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特表2023-526200SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質
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  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図1
  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図2
  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図3A
  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図3B
  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図4A
  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図4B
  • 特表-SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-21
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2感染症の予防または治療のための適合溶質
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7032 20060101AFI20230614BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20230614BHJP
   A61K 31/197 20060101ALI20230614BHJP
   A61K 31/505 20060101ALI20230614BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230614BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20230614BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230614BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230614BHJP
【FI】
A61K31/7032
A61P31/14
A61K31/197
A61K31/505
A61P43/00 121
A61K45/00
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022568416
(86)(22)【出願日】2021-05-10
(85)【翻訳文提出日】2022-11-09
(86)【国際出願番号】 EP2021062293
(87)【国際公開番号】W WO2021228750
(87)【国際公開日】2021-11-18
(31)【優先権主張番号】102020112603.4
(32)【優先日】2020-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】510054186
【氏名又は名称】ビトップ アクチエンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】bitop AG
【住所又は居所原語表記】Stockumer Strasse 28, D-58453 Witten, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100134315
【弁理士】
【氏名又は名称】永島 秀郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】トーマス シュヴァーツ
(72)【発明者】
【氏名】エヴァ ガリック
(72)【発明者】
【氏名】ディーター エスターヘルト
【テーマコード(参考)】
2G045
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA40
2G045FB04
4C084AA19
4C084MA13
4C084MA16
4C084MA23
4C084MA34
4C084MA37
4C084MA41
4C084MA43
4C084MA52
4C084MA59
4C084MA66
4C084NA05
4C084ZB331
4C084ZB332
4C084ZC751
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC42
4C086EA05
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZB33
4C086ZC75
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA51
(57)【要約】
本発明は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患、好ましくはSARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eによって引き起こされる疾患の予防または治療において、有機および高水溶性の適合溶質または溶質混合物を、好ましくは吸入可能、口腔咽頭投与可能、鼻腔投与可能および静脈内投与可能な組成物の形態で使用することに関するものである。本発明の意味における特に適した溶質は、エクトインおよびその誘導体、グリコイン、マンノシルグリセラート(フィロイン)およびマンノシルグリセラミド(フィロイン-A)であり、これらは、その強い水結合能によって、移行上皮、例えば眼、内側上皮、例えば肺、および内皮における宿主細胞の受容体へのウイルスの結合を低減し、ひいてはウイルスの増殖を低減または防止する。本発明によれば、感染性の喀痰や呼気の減少により予防が可能になり、本発明による適合溶質の膜保護性により患部組織の治療およびリハビリテーションが可能になる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防または治療に使用するための適合溶質または適合溶質混合物であって、少なくとも1つの前記適合溶質が有機および高水溶性の化合物から選択される、使用するための適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項2】
前記少なくとも1つの適合溶質が7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する、請求項1記載の、使用するための適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項3】
前記少なくとも1つの適合溶質が、グリセリルグルコシド(グリコイン)、グリシンベタイン、マンノシルグリセラート(フィロイン)、マンノシルグリセラミド(フィロイン-A)、エクトインならびに式Iおよび/または式IIのその誘導体および前述の化合物のその生理学的に適合性のある塩、アミドおよびエステルから選択され、式中、
【化1】
R1=Hまたはアルキルを意味し、
R2=H、COOH、COO-アルキルまたはCO-NH-R5を意味し、
R3およびR4は、それぞれ独立して、HまたはOHを意味し、
R5=H、アルキル、アミノ酸残基、ジペプチド残基またはトリペプチド残基を意味し、
n=1、2または3を意味し、
アルキル=C~C炭素原子を有するアルキル基を意味する、請求項1または2記載の、使用するための適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項4】
前記疾患が、ベータコロナウイルス属および/またはアルファコロナウイルス属のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる、請求項1から3までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項5】
前記疾患が、SARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eから選択されるss(+)RNAウイルスによって引き起こされる、請求項1から4までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項6】
前記ウイルス性疾患が、移行上皮組織および/または内側上皮組織の感染および/または炎症を含む、請求項1から5までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項7】
前記ウイルス性疾患が、内皮の感染および/または炎症を含む、請求項1から6までのいずれか1項記載の、使用するための適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項8】
前記ss(+)RNAウイルスが、ヒト細胞上の少なくとも1つの膜結合タンパク質またはその構成要素と相互作用し、このタンパク質またはその構成要素を受容体として利用して細胞に結合する、請求項1から7までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項9】
前記ss(+)RNAウイルスが、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)、アミノペプチダーゼN(APN)および/またはジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)から選択される受容体と相互作用する、請求項1から8までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項10】
前記少なくとも1つの適合溶質が、ヒト受容体に結合するのに適した前記ss(+)RNAウイルスのウイルスタンパク質のアンフォールディングおよび/または開口を低減または防止する、請求項1から9までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項11】
前記ss(+)RNAウイルスの増殖が低減または防止される、請求項1から10までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項12】
前記少なくとも1つの適合溶質が、移行上皮、内側上皮組織および/または内皮の膜をシールドする、請求項1から11までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項13】
前記少なくとも1つの適合溶質が、抗ウイルス化合物、抗炎症化合物、インターロイキン-ブロッカー、抗炎症性抗サイトカイン、ウイルス受容体阻害剤および/またはワクチンと組み合わせて投与される、請求項1から12までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項14】
