(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-16
(54)【発明の名称】新ベイナイト鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230609BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20230609BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20230609BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20230609BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/44
C22C38/54
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022567260
(86)(22)【出願日】2021-05-06
(85)【翻訳文提出日】2022-12-26
(86)【国際出願番号】 EP2021062067
(87)【国際公開番号】W WO2021224423
(87)【国際公開日】2021-11-11
(32)【優先日】2020-05-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522430095
【氏名又は名称】アレイマ ロック ドリル スチール アクティエボラーグ
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ハラルドソン, ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ニーレフ, ラーシュ
(72)【発明者】
【氏名】ウェストホルム, ソフィア
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA40
4K032BA02
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB00
4K032CF02
4K032CF03
(57)【要約】
本開示は、ドリルロッドなどのドリル部品を製造するために使用される新ベイナイト鋼、又はそのような鋼が有用である他の部品に使用される新ベイナイト鋼に関する。本開示はさらに、ベイナイト鋼を含むドリル部品に関する。ベイナイト鋼は、重量%(wt%)で下記の組成を含む。C 0.33~0.40、Si 0.60~1.45、Mn 0.25~≦0.80、P ≦0.03、S ≦0.03、Cr 1.00~1.50、Ni 0.10~0.60、Mo 0.40~0.80、N ≦0.020、Al ≦0.05、残部Fe及び不可避不純物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドリル用途のベイナイト鋼であって、
C 0.33~0.40、
Si 0.60~1.45、
Mn 0.25~≦0.80、
P ≦0.03、
S ≦0.03、
Cr 1.00~1.50、
Ni 0.10~0.60、
Mo 0.40~0.80、
N ≦0.020、
Al ≦0.05、
残部Fe及び不可避不純物
の組成を含むベイナイト鋼。
【請求項2】
Mnの含有量が0.25~≦0.70重量%である、請求項1に記載のベイナイト鋼。
【請求項3】
Niの含有量が0.10~0.50重量%である、請求項1又は2に記載のベイナイト鋼。
【請求項4】
Cの含有量が0.35~0.39重量%である、請求項1から3のいずれか一項に記載のベイナイト鋼。
【請求項5】
Crの含有量が1.10~1.50重量%である、請求項1から4のいずれか一項に記載のベイナイト鋼。
【請求項6】
Siの含有量が1.00~1.45重量%である、請求項1から5のいずれか一項に記載のベイナイト鋼。
【請求項7】
Niの含有量が0.10~0.40重量%であり、Mnの含有量が0.25~0.55重量%であり、Moの含有量が0.55~0.80重量%である、請求項1に記載のベイナイト鋼。
【請求項8】
Siの含有量が1.00~1.45重量%である、請求項7に記載のベイナイト鋼。
【請求項9】
ドリル部品を製造するための、請求項1から8のいずれか一項に記載のベイナイト鋼の使用。
