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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-19
(54)【発明の名称】止血被覆材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 15/32 20060101AFI20230412BHJP
   A61L 15/22 20060101ALI20230412BHJP
   A61L 15/42 20060101ALI20230412BHJP
【FI】
A61L15/32 100
A61L15/32 310
A61L15/22 310
A61L15/42 100
A61L15/42 310
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022552587
(86)(22)【出願日】2020-10-19
(85)【翻訳文提出日】2022-08-31
(86)【国際出願番号】 KR2020014248
(87)【国際公開番号】W WO2021177536
(87)【国際公開日】2021-09-10
(31)【優先権主張番号】10-2020-0025776
(32)【優先日】2020-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522345593
【氏名又は名称】イノセラピー インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】キム、ソ ミ
(72)【発明者】
【氏名】コ、ミ ヨン
(72)【発明者】
【氏名】キム、ホン キ
(72)【発明者】
【氏名】キム、クム ヨン
(72)【発明者】
【氏名】リ、ムン セ
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AA12
4C081AA14
4C081CD08
4C081CD09
4C081CD12
4C081CD15
4C081DA02
4C081DB03
4C081DC02
4C081EA02
(57)【要約】
止血被覆材が提供される。止血被覆材は、生体適合性ポリマーを含む多孔質マトリックス層と、多孔質マトリックス層上に載置され、多価フェノール含有部分が導入されたポリマーを含む止血層と、多孔質マトリックス層と止血層との間に位置し、多孔質マトリックス層が止血層から分離することを防止する結合層と、を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性ポリマーを含む多孔質マトリックス層と、前記多孔質マトリックス層上に載置され、1つ又は複数のヒドロキシ基を有するベンゼン環を含む部分が導入されたポリマーを含む止血層と、前記多孔質マトリックス層と前記止血層との間に位置し、前記多孔質マトリックス層が前記止血層から分離することを防止する結合層と、を含む止血被覆材。
【請求項2】
前記生体適合性ポリマーが天然生分解性ポリマー又は合成生分解性ポリマーである、請求項1に記載の止血被覆材。
【請求項3】
前記多孔質マトリックス層がゼラチンパッド又はコラーゲンパッドである、請求項1に記載の止血被覆材。
【請求項4】
前記止血層の前記ポリマーが、該ポリマー中に導入されたフェノール含有部分又は多価フェノール含有部分を含む、請求項1に記載の止血被覆材。
【請求項5】
前記ポリマーが生体適合性ポリマーである、請求項4に記載の止血被覆材。
【請求項6】
前記フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分がそれぞれ、「フェノール-L-」又は「多価フェノール-L-」(式中、Lは、単結合;-O-、-S-、-NH-、-C(O)-、-C(O)O-、-OC(O)O-又はC(O)NH-を含んでいてもよいC~C10脂肪族炭化水素鎖;又は-O-、-S-、-NH-、-C(O)-、-C(O)O-、-OC(O)O-又はC(O)NH-を含んでいてもよいC~C10脂環式炭化水素鎖によって表される、請求項4に記載の止血被覆材。
【請求項7】
前記止血層が、-OHを有するベンゼン環及び=Oを有するベンゼン環の両方を含む、請求項1に記載の止血被覆材。
【請求項8】
前記結合層が、前記多孔質マトリックス層及び前記止血層と混和性である物質を用いて形成される、請求項1に記載の止血被覆材。
【請求項9】
前記物質が、前記多孔質マトリックス層の主構成成分と前記止血層の主構成成分との混合物又は共重合体である、請求項8に記載の止血被覆材。
【請求項10】
前記結合層が、前記生体適合性ポリマーと前記フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分が導入された前記ポリマーとの混合領域を含む、請求項4に記載の止血被覆材。
【請求項11】
(A)導入されたフェノール含有部分又は多価フェノール含有部分を含むポリマーを水に溶解させて止血層形成溶液を調製すること、(b)生体適合性ポリマーで構成された多孔質マトリックスを提供すること、(c)前記止血層形成溶液を前記多孔質マトリックスの細孔に含浸させるように、前記止血層形成溶液を前記多孔質マトリックスの表面に接触させること、及び(d)前記止血層形成溶液を乾燥させて、前記多孔質マトリックスの表面に止血層を形成すると共に多孔質マトリックスと止血層との界面に結合層を形成することを含む、止血被覆材の製造方法。
【請求項12】
回転粘度計を用いて4℃で測定された止血層形成溶液の粘度が10~2500cPである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記結合層の厚さが1~1500μmである、請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、止血被覆材及びその製造法に関する。より具体的には、止血性能、接着性能、封止性能、及び吸着性能が向上した止血被覆材物及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日の外科技術は大きな進歩を遂げているが、外科内出血を止めるための止血技術はまだ開発の初期段階にある。止血剤の主な目標は出血を止めることである。止血剤は、その適切な使用のために多くの機能を有することが要求される。具体的には、止血剤が出血を止める機能を有するべきである。止血剤はそれらの止血機能が満たされるように、止血が必要とされる所望の組織部位に固定して取り付けられるべきである。止血剤は血液を吸収し、失血を減少させるという追加の機能を有するべきである。
【0003】
多くの止血剤が広く知られており、現在市販されている。このような止血剤としては、身体の血液凝固機構の最終段階にフィブリンを用いたフィブリン系止血剤、瞬間接着剤と同じ成分及び原理を用いて止血を誘発するシアノアクリレート系止血剤(例えば、韓国特許公開第2009-0077759号参照)、止血の物理的障壁として作用するキトサン、ゼラチン、コラーゲン等の天然ポリマー材料からなる止血剤が挙げられる。しかしながら、フィブリン系止血剤は生体由来の成分による疾患感染のリスクがあり、また抗凝固剤を服用している患者に止血のために適用することが困難である。シアノアクリレート系止血剤は、インビボで分解されると、ホルムアルデヒドなどの毒性物質を生成する。天然ポリマー材料から構成される止血剤は、期待されるよりも止血性能が良好でなく生体組織に対する接着強度が低い。また、ポリマーの中には、封止性や吸収性に劣るものがある。
