(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-07
(54)【発明の名称】パルス電子供給源を備えた表面分析システム
(51)【国際特許分類】
H01J 37/065 20060101AFI20230531BHJP
H01J 37/06 20060101ALI20230531BHJP
H01J 37/077 20060101ALI20230531BHJP
H01J 37/05 20060101ALI20230531BHJP
H01J 37/295 20060101ALI20230531BHJP
H01J 37/29 20060101ALI20230531BHJP
G01N 23/203 20060101ALI20230531BHJP
【FI】
H01J37/065
H01J37/06 A
H01J37/077
H01J37/05
H01J37/295
H01J37/29
G01N23/203
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022563144
(86)(22)【出願日】2021-04-28
(85)【翻訳文提出日】2022-12-02
(86)【国際出願番号】 EP2021061068
(87)【国際公開番号】W WO2021224079
(87)【国際公開日】2021-11-11
(32)【優先日】2020-05-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】311015001
【氏名又は名称】コミサリヤ・ア・レネルジ・アトミク・エ・オ・エネルジ・アルテルナテイブ
(71)【出願人】
【識別番号】311016455
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェ シアンティフィク
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(71)【出願人】
【識別番号】321004758
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ・パリ・サクレー
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】コンパラ,ダニエル
(72)【発明者】
【氏名】バレット,ニコラ
(72)【発明者】
【氏名】アミオー,リオネル
(72)【発明者】
【氏名】ピカール,ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ラフォッス,アンヌ
(72)【発明者】
【氏名】アーン,ラファエル
(72)【発明者】
【氏名】フェドチェンコ,オレーナ
(72)【発明者】
【氏名】ショーエンヘンゼ,ゲルト
【テーマコード(参考)】
2G001
5C101
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA15
2G001CA03
2G001DA09
2G001HA13
5C101AA06
5C101AA16
5C101AA23
5C101CC01
5C101DD09
5C101DD14
5C101DD19
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5C101DD24
5C101DD25
5C101DD31
5C101DD38
5C101EE13
5C101EE34
5C101EE59
5C101EE78
5C101GG05
5C101GG37
5C101HH06
(57)【要約】
本発明は、材料の表面分析を実施するためのシステムに関し、該システムは、
-入射電子の単色ビーム(100)を形成する、パルス電子供給源(10)と、
-後方散乱電子(110)を形成するように、入射電子(100)を材料のサンプル(55)の表面まで搬送し、後方散乱電子(110)を検出手段まで搬送するための手段(20)であって、前述の搬送手段は、少なくとも1つの電子光学系を含む、搬送するための手段(20)と、
-後方散乱電子(110)を検出するための手段(30)と、を含み、
前述のパルス電子供給源は、
-原子の供給源(16)と、
-原子(16)をリュードベリ状態まで励起することができるレーザー励起ゾーン(15a)を形成するように構成された、連続波レーザービーム(15)と、
-レーザー励起ゾーンの両側のパルス電場(F)であって、少なくとも励起された原子をイオン化し、単色の電子ビーム(100)を形成するように構成された、パルス電場(F)と、を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料の表面分析を実施するためのシステムであって、
-単色の入射電子ビーム(100)を形成可能にする、請求項1~10の何れか一項に記載される、パルス単色電子供給源(10)と、
-後方散乱電子(110)を形成するように、前記入射電子(100)の全部又は一部を材料のサンプル(55)の表面まで搬送し、前記後方散乱電子(110)の全部又は一部を検出手段まで搬送するための手段(20)であって、前記搬送手段は、少なくとも1つの電子光学系、好ましくは複数の電子光学系を含む、搬送するための手段(20)と、
-前記後方散乱電子(110)の全部又は一部を検出するための手段(30)と、を含むシステムにおいて、
前記パルス単色電子供給源(10)は、
-原子の供給源(16)と、
-前記原子の少なくとも幾つかをリュードベリ状態まで励起することができるレーザー励起ゾーン(15a)を形成するように構成された、少なくとも1つの連続波レーザービーム(15)と、
-前記レーザー励起ゾーン(15a)の両側にパルス電場(F)を生成するための手段であって、前記パルス電場は、前記励起された原子の少なくとも幾つかをイオン化し、単色の電子ビーム(100)を形成するように構成された、生成するための手段と、を含むことを特徴とする、システム。
【請求項2】
前記パルス電場の1パルスの持続時間は、100ピコ秒~1ナノ秒の間に含まれる、請求項1に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項3】
2つのパルス間の遅延は、0.1マイクロ秒~1マイクロ秒の間に含まれる、請求項1又は請求項2に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項4】
前記パルス電場の振幅は、5~50V/cmの間に含まれる、請求項1~3の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項5】
前記材料の表面分析を実施するためのシステムの前記パルス電子供給源は、約10
-6ミリバール未満にポンピングされた真空チャンバを備え、前記真空チャンバは、少なくとも、前記レーザー励起ゾーンと、前記励起ゾーン内に前記原子がある場合に前記原子と、前記パルス電場と、前記電子が形成された場合に前記電子と、を収容するように構成される、請求項1~4の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項6】