前記少なくとも1つの適合溶質が、微粉塵汚染の高い地域から来る患者、微粉塵汚染の高い職業集団に属する患者、血管疾患の既往症および/または慢性気道疾患を有する患者に使用される、請求項1から13までのいずれか1項記載の適合溶質または適合溶質混合物。
【請求項15】
請求項1から14までのいずれか1項記載の少なくとも1つの適合溶質または適合溶質混合物を含有する組成物であって、前記少なくとも1つの適合溶質または前記適合溶質混合物が、前記組成物の総含有量を基準として、0.0001重量%以上70重量%以下の割合で前記組成物中に存在する、組成物。
【請求項16】
前記組成物が、
i)粉末、顆粒、カプセル、トローチおよび発泡性錠剤を含む固体形態、
ii)溶液、注射液、注入液および懸濁液を含む液体形態、および/または
iii)スプレー、エアゾールおよび吸入剤を含む混合物として
存在する、請求項15記載の組成物。
【請求項17】
輸液として液体形態で、またはネブライザーおよび/もしくは呼吸器での使用に適した液体形態で存在する、請求項15または16記載の組成物。
【請求項18】
コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防または治療において、輸液が吸入剤と組み合わせて投与される、請求項15から17までのいずれか1項記載の組成物。
【請求項19】
キットであって、
- 吸入のための、すぐに使用できる請求項15から18までのいずれか1項記載の少なくとも1つの組成物と、
- 前記組成物を投与するための装置と
を含む、キット。
【請求項20】
組成物の制御された送達のための装置に使用するための、請求項15から18までのいずれか1項記載の組成物であって、ここで、
- 前記装置は、前記組成物のエアロゾルを生成するのに適しており、
- 口および/または鼻からの前記組成物の吸入を可能にし、
- 液体または乾燥組成物の定義されたスプレーバーストの定量式送達を保証し、
- 目への液体組成物の定量式送達を保証し、かつ/または
- 口腔、喉および/または鼻腔への前記組成物の噴霧を可能にする、
請求項15から18までのいずれか1項記載の組成物。
【請求項21】
請求項1から14までのいずれか1項記載の適合溶質を同定する方法であって、
- 潜在的なウイルス受容体として膜結合型表面タンパク質を有する細胞株を提供するステップと、
- 細胞を、潜在的に請求項1から14までのいずれか1項記載の適合溶質である化合物に接触させるステップと、
- 測定可能なシグナルを含むウイルス受容体結合ドメインを添加するステップと、
- 添加物をインキュベーションするステップと、
- 前記細胞上で測定可能な前記シグナルを記録するステップと、
- 前記ウイルス受容体結合ドメインとヒト膜結合型表面タンパク質との間の結合が減少したことを決定するステップと
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患、好ましくはSARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eによって引き起こされる疾患の予防または治療において、有機および高水溶性の適合溶質(kompatible Solute)または溶質混合物を、好ましくは吸入可能、口腔咽頭投与可能、鼻腔投与可能および静脈内投与可能な組成物の形態で使用することに関するものである。本発明の意味における特に適した溶質は、エクトインおよびその誘導体、グリコイン、マンノシルグリセラート(フィロイン)およびマンノシルグリセラミド(フィロイン-A)であり、これらは、その強い水結合能によって、移行上皮、例えば眼、内側上皮、例えば肺、および内皮における宿主細胞の受容体へのウイルスの結合を低減し、ひいてはウイルスの増殖を低減または防止する。本発明によれば、感染性の喀痰や呼気の減少により予防が可能になり、本発明による適合溶質の膜保護性により患部組織の治療およびリハビリテーションが可能になる。
【0002】
新型SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)は、瞬く間に世界的な課題となっている。ごく短期間のうちに、その蔓延がパンデミックと宣言された。この病気の経過は、多くの場合、穏やかに経過し、倦怠感、発熱、場合によっては咳などの軽い症状で済むが、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome, ARDS)や重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome, SARS)に進展することがある。死亡率は重症化するにつれて上昇し、重症患者では49%にも達することがある。現在、Sars-CoV-2ウイルスによって引き起こされるCovid-19病(同義語:「コロナウイルス感染症2019」)に対する標的治療法はない。現時点では、Covid-19病に対する有効な治療薬やSARS-CoV-2ウイルスに対するワクチン予防接種が利用可能でないため、支援措置しか適用することができない。
【0003】
このような背景から、本発明は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患、特にSARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eのウイルスによって引き起こされるウイルス性感染および/または炎症の予防および/または治療に適した化合物、薬剤、医療用製品および/または医薬品を提供するという課題に基づいている。この課題は、前述のウイルス、特にSARS-CoV-1、SARS-CoV-2および/またはMERS-CoVの宿主細胞への侵入を防止または低減することであり、ここで、宿主細胞はヒトおよび動物の真核生物細胞である。そのため、ヒトおよび動物における前述の疾患の予防および治療に使用するための化合物、薬剤、医療用製品および/または医薬品を提供することが目的とされる。そのような化合物を同定するために、本発明は、前述の疾患の治療および予防に適した化合物を正確に同定する方法を提供することを更なる課題とする。本発明の更なる課題は、日常的に使用するための個々の予防に適した医療用製品ならびに損傷した上皮組織および内皮の治療のための切り離された補完療法を提供することである。したがって、適切な製剤および剤形を提供することが更なる課題である。
【0004】
驚くべきことに、今では、添付の実施例および図3図5に示すように、エクトインおよびその誘導体のグリコイン、マンノシルグリセラート(フィロイン)またはマンノシルグリセラミド(フィロイン-A)などの適合溶質が、上記の課題を解決できることが判明した。
【0005】
したがって、本発明の主題は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防または治療に使用するための適合溶質または溶質混合物であって、少なくとも1つの適合溶質は、有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの化合物、好ましくはヒドロキシエクトインおよびエクトインならびにその誘導体から選択される、適合溶質または溶質混合物である。本明細書において「エクトインおよび/または誘導体」または「エクトインおよび/またはその誘導体」が言及されている場合、これには式Iおよび式IIのすべての化合物が含まれる。
【0006】
ウイルスの一般的な分類は、当業者に知られている。本発明によって考慮されるコロナウイルス科のウイルスの分類のために、これらは、ピコルナウイルス科(ピコルナウイルス目)、アデノウイルス科(亜目不明)およびフィロウイルス科(モノネガウイルス目)のウイルスから区別される。ピコルナウイルス科のウイルスには、正極性の一本鎖RNAゲノムを持つライノウイルスが含まれる。アデノウイルス科のウイルスには、ds-DNAをベースにしたアデノウイルスが含まれ、例えばエボラウイルスが属するフィロウイルス科のウイルスも同様に一本鎖RNAゲノムであるが、負極性を持つウイルスである。本発明の意味におけるウイルスは、コロナウイルス科に属し、コロナウイルス亜科とトロウイルス亜科との2つに分けられる。コロナウイルス科は、哺乳類のみに感染するアルファ、ベータコロナウイルス属、哺乳類と鳥類との両方に感染するガンマ、デルタコロナウイルス属とに分けられる。
【0007】
E229およびNL63はヒト病原性のアルファコロナウイルスであり、一方で、OC43およびHKU1ならびにSARS-CoV2を含むすべての新型CoVsウイルスはベータコロナウイルス属に属している。したがって、本発明の更なる主題は、疾患がベータコロナウイルス属および/またはアルファコロナウイルス属のss(+)RNAウイルスによって引き起こされ、好ましくはSARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eから選択されるウイルスによって引き起こされる、少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよびその誘導体のものの使用である。
【0008】
HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63およびHCoV-229Eの4つのウイルスは、鼻炎、結膜炎、咽頭炎、時には咽頭炎および/または中耳炎を引き起こし、ひいては主に上気道疾患を引き起こす。対照的に、他のウイルスは、全身性の感染症および/または炎症を伴うかもしくは伴わない、より重篤な下気道疾患を引き起こす可能性がある。したがって、本発明の意味において、特に好ましいウイルスは、SARS-CoV(-1)、SARS-CoV-2および/またはMERS-CoVである。
【0009】
前述の各ウイルスは、ウイルスエンベロープ内に結合した表面タンパク質を含み、これは、宿主細胞の特定の表面タンパク質と相互作用し、当該タンパク質に結合し、それによって、最終的に宿主細胞の感染を誘導する(Tay et al.)。したがって、本発明の特定の実施形態では、少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインが使用され、ss(+)RNAウイルスがヒト細胞(宿主細胞)上の少なくとも1つの膜結合タンパク質またはその構成要素と相互作用し、このタンパク質またはその構成要素を受容体として利用して細胞に結合する。本発明の意味において、少なくとも1つの溶質は、受容体として病原性表面タンパク質を介してウイルス病原体が結合しているヒト細胞のすべての表面タンパク質に作用する。特定の実施形態では、ss(+)RNAウイルスは、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)、アミノペプチダーゼN(APN)および/またはジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)から選択される受容体と相互作用する。これらのウイルス受容体は、Fang Li 2020の図1に示されるように、本発明の意味におけるウイルスのさまざまなタンパク質と相互作用する。特に、カルボキシペプチダーゼだけでなく、既に述べた以外のアミノペプチダーゼおよびジペプチジルペプチダーゼも本発明に含まれる。本発明の意味における「ウイルス受容体」は、本明細書で言及したss(+)RNAウイルスがその宿主細胞上、有利にはヒト細胞上、特に好ましくは移行上皮組織上、内側上皮組織および/または内皮の細胞上の受容体として認識するすべての膜結合型タンパク質である。
