならびにリボフラビン(と光活性光)、フルオレセイン(と光活性光)、ポリアミン、メチレンブルー(と光活性光)、トリエンチン、および酸化ヒアルロン酸からなる群から選択される、請求項9から請求項11のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項13】
前記架橋剤が、光によって活性化することができるかまたは続いて活性化される光活性化可能な薬剤である、請求項9から請求項12のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項14】
前記薬剤が抗体を含む、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項15】
前記薬剤が、
(i)前記腫瘍の部位における細胞外マトリックスの成分であるポリマー、または、
(ii)前記腫瘍の部位における細胞外マトリックスの成分でないポリマーであり、
前記腫瘍中および/もしくは前記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に前記ポリマーから二次的なネットワークが形成されるか、あるいは、
(iii)前記ECMの1つ以上の成分と化学的に反応して前記ECMの粘度および/または分子の絡み合いを増加させる部分(moiety)であって、但し前記ECMの1つ以上の成分を架橋することはない部分である、請求項8の(b)に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項16】
前記ポリマーが、ヒアルロン酸またはその誘導体、コラーゲンまたはその誘導体、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、およびポリグリコール酸・乳酸共重合体またはその前駆体からなる群から選択される、請求項15に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項17】
(i)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程前に適用され、好ましくは、前記組成物が前記対象に全身投与され、前記薬剤が前記腫瘍に特異的なターゲティング部分を含むか、
(ii)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程前に局所的に適用されるか、
(iii)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程中に1回以上適用されるか、
(iv)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程後に適用され、好ましくは、前記組成物が前記腫瘍の除去後に腫瘍腔内に局所投与されるか、あるいは、
(v)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程後に適用され、好ましくは、前記組成物が前記腫瘍の除去後に前記対象に全身投与され、前記薬剤が前記除去されるべき腫瘍に特異的なターゲティング部分を含む、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項18】
対象上または対象内の腫瘍または切除した腫瘍の部位におけるがん細胞の休眠または分化を誘導するインビボ方法であって、
(i)前記腫瘍、
(ii)前記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)前記腫瘍もしくは前記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含む組成物と接触させることを含み、それにより、前記がん細胞または前記腫瘍においてがん細胞の休眠もしくは腫瘍の休眠またはがん細胞の分化を誘導し、好ましくは、前記薬剤が請求項9から請求項16のうちのいずれか一項に記載の薬剤である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がんの進行の分野に関する。本発明は、腫瘍または切除した腫瘍の全部または一部、あるいは腫瘍の近傍の全部または一部を、がん細胞の遊走および/または増殖を妨げる薬剤と接触させることにより、腫瘍または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害し、それにより浸潤および転移を阻害するためのインビボ方法を提供する。
【0002】
がん治療法の発展にもかかわらず、がん転移は依然としてがん治療における重大な課題である。がん細胞の遊走性または転移性表現型への移行と遊走がん細胞の生存が宿主組織および腫瘍細胞外マトリックスの生化学的組成や生物力学的特性に依存することは、これまでに十分に記録されている。遊走がん細胞は、原発性腫瘍が位置する宿主組織の他の領域に浸潤したり、他の組織に移動して治療が困難な転移性腫瘍を形成したりする場合がある。
【0003】
がん細胞が転移するには、腫瘍を取り囲む細胞外マトリックスを通って遊走する必要がある。細胞外マトリックスの組成は、非常に動的なものであり、各組織に特異的であるが、一般的には、コラーゲンと、ヒアルロン酸と、組織特異的な糖タンパク質およびプロテオグリカンとからなる[T.R. Cox, J.T. Erler, Disease Models and Mechanisms 4 (2011) 165]。すべての組織における主要な成分は、コラーゲンまたはヒアルロン酸(ヒアルロナンもしくはヒアルロン酸塩とも呼ばれる)のいずれか、あるいはその両方である。コラーゲンとヒアルロン酸は、細胞外マトリックスの主な構造要素であり、細胞生物学において重要な役割を担っている。ヒアルロン酸は、CD44などの細胞表面受容体との相互作用によって、また、やはり細胞と相互作用する細胞外マトリックスプロテオグリカンの一次形成体であることによって、細胞の接着、運動性、成長、および分化を制御する。線維性コラーゲン(I型、II型、III型、およびV型コラーゲン)は、存在する場合、(がん)細胞遊走の不可欠な構成要素となり、細胞が組織を通って移動するための通路を提供する[C. Walker, et al., Int. J. Molec. Sci. 19 (2018) 32]。非線維性のIV型コラーゲンは、特殊な細胞外マトリックスである基底膜の主な構造成分であり、細胞シグナル伝達の役割をいくつか担っている。
【0004】
腫瘍環境における、構造的細胞外マトリックス成分または修飾因子の過剰発現または過少発現は、腫瘍の予後と有意な相関がある。例えば、多くのがんは、周囲のECMへのI型もしくはIV型コラーゲンの沈着またはコラーゲンを修飾する酵素に関連している[S. Xu, et al., J. Trans. Med. 17 (2019) 302]。このようながんとしては、乳がん[T. Oskarsson, The Breast, 22 (2013) S66)、膵管腺がん[M. Weniger, K. C. Honselmann, A.S. Liss, Cancers, 10 (2018) 32]、肺がん[G. Burgstaller, et al., Eur. Resp. J. 50 (2017) 1601805]、および肝臓がん[R. Zhang, et al., BMC Cancer, 18, (2018) 901]が挙げられ、コラーゲン沈着の増加が起こると腫瘍の予後が悪くなることが多い[S. Xu, et al., J. Trans. Med. 17 (2019) 302]。ヒアルロン酸は転移性がん細胞の生存を促進すると仮定されており、ヒアルロン酸を過剰発現させる腫瘍もまた予後不良に関連していることが多い[P. Lu, et al., J. Biol. Chem. 196 (2012) 395]。
【0005】
がん細胞の遊走には、遊走がん細胞体が通過するための空間を作り出すために、腫瘍および宿主組織の細胞外マトリックスの構造成分の分解および/または変形が必要とされる[K. Wolf, P. Friedl, Trends in Cell Biology 21 (2011) 736]。そのため、コラーゲンを分解するメタロプロテアーゼ(MMP)とヒアルロン酸を分解するヒアルロニダーゼの発現は、転移性腫瘍によく見られる特徴である[C. Bonnans, et al., Nature Reviews Molec. Cell Biol. 15 (2014) 786; C.O. McAtee, et al., Adv. Cancer Res. 123 (2014) 1]。
【0006】
細胞の接着、遊走、および腫瘍の進行におけるコラーゲンとヒアルロン酸の明白な役割は、宿主または腫瘍の組織がヒアルロン酸もしくはコラーゲンに富むかまたはその両方をかなりの割合で含むかに応じてがんを層別化することが有用であることを意味している。例えば、脳の多形膠芽腫は、細胞外マトリックスがヒアルロン酸に富む(かつI型コラーゲンが少ない)脳組織と時折は中枢神経組織とにのみ発生する。骨肉腫は、細胞外マトリックスの有機部分がI型コラーゲンに富む(かつヒアルロン酸が少ない)骨に主として発生する。
【0007】
上記のように、がん細胞が遊走するには、腫瘍を取り囲む細胞外マトリックス(ECM)を通って移動しなければならない。本発明者らは、がんの部位から離れるがん細胞の移動を物理的に妨げることによって、がん細胞の遊走を防止または妨害することができることを実証した。これは、腫瘍周囲の細胞外マトリックスをインビボで化学的に変化させることでがん細胞の移動が妨げられるインビボ環境を生じさせることによって行われ、例えば、腫瘍周囲のインビボ細胞外マトリックス内の分子密度もしくは生体高分子の絡み合いを増加させることや腫瘍中および腫瘍周囲の細胞外マトリックスにおいて化学的に架橋することによって行われる。本発明者らは、脳の細胞外マトリックスの三次元モデルを構築し、6種類の架橋戦略を用いて、がん細胞の増殖および遊走をこのようにして有意に阻害できることを実証した。本発明者らは、さらに、骨肉腫の腫瘍環境の三次元モデルを構築し、2種類の架橋戦略を用いて、がん細胞の増殖および遊走をこのようにして有意に阻害できることを実証した。
【0008】
したがって、本発明の1つの目的は、腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害するインビボ方法を提供することである。特に、本発明の1つの目的は、腫瘍の切除後に残存しているかもしれないがん細胞が対象にさらに浸潤するのを防止することである。特に、本発明の1つの目的は、腫瘍の切除後に残存しているかもしれないがん細胞の増殖を阻害することである。特に、脳の多形膠芽腫の外科的切除後3~6か月でほぼすべての患者において元の腫瘍部位に腫瘍が再生することが知られており、この腫瘍に由来する細胞もしばしば脳の他の部分に転移する。本発明の目的は、脳の多形膠芽腫において、また、他の腫瘍において、このような腫瘍の再生または転移を防止するための方法を提供することである。
【0009】
一実施形態において、本発明は、対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害するインビボ方法であって、
(i)上記腫瘍、
(ii)上記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)上記腫瘍もしくは上記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含む組成物と接触させることを含み、それにより、上記腫瘍の部位または上記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する方法を提供する。
【0010】
また、本発明は、対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する方法に使用するための組成物であって、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含み、それにより、上記腫瘍の部位または上記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する組成物であって、上記方法が、
(i)上記腫瘍、
(ii)上記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)上記腫瘍もしくは上記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を当該組成物と接触させることを含む、組成物を提供する。
【0011】
また、本発明は、対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害するための組成物の製造における、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤の使用であって、それにより、前記腫瘍の部位または前記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害し、上記方法が、
(i)上記腫瘍、
