(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-23
(54)【発明の名称】コロナウイルス感染症および/またはCOVID-19サイトカインストームの処置または予防のためのMEK阻害剤
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20230616BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/196 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/4184 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/437 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/18 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/166 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/4523 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/4412 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/352 20060101ALI20230616BHJP
C07D 471/04 20060101ALN20230616BHJP
C07D 401/04 20060101ALN20230616BHJP
C07D 235/08 20060101ALN20230616BHJP
C07D 213/81 20060101ALN20230616BHJP
C07D 311/60 20060101ALN20230616BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P31/14
A61K31/196
A61K31/519
A61K31/4184
A61K31/437
A61K31/18
A61K31/166
A61K31/4523
A61K31/4412
A61K31/352
C07D471/04 117N
C07D401/04
C07D235/08
C07D471/04 104Z
C07D213/81
C07D311/60
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022570454
(86)(22)【出願日】2021-05-20
(85)【翻訳文提出日】2023-01-17
(86)【国際出願番号】 EP2021063485
(87)【国際公開番号】W WO2021234097
(87)【国際公開日】2021-11-25
(32)【優先日】2020-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】516343022
【氏名又は名称】アトリバ セラピューティクス ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100188433
【氏名又は名称】梅村 幸輔
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100214396
【氏名又は名称】塩田 真紀
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】ルートヴィヒ シュテファン
(72)【発明者】
【氏名】プランツ オリバー
(72)【発明者】
【氏名】ホフマン ヘレン エリザ
(72)【発明者】
【氏名】コッホ―ハイヤー ユリア
(72)【発明者】
【氏名】シンドラー ミヒャエル
【テーマコード(参考)】
4C055
4C063
4C065
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C055AA04
4C055BA03
4C055BA42
4C055BA52
4C055BB04
4C055BB07
4C055CA03
4C055CA06
4C055CA58
4C055CB15
4C055DA01
4C063AA01
4C063BB01
4C063CC10
4C063DD02
4C063EE01
4C065AA04
4C065AA05
4C065BB04
4C065BB11
4C065CC01
4C065DD02
4C065DD03
4C065EE02
4C065HH02
4C065HH03
4C065HH09
4C065JJ04
4C065JJ07
4C065KK01
4C065KK04
4C065KK09
4C065LL01
4C065LL04
4C065PP03
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB33
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086BC17
4C086BC21
4C086BC39
4C086CB05
4C086CB09
4C086GA07
4C086GA12
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB33
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA35
4C206HA16
4C206JA11
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZB33
(57)【要約】
本発明は、コロナウイルス感染症の処置および/またはCOVID-19サイトカインストームの処置もしくは予防のための方法に使用するためのMEK阻害剤に関する。COVID-19などのコロナウイルス感染症の処置に使用するためのそのような阻害剤を含む組成物も提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入院しているヒト対象におけるコロナウイルスによって引き起こされる疾患の処置方法においての使用のための、MEK阻害剤。
【請求項2】
前記疾患が急性呼吸器疾患である、請求項1記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項3】
前記コロナウイルスが、SARS-CoV、SARS-CoV-2またはMERSである、請求項1または2記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項4】
前記コロナウイルスがSARS-CoV-2であり、患者がCOVID-19に罹患している、請求項3記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項5】
前記COVID-19がステージIIのCOVID-19である、請求項4記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項6】
PD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択される、請求項1~5のいずれか一項記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項7】
前記MEK阻害剤がPD-0184264またはその薬学的に許容される塩であり、PD-0184264またはその薬学的に許容される塩が、100~1000mg、好ましくは300~900mg、最も好ましくは300、600または900mgの用量で、好ましくは1日1回ヒト対象に投与される、請求項6記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項8】
患者が、SARS-CoV-2によって引き起こされるCOVID-19に罹患している、請求項1~7のいずれか一項記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項9】
前記SARS-CoV-2が、バリアントであり、好ましくはD614G、B.1.1.7、B.1.351、P1、P2、B.1.617、B.1.427、B.1.429、B.1.525またはB.1.526からなる群より選択される、請求項8記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項10】
前記COVID-19がステージIIのCOVID-19である、請求項8または9記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項11】
前記MEK阻害剤PD-0184264が、入院後1~21日間連続して、好ましくは5~18日間または7~14日間連続して、ヒト対象に投与される、請求項10記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項12】
前記MEK阻害剤PD-0184264が経口剤形で前記ヒト対象に投与される、請求項7~11のいずれか一項記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項13】
前記コロナウイルスが、以前の抗ウイルス処置に対して耐性であり、該以前の抗ウイルス処置が、好ましくはレムデシビルの投与である、請求項1~12のいずれか一項記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項14】
入院している前記ヒト対象が、60歳を超えているか、または前記コロナウイルスに対する超高リスク群もしくは高リスク群に属する、請求項1~13のいずれか一項記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項15】
SARS-CoV-2に感染した対象におけるCOVID-19サイトカインストームの処置または予防においての使用のためのMEK阻害剤であって、好ましくはPD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択される、MEK阻害剤。
【請求項16】
前記使用が、前記対象におけるIL-1βおよび/またはTNF-αのレベルを低下させること、好ましくは、対象におけるTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-6、IL-8、MCP-1、MIP-1αおよびMIP-1βのうちの1つ以上、2つ以上、3つ以上、4つ以上、5つ以上または6つすべてのレベルを低下させることを含む、請求項15記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項17】
前記SARS-CoV-2が、バリアントであり、好ましくはD614G、B.1.351、B.1.1.7、P1、P2、B.1.617、B.1.427、B.1.429、B.1.525およびB.1.526からなる群より選択される、請求項15または16記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項18】
ヒトコロナウイルスに感染した無症候性対象におけるヒトコロナウイルス感染によって引き起こされる症候の発症を予防することにおいての、またはヒトコロナウイルスに感染した人と濃厚接触していた対象におけるヒトコロナウイルス感染を予防することにおいての使用のためのMEK阻害剤であって、好ましくはPD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択される、MEK阻害剤。
【請求項19】
前記ヒトコロナウイルスが、SARS-CoV、SARS-CoV-2またはMERSである、請求項18記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項20】
前記SARS-CoV-2が、バリアントであり、好ましくはD614G、B.1.351、B.1.1.7、P1、P2、B.1.617、B.1.427、B.1.429、B.1.525またはB.1.526からなる群より選択される、請求項19記載の使用のためのMEK阻害剤。
【請求項21】
請求項1~20のいずれか一項記載の使用のためのMEK阻害剤を含む、薬学的組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、コロナウイルス感染症の処置もしくは予防および/またはCOVID-19サイトカインストームの処置もしくは予防のためのMEK阻害剤の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
背景
コロナウイルス群は、コロナウイルス科(Coronaviridae)に属するプラス鎖エンベロープRNAウイルスからなり、アルファ-、ベータ-、ガンマ-およびデルタコロナウイルスと称されるサブタイプを含む。アルファおよびベータは哺乳動物に影響を及ぼすが、ガンマは鳥類に影響を及ぼし、デルタは両方に影響を及ぼし得る。コロナウイルス科は、いくつかの周知の疾患を引き起こすメンバーを含む。ベータコロナウイルス科は、これまでのところヒトに対する最大のリスクをもたらしており、現在では、2003年に774人の死亡の原因となった重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)、2012年に858人を死亡させたと考えられている中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)、および2020年5月初めの時点で、世界中の250,000人を超える死亡を引き起こした新興の最新形態である新規コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含む、最も周知なウイルスターゲットを含む。全体として、コロナウイルスは、ヒトの生命に対する継続的かつ絶えず進化している脅威である。
【0003】
コロナウイルスの異なるサブタイプは異なる宿主タイプに感染し得るが、ウイルスの全体的な生化学的構造は類似している。コロナウイルスは頻繁に組換えを受ける。上述のように、SARS-CoV-2は、サルベコウイルス(Sarbecovirus)亜属(ベータ-CoV系統B)のメンバーである。そのRNA配列はおよそ30,000塩基長であり、コロナウイルスにとって比較的長い。そのゲノムは、他のコロナウイルスと共有される形質であるタンパク質コード配列からほぼ完全になる。SARS-CoV-2は、他のウイルスにおいて病原性および伝搬性を増加させることが公知な特徴である、フリンによって切断される多塩基性部位の組込みの点で、公知なベータコロナウイルスの中で独特である。2020年1月12日までに、SARS-CoV-2の5つのゲノムが武漢(Wuhan)から単離され、中国疾病管理予防センター(CCDC)および他の機関によって報告された。2020年1月30日までにゲノムの数は42個に増加した。それらの試料の系統発生解析は、それらが「共通の祖先と比較して、最大7つの変異との関連性が高い」ことを示し、最初のヒト感染は2019年11月または12月に発生したとした。2020年5月7日現在、6つの大陸でサンプリングされた4,690個のSARS-CoV-2ゲノムが公開された。分離株Wuhan-Hu-1から配列決定された最初のSARS-CoV-2ゲノムは、NCBIアクセッション番号86693を有し、野生型SARS-CoV-2を表すと考えられる。2020年7月に、科学者らは、スパイクタンパク質バリアントG614を有する、より感染性の高いSARS-CoV-2バリアントが、パンデミックにおける優勢な形態として、D614から置き換わったことを報告した。SARS-CoV-2には何千ものバリアントがあり、そのうちのいくつかは、英国型バリアントB.1.1.7、南アフリカ型バリアントB.1.351、ブラジル型バリアントP.1およびP.2、またはインド型バリアントB.1.617など、異なる地域でますます優勢になっていると考えられる。
【0004】
ヒト病原性コロナウイルス感染に対する、特にSARS-CoV-2に対するワクチンを開発する現在の試みにもかかわらず、特に新興ウイルスバリアントを考慮すれば、ヒト病原性コロナウイルスによって引き起こされる疾患の処置および/または予防のための代替または改善された組成物および方法を提供する必要性が依然としてある。
【0005】