【請求項10】
請求項1から8のいずれか一項に記載のベイナイト鋼を含むドリル部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ドリルロッドなどのドリル部品を製造するために使用される新ベイナイト鋼、又はそのような鋼が有用である他の部品に使用される新ベイナイト鋼に関する。本開示はさらに、当該ベイナイト鋼を含むドリル部品に関する。
【背景技術】
【0002】
削岩中、衝撃波及び回転は、1つ以上のロッド又は管を介して超硬合金装備ドリルビットに伝達されるが、これはドリルロッドに過酷な機械負荷がかかることを意味する。したがって、ドリルロッドに関する1つの課題は、ドリルロッドが広範囲に摩耗や、変形、疲労、チッピングを受けることである。その結果、耐用年数が比較的短くなり、それによって、ドリル加工中に繰り返し間隔をおいてドリルロッドを交換する必要が生じ、ドリル加工作業の総費用に直接影響が及ぶ。別の課題としては、ドリル加工中の予想外のロッド破損が挙げられる。ドリル孔から破損したロッドを回収するのに相当な時間がかかる可能性があるためである。したがって、ドリルロッドの硬度、引張強度及び衝撃靭性が特に重要となる。
【0003】
結果として、上記の課題を解決する、又は少なくとも軽減することが、本開示の一態様である。特に、本開示の一態様は、ベイナイト鋼にバランスのとれた、かつ最適化された機械的特性を提供する微細構造を有するドリルロッドの製造を可能にし、それにより、耐用年数の延長と予測が可能なドリルロッドをもたらす、改良されたベイナイト鋼の組成を提供することである。本開示のさらなる態様は、費用効率に優れたドリル部品を獲得することである。また、本開示のさらに別の態様は、削岩用部品における改良ベイナイト鋼の使用に関する。
【発明の概要】
【0004】
したがって、本開示は、重量%(wt%)で下記の組成を含むベイナイト鋼に関する。
C 0.33~0.40、
Si 0.60~1.45、
Mn 0.25~≦0.80、
P ≦0.03、
S ≦0.03、
Cr 1.00~1.50、
Ni 0.10~0.60、
Mo 0.40~0.80、
N ≦0.020、
Al ≦0.05、
残部Fe及び不可避不純物。
【0005】
本発明の鋼はベイナイト微細構造を有しており、これは、微細構造が基本的に、ベイナイトの変態中に形成される、転位が多いフェライト及びセメンタイトと、残留オーステナイトとで構成されることを意味する。さらに、本発明の鋼は、少量の初析フェライト及び/又はマルテンサイトを含有してもよいが、強度及び硬度が低すぎること、又は脆性が高すぎることをそれぞれ回避するために、これらの量を低く維持することが重要である。
【0006】
したがって、本発明の組成及び特定の微細構造によって、本発明のベイナイト鋼は、ドリル用途において摩耗に耐え、かつ脆性を低減する。さらに、特に負荷ピーク中に、疲労亀裂と塑性変形の両方が抑制される。また、本発明のベイナイト鋼は、高使用温度で鋼の硬度がどれだけ良好に維持されるかを示す焼戻し抵抗のために、過熱による軟化に対する良好な抵抗性も有している。したがって、上記又は下記で定義されるベイナイト鋼は、ドリル用途に望ましい特性の独自の組み合わせを有しており、それによって上記の課題を克服、又は少なくとも軽減する。
【0007】
本開示はまた、例えばトップハンマードリルロッドのようなドリルロッドなどのドリル部品、又は当該ベイナイト鋼を含むその他のドリル部品を製造するための、上記又は下記で定義されるベイナイト鋼の使用に関する。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本開示は、重量%(wt%)で下記の元素を含むドリル用途のベイナイト鋼に関する。
C 0.33~0.40、
Si 0.60~1.45、
Mn 0.25~≦0.80、
P ≦0.03、
S ≦0.03、
Cr 1.00~1.50、
Ni 0.10~0.60、
Mo 0.40~0.80、
N ≦0.020、
Al ≦0.05、
残部Fe及び不可避不純物。
【0009】
したがって、本発明者らは、上記又は下記で定義される範囲の合金元素を含むベイナイト鋼が、ドリル加工用途に適した機械的特性の組み合わせを有しており、それによって、本発明のベイナイト鋼が、高使用温度で摩耗、塑性変形、負荷変動、脆化及び軟化に耐え得るために、良好な硬度と、良好な降伏強度と、良好な極限引張強度と、良好な衝撃靭性と、良好な焼戻し抵抗との組み合わせを備えることを意外にも見出した。