(ii)上記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)上記腫瘍もしくは上記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を上記組成物と接触させることを含む、使用を提供する。
【0012】
さらなる実施形態において、本発明は、対象上または対象内の腫瘍または切除した腫瘍の部位におけるがん細胞の休眠または分化を誘導するインビボ方法であって、
(i)上記腫瘍、
(ii)上記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)上記腫瘍もしくは上記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含む組成物と接触させることを含み、それにより、上記がん細胞または上記腫瘍においてがん細胞の休眠もしくは腫瘍の休眠またはがん細胞の分化を誘導する、方法を提供する。
【0013】
好ましくは、上記薬剤は、
(a)(i)上記腫瘍中のがん細胞を架橋すること、および/または、
(ii)上記腫瘍中および/もしくは上記腫瘍周囲の細胞外マトリックスを架橋すること、および/または、
(iii)がん細胞を上記腫瘍中および/もしくは上記腫瘍周囲の細胞外マトリックスに架橋すること、ならびに/あるいは、
(b)上記腫瘍もしくは上記切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の細胞外マトリックスの粘度および/または分子の絡み合いを増加させること、好ましくは上記腫瘍中および/または上記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に二次的なネットワークを形成することによって増加させること、が可能なものである。
【0014】
本発明の方法は、インビボで、すなわち、ヒトまたは動物の体上または体内で、実施される。上記対象は、哺乳動物であることが好ましく、ヒト、マウス、ラット、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ、またはヤギであることがより好ましい。上記対象は、ヒトであることが最も好ましい。いくつかの実施形態では、上記対象は、ヒト以外の哺乳動物である。ヒトは、例えば、0~10歳、10~20歳、20~30歳、30~40歳、40~50歳、50~60歳、60~70歳、70~80歳、80~90歳、90~100歳、または100歳よりも高齢であり得る。
【0015】
上記腫瘍は、良性腫瘍であってもよく、前悪性腫瘍であってもよく、悪性腫瘍であってもよい。上記腫瘍は、原発性腫瘍であってもよく、二次性腫瘍であってもよい。上記腫瘍は、固形腫瘍であることが好ましい。上記腫瘍は、がん細胞を含む。
いくつかの実施形態では、上記腫瘍は、その大きさまたは発がん性(例えば、浸潤性)が以前に低減されたものである。例えば、上記腫瘍は、以前に少なくとも部分的に切除(除去)されたものであってもよい。あるいは、またはさらに、上記腫瘍は、以前に別の抗腫瘍治療、例えば、化学療法、免疫療法、放射線療法、またはそれらの組み合わせで治療されたものであってもよい。
【0016】
上記腫瘍は、その直近の環境、近傍、または隣接組織の細胞外マトリックス(ECM)によって特徴付けられるものであってもよい。
【0017】
いくつかの実施形態では、上記腫瘍は、ヒアルロン酸に富む環境または組織内、あるいは、ヒアルロン酸含有量が上昇したかまたはヒアルロン酸合成が増加した位置にある。ヒアルロン酸に富む環境とは、ECM中のヒアルロン酸含有量が、線維性コラーゲンの有無にかかわらず非コラーゲン性の足場を形成するのに十分である環境、または、疾患もしくは損傷に起因してヒアルロン酸含有量が上昇した環境である。
【0018】
いくつかの実施形態では、上記環境または組織は、ヒアルロン酸濃度が、ECM全体の湿重量の0~1%、1~2%、2~3%、3~4%、4~5%、5~6%、または6%超であるものである。いくつかの実施形態では、上記環境または組織は、ヒアルロン酸濃度が、ECM全体の湿重量の0.5~1.0%、1.0~1.5%、1.5%~2.0%、2.0%~2.5%、2.5%~3.0%、3.0%~3.5%、3.5%~4.0%、4.0%~4.5%、4.5%~5.0%、5.0%~5.5%、5.5%~6.0%、または6.0%超であるものである。
【0019】
ヒアルロン酸に富む環境または組織としては、脳、軟骨、滑液、皮膚、眼の硝子体、および種々の腫瘍が挙げられる。
【0020】
正常な脳のECMで報告されているヒアルロン酸の割合は、乾燥重量基準でヒアルロン酸10%である。これは、脳組織の70%が水であると仮定すると湿重量基準で3%に相当する。
【0021】
いくつかの実施形態では、上記環境または組織は、脳組織ECM中のヒアルロン酸濃度がECM全体の湿重量に対してヒアルロン酸3~4重量%、好ましくは約3.5重量%である脳組織である。他の実施形態では、上記ヒアルロン酸に富む環境または組織は脳組織であり、ここで、脳組織ECM中のヒアルロン酸濃度が湿重量基準でヒアルロン酸4~6重量%、好ましくは4.5~5.5重量%、より好ましくは約5重量%である。
【0022】
膠芽腫は、ヒアルロナーゼ(hyaluronase)(すなわち、ヒアルロン酸をより小さい分子単位に切断する酵素)を過剰発現させることが知られている。これにより、腫瘍周囲のヒアルロン酸の粘度と分子の絡み合いが減少し、小さいヒアルロン酸単位は除かれる場合がある。そのため、上記腫瘍が多形膠芽腫である実施形態では、ヒアルロン酸の割合は、脳ECM湿重量中1%以下となる場合がある。
【0023】
したがって、他の実施形態では、上記環境または組織は、脳組織ECM中のヒアルロン酸濃度がECM全体の湿重量に対してヒアルロン酸1.5~2.5重量%である脳組織、好ましくは約2重量%である脳組織である。
【0024】
ヒアルロン酸の含有量または合成の増加は、濃硫酸中での加水分解後のウロン酸含有量の測定、腫瘍材料(生検または手術で採取)のRNA解析またはELISAアッセイもしくはELISA様アッセイによるヒアルロン酸合成酵素(HAS1、HAS2、HAS3)発現の定量、または腫瘍材料のヒアルロン酸アッセイ、免疫共焦点イメージング(HAS1、HAS2、HAS3の染色)または腫瘍切片上のヒアルロン酸の組織化学的染色によって、検査することができる[Cowman et al., 2015. Front Immunol. 6: 261]。最も高感度で特異的で正確なHA含有量特定方法は、酵素結合吸着剤アッセイに基づく。一部の患者では、例えば血液試料のELISA様アッセイにより、血液中の可溶性ヒアルロン酸を分析することによって、ヒアルロン酸の過剰発現が検出され得る。
【0025】
ヒアルロン酸合成が増加した環境または組織としては、膵管腺がん(PDAC)、肺がん、卵巣がん、および前立腺がんが挙げられる。
【0026】
他の実施形態では、上記腫瘍は、線維性コラーゲン(I型、II型、III型、およびV型コラーゲン)が足場を形成する環境または組織に位置するか、IV型コラーゲンが網を形成する環境または組織に位置するか、または、これらのコラーゲンが疾患もしくは損傷に起因して過剰発現/過剰産生された環境または組織に位置する。
【0027】
線維性コラーゲン(I型、II型、III型、およびV型コラーゲン)またはIV型コラーゲンが過剰発現した環境または組織とは、これらの型のコラーゲンのうちの1つ以上について、RNAまたはタンパク質の発現レベルが、正常な宿主環境または宿主組織と比較して上方制御/過剰産生されていることが判明した環境または組織である。このようなレベルは、PCR、免疫組織化学、プロテオミクス解析、または特定タンパク質解析、例えばELISAアッセイによって、測定し得る。あるいは、コラーゲンの過剰発現は、血液中に存在する可溶性のコラーゲンもしくはコラーゲン断片またはヒドロキシプロリン(他のタンパク質にはほとんど見られないコラーゲンの主要成分)の増加によって検出してもよい。
【0028】
線維性コラーゲンまたはIV型コラーゲンが足場/網を形成する環境または組織としては、脳組織および体液は除くが滑液を含むほとんどの体組織が挙げられる。線維性コラーゲンおよびIV型コラーゲンは、固形腫瘍においては、がん関連線維芽細胞、免疫細胞、およびがん細胞を含む、がんニッチに関与する細胞によって過剰発現することがあり、骨がん、肺がん、卵巣がん、乳がん、および大腸がん、軟骨肉腫、PDAC、頭頸部扁平上皮がん(HNSCC)、骨肉腫、皮膚がん、胸部がん、呼吸器がん、組織線維症、ならびに膠芽腫における特徴であることが分かっている。
【0029】
好ましくは、上記腫瘍は、コラーゲン濃度が40乾燥重量%~95乾燥重量%、より好ましくは60乾燥重量%~90乾燥重量%である環境または組織内に位置する。
【0030】
がんは、腫瘍細胞が似ているために腫瘍の起源であると推定される細胞の種類によって分類される。このような種類には以下のものが含まれる。
・癌腫:上皮細胞に由来するがん。このグループには最も一般的ながんの多くが含まれ、乳房、前立腺、肺、膵臓、および結腸のほぼすべてのがんが含まれる。
・肉腫:結合組織(すなわち、骨、軟骨、脂肪、神経)から生じるがんであり、それぞれ、骨髄外の間葉系細胞に由来する細胞から発生する。
・胚細胞腫瘍:多能性細胞に由来するがんであり、ほとんどの場合、精巣や卵巣に発生する(それぞれ、精上皮腫および未分化胚細胞腫)。
・芽腫:未熟な「前駆」細胞または胚組織に由来するがん。
【0031】
脳および神経系のがんとしては、星細胞腫、脳幹部神経膠腫、毛様細胞性星細胞腫、上衣腫、原始神経外胚葉性腫瘍、小脳星細胞腫、大脳星細胞腫、神経膠腫、髄芽腫、神経芽腫、乏突起膠腫、松果体星細胞腫、下垂体腺腫、ならびに視覚路および視床下部神経膠腫が挙げられる。
【0032】
乳房のがんとしては、乳がん、浸潤性小葉がん、管状がん、浸潤性篩状がん、髄様がん、男性乳がん、葉状腫瘍、および炎症性乳がんが挙げられる。
【0033】
内分泌系のがんとしては、副腎皮質がん、膵島細胞腺腫(膵内分泌部)、多発性内分泌腫瘍症候群、副甲状腺がん、褐色細胞腫、甲状腺がん、およびメルケル細胞がんが挙げられる。
【0034】
眼のがんとしては、ブドウ膜黒色腫および網膜芽細胞腫が挙げられる。
【0035】
消化器のがんとしては、肛門がん、虫垂がん、胆管がん、カルチノイド腫瘍、消化器がん、結腸がん、大腸がん、肝外胆管がん、胆嚢がん、胃がん、消化管カルチノイド腫瘍、消化管間質腫瘍(GIST)、肝細胞がん、膵がん、膵島細胞がん、および直腸がんが挙げられる。
【0036】
泌尿生殖器および婦人科のがんとしては、膀胱がん、子宮頚がん、子宮内膜がん、性腺外胚細胞腫瘍、卵巣がん、卵巣上皮がん(表面上皮間質腫瘍)、卵巣胚細胞腫瘍、陰茎がん、腎細胞がん、腎盂・尿管移行細胞がん、前立腺がん、精巣がん、妊娠性絨毛性腫瘍、尿管・腎盂移行細胞がん、尿道がん、子宮肉腫、膣がん、外陰がん、およびウィルムス腫瘍が挙げられる。
【0037】
頭頸部のがんとしては、食道がん、頭頸部がん、頭頸部扁平上皮がん(HNSCC)、上咽頭がん、口腔がん、中咽頭がん、副鼻腔・鼻腔がん、咽頭がん、唾液腺がん、および下咽頭がんが挙げられる。
【0038】
皮膚のがんとしては、基底細胞がん、黒色腫、および皮膚がん(非黒色腫)が挙げられる。
【0039】
胸部および呼吸器のがんとしては、気管支腺腫/気管支カルチノイド、小細胞肺がん、中皮腫、非小細胞肺がん、胸膜肺芽腫、喉頭がん、胸腺腫、および胸腺がんが挙げられる。
【0040】
HIV/AIDS関連がんとしては、AIDS関連がんおよびカポジ肉腫が挙げられる。
【0041】
特に好ましい一実施形態において、上記腫瘍は、原発性脳がんであり、好ましくは、多形膠芽腫(GBM)、神経膠腫、びまん性正中神経膠腫、混合性神経膠腫、星細胞腫、乏突起膠腫、髄芽腫、松果体部腫瘍、非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍(AT/RT)、および原始神経外胚葉性腫瘍(PNET)からなる群から選択される。
【0042】
さらなる特に好ましい実施形態では、上記腫瘍は、脳に転移した任意の起源の二次性腫瘍である。さらなる特に好ましい実施形態では、上記腫瘍は、膵管腺がん(PDAC)である。
【0043】
PDACは、ヒアルロン酸富化腫瘍またはコラーゲン過剰発現腫瘍であることを特徴とし得る。このようなPDACは、生検、または生検材料のRNA解析もしくは組織化学的解析のいずれかにより、あるいは場合によっては血清可溶性ヒアルロン酸のアッセイにより、区別され得る。
【0044】
さらなる特に好ましい実施形態では、上記腫瘍は骨肉腫である。
【0045】
上記組成物は、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる少なくとも1つの薬剤を含む。いくつかの実施形態では、がん細胞の遊走を防止または阻害することにより、細胞または腫瘍の増殖が停止し、分化および/または休眠が誘導される。休眠は、腫瘍塊休眠および/または細胞休眠を含み得る。
【0046】