【0010】
したがって、本発明の意味における潜在的な適合溶質を同定するための以下の本発明による方法の特定の実施形態では、この方法でそれぞれのウイルスに最も適した適合溶質を同定するために、対応する組み合わせをFang Li 2016に従って試験し、当該溶質は、有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの化合物、好ましくはヒドロキシエクトインおよびエクトインならびにその誘導体から選択される。特に好ましくは、これらの溶質は、7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する。
【0011】
すなわち、本発明の更なる主題は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防または治療に使用するための、本発明による適合溶質を同定する方法であって、少なくとも1つの適合溶質が有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの化合物から選択される、方法である。本方法(同義語:生物学的アッセイ)は、以下のステップ:
- 潜在的なウイルス受容体として膜結合型表面タンパク質を有する細胞株、好ましくは表5からの細胞株を提供するステップと、
- 細胞を、本発明の意味において潜在的に適合溶質である化合物、好ましくはエクトインおよび/または式Iおよび/または式IIの別の化合物、グリセリルグルコシド(グリコイン)、マンノシルグリセラート(フィロイン)、マンノシルグリセラミド(フィロイン-A)に接触させるステップと、
- 有利には、潜在的な溶質のいずれも含まない対照への実験的アプローチのステップと、
- 測定可能なシグナル、有利にはアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)、アミノペプチダーゼN(APN)および/またはジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)の結合ドメイン、好ましくはS1タンパク質またはFang Li 2016に従った別のタンパク質を含むウイルス受容体結合ドメインを添加するステップと、
- 添加物を、好ましくは、結合パートナーの相互作用および結合のための十分な時間にわたってインキュベーションするステップと、
- 細胞上で測定可能なシグナル、有利には蛍光シグナルを記録するステップと、
- ウイルス受容体結合ドメインとヒト膜結合型表面タンパク質との間の結合が減少したことを決定するステップと
を含む。
【0012】
前述の方法で、ウイルスタンパク質から発せられるシグナルが、一緒に運ばれた対照に比べて減少していることが測定された場合、このことは、ウイルスの結合が減少したことを示す。実施例1は、本アッセイの機能性を証明するものである。有利には、本発明による方法では、細胞をヨウ化プロピジウムと共にインキュベートし、そうすることで、膜損傷細胞、有利には死細胞を測定シグナルから差し引くようにする。潜在的な化合物は、有利には7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの化合物から選択される。
【0013】
好ましくは、本発明の意味における適合溶質は、上記の方法を用いてスクリーニングされる。本発明による方法は、2つの異なる実施形態で構成されることができる。第1の代替的な実施形態では、7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する適合溶質が、上流の方法において選択され、特にRouychoudhury et al 2011に従って原子間力顕微鏡によって測定され、その後、上述の生物学的アッセイに供給される。本発明による方法の第2の代替的な実施形態では、潜在的な溶質がまず前述の生物学的アッセイで同定され、その後、Rouychoudhury et al 2011に従って水結合能が決定される。代替案と同様に本方法の更なる実施形態では、エクトインは、エクトインに関して測定される本発明による適合溶質を同定するために、内側標準として連行される。
【0014】
本発明による適合溶質、有利には式Iおよび/または式IIによるものは、生物学的(バイオベース)起源を有していてもよいし、あるいは合成製造されてもよい。バイオベースの適合溶質、有利には式Iおよび/または式IIの化合物は、天然株(Costa et alも参照)、例えばHalomonas elongataなど(表1)、または遺伝子組換え微生物、例えばCorynebacterium glutamicumを用いてバイオ技術により製造することができる。遺伝子組換え微生物を使用することにより、本発明による適合溶質をより大量に製造することが可能になる。同様に、本発明による適合溶質の合成製造は、量およびコストの点で有利である。
【0015】
しかしながら、製造経路にかかわらず、ss(+)RNAウイルスと宿主細胞との間の結合、好ましくは、ウイルスペプロマーまたはスパイクタンパク質、有利には受容体結合ドメイン(RBD)と、宿主細胞上のウイルス受容体、有利にはACE2、APNおよび/またはDPP4(上記参照)との間の結合に対するそれぞれの適合溶質の水結合能および低減/干渉作用が、本発明の意味において非常に重要である。本発明による適合溶質は、好ましくはRouychoudhury et al 2011に従って決定された、7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する。
【0016】
エクトインなどの合成製造される適合溶質と、生合成で製造されるエクトインとでは、最終製品のいくつかの特徴が異なる。特徴には、合成製造に使用される化学物質の残留物に関しての最終製品の純度、エナンチオマー純度、臭気および色調(ハーゼン色数)、本発明による組成物への加工性に関しての純度が含まれる。商業的に合成製造されたエクトインとバイオベースのエクトインとの比較例では、以下の違いが示される:
【表1】
【0017】
エクトインは式Iおよび式IIに該当し、光学異性体、ジアステレオマー、ラセミ体、双性イオン、カチオンまたは前述の形態のうちの少なくとも2つの混合物として存在し得る。異性体は、式Iおよび式IIの化合物の(R,R)-、(R,S)-、(S,S)-および(S,R)-構造を含み、ここで、フィッシャー投影式に従ったS-エナンチオマーはL-エナンチオマーに相当し、R-エナンチオマーはD-エナンチオマーに相当し、例えば、L-エクトインはS-エクトインに等しく、D-エクトインはR-エクトインに等しい。
【0018】
本発明による溶質または溶質混合物の好ましい実施形態では、少なくとも1つの適合溶質は、90%以上、有利には95%以上、97%以上、99%以上、特に好ましくは100%に等しい純度を有するエナンチオマー的に純粋な形態で存在する。溶質混合物に関して、これは、2つの化合物の混合物がそれぞれの化合物をエナンチオマー的に純粋な形態で有し、有利には、選択された化合物に異性体の混入がないことを意味する。
【0019】
本発明による溶質または溶質混合物のエナンチオマー的に純粋な形態は、特に好ましくは、S-および/または(S,S)-異性体を有する。好ましいエナンチオマー的に純粋な溶質混合物において、S-エクトインおよび(S,S)-ヒドロキシエクトインは、それぞれ90%以上、95%以上、有利には97%以上、99%以上、特に好ましくは100%に等しい純度で存在する。したがって、この溶質混合物は、好ましくは、それぞれの場合において、10%以下、5%以下、有利には3%以下、1%以下、特に好ましくは0%に等しいR-エクトインまたは(R,S)-/(S,R)-もしくは(R,R)-ヒドロキシエクトインを有する。
【0020】
本発明の特定の実施形態では、以下のラセミ体が好ましい:
- S-エクトインおよびR-エクトイン、
- (S,S)-ヒドロキシエクトイン、(S,R)-ヒドロキシエクトイン、(R,S)-ヒドロキシエクトイン、および(R,R)-ヒドロキシエクトイン、または
- S-ホモエクトインおよびR-ホモエクトイン。
【0021】
異性体のほか、ジアステレオマー、ラセミ体、双性イオン、カチオンおよび前述の化合物の混合物も本発明の主題である。ヒドロキシ基、スルホン酸基、アミド、エステルなどのカルボン酸誘導体、カルボニル基、エーテル基、アルコキシ基およびジドロキシ基で誘導化することができる。
【0022】
本発明による使用の特定の実施形態では、少なくとも1つの適合溶質は、グリセリルグルコシド(グリコイン)、グリシンベタイン、マンノシルグリセラート(フィロイン)、マンノシルグリセラミド(フィロイン-A)、エクトインならびに式Iおよび/または式IIのその誘導体および前述の化合物のその生理学的に適合性のある塩、アミドおよびエステルから選択され、式中、
【化1】
R1=Hまたはアルキルを意味し、
R2=H、COOH、COO-アルキルまたはCO-NH-R5を意味し、
R3およびR4は、それぞれ独立して、HまたはOHを意味し、
R5=H、アルキル、アミノ酸残基、ジペプチド残基またはトリペプチド残基を意味し、
n=1、2または3を意味し、
アルキル=C~C炭素原子を有するアルキル基を意味する。
【0023】
本発明の意味において同様に好ましい適合溶質は、エクトインおよびその誘導体、グリコイン(グリセリルグルコシド)、L-プロリン、マンノシルグリセラート、N-アセチルジアミノ酪酸(NADA)、トリメチルアミンN-オキシド(TMAO)および/またはグリシンベタインからなる群からの化合物である。エクトインの好ましい誘導体には、S/R-エクトイン、(S,S)/(R,R)-ヒドロキシエクトイン、(S,S)/(R,R)-ヒドロキシエクトインおよびS-ホモエクトイン、ならびに前述の化合物の生理学的に適合性のある塩、アミドおよびエステルが含まれる。
【0024】
本発明の意味において、前述の化合物のうちの少なくとも2つの溶質混合物、好ましくは、式Iおよび/または式IIによる少なくとも2つの化合物を含む溶質混合物も同様に使用される。好ましくは、式Iまたは式IIによるそれぞれの適合溶質は、90%以上の純度でエナンチオマー的に純粋な形態で存在する。式Iまたは式IIの化合物の本発明の意味において特に好ましい溶質混合物は、100重量%の総含有量を有するすべての化合物の合計を基準として、85重量%以上のS-エクトインと15重量%以下の(S,S)-ヒドロキシエクトインとを含有する。