SARS-CoV-2によって引き起こされた2019/2021のCOVID-19のパンデミックは、コロナウイルスが世界の保健システムに大きなインパクトを与えることを明確に示している。予防ワクチン接種は利用できず、1つの抗ウイルス薬物であるレムデシビルのみがCOVID-19に対して仮承認されたが、現在は中程度にしか有効でないと考えられている。2021年5月現在、いくつかのワクチンが開発され、2020年の初めに利用可能となった。世界中の人口のある一定の割合が2021年末までにワクチン接種されるであろうと予想されるが、2021年に承認されたワクチン接種が、例えば、英国型バリアントB.1.1.7、南アフリカ型バリアントB.1.351、ブラジル型バリアントP.1およびP.2またはインド型バリアントB.1.617など、現在および新興のSARS-CoV-2バリアントに対してどの程度有効であるかは不明のままである。したがって、SARS-CoV-2バリアントが出現し続け、COVID-19を引き起こす可能性がある。利用可能な薬物を用いてCOVID-19を処置するための様々な試みがなされてきたが、これまでのところ、いずれもあまり成功していない。これは、一般にコロナウイルス、特にSARS-CoV-2の感染をより良好に制御するために、追加の効果的な抗ウイルス薬の緊急な必要性を強調している。とりわけ、パンデミックの初期フェーズでは、ワクチンが利用できない場合、抗ウイルス薬は独立した処置である。ワクチンが有効でないウイルスバリアントに対しても同様である。
【0006】
COVID-19の場合、SARS-CoV-2感染の臨床スペクトルは広いようであり、無症候性感染、軽度の上気道の病気、ならびに呼吸不全およびさらには死亡を伴う重度のウイルス性肺炎を包含し、多くの患者が入院している。3段階分類システムの使用は広く受け入れられており、COVID-19病は、異なる臨床所見、治療に対する応答および臨床転帰に対応する3つのグレードの重症度の上昇を示すことが認識されている。元々のSars-CoV-2ウイルスによる多数の感染にもかかわらず、陽性と検査されたすべての患者の80%が軽度の症候しか経験せず、20%が入院に至る低酸素血症の徴候を示し、5%のみが集中治療室(ICU)での処置を必要とした。しかしながら、これらの統計は必ずしも新興ウイルスバリアントには当てはまらず、特にインド型バリアントは、入院および集中治療を必要とする重度の低酸素血症を有する症候性患者の数の増加をもたらすようである。COVID-19を処置するためには、感染の段階を理解することが重要である。これらの段階は、「COVID-19 Illness in Native and Immunosuppressed States:A Clinical-Therapeutic Staging Proposal」と題されたHasanらに要約され、以下に要約される。
【0007】
ステージIと呼ばれる初期段階は軽度の感染であり、接種時および疾患の早期確立時に起こる。ほとんどの人にとって、これは、倦怠感、発熱、および乾性咳などの軽度およびしばしば非特異的な症候に関連するインキュベーション期間を数日間伴う。COVID-19のこの段階に限定してウイルスを保持できる患者では、予後および回復が良好である。この段階での処置は、主に症候の軽減をターゲットとする。抗ウイルス療法が有益であることが証明される場合、この段階中に選択された患者をターゲットとすることにより、症候の持続期間が短縮され、伝染性を最小限に抑え、重症度の進行が防止され得る。さらに、早期作用性抗ウイルス薬は、無症候性またはステージIのCOVID-19患者において疾患の進行を防止するのに有用であろう。一般的な検査の増加により、疾患進行を回避するためのプリベンティブ処置から利益を得ることができる、より無症候性の患者が特定される。現在、無症候性またはステージIのCOVID-19患者の処置は利用できない。さらに、SARS-CoV-2陽性と知られている人と濃厚接触があった場合に使用できる予防的またはプリベンティブ処置は公知でない。
【0008】
ステージIIと呼ばれる、確立された肺疾患の第2の段階では、肺におけるウイルス増幅および局所炎症が標準である。ステージIIには、低酸素症を伴わないステージIIa、および低酸素症を伴うステージIIbと呼ばれる肺障害が含まれる。この段階の間、患者はウイルス性肺炎を発症し、咳、発熱およびおそらくは低酸素症を伴う。疾患の経過にわたって、呼吸困難は、症候の最初の発症(9~16.5日の範囲)後の中央値13日後に起こる。呼吸困難は、気道、肺、または心臓の重篤な疾患の徴候であり、難しいまたは苦しい呼吸および息切れを特徴とする。COVID-19の場合、胸部X線またはコンピュータ断層撮影による撮像は、両側性浸潤物またはすりガラス陰影を呈する。この段階で、COVID-19のほとんどの患者は、綿密な観察および管理のために入院する必要がある。処置は、利用可能になると、主に、支持的手段および抗ウイルス療法からなる。それにもかかわらず、患者はステージIIIに進行して、集中治療室(ICU)での人工呼吸器が必要となる可能性がある。
【0009】
ステージIIのCOVID-19では、全身性炎症のマーカーは上昇している可能性があるが、顕著に上昇しているわけではない。中国、武漢の患者の最初の群に対して行われた初期の研究では、入院時に、血漿IL1ベータ、IL1Rアルファ、IL7、IL8、IL9、IL10、塩基性FGF、GCSF、GMCSF、IFNガンマ、IP10、MCP1、MIP1α、MIP1β、PDGF、TNFα、およびVEGF濃度が健常成人よりも高いことが見出された。さらに、ICUの患者は、入院時の患者よりもIL2、IL7、IL10、GCSF、IP10、MCP1、MIP1α、およびTNFαの血漿濃度が高いことが見出され(Huangら、The Lancet;第395巻;497-506頁 2020年2月15日)、これらのサイトカインの増加がCOVID-19ステージIIからステージIIIへの移行を示すことを指し示していた。
【0010】
COVID-19患者の少数は、ステージIIIと呼ばれる第3および最も重度の病期に移行すると考えられ、肺外全身性過剰炎症症候群として現れる。この段階では、全身性炎症のマーカーが上昇する。全体として、病気のこの危機的な段階からの予後および回復は不良である。
【0011】
したがって、COVID-19のステージIIからステージIIIへの進行を防止し、COVID-19感染症の重症度および死亡率を低下させることができる化合物が必要とされている。異なる疾患に対して既に承認されているか、または臨床研究を受けている組成物に焦点を当てたいくつかの国際的研究が進行中である。COVID-19の処置について検討されている化合物の大部分は、以下の2つの群のうちの1つに属する:
1. HIV、エボラ、C型肝炎、またはインフルエンザに対して元々は開発された抗ウイルス薬。これらがウイルスの再生産を阻止するか、または肺細胞への侵入を防ぐという考えである。とりわけ、これには、ウイルスに対して有効であることが公知である古いマラリア薬が含まれる。これらの抗ウイルス薬は、ウイルスのライフサイクルの初期に作用するので、Covid-19のステージIおよび早期のステージIIで有効であり得る。
2. 関節リウマチまたは炎症性腸疾患を処置するために開発された抑制性免疫調節薬。これらがウイルス自体よりも、あまり大きな損傷を引き起こさないように、免疫系を制限するという考えである。これらはサイトカイン産生を抑制するので、後期のステージIIおよびステージIIIのCovid-19感染症に有効であり得る。
【0012】
レムデシビル(RNAポリメラーゼ阻害剤)、リトナビルもしくはロピナビル(HIV薬)、ベータインターフェロン、および/またはクロロキンもしくはヒドロキシクロロキン(マラリア薬)の有効性を試験するために、いくつかの国際的研究が2020年に開始された。しかしながら、これらのいずれも現在までに特に有効であることが見出されておらず、そのため、COVID-19患者のための有効な処置代替物に対する緊急の必要性が依然として存在する。
【0013】
2020年5月上旬、入院したCovid-19患者の処置における抗ウイルス薬レムデシビルの使用について、US FDAによって緊急承認が与えられた。レムデシビルは、エボラの処置のために元々は開発されたRNAポリメラーゼ阻害剤であり、効果がないことが見出された。レムデシビルは、我々がステージIIIのCOVID-19と分類する重度の症候を示す病院環境の患者を処置するためにのみ承認された。しかしながら、レムデシビルは、試験において患者の入院期間を短縮することが見出されたが、死亡率に対する有意な効果はなかった。
【0014】
先行技術および多数の進行中の研究を考慮すると、コロナウイルス感染によって引き起こされる疾患、特にCOVID-19などの気道疾患の処置および予防に有効な新規化合物および組成物の必要性が存在することは明らかである。特に、コロナウイルス、特にSARS-CoV-2の早期感染を予防し、ステージIIおよびステージIIIのCOVID-19患者を処置し、疾患進行を防止し、死亡率を低下させるための医薬が必要である。
【発明の概要】
【0015】
本明細書において提供される上記の問題に対する解決策は、コロナウイルス感染症の処置のためのMEK阻害剤の提供である。具体的には、MEK阻害剤は、MEKキナーゼを遮断することによってウイルス増殖および宿主細胞からの排出の両方を防止すると共に、最終的にCOVID-19のステージIIIにつながる免疫応答を低下させるので、ステージIIのCOVID-19の処置に有用であることが見出された。この二重の機構のために、MEK阻害剤、特にPD-0184264とも呼ばれるATR-002は、ステージIIのCOVID-19の処置に特に有望である。さらに、MEK阻害剤は、ステージIIからステージIIIへの疾患進行の防止およびステージIIIのCOVID-19の処置に有用であり得る。
【0016】
MEK阻害剤は、元々は化学療法薬として既知であり、ウイルス感染、特にインフルエンザウイルスおよびハンタウイルスの処置または予防に使用するために本発明者らによって開発されている。PD-0184264とも呼ばれるATR-002は、2004年に化学療法薬の文脈で最初に記載されたCI-1040の代謝産物(Wabnitzら)であり、コロナウイルス感染症などのウイルス性疾患の処置または予防に使用するために本発明者らによって開発されている。ATR-002は、以下に示す化学構造を有する:
。
【0017】
PD-0184264は、CI-1040のいくつかの代謝産物のうちの1つである(Wabnitzら、2004、LoRussoら、2005)。しかしながら、コロナウイルス感染におけるMEKの役割に関してPD-0184264で研究された機構は、他のMEK阻害剤にも等しく当てはまる。
【0018】
この理由のため、本発明は、入院しているヒト対象においてコロナウイルスによって引き起こされる疾患の処置方法に使用するためのMEK阻害剤に関する。いくつかの局面では、疾患は急性呼吸器疾患、例えばSARS-CoV-1、SARS-CoV-2またはMERSによって引き起こされるものである。本発明の文脈において、コロナウイルスはSARS-CoV-2であり得、処置される対応する患者はCOVID-19に罹患している。本発明のMEK阻害剤の使用は、COVID-19がステージIIのCOVID-19である場合に特に有用である。
【0019】
上述のように、MEK阻害剤は、PD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択され得る。好ましくは、MEK阻害剤はPD-0184264またはその薬学的に許容される塩である。
【0020】
好ましい剤形では、PD-0184264またはその薬学的に許容される塩は、100~1000mg、好ましくは300~900mg、最も好ましくは300、600または900mgの用量で1日1回ヒト対象に投与される。
【0021】
具体的には、PD-0184264を使用して、SARS-CoV-2によって引き起こされるCOVID-19に罹患しているヒト入院患者を処置する。好ましくは、COVID-19はステージIIのCOVID-19である。PD-0184264は、入院後1~21日間連続して、好ましくは5~18日間または7~14日間連続して、ヒト対象に投与され得る。好ましくは、PD-0184264は、経口剤形でヒト対象に投与される。
【0022】
さらなる局面では、本発明のMEK阻害剤を使用して、コロナウイルスがレムデシビルなどの以前の抗ウイルス処置に対して耐性であるヒト入院患者を処置する。さらに、MEK阻害剤を使用して、60歳を超えるかまたはコロナウイルス感染の高リスク群に属する入院ヒト対象を処置することができる。
【0023】
本発明はさらに、ヒトコロナウイルスに感染した対象におけるCOVID-19サイトカインストームの処置または予防におけるMEK阻害剤の使用に関する。MEK阻害剤は、好ましくは、PD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択される。
【0024】
対象におけるCOVID-19サイトカインストームの処置または予防におけるMEK阻害剤の使用は、対象におけるIL-1βおよび/またはTNF-αのレベルを低下させること、好ましくは対象におけるTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-8、IL-6、MCP-1、MIP-1αおよびMIP-1βのうちの1つ以上、2つ以上、3つ以上、4つ以上、5つ以上または6つすべてのレベルを低下させることを含み得る。
【0025】
上記に沿って、本発明はまた、SARS-CoV-2感染症に罹患している対象におけるCOVID-19サイトカインストームを処置または予防する方法に関し、方法はMEK阻害剤を対象に投与することを含む。この方法は、対象の(血液または血漿)中のIL-1βおよび/またはTNF-αのレベルを低下させること、好ましくは対象の(血液または血漿)中の複数のうちの1つ、2つ以上、3つ以上、4つ以上、5つ以上もしくは6つすべてまたはTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-6、IL-8、MCP-1、MIP-1αおよびMIP-1βのレベルを低下させることを含み得る。
【0026】
処置されるSARS-CoV-2は、元々の野生型株および/または1つもしくは複数のバリアントのいずれかであってもよい。処置することができるSARS-CoV-2のバリアントの例には、バリアントD614G、B.1.351、B.1.1.7、P1、P2、B.1.617、B.1.427、B.1.429、B.1.525およびB.1.526が含まれるが、これらに限定されない。
【0027】
さらなる局面では、本発明は、ヒトコロナウイルスに感染した無症候性対象におけるヒトコロナウイルス感染によって引き起こされる症候の発症を予防するのに、またはヒトコロナウイルスに感染した人と濃厚接触していた対象におけるヒトコロナウイルス感染を予防するために使用されるMEK阻害剤に関し、MEK阻害剤は、好ましくはPD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択される。ここでも、ヒトコロナウイルスは、SARS-CoV、SARS-CoV-2またはMERS、または好ましくは、D614G、B.1.351、B.1.1.7、P1、P2、B.1.617、B.1.427、B.1.429、B.1.525もしくはB.1.526からなる群より選択されるSARS-CoV-2バリアントであり得る。
【0028】
最後に、本明細書において記載の使用および医学的処置のための、MEK阻害剤を含む薬学的組成物は、本発明の一部である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1A】
図1(A)は、SARS-CoV-2感染したおよびATR-002処置したCaCo-2細胞のウエスタンブロット解析のレーン図を示す。pERK1/2、ERK1/2およびヌクレオカプシドタンパク質は、ATR-002で処置したSARS-CoV-2に感染したCaco2細胞で検出された。非感染細胞(モック)を対照として使用した。
【
図1B】
図1(B)~(D)は、ATR-002で処置したSARS-CoV-2に感染したCaco-2細胞のERKのリン酸化の比較およびヌクレオカプシドタンパク質の相関を示す。
図1(B)はERK-リン酸化を示す。ピーク下の面積を使用して、pERK1/2をERK1/2に対して正規化し、ERK-リン酸化%の値を計算した。
図1(C)は、DMSO対照と比較して、異なる濃度のATR-002で処置したCaco-2細胞のヌクレオシドタンパク質濃度を示す。
図1(D)は、DMSO対照と比較して、異なる濃度のATR-002で処置したCaco-2細胞のウイルス力価(PFU/mL)を示す。
【
図2】(A)は、MEK阻害時のSARS-CoV-2によるVero細胞の感染を示す。(B)は、MEK阻害時のSARS-CoV-2に感染中のウイルス遺伝子RdRPの検出を示す。
【
図3A】Calu-3細胞におけるSARS-CoV-2の複製能およびSARS-CoV-2中の可能なERKの活性化。
【
図4A】ERKノックダウンは子孫ウイルス力価の低下した産生につながる。
【
図5】ATR-002処置は、様々な宿主細胞系においてSARS-CoV-2に対して有効である。
【