腫瘍塊休眠状態では、腫瘍塊は、大きさによって物理的に制限されるか、血液供給を受けられなくなるか、または、免疫系が作用するまで、分裂を続けることになる。ここでは、細胞は、完全に不活性というわけではないが、拡大することはできず、増殖とアポトーシスとのバランスが保たれた状態にある。腫瘍塊休眠は、血管新生休眠と関連している場合も多い。これは、腫瘍が血管に到達できないために低酸素状態になったときに起こる。まだ増殖している細胞の数と血液供給がないために死んでいく細胞の数とが釣り合っている場合、腫瘍は血管新生休眠状態にある。
【0047】
細胞休眠とは、細胞が、細胞周期のG0~G1で成長が停止した静止状態になることをいい、細胞は真に不活性で無症候性である。これは、腫瘍細胞が、播種はしたもののストレスまたは新しい微小環境にすぐに適応できない場合に陥る休眠状態とされている。
【0048】
分化は、がん細胞を含む細胞を増殖サイクルから取り出すものであり、より良性の腫瘍表現型になる傾向がある。逆に、遊走性のがん細胞表現型は、通常、脱分化や悪性度の高い表現型と関連している[D. Ishay-Ronen, M.Diepenbruck, R. K. R. Kalathur, J. Wang C. Hess, G. Christofori, Cancer Cell, 35 (2019) 17]。
【0049】
腫瘍外へのまたは腫瘍から離れるがん細胞の遊走が物理的に妨げられ、それにより、細胞が増加するために利用できる空間が減少する。この結果、がん細胞の遊走が防止または阻害され、腫瘍の成長が阻害される。腫瘍が拡大するためには、つまり細胞の増殖と成長のためには、新しい成長する細胞のための物理的な空間が必要である。その空間は、がん細胞やがん関連細胞が周囲のマトリックスを分解すること、および/または、周囲のマトリックスを変形させる、すなわち圧縮することによって、インビボで生成される。架橋により、ほとんどの細胞外マトリックス分子が、分解や変形に対する耐性を高められる。例えばヒアルロン酸またはコラーゲンの分子密度を増加させることは、細胞が、移動、増殖、および成長する前に、より多くの物質を分解しなければならなくなることを意味しており、したがって、遊走/増殖プロセスを遅らせるかまたは完全に停止させる。
【0050】
一般に、上記薬剤(単独)の作用は、がん細胞を殺したり、がん細胞のアポトーシスを誘導したりするものではない。
【0051】
好ましくは、上記薬剤は、
(a)(i)腫瘍中のがん細胞を架橋すること、および/または、
(ii)腫瘍中および/もしくは腫瘍周囲の細胞外マトリックスを架橋すること、および/または、
(iii)がん細胞を腫瘍中および/もしくは腫瘍周囲の細胞外マトリックスに架橋すること、ならびに/あるいは、
(b)腫瘍または切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の細胞外マトリックスの粘度および/または分子の絡み合いを増加させること、好ましくは上記腫瘍中および/または上記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に二次的なネットワークを形成することによって増加させること、が可能なものである。
【0052】
一実施形態において、上記薬剤は、
(i)腫瘍中のがん細胞を架橋すること、および/または、
(ii)腫瘍中および/もしくは腫瘍周囲の細胞外マトリックスを架橋すること、および/または、
(iii)がん細胞を腫瘍中および/もしくは腫瘍周囲の細胞外マトリックスに架橋すること、が可能なものである。
【0053】
好ましくは、上記薬剤は架橋剤である。好ましくは、上記薬剤は、(i)~(iii)のすべてを行うことが可能なものである。
【0054】
細胞外マトリックスの組成は、非常に動的なものであり、各組織に特異的であるが、一般的には、コラーゲンおよび/または他の線維性/網形成性のタンパク質、ヒアルロン酸、ならびに、組織特異的な糖タンパク質およびプロテオグリカンからなる。これらの分子の1つ以上を架橋する薬剤を用いることが好ましい。
【0055】
好ましくは、上記薬剤は、ヒアルロン酸または細胞外マトリックスタンパク質またはその両方を架橋するものであり、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、細胞外マトリックスプロテオグリカン(例えばアグリカン)および糖タンパク質、腫瘍細胞によって発現された細胞外タンパク質、ならびにエクソソームのタンパク質およびエクソソームの他の成分を含む、ヒアルロン酸または細胞外マトリックスタンパク質またはその両方を架橋するものである。
【0056】
いくつかの実施形態では、上記薬剤は、腫瘍が位置する組織に特異的もしくは部分的に特異的であるかまたは腫瘍において過剰発現されたプロテオグリカンを架橋するものであることが好ましい。
【0057】
いくつかの実施形態では、架橋を、腫瘍の細胞外マトリックス中のタンパク質と周囲の細胞外マトリックスとの間、または、タンパク質とヒアルロン酸との間で誘導する。例えば、コラーゲンおよびその他のマトリックスタンパク質を架橋するのに、リボフラビン+光活性光を使用し得る[E. Spoerl et al, Exp. Eye Res. 66 (1998) 97-103]。
【0058】
いくつかの実施形態では、上記架橋剤は、アミン、チオール、およびカルボニル(アルデヒド、エステル、チオエステル、カルボキシレート、ケトン、およびアミド官能基を含む)から選択される化学基を共有結合的に架橋することが可能なものである。
【0059】
アミンを架橋することが可能な架橋剤としては、カルボニル含有化合物(例えば、アルデヒド類およびジカルボニル類)とイリドイド類とが挙げられる。
【0060】
好適なアルデヒド類およびジカルボニル類としては、メチルグリオキサール、グリオキサール、グルタルアルデヒド、酸化ヒアルロン酸、ヒアルロン酸の酸化誘導体、および酸化ペプチド類が挙げられる。
【0061】
好適なイリドイド類としては、ゲニピン、ゲニポシド(genipinoside)、ロガニンアグルコン、オレウロペインアグルコン、およびE-6-Oメトキシシンナモイルスカンドシドメチルエステルアグルコンが挙げられる。
【0062】
アミンは、カルボキシレート基またはアミド基に架橋されてイソペプチド架橋結合を形成してもよい。トランスグルタミナーゼなどの酵素は、既存のECMタンパク質上のアミン基とカルボキシレート/アミド基との間の架橋を触媒することができ、あるいは、適切に設計されたペプチド[B. Zakeri, et al., Proc. Nat. Acad. Sci. USA, 109 (2012) E690]は、架橋剤として使用することができ、酵素を必要とすることなく自発的なイソペプチド結合形成を誘導する。
【0063】
チオールを架橋することが可能な架橋剤としては、ポリフェノール類およびキノン類が挙げられる。好適なポリフェノール類としては、コーヒー酸(3,4-ジヒドロキシケイ皮酸)、クロロゲン酸(そのキナ酸エステル)、カフタル酸(その酒石酸エステル)などの水酸化ケイ皮酸類と、ケルセチンおよびルチンなどのフラボノール類とが挙げられる。また、カテキン、エピカテキン(epitcatechin)、およびタンニン類も挙げられる。
【0064】
カルボニルを架橋することが可能な架橋剤としては、一般に、ポリアミン類、光架橋剤、例えばポルフィリン類、アミノレブリン酸、カンファーキノン、フルオレセイン、およびリボフラビン、エオシンY、ならびにこれらの分子をタグとして含有する化合物が挙げられる。ポリアミン類としては、ポリリジンおよびジヒドラジド類が挙げられる。
【0065】
アルデヒドを架橋することが可能な架橋剤としては、ポリアミン類が挙げられる。好適なポリアミン類としては、ジヒドラジド類、アジピン酸ジヒドラジン、ポリリジン、スペルミジン、およびトリエンチンが挙げられる。
【0066】
エステルおよびチオエステルを架橋することが可能な架橋剤としては、光開始剤およびUV光/可視光と組み合わせたビニルケトン類と、適切な光源と組み合わせた、光波長放射を(単一または多重量子吸収により)吸収する化合物と、電離放射線とが挙げられる。好適なビニルケトン類としては、エチレングリコールジメタクリラートが挙げられる。好適な光開始剤としては、エオシンYおよびルシリン-TPO(Lucirin-TPO)(登録商標)(BASF社)が挙げられる。
【0067】
いくつかの実施形態では、細胞外マトリックスタンパク質を、好適な水素結合官能基または疎水性官能基を有する分子を用いて、水素結合または疎水性相互作用またはその両方を介して架橋してもよい。このような分子としては、ポリアミン類、ポリオール類、ポリフェノール類、テルペノイド類(例えば、8-オキソゲラニアール)、および適切に設計されたペプチド類が挙げられる。
【0068】
ペプチド類は、タンパク質側鎖アミンをカルボキシレート基/アミド基と共有結合的に架橋するための架橋剤として使用され得る。
【0069】
三重項励起電子状態に到達可能で、自己酸化する可能性のある光化学物質を、架橋剤として使用してもよい。
【0070】
上記薬剤は、細胞外マトリックス部分に対する抗体であってもよく、必要に応じて架橋剤(例えば上記のような架橋剤)に結合されていてもよい細胞外マトリックス部分に対する抗体であってもよい。いくつかの実施形態では、上記抗体は、双特異性抗体(例えば、細胞外マトリックス部分と腫瘍細胞特異的抗原とに結合することが可能)である。
【0071】
いくつかの実施形態では、架橋を光の使用によって増強する。すなわち、上記架橋剤は光誘導架橋剤であってもよい。この光はUVであってもよい。いくつかの実施形態では、本発明は、光を用いて上記架橋剤を架橋する工程を含む。
【0072】
いくつかの実施形態では、上記架橋剤は、ヒアルロン酸またはその誘導体である。
【0073】
上記誘導体は、例えば、酸化ヒアルロン酸(例えば、ジアルデヒドヒアルロン酸)であってもよい。ヒアルロン酸およびそのような誘導体は、腫瘍または切除した腫瘍の部位の周囲のECM中に拡散することが可能であり、その後、ECMタンパク質を(自発的にまたは光での開始によって)架橋してもよく、別の架橋剤で架橋されてもよい。
【0074】
いくつかの実施形態では、上記薬剤は、細胞外マトリックス中のヒアルロン酸分子間、または、細胞外マトリックス中のヒアルロン酸と糖タンパク質およびプロテオグリカンを含むタンパク質との間に、架橋を誘導する。
【0075】
いくつかの実施形態では、ヒアルロン酸分子間またはヒアルロン酸分子とタンパク質分子との間に共有結合架橋を誘導する。ヒアルロン酸の間またはヒアルロン酸とタンパク質との間に共有結合架橋を誘導する薬剤としては、グリオキサール、メチルグリオキサール、およびグルタルアルデヒドが挙げられる。
【0076】
いくつかの実施形態では、ヒアルロン酸分子間の架橋を、ヒアルロン酸と静電的に(イオン的に)または水素結合を介して相互作用する薬剤によって誘導する。ヒアルロン酸と静電相互作用を形成する架橋剤は、一般にポリカチオン類であり、例えば、ポリリジン、トリエンチン、スペルミジン、プトレッシンなどのポリアミン類、およびポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマー類などのポリアミンデンドリマー類である。ヒアルロン酸と水素結合を形成する架橋剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)などのポリオール類と、セルロース、デンプン、およびキチンなどの多糖類とが挙げられる。
【0077】
いくつかの実施形態では、ヒアルロン酸とタンパク質との間の架橋を、前述のようにタンパク質と共有結合または水素結合を形成する分子であって、さらにヒアルロン酸と静電結合または水素結合を形成できる官能基を有する分子を用いて達成してもよい。このような架橋剤としては、ポリフェノール類を含むポリオール類と、前述のようにタンパク質と共有結合し得る官能基とやはり前述のようにヒアルロン酸と相互作用し得るポリカチオンまたはポリオール官能基とを組み込んだ分子と、が挙げられる。
【0078】
好ましい架橋剤としては、ゲニピン、グルタルアルデヒド、グリオキサール(およびその誘導体)、プロアントシアニジン、リボフラビン(と光活性光)、フルオレセイン(と光活性光)、ポリアミン類、メチレンブルー(と光活性光)、トリエンチン、および酸化ヒアルロン酸が挙げられる。
【0079】
さらなる実施形態では、(b)腫瘍または切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の細胞外マトリックス、好ましくは、腫瘍または切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の既存の細胞外マトリックスの粘度および/または分子の絡み合いを増加させることによって、がん細胞の移動を妨げる。このことの効果は、がん細胞が転移するために乗り越えなければならない物理的ハードルを高くすることである。
【0080】
脳の細胞外マトリックスは、高度に水和した分子ネットワークを形成するかなりの量のヒアルロン酸(多糖)と、プロテオグリカンおよびリンカータンパク質(糖タンパク質テネイシンなど)を含む少量の特殊タンパク質とからなる。ヒアルロン酸、リンカー、およびプロテオグリカン分子の化学ネットワークは、がん細胞が増殖および転移するために変位させるか分解するかしなければならない物質障壁を形成する。