【0025】
特定の実施形態では、本発明による適合溶質はバイオベースであり、ここで、バイオベースとは、化合物が生物学的起源を有することを意味すると理解されるべきである。本発明による溶質の生物学的供給源には、例えば、藻類、真菌、光栄養細菌、メタン生成細菌、Actinopolyspora halophila、ガンマプロテオバクテリア綱(Gammaproteobakterien)、Nocardiopsis sp.、ブレビバクテリウム属(Brevibacteria)、グラム陽性球菌、多くのバシラス綱(Bacillen)、藻類、いくつかのバシラス綱および関連種(プラノコッカス・シトレウス(Planococcus citreus))、スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)、Salinicoccus sp.、M96/12b株、Sporosarcina halophila、メタン生成菌(β-グルタミン、Nε-アセチル-β-リジン)、Ectothiorhodospira marismortui(CGA)、他の無酸素性光栄養細菌、Azospirillum brasilense、Rhizobium melilotiなど多数が含まれる。いくつかの例を以下の表1にまとめている。
【0026】
本発明の意味における適合溶質の更なる要約は、Costa et al 1998に記載されている。同文献の122頁から141頁までに列挙されている化合物は、本発明の一部としてここに組み入れられる。同文献に記載された溶質は、本発明による使用に適しており、好ましくは、Rouychoudhury et al 2011に従って決定された、7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有するものである。
【0027】
【表2-1】
【表2-2】
【0028】
したがって、本発明の意味における適合溶質は、水と高い反応性を有するOH基および/またはアミノ基および/またはアミド基によって特徴付けられる、糖、アミノ酸およびポリオールのクラスからの化合物である。ベタイン、式I/式IIの化合物、プロリン、カルボキサミド、NAc-O、NAc-Lおよびマンノシルグリセラートも同様に含まれる。
【0029】
したがって、本発明による適合溶質(同義語:溶質)は、有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの、特定の実施形態では7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する化合物である。好ましくは、水結合能は、それぞれの場合において[モル/モル(HO/溶質)]として、7.2以上、7.5以上、7.7以上、8.0以上、8.2以上、8.5以上、8.7以上、9以上である。本発明の意味において好ましい溶質は、9.0モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有するエクトインである。
【0030】
本発明の意味におけるそれぞれの好ましい溶質または溶質混合物は、単独でまたは他の生理学的溶液、例えば、臨床で用いられる種々の輸液、NaCl溶液と組み合わせて使用することができる。
【0031】
本発明による溶質、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体、または少なくとも1つの好ましい溶質を含有する組成物は、移行上皮組織および/または内側上皮組織の感染および/または炎症を含むウイルス性疾患の予防または治療に使用される。本発明による使用の特定の実施形態では、ウイルス性疾患は、内皮の感染および/または炎症を含む。
【0032】
本発明の意味におけるウイルス性疾患は、内皮、特に眼の内皮、上部および/または下部気道、気管、肺、気管支、気管支樹、心臓、心臓の内皮、血液-リンパ管、脳血管、腎臓血管、食道、胃粘膜および/または小腸粘膜の感染および/または炎症を含む。
【0033】
したがって、本発明の意味において、SARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eによってそれぞれ引き起こされ、上部および/または下部気道、気管、肺、気管支および/または気管支樹の感染および/または炎症を示すウイルス性疾患が含まれる。これらの疾患は、前述の器官において罹患した組織がウイルスに感染しており、ひいてはウイルスの少なくとも1つの成分(ウイルスRNA)がこれらの組織において検出可能であることによって特徴付けられ、検出可能である。本発明の意味における患部組織には、
- 上気道、口腔、口腔粘膜、歯肉、舌、舌粘膜、鼻腔、副鼻腔、鼻粘膜、眼、声帯、喉、生殖器などの移行上皮組織および/または
- 下気道、気管、気管支、気管支樹、肺、内側内皮組織、連続内皮、特に肺および心臓の連続内皮、心臓の内皮、血液-リンパ管、食道、胃粘膜および/または小腸粘膜を含む内側上皮組織
が含まれる。
【0034】
【表3】
【0035】
本発明の意味における治療および予防は、広く解釈され、ウイルスによって損傷を受けた組織のリハビリテーションの支援も同様に含まれる。このことは、ワクチンによる免疫化が優先して行われ、本発明による組み合わせがさらに、本発明による溶質を使用してウイルスによって損傷を受けた組織をリハビリテーションする場合、または組織が予防的に保護される場合に特に関連する。
【0036】
本発明による使用の特定の実施形態では、少なくとも1つの溶質または溶質混合物は、好ましくは本発明による組成物の形態で、前述のウイルス、好ましくはSARS-CoV-2によって引き起こされる気道疾患の予防または治療に使用される。本発明による組成物は、有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの化合物、好ましくはヒドロキシエクトインおよびエクトインならびにその誘導体から選択され、有利には7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する少なくとも1つの適合溶質を含有する。
【0037】
本発明の意味におけるウイルス性気道疾患には、内皮の感染および/または炎症だけでなく、肺胞上皮細胞の感染および/または炎症も含まれる。ss(+)RNAウイルス、好ましくはSARS-CoV-2によって引き起こされる本発明の意味におけるウイルス性疾患には、肺炎、SARS(重症急性呼吸器症候群)および前述の組織の器官全体の損傷が含まれる。SARS-CoV-2またはCOVID-19の患者は、発熱、倦怠感、疲労感および咳などの典型的な症状を示す。SARS-CoV-2に感染した大人や子供の多くは、軽いインフルエンザ様症状を呈する。これらは、一部の患者、特にハイリスク群の患者では、急速に急性呼吸窮迫症候群(SARS)、呼吸不全、多臓器不全、それどころか死亡に至ることもある。
【0038】
更なる症状としては、咳、痰の分泌、呼吸困難、喉の痛みおよび頭痛がある。一部の患者は、下痢や嘔吐を伴う消化器症状を示す。発熱や咳が主な症状であり、一方で、上部気道や胃腸の症状はまれであった。
【0039】
前述の上部および/または下部気道の症状を有する患者において、本発明による製品は、予防または治療のために特に良好に適している。吸入可能な組成物および製品が特に好ましい(図6)。同様に咳、痰の分泌および/または喉の痛みを有する患者においては、有機および高水溶性の、有利にはバイオベースの化合物、好ましくはヒドロキシエクトイン、エクトインおよび/またはその誘導体から選択される少なくとも1つの適合溶質を含有する、本発明による製品(図6)が好ましい。特に好ましくは、これらの適合溶質は、7モル/モル(HO/溶質)以上の水結合能を有する。これらの製品は、2つの機能を果たす。一方では、攻撃された組織のリハビリテーションを支援し(第2表を参照)、このようにして本発明の意味におけるウイルス性疾患を治療する。他方では、感染性の低い痰や呼気が得られるため、環境保護が得られる。
【0040】
本発明による使用の特定の実施形態は、SARS-CoV-2によって引き起こされるような全身性内皮炎の治療または予防における、少なくとも1つの適合溶質、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体の使用である。いわゆるCovid-19内皮炎は、多臓器障害、特に心臓、肝臓および腎臓におけるびまん性内皮炎によって特徴付けられる。循環器系の問題についても同様に説明している。これらの患者では、SARS-CoV-2が血管に直接炎症を起こすことが判明している。更なる臓器が感染症および/または炎症を有している可能性もある。
【0041】
好ましくは本発明による組成物に含有される、少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物の本発明による使用の特定の実施形態では、少なくとも1つの適合溶質、好ましくはエクトインは、ヒト受容体への結合に適したss(+)RNAウイルスのウイルスタンパク質のアンフォールディングおよび/または開口を低減または防止する。本発明によるss(+)RNAウイルスのペプロマーとも呼ばれるウイルスタンパク質には、本発明によるウイルスのいわゆるS1スパイクタンパク質、特に、HCoV-OC43 SのドメインA、ACE2-受容体と相互作用するSARS-CoV SのドメインB、HCoV-NL63 S、MERS-CoV SおよびHCoV-229E S(Tortoricia 2019)を含むそれぞれの結合ドメインが含まれる。ペプロマーとウイルス受容体との間の相互作用および結合に及ぼす本発明による溶質の干渉作用を、図3および図4に示す。
【0042】
ウイルスは、ウイルスエンベロープにペプロマー(スパイクタンパク質)を有し、ここで、ペプロマーは、グリコシル化されたSタンパク質(スパイクタンパク質、180~220kDa)を含み、これが膜固定型の三量体を形成している。これらの部分には、ウイルスが細胞にドッキングできる受容体結合ドメイン(RBD)(S1)と、ウイルスエンベロープと細胞膜とを融合させるための融合タンパク質(FP)として働くサブユニット(S2)との両方が備わっている。受容体結合ドメイン(RBD)は、N末端ドメイン(NTD)とC末端ドメイン(CTD)とを含み、双方とも受容体結合ドメインとして機能することができ、異なるタンパク質や糖と結合する。
【0043】
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質(Sタンパク質)は、ウイルスの感染と発症とにおいて中心的な役割を担っている。S1は宿主の受容体を認識して結合し、その後のS2の構造変化により、ウイルスエンベロープと宿主細胞膜との間の融合を促進する。感染のメカニズムは、ウイルス受容体結合ドメインと宿主細胞の受容体との結合、続けて膜の融合、ウイルスRNAの宿主細胞への侵入、宿主細胞の細胞機構を利用したウイルスRNAの増殖、宿主細胞からのウイルスの排出というステップを経る。
【0044】