【0010】
次に、本開示による鋼の合金元素について説明する。「重量%」及び「wt%」という用語は交換可能に使用される。また、特定の元素について言及された特性又は寄与の一覧は網羅的であると考えるべきではない。
【0011】
炭素(C):0.33~0.40重量%
炭素は、強度及び硬度を高めるためだけでなく、最終熱間圧延操作に続く連続空冷中に形成される、鋼の望ましい微細構造を決定するために、本発明のベイナイト鋼に含まれる。例えば、Cは、冷却時に初析フェライトの形成を減速させ、そうでなければ、低温でのベイナイト形成に影響を及ぼし得る。さらに、Cは、拡張侵入型固溶強化に起因して、かつ析出硬化に起因して、またBs温度の抑制に起因して、ベイナイト構造において改良された機械的特性を提供する。Bs温度とは、ベイナイトが冷却時に形成を開始する変態温度である。ベイナイト形成の抑制によって、ベイナイト核生成及びベイナイト成長速度の両方が影響を受けるため、ベイナイト微細構造の微細化を引き起こす。
【0012】
したがって、炭素の含有量が少なすぎると、ベイナイト微細構造の機械的特性が低下する。しかし、Cの含有量が多すぎると、焼入硬化性が高くなりすぎて、その結果、Bs温度が過度に抑制されるため、空冷中のマルテンサイト含有量が増加する。これは、不完全なベイナイト変態につながり、それによって延性の低下及び衝撃靭性の低下といった機械的特性が損なわれた微細構造が形成される。したがって、本発明のベイナイト鋼におけるCの含有量は0.33~0.40重量%とする。一実施形態によれば、最良の機械的特性を有するために、Cの含有量は0.35~0.39重量%とする。
【0013】
ケイ素(Si):0.60~1.45重量%
ケイ素は、製造工程において脱酸元素として使用されるので、ある程度の量のケイ素が本発明の鋼中に常に存在する。さらに、ケイ素は溶体強化元素であるため、重要な効果を有しており、ベイナイト微細構造の強度を明らかに改良する。Siは、冷却中のセメンタイト形成を遅延させ、それによってベイナイト微細構造における残留オーステナイトの量を増加させることによって、本発明の鋼の機械的特性、例えば本発明の鋼の延性及び衝撃靭性を改良するために特に重要であることが示されている。望ましい効果のいずれかを有するために、Siの含有量は少なくとも0.60重量%でなければならない。
【0014】
しかし、Siは冷却時に初析フェライトを安定化させるものであり、本発明の鋼はベイナイト微細構造を支配的に有する必要があるため、Siの量が多すぎると、空冷中に過剰な初析フェライトが形成される。これにより、初析フェライトはベイナイト微細構造と比較して機械的特性が劣っているため、硬度及び強度の低下につながることもある。
【0015】
したがって、本発明の鋼のSiの範囲を慎重に選択することが非常に重要であるため、ケイ素の量は0.60~1.45重量%で選択される。実施形態によれば、最良の硬度及び強度を有するために、ケイ素の含有量は1.00~1.45重量%とする。
【0016】
マンガン(Mn):0.25~≦0.80重量%
Mnは主に、硫黄と共にMnSを形成することによって高温割れを低減するために本発明の鋼に含まれており、それによって、FeSの有害な形成を回避する。したがって、Mnは、MnS型の硫化物を確保するために、少なくとも0.25重量%の量で含有される必要がある。さらに、Mnは、ベイナイト微細構造の固溶強化に寄与するので、本発明の鋼の機械的特性に好ましい効果を有している。Mnはまた、Bs温度を低下させるので、より微細なベイナイト微細構造の形成を促進し、それによって、強度と延性の両方を改良する。
【0017】
しかしながら、Mnは、オーステナイト化温度を低下させるため、熱間圧延中のオーステナイト粒径が小さくなる。この結果として、Mnは、後続のベイナイト形成を犠牲にして、焼入性元素であるにもかかわらず、冷却時にパーライト形成も促進する。Mnはまた、加工硬化を強め、脆化、特に焼戻し脆化に対する全般的な影響の受けやすさに悪影響を及ぼす。さらに、Mnは、鋼が硬度及び強度を損なう高使用温度に曝されると、軟化を強めることがある。
【0018】
Mnは少量であっても強力な硬化効果を有しており、マンガンの量が多すぎると、焼入硬化性が高くなりすぎて、空冷中のマルテンサイトの高含有量の形成につがなり、その結果、延性及び衝撃靭性が低下する。
