(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-07-04
(54)【発明の名称】ウイルス感染症を予防又は治療するための化合物
(51)【国際特許分類】
C07K 5/062 20060101AFI20230627BHJP
A61K 38/05 20060101ALI20230627BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20230627BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20230627BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20230627BHJP
A61P 31/20 20060101ALI20230627BHJP
A61P 31/22 20060101ALI20230627BHJP
A61P 31/18 20060101ALI20230627BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20230627BHJP
【FI】
C07K5/062 ZNA
A61K38/05
A61K45/00
A61P31/14
A61P31/16
A61P31/20
A61P31/22
A61P31/18
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022568654
(86)(22)【出願日】2021-05-11
(85)【翻訳文提出日】2023-01-06
(86)【国際出願番号】 EP2021062465
(87)【国際公開番号】W WO2021228846
(87)【国際公開日】2021-11-18
(32)【優先日】2020-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】500248467
【氏名又は名称】アンスティテュ ナシオナル ドゥ ラ サントゥ エ ドゥ ラ ルシェルシェ メディカル(イーエヌエスエーエールエム)
(71)【出願人】
【識別番号】522438736
【氏名又は名称】ユニベルシテ パリ シテ
(71)【出願人】
【識別番号】501089863
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェ サイアンティフィク
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100170852
【氏名又は名称】白樫 依子
(72)【発明者】
【氏名】ミレイユ ラフォルジュ
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
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4B063QQ10
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4B063QX02
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4C084ZB33
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA11
4H045EA20
4H045EA29
(57)【要約】
本発明は、ウイルス感染の予防及び/又は治療における、式(I)の化合物又はその薬学的に許容される塩の使用に関する。また、本発明は、少なくとも式(I)の化合物又はその薬学的に許容される塩の1つ、及び少なくとも1つの他の抗ウイルス剤を含むか又はそれらからなる抗ウイルス組成物;並びに抗ウイルス療法における同時、別々又は順次使用、又はウイルス感染の予防及び/又は治療のための同時、別々又は順次使用のための複合製剤として、少なくとも式(I)の化合物又はその薬学的に許容される塩の1つ、及び少なくとも1つの抗ウイルス剤を含むか又はそれらからなる製品に関する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルス感染の予防及び/又は治療に使用するための、式(I):
【化1】
の化合物及びその薬学的に許容される塩から選ばれる化合物。
【請求項2】
前記ウイルス感染が、DNAウイルス又はRNAウイルスによって引き起こされる、請求項1に記載の使用のための化合物。
【請求項3】
前記ウイルスが、以下の科から選択されるウイルスである、請求項2に記載の使用のための化合物:
-コロナウイルス科、特にコロナウイルス属、例えば、SARSウイルス又はSARS-CoV-2ウイルス、
-レトロウイルス、特にレンチウイルス属のもの及びオンコウイルス属のもの、例えばHTLV-1ウイルス、
-フラビウイルス科、特にフラビウイルス属のもので、特にデングウイルス、黄熱病ウイルス、及び西ナイルウイルス、日本脳炎ウイルス、サンルイ脳炎ウイルスなどのウイルス性脳炎の原因となるウイルス、又は特にC型肝炎ウイルスなどのヘパシウイルス属のもの、
-インフルエンザウイルスを含むオルトミクソウイルス類、
-パラミクソウイルス科、特にモルビリウイルス属のもの、特に麻疹ウイルス、及び呼吸器系ウイルス、特にニューモウイルス属のもの、例えばヒト呼吸器合胞体ウイルス及びメタニューモウイルス、
-レオウイルス科、特にロタウイルス属のウイルス、
-ピコルナウイルス科、特にポリオウイルス及びウイルス性髄膜炎の原因となるウイルスを含むエンテロウイルス属のウイルス、アフトウイルス属のもの、特にアフタ熱ウイルス、及びライノウイルス属のもの、又は特にA型肝炎ウイルスなどのヘパトウイルス属のウイルス、
-フィロウイルス科、特に、エボラウイルス又はマールブルグウイルス、
-アレナウイルス科、特にラッサウイルス、
-ラブドウイルス科、特に狂犬病ウイルスを含むラブドウイルス属のもの、及び水疱性口内炎ウイルスを含むベシクロウイルス属のもの、
-トガウイルス科、特に、風疹ウイルスを含むルビウイルス属のもの、
-ポックスウイルス科、特に、ワクシニアウイルス及びバリオラウイルス、
-ヘルペスウイルス科、特にヘルペスウイルス、水痘ウイルス及び帯状疱疹ウイルス、並びに、
-B型肝炎ウイルスなどのヘパドナウイルス科、D型肝炎ウイルス、又はE型肝炎ウイルス。
【請求項4】
