(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-14
(54)【発明の名称】歯牙組織幹細胞からニューロンへの分化を実現するための培地ベースの方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20230607BHJP
C12N 5/077 20100101ALN20230607BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12N5/077
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022567442
(86)(22)【出願日】2021-05-04
(85)【翻訳文提出日】2022-12-23
(86)【国際出願番号】 TR2021050426
(87)【国際公開番号】W WO2021225552
(87)【国際公開日】2021-11-11
(32)【優先日】2020-05-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】TR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】512081166
【氏名又は名称】イェディテペ・ウニヴェルシテシ
【氏名又は名称原語表記】YEDITEPE UNIVERSITESI
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】シャヒン,フィクレッティン
(72)【発明者】
【氏名】タシュル,パキゼ ネスリハン
(72)【発明者】
【氏名】キルバシュ,オウス カーン
(72)【発明者】
【氏名】アヴシャル アブディク,エズギ・
(72)【発明者】
【氏名】アブディク,ヒュセイン
(72)【発明者】
【氏名】カサポール ウスタ,ブルク
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BB06
4B065BB07
4B065BB08
4B065BB13
4B065BB19
4B065BB32
4B065BB40
4B065BD33
4B065BD39
4B065CA44
(57)【要約】
本発明は、歯牙組織幹細胞からドーパミン作動性神経細胞への特異的分化を誘導するための培地ベースの方法の使用に関する。本発明の目的は、神経変性疾患の処置および該疾患に関連する薬剤に使用するための細胞アプリケーションを開発することである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯牙組織から得られた間葉系幹細胞をドーパミン作動性神経細胞に分化させることができる歯牙組織幹細胞の神経細胞への分化を実施するための培地ベースの方法であって、
- 該歯牙組織幹細胞を5000細胞/cm
2の濃度で播種する工程、
- 24時間培養後、該細胞を第1の神経発生誘導培地に添加し、4日間培地適用を継続する工程、
- その後、該細胞を第2の神経発生誘導培地に添加し、2日間培地適用を継続する工程、
- 6日後に分化を終了させる工程
を含むことを特徴とする、方法。
【請求項2】
第1の神経発生誘導培地が、
- Dmem/F12 Glutamax添加、
- B-27 サプリメント1%、
- 3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX)100μM、
- バルプロ酸ナトリウム塩(VPA)2mM、
- フォルスコリン 0.1μM、
- 塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)20ng/ml、
- 上皮細胞増殖因子(EGF)20ng/ml
を含む、請求項1に記載の歯牙組織幹細胞の神経細胞への分化を実現するための培地ベースの方法。
【請求項3】
第2の神経発生誘導培地が、
- Dmem/F12 Glutamax添加、
- B-27 サプリメント1%
- 3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX)100μM
- バルプロ酸ナトリウム塩(VPA) 2mM
- フォルスコリン 0.1 μM
- 塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF) 20ng/ml
- 上皮細胞増殖因子(EGF) 20ng/ml
- 脳由来神経栄養因子 30ng/ml
を含む、請求項1に記載の歯牙組織幹細胞の神経細胞への分化を実現するための培地ベース方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の属する技術分野
本発明は、歯牙組織幹細胞(dental stem cell)をドーパミン作動性神経細胞へ特異的に分化誘導するための培地ベースの方法の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