【0081】
この水和ネットワークの分子の絡み合いを増加させることにより、がん細胞がヒアルロン酸分子およびプロテオグリカン分子を変位させることが防止され、ひいては、がん細胞の遊走または成長が防止または阻害される。
【0082】
同様のヒアルロン酸/プロテオグリカン水和ネットワークは、これらの分子成分が存在しているすべての組織に存在する。どの組織においても、このネットワークの分子の絡み合いを増加させることもまた、がん細胞の遊走を防止および/または阻害するのに有効であり得る。
【0083】
これを実現し得る方法の好ましい実施形態は、
(i)細胞外マトリックスの成分であるポリマーを腫瘍の部位に添加すること、および/または、
(ii)細胞外マトリックスの成分ではないポリマーを腫瘍の部位に添加すること、を含む。
【0084】
これらのポリマーは、既存の細胞外マトリックス分子ネットワークを補強するために、既存の細胞外マトリックス分子ネットワークの内部の分子の二次的なネットワークを形成し得る。ポリマー自体は、必要に応じて、架橋されてもよく、架橋されなくてもよい。上記ポリマーは、既存の細胞外マトリックス分子に、共有結合架橋を生じさせることなく、共有結合してもよく、共有結合しなくてもよい。ポリマーは非毒性ポリマーであることが好ましい。
【0085】
いくつかの実施形態では、上記ポリマーは、ヒアルロン酸またはその誘導体である。好ましくは、上記ヒアルロン酸またはその誘導体の分子量は、0.5~12MDa、例えば、1~3MDa、3~5MDa、5~7MDa、7~9MDa、または9~12MDaであり、より好ましくは約1MDaである。腫瘍によっては、細胞外マトリックス中のヒアルロン酸が分解されているか、健康な組織におけるよりも分子量が低いため、健康な組織と比較して、がん性組織に存在するヒアルロン酸の分子の絡み合いが減少している。健康な組織と同様の分子量を有するヒアルロン酸などの、より高い分子量のヒアルロン酸の添加は、がん性組織における分子の絡み合いを増加させるように作用し得る。
【0086】
ヒアルロン酸は、そのカルボン酸基、アミド基、または水酸基を修飾することにより、反応性官能基を付加するように誘導体化され得る(例えば、Khunmanee et al., J. Tissue Engineering, 8 (2017) 1-16で論じられているように)。
【0087】
ヒアルロン酸のカルボン酸基を修飾する例としては、ヒアルロン酸とトリアゾール類とのカップリング反応が挙げられ、トリアゾール類としては、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-1-カルボジイミド塩酸塩(EDC)などのカルボジイミド類、カルボニルジイミダゾール、または1-ヒドロキシ-7-アゾベンゾトリアゾールなどが挙げられる。これらの試薬は、ヒアルロン酸を上記のような架橋基を含有する化合物とカップリングさせるために使用される(例えば、アルデヒド類およびジカルボニル類を含むカルボニル含有化合物、ポリフェノール類、アミン類、イリドイド類、キノン類、ビニルケトン類とUV光/可視光、(単一または多重量子吸収によって)吸収する化合物を用いて)。
【0088】
ヒアルロン酸のアミド基の修飾は、脱アセチル化、アミド化、ヘミアセチル化、およびヘミアセタール形成によって行うことができる。脱アセチル化は、ヒアルロン酸と無水ヒドラジンの反応によって達成され得る[例えば、Zhang et al., Glycobiology 24, (2014) 1334 - 42]。
【0089】
ヒアルロン酸の水酸基の修飾は、エーテル、エステル、またはヘミアセタールの形成または酸化によって行うことができる。ヒアルロン酸の水酸基と反応させ(て、その後のヒアルロン酸またはタンパク質への架橋に適した官能基を有する架橋ヒアルロン酸またはヒアルロン酸誘導体を生成させ)るために用いられる試薬の例としては、ジビニルスルホン、オクテニルコハク酸無水物、グルタルアルデヒド、酸塩化物類、1,2,3,4-ジエポキシブタン、メタクリル酸無水物、およびヨウ素酸ナトリウムが挙げられる。
【0090】
上記ヒアルロン酸誘導体は、例えば、形成されたアルデヒド基を含有する酸化ヒアルロン酸(ジアルデヒドヒアルロン酸)であってもよく、該アルデヒド基は例えばヒアルロン酸をヨウ素酸ナトリウムと反応させることによって形成されもよい。
【0091】
修飾ヒアルロン酸の例としては、アミン修飾ヒアルロン酸、アミノエチルメタクリル化(AEMA)ヒアルロン酸、およびジアルデヒドヒアルロン酸が挙げられる。
【0092】
本発明者らは、ヒアルロン酸のこのような誘導体の1つを用いて、細胞外マトリックスをインビボで架橋し、そのような架橋を通じてがん細胞遊走に対する物理的障壁を提供し得ることを示した。本発明者らは、そのような誘導体が、腫瘍または切除した腫瘍の部位の周囲のECM中に拡散可能であることをさらに示した。
【0093】
添加されたヒアルロン酸誘導体は、その後架橋されてもよく、必要に応じて、(それら自体、ECMの他の成分、および/またはがん細胞に)架橋されてもよく、これにより、腫瘍およびそれを取り囲む細胞外マトリックスの内部のネットワークの構造が補強される。
【0094】
他の組織は、それらの細胞外マトリックスの主要な有機成分がコラーゲン、例えば、主要な線維性コラーゲン(I型、II型、およびIII型)、微量の線維性コラーゲン(V型、XI型)、FACITコラーゲン(IX型、XII型、XIV型、XIX型、XX型、XXI型、およびXXIII型)、MACITコラーゲン(XIII型、XXIII型、およびXXV型)、および主に基底膜に見られるネットワークコラーゲン(IV型、VIII型、およびX型)であるという点で、コラーゲン性である。
【0095】
コラーゲン性の組織は、フィブロネクチン、ラミニン、およびプロテオグリカンなどの他のタンパク質と、ある程度のヒアルロン酸も、それらの細胞外マトリックス中に含んでいる。がんによっては、余剰のコラーゲンが腫瘍中および腫瘍周囲に沈着し、局所的にコラーゲンに富む細胞外マトリックスを形成している。コラーゲン性の組織においては、または余剰のコラーゲンが沈着したがんにおいては、がん細胞が遊走および増殖するには、細胞外のコラーゲンなどのタンパク質を分解するか変位させる必要がある。一部のがん細胞はコラーゲン繊維もしくは原線維に沿って遊走することが知られている。
【0096】
したがって、いくつかの実施形態では、上記ポリマーはコラーゲンまたはコラーゲン誘導体である。
【0097】
上記ポリマーは、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、およびポリグリコール酸・乳酸共重合体などの合成ポリマーであってもよい。これらのポリマーの前駆体を用い、その後のポリマー形成をインサイチュで行ってもよい。
【0098】
これらのポリマーおよび前駆体を使用して、腫瘍部位の中および周囲の細胞外マトリックスに拡散させて、細胞外マトリックスをがん細胞の遊走および増殖に対して強化してもよい。
【0099】
さらに他の実施形態では、
(i)腫瘍、
(ii)切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)腫瘍もしくは切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、ECMの1つ以上の成分と化学的に反応し、そのECM成分の分子質量を増加させ、それによってECMの粘度および/または分子の絡み合いを増加させる部分(moiety)であって、但しECMの1つ以上の成分を架橋させることはない部分と接触させることによって、腫瘍中および/または腫瘍周囲のECMの粘度および/または分子の絡み合いを増加させてもよい。
【0100】
このような部分の例としては、カルボニル基を1つ有する分子が挙げられる。これらは、細胞外マトリックスのタンパク質および他の分子における末端アミン基と化学的に反応し、シッフ塩基型反応によってそれらの末端アミン基との付加物を有効に形成する。
【0101】
修飾後の細胞外マトリックスの粘度または絡み合いの所望のレベルは、分子量1MDa、2MDa、3MDa、4MDa、5MDa、6MDa、7MDa、8MDa、9MDa、10MDa、11MDa、または12MDa以上のヒアルロン酸4~6重量%に相当するレベルであることが好ましい。絡み合いまたは粘度のレベルは、NMR分光法を用いて、分子量既知のヒアルロン酸の所与の濃度に対して定量可能である[E. Fischer, P.T. Callaghan, F. Heatley, J.E. Scott, J. Molec. Struct. 602-603 (2002) 303; P.T. Callaghan, Rep. Prog. Phys. 62 (1999) 599]。
【0102】
いくつかの実施形態では、上記薬剤は、除去されるべき腫瘍に特異的なターゲティング部分を追加的に含む。例えば、上記ターゲティング部分は、当該腫瘍または腫瘍マトリックス上のエピトープに特異的に結合する抗体であってもよい。
【0103】
上記薬剤を含む組成物は、1つ以上の追加の製薬上許容可能な希釈剤、賦形剤、または担体を追加的に含んでもよい。
【0104】
上記組成物は、本明細書で定義する薬剤を1つ以上含み得る。例えば、上記組成物は、本明細書で定義する薬剤を1つ、2つ、3つ、または4つ含み得る。
【0105】
例えば、上記組成物は、緩衝剤、界面活性剤(detergent)、グルタチオン代謝阻害剤(例えば、ブチオニンスルホキシミン)、プロテイナーゼ阻害剤、メタロプロテアーゼ阻害剤、ヒアルロナーゼ阻害剤、オスモライト(例えば、NaCl、マンニトールなど)、および粘度調整剤からなる群から選択される1つ以上の成分を追加的に含んでいてもよい。
【0106】
上記組成物は、上記1つ以上の薬剤を有効量含むことが好ましい。本明細書において、用語「有効量」とは、実質的にすべてのがん細胞(例えば、薬剤を添加しないコントロールと比較して、少なくとも70%、80%、90%、または95%)が腫瘍または切除した腫瘍の部位から離れることを防止または阻害するのに十分な量をいう。各薬剤の有効量は、当業者によって容易に決定され得る。
【0107】
上記組成物は、
(i)上記腫瘍、および/または、
(ii)上記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)上記腫瘍もしくは切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部に適用され得る。
【0108】
上記組成物は、直接適用してもよく、間接的に適用してもよい。例えば、インサイチュで直接的に組成物を適用してもよい。例えば、注射器を用いた注入、ゲルもしくは他の担体物質からの注入、噴霧、または塗布によって組成物を適用してもよい。あるいは、間接的に組成物を適用してもよい。例えば、腫瘍の近傍(例えば、腫瘍から1~50mm)に組成物を適用してもよく、組成物は腫瘍または腫瘍縁に拡散する。
【0109】
上記組成物は、腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程前、手術工程中、または手術工程後に適用するのが好ましい。切除した腫瘍の部位は、まだいくつかのがん細胞を含んでいる場合がある(その遊走を防止または阻害する必要がある)。
【0110】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程前に適用する。この場合、上記組成物は、対象に全身投与され得、ここで、薬剤は当該腫瘍に特異的なターゲティング部分を含む。
【0111】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程前に適用する。この場合、上記組成物は、腫瘍の全部もしくは一部および/または腫瘍の近傍の全部もしくは一部に直接適用され得る。
【0112】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程中に1回以上適用する。この場合、上記組成物は、腫瘍の全部もしくは一部または腫瘍の近傍の全部もしくは一部または元の腫瘍の部位に直接適用され得る。
【0113】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程後に適用する。この場合、上記組成物は、元の腫瘍の部位の全部もしくは一部または元の腫瘍の部位の近傍の全部もしくは一部に直接適用され得る。あるいは、またはさらに、上記組成物は、腫瘍の除去後に対象に全身投与され得、ここで、薬剤は、除去される腫瘍に特異的なターゲティング部分を含む。好ましくは、上記組成物は、腫瘍の除去後に腫瘍腔に局所投与される。
【0114】
腫瘍切除の際、すべてのがん細胞を除去することが常に可能なわけではない。これは特に脳で問題となる。したがって、手術後に残存するがん細胞が進行し続けたり、特に脳に、さらに浸潤したりするのを防止することが有用である。
【0115】