【0004】
止血のための医療用製品として、血液不溶性スポンジ様構造が知られている。これらの医療用製品は出血部位から血液を吸収し、インビボ血液凝固機構に基づいて出血を止める。当該医療用製品は、接着性を欠くために外科用器具に接着しないので、使用するのに便利である。当該医療用製品は血液を吸収する能力のために、出血部位から血液を封止することができる。しかし、当該医療用製品は生体組織に付着しにくいため、出血部位の組織と密着するために別の手段を必要とする。別の欠点は、当該医療用製品の止血性能が低いことである。
【0005】
止血のための別の公知の医療用製品としては、血液可溶性膜構造がある。出血部位からの血液と接触すると、当該医療用製品は溶解され、出血部位上に物理的フィルムを形成して出血部位に付着する。このメカニズムに基づいて、当該医療用製品は止血を達成する。当該医療用製品は、その接着機能によって、生体組織への接着のために別個の手段を使用することの不都合を排除する。当該医療用製品は優れた止血性能という利点を有するが、外科用器具にくっつきやすく、使用上の不便さを引き起こし、出血部位から血液を封止することができない。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様によれば、生体適合性ポリマーを含む多孔質マトリックス層と、前記多孔質マトリックス層上に載置され、1つ又は複数のヒドロキシ基を有するベンゼン環を含む部分が導入されたポリマーを含む止血層と、前記多孔質マトリックス層と前記止血層との間に位置し、前記多孔質マトリックス層が前記止血層から分離することを防ぐ結合層と、を含む止血被覆材が提供される。
【0007】
本開示の別の態様によれば、止血被覆材の製造方法が提供される。ある実施形態では、前記方法は、(a)導入されたフェノール含有部分又は多価フェノール含有部分を含むポリマーを水に溶解させて、止血層水溶液を調製すること、(b)生体適合性ポリマーから構成される多孔質マトリックスを提供すること、(c)前記止血層水溶液を前記多孔質マトリックスの細孔に含浸させるように、前記止血層水溶液を前記多孔質マトリックスの表面と接触させること、及び(d)前記止血層水溶液を乾燥させて、前記多孔質マトリックスの表面上の止血層、及び前記多孔質マトリックスと前記止血層との間の界面の結合層を 、同時に形成することを含む。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、止血被覆材の一実施形態を示す断面模式図である。
図2図2は、一実施形態に係る止血被覆材を出血部位に適用した場合の止血及び血封止(blood sealing)処理を示す模式図である。
図3図3は、低粘度のキトサン-カテコール溶液をゼラチン層に含浸させて作製した止血用多層スポンジと、高粘度のキトサン-カテコール溶液をゼラチン層に含浸させて作製した止血用多層スポンジの構造を示す。
図4図4は、多層スポンジの断面の走査電子顕微鏡画像を示す。
図5図5は、止血スポンジの封止性を解析した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
特に定義しない限り、本明細書中で用いられる全ての技術用語及び科学用語は、本開示が属する技術分野の当業者によって一般的に理解されるものと同じ意味を有する。一般に、本明細書及び以下で使用される命名法は当技術分野で周知であり、一般的に使用されている。
【0010】
ここで、添付の図面を参照して、本明細書に開示される様々な実施形態をより詳細に説明する。
【0011】
本開示の一態様は、止血被覆材を提供する。本止血被覆材の一実施形態を示す断面模式図である。図1を参照すると、止血被覆材 100は、生体適合性ポリマーを含む多孔質マトリックス層110と、多孔質マトリックス層110上に載置され、多価フェノール含有部分が導入されたポリマーを含む止血層130と、多孔質マトリックス層110と止血層130との間に位置し、多孔質マトリックス層110が止血層130から分離することを防ぐ結合層120とを含む。
【0012】
多孔質マトリックス層110は、織布、不織布、発泡ポリマー又はスポンジの形成であってもよい。多孔質マトリックス層110は、出血部位などの損傷部位と接触し得、吸収された体液を収容するための複数の孔を有しうる。多孔質マトリックス層110は、血液、滲出液、及び他の流体を保持して、それらが損傷部位から溢れ出るのを防ぎ、止血を達成することができる。マトリックスは好ましくは、適切に弾性であり血液などの液体に対して良好な濡れ性及び吸収性を有する生体適合性ポリマーから構成される。細孔は、マトリックス中で互いに相互接続され三次元構造を形成していてよい。
【0013】
生体適合性ポリマーは、好ましくはインビボで適用された後、酵素分解、生物学的分解又は加水分解によって経時的にインビボで吸収されうる材料である。
【0014】
生体適合性ポリマーは、好ましくは血液不溶性材料である。特に、生体適合性ポリマーは、インビボ条件である約37℃の中性pHで水に不溶性である。生体適合性ポリマーは、インビボで適用された後、3ヶ月以内、好ましくは8週間以内に生分解される。生体適合性ポリマーは、創傷閉鎖後に所望の目的が達成された後、上記期間内に自然に分解されることが好ましい。
【0015】
生体適合性ポリマーは、天然生分解性ポリマー又は合成生分解性ポリマーでありうる。具体的には、天然生分解性ポリマーはコラーゲン、フィブロネクチン、フィブリン、ゼラチン、エラスチン、キチン、キトサン、デンプン、デキストロース、デキストラン、アルギン酸、ヒアルロン酸、セルロース、それらの誘導体、及びそれらのコポリマーからなる群より選択されうる。具体的には、合成生分解性ポリマーはポリ(乳酸)(PLA)、ポリ(グリコール酸)(PGA)、ポリ(D,L-ラクチド-コ-グリコリド)(PLGA)、ポリ(ε-カプロラクトン)(PCL)、ポリヒドロキシアルカノエート、ポリ無水物、ポリオルトエステル、ポリアミン、それらの誘導体、及びそれらのコポリマーからなる群より選択されうる。上述の生分解性ポリマーは、例示の目的のためにのみ提供されるものである。アミド、脂肪族エステル、尿素、ウレタン、エーテル又はペプチド骨格などの加水分解性骨格を含む任意のポリマーが、特に限定されずに使用されうる。
【0016】
生体適合性ポリマーの誘導体は、生体適合性ポリマーの塩でありうる。あるいは、生体適合性ポリマーの誘導体は、生体適合性ポリマーの官能基(例えば、-OH、-SH、-NH、-COOH又はNHC(O)CH)を他の親水性基若しくは他の生体適合性ポリマーで置換又は修飾することによって形成される修飾生成物であってもよく、又は前記修飾生成物の塩であってもよい。
【0017】