前記ウイルスが、ヒトレトロウイルス、特にヒトレンチウイルス、好ましくはヒト免疫不全ウイルス(HIV)、特にHIV-1若しくはHIV-2、又はヒトコロナウイルス、特にSARS-CoV-2である、請求項2又は3に記載の使用のための化合物。
【請求項5】
前記ウイルス感染症が、ウイルス性脳炎、ウイルス性髄膜炎、アフタ性発熱、インフルエンザ、黄熱病、SARS又はSARS-CoV-2による感染症などの呼吸器系ウイルス感染症(特にコロナウイルス症-19(COVID-19)を含む)、小児下痢症、特にロタウイルスによって引き起こされる小児下痢症、出血熱、特にエボラウイルス、デングウイルス及びラッサウイルスによって引き起こされる出血熱、ポリオ、狂犬病、麻疹、風疹、水痘、痘瘡、帯状疱疹、性器ヘルペス、肝炎、特にA、B、C、D、及びE、HTLV-1(ヒトTリンパトロピックウイルス1型)による白血病及び麻痺、並びにHIVウイルス、より詳細にはHIV-1若しくはHIV-2、又はSIVウイルスにより引き起こされる感染症(特にAIDS(後天性免疫不全症候群)を含む)で構成される群から選択される、請求項1~4のいずれか一項に記載の使用のための化合物。
【請求項6】
前記ウイルスに感染した動物又はヒトにおけるウイルス複製の防止及び/又は低減及び/又は阻害に使用するための、請求項1~5のいずれか一項に記載の使用のための化合物。
【請求項7】
前記ウイルスに感染した動物又はヒトにおけるウイルスタンパク質合成の防止及び/又は低減及び/又は阻害に使用するための、請求項1~6のいずれか一項に記載の使用のための化合物。
【請求項8】
前記化合物が細胞死に対して有意な作用を有しない、請求項6又は7のいずれか一項に記載の使用のための化合物。
【請求項9】
前記動物が非ヒト哺乳類、特に猿又は猫である、請求項6~8のいずれか一項に記載の使用のための化合物。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の化合物を有効成分として含み、さらに1種以上の担体、希釈剤若しくはアジュバント又はそれらの組合せを含む、ウイルス感染症の予防及び/又は治療に使用するための組成物。
【請求項11】
経腸、非経口(静脈内、筋肉内、又は皮下)、経皮、皮膚、経口、粘膜、特に経粘膜-頬、鼻、眼、耳、膣、又は直腸経路による投与、あるいは胃内、心臓内、腹膜内、肺内、又は気管内経路による投与のために配合されていることを特徴とする、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
(i)式(I)の化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物及びその薬学的に許容される塩:
【化2】
(ii)少なくとも1種の抗ウイルス剤又は抗炎症剤、特に少なくとも1種の抗レトロウイルス剤を含む、又は、からなる抗ウイルス組成物であって、前記抗ウイルス剤が(i)とは異なる、抗ウイルス組成物。
【請求項13】
ウイルス感染症の予防及び/又は治療のために使用するための、請求項12に記載の抗ウイルス組成物。
【請求項14】
抗ウイルス療法における同時、別々若しくは順次使用、又はウイルス感染の予防及び/若しくは治療のための同時、別々若しくは順次使用のための複合製剤として、
(i)式(I)の化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物及びその薬学的に許容される塩
【化3】
(ii)少なくとも1種の抗ウイルス剤又は抗炎症剤、特に少なくとも1種の抗レトロウイルス剤を含む、又は、からなる製品であって、前記抗ウイルス剤が(i)とは異なる、製品。
【請求項15】
請求項12に記載の抗ウイルス組成物、又は請求項13に記載の使用のための抗ウイルス組成物、又は請求項14に記載の製品であって、前記抗ウイルス剤若しくは抗炎症剤(ii)は、以下から選択される:
-転写酵素阻害剤、
-ヌクレオチド類似体などの、ウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ調節剤。
-ウイルスのプロテアーゼ阻害剤(又は抗プロテアーゼ)、
-ウイルスエンベロープと細胞膜の融合の阻害剤、
-受容体又は共受容体阻害剤、
-アンチセンスオリゴヌクレオチド、
-インテグラーゼ阻害剤、
-ウイルスの増殖の他の段階を標的とする分子、並びに
-炎症性インターロイキン及びその受容体、例えばIL-6及びその受容体に対するモノクローナル抗体から選ばれる抗炎症剤、好ましくはモノクローナル抗体は、トシリズマブ若しくはサリルマブなどの抗IL6受容体、又は抗IL-6、好ましくはシルツキシマブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス感染症の治療に関し、ウイルス感染症、特にリボウイルス感染症、とりわけレトロウイルス及び/又はコロナウイルス感染症の予防及び/又は治療のための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルスの複製は、ウイルス(DNA又はRNA)が感染した細胞の仕組みを乗っ取り、その仕組みを用いて増殖するプロセスである。例えば、レトロウイルス、特にHIVウイルスの複製の主なステップは以下の通りである。
【0003】
(1)ウイルス表面タンパク質と細胞表面の受容体(例えばCD4受容体)との間の認識による、動物生体又はヒト生体の細胞表面へのウイルスの固定化、
(2)ウイルスのエンベロープと細胞膜の融合による細胞質へのウイルスの侵入、
(3)ウイルスの脱殻(ウイルスがマトリックスとカプシドから分離し、ウイルスゲノムの2つのコピーが放出される)、
(4)逆転写酵素(ウイルス酵素)による、ウイルスRNAのプロウイルスDNAの形での逆転写、
(5)プロウイルスDNAの核内移行及びインテグラーゼ(ウイルス酵素)の作用による宿主細胞のDNAへの統合、
(6)細胞のRNAポリメラーゼの作用による、細胞のDNAのゲノムRNA(スプライシングされていないメッセンジャーRNA(mRNA))への転写、
(7)イントロンの除去により、mRNAのスプライシングで、エクソン(Gag、Pol、及びEnvのタンパク質をコードする)のみを残す、
(8)粗面小胞体における、mRNAのポリペプチドの形態への翻訳、
(9)ゴルジ装置におけるポリペプチドの成熟により、機能的なポリペプチドが得られる、
(10)多量体化した構造ポリタンパク質(Gag、p55)、ウイルス非構造タンパク質(逆転写酵素、インテグラーゼ、プロテアーゼ)及びウイルスRNAの蓄積による膜表面でのウイルス粒子の集合、