図6A】ATR-002によるMEKの阻害は、低下したウイルス力価をもたらす。
【
図7-1】ATR-002処置は、SARS-CoV-2の南アフリカ型バリアントに対して有効である。
【
図8-1】ATR-002は、急性肺傷害(ALI)マウスモデルにおいてサイトカインおよびケモカインの遺伝子発現を低下させる。
【
図9】ATR-002は、CaCo2細胞のSARS-CoV-2感染後の炎症促進性サイトカイン/ケモカイン応答を低下させる。
【
図10A】ATR-002によるMEKの阻害は、炎症促進性サイトカインの低下した発現をもたらす。
【
図11A】ATR-002によるMEK阻害はIFN応答に影響を及ぼさないが、ポリ(I:C)刺激後の炎症促進性IL-8の発現を低下させる。
【
図12】ATR-002は、PMBC細胞における炎症促進性サイトカイン/ケモカイン応答を低下させる。
【
図13-1】ATR-002処置後の圧倒的なサイトカイン応答の調節の概略図。
【
図14】ATR-002が、抗CD3刺激、ConA刺激およびPHA刺激によるサイトカイン/ケモカイン刺激の有意に用量依存的な阻害を示すことが見出された。
【
図15】HasanらによるCOVID-19の段階。
【
図16A】ハムスター感染モデルにおけるSARS-CoV-2に対するATR-002の有効性。(A~E)個々のデータおよび中央値を示す。(F)感染の時点での体重と比較した、パーセンテージでの感染後4日目の体重減少。一元配置ANOVA多重比較検定を用いてデータを分析した。P値を示す。
【
図17A】ATR-002は、気液界面培養において子孫ウイルス粒子の産生を遮断する。
【
図18A】SARS-CoV-2感染中のERKの活性化は、hACE2の発現に依存する。
【
図19】Calu-3細胞におけるATR-002処置後のACE2減少。
【
図20-1】ATR-002は、ACE2を過剰発現する細胞においてSARS-CoV-2の複製を遮断できる。
【
図21-1】MEK阻害剤は、プレインキュベーション後、SARS-CoV-2スパイクタンパク質を担持するシュードタイプVSVの感染を予防できる。
【
図22】MEK阻害剤は、プレインキュベーション後、SARS-CoV-2スパイクタンパク質を担持するシュードタイプVSVの感染を予防できる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
詳細な説明
以下の説明は、本発明を理解するのに有用であり得る情報を含む。本明細書において提供される情報のいずれかが先行技術であるか、もしくは現在特許請求されている発明に関連すること、または具体的または暗黙的に参照される任意の刊行物が先行技術であることを認めるものではない。
【0031】
上記において、本発明は、コロナウイルスによって引き起こされるヒト入院患者におけるウイルス性疾患の処置方法に使用するためのMEK阻害剤に関する。例に示されるように、本発明者らは、驚くべきことに、MEK阻害剤がコロナウイルスによって引き起こされるCOVID-19などの疾患の処置において二重の効果を有することを示した。本発明、これはまた、SARS-CoV-2に感染している患者におけるCOVID-19サイトカインストームを処置または予防することに関する。さらに、MEK阻害剤は、ACE-2受容体の発現を遮断するのに有効であり、したがって、ヒトコロナウイルスに感染した無症候性対象におけるヒトコロナウイルス感染によって引き起こされる症候の発症を予防するのに、またはヒトコロナウイルスに感染した人と濃厚接触していた対象におけるヒトコロナウイルス感染を予防するために有用であり得ることが見出された。この文脈では、「濃厚接触」は、一般に、陽性と検査された人と外でまたは閉じた部屋の中のいずれかで1.5メートル未満の距離内に10分以上過ごしたことと定義される。2021年5月19日に、ドイツロベルトコッホ研究所(German Robert Koch Institute)(RKI)は、ヒトコロナウイルスに感染していることが知られている人と濃厚接触した人が、以下のものに該当した場合、感染のリスクが高いと定義している:
1. FFP2マスクなどの適切な保護なしで10分を超えての濃厚接触(1,5メートル未満)、
2. FFP2マスクなどの適切な保護なしで、もしくは呼吸分泌物(咳、くしゃみ)と直接接触して、会話の長さとは関係ない対面での会話(1,5メートル未満)、および/または
3. 適切な保護が着用されていても、10分を超えて、距離とは無関係に感染性エアロゾルの濃度が高い可能性がある同じ部屋での接触者と感染者の同時存在。
【0032】
濃厚接触を伴うコンステレーションの例は、
・同一世帯の人
・感染した人の分泌物または体液、具体的にはキス、咳、くしゃみなどによる呼吸分泌物に直接接触する人、
・十分な空気循環がなく感染性エアロゾルがある部屋にいた人(例えば、歌唱、スポーツ、パーティー、会議、学校の授業、宗教上のセレモニー)、
・FFP-2マスクの着用とは無関係に、航空機で感染した人に曝露された人、および航空機で感染した人と同じ列または前もしくは後ろの2つの列に座っていた人、濃厚接触があった場合は乗務員または他の乗客、上記の点2を参照されたい。
【0033】
当然のことながら、「濃厚接触」の定義は、ウイルスバリアントに応じて変化し得る。いくつかのウイルスバリアントは、感染に必要な距離および時間に影響を及ぼし得るより高い伝搬率を有することが示されている。この理由のため、予防効果およびウイルス増殖への効果の両方を有する抗ウイルス薬は、SARS-CoV-2の新興バリアントの文脈で特に有用であろう。
【0034】
具体的には、添付の実施例において実証されるように、ATR-002は、SARS-CoV-2のウイルス増殖に対する直接的な効果、および減少したサイトカイン放出をもたらす免疫調節効果を示す。この二重の効果は驚くべきことであり、MEK阻害剤をCOVID-19のステージIIの患者の処置に特に適したものにする。上記の背景の節に記載され、以下でさらに定義されるように、これらの患者は入院するが、まだ集中治療を受けていない。これらの患者では、MEK阻害は、ウイルス増殖を同時に抑制しながら、ステージIIIのCOVID-19につながるサイトカインストームを予防するという二重の効果を有し、疾患進行を停止させ、死亡率を低下させる。
【0035】
SARS-CoV-2感染後の最初の何日かに、感染した肺組織へのマクロファージ、好中球およびNK細胞の溢出が見られる。次いで、COVID-19は、SARS-CoV-2ウイルスによる感染後、感染した肺上皮、単球、樹状細胞および肺胞マクロファージによる炎症メディエーターの放出によって引き起こされる。サイトカインおよびケモカイン(例えば、TNF-α、IL-1β、IP-10、IL6、IL-8、MCP-1、MIP-1β)の産生および分泌は、局所的および全身的な急性炎症ならびに「COVID-19サイトカインストーム」(本明細書において互換的に「サイトカインストーム」とも称される)と呼ばれる適応免疫応答の変化をもたらし、ステージIIからステージIIIへのCOVID-19の移行を示す。「COVID-19サイトカインストームという用語は、本明細書において、ヒト病原性コロナウイルス、特にSARS-CoV-2に感染している対象において起こり得るサイトカインストームを意味するために、当技術分野において使用される通常の意味(この点に関して、Jamillouxら、2020を参照)内で使用される。例に示される予備研究から、MEK阻害剤一般および特にATR-002は、サイトカイン放出を抑制することによってウイルス増殖を減少させ、サイトカインストームを予防することが同時にできるようである(これに関して
図13を参照)。この二重の効果は予想外であり、レムデシビルなどのCOVID-19の処置に有用であることについて、現在研究されている他の抗ウイルス薬とは異なる。
【0036】
COVID-19のパンデミックに照らして、本発明者らは、SARS-CoV-2がウイルス増殖のためにMEK経路を使用するかどうかを判定することに関心があった。この目的のために、まずSARS-CoV-2分離株(分離株「FI」)を入手し、次いで、どの利用可能な細胞がウイルスに感染し得るかを判定する必要があった。MEK阻害剤一般および特にATR-002は宿主細胞因子MEKを標的とし、ATR-002の用量反応関係はウイルスに依存せず、キナーゼの阻害に依存する。インビトロ実験では、ATR-002の抗ウイルス効果は、実験に使用した細胞株におけるMEKの活性化状態に強く依存する。以下のSARS-CoV-2調査に使用されたCaCo2細胞株は、高い構成的MEK活性を示す。比較として、Vero細胞における実験も行った。使用された具体的な方法は、実施例1に見出すことができ、結果を
図1および
図2に示す。具体的には、
図1は、SARS-CoV-2に感染したCaCo-2細胞(MOI 0.1)を異なる濃度のATR-002で処置した場合、ERKのリン酸化ならびにSARS-CoV-2およびウイルスマーカーであるヌクレオカプシドタンパク質の阻害が50および100μMのATR-002の濃度で見られたことを示している。阻害に必要なこの多量のATR-002はウイルス力価に関連するものではなく、むしろ構成的に活性なMEKを有するCaCo2細胞の選択によるものであり、そのためMEKの阻害剤には多量に必要である。これらの実験は、SARS-CoV-2がウイルスエクスポートのためにMEK経路を使用することを示している。さらに、
図2Aは、SARS-CoV-2に感染させ、50μM ATR-002で処置したVero細胞が、観察期間全体を通して対照細胞よりもウイルス負荷が低いことを示し、
図2Bに示すSARS-CoV-2ウイルス遺伝子RdRPの測定により、この知見が確認された。これは、阻害剤が複製の遅延を引き起こすだけでなく、ウイルス増殖を持続的に阻害することを指し示している。実験1から、本発明者らは、SARS-CoV-2がウイルス増殖のためにMEK経路を使用すると結論付けた。
【0037】
CaCo2およびVero細胞に見られる効果を検証するために、ヒト気管支上皮細胞株Calu-3に対してさらなる試験を行った。最初に、SARS-CoV-2がCalu-3細胞に感染できるかどうかを試験した。この後、Calu-3細胞においてERKがSARS CoV-2によって活性化されるかどうかおよびいつ活性化されるかを試験した。さらに、ATR-002がCalu-3細胞におけるSARS-CoV-2の複製を阻害することができるかどうかを試験した。
【0038】
実施例2に記載されている実験は、Calu-3細胞もSARS-CoV-2ウイルスによって感染し得ることを示した。Calu-3は、肺がん研究および呼吸器疾患のための薬物開発において一般的に使用されるヒト肺がん細胞株である。Calu-3細胞は上皮であり、前臨床用途において呼吸器モデルとして作用することができる。Calu-3細胞は、肺がんに対する薬物開発のためのインビトロおよびインビボモデルの両方として一般的に使用される。細胞は、肺薬物送達の研究で使用されており、低分子量物質を取り込む能力を実証している。Calu-3細胞は、外来物質に対するそれらの応答性のために、空気取込みおよび肺傷害の呼吸器モデルとして役立ってきた。実施例2では、Calu-3細胞がSARS-CoV-2に感染し得ることを示すことができた。ATR-002がCalu-3細胞においてSARS-CoV-2を阻害できるかどうかを調べるために、CaCo2およびVero細胞に対して以前に行った実験を繰り返し、ATR-002はCalu-3細胞のSARS-CoV-2を用量依存的に阻害することができる。Calu-3細胞におけるSARS-CoV-2の複製およびSARS CoV-2ライフサイクルにおけるERKの活性化ならびにATR-002による阻害。
図3から分かり得るように、SARS-CoV-2はCalu-3細胞内で複製することができた。さらに、SARS-CoV-2感染は、ウイルス生活環の非常に初期段階でERKの活性化をもたらすことが分かった。ERKの活性化が感染1時間後に観察された。ウイルス生活環の後期段階でのさらなるERKの活性化は観察できず、ウイルス感染中の初期過程での経路の活性化の可能な役割を指し示していた。
【0039】
SARS-CoV-2生活環中のATR-002の抗ウイルス作用がオフターゲット効果ではないことを検証するために、本発明者らは遺伝的手段によってRaf/MEK/ERK経路を遮断した。したがって、MEKの直接の下流標的であるキナーゼERKの発現は、実施例2Bに記載されているように、Calu-3細胞において特異的siRNAによってノックダウンされた。
図4に見られ得るように、ERKノックダウンは、子孫ウイルス力価の低下した産生をもたらすことが見出された。このように、ERKのノックダウンがスパイクタンパク質の発現および子孫ウイルス粒子の産生の減少をもたらすことが示され、ウイルスの生活環中のMEK/ERKの役割が確認された。
【0040】
次いで、MEK阻害剤が、実施例1のCaCo2およびVero細胞で見られる減少に匹敵するように、Calu-3細胞においてSARS-CoV-2力価を低下させることができるかどうかを試験した。具体的には、ウイルス収量減少アッセイのために、95%コンフルエントのCaco-2、Vero E6およびCalu-3細胞を含む24ウェルプレートを調製した。ウェルを感染培地で1回洗浄した後、200μL感染培地/ウェルで1時間、SARS-CoV-2(MOI 0.01)に感染させた。その後、ウイルス接種材料を完全に除去し、ウェルを感染培地で1回洗浄し、次いで1ウェルあたり、1%DMSOを含む感染培地中に異なる濃度のATR-002(100μM、75μM、50μM、0μM)を含む1mLを用いて37℃、5%CO
2で24時間処置した。感染24時間後に上清を回収し、最大速度、5分間、4℃で遠心分離して細胞残屑を除去した。上清の140μLのアリコートを調製し、-80℃で保存した。試料のウイルス力価をRT-qPCR(リアルタイム定量的ポリメラーゼ連鎖反応)によって求めた。ウイルスRNAコピーの検出に使用したプローブはSARS-CoV-2 N遺伝子に対してであり、結果を示す。
図5から分かり得るように、すべての細胞型に見られる効果は同等であった。
【0041】
次のステップでは、Calu-3細胞を漸増量のATR-002と共に24、48または72時間にわたってインキュベートした。
図6に示すように、子孫ウイルス粒子の産生の濃度依存的減少は、非毒性濃度範囲で観察された。この効果は72時間の全感染時間にわたって維持され、ATR-002による経路阻害がウイルスの生活環に長期効果を有することを指し示した。さらに、
図6Dは、ATR-002で処置した細胞がSARS-CoV-2に感染した細胞の特徴的な細胞損傷を示さなかったことを示すので興味深いものであり、ATR-002が肺損傷を防ぐことを指し示している。
【0042】
MEK阻害が種またはバリアントとは無関係にヒトコロナウイルスの有効な処置であることを検証するために、SARS-CoV-2 SAバリアントB.1351に対するATR-002のインビトロ有効性を実施例3で試験した。実施例1および2と同じ実験設定を使用して、ATR-002が南アフリカ型SARS-CoV-2バリアントB.1351に対して有効であるかどうかを調べた。Vero細胞およびCalu-3細胞を、
図7から分かり得るように、0.1、1および10のMOIでATR-002 SARS-CoV-2 SAに感染させた。これらの実験は、MEK阻害剤、具体的にはATR-002がコロナウイルス、具体的にはSARS-CoV-2バリアントを阻害することができることを示した。
【0043】
さらなるステップでは、本発明者らは、実施例4として示される急性肺傷害(ALI)マウスモデルにおいて以前に得られたデータを検討した。具体的には、マウスALIモデルでは、LPS誘導性サイトカインおよびケモカイン発現により、ウイルス感染の非存在下でのATR-002の免疫調節有効性を調べることを可能にする。
図9は、ALIマウスのATR-002処置がサイトカインTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-8、MCP-1、およびMIP-1βの減少をもたらすことを示している。上記の背景の節で論じられるように、Huangらによれば、これらのサイトカインすべてはCOVID-19患者で増加し、TNF-α、IP-10およびMIP-1βは、ステージIIのCOVID-19で入院したときのレベルと比較して、ステージIIIのCOVID-19患者で増加する。これは、SARS-CoV-2感染とは無関係に、ATR-002が哺乳動物におけるサイトカインおよびケモカイン遺伝子発現を低下させることができることを指し示す。
【0044】
ATR-002がSARS-CoV-2感染後に炎症促進性サイトカイン/ケモカイン応答を低下させることを確認するために、実施例5に記載されているようにCaCo2細胞においてさらなるインビトロ実験を行った。CaCo2細胞をSARS-CoV-2に感染させ、ATR-002で処置した。MCP-1の量を測定し、結果を