生体適合性ポリマーを含むマトリックスは例えば、引き起こす炎症反応がより少なく、生体内移植後に優れた生機能性及び生分解性を提供する、ゼラチン又はコラーゲンパッドでありうる。ゼラチンパッド及びコラーゲンパッドは、止血後の対応組織において豊富に発現されるプロテアーゼの作用により、上述した高い速度で分解される。マトリックスは、生体適合性ポリマーの主要な止血効果を有する。マトリックスの二次的な止血効果は、体液の吸収と、拡張性マトリックスによる効果的な圧迫による。また、マトリックスは、優れた封止性能を有する。
【0018】
生体適合性ポリマーは、架橋されたものでも、架橋されていないものでもよい。生体適合性ポリマーは、好ましくは水に溶解せず、血液に曝露されてもその形状を維持することができる架橋構造を有する。生体適合性ポリマーは、その形状を維持しながら血液を吸収することができる多孔質構造を形成していてよい。多孔質構造は、マトリックスに血液封止性能を付与することができる。
【0019】
生体適合性ポリマーは、多孔質マトリックスに加工することができる繊維状、粉末状又は液体の原材料から調製することができる。生体適合性ポリマーの調製は、pH1.5~4での酸性化及びアルカリ性溶液での中和を含みうる。生体適合性ポリマーを使用する多孔質マトリックスは、生体適合性ポリマーのゲル、懸濁液又は溶液を凍結乾燥することによって調製することができる。マトリックスは原料を有機溶媒中で架橋剤と混合し、原料を重合することによって架橋されてもよい。架橋剤は例えば、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、エチレンホルムアルデヒド、アセトアルデヒド又はエチレンイソプロパノールでありうる。
【0020】
多孔質マトリックス層110の厚さは特に限定されないが、1~20mm、好ましくは1~15mmである。厚さが下限未満であると、多孔質マトリックス層は、血液に対する十分な吸収バリアとして機能することができない。一方、前記厚さが前記上限を超えると、生体内分解に非常に長い時間を要することがある。
【0021】
止血層130は多孔質マトリックス層110とは別の層として存在し、多孔質マトリックス層110から分離することなく、結合層120を介して多孔質マトリックス層110と積層されうる。止血層130は1つ又は複数のヒドロキシ基を有するベンゼン環を含む部分(moieties)(すなわち、フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分)が導入されたポリマーを含む。ベンゼン環を含む部分は多価フェノール含有部分であり、止血性能及び接着性能の点で好ましい。多価フェノールとは、2個以上のヒドロキシ基(-OH)を有するベンゼン環を意味する。多価フェノールは、好ましくは、2個のヒドロキシル群(-OH)を有するカテコール又は3個のヒドロキシル群(-OH)を有するガロールである。いくつかの実施形態において、フェノール又は多価フェノールの水素原子のいくつかは、他の親水性官能基で置き換えられてもよい。
【0022】
このポリマーは、好ましくは生体適合性ポリマーである。生体適合性ポリマーは、天然生分解性ポリマー又は合成生分解性ポリマーでありうる。具体的には、この生体適合性ポリマーは、多孔質マトリックス層110に使用されるポリマーについて上述したものと同じである。
【0023】
ポリマーはゼラチン、コラーゲン、フィブリン、エラスチン、ヒアルロン酸、アルギン酸、アルギン酸塩、カルボキシメチルセルロース、カルボキシエチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、フィブリン、ヘパリン、キチン、キトサン、及びそれらの誘導体からなる群より選択され得、これらは止血性能、生分解性、及び組織再生効果を考慮して好ましい。
【0024】
フェノール含有部分又はカテコール若しくはガロールなどの多価フェノール含有部分は例えば、-NH、-SH、-OH又はCOOHなどの官能基を介して、ポリマー骨格の側鎖又は末端に連結されうる。フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分は「フェノール-L-」又は「多価フェノール-L-」(式中、Lは、単結合;-O-、-S-、-NH-、-C(O)-、-C(O)O-、-OC(O)O-又は-C(O)NH-を場合により含有するC-C10脂肪族炭化水素鎖;又は-O-、-S-、-NH-、-C(O)-、-C(O)O-、-OC(O)O-又は-C(O)NH-を場合により含有するC-C10脂環式炭化水素鎖であり得る)によって表されうる。
【0025】
典型的には、フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分は、生体適合性ポリマーの官能基とフェノール含有化合物又は多価フェノール含有化合物の末端基との間の反応によって、生体適合性ポリマーにコンジュゲートされうる。反応は、化学合成、電気化学合成、及び酵素合成などの様々なアプローチによって導入することができる。
【0026】
フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分は、生体適合性ポリマー中の繰り返し単位の総モルに対して1~50モル%、1~40モル%、1~30モル%又は2~25モル%の量で存在し得る。フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分の含有量が上記下限未満であると、血液に対する溶解性が低く、止血性能及び接着性能が乏しくなるおそれがある。一方、フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分の含有量が上限を超えると、カテコールが酸化されるおそれがある。
【0027】
止血層130に適する材料は様々ある。反応式1及び2は、キトサンポリマーとカテコール含有化合物との反応によってカテコール含有部分が導入されるキトサンポリマーの合成方法を示す。
【0028】
【化1】
【0029】
【化2】
【0030】
式中、x、y及びzは全て整数であり、mは50~6,000の整数である。
【0031】
反応式1はカルボジイミドカップリングによるアミド部分の形成を示し、ここでは、3,4-ジヒドロキシヒドロ桂皮酸(すなわち、ヒドロカフェイン酸)などのカルボン酸末端を有するカテコールが、キトサン骨格のアミン基にコンジュゲートされる。カテコールの酸化を防ぐために、pH5~6で反応を行う。反応中の水不溶性キトサンの沈殿を防止するため、エタノールなどのプロトン性溶媒が使用される。このアミドカップリングの結果として、カテコールは、通常、アミン基に対して4~30モル%の置換度でポリマー主鎖に導入される。カテコールは、数日間に長引かせた反応によって80mol%以上の置換度で導入されてもよい。
【0032】
反応式2は還元アミノ化反応を示し、ここでは、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドなどのアルデヒド末端カテコールがキトサン骨格のアミン基と反応し、得られたイミン結合(-C=N-)がNaBHなどの還元剤を用いて-C-N結合に還元される。この還元的アミノ化の結果として、カテコールは、短時間で18~80モル%の置換度でポリマー主鎖に導入されうる。