したがって、一実施形態において、本発明は、対象上または対象内の切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害するインビボ方法であって、上記切除した腫瘍の部位の全部または一部をがん細胞の移動を妨げる組成物と接触させることを含む方法を提供する。
【0116】
上記組成物は、がん細胞の移動を妨げるが、がん細胞を殺したりアポトーシスを誘導したりするものではない。
【0117】
好ましくは、上記腫瘍(または元の腫瘍)の部位は脳である。本発明の特に好ましい一実施形態では、上記腫瘍は脳の多形膠芽腫であり、上記薬剤は、腫瘍の全部または一部の切除後、ヒアルロン酸を架橋し、好ましくは元の腫瘍の部位で、ヒアルロン酸を架橋する。
【0118】
本発明の別の特に好ましい実施形態では、上記腫瘍は膵管腺がんであり、上記薬剤は、腫瘍の全部または一部の切除後、ヒアルロン酸またはコラーゲンを架橋し、好ましくは元の腫瘍の部位で、ヒアルロン酸またはコラーゲンを架橋する。最も好ましくは、この架橋剤はリボフラビン(+光活性光)またはゲニピンである。
【0119】
本発明の別の特に好ましい実施形態では、上記薬剤は、酸化ヒアルロン酸(ジアルデヒドヒアルロン酸)であり、任意にポリアミン(例えば、ジヒドラジンアジピン酸)と組み合わせてもよく、上記腫瘍は多形膠芽腫である。
【0120】
本発明の別の特に好ましい実施形態では、上記薬剤は、リボフラビン(+光活性光)であり、任意にポリアミン(例えば、スペルミジンまたはトリエンチン)と組み合わせてもよく、上記腫瘍は多形膠芽腫である。
【0121】
本発明の別の特に好ましい実施形態では、上記薬剤は、ポリアミン(例えば、スペルミジンまたはトリエンチン)であり、上記腫瘍は多形膠芽腫である。
【0122】
本発明の別の特に好ましい実施形態では、上記腫瘍は骨肉腫であり、上記薬剤は、腫瘍の全部または一部の切除後、コラーゲンを架橋し、好ましくは元の腫瘍の部位で、コラーゲンを架橋する。最も好ましくは、この架橋剤はリボフラビン(+光活性光)またはゲニピンである。
【0123】
本明細書に記載された各文献の開示内容は、参照によりその全体が本明細書に具体的に組み込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0124】
【
図1】
図1は、三次元ヒアルロン酸-血清タンパク質モデルの脳ECMにおけるU87腫瘍スフェロイドの光学像であり、最初の腫瘍スフェロイドからのがん細胞の遊走および増殖における、ヒアルロン酸の濃度(すなわち、分子の絡み合い)の増加の影響を示している。各パネルの左側の画像は、明視野像であり、右側の画像は、細胞が代謝的に活性である/生きていることを示す、カルセイン染色による落射蛍光を示している。
【
図2】
図2Aは、酸化リボフラビン単独(破線)、Gibco社の10%ウシ胎児血清単独(黒色の実線)、および、血清タンパク質の化学的架橋が起こると予想される酸化リボフラビンとGibco社の10%ウシ胎児血清との混合物の、溶液
1H NMRスペクトルである。この混合物中で化学反応が起こったことは、例えば同図中に矢印で示すように、ウシ胎児血清から生じるシグナルの強度が失われたことによって証明される。
図2Bは、三次元ヒアルロン酸-血清タンパク質モデルの脳ECMにおけるU87腫瘍スフェロイドの光学像であり、細胞の遊走および増殖における、UVA照射下でリボフラビンによる血清タンパク質の架橋の影響を、以下のコントロールに対して示している:(
*)2%ヒアルロン酸-血清タンパク質のみのECM、(
**)2%ヒアルロン酸-血清タンパク質のECM+0.4%リボフラビン、UVA照射なし、および、(
***)2%ヒアルロン酸-血清タンパク質のECM、UVA照射あり。試料を、UVA照射ありの場合はその前に、2日間インキュベートして細胞の遊走を開始させ、その後、該当する試料には照射をして架橋を誘導した。画像は、細胞がマトリックス架橋後も代謝的に活性のままであることを示す、カルセイン染色の落射蛍光スペクトル(リボフラビン含有試料はリボフラビン蛍光を避けるために赤チャネルで撮影)である最下段を除き、すべて明視野像である。
【
図3】
図3は、ヒアルロン酸、酸化ヒアルロン酸(oxHA)(2時間のヨウ素酸ナトリウム反応)、およびジヒドラジドアジピン酸-架橋酸化ヒアルロン酸(oxHA-ADH)のFT-IR(上)および
13C固体NMRスペクトル(下)(交差分極、マジック角回転)である。oxHAのNMRスペクトル中の黒色の矢印は、酸化によって誘導された水和アルデヒド基からのシグナルを示している。oxHA-ADHのNMRスペクトル中の挿入図は、oxHA-アジピン酸ジヒドラジド架橋の結果としてのシッフ塩基炭素(-C=N-)からのシグナルを示している。このスペクトルは、アジピン酸CH
2炭素からの2つのシャープなシグナルも示しており、これらのシグナルは、まとめて、アジピン酸が酸化ヒアルロン酸に架橋されたことを示すものである。
【
図4】
図4は、三次元ヒアルロン酸-血清タンパク質ヒドロゲル中のアジピン酸ジヒドラジドによる酸化ヒアルロン酸(oxHA、ヒアルロン酸ジアルデヒド、スキーム1参照)の架橋の、膠芽腫U87細胞株細胞の腫瘍スフェロイドからの遊走に及ぼす影響を、架橋なしのコントロール(ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECM、ヒアルロン酸2重量%)と比較して示す光学像である。左側の各画像は明視野像であり、右側の各画像はカルセイン染色を示す落射蛍光像である。
【
図5】
図5は、三次元ヒアルロン酸-血清タンパク質モデルの脳ECM(ヒアルロン酸2重量%)の上部に2重量%ヒドロゲルとして添加した酸化ヒアルロン酸(ヒアルロン酸ジアルデヒド)の拡散がGBMがん細胞の遊走に及ぼす影響を示す光学像である。いずれの場合もモデルの脳ECMはU87腫瘍スフェロイドを含んでいる。スフェロイドからのがん細胞の遊走および増殖は、oxHAに代えて非架橋性2重量%ヒアルロン酸-血清タンパク質ヒドロゲルを添加したコントロールと比較して、著しく阻害されている。
【
図6】
図6Aは、膠芽腫U87細胞の腫瘍スフェロイドからの遊走における、5mM、10mM、および20mMのトリエンチンでのイオン的な三次元モデルの脳ECMの架橋の影響を、トリエンチン架橋なしのコントロールと比較して示す光学像である。がん細胞の遊走は、トリエンチン濃度依存的に阻害されている。
図6Bは、異なる濃度のトリエンチンを添加した上記三次元モデルの脳ECMにおけるがん細胞遊走の程度を定量化したものである。
図6Cにおいては、リン酸緩衝生理食塩水中での異なるトリエンチン濃度に対する生細胞/死細胞分析から、トリエンチンがU87細胞に対して無毒であり、したがってトリエンチンによる細胞遊走の阻害は、細胞死ではなく、ECM架橋に起因することが示されている。
【
図7】
図7は、膠芽腫U251細胞株細胞の腫瘍スフェロイドからの遊走における、アジピン酸ジヒドラジドでの、酸化ヒアルロン酸(oxHA、ヒアルロン酸ジアルデヒド、2重量%)の架橋の影響を、架橋なしのコントロール(ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECM(ヒアルロン酸2重量%)における腫瘍スフェロイド)と比較して示す光学像である。左側の各画像は明視野像であり、右側の各画像はカルセイン染色を示す落射蛍光像である。
【
図8】
図8は、膠芽腫U251細胞株細胞の腫瘍スフェロイドからの遊走における、三次元ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECM(ヒアルロン酸2重量%を含有するヒアルロン酸-血清モデルの脳ECM)への、酸化ヒアルロン酸(oxHA、ヒアルロン酸ジアルデヒド)の添加の影響を、コントロール(モデルの脳ECMのみ)と比較して示す光学像である。oxHAはモデルの脳ECM中の血清タンパク質を化学的に架橋し、その架橋ががん細胞遊走を阻害すると予想される。左側の各画像は明視野像であり、右側の各画像はカルセイン染色を示す落射蛍光像である。
【
図9】
図9は、三次元コラーゲン-細胞培地モデルのECMにおけるK7M2マウス骨肉腫腫瘍スフェロイドの明視野光学像であり、細胞の遊走および増殖における、UVA照射下でリボフラビンによるECMタンパク質の架橋の影響を、以下のコントロールに対して示している:(
*)1.5mg/mlコラーゲン-培地のみのECMモデル、(
**)1.5mg/mlコラーゲン-培地のみのECM+0.3%リボフラビン、UVA照射なし、および、(
***)1.5mg/mlコラーゲン-培地のみのECM、UVA照射あり。試料を、UVA照射ありの場合はその前に、2日間インキュベートして細胞の遊走を開始させ、その後、該当する試料には照射をして架橋を誘導した。図示した画像は、UVA照射後11日目の試料のものである。
【
図10】
図10は、三次元コラーゲン-培地モデルのECMにおけるK7M2マウス骨肉腫腫瘍スフェロイドの明視野光学像であり、細胞の遊走および増殖において、ゲニピンによる細胞外マトリックスタンパク質の架橋の影響を、コントロール(非架橋三次元1.5mg/mlコラーゲン-培地ECM中のK7M2腫瘍スフェロイド)に対して示している。
【実施例】
【0125】
本発明を以下の実施例によってさらに説明する。以下の実施例では、特に明記しない限り、「部」および「パーセント」は重量基準であり、「度」は摂氏である。これらの実施例は、本発明の好ましい実施形態を示すものではあるが、例示のためにのみ提示されていることが理解されるべきである。上記の説明およびこれらの実施例から、当業者は、本発明の本質的特徴を確認することができ、本発明の趣旨および範囲から逸脱することなく、本発明をさまざまな使用法および条件に適合させるために、本発明をさまざまに変更および変形することが可能である。そのため、当業者には、本明細書中に図示し説明したものに加えて、本発明のさまざまな変形例が、前述の説明から明らかであろう。このような変形例もまた、添付の特許請求の範囲の範囲内に含まれることが意図されている。
【0126】
実施例1:脳腫瘍の三次元モデルの作製
本発明者らは、まず、本発明者らの架橋戦略を評価するための多形膠芽腫の三次元インビトロモデルを作製した。脳の細胞外マトリックスは、ヒアルロン酸、プロテオグリカン(レクチカン(アグリカン、バーシカン、ニューロカンおよびブレビカン)およびその他(デコリン、ビグリカン、ホスファカン))、リンクタンパク質、ITIH2およびテネイシンR(より少量の他のテネイシンと共に)、繊維状糖タンパク質(最も大量に存在するのはフィブロネクチンとラミニン)、基底膜タンパク質(主にはIV型コラーゲンとラミニンであり、プロテオグリカン、アグリン、およびパールカンも含む)、ならびに非常に少量の繊維状コラーゲンからなる。脳の細胞外マトリックス全体の組成は、重量基準で、ヒアルロン酸が約10%:プロテオグリカンが15%:IV型コラーゲンが乾燥重量で1%[K. Koh, J. Cha, J. Park, J. Choi, S.-G. Kang, P. Kim, Scientific Reports 8 (2018) 4608]であり、これは、脳組織の70%が水であると仮定すると、新鮮重量でそれぞれ3%:4.5%:0.3%に相当する。したがって、脳の細胞外マトリックスに最も大量に存在する単一成分はヒアルロン酸であり、さらに、次に大量に存在する成分である種々のプロテオグリカンは、ヒアルロン酸を物理化学的に模倣する荷電多糖翻訳後修飾を含んでいる。
【0127】
本発明者らは、まず、GBM細胞の代謝を支援するために血清タンパク質をヒアルロン酸に混合した脳の三次元細胞外マトリックス(ECM)モデルを構築した。次に、本発明者らは、U87GBM細胞株細胞から培養した腫瘍スフェロイドを三次元腫瘍モデルとして用い、ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECMに移植した。本発明者らの第1の目的は、ヒアルロン酸濃度がGBM細胞の遊走に何らかの影響を及ぼすかどうかを立証することであり、それは、分子の絡み合いの増加ががん細胞の遊走に影響を及ぼし得ることを示唆するものであった。
【0128】
本発明者らは、脳の細胞外マトリックスに関して、低濃度、正常濃度、および高濃度のヒアルロン酸/低レベル、正常レベル、および高レベルの分子の絡み合いを表すために、ヒアルロン酸をそれぞれ2重量%、3.5重量%、および5重量%含有するヒアルロン酸-血清モデルの脳ECMを作製した。ヒアルロン酸濃度が低いモデルのECMは、かなりのヒアルロン酸分解が生じているインビボ状況を模倣することが期待できるもので、高いヒアルロン酸濃度は、脳ECM中の平均ヒアルロン酸濃度を50%上回るように設定した。本発明者らは、これらのモデルECMにおいて、インビボで見られる分子量の範囲内(約0.5~2MDa)の通常の値に相当するように、分子量1MDaのヒアルロン酸を用いた[X. Tian, J. Azpurua, C. Hine, A. V. Max Myakishev-Rempe, J. Ablaeva, Z. Mao, E. Nevo, V. Gorbunova, A. Seluanov. Nature 499 (2013) 346-349]。
【0129】