本発明による使用の好ましい実施形態では、好ましくは本発明による組成物に含有される少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、有利にはエクトインおよび/またはその誘導体は、ウイルス膜と被攻撃細胞、特に上皮細胞および/または内皮細胞の膜との融合を低減または防止する。本発明による使用の特定の実施形態では、好ましくは本発明による組成物に含有される少なくとも1つの適合溶質、有利にはエクトインおよび/またはその誘導体、有利にはバイオベースのものは、特に宿主細胞におけるss(+)RNAウイルスの増殖を低減または防止する。
【0045】
本発明による適合溶質の驚くべき作用は、実施例3ならびに図4および図5に示されている。エクトインでプレインキュベーションしたA549細胞は、細胞表面に結合したウイルスCov2 S1タンパク質が少ないか、全くないことを有意に示すことができた。エクトインのこの明確で強い効果は驚くべきものであり、再現性がある。同様に、その作用はエクトインの濃度に依存することが示される。このように、驚くべきことに、適合溶質は、その濃度に応じて、ss(+)RNAウイルスの宿主細胞を有意に保護する作用を有することが示される。本発明による溶質のこの効果は、本発明の意味における治療だけでなく予防も可能にする。
【0046】
現時点では、エクトインの観察された効果は、エクトインについて知られているタンパク質および膜の安定化作用に起因する理論に依拠している。本発明による適合溶質は、それぞれの結合パートナーの周りに蓄積し、水和殻でシールドすることが想定される。この理論に限定されるものではないが、ウイルスペプロマー(スパイクタンパク質)の周りに蓄積していると推測される溶質の水和殻が、折りたたまれた、もしくは「閉じた」タンパク質のコンフォメーションを安定化し、このようにしてスパイクタンパク質のアンフォールディングもしくは「開口」ひいては受容体結合ドメインへのアクセス性を低減または防止すると推測される。その結果、Cov2 S1タンパク質の受容体結合ドメインと宿主細胞の「ウイルス受容体」とは十分に近接せず、そのため結合が起きなくなる。
【0047】
同様に、宿主細胞の活性側でも似たような効果が想定される。ここで、本発明による溶質、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体は、ウイルス受容体の周りに蓄積するものと見られる。これにより、ウイルス上の受容体結合ドメインと宿主細胞上のウイルス受容体との二重の遮蔽が達成され、これらの結合パートナー間の結合が弱められる。SARS-CoV-2スパイクタンパク質を処理して融合を開始するのに必要な細胞状セリンプロテアーゼTMPRSS2にも同じことが当てはまることを排除できない(Hoffmann et al. 2020)。
【0048】
したがって、本発明による組成物に含有される少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体の本発明による使用の特定の実施形態では、移行上皮、内側上皮組織および/または内皮の膜が遮蔽される。
【0049】
好ましくは、本発明によるss(+)RNAウイルスが結合ドメインとして必要とするヒト細胞上の表面構造(ウイルス受容体)が遮蔽されている。特に好ましくは、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)、アミノペプチダーゼN(APN)および/またはジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)を含むウイルス受容体の結合ドメインが、少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体によって遮蔽されている。アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体は、肺、心臓、肝臓、腸、眼および腎臓を含む多くの器官で発現され、そこで本発明の意味において言及されたウイルスがそれぞれの細胞に結合するための受容体として利用されている。
【0050】
それに縛られることなく、作用機序に関する1つの仮説として、ウイルスがヒト細胞との結合を達成するための受容体として利用する宿主細胞の膜結合表面タンパク質(「ウイルス受容体」)を遮蔽することにより、ウイルスの結合、ひいては細胞へのウイルス感染を低減または防止することがある。特に、ウイルスが結合するために必要な「ウイルス受容体」の糖残基が遮蔽される。作用機序に関する1つの仮説として、宿主細胞上のウイルス受容体のOH基と、本発明による溶質、好ましくはエクトインとの間に水素橋が形成されることにより、遮蔽が達成されることがある。エクトインの強い水結合能は知られており、そのため溶質が蓄積し、その結果、水分子を動員して少なくとも1つ以上の水和殻を形成することは合理的であると思われる。そうすると、結合パートナーとの相互作用がないために結合が起こらず、ひいては最終的に膜の融合も起こらないということになる。この理論に基づく前述のステップの防止は、本発明によれば、宿主細胞におけるウイルスの増殖を防止または低減することにつながるであろう。したがって、移行上皮、内側上皮および内皮の感染および/または炎症を含む本発明の意味におけるウイルス性疾患の経過は、停止および/または緩和されるであろう。これにより、SARS-CoV-2感染症が治療されるか、または典型的な症状の発生が予防される。好ましくは、このようにして、Covid-19内皮炎は治療または予防される。
【0051】
したがって、適合溶質または溶質混合物の本発明による使用の特定の実施形態では、移行上皮、内側上皮組織および/または内皮の膜は、適合溶質で遮蔽される。
【0052】
少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体の本発明による使用の更なる実施形態では、少なくとも1つの溶質または溶質混合物は、抗ウイルス化合物、抗炎症化合物、インターロイキンブロッカー、抗炎症抗サイトカイン、ウイルス受容体阻害剤および/またはワクチンとの組み合わせで投与される。
【0053】
前述の抗ウイルス化合物の群には、カシリビマブ、イムデビマブ、バンラニビマブ、エテセビマブ、VIR-7831、VIR-7832、トシリズマブ、サリルマブ、アダリムマブ、シルトキシマブ、BTN162b2(BioNtech/Pfizer)、免疫グロブリンと融合したACE2-FcおよびCR3022を含む群から選択される抗体および中和抗体が含まれる。ss(+)RNAウイルスにより引き起こされる疾患の治療または予防に使用される更なる抗サイトカイン療法には、エタネルセプト、インフリキシマブ、ゴリムマブおよびセルトリズマブペゴルが含まれる。
【0054】
抗ウイルス化合物(抗ウイルス剤)の群には、SARS-CoV-1、SARS-CoV-2、MERS-CoV、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、HCoV-NL63および/またはHCoV-229Eのウイルスを含むコロナウイルス科の更なる病原菌に対しても使用される抗ウイルス剤が含まれる。エクトインおよび/またはその誘導体の1つと組み合わせることができる既知の抗ウイルス剤は、ファビピラビル、ロピナビル、リトナビル、アシクロビル、ガンシクロビル、リバビリン、ホスカビル(ホスカルネット)、ペンシクロビル、アリスポリビル、レムデスビル、モルヌピラビル(4482/EIDD-2801)、イベルメクチン、ウミフェノビル、オセルタミビル、ASC09Fおよびガリデスビルから選択される。好ましくは、抗ウイルス剤は、アシクロビル、ガンシクロビル、リバビリン、ホスカビル(ホスカルネット)、レムデシビル、モルヌピラビル(4482/EIDD-2801)およびイベルメクチンから選択される。
【0055】
抗炎症性化合物の群には、パラセタモール、イブプロフェン、免疫グロブリン、IL-1ブロッカー、IL-6阻害剤、腫瘍壊死因子(例えば、アダリムマブ)が含まれる。
【0056】
阻害剤の群には、ヘリカーゼ阻害剤、補体阻害剤(リウマチ薬)、プロテアーゼ阻害剤、インジナビル(クリキシバン)、ネルフィナビル(ビラセプト)、サキナビル(フォートベース)、レニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害剤、ノイラミニダーゼ阻害剤(SARSウイルス)、オセルタミビル(タミフル)、ザナミビル(リレンザ)、逆転写酵素阻害剤(SARSウイルス)、ラミブジン(エピビル)およびジドブジン(レトロビル)が含まれる。好ましくは、エクトインおよび/または本明細書に記載される誘導体の1つは、ノイラミニダーゼ阻害剤または逆転写酵素阻害剤、オセルタミビル、ザナミビル、ラミブジンおよびジドブジンと組み合わされる。特に好ましくは、エクトインおよび/または本明細書に記載される誘導体の1つは、ノイラミニダーゼ阻害剤または逆転写酵素阻害剤と組み合わされる。
【0057】
更なる1つの群は、バリシチニブ+レムデシビル、ルキソリチニブ、トファシチニブおよびフェドラチニブを含むヤヌスキナーゼ阻害剤(JKI)で構成される。更なるJKIには、既承認薬剤であるオクラシチニブ、ペフィシチニブ、ウパダシチニブおよびフィルゴチニブ、ならびに未承認薬剤であるセルデュラチニブ、レスタウルチニブ、ガンドチニブ、モメロチニブ、パクリチニブ、アブロシチニブおよびデュークラバシチニブが含まれる。更なる1つの群は、アカラブルチニブ、イブルチニブおよびザヌブルチニブ、ならびに開発中の薬剤であるスペブルチニブ、フェネブルチニブ、HM71224、ABBV-105、ONO-4059を含むブルトン型チロシンキナーゼ阻害剤で構成される。
【0058】
インターフェロンの群には、インターフェロンα-2a(Roferon)、インターフェロンα-2b(Intron A)、インターフェロンα-n1(Wellferon)、インターフェロンα-n3(Alferon)、インターフェロンβ-1a(Rebif)およびインターフェロンβ-1b(Betaferon)が含まれる。インターロイキン-ブロッカー(免疫抑制剤/免疫低下剤)の群には、デキサメタゾン、ヒドロコルチゾン、コルヒチン、フルボキサミン、アナキンラ(インターロイキン(IL)-1阻害剤)およびインターフェロンβが含まれる。
【0059】
本発明による組み合わせは、併用療法、例えば、まだ無傷の組織を保護するための、既に攻撃された組織のリハビリテーションを支援するための、感染性の呼気/痰を減らすための急性治療を、それぞれの場合においてワクチンによる免疫療法と組み合わせることを可能にする。
【0060】
エクトインと、本明細書に記載される抗ウイルス化合物、抗炎症化合物、インターロイキン-ブロッカー、抗炎症性抗サイトカイン、ウイルス受容体阻害剤および/またはワクチンのうちの1つとの組み合わせは、同時であっても、順次であっても、時間をずらして行ってもよい。したがって、併用療法は、同時投与に限定されることなく、異なる化合物または有効成分のうちの2つを含む。一実施形態では、薬剤中でのそれぞれの組み合わせは、本明細書に記載される化合物およびエクトインのうちの1つおよび/または本明細書に記載される誘導体のうちの1つの混合物として、または別々の薬剤の組み合わせとして存在する。別々の薬剤には、保存中にエクトインと選択された化合物との混合が防止されるような、選択された組み合わせの任意の空間的分離が含まれる。
