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特表2023-518154フォトンカウンティングによるスピン検出方法
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  • 特表-フォトンカウンティングによるスピン検出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-28
(54)【発明の名称】フォトンカウンティングによるスピン検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/10 20060101AFI20230421BHJP
【FI】
G01N24/10 520C
G01N24/10 510Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022547916
(86)(22)【出願日】2021-03-22
(85)【翻訳文提出日】2022-09-27
(86)【国際出願番号】 EP2021057204
(87)【国際公開番号】W WO2021191119
(87)【国際公開日】2021-09-30
(31)【優先権主張番号】2002976
(32)【優先日】2020-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】311015001
【氏名又は名称】コミサリヤ・ア・レネルジ・アトミク・エ・オ・エネルジ・アルテルナテイブ
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ベルテ,パトリス
(72)【発明者】
【氏名】フリュラン,エマニュエル
(57)【要約】
サンプル(E)中のスピンを検出する方法は、サンプルのスピン(SE)を、スピンをフリップする無線周波数又はマイクロ波電磁パルス(IS)により励起させるステップと、スピンが平衡状態に戻ることにより生成されるノイズ信号を、無線周波数又はマイクロ波光子をカウントする機器(CP)により検出するステップと、を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン検出方法において:
a)スピン(SE)を含むサンプル(E)を静磁場(B)内に置くステップと、
b)前記サンプルを、前記静磁場内の前記スピンのラーマ周波数と等しい共鳴周波数ω/2πを有する電磁共鳴器(REM)に磁気的に結合するステップであって、前記共鳴器の結合係数と線質係数は前記共鳴器との結合が前記スピンの緩和のダイナミクスを支配するのに十分に高いステップと、
c)前記サンプルの前記スピンを前記ラーマ周波数の無線周波数又はマイクロ波電磁パルス(IS)により励起させるステップと、
d)前記パルスに応答して前記電磁共鳴器のモード内で前記サンプルの前記スピンが発する電磁信号(RS’)を、無線周波数又はマイクロ波光子をカウントする機器(CP)によって検出するステップと、
を含み、
前記ラーマ周波数の前記無線周波数又はマイクロ波電磁パルスはスピンフリッピングパルスであり、それによって前記検出された信号は前記スピンが平衡状態に戻ることにより生成されるノイズ信号であることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記無線周波数又はマイクロ波光子をカウントする機器は、前記電磁共鳴器から離間され、そこに導波路又は伝送線(LT)を介して接続される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
少なくともステップc)及びd)において、前記サンプルは、
【数1】
より低い、好ましくは少なくとも10倍低い温度に保持され、式中hは低下したプランク定数であり、kはボルツマン定数である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ステップd)において、前記電磁信号は、0.5・Γ -1~10・Γ -1、好ましくはΓ -1~5・Γ -1の持続時間の取得ウィンドウ中に検出され、Γは前記電磁共鳴器に結合された前記サンプルの前記スピンの緩和速度である、請求項1~3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記サンプルの前記スピンと前記電磁共鳴器との間の結合定数g、前記ラーマ周波数の前記電磁共鳴器の線質係数、及び前記サンプルの前記スピンのデコヒーレンス速度Γ は、