モデルECMのための異なるヒアルロン酸-血清濃度は、ヒアルロン酸をMEM完全培地およびウシ胎児血清と混合することによって調製した。ヒアルロン酸300mgを、10%ウシ胎児血清と抗生物質とピルビン酸塩とを添加した3000μlのMEM完全培地と完全に混合することによって、9%ヒドロゲルのストックを調製し、一晩静置して、ヒドロゲル全体を均一に水和させた。さまざまな重量のヒアルロン酸-血清ストック混合物を、チャンバースライドのウェルに移し、MEM完全培地で希釈して、以下の表に示す所望の最終ヒアルロン酸濃度とし、その後、細胞培養インキュベータ内において5%CO2中で一晩インキュベートし、ゲルを安定させてから使用した。
【0130】
【0131】
U87GBM細胞を、10%ウシ胎児血清と抗生物質とピルビン酸塩とを添加したMEM完全培地で培養した。培養は、T-175cm2培養フラスコ内で維持し、加湿したインキュベータ内において37℃、5%CO2でインキュベートした。70%コンフルエントになった時点で、トリプシン-EDTA10mlを用いて室温で5分間インキュベートした後、フラスコの表面から細胞を剥離した。次に、細胞懸濁液を、室温で5分間、1500rpmで遠心分離し、細胞をペレット化した。ペレットをMEM完全培地に再懸濁し、血球計計数スライドを用いて細胞数を計測した後、スフェロイドを形成させるために、細胞を、96ウェル丸底超低接着マイクロプレートに、MEM完全培地の最終容量200μl中1ウェル当たり5×103細胞の細胞密度で播種した。次に、プレートを1400rpmで10分間遠心分離し、加湿した細胞培養インキュベータ内で37℃、5%CO2でインキュベートした。遠心分離直後に細胞凝集が見られ、インキュベーション後48~96時間でスフェロイドの形成が観察された。スフェロイドは、4日目と7日目に培地交換を行い、合計9日間インキュベートした。
【0132】
蛍光性カルセイン色素の非蛍光性エステル誘導体であるカルセインAM(アセトキシルメチル)を用いて、スフェロイドの生存率と完全性(integrity)を測定した。スフェロイドを、加湿した5%CO2のインキュベータ内で生細胞イメージング用緩衝剤中の1μMのカルセインAMに45分間浸した。インキュベーション後、カルセインAM溶液を除去し、スフェロイドをPBSで3回洗浄し、培地50μlと共に、上記のように用意したチャンバースライドウェル中のヒアルロン酸-血清ゲルの上部に移した。コントロールでは、スフェロイドをMEM完全添加培地300μlと共にウェルに配置した。
【0133】
スフェロイドからの細胞の遊走と、細胞生存率と、ウェル内のスフェロイドの垂直位置とを、4日目、7日目および16日目に、明視野顕微鏡法、落射蛍光顕微鏡法または共焦点顕微鏡法を用いて記録した後、試料をインキュベータに戻して実験を継続した。
【0134】
結果を
図1に示す。U87細胞腫瘍スフェロイドは、最初の数時間以内にそれぞれのヒアルロン酸-血清モデルマトリックスに沈んだため、明らかに三次元環境にあった。また、すべてのケースで、カルセインAM染色により、実験の全期間を通して細胞が代謝的に活性のままであったことが示された。コントロールのスフェロイド(培地のみ)(試料、n=8)は、16日間の実験期間にわたって無傷のままであった。それらのスフェロイドは、直径が大きくなり、多くの単離細胞が剥がれ落ち、これらの単離細胞は各ウェルの底に広がった。
【0135】
5重量%ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECM(n=8)中のスフェロイドは、懸濁したままで、ウェルの底に到達することはなかった。重要なことに、スフェロイド径の縮小が見られ、おそらくスフェロイド内の細胞パッケージングのコンパクト化によるものであり、細胞の遊走は観察されなかった。
【0136】
2重量%HAモデルのECM(n=8)中のスフェロイドは、典型的には3~7日以内にウェルの底に沈み、その後完全に崩壊して多くの細胞を放出し、これらの細胞は急速に増殖および遊走し、ウェルの底を覆う厚い細胞層となり、明確なスフェロイド構造は残らなかった。興味深いことに、低濃度ゲルに対するこの細胞応答は、スフェロイドが無傷のままで単離細胞のみが剥がれ落ちた、培地のみにおけるスフェロイドのコントロール試料よりも、はるかに極端であった。3.5重量%モデルのECM(n=8)中のスフェロイドは、以下の2種類の挙動を示した:すなわち、5つのスフェロイドは、無傷のままであり、若干の成長を示し、少しの遊走細胞を放出し、一方で、3つは、2重量%HAモデルのECM中のスフェロイドと同様の挙動をし、すなわち、それらは、3~5日以内にウェルの底に沈み、崩壊し、急速な細胞の遊走および増殖を示した。
【0137】
全体として、これらの実験により、ヒアルロン酸の絡み合いが比較的高い(ここでは5重量%)ECMは、U87細胞の増殖および遊走を阻害し、一方で、ヒアルロン酸の絡み合いが比較的低い(2重量%)ECMは、細胞の増殖および遊走を促進すると結論付けることができた。
【0138】
GBMはしばしばヒアルロニダーゼの著しい発現を伴う[C.O. McAtee, J.J. Barycki, M.A. Simpson, Adv. Cancer Res. 103 (2014) 1]ため、GBM腫瘍環境は、健康な組織よりもヒアルロン酸濃度が低い、または、ヒアルロン酸分子の分子量が低いと予想される。どちらの場合も腫瘍環境における分子の絡み合いが低くなり、そのため、がん細胞が遊走しやすくなる場合がある。
【0139】
実験結果は、分子の絡み合いの程度を高めることによってがん細胞の遊走および増殖を停止または制限することが可能であることを示している。
【0140】
実施例2:血清タンパク質の架橋
ECMにおける有効な分子の絡み合いまたは粘度を増加させる方法としては、以下が挙げられる。
(i)成分分子のいくらかを架橋することによる方法。
(ii)ECM内に二次的な分子ネットワークを形成することによる方法。
本発明者らは、これらの経路の双方ががん細胞の遊走または増殖を阻害するであろうという仮説を立てた。実施例1は、2重量%ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECMがこの仮説を試すための良好なモデルとなることを示した。なぜなら、このECMの組成が、本発明者らが阻害しようとした細胞の増殖および遊走に非常に好都合であるためである。本発明者らは、さらに、毛細血管漏出により血清タンパク質が脳腫瘍環境に存在することが予想されることに着目した[L.G. Dubois, L. Camanati, C.Righy et al, Cell. Neurosci. 8 (2014) article 418; G. Seano, R.K. Jaln, Angiogenesis, 23 (2020), 9-16]。そのため、モデルの脳ECMにおける血清タンパク質の存在は、GBMの研究に対する本発明者らのモデルの適用可能性をさらに高めるものであった。
【0141】
本発明者らは、まず、2重量%ヒアルロン酸-血清三次元モデルの脳ECM中の血清タンパク質をリボフラビンとUVA光とを用いて架橋することにより、上記のECMを架橋する経路を調査した。酸素分子(空気)の存在下、リボフラビンに365nmで照射すると、一重項酸素分子が生成し、それらがリボフラビンと反応して、タンパク質分子を容易に架橋できる高反応性の過酸化物生成物およびジアルデヒド生成物を生成する[Oxidation mechanism of riboflavin destruction and antioxidant mechanism of tocotrienols, Hyun Jung Kim, PhD thesis, Ohio State University (2007)]。簡単に述べると、チャンバースライドのウェル内の0.4%リボフラビンおよび2重量%ヒアルロン酸-血清モデルのECMを、9%ストックHA(実施例1に記載の調製)67μgをMEM完全培地中の0.7%リボフラビン183μLで希釈し、実施例1と同様に生成したU87腫瘍スフェロイドを50μlのMEM完全培地の上部に添加することによって調製した。
【0142】
試料を2日間インキュベート(5%CO2、37℃)してスフェロイドをウェルの底に沈ませ、細胞遊走を開始させた。次に、365nmの光を45分間照射して、リボフラビンを酸化し、血清タンパク質間の架橋を誘導した。実施例1と同様に、スフェロイドからの細胞の遊走、細胞生存率、およびウェル内でのスフェロイドの垂直位置を、UVA照射後3日目、9日目および11日目に、明視野顕微鏡法および落射蛍光顕微鏡法を用いて、記録し、その後、試料をインキュベータに戻し、実験を継続した。
【0143】
コントロールモデルのECMは、2重量%ヒアルロン酸-血清単独のもの、2重量%ヒアルロン酸-血清に0.4%リボフラビンを加え、UVA照射をしなかったもの(試料は暗所に保管)、および、2重量%ヒアルロン酸-血清で、UVA光照射をしたがリボフラビンを含有しないものであった。これらのいずれにおいても、化学反応は予想されなかった。
【0144】
図2Aは、酸化リボフラビンが血清タンパク質と反応したことを実証している。Gibco社のウシ胎児血清の溶液
1H NMRスペクトルは、酸化リボフラビンまたは血清単独と比較して、ペプチド類/アミノ酸類の予想スペクトル領域でシグナルの強度が失われたことを示している。影響を受けたNMRのシグナルの例を、
図2A中の矢印で示す。
【0145】
GBM細胞遊走における、2重量%HA-血清モデルの脳ECMにおける血清タンパク質の架橋の影響を
図2Bに示す。コントロールの2重量%ヒアルロン酸-血清モデルのECM中のスフェロイドは、スフェロイドの拡大、スフェロイドの漸進的崩壊、およびスフェロイドからの多数の細胞の遊走といった前述(実施例1)のような挙動を示した。その他のコントロールでも同様の挙動が観察され、リボフラビンまたはUVA照射のみでは腫瘍細胞の遊走に影響を与えないことが示された。
【0146】
これに対して、リボフラビン添加およびUVA光照射を行ったモデルECMでは、UVA照射によりECM中の血清タンパク質の架橋が開始された時点から、細胞の遊走が有効に停止された。カルセインAM染色により、すべてのモデルECMについて、実験期間の全体を通して細胞が代謝的に活性のままであったことが示された。
【0147】
実施例3:酸化ヒアルロン酸によるECMの共有結合架橋
がん細胞の遊走および増殖に対する架橋の効果の2つ目の実証として、本発明者らは、酸化ヒアルロン酸を用いて架橋した、モデルの脳細胞外マトリックスを作製した。本発明者らは、ヨウ素酸ナトリウムを用いて酸化ヒアルロン酸を生成した(酸化生成物、oxHA)。本発明者らが行った最初の実験では、スキーム1に従って、酸化ヒアルロン酸とアジピン酸ジヒドラジド(ADH)をシッフ塩基化学反応により架橋し[W.-Y. Su, Y.-C. Chen, F.-H. Lin, Acta Biomater. 6 (2010) 3044-55]、この架橋物質(および細胞培養液)単独中での侵襲性がん細胞の挙動を調べた。
【0148】
簡単に述べると、ヒアルロン酸をビーカー内でMilli-Q水100mlに溶解して最終濃度1重量%とし、室温で一晩インキュベートした後、PBS中の過ヨウ素酸ナトリウム(2.6%)15mlを攪拌しながら滴下することによって酸化させた。反応混合物を暗所で24時間または2.5時間インキュベートして、ヒアルロン酸を異なるレベルに酸化させた。10%エチレングリコール2.5mlを添加して反応を停止させた。酸化後、60,000~80,000Kdの透析チューブを用いてヒアルロン酸溶液を透析し、酸化反応の副生成物を除去した。透析緩衝液としてMilli-Q水を用い、得られた酸化ヒアルロン酸(oxHA)を1日2回水を交換しながら3日間透析に供した。
【0149】
その後、oxHA溶液を、透析チューブから50mlチューブに移し、液体窒素にチューブを浸漬することにより凍結させた後、凍結乾燥させた。アジピン酸ジヒドラジドの添加により所望の架橋物が形成されたことを確かめるために、凍結乾燥したoxHAの試料を、水中の5重量%アジピン酸ジヒドラジド(ADH)を用いて架橋した(生成物をoxHA-ADHと表す)。oxHA-ADH溶液をoxHAと同様に凍結乾燥させた。固体NMRとFTIR分光法とを用いて、凍結乾燥したoxHA-ADH架橋ポリマーの組成を確認した(
図3)。
【化1】
スキーム1:ヒアルロン酸の酸化とその後のアジピン酸ジヒドラジドによるシッフ塩基化学反応を介した架橋
【0150】
架橋された酸化ヒアルロン酸を生成するために、oxHA100mgをPBS800μlに溶解し、完全に混合し、一晩インキュベートした。5重量%アジピン酸ジヒドラジド400μlをoxHAゲルに添加し、金属へらを用いてホモジナイズした。これに続いて、MEM完全培地1.8mlを添加して、oxHAの最終濃度3重量%のストック架橋ゲルとした。ストックゲル300mgをチャンバースライドの各ウェルに移し、各ウェルに培地100μlを添加することによってさらに希釈し、得られたoxHAゲルを室温で1時間沈殿させた。また、コントロールのヒアルロン酸ゲルは、oxHAの代わりにヒアルロン酸を用い、アジピン酸ジヒドラジドの代わりに等量のPBSを用いた以外は、架橋ゲルと全く同様に調製した。