(11)感染細胞表面での出芽によるウイルスの放出、そして、最終的に、
(12)ウイルスの成熟。
【0004】
コロナウイルスも同様のメカニズムを利用しているが、例外は逆転写、移動、転写の各段階であり、動物生体やヒト生体の表面タンパク質と細胞表面の受容体(この場合、特にACE2及び/又はTMPRSS2であってよい)との間の認識によって、細胞表面に固定される。
【0005】
ウイルスは、感染時に免疫系から逃れ、播種を容易にするための様々な戦略を編み出してきた。特にHIVウイルスは、HIVの特異的受容体であるCD4分子を表面に発現する免疫系の重要細胞である補助Tリンパ球(CD4+Tリンパ球)を攻撃して、免疫系の完全破壊を引き起こすという特殊性を有している。単球-マクロファージ、樹状細胞、ランゲルハンス細胞、脳ミクログリア細胞も同様にHIVの標的である。このリンパ球が徐々に消失することにより、免疫系によるウイルスの複製が制御できなくなり、免疫反応が行われるリンパ系器官が破壊され、重度の日和見感染症が発生して後天性免疫不全症候群(AIDS)を発症する。HIV感染時にCD4+Tリンパ球が消失するメカニズムは複雑であり、部分的にしか解明されていない。
【0006】
HIVウイルス粒子は、正極性の一本鎖RNA二量体、ヌクレオカプシドタンパク質、リジンtRNA、ウイルス酵素(逆転写酵素、プロテアーゼ、インテグラーゼ)が結合したヌクレオカプシドから構成される。ヌクレオカプシドはマトリックスタンパク質の被膜に包まれており、ウイルス粒子の出芽の際に宿主細胞から借りた脂質膜で覆われる。膜には、エンベロープ糖タンパク質のオリゴマーから構成されるスパイクが存在する。逆転写酵素というウイルス酵素の作用下で、ウイルス周期中にRNAが二本鎖DNAに変換される段階が、レトロウイルスの主な特徴である。
【0007】
すべてのレトロウイルスにおいて、gag、pol及びenvのウイルス遺伝子が保持されている。これらのウイルス遺伝子に由来するすべての生成物がウイルス粒子内に存在する。これらは前駆体ポリタンパク質の切断に由来する。gagとenvは構造タンパク質をコードし、polは多数の酵素タンパク質をコードする。
【0008】
Gagタンパク質は、ポリタンパク質Pr55gagがウイルスプロテアーゼによって切断されることによって得られる。この切断により、マトリックスタンパク質、カプシドタンパク質、ヌクレオカプシドタンパク質、及び6kDaのタンパク質が遊離する。
【0009】
エンベロープ前駆体gp160は、表面糖タンパク質gp120(SIVmacではgp130)と、前駆体のC末端領域由来の膜貫通タンパク質gp41に切断される。前駆体gp160は成熟するプロセスでグリコシル化され、ゴルジ装置で細胞プロテアーゼにより切断され、細胞質膜に輸送される。切断に由来する2つの糖タンパク質は、非共有結合によって結合したままである。これらはエンベロープ糖タンパク質のヘテロマーを形成し、オリゴマーとして結合して、ウイルス粒子のスパイクを形成する。
【0010】
遺伝子プールは、プロテアーゼ、逆転写酵素、インテグラーゼの3つの酵素タンパク質をコードする。これらの酵素タンパク質は、ウイルス粒子の形態形成プロセスにおけるポリタンパク質Gag-Pol(Pr160 gag-pol)の切断に由来する。ポリタンパク質Gag-Polの細胞内での二量体化により、polの5’領域がコードするプロテアーゼ活性が明らかにされる。自己触媒的切断により放出された成熟型プロテアーゼは二量体p11/p11のままであり、その後、ポリタンパク質Pr160gag-polやPr55gagに存在する他の部位を切断することが可能である。
【0011】
逆転写酵素は、ウイルス粒子の組み立ての際の、ポリタンパク質Pr160gag-polのウイルスプロテアーゼによる2段階の切断に由来する。
【0012】
インテグラーゼは、ポリタンパク質Gag-PolのPol領域のC末端に位置し、ウイルスプロテアーゼの作用で32kDaのタンパク質として放出される。インテグラーゼは、ウイルス粒子への取り込みと、線状二本鎖ウイルスDNAを細胞ゲノムに組み込む活性を発揮するために、オリゴマー化が必要である。
【0013】
これらの研究はいずれも、感染性ウイルス粒子の生成にプロテアーゼが大きな役割を果たすことを強調している。したがって、レトロトランススクリプターゼ阻害剤やヌクレオシド類似体だけでなく、今日、高活性抗レトロウイルス療法(HAART)と呼ばれるHIV治療には、1種類以上のHIVプロテアーゼ阻害剤が含まれている。この治療法は、ウイルスの複製を阻害し、CD4 Tリンパ球の数を増加させ、明白な臨床的改善をもたらすものである。
【0014】
しかし、現在の治療法では患者のAIDSを完治させることができず、HIVウイルスが既存の治療法に耐性を持つ、あるいは持ちつつある以上、ウイルス感染症全般、特にHIVなどのレトロウイルスによる感染症をより効果的に治療できる抗ウイルス分子を発見することは主要な関心事である。
【0015】
多くのウイルス感染症は、細胞死を制御するメカニズムの障害に一致している。アポトーシス(又はプログラムされた細胞死、あるいは細胞自殺)は、細胞がシグナル(アポトーシス促進シグナル)に応答して自己破壊を引き起こすプロセスである。アポトーシスは、形態学的及び生化学的に定義された細胞死の一形態であり、生体内では、炎症反応の欠如、カスパーゼの活性化と多数のタンパク質の切断、DNAの断片化、クロマチンの凝縮、細胞の収縮、細胞構造の分解による膜への小胞(アポトーシス体)形成が特徴的である。生体内では、このプロセスは他の細胞によってアポトーシス体が貪食されることで完結する。
【0016】
ウイルスに感染した細胞が早期にアポトーシスを起こすことは、宿主の防御メカニズムの一つであり、ウイルスの複製を阻害することで放出されるウイルス粒子数を制限することができる。アポトーシス時に産生される細胞内酵素は、ウイルスのDNAに作用し、ウイルス、構造及び制御タンパク質の合成と感染性ウイルス粒子の形成を阻害し、これにより宿主におけるウイルス粒子の拡散を抑制することができる。
【0017】
したがって、多くのウイルスは、自分自身を生かすため、感染細胞を生存させるため、又は免疫系のエフェクター細胞から攻撃されるのを防ぐために、アポトーシス細胞内シグナルの調節に作用し、それによってウイルスの複製の効力を高め、より多くのウイルス粒子を生産することを可能にしている。