図9に示す。具体的には、ATR-002がSARS-CoV-2に感染した細胞においてMCP-1発現を低下させることができることが見出された。しかしながら、実施例1で論じられるように、これには多量のATR-002が必要であり、これはCaCo2細胞におけるMEK経路の構成的活性化に起因する。体細胞ドライバー変異のために、SARS-CoV-2に感染したCaCo-2細胞においてMCP-1発現を阻害するためには多量のATR-002が必要である。本発明者らは、ATR-002がCalu-3細胞における炎症促進性サイトカインの発現を低下させることができるかどうかの疑問にさらに取り組んだ。したがって、本発明者らは、実施例2に記載されているように、Calu-3細胞にSARS-CoV-2を感染させ、それらを漸増量のATR-002で処置した。IL-6、IL-8、MCP-1、IP-10およびCCL5 mRNAの発現を定量的リアルタイムPCRによって分析した。結果を、モック感染細胞のn倍mRNA発現として
図10に示す。結果は、ATR-002が、先の例に示されるように、子孫ウイルス粒子の産生を減少させるだけでなく、さらに、炎症促進性サイトカインの発現を低下させることができることを確認する。これは、ATR-002処置のさらなる利益であり、ウイルス感染中のサイトカインストームの可能性を低減する。第2のステップでは、抗ウイルス性インターフェロンおよび炎症促進性サイトカインの発現に対するATR-002処置の一般的な効果を調べるために、A549細胞を、ウイルスRNAの作用を模倣するために一般的に使用される合成類似体であるポリI:Cで24時間トランスフェクトした。並行して、細胞を漸増量のATR-002で処置した。ATR-002によるMEK阻害はI型IFN応答に影響を及ぼさないが、ポリ(I:C)刺激後の炎症促進性IL-8発現を低下させる。これらの実験の結果を
図11に示す。厳密なI型IFN依存性遺伝子MxA mRNAの一定した発現について例示されるように、ATR-002処置が抗ウイルスI型インターフェロン系の刺激に影響を及ぼさないことが見出された。対照的に、低濃度のATR-002であっても、炎症促進性IL8の発現に強い低下が発見された。
【0045】
この効果が他の細胞型においても見られるかどうかを調べるために、MEK阻害の効果を、実施例6に記載されているようにLPS誘導性初代ヒト末梢血単核細胞(PMBC)において研究した。この場合も、ATR-002は、PMBCにおける炎症促進性サイトカイン/ケモカイン応答を低下させることが見出された。具体的には、IP10、TNF-αおよびMCP-1発現の量を研究し、
図12から分かり得るように、ATR-002による処置後に3つすべてが低下し、10μg/mlのATR-002がヒトPBMCにおいてLPS誘導性MCP-1の90%超を阻害するのに十分であることを指し示していた。PMBCに関するさらなる研究により、ATR-002が、
図14に見られ得るように、抗CD3刺激、ConA刺激およびPHA刺激によるサイトカイン/ケモカイン刺激の有意に用量依存的な阻害を示すことを確認した。
【0046】
最後に、COVID-19のパンデミックの処置を提供する緊急性のため、本明細書において記載の実施例からの有望なデータおよびATR-002の第I相安全性研究からの肯定的なデータに鑑みて、第II相研究が進行中である。この第II相研究は実施例7に記載されている。この研究は、RESPIRE-中等度コロナウイルス疾患(COVID-19)を有する成人入院患者におけるATR-002の安全性および有効性を評価するための無作為化二重盲検プラセボ対照臨床研究と呼ばれる。研究の主な目的は、15日目の臨床的重症度の状態によって評価されるCOVID-19患者の処置における、プラセボ、それぞれ標準治療と比較したATR-002の有効性を実証することである。実施例1~6によって判定されるように、ATR-002は、(1)抗ウイルス剤および(2)免疫調節(サイトカインストームに干渉する)という二重の利益(効果)を有するというその作用様式のために、COVID-19を処置する可能性を有する。この臨床研究には、中等度のコロナウイルス疾患ステージIIに罹患している合計200人の成人入院患者が登録されるであろう。無作為化の直前に鼻咽頭スワブを採取し、その後SARS-CoV-2の存在を確認する。
【0047】
すべての無作為化された患者は、現地の標準に従って標準治療を受けることになる。100人の患者はATR-002 900mgを1日1回経口で受けるよう無作為化され、100人の患者は釣り合うプラセボを受ける。ATR-002またはプラセボは、管理された二重盲検様式で5日間供給される。
【0048】
研究の主な目的は、以下の7ポイントの順序尺度による臨床的重症度の状態によって測定された、プラセボと比較してのATR-002の有効性を評価することである。[1]入院せず、制限なし、[2]入院せず、制限あり、[3]入院し、酸素補給を必要としない、[4]入院し、酸素補給を必要とする、[5]入院し、非侵襲的換気または高流量酸素デバイスを使用、[6]入院し、侵襲的機械換気またはECMOを使用、[7]死亡。
【0049】
二次転帰は、臨床徴候および症候、患者に報告された転帰、処置緊急有害事象、重篤な有害事象、導出された臨床パラメータ、スコアおよび試験事象、検査値およびATR-002血漿レベルの変化、ならびに定量的SARS-CoV-2試料の変化によって測定される。
【0050】
安全上の理由のため、および生存状態を判定するために、研究薬物処置の終了後90日目まですべての患者を追跡調査する。
【0051】
研究のために選択される患者は、スクリーニング時に入院を必要とする18歳以上の成人であり、37.3℃以上(腋窩)、38.0℃以上(経口)、または38.6℃以上(直腸または鼓膜)の体温として定義される発熱を有し、かつSpO2が、室内空気中で94%以下であるか、またはSpO294%超を維持するために酸素補給を必要とするとして定義されるCOVID-19感染の臨床徴候を示す。実施例に示される抗ウイルス薬およびサイトカイン/ケモカイン研究ならびに第I相臨床研究からのさらなるデータに基づくと、ウイルス負荷およびサイトカイン/ケモカイン発現を50%超低下させるためには、MEK活性の50%超~90%の阻害が必要である。上記の意図したRESPIRE研究および実施例5では、ステージIIのCOVID-19に罹患している患者が処置される。
【0052】
実施例7に記載されているRESPIRE臨床試験の開始前に、実施例8に記載されているSARS-CoV-2感染を研究するための好ましいモデル生物であるシリアンハムスターモデルで実験を行った。ヒト等価用量のATR-002の抗ウイルス効果をSARS-CoV-2チャレンジ後のハムスターモデルで試験した。動物を感染の日または感染後24時間で処置し、肺病変のパーセンテージおよび喉スワブおよび鼻甲介組織におけるウイルス負荷などのパラメータを、チャレンジ後3~4日目に分析した。
図16に見られ得るように、ATR-002処置は、SARS-CoV-2シリアンハムスター感染モデルにおいてウイルス力価および肺病変の有意な減少をもたらした。最初の処置に100mg/kg、続いて1日1回の75mg/kgの選択された投与量は、ATR-002第2相臨床試験に使用される900mg、続いて600mgのヒト用量のハムスター等価用量を表す。よって、本結果は、ATR-002臨床試験の用量の妥当性を完全に支持し、SARS-CoV-2の処置におけるATR-002のインビボ効果を支持する。
【0053】
さらに、気道の真正ヒト細胞におけるウイルス複製に対するATR-002の効果を研究するために、4人の健常成人の喉スワブから得られた初代ヒト気液干渉(ALI)培養物を使用した。4つのALI培養物のうちの3つをSARS-CoV-2に感染させることができ、実施例9に記載されているように2つの異なる濃度を使用してATR-002で処置した。
図17は、一実験の結果を示す。使用した両濃度(50μMおよび100μM)は、これらの3つの培養物における子孫ウイルス粒子の産生を完全に遮断し、ATR-002が初代ヒトALI培養物におけるSARS-COV-2感染に対して非常に有効であることを指し示していた。これは、ATR-002がヒトコロナウイルス感染、具体的にはSARS-CoV-2ステージIIの処置に有効であることを証明する良い指標である。
【0054】
Hasanらの「COVID-19 Illness in Native and Immunosuppressed States:A Clinical-Therapeutic Staging Proposal」と題され以下に要約される論文由来の
図15から分かり得るように、ステージIIのCOVID-19ではウイルス応答フェーズおよび宿主応答フェーズの両方が進行しており、そのためこれはMEK阻害剤の使用が最も有用となる段階であり得る。Hasanらによって決定されたCOVID-19の段階を再び以下に要約する。
【0055】
ステージIと呼ばれる初期段階は軽度の感染であり、接種時および疾患の早期確立時に起こる。ほとんどの人にとって、これは、倦怠感、発熱、および乾性咳などの軽度およびしばしば非特異的な症候に関連するインキュベーション期間を数日間伴う。COVID-19のこの段階に限定してウイルスを保持できる患者では、予後および回復が良好である。この段階での処置は、主に症候の軽減をターゲットとする。抗ウイルス療法が有益であることが証明される場合、この段階中に選択された患者をターゲットとすることにより、症候の持続期間が短縮され、伝染性を最小限に抑え、重症度の進行が防止され得る。
【0056】
ステージIIと呼ばれる、確立された肺疾患の第2の段階では、肺におけるウイルス増幅および局所炎症が標準である。ステージIIには、低酸素症を伴わないステージIIa、および低酸素症を伴うステージIIbと呼ばれる肺障害が含まれる。この段階の間、患者はウイルス性肺炎を発症し、咳、発熱およびおそらくは低酸素症を伴う。疾患の経過にわたって、呼吸困難は、症候の最初の発症(9~16.5日の範囲)後の中央値13日後に起こる。呼吸困難は、気道、肺、または心臓の重篤な疾患の徴候であり、難しいまたは苦しい呼吸および息切れを特徴とする。COVID-19の場合、胸部X線またはコンピュータ断層撮影による撮像は、両側性浸潤物またはすりガラス陰影を呈する。この段階で、COVID-19のほとんどの患者は、綿密な観察および管理のために入院する必要がある。処置は、利用可能になると、主に、支持的手段および抗ウイルス療法からなる。それにもかかわらず、患者はステージIIIに進行して、集中治療室(ICU)での人工呼吸器が必要となる可能性がある。
【0057】
ステージIIのCOVID-19では、全身性炎症のマーカーは上昇している可能性があるが、顕著に上昇しているわけではない。中国、武漢の患者の最初の群に対して行われた初期の研究では、入院時に、血漿IL1β、IL1RA、IL7、IL8、IL9、IL10、塩基性FGF、GCSF、GMCSF、IFNγ、IP10、MCP1、MIP1α、MIP1β、PDGF、TNFα、およびVEGF濃度が健常成人よりも高いことが見出された。さらに、ICUの患者は、入院時の患者よりもIL2、IL7、IL10、GCSF、IP10、MCP1、MIP1α、およびTNF-αの血漿濃度が高いことが見出され(Huangら、The Lancet;第395巻;497-506頁 2020年2月15日)、これらのサイトカインの増加がCOVID-19のステージIIからステージIIIへの移行を示すことを指し示していた。この移行は、「COVID-19サイトカインストーム」(本明細書において「サイトカインストーム」とも呼ばれる)と呼ばれる突然かつ急速に進行する臨床的悪化によって特徴付けられた。Jamillouxら(Autoimmunity Reviews 2020)に詳細に記載されているように、ここでは、IL-1β、IL-Rα、IL-6、TNF-αおよびsIL2Rαなどの全身性炎症のマーカーが上昇している。これは、上記で論じられているHuangらによって示されたものに対応する。
【0058】
COVID-19患者の少数は、COVID-19サイトカインストームおよびステージIIIと呼ばれる第3および最も重度の病期に移行を経験し得、肺外全身性過剰炎症症候群として現れる。全体として、病気のこの危機的な段階からの予後および回復は不良である。
【0059】
この理由のため、MEK阻害によってもたらされる二重の機構は、ステージIIIへの進行を防止し、よって死亡率を低下させるために重要であろう。
【0060】
SARS-CoV2感染の機構をよりよく理解するために、SARS-CoV-2感染の予防におけるMEK阻害剤の役割に関するさらなる研究を実施例10に記載されているように行った。具体的には、SARS-CoV-2はACE2/TMPRSS2を介して細胞に侵入ことができることが公知である。したがって、Raf/MEK/ERKシグナリング経路の活性化に対するACE2およびTMPRSS2の発現の可能な効果に取り組んだ。ACE2およびTMRPSS2を過剰発現するA549細胞をSARS-CoV-2に感染させ、ERKのリン酸化状態を感染1時間後に分析した。
図18に示されているのは、3つの独立した実験のうちの1つの結果である。A549細胞におけるACE2の過剰発現が、SARS-CoV-2感染中にERKの活性化をもたらすことが見出された。
【0061】
この後、ATR-002処置によるMEK阻害後の細胞においてACE2発現が低下するかどうかを試験した。Calu-3細胞をATR-002で24時間処置し、結果を免疫蛍光顕微鏡法およびWES技術によって分析した。結果は
図19に見ることができ、ATR-002がCalu-3細胞のACE2の減少をもたらすことは明らかである。
【0062】
次のステップでは、ATR-002が、ACE2を過剰発現するA549細胞においてSARS-CoV-2の複製を遮断し得るかどうかを試験した。したがって、A549-ACE2、A549-ACE2/TMPRSS2またはCalu-3細胞をSARS-CoV-2に感染させ、上記のようにATR-002で処置した。
【0063】
ATR-002は、細胞を0.001のMOIで感染させた場合、Calu-3およびA549-ACE2/TMPRSS2細胞における子孫ウイルス粒子の産生を低下させた。驚くべきことに、ATR-002処置は、ウイルス接種材料の濃度が10倍高い場合(MOI:0.01)、A549-ACE2/TMPRSS2細胞における子孫ウイルス粒子の産生に影響を及ぼさなかった。SARS-CoV-2は、2つの異なる経路を介して細胞に侵入することができる。ウイルス膜と細胞膜との融合をもたらすTMPRSS2によるスパイクタンパク質の直接活性化、またはカテプシンLによるエンドソームの内在化およびスパイクタンパク質の活性化のいずれかを介して。
【0064】
最後に、MEK阻害剤による処置がACE2の発現を低下させることができるかどうかを分析するために、Vero細胞をMEK阻害剤CI-1040またはATR-002と共にプレインキュベートし、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質をその表面に担持し感染および内在化の成功時にレポーター遺伝子GFPを発現するVSVシュードタイプウイルスに感染させた。陽性細胞を光学顕微鏡法によって分析した。
図21および
図22に示されるデータは、3つの独立した実験の平均±SDを表し、CI-1040またはATR-002とのプレインキュベーションがVSV-Sシュードタイプウイルスの内在化の減少をもたらすことを示している。この効果は時間依存的であった。CI-1040またはATR-002とのプレインキュベーションが長いほど、GFP陽性細胞の量が減少し、これは感染のリードアウトである。これらの結果は、CI-1040およびATR-002などのMEK阻害剤がACE2の細胞発現を低下させ、よって細胞へのウイルスの侵入を防ぐのに有用であり得ることを指し示している。
【0065】
上記の実験は、MEK阻害が、無症候性であるがヒトコロナウイルスについて陽性と検査された患者において、ACE2受容体を遮断することによってSARS-CoV-2感染を予防することおよびSARS-CoV-2の進行を防止することにおいて、役割を果たし得ることを指し示している。これは、初期のヒトコロナウイルス感染の文脈でMEK阻害のプリベンティブまたは予防的効果をもたらし得るので、重要である。
【0066】
本発明のMEK阻害剤は、処置および/または予防のための方法に使用することができる。したがって、「処置する(treating)」または「処置(treatment)」という用語は、好ましくは薬学的組成物の形態のMEK阻害剤を、症候を緩和または改善する目的でコロナウイルス感染に罹患している対象に投与することを含む。同様に、症候を緩和または改善する目的で、好ましくは医薬の形態のMEK阻害剤の、COVID-19サイトカインストームに罹患している対象への投与が含まれる。
【0067】