人体における間葉系幹細胞の供給源の1つは歯牙組織である。歯の様々な部位から単離された幹細胞は特徴付けられている。これらの例としては、歯髄(dental pulp)、歯周結合組織および未熟な埋伏歯から単離された細胞などが挙げられる[1]。歯牙組織由来幹細胞(Dental Derived Stem Cell)(DDSC)は、胎生期に外胚葉の神経管のから形成される神経外胚葉細胞(神経堤細胞(neural crest cell))に由来することから、注目されている[2]。これらの細胞は、多くの多様な種類の細胞および組織に分化する能力を有している。また、これらの細胞は、歯牙形成以外にも、骨形成、脂肪形成、軟骨形成および神経形成の能力を有することも分かっている[1]。神経堤細胞に由来し、いくつかの神経細胞特異的な発現プロファイルを示すことから、DDSCは神経変性疾患の処置に有望な細胞種と考えられている。神経細胞の機能喪失または細胞死が増加し、不可逆的に起こる神経変性疾患の発生率は、日毎に増加している。中枢神経系における新しい神経細胞の形成が限られていること、回復を遅らせる因子が存在すること、および頭蓋骨の構造上外科手術が困難であることなどが、この種の疾患の処置を困難にしている理由である。
【0003】
神経細胞の損傷または喪失によって引き起こされるこれらの疾患を処置するのに有益な方法の一つが、幹細胞の適用である[3]。幹細胞は、適切な手法で目的の部位に適用された後、損傷部位に移動し、分化能を有し、内在性幹細胞を刺激して損傷の修復過程に貢献することが観察されている[4]。今日までに、歯、骨髄、血液、軟骨および脂肪などの組織は、成体幹細胞の供給源として利用されている[5]。これらの幹細胞が神経変性疾患で失われる細胞型に分化する能力を有すれば、中枢神経系組織よりも患者から採取しやすい組織から調製した細胞を用いて、実験室環境で個体特異的な疾患モデルを作成することが可能となる[6]。これらの多様な幹細胞の神経発生分化能を研究することで、神経変性疾患の処置における死滅した神経細胞の置換およびこれらの疾患の個体特異的な細胞培養モデルの作成による様々な治療法の開発の両方に最も貢献できる細胞種および方法を決定することが可能になる。
【0004】
人工多能性幹細胞から神経細胞への分化は、培養による分化収率が低い、変異率が高い、間葉系細胞の培養および分化よりもコストが掛かる、ウイルス遺伝子を含む細胞を選別すること、およびインビボ細胞移植では発癌性がかなり高いなどの不利益がある。加えて、歯牙組織幹細胞(dental stem cell)は発生学的に神経組織に近いため、神経分化に用いる脂肪および骨髄由来の間葉系幹細胞は神経細胞への分化に時間がかかり、歯牙組織幹細胞ほどの潜在能力を有さないことが知られている。また、間葉系幹細胞は、特に骨髄および軟骨から細胞を得ることが方法論的に困難であり、多量の細胞を得ることができないといった不利益(デメリット)がある。最後に、様々な由来の幹細胞の分化において、培地中にDMSO、BHAまたはβ-メルカプトエタノールなど、細胞の形態的構造を損傷させ、細胞に偽神経発生(pseudo-neurogenesis)を引き起こす物質を用いると、分化した細胞の培養を継続することができなくなる。
【0005】
中国特許CN104726406号は、当技術分野で知られた文献であり、歯髄間葉系幹細胞(dental pulp mesenchymal stem cell)を神経細胞へ分化誘導する方法を開示している。本特許出願では、幹細胞を神経細胞に分化させる際に、細胞の密度が40~50%のときに細胞周期を停止させるために、本発明方法のセクションに記載し、
図1に示すように、化学物質(VPAおよびIBMX)をさらに添加している。このようにして、細胞を健常な状態で分化させ、そして高密度に起因するのではなく、本発明の方法によって神経系に誘導するようした。
【0006】
中国特許CN1590537号は、当技術分野で知られた文献であり、外腸間膜幹細胞を単離して培養する方法を開示している。同発明の範囲内で、この方法は、骨組織工学、筋肉組織工学、歯組織工学および末梢神経細胞の修復に用いることができる。さらに、該発明では、末梢神経細胞を確実に再生するために、神経系ではなくグリア系への分化手段が用いられている。また、本発明とは、フォルスコリン化学物質のみを用い、単一工程で構成されている点で、方法的に異なっている。この文献から知られるように、分化においてフォルスコリンのようなサイクリック-ampアクティベーターを単独で用いても十分でないことが示されている。同時に、本発明の分化法の信頼性は、クレシルバイオレット染色により、形態学的に証明されている(
図2~3)。以上の理由により、本発明の方法がより有益であることが確認される。
【0007】
当技術分野の発明の一つである米国特許出願第US2016296669号は、神経損傷を処置するための移植片材料を製造する方法を開示している。当該発明の方法は、FGF2(またはbFGF(Basic Fibroblast Growth Factor))以外の増殖因子を含まない培地中で歯牙組織幹細胞を培養する工程を含む。さらに、当該特許文献で用いられているFGF2因子は、歯髄由来幹細胞の神経系に関連する遺伝子のみを活性化することが知られている。しかしながら、幹細胞の分化には、細胞周期を含む多くのシグナル伝達経路が重要な役割を果たすことが知られている。したがって、FGF2因子のみを幹細胞に投与しても、有効な神経細胞への分化が得られないことは明らかである。これらを考慮すれば、本特許出願に係る発明は、その方法にも記載されているように、分化経路の活性化および神経細胞の成熟の両方を行うために、2つの工程からなるプロトコールに従った結果、