【0018】
一方、他のウイルスも、感染した細胞を死滅させる戦略を発展させ、特に免疫不全(AIDSに伴うもの)、神経細胞不全(狂犬病に伴うもの)、上皮不全(出血熱に伴うもの)などの細胞不全を引き起こしている。免疫不全だけの場合、ウイルスはその後増殖することができる。ウイルスの中には、感染後期にアポトーシスを誘導し、宿主の炎症反応や免疫反応から逃れながら、隣接する細胞にウイルスを伝播させることもできるものがある。
【0019】
アポトーシスメカニズムの主要な構成要素のひとつは、カスパーゼ(英語のcysteinyl aspartate-specific proteases又はcysteine aspartate proteasesに由来)と呼ばれるシステインプロテアーゼ群である。カスパーゼは線虫からヒトに至るまで多くの生物で見つかっている。現在までに、約12種類以上のカスパーゼが同定されている。これらの細胞内酵素は、アポトーシス、炎症、活性化、細胞分化に重要な役割を担っている。
【0020】
カスパーゼの機能は、基質特異性、プロドメインの長さ、プロドメインの配列によって決定される。カスパーゼは、炎症性カスパーゼ(グループI)、イニシエーター(又は調節)カスパーゼ(グループII)、エフェクター(又はエグゼキューター)カスパーゼ(グループIII)に分けられる(Lavrik et al.、2005)。炎症性カスパーゼには、カスパーゼ-1、-4、-5、-11、-12、-13及び-14が含まれる。これらは炎症プロセスに関与し、ある種のサイトカインの活性化において中心的な役割を果たす。イニシエーターカスパーゼには、カスパーゼ-2、-8、-9及び-10が含まれる。これらはアポトーシスシグナル伝達経路の上流に位置し、プロアポトーシスシグナルに応答して自己タンパク質分解メカニズムにより活性化される。そして、シグナル伝達カスケードの下流にあるエフェクターカスパーゼを切断・活性化し、アポトーシスシグナルを増幅させる。エフェクターカスパーゼには、カスパーゼ-3、-6及び-7が含まれる。イニシエーターカスパーゼによって活性化されると、多くの細胞タンパク質を切断し、細胞の解体や他のタンパク質の不活性化につながる。このカスパーゼの作用により不活性化されるタンパク質(基質約2000~3000種)には、Bcl-2ファミリーなどのアポトーシスから細胞を守るタンパク質(抗アポトーシスタンパク質)が含まれている。
【0021】
個々のカスパーゼの選好性や基質特異性を利用して、カスパーゼとその基質との結合に効果的に競合するペプチドが開発されている。これらのカスパーゼ阻害剤は、細胞に浸透し、カスパーゼの活性部位に不可逆的に結合することができる(ただし、アルデヒド基を有する阻害剤は可逆的に結合する)。そのため、カスパーゼの活性化及び活性型カスパーゼの生成に必要なカスパーゼのタンパク質分解による切断を阻害することにより、タンパク質分解デコイとして作用する。
【0022】
市販の様々なカスパーゼ阻害剤の中で、カスパーゼ阻害剤Q-VD-OPh(N-(2(キノリル)バリル-アスパルチル-(2,6-ジフルオロフェノキシ)メチルケトン;カスパーゼ阻害剤abcamのab141421又はBiovisionの1170)は、フルオロメチルケトン(fmk)型のカルボキシ末端基を有する阻害剤と比較して、有効性が高く、安定性と浸透性があり、毒性が低減されている(高濃度で4ヶ月間毎日使用した場合であっても。Chanel L.I. Keoni and Thomas L. Brown, Journal of Cell Death, 2015参照)ため興味深い。前記阻害剤Q-VD-OPhは、様々なカスパーゼ、特にカスパーゼ-1、-3、-8、-9、-10及び-12を阻害することが示されている。
【0023】
さらに、国際公開第2009/092897号パンフレットは、前記化合物Q-VD-OPhが、HIV感染細胞のアポトーシス表現型(カスパーゼ阻害、DNA凝縮及び断片化)を阻害するだけではなく、その死を阻害し、特にウイルスの複製を阻害することを可能にすることを開示している。前記化合物Q-VD-OPhは、ウイルスの複製を阻害する性質とカスパーゼを阻害する性質を併せ持つため、抗ウイルス剤として使用することができる。
【0024】
最近では、Laforge et al(Journ Clin Invest, Volume 128, Number 4, April 2018, 1627-1640)が、化合物Q-VD-OPhによる治療がSIV感染アカゲザルのAIDS疾患の進行を防ぎ、当該分子のカスパーゼ阻害剤の特性により、ウイルス複製を長期的に制御できることを示している。一次感染時に6匹のサルにこの化合物を5回注射して治療したところ、治療後4~5年経過しても、どの動物も発がんしていない。
【0025】
その結果、Q-VD-OPhのようなカスパーゼへの作用、最終的にはアポトーシスへの作用に着目した抗ウイルス剤の開発が進められている。しかし、その薬剤の種類は限られている。
【0026】
さらに、Q-VD-OPhを長期間投与又は治療することは有害である可能性がある。実際、何年も投与し、それを繰り返すと、重篤な有害事象やがんなどの他の病態につながる可能性がある。Q-VD-OPhによる治療のアポトーシスに対する有益性は、SIVに感染した非ヒト霊長類モデルの一次感染時(すなわち、アポトーシスが最大レベルにある時)に示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
そのため、幅広い作用スペクトルを有する抗ウイルス剤が求められている。特に、カスパーゼ阻害作用とは無関係に、ウイルスの複製を阻害する効果のある抗ウイルス剤が必要とされている。このような薬剤は、その抗ウイルス作用に特異的であろう。また、カスパーゼ阻害作用、すなわちアポトーシスに対する作用を有しない、安全な抗ウイルス剤、すなわち長期投与による毒性を有しない抗ウイルス剤が必要とされている。このような抗ウイルス剤は、特に長期治療に有効であり、特に、ウイルスの貯蔵庫である末梢リンパ系器官や腸間膜神経節などの異なるリンパ系器官への抗ウイルス剤の浸透により有効であると考えられる。また、抗ウイルス剤は血液脳関門を通過して、同じくウイルスの貯蔵庫である脳に到達することができる。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明者らは、この問題を解決するために、驚くべきことに、Q-VD-OPhに構造的に非常に近い特定の分子が、ウイルスの複製を阻害し、カスパーゼ阻害には影響を及ぼさないことを発見した。前記化合物は、したがって、その抗ウイルス作用に特異的であり、カスパーゼ阻害、ひいてはアポトーシスには作用しない。前記化合物は、下記式(I)の化合物である。実施例1に示すように、この式(I)の化合物は、ウイルス複製、特にHIV複製を阻害し、このメカニズムはカスパーゼ阻害とは無関係である。実施例2に示すように、この式(I)の化合物は、SARS-CoV-2感染を制御することもでき、細胞内のSARS-CoV-2ウイルス複製を阻害し、毒性なしにウイルス生成及び新規感染を防止することが可能である。