前記材料の表面分析を実施するためのシステムの前記パルス電子供給源は、前記レーザー励起ゾーン(15a)の上流又は下流に配置された少なくとも1つのイオン化電極(11)を備え、前記パルス電場(F)は、前記少なくとも1つのイオン化電極にパルス電圧(V
11)を印加することにより形成される、請求項1~5の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項7】
前記材料の表面分析を実施するためのシステムの前記パルス電子供給源は、少なくとも1つの引き出し電極であって、前記レーザー励起ゾーン(15a)の上流又は下流に配置され、形成された前記単色の電子を引き出すための電場を生成するように構成された、少なくとも1つの引き出し電極を備える、請求項1~6の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項8】
前記材料の表面分析を実施するためのシステムの前記パルス電子供給源は、電子の前記ビームをコリメートするか且つ/又は集束させるための手段(13)を備える、請求項1~7の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項9】
前記材料の表面分析を実施するためのシステムの前記パルス電子供給源は、原子の前記供給源(16)を生成することができるエフュージョンセル(161)を備える、請求項1~8の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項10】
前記パルス電子供給源の原子の前記供給源(16)の前記原子は、次の元素、即ち、セシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、クロミウム、エルビウム、銀、イッテルビウム、水銀、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンから選択される、請求項1~9の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項11】
前記1つ又は複数の連続波レーザービーム(15)は、前記原子のうちの少なくとも幾つかを、同一のリュードベリ状態まで励起するように構成される、請求項1~10の何れか一項に記載の、材料の表面分析を実施するためのシステム。
【請求項12】
前記検出手段(30)は、飛行時間型検出器、マルチアノード・マイクロチャネル・アレイ検出器、電子飛行時間管、遅延線路、撮像デバイス、から選択される1つ又は複数の要素を備える、請求項1~11の何れか一項に記載の、表面分析を実施するためのシステム。
【請求項13】
約10
-9ミリバール未満の圧力にある第2の真空チャンバを更に備え、前記第2の真空チャンバは、少なくとも前記パルス供給源、前記搬送手段、及び前記検出手段を収容するように構成される、請求項1~12の何れか一項に記載の、分析システム。
【請求項14】
前記搬送手段(20)は複数の電子光学系(21、22)及び1つの電子ビームスプリッタ(25)を含み、前記電子光学系は、前記サンプルの実像が前記ビームスプリッタの色消し面に配置される画像モードから、前記サンプルの回折パターンがやはり前記ビームスプリッタの前記色消し面に配置される回折モードへ切り替わるように構成される、請求項1~13の何れか一項に記載の、表面分析を実施するためのシステム。
【請求項15】
前記搬送手段(20)は、
-電子ビームスプリッタ(25)と、
-前記供給源(10)と前記スプリッタ(25)との間に配置された供給源アーム(21)であって、
第1の視野レンズ(211)、
第1の集光レンズ(212)、
第2の視野レンズ(213)、及び
第2の集光レンズ(214)を備える供給源アーム(21)と、
-前記スプリッタ(25)と材料の前記サンプル(55)との間に配置された対物アーム(22)であって、
伝送レンズ(221)、
回折レンズ(222)、
第3の視野レンズ(223)、及び
対物レンズ(224)、を備える対物アーム(22)と、を含む、請求項14に記載の分析システム。
【請求項16】
電子エネルギー損失顕微鏡である、請求項11~15の何れか一項に記載の、表面分析を実施するためのシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子を使用した表面分析の実施の分野に関する。
【0002】
本発明は、表面分析を実施するためのシステム用のパルス電子供給源に関する。
【0003】
より正確には、本発明は、高スペクトル分解能の電子ビーム、即ち、エネルギー分散が10meV以下であり、好ましくは5meV以下である電子ビーム、を形成することができるパルス電子供給源を備えた表面分析を実施するためのシステムに関する。
【0004】
本発明は更に、低エネルギー電子(電子エネルギーが20eV以下)のコリメートされたビーム(発散が1ミリラジアン未満)、従って、ビームエミッタンスが非常に小さい(電子の位置及び位相空間における分散が非常に小さい)ビーム、を形成することを可能にする。
【0005】
表面分析を実施するためのシステムは、例えば、高分解能電子エネルギー損失顕微鏡(HREELM)であることがあり、特に、表面の振動状態の顕微鏡観察を可能にする。
【背景技術】
【0006】
表面の振動状態は、表面物理学と表面化学の両方において一般的に重要であり、特に、材料の機能性及び材料の表面の反応性を決定することを可能にする。表面の振動状態の分析は、化学的機能、フォノン、及びプラズモンの特性を決定できるようにするために、低エネルギー(20eV以下のエネルギー)で且つ高いスペクトル分解能で、行わなければならない。従って、材料の環境との相互作用の態様と材料の電子特性との関係を予測及び/又は決定することが可能である。
【0007】
更に、振動状態の空間分布及びスペクトル分布を測定及び/又は変更しようとする広範な用途においては、ナノスケールの空間分解能(通常、数ナノメートルから数十ナノメートルまで)で表面の振動状態を分析できることが必要である。これらの分析の重要性の非限定的な例として、半導体デバイスであって、これらの分析を使用して、特に半導体デバイスにおいて電荷キャリアの移動度を局部応力の関数として最適化することができる、半導体デバイス、及び、光起電力システムであって、そのシステム内での電荷キャリアとフォノンとの相互作用が不利であり得る、というのも、これにより、求められる純粋に放射性の態様の損失に対する非放射性の損失が生じ得るからである、光起電力システム、などのシステム又はデバイスへ、言及することがある。
【0008】
別の用途は、局所特性の変更に関し、特に、光学の又は電子の照射による分子層の機能付与に関する。化学的変化及び表面機能性の分析には、表面の振動状態の非常に高いスペクトル分解能と、数ナノメートルの空間分解能とが必要である。更に、化学リソグラフィに低エネルギーの電子ビームを使用することは、誘起される変化をより適切に制御するように進歩する、1つの方法である。
【0009】
分析を行うための既知の解決策は、高い空間分解能か又は高いスペクトル分解能のいずれかを有するか、或いは、材料の表面ではなくバルクをプローブすることを可能にする。既知の解決策の中でも、以下の3つの解決策へ言及することがある。