さらに、本明細書において使用される「予防する(prevent)」という用語は、疾患を予防することを目的とする医療手順を指す。本明細書において使用される場合、「予防する(prevent)」、「予防(prevention)」および「予防する(preventing)」という用語は、コロナウイルス感染症、例えば、COVID-19サイトカインストームと診断された患者において所与の症状を獲得または発症するリスクの低下のことを指す。また、「予防(prevention)」とは、対象においてCOVID-19サイトカインストームなどの全身性過剰炎症のリスクを低下させるための、SARS-CoV-2などのコロナウイルス感染と診断された対象におけるTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-8、MCP-1、および/またはMIP-1βなどの全身性過剰炎症のマーカーの減少または阻害を意味する。
【0068】
「MEK阻害剤」は、MEK(マイトジェン活性化プロテインキナーゼキナーゼ)を阻害することによって、細胞または対象における分裂促進シグナル伝達カスケードRaf/MEK/ERKを阻害する。このシグナル伝達カスケードは、ウイルス複製をブーストするために、多くのウイルス、特にインフルエンザウイルスおよびコロナウイルスによってハイジャックされる。したがって、ボトルネックMEKでのRaf/MEK/ERK経路の特異的遮断は、ウイルス、特にコロナウイルスの増殖を損なう。さらに、MEK阻害剤は、ヒトにおいて低い毒性およびほとんど有害な副作用を示さない。ウイルス耐性を誘導する傾向もない(Ludwig、2009)。本発明の文脈では、MEK阻害剤は、PD-0184264、CI-1040、GSK-1120212、GDC-0973、ビニメチニブ、セルメチニブ、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、TAK-733、AS703026、PD98059およびPD184352またはその薬学的に許容される塩もしくは代謝産物からなる群より選択される。特に好ましい阻害剤はPD-0184264である。
【0069】
コロナウイルスによって引き起こされる「疾患」は、SARS-CoV、SARS-CoV-2またはMERSによって引き起こされる急性呼吸器疾患であり得る。具体的には、好ましい態様では、コロナウイルスはSARS-CoV-2であり、患者はCOVID-19に罹患している。最も好ましいバージョンでは、疾患はステージIIのCOVID-19である。
【0070】
「コロナウイルス」は、SARS-CoV、SARS-CoV-2もしくはMERS、または関連する新しい人獣共通もしくは変異コロナウイルスであり得る。1つの具体的な態様では、コロナウイルスは、例えば、レムデシビルなどの以前の抗ウイルス処置に対して耐性である。
【0071】
本発明の阻害剤、特にMEK阻害剤によって処置することができる「対象」は、コロナウイルス感染症と診断されたヒト対象である。一態様では、対象は入院している。対象は、任意の年齢のものであり得、0歳~10歳の小児、10歳~18歳のティーンエージャー、または18歳以上の成人であり得る。対象は、任意で、50歳~65歳、18歳~50歳、または65歳を超えていてもよい。他の態様では、対象は、少なくとも60歳である対象、長期ケア施設に居住する対象、肺または心血管系の慢性障害を有する対象、慢性代謝疾患、腎機能障害、異常ヘモグロビン症または免疫抑制のために前年中に定期的な医学的フォローアップまたは入院を必要とした対象からなる群より選択される。
【0072】
1つの特定の局面では、「COVID-19サイトカインストーム」を予防または処置するために、対象をMEK阻害剤で処置することができる。上述のように、この用語は、当技術分野において使用される通常の意味(この点に関して、Jamillouxら、2020を参照)内で使用され、ヒト病原性コロナウイルス、特にSARS-CoV-2に感染している対象において起こり得るサイトカインストームを意味する。そのようなサイトカインストームは、急速な臨床的悪化によって特徴付けられ、炎症促進性サイトカインの増加は、ステージIIからステージIIIへのCOVID-19の移行を示す。具体的には、HuangらおよびJamillouxらの両方は、IL-1βおよび/またはTNF-αの突然の増加が、おそらくはTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-8、MCP-1、およびMIP-1βの2つ以上、3つ以上、4つ以上、5つ以上または6つすべての増加と一緒に観察されたことを記している。一局面では、MEK阻害剤を使用して、対象におけるIL-1βおよび/またはTNF-αのレベルを低下させ、好ましくは対象におけるTNF-α、IL-1β、IP-10、IL-6、IL-8、MCP-1、MIP-1αおよびMIP-1βの複数のうちの1つ、2つ以上、3つ以上、4つ以上、5つ以上または6つすべてのレベルを低下させる。
【0073】
上に引用した炎症性サイトカインおよびケモカインは、当技術分野において周知である。具体的には、TNF-α、IL-1β、IP-10、IL-8、MCP-1、およびMIP-1βという用語は、以下のアクセッション番号の下でUNIPROTおよびGENEBANKにおいて公知のヒトタンパク質配列を指す:
【0074】
本発明の使用のための、PD-0184264などのMEK阻害剤を含む薬学的組成物は、入院し、コロナウイルスによって引き起こされる疾患に罹患しているヒト患者に投与される。一局面では、ヒト患者は、60歳を超えるか、またはコロナウイルス感染の高リスクまたは超高リスク群に属する。COVID-19の場合、超高リスク群には、以下の患者が含まれる:
・70歳を超える
・臓器移植を受けたことがある
・積極的化学療法を受けている
・肺がんのための根治的放射線療法を受けている
・任意の処置の段階にある白血病、リンパ腫または骨髄腫などの血液または骨髄のがんを有する
・がんの免疫療法または他の継続的な抗体処置を受けている
・免疫系に影響を及ぼし得る他の標的がん処置を受けている
・過去6ヶ月間に骨髄移植または幹細胞移植を受けたことがあるか、または依然として免疫抑制薬を服用している
・嚢胞性線維症、重症喘息、肺線維症(pulmonary fibrosis)、肺線維症(lung fibrosis)、間質性肺疾患および重症COPDを含む重症呼吸器症状を有する
・感染症になるリスクが非常に高い症状を有する(例えば、SCID、ホモ接合鎌状赤血球)
・感染症に特にかかりやすい医療を受けている(高用量のステロイドまたは免疫抑制療法など)
・重篤な心臓症状を有し、妊娠している。
【0075】
高リスク群には、以下の人が含まれる:
・60歳を超える
・学習障害を有する
・重症ではない肺症状(喘息、COPD、気腫または気管支炎など)を有する
・心臓疾患(心不全など)を有する
・高血圧(高血圧症)を有する
・糖尿病を有する
・慢性腎臓疾患を有する
・肝臓疾患(肝炎など)を有する
・呼吸に影響を及ぼし得る病状を有する
・がんを有する
・弱い免疫系を有する(免疫抑制されている)
・脳血管疾患を有する
・脳または神経に影響を及ぼす症状を有する(パーキンソン病、運動ニューロン疾患、多発性硬化症、または脳性麻痺など)
・脾臓に問題を有するか、または脾臓を摘出した
・感染症にかかるリスクが高いことを意味する症状を有する(HIV、狼瘡または強皮症など)
・免疫系に影響を及ぼし得る医療を受けている(低用量のステロイドなど)
・肥満を有する。
【0076】
本発明の方法では、PD-0184264は経口、静脈内、胸膜内、筋肉内、局所または吸入によって投与され得る。好ましくは、PD-0184264は吸入または経口投与される。好ましい態様では、PD-0184264は、100mg~1000mg、好ましくは300mg、600mgまたは900mgの経口投与量で1日1回、入院後1~21日間連続して、好ましくは5~18日間または7~14日間連続して投与される。
【0077】
具体的には、前述のように、第I相臨床研究では、PD-0184264を、開始用量100mg、および単回漸増用量/複数回漸増用量(SAD/MAD)レジメンに従い、7つのアームで最大3段階の増量ステップで投与した。投与スキームは、100mgから900mgへと増量させるPD-0184264の1回投与(SAD)、続いて、100mgから600mgQDへと7日間にわたって増量させるPD-0184264の7回投与(MAD)であった。各用量のコホートは安全性審査委員会(SRC)によって安全であると見なされ、次の高用量(それぞれ最大SAD900mgおよびMAD600mg)が可能であると発表された。観察された薬物動態プロファイルは、さらなる臨床開発のための意図された1日1回のレジームを支持しており、900mgの投与量が試験のために意図されている。
【0078】
試験中、有害事象は合計でほとんど観察されず、重篤な有害事象は観察されなかった。したがって、PD-0184264は安全で十分に忍容できると考えられる。薬物動態学的曝露およびMEK阻害の判定を第I相研究で検証し、臨床的に関連する血中レベルの維持を確認する。
【0079】
本発明はまた、異なる組成物、好ましくは薬学的組成物も想定する。本発明は、SARS-CoV-2などのコロナウイルスによって引き起こされる疾患の処置方法に使用するためのPD-0184264を含む組成物に関する。
【0080】
上述のように、MEK阻害剤を含む組成物は薬学的組成物であってもよい。薬学的組成物の好ましい態様は、PD-0184264を含む。好ましくは、そのような組成物は、担体、好ましくは薬学的に許容される担体をさらに含む。組成物は、経口投与可能な懸濁液または錠剤、鼻腔スプレー、吸入デバイス用の調製物、例えば無菌の注射可能な水性もしくは油性の懸濁液としての無菌の注射可能な調製物(静脈内、胸膜内、筋肉内)または坐剤の形態であり得る。
【0081】
MEK阻害剤は、好ましくは治療有効量で投与される。PD-0184264または各活性化合物/阻害剤の「治療有効量」は、当業者には明らかであろうように、使用される化合物の活性、患者の体内での活性化合物の安定性、軽減される症状の重症度、処置される患者の総重量、投与の経路、身体による化合物の吸収、分布および排泄の容易さ、処置される患者の年齢および感受性、有害事象などを含むがこれらに限定されない要因によって変動し得る。投与の量は、様々な要因が経時的に変化するにつれて調整され得る。
【0082】
本明細書において記載の阻害剤、方法および使用は、ヒト治療に適用可能である。本明細書において記載の化合物、特にPD-0184264は、本明細書において記載されているように、生理学的に許容される担体中で対象に投与されてもよい。導入の様式に応じて、化合物は、以下に論じられるような様々な様式で製剤化され得る。製剤中の治療活性化合物の濃度は、約0.1~100wt.%で変動し得る。作用物質は、単独で、または他の処置と組み合わせて投与されてもよい。例えば、ステージIIのCOVID-19の処置のために、PD-0184264は、10~100mg/kg PD-0184264の範囲、好ましくは25~75mg/kg PD-0184264の範囲の投与量で投与され得る。好ましい投与は、200、300、400、500、600、700、800、および900mgなどの間にある任意の投与量を含む、100mg~1000mgの1日1回投与量としてである。好ましい態様では、投与は1日1回であり、投与量は経口投与される600mgまたは900mgである。PD-0184264は、入院後1~21日間以上連続して、好ましくは5~18日間、最も好ましくは7~14日間の期間投与され得る。
【0083】
本発明の方法における薬学的化合物は、任意の適切な単位剤形で投与され得る。適切な経口製剤は、錠剤、カプセル、懸濁液、シロップ、チューインガム、ウェハー、エリキシルなどの形態であり得る。結合剤、賦形剤、潤滑剤、および甘味剤または香味剤などの薬学的に許容される担体を、経口の薬学的組成物に含めることができる。必要に応じて、特別な形態の味、色、および形状を改変するために従来の作用物質も含めることができる。
【0084】
注射可能な製剤の場合、薬学的組成物は、適切なバイアルまたはチューブで適切な賦形剤と混和した凍結乾燥粉末であり得る。クリニックで使用する前に、静脈内または筋肉内注射に適した組成物を形成するために、凍結乾燥粉末を適切な溶媒系に溶解することによって薬物を再構成してもよい。
【0085】
一態様では、ウイルス感染の減少は、プラーク形成単位(PFU)/mlの減少である。「プラーク形成単位」は、ウイルス粒子などの単位体積当たりのプラークを形成することができる粒子の数の尺度である。これは、粒子の絶対量の測定ではなく機能的測定である:欠陥があるか、またはそれらの標的細胞に感染できないウイルス粒子はプラークを生成しないと考えられ、したがって計数されないだろう。例えば、1,000PFU/μlの濃度のコロナウイルスの溶液は、1μlの溶液が細胞単層に1000個の感染性プラークを生成するのに十分なウイルス粒子を含むことを指し示す。本発明の場合、阻害剤で処置した細胞培養物は、PD-0184264などのMEK阻害剤で処置する前の培養物と比較して、処置後の培養物において減少したプラーク形成単位数を示す。
【0086】
本発明の目的のために、上に定義される活性化合物は、その薬学的に許容される塩(複数可)も含む。「薬学的に許容される塩」という語句は、本明細書において使用される場合、所望の投与形態のための、安全かつ効果的である本発明の化合物のその塩を意味する。薬学的に許容される塩には、塩酸、リン酸、酢酸、シュウ酸、酒石酸などに由来するものなどのアニオンで形成されるもの、およびナトリウム、カリウム、アンモニウム、カルシウム、水酸化第二鉄、イソプロピルアミン、トリエチルアミン、2-エチルアミノエタノール、ヒスチジン、プロカインなどに由来するものなどのカチオンで形成されるものが含まれる。
【0087】
本明細書において使用される場合、単数形の「a」、「an」、および「the」は、文脈が明らかにそうでないことを指示しない限り、複数の言及を含むことに留意されたい。したがって、例えば、「試薬(a reagent)」への言及は、そのような異なる試薬の1つまたは複数を含み、「方法(the method)」への言及は、本明細書において記載の方法を改変または置換することができる当業者に公知の同等のステップおよび方法への言及を含む。
【0088】
本開示において引用されるすべての刊行物および特許は、その全体が参照により組み入れられる。参照により組み入れられる資料が本明細書と相反するまたは矛盾する限りにおいて、本明細書は任意のそのような資料に優先する。
【0089】
別段の指示がない限り、一連の要素に先行する「少なくとも」という用語は、一連のすべての要素を指すと理解されるべきである。当業者は、本明細書において記載の本発明の特定の態様に対する多くの等価物を認識するか、または日常的な実験のみを使用してそれらを確認することができるであろう。そのような等価物は、本発明に包含されることが意図される。
【0090】
本明細書および以下の特許請求の範囲を通して、文脈が別段の要求をしない限り、「含む(comprise)」という単語、ならびに「含む(comprises)」および「含む(comprising)」などの変形は、記載された整数もしくはステップまたは整数もしくはステップの群を含むが、任意の他の整数もしくはステップまたは整数もしくはステップの群を除外しないことを意味すると理解されるであろう。本明細書において使用される場合、「含む(comprising)」という用語は、「含む(containing)」という用語で置換され得るか、または本明細書において使用される場合、「有する(having)」という用語で時として置換され得る。
【0091】
本明細書において使用される場合、「からなる(consisting of)」は、特許請求の範囲の要素で指定されていない要素、ステップ、または成分を除外する。本明細書において使用される場合、「本質的にからなる(consisting essentially of)」は、特許請求の範囲の基本的かつ新規な特徴に実質的に影響を及ぼさない材料またはステップを除外しない。
【0092】
本明細書における各例では、「含む(comprising)」、「本質的にからなる(consisting essentially of)」、および「からなる(consisting of)」という用語のいずれかは、他の2つの用語のいずれかと置き換えることができる。
【0093】
本明細書の本文を通して、いくつかの文献が引用される。本明細書において引用される文献(すべての特許、特許出願、科学刊行物、製造業者の仕様書、説明書などを含む)の各々は、上記または下記にかかわらず、その全体が参照により本明細書に組み入れられる。本明細書におけるいかなるものも、本発明が先行発明によってそのような開示に先行する権利がないことの承認として解釈されるべきではない。
【実施例】
【0094】