【0019】
これらの欠点のために、本発明の鋼においては、他の合金元素の添加量の増加を可能にし、それによって焼入硬化性の過度の増加を回避するために、Mn量を制限することが重要であることが判明した。Mnの範囲を慎重に選択することが非常に重要であるため、Mnの含有量は≦0.80重量%とする。一実施形態では、Mnは≦0.70重量%とする。
【0020】
クロム(Cr):1.00~1.50重量%
Crは、ベイナイト微細構造の固溶強化に寄与するので、本発明の鋼の機械的特性を改良する。また、焼入硬化性を向上させ、Bs温度を抑制する。Bs温度を抑制することで、機械的特性、特に強度及び延性特性を改良する。
【0021】
本発明の鋼において、Crは、合金元素Mn、Ni、Siと比べて重要な合金元素であることが判明した。焼入性元素であるものの、Crは、焼入硬化性効果がより高い温度と比較するとより低い温度ではるかに弱まり、したがってパーライトの形成を遅延させるが、Mn及びNiと比較した場合、ベイナイト形成の同様の制限を回避することが判明した。Crは、Niと比較すると、ベイナイト微細構造にさらなる強度を加え、Siと同様の初析フェライト形成を促進しないことも判明した。
【0022】
しかし、クロムは量が多すぎると、焼入硬化性が過度に高まる可能性があり、その結果、空冷中に形成されるマルテンサイト含有量が増加し、延性の低下及び衝撃靭性の低下といった機械的特性が損なわれた微細構造が生じる。Cr含有量が多すぎると、冷却時に結晶粒界炭化物が析出するリスクがさらに高まり、延性に悪影響を及ぼす可能性がある。一方、Cr含有量が少なすぎると、ベイナイト微細構造の機械的特性が低下する。Cr含有量は1.00~1.50重量%とする。さらに、最良の機械的特性を有するために、Cr含有量は1.10~1.50重量%であってもよい。
【0023】
ニッケル(Ni):0.10~0.60重量%
ニッケルは、鋼の焼入硬化性を高めて、ベイナイト微細構造の強度を改良するものの、とりわけ強力な強靭化効果を有する固溶強化効果を引き起こす。強靭化効果は、特に低使用温度で衝撃強度を高める。鋼の十分な衝撃強度を確保するために、Ni含有量は少なくとも0.10重量%とすべきである。しかし、他方では、Niの含有量が多すぎると、残留オーステナイトの量が過度に多くなり、それによって硬度及び強度が低下する。高使用温度では、Ni含有量が多いと、焼戻し抵抗も損なわれる可能性があり、それによって鋼の硬度及び強度は時間と共に低下する。その上、Ni含有量が多すぎると、焼入硬化性が過度に高まる可能性があり、その結果、空冷中のマルテンサイト含有量が増加し、延性の低下及び衝撃靭性の低下といった機械的特性が損なわれた微細構造が生じる。したがって、本発明の鋼において、Ni含有量は0.60重量%に制限されなければならない。さらに、Niは高価な合金元素であり、そのため、可能な限り少量でバランスよく添加されるべきである。一実施形態によれば、Niの含有量は0.10~0.50重量%であってもよい。
【0024】
モリブデン(Mo):0.40~0.80重量%
モリブデンは、固溶強化及び析出硬化によってベイナイト微細構造の強度を改良する。Moは、冷却中のパーライトの形成を遅延させるのに非常に効率的であり、徐冷中に起こり得る焼戻し脆化も抑制する。Moは、使用中の軟化の低下、すなわち鋼が高温に曝されたときの焼戻し抵抗の改良に特に有利であり、したがって硬度及び強度を維持するのに役立つ。しかしながら、Moも高価な元素であり、したがって、可能な限り少量で維持されるが、それでも特性に影響を及ぼす量が添加されることが好ましい。Moがこれらの好ましい効果を確実に有するには、量は少なくとも0.40重量%とし、モリブデンの上限は0.80重量%とする。
【0025】
窒素(N):≦0.020重量%
Nは、侵入型固溶強化効果と析出硬化効果の両方を有するため、本発明の鋼に添加してもよく、それによって鋼の強度、特に降伏強度を改良する。Nは、窒化物として結晶粒微細化に寄与することが可能であり、それによって鋼の機械的特性をさらに改良する。しかしながら、Nは、特に室温での延性や、成形性、衝撃靭性に有害な脆化及びひずみ時効効果を生じさせるため、一般的に鋼における望ましくない不純物とみなされている。Nの含有量が多すぎると、鍛造及び圧延中の熱間加工特性も低下する可能性がある。したがって、上限は≦0.020重量%に設定される。添加される場合、N含有量は0.005~0.020重量%に設定される。