【0151】
実施例1と同様に調製したカルセイン染色済みのU87腫瘍スフェロイドを、培地50μlと共に、架橋oxHAゲル(n=7)およびコントロール(n=6)(非架橋、非酸化)ヒアルロン酸ゲルに移し、最終ゲル濃度を2重量%oxHAまたはヒアルロン酸とした。次に、チャンバースライドを組織培養インキュベータ(5%CO
2、37℃)内でインキュベートし、明視野顕微鏡法と落射蛍光顕微鏡法とを用いて異なる時点で撮像した。結果を
図4に示す。ここでも、カルセイン染色により、すべてのケースにおいて細胞が代謝的に活性なままであったことが示された。コントロール試料中の腫瘍スフェロイドは、前述のような挙動を示し、著しい細胞の遊走と腫瘍スフェロイド構造の崩壊が見られた。これに対して、架橋ヒアルロン酸ゲル試料では、主な腫瘍スフェロイドから離れて観察された細胞は比較的少なく、スフェロイドから遊走した細胞はスフェロイドの周囲の小さいハロー内に含まれているように見えた。
【0152】
実施例4:モデルの脳ECMにおける酸化ヒアルロン酸(oxHA)の拡散および架橋
腫瘍周囲の細胞外マトリックス分子間の架橋をインビボで生成させるには、適切な架橋剤を拡散によって腫瘍領域に導入することが必要となる。実施例3は、oxHAが末端アミン基を有する分子を架橋することができることを示している。すべての組織の細胞外マトリックスは、そのさまざまなタンパク質中に末端アミン基を豊富に含んでいる。oxHAが腫瘍治療法において適切な架橋剤となるためには、送達点から腫瘍周囲の患部組織に拡散し、同領域内でタンパク質を架橋しなければならない。そのため、本発明者らは、次に、oxHAを本発明者らの三次元ヒアルロン酸-血清モデルの脳細胞外マトリックスの上部に混合せずに添加した場合、oxHAが、三次元モデルマトリックス中で十分な距離を拡散し、モデル腫瘍の周囲の血清タンパク質を十分に架橋して当該腫瘍からの細胞の遊走を阻害できるかどうかを調査した。
【0153】
MEM完全培地中のヒアルロン酸-血清モデルのECMと、PBS中のoxHAヒドロゲルとを、どちらの場合もヒアルロン酸成分に関して最終濃度が2重量%となるように、前述のように生成した。ヒアルロン酸-血清モデルのECM200mgをチャンバースライドの各ウェルに添加した後、MEM完全培地50μl中のカルセイン染色したU87腫瘍スフェロイドを各ウェルに添加した。腫瘍スフェロイドが沈殿した後(通常は数時間後)、2重量%oxHA(実施例3と同様に調製)200mgを各ウェルの上部に添加した。チャンバースライドをインキュベータ(5%CO2、37℃)に入れ、前述のように3日目と8日目に細胞遊走を評価した。
【0154】
腫瘍スフェロイド(
図5)は、前述と同様に、最初の数時間以内にすべてが2重量%ヒアルロン酸-血清モデルのECMに沈み、それにより、各スフェロイドは、通常は細胞の遊走を促進するECMによって取り囲まれた。oxHAに代えて2重量%ヒアルロン酸-血清ゲルを腫瘍スフェロイドの上方に添加したコントロール試料では、予想通りかなりの細胞遊走と細胞増殖が見られた。しかしながら、oxHAを腫瘍スフェロイドの上方に添加した場合は、細胞遊走は阻害され、腫瘍スフェロイドの周囲に分子架橋が形成されたことと一致していた。したがって、oxHAは、腫瘍スフェロイドが2重量%ヒアルロン酸-血清タンパク質モデルのECMに沈む前に、腫瘍スフェロイドの周囲に架橋を生成するのに十分な距離を拡散したか、または、腫瘍スフェロイドをカプセル化したかに違いない。
【0155】
実施例5:ECMの静電的架橋
ヒアルロン酸-血清モデルの脳細胞外マトリックスにおける架橋ががん細胞の遊走にどのように影響を及ぼすかの3つ目の実証として、本発明者らは、本発明者らのモデルの脳ECMのヒアルロン酸成分を、ポリアミンの1つであるトリエンチンによって、トリエンチンの正電荷を帯びたアミン基とヒアルロン酸の負電荷を帯びたカルボキシレート基との間の静電相互作用を利用して、静電的に架橋し、ヒアルロン酸分子間に架橋を生成した[D. Ge, K. Higashi, D. Ito, K. Nagano, R. Ishikawa, Y. Terui, K. Higashi, K. Moribe, R. J. Linhardt, T. Toida, Chem. Pharm. Bull. 64 (2016) 390-398]。トリエンチンは、ウィルソン病の治療に使用される薬でもある。
【0156】
簡単に述べると、U87腫瘍スフェロイドを、チャンバースライドウェル中のコントロールの2重量%ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECM、または、実施例1に記載したように作製した、5mM、10mM、および20mMのトリエンチンを混合した2重量%ヒアルロン酸-血清モデルのECMに播種し、インキュベータ(5%CO2、37℃)に入れ、1日目、3日目、6日目、および10日目に細胞遊走を評価した。
【0157】
コントロール試料はすべて、前述のようにかなりの細胞遊走を示したが、架橋用トリエンチンを添加した試料では、細胞遊走が明らかに阻害された(
図6)。
【0158】
実施例6:U251腫瘍スフェロイドに対する阻害作用
次いで、細胞外マトリックスの架橋が脳がん細胞の遊走に及ぼす影響の一般性を確かめるために、本発明者らは、別のGBM細胞株であるU251で実験を行った。MEM完全培地中に作製したコントロールの2重量%ヒアルロン酸-血清モデルの脳細胞外マトリックス(
図7、コントロール)では、U251細胞は、単離細胞のかなりの遊走を示し、同濃度のヒアルロン酸-血清マトリックス上のU87細胞の結果と同様であった。
【0159】
2重量%酸化ヒアルロン酸(oxHA)をアジピン酸ジヒドラジド(上記参照)で架橋すると、U251細胞の遊走(
図7)に関してU87腫瘍スフェロイドの場合と非常に類似した結果が示され、遊走細胞は非常に少なかった。
【0160】
U251腫瘍スフェロイドを用いた2つ目の実証では、本発明者らは、本発明者らの2重量%HA-血清モデルの脳ECMにおけるECM架橋剤としてoxHAを採用した。簡単に述べると、実施例1と同様に、最終濃度が2重量%ヒアルロン酸となる濃度でMEM完全培地を用いてヒアルロン酸-血清モデルの脳ECMを合成した。oxHAは、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中のゲルとして、やはり最終濃度が2重量%oxHAとなる濃度で作製した後、ヒアルロン酸-血清モデルのECMと1:1の重量比で混合した。得られた混合物400mgを、チャンバースライドの各ウェルに分注し、実施例1と同様にMEM完全培地50μl中のカルセイン染色したU251腫瘍スフェロイドを各ウェルに添加した。次に、チャンバースライドをインキュベータ(5%CO2、37℃)に入れ、前述のように3日目と8日目に細胞遊走を評価した。コントロールは、400mgの2重量%ヒアルロン酸-血清モデルの脳ECMのみを含んでいた。
【0161】
結果を
図8に示す。カルセイン染色により、U251細胞は実験の間中ずっと代謝的に活性のままであったことが示された。ここでも、コントロール試料はかなりの細胞遊走および増殖を示したが、架橋ヒアルロン酸-血清タンパク質を含む試料では、8日間のインキュベーション後でも、細胞遊走は基本的に見られなかった。
【0162】
実施例7:骨がんの治療のための細胞外マトリックス架橋
一般に固形腫瘍を治療するための細胞外マトリックス架橋アプローチの普遍性を確かめるために、本発明者らは、次に、骨肉腫(骨がん)で本アプローチを調査した。
骨細胞外マトリックスは、主に石灰化I型コラーゲンからなる。転移性骨肉腫腫瘍の周囲では石灰化が必ず破壊されるため、腫瘍細胞が細胞外マトリックスを通って遊走することが可能になる。そのため、本発明者らは、骨/骨肉腫の細胞外マトリックスを三次元の1.5mg/mlコラーゲンゲルでモデル化することにした。このコラーゲンゲル濃度は、K7M2マウス骨肉腫細胞株による浸潤を促進した(
図9)。本発明者らは、外来性のゲニピン単独またはリボフラビンのいずれかを添加し、続いて、実施例2と同様にUV光を照射することによって、このような状況において細胞外マトリックスを架橋する効果を調査した。
【0163】
モデルの骨細胞外マトリックスとしてDMEM完全培地中のコラーゲンゲル(1.5mg/ml)をストックの5重量%コラーゲンゲル(IBIDI社、ドイツ)から調製した。10%ウシ胎児血清と抗生物質とピルビン酸塩とを添加したDMEM完全培地中でK7M2細胞を培養した。培養物をT-75cm2培養フラスコ内で維持し、加湿したインキュベータ内で37℃、5%CO2でインキュベートした。70%コンフルエントになった時点で、トリプシン-EDTA4mlを用いて室温で2分間インキュベートした後、フラスコの表面から細胞を剥離した。次いで、細胞懸濁液を室温で5分間、1400rpmで遠心分離して、細胞をペレット化した。ペレットをDMEM完全培地に再懸濁し、血球計計数スライドを使用して細胞数を計測した後、スフェロイドを形成させるために、細胞を、96ウェル丸底超低接着マイクロプレートに、DMEM完全培地の最終容量100μl中1ウェル当たり5×103細胞の細胞密度で播種した。その後、プレートを4300rpmで5分間遠心分離し、加湿した細胞培養インキュベータ内で37℃、5%CO2でインキュベートした。遠心分離直後に細胞凝集が見られ、インキュベーション後24時間でスフェロイドの形成が観察された。スフェロイドは合計7日間インキュベートした。
【0164】
簡単に述べると、100μLの10×DMEMと、25~30μLの0.5M NaOHと、20μLの7.5%NaHCO3と、10%ウシ胎児血清および抗生物質を添加した655μLのDMEMと、450μLのコラーゲン5mg/mlストック溶液とを混合することによって、チャンバースライドのウェルに、0.3%リボフラビンおよび1.5mg/mlコラーゲン-培地ゲルを調製した。リボフラビンは、ゲル中の最終濃度が0.3%になるようにコラーゲンストック溶液に予め混合しておいた。早過ぎるゲル化を避けるために氷上で混合し、pHを確認し、酸性が強過ぎる場合は0.5M NaOHで7~8に調整した。得られた混合物250μLをIBIDI社製スライドの各ウェルに添加し、室温に移し、1ウェル当たりDMEM添加培地50μL中のスフェロイド1つを直ちに添加した。次いで、スライドを37℃(5%CO2)のインキュベータに移し、モデルECMのゲル化を開始させた。30分後、ゲル化が現れた。すなわち、ウェル内の混合物が濁り、コラーゲン繊維の細い糸が顕微鏡下で視認できるようになった。
【0165】
試料を2日間インキュベート(5%CO2、37℃)してスフェロイドからの細胞遊走を開始させた後、365nmの光を45分間照射してリボフラビンを酸化させ、タンパク質の架橋(コラーゲンおよび血清タンパク質)を誘導した。実施例2と同様に、UVA照射後3日目、9日目、および11日目に明視野顕微鏡法を用いてスフェロイドからの細胞の遊走を記録し、その後、試料をインキュベータに戻して実験を継続した。
【0166】
コントロールのゲルは、1.5mg/mlコラーゲン-培地モデルのECM単独のもの、1.5mg/mlコラーゲン-培地ECMに0.3%リボフラビンを加え、UVA照射をしなかったもの(試料は暗所に保管)、および、1.5mg/mlコラーゲン-培地のECMで、UVA光照射をしたが、リボフラビンは含有しないものであった。これらのいずれにおいても、化学反応は予想されなかった。
結果を
図10に示す。
【0167】
次に、同じ三次元コラーゲンゲルモデルの細胞外マトリックスにおいて、別のタンパク質架橋剤であるゲニピン(スキーム2)の効果をテストした。
【化2】
スキーム2:ゲニピンの分子構造
【0168】
ゲニピンは、チブサノキ(Genipa americana)やクチナシ(Gardenia jasminoides)の果実に含まれる化合物である。ゲニポシドと呼ばれるイリドイド配糖体に由来するアグリコンである。ゲニピンは、タンパク質の優れた天然架橋剤であり、コラーゲンを架橋する能力は以前に実証されている[Ko, C. S., Wu, C. H., Huang, H. H., & Chu, I. M. (2007)Journal of Medical and Biological Engineering, 27(1), 7-14; Siriwardane, M. L., Derosa, K., Collins, G., & Pfister, B. J. (2014)Biofabrication, 6(1); Pinheiro, A., Cooley, A., Liao, J., Prabhu, R., & Elder, S. (2016) Journal of Orthopaedic Research, 34(6), 1037-1046; Fessel, G., Gerber, C., & Snedeker, J. G. (2012) Journal of Shoulder and Elbow Surgery, 21(2), 209-217]。急性毒性は低く[Fessel, G., Cadby, J., Wunderli, S., Van Weeren, R., & Snedeker, J. G. (2014) Acta Biomaterialia, 10(5), 1897-1906]、マウスの静脈内投与による50%致死量(LD50i.v.)は153mg/kgである[https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov]。ゲニピンは、ゲニピンに対するタンパク質/グルコサミン第一級アミン基による求核攻撃および第二級アミドを形成するゲニピンエステル基での求核置換を介して、タンパク質やグルコサミン含有多糖と不可逆的な架橋を形成する[Butler, M.F., Ng, Y.-F., Pudney, P.D.A. (2013) Journal of Polymer Science A, 41, 3941-3953]。
