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特表2023-523877個々のリュードベリ原子に基づく量子計算デバイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-08
(54)【発明の名称】個々のリュードベリ原子に基づく量子計算デバイス
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/20 20220101AFI20230601BHJP
   G02F 3/00 20060101ALI20230601BHJP
   G06E 3/00 20060101ALI20230601BHJP
【FI】
G06N10/20
G02F3/00 501
G06E3/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2022549645
(86)(22)【出願日】2021-02-12
(85)【翻訳文提出日】2022-10-12
(86)【国際出願番号】 EP2021053488
(87)【国際公開番号】W WO2021165155
(87)【国際公開日】2021-08-26
(31)【優先権主張番号】2001646
(32)【優先日】2020-02-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】311016455
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェ シアンティフィク
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(71)【出願人】
【識別番号】519183782
【氏名又は名称】アンスティテュ・ドプティーク・テオリク・エ・アプリケ
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT D’OPTIQUE THEORIQUE ET APPLIQUEE
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ラエ,ティエリー
(72)【発明者】
【氏名】ブロウエズ,アントワーヌ
(72)【発明者】
【氏名】ノグレット,フロランス
(72)【発明者】
【氏名】バレード,ダニエル
(72)【発明者】
【氏名】シミック,カイ-ニクラス
【テーマコード(参考)】
2K102
【Fターム(参考)】
2K102AA30
2K102BA31
2K102BB10
2K102BC07
2K102DC07
2K102EB02
2K102EB10
2K102EB20
2K102EB30
(57)【要約】
●超高真空室(EV)内に光ピンセットの3次元アレイ(M3P)を生成するように構成された原子トラップユニット;
●光ピンセットの3次元アレイを含む空間の方向へ向けられた原子(JA)のビームを生成するための原子源(SAT);
●原子を冷却するための光磁気システム(SM)であって、3次元アレイを含む空間内にグレイモラシスを生成するように構成された、システム;

●3次元アレイの光ピンセット内にトラップされた原子へ量子論理ゲートを適用するためのシステム(SPQ);及び
●超高真空室内に極低温を確立するための極低温保持装置、を含む量子計算デバイスであって;
原子トラップユニットは、互いに面して配置された2つのレンズ保持バレル(B1、B2)を含み、各バレルは、外気温度から前記極低温への推移中の前記バレルと前記レンズとの間の熱収縮の差を補償するのに十分なクリアランスでもって、前記非球面レンズのうちの1つを保持する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
●トラップ用光ビーム(FP)を生成するために好適な第1のレーザ源(SL1)、前記トラップ用光ビームを変調するように構成された空間光変調器(SLM)、前記空間光変調器により変調された前記トラップ用光ビームを集束するように構成された第1の非球面レンズ(LA1)、及び所与の光軸に沿って前記第1の非球面レンズに面して置かれた第2の非球面レンズ(LA2)を含む原子トラップユニットであって、前記レンズは前記第1の非球面レンズにより集束された前記トラップ用光ビームを平行にするのに好適であり、前記空間光変調器は、前記第1の非球面レンズと相互作用して前記第1及び第2の非球面レンズ間の空間内で光ピンセットの3次元アレイ(M3P)を生成するように構成され、前記光ピンセットのそれぞれは最大1つの原子をトラップすることができる、原子トラップユニット;
●光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間の方へ向けられる原子のビーム(JA)を生成するように構成された原子源(SAT);
●前記光ピンセットによりトラップされることができる原子の雲を光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間内に生成するように構成された前記原子のビームを冷却するための光磁気システム(SM);
●光ピンセットの前記3次元アレイの前記光ピンセット内にトラップされた原子に対して量子論理ゲートを適用するためのシステム(SPQ);
●前記2つの前記レンズ間の前記空間だけでなく少なくとも前記第1及び第2の非球面レンズを含む超高真空室(EV);及び
●前記極低温を超高真空室内に確立するための極低温保持装置、
を含む量子計算デバイスであって;
●前記ビームの前記原子を冷却するための前記光磁気システムはグレイモラシスタイプであるということと;
●前記原子トラップユニットは互いに面して配置された2つのレンズ保持バレル(B1,B2)を含み、各バレルは、前記バレルの長手軸(レンズの光軸に一致する)に対し垂直な面内に或るクリアランスを有する前記非球面レンズのうちの一つを保持し、前記クリアランスは外気温度から前記極低温への推移中の前記バレルと前記レンズとの間の熱収縮の差を補償するのに十分であることとを特徴とする量子計算デバイス。
【請求項2】
前記レンズ保持バレルのそれぞれは、一端にストップ(BF)を有し、そして前記長手軸に沿って配向された力を前記非球面レンズに対し働かせて前記レンズを前記ストップに押しつけるのに好適なばね(RC)を含む、請求項1に記載のデバイス。
【請求項3】
前記非球面レンズのそれぞれは、前記トラップ用ビームの波長において透明である導電性被覆(RCT)をその面に有し、前記被膜は100ナノメートル未満の厚さを有する、請求項1乃至2のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項4】
前記3次元アレイの前記光ピンセットによりトラップされた原子の画像を取得するために前記第2の非球面レンズと相互作用するカメラ(CAMP)も含む請求項1乃至3のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項5】