【0029】
したがって、本発明は、抗ウイルス剤、より詳細には抗リボウイルス剤として使用するための、式(I)の化合物及びその薬学的に許容される塩:
【0030】
【0031】
から選ばれる化合物に関する。前記化合物は、特に、動物又はヒトにおけるウイルス感染の予防及び/又は治療のために、より詳細には、ウイルスに感染した動物又はヒトにおけるウイルス複製の阻害のために使用される。
【0032】
式(I)の化合物は、本出願において「Q-VD-OPhネガティブコントロール」又は「Q-VE-OPh」とも称される。前記化合物の化学名は、N-(2(キノリル)-L-バリル-L-グルタミル-(2,6-ジフルオロフェノキシ)メチルケトンである。Quinolyl-Val-Glu-OPhとも呼ばれ、Q-VD-OPhネガティブコントロール、カスパーゼ阻害剤abcamのab141389又はBiovisionの1171という名称で市販されている。
【0033】
本発明はまた、有効成分として、本発明による化合物を含み、さらに、ウイルス感染の予防及び/又は治療に使用するための、1つ以上の担体、希釈剤、アジュバント又はそれらの組合せを含む組成物に関する。
【0034】
また、本発明は、
(i)式(I)の化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物及びその薬学的に許容される塩
【0035】
【0036】
(ii)少なくとも1種の抗ウイルス剤又は抗炎症剤、特に少なくとも1種の抗レトロウイルス剤を含む、又は、からなる抗ウイルス組成物であって、前記抗ウイルス剤が(i)とは異なる、抗ウイルス組成物に関する。
【0037】
また、本発明は、抗ウイルス療法における同時、別々若しくは順次使用;又はウイルス感染の予防及び/若しくは治療のための同時、別々若しくは順次使用のための複合製剤として、
(i)式(I)の化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物及びその薬学的に許容される塩
【0038】
【0039】
(ii)少なくとも1種の抗ウイルス剤又は抗炎症剤、特に少なくとも1種の抗レトロウイルス剤を含む、又は、からなる製品であって、前記抗ウイルス剤が(i)とは異なる、製品に関する。
【0040】
特に明記しない限り、本出願で示された各実施形態は、独立して、及び/又は、記載された他の実施形態と組み合わせて適用される。
【0041】
「薬学的に許容される塩」とは、当該技術分野において周知の種々の有機及び無機対イオンに由来する式(I)の化合物の薬学的に許容される任意の塩を意味し、例示的にのみであるが、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、アンモニウム、及びテトラアルキルアンモニウムが挙げられ、分子が塩基性官能性を含む場合、有機又は無機酸、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、酒石酸塩、メシレート、アセテート、マレアート及びシュウ酸塩等の塩が挙げられる。好適な塩としては、P. Heinrich Stahl, Camille G. Wermuth (Eds.), Handbook of Pharmaceutical Salts Properties, Selection, and Use; 2002に記載されたものが挙げられる。好ましくは、薬学的に許容される塩は、塩酸塩である。このような塩は、HClを使用することによって得ることができる。より好ましくは、分子の窒素原子の1つがHClと錯体化されている。
【0042】
式(I)の化合物はまた、蛍光色素又は当該技術分野で公知のタグでタグ付けされてもよい。蛍光色素は、特にローダミン及びその誘導体、又は緑色蛍光タンパク質(GFP)のような、当該分野で知られているものであれば何でもよい。タグは、金属イオンと相互作用し、結合するように特異的に設計された短いアミノ酸配列であり、好ましいタグは、ヒスチジンタグ(HIS-タグ又はビオチン)としてのものである。
【0043】
本願において、用語「カスパーゼ」は、上記で定義されたような任意のシステインプロテアーゼを意味する。「カスパーゼ阻害剤」とは、少なくとも1つのカスパーゼの活性化を阻害することができる任意の化合物、特に、前記カスパーゼが活性形態で得られるようにするタンパク質分解切断のプロセスを防止又は阻害する任意の化合物を意味すると理解される。特に、前記カスパーゼ阻害剤は、当該カスパーゼのアポトーゲン化形態の産生を防止又は阻害するものである。前記一つ以上のカスパーゼの阻害の実証は、例えば、前記阻害剤によって阻害されると想定される前記カスパーゼの異なる形態及びプロフォームに特異的な抗体を用いた免疫転写(ウェスタンブロット)によって実施することができる。一つ以上のカスパーゼの阻害は、全体的(この場合、前記カスパーゼの活性型は検出されない)又は部分的(前記カスパーゼはその後活性型で検出されるが、阻害剤の不在下で検出される量と比較して減少した量である)だけであり得る。
【0044】
本発明による式(I)の化合物(Q-VD-OPhネガティブコントロール)は、カスパーゼ阻害剤ではない。実際、それは典型的には、強力な広域カスパーゼ阻害剤のネガティブコントロールとして使用される。
【0045】
式(I)の化合物は、下記式(II)の化合物Q-VD-OPhと構造的に非常に近い。
【0046】
【0047】
本発明による式(I)の化合物は、アスパラギン酸(Asp又はD)の側鎖の代わりに、グルタミン酸(Glu又はE)の側鎖を有する(式(II)の化合物の場合と同様)。
【0048】