【0169】
骨細胞外マトリックスをモデル化したコラーゲン-培地ゲルと、K7M2スフェロイドとを、上記のリボフラビン/UV光架橋試験と同様に作製した。K7M2スフェロイドは、液体培地で7日間成長させた後、1重量%、0.3重量%、および0.05重量%のゲニピンを予め混合した1.5mg/mlコラーゲンゲルに播種した。ストックゲニピン溶液は、DMSO中10重量%であり、水で希釈した。ゲニピン含有コラーゲンモデルのECMを、以下のようにして調製した。100μLの10×DMEMと、25~30μLの0.5M NaOHと、20μLの7.5%NaHCO3と、ゲニピンストック溶液に水を混合してゲニピンの最終濃度を1%、0.3%、もしくは0.05%としたゲル150μL、または、対応するコントロールとして、100%DMSOに水を混合してDMSOの最終濃度を6%、2%、もしくは0.33%としたゲル150μLと、10%ウシ胎児血清および抗生物質を添加した505μLのDMEMと、450μLのコラーゲンの5mg/mlストック溶液と、を混合した。早過ぎるゲル化を避けるために氷上で混合し、pHを確認して、酸性が強過ぎる場合は0.5M NaOHで7~8に調節した。得られた混合物250μLをIBIDI社製スライドの各ウェルに添加し、室温に移し、1ウェル当たりDMEM添加培地50μL中のスフェロイド1つを直ちに添加した。その後、スライドを37℃のインキュベータに移してモデルECMのゲル化を開始させた。追加のコントロールとして、K7M2スフェロイドを、上記のリボフラビン/UV照射試験と同様に、1.5mg/mlコラーゲン-培地モデルのECM単独に播種した。
【0170】
コラーゲン-ゲニピン架橋反応の結果、コラーゲン-培地ゲルは、空気の存在とゲニピンの酸素ラジカル誘導重合とにより、強い濃青色に着色された[Butler, M.F., Ng, Y.-F., Pudney, P.D.A. (2013) Journal of Polymer Science A, 41, 3941-3953]。
細胞浸潤を14日間モニタリングした(
図10)。モデルコラーゲン細胞外マトリックスの細胞浸潤は、0.3重量%のゲニピンで架橋した場合は観察されず、0.05重量%のゲニピンで架橋した場合は最小限の浸潤のみであった。対応するコントロール(2重量%および0.33重量%のDMSO)では、浸潤はDMSOの影響を受けなかった。1重量%のゲニピンでのモデルECMでは、色強度が非常に強かったため、光学顕微鏡下でのスフェロイドの観察は不可能であった。
【0171】
これらの結果を総合すると、細胞外マトリックスコラーゲンを架橋することで、細胞外マトリックスへの骨がん細胞の浸潤を高度に阻害できることが分かる。
【0172】
上記のすべての実施例は、総合すると、がん細胞の移動を妨げ、浸潤ひいては転移を止めるための架橋戦略が、普遍的であり、グリコサミノグリカンやタンパク質が豊富であるかどうかに関わらず、広範な細胞外マトリックスに適用可能であることを示している。
【0173】
実施例8:手術中における架橋戦略の実施
手術中、腫瘍は、腫瘍の種類とステージに応じたベストプラクティスに従って除去される。切除後、選択された架橋剤を腫瘍床(tumour bed)/切除部位に局所適用する。
光誘導リボフラビン架橋では、リボフラビン溶液を、腫瘍床に噴霧し、所定時間(必要浸透深度1mm当たり数分)拡散させた後、腫瘍床全体または外科医によって決定された特定部位に対して所定時間UV照射を行う。得られた架橋腫瘍床ECMからの蛍光またはMRIを用いて、達成した架橋の深度を評価する。
【0174】
酸化ヒアルロン酸、ポリオール類、ポリアミン類、および他のポリカチオン類による架橋では、適切な架橋剤を、広域抗生物質とともに、健康な組織のヒアルロン酸分子量と同様の分子量を有するヒアルロン酸などの、架橋剤の拡散を可能にする(好ましくは非毒性の)担体と、所定の割合で混合し、混合物へのPBSの添加によって溶液/ゲルを生成した。次に、ワイドゲージのハミルトン注射器または同様のものを用いて、得られた溶液/ゲルを腫瘍切除腔に充填する。あるいは、担体、例えばヒアルロン酸、と架橋剤の重量%を所望の最終製剤よりも高くしてゲルを生成し、微小球に成形する。次に、微小球を所定量のPBSまたは止血生理食塩水(haemostatic saline)と混合し、得られたスラリーを直ちに腫瘍切除腔に流し込む。
【手続補正書】
【提出日】2022-10-13
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する方法において使用するための、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤を含み、それにより、前記腫瘍の部位または前記切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害する組成物であって、前記方法が、
(i)前記腫瘍、
(ii)前記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)前記腫瘍もしくは前記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を、当該組成物と接触させることを含み、
前記薬剤が、前記腫瘍中および/または前記腫瘍周囲の細胞外マトリック
スを架橋することが可能な架橋剤である、組成物。
【請求項2】
前記腫瘍が、癌腫、肉腫、胚細胞腫瘍、および芽腫からなる群から選択される、
請求項1記載の
組成物。
【請求項3】
前記腫瘍が、脳または神経系のがん、乳房のがん、内分泌系のがん、眼のがん、消化器のがん、泌尿生殖器または婦人科のがん、頭頸部のがん、皮膚のがん、胸部または呼吸器のがん、およびHIV/AIDS関連がんからなる群から選択される、
請求項1又は2に記載の
組成物。
【請求項4】
前記腫瘍が
、多形膠芽腫(GBM)、神経膠腫、びまん性正中神経膠腫、混合性神経膠腫、星細胞腫、乏突起膠腫、髄芽腫、松果体部腫瘍、非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍(AT/RT)、および原始神経外胚葉性腫瘍(PNET)からなる群から選択され
る原発性脳がんである、
請求項1から3のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項5】
前記腫瘍が、膵管腺がん(PDAC)または骨肉腫である、請求項1から
4のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項6】
前記薬剤が、
(a)(i)前記腫瘍中のがん細胞を架橋すること、および/または、
(ii)前記腫瘍中および/もしくは前記腫瘍周囲の細胞外マトリックスを架橋すること、および/または、
(iii)がん細胞を前記腫瘍中および/もしくは前記腫瘍周囲の細胞外マトリックスに架橋すること、ならびに/あるいは、
(b)
前記腫瘍中および/または前記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に二次的なネットワークを形成することによって、前記腫瘍または前記切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の細胞外マトリックスの粘度および/または分子の絡み合いを増加させるこ
とが可能なものである、
請求項1から5のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項7】
前記薬剤が架橋剤である、
請求項1から6のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項8】
前記架橋剤が、前記腫瘍の周囲の細胞外マトリックス(ECM)の成分を架橋することが可能なものであり
、前記ECMの成分が、ヒアルロン酸、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ECMプロテオグリカン、ECM糖タンパク質、がん細胞によって発現された細胞外タンパク質、およびエクソソームのタンパク質または他の成分からなる群から選択され
る、請求項
7に記載の
組成物。
【請求項9】
前記架橋剤が、アミン、チオール、およびカルボニル
から選択された化学基を架橋することが可能なものである、請求項
7または
8に記載の
組成物。
【請求項10】
前記架橋剤が、ゲニピン、グルタルアルデヒド、グリオキサール
およびその誘導体
、プロアントシアニジン
、リボフラビン
、フルオレセイン
、ポリアミン、メチレンブルー
、トリエンチン、
ならびに酸化ヒアルロン酸からなる群から選択される、請求項
7から
9のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項11】
前記架橋剤が、光によって活性化することができるかまたは続いて活性化される光活性化可能な薬剤である、請求項
7から
10のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項12】
前記薬剤が抗体を含む、
請求項1から11のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項13】
前記薬剤が、
(b)前記腫瘍中および/または前記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に二次的なネットワークを形成することによって、前記腫瘍または前記切除した腫瘍の部位の中および/または周囲の細胞外マトリックスの粘度および/または分子の絡み合いを増加させることが可能であって、
(i)前記腫瘍の部位における細胞外マトリックスの成分であるポリマー、または、
(ii)前記腫瘍の部位における細胞外マトリックスの成分でないポリマーであり、
前記腫瘍中および/もしくは前記腫瘍周囲の細胞外マトリックス内に前記ポリマーから二次的なネットワークが形成されるか、あるいは、
(iii)前記ECMの1つ以上の成分と化学的に反応して前記ECMの粘度および/または分子の絡み合いを増加させる部分(moiety)であって、但し前記ECMの1つ以上の成分を架橋することはない部分である、請求項
1から5のうちいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項14】
前記ポリマーが、ヒアルロン酸またはその誘導体、コラーゲンまたはその誘導体、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、およびポリグリコール酸・乳酸共重合体またはその前駆体からなる群から選択される、請求項
13に記載の
組成物。
【請求項15】
(i)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程前に適用され
、前記薬剤が前記腫瘍に特異的なターゲティング部分を含むか、
(ii)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程前に局所的に適用されるか、
(iii)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程中に1回以上適用されるか、
(iv)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程後に適用され
か、あるいは、
(v)前記組成物が、前記腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程後に適用され
、前記薬剤が前記除去されるべき腫瘍に特異的なターゲティング部分を含む、
請求項1から14のうちのいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項16】
対象上または対象内の腫瘍の部位または切除した腫瘍の部位から離れるがん細胞の遊走を防止または阻害するための組成物の製造における、がん細胞の移動および/または増殖を妨げる薬剤の使用であって、前記方法が、
(i)前記腫瘍、
(ii)前記切除した腫瘍の部位、および/または、
(iii)前記腫瘍もしくは前記切除した腫瘍の部位の近傍、
の全部または一部を前記組成物と接触させることを含み、
前記薬剤が、請求項7から14のうちのいずれか一項で規定された薬剤である、使用。
【国際調査報告】