【0033】
血液との接触時に溶解し、ゲルを形成する材料が、止血層のために使用されうる。そのような材料としては、キトサン-カテコール、ヒアルロン酸-カテコール、ゼラチン-カテコール、コラーゲン-カテコール、ポリアミン-カテコール、キトサン-ガロール、ヒアルロン酸-ガロール、ゼラチン-ガロール、コラーゲン-ガロール、及びポリアミン-ガロールが挙げられる。
【0034】
上記の種々のポリマーの中で、例えば、キトサンのようなポリマー化合物は、出血を止めることが知られている。具体的には、キトサン中の正に荷電した-NH が血中の負に荷電した血小板を引き寄せ、その結果、血小板は急速に凝集し、急速な止血を達成する。しかしながら、この特徴はpHが2という極めて酸性の環境に限定されるので、キトサンは中性環境(pH7)に近い生体内では止血能力を実質的に欠いている。しかしながら、本開示に係る止血被覆材の止血層に用いられるポリマーは、カテコールやガロールなどの多価フェノールで修飾されており、血中などの中性水性環境下においても接着性を有するものである。その結果、修飾ポリマーは血液中に溶解し、しばらくすると、赤血球との電気的引力を帯び、出血組織部位に止血膜を形成する。止血膜は数日間維持され、体内の酵素によって自然に分解されうる。
【0035】
フェノール又は多価フェノール中の芳香族基及び-OH基の存在により、固体止血層130は、血液中に容易に溶解され、次いでゲル化されうる。止血層130の止血及び接着機構は、様々な方法で説明することができる。止血層130は芳香族基間のπ-π相互作用、水素結合、及び金属イオンと芳香族環との間の金属イオン又はカチオン-π結合との配位結合を介して、別個の特別な架橋剤を使用する必要なしに、又は紫外線もしくは熱エネルギーを印加する必要なしに、迅速かつ強力な止血及び組織への接着を可能にする。
【0036】
好ましい実施形態では、止血層130はフェノール含有部分又は多価フェノール含有部分と、それらの酸化形態と、の両方を含んでもよい。その結果、止血層130のポリマー中に、-OHを有するベンゼン環と、=Oを有するベンゼン環とが共存していてもよい。例えば、止血層130のポリマーに導入されたカテコール部分
【0037】
【化3】
【0038】
のヒドロキシ基(-OH)は、止血被覆材 100の製造中に人為的に又は自然に酸化されて、カテコール部分の一部をキノン部分
【0039】
【化4】
【0040】
に変換されうる。
【0041】
キノン含有部分は、血液中に溶解した組織タンパク質、血液タンパク質、止血剤のポリマーなどの有機物質中に存在する-NHと反応して、タンパク質とカテコール層との間に共有結合を形成しうる。共有結合の形成は、止血層が組織に接着し出血を止める能力をさらに高めることができる。共有結合が形成された後、キノン部分のオキソ基(=O)は、ヒドロキシ基(-OH)に還元される。ヒドロキシ基は、有機材料中の窒素原子及び酸素原子との水素結合を維持することができる。キノンは例えば、Michael型付加(反応式3)又はSchiff塩基反応(反応式4)を介して、アミンと反応して共有結合を形成しうる。
【0042】
【化5】
【0043】
【化6】

【0044】
一実施形態では、止血層130における酸化部分(oxidized moieties)の含有量は、フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分及び酸化部分の総モルに対して、50モル%以下、好ましくは40モル%以下、より好ましくは30モル%以下であり得る。酸化部分の含有量の下限は、0。1モル%以上に制限されることが好ましい。この範囲内で、止血層130が組織に接着し出血を止める能力は最適化されうる。上記のように、酸化部分の含有量が増加するにつれて、共有結合などの強い結合の数は増加する。しかし、迅速な止血の観点から、より高い-OH含有量を維持する必要がある。このため、-OHの含有量を適切な範囲に制御することが好ましい。
【0045】
共有結合による結合メカニズムは上述のカチオン-π結合メカニズムよりも遅いが、組織タンパク質に対して非常に強い接着強度を誘導することができる。これにより、止血層130を含む止血被覆材100は、出血した人体組織に止血被覆材100を適用した際に、出血を止め、血を封止する機能を向上させることができる。
【0046】
生体適合性ポリマー中に導入されるフェノール含有部分又は多価フェノール含有部分の中の1つのベンゼン環に結合する-OH群の数が増加するにつれて、キノン形態への酸素化の確率は経時的に増加するが、外来タンパク質と相互作用することができる部位の数が増加し、改善された止血性能及び接着性能を達成する。
【0047】
結合層120は、多孔質マトリックス層110と止血層130との間に位置している。止血被覆材100は、止血性能及び接着性能を有する止血層130に、血を吸収可能な多孔質マトリックス層110が結合された多層構造を有する。止血被覆材100の運搬及び使用中に2つの層が互いに分離することなく、互いに良好に結合していることが非常に大切である。しかしながら、多孔質マトリックス層110の水溶性材料と止血層130の非水溶性材料とは、物性が異なるため、別途の接着剤を用いずに2層を結着させることが困難な場合がある。2つの層の間の分離を防止するために、層の半製品を調製し、追加の接着剤で互いに結合することができる。しかしながら、接着剤の使用は、毒性及びプロセスの非効率性の点で制限されうる。
【0048】
追加の接着剤を使用することなく、止血層130の構成要素を、多孔質マトリックス層110の表面上に単に塗布してもよい。しかしながら、この場合、2つの層が十分に相互作用しないことがあり、その結果、層間の接着性が低下する。これにより、止血被覆材 100の運搬及び使用時に2つの層が分離又は分離され得、このことは最終生成物の質に深刻な影響を及ぼす。
【0049】
したがって、結合層120は、多孔質マトリックス層110と止血層130とが分離するのを防止する役割を果たす。結合層120は、好ましくは多孔質マトリックス層110及び止血層130と混和性である材料を使用して形成される。すなわち、結合層は多孔質マトリックス層110のタンパク質又は多糖類の各種官能基(例えば、-OH、-NH、-COOH)や止血層130のタンパク質の官能基と、水素結合又は縮合結合による共有結合によって相互作用することができる物質を用いて形成される。結合層の材料は、好ましくは多孔質マトリックス層110及び止血層130の構成成分に由来するものである。例えば、結合層の材料は、多孔質マトリックス層110の主要構成成分と止血層130の主要構成成分との混合物又は共重合体でありうる。
【0050】
結合層120は、様々な方法で導入することができる。例えば、結合層120は、2つの層110、130の間に結合層の材料からなるフィルムをラミネートすること、多孔質マトリックス層110上に結合層の材料をコーティングすること、又は結合層の材料を多孔質マトリックス層110に含浸させること、によって導入されうる。