【0010】
STEM-EELS(Scanning Transmission Electron Microscope-Electron Energy Loss Spectroscopyの頭字語)は、ナノスケールの空間分解能及び高いスペクトル分解能を得ることを可能にする。撮像は、サンプルの断面上で、電子のビームを(非常に高いエネルギーで、即ち、30keV~300keVの間、又は更には最大で1MeVまでで)走査することにより行われ、電子は、サンプルの表面を通過してバルクに達する。従って、STEM-EELSは、表面の特性ではなくバルクについての情報を提供する。更に、色収差の補正及び非常に低い計数率を達成するには、優れた位置合わせ、優れた機械的安定性及び電気的安定性が必要であり、構築費が非常に高くなる(数百万ユーロ、又は更には数千万ユーロ)。最後に、サンプルの準備が複雑であり、また、STEM-EELSは、FIB(Focused Ion Beamの頭字語)により、サンプルの一部分を切断することが必要であるので、破壊的な方法である。結論として、STEM-EELSは、表面特性を調査するのに使用することはできず、破壊的であり、大きなマイナス要因を有する。STEM-EELSは、表面振動状態の高いスペクトル分解能で高い空間分解能の分析を実施するのには、適していない。
【0011】
LEEM(Low-Energy Electron Microscopyの頭字語)は、通常、材料の表面、原子-表面相互作用、及び/又は薄膜の画像を取得するために使用される、表面分析を実施するための技術である。低エネルギー電子顕微鏡の一例が、
図1に示されている。LEEMでは、高エネルギー(15~20keV程度)の電子が、電子銃1によって放出され、次いで、電子光学系2の組(静電レンズ又は磁気レンズの組)を使用して集束され、磁気電子ビームスプリッタ3を通過する。「高速」と言われる電子は、スプリッタによって材料のサンプル9の方向に偏向され、対物レンズ4を通過し、サンプル9の表面付近で低エネルギー(1~20eV程度)に減速する、というのも、サンプルは、電子銃1の電位V
1に近い電位V
9に保たれているからである。これらの低エネルギー電子は、表面特性を調査するために使用することができる。前述のサンプルの表面からのサンプリング深さは、入射電子のエネルギーを調整することにより、変更されることがある。前述の深さは、サンプルの仕事関数(即ち、電子を原子のフェルミ準位から原子の外側の無限距離にある地点まで引っ張るのに必要とされる、eV単位で測定される最小エネルギー)と、電子銃の仕事関数との差に、数eV程度の開始電圧と呼ばれる値を加えたものによって規定され、開始電圧は、サンプルの表面電位に対する電子の運動エネルギーを概ね規定し、開始電圧を調節して、電子に所望の運動エネルギーを付与することができる。弾力的に後方散乱された低エネルギー電子は、対物レンズ4を通って戻り、再び電子銃電圧まで加速され、再び電子ビームスプリッタ3を通過し、電子検出器6上に可視画像を生成する投影光学系5(静電レンズ又は磁気レンズの組)を通って、導かれる。これにより、とりわけ、リアルタイムで、材料の動的表面加工、例えば、相転移、吸着、反応、分離、薄層の成長、エッチング、応力解放、昇華、磁気微細構造などを観察することが可能になる。
【0012】
従って、LEEMにより、局所的な仕事関数並びに表面の結晶化度及び化学的性質の特徴を、15nm程度の空間分解能で決定することが可能になる。しかしながら、電子エネルギー損失を介した表面振動状態の空間マッピングは、LEEMでは不可能である、というのも、電子供給源のエネルギー分散は通常250meVであり、これは、エネルギー損失スペクトルの分解を可能にするにはあまりに高すぎるからである。
【0013】
HREELS(High-Resolution Electron Energy-Loss Spectroscopyの頭字語)は、単色の電子ビームであって、その数eVのエネルギーは数meV以内と定義される単色の電子ビームによって表面が照射されたときに、表面によって散乱される電子のエネルギー及び方向を分析すること、からなる分析を実施するための技術である。HREELSの一例が、
図2に示されている。分析対象の材料のサンプル9は、電子銃1及び第1のモノクロメータ7aによって生成された単色の電子ビームにさらされる。電子は、ビームにさらされたサンプル9の表面によって散乱される。散乱は、主に、電子のクーロンポテンシャルとサンプルの表面の双極子場との相互作用に起因する。エネルギー損失及び表面と平行なそれらの波動ベクトル分散の測定により、例えば、以下の、大部分のエネルギー励起をプローブすることが可能になる。
-表面フォノン、
-隔離された原子又は分子の振動モード、
-表面及び界面プラズモン、
-特に、バンドギャップ内の状態に起因する、低エネルギー電子励起。
【0014】
エネルギー損失は、電子検出器8であって、第2のモノクロメータ7bの出口に配置され、電子のエネルギー損失について、10meV以下の又は更には最高の条件下では1meV以下のエネルギー分散で、高スペクトル分解能の分光測定を実行できる、電子検出器8によって、測定される。
【0015】
しかしながら、モノクロメータの使用は、電子ビームの減速及びそれに伴う角度発散の増加を含意し、これにより、透過関数が低下し、収差が実質的に増加する。従って、電子ビームは発散し、サンプルの1mm2上に入射する。単色ビームのサイズは、3桁の強度損失を含意し、顕微鏡観察を妨げ、また角度発散から生じる収差は、結像を妨げる。従って、高い分解能のエネルギー損失分光測定では、ナノスケールの分解能での空間撮像は実現できない。
【0016】
従って、従来技術では、ナノスケールの分解能と高いスペクトル分解能とを組み合わせた空間撮像ができない。
【0017】
米国特許出願公開第2008/173829号明細書は、特に低エネルギー電子顕微鏡観察で使用することを意図した電子供給源について開示しており、この電子供給源は、パルスレーザーを使用してリュードベリ原子において干渉性の波束を生成し、次いでこれらの波束は、レーザーと同期したパルス電場により電界効果を介してイオン化される。この供給源は、レーザーパルス毎に平均して1つの電子を生成し、従って、非常に低電流、1ピコアンペア(pA)未満である。
【0018】
米国特許出願第4,414,509号明細書は、パルスレーザーによって生成されたリュードベリ原子の電界効果イオン化に基づく電子供給源を備えた低エネルギー磁気計について開示している。
【0019】
E.Moufarejらによる論文「Forced field ionization of Rydberg states for the production of monochromatic beams」、Phys.Rev.A、95、043409(2017)では、連続電場内でのリュードベリ原子の電界効果イオン化について研究している。この論文は、また、パルス電場の使用可能性についても言及しているが、それは、長寿命のリュードベリ状態のエネルギー測定の精度を改善する目的のみのためである。この主題について、この論文は、M.G.Littmanによる「Field-Ionization Processes in Excited Atoms」、Phys.Rev.Lett.、第41巻、n.2(1978)に言及している。