【0061】
一実施形態は、デュアルチャンバーシステムの形態の薬剤であり、エクトインおよび/または本明細書に記載される誘導体のうちの1つが1つのチャンバーに存在し、本明細書に記載される化合物のうちの1つが2つ目のチャンバーに存在する。好ましくは、デュアルチャンバーシステムは、それぞれの場合において、吸入可能な製剤を含む。つまり、吸入可能な製剤とは、適切な助剤を用いて有効成分を肺に取り込ませるのに適しているものと理解されるべきである。特に好ましくは、本実施形態は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルス、有利にはSARS-CoV-2によって引き起こされる疾患の治療または予防のための併用療法における使用に適しており、ここで、併用剤は、吸入剤として患者に投与される(例えば、図5を参照)。この製剤は、吸入器(PMDIもしくはDPI)またはネブライザー(機械式または電気式または空気圧式)を用いて肺から投与することができる。
【0062】
併用療法の文脈における吸入のための代替的な実施形態は、指示書に従って交互に投与および吸入される別々のチャンバーまたはカートリッジを含む。本発明の意味における併用療法に適した他の投与経路および製剤を図5に示す。このように、併用療法の他の実施形態は、エクトインおよび/または本明細書に記載される誘導体の1つを含有する吸入剤と、本明細書に記載される抗ウイルス化合物、抗炎症化合物、インターロイキン-ブロッカー、抗炎症抗サイトカイン、ウイルス受容体阻害剤および/またはワクチンのいずれかの別の製剤とを含む。
【0063】
例えば、エクトインおよび/または本明細書に記載される誘導体の1つは、吸入剤としてインターフェロンβと共に提供されてもよい。吸入剤は、上記の調製物の混合物であってもよいし、デュアルチャンバーシステムや別々のカートリッジで別々に提供されてもよい。1つ目のケースでは、両方の調製物をデュアルチャンバーシステムから並行して、または交互に吸入する。カートリッジが別々の場合は、カートリッジを適切な助剤と交互に組み合わせて、適宜使用することが必要な場合がある。
【0064】
併用療法はまた、鼻腔、口腔および/または喉スプレーの形態におけるエクトインおよび/または本明細書に記載される誘導体の1つと、本明細書に記載される化合物の1つとを含む。
【0065】
組み合わせの別の実施形態は、本発明による少なくとも1つの溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインと、コルチコイド調製物との使用である。この組み合わせは、好ましくは、下部気道、特に肺の本発明によるウイルス性疾患の治療に、特に好ましくは、本発明による吸入剤の形態で使用される。
【0066】
本発明による適合溶質または溶質混合物の使用の更なる実施形態では、有利には本発明による組成物に含有される、少なくとも1つの溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体は、微粉塵汚染の高い地域から来る患者、微粉塵汚染の高い職業集団に属する患者、血管疾患の既往症および/または慢性気道疾患を有する患者に使用される。
【0067】
特別な患者集団またはリスクのある患者(Wang et al 2020)は、内皮機能が弱まっている患者、例えば、糖尿病、心不全、高血圧、冠動脈疾患、心血管障害、末梢血管疾患、脳血管疾患、脳血管不全、免疫不全および/または慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者などである。
【0068】
気道の既往症に関しては、喫煙者や、特に高いレベルの微粉塵汚染にさらされている人、喘息患者などもリスク群に含まれる(Zhao et al. 2020)。特に、微粉塵汚染にさらされている人は、汚染される量が少ない人に比べて、ウイルスがより深刻な感染経過をたどることが多いことが明らかになった(Xiao Wu et al 2020)。
【0069】
更なる主題は、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防または治療に使用するための組成物であって、その中には少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物が、本発明の意味において含有されている、組成物である。好ましくは、組成物は、グリセリルグルコシド(グリコイン)、マンノシルグリセラート(フィロイン)、マンノシルグリセラミド(フィロイン-A)、エクトインならびに式Iおよび/または式IIの化合物を含む群から選択される溶質を含有する。特に好ましいのは、エクトイン、ヒドロキシエクトインおよびグリコインである。
【0070】
少なくとも1つの溶質または溶質混合物を含有する本発明による組成物の更なる実施形態では、少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物は、組成物の総含有量を基準として、0.0001重量%以上70重量%以下の割合で組成物中に存在する。本発明による組成物の更なる実施形態は、0.001重量%以上、0.01重量%以上、0.1重量%以上、1.0重量%以上、1.5重量%以上、2.0重量%以上、2.5重量%以上、3.0重量%以上を、それぞれの場合において65重量%以下、60重量%以下、55重量%以下、50重量%以下、45重量%以下、40重量%以下、35重量%以下、30重量%以下、25重量%以下、20重量%以下で含有する。
【0071】
組成物中の本発明による溶質の好ましい割合は、それぞれの製剤に依存する。好ましくは、本発明による組成物は、少なくとも1つの適合溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体を、組成物の総含有量を基準として、0.5重量%以上15重量%以下、有利には0.5重量%以上10重量%以下、0.5重量%以上5.0重量%以下、特に好ましくは0.5重量%以上4.0重量%以下の割合で含有する。好ましくは、上記の範囲は、本発明の意味における輸液に適用される。
【0072】
本発明による吸入液の一実施形態は、2重量%以上25重量%以下、5重量%以上25重量%以下、好ましくは8重量%以上22重量%以下、10重量%以上20重量%以下、好ましくは10重量%以上18重量%以下の割合で含有する。
【0073】
本発明による吸入液の別の実施形態では、本発明による少なくとも1つの溶質または溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体のより低い濃度が使用される。本実施形態では、単回適用の場合よりも低濃度であっても比較的に高い投与量を実現するために、内容物を複数回適用することが好ましい。吸入剤がどの濃度を有するべきかは、患者の状態、目的とする療法、場合によっては存在する肺損傷および/または患者の年齢や一般的な体質などの他の基準に依存し、これらは吸入プロセス自体に影響を与える可能性がある。
【0074】
特に、健康な肺と比較して吸収能力が低い、既に損傷した肺の場合、本発明による少なくとも1つの溶質の割合がより低い吸入剤の使用は有用である。
【0075】
したがって、本発明による吸入液の他の実施形態は、0.5重量%以上20重量%以下、好ましくは1.3重量%以上18重量%以下、好ましくは2重量%以上15重量%以下、特に好ましくは3重量%以上10重量%以下の割合にある。
【0076】
本発明による組成物の使用の特定の実施形態では、この組成物は、
i)粉末、顆粒、カプセル、トローチおよび発泡性錠剤を含む固体形態、
ii)溶液、注射液、注入液および懸濁液を含む液体形態、および/または
iii)スプレー、エアゾールおよび吸入剤を含む混合物として
存在する。
【0077】
本発明による組成物は、局所的(例えば、眼に)、経口、鼻腔、静脈内、吸入、気管内および/または頬部(例えば、ロゼンジ)により投与することができる。好ましくは、本発明による組成物は、経口、気管内、または吸入により投与される。それは乾燥吸入剤またはエアゾールであってもよい。溶液は、好ましくは、滴下またはスプレーの形態で、口、鼻、喉および目に使用される。必要な療法に応じて、組み合わせは大いにあり得る。
【0078】
本発明による組成物の使用の特定の実施形態では、これは、輸液として液体形態で、またはネブライザーおよび/もしくは呼吸器での使用に適した液体形態で存在する。
【0079】
最大飽和溶質溶液の場合、それぞれの溶質の溶解度限界のすぐ下の濃度が好ましい。このような高濃度の溶質溶液は、現場で必要な溶液を調製するための出発溶液として使用することができる。このようにして、必要な投与量、患者の状態(既往症、年齢など)および/または目的とする療法に応じて、個々の溶液を希釈することができる。特に、濃度の異なる溶液を保存できない場合に有利である。エクトインの場合、最大溶解度は40℃で約620g/L、25℃で約550g/Lと決定された。
【0080】
輸液は、有利には、体温程度で投与される。平均的な輸液バッグの容量は500mlである。輸液バッグの全量を1回投与することを前提にした場合、輸液の濃度は最大4%(等張)であり、身体に浸透圧ショックを与えないようにする。繰り返し投与することも可能であるが、医師の判断による。
【0081】
好ましくは、コロナウイルス科のss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防または治療において、本発明による組成物が使用され、ここで、輸液が吸入剤と組み合わせて投与される。
【0082】
特に、間に自己投与が可能な医療用製品(例えば、図6)が本発明の主題である。医療従事者が特に高いリスクにさらされていることは知られている。病院の医師や看護師だけでなく、老人ホーム、消防団、幼稚園および学校などの他の施設の職員も含まれる。本発明による点鼻薬、点眼薬、ロゼンジ、洗口液および/またはマウススプレーを使用することにより、そのリスクを低減することができる。これにより、飛沫感染のリスクを大幅に低減し、介助者および介添者を保護する。
【0083】
図6に示すように、肺、鼻、口/喉および目といった用途別に、可能な製品、特に医療用製品を細分化することができる。図6に示す各用途は、本発明による少なくとも1つの溶質または溶質混合物と組み合わせることができる。図6は、網羅的なリストではなく、使用頻度の高い製品のみを示している。これらは、本発明の意味において、ss(+)RNAウイルスによって引き起こされる疾患の予防および治療に使用するのに適している。
【0084】
本発明の更なる主題は、
- 吸入のための、すぐに使用できる本発明による少なくとも1つの組成物、有利にはアンプルまたは使い捨てのカートリッジに入ったものと、