【0051】
好ましい実施形態では、結合層120は、止血層130の構成要素を多孔質マトリックス層110に十分に含浸させることによって形成することができる。その結果、結合層120は、生体適合性ポリマーと、フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分が導入されたポリマーとの混合領域を含みうる。止血層130の液体成分は含浸中に多孔質マトリックス層110内に深く浸透し、その結果、多孔質マトリックス層110を構成する生体適合性ポリマーの親水性基は水素結合によって止血層130の成分のヒドロキシ基と強く相互作用することができ、結合層120がその役割を果たすことを可能にする。したがって、結合層120は層110及び130の構成成分を用いて、別個の接着剤なしで形成することができ、毒性及び不十分な生分解性又は追加の接着剤の使用において遭遇する生体吸収性などの問題を回避する。結合層と他の層110及び130との混和性も、層110及び130が互いに分離するのを防止するのに十分な高さである。
【0052】
一実施形態では、結合層120を形成する方法に応じて、止血層130から生体適合性ポリマーで構成される多孔質マトリックス層110への方向に多価フェノール含有部分の濃度が減少していく濃度勾配が、混合領域に確立されうる。この濃度勾配により、多孔質マトリックス層110と止血層130とを、それらの間に位置している結合層120を介してより強く結合させることができる。
【0053】
結合層120の厚さは、特に限定されず、典型的には1~1500μm、好ましくは100~1200μm、より好ましくは200~1000μmである。結合層120の厚さが上記下限未満であると、多孔質マトリックス層と止血層とが分離し得る。一方、結合層120の厚さが上記上限を超えると、多孔質マトリックス層が区別されず(not be distinguished)、その吸収性能及び封止性能が低下するおそれがある。
【0054】
上述のように、結合層の存在は、止血被覆材の構成層に要求される物理特性を維持しながら、追加の接着剤の使用によって引き起こされる不具合なしに、層間の充分な結合強度を保証する。結合層の存在はまた、所望の製品性能を達成するのに有利である。
【0055】
本開示の止血被覆材は、以下の効果を奏する。接着性を有する止血層と、封止性を有する多孔質マトリックス層との結びつけは、止血被覆材が接着性及び封止性を同時に備えることを可能にし、外科手術中に止血被覆材が外科用器具に固着するのを防止しながら、さらなる手段なしに止血被覆材が出血組織部位に接着することを可能にする。そのため、止血被覆材は、使い勝手が良く、止血性能に優れ、出血部位からの血を封止することができる。
【0056】
身体の血液凝固機構に基づくフィブリン系止血剤の使用は、抗凝固剤を服用する患者では止血を誘導できないという点で不利である。これに対して、本開示の止血被覆材は水中で優れた接着性を示すイガイ由来タンパク質である3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)を模倣する多価フェノール含有部分を使用し、出血部位への高接着強度を達成する。多価フェノール含有部分中に芳香族環及び-OH官能基の両方が存在するため、止血構成要素はインビボ止血メカニズムによるよりもむしろ、水素結合、金属との強い配位結合、共有結合、及びカチオン-π結合を含む様々な結合メカニズムによって血中タンパク質に結合し、いかなる患者に対しても止血被覆材の適用を可能にし、迅速な止血を達成する。
【0057】
止血層及び多孔質マトリックス層は、単に一緒に結合されるのではなく、結合層を介して互いに結合される。結合層の存在で、止血層及び多孔質マトリックス層が止血被覆材の運搬及び使用中に互いに分離することが防がれる。
【0058】
特に、ヒドロキシ基を有するベンゼン環を含む部分が導入されたポリマーを止血層に用いることで、カチオン-π結合などのメカニズムを介した迅速な止血が可能となる。さらに、外来タンパク質と共有結合できるキノン様部分の共存は、優れた止血及び強力な接着を同時に達成することができる。結合層によって止血層に強固に結合された多孔質マトリックス層の存在は、本開示の止血被覆材物が血液を吸収し封止する能力、並びに止血性能及び接着性能を有することを可能にする。
【0059】
本開示の止血被覆材物は、常温で長期間保管することができ、また、その性能維持のために冷蔵条件下で輸送される必要のある従来の止血剤とは異なり、高湿環境下であってもその品質が変化しない。本開示の止血被覆材物は止血及び封止のためにインビボで適用された後、ヒトに無害であり、インビボで吸収される物質に分解される。したがって、本開示の止血被覆材は、生体適合性が高いと考えられる。
【0060】
図2は、出血部位に止血被覆材を適用する際の止血・血封止の工程を示す模式図である。
【0061】
本開示の別の態様によれば、止血被覆材を製造する方法が提供される。一実施形態では、本方法は(a)多価フェノール含有部分がその中に導入されているポリマーを水に溶解させて止血層形成溶液を調製すること、(b)生体適合性ポリマーから構成される多孔質マトリックスを提供すること、(c)止血層形成溶液を多孔質マトリックスの表面と接触させて、止血層形成溶液を多孔質マトリックスの細孔に含浸させること、及び(d)止血層形成溶液を乾燥させて、多孔質マトリックスの表面上に止血層を形成すること、及び多孔質マトリックスと止血層との間の界面に結合層を同時に形成することを含む。
【0062】
工程(a)では、多価フェノール含有部分が導入されたポリマーを水に溶解させて止血層形成液を調製する。ポリマーは、水100重量部に対して0.1~3重量部の量で使用される。止血層形成用溶液は、回転粘度計を用いて4℃で測定した粘度が10~2500cP、好ましくは10~1500cP、より好ましくは10~1000cPである。
【0063】
上記で定義された範囲の適切な粘度を有する止血層形成溶液は、良好に吸収され、多孔質マトリックス中に含浸されうる。粘度が上記下限未満であると、厚みが過度に大きい結合層が形成され、止血層形成液が最上層に含浸され、多孔質マトリックス層が消失するおそれがある。一方、粘度が上記上限を超えると、多孔質マトリックス層と止血層とが分離し、結合層が形成されなくなるおそれがある。
【0064】
フェノール含有部分又は多価フェノール含有部分は、フェノール部分、カテコール部分又はガロール部分を有する化合物を使用して、化学合成法、電気化学合成法又は酵素合成法によって、生体適合性ポリマー鎖に導入することができる。一実施形態では、生体適合性ポリマーが加熱下で蒸留水に溶解され、フェノール含有化合物又は多価フェノール含有化合物を含む反応物が溶液に添加され、混合物が4~6のpHで撹拌される。
【0065】