驚くべきことに、本発明による式(I)の化合物は、ウイルス複製を阻害し、カスパーゼ阻害のネガティブコントロールであり、即ち、カスパーゼ阻害活性を示さない。反対に、Q-VD-OPh(式(II)の化合物)は、ウイルス複製を阻害し、広いカスパーゼ阻害剤である。
【0049】
本出願において、「抗ウイルス剤」、「抗リボウイルス剤」及び「抗レトロウイルス剤」は、それぞれ、抗ウイルス作用、抗リボウイルス作用又は抗レトロウイルス作用を有する任意の薬剤を意味するものと理解される。リボウイルスとは、RNAウイルス、すなわち、RNAを遺伝物質とするウイルスのことである。このような薬剤には、ウイルスの複製の少なくとも1つのステップに作用する、特に抗ウイルス薬、特に抗リボウイルス薬、特に抗レトロウイルス薬が含まれる。特に、前記薬剤は、ウイルスの複製を防止、低減又は阻害することを可能にすることができる。
【0050】
本発明による式(I)の化合物又はその塩は、そのような投与から利益を得る可能性のある任意の動物又はヒト、特に本願明細書に記載されるようなウイルスに感染した又は感染する可能性のある任意の動物又はヒトに投与してよい。
【0051】
本出願で使用されるように、用語「動物」は、任意の非ヒト動物、特に任意の非ヒト哺乳類、より詳細には猿又は猫を定義している。
【0052】
本出願で使用する場合、「ウイルス感染」及び「ウイルスに感染した」という表現は、前記動物又はヒトが病原性RNA又はDNAウイルスに曝露され、前記ウイルスが宿主の1つ以上の細胞に付着し、その後前記細胞に浸透し(又は浸透しそうで)、前記動物又はヒトの少なくとも一つの細胞に対して有害作用を有する(又はおそらく有するであろう)ことを意味している。特に、このようなウイルス感染は、誘導された病理又は前記感染に伴う病理の臨床的徴候に発展し得るものである。したがって、本発明の範囲内の「ウイルス感染」は、ウイルス汚染の最も初期の段階だけでなく、ウイルス汚染の最新の段階及び中間の段階も含むものである。例えば、HIVの場合、感染はいくつかの段階を経て進行し、時間の経過とともに次々と進行する可能性がある。特に4つの段階に区別される:(1)一次感染は、汚染に続く血清転換の段階に相当し、症状を伴う(50~75%の場合)か伴わない;(2)潜伏期、(3)軽度の症状を伴う段階、最後に(4)重度の免疫低下の段階又はAIDS期、これは一般に症状を呈し、一般に多数の日和見感染症を伴う。
【0053】
したがって、「ウイルス感染」という用語は、本出願に記載されるようなウイルスによる前記動物又は患者の汚染に続いて動物又はヒト(患者)に生じるあらゆる臨床的徴候、症状又は疾患をも含むものである。したがって、「ウイルス感染」は、前記ウイルスによる汚染と、前記ウイルスによる汚染の結果である様々な病態の両方を含む。
【0054】
本発明の範囲に入るウイルス感染症としては、特にウイルス性脳炎、ウイルス性髄膜炎、アフタ性発熱、インフルエンザ、黄熱病、SARS又はSARS-CoV-2による感染症などの呼吸器系ウイルス感染症(特にコロナウイルス症-19(COVID-19)を含む)、小児下痢症、特にロタウイルスによって引き起こされる小児下痢症、出血熱、特にエボラウイルス、デングウイルス及びラッサウイルスによって引き起こされる出血熱、ポリオ、狂犬病、麻疹、風疹、水痘、痘瘡、帯状疱疹、性器ヘルペス、肝炎、特にA、B、C、D、及びE、HTLV-1(ヒトTリンパトロピックウイルス1型)による白血病及び麻痺、並びにHIVウイルス、より詳細にはHIV-1若しくはHIV-2、又はSIVウイルスにより引き起こされる感染症(特にAIDS(後天性免疫不全症候群)を含む)で構成される群が挙げられる。
【0055】
好ましくは、ウイルス感染症は、SARS(重症急性呼吸器症候群)又はSARS-CoV-2ウイルス(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス-2)による感染症、特にSARS-CoV-2は、特にコロナウイルス症-19(COVID-19)を含む;及びHIVウイルス、より特にHIV-1又はHIV-2による感染症、特にAIDS(後天性免疫不全症候群)が含まれる。
【0056】
用語「予防(prophylaxis)」又は「ウイルス感染を予防する(prevent)」は、ウイルス感染の臨床的徴候又は症状の出現時間の遅延の程度、及びウイルス感染の臨床的徴候又は症状の重症度の抑制の程度を示し、ウイルス感染の完全な予防を含むが、これに限定されるものではない。このため、式(I)の化合物若しくはその塩、又は前記化合物を含む組成物若しくは組合せを、疾患の臨床的徴候又は症状が現れる前に、ウイルスに汚染される可能性が高い動物又は患者に投与することが必要である。式(I)の化合物若しくはその塩、又は前記化合物を含む組成物若しくは組合せの予防的投与は、前記動物又はヒトがウイルス感染の原因となるウイルスに曝露される前、又は曝露された時点で行うことができる。このような予防的投与は、その後のあらゆる感染の予防及び/又は重症度の軽減に役立つ。
【0057】
「治療」とは、活性物質が、ウイルスによる前記動物又はヒトの汚染時又は汚染後に、前記動物又はヒトに投与された場合に、前記動物又はヒトに生じる治療効果を意味すると理解される。式(I)の化合物若しくはその塩、又は前記化合物を含む組成物若しくは組合せを、ウイルスによる汚染後に動物又はヒトに投与する場合、一次感染期、無症状期又は疾患の臨床徴候若しくは症状の出現後に投与することが可能である。一実施形態によれば、式(I)の化合物又はその塩は、一次感染期の間に投与される。別の実施形態によれば、式(I)の化合物又はその塩は、一次感染期の後、すなわち慢性期(無症状であっても、疾患の臨床的徴候又は症状が出現した後であってもよい)に投与される。特定の実施形態によれば、投与は、前記動物又はヒトが前記ウイルスに曝露されてから24時間又は48時間以内に、可能な限り迅速に行われる。
【0058】
前記治療には、式(I)の化合物若しくはその塩、又は前記化合物を含む組成物若しくは組合せによって得られるあらゆる治療効果、及び動物又は患者に観察される臨床徴候又は症状の改善、並びに動物又は患者の状態の改善も含まれる。この用語は、特に、ウイルスの複製を阻害すること及び/又はウイルスによって誘導される細胞死を阻害することの結果として得られる効果を含む。したがって、「治療」という用語は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染の有害な結果の減速、減少、中断及び停止を含み、治療は、必ずしも、ウイルス感染の臨床症状及び疾患の症状のすべてを完全に除去すること、又はウイルスを完全に除去することを要件とするものではない。