【0020】
M.Mankosらによる論文「Design for a high resolution electron energy loss microscope」、Ultramicroscopy207(2019)112848は、リュードベリ原子の電界効果イオン化に基づく連続電子供給源を使用することができる、幾つかのエネルギー損失顕微鏡構成について開示している。
【0021】
本発明の目的は、従来技術の前述した欠点を克服することである。
【0022】
より具体的には、本発明の目的は、単色の電子ビーム、即ち、エネルギー分散が10meV以下、好ましくは5meV以下である単色の電子ビームを、モノクロメータを使用することなく、生成できるようにする、新しい電子供給源を提供することである。従って、本発明の目的は、形成された電子ビームにおける電子のエネルギー分散を制御することである。
【0023】
また、本発明の目的は、そのような電子供給源を組み込んだ高分解能電子エネルギー損失顕微鏡(「HREELM」)などの、表面分析を実施するためのシステムを提供することであり、その電子供給源の電子は、低エネルギー(20eV以下)であり、材料の表面振動状態の分析の実施を可能にし、より正確には、ナノスケールの分解能での且つ高いスペクトル分解能での(10meV以下、好ましくは5meV以下のエネルギー分散での)空間撮像の実施を可能にする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】米国特許出願公開第2008/173829号明細書
【特許文献2】米国特許出願第4,414,509号明細書
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】E.Moufarej et al.“Forced field ionization of Rydberg states for the production of monochromatic beams”、Phys.Rev.A、95、043409(2017)
【非特許文献2】M.G.Littman“Field-Ionization Processes in Excited Atoms”、Phys.Rev.Lett.Vol.41、n.2(1978)
【非特許文献3】M.Mankos et al.“Design for a high resolution electron energy loss microscope”、Ultramicroscopy207(2019)112848
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0026】
これらの欠点を克服できるデバイスは、材料の表面分析を実施するためのシステムであり、
-単色の入射電子ビームを形成可能にする、パルス単色電子供給源と、
-後方散乱電子を形成するように、入射電子の全部又は一部を材料のサンプルの表面まで搬送し、後方散乱電子の全部又は一部を検出手段まで搬送するための手段であって、前述の搬送手段は、少なくとも1つの電子光学系、好ましくは複数の電子光学系を含む、搬送するための手段と、
-後方散乱電子の全部又は一部を検出するための手段と、を含むシステムにおいて、
パルス単色電子供給源は、
-原子の供給源と、
-前述の原子の少なくとも幾つかをリュードベリ状態まで励起することができるレーザー励起ゾーンを形成するように構成された、少なくとも1つの連続波レーザービームと、
-レーザー励起ゾーンの両側にパルス電場を生成するための手段であって、前述のパルス電場は、励起された原子の少なくとも幾つかをイオン化し、単色の電子ビームを形成するように構成された、生成するための手段と、を含むことを特徴とする、システム。
【0027】
電子ビームは低エミッタンスであることが好ましい。「エミッタンス」という用語は、電子のビームを指し、電子の位置及び位相空間における分散を示す。
【0028】
「単色」の電子ビーム(このタイプのビームは、「単一エネルギー」の電子ビームとも呼ばれる)により意味されるのは、電子のエネルギー分散が10meV以下である、好ましくは5meV以下である電子のビームである。
【0029】
単色ビームを得るためには、電子は、実質的に同じ電圧で生成されなければならない。ここで、本発明による供給源は、電圧が空間的に殆ど変化しないゾーンにおいて、殆ど瞬間的なイオン化を可能にする。従って、電子は、同じ電場環境で生成されるので、形成される電子ビームは単色性になる。
【0030】
「リュードベリ状態」により意味されるのは、イオン化が発生し得る励起原子状態であり、この状態は、主量子数nが非常に高い、通常20以上である、好ましくは50以上である1つ又は複数の電子を含む。
【0031】
パルス電場により意味されるのは、電場であって、その振幅が、ベース値からより高い又はより低い値へと(パルスの持続時間中に)急速に且つ過渡的に変化した後で、ベース値に急速に戻る、などの電場である。2つのパルス間の遅延は、繰り返し率と呼ばれる。パルスは、形状が矩形であることがあり、この場合、矩形の高さは振幅であり、幅はパルスの持続時間であり、2つの矩形間の距離は繰り返し率に相当する。パルスは、ガウス形状又は当業者に既知の別の形状などの、他の形状をしていてもよい。
【0032】
本発明によれば、単色電子供給源はパルス供給源であり、これは、レーザービームによりリュードベリ状態に予め励起された原子をイオン化するのに必要とされる電場強度のまわりで電場(パルス電場)を急速に変化させる(変化は、通常、1ナノ秒かそれより短い)ことにより、形成される。レーザー励起は、量子数nを伴うリュードベリ状態に原子を励起するように構成され、量子数nは、印加される必要がある電場強度が低く且つその急速な変化を達成可能であるほどに、十分に高い。
【0033】
電子ビームについて10meV以下のエネルギー分散を達成するために、平均して1秒当たり108~109個の間の電子を提供する必要があり、これは、10~100ピコアンペア(pA)の間の平均電流に相当する。これを上回ると、即ち、1秒当たりの電子数が増加する(例えば、1ナノアンペア(nA)など。これは、1秒当たり1010個以上の電子に相当する)場合、空間電荷効果によりスペクトル分解能が低下し、単色の電子ビームを得ることが困難になるか又は更には不可能になる。更に、これを下回ると、電子の数が、妥当な時間内に撮像を達成するのに不十分になる。
【0034】
1秒当たり108~109個の電子というこれらのスケールでは、飛行時間型の検出デバイスを使用して電子の分析を実施することが好ましい、というのも、このタイプの殆どのハイブリッドピクセル検出器の既知の検出限界は1ナノ秒(ns)であるからであり、検出限界は、更には、特定のハイブリッドピクセル検出器又はマルチアノード・マイクロチャネル・アレイ検出器では100~200ピコ秒(ps)に達することがあり、更には、他のDLD(Delay Line Detectorの頭字語)では更に小さくなることがある。