例えば、カテコール部分が導入されたポリマーを含む止血層形成用溶液は、以下の手順で化学的に調製される。まず、前記ポリマー溶液に1-ヒドロキシ-2,5-ピロリジンジオン(NHS)溶液を添加してポリマー/NHS混合溶液を製造し、前記ポリマー/NHS混合溶液に1-エチル-3-(-3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)溶液を添加してポリマー/NHS/EDC混合溶液を製造する。続いて、ドーパミン溶液をポリマー/NHS/EDC混合溶液に添加して反応させ、カテコール部分が導入されたポリマーを含む止血層形成溶液を調製する。
【0066】
本開示の方法によれば、フェノール含有化合物又は多価フェノール含有化合物と生体適合性ポリマーとの間の反応は、水相中で進行する。反応中、カテコールなどの多価フェノールは、水中の酸素との反応によってキノン様化合物に酸化される。止血層にカテコールとキノンを共存させることにより、さらに接着性と止血性能を向上させることができる。
【0067】
生体適合性ポリマー鎖にフェノール部分が導入された化合物は、具体的には例えば、チラミン、L-チロシン又はフロレチン酸でありうる。生体適合性ポリマー鎖にカテコール部分又はガロール部分が導入された化合物は、具体的には例えば、ピロカテコール、L-dopa、ドーパミン、ノルエピネフリン、コーヒー酸、没食子酸、ガロラミン又は2-アミノエタンピロガロールでありうる。
【0068】
工程(c)では、止血層形成溶液を多孔質マトリックスの表面に接触させる。この目的のために、例えば、止血層形成溶液をPET型(PET mold)に分注し(dispensed)、分注された溶液の上に多孔質マトリックスを配置し、止血層形成溶液を冷蔵条件下で多孔質マトリックスに含浸させる。含浸の結果として、多孔質マトリックス層と止血層との間に結合層が導入されうる。含浸の間、結合層の厚さは、1~1500μm、好ましくは100~1200μm、より好ましくは200~1000μmの範囲に制御される。この厚さの範囲内で、多孔質マトリックス層の吸収性能及び封止性能を高いレベルに維持することができる。
【0069】
工程(d)において、止血層形成溶液を凍結乾燥して、多孔質マトリックスの表面上に固体止血層を形成する。また、結合層も、多孔性マトリックスと止血層との間の界面に完全に形成されうる。
【0070】
本開示の方法によれば、止血層と、結合層と、多孔質マトリックス層とからなる多層構造を有する止血被覆材を、含浸工程により簡便に作製することができる。
【0071】
本開示の方法により製造された止血被覆材はヒトに無害であり、止血、インビボ接着、血液吸収及び血封止の機能を有する。したがって、この止血被覆材は、現存するポリマー止血剤の性能を著しく改善するために使用することができる。また、本止血被覆材は止血に効果的であり、臓器穿孔、胆汁漏出、術後癒着の予防が求められる様々な分野に応用することができる。さらに、この止血被覆材は、使用中に外科用器具にくっつかず、また成分が加水分解性基を有さないことから運搬中にその品質が変化しないため、使用するのに好都合である。
【0072】
本開示は、以下の実施例を参照してより具体的に説明される。これらの実施例は単に例示を目的とするものであり、本開示の範囲がそれらに限定されるものと解釈されるべきではないことは、当業者には明らかであろう。
【実施例
【0073】
調製例1:ゼラチン-カテコールの合成
三回蒸留した水(triple-distilled water)300mLを反応器に入れ、あらかじめ少量ずつに分けておいたゼラチン3gを添加した。混合物を、加熱下で少なくとも3時間、適切に撹拌しながら溶解し、ゼラチン溶液を調製した。ゼラチンの完全な溶解を目視観察により確認した。
【0074】
1-ヒドロキシ-2,5-ピロリジンジオン(「NHS」)1.12gを含む三回蒸留水溶液15mLを、撹拌されたゼラチン溶液に添加して、ゼラチン-NHS溶液を調製した。1-エチル-3-(-3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(「EDC」)1.87gを含む三回蒸留水溶液15mLをゼラチン-NHS溶液に添加して、ゼラチン-NHS-EDC溶液を調製した。ゼラチン-NHS-EDC溶液にドーパミン1.23gを含む三回蒸留水溶液15mLを添加し、ゼラチン-NHS-EDC-ドーパミン溶液を調製した。反応は室温で少なくとも5時間行った。反応終了後、透析膜(MWCO:12000~14000、SpectraPor)を用いて反応液を透析した。生成物を凍結乾燥し、保存した。
【0075】
得られたゼラチン-カテコール止血スポンジ2mgを脱イオン水1mLに溶解した。カテコールの結合率はUV-Vis分光光度計を用いて確認した。その結果、ゼラチン分子当たりのカテコールの結合率は3.3%であった。
【0076】
調製例2:ヒアルロン酸-カテコールの合成
三回蒸留水300mLを反応器に入れ、あらかじめ少量ずつに分けておいたヒアルロン酸3gを添加した。混合物を適切に撹拌しながら溶解し、ヒアルロン酸溶液を調製した。ヒアルロン酸の完全な溶解を目視で確認した。
【0077】
NHS2.27gを含む三回蒸留水溶液15mLを、撹拌されたヒアルロン酸溶液に添加して、ヒアルロン酸-NHS溶液を調製した。EDC3.79gを含む三回蒸留水溶液15mLをヒアルロン酸-NHS溶液に添加し、ヒアルロン酸-NHS-EDC溶液を調製した。ドーパミン3.00gを含む三回蒸留水溶液15mLをヒアルロン酸-NHS-EDC溶液に添加し、ヒアルロン酸-NHS-EDC-ドーパミン溶液を調製した。反応は室温で少なくとも5時間行った。反応終了後、透析膜(MWCO: 12,000-14,000、SpectraPor)を用いて反応液を透析した。生成物を凍結乾燥し、保存した。
【0078】
得られたヒアルロン酸-カテコール止血スポンジ2mgを脱イオン水1mLに溶解した。カテコールの結合率はUV-Vis分光光度計を用いて確認した。その結果、ヒアルロン酸分子当たりのカテコールの結合率は4.3%であった。
【0079】
調製例3:キトサン-カテコールの合成
三回蒸留水300mLを反応器に入れ、あらかじめ少量ずつに分けておいたキトサン3gを添加した。混合物に3mLの5M塩酸溶液を添加した。得られた混合物を適切に撹拌しながら溶解し、0.5M水酸化ナトリウム溶液8mLを添加した。混合物を適切に撹拌しながら溶解し、キトサン溶液を調製した。キトサンの完全な溶解を目視で確認した。
【0080】
撹拌したキトサン溶液に、HCA2.07gを含む三回蒸留水10mL溶液を添加して、キトサン-HCA溶液を調製した。EDC1.77gを含む200mLのエタノール溶液をキトサン-HCA溶液に添加した。反応は室温で少なくとも1時間行った。反応終了後、透析膜(MWCO: 12,000-14,000、SpectraPor)を用いて反応液を透析した。生成物を凍結乾燥し、保存した。
【0081】
得られたキトサン-カテコール止血スポンジ2mgを脱イオン水1mLに溶解した。カテコールの結合率はUV-Vis分光光度計を用いて確認した。その結果、キトサン分子当たりのカテコールの結合率は8.9%であった。
【0082】
調製例4:ゼラチン層/結合層/キトサン-カテコール層構造を有する止血用多層スポンジの製造
本実施例では、多孔質基材としてゼラチンを用い、止血材として調製例3で合成したキトサン-カテコールを用いて、止血被覆材としての止血用多層スポンジを作製した。