以下の例は、本発明を例示する。これらの例は、本発明の範囲を限定するものと解釈されるべきではない。例は例示の目的で含まれており、本発明は特許請求の範囲によってのみ限定される。
【0095】
【0096】
【0097】
3. 薬物
ATR-002(PD0184264)[2-(2-クロロ-4-ヨードフェニルアミノ)-N-3,4-ジフルオロ安息香酸]、(M=409,55g/mol)は、ChemCon GmbH(Freiburg、Germany)で合成した。すべての細胞培養実験について、ATR-002の10mMストック溶液をDMSO(Merck-Millipore、Darmstadt、Germany)中で調製し、それぞれの培地にさらに希釈した。
【0098】
実施例1:SARS-CoV-2はMEK経路を使用する
この最初の実験では、本発明者らは、MEK経路の阻害がウイルス増殖の阻害をもたらすかどうかを見出すことに関心があった。ATR-002は宿主細胞因子MEKを標的とするが、ATR-002の用量反応関係はウイルスに関連するのではなく、キナーゼの阻害に関連する。インビトロ実験では、ATR-002の抗ウイルス効果は、実験に使用した細胞株におけるMEKの活性化状態に強く依存する。以下のSARS-CoV-2調査に使用されたCaCo2細胞株は、高い構成的MEK活性を示す。比較として、Vero細胞における実験も行った。
【0099】
方法:
A. ウイルス収量減少アッセイ(VYR)
ウイルス収量減少アッセイのために、95%コンフルエントなCaco-2細胞を含む24ウェルプレート(Greiner Bio-One、Cat.662-160)を調製した。ウェルを、5%FCS(Capricorn、Cat.FBS-12A)、1%ペニシリン/ストレプトマイシン(Sigma Aldrich、Cat.P4333)および1%非必須アミノ酸(NEAA)(Merck、Cat.K0293)を補充したCaco-2感染培地DMEM(Gibco、Cat.41965-039)で1回洗浄した。細胞を、1ウェルあたり200μLのCaco-2感染培地中で1時間、SARS-CoV-2(MOI 0.1)に感染させた。その後、ウイルス接種材料を完全に除去し、細胞を、1ウェルあたり、1%DMSOを含むCaco-2感染培地中に異なる濃度のATR-002(100μM、50μM、25μM、12.5μM、6.25μM、3.125μM、1.56μM、0.78μM、0.39μM、0.195μM、0.098μM、0μM)を含む1mLを用いて37℃、5%CO2で24時間処置した。感染24時間後に上清を回収し、最大速度、5分間、4℃で遠心分離して細胞残屑を除去した。200μLのアリコートを調製し、-80℃で保存した。ホスファターゼおよびプロテアーゼ阻害剤カクテルを補充した50μLの改変RIPA緩衝液の添加、15分間、4℃でのインキュベーションによって、各ウェルの細胞層を溶解した。溶解物を最大速度、5分間、4℃で遠心分離して細胞残屑を除去した。溶解物を-80℃で保存した。
【0100】
B. MEK阻害時のSARS-CoV-2によるVero細胞のプラークアッセイ感染
ウイルス力価を求めるために、標準的なプラークアッセイを行った。Vero細胞をSARS-CoV-2株FI(MOI 0.01)に感染させた。感染1時間後、細胞を50μM ATR-002または対照としてそれぞれの量のDMSOで処置した。化合物は、完全感染の時間の間、培養培地中に存在した。感染24、36および48時間後、上清を収集し、ウイルス力価を下記のプラークアッセイによって定量した。3回の生物学的反復を含む単一の実験のデータを
図2Aに示す。
【0101】
Vero E6細胞を、6ウェルプレート(Greiner Bio-One、Cat.657-160)に100%コンフルエンシーで播種した。5%FCS(Capricorn、Cat.FBS-12A)および1%ペニシリン/ストレプトマイシン(Sigma Aldrich Cat.P4333)を補充したVero E6感染培地(IMDM、Gibco、Cat.12440-053)中でウイルス試料の6倍希釈物を調製した。細胞をVero E6感染培地で1回洗浄した後、1ウェルあたり1mLのウイルス希釈物を用いて37℃、5%CO2で1時間感染させた。その後、ウイルス接種材料を完全に除去し、細胞をAvicel-Medium(1,25%Avicel(FMC BioPolymer、Cat.RC581)、10%MEM(Gibco、Cat.21430-20)、0,01%DEAE-デキストラン(Sigma Aldrich、Cat.No.:D9885)、2,8%NaHCO3(Merck、Cat.No.:1.06329.1000)、1%ペニシリン/ストレプトマイシン(Sigma Aldrich、Cat.P4333)、0,2%BSA(Carl Roth、Cat.9163.4)、1%L-グルタミン(Sigma Aldrich、Cat.G7513)で重層した。37℃、5%CO2でのインキュベーション。72時間後、Avicel-Mediumを除去した。細胞をPBS(Gibco、Cat.14190-094)で2回すすぎ、PBS(Lonza、Cat.17515Q)中4%Roti-Histofix(Carl Roth、Cat.A146.1)を用いて4℃で、30分間固定し、ddH2O中クリスタルバイオレット溶液(1%クリスタルバイオレット(Merck、Cat.1408)、10%エタノール(SAV-IP、Cat.ETO-5000-99-1))で染色した。ウイルス力価は、1ウェルあたりのプラークの数およびそれぞれの希釈係数に基づいて計算した。
【0102】
C. MEK阻害時のSARS-CoV-2に感染中のウイルス遺伝子RdRPの検出
Vero細胞をFIに感染させた(MOI 0.01)。感染1時間後、細胞を50μM ATR-002または対照としてそれぞれの量のDMSOで処置した。化合物は、完全感染の時間の間、培養培地中に存在した。感染24、36および48時間後、上清を収集し、RNA抽出に使用した。感染24、36および48時間後の標準曲線に基づくRdRP遺伝子1ml当たりの外挿ゲノムコピー数。3回の生物学的反復を含む単一の実験のデータを
図2Bに示す。
【0103】
D. Wes分析
ProteinSimple(登録商標)によるWes(商標)キャピラリー電気泳動を使用して、pERK1/2、ERK1/2およびSARS-CoV-2核タンパク質を同定および定量した。細胞溶解物を0.1×Sample Buffer(ProteinSimple、Abingdon、Oxford、UK)でレーンあたりおよそ50ngの総タンパク質に希釈し、特異的抗体を使用して分析した。一次抗体pERK1/2(ホスホ-p44/42MAPK(Erk1/2)(Thr202/Tyr204)(D13.14.4E)XP(登録商標)ウサギmAb、Cat.43702)およびERK1/2(p44/42MAPK(Erk1/2)(137F5)ウサギmAb、Cat.4695)は、Cell Signaling Technology(Cell Signaling Technology、Danvers、Massachusetts、U.S.A.)から購入し、抗体希釈剤(ProteinSimple、Abingdon、Oxford、UK)に1:50(pERK1/2用)および1:100(ERK1/2)希釈で使用した。SARS-CoV-2核タンパク質抗体、モノクローナルマウスAbを、ProSci(Cat.35.580)から購入し、抗体希釈剤(ProteinSimple、Abingdon、Oxford、UK)中に1μg/mlで使用した。抗ウサギ二次抗体(ProteinSimple、Cat.DM-001)および抗マウス二次抗体(ProteinSimple、Cat.DM-002)ならびにWES分析用の他のすべての試薬もProteinSimpleから購入し、すぐに使用することができた。
【0104】
結果:
上記の方法の結果を、
図1および
図2に見ることができる。
図1は、SARS-CoV-2に(MOI 0.1)感染したCaCo-2細胞を異なる濃度のATR-002で処置した場合、ERKならびにSARS-CoV-2およびウイルスマーカーであるヌクレオカプシドタンパク質の阻害が、50および100μMのATR-002の濃度で見られたことを示す。阻害に必要なこの多量のATR-002はウイルス力価に関連するものではなく、むしろ構成的に活性なMEKを有するCaCo2細胞の選択によるものであり、そのためMEKの阻害剤には多量に必要である。これらの実験は、SARS-CoV-2がウイルスエクスポートのためにMEK経路を使用することを示している。
【0105】
さらに、
図2は、SARS-CoV-2に感染し、50μM ATR-002で処置したVero細胞が、24時間、36時間および48時間の全観察期間を通して対照細胞よりも低いウイルス負荷を有することを示し、阻害剤がウイルス複製の遅延を引き起こしただけでなく、持続的な様式で増殖を阻害したことを指し示している。これをSARS-CoV-2ウイルス遺伝子RdRPの測定によって確認した。
【0106】
実施例2:Calu-3細胞におけるSARS-CoV-2の複製およびSARS CoV-2生活環におけるERKの活性化ならびにATR-002による阻害
CaCo2およびVero細胞に見られる効果を検証するために、ヒト気管支上皮細胞株Calu-3に対してさらなる試験を行った。まず、SARS-CoV-2がCalu-3細胞に感染できるかどうか(A)、および感染がCalu-3細胞におけるERKの活性化(リン酸化)をもたらすかどうか(B)を試験した。さらに、ATR-002がCalu-3細胞においてSARS-CoV-2を阻害することができるかどうか(C)を試験した。
【0107】
A. SARS-CoV-2によるCalu-3細胞の感染
ヒト気管支上皮細胞株Calu-3を、10%標準化ウシ胎児血清(FBS Advance;Capricorne)、2mM L-グルタミン、100U/mLペニシリン、および0.1mg/mLストレプトマイシンを補充したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)で培養した。すべての細胞を37℃および5%CO2の加湿インキュベータで培養した。Calu-3細胞を、2のMOIで感染PBS(0.2%BSA、1%CaCl2、1%MgCl2、100U/mLペニシリンおよび0.1mg/mLストレプトマイシンを含有)中SARS-CoV-2分離株hCoV-19/Germany/FI1103201/2020(EPI-ISL_463008)に感染させるか、またはモックに感染させた。感染4時間後から新たに産生されたSARS-CoV-2ウイルス粒子および上清の力価を分析した。
図3Aは、3つの独立した実験の結果を示す。
図3Bは、指し示された時点の後に調製されたウエスタンブロット溶解物を示す。
図3Cおよび
図3Dは、感染の時間経過中のSARS-CoV-2 NおよびSタンパク質発現ならびにキナーゼのリン酸化の定量化を示す。3つの独立した実験の平均±SDを示す。データは、一元配置ANOVA、続いてDunnettの多重比較検定に合格した(
*p≦0.0332;
****p≦0.0001)。破線は感染0時間のレベルを指し示す。(C、D)(B)に示される定量化の例示的なウエスタンブロット解析。
図3(E)に示されるさらなる実験では、異なるMOIを使用してCalu-3細胞をSARS-CoV-2(FI)に感染させた。ERKの活性化を感染1時間後に分析した。
【0108】
図3から分かり得るように、SARS-CoV-2はCalu-3細胞内で複製することができた。さらに、SARS-CoV-2感染は、ウイルス生活環の非常に初期段階でERKの活性化をもたらすことが分かった。ERKの活性化が感染1時間後に観察された。ウイルス生活環の後期段階でのさらなるERKの活性化は観察できず、ウイルス感染中の初期過程での経路の活性化の可能な役割を指し示していた。
【0109】
B. Calu-3細胞におけるSARS CoV-2によるERKの活性化
Raf/MEK/ERK経路におけるMEKの直接標的であるERKの重要性を分析するために、SARS-CoV-2生活環中に、Calu-3細胞にERK1/2ノックダウンを導入した。72h.p.t.、細胞をSARS-CoV-2に感染させ、ウイルススパイクタンパク質の発現および子孫ウイルス粒子の産生を評価した。
図4(A~C:MOI:1.0;D:MOI:0.1)に見られ得るように、ERKノックダウンは、子孫ウイルス力価の低下した産生をもたらすことが見出された。
図4Aは、感染8時間後に分析されたウイルスS
0タンパク質の発現を示す。免疫ブロットを調製し、抗S、抗ERK1/2および抗チューブリン抗体でプローブした。3つの独立した実験のうちの1つの結果を示す。
図4Bは、S
0タンパク質発現およびノックダウン有効性の定量化を示す。3つの独立した実験の平均±SDを示す。データは、対応のない両側t検定に合格した(
*p≦0.0332、
****p≦0.0001)。(A)の力価を
図4Cに示す。3つの独立した実験の平均±SDを示し、それぞれ2連で行った。PFU/ml:データは、ウェルチ補正による対応のない両側t検定に合格した。パーセンテージ:データは対応のある両側t検定に合格した(
*p≦0.0332;
***p≦0.0002)。
図4Dは、感染24時間後の力価分析を示す。3つの独立した実験の平均±SDを示し、それぞれ2連で行った。PFU/ml:データは、ウェルチ補正による対応のない両側t検定に合格した。パーセンテージ:データは対応のある両側t検定に合格した(
*p≦0.0332;
****p≦0.0001)。
【0110】
したがって、ERKのノックダウンがスパイクタンパク質の発現および子孫ウイルス粒子の産生の減少をもたらすことが示され、ウイルスの生活環中のERKの役割が確認されただけでなく、遺伝的手段によってSARS-CoV-2増殖におけるMEK/ERKキナーゼモジュールの機能が検証された。
【0111】
C. ATR-002はCalu-3細胞においてSARS-CoV-2を阻害することができる
次いで、MEK阻害剤が、実施例1のCaCo2およびVero細胞で見られる減少に匹敵するように、Calu-3細胞においてSARS-CoV-2力価を低下させることができるかどうかを試験した。Calu-3細胞をSARS-CoV-2に感染させ、実施例1と同じウイルス収量プロトコルを使用して100μM、75μMまたは50μM ATR-002で処置した。具体的には、ウイルス収量減少アッセイのために、95%コンフルエントのVero E6、Caco2およびCalu-3細胞を含む24ウェルプレートを調製した。ウェルを感染培地で1回洗浄した後、200μL感染培地/ウェルで1時間、SARS-CoV-2 SA(MOI 0.1、1および10)に感染させた。その後、ウイルス接種材料を完全に除去し、ウェルを感染培地で1回洗浄し、次いで1ウェルあたり、1%DMSOを含む感染培地中に異なる濃度のATR-002(100μM、75μM、50μM、0μM)を含む1mLを用いて37℃、5%CO
2で24時間処置した。各条件について3つのウェルを調製した。条件ごとに3つのウェルの上清を感染24時間後にプールし、最大速度、5分間、4℃で遠心分離して細胞残屑を除去した。上清の140μLのアリコートを調製し、-80℃で保存した。試料のウイルス力価をRT-qPCR(リアルタイム定量的ポリメラーゼ連鎖反応)によって、技術的な3連で求めた。したがって、ウイルスRNAを単離し、ウイルスRNAコピーの検出に使用したプローブはSARS-CoV-2 N遺伝子に対してであった。
図5から分かり得るように、すべての細胞型に見られる効果は同等であった。
【0112】
次のステップでは、Calu-3細胞を漸増量のATR-002と共に24、48または72時間にわたってインキュベートした。具体的には、Calu-3細胞を、0.01のMOIを使用してSARS-CoV-2(FI)に感染させた。感染1時間後、細胞をATR-002で処置した。モック、SARS-CoV-2およびDMSOを対照とした。
図6Aは、ATR-002(10~150μM)処置後のCalu-3細胞におけるSARS-CoV-2の力価低下を示す。非処置(SARS-CoV-2)およびDMSO(0.1%)処置細胞を陰性対照とした。データは、3つの独立した実験の平均±SDを表し、それぞれ3連で行った。データは、各時点について別々に一元配置ANOVA、続いてDunnettの多重比較検定に合格した(
**p≦0.0021;
***p≦0,0002;
****p≦0.0001)。DMSOを参照として使用した。
図6Bは、(A)からの値のEC50計算を示す。(C)と組み合わせたデータを使用して、CC50値および選択性指数(SI)を計算した。
図6Cは、72時間処置後のCalu-3細胞におけるATR-002の細胞毒性評価を示す。データは、3つの独立した実験の平均±SDを意味する。
図6Dは、(A)の3つの独立した実験のうちの1つの光学顕微鏡写真を示す。本発明者らは、子孫ウイルス粒子の産生の濃度依存的減少を観察することができた。非毒性濃度範囲において。この効果は72時間の全感染時間にわたって維持され、ATR-002による経路阻害がウイルス生活環に長期効果を有することを指し示した。
【0113】
実施例3:SARS-CoV-2 SAバリアントB.1351に対するATR-002のインビトロ有効性
実施例1および2と同じ実験設定を使用して、ATR-002が南アフリカ型SARS-CoV-2バリアントB.1351に対して有効であるかどうかを調べた。Vero細胞およびCalu-3細胞を、0.1、1および10のMOIでSARS-CoV-2 SAに感染させ、
図5と比較した
図7から分かり得るように、20.48、30.72および40.96μg/ml(50、75および100μMに対応)のATR-002で処置した。
【0114】
具体的には、ウイルス収量減少アッセイのために、95%コンフルエントのVero E6およびCalu-3細胞を含む24ウェルプレートを調製した。ウェルを感染培地で1回洗浄した後、200μL感染培地/ウェルで1時間、SARS-CoV-2 SA(MOI 0.1、1および10)に感染させた。その後、ウイルス接種材料を完全に除去し、ウェルを感染培地で1回洗浄し、次いで1ウェルあたり、1%DMSOを含む感染培地中に異なる濃度のATR-002(100μM、75μM、50μM、0μM)を含む1mLを用いて37℃、5%CO2で24時間処置した。各条件について3つのウェルを調製した。条件ごとに3つのウェルの上清を感染24時間後にプールし、最大速度、5分間、4℃で遠心分離して細胞残屑を除去した。上清の140μLのアリコートを調製し、-80℃で保存した。試料のウイルス力価をRT-qPCR(リアルタイム定量的ポリメラーゼ連鎖反応)によって、技術的な3連で求めた。したがって、ウイルスRNAを単離し、ウイルスRNAコピーの検出に使用したプローブはSARS-CoV-2 N遺伝子に対してであった。
【0115】
図7に見られ得るように、ATR-002によるウイルス収量の減少は、SARS-CoV-2 SAバリアントに対してVeroおよびCalu-3の両方で見ることができた。
【0116】
実施例4:ATR-002は、急性肺傷害(ALI)マウスモデルにおいてサイトカインおよびケモカイン遺伝子発現を低下させる
LPS誘導性サイトカインおよびケモカイン発現のALIマウスモデルは、インビボでウイルス感染の非存在下でのATR-002の免疫調節有効性を調べることを可能にする。
【0117】
方法:
マウスを、i.p.注射されたケタミン(10mg/kg)溶液を使用して麻酔した。両方の処置群を、i.p経路を介して、PBS中に調製した5mg/kgのLPSで刺激した。刺激の1時間後、処置群をi.p経路を介して25mg/kgのATR-002で処置した。処置の6時間後にマウスを安楽死させ、肺をRNAlater中でそのまま保存した。RNeasy plus universal Midi kit(Qiagen、Hilden、Germany)を製造業者の説明書に従って使用して、RNAを肺から単離した。RNA溶出をRNase不含の水で2ラウンド行い、さらなる分析のために-20℃で保存した。RNA品質を、NanoDrop分光光度計(ThermoFisher scientific)を使用して判定し、RT2 First Strand Kit(Qiagen、Hilden、Germany)を使用して逆転写した。その後、cDNAをRT2 SYBR(登録商標)Green qPCR Mastermixと組み合わせてリアルタイムRT2 Profiler PCR Arrayで使用した。最適な性能のために、アレイを、84個の遺伝子、およびデータ正規化に使用される5個のハウスキーピング遺伝子を含むようにカスタマイズした。品質管理のために、マウスゲノムDNA混入試験、3つの逆転写効率試験および3つのPCRアレイ再現性試験を含めた。中等度から重度のCOVID-19に関与する、サイトカインおよびケモカインをコードする遺伝子の発現の結果を示す。
【0118】
【0119】
結果:
図8は、ALIマウスのATR-002処置がサイトカインTNF-アルファ、IL-1ベータ、IP-10、IL-8、MCP-1、およびMIP-1ベータの減少をもたらすことを示す。上記の背景の節で論じられるように、Huangらによれば、これらのサイトカインすべてはCOVID-19患者で増加し、TNF-アルファ、IP-10およびMIP-1ベータは、ステージIIのCOVID-19で入院したときのレベルと比較して、ステージIIIのCOVID-19患者で増加する。これは、SARS-CoV-2感染とは無関係に、ATR-002が哺乳動物におけるサイトカインおよびケモカイン遺伝子発現を低下させることができることを指し示す。
【0120】
実施例5:ATR-002は、CaCo2細胞およびCalu-3細胞におけるSARS-CoV-2感染後の炎症促進性サイトカイン/ケモカイン応答を低下させる
実施例1に記載されているように、CaCo2細胞をSARS-CoV-2に感染させ、ATR-002で処置した。MCP-1の量を測定し、結果を
図9に示す。具体的には、ATR-002はSARS-CoV-2に感染した細胞においてMCP-1発現を低下させることができる。しかしながら、実施例1で論じられるように、これには多量のATR-002が必要であり、これはCaCo2細胞におけるMEK経路の構成的活性化に起因する。体細胞ドライバー変異のために、SARS-CoV-2に感染したCaCo2細胞においてMCP-1発現を阻害するためには多量のATR-002が必要である。本発明者らは、ATR-002がCalu-3細胞における炎症促進性サイトカインの発現を低下させることができるかどうかの疑問にさらに取り組んだ。したがって、本発明者らは、実施例2に記載されているように、Calu-3細胞にSARS-CoV-2を感染させ、それらを漸増量のATR-002で処置した。Calu-3細胞を、0.01のMOIを使用してSARS-CoV-2(FI)に感染させた。感染1時間後、細胞をATR-002で処置した。モック、SARS-CoV-2およびDMSOを対照とした。定量的リアルタイムPCRによるIL-6、IL-8、MCP-1、IP-10およびCCL5 mRNAの発現解析。結果を、モック感染細胞のn倍mRNA発現として
図10に示す。データは、3つの独立した実験の平均±SDを意味し、それぞれ3連で行った。データは、各時点について別々に一元配置ANOVA検定、続いてDunnettの多重比較検定に合格した(
*p≦0.0332;
**p≦0.0021;
***p≦0,0002;
****p≦0.0001)。DMSOを参照として使用した。結果は、ATR-002が、先の例に示されるように、子孫ウイルス粒子の産生を減少させるだけでなく、さらに、炎症促進性サイトカインの発現を低下させることができることを確認する。これは、ATR-002処置のさらなる利益であり、ウイルス感染中のサイトカインストームの可能性を低減する。
【0121】
第2のステップでは、抗ウイルス性インターフェロンおよび炎症促進性サイトカインの発現に対するATR-002処置の一般的な効果を調べるために、A549細胞をポリI:Cで24時間トランスフェクトした。並行して、細胞を漸増量のATR-002で処置した。DMSOを対照とした。ATR-002によるMEK阻害はIFN応答に影響を及ぼさないが、ポリ(I:C)刺激後の炎症促進性IL-8発現を低下させることを見出した。
【0122】
具体的には、ヒト肺上皮A549細胞(2×10^5/ml)を、リポフェクタミン2000によって100ng/mlポリ(I:C)でトランスフェクトし、指し示された濃度でのMEK阻害剤ATR-002で24時間処置した。トランスフェクションの6時間後にトランスフェクション培地を置き換えた。非刺激対照も、刺激細胞の同等濃度でリポフェクタミンを含有するトランスフェクション培地に曝露させた。これらの実験の結果を
図11に示す。
図11Aは、24時間の阻害剤処置後に採取し、pERK/ERK、pSTAT/STATおよびチューブリンに対する一次抗体を使用した免疫ブロット法によって分析したウェスタンブロッティング用の細胞溶解物を示す。タンパク質発現を、HRP連結された二次抗体および増強された化学発光によって検出した。
図11Bでは、Qiagen Rneasyミニキットを補足プロトコルに従って使用して、RNAを阻害剤処置の24時間後に単離した。合成したcDNA、SYBR Greenおよび対応するプライマーペアを使用して、LightCycler 480(Roche)でRT-qPCRを行い、MxAおよびIL8 mRNA発現レベルを求めた。データは、3つの独立した実験の平均±SDを意味し、それぞれ3連で行った。データは、各時点について別々に一元配置ANOVA検定、続いてDunnettの多重比較検定に合格した(
**p≦0.0021;
***p≦0,0002)。モックを参照として使用した。
【0123】
ATR-002処置は、MxA mRNAの一定した発現について示されるように、抗ウイルス性インターフェロン系の刺激に影響を及ぼさないことが見出された。対照的に、低濃度のATR-002であっても、炎症促進性IL8の発現に強い低下が発見された。
【0124】
実施例6:ATR-002は、末梢血単核細胞(PMBC)における炎症促進性サイトカイン/ケモカイン応答を低下させる
どの濃度のATR-002がサイトカイン減少に必要であるかを確認するために、IP10、TNF-アルファおよびMCP-1発現の量を、ATR-002処置後のLPS誘導性PMBC細胞において研究した。
図12から分かり得るように、10μg/mlのATR-002の処置後に3つすべてが減少し、10μg/mlのATR-002がヒトPBMCにおいてLPS誘導性MCP-1を90%超阻害するのに十分であることを指し示している。
【0125】
さらなる研究では、特定のサイトカインの放出によって測定される、ヒトT細胞炎症を阻害する化合物ATR-002の能力を研究した。化合物を、3人のヒトドナー由来の末梢血単核細胞(PBMC)を使用して、24時間の曝露時間で、生物学的な3連にて、3つの濃度(100、50、および25μM)で試験した。抗CD3、ConA、およびPHAを個々に、T細胞刺激剤として使用した。
【0126】
方法:
T細胞炎症阻害アッセイプロトコル(抗CD3刺激)
1日目
・高結合プレートを、PBS 1×を使用して、抗CD3(クローンUCHT-1、100ng/ウェル)およびアイソタイプIgG1でコーティングし、4℃で一晩インキュベートした。
2日目
・凍結保存したPBMCをドリップ解凍し、適切な密度に希釈し、培養培地(RPMI 1640、10%熱不活性化FBS、1%ペニシリン/ストレプトマイシン、2mM L-グルタミン)228μL/ウェルを含むU底96ウェルのポリプロピレンプレートに播種した(1.2×105細胞/ウェル)。
・試験化合物の添加の前に、細胞を37℃、5%CO2で1時間インキュベートした。
・試験化合物をPBSに可溶化し、細胞培養培地で20Xにさらに希釈した。試験化合物を3連で12μL(1×)の体積のPBMCに添加し、37℃、5%CO2で1時間インキュベートした。
・参照化合物については、12μLのデキサメタゾン(100nM)をプレートマップに従って対照ウェルに添加し、37℃、5%CO2で1時間インキュベートした。
・1時間のインキュベーション後、試験化合物または対照で処置した200μLの細胞(1×105)を抗CD3コートしたプレートに移し、37℃、5%CO2で24時間インキュベートした。
・陽性および陰性対照については、200μL(1×105)の細胞を抗CD3またはアイソタイプIgG1でコートしたプレートに移した。
・プレートを200×gで10分間遠心分離した。細胞培養上清を収集し、分析に必要となるまで-80℃で保存した。
【0127】
T細胞炎症阻害アッセイプロトコル(ConAおよびPHA刺激)
・凍結保存したPBMCをドリップ解凍し、適切な密度に希釈し、培養培地(RPMI 1640、10%熱不活性化FBS、1%ペニシリン/ストレプトマイシン、2mM L-グルタミン)150μL/ウェルを含む96ウェルのポリスチレンプレートに播種した(2×105細胞/ウェル)。
・試験化合物の添加の前に、細胞を37℃、5%CO2で1時間インキュベートした。
・試験化合物をDMSOに可溶化し、細胞培養培地で20Xにさらに希釈した。化合物を3連で10μL(1×)の体積のPBMCに添加し、37℃、5%CO2で1時間インキュベートした。
・参照化合物については、10μLのデキサメタゾン(100nM)をプレートマップに従って対照ウェルに添加し、37℃、5%CO2で1時間インキュベートした。
・1時間のインキュベーション後、40μLのConA(30μg/mL)およびPHA(10μg/mL)を試験化合物または対照ウェルに添加して、200μLの最終アッセイ体積を得た。プレートを37℃、5%CO2で24時間インキュベートした。
・対照を、10μLの体積の希釈した作業用ストックのPBMCに添加し、続いて10μLの適切に希釈したビヒクルを添加して、化合物の添加を模倣し、200μLの最終アッセイ体積を得た。アッセイにおける最終DMSOビヒクル濃度は0.1%であった。
・24時間のインキュベーション後、プレートを200×gで10分間遠心分離した。細胞培養上清を収集し、分析に必要となるまで-80℃で保存した。
【0128】
データ分析および分析物の検出限界
測定されたサイトカイン/ケモカイン
抗CD3刺激
GM-CSF、IFNγ、IL-1β、IL-2、IL-6、IL-8、IL-10、IL-17A、MIP-1α、およびTNFα
ConA刺激
GM-CSF、IFNγ、IL-1β、IL-1RA、IL-6、MIP-1α、およびTNFα
PHA刺激
IFNγ、IL-1β、IL-2、IL-4、IL-5、IL-6、IL-8、IL-10、IL-13、MIP-1α、およびTNFα
【0129】
すべてLuminexアッセイ緩衝液に1:20で希釈した細胞培養上清中のサイトカインレベルのLuminex評価を、Millipore Sigma(カタログ番号HCYTOMAG-60K)のHuman Cytokine/Chemokine Magnetic bead panelを使用して、標準範囲3.2、16、80、400、2000、10,000pg/mLで製造業者のプロトコルに従って行った。
【0130】
各サイトカインの誘導のレベルを、5点の非線形回帰分析を使用して、標準曲線から内挿した(ここで、y=(A+((B-A)/(1+(((B-E)/(E-A))*((x/C)^D))))))。蛍光単位中央値の形態の生データを、試験濃度(pg/mL)に内挿した。
【0131】
【0132】
要約:
図14に見られ得るように、ATR-002が、抗CD3刺激、ConA刺激およびPHA刺激によるサイトカイン/ケモカイン刺激の有意に用量依存的な阻害を示すことが見出された。デキサメタゾン阻害は、低下したサイトカイン/ケモカイン分泌を制御し、アッセイの性能を確認している。
【0133】
実施例7:
RESPIRE-中等度コロナウイルス疾患(COVID-19)を有する成人入院患者におけるATR-002の安全性および有効性を評価するための無作為化二重盲検プラセボ対照臨床研究
研究の主な目的は、15日目の臨床的重症度の状態によって評価されるCOVID-19患者の処置におけるそれぞれ標準治療中のプラセボと比較したATR-002の有効性を実証することである。ATR-002は、(1)抗ウイルス剤および(2)免疫調節(サイトカインストームに干渉する)という二重の利益(効果)を有するというその作用様式のために、COVID-19を処置する可能性を有する。この臨床研究には、中等度のコロナウイルス疾患ステージIIに罹患している合計200人の成人入院患者が登録されるであろう。無作為化の直前に鼻咽頭スワブを採取し、その後SARS-CoV-2の存在を確認する。
【0134】
すべての無作為化された患者は、現地の標準に従って標準治療を受けることになる。100人の患者はATR-002 900mgを1日1回経口で受けるよう無作為化され、100人の患者は釣り合うプラセボを受ける。ATR-002またはプラセボは、管理された二重盲検様式で5日間供給される。
【0135】
研究の主な目的は、以下の7ポイントの順序尺度による臨床的重症度の状態によって測定された、プラセボと比較してのATR-002の有効性を評価することである。[1]入院せず、制限なし、[2]入院せず、制限あり、[3]入院し、酸素補給を必要としない、[4]入院し、酸素補給を必要とする、[5]入院し、非侵襲的換気または高流量酸素デバイスを使用、[6]入院し、侵襲的機械換気またはECMOを使用、[7]死亡。
【0136】
二次転帰は、臨床徴候および症候、患者に報告された転帰、処置緊急有害事象、重篤な有害事象、導出された臨床パラメータ、スコアおよび試験事象、検査値およびATR-002血漿レベルの変化、ならびに定量的SARS-CoV-2試料の変化によって測定される。
【0137】