【0035】
飛行時間(ToF)型の検出デバイスは、(電子供給源から)電子が出発してから(検出器に)到着するまでの間の飛行時間を介して、電子のエネルギーを測定することを、思い起こされたい。上述した検出器のように、また発明を実施するための形態で言及する検出器のように、そのような検出デバイスは飛行管を備えており、この飛行管に電位差が印加されることがあり、この飛行管を介して電子が検出器に到達し、検出器は電子を「カウント」し電子の到着時間を測定する。
【0036】
連続的な電子供給源を用いると、供給源からの電子ビームが単色である場合であっても、電子がサンプルに衝突し、後方散乱された後では、単色のままではなくなる。後方散乱された電子のエネルギー分布を分析するためには、連続的なフローで順次に電子のエネルギーを走査することが必要である。従って、例えば、後方散乱電子の経路にモノクロメータを配置することなどにより、電子のエネルギー範囲(スペクトルバンド)を選択することが必要である。この狭い電子のスペクトルバンドの選択により、供給源によって生成された電子の大半を失うことになり、その損失は100倍にものぼることがある。従って、100pAの電子供給源を用いると、1秒あたり107個の電子(後方散乱されモノクロメータによって選択された)しか得られない。
【0037】
しかしながら、ナノスケールの空間撮像を可能にすることを目指すためには、本発明者らは、109個のより多くの電子が画像を形成するために必要であることを特定した。具体的には、500×500ピクセルの画像の場合、本発明者らは、十分に分解された損失スペクトルを達成するために、表面との相互作用中にエネルギーを失う(非弾性的に散乱する)ためには、1ピクセル当たり少なくとも100個の電子が必要である、と推定した。非弾性的に散乱された電子と弾性的に散乱された電子との間で1~10の倍率を、反射又は後方散乱された電子と入射電子との間で1~10の比率を見込むと、供給源は、約2.5×109(500×500×10×10×100)個の電子を生成する必要がある。
【0038】
従って、連続的な電子供給源を用いると、高い空間分解能での撮像を達成するためには少なくとも250秒間待つ必要が生じ、これは現実的ではなく、加えて、この画像取得時間中に、ノイズが、画像中に表示される結果を歪めることがある。
【0039】
逆に、100の倍率のこの損失を考慮に入れるため且つ撮像時間を短縮するために電子の数を増やすことが望ましい場合、電子供給源の平均電流を増加させなければならない。しかしながら、100pAを超えると、空間電荷効果によりスペクトル分解能が低下する。
【0040】
従って、本発明は、1つ又は複数のモノクロメータを不要にすることを可能にし、従って、電子の損失を制限し、また、妥当な時間内で(これは、数秒間から、10pA供給源の場合には、即ち1秒当たり108個の電子の場合には、数十秒間であることがある)高いスペクトル分解能及び空間分解能での撮像を達成することを可能にする。
【0041】
本発明によるシステムは、高いスペクトル分解能及び空間分解能での撮像を達成することを可能にする。
【0042】
更に、本発明は、表面分析を実施するための単一のシステムを用いて、顕微鏡分析と分光測定分析の両方を実施することを可能にし、これにより、分析対象の材料を様々なシステム間で移送すること、従って、測定の再現性が損なわれること、及び測定時間及び分析時間に悪影響が及ぶことを回避することが可能になる。従って、顕微鏡分析と分光測定分析の両方を実施することができる単一のシステムを提供することにより、有利にも、分析の信頼性が向上しながら、測定時間及び分析時間が短縮される。
【0043】
本発明の他の特徴及び利点が、添付の図を参照しながら、例として与えられる以下の非限定的な説明から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】従来技術による低エネルギー電子顕微鏡を示す。
【
図2】従来技術による高分解能エネルギー損失分光器を示す。
【
図4】本発明によるパルス単色電子供給源を組み込んだ電子エネルギー損失顕微鏡を示す。
【発明を実施するための形態】
【0045】
図1及び
図2については、「背景技術」に関する章で既に説明したので、ここでは再度説明しない。
【0046】
【0047】
パルス単色電子供給源(エネルギー分散が10meV以下、好ましくは5meV以下)は、単色の電子ビームを形成するように、リュードベリ状態への原子のビームのレーザー励起と、パルス電場による励起された原子のうちの少なくとも幾つかのイオン化と、に基づいている。
【0048】
図示されたパルス電子供給源10は、電圧V11が印加される第1の電極11、及び電圧V12が印加される第2の電極12を含む。「イオン化電場」と呼ばれる電場Fが、第1の電極と第2の電極との間に形成される。第1の電極と第2の電極の一方又は両方に印加される電圧はパルス化され、その結果、イオン化電場がパルス化される。
【0049】
2つの電極間の距離をDとすると、イオン化電場は次式によって与えられる。
【数1】
【0050】
第1の電極11にはパルス電圧が印加されることがあり、これは次いで慣習的に「イオン化電極」を形成し、第2の電極12には非パルス電圧が印加されることがあり、これは次いで慣習的に「引き出し電極」を形成する。
【0051】
或いは、第2の電極12にパルス電圧が印加されることがあり、これは次いでイオン化電極を形成し、第1の電極11に非パルス電圧が印加されることがあり、これは次いで引き出し電極を形成する。
【0052】
またその代わりに、パルス電圧が第1の電極及び第2の電極に印加されることがある。
【0053】
イオン化電場Fは、少なくとも1つのレーザービーム15によって形成された励起ゾーン15aの両側に印加される。原子のビーム16は、前述の励起ゾーンに向けられ、その結果、原子のうちの少なくとも幾つかは、イオン化されることなくリュードベリ状態まで励起される。選択されたリュードベリ状態は、イオン化限界に近い。原子のイオン化を可能にし、単色性でパルス化された電子ビーム100を形成することを可能にするのは、励起ゾーンの両側へのパルスイオン化電場Fの印加である。
【0054】
イオン化電場の振幅は、5~50V/cmの間に含まれることが好ましい。そのような振幅により、色収差を引き起こすことなく、電子を形成し抽出することが可能になる。
【0055】
パルスの持続時間は、100ps~1nsの間に含まれることが好ましい。
【0056】
パルス繰り返し率は、1MHz(1μs)~10MHz(0.1μs)の間に含まれることが好ましい。例えば、1μsの率と1nsの電子パルスとの間の1000の比率により、1eVのエネルギー範囲に渡って1meVのスペクトル分解能が可能になる。
【0057】
図示したパルス電子供給源は、複数の電極(ここでは、3つの電極13a、13b、及び13c)、例えば、集束電極13bであって、電子ビームの電圧が約3kVである場合に、この電圧よりも約1kV小さい電圧で動作することがある、集束電極13bと、共にグランド電位にある、2つの周囲電極13a及び13cと、から構成されるガンレンズ13も備える。電子ビームを集束させコリメートできるようにするのに加えて、ガンレンズは、パルス電子供給源を所望の分析システムと結合させることも可能にする。
【0058】
レーザービームは、連続波レーザー、例えばレーザーダイオード又は連続波Ti:Saレーザーから得られる。
【0059】
特に、連続波レーザーは、一般的に、パルスレーザーよりも安価であり、平均して、より多くの数の原子を共振した態様で励起することが可能である。
【0060】
レーザービームは、更に、幾つかのレーザーステージによって形成されることがある。
【0061】
最後のレーザーステージのレーザー出力は、300nm~2000nmの間に含まれる波長で100mW以上であることが好ましい。
【0062】
例として、第1のビーム、第2のビーム、及び第3のビーム(この場合には、最後のレーザーステージのビーム)のレーザー出力は、それぞれ、852nmで10μW、1470nmで100μW、及び780~830nmで1W程度である。第3のレーザーは、リュードベリ励起レーザーと呼ばれる。これは、増幅されたダイオードレーザー又はTiレーザーであり得る。その連続性及び波長は、高精度の光学ラムダメータ(lambdameter)を使用して監視されることがある。第1及び第2のレーザーは、ダイオードレーザーであり得る。
【0063】
レーザービームの平均直径は、レーザー励起場の均一性を確保するために、約10マイクロメートル程度以下である。
【0064】
ここで主量子数nによって定義されるリュードベリ状態は、50~100の間に含まれることが好ましい。
【0065】
レーザービームは、原子を、単一の量子数nによって特徴づけられる同一のリュードベリ状態に励起するように構成される(特に、レーザービームの放射波長の選択を通じて)ことが好ましい。これにより、より優れた原子励起効率を得ることが可能になり、1つ又は複数のレーザービームの1つ又は複数の波長は、1つ又は複数の目標原子遷移に正確に調節することができる。これにより、リュードベリ原子のイオン化によって得られる電子ビームの単色性を最大化することも可能になる。
【0066】
原子のビームは、例えば、エフュージョンセル161を使用して得られる。
【0067】
原子のコリメータ又は集束器(図示せず)が、エフュージョンセル161と第1の電極11との間に配置されることがある。
【0068】
エフュージョンセルの代わりに、アルカリ金属ディスペンサーなどの要素を使用してもよい。
【0069】
原子のフラックスは、1011at/s/mm2~1013at/s/mm2の間に含まれることが好ましい。
【0070】
例として、1012at/s/mm2に等しい原子のフラックスが、セシウムを用いて得られることがある。
【0071】
適切な原子は、例えば、セシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、クロミウム、エルビウム、銀、イッテルビウム、水銀、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンの原子である。
【0072】
電子供給源は、約10-6ミリバール未満にポンピングされたチャンバ(図示せず)内に閉じ込められることが好ましい。チャンバは、磁場が、そうしないと電子の経路上にもたらし得る影響を回避するか又は少なくとも制限するために、能動の又は受動の磁気シールド、例えばミューメタルシールドを備えることが好ましい。
【0073】
本発明によるパルス電子供給源には、HREELMにおける単色供給源以外の複数の用途があり得る。電子エネルギー損失顕微鏡における用途に加えて、以下でより詳細に説明するように、本発明によるパルス電子供給源は、非常に単色性の(エネルギー分散が10meV以下の)低エネルギー電子ビームを必要とする表面分析を実施するための他のシステムにおいて、又は、更には、機能付与を担う化学反応を最適化するための正確なエネルギーを有する電子を使用して、薄い分子層に機能付与するためのツールにおいて、使用されることがある。単色性の又は単一エネルギーの供給源は、電子-原子の又は電子-分子の衝突又は回折の研究においても使用されることがある。
【0074】
パルス単色電子供給源の特徴の例
上記では、10meVのスペクトル分解能及び15nmよりも高い横方向の空間分解能を実現するためには、平均して1秒当たり108~109個の電子を提供することが必要であり、これは、10~100ピコアンペア(pA)の間の平均電流に相当することと、1秒当たり108~109個の電子というこれらのスケールでは、電子の分析は、飛行時間(ToF)型の検出システムによって実施されるのが好ましい、というのも、このタイプのハイブリッドピクセル検出器の既知の検出限界は1ナノ秒(ns)であるからであり、マルチアノード・マイクロチャネル・アレイ検出器又はより高度なハイブリッドピクセル検出器では100~200ピコ秒(ps)にさえ達することがあるからであることと、を示した。そのような検出器の例を以下に示す。横方向の分解能は、サンプルの表面を基準にしていると理解されるべきであり、サンプルは分析対象の構造を含んでおり、その構造の最小のものは、15ナノメートル程度以下のサイズを有しており、サンプルのサイズはそれより大きい(サンプルは、直径又は幅が数ミリメートルである)。
【0075】
1nsという検出限界を考慮して、本発明者らは、イオン化電場は、1nsのパルス持続時間を有するべきであると推定した。言い換えると、イオン化電場Fのパルスは、1nsで原子をイオン化できる必要がある、即ち、10
9s
-1というイオン化率Γ、即ち、1秒当たりに放出される電子の数、を達成する必要がある。このように1ナノ秒で原子のイオン化状態を変更するには、原子のエネルギーEの変更が必要である。ビームの原子のエネルギーのこの変化分dEは、リュードベリ状態の有限の寿命に起因し、次式によって与えられる。
【数2】
但し、
【数3】
は換算プランク定数であり、約1.054×10
-34J.sに等しい。
【0076】
従って、イオン化電場Fは、原子をイオン化する電場であって、リュードベリ状態に向けた電場、の値のまわりでdFだけ素早く(1ns)変化しなければならない。
【数4】
但し、nは、主量子数である。上記の式によって与えられるFの値は、原子単位系である。
【0077】
リュードベリ状態nのエネルギー変化分dEとイオン化電場の変化分dFとの間の「一次シュタルク効果」と呼ばれる以下の関係も使用される。
【数5】
但し、kは、-(n-1)~(n-1)の間に含まれる整数である。この式も原子単位系を使用する(電場については5.14×10
11V/m、時間については2.4×10
-17s、エネルギーについては4.36×10
-18J)。言い換えると、電場は、リュードベリ原子が「不安定化」するためには少なくともdFの変化を受けなければならない。
【0078】
更に、レーザー励起ゾーンの典型的なサイズdzは、10μm程度である。
【0079】
しかしながら、電子のエネルギー分散Δe(即ち、最高で10meVの所望のスペクトル分解能)は、次式で与えられる。
Δe=F×dz=10meV (5)
【0080】
次いで、最大イオン化電場Fは、この式から、以下のように推定される。
【数6】
【0081】
リュードベリ状態の主量子数nの最小値は、関係式(2)から推定することができる。
【数7】
【0082】
イオン化電場における変化分dFは、kが最大で以下の通りであると仮定される場合、関係式(3)から推定することができる。
k=n-1 (8)
【0083】
【0084】
従って、0.3V/mに等しい値dFだけ電場Fを変更するには1nsで十分である。
【0085】
従って、Dが1mmに等しい場合には0.3mVという値だけ、又はDが4ミリメートルに等しい場合には1.2mVという値で、電圧V11を変更するには、1nsで十分である。
【0086】
上記で提示した計算は、非限定的であり、単純化されている。当業者であれば、準位交差などの他の効果が現れた場合、又は、所望のスペクトル分解能、パルス持続時間、若しくはレーザー励起ゾーンのサイズなどの基本的なパラメータが変更された場合、計算を適応させることができるであろう。特に、より正確な結果を得るために、異なる式が使用されることがある。
【0087】
図4は、本発明による高分解能電子エネルギー損失顕微鏡(HREELM)を示す。
【0088】
図示したエネルギー損失顕微鏡は、以下を含む。
-
図3に示したような、入射電子の単色性のパルス化されたビーム100を形成できる、パルス供給源10、
-後方散乱電子110を形成するように、入射電子の全部又は一部を材料のサンプル55の表面まで搬送し、後方散乱電子の全部又は一部を検出手段30まで搬送するための手段20であって、前述の搬送手段は、複数の電子光学系を含む、搬送するための手段20、
-後方散乱電子110の全部又は一部を検出するための手段30。
【0089】
図示した搬送手段は、複数の電子光学系を含み、これらの電子光学系は、通常、静電レンズ又は磁気レンズである。従って、本明細書では、レンズという用語は、静電レンズ又は磁気レンズを示す。
【0090】
搬送手段20は、電子ビームスプリッタ25を含み、前述のスプリッタは、入射電子をサンプル55の表面に向けて90°偏向させ、入射電子100から後方散乱電子110を分離し、前述の後方散乱電子を検出手段30に向けて偏向させることができる。
【0091】
スプリッタ25は、例えば、電子ビームを90°偏向させる磁気プリズムを含む。
【0092】
「照明光学系」と呼ばれる電子光学系の組は、入射電子を供給源10とスプリッタ25との間で、及びスプリッタ25とサンプル55の表面との間で運び、且つ、後方散乱電子をサンプル55の表面とスプリッタ25との間で運ぶ。
【0093】
照明光学系は、2つのアーム、供給源アーム21及び対物アーム22を備える。供給源アーム21は、入射電子を供給源10とスプリッタ25との間で運び、対物アーム22は、入射電子をスプリッタ25とサンプル55の表面との間で運び、後方散乱電子をサンプル55の表面とスプリッタ25との間で運ぶ(後方散乱電子を検出手段30まで送出することを目指して)。
【0094】
図示した供給源アーム21の光学系は、一連の4つのレンズを含み、これらのレンズは、入射電子の方向に(即ち、供給源からスプリッタに向けて)、以下の順序で、次々に配置されている。
-第1の視野レンズ211、
-第1の集光レンズ212、
-第2の視野レンズ213、
-第2の集光レンズ214。
【0095】
視野レンズは、電子供給源(本明細書では「供給源」とも呼ばれる)の画像を再現することを可能にする。集光レンズは、供給源のコリメーションを維持することを可能にする。
【0096】
供給源アームのこの光学系は、コリメートされた均一な電子ビームで、サンプル55の表面(これは、本明細書の残りの部分では、「平面」という用語によって示されることがある)を照射し、10×の光学ズームを得る、即ち、10~100μmの間で変化するサンプルのFoV(Field of Viewの頭字語)を得ることを可能にする。サンプルの平面でのビームの均一性は、その交差箇所において、均一な供給源のプロファイルを前述の平面にマッピングすることによって得られる。ビームのコリメーションは、供給源画像のガウスポイントを対物レンズの後焦点面(回折)上にマッピングすることにより得られ、サンプルにおいて小さな角度の発散をもたらす。
【0097】
100μmの視野の場合、単一の集光レンズで十分であり得るが、10μmの視野に対しては、2つの集光レンズが必要である。
【0098】
これらの条件は、動作モードに関わりなく満たされなければならない。動作モードは2つあり、画像モードでは、サンプルの表面が分析器上に結像され、回折モードでは、分析器上に結像されるのは、対物レンズの後焦点面におけるサンプルの表面の回折パターンである。どの平面が選択されようと、プリズムの色消し面上にまず結像される必要があり、この面は、プリズムの実質的に中心にある。さもなければ、プリズムによってビームに与えられる分散により、検出された画像内にエネルギー依存のシフトが持ち込まれることになり、ビームが分析器の中心から外方に押し出されてしまう。
【0099】
図示した対物アーム22の光学系は、一連の4つのレンズを含み、これらのレンズは、入射電子の方向に(即ち、スプリッタからサンプルに向けて)、以下の順序で、次々に配置されている。
-伝送レンズ221、
-回折レンズ222、
-第3の視野レンズ223、
-対物レンズ224。
【0100】
伝送レンズ221は、供給源(入射電子100)をスプリッタ25からサンプルの平面まで運び、後方散乱電子110のビームをスプリッタ25に戻すことを可能にする。
【0101】
回折レンズ222も、供給源(入射電子100)をスプリッタ25からサンプルの平面まで運び、後方散乱電子110のビームをスプリッタ25に戻すことを可能にするが、電子を遅らせるか又は加速させることがある。
【0102】
対物レンズ224及びサンプルの表面は、液浸レンズを形成する。液浸レンズは、電子を減速させ、サンプルを低エネルギー電子(0~100eV)のビームで照射するように構成される。これを行うために、サンプルに非常に負の電圧を印加して、入射電子を減速させ、その後、後方散乱電子を加速させる。これにより、サンプルの中間像を生成することが可能になる。
【0103】
画像モードでは、回折レンズ222は励起されない。第3の視野レンズ223は、回折パターンを、プリズム25のスリット面でもある伝送レンズ221の中心にマッピングし、伝送レンズは、第3の視野レンズの中心をプリズムの色消し面にマッピングする。
【0104】
回折モードでは、回折レンズ222は、プリズム25の主平面においてサンプルの画像と回折パターンとの間で切り替わるように、他のレンズと共に励起される。第3の視野レンズ223は、回折面を回折レンズの中心にマッピングし、これは、次いで伝送レンズ221によって、プリズムの色消し面上にマッピングされる。回折レンズは、第3の視野レンズにおけるサンプルの画像を、プリズムのスリットの平面と一致する、伝送レンズの中心上にマッピングする。
【0105】
従って、入射電子のビームは、照明光学系によってコリメートされ、材料55の表面における所望の到着エネルギーまで減速され、材料55の表面で散乱される。
【0106】