【0083】
止血用多層スポンジの止血層は、以下の手順で形成した。まず、調製例3で合成した凍結乾燥キトサン-カテコール1gを、撹拌しながら三回蒸留水100mLに溶解し、止血層形成液を調製した。溶液の粘度は74.3 cPであることが分かった。溶液を型に分注した後、分注された溶液の上に多孔質マトリックスであるゼラチン(スポンジ状の吸収性ポリマー)を配置し、止血層形成溶液をゼラチンに適切に含浸させた後、凍結乾燥した。
【0084】
得られた止血用多層スポンジは、ゼラチンを含む多孔質マトリックス層(底部)、結合層(中央)、及びカテコール部分が導入されたキトサンを含む止血層(上部)からなっていた。
【0085】
調製例5:ゼラチン層/結合層/キトサン-カテコール層構造を有する止血用多層スポンジの製造
キトサン-カテコール0.5gを三回蒸留水100mLに溶解して止血層形成液を調製したこと以外は調製例4と同様にして、止血用多層スポンジを作製した。止血層形成液の粘度は25.7cPであった。
【0086】
調製例6:ゼラチン層/結合層/ゼラチン-カテコール層構造を有する止血用多層スポンジの製造
ゼラチン-カテコール1gを三回蒸留水100mLに溶解して止血層形成液を調製したこと以外は調製例4と同様にして、止血用多層スポンジを作製した。止血層形成液の粘度は14.6cPであった。
【0087】
調製例7:ゼラチン層/結合層/ヒアルロン酸-カテコール層構造を有する止血用多層スポンジの製造
ヒアルロン酸-カテコール1gを三回蒸留水100mLに溶解して止血層形成液を調製したこと以外は調製例4と同様にして、止血用多層スポンジを作製した。止血層形成液の粘度は13.3cPであった。
【0088】
調製例8:塗布工程によるゼラチン層/結合層/キトサン-カテコール層構造を有する止血用多層スポンジの製造
調製例3で合成した凍結乾燥キトサン-カテコール1.5gを三回蒸留水100mLに撹拌しながら溶解し、止血層形成液を調製した。止血層形成液の粘度は745cPであった。キトサン-カテコール溶液をゼラチン層に均一に塗布した後、凍結乾燥して止血用多層スポンジを作製した。
【0089】
比較調製例1:ゼラチン層/結合層/キトサン-カテコール層構造を有する止血用多層スポンジの製造
4℃で回転粘度計を用いて測定される粘度値が10~2500cPの範囲にあるキトサン-カテコール溶液を、止血層形成溶液として調製した。この止血層形成溶液を使用して、多層構造を有する止血用多層スポンジを作製した。この多層構造では、結合層が良好に形成され、構成層が互いに分離されていなかった。一方、上記範囲外の粘度を有するキトサン-カテコール溶液を用いた場合、安定した構造を有する多層スポンジを得ることが困難であった。
【0090】
図3は、低粘度のキトサン-カテコール溶液をゼラチン層に含浸させて作製した止血用多層スポンジと、高粘度のキトサン-カテコール溶液をゼラチン層に含浸させて作製した止血用多層スポンジとの構造を示す。図3を参照すると、粘度が10cP未満のキトサン-カテコール溶液をゼラチン層に含浸させた場合は、過剰な量のキトサン-カテコール溶液がゼラチン層に吸収され、多層構造を形成することができなかった。一方、図3Bに示すように、粘度が2500cPを超えるキトサン-カテコール溶液の場合は、結合層が形成されず、その結果、十分な結合強度が得られず、ゼラチン層とキトサン-カテコール層とが分離した。図3Aに示すスポンジを製造するために使用した溶液の粘度は、8.3cPであった。図3Bに示されるスポンジを製造するために使用される溶液の粘度は、2717cPであった。
【0091】
実験例1:多層スポンジの観察
本実験例では、調製例4で作製した多層スポンジの断面を、走査型電子顕微鏡を用いて、倍率40倍及び200倍で観察した。
【0092】
図4は、多層スポンジの断面走査電子顕微鏡画像を示す。図4を参照すると、スポンジは、止血層(上部)、結合層(中央)、及び多孔質マトリックス層(下部)からなる三層構造を有していた。
【0093】
調製例4、5及び8で製造された多層スポンジの結合層を測定したところ、それぞれ390±40μm、900±90μm及び310±100μmの厚さを有していた。
【0094】
実験例2:スポンジの引張強度の測定
この実験例では、調製例4で作製したゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び多層スポンジの引張強度を測定した。まず、スポンジを幅0.6cm、長さ0.5cmの試料に切断した。次に、試験片の両端を万能試験機にクランプした。試験片を5.0mm/分の速度で引っ張った。試験片が破断したときの最大力(N)を記録した。実験は独立して5連で行った。
【0095】
表1は、スポンジの強度特性を分析した結果を示す。試験によって得られた値のうち、ゼラチンスポンジ及びキトサンスポンジの弾性率(応力-歪み曲線の傾き)は、それぞれ0.85及び1.02であった。対照的に、多層スポンジの弾性率は1.71であり、これはゼラチンスポンジの弾性率の2.01倍及びキトサンスポンジの弾性率の1.68倍に相当する。
【0096】
【表1】
【0097】
実験例3:スポンジの封止力の比較
本実験例では、調製例4で作製したゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び多層スポンジの封止力を比較した。まず、ゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び多層スポンジ上に赤色染料溶液を滴下した。各スポンジの上面及び底面を観察した。
【0098】
図5は、止血スポンジの封止性を解析した結果を示す写真である。図5を参照すると、ゼラチンスポンジ及び多層スポンジでは底面のみに赤色染料溶液が観察され、これはスポンジが封止力を有することを示している。対照的に、キトサンスポンジでは赤色染料溶液は底面から上面に浸透しており、これはキトサンスポンジが封止力を有していなかったことを示す。
【0099】
実験例4:ブタ結腸組織に対する接着強度の比較
本実験例では、調製例4で作製したゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び多層スポンジの組織に対する接着強度を比較した。まず、各スポンジを1.0×1.0cmの大きさに切断し、また長方形の結腸組織を調製した。動物の血液を結腸組織に滴下した後、スポンジ(サイズ1.0×1.0cm)を対応する結腸組織に付着させた。次に、試験片の両端を万能試験機にクランプした。スポンジが結腸組織から分離されたときの引張剪断強度(N)を記録した。接着強度(kPa)は、引張剪断強度(N)から計算した。実験は独立して3連で行った。
【0100】
表2は、血液染色されたブタ結腸組織に対するスポンジの接着強度を示す。組織への接着強度はゼラチンスポンジ<キトサンスポンジ<多層スポンジの順に上昇した。各実験値は平均±標準偏差である。
【0101】
【表2】
【0102】
実験例5:ブタ結腸組織における封止特性及び接着特性