【0026】
リン(Phosphorous)(P):≦0.03重量%
Pは任意の元素であり、脆化効果により通常は有害元素とみなされることから、不純物と考えられている。したがって、≦0.03重量%のPを含むことが望ましい。
【0027】
硫黄(S):≦0.03重量%
Sは任意の元素だが、機械加工性を向上するために含まれてもよい。しかし、Sは粒界偏析や介在物を形成する可能性があり、そのため熱間加工特性及び機械的特性を制限して、異方特性の増大を引き起こすため、不純物とみなされることが多い。したがって、Sの含有量は≦0.03重量%とすべきである。添加される場合、S含有量は0.01~0.03重量%に設定される。
【0028】
アルミニウム(Al):≦0.05重量%
Alは脱酸素剤として使用されてもよいが、窒素と容易に結合して安定したAlN析出物を形成し、特に低温で靭性を促進するため、結晶粒微細化のために添加されてもよい。しかしながら、Alの含有量が多すぎると、延性の低下によって機械的特性が低下する可能性がある。添加される場合、Alの含有量は0.01~0.05重量%に設定される。
【0029】
例えば、機械加工性又は熱間延性などの熱間加工特性を改良するために、上記又は下記で定義される本発明のベイナイト鋼に、任意でその他の合金元素を少量添加してもよい。そのような元素としては、例えば、Ca、Mg、B、Pb及び/又はCeが挙げられるが、これらに限定されない。これらの元素の1つ又は複数の量は、最大0.05重量%とするが、Bは最大0.005重量%とする。
【0030】
本発明のベイナイト鋼は、微量元素、例えば、タングステン(W)、コバルト(Co)、銅(Cupper)(Cu)、チタン(Ti)及びタンタル(Ta)、バナジウム(V)及び/又はニオブ(Nb)を微量含有してもよい。このような微量元素は、不純物とみなされるべきであり、すなわち意図的に添加されず、これは、これらの元素が、鋼の最終特性が影響を受けないような量でのみ鋼中に存在することを許容されることを意味する。したがって、不純物とは、意図的に添加されていないが、例えば原料中に不純物として通常存在するため、完全に回避することができない元素及び/又は化合物のことである。
【0031】
「最大」又は「≦」という用語が使用される場合、別の数字が具体的に記載されていない限り、範囲の下限は0重量%であるということは、当業者にとって既知である。
【0032】
上記又は下記で定義される鋼のこの他の元素は、上述の通り、鉄(Fe)及び通常存在する不純物である。
【0033】
したがって、本発明者らは、本開示の特定の元素組成によって、耐摩耗性及び脆化耐性をもたらすベイナイト鋼が得られることを意外にも見出した。さらに、本発明のベイナイト鋼組成は、疲労亀裂及び塑性変形の低減をもたらす。したがって、合金元素の組成は、本発明のベイナイト鋼から構成される物体が望ましいベイナイト含有量、すなわち延性相のバランスのとれた含有量と、脆性的又は機械的に弱い相の可能な限り少ない含有量とを含むように慎重に適合される。このように、本発明のベイナイト鋼は、ディル(dill)用途に適している。
【0034】
一実施形態によれば、本発明のベイナイト鋼は、本明細書で言及される、及び本明細書で言及される異なる範囲における、すべての元素から成る、又は当該元素を含む。
【0035】
実施形態によれば、ベイナイト鋼は、重量%で下記の元素を含む、又は下記の元素から成る。
【0036】
残部とは、上記の通り、Feと不可避不純物と任意の元素である。また、上記のように、S、Al、Nを意図的に添加してもよい。
【0037】
実施形態によれば、本発明の鋼が少なくとも2.70のクロム当量(Creq)を有するという要件も満たす場合、望ましいベイナイト微細構造が得られること、及び本発明の鋼が良好な強度(Rp0.2)と、良好な延性と、良好な衝撃靭性と、良好な硬度(硬度3)との組み合わせを有することが確実になることも判明した。クロム当量(Creq)は、シェフラーの式に従って計算され、数字の単位は重量%である。
Creq=Cr+(1.5*Si)+(1*Mo)+(0.5*Nb)
【0038】
一実施形態によれば、上記又は下記で定義される本発明の合金は、Ni含有量が0.10~0.40重量%、Mn含有量が0.25~0.55重量%、Mo含有量が0.55~0.80重量%である。別の実施形態によれば、Siの含有量は1.00~1.45重量%である。