【0059】
したがって、式(I)の化合物又はその塩は、ウイルス感染を発症する危険性のある動物又はヒトに投与(予防)、又はウイルスによる汚染が起こった後、特に疾患の最初の臨床症状又は徴候の発現後、例えば、動物又は患者の血液中に前記ウイルスに特異的なタンパク質又は抗体が検出された後、投与(治療)することができる。
【0060】
したがって、特定の実施形態によれば、式(I)の化合物又はその塩は、前記動物又はヒトが前記ウイルスに曝露される前、前記ウイルスへの曝露中又は前記ウイルスへの曝露後に、前記動物又はヒトに投与される。ウイルスへの曝露後の投与は、いつでも実施することができるが、好ましくは、曝露後できるだけ早く、特に、動物又はヒトが前記ウイルスに曝露されてから48時間以内に実施されるであろう。
【0061】
さらに、治療の有益な効果を増大させるために、式(I)の化合物又はその塩の複数の連続した投与を想定することも可能である。治癒の可能性を高めるため、又は少なくとも動物若しくはヒトの寿命を延ばすため、又は予防効果を高めるため、特に、動物又はヒトがウイルスに曝露される前及び/又はウイルスへの曝露中及び/又はウイルスへの曝露後、特に前記動物又はヒトが前記ウイルスに曝露されてから48時間以内に前記化合物の1又は複数の連続した投与を実施することが可能である。
【0062】
本発明の範囲に入るウイルスとしては、DNAウイルス及びRNAウイルス(リボウイルス)、特に免疫不全(AIDSなど)、呼吸不全(SARS及びSARS-CoV-2など)、神経細胞不全(狂犬病など)又は上皮不全(出血熱など)などの細胞不全を引き起こすウイルスである。
【0063】
より具体的には、前記ウイルスは、以下の科から選択されるウイルスである:
-コロナウイルス科、特にコロナウイルス属、例えば、SARSウイルス又はSARS-CoV-2ウイルス、
-レトロウイルス、特にレンチウイルス属のもの及びオンコウイルス属のもの、例えばHTLV-1ウイルス、
-フラビウイルス科、特にフラビウイルス属のもので、特にデングウイルス、黄熱病ウイルス、及び西ナイルウイルス、日本脳炎ウイルス、サンルイ脳炎ウイルスなどのウイルス性脳炎の原因となるウイルス、又は特にC型肝炎ウイルスなどのヘパシウイルス属のもの、
-インフルエンザウイルスを含むオルトミクソウイルス類、
-パラミクソウイルス科、特にモルビリウイルス属のもの、特に麻疹ウイルス、及び呼吸器系ウイルス、特にニューモウイルス属のもの、例えばヒト呼吸器合胞体ウイルス及びメタニューモウイルス、
-レオウイルス科、特にロタウイルス属のウイルス、
-ピコルナウイルス科、特にポリオウイルス及びウイルス性髄膜炎の原因となるウイルスを含むエンテロウイルス属のウイルス、アフトウイルス属のウイルス、特にアフタ熱ウイルス及びライノウイルス属のウイルス;又は特にA型肝炎ウイルスなどのヘパトウイルス属のウイルス、
-フィロウイルス科、特に、エボラウイルス又はマールブルグウイルス、
-アレナウイルス科、特にラッサウイルス、
-ラブドウイルス科、特に狂犬病ウイルスを含むラブドウイルス属のもの、及び水疱性口内炎ウイルスを含むベシクロウイルス属のもの、
-トガウイルス科、特に、風疹ウイルスを含むルビウイルス属のもの、
-ポックスウイルス科、特に、ワクシニアウイルス及びバリオラウイルス、
-ヘルペスウイルス科、特にヘルペスウイルス、水痘ウイルス及び帯状疱疹ウイルス、並びに、
-B型肝炎ウイルスなどのヘパドナウイルス科、D型肝炎ウイルス、又はE型肝炎ウイルス。
【0064】
好ましくは、本発明の範囲に入るウイルスは、RNAウイルス(リボウイルス)である。
【0065】
より具体的には、前記RNAウイルスは、以下の科から選択されるウイルスである。
-コロナウイルス科、特にコロナウイルス属のもの、例えば、SARSウイルス又はSARS-CoV-2ウイルス。
-レトロウイルス、特にレンチウイルス属のもの及びオンコウイルス属のもの、例えばHTLV-1ウイルス。
-フラビウイルス科、特にフラビウイルス属のもので、特にデングウイルス、黄熱病ウイルス、ウイルス性脳炎の原因となるウイルス、例えば西ナイルウイルス、日本脳炎ウイルス、サンルイ脳炎ウイルス、又は特にヘパシウイルス属のもの、例えばC型肝炎ウイルスなど。
-インフルエンザウイルスを含むオルトミクソウイルス類。
-パラミクソウイルス科、特にモルビリウイルス属のもの、特に麻疹ウイルス、及び呼吸器ウイルス、特にニューモウイルス属のもの、例えばヒト呼吸器合胞体ウイルス及びメタニューモウイルス。
-レオウイルス科、特にロタウイルス属のウイルス。
-ピコルナウイルス科、特にポリオウイルス及びウイルス性髄膜炎の原因となるウイルスを含むエンテロウイルス属のウイルス、アフトウイルス属のウイルス、特にアフタ熱ウイルス及びライノウイルス属のウイルス;又は特にA型肝炎ウイルスなどのヘパトウイルス属のウイルス。
-フィロウイルス科、特に、エボラウイルス又はマールブルグウイルス。
-アレナウイルス科、特にラッサウイルス。
-ラブドウイルス科、特に狂犬病ウイルスを含むラブドウイルス属のもの、及び水疱性口内炎ウイルスを含むベシクロウイルス属のもの。
-トガウイルス科、特に、風疹ウイルスを含むルビウイルス属のもの。並びに、
-B型肝炎ウイルスなどのヘパドナウイルス科、D型肝炎ウイルス、又はE型肝炎ウイルス。
【0066】
本発明は、多臓器不全を引き起こすという点で、特にコロナウイルス又はレンチウイルスに向けられたものである。
【0067】
特定の実施形態によれば、前記ウイルスは、ヒトレトロウイルス、特にヒトレンチウイルス、より詳細にはHIV-1又はHIV-2などのヒト免疫不全(HIV)ウイルス、好ましくはHIV-1である。
【0068】
別の特定の実施形態によれば、前記ウイルスは、シミアンレトロウイルス、特にシミアンレンチウイルス、より詳細にはSIVmac251又はSIVmac239ウイルスなどのシミアン免疫不全症ウイルス(SIV)である。
【0069】
特定の実施形態によれば、前記ウイルスは、ヒトコロナウイルス、特にSARS-CoV-2である。
【0070】
本発明による式(I)の化合物又はその塩は、上記に定義されるウイルスに感染した動物又はヒトにおいて、ウイルスの複製を防止、低減及び/又は阻害するために用いることができる。
【0071】