この実験例では、調製例4で製造されたゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び多層スポンジの封止特性及び接着特性を分析した。破裂試験機を使用して、スポンジの封止特性及び接着特性を分析した。実験は独立して3連で行った。
【0103】
直径0.8cmの穴開け器を用いてブタの結腸組織に穴を形成し、ゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び二層スポンジを2.0×2.0cmのサイズに切断し、直径8mmの前記穴の上に配置した。スポンジが配置された結腸組織を破裂試験機のダイヤフラム上に配置し、空気を破裂試験機内に吹き込み、スポンジが結腸組織から分離された圧力を記録した。
【0104】
表3は、封止特性及び接着特性を分析した結果を示す。ゼラチンスポンジは、組織に対するその接着強度が0 hPaに近いため、組織から容易に剥離された。キトサンスポンジは封止力を有していなかったため、試験機内に吹き込まれた空気がスポンジの孔から漏れ、圧力を測定することができなかった。対照的に、多層スポンジは、組織に対する封止力及び接着強度の両方を有していたので、その封止接着強度を分析することができた。ブタ結腸組織に対する多層スポンジの封止接着強度は、平均37.8hPaであることが見出された。
【0105】
【表3】
【0106】
実験例6:ユーザの利便性の比較
本実験例では、手術時のインビボ水性環境を考慮して、止血剤として用いるための調製例4で作製したゼラチンスポンジ、キトサンスポンジ、及び多層スポンジが、手術器具に非接着性であるか否か、また生体組織に接着性であるか否かを評価した。
【0107】
各スポンジを1.0×1.0cmの大きさに切断し、鉗子を生理食塩水に曝露し、長方形の結腸組織を調製した。スポンジ(サイズ1.0×1.0cm)を鉗子で組織に付着させた後、スポンジが鉗子から分離されたかどうかを確認した。上記と同様にしてスポンジを結腸組織に付着させた後、スポンジが組織から分離したかどうかを確認した。
【0108】
表4は、各スポンジが鉗子又は組織に取り付けられた後に、生理食塩水又は結腸組織に曝露された鉗子から分離されたかどうかを示す。ゼラチンスポンジは器具への接着性が低く、組織及びキトサンスポンジは器具及び組織への接着性が良好であった。対照的に、器具と接触している多層スポンジの表面は器具との接着性が乏しく、組織と接触している多層スポンジの表面は、組織との接着が良好であった。結論として、多層スポンジは、使用者の利便性の点で他のスポンジよりも優れていた。
【0109】
【表4】
【0110】
実験例7:ラット肝出血モデルにおける止血性能
この実験例では、調製例4で作製した止血用多層スポンジをラット肝出血モデルに適用し、止血性能を評価した。
【0111】
9週齢のSprague Dawleyラットの雄を実験動物として用いた。出血誘発後に処置されない対照群と、出血誘発後にゼラチンスポンジ又は多層スポンジを適用した実験群と、の2群に動物を分けた。
【0112】
各ラットの完全麻酔を誘発した後、注射部位を滅菌した。開腹後、肝臓を露出させ、滅菌生理食塩水を噴霧して異物を除去した。露出した肝臓の中心を、出血を誘発するためにメスで損傷させた。
【0113】
対照群については、傷害誘発性出血には処置を施さなかった。実験群では、ゼラチンスポンジ又は多層スポンジを出血部位に配置した。
【0114】
出血誘発の3分後、止血が達成されたか否かを肉眼で観察した。結果は表5 のとおりであった。出血後3分経っても、ゼラチンスポンジを用いた対照群及び実験群では全ての動物において止血が観察されなかった。すなわち、出血後3分以内に達成された止血率は0%であった。対照的に、多層スポンジを用いた実験群では全ての動物で止血が観察された。すなわち、出血後3分以内に達成された止血率が100%であった。これらの結果から、多層スポンジは切除したラット肝の出血部位で出血を止めるのに有効であると結論された。
【0115】
【表5】
【0116】
実験例8:ラット頸動脈出血モデルにおける止血性能
この実験例では、調製例4で作製した多層スポンジをラット頚動脈出血モデルに適用し、止血性能を評価した。実験は独立して3連で行った。
【0117】
9週齢のSprague Dawleyラットの雄を実験動物として用いた。出血誘発後にガーゼを適用した対照群と、出血誘発後に多層スポンジを適用した実験群と、の2群に動物を分けた。
【0118】
各ラットの完全麻酔を誘発した後、注射部位を滅菌した。31G針を用いて、下顎からラットの胸部までの中間領域を約3cm切開し、頚動脈からの出血を誘発した。
【0119】
対照群の各動物では、圧迫止血のために出血部位をガーゼで覆った。実験群の各動物では、出血部位を多層スポンジで覆い、ガーゼを圧縮止血のために重ねた。2分後、ガーゼ又はガーゼを重ねた多層スポンジを、止血部位の血塊を損傷しないように注意深く除去し、止血が達成されたかどうかを肉眼で確認した。
【0120】
出血2分後、止血が達成されたか否かを肉眼で観察した。結果を表6に示す。圧迫止血のためにガーゼを用いた対照群の全動物において、出血後2分以内に止血は観察されなかった。対照的に、多層スポンジを用いた実験群の全ての動物において、出血後2分以内に止血が観察された。すなわち、出血から2分以内に達成された止血率が100%であった。これらの結果から、多層スポンジはラットの頚動脈出血部位での出血を止めるのに有効であると結論された。
【0121】
【表6】
【0122】
実験例9:多層スポンジの細胞毒性及び皮内反応の評価
本実験例では、調製例4で製造された多層スポンジの細胞毒性及び皮内反応を評価した。
【0123】
細胞毒性は間接的方法により試験した。まず、2.0%寒天と2xMEMを1:1の比率で混合した。混合物をマウス由来細胞L929上に重層し、1.0×1.0cmのサイズに切断した多層スポンジをその上に配置した。細胞を、5%COに設定したインキュベーターで、37±1℃で飽和気相で培養した。48時間培養後、細胞の形態を直立顕微鏡を用いて観察した。約2mLのニュートラルレッドを添加し、インキュベーター中で15~30分間インキュベートした。ニュートラルレッドを除去した後、細胞をPBSで洗浄した。細胞が変色しているかどうかを確認した。
【0124】
皮内反応は以下のように試験した。まず、体重2.0kg以上の健康なニュージーランドホワイトラビット3頭を選択し、各動物の背中の毛を剃毛した。各スポンジからの抽出物0.2mLを動物に皮内注射した。注射部位における紅斑、浮腫等の有害反応の発生を観察した。
【0125】
表7は細胞毒性及び皮内反応試験の結果を示す。細胞毒性試験では、ゼラチンスポンジ直下にはわずかに変形又は変性した細胞が観察され、多層スポンジ及びキトサンスポンジ直下には程度の限られた変形又は変性を示す細胞が観察された。これらの結果から、すべてのスポンジの細胞毒性は有意ではないことが判明した。皮内反応試験では、全てのスポンジの抽出物が皮内注射された場合に紅斑及び浮腫のような有害反応を引き起こさないことが明らかとなった。したがって、スポンジは、皮内反応を引き起こさない材料として決定される。
【0126】
【表7】

図1
図2
図3
図4
図5
【国際調査報告】