- 有利には、組成物の即時かつ制御された投与、特に吸入による投与のための装置と
を含むキットである。
【0085】
本発明の更なる主題は、組成物の制御された送達のための装置への、本発明による組成物の使用であって、ここで、
- この装置は、組成物のエアロゾルを生成するのに適しており、
- 口および/または鼻からの組成物の吸入を可能にし、
- 液体または乾燥組成物の定義されたスプレーバーストの定量式送達を保証し、
- 目への液体組成物の定量式送達を保証し、かつ/または
- 口腔、喉および/または鼻腔への組成物の噴霧を可能にする、
組成物の使用である。
【0086】
好ましくは、3μm以上7μm以下の範囲のエアロゾル粒子径VMD(Volumetric Median Diameter)が、好ましくは電子的に制御される装置によって達成され、その結果、改善された吸入が達成される。特に好ましいのは、3.0μm以上6.5μm以下、3.0μm以上6.0μm以下、3.0μm以上5.5μm以下、3.0μm以上5.0μm以下、3.0μm以上4.5μm以下、3.5μm以上5.0μm以下、4.0μm以上5,0μm以下の範囲の粒子径であり、それぞれ標準偏差が±0.005~0.1μmである。
【0087】
上記装置の一実施形態では、0.5mLのエクトイン/分の連続速度が送達される。この結果、1.3%のエクトイン吸入液から出発して、20mg/分のエクトインが送達されることになる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
図1】死細胞を解析から除外するゲーティング戦略を示す図であり、図1のA)において、FL1は、細胞に結合したSARS-CoV-2 S1の検出から生じる緑色の蛍光を示し、死細胞はヨウ化プロピジウムで対比染色し、この死細胞の染色は、FL2軸上のシフトによって確認でき、したがって、ゲートR2内の細胞は生細胞であり、図1のB)において、ゲートR2内の細胞をヒストグラムとしてプロットし、これらの細胞の平均蛍光強度を求めた。
図2】フローサイトメトリーによるA549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合の検出を示す図であり、生細胞の平均蛍光強度を示している。
図3A】A549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合に及ぼす、NADAと比較したエクトインの効果の検出を示す図であり、A549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合は、免疫蛍光法と、その後のフローサイトメトリーとを用いて測定し、生細胞の平均蛍光強度を示し(測定シリーズ1.25%および2.5%の場合はn=2、5%の場合はn=1)、両測定値からの平均値を示す。
図3B】A549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合に及ぼすエクトインの影響を示す図(図3Aと同様)であり、ここで、エクトインの濃度範囲は0.25%~7.5%に広げており、両測定値からの平均値を示す。
図4A】蛍光量の相対的な増加としての結果をプロットした図を示し、細胞表面へのCov2 S1タンパク質の結合に基づくA549細胞の蛍光の増加は、タンパク質で刺激した細胞の平均蛍光強度をタンパク質で刺激していない細胞の強度で割ることによって算出した。
図4B】バックグラウンドの蛍光を除去し、Cov2 S1タンパク質の濃度に対してプロットした、すべての実験のデータを統合した図であり、エクトインの阻害効果は、標準偏差を考慮しても有意であり、これに対して、NADAでプレインキュベーションした細胞は、処理していない細胞と同等である。
図5】この図では、本発明による溶質、または少なくとも1つの溶質もしくは溶質混合物、好ましくはエクトインおよび/またはその誘導体を含有する組成物のすべての可能な処方および用途をまとめており、この図では輸液のみが示されていない。
【0089】
参考文献
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【0090】
以下の実施例は、選択された適合溶質の有効性を示すことで、本発明の実施可能性を実証するものであるが、本発明をこれらに限定するものではない。
【0091】
実施例
実施例1:適合溶質によるA549細胞へのSARS-CoV-2スパイクS1タンパク質の結合の阻害
材料
エクトイン:(4S)-2-メチル-1,4,5,6-テトラヒドロピリミジン-4-カルボン酸、CAS番号96702-03-3
NADA:Nγ-アセチル-L-2,4-ジアミノ酪酸:製品説明、CAS番号1190-46-1
ヒドロキシエクトイン:CAS番号165542-15-4
グリコイン:CAS番号22160-26-5
マンノシルグリセラート:CAS番号164324-35-0
グリシンベタイン:CAS番号107-43-7
L-プロリン:CAS番号147-85-3
SARS-CoV-2スパイクS1タンパク質:trenzyme life science services、カタログ番号P2020-001、ロット番号:1IPO
【0092】
方法
アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)からのアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)発現A549細胞を使用した(Uhal et al. 2013)。付着細胞は、ペニシリンとストレプトマイシンとを抗生物質として含有する10%FCSを含むDMEMを入れたT-75フラスコで、COインキュベーター(5%CO、37℃)において定常培養した。フラスコの底が細胞で2/3を占めたら、アキュターゼで細胞を剥離させた。
【0093】
アッセイを行うために、A549細胞を10%FCSを含むDMEMでコンフルエントになるまで培養し、コンフルエント状態での培養をさらに4日間続け、その間、細胞培養液の交換を行った。
【0094】
阻害実験では、アキュターゼで細胞を剥離した。そのつど105個の細胞を試験管に移し、最終容量が100μlとなるように、異なる濃度の適合溶質で前処理を行った(第2表)。
【0095】
30分のインキュベーション後、HIS標識SARS-Cov2-S1タンパク質を各チューブに加え、タンブルシェーカーにおいて450rpmおよび室温でさらに60分インキュベートした。
【0096】
【表4】
【0097】
フローサイトメトリーを用いた免疫蛍光法による評価を行った。SARS-CoV-2スパイクS1タンパク質の結合は、CyFlow SL(Sysmex GmbH)フローサイトメーターを使用した間接免疫蛍光法によって解析される。細胞をまず300×g、5分間で遠心分離し、1.5%ウシ胎児血清と10mMアジ化ナトリウムとを有する100μl PBSに再懸濁した。次いで、HISタグに向けられた5μg/mlのマウス抗体(Biolegend)で30分間インキュベートした。洗浄後(1.5%ウシ胎児血清と10mMアジ化ナトリウムとを有するPBS)、細胞を二次抗体(20μg/ml、ウサギ抗マウスIgG(H+L)、Alexafluor 488(Invitrogen)で標識)で20分間インキュベートした。次いで、細胞を1回洗浄し、アジド/FCSを有しない1mlのPBSに再懸濁した。測定直前に0.5mg/mlのヨウ化プロピジウム溶液を10μl添加した。その後、50μmのセルストレーナーで細胞を濾過し、直ちに測定した。すべてのステップは暗所で4℃にて行われる。
【0098】
次いで、A549細胞の蛍光量をフローサイトメトリーで解析する。この目的のために、図1に示すように、生細胞上に領域を設け(死細胞は赤いヨウ化プロピジウム色素を吸収するため解析から除外できる)、この領域内の細胞の幾何平均蛍光強度(MFI)を求める。
【0099】
実施例2:A549細胞における濃度に応じたSARS-CoV2-S1タンパク質の結合の検出
A549細胞を、10%FCSを含むDMEMでコンフルエントになるまで培養する。その後、毎日新鮮な細胞培養液を細胞に供給した。続けて、実施例1に記載したように、細胞を、極限環境微生物(Extremolyt)を含まない異なる濃度のSARS-CoV2-S1タンパク質で刺激した。解析はサイトメトリーにより行った。
【0100】
【表5】
【0101】
染色していないA549(「未染色のA549」)と染色したA549対照細胞(「A549対照染色」)との比較では、わずかなバックグラウンド染色が測定される。染色されたA549対照細胞は、Cov2 S1タンパク質で刺激されなかったが、Fitc標識抗体で染色処理された細胞である。これらの対照を考慮すると、結合したスパイクタンパク質のシグナルが、1μgのCov2 S1で細胞を刺激した後に早くも検出可能であった。より多くの量のタンパク質を使用することで、A549細胞へのタンパク質結合の増加が検出可能であった。
【0102】
したがって、このアッセイにより、A549などのACE発現細胞へのCov2 S1などの結合ドメインの濃度依存的な結合を検出し、A549細胞へのCov2 S1の結合を物質が阻害する作用を調べることができる。
【0103】
本アッセイは、後述の細胞株を用いて改良された形で実施することができる。アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)、アミノペプチダーゼN(APN)および/またはジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)を発現する任意の細胞株が、本発明によるアッセイの意味において適した細胞株である。以下に列挙する細胞株の詳細な性質は、特にタンパク質アトラス:https://www.proteinatlas.org/ENSG00000130234-ACE2/cellにおいて調べることができ、当業者には公知である。
【0104】
【表6】
【0105】
好ましくは、細胞表面上の受容体の発現を検出する適切な抗体がアッセイに含められる。ACEのmRNA発現が低い細胞株は、少なくとも10%FCSを含むDMEMで培養される。Hep 2G細胞は、ACEのRNAを高発現している。HUVEC細胞はACE2を発現しており、内皮細胞増殖培地キット(ATCC)を使用して血管細胞系基礎培地で培養される。ACE受容体を発現していないMRC5細胞が対照として含まれる。さらに、Hoffmann et al. 2020では、細胞はSARS CoV2に感染しないことが示されていた。したがって、MRC5細胞は、使用した結合アッセイの特異性に関して優れた対照となる。MRC5細胞は10%FCSを含むDMEMで培養される。
【0106】
ACE阻害試験に既に使用されているHUVEC細胞株は(Don et al.)、現在議論されているような潜在的なCovid-19内皮炎のエビデンスを提供し、エクトインなどの本発明による適合溶質のプラスの効果を示すために特に適している。
【0107】