光ピンセットの前記3次元アレイの面のうちの1つの面内に可動光ピンセットを生成し移動させるように構成された組立ユニット(UA)をさらに含む請求項1乃至4のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項6】
前記組立ユニットは:
●組立用光ビームを生成するように構成された第2のレーザ源(SL2);
●光ピンセットを形成するように前記組立用光ビームを集束するように構成された可変焦点長を有する第1の変形可能レンズ(LD1)であって、前記光ピンセットの位置は光ピンセットの前記3次元アレイの面を選択するように軸方向に変更され得る、第1の変形可能レンズ;及び
●前記選択された光ピンセット面内で前記可動光ピンセットを前記組立用光ビームの前記軸に対し垂直な2方向に沿って移動させるように構成された2つの音響光学偏向器(DAO1,DAO2)、を含む、請求項5に記載のデバイス。
【請求項7】
前記超高真空室の内部に:
●その強さ及び方向が光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間内で調整され得る静電界を生成するように構成された一組の電極(EL);及び、
●その強さ及び方向が光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間内で調整され得る静磁場を生成するように構成された一組のコイル(BS)をさらに含む請求項1乃至6のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項8】
前記組の電極及び前記組のコイルは、光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間と前記極低温保持装置の冷却面(PF)との間に配置され、そして入口を少なくとも1つのレーザビームの前記空間へ提供する、請求項7に記載のデバイスであって、前記レーザビームを前記入口を介し方向付けるための前記超高真空室内に位置する操舵ミラー(MR1)も含むデバイス。
【請求項9】
量子論理ゲートを適用するための前記システムは少なくとも:
a.光ピンセットの前記3次元アレイ内にトラップされた原子を移動させるために光を印可するのに好適なアドレス指定光ビーム(FLA)を生成するように構成された少なくとも1つの第3のレーザ源(SL3)、
b.前記アドレス指定光ビームを光ピンセットの前記3次元アレイ内に集束するように構成された可変焦点長を有する第2の変形可能レンズ(LD2)、及び、
c.前記アドレス指定光ビームの伝搬の前記方向を空間的に制御するように構成された2つの音響光学偏向器(DOA3,DOA4)であって、前記アドレス指定ビームを前記アレイの1つの光ピンセット上に集束させるために前記第2の変形可能なレンズと相互作用する2つの音響光学偏向器を、含む、請求項1乃至8のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項10】
前記光磁気冷却システムは、光レーザ冷却ビームを生成するように構成された第4のレーザ源(SL4)及び前記光冷却ビームを原子の前記ビームとは反対の伝搬方向に向けるための前記超高真空室内に位置する操舵ミラー(MR2)を含む、請求項1乃至9のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項11】
光ピンセットの前記3次元アレイは少なくとも16×16光ピンセットの少なくとも5つの面を含む、請求項1乃至10のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項12】
前記極低温保持装置は4K極低温保持装置である、請求項1乃至11のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項13】
前記原子源はルビジウム原子の源である、請求項1乃至12のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項14】
前記リュードベリ原子タイプの少なくとも500、好適には少なくとも1000の量子ビットの組に対し量子計算を行うための請求項1乃至13のいずれか一項に記載のデバイスの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は量子プロセッサに関し、特に、個々のリュードベリ(Rydberg)原子に基づく量子計算デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
量子計算では、情報の最小要素は、量子物理学の規則に従う物体であって通常は|0>、|1>で表される2つの基礎状態を保有する物体により具現化される量子ビット(又はqubit)である。情報の最小要素が0又は1のいずれかに等しい従来のビットである従来計算とは違って、量子ビットは基礎状態のコヒーレント重ね合わせ(coherent superposition)を介し無限数の可能な値を取ることができる。したがって、論理演算を量子ビットへ適用することは論理演算を状態|0>及び状態|1>へ同時に適用することになり、一方、従来計算では、2つの可能な値を処理するために論理演算をビット0へそして次にビット1へ逐次的に適用することになる。情報の処理におけるこの並列性の利点は、情報の量が増加すると増加する。一例として、10個の量子ビットを操作することは、210=1024個の可能な値を一括して操作することになる。さらに、量子計算は、N個のもつれ量子ビットがリンク系を形成するもつれ効果に基づいており、そして各もつれは、量子状態同士を分離する距離に関係なく他の量子状態に依存する量子状態を有する。したがって、1つの量子ビットの状態を修正することで他の量子ビットの状態を瞬間的に修正する。もつれは特に、他の量子ビットを修正することにより量子ビットが所与の状態へ投影されることを可能にする。計算能力の観点での量子計算の可能性はそれにもかかわらず、量子重ね合わせの損失、したがって計算能力の損失を生じるデコヒーレンス(decoherence)の影響により制限される。デコヒーレンスは主として、環境と、環境が生成する機械的、電気的等々の外乱とにより引き起こされる。デコヒーレンスは冗長性に基づく誤り訂正符号を介し補正され得る。一例として、約10,000個の物理的量子ビットが1論理量子ビットを形成するために必要とされる。
【0003】
著しい数の論理量子ビットを操作することができる量子コンピュータの生産は遥か彼方の目的のままであるが、少数(一般的には100未満)の物理的量子ビットを取り込むプロセッサが提案されており、そして市販されている。このようなプロセッサは、NISQプロセッサ(NISQはnoisy intermediate-scale quantumを表わす)と通常呼ばれ、そして通常、従来コンピュータの能力を越えるいくつかのタスクを行うことができる(例えば[Preskill 2018]を参照)。NISQプロセッサは特に組み合わせ最適化問題に好適である。計算能力の観点でのNISQプロセッサの性能は採用される量子ビットの数に直接関係する。NISQプロセッサは採用される量子ビットのタイプ(超伝導量子ビット、トラップイオン、光子、電子スピン、個々のリュードベリ原子など)に依存して分類され得る。