サンプルによって後方散乱された電子は、反対方向に加速され、ビームスプリッタ25まで運ばれる。ビームスプリッタは、検出のために、到来する電子のフラックスを、今回は検出手段30に向けて、meVのエネルギー分解能で、再び90°偏向させる。
【0107】
従来技術のLEEMでは、サンプルの実像が、分散性のビームスプリッタの色消し面に運ばれるが、スプリッタのスリット面には回折パターンが運ばれ、これは、一般的に数μm/eVのエネルギー分散を有し、本発明には適してない。本発明で図示したようなHREELMは、2つのモード間で切り替わることができる。画像モードでは、サンプルの実像が、ビームスプリッタの色消し面内に配置され、回折モードでは、サンプルの回折パターンが、やはりビームスプリッタの色消し面内に配置される。LEEMでは、照明光学系の供給源アーム用に2つのレンズで一般的に十分であり、対物アームには1つのレンズが必要とされる。本発明で図示したようなHREELMでは、照明光学系の供給源アームは、最大で10meVのエネルギー分散という要件を満たすために、2つの追加のレンズ(視野レンズ)を含み、照明光学系の対物アームは、(2つのモード間での)照明光学系の柔軟性を維持するために、3つの追加のレンズを必要とする。
【0108】
従って、電子光学系は、供給源の実像又は回折パターンを、スプリッタの色消し面に配置することができ、従って、従来技術のLEEMでの場合のように収差を追加することなく、顕微鏡が撮像モード又は回折モードで動作できるようにする。
【0109】
パルス供給源の電圧及び電子光学系の電圧は、例えば、10meVのスペクトル分解能を損なわないように、3kV~10kVの間であり、10-6の安定性を伴うことが好ましい。3kV未満の電圧は、一般的に避けられている、というのも、あまりに大きすぎる収差を発生させることがあるからである。10kVよりも大きな電圧は可能であるが、10-7の安定性を有する電力供給部を必要とし、そのような電力供給部ははるかに高価である。
【0110】
前述のM.Mankosらによる論文「Design for a high resolution electron energy loss microscope」、Ultramicroscopy207(2019)112848には、本発明を実施するのに適した電子光学系が詳細に記載されている。
【0111】
後方散乱電子は、分析され、サンプルの表面の画像化を可能にするために、検出手段30に送られる。
【0112】
少なくとも1つの画像化光学系23は、後方散乱電子110を検出手段30まで運ぶ。画像化光学系23は、検出手段30上に可視画像を生成するように、1つ又は複数の静電レンズ又は磁気レンズを含む。
【0113】
検出手段30は、電子の各パルスの期間中の電子のエネルギー損失の全スペクトルを記録することができるように、パルス電子供給源10の周波数と有利にも同期されている。
【0114】
図示した例では、検出手段は、電子飛行時間型検出器からなる。従って、検出手段は、例えば、電子飛行時間管31を含み、この管31を介して、電子は、電子を「カウント」する検出器32に到達する。検出器は、例えば、マルチピクセル検出器であり、これは、少なくとも500×500ピクセルの画像を記録することができる。従って、撮像デバイスは、検出器に組み込まれる。
【0115】
この検出器デバイスは、検出された運動エネルギーを走査してスペクトルを記録する帯域幅分析器に固有の損失を回避することを可能にする。
【0116】
スペクトル分解能は、管の両端の電位差及び管の長さによって定義され、所望の読み出し時間内に全ての電子をカウントすることを可能にし、供給源によって生成された一次電子に関する検出効率を最適化する。所望の読み出し時間は、通常、100ns(例えば、分解能が100psである検出器の場合)~1μs(例えば、分解能が1nsである検出器の場合)の間である。
【0117】
検出器の例として、ハイブリッドピクセル検出器であるTimepix4を使用してもよい。Timepix4については、特に、出版物「The design of the Timepix4 chip: a 230 kpixel and 4-side buttable chip with 200 ps on-pixel time bin resolution and 15-bits of TOT energy resolution X」に記載されている。これは、512×448ピクセル(1ピクセルの寸法は55×55μm2)、即ち6.94cm2の感知領域に対して、195ピコ秒に達することを可能にする。或いは、やはり前述の出版物に記載されているTimepix3は、256×256ピクセル、即ち1.98cm2の感知領域に対してせいぜい1.56ナノ秒にしか達することができないのであるが、これを使用してもよい。
【0118】
サンプリング部分は、参照符号50によって示されている。
【0119】
分析対象の材料のサンプル55は、ホルダー52上に置かれる。
【0120】
ホルダー52は、モリブデン、又は真空下で前述のホルダーのガス放出を制限することができる任意の他の材料から作製されることが好ましい。
【0121】
エネルギー損失顕微鏡は、精密ゴニオメータであって、5つの軸(x、y、z、及び2つのチルト)を有し、任意選択的に(サンプルの表面に対する法線のまわりに)方位角方向に回転できることがある、精密ゴニオメータを含むことがある。このゴニオメータは、サンプル保持システム51を受け取り、これを方向決めすることができる。
【0122】
エネルギー損失顕微鏡は、サンプルを加熱するための手段(図示せず)を含むことがあり、この手段は、サンプルを800℃もの高温まで加熱することができることが好ましい。
【0123】
エネルギー損失顕微鏡は、サンプルを液体窒素の温度まで、例えば低温液体の流れによって、冷却するための手段(図示せず)を含むことがある。
【0124】
説明した様々な実施形態は、互いに組み合わせることができる。
【0125】
更に、本発明は、上記で説明した実施形態に限定はされず、特許請求の範囲内に含まれる任意の実施形態に及ぶ。
【0126】
本発明によるエネルギー損失顕微鏡は、0~20eVの入射エネルギーを有する電子でサンプルをプローブすることにより、10meV、好ましくは5meVのエネルギー分解能と、通常は15~20nmのナノスケールの空間分解能とを伴って、振動損失をマッピングすることができる。
【0127】
本発明(表面分析を実施するための電子供給源及び/又はシステム)は、特に、以下に適用可能である。
-特に、高効率光起電システムでの電荷キャリアのエネルギー損失において決定的な役割を果たすことがある、表面振動状態の分析、
-半導体デバイスにおける、特にトランジスタチャネルにおける、電荷キャリアの移動度の測定、
-フォノンスペクトルにおける急激な変化による、ドメイン又は微細デバイスの表面上での超伝導性の出現の画像化、
-遷移金属の表面又は酸化物界面での2次元の電子システムでの長距離の電子-フォノン相互作用の画像化、
-微細スケールでの積分可能なフォノンのスペクトルの調整を介した、熱電性複合材料の最適化及び熱の封じ込めの最適化、
-表面の化学反応性を決定する振動状態のマッピング、
-電子照射による分子層の機能付与、及び照射の効果の化学的特性決定、など。
【国際調査報告】