(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-26
(54)【発明の名称】エナンチオ特異的晶析システムおよび方法
(51)【国際特許分類】
B01D 9/02 20060101AFI20230419BHJP
C07C 231/24 20060101ALI20230419BHJP
C07C 237/06 20060101ALI20230419BHJP
【FI】
B01D9/02 602Z
B01D9/02 601G
B01D9/02 604
B01D9/02 603G
B01D9/02 625A
B01D9/02 617
C07C231/24
C07C237/06
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022554584
(86)(22)【出願日】2021-03-11
(85)【翻訳文提出日】2022-11-07
(86)【国際出願番号】 IL2021050267
(87)【国際公開番号】W WO2021181393
(87)【国際公開日】2021-09-16
(32)【優先日】2020-03-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】500018608
【氏名又は名称】イエダ リサーチ アンド ディベロップメント カンパニー リミテッド
【住所又は居所原語表記】at the Weizmann Institute of Science,PO Box 95,7610002 Rehovot,Israel
(74)【代理人】
【識別番号】110001302
【氏名又は名称】弁理士法人北青山インターナショナル
(72)【発明者】
【氏名】ナアマン,ロン
(72)【発明者】
【氏名】タッシナリ,フランチェスコ
(72)【発明者】
【氏名】サン,ユタオ
(72)【発明者】
【氏名】サントラ,カカリ
(72)【発明者】
【氏名】ボウミック、デブクマー
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AD15
4H006BB31
4H006BC51
(57)【要約】
本発明は、フロー晶析のための技術に関する。このシステムは、第1の平面を規定する底面を有する容器を備え、この容器が、少なくとも2の平面状の磁性面を含み、それら磁性面が、第1の平面に沿って間隔を空けて配置されるとともに、第2の平面に実質的に平行であり、磁性面の各々の磁化ベクトルが、面に対して垂直であり、容器は、第1の平面が第2の平面に対して実質的に垂直となるように構成され、平面状の磁性面の間に形成されたキャビティが、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を受け入れるように構成され、各磁性面が異なるエナンチオマーの各々と異なる方法で相互作用し、それによってエナンチオ選択的結晶化を可能にする。このため、本発明のシステムは、磁性面を使用した結晶のエナンチオ分離に基づくものである。
【選択図】
図1B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の平面を規定する底面を有する容器を含むフロー晶析のためのシステムであって、
前記容器が、少なくとも2の平面状の磁性面を含み、それら磁性面が、前記第1の平面に沿って間隔を空けて配置されるとともに、第2の平面に実質的に平行であり、前記磁性面の各々の磁化ベクトルが、前記面に対して垂直であり、前記容器は、前記第1の平面が前記第2の平面に対して実質的に垂直となるように構成され、前記平面状の磁性面の間に形成されたキャビティが、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を受け入れるように構成され、各磁性面が異なるエナンチオマーの各々と異なる方法で相互作用し、それによってエナンチオ選択的結晶化を可能にすることを特徴とするシステム。
【請求項2】
請求項1に記載のシステムにおいて、
前記平面状の磁性面は、一方が他方に対して反対の磁化を有することを特徴とするシステム。
【請求項3】
請求項1または2に記載のシステムにおいて、
一方の磁性面は、磁性面のN極が前記キャビティに向かう磁化ベクトルを有するように磁化され、他方の磁性面は、磁性面のS極が前記キャビティに向かう磁化ベクトルを有するように磁化されていることを特徴とするシステム。
【請求項4】
請求項1~3の何れか一項に記載のシステムにおいて、
前記キャビティが、ラセミ混合物が通過する経路を規定することを特徴とするシステム。
【請求項5】
請求項4に記載のシステムにおいて、
前記経路が、ラセミ混合物の選択されたエナンチオマーが各磁性面上で別々に結晶化するように構成されかつ動作可能であることを特徴とするシステム。
【請求項6】
請求項1~5の何れか一項に記載のシステムにおいて、
ラセミ混合物を投入および排出するための入口を備え、前記入口および出口が、前記磁性面によって規定される平面に対して垂直な平面内に配置されていることを特徴とするシステム。
【請求項7】
請求項1~6の何れか一項に記載のシステムにおいて、
ラセミ混合物の流れを制御するように構成されかつ動作可能なポンプを備えることを特徴とするシステム。
【請求項8】
請求項1~7の何れか一項に記載のシステムにおいて、
ラセミ混合物の温度または前記平面状の磁性面の温度のうちの少なくとも一方を制御するように構成されかつ動作可能な少なくとも1の温度コントローラを含むことを特徴とするシステム。
【請求項9】
請求項1~8の何れか一項に記載のシステムにおいて、
前記キャビティが、前記キャビティを2つのサブチャネルに分離するように構成された分離構造を含み、前記分離構造が表面を有し、この表面が、エナンチオマーを引き付けて、当該表面上での結晶化を可能にするように構成されていることを特徴とするシステム。
【請求項10】
請求項1~9の何れか一項に記載のシステムにおいて、
前記磁性面が、磁化された強磁性または常磁性基板を含むことを特徴とするシステム。
【請求項11】
請求項1~10の何れか一項に記載のシステムにおいて、
前記磁性面が、粗さを増加させ、それによって結晶化を増加させるように構造化されていることを特徴とするシステム。
【請求項12】
フロー晶析のための方法であって、
異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を提供するステップと、
少なくとも2の実質的に平行な平面状の磁性面によって形成される経路を提供するステップと、
ラセミ混合物と前記経路との間で相互作用させ、それによって異なる磁性面上での各エナンチオマーの結晶化を可能にするステップとを備えることを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法において、
ラセミ混合物と前記経路との間で相互作用させることが、ラセミ混合物の流れを制御することを含むことを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項12または13に記載の方法において、
ラセミ混合物と前記経路との間で相互作用させることが、ラセミ混合物および/または平面状の磁性面の温度を制御することを含むことを特徴とする方法。
【請求項15】
請求項12~14の何れか一項に記載の方法において、
ラセミ混合物と前記経路との間で相互作用させることが、前記経路を介して混合物を連続的に流すことを含むことを特徴とする方法。
【請求項16】
請求項12~15の何れか一項に記載の方法において、
前記平面状の磁性面上の結晶を溶解するステップをさらに含むことを特徴とする方法。
【請求項17】
請求項16に記載の方法において、
前記平面状の磁性面上の結晶を溶解することが、そこに溶媒を流して前記平面状の磁性面の一方との相互作用を可能にすること、並びに、前記経路の向きを変えてそこに溶媒を流し、他方の平面状の磁性面との相互作用を可能にすることを含むことを特徴とする方法。
【請求項18】
請求項16または17に記載の方法において、
前記平面状の磁性面上の結晶を溶解することが、前記経路を2つのサブチャネルに分離するように構成された分離構造を提供すること、並びに、前記分離構造上の結晶を溶解することを含むことを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、晶析によるエナンチオマーの分離の分野に関し、さらに、晶析システムを提供するための技術に関する。
【0002】
背景技術文献
本開示の主題に対する背景として関連すると考えられる文献を以下に挙げる。
[1]J.Gal,Pasteur and the art of chirality.Nat.Chem.2017,9,604.
[2]A.Svang-Ariyaskul,W.J.Koros,R.W.Rousseau,Chiral separation using a novel combination of cooling crystallization and a membrane barrier:Resolution of DL-glutamicacid,Chemical Engineering Science 64,1980-1984(2009).
[3]A.Kumar,E.Capua,M.K.Kesharwani,J.M.L.Martin,E.Sitbon,D.H.Waldeck,R.Naaman,Chirality-induced spin polarization places symmetry constraints on biomolecular interactions.PNAS 2017,114,2474.
[4]O.Ben Dor,S.Yochelis,A.Radko,K.Vankayala,E.Capua,A.Capua,S.-H.Yang,L.T.Baczewski,S.S.P.Parkin,R.Naaman,Y.Paltiel,Magnetization switching in ferromagnets by adsorbed chiral molecules without current or external magnetic field.Nat.Comm.2017,8,14567.
[5]A.M.Rouhi,Chem.Eng.News 2003,81(18),45-61.
[6]E.Francotte,W.Lindner,Chirality in Drug Research;Wiley-VCH:Weinheim,2006.
[7]G.Coquerel,in Novel Optical Resolution Technologies(Eds:K.Sakai,N.Hirayama,R.Tamura),Springer Berlin Heidelberg,Berlin,Heidelberg,2006,pp1-51.
[8]H.H-Tung,Crystallization of Organic Compounds:An Industrial Perspective,Wiley,Hoboken,N.J,2009.
[9]A.Lewis,M.Seckler,H.J.M.Kramer,G.van Rosmalen,Industrial Crystallization:Fundamentals and Applications;Cambridge University Press,Cambridge,2015.
[10]A.Collins,G.N.Sheldrake,J.Crosby,The Commercial Manufacture and Applications of Optically Active Compounds,Reprint,Wiley,Chichester,2000.
[11]S.T.Hayes,G.Assaf,G.Checksfield,C.Cheung,D.Critcher,L.Harris,R.Howard,S.Mathew,C.Regius,G.Scotney,A.Scott,Org.Process Res.Dev.2011,15(6),1305-1314.
[12]F.Tassinari,J.Steidel,S.Paltiel,C.Fontanesi,M.Lahav,Y.Paltiel,R.Naaman,Chemical Science 2019,10(20),5246-5250.
[13]R.Naaman,Y.Paltiel,D.H.Waldeck,J.Phys.Chem.Lett.2020,11(9),3660-3666.
[14]K.Banerjee-Ghosh,O.Ben Dor,F.Tassinari,E.Capua,S.Yochelis,A.Capua,S.H.Yang,S.S.P.Parkin,S.Sarkar,L.Kronik,L.T.Baczewski,R.Naaman,Y.Paltiel,Science 2018,360(6395),1331-1334.
[15]A.Ziv,A.Saha,H.Alpern,N.Sukenik,L.T.Baczewski,S.Yochelis,M.Reches,Y.Paltiel,Adv.Mater.2019,31(40),1904206.
【0003】
本明細書における上記文献の確認は、それらが本開示の主題の特許性に何らかの形で関連していることを意味するものとして推論されるべきではない。
【背景技術】
【0004】
晶析は、2つの主要なステップで生じる。最初のステップは、核生成であり、過冷却液体または過飽和溶媒からの結晶相の出現である。第2ステップは、結晶成長として知られており、これは粒子のサイズの増加であり、結晶状態につながる。より具体的には、核生成のステップでは、溶媒中に分散している溶質分子や原子が、顕微鏡スケールでクラスタに集まり始める(小さな領域で溶質濃度が上昇する)。クラスタは、安定した核となるには、臨界サイズに達する必要がある。そのような臨界サイズは、様々な要因(温度、濃度など)により決定される。結晶成長は、臨界クラスタサイズの達成に成功した核の、その後のサイズの増加である。結晶成長は、溶質分子または原子が溶液から析出し、再び溶液に溶解する平衡状態で発生する動的なプロセスである。
【0005】
結晶形成は、冷却、蒸発、溶質の溶解度を下げるための第2の溶媒の追加(アンチソルベントまたはドローアウトと呼ばれる手法)、溶媒の層形成、昇華、陽イオンまたは陰イオンの変更など、様々な方法によって達成することができる。過飽和溶液の形成は、結晶形成を保証するものではなく、核生成部位を形成するために種結晶やガラスのスクラッチが必要である場合が多い。結晶形成のための典型的な実験手法は、通常は高温で部分的に溶解する溶液に固体を溶解して、過飽和状態を得ることである。次いで、高温の混合物を濾過して、不溶性の不純物を取り除く。そして、濾液をゆっくりと冷却する。次いで、形成された結晶を濾過し、結晶を溶解しないが母液と混和性のある溶媒で洗浄する。このプロセスを繰り返して、再結晶と呼ばれる技術で純度を高める。
【0006】
三次元構造をそのまま保持するために溶媒チャネルが存在し続ける生体分子の場合、油および蒸気拡散下のマイクロバッチ晶析[2]方法が一般的な方法であった。
【0007】
ほとんどの生物学的システムは、単一のキラリティーの分子で構成されているため、エナンチオピュアな化学物質の製造は、医薬および農業関連産業にとって重要である。パスツールが酒石酸塩の鏡像の結晶を手作業で分離して以来[1]、晶析はエナンチオマーを分離するための重要な方法として登場した。キラル分離を得るための他の方法がいくつか開発されたが、晶析によるキラル分離は、その単純さから大規模生産において最も重要である。
【0008】
キラル晶析方法には、ジアステレオマー晶析と直接晶析の2つの主要な方法がある。ジアステレオマー晶析による分離は、産業界、特に製薬産業において、天然物に由来しないほとんどのキラル医薬品の製造に広く利用されている。ジアステレオマー晶析は、晶析される前に、エナンチオマーをジアステレオマー(他の鏡像ではない立体異性体)に変換するプロセスである[2]。直接晶析は、産業界において実体経済的に重要性を示す代替技術である。
【0009】
前述したように、分離剤の添加によるジアステレオマーの形成[5]によるか、または集塊の場合の自然分離[6,7]によるかにかかわらず、晶析はラセミ混合物からエナンチオピュアな分子を分離および精製するために最もよく用いられる技術である。ほとんどの医薬品有効成分は、少なくとも1回の晶析ステップを経て調製されるため、産業的にも非常に重要である[9,10]。多くのエナンチオマー薬物は2つのエナンチオマーに対して異なる生物学的効果を有するため[11]、規制機関はラセミ体ではなくエナンチオピュアな活性分子の開発および商業化を目指しており、効率的な分離技術の開発がより一層重要となっている。
【発明の概要】
【0010】
直接晶析のプロセスには、いくつかの課題が存在する。第一に、濾過を頻繁に行う必要があり、複数のタンクが必要になるため、セットアップの規模が大きくなり、プロセスの長さが長くなる。第二に、晶析槽を何度も加熱および冷却しなければならず、エネルギー効率が悪い。
【0011】
磁石とキラル分子との間の相互作用に関連する概念が導入され[12]、これは、本特許出願と同じ譲受人に譲渡された国際公開特許第WO19/043693号にも記載されている。Tassinari等[13]は、晶析基板として磁化面を用いることで、集塊の優先的な晶析を、一方のエナンチオマーまたは他方に向けることができることを示している。この概念は、キラル分子の電荷分極がスピン分極を伴うという観測[3]と、キラル分子の分極したスピンが、表面に垂直にスピンが整列した強磁性体(FM)とエナンチオ特異的に相互作用するという認識に基づいている[4]。この相互作用は磁場そのものによるものではなく、電子スピン交換相互作用を介して基板中の電子と分子中の電子が相互作用することによって起こることを理解することが重要である。
【0012】
この効果の根底にあるメカニズムは、電荷分極によって一過性のスピン分極を起こすというキラル分子の本質的な性質にある。すなわち、分子内のすべての電子が対になっており、全スピンがゼロであっても、電荷分極して誘導双極子を形成すると、2つの電極もスピン分極し、一方の極が他方の極のスピン分極と逆の電荷をもつようになる。どの極にどのスピン分極が関連するかは、キラル分子の掌性によって規定される[13]。このスピン依存電荷再編成(SDCR)効果は、キラル誘起スピン選択性(CISS)現象に関連している。SDCR効果により、表面近傍の電極にある(部分的)不対電子は、磁化された表面とスピン依存交換相互作用を行う。この相互作用の大きさは、分子上のスピンと強磁性基板中のスピンの相対的な向きに依存する[14]。いわば、磁化された表面の存在は、一方のエナンチオマーの結晶種と同じような役割を果たし、選択したエナンチオマーの結晶化が動力学的に有利になり、エナンチオピュアな製品の分離を可能にする、動力学的エントレインメントとして知られる分離プロセスを促進させる。同じ磁性面を使って、多くの異なるキラル物質を分離することができる。ラセミ混合物を含む溶液中に水平に配置された強磁性基板を用いて、播種を必要としない晶析によるエナンチオマーの分離にSDCRを使用できることが定性的に実証されている[12]。
【0013】
通常、晶析によるエナンチオ分離は、静置した容器内で行われ、晶析プロセスの終了後に結晶が取り出される。さらに、結晶は通常、デバイスの底部から回収される。このため、当技術分野では、連続的な晶析のための技術を提供する必要性が存在する。また、磁性面に結晶を形成することを目的とする場合、表面ではなくバルク溶液中に形成された結晶の回収を排除する必要がある。本発明の広い態様によれば、第1の平面を規定する底面を有する容器を含むフロー晶析のためのシステムが提供され、容器が、少なくとも2の平面状の磁性面を含み、それら磁性面が、第1の平面に沿って間隔を空けて配置されるとともに、第2の平面に実質的に平行であり、磁性面の各々の磁化ベクトルが、面に対して垂直であり、容器は、第1の平面が第2の平面に対して実質的に垂直となるように構成され、平面状の磁性面の間に形成されたキャビティが、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を受け入れるように構成され、各磁性面が異なるエナンチオマーの各々と異なる方法で相互作用し、それによってエナンチオ選択的結晶化を可能にする。したがって、本発明のシステムは、磁性面を使用した結晶のエナンチオ分離に基づく。このシステムは、ラセミ混合物が2つの磁性面の間を流れる間に分離を行うように構成されている。複数の化合物のエナンチオ分離は定量的な結果を示し、1回の分離段階で高純度の物質を得ることができる。本発明は、磁気基板を使用して集塊の同時高純度エナンチオマー分離を提供することができる。磁性面は、磁性面上で晶析が起こるように容器の底面に対して垂直に配置され、結晶の回収が、容器から磁性面を取り出すことによって行われる。表面に垂直に磁化した磁性基板を適用することで、ラセミ溶液から数分子の純粋な集塊を結晶化させることができた。この分離は、スピン依存電荷再編成(SDCR)効果に基づくものである。
【0014】
いくつかの実施形態では、一方が他方に対して反対の磁化を有する2つの平面状の磁性面を有することによって、各表面上で異なるエナンチオマーを同時に結晶化することが可能であった。これに関連して、両方のエナンチオマーの結晶化が2つの反対に磁化された表面上で同時に起こるため、2種類のエナンチオマーの濃度間の比率は晶析プロセス中に一定であり、よって分離プロセスが高効率で、1段階で、溶液をリフレッシュする必要なしに行われることに留意されたい。さらに、本発明の技術は、播種または化学修飾を必要とせず、一般に、任意の集塊に使用可能である。本システムは、静止モードではなく、フローシステムとして、連続的に動作させることができる。
【0015】
垂直構成は、バルクで形成された結晶による結晶の汚染を排除し、反対のエナンチオマーを収容することができる。フローシステムは、他の化学プロセスとの相互作用が容易に行われる連続的なプロセスを保証する。多くのシステムを直列に動作させることができる。
【0016】
いくつかの実施形態では、一方の磁性面は、磁性面のN極がキャビティの方を向く磁化ベクトルを有するように磁化され、他方の磁性面は、磁性面のS極がキャビティの方を向く磁化ベクトルを有するように磁化される。
【0017】
いくつかの実施形態では、キャビティが、ラセミ混合物が通過する経路を規定する。経路は、ラセミ混合物の選択されたエナンチオマーが各磁性面上で別々に結晶化することを可能にするように構成されかつ動作可能である。
【0018】
いくつかの実施形態では、本システムが、ラセミ混合物を投入および排出するための入口を備え、入口および出口が、磁性面によって規定される平面に対して垂直な平面内に配置される。
【0019】
いくつかの実施形態では、本システムが、ラセミ混合物の流れを制御するように構成されかつ動作可能なポンプを備える。
【0020】
いくつかの実施形態では、本システムが、ラセミ混合物の温度または平面状の磁性面の温度のうちの少なくとも一方を制御するように構成されかつ動作可能な少なくとも1の温度コントローラを備える。
【0021】
いくつかの実施形態では、キャビティが、キャビティを2つのサブチャネルに分離するように構成された分離構造を備え、この分離構造が、エナンチオマーを引き付けて、表面上での結晶化を可能にするように構成された表面を有する。
【0022】
いくつかの実施形態では、磁性面が、磁化された強磁性または常磁性基板を含む。磁性面は、粗さを増大させ、それにより結晶化を増加させるように構造化されたものであってもよい。
【0023】
本発明の別の広い態様によれば、フロー晶析のための方法が提供される。この方法は、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を提供するステップと、少なくとも2の実質的に平行な平面状の磁性面によって形成される経路を提供するステップと、ラセミ混合物と経路との間で相互作用させて、異なる磁性面上で各エナンチオマーの結晶化を可能にするステップとを含む。
【0024】
いくつかの実施形態では、ラセミ混合物と経路との間で相互作用させることが、ラセミ混合物の流れを制御することを含む。
【0025】
いくつかの実施形態では、ラセミ混合物と経路との間で相互作用させることが、ラセミ混合物および/または平面上の磁性面の温度を制御することを含む。チャネルを介して混合物を流すことは、連続的に実行されるものであってもよい。
【0026】
いくつかの実施形態では、本方法が、平面状の磁性面上の結晶を溶解させるステップをさらに含む。
【0027】
いくつかの実施形態では、平面状の磁性面上の結晶を溶解させることが、そこに溶媒を流して平面状の磁性面のうちの一方と相互作用できるようにすること、並びに、経路の向きを変えてそこに溶媒を流し、他方の平面状の磁性面と相互作用できるようにすることを含む。
【0028】
いくつかの実施形態では、平面状の磁性面上で結晶を溶解させることが、経路を2つのサブチャネルに分離するように構成された分離構造を提供すること、並びに、その分離構造上で結晶を溶解することを含む。
【図面の簡単な説明】
【0029】
本明細書に開示の主題をよりよく理解し、それが実際にどのように実施され得るのかを例示するために、以下に、添付の図面を参照しながら、単なる非限定的な例により実施形態を説明することとする。
【
図1】
図1Aは、フロー晶析のためのシステムを非限定的に示す概略ブロック図である。
図1Bは、本発明の連続フロー晶析システムの可能性のある概略図である。
図1Cは、垂直構成の強磁性基板を有する、晶析実験に使用される可能性のあるシステムの概略図である。
図1Dは、本発明の連続フロー晶析システムの具体的で限定的な一例である。
【
図2】
図2は、アイトラッキングのための可能性のある方法を非限定的に示す一般的なフローチャートである。
【
図3】
図3Aおよび
図3Bは、純粋なL-アスパラギンおよび分離したアスパラギンの円二色性(CD)および紫外可視(UV-vis)吸光度スペクトルをそれぞれ示している。
【
図4】
図4Aおよび
図4Bは、アスパラギンのエナンチオマーおよび磁性基板により分離された結晶のキラル高速液体クロマトグラフィー(HPLC)トレースをそれぞれ示している。
【
図5】
図5A~
図5Cは、グルタミン酸
*HCl(
図5A)、スレオニン(
図5B)、アスパラギン(
図5C)の晶析実験の統計量を示すグラフである。
図5Dは、面の裏側に近いN磁極およびS磁極でそれぞれ磁化された強磁性面上で成長したグルタミン酸
*HClの2つの結晶のCDスペクトルを示している。
図5Eは、N極とS極の磁石でそれぞれ分極された磁化面から収集された結晶のHPLCクロマトグラムを示している。
図5Fは、面の裏側に近いN磁極およびS磁極でそれぞれ磁化された強磁性面上で成長したスレオニンの2つの結晶のCDスペクトルを示している。
図5Gは、面の裏側に近いN磁極およびS磁極でそれぞれ磁化された強磁性面上で成長したアスパラギンの2つの結晶のCDスペクトルを示している。
図5Hは、S極およびN極の磁石でそれぞれ分極された磁化面から収集された結晶のHPLCクロマトグラムを示している。
図5Iは、面の裏側に近いN磁極およびS磁極でそれぞれ磁化された強磁性面上で成長したイムグリミン
*HClの2つの結晶のCDスペクトルを示している。
図5Jは、S極およびN極の磁石でそれぞれ分極された磁化面から収集された結晶のHPLCクロマトグラムを示している。
【
図6】
図6は、エナンチオ選択的なメカニズムを概略的に示している。
【
図7】
図7は、本発明のいくつかの実施形態に係る、強磁性基板誘導分離の晶析収率を改善するように構成されたシステムの可能性のある構成を概略的に示している。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1Aを参照すると、フロー晶析のためのシステム10を示すブロック図が示されている。システム10は容器12を含み、この容器は、第1の平面P
1を規定する底面と、第2の平面P2を規定する側面とを有し、第1の平面P
1が第2の平面P
2に対して実質的に垂直となっている。容器12は、少なくとも2の平面状の磁性面14A、14B、14Cを含み、それらが、第1の平面P
1に沿って間隔を空けて配置され、第2の平面P
2に実質的に平行となっている。各磁性面14A、14B、14Cは、表面に対して垂直な磁化ベクトルMA、MB、MCを有する。平面状の磁性面の間に形成されたキャビティC1および/またはC2は、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を受け入れるように構成され、各磁性面14A、14B、14Cが異なるエナンチオマーの各々と異なる方法で相互作用し、それによってエナンチオ選択的結晶化を可能にするようになっている。
【0031】
いくつかの実施形態では、磁性面14A、14Bが、キャビティC1内のベクトルMAの方向によって表される、一方が他方に対して反対の磁化を有することができる。例えば、平面状の磁性面は、一方が他方に対して垂直である反対の磁化を有することができる。具体的かつ非限定的な例では、一方の磁石は、磁気モーメントが表面の外側を向くように磁化され、他方は、その磁気モーメントが表面の方を向くように磁化され得る。ラセミ溶液が経路を流れる間、分子は磁性面上で結晶化し、その結果、主に一方のエナンチオマーが一方の側で結晶化し、他方が他方の側で結晶化する。磁性面は、磁化された磁性基板、強磁性基板または常磁性基板によって形成されるものであってもよい。さらに、磁性面は、粗さを増加させ、それによって結晶化を増加させるように構造化されたものであってもよい。
【0032】
具体的かつ非限定的な例では、磁性面14Cは、磁性面のN極がキャビティC2の方を向く磁化ベクトルMCを有するように磁化され、磁性面14Bは、磁性面のS極がキャビティC2の方を向く磁化ベクトルMBを有するように磁化されている。
【0033】
図1Bを参照すると、フロー晶析のための具体的かつ非限定的なシステム100が示されている。システム100は、第1の平面P
1を規定する底面を有する容器102を備える。容器102は、第2の平面P
2に沿って間隔を空けて配置された2つの実質的に平行な平面状の磁性面M
1、M
2を収容する。容器102は、第1の平面P
1が第2の平面P
2に対して実質的に垂直になるように構成されている。平面状の磁性面M
1、M
2の間に形成されたキャビティCは、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物(例えば、投入高温ラセミ溶液)を受け入れるように構成され、各磁性面が異なるエナンチオマーのそれぞれと異なる方法で相互作用し(例えば、各磁性面が異なるエナンチオマーを引き寄せ)、それによってエナンチオ選択的結晶化を可能にするようになっている。このため、キャビティCは、ラセミ混合物が通過する経路を規定する。この経路は、ラセミ混合物の選択されたエナンチオマーが各磁性面上で別々に結晶化することを可能にするように構成されかつ動作可能である。すなわち、経路は、平面状の磁性面M
1、M
2がある距離だけ離間されることによって形成される流路であってもよい。平面状の磁性面M
1、M
2は、容器102から取り外し可能に構成することができ、その結果、容器102から1または複数の磁性面M
1および/またはM
2を取り出してそれらの表面上の結晶を溶解するか、またはシステム100を(例えば、90度)傾け、磁性面の一方を傾けた後に容器102の底面のみに溶媒が接触するように一定量の溶媒をキャビティC内に流入させることによって、結晶をシステム100から除去することができる。底面上の結晶が溶解した後、システム100を逆方向に傾けて、他方の磁性面を容器102の底面上に置き、この表面上に形成された結晶を溶解させることができる。
【0034】
いくつかの実施形態では、キャビティCが、キャビティを2つのサブチャネルに分離するように構成された分離着脱構造S(例えば、壁)を含むことができる。分離構造Sは、エナンチオマーを引き付けて、表面での結晶化を可能にするように構成された表面を有する。このため、ラセミ溶液は、一方の磁性面と分離構造Sとの間を流れることができる。結晶の形成後、分離構造Sは容器102から取り出すことができ、その後、結晶は表面分離構造S上で溶解させることができる。
【0035】
図1Cを参照すると、垂直構成の強磁性基板を有する晶析実験に使用される可能性のある概略システムが示されている。N極は、磁力線が磁石の表面に入り込んでいる極として規定されている。この具体的かつ非限定的な例では、Si(100)ウェハ上に10nmのチタン層を蒸着した後、20nmのニッケル層を蒸着し、最後に7nmの金層を形成することによって、強磁性ニッケル基板を作製した。薄い金のキャッピング層は空気中や溶液中の強磁性層の酸化を減らし、それにより、長時間の動作条件でも磁気特性やスピン輸送特性を維持することができる。晶析プロセスは、5×10×30mm、総容量1.5mLのプラスチックキュベットを用いて行われた。2つの永久ネオジム磁石(各々0.45Tの磁場強度)を容器の対向する2つの長壁に、両者間の磁気相互作用が引き合うような向きで設置した。結晶化中、2枚の強磁性基板をキュベットの同じ壁に対して垂直に当てて、両基板が互いに平行になるように保持した。これにより、2枚の強磁性(FM)基板は、磁場の方向に応じて、反対のスピン分極を生じる。セットアップにおける2枚の基板間の距離は4mmである。
【0036】
図1Dを参照すると、ラセミ混合物の流れ、およびラセミ混合物の温度および/または平面状の磁性面の温度のうちの少なくとも1つを制御するための本発明のいくつかの実施形態に係るシステム200が示されている。このシステム200は、ラセミ混合物の温度または平面上の磁性面の温度の少なくとも一方を制御するように構成されかつ動作可能な1または複数の温度コントローラ202を備える。この具体的かつ非限定的な例では、磁性面M
1、M
2の温度を、ラセミ溶液の温度とは別個に制御することができる。この具体的かつ非限定的な例では、温度コントローラ202が、温度T3でラセミ溶液を加熱するように構成された加熱要素(例えば、熱板)と、温度T1、T2で平面状の磁性面の各々をそれぞれ冷却するように構成された冷却要素(例えば、チラーまたはジャケット)とを備える。ラセミ溶液は、特定の温度T4で容器内に入り、磁性面の相互作用の後、より低い温度T5で排出される。しかしながら、温度制御は、この実施例で例示するように、同じ温度コントローラまたは異なる要素を使用して実施することができる。システム200は、ラセミ混合物の流れを制御するように構成されかつ動作可能なポンプ204を含むことができる。ポンプは、チャネルを通る混合物の流れを制御し、混合物の連続的な循環を実行することを可能にする。冷却要素202は、磁性面に沿って冷却流体を循環させるように構成された図示のようなポンプも含むことができる。図面には、磁性面M
1、M
2の両方を冷却する、冷却流体の入口および出口も示されている。システム200は、ラセミ溶液をそれぞれ投入および排出するように構成された入口Iおよび出口Oも備える。この具体的かつ非限定的な例では、ラセミ溶液の入口および出口は、磁性面M
1、M
2によって規定される平面に対して垂直な平面内に配置されている。
【0037】
アスパラギンは、糖タンパク質やその他多くのタンパク質の生合成に不可欠なα-アミノ酸である。最近の研究では、垂直に配置された強磁性(FM)基板を使用して、D/L-アスパラギンを分離することが検討されている。本発明者等は、本発明の教示に従ったシステムを準備した。垂直配置の磁気基板を実現するために、120nmのNiコーティングされたシリコンウェハ上に10nmの金を蒸着することによって、2つのFM層を作製した。FM層上に金の薄膜(10nm)を堆積し、それにより磁気特性やスピン輸送特性を低下させることなく、FM層を酸化から保護するようにした。実験は、磁場がそれぞれN極またはS極を指す方向を有するように、各FM層を磁化することによって行われた。2つのFM層を特定の距離でリザーバに配置してキャビティを形成することにより、容器を形成した。アスパラギンのラセミ過飽和溶液をキャビティ内に導入し、結晶化プロセスを誘導した。
【0038】
図2には、フロー晶析のための方法300を示すフローチャートが示されている。この方法300は、302で、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物を提供するステップと、304で、少なくとも2の実質的に平行な平面状の磁性面によって形成される経路を提供するステップと、306で、ラセミ混合物と経路との間で相互作用させるステップと、308で、異なる磁性面上での各エナンチオマーの結晶化を可能にするステップとを備える。ラセミ混合物と経路との間で相互作用させることは、310において、ラセミ混合物の流れを制御すること、および/またはラセミ混合物の温度および/または平面状の磁性面の温度を制御することを含むことができる。例えば、ラセミ混合物の流れを制御することは、混合物を経路に連続的に流すことを含むことができる。
【0039】
いくつかの実施形態において、本方法は、312で、平面状の磁性面上の結晶を溶解するステップをさらに含む。平面状の磁性面上の結晶を溶解することは、そこに溶媒を流して平面状の磁性面の一方との相互作用を可能にすること、並びに、経路の向きを変えてそこに溶媒を流し、他方の平面状の磁性面との相互作用を可能にすることを含むことができる。平面状の磁性面上の結晶を溶解することは、経路を2つのサブチャネルに分離するように構成された分離構造を提供すること、並びに、分離構造上で結晶を溶解することを含むことができる。
【0040】
図3Aおよび
図3Bを参照すると、純粋なL-アスパラギンおよび本発明のシステムを使用することによって分離されたアスパラギンのCDおよびUV-vis吸光度スペクトルの比較結果が示されている。明らかに、両者の吸光度が同じ場合、それらのCDスペクトルはほぼ重なっており、高純度のキラル結晶が得られていることが示唆された。また、キラル高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて、正確なエナンチオマー過剰率(EE)を検出することも可能である。
【0041】
以下の表1は、南または北を指す磁石で分離したアスパラギン結晶のエナンチオマー過剰度(EE:%)を示している。下表のように、磁石が北を向いているときは、逆のEE値が得られている。これらのデータは、磁性基材に基づく顕著なエナンチオ選択性晶析を示している。
【0042】
図4Aおよび
図4Bは、キラルHPLCから得られたクロマトグラムを示している。より具体的には、
図4Aは、分離プロセス前のラセミ混合物のクロマトグラムを示し、
図4Bは、分離後のクロマトグラムを示している。
図4Bに示すように、分離された結晶からはL-アスパラギンに属する1つのピークのみが観察された。よって、磁石を磁化し、N極が表面にくるようにすると、エナンチオマー過剰EE値が100%となる。
【0043】
以下に述べる実験は非限定的なものであり、強磁性面により誘発される集塊の結晶化を提供するものである。低スケールで得られた結果であるが、アップスケールには技術的な変革は必要ない。本発明の方法は一般的であり、播種は必要なく、1段階で両方の純粋なエナンチオマーを同時に得ることができる。
【0044】
図5A~
図5Cは、3種類のアミノ酸:グルタミン酸、スレオニン、アスパラギンについての晶析結果を示している。晶析のエナンチオマー過剰率は100%に近い数値に達し、晶析収率は10~20%である。具体的には、グルタミン酸の晶析は、5MのHCL中のアミノ酸の過飽和ラセミ溶液(102mg/mL Glu)から行い、2時間かけて80℃から33℃まで徐冷し、その後一定温度で36時間静置した。強磁性基板上に成長した結晶を回収して特性評価を行ったが(
図5A)、溶液中で生成されて容器の底に析出したものは考慮しなかった。
図5Dに示すような、回収した結晶のCDスペクトルは、各強磁性面から回収した結晶をすべて水に溶解することによって測定した。CDスペクトルは、強磁性基板の表面でエナンチオ特異的な結晶化が起こること、そしてそのエナンチオ特異性が基板に印加する磁場に依存することを示している。N極磁石で分極された基板はL-異性体の結晶が優先的な成長を示し、S極磁石で分極された表面はD-異性体の成長を示している。
【0045】
結晶のエナンチオマー過剰率(EE)は、CD分光法を用いて求め、CDシグナルを、純粋な異性体から得られた検量線と比較し、さらにキラルHPLCにより求めた(
図5E)。このプロセスで得られたL-エナンチオマーのEEは97±2%であり、D-エナンチオマーは97±2%であった。この結果は、ラセミ混合物から非常に高い純度で同時にエナンチオマーを分離可能であることを示している。上述した
図5Aは、実験の各繰り返しのデータを、FM基板の表面から採取した結晶のEE%とともに示している。この方法を適用して得られた平均収率は、1段階の晶析で約11±2%(出発物質の量から計算)である。
【0046】
スレオニンの結晶化は、2MのHCl溶液(600mg/mL Thr)中の過飽和ラセミ混合物から出発し、80℃から28℃まで1.5時間かけて徐冷し、その後一定温度で36時間放置して実施した。表面から回収した結晶の
図5Fに示すCDスペクトルは、N極の分極基板で成長した結晶はL-スレオニン過剰のエナンチオマーであり、S極の分極基板で成長した結晶はD-スレオニン過剰のエナンチオマーであることを示している。
【0047】
この方法を適用して得られた結晶の純度は、
図5Bに示すように、CDスペクトルのみで求めた場合、D-スレオニンではEE約64±3%、L-スレオニンでは58±2%であった。この方法をスレオニンに適用して得られた平均収率は、1段階の晶析で10±3%程度(出発物質の量から計算)である。
【0048】
アスパラギンの晶析は、水中のアミノ酸の過飽和ラセミ溶液(190mg/mL Asn)から行い、95℃で加熱し、室温まで冷却した後、12時間放置して結晶化させた。表面から回収した結晶のエナンチオ純度をCD分光法(
図5G)およびキラルHPLC(グルタミン酸で用いたものと同じ分析法、
図5H)で測定した。N極の分極基板上で成長した結晶はD-アスパラギン、S極の分極基板上で成長した結晶はL-アスパラギンであった(
図5C)。結晶のエナンチオ純度はD-アスパラギン結晶で約94±12%、L-アスパラギン結晶で約96±6%であった。晶析の最大収率は20±5%であった。
【0049】
ラセミ体であるイメグリミン塩酸塩の分離は、メタノール(325mg/mLのイメグリミン)から磁性基板上での晶析により行った。溶液を30℃から6℃まで、2時間かけて徐冷し、この温度で20時間放置して結晶化させた。回収した結晶のCD分光法により、反対に磁化された基板で反対のエナンチオマー過剰が確認された(
図5I)。キラルHPLC測定では、S極の分極基板ではR-異性体のEEが最大22%であり、N極の分極基板ではS-異性体のEEが最大27%であった(
図5J)。
【0050】
実施した晶析実験は、磁化された面を晶析用の基板として利用することで、集塊対の1バッチ同時分離が可能であることを示している。この現象は一般的なものであり、研究対象としたすべての材料に同じシステムを使用した。
図6は、キラル分子と強磁性基板との相互作用のメカニズムを模式的に示したものである。相互作用の強さは分子の性質に依存するため、効率的な分離を達成するためには、システムを調整する必要がある。相互作用の変化は、特定の分子についてのCISS効果の強さ、および電気双極子モーメントに関係する。十分な大きさの外部磁場の下では、強磁性体中の電子のスピン状態が分裂し、大半のスピンが一方向を向くようになる。キラル分子が強磁性面に近づくと、分散力によって分子内の電荷が再編成され、誘導双極子が形成される。SDCR効果により、この電子密度の再編成には、分子のキラリティーによるスピン分極が伴う。誘導電気双極子の各極はスピン分極と関連付けられ、正の極に関連付けられたスピン分極の1つの向きがあり、その反対の向きが負の極に関連付けられる。どの極にどの向きが関連付けられるかは、キラル分子の掌性に依存する。分子と表面の相対的な電気陰性度が、引力ポテンシャルを制御する。一方の電極は他方よりも表面に引き寄せられる。このため、スピン分極した極は、スピン分極した強磁性基板と相互作用し、極上のスピンと表面のスピンが反平行(一重項のような状態)または平行(三重項のような状態)であるかによって、相互作用はより強くまたは弱く引き寄せるものとなる。分子の電極上のスピンの向きは特定のエナンチオマーに依存するため、この相互作用は明らかにエナンチオマーに特異的であり、表面への吸着速度でエナンチオマーを分離することができる。最近の実験では、強磁性基板と2つのエナンチオマーの相互作用がAFMによって直接測定されている[15]。表面に対して垂直に磁化された強磁性基板と2種類のエナンチオマーとの間の相互作用エネルギーの差は、10KJ/モル(0.1eV)のオーダーであることが明らかになっている。これにより、表面は最初の結晶種の形成に非対称バイアスを与えることができる。このメカニズムは、優先的な結晶化が、小さなキラル結晶種の優先的な吸着ではなく、表面と分子の相互作用に起因するもので、これは、塩素酸ナトリウムの結晶化に関する実験でも支持されている。塩素酸ナトリウムは、キラル空間群で結晶化するアキラル分子であり、よってこのシステムでは、分子が完全に溶媒和されている場合、スピンどうしの相互作用の可能性はない。強磁性面を用いた実験では、このシステムで優先的な結晶化は観察されなかったため、非対称バイアスは、結晶化プロセスの初期段階で形成される種ではなく、溶解したキラル分子と強磁性基板との相互作用に由来している。
【0051】
集塊対をエナンチオ分離する最も一般的な手順は、ラセミ溶液に2つのエナンチオマーのうちの一方の小さな結晶を播種し、一方のエナンチオピュアな結晶相の形成を可能にする速度論的分離を使用するものである[10]。この手順では、結晶化収率が高くなると、溶液が最終的に結晶化し始める反対のエナンチオマーで濃縮され、得られる物質のエナンチオ純度が低下するため、結晶化収率が制限され、通常は10%未満に制限される。本発明の方法では、両方のエナンチオマーの結晶化が同時に起こり、結晶化全体にわたって、溶液中のエナンチオマーの比率は変化しないため、そのような制限はない。例えば、グルタミン酸の実験では、1段階で14%の最大結晶収率(7%のピュアなD-Glu、7%のL-Glu、エナンチオ純度>95%)が得られ、これは速度論的分離に基づく単一バッチ結晶化で通常到達できる値のほぼ2倍に相当する。強磁性基板の表面積を増やすことで、表面上に形成される結晶の数が増え、収率の向上につながると考えられる。
【0052】
また、本方法は、強磁性基板によって優先的に結晶化されるため、エナンチオピュアな結晶の播種を必要としない点も魅力的である。
【0053】
結晶化収率を向上させる戦略として、静的晶析セットアップから連続フローシステムに切り替え、強磁性基板に付着しない結晶を再利用することが考えられる。ここで
図7を参照すると、連続リサイクルフローシステムとして構成されるシステム400が示されている。このシステム400は、特に、間隔を空けて配置された2つの平面状の強磁性面140A、140Bを含む容器120を備える。容器120は、異なるエナンチオマーを含むラセミ混合物が受け入れられる、平面的な強磁性面の間に形成されたキャビティを規定する。各強磁性面140A、140Bは、異なるエナンチオマーの各々と異なる方法で相互作用し、それによりエナンチオ選択的な結晶化を可能にする。システム400は、ラセミ母液を基板よりも高い温度に保つように構成された温度コントローラ160を備え、それにより強磁性面上のみで結晶化を促進するように構成されている。また、システム400は、平面状の強磁性面の各々を冷却するように構成された冷却要素162も備える。
図7に示すように、壁に結合していないシステム400の底部から結晶を取り出すと同時に、容器120に戻して最終的な結晶化収率を最大化することが可能である。このようにして、結晶は非常に高いEE%で強磁性面140A、140B上のみで成長し、最終収率は結晶化に利用可能な基板面積に依存する。
【国際調査報告】