【0004】
個々のリュードベリ原子に基づく量子プロセッサの技術は、実用化し易いNISQプロセッサの生産の有望な候補である。この技術は、それぞれがせいぜい1つの電気的中性且つ既に冷却された原子を環境外乱に大きく依存する期間の間トラップすることができる光ピンセットのアレイを採用する。量子ビットは、静磁場内に浸漬された各トラップされた原子の2つのゼーマン副準位でコード化される。ラーマン(Raman)パルスが、ゲートを量子ビットへ適用する(すなわち単一量子ビットの状態を操作する)ために使用される。2つの原子間の相互作用を必要とする2量子ビットゲートを適用するために、2つの原子はリュードベリレベルへ励起される。具体的には、リュードベリ原子は、高い双極子モーメントの電気双極子を有し、そしてこれは、数十マイクロメートルの距離にわたってすら強いファンデルワールス相互作用を可能にする。リュードベリ原子による量子計算への一般的入門は[Saffman 2010]により提供される。
【0005】
個々のリュードベリ原子に基づく最新技術NISQプロセッサは、限定数(50未満)のリュードベリ原子(したがって量子ビット)を採用する。採用されるアーキテクチャを使用することにより計算能力の増え続ける必要性を満たすために量子ビットの数を1000のスケールまで増加することはいくつかの問題を呈示する。具体的には、従来のアーキテクチャは、光磁気トラップ機構を介し個々の原子により装填される光ピンセットの2次元(2D)アレイであって1マイクロメートル未満のサイズの点へレーザビームを集束することができる非球面レンズを使用することにより形成される光ピンセットの2次元(2D)アレイを採用する。このようなトラップ機構の充填率の観点での性能は50%程度であり、これは「例えば45×45サイズのアレイ内に分散された2000個の光ピンセットが、1000個の量子ビットを取得するために必要とされる」ということを意味する。組立プロセスは、(i)アレイの要素の原子により装填をトリガすること、(ii)原子を実際にトラップした光ピンセットを定位すること、及び(iii)1000個の原子の規則的アレイを形成するために、トラップされた原子を移動すること、とが連続することにその本質がある。5マイクロメートルの間隔が2つの隣接トラップ間で必要とされるということを所与に、サイズが45×45光ピンセットである正方形アレイが、片側200マイクロメートルより大きい正方形エリアに対応する。例えば0.5に等しい開口数(NA)及び10ミリメートルの焦点長により特徴付けられた典型的非球面レンズは、幾何学的収差(すなわち特にコマなどの収差)無しに片側200マイクロメートルのエリアをカバーすることができなく、したがって数マイクロメートルの点の形成に至る。さらに、光ピンセットを生成するために必要とされる光出力は5mW程度のものであり、これは10W程度の全レーザビーム出力に対応する。これは、特に量子プロセッサの性能に影響を与える熱問題に至る。
【0006】
さらに、原子のアレイを組み立てるのにかかる時間は、組み立てられる原子の数と共に線型に増加し、原子当たりにかかる平均時間は1ミリ秒である。個々のリュードベリ原子に基づく従来のNISQプロセッサアーキテクチャは、10-12mbar程度の残留ガス圧力下の超高真空において動作する。このような真空では、原子のアレイの寿命は、残留ガスの原子との衝突の結果として制限され、そして10/N秒の時定数を有する低下指数法則に従って変化する。したがって、Nが約100を越えると、組立時間はこの構成の寿命を越え、組立を不可能にする。
【0007】
参考文献[Leseleuc de Kerouara 2018]及び[Barredo 2018]は、トラップされた原子の3次元アレイを形成する能力と、リュードベリ状態により量子シミュレーションを行うために、トラップされた原子を使用する能力とを開示する。トラップされた原子の数は100に達し得る。
【0008】
[Leseleuc de Kerouara 2018]はさらに、トラップされた原子を極低温環境内に置くことにより、より大きなサイズのトラップされた原子のアレイを形成する可能性を企図する。しかし、極低温リュードベリ原子量子プロセッサの実際の実装形態に関する技術的詳細は記載されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】[Preskill 2018]
【非特許文献2】[Saffman 2010]
【非特許文献3】[Leseleuc de Kerouara 2018]
【非特許文献4】[Barredo 2018]
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0010】
したがって、多くの物理的量子ビット(通常は1000量子ビットの規模)により動作することができる個々のリュードベリ原子を採用する改善されたNISQプロセッサアーキテクチャの必要性がある。
【0011】
本発明によると、この目的は、グレイモラシス(gray molasses)(単純な光磁気トラップの代わりに)により装填される光ピンセットの3次元アレイと極低温環境(通常は4K)との併用のおかげで達成される。極低温環境の使用はかなりの技術的困難を呈示するが、これは特定光学機械セットアップを使用することにより克服される。有利には、さらに、光偏向器により操作される機敏なレーザビームが、トラップされた原子のラーマン操作、アドレス指定、及びリュードベリ励起のために使用される。特に、この技術は大きな寸法のアレイに対して特に容易にスケーラブルであるということが分かった。
【0012】
したがって本発明の1つの主題は量子計算デバイスであり:量子計算デバイスは;
●トラップ用光ビームを生成するために好適な第1のレーザ源、前記トラップ用光ビームを変調するように構成された空間光変調器、空間光変調器により変調されたトラップ用光ビームを集束するように構成された第1の非球面レンズ、及び所与の光軸に沿って第1の非球面レンズに面して置かれた第2の非球面レンズを含む原子トラップユニットであって、前記レンズは第1の非球面レンズにより集束されたトラップ用光ビームを平行にするのに好適であり、空間光変調器は、第1の非球面レンズと相互作用して第1及び第2の非球面レンズ間の空間内で光ピンセットの3次元アレイを生成するように構成され、光ピンセットのそれぞれは最大1つの原子をトラップすることができる、原子トラップユニット;
●光ピンセットの3次元アレイを含む空間の方へ向けられる原子のビームを生成するように構成された原子源;
●前記光ピンセットによりトラップされることができる原子の雲を光ピンセットの3次元アレイを含む空間内に生成するように構成された原子のビームを冷却するための光磁気システム;
●光ピンセットの3次元アレイの光ピンセット内にトラップされた原子に対して量子論理ゲートを適用するためのシステム;及び