結合実験では、前述の細胞株を、第6表に示すCoV2 S1濃度でインキュベートする。
【0108】
実施例3:A549細胞へのSARS-CoV2-S1タンパク質の結合に及ぼすエクトインの影響
【表7】
【0109】
エクトインがA549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合に影響を与えるかどうかを調べるために、剥離した細胞を、エクトインなどの本発明による溶質の異なる濃度で調べた。この目的のために、細胞をそれぞれの溶質でプレインキュベーションし、続けて、異なる濃度のCov2 S1タンパク質で処理した(実施例1および実施例2を参照)。
【0110】
n=1のこの「概念実証」実験では、A549細胞に結合したCov2 S1タンパク質のより低い蛍光量が、2.5%のエクトイン存在下で既に測定されていた(データには示していない)。これは、エクトイン存在下でA549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合が減少していることを示している。NADAでは、エクトインと比較して、Cov2 S1とA549細胞との間の結合に及ぼす影響は確認されなかった。実験用バッチ[1.25/2.5%NADA+5μg Cov2 S1+A549]も[5μg Cov2 S1+A549]もともに同じ平均蛍光量を示す(図2および図3を参照)。したがって、NADAが宿主細胞へのウイルスの結合に影響を与えることはないと見られる。
【0111】
実験の検証のために、1.25%と2.5%との濃度を繰り返し、それぞれの溶質の5%も追加で試験した。その結果を第7表に示す。
【0112】
【表8】
【0113】
5%エクトインでは、A549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合が完全に阻害されることが示され得た。これに対して、NADAでは抑制効果が得られなかった。ここで、1.25%、2.5%または5%のNADA存在下での平均蛍光量は、適合溶質を含まない実験用バッチの平均蛍光量と比較して増加した(図2を参照)。NADAとエクトインとを用いた実験を、第3表に示す濃度で繰り返した。A549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合にNADAは影響を与えないことが確認されたが(データには示していない)、エクトインは繰り返し有意な効果を示した(図3B)。実施したすべての実験をまとめて、効果の有意性を決定した。A549細胞のバックグラウンド蛍光を差し引き、Cov2 S1タンパク質の結合濃度に対して比値をプロットした(図4B)。エクトインはA549細胞に対して有意な効果を示し、Cov2 S1タンパク質の結合を阻害することが確認できた。有意差の算出:
【表9】
【0114】
実施例4:SARS-CoV2-S1タンパク質の結合に及ぼすグリコインおよびエクトインの影響
実施例3に類似した実験を、細胞株HUVEC、HEK293、RPMI-8226およびHep G2(第5表)を用いて実施する。エクトインとグリコインとは、異なる濃度で適合溶質として試験している(第3表)。
【0115】
実施例5:SARS-CoV2-S1タンパク質の結合に及ぼすグリコイン、マンノシルグリセラート、ヒドロキシエクトインおよびエクトインの影響
実施例3に類似した実験を、細胞株HUVEC、HEK293、RPMI-8226およびHep G2(第5表)を用いて実施し、ここで、細胞はエクトインとプレインキュベートせず、エクトインまたはグリコインとCov2 S1タンパク質との同時投与を行う。溶質として、エクトイン、ヒドロキシエクトイン、マンノシルグリセラートおよびグリコインを異なる濃度で試験している(第3表)。
【0116】
更なるアプローチとして、Cov2 S1タンパク質をエクトインまたはグリオシンとプレインキュベーションし、続けて、第3表により異なる濃度のプレインキュベーションバッチ[Cov2 S1タンパク質+エクトイン]で細胞をインキュベートする。プレインキュベーション[Cov2 S1タンパク質+エクトイン]は、それぞれ室温で5分、10分、30分行う。続けて、実施例3と類似して解析を行う。実験は、細胞株HUVEC、HEK293、RPMI-8226、Hep G2を用いて実施している(第5表)。
【0117】
実施例6:相対的な蛍光量の増加の計算
実験を比較できるようにするために、細胞の平均蛍光強度をバックグラウンド染色の平均蛍光強度で割ることによって、細胞表面へのCov2 S1タンパク質の結合に基づくA549細胞の蛍光の増加を算出した。バックグラウンド染色を決定するために、Cov2 S1の非存在下において細胞を抗体で染色した。その結果を図5に示す。
【0118】
適合溶質の非存在下において、A549細胞にCov2 S1タンパク質を添加すると、濃度依存的に平均蛍光量の増加(fold fluorescence)が検出されることがわかる。エクトインは1.25%で既にプラスの効果を示し、A549細胞へのCov2 S1タンパク質の結合を阻害しているが、NADAでは同濃度で有意な効果を検出できない。エクトインの作用は、濃度の上昇とともに増加し,5%エクトインで結合の完全阻害を達成する。これに対して、5%NADAではわずかな結合阻害が示される。
【0119】
実施例7:原子間力顕微鏡による、膜の安定性に及ぼす適合溶質の効果の測定
Roychoudhury et al.の方法に基づいて、原子間力顕微鏡を用いた方法により、ウイルス膜結合タンパク質、特にペプロマーと、ヒト膜結合表面タンパク質との間の結合を検出することができる。この方法は、以下のステップに基づいている。
【0120】
試験する結合ドメインまたは完全なタンパク質を表面に結合させる。この表面は、ACE2、APNおよび/またはDPP4などの受容体を発現する膜、さらには細胞全体とすることができる。少なくとも2つの異なるバッチが試験され、一方のバッチは、バッファー(300mM KClおよび20mM Tris、pH7.8)中に適合溶質(エクトイン1M)を含むヒトウイルス受容体を含み、もう一方のバッチは、溶質なしのバッファー中のヒトウイルス受容体を含む。次のステップでは、装置(Asylum Research社製AFM装置、Olympus社製OMCL TR400窒化ケイ素カンチレバー、ばね定数20pN/nm)の原子ガイド可能なアーム(AFMチップ)の先端に、ウイルス受容体結合ドメイン、有利にはS1、またはタンパク質全体、有利にはSARS-CoV-2のものが提供される。このタンパク質はHISラベルを有する。続けて、この先端を結合した試料(溶質を含む/含まないウイルス受容体)に近づけ、段階的に接触させる。結合したタンパク質に近づくときも離れるときも、潜在的な結合パートナー(ここではACE2およびS1)間の距離に対するニュートン力を測定し、力曲線として記録する(収縮速度400nm/s)。
【0121】
溶質を用いた実験アプローチでは、溶質を用いない場合と比較して、測定された力により、ACE2などの膜結合タンパク質とSARS-CoV-2タンパク質などの潜在的な結合パートナーとの分子間相互作用について結論を導き、Roychoudhury et al.によりエクトインについて既に示されたように、膜結合タンパク質に対する溶質のシールド作用について述べることが可能になる。この方法は、すべての適合溶質の試験に適している。
【0122】
原子間力顕微鏡は、例として以下の組み合わせで実施される。
エクトイン-スパイクS1タンパク質
ヒドロキシエクトイン-スパイクS1タンパク質
グリコイン-スパイクS1タンパク質
マンノシルグリセラート-スパイクS1タンパク質
【0123】
実施例8:本発明の意味における溶質の製剤例
A-1)溶質含有吸入液13%
本発明の意味における吸入剤の目的は、エクトイン水和物の薄い層で、できるだけよく、できるだけ広い面積にわたって肺の表面を濡らすことである。Hahn et al.およびRoychoudhury et al.のデータを用いて、理論的に最大かつ完全に濡れた肺を算出した。
【0124】
水和エクトインの面積:3.5e10-10m*3.5e10-10m*3.14=3.85e10-19(円の公式)。エクトインと水分子との距離=0.35nm。
【0125】
これが半径に等しく、肺の表面積=100~150mと仮定すると、その面積を完全に占有するために単層の水和殻を実現するには、2.6e1020個のエクトイン分子が必要であることが算出される。2つの水和殻の場合、5.2e1020個のエクトイン分子が必要である。
【0126】
上記の計算はかなり小さな肺に適用されるもので、その面積は最大で1.5倍にもなり得ることに注意すべきである。水和エクトインの半径を0.35nmと仮定したものは、最も密度が高い状態となる。密度が低い状態(r=0.8nm)では、より少ないエクトインが必要となる。したがって、本計算はあくまでも指標とし、個々の患者の体格および/または年齢に調整する必要が出てくる可能性もある。
【0127】
分子量エクトイン:142.16g/モル
1モル=6.022e1023個の粒子
【0128】
エクトインの量=5.2e1020/(6.022e1023×モル-1)=0.864e10-3モル=0.123gエクトイン
【0129】
13%溶液(130g/l)の場合、0.00094lまたは0.94mLとなる。
【0130】
したがって、エクトインを理論的に肺に均一に分布させるためには、13%溶質含有吸入液の有効量は1~1.5mLとなる。この決定された濃度は、単一適用を想定したものである。
【0131】
A-2)溶質含有吸入液3.9%
3.9%の溶質含有吸入液を前提にした場合、13%溶液と同等の投与量を達成するためには、例えば1日かけて3回の適用が必要となる。
【0132】
A)輸液4%
0.9%の等張NaCl溶液の浸透圧活性は286mOsmol/kg・HOである。2%エクトイン溶液の浸透圧は147mOsmol/kg・HOである。したがって、等張エクトイン溶液の濃度は3.89%である。
【0133】
等張性輸液が、組織を刺激したり傷つけたりしないようにするために好ましい。したがって、等張性エクトイン輸液は3.89%エクトインとなる。エクトイン輸液と輸液に適したNaCl溶液とを併用する別の組み合わせもある。このような製品は、少量のNaClと適合されたエクトイン溶液とを組み合わせて含んでおり、全体として等張性エクトインNaCl輸液が存在することになる。
【0134】
本発明の意味における他の溶質では、その浸透圧に従って、対応する輸液を算出することができる。
【0135】
【表10】
【0136】
I.v.ラットにおけるエクトイン/kgの薬物動態研究
i.v.薬物動態研究では、ラットに100mg/kgのエクトインが使用された。経口毒性データでは、NOALは2000mg/kg体重/日である。エクトインを経口投与した場合(1000mg/kg)、ラットの血漿中濃度は99μg/mlであった。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
【国際調査報告】