本出願で使用する「ウイルス複製」という用語は、ウイルスの複製サイクルの段階の総体を含む。特にこの用語は、ウイルスの細胞への侵入、ウイルスゲノムの宿主細胞のDNAへの統合、及びウイルスの成熟を含む、本出願に記載のレトロウイルスの複製の主要な段階を含む。
【0072】
「ウイルス成熟」又は「ウイルスの成熟」は、レンチウイルス、特にHIVウイルスの場合、Gagポリタンパク質がウイルスのプロテアーゼによって4つの構造タンパク質(p17、p24、p7及びp6)に切断されるプロセス、並びにこれらのタンパク質がマトリックス(p17)、カプシド(TCD4+ p24)及びヌクレオカプシド(p7)に集合することを意味する。成熟期を経て、切断前は成熟していなかったウイルス粒子が感染性、すなわち新しい細胞に感染する準備が整う。
【0073】
ウイルスの複製を防止又は阻害することは、部分的又は全体的に行うことができる。
【0074】
典型的には、本発明による式(I)の化合物又はその塩は、インビトロでウイルス複製を防止、低減及び/又は阻害する能力を有する。
【0075】
本発明による式(I)の化合物又はその塩のウイルス複製を防止又は阻害する能力は、例えば、後述の実施例に記載のように、p24などのウイルス抗原を細胞内標識した後、フローサイトメトリーによりインビトロで、評価することができる。
【0076】
特定の実施形態によれば、本発明による式(I)の化合物又はその塩は、本出願に記載されるように、ウイルスに感染した動物又はヒトにおけるウイルスタンパク質の合成を防止、減少及び/又は阻害するために使用される。
【0077】
「ウイルスタンパク質」という表現は、ウイルスの少なくとも1つのタンパク質、特に、ウイルスの少なくとも1つの構造タンパク質を指す。本発明による有効成分の作用下、特に本発明による前記化合物の作用下で、合成を阻止、減速、減少及び/又は阻害することができるウイルスタンパク質の例としては、特にエンベロープ、カプシド、ヌクレオカプシドタンパク質など、特にレンチウイルスでは、Gag、Pol、Envなどのタンパク質、特にコロナウイルスでは、S(スパイク)、M(膜タンパク質)、E(エンベロープタンパク質)、N(カプサイドリン酸化タンパク質)のタンパク質が挙げられる。
【0078】
ウイルスタンパク質の合成の防止又は阻害は、部分的であってもよいし、全体的であってもよいし、一部のウイルスタンパク質について部分的に、残りのウイルスタンパク質について全体的に行うこともできる。全てのウイルスタンパク質について部分的である場合、又は一部のウイルスタンパク質について部分的である場合、「ウイルスタンパク質の合成を防止又は阻害する」という表現は、本発明による式(I)の化合物又はその塩の作用下で、1又は複数のウイルスタンパク質が宿主細胞内でより少ない量で合成され、したがって、前記活性物質(複数)の不在下で同じウイルスタンパク質の合成と比較してより少ない量で宿主細胞又は細胞上清に存在することを意味する。ウイルスタンパク質の合成を完全に防止又は阻害する場合、ウイルスタンパク質は検出可能な様式で合成されることはない。
【0079】
式(I)の化合物又はその塩は、さらに、細胞死に大きな影響を与えることなく、ウイルスの複製及び/又はウイルスのタンパク質合成を防止及び/又は阻害するために使用することができる。特に、前記ウイルスに感染した動物又はヒトにおいて、本願に記載のウイルスによって誘導されるTリンパ球、より詳細にはCD4+T細胞の死に対して有意な影響を与えることなく、ウイルス複製、特にウイルスタンパク質合成を防止及び/又は阻害するために使用することが可能である。
【0080】
「細胞死に有意な影響を及ぼさない」という表現は、本願明細書に記載のウイルスに感染した動物又はヒトにおいて、前記ウイルスに感染し、式(I)の化合物又はその塩によって処理された細胞の細胞死が、非感染の細胞と有意な差がないことを意味する。言い換えれば、ウイルスに感染し、式(I)の化合物又はその塩によって処理された動物又はヒトの細胞のサンプルの細胞死は、前記動物又はヒトの非感染細胞のサンプルと有意な差がない。
【0081】
典型的には、インビトロでは、ウイルスに感染し、式(I)の化合物又はその塩によって処理された動物又はヒトの細胞のサンプルの細胞死は、前記動物又はヒトの非感染細胞のサンプルと有意な差はない。
【0082】
細胞死の割合は、従来から用いられているあらゆる実験手法によってインビトロで証明することができる。例えば、顕微鏡を用いた単純な直接細胞数で充分であろう。また、感染後所定の日、例えば5日目以上にアネキシンV表面染色を行った後、フローサイトメトリーにより細胞死を解析することも可能であろう。
【0083】
本発明による式(I)の化合物又はその塩は、一次感染期及び/又は慢性期(無症状であっても、疾患の臨床徴候又は症状の出現後であってもよい)のウイルス感染症の予防及び/又は治療に使用することができる。ウイルスに感染した動物又はヒトは、一次感染期であっても、慢性期であってもよい。本発明による式(I)の化合物又はその塩はまた、ウイルスに感染した動物又はヒトにおいて、一次感染期及び/又は慢性期(これは、無症状であっても、疾患の臨床的徴候又は症状の出現後であってもよい)のウイルス複製を防止、減少及び/又は阻害するために使用することができる。
【0084】
特定の実施形態によれば、式(I)の化合物又はその塩は、他の活性物質と同様に、1つ以上の担体、希釈剤及び/若しくはアジュバント又はそれらの組合せをさらに含む医薬組成物の形態で調製することが可能である。注射投与の場合、特に水溶液、非水溶液又は等張液の製剤を選択することができる。
【0085】
本出願において、用語「担体」は、式(I)の化合物の生物学的活性の効力を妨げない任意の基質(すなわち、少なくとも1つの有効成分を輸送することができるもの)を表す。多数の担体が先行技術で知られている。使用される担体は、例えば、水、生理食塩水、血清アルブミン、リンゲル液、ポリエチレングリコール、水混和性溶媒、糖、結合剤、賦形剤、顔料、植物油若しくは鉱物油、水溶性ポリマー、界面活性剤、増粘若しくはゲル化剤、化粧料、可溶化剤、安定化剤、保存料、アルカリ化剤若しくは酸性化剤又はこれらの組合せであってよい。医薬組成物の形態におけるこのような担体の製剤化は、特に「Remington’s Pharmaceutical Sciences」、第18版、Mack Publishing Company、Easton、Pa.に記載されