(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-05-23
(54)【発明の名称】動物組織由来生体組織の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法
(51)【国際特許分類】
C12P 1/00 20060101AFI20230516BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20230516BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230516BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20230516BHJP
A61K 38/01 20060101ALI20230516BHJP
【FI】
C12P1/00 A
C12P19/04 Z
C12M1/00 A
A61L27/36 100
A61L27/36 400
A61K38/01
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022560480
(86)(22)【出願日】2021-03-17
(85)【翻訳文提出日】2022-10-04
(86)【国際出願番号】 KR2021003273
(87)【国際公開番号】W WO2021206303
(87)【国際公開日】2021-10-14
(31)【優先権主張番号】10-2020-0041769
(32)【優先日】2020-04-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】517336290
【氏名又は名称】ティーアンドアール バイオファブ カンパニー リミテッド
【氏名又は名称原語表記】T & R BIOFAB CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】542ho,237 Sangidaehak-ro Siheung-si Gyeonggi-do 15073 Republic of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】100087491
【氏名又は名称】久門 享
(74)【代理人】
【識別番号】100104271
【氏名又は名称】久門 保子
(72)【発明者】
【氏名】キム ヒョンジョン
(72)【発明者】
【氏名】キム チャンファン
(72)【発明者】
【氏名】リー ソンミ
(72)【発明者】
【氏名】キム ヨンファン
(72)【発明者】
【氏名】パク ウンヘ
【テーマコード(参考)】
4B029
4B064
4C081
4C084
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B064AF11
4B064CA10
4B064CB01
4B064CC15
4B064CE02
4B064CE06
4B064CE16
4B064DA01
4C081BA17
4C081CD34
4C081EA16
4C084AA02
4C084BA44
4C084CA21
4C084NA03
4C084NA06
(57)【要約】
組織から細胞を除去する脱細胞段階と、酸性プロテアーゼを用いて、脱細胞化された組織の細胞外マトリクスを液状化させる液状化段階と、前記液状化段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過する濾過段階と、濾過段階によって得られた混合物を殺菌する滅菌段階と、を含む、動物組織由来性生体素材の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法に関するものであり、本発明の動物組織由来生体素材は、生体適合性及び貯蔵安定性に優れるという利点がある。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織から細胞を除去する脱細胞段階と、
酸性プロテアーゼを用いて、脱細胞化された組織の細胞外マトリクスを液状化させる液状化段階と、
前記液状化段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過する濾過段階と、
前記濾過段階によって得られた混合物を殺菌する滅菌段階と、を含み、
前記濾過段階は、
前記脱細胞化細胞外マトリクス溶液を限外濾過して濃縮液と濾液に分離する分離段階と、
前記分離段階によって得られた濃縮液を限外濾過して一次溶液を製造する一次溶液製造段階と、
前記分離段階によって得られた濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去して二次溶液を製造する二次溶液製造段階と、
前記一次溶液と前記二次溶液とを混合する混合段階と、を含む、動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項2】