●2つの前記レンズ間の空間だけでなく少なくとも第1及び第2の非球面レンズを含む超高真空室;

●極低温を超高真空室内に確立するための極低温保持装置、を含み、
●原子のビームを冷却するための光磁気システムはグレイモラシスタイプであるということと;
●前記原子トラップユニットは互いに面して配置された2つのレンズ保持バレルを含み、各レンズ保持バレルは、レンズ保持バレルの長手軸(レンズの光軸に一致する)に対し垂直な面内に或るクリアランスを有する前記非球面レンズのうちの1つを保持し、前記クリアランスは外気温度から前記極低温への推移中のバレル及びレンズ間の熱収縮の差を補償するのに十分であるということとを特徴とする。
【0013】
このようなデバイスの特定実施形態によると:
レンズ保持バレルのそれぞれは、一端にストップを有し得、そして前記長手軸に沿って配向された力を非球面レンズに対し働かせてレンズをストップに押しつけるのに好適なばねを含み得る。
【0014】
非球面レンズのそれぞれは、前記トラップ用ビームの波長において透明である導電性被覆をその面に有し得、前記被膜は100ナノメートル未満の厚さを有する。
【0015】
本デバイスはまた、3次元アレイの光ピンセットによりトラップされた原子の画像を取得するために第2の非球面レンズと相互作用するカメラを含み得る。
【0016】
本デバイスはさらに、光ピンセットの前記3次元アレイの面のうちの1つの面内に可動光ピンセットを生成し移動させるように構成された組立ユニットを含み得る。
【0017】
より具体的には、組立ユニットは以下のものを含み得る:
●組立用光ビームを生成するように構成された第2のレーザ源;
●光ピンセットを形成するように組立用光ビームを集束するように構成された可変焦点長を有する第1の変形可能レンズであって、光ピンセットの位置は光ピンセットの前記3次元アレイの面を選択するように軸方向に変更され得る、第1の変形可能レンズ;及び
●選択された光ピンセット面内で前記可動光ピンセットを組立用光ビームの軸に対し垂直な2方向に沿って移動させるように構成された2つの音響光学偏向器。
【0018】
本デバイスはさらに、超高真空室の内部に以下のものを含み得る:
●その強さ及び方向が光ピンセットの3次元アレイを含む空間内で調整され得る静電界を生成するように構成された一組の電極;及び、
●その強さ及び方向が光ピンセットの3次元アレイを含む空間内で調整され得る静磁場を生成するように構成された一組のコイル。
【0019】
具体的には、前記組の電極及び前記組のコイルは、光ピンセットの3次元アレイを含む空間と極低温保持装置の冷却面との間に配置され、そして入口を少なくとも1つのレーザビームの前記空間へ提供し得、前記デバイスはまた、前記レーザビームを前記入口を介し方向付けるための操舵ミラー(超高真空室内に位置する)を含む。
【0020】
量子論理ゲートを適用するためのシステムは少なくとも以下のものを含み得る:
a.光ピンセットの3次元アレイ内にトラップされた原子を移動させるために光を印可するのに好適なアドレス指定光ビームを生成するように構成された第3のレーザ源、
b.前記アドレス指定光ビームを光ピンセットの前記3次元アレイ内に集束するように構成された可変焦点長を有する第2の変形可能レンズ、及び、
c.アドレス指定光ビームの伝搬の方向を空間的に制御するように構成された2つの音響光学偏向器であって、前記アドレス指定ビームを前記アレイの1つの光ピンセット上に集束させるために前記第2の変形可能レンズと相互作用する2つの音響光学偏向器。
【0021】
光磁気冷却システムは、光レーザ冷却ビームを生成するように構成された第4のレーザ源及び前記光冷却ビームを原子のビームとは反対の伝搬方向に向けるための操舵ミラー(超高真空室内に位置する)を含み得る。
【0022】
光ピンセットの前記3次元アレイは少なくとも16×16光ピンセットの少なくとも5つの面を含むことが好ましい。
【0023】
前記極低温保持装置は特には4K極低温保持装置であり得る。
【0024】
前記原子源は特にはルビジウム原子の源であり得る。
【0025】
本発明の別の主題は、リュードベリ原子タイプの少なくとも500(好適には少なくとも1000)量子ビットの組に対し量子計算を行うためのこのようなデバイスの使用である。
【0026】
以下では、「極低温」により意味するものは150K未満(好適には4K未満)の温度であり、「超高真空」により意味するものは、10-12mbar未満(好適には10-14mbar以下)の残留圧力により特徴付けられる真空である。
【0027】
添付図面は本発明を示す。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】グレイモラシスにより装填される光ピンセットの3次元アレイの再配置の原理を示す。
図2】極低温環境を使用することの利点を示す。
図3】本発明の一実施形態によるレンズ保持バレルの断面図(左側部)及び分解図(右側部)である。
図4図3のレンズ保持バレルと4Kまでの冷却との適合性を示す。
図5】本発明の一実施形態によるレンズ保持アセンブリの透視図である。
図6】このレンズ保持アセンブリの第1の断面図である。
図7】このレンズ保持アセンブリの第2の断面図である。
図8】本発明の一実施形態による極低温室内に挿入されたレンズ保持アセンブリの断面図である。
図9】本発明の一実施形態によるデバイスの概略図である。
図10】量子ビットに対し操作を行うための本発明の一実施形態によるデバイスの使用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下のことは、1000程度の数の個々の原子を含むアレイの生産に対する第1の障害である。
【0030】
伝統的手法は、単純な光磁気トラップを介し装填された光ピンセットの2次元(2D)アレイを使用することにその本質がある。このような構成では、光ピンセットの平均充填率は物理的理由のために50%を越えることができない。したがって、N個の原子をトラップするために、ランダムに充填されることになる2N個の光ピンセットのアレイを有することが必要である。このとき、原子の再配置により、規則的アレイが取得されることを可能にする。
【0031】
具体的に、N=1000個の原子をトラップするために、少なくとも2000個(例えば45×45トラップ)のピンセットの正方形アレイがしたがって必要とされるだろう。しかし、2つの隣接トラップは約5マイクロメートルだけ分離されなければならないので、このアレイの長さ寸法は、200μmを越える:すなわち、光ピンセットの行列を生成するために一般的に使用されるタイプの非球面レンズの分野におけるものよりはるかに大きい。具体的には、幾何学的収差(なかでもコマ)は、回折制限光ピンセットが光軸からのこのような大きな距離において生成されることを妨げる。さらに、850nmにおける約5mWのレーザ出力が光ピンセット毎に必要とされるので、合計10Wの出力が原子上に照らされなければならない:これは、光ピンセットのアレイをホログラフィ的に生成するために非球面レンズと組み合わせて使用される空間光変調器(SLM:spatial light modulator)内の特に(しかしこれだけではないが)熱問題に至る。