【0039】
実施形態によれば、上記又は下記で定義されるベイナイト鋼は、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルに関して、1000MPa以上の降伏強度(Rp0.2)を有する。「受け入れたままの状態の」という用語は、ドリルロッドが熱間圧延されて真っ直ぐに伸ばされていることを意味する。
【0040】
実施形態によれば、上記又は下記で定義されるベイナイト鋼は、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルに関して、1400MPa以上の引張強度(Rm)を有する。
【0041】
実施形態によれば、上記又は下記で定義されるベイナイト鋼の衝撃靭性(IT)は、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルを使用する場合、室温で>13Jである。
【0042】
一実施形態によれば、硬化、すなわちオーステナイト化及び水焼入れ後の硬度は、上記又は下記で定義されるベイナイト鋼の受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルに対して実施された場合、56~62HRC(硬度2)の範囲内である。
【0043】
上記又は下記で定義されるベイナイト鋼及びその製造されたドリルロッドは、従来の鋼製造及び鋼機械加工並びに従来のドリルロッド製造及び機械加工を使用して製造できる。
【0044】
上記又は下記で定義されるベイナイト鋼を含む物体又は部品は、オーステナイト化され、熱間圧延され、室温まで空冷されて、それにより、連続冷却中に望ましいベイナイト微細構造が得られる。
【0045】
上記又は下記に定義されるベイナイト鋼で構成される部品の表面の機械的特性は、高周波焼入れによって、又は限定されないがシュート(shoot)ピーニングなどの表面処理方法を適用することによって、さらに改良され得る。
【0046】
本開示による鋼は、本明細書で言及されるように、例えばトップハンマードリルロッドのようなドリルロッドなどのドリル部品の製造を目的とする。
【0047】
本開示は、下記の非限定的な例によってさらに説明される。
【実施例】
【0048】
実施例1
表1の合金は、合金7を除いてすべて、くず鉄及び合金を溶融することで高周波炉で溶融し、その後、9インチの鋼型を使用してインゴット鋳造して製造した。得られた合金の組成は表1に示す通りであった。残部は鉄と不可避不純物である。
【0049】
インゴットの重量は約270kgであった。インゴットを600~700℃で4~8時間熱処理した後、室温まで空冷し、インゴット表面を研削した。その後、インゴットを1100~1250℃まで加熱し、ハンマーで円の寸法が約130mmの棒に鍛造した。次いで、棒を空冷し、600~700℃で4~8時間熱処理し、室温まで空冷した。
【0050】
次のステップでは、棒を真っ直ぐに伸ばし、切断し、回転させ、穴を開けて、コアを挿入した。次いで、得られた丸棒を、寸法が20~25mmの六角形の中空棒となるように、圧延機で1100~1250℃で熱間圧延した。熱間圧延後、棒を室温まで連続的に空冷した。コアを除去し、棒を長さ単位で切断し、その後真っ直ぐに伸ばした。
【0051】
実施例2
合金7は、75MTの電気アーク炉内で溶融した後、365×265mmのブルームまで連続鋳造して製造した。合金の組成を表1に示す。その後、ブルームを1100~1250℃まで加熱し、直径約125mmまで熱間圧延した。
【0052】
棒を700~850℃で3~6時間熱処理した後、600℃まで炉冷し、次いで室温まで空冷し、その後、真っ直ぐに伸ばし、切断し、回転させ、穴を開けて、コアを挿入した。
【0053】
次いで、得られた丸棒を、寸法が20~25mmの六角形の中空棒となるように、圧延機で1100~1250℃で熱間圧延した。熱間圧延後、棒を室温まで連続的に空冷した。コアを除去し、棒を長さ単位で切断し、その後真っ直ぐに伸ばした。
【0054】
実施例3-機械試験
機械試験の結果を表2に示す。
【0055】
硬度試験
ASTM E 18-19に従って、HRC試験として3種類の硬度測定を室温で実施した。
-圧延したままのドリルロッドサンプルの硬度、