前記滅菌段階は、放射線、エチレンオキシド及び超臨界二酸化炭素のうちの少なくとも一つを用いて行われる、請求項1に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項3】
前記濾過段階と前記滅菌段階との間に、濾過された脱細胞化細胞外マトリクス溶液を乾燥させる乾燥段階がさらに行われる、請求項1に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項4】
前記乾燥段階は、凍結乾燥方式で行われることを特徴とする、請求項3に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項5】
前記脱細胞段階と前記液状化段階との間に、脱細胞化細胞外マトリクスが湿式で粉砕される粉砕段階がさらに行われる、請求項1に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項6】
前記粉砕段階は、脱細胞化細胞外マトリクスが酸性水溶液と混合された後、溶液状態で湿式粉砕する段階であることを特徴とする、請求項5に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項7】
前記粉砕段階で、脱細胞化細胞外マトリクスと酸性水溶液とが混合された混合物のpHは1~4であることを特徴とする、請求項6に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項8】
前記液状化段階で使用される酸性プロテアーゼは、ペプシンであることを特徴とする、請求項1に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項9】
前記液状化段階は、pH1~5、温度範囲15~25℃で行われることを特徴とする、請求項8に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項10】
前記二次溶液製造段階は、イオンフィルターを用いて、濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去する第1処理段階と、
前記第1処理段階によって得られた処理液を限外濾過して濃縮する第2処理段階と、を含むことを特徴とする、請求項1に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の動物組織由来生体素材の製造方法で製造された動物組織由来生体素材。
【請求項12】
請求項11に記載の動物組織由来生体素材のpHを中和させる中和段階と、
中和した溶液をゲル化させるゲル化段階と、
ゲル化した溶液を用いて3次元構造体を製造する3次元印刷段階と、を含む、動物組織由来生体素材を用いた3次元印刷方法。
【請求項13】
前記中和段階は、pHを6.0~8.0に調整する段階であることを特徴とする、請求項12に記載の動物組織由来生体素材を用いた3次元印刷方法。
【請求項14】
前記ゲル化段階は、中和した溶液の温度を30℃以上に昇温させることを特徴とする、請求項12に記載の動物組織由来生体素材を用いた3次元印刷方法。
【請求項15】
組織から細胞を除去する脱細胞段階と、
脱細胞化細胞外マトリクスを湿式で粉砕する粉砕段階と、
酸性プロテアーゼを用いて、脱細胞化された組織の細胞外マトリクスを液状化させる液状化段階と、
前記液状化段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過する濾過段階と、
濾過された脱細胞化細胞外マトリクス溶液を凍結乾燥させる乾燥段階と、
濾過段階によって得られた混合物を殺菌する滅菌段階と、を含み、
前記濾過段階は、
前記脱細胞化細胞外マトリクス溶液を限外濾過して濃縮液と濾液に分離する分離段階と、
前記分離段階によって得られた濃縮液を限外濾過して一次溶液を製造する一次溶液製造段階と、
前記分離段階によって得られた濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去して二次溶液を製造する二次溶液製造段階と、
前記一次溶液と前記二次溶液とを混合する混合段階と、を含む、動物組織由来生体素材の製造方法。
【請求項16】
前記二次溶液製造段階は、
イオンフィルターを用いて、濾過液に含まれている酸性プロテアーゼを除去する第1処理段階と、