図4に示すように成熟した機能的な神経細胞の遺伝子発現を示すことが証明された。
【発明の概要】
【0008】
発明の概要
本発明の目的は、歯牙組織由来幹細胞(dental derived stem cell)をドーパミン作動性神経細胞に本発明の培地ベースの方法で分化させることである。
【0009】
本発明の別の目的は、神経変性疾患の処置および該疾患に関連する薬物に用いるための細胞の適用を開発することである。
【0010】
発明の詳細な説明
本発明の目的を達成するために開発された“歯牙組織幹細胞(Dental Stem Cell)の神経細胞への分化のための培地ベースの方法”を添付の図面に示す。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の範囲内で作成された神経発生誘導培地(neurogenic induction medium)が、培養日数に応じて細胞の細胞周期に及ぼす影響を示す。[(a) 0、2、4および6日間、神経発生誘導培地で処理した細胞の細胞周期グラフ((a-1)、(a-2)、(a-3)および(a-4))、(b)G0/G1期の細胞のグラフ(%)、(c)S期の細胞のグラフ(%)、(d)G2/M期の細胞のグラフ(%)]。
【
図2】
図2は、本発明の範囲内で、神経発生誘導培地で6日間処理した細胞の形態学的試験結果を示し、神経細胞(ニューロン)に特有の細胞体(cell soma)、伸長した軸索および該細胞における成長円錐の顕微鏡画像を示す。
【
図3】
図3は、本発明の範囲内で、神経発生誘導培地で6日間処理した細胞、および培地のみで培養した対照細胞を、神経系細胞(neurogenic cell)に特異的なクレシルバイオレット染色で染色した後の光学顕微鏡画像を示す。[(a) 神経発生誘導培地、(b)対照]。
【
図4】
図4は、本発明の範囲内で、神経発生誘導培地で6日間処理した細胞、および培地のみで培養した対照細胞における、神経系細胞特有の遺伝子の測定結果を示すグラフである。[(a)NeuN遺伝子、(b)Nurr 1遺伝子、(c)DAT遺伝子、(d)Snap 25遺伝子、(e)NF-H遺伝子、(f)Map2遺伝子、(g)TH遺伝子、および(h)Bcl-2遺伝子]。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図中に示した構成要素には、それぞれ以下の参照番号を付している:
A. 軸索
S. 細胞体
GC. 成長円錐。
【0013】
本発明の範囲内で、神経変性疾患の処置およびそれに関連する薬剤の開発、実験室における細胞分化の研究、神経芽腫などの癌種の処置のための薬剤開発などに用いられる細胞アプリケーションに関する研究が行われている。従って、歯牙から得た幹細胞をドーパミン神経細胞へ特異的に分化誘導するために、本発明の範囲内で新規な培地を用いる方法を開発した(培地ベースの方法)。
【0014】
幹細胞から神経細胞への分化の適用において、歯牙組織幹細胞は発生学的起源に関して神経組織に近いこと、および神経原性分化の分野で用いられている脂肪(軟骨)および骨髄由来間葉系幹細胞の神経細胞への形質転換にはより長い時間を要することを考慮すると、歯牙組織幹細胞は当技術分野で知られている適用法に比べて高い有用性を有し得る。
【0015】
本発明の範囲内で実施される歯牙組織幹細胞の神経発生分化の方法は、以下の工程を含む:
- 歯牙組織幹細胞を5000細胞/cm2の濃度で播種し、
- 24時間培養後、該細胞を第1の神経発生誘導培地に導入し、培地適用を4日間継続し、
- その後、該細胞を第2の神経発生誘導培地に添加し、培地適用を2日間継続し、
- 6日後に分化を終了させる。
【0016】
上記方法で発現させた第1および第2の神経発生誘導培地の組成は、以下の通りである。
第1の神経発生誘導培地:
・Dmem/F12 Glutamax 添加
・B-27 サプリメント 1%
・3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX) 100μM
・バルプロ酸ナトリウム塩(VPA) 2mM
・フォルスコリン 0.1μM
・塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF) 20ng/ml
・上皮細胞増殖因子(EGF) 20ng/ml
第2の神経誘導培地:
・Dmem/F12 Glutamax 添加
・B-27 サプリメント 1%
・3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX) 100μM
・バルプロ酸ナトリウム塩(VPA) 2mM
・フォルスコリン 0.1μM
・塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF) 20ng/ml