【数2】
、好ましくは
【数3】
となるように選択され、式中
【数4】
である、請求項1~4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記スピンフリッピングパルスはスピン反転パルスである、請求項1~5の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記無線周波数又はマイクロ波光子をカウントする機器は量子ビットである、請求項1~6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記無線周波数又はマイクロ波光子をカウントする機器はトランスモンである、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記サンプルの前記スピンは電子スピンである、請求項1~8の何れか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォトンカウンティングによるスピンの検出方法に関する。これは主として、ただし限定的ではないが、EPR分光法(EPRはElectron Paramagnetic Resonance(電子常磁性共鳴)の略である)に適用される。
【背景技術】
【0002】
EPR分光法は、特定の化学種(フリーラジカル及び塩並びに遷移金属の錯体)に見られる、磁場に置かれると電磁放射線、典型的にはマイクロ波放射線のエネルギを吸収して再放出する不対電子の能力を利用する。
【0003】
電磁放射線の吸収又は放出スペクトラムからは、それぞれ不対電子の、又は原子核の化学環境に関する情報が提供される。
【0004】
図1]は、先行技術によるEPR分光装置を概略的に示しており、これに関しては例えば(Bienfait 2016)、(Probst 2017)、及び(Ranjan 2020)を参照されたい。
【0005】
N個の電子スピンSEの集合を含むサンプルEが低温ケースCRY内で、磁石又は超電導コイルAにより生成される磁場Bに置かれる。磁場の強度により、電子スピンの共鳴角周波数ωが決まる:
ω=-γB
式中、γは電子の磁気回転比である。周波数f=ω/2πはラーマ周波数と呼ばれる。典型的に、これはマイクロ波スペクトル範囲内にあり、それは、自由電子の磁気回転比が約28GHz/Tと等しいからである。
【0006】
サンプルEはさらに、ラーマ周波数に調整され、並列LC回路によりモデル化される電磁共鳴器REMに磁気的に結合される。(Bienfait 2016)、(Probst 2017)、及び(Ranjan 2020)の場合、共鳴器は平坦構造であり、2つの櫛型電極を含み、それらがコンデンサを形成し、それぞれの中心で誘導導電線により接続されており、その線に隣接して検出領域が配置される。共鳴器の平面は磁場Bに平行である。その他のタイプの共鳴器、例えばサンプルを全方向から取り囲む導電キャビティが使用され得る。
【0007】
サンプルから共鳴器への結合定数は「g」で表され、その線質係数はQで表される。典型的に、結合定数は、Purcell効果がスピンの緩和のダイナミクスの大半を占めるのに十分に高い:Γ≒Γであり、Γはスピンのエネルギ緩和速度、ΓはPurcell係数であり、これは
Γ=4g/Κ
で表され、Κ=ω/Qは共鳴器内のエネルギ散逸速度である。
【0008】
信号発生器GSは共鳴器REMに、ラーマ周波数のマイクロ波パルスシーケンスIEXを印加する。これらのいわゆる励起パルスは、共鳴器に結合されたサンプルのスピンを励起する。
【0009】
最も広く使用される励起パルスシーケンスは、いわゆる「スピンエコー」シーケンスである。これはいわゆる「π/2」パルスである第一のインパルスを含み、これは、当初磁場Bと整列しているスピンをそれに垂直な平面にフリップさせる。スピンは磁場Bの周囲で歳差運動し、そうする間にラーマ周波数の第一の電磁信号を発する。この信号はFID信号(FIDはFree Induction Decay(自由誘導減衰)の略である)と呼ばれ、これは、その強度がスピンのデコヒーレンスにより時定数T =(Γ -1で指数関数的に低下するからである。デコヒーレンスレート Γ は、サンプルの特性及び磁場Bの均一性に依存する。スピンがそのコヒーレンスを失うのにかかる時間T=(Γ-1より短い特定の時間の後、いわゆる「π」パルスが印加される。この第二のパルスによってスピンの向きが反転し、第二のいわゆるエコー電磁信号を発生させる。