前記第1処理段階によって得られた処理液を限外濾過して濃縮する第2処理段階と、を含むことを特徴とする、請求項15に記載の動物組織由来生体素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物組織由来生体素材の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法に係り、より詳細には、脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させた後、細胞毒性を示す成分を除去するための濾過段階を行うことにより生体適合性を向上させることができる動物組織由来生体素材の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、移植用又は研究用人工組織や臓器、又は新薬開発のための臓器モデルの製作の際に生体毒性がなく、免疫反応を誘発しない生体適合性素材を利用する。従来は、PLA(poly latic acid)やPGA(poly glycolic acid)などの生体適合性高分子が用いられたが、最近では、動物組織由来生体素材が脚光を浴びている。
【0003】
特に、脱細胞化細胞外マトリクス(decellularized extracellular matrix、dECM)をベースとした生体素材に関する研究が盛んに行われており、このような生体素材を利用すると、細胞成分の除去された細胞外マトリクス成分のみが含まれるため、バイオインクとして用いられる場合には、印刷された細胞に合成材料ベースのバイオインクよりもさらに適した環境を提供するので、最終組織への分化を誘導する生物学的機能が非常に優れる。
【0004】
しかし、既存の脱細胞化細胞外マトリクスをベースとした生体素材は、脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させる工程で使用される酸性プロテアーゼ成分を含んでいるため、細胞毒性を示し、人体移植の際に多くの副作用を示すことができ、貯蔵安定性を低下させるという問題がある。
【0005】
そこで、生体毒性を減少させ且つ免疫反応を抑制させて、基礎研究及び動物実験代替のための組織や臓器或いはその類似体だけでなく、人体移植用にも適用可能な人工組織や臓器として活用できる汎用生体素材の開発が求められる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、細胞毒性を減少させ、免疫反応を抑制させ且つ貯蔵安定性を向上させることができる動物組織由来生体素材の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するための本発明の一実施例による動物組織由来生体素材の製造方法は、組織から細胞を除去する脱細胞段階と、酸性プロテアーゼを用いて、脱細胞化された組織の細胞外マトリクスを液状化させる液状化段階と、前記液状化段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過する濾過段階と、濾過段階によって得られた混合物を殺菌する滅菌段階と、を含む。
【0008】
前記濾過段階は、前記脱細胞化細胞外マトリクス溶液を限外濾過して濃縮液と濾液に分離する分離段階と、前記分離段階によって得られた濃縮液を限外濾過して一次溶液を製造する一次溶液製造段階と、前記分離段階によって得られた濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去して二次溶液を製造する二次溶液製造段階と、前記一次溶液と前記二次溶液とを混合する混合段階と、を含むことができる。
【0009】
また、前記滅菌段階は、放射線、エチレンオキシド及び超臨界二酸化炭素のうちの少なくとも一つを用いて行われることができ、前記濾過段階と前記滅菌段階との間には、濾過された脱細胞化細胞外マトリクス溶液を乾燥させる乾燥段階がさらに行われてもよい。
【0010】
前記乾燥段階は、凍結乾燥方式で行われることができ、前記脱細胞段階と前記液状化段階との間には、脱細胞化細胞外マトリクスが湿式で粉砕される粉砕段階がさらに行われてもよい。
【0011】
前記粉砕段階は、脱細胞化細胞外マトリクスが酸性水溶液と混合された後、溶液状態で湿式粉砕する段階であってもよく、前記粉砕段階で、脱細胞化細胞外マトリクスと酸性水溶液とが混合された混合物のpHは1~4であり得る。
【0012】
前記液状化段階で使用される酸性プロテアーゼは、ペプシンであることが好ましく、液状化段階は、pH1~5、温度範囲15~25℃で行われることができる。
【0013】
前記二次溶液製造段階は、イオンフィルターを用いて、濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去する第1処理段階と、前記第1処理段階によって得られた処理液を限外濾過して濃縮する第2処理段階と、を含むことができる。
【0014】
本発明の他の実施例として、このような方法で製造された動物組織由来生体素材が挙げられる。
【0015】
本発明の別の実施例として、このような動物組織由来生体素材を用いた3次元印刷方法が挙げられるが、前記動物組織由来生体素材のpHを中和させる中和段階と、中和した溶液をゲル化させるゲル化段階と、ゲル化した溶液を用いて3次元構造体を製造する3次元印刷段階と、を含む。
【0016】
前記中和段階は、pHを6.0~8.0に調整する段階であり、前記ゲル化段階は、前記3次元構造体を30℃以上に加熱して行われることができる。
【0017】