安全上の理由のため、および生存状態を判定するために、研究薬物処置の終了後90日目まですべての患者を追跡調査する。
【0138】
研究のために選択される患者は、スクリーニング時に入院を必要とする18歳以上の成人であり、37.3℃以上(腋窩)、38.0℃以上(経口)、または38.6℃以上(直腸または鼓膜)の体温として定義される発熱を有し、かつSpO2が、室内空気中で94%以下であるか、またはSpO294%超を維持するために酸素補給を必要とするとして定義されるCOVID-19感染の臨床徴候を示す。最初の患者は2021年4月14日に処置されたが、処置の結果はまだ得られていない。しかしながら、本発明者らは、ATR-002がステージIIのCOVID-19患者の処置およびステージIIからステージIIIへのCOVID-19の移行に関連するサイトカインストームの予防に有効であることが証明されるであろうと考える。
【0139】
実施例8:
シリアンハムスター感染モデルにおけるSARS-CoV-2に対するATR-002の有効性
この研究の目的は、ハムスターモデルにおけるSARS-CoV-2チャレンジ後の化合物ATR-002の治療有効性の調査であった。動物を100mg/kg負荷用量で処置し、続いて75mg/kgを1日1回処置した。これは、上記の実施例7で使用される900mg負荷に続いて1日1回の600mgのヒト等価用量を指す。
【0140】
方法
ハムスターモデルのSARS-COV-2処置におけるATR-002の有効性を調べる前に、3つの異なる用量を経口経路によって試験し、これらの用量を用いると、Raf/MEK/ERKシグナル伝達経路を80%超阻害し、その結果、SARS-CoV-2によるインビボ感染に対して有効である循環中のレベルに達することが予想された。この研究の結果を使用して、有効性研究における投与レベルおよびレジメンを決定した。動物に、1×10
3TCID
50SARS-CoV-2(複製コンピテントウイルスの量)で鼻腔内感染によって感染させた。処置レジメンを以下のように定義した:
*1匹の動物が誤嚥性肺炎で死亡したので、5匹の動物のみを結果に示す。
【0141】
SARS-CoV-2に感染したハムスターの処置を感染後(p.i.)4時間または24時間のいずれかで、100mg/kgの負荷用量のATR-002で開始し、続いて感染後3日目まで75mg/kgのATR-002で毎日処置した。感染後3日目に、喉スワブを採取して複製コンピテントウイルスの量(TCID50)を求めた。感染後4日目に、動物を安楽死させ、鼻甲介を収集して感染性ウイルス力価を定量化し、肺葉を病変領域について検査した。
【0142】
【0143】
動物の取扱い
麻酔
すべての動物手順に対して、動物をイソフルラン(3~4%/O2)で鎮静させた。
【0144】
経口投与
試験アイテムの経口投与は、500μl/150gの体積で記載される用量で胃管栄養針の使用によって行った。したがって、動物を秤量し、使用した用量体積を、記録された体重に応じて調整した。次いで、動物を回復の間、モニタリングした。
【0145】
鼻腔内投与
鼻腔内投与のために、動物を仰向けに保持し、接種材料(100μl)をピペットを使用して両鼻孔に等しく分けた。すべての接種材料が吸入されるまで動物を仰向けに保持し、その後、それらをケージに戻して回復させた。
【0146】
臨床的観察
動物施設の技術者によって毎日、およびチャレンジ後は実験室の技術者によって毎日、観察を行い、書き留めた(動物福祉および臨床的観察)。これらには、乱れた毛、背中を丸める姿勢、速い呼吸および昏睡が含まれ、観察された場合には書き留めた。
【0147】
動物を、電子スケールを使用して研究中の一定の時点で秤量した(内部の個々のスケール数およびパフォーマンスを適切な形態で文書化する)。体重を適切な形態で記録した。
【0148】
注意事項
注意すべき事項は、動物の取扱い、鋭利物の操作およびBSL(DM)3条件下での作業であった(外部前臨床施設マニュアル)。
【0149】
接種後のサンプリング
研究中の定期的な時点で気道をサンプリングした。手短には、喉スワブをウイルス輸送培地に収集し、アリコートに分けて保存した。剖検時に、組織試料を収集し、組織病理学のために10%ホルマリン中で保存し、ウイルス学的分析のために凍結した。ウイルス学的分析のために、組織試料を秤量し、感染培地中でホモジナイズし、力価測定の前に短時間遠心分離した。
【0150】
盲検/バイアス低減方法
データの解釈が必要とされる臨床的観察および実験室分析を行うすべての職員は、研究の完了前のいずれの時点においてもランダム化処置割付けキー(Random Treatment Allocation Key)を知らず、収集された各試料に固有の試料番号を割付けることによって盲検化された。
【0151】
複製コンピテントウイルスの検出
4連の10倍段階希釈物を使用して、上記のようにVero E6細胞のコンフルエント層におけるウイルス力価を求めた(Vero E6細胞に対するSARS-CoV-2力価測定)。この目的のために、試料(喉スワブおよび組織ホモジネート)の段階希釈を行い、Vero E6単層上、37度で1時間インキュベートした。Vero E6単層を洗浄し、37度で4~6日間インキュベートし、その後WST8(比色評価)を使用してプレートをスコアリングした。プレートを、マイクロプレートリーダーを使用して450mnでの光学密度(OD450)について測定した。ウイルス力価(TCID50)は、Spearman-Karberの方法を使用して計算した。
【0152】
ウイルスRNAの検出
喉スワブおよびホモジナイズした組織試料を使用してウイルスRNAを検出した。この目的のために、Cormanら(Detection of 2019 novel coronavirus(2019-nCoV)by real-time RT-PCR.Euro Surveill.2020;25(3)によって記載されているように、RNAを単離し、Taqman PCRを特異的プライマー(E_Sarbeco_F:
およびE_Sarbeco_R:
)およびプローブ(E_Sarbeco_P1:
)を使用して行った。様々な試料中のウイルスコピーの数を計算した。
【0153】
肉眼病理学
すべての動物の剖検時(感染後に死亡が発見されたか、人道的エンドポイントまたは実験エンドポイントに達したために安楽死させたかのいずれか)に、各動物に対して肉眼病理学を行い、すべての異常を記載した。すべての肺葉を検査し、背面図からの罹患肺組織のパーセンテージの推定を記載し、さらに、全身の肉眼病理学中に他の器官で観察された任意の他の異常も記録した。
【0154】
左肺葉および鼻甲介を組織病理学のために10%中性緩衝ホルマリン中に保存し、これらの組織の右側をその後ホモジナイズし、Taqman PCRおよびウイルス力価測定に供した。
【0155】
結果:
喉スワブを感染後3日目に収集し、Vero E6細胞に対するTCID
50アッセイにおいて、さらにqPCRを用いてウイルス負荷について分析した。ATR-002処置は、喉スワブにおいて子孫ウイルスの減少をもたらした。感染後4時間(
図16A)および感染後24時間(
図16A)処置した群では、それぞれ1.1log10(P=0.0134)および1.3log10(P=0.0191)の減少が認められた。これらの結果は、1.1log10(P=0.0089)および1.2log10(P=0.0090)の減少を実証するPCRによって裏付けられた(
図16B)。
【0156】
感染後4日目の鼻甲介における感染性ウイルス負荷について同様のパターンが観察された一方、感染後4時間で開始した処置は感染性ウイルス力価を有意に低下させたが(
図16C)、感染後24時間で開始した処置は感染性ウイルス力価を有意に低下させなかった(
図16C)。処置開始を感染後4時間としたハムスターの鼻甲介における感染性ウイルス力価(TCID50/組織のg)の低下は、1.3log10(P=0.0335)であった(
図16C)。この場合も、これらのデータをPCRによって確認した。処置を感染後4時間で開始した場合、1.1log10(P=0.0145)の減少(
図16D;赤色ドット)が見出された。
【0157】
感染後4日目に感染動物の肺病変を検査し、罹患した肺面積のパーセンテージを推定した。各処置は、有意に減少した罹患肺組織をもたらした(それぞれP=0.0282、P=0.0314)(
図16E)。
【0158】
両群の処置は、ビヒクルを受けた群と比較して、有意な体重減少(
図16F)および明らかな有害作用なしに良好に忍容された。
【0159】
要約
ヒト等価用量のATR-002の抗ウイルス効果をSARS-CoV-2チャレンジ後のハムスターモデルで試験した。動物を感染の日または感染後24時間で処置し、肺病変のパーセンテージおよび喉スワブおよび鼻甲介組織におけるウイルス負荷などのパラメータを、チャレンジ後3~4日目に分析した。ATR-002処置は、SARS-CoV-2シリアンハムスター感染モデルにおいてウイルス力価および肺病変の有意な減少をもたらした。最初の処置のために100mg/kg、続いて1日1回の75mg/kgの選択された投与量は、実施例7に記載されているATR-002第2相臨床試験に使用される900mg、続いて600mgのヒト用量のハムスター等価用量を表す。したがって、本結果は、ATR-002臨床試験の用量の妥当性を完全に裏付けている。
【0160】
実施例9:初代ヒト気液干渉(ALI)培養物におけるウイルス複製に対するATR-002の効果
ALI細胞培養物を、4人の健常成人の喉スワブから得た。スワブ由来の細胞を増殖させ、次いでトランスウェル・チャンバ・インレイの多孔質膜の頂端側でさらに培養した。ほぼコンフルエントまでの液内増殖後、培地を頂端区画から除去して、空気への曝露時の細胞分化を可能にした。4つのALI培養物のうちの3つをSARS-CoV-2に感染させることができ、2つの異なる濃度を使用してATR-002で処置した。ALI細胞を、1.0のMOIを使用してSARS-CoV-2(FI)に感染させた。感染1時間後、細胞をATR-002(50μM、100μM)で処置した。非処置(SARS-CoV-2)およびDMSO(0.1%)処置細胞を陰性対照とした。
図17は、一実験の結果を示す。両方の濃度(50μMおよび100μM)が、これらの3つの培養物における子孫ウイルス粒子の産生を完全に遮断したことから、ATR-002がALI培養物におけるSARS-COV-2感染に対して非常に有効であることを指し示している。
【0161】
実施例10:SARS-CoV-2感染の予防におけるMEK阻害剤の役割に関するさらなる研究
SARS-CoV-2が、ACE2/TMPRSS2を介して細胞に侵入することができることは公知である。Raf/MEK/ERKシグナル伝達経路の活性化に対するACE2およびTMPRSS2の発現の可能な効果を、次の実験セットで取り組んだ。ACE2およびTMRPSS2を過剰発現するA549細胞をSARS-CoV-2に感染させ、ERKのリン酸化状態を感染後1時間に分析した。A549細胞およびCalu-3細胞を、それぞれ陰性対照および陽性対照とした。
【0162】
具体的には、Calu-3細胞を、2.0のMOIを使用してSARS-CoV-2(FI)に感染させた。感染後1時間に免疫ブロットを調製し、抗pERK1/2、抗ERK1/2および抗チューブリン抗体でプローブした。
図18に示されているのは、3つの独立した実験のうちの1つの結果である。モック感染細胞を陰性対照とした。A549細胞におけるACE2の過剰発現は、SARS-CoV-2感染中にERKの活性化をもたらす。
【0163】
この後、ACE2発現がATR-002処置後の細胞において低下するかどうかを試験した。Calu-3細胞をATR-002で24時間処置し、結果を免疫蛍光顕微鏡法およびWES技術によって分析した。具体的には、Calu-3細胞を24ウェルプレートのガラスカバースリップ上に1×105細胞/ウェルで播種し、37℃、5%CO2で48時間インキュベートした。細胞を培地(10%FBSおよび1%P/Sを含むIMDM)で洗浄した後、培地中1mLの100μM ATR-002または培地中1mLの1%DMSO(溶媒対照)をウェルに添加し、37℃、5%CO2で24時間インキュベートした。
【0164】
次いで、ウェルをPBSで1回洗浄し、室温で10分間、PBS中の300μL/ウェル4%PFAで固定した。PBSでのさらなる洗浄ステップの後、細胞を室温でPBS中1%BSAを用いて1時間ブロックした後、シェーカー(100rpm)上、PBS中1%BSAの200μL/ウェルの一次抗体(ヤギ抗ACE2抗体(R&D systems;Cat.AF933;Lot.HOK0320061)(1:20)と共に室温で1時間インキュベーションした。その後、細胞をPBSで3回洗浄した後、シェーカー上、室温で45分間、PBS中1%BSAの200μL/ウェルの二次抗体ロバ抗ヤギIgG(H+L)高交差吸収二次抗体、Alexa Fluor Plus 647(Invitrogen;Ref.:A32849TR;Lot.:VE306231)(1:200)とインキュベーションした。PBSでのさらに3回の洗浄ステップの後、200μLローダミンファロイジン(Invitrogen;Ref.:R415;Lot.:2157163)(PBS中1%BSAで1:40)を各ウェルに添加し、シェーカー上室温で30分間インキュベートした。PBSでの2回の最終洗浄ステップの後、カバースリップをウェルから取り出し、Roti(登録商標)-Mount FluorCare DAPI(Roth;Art.-Nr:HP20.1;Lot.:080293945)を用いて顕微鏡スライドにマウントした。スライドを暗所の4℃で乾燥させ、次いで、共焦点レーザー走査型顕微鏡(LSM800、Zeiss)を使用して分析した。
【0165】
結果は
図19に見ることができ、ATR-002がCalu-3細胞のACE2の減少をもたらすことは明らかである。
【0166】
次のステップでは、ATR-002が、ACE2を過剰発現するA549細胞においてSARS-CoV-2の複製を遮断し得るかどうかを試験した。したがって、A549-ACE2、A549-ACE2/TMPRSS2またはCalu-3細胞をSARS-CoV-2に感染させ、上記のようにATR-002で処置した。
【0167】
細胞株を、0.001または0.01のMOIを使用してSARS-CoV-2(FI)に感染させた。感染1時間後、細胞をATR-002で処置した。非処置およびDMSO処置細胞を対照とした。感染8、24、48および72時間後に力価を分析した。ATR-002(100μM)処置後の異なる細胞株におけるSARS-CoV-2の力価低下。非処置(SARS-CoV-2)およびDMSO(0.1%)処置細胞を陰性対照とした。
【0168】
ATR-002は、細胞を0.001のMOIで感染させた場合、Calu-3およびA549-ACE2/TMPRSS2細胞における子孫ウイルス粒子の産生を低下させた。驚くべきことに、ATR-002処置は、ウイルス接種材料の濃度が10倍高い場合(MOI:0.01)、A549-ACE2/TMPRSS2細胞における子孫ウイルス粒子の産生に影響を及ぼさなかった。SARS-CoV-2は、2つの異なる経路を介して細胞に侵入することができる。ウイルス膜と細胞膜との融合をもたらすTMPRSS2によるスパイクタンパク質の直接活性化、またはカテプシンLによるエンドソームの内在化およびスパイクタンパク質の活性化のいずれかを介して。
【0169】
最後に、MEK阻害剤による処置がACE2の発現を低下させることができるかどうかを分析するために、Vero細胞をMEK阻害剤CI-1040またはATR-002と共にプレインキュベートし、SARS-CoV-2スパイクタンパク質を担持するVSVシュードタイプウイルスに感染させた。陽性細胞を光学顕微鏡法によって分析した。具体的には、VSVΔG/GFP-Luc+SΔ21(MOI 0.01)による1時間の感染の前に、Vero細胞を20μM CI-1040または100μM ATR-002と共に1時間、2時間、4時間および24時間インキュベートした。GFP陽性細胞を感染24時間後に分析した。DMSOを陰性対照とし、100%に設定した。
図21および
図22に示されるデータは、それぞれ、CI-1040およびATR-002プレインキュベーションについての3つの独立した実験の平均±SDを表す。データは、二元配置ANOVA検定、続いてSidak検定に合格した(
*p≦0.05;
**p≦0.001)。
【0170】
CI-1040またはATR-002とのプレインキュベーションは、VSVシュードタイプウイルスの内在化の減少をもたらすことが見出された。この効果は時間依存的であった。CI-1040またはATR-002とのプレインキュベーションが長いほど、GFP陽性細胞の量が減少し、これは感染のリードアウトである。これらの結果は、CI-1040およびATR-002などのMEK阻害剤がACE2の細胞発現を低下させることを指し示している。
【0171】
【国際調査報告】