【0032】
この二重問題は、光ピンセットの3次元アレイ([Leseleuc de Kerouara 2018]及び[Barredo 2018])と個々の原子を光ピンセット内へ装填するための技術(グレイモラシス装填と呼ばれる)(この技術は[Brown 2019]に記載される(2D行列の場合))との組み合わせ使用を介し本発明に従って解決される。
【0033】
従来の光磁気トラップを介するだけでなくグレイモラシスにもより光ピンセットを装填することにより光ピンセット当たり3mWだけのレーザ出力により80%を越える負荷率を取得することが可能であるというこが[Brown 2019]において実証されている。1000個の原子を取得するために、約1250個のトラップだけが必要とされ、これは10Wの代わりに3.8Wのレーザ出力を必要とする。したがって、上述の熱問題は極めて著しく低減される。
【0034】
しかし、1250個の2次元トラップのアレイは、非球面レンズの分野にとって大き過ぎる35×35トラップのグリッドを依然として表す。グレイモラシスの使用に完全に適合する[Leseleuc de Kerouara 2018]及び[Barredo 2018]において実証された3次元アレイなどの3次元アレイが使用されるのはこの理由のためである。
【0035】
図1の左側部は、原子により最大約80%装填された16×16光ピンセットの5つの面で形成された光ピンセットの3DアレイM3Pを示す(白円:空の光ピンセット;黒円:装填された光ピンセット)。したがって、このアレイは約1024個の原子と256個のランダムに配置された空の光ピンセットとを含む。再配置(図の右側部)は、原子の規則的且つコンパクトな3DアレイM3Aが取得されることを可能にする。
【0036】
トラップのすべては、レンズの焦点から40μm未満の距離(ピンセットの光学品質が回折限界に非常に近いままである値)にあるままである。
【0037】
しかし、解決されるべき主要問題が残されている。具体的には、原子を不規則アレイM3P内に再配置するために必要とされる時間は、原子の数に比例し、そして約1ms/原子(図2内の実線)に等しい。したがって、規則的アレイM3Aは形成するために約1秒を必要とする。
【0038】
しかし、10-12mbar程度の残留圧力を有する超高真空内で動作する従来技術システムでは、トラップ内の原子の寿命(残留ガス分子との衝突により制限される)は約10秒である。これは、N個の原子のアレイが衝突により影響されない確率は10/N秒の時定数により時間と共に指数関数的に低下する(図2内の灰色点線)ということを意味する。したがって、Nが約100を越えると、組立時間は構成の寿命を越え、そして組立作業は完全に無効になる。100~1000個の原子を得るために、組立時間は10の係数だけ増加し、そして超高真空品質が一定に維持されればアレイの寿命は10の係数だけ低減するので、真空品質を100の係数だけ改善し、そしてしたがって10-14mbar(黒色点線)程度の残留圧力まで下降することが必要である。
【0039】
10-14mbar以下のこのような超高真空レベルに到達するために、残留ガスのすべての構成種(特に、超高真空系内に常に存在する二水素)が冷水壁により効果的に極低温真空ポンピングされるということを保証するために、極低温(通常4K)環境において働くことが必要である。極低温環境の使用はしたがって本発明の別の態様である。
【0040】
極低温環境内の超高真空室EV内で働くことは、材料の選択及びデバイスの全体設計に制約を課す。
【0041】
材料の選択に関して、超高真空との適合性は、非常に低い脱気率を必要とするとともに材料(極低温学において通常広範に使用される高分子、接着剤などを除く)が200℃において焼成されることができることを必要とする。さらに、4K極低温環境の使用は、4Kにおいて満足なままである良好な熱伝導性(それらの熱化を保証するために)及び機械的性質を部品が有することを必要とする。
【0042】
本デバイスの全体設計に関し、主要な挑戦的課題は、「システムが非常に厳しい公差を満足する一方で500K(ベーキング中)から4K(極低温作業において)の温度を通らなければならなく、そしてしたがってかなりの熱膨張及び収縮を受けなければならない」という事実を提供することにその本質がある。
【0043】
リュードベリ原子量子プロセッサの「コア」は、2f構成で互いに面する2つの非球状集光レンズLA1、LA2からなる(図6を参照)。一方のレンズ(例えばLA1)は、光ピンセットのアレイM3Pを形成するために、極低温保持装置の外側に位置する光学的位相変調器SLMにより既に変調されたレーザビームを集束し;他方のレンズ(LA2)は、光が制御されたやり方で極低温保持装置から出ることを保証するようにしかし特には本デバイスの背後に置かれた補助カメラ上でトラップのアレイを撮像するようにこの光ビームが平行にされることを可能にするが、このことは組立デバイスの較正によって極めて重要である。前述の熱収縮にもかかわらず、2つのレンズの光軸のアラインメントは、通常は10マイクロメートル未満の許容範囲内で実現されなければならない。
【0044】
本発明の一実施形態によると、非球面レンズLA1、LA2は、良好な機械的性質及び熱伝導に関する良好な特性の両方を保証するために、例えば銅ベリリウム合金(CuBe)で作られたレンズ保持バレルB1内に取り付けられる。冷却すると、金属バレルは約0.3%だけ収縮するが、ガラスのレンズの収縮は通常は10倍小さい。レンズが室温で速く取り付けられれば、差分熱収縮は、冷却するとレンズの半径方向圧縮に至り、受容不能な幾何学的収差を生じるであろう応力及びしたがってレンズの変形を誘起することになるだろう。この理由のため、バレルの内径は室温ではレンズの内径より若干大きく、そして300Kから4Kへの熱収縮後にレンズがバレル内に完全に嵌るようにクリアランス(約0.05mm)が計算される。CuBeで作られた圧縮バネRCであって、バレルの雌ねじ内へネジ止めされたCuBeナットECにより圧縮され維持された圧縮バネRCが、レンズを圧迫してバレルの最下部においてストップBFへ押しつける。バレルを収容するように意図とされた穴が好適にはバレル保持ブロックのドリル加工の単一作業で形成され、こうして同軸性を保証する。
【0045】
レンズ間間隔は、構築により、4Kへの冷却中の熱収縮がこれを完全に補償するように計算された量だけ室温で2fより大きく;この調整は、バレルとレンズホルダーとの間のOFHC銅で作られたシム(CE)(その厚さは必要に応じて研磨することにより精緻化され得る)の存在により保証される。
【0046】
このセットアップが図3に示される。バレルB2を使用することによる同一セットアップが非球面レンズLA2のために使用される。
【0047】
リュードベリ状態は浮遊静電界に対し極めて敏感であり;リュードベリ状態を回避するために、原子に直接向くレンズの表面を導電性にそしてしたがって等電位にすることができることが重要である。これを行うために、トラップ用ビームの(通常は可視又は近赤外)波長において導電性であるが透明である材料で作られた被膜RCTがレンズへ塗布される。この被膜は例えばインジウムスズ酸化物(ITO)で作られる。しかし、ITO層は、数%程度であり得る残留光吸収を有する。約4Wのトラップレーザ出力に関して、これは、極低温保持装置へ印可される数十mWの熱負荷に至り、レンズの無視できない加熱に至るだろ。したがって、レンズは、良好な固定導電率を保証するために実現可能且つ十分である僅か50nmのITOの厚さでもって処理されることになる。
【0048】
図4は非球面レンズ上で行われた冷却試験の結果を示す。図の上部における画像は、一対のレンズを交差偏光子と分析器との間に置くことにより取得された:すなわち、応力無しに、黒色交差が観測されるべきであり、そして、特に、視界の中心は黒色であるべきである。これは、300K(左側)、150K(中央)、及び4K(右側)の場合である。画像の定量分析は、4kにおいてコントラストは300kにおけるものと同程度に高かったということを示す。冷却中、コントラストの非常に僅かな一時的低下が観測された。この低下は、「熱伝導率が低いレンズは、CuBeバレル(熱の良導体)ほど速く冷却しなく、したがって(可逆的な)機械的応力をレンズに一時的に及ぼす」という事実による。最下部画像はCCDカメラ上で撮像されたトラップ面内のビームを示し;いずれの場合も、点は1.1μmより小さい1/e半径と低収差とを有する:すなわち、個々の原子をトラップするのに十分に良い。
【0049】
原子の操作は、様々な電磁場(静電界、静磁界、マイクロ波場)のパルスを実験シーケンス中に印加する能力を必要とする。真空室の壁及び動作すべき極低温保持装置に必要な50K及び4Kにおける2つの熱シールド(図8内の参照子ET50とET4)の壁の存在が様々な電磁場を反応室外側から印加することを排除するが、これは、いかなる印加されるマイクロ波場もスクリーニングされるだろうためである。
【0050】
したがって、本発明の一実施形態によると、2つのバレルB1、B2は、レンズ保持アセンブリEPL内に一体化され、レンズ保持アセンブリEPLはまた、任意の方向の一様な電界が生成されることを可能にする少なくとも8つの電極ELを備え(そうでなければリュードベリ状態を擾乱するだろう任意の浮遊電界を補償することができるために);一様であっても勾配を有してもよく且つ任意の方向である数十ガウスの静磁界が生成されることを可能にする少なくとも3対のコイルBSを備え(ジュール熱に起因する過剰熱負荷を極低温保持装置へ印加することを回避するように、コイルは好適には銅マトリックス中にNbTi超電導線で作られる);そして対で直交する少なくとも3つのマイクロ波アンテナAMOを備え、原子におけるその偏極が3つの成分の相対的位相の調整を介し制御可能である約10GHzで振動する場が印可されることを可能にする。本発明の1つの単純化実施形態では、マイクロ波アンテナは存在しなくてもよいが;これは、実装され得る量子計算プロトコルの選択を制限する。
【0051】
レンズ保持アセンブリはまた、「原子が冷却され、トラップされ、アドレス指定され、励起され、そして観測される(図8及び図9を参照)ことを可能にするために光アクセスがいくつかの方向で可能である」ということを保証しなければならない。図5図6及び図7は本発明の一実施形態によるレンズ保持アセンブリを詳細に示す。
【0052】
図5図9の実施形態では、レンズ保持アセンブリは2つの操舵ミラーMR1、MR2を含む。
【0053】
ミラーMR1は、すべて水平方向に極低温室へ送出される組立用レーザビームFLA、冷却用レーザビームFLM(光磁気トラップ及びグレイモラシスの両方を形成する)、ラーマン励起ビームFRA、及びリュードベリ励起ビームFRYが垂直方向下方へ向けられることを可能にする。これらのビームは、極低温保持装置(図8を参照)の冷却面PFの存在のために上から超高真空室EVに入ることができない。また、ミラーMR1は、極低温環境の使用に関係するバルクに関連する問題を解決する。
【0054】
ミラーMR2は、光ピンセットのアレイに原子を供給する原子源(通常はルビジウム原子の源)により生成される原子ジェットJAとは反対の方向に伝搬するゼーマン冷却用レーザビームFLRが90°だけ偏位されることを可能にする。ゼーマン冷却用レーザビームは通常、原子ビームに面して配置されたポート孔(porthole)を通過する。室温で動作するデバイスでは、ジェットの原子は、ポート孔上に一時的にだけ留まり、したがってポート孔は不透明にならない。4Kでは、ルビジウムジェットは窓を素早く完全に不透明にするだろう。この問題は、時間と共にルビジウムにより覆われるが冷却用レーザビームに対して反射性のままである操舵ミラーMR2を使用することにより解決される。
【0055】
図9は上から見た本発明の一実施形態によるデバイスの概略図である。超高真空室EVは、前述の原子ジェットJAを生成する原子源SATへ接続される。レーザ源SL4が、ジェットJAの原子がトラップ領域に到達する前にこれを冷却する前述のゼーマン冷却ビームFLRを生成する。
【0056】
レーザ源SMは、光磁気トラップ(勾配を有するトラップ用磁場は、反ヘルムホルツ構成であるコイルBSにより生成される)及びグレイ光学モラシスの両方を生成するために3つの異なる方向に互いに離れる方向に伝搬するレーザビームを生成する(単一源及び単一ビームは既に示された)。第1のレーザ源SL1は、空間光変調器SLMにより変調されそして非球面レンズLA1により集束された後に光ピンセットの3次元アレイを生成するトラップ用ビームFPを生成する。レンズLA2により平行にされるこのビームは反応室から離れ、そしてトラップされた原子の画像が取得されることをLDPレンズを使用することにより可能にするカメラCAMPに到達する。
【0057】
組立ユニットUAは、アレイM3P内にトラップされた原子が原子のコンパクト且つ規則的アレイM3Aを形成するために移動されることを可能にする可動光ピンセットを形成するレーザビームFLPMを生成するためのレーザ源SL2を含む。可動光ピンセットは3次元に移動することができなければならなく:軸方向運動は可変焦点長の電子制御変形可能レンズLD1を介し保証され;光軸に対し垂直な面内の運動は、2つの音響光学偏向器DAO1、DAO2を介し保証される。
【0058】
量子論理ゲートを適用するためのシステムSPQは、一対の共伝播ラーマンビームFRMを生成するための少なくとも1つのレーザ源SRMとリュードベリ励起ビームFRYを生成するための少なくとも1つのレーザ源SRYとを含む。1つ又は複数のリュードベリビームFRYは原子の3次元アレイ全体を全面的やり方で照射する。原子毎アドレス指定は、運動を生成するために光を印加する2つのアドレス指定ビームFLAを原子上に選択的に集束することにより取得される。各ビームFLAは、レーザ源SL3により生成され、非球面レンズLA1及び電子制御変形可能レンズLD2の両方により集束され(可変焦点長の後者はトラップされた原子のアレイの面が選択されることを可能にする)、そして2つの音響光学偏向器DAO3、DAO4により光軸に対し垂直な面内で移動される;単純化のために、単一アドレス指定ビーム及びその生成システムが示された。同様に、ラーマンビームFRMは、変形可能レンズLD3及び2つの音響光学偏向器DAO5、DAO6のおかげで1つの原子へ選択的に印加される。
【0059】
図10は量子計算を行うための図8及び図9のデバイスの使用を示す。
【0060】
上述のように、量子ビットは、原子の基底状態の超微細構造の2つのゼーマンの副準位上で符号化される;量子ビットレジスタは、アレイ全体を覆うビームFRMによる全面的光ポンピングにより初期化される。コヒーレンス時間は、量子ビットが符号化されるゼーマン副準位が好適に選択されれば1秒程の長さであり得る(所謂クロック遷移)。
【0061】
量子ビットの状態は、例えば[Fuhrmanek 2011]に記載された技術を使用することにより選択的蛍光撮像を介し読み出されるが、3次元アレイへ拡張される。
【0062】
量子ビットへのゲートの適用に関し、これは、図9を参照して説明したように音響光学偏向器DAO5、DAO6及び電子制御変形可能レンズLD3を使用することにより所望量子ビット上へ集束される一対の共伝播ラーマンビームFRMを使用することにより行われる。一対の共伝播ラーマンビームFRMは高度に集束されるので、光ピンセットと同様なサイズであるラーマンビームは、集束される面から離間して強く発散する。これは、連続面内に位置する対向原子間のクロストークが低いということを意味する。
【0063】
2量子ビットゲートを適用するために(最初に制御原子がそして次に標的原子がアレイ内のリュードベリ状態へ選択的に励起されることを必要とする)、採用された解決策は、全面的リュードベリ励起ビームFRYを採用すること(アレイ全体をカバーする;これを行うためには、利用可能レーザ出力は直径約100μm程度のビームでもって数MHzのラビ周波数に到達することを可能にするので反転型2光子方式(inverted two-photon scheme)と呼ぶ励起方式が使用される)と、上に説明したように変形可能レンズ(原子面の選択)と2D音響光学偏向器(その面内の原子の選択)との組み合わせも通過する2つの独立に離調されたアドレス指定ビームFLAを使用することにより当該原子を移動させるための光を印可することにより当該原子を選択すること、とにその本質がある。これは、ゲートのフィディリティを最大化するためにリュードベリ励起パルスが数百nsの期間で2つの原子へ印可されることを可能にする。変形形態として、音響光学偏向器により励起される原子上へ向けられた極めて収束されたリュードベリ励起ビームを使用することが可能だろうが、これは関与する高強度により複雑にされる。
【0064】
リュードベリ励起を可能にするラーマンビーム及びアドレス指定ビームの両方に関して、独立音響光学偏向器の提供は任意選択的に、連続パルスが高レベルの機敏性でもって1MHzの程度の速度で別の原子へ印可されることを可能にする。
【0065】
「ラーマンビームがまた、当該面に隣接する面内の原子を照射する(その発散のために弱いが)」という事実に起因する1量子ビットゲートの残留クロストークは、NISQプロセッサの多くの興味あるアプリケーション(変動量子シミュレーション(VQS:variational quantum simulation)など)では必ずしもハンディキャップではない。対照的に、「従来の」量子計算アプリケーション(回路モデル)では、クロストークは最小化されるべきである。これを行うために、本発明の一変形形態では、量子ビットの2つの状態間の結合がアドレス指定原子に関してだけ発生するということを保証するように、ラーマンビームが2つの直交軸に沿って集束されることを可能にする同じ技術により2対の非球面レンズを使用することを企図することが可能である。これは、アドレス指定原子だけが2つのラーマンビームによりカバーされるためである。
【0066】
図10は以下のことを示す:
このアレイは、光ピンセット及び光磁気トラップ及びグレイモラシスの3次元アレイを形成するためにトラップ用ビームを活性化することにより、そして反ヘルムホルツ構成の超電導コイルを使用することによりY軸に沿った勾配を有する磁場を印加することにより装填される。より正確には、光磁気トラップは、冷却原子の雲を形成するために最初に活性化され、次に、非活性化され、そしてグレイモラシスがさらなる冷却を実現するために活性化される。次に、組立作業が、可動光ピンセット(ビームFLA)により行われ、グレイモラシスはオフにされ、次に、組立作業が終了すると、再びオンにされる。
【0067】
レジスタの初期化は、量子計算の期間を通して維持される量子化磁場がZ軸に沿って印加されることを必要とする。1つの量子ビット量子ゲート及び2つの量子ビット量子ゲートの適用はリュードベリ、ラーマンビーム及びマイクロ波ビームを使用することにより実現される。原子がリュードベリ状態へ引き上げられると、トラップ用ビームを一時的に無効にすることが必要である。いくつかの量子計算プロトコルでは、2つの別個のリュードベリ状態間の遷移を誘起するためにマイクロ波場を印加することが有用かもしれない。
【0068】
量子ビットレジスタは、トラップされた原子の蛍光を検出するカメラCAMFを使用することにより読み出される。レンズLDFが原子のアレイの画像をカメラCAMF上に形成し、そしてダイクロイックミラーMDが蛍光発射の波長を選択する。
【0069】
本発明は1つの特定実施形態を参照して説明されたが、多くの変形形態が可能である。例えば、レンズ保持アセンブリのジオメトリは図5図7のものとは異なり得る。同様に、使用される材料は単に一例として与えられた。原子の励起及び量子ゲートの適用の他の方式が使用され得、異なるシステムアーキテクチャに至る。本発明にとって不可欠な要素は、光ピンセットの3次元アレイの使用、グレイモラシスによるその装填、極低温環境、及びこのような環境に適合する光学機械セットアップである。
【0070】
参考文献
[Preskill 2018]:John Preskill“Quantum Computing in the NISQ era and beyond”arXiv:1801.00862v3,31 July 2018.
[Saffman 2010]:M.Saffman et al.“Quantum information with Rydberg atoms”arXiv:0909.4777v3,12 May 2010.
[Leseleuc de Kerouara 2018]:Sylvain de Leseleuc de Kerouara“Quantum simulation of spin models with assembled arrays of Rydberg atoms”,thesis defended on December 10,2018.
[Barredo 2018]:D.Barredo et al.,“Synthetic three-dimensional atomic structures assembled atom by atom”,Nature 561,79(2018).
[Brown 2019]:M.O.Brown et al.,“Gray-Molasses Optical-Tweezer Loading:Controlling Collisions for Scaling Atom-Array Assembly”,Phys.Rev.X 9,011057(2019).
[Fuhrman 2011]:Fuhrmanek et al.,“Free-space lossless state-detection of a single trapped atom”,Phys.Rev.Lett.106,133003(2011).
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【手続補正書】
【提出日】2022-04-21
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
●トラップ用光ビーム(FP)を生成するために好適な第1のレーザ源(SL1)、前記トラップ用光ビームを変調するように構成された空間光変調器(SLM)、前記空間光変調器により変調された前記トラップ用光ビームを集束するように構成された第1の非球面レンズ(LA1)、及び所与の光軸に沿って前記第1の非球面レンズに面して置かれた第2の非球面レンズ(LA2)を含む原子トラップユニットであって、前記レンズは前記第1の非球面レンズにより集束された前記トラップ用光ビームを平行にするのに好適であり、前記空間光変調器は、前記第1の非球面レンズと相互作用して前記第1及び第2の非球面レンズ間の空間内で光ピンセットの3次元アレイ(M3P)を生成するように構成され、前記光ピンセットのそれぞれは最大1つの原子をトラップすることができる、原子トラップユニット;
●光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間の方へ向けられる原子のビーム(JA)を生成するように構成された原子源(SAT);
●前記光ピンセットによりトラップされることができる原子の雲を光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間内に生成するように構成された前記原子のビームを冷却するための光磁気システム(SM);
●光ピンセットの前記3次元アレイの前記光ピンセット内にトラップされた原子に対して量子論理ゲートを適用するためのシステム(SPQ);
●前記2つの前記レンズ間の前記空間だけでなく少なくとも前記第1及び第2の非球面レンズを含む超高真空室(EV);
●前記極低温を超高真空室内に確立するための極低温保持装置、
を含む量子計算デバイスであって;
●前記ビームの前記原子を冷却するための前記光磁気システムはグレイモラシスタイプであるということと;
●前記原子トラップユニットは互いに面して配置された2つのレンズ保持バレル(B1,B2)を含み、各バレルは、前記バレルの長手軸(レンズの光軸に一致する)に対し垂直な面内に或るクリアランスを有する前記非球面レンズのうちの一つを保持し、前記クリアランスは外気温度から前記極低温への推移中の前記バレルと前記レンズとの間の熱収縮の差を補償するのに十分であり、前記レンズ保持バレルのそれぞれは、一端にストップ(BF)を有し、そして前記長手軸に沿って配向された力を前記非球面レンズに対し働かせて前記レンズを前記ストップに押しつけるのに好適なばね(RC)を含むことを特徴とする、量子計算デバイス。
【請求項2】
前記非球面レンズのそれぞれは、前記トラップ用ビームの波長において透明である導電性被覆(RCT)をその面に有し、前記被膜は100ナノメートル未満の厚さを有する、請求項1に記載のデバイス。
【請求項3】
前記3次元アレイの前記光ピンセットによりトラップされた原子の画像を取得するために前記第2の非球面レンズと相互作用するカメラ(CAMP)も含む請求項1乃至2のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項4】
光ピンセットの前記3次元アレイの面のうちの1つの面内に可動光ピンセットを生成し移動させるように構成された組立ユニット(UA)をさらに含む請求項1乃至3のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項5】
前記組立ユニットは:
●組立用光ビームを生成するように構成された第2のレーザ源(SL2);
●光ピンセットを形成するように前記組立用光ビームを集束するように構成された可変焦点長を有する第1の変形可能レンズ(LD1)であって、前記光ピンセットの位置は光ピンセットの前記3次元アレイの面を選択するように軸方向に変更され得る、第1の変形可能レンズ;及び
●前記選択された光ピンセット面内で前記可動光ピンセットを前記組立用光ビームの前記軸に対し垂直な2方向に沿って移動させるように構成された2つの音響光学偏向器(DAO1,DAO2)、を含む、請求項4に記載のデバイス。
【請求項6】
前記超高真空室の内部に:
●その強さ及び方向が光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間内で調整され得る静電界を生成するように構成された一組の電極(EL);及び、
●その強さ及び方向が光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間内で調整され得る静磁場を生成するように構成された一組のコイル(BS)をさらに含む請求項1乃至5のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項7】
前記組の電極及び前記組のコイルは、光ピンセットの前記3次元アレイを含む前記空間と前記極低温保持装置の冷却面(PF)との間に配置され、そして入口を少なくとも1つのレーザビームの前記空間へ提供する、請求項6に記載のデバイスであって、前記レーザビームを前記入口を介し方向付けるための前記超高真空室内に位置する操舵ミラー(MR1)も含むデバイス。
【請求項8】
量子論理ゲートを適用するための前記システムは少なくとも:
a.光ピンセットの前記3次元アレイ内にトラップされた原子を移動させるために光を印可するのに好適なアドレス指定光ビーム(FLA)を生成するように構成された少なくとも1つの第3のレーザ源(SL3)、
b.前記アドレス指定光ビームを光ピンセットの前記3次元アレイ内に集束するように構成された可変焦点長を有する第2の変形可能レンズ(LD2)、及び、
c.前記アドレス指定光ビームの伝搬の前記方向を空間的に制御するように構成された2つの音響光学偏向器(DOA3,DOA4)であって、前記アドレス指定ビームを前記アレイの1つの光ピンセット上に集束させるために前記第2の変形可能なレンズと相互作用する2つの音響光学偏向器を、含む、請求項1乃至7のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項9】
前記光磁気冷却システムは、光レーザ冷却ビームを生成するように構成された第4のレーザ源(SL4)及び前記光冷却ビームを原子の前記ビームとは反対の伝搬方向に向けるための前記超高真空室内に位置する操舵ミラー(MR2)を含む、請求項1乃至8のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項10】
光ピンセットの前記3次元アレイは少なくとも16×16光ピンセットの少なくとも5つの面を含む、請求項1乃至9のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項11】
前記極低温保持装置は4K極低温保持装置である、請求項1乃至10のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項12】
前記原子源はルビジウム原子の源である、請求項1乃至11のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項13】
前記リュードベリ原子タイプの少なくとも500、好適には少なくとも1000の量子ビットの組に対し量子計算を行うための請求項1乃至12のいずれか一項に記載のデバイスの使用。
【国際調査報告】