本発明による動物組織由来生体素材の製造方法は、組織から細胞を除去する脱細胞段階と、脱細胞化細胞外マトリクスを湿式で粉砕する粉砕段階と、酸性プロテアーゼを用いて、脱細胞化組織の細胞外マトリクスを液状化させる液状化段階と、前記液状化段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過する濾過段階と、濾過された脱細胞化細胞外マトリクス溶液を凍結乾燥させる乾燥段階と、濾過段階によって得られた混合物を殺菌する滅菌段階と、を含み、前記濾過段階は、前記脱細胞化細胞外マトリクス溶液を限外濾過して濃縮液と濾液に分離する分離段階と、前記分離段階によって得られた濃縮液を限外濾過して一次溶液を製造する一次溶液製造段階と、前記分離段階によって得られた濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去して二次溶液を製造する二次溶液製造段階と、前記一次溶液と前記二次溶液とを混合する混合段階と、を含むことができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させた後、細胞毒性を示す成分を除去するための濾過段階を行うことにより、動物組織由来生体素材の生体適合性を向上させることができる。
【0019】
さらに、既存の動物組織由来生体素材とは異なり、室温でも保管が可能であるため、動物組織由来生体素材の貯蔵安定性が向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施例によって詳細に説明する前に、本明細書及び請求の範囲で使用された用語や単語は、通常的又は辞典的な意味に限定して解釈されてはならず、本発明の技術思想に合致する意味と概念として解釈されるべきであることを明らかにする。
【0022】
本明細書全体において、ある部分がある構成要素を「含む」とするとき、これは、特に反対の記載がない限り、他の構成要素を除外するのではなく、他の構成要素をさらに含むことができることを意味する。
【0023】
また、本明細書における分子量は、重量平均分子量を意味し、「除去する」という表現は、特定の物質が一部のみ或いは完全に除去されるという2つの意味を全て包含する。
【0024】
以下では、本発明の実施例について説明する。しかしながら、本発明の範疇は以下の好適な実施例に限定されるものではなく、当業者であれば本発明の権利範囲内で本明細書に記載された内容の様々な変形形態を実施することができる。
【0025】
本発明は、脱細胞化細胞外マトリクスを用いた動物組織由来生体素材の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法に関する。
【0026】
まず、本発明による動物組織由来生体素材の製造方法は、組織から細胞を除去する脱細胞段階と、酸性プロテアーゼを用いて脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させて脱細胞化細胞外マトリクス溶液を製造する液状化段階と、前記液状化段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過する濾過段階と、濾過段階によって得られた混合物を殺菌する滅菌段階と、を含む。
【0027】
このとき、前記脱細胞段階と前記液状化段階との間には、脱細胞化細胞外マトリクスが湿式で粉砕される粉砕段階がさらに行われることができる。
【0028】
前記脱細胞段階は、界面活性剤と高張溶液が含まれている脱細胞溶液を用いて組織から細胞を除去することにより脱細胞化細胞外マトリクス(dECM)のみを取得する段階であり、脱細胞化細胞外マトリクスには、コラーゲン、エラスチン、ラミニン、グリコサミノグリカン(glycosaminoglycan、GAG)、プロテオグリカン、抗菌剤、化学誘引物質、サイトカイン、成長因子などの成分が含まれることができる。
【0029】
本発明において脱細胞化細胞外マトリクス(dECM)を取得するために使用される組織として、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ウサギ、イヌ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリ、ウマなどの哺乳動物に由来する組織(例えば、肝臓組織、脂肪組織、膀胱組織、心臓組織、筋肉組織など)が使用できるが、これに限定されるものではない。
【0030】
脱細胞段階における界面活性剤としては、トリトンX-100(Triton X-100)、Tween 80、SDS(sodium dodecyl sulfate)、ナトリウムデオキシコレート、及びトリトンX-200(Triton X-200)を含む群の中から選択される1種以上が使用され、高張溶液としては、NaCl、KCl、CaCl2、MgCl2、BaCl2及びNaHCO3を含む群の中から選択される1種以上の塩を含む0.03~1.0Mの水溶液が使用できるが、これに限定されるものではない。