・上皮細胞増殖因子(EGF) 20ng/ml
・脳由来神経栄養因子 30ng/ml。
【0017】
本発明により提供される利点を以下に列挙する:
・人工多能性幹細胞の代わりに間葉系幹細胞で効果的に神経細胞を分化させることができる。
・他の分化用培地およびプロトコールに比べて短期間での神経細胞分化が得られる。
・他の分化用培地およびプロトコールと比較して、より効率的に神経細胞を形成することができる。
・他の培地で分化させた細胞の神経細胞分化は可逆的であるが、本発明の範囲内で分化させた細胞は最終形質転換(terminal transformation)を示す。
・図にも示すように、2日目には細胞周期が停止しており、それが効果的な分化に必要である。
・他の培地と比較して、細胞に対する毒性はない。
・これらの神経細胞は、組織の再生および移植に使用できるとともに、神経科学の研究にも大きく貢献する。
【実施例】
【0018】
試験研究
細胞周期アッセイ
細胞周期の変化を観察するために、神経発生培地(neurogenic media)で処理した歯科系幹細胞をフローサイトメトリー解析した。細胞周期アッセイでは、神経発生分化過程の2日目、4日目および6日目に固定した細胞をRNase AおよびNonidet P40で処理し、ヨウ化プロピジウムで染色して解析を行った。
【0019】
リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応
神経発生培地で処理した細胞の遺伝子レベルの変化を観察するために、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応アッセイを実施した。これらの変化は、形態学的レベルおよび遺伝子発現レベルの両方である。用いたプライマーは、Primer BLAST ソフトウェア (The National Center for Biotechnology= NCBI)を用いて設計した。ゲル結合を施した細胞から全RNAを単離し、DNAを合成した。合成したcDNAをプライマーとFermentas Maxima SYBR Green混合製品に最終容量が20μlとなるように混合し、BIO-RAD装置を用いて遺伝子の発現量を解析した。
【0020】
分化細胞の形態学的解析
神経発生培地で処理した細胞の分化過程の最終日に、光学顕微鏡で細胞の形態学的観察を実施した。分化した細胞を分析しながら、神経細胞に特徴的な細胞および構造の発生および存在を形態学的に検討した。
【0021】
分化細胞のクレシルバイオレット染色
神経発生培地で処理した細胞の分化過程の最終日に、細胞に見られる神経細胞に特有のニッスル小体の染色を行った。細胞に塗布したクレジルバイオレット染色液は、神経細胞の細胞体(S)に見られる顆粒小胞のリボソームを染色し、濃い青紫色を呈したことを確認した。一方、未分化の歯牙組織幹細胞は淡いピンク色で検出されることがある。
【0022】
文献
[1]. Huang, G.T., S. Gronthos, and S. Shi, Mesenchymal stem cells derived from dental tissues vs. those from other sources: their biology and role in regenerative medicine. J Dent Res, 2009. 88(9): p. 792-806.
[2]. Niibe, K., et al., The potential of enriched mesenchymal stem cells with neural crest cell phenotypes as a cell source for regenerative dentistry. Jpn Dent Sci Rev, 2017. 53(2): p. 25-33.
[3]. Goldman, S.A., Stem and Progenitor Cell-Based Therapy of the Central Nervous System: Hopes, Hype, and Wishful Thinking. Cell Stem Cell, 2016. 18(2): p. 174-88.
[4]. Qu, J. and H. Zhang, Roles of Mesenchymal Stem Cells in Spinal Cord Injury. Stem Cells Int, 2017. 2017: p. 5251313.
[5]. Passier, R. and C. Mummery, Origin and use of embryonic and adult stem cells in differentiation and tissue repair. Cardiovasc Res, 2003. 58(2): p. 324-35.
[6]. Ruiz-Lozano, P. and P. Rajan, Stem cells as in vitro models of disease. Curr Stem Cell Res Ther, 2007. 2(4): p. 280-92.
【国際調査報告】