すなわち、「圧延したままの」とは、熱間圧延と空冷の後を意味する(硬度1)。
-硬化されたドリルロッドサンプルの硬度、
すなわち、1000℃で20分間硬化し、次いで水焼入れした(硬度2)。
硬化は、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルに対して行った。「受け入れたままの状態の」という用語は、サンプルがドリルロッドから取り出される前に、ドリルロッドが熱間圧延されて真っ直ぐ伸ばされていることを意味する。
-焼戻しされたドリルロッドサンプルの硬度、
すなわち、650℃で30分間焼戻しし、次いで空冷した(硬度3)。
焼戻しは、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプル(硬度3a)と硬化されたドリルロッドサンプル(硬度3b)の両方に実施し、別々に報告された。
【0056】
圧延したままのドリルロッドサンプルの縦断面において硬度を測定した。測定前に、表面を0.5mmの深さまで研削した。圧延したままの硬度は、1つのドリルロッド位置で試験を行った合金8及び9を除き、すべての合金の試験を2つのドリルロッド位置で行った。硬化されたドリルロッドサンプル及び焼戻しされたドリルロッドサンプルにおいて、ドリルロッドサンプルの断面で硬度を測定した。提示された値はすべて、各ドリルロッド位置における3つ以上のくぼみの平均に基づく。合金8、9及び10については、焼戻し試験は実施しなかった。
【0057】
実施例から分かるように、本発明の合金1~3及び6~7は、硬度3bが優れている。これは、これらの合金が、他の合金と比較して、高温に曝されたときの軟化に耐える優れた能力を有することを意味する。さらに、実施例から分かるように、硬度3aもこれらの合金では非常に良好である。これらの硬度の結果は、焼戻し抵抗が、受け入れたままの状態と硬化状態の両方において、いかなる理論にも束縛されることなく、かつ、硬化された、及び圧延したままの状態状態(condition condition)において非常に良好であることを意味する。実施例の合金を評価する際には(when evaluation the alloys of the Examples)、実施された種々の機械試験のすべての結果の組み合わせを考慮したことを強調すべきである。
【0058】
表2から分かるように、本発明の範囲内のあらゆる熱で圧延したままの硬度は、41~47HRC(硬度1)となり、これは、本明細書で言及される用途に最適な特性を有するには望ましい硬度である。
【0059】
引張試験
引張試験の結果には、降伏強度と極限引張強度の両方の測定値が含まれた。試験は、試験片4を用いて、ASTM E8/E8M-16a、
図8[E8M]に従って、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルに対して室温で実施した。提示された値は、2つ以上の試験片の平均に基づく。1つのドリルロッド位置で試験を行った合金10を除き、すべての合金の試験を2つのドリルロッド位置で行った。
【0060】
衝撃靭性試験(IT)
衝撃靭性の結果は、シャルピーV試験中に測定された全衝撃力に基づくものであった。試験は、ISO 148-1:2016(E)に従って、受け入れたままの状態のドリルロッドサンプルに対して室温で実施した。ISO 148-1:2016(E)に従って、Vノッチを有する10×5×55mmの試験片を使用した。提示された値は、2つ以上の試験片の平均に基づく。1つのドリルロッド位置で試験を行った合金10を除き、すべての合金の試験を2つのドリルロッド位置で行った。試験結果から分かるように、本発明のすべての合金は良好な結果を有していた。参照合金の1つが本発明の合金の1つに近い値を有する場合でも、合金が良好か粗悪かを検討する際には、各合金のすべての機械的特性を考慮する必要がある。
【0061】
したがって、表2の結果から分かるように、本発明のベイナイト鋼は、ドリル用途において、摩耗に耐え、かつ脆性を低減するのに最適化された硬度を有している。
【0062】
さらに、表2から分かるように、本発明のベイナイト鋼は、摩耗、変形、疲労に耐え、かつドリル加工中の摩擦熱に起因する表面温度の上昇によって引き起こされる軟化に耐えるために、硬度、引張強度、衝撃靭性などのバランスのとれた、かつ最適化された機械的特性の組み合わせを有する。
【国際調査報告】