【0010】
スピンにより発せられた電磁信号は、共鳴器によって電子応答信号RSに変換される。ジャイレータGにより、励起パルスを応答信号RSから分離することができる。特に、スピンの検出に使用されるのはエコー信号である。
【0011】
応答信号RSは、好適な伝送線LT(典型的に、同軸ケーブル)を介して電子検出システムSEDへと送達される。
【0012】
例えば、(Bienfait 2016)、(Probst 2017)、及び(Ranjan 2020)の場合、電子検出システムは、角周波数ω≒2ωでポンプされるジョセフソンパラトメリック増幅器JPAを含み、増幅された信号はその後、HEMT増幅器HAによって増幅され、続いてミキサMLにおいて角周波数ωの局部発振器OLからの信号SOLとミックスされて、ミキシングから得られたベースバンド信号の同相成分Iと直交成分Qが検出される(ホモダイン検出)。
【0013】
例えば(Bienfait 2016)を参照されたいが、共鳴器の線質係数が検出アンテナに結合されることにより限定される場合(オーバダンプ状態)、スピンエコー信号の振幅は
【数1】
と等しいことを実証でき、式中、「p」はスピン集合の平衡状態での偏極であって、マクスウェル-ボルツマン統計に従って温度に依存し、Nはサンプル中のスピン数である。
【0014】
ノイズレベルは
【数2】
で与えられ、n=neq+nampであり、neqはマイクロ波電場の熱雑音であり、neq=1+2〈n〉、
【数3】
は温度Tでのモードあたり平均光子数を表し(k:ボルツマンの定数)、nampは増幅器により追加されるノイズである。ホモダインエコー検出の信号対ノイズ比はしたがって、
【数4】
と等しく、下付き文字「e」及び「h」はそれぞれ「スピンエコー」及び「ホモダイン検出」を表す。
【0015】
したがって、p=1(サンプルの完全偏極)且つn=1(検出器は量子ノイズ限界で、極めて低温)の理想的ケースであっても、1と等しい信号対ノイズ比を得るためにはサンプル内のスピン数は
【数5】
を満たす必要がある。
【0016】
しかしながら、一般にΓ /Γ>>1であり、したがってN>>1である。
【0017】
(Probst 2017)の著者らは、[図1]に示されるタイプの装置によって、
【数6】
の検出感度と10Hzの取得速度(Γにより限定)を得て、それによって著者らは200スピンしか含まないサンプルにより生成される信号を検出できた。そのために、著者らは10mKの温度で調査し、それによってp≒1及びneq≒1とし、電磁共鳴器の線質係数及びサンプルとのその結合定数を最大にし、量子ノイズ限界の増幅器を使用し、namp≒0とした。
【0018】
スピン検出のその他の方法も先行技術では使用されているが、それではこのような高い感度を実現できていない。
【0019】
特に、他の励起シーケンスが使用され得る。例えば、「π/2」パルスのみを使って、エコーを誘導せずにFID信号を直接検出することが可能である。
【0020】
(Kubo 2012)では、FID信号は、ホモダイン又はヘテロダイン検出等の従来の電子技術ではなく、超伝導量子ビット(量子ビットは2状態量子系である)の1種であるトランスモンによりマイクロ波光子をカウントすることによって検出された。この方法では、サンプルと検出量子ビットの両方がマイクロ波キャビティ内に配置され、その共鳴周波数は、電子スピンが最初に「π/2」パルスで励起され、その後、FID信号が量子ビットにより検出されるようにするためにこれをダイナミックに調整しなければならない。この方式は実装が複雑であり、それによって実現可能な感度は
【数7】
のオーダにすぎず、これはそれ以前の(Probst 2017)の結果より数桁低い。
【0021】
「π」パルスのみを使用すると、スピンが平衡状態に戻ることによりインコヒーレント信号(「ノイズ」)の発出が誘導される。このような信号は、(McCoy 1989)により磁気共鳴法において観察されているが、その感度が極めて低いことから、実践的関心対象とは考えられていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】Bienfait 2016
【非特許文献2】Probst 2017
【非特許文献3】Ranjan 2020
【非特許文献4】Kubo 2012
【非特許文献5】McCoy 1989
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
本発明は、スピン検出の感度を高め、特に非常に少ないスピン、例えば10以下、又はさらには1のみしか含まないサンプルに対する測定を可能にすることを目指す。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明によれば、この目的は、無線周波数又はマイクロ波光子カウンタによって、スピン反転パルス(「π」パルス)により励起されたスピンから発せられたインコヒーレント信号を検出することにより達成される。したがって、本発明の主旨は、スピン検出方法であり、これは:
a)スピンを含むサンプルを静磁場内に置くステップと、
b)サンプルを、静磁場内のスピンのラーマ周波数と等しい共鳴周波数ω/2πを有する電磁共鳴器に磁気的に結合するステップであって、共鳴器の結合係数と線質係数は共鳴器との結合がスピン緩和のダイナミクスを支配するのに十分に高いステップと、
c)サンプルのスピンを前記ラーマ周波数の無線周波数又はマイクロ波電磁パルスにより励起させるステップと、
d)前記パルスに応答して電磁共鳴器のモード内でサンプルのスピンが発する電磁信号を、無線周波数又はマイクロ波光子をカウントする機器によって検出するステップと、
を含み、
ラーマ周波数の無線周波数又はマイクロ波電磁パルスはスピンフリッピングパルスであり、それによって検出された信号はスピンが平衡状態に戻ることにより生成されるノイズ信号であることを特徴とする。
【0025】
「無線周波数」とは、1MHz~1GHzの周波数を意味し、「マイクロ波」とは、1GHz~100GHzの周波数を意味する。
【0026】
添付の図面は本発明を示している。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】すでに説明したように、先行技術によるEPR分光装置を概略的に示す。
図2】本発明による方法を実装するためのEPR分光装置を概略的に示す。
図3図2の装置で使用可能なマイクロ波光子のカウンタの構造を示す。
図4a】実験結果を示す。
図4b】実験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の方法は、[図2]に示されるタイプの装置により実行され得て、その[図1]のそれとの基本的な違いは、サンプルEのスピンにより発せられるマイクロ波信号を検出するためのその電子システムSED’がマイクロ波光子をカウントする機器CPに基づく点である。
【0029】
フォトンカウンティング機器CPは、超伝導量子ビット、特にトランスモンであり得、例えば(Lescanne 2019)に記載され、[図3]に示されている。この機器は、3つの長さのプレーナ導波路に接続されたトランスモン構成のジョセフソン接合JJを含む。第一の長さの導波路GO1は、検出される光子の角周波数ωで共鳴する半波長(λ/2)共鳴器を形成する。第二の長さの導波路GO2は、ジョセフソン接合に角周波数ωのいわゆるポンプ信号を向けることが意図される。第三の長さの導波路GO3は、「ウェイスト」角周波数と呼ばれる角周波数ωで共鳴する1対の半波長(λ/2)共鳴器を形成して、いわゆる「Purcell」バンドパスフィルタを介して50オームの固有インピーダンスを有する低温環境(ミリケルビンのスケール)に結合される。トランスモン構成のジョセフソン接合は、2状態システムとして動作する。それが基底状態にあるとき、角周波数ωの光子と角周波数ωのポンプ光子が同時に到着すると、ジョセフソン接合はその励起状態に遷移し、残りのエネルギは角周波数ωの光子の形態で低温環境へと散逸する。トランスモンの状態は、2つの共鳴器のうち量子ビットが結合されている一方を(例えばウェイストモード)、その共鳴周波数のマイクロ波パルスで探索することにより読み取られ、すなわち、量子ビットとの分散結合により、共鳴器により反射されたパルスの位相から、量子ビットの状態、したがって光子の存在の有無を推定することが可能となる。機器は、角周波数ωの光子をGO3に注入することによってリセットされ、前記光子はジョセフソン接合でポンプ光子と結合してこれをその基底状態に戻し、余剰エネルギは波長ωの光子を介して排除される。
【0030】
その他のタイプの機器では、マイクロ波の、又はさらには無線周波数光子のカウントが可能となる。例えば、(Walsh 2017)は、ジョセフソン接合を使って単一光子により誘導されるグラフェンシートの加熱を検出するボロメータ型検出器を提案している。
【0031】
さらに、[図2]の装置の信号を生成するための電子システムGSは、スピンエコーシーケンスではなく、単一の反転、すなわち「π」パルスISを生成するように構成される。
【0032】
より一般的に、反転パルスは、スピンをπradだけフリップさせる反転パルスは、πradより小さいか、又はそれと同等であり得る非ゼロ角度φだけフリップさせるパルス(「フリッピング」パルス)に置き換えられ得る。φ=πrad(反転)の場合が好ましく、これはそれによってスピンにより発せられる信号の強度が最大となるからである。
【0033】
反転又はフリッピングパルスにより励起されたサンプルのスピンは自然に平衡状態に戻り、したがって非コヒーレントにラーマ周波数の光子を発出し、いわゆる「スピンノイズ」と呼ばれるものを形成する。自然発出は、Purcell効果により大きく加速され、したがってこれらの光子のほとんどすべてが電磁共鳴器のモードで発せられて、そのフォトンカウンティング機器CPへの伝播を案内する伝送線LTに結合される。[図2]において、参照符号RS’は伝送線LTに沿って伝播する応答信号を表す。[図1]のスピンエコー信号RSとは異なり、これはノイズのみからなる点に留意されたい。
【0034】
(McCoy 1989)に関してすでに説明したように、従来の電子方式(ホモダイン又はヘテロダインデモジュレーション)を介したスピンノイズの検出はあまり感度が高くないが、本発明者らは、予想外に、フォトンカウンティングによるスピンノイズの検出によって先行技術(スピンエコー信号のホモダイン検出)より高い感度を実現できることを発見した。
【0035】
これは、以下のように実証され得る。
【0036】
Nがサンプル中のスピン数であり、p(0から1であり、実際には1に近い)が偏極である場合、励起スピンの数はpNと等しい。これらのスピンは時定数T=(Γ-1で緩和する。Tに関して十分に長い、例えば5T、さらには10Tより長いかそれと等しい取得ウィンドウの終了時にはスピンの全てが緩和したと考えることができる。電磁共鳴器のモードで光子を発することによってスピンが緩和する確率はp=Γ/Γと等しい。フォトンカウンタは、原理上、スピンにより発せられた光子の全部を回収できるようにするΓ と等しいバンド幅と量子効率ηを有すると考えられる。カウンタにより検出される光子の数はしたがって、ηpNΓ/Γと等しい。
【0037】
ノイズ光子の(すなわち、スピンから発していない光子の)数は、〈n〉Γ /Γ+αΓ -1により得られ、式中、前述のように、
【数8】
は温度Tでのモードあたり平均光子数であり、αは暗計数率、すなわち、光子が存在しない場合の計数率である。
【0038】
ノイズレベルは検出されたノイズ光子の数の標準偏差に対応し、これは、暗光子がポワゾン分布を有すると仮定すると、その平方根である。
【0039】
他のノイズ源は、スピン自体から発する光子の検出数が変化することによるものであり、これはスピンにより発せられる光子の数が標準偏差の確率変数
【数9】
であるからである。
【0040】
さらに、検出効率は有限であるため、検出される光子の数も標準偏差の確率変数
【数10】
である。
【0041】
全体として、したがって、検出ノイズの標準偏差は
【数11】
と等しい。
【0042】
フォトンカウンティングによるインコヒーレンス検出のこの方法の信号対ノイズ比はしたがって、
【数12】
と等しく、式中、下付き文字「i」は「インコヒーレンス」(及び、したがって、スピンノイズ)を表し、「CP」はフォトンカウンティングによる検出を表す。ここに、従来のホモダイン検出方法との基本的な違いがある。ホモダイン検出の信号対ノイズ比は本来的に真空揺動により限定され、n≧1であるのに対し、フォトンカウンティングでは、信号対ノイズ比が任意に高くされ得るパラメータ設定がある。
【0043】
具体的には、p=1(最大スピン偏極)、p=1(スピンは主にPurcell効果により緩和する)、且つ〈n〉≒0である終局限界で、この最後の条件は
【数13】
に対応し、以下が得られ:
【数14】
、それに対してホモダイン検出では
【数15】
であることが想起される。しかしながら、検出器の効率又は暗計数率が到達し得る数値には理論上の限界がなく、すなわちηは、希望に応じて1に近くし得て、α(Γ-1は必要なだけ低くし得る。
【0044】
したがって、SNi,CPは、検出器の効率が高く、暗計数率が十分に低ければ、N=1且つΓ/2Γ <<1であっても任意に高くし得る。
【0045】
また、比較のために、スピンノイズのホモダイン検出及びスピンエコー信号のフォトンカウンティングにより実現可能な信号対ノイズ比を計算することも興味深い。
【0046】
スピンノイズのホモダイン検出の場合、スピンにより発せられる全パワーは検出ウィンドウ中に発せられる光子の数により与えられ、これはΓ により与えられるバンド幅でpNΓ/Γと等しい。対応するノイズパワーはnΓ /Γにより与えられる。標準偏差は
【数16】
である。
【0047】
インコヒーレントホモダイン検出のこの方法の信号対ノイズ比はしたがって:
【数17】
と等しい。

【数18】
は常に2より大きく、さらには、Γ>>Γの状況では2よりはるかに大きいことがわかり得る。したがって、この方法は、少数のスピンの検出には本発明の方法ほど適していない。
【0048】
スピンエコー信号のフォトンカウンティングの場合、検出される光子の数はηp(Γ/2Γ )により与えられ、これは信号の振幅の二乗に検出器の効率ηを乗じたものである。
【0049】
エコーの持続時間は(Γ -1であり、したがって、暗計数の数はα(Γ -1である。ノイズレベルは標準偏差に、すなわちこのカウント数の平方根に対応する。さらに、エコー自体によるショットノイズを考慮する必要があり、これはフィールドのコヒーレント状態であり、したがって
【数19】
により与えられる標準偏差を有する。
【0050】
したがって、フォトンカウンティングによるスピンエコー信号の検出の信号対ノイズ比は、
【数20】
と等しい。
【0051】
p=1、Γ≒Γ、且つ〈n〉≒0の「終局」限界では、以下:
【数21】
が得られる。
【0052】
そのため、原理上、コヒーレントホモダイン検出と比較してフォトンカウンティングによるエコーの検出が信号対ノイズ比の点でより有利であることはない。
【0053】
比SNi,CP/SNe.CP
【数22】
と等しい。
【0054】
したがって、本発明の方法は、サンプルのスピン数が
【数23】
より少ないときに、エコー信号をカウントすることによる検出に関して有利であることがわかり得る。
【0055】
N>Nである場合、スピンエコー及びフォトンカウンティングによる検出方法はしたがって、本発明による方法より高感度であり得る。しかしながら、この場合、一般には従来のホモダイン検出を使用することが好ましい。
【0056】
結論として、これらの技術の何れによっても、サンプルの場合に、本発明により提供されるものと同程度に高い信号対ノイズ比は実現されないことがわかり得る
【0057】
以上のことから、サンプルのスピンの数Nが
【数24】
のオーダ又はそれ以下である場合及びΓ /Γ>>1の場合、
【数25】
であれば、本発明の方法は特に有利であることが明らかである。
【0058】
本発明の技術的な結果は、周波数ωの共振器に結合されたシリコン中のN≒200のドナー(ビスマス原子)により発せられるマイクロ波信号を、参考文献(Lescanne 2019)に記載されているものと同様で、周波数ωに調整されたマイクロ波光子をカウントする機器により検出することにより、実験的に検証された。この実験では、Γ ≒10-1、Γ≒10s-1、且つΓ=Γであった。スピンの信号は、本特許で想定されている2つのモダリティに従って検出した。図4aは、スピンノイズ光子をη≒0.2且つα=1.5ms-1となるようなカウンタでカウントした実験の結果を示す。πパルスがスピンに印加された直後の単位時間あたりに検出された光子の数は、時定数Γ -1=100msで指数関数的に減少し、その後、暗計数率に対応する一定の数値に到達することがわかり得る。これは、Purcell効果を介したスピンによる自然放出の問題であった。各シーケンス中に検出されたカウント総数は、図4aのグラフから暗計数(約1.5カウント/ms)に対応するベースラインを差し引き、残りのカウント数を積分することによって読み取られ、約50であり、これは予想値ηNに近い。
【0059】
フォトンカウンティングにより検出されるエコー方式によるスピン検出が図4bにグラフで示されており、同図は単位時間あたり1光子をカウントする確率を示しており、前記確率は複数の取得シーケンスを平均することにより得られる。エコー信号を生成することが意図される2つのマイクロ波パルスは、時間t=0及びt=0.35msで見られ得る。スピンエコーは、予想通り時間t=0.7msで検出される。信号の振幅はエコーシーケンス当たり約0.3カウントであり、これは平均0.4カウントの理論上の予想値に近い。
【0060】
本発明は、電子スピンの検出への、より詳しくはEPR分光法(EPRはElectron Paramagnetic Resonance(電子常磁性共鳴)の略である)への応用に関連して説明されているが、これに限定されない。特に、これは核スピンの検出、より詳しくはNMR分光法(NMRはNuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴)の略である)にも応用され得る。これは重要であり、なぜなら分子種でEPRにより検出可能な不対電子を有するものはほとんどない一方で、非常に多くの原子核(特にそのうちの最も一般的なものはプロトンである)は核スピンを有し、したがってNMRにより検出可能であるからである。
【0061】
本発明の技術を核スピンの検出へと応用しても、原則的に何の問題も生じない。しかしながら、原子核の磁気回転比は電子の磁気回転比より3桁小さいため、より強力な磁場を使用しても、NMRで使用されるラーマ周波数は典型的にEPRで見られるものよりはるかに低い(数GHzではなく、数MHz又は数十MHz)。これは2つの結果を招く:
-第一に、無線周波数光子をカウントする必要があり、これは電子スピンにより発せられるマイクロ波光子より低エネルギである。
-第二に、高い感度を得るために優先的に満たさなければならない条件
【数26】
から、さらに大幅な冷却が必要となる。
【0062】
このことにより、核スピンの検出への本発明の応用はより複雑となるが、基本的にはそうではない。
【0063】
参考文献
(McCoy 1989)“Nuclear spin noise at room temperature”,M.A.McCoy and R.R.Ernst,Chemical Physics Letters 159,587(1989).(Kubo 2012)“Electron spin resonance detected by a superconducting qubit”,Y.Kubo et al.Phys.Rev.B 86,06514(2012)
(Bienfait 2016)“Reaching the quantum limit of sensitivity in electron spin resonance”A.Bienfait,J.J.Pla,Y.Kubo,M.Stern,X.Zhou,C.C.Lo,C.D.Weis,T.Schenkel,M.L.W.Thewalt,D.Vion,D.Esteve,B.Julsgaard,K.Moelmer,JJL Morton,P.Bertet,Nature Nanotechnology 11,253 (2016).
(Probst 2017)“Inductive-detection electron-spin resonance spectroscopy with 65 spins/√Hz sensitivity”S.Probst,A.Bienfait,P.Campagne-Ibarcq,J.J.Pla,B.Albanese,J.F.Da Silva Barbosa,T.Schenkel,D.Vion,D.Esteve,K.Moelmer,J.J.L.Morton,R.Heeres,P.Bertet,Appl.Phys.Lett.111,202604(2017).
(Walsh 2017)“Graphene-Based Josephson-Junction Single-Photon Detector”Walsh,Evan D.,et al.Physical Review Applied,vol.8,no.2,Aug.2017.
(Lescanne 2019)“Detecting itinerant microwave photons with engineered non-linear dissipation”R.Lescanne,S.Deleglise,E.Albertinale,U.Reglade,T.Capelle,E.Ivanov,T.Jacqmin,Z.Leghtas,E.Flurin,arxiv:1902:05102.
(Ranjan 2020)“Pulsed electron spin resonance spectroscopy in the Purcell regime”V.Ranjan,S.Probst,B.Albanes,A.Doll,O.Jacquit,E.Flurin,R.Heeres,D.Vion,D.Esteve,J.J.M.Morton,P.Bertet,J.Mag.Res.310(2020).
図1
図2
図3
図4a
図4b
【国際調査報告】