【0031】
このとき、界面活性剤としてトリトンX-100を使用する場合には、細胞外マトリクスに含まれている様々なタンパク質、糖タンパク質及びグリコサミノグリカン(Glycosaminoglycan、GAG)などの損傷を最小限に抑えながら、細胞に含まれているDNAを効果的に破壊させることができるので、界面活性剤としてトリトンX-100を使用することが好ましい。
【0032】
脱細胞段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクスは、粉砕段階を介して粉砕された後に液状化することができ、この段階を介して脱細胞化細胞外マトリクスの表面積が増加するので、以後酸性プロテアーゼを用いた液状化段階における有用成分抽出率が向上することができる。
【0033】
この段階は、脱細胞段階によって得られた脱細胞化細胞外マトリクスと高濃度の酸性水溶液とが混合された後、溶液状態で湿式粉砕する段階である。このとき、脱細胞化細胞外マトリクスと混合される酸性水溶液は、高濃度の酸性水溶液であり、例えば、HCl、CH3COOH、H3PO4、HNO3、H2SO4などが使用できる。酸性水溶液と脱細胞化細胞外マトリクスとが混合された混合物のpHは1~4であり、液状化以前にまず酸性環境に曝露することにより、脱細胞化細胞外マトリクスに含まれている有用成分、特にコラーゲンが酸溶解性コラーゲン(acid soluble collagen)の形態で得られるので、コラーゲンの収率が向上することができる。
【0034】
一方、通常、組織粉砕の際には、凍結乾燥後に固体状態で粉砕される乾式粉砕方法が用いられるが、乾式粉砕の際には、凍結乾燥過程にかかる時間が長くて総作業時間が長くなるという問題があり、凍結乾燥後の粉砕段階では、多量の粉末が損失して有用成分の収率が低下するという問題がある。これに対し、本発明では、別途の乾燥段階を経ることなく、脱細胞段階直後に得られた濡れた状態の試料を高濃度の酸性水溶液と混合して溶液状態で粉砕過程を行うので、総作業時間が著しく短縮され、有用成分の収率が向上するという利点がある。
【0035】
湿式粉砕は、ホモジナイザーを用いて行われることができるが、これ以外の他の粉砕機を用いてもよく、粉砕速度及び時間は、被粉砕物の量及び種類に応じて多様に調節できる。
【0036】
前記液状化段階は、動物組織由来生体素材の加工時に適切な粘度を形成するために、脱細胞段階を経て得られた脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させて脱細胞化細胞外マトリクス溶液を製造する段階である。
【0037】
この段階で脱細胞化細胞外マトリクスは、酸性プロテアーゼ(protease)によって分解されて液状化するが、酸性プロテアーゼは、pH及び温度条件によって反応性が異なるという特徴があるので、酸性プロテアーゼの適切な活性を実現するために、液状化段階は、pH1~5、15~25℃の温度条件で行われることが好ましい。
【0038】
このとき、酸性プロテアーゼとしてはペプシンが使用でき、先立って粉砕段階で高濃度の酸性水溶液が添加されるため、脱細胞化細胞外マトリクスが含まれている溶液は、既にpH1~4の強い酸性を示すので、酸性プロテアーゼを活性化させるためにこの段階で一定量の水を添加して希釈させることにより、溶液のpH濃度を1~5に調整することが好ましい。
【0039】
前記濾過段階は、液状化段階を介して得られた脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過して、組織再生を促進する成長因子やサイトカインなどの成分はそのまま維持しながら、同時に酸性プロテアーゼやテロペプチドなどの細胞毒性或いは免疫反応を誘発する物質を選択的に除去することにより、動物組織由来生体素材の生体適合性を向上させる段階である。
【0040】
この段階は、前記脱細胞化細胞外マトリクス溶液を限外濾過して濃縮液と濾液に分離する分離段階と、前記分離段階によって得られた濃縮液を限外濾過によって再び濃縮して一次溶液を製造する一次溶液製造段階と、前記分離段階によって得られた濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去した後、濃縮して二次溶液を製造する二次溶液製造段階と、前記一次溶液と前記二次溶液とを混合する混合段階と、を含む。
【0041】
まず、分離段階は、70~100kDaの限外濾過膜で脱細胞化細胞外マトリクス溶液を濾過して、膜を通過した濾液と、膜を通過しなかった濃縮液に分離する段階であって、好ましくは70kDaの限外濾過膜が使用できる。
【0042】
この段階で得られた濃縮液には、コラーゲン、エラスチン、グリコサミノグリカンなどの相対的に分子量が大きい成分が含まれており、この濃縮液は、一次溶液製造段階でさらに限外濾過を介して再び濃縮されて一次溶液として用いられる。このとき、使用される限外濾過膜の大きさは0.1~5kDaであり、好ましくは0.5~2kDa、さらに好ましくは1kDaであり得る。
【0043】
一方、前記分離段階で得られた濾液には、成長因子、サイトカイン、酸性プロテアーゼ、及びその他の低分子量の脱細胞化細胞外マトリクス成分が含まれている。
【0044】
前記濾液に含まれている酸性プロテアーゼは、脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させるために使用されたものであるが、それ自体で細胞毒性を示し、酵素として人体副作用を誘発する可能性があるので、酸性プロテアーゼを含む動物組織由来生体素材を用いて製造された人工臓器や組織は、人体への移植が困難であるため、その用途が研究用にのみ限定されるという問題がある。それだけでなく、15~25℃で活性を示すため、酸性プロテアーゼを含む動物組織由来生体素材は、室温保管が不可能であるという問題があった。
【0045】
本発明では、分離段階で得られた濾液に存在する酸性プロテアーゼを除去することにより、動物組織由来生体素材の細胞毒性、免疫反応誘発、人体副作用誘発などの問題を防止又は抑制することができ、室温保存を可能にすることができる。
【0046】
具体的には、二次溶液製造段階は、イオンフィルターを用いて、濾液に含まれている酸性プロテアーゼを除去する第1処理段階と、前記第1処理段階によって得られた処理液を限外濾過して濃縮する第2処理段階、とを含むことにより、第1処理段階で酸性プロテアーゼが除去され、第2処理段階で免疫反応を誘発するテロペプチドが除去され得る。
【0047】
第1処理段階は、酸性プロテアーゼの等電点を用いて酸性プロテアーゼのみを選択的に除去する段階である。酸性プロテアーゼとしてはペプシンが使用でき、ペプシンの等電点は約pH1であるため、ペプシンが含まれている溶液のpHが1よりも高い場合には、ペプシンがアニオンに帯電する。したがって、カチオンに帯電したイオンフィルターに先立って、希釈によってpHが1よりも高くなった濾液を通過させると、静電気的引力によって、酸性プロテアーゼはイオンフィルターに吸着或いはイオン交換されて除去され、酸性プロテアーゼを除いた残りの成分はイオンフィルターを通過して排出される。このようなイオンフィルターとして、例えば、SartobindQタイプフィルター(Sartobindはザルトリウス社の商標)が使用できる。
【0048】
第1処理段階を経て得られた処理液には、依然として免疫反応を誘発するテロペプチドが含まれているので、第2処理段階を介してテロペプチドを除去して動物組織由来生体素材の生体適合性をより向上させることができる。
【0049】
第2処理段階は、前記処理液を限外濾過して濃縮する段階であって、1~10kDaの限外濾過膜、好ましくは4~6kDaの限外濾過膜、さらに好ましくは5kDaの限外濾過膜を用いて処理液を濾過させた後、濃縮物を取得する段階であり得る。
【0050】
先立って液状化段階で、テロペプチドは、酸性プロテアーゼによってコラーゲンから分離され、分離されたテロペプチドは、約0.5~4.5kDaの低分子量を有する。一方、処理液に含まれている成長因子やサイトカインなどの有用成分は、約5kDa以上の分子量を有するので、第2処理段階で上記と同じ大きさの限外濾過膜を用いて処理液を濃縮すると、テロペプチドは、水と一緒に濾液に分離され、限外濾過膜によって分離された成長因子、サイトカイン及びその他の低分子量の脱細胞化細胞外マトリクス成分のみが濃縮液に分離されることができる。
【0051】
以後、続く混合段階で前記一次溶液と二次溶液とを混合すると、最終的にペプシンなどの酸性プロテアーゼ及びテロペプチドが除去されて細胞毒性、免疫反応誘導などの副作用が除去された動物組織由来生体素材が得られることができる。
【0052】
濾過段階が完了した後、動物組織由来生体素材を殺菌する滅菌段階が行われ、滅菌方式としては、放射線、エチレンオキシド及び超臨界二酸化炭素のうちの少なくとも一つを用いた滅菌方式が使用できる。
【0053】
このように滅菌が完了した動物組織由来生体素材は、滅菌完了後の相(Phase)のまま利用又は貯蔵されることができるが、必要に応じて、追加の乾燥段階が行われて乾燥粉末状態で貯蔵されることもでき、この場合には、凍結乾燥方式が用いられることが好ましい。
【0054】
一方、本発明は、上述した方法で製造された動物組織由来生体素材、及びこのような動物組織由来生体素材を用いて3次元構造体を製造する3次元印刷方法を含む。
【0055】
具体的には、本発明による動物組織由来生体素材を用いた3次元印刷方法は、前記動物組織由来生体素材のpHを中和させる中和段階と、中和した溶液をゲル化させるゲル化段階と、ゲル化した溶液を用いて3次元構造体を製造する3次元印刷段階と、を含むことができる。
【0056】
先立って製造された動物組織由来生体素材が乾燥段階を経ずに溶液状態で存在する場合には、3次元印刷時の中和段階が直ちに行われるが、乾燥段階を経て粉末化された場合には、中和段階の前に粉末状の動物組織由来生体素材を再び液状化させる溶解段階がさらに行われることができる。
【0057】
前記溶解段階は、粉末状の動物組織由来生体素材を水又は食塩水や緩衝溶液などの水溶液と混合して可溶化させる段階であり得る。
【0058】
前記中和段階は、液状の動物組織由来生体素材のpHを中性領域に中和させる段階であり、この段階におけるpHは6.0~8.0に調整でき、中和の際には、塩基又は等張性バッファと混合されて中和することができる。このとき、使用できる塩基としては、例えば、NaOH、KOHなどがあるが、これらに限定されるものではない。
【0059】
次に、中和した溶液をゲル化させるゲル化段階が行われる。中和段階によって得られた動物組織由来生体素材は、30℃以上、好ましくは37℃以上の温度条件でゲル化することができるので、ゲル化段階で中和した溶液を30℃以上に昇温させてゲル化させることにより、動物組織由来生体素材の粘度を高めて、3次元で印刷された形状を維持させることができる。
【0060】
次に、中和段階で中和した溶液を用いて3次元構造体を製造する3次元印刷段階が行われることができる。
【0061】
一方、本発明の動物組織由来生体素材は、上述した3次元印刷方式だけでなく、前記溶解段階と中和段階を経て得られた中和溶液を患者に投与した後、患者に投与された溶液が体温又は他の熱源によって30℃以上に加熱されてゲル化する方式でも3次元構造体を形成することができる。
【0062】
上述したように、本明細書内では、動物組織由来生体素材を用いた3次元印刷方法を例として提示したが、動物組織由来生体素材の加工方法がこれに限定されるものではなく、本発明の動物組織由来生体素材がそのまま、或いは3次元印刷の他に他の方式で加工されて医療用素材、医療機器、再生医療製品などの多様な分野に適用できるのは、当業者に自明であろう。
【0063】
以下、本発明の一実施例を介して本発明の具体的な作用と効果を説明する。ただし、これは本発明の好ましい例示として提示されたものであり、実施例によって本発明の権利範囲が限定されるものではない。
【0064】
[製造例]
まず、ブタの肝臓を1mmのサイズに切って複数の切片を準備した後、これらの切片を蒸留水に投入して常温で2時間洗浄し、0.5%のトリトンX-100、0.5MのNaCl水溶液を含んだ脱細胞溶液を用いて10℃で8時間脱細胞させた。脱細胞溶液は3時間ごとに新しい溶液と交換した。その後、蒸留水を用いて、脱細胞された切片を洗浄し、PBSバッファ、0.1%過酢酸(Peracetic acid)を含んだ消毒液によって常温で1時間消毒した後、再び蒸留水を用いて1時間洗浄して、脱細胞化された組織切片を製造した。
【0065】
次に、脱細胞された組織切片40gを10NのHCl溶液160mLと混合して撹拌した後、ホモジナイザーを用いて1分ずつ20回繰り返し粉砕した。次いで、粉砕した混合物に水1,440mlと0.8gのペプシンを混合し、20℃の温度で72時間撹拌して液状化させた。
【0066】
次に、70kDaの限外濾過膜を用いて、前記液状化した溶液を濾過し、濾過膜を通過して出た溶液である濾液を一部取って比較例のサンプルとして用い、残りの濾液はSartobindQタイプ(Sartobindはザルトリウス社の商標)のイオンフィルターを用いて濾過させ、イオンフィルターから排出された濾液の一部を実施例のサンプルとして用いた。
【0067】
[実験例]
ウエスタンブロット分析法を用いて、比較例と実施例のサンプルに含まれているペプシンの発現量を調査して、その結果を
図1に示した。このとき、ペプシン検出のためにペプシンに特異的に発現する抗体であるab181878(Abcam、goat pAb to pepsin)を用いた。
【0068】
図1の実験結果を参照すると、実施例のサンプルは、比較例のサンプルよりもペプシンの発現量が著しく減少したことが示されるため、イオンフィルターを用いた濾過工程がペプシンの除去に効果的であることを確認することができた。
【0069】
本発明は、上述した特定の実施例及び説明に限定されるものではなく、請求の範囲で請求する本発明の要旨を逸脱することなく、当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者であれば誰でも様々な変形実施が可能であり、それらの変形も本発明の保護範囲内にある。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、細胞毒性を減少させ、免疫反応を抑制させ且つ貯蔵安定性を向上させることができる動物組織由来生体素材の製造方法、これにより製造された動物組織由来生体素材、及びこれを用いた3次元印刷方法を提供するためのものであり、脱細胞化細胞外マトリクスを液状化させた後、細胞毒性を示す成分を除去するための濾過段階を行うことにより動物組織由来生体素材の生体適合性を向上させることができるだけでなく、従来の動物組織由来生体素材とは異なり、室温でも保管が可能であって動物組織由来生体素材の貯蔵安定性が向上することができるので、産業上利用可能性が存在する。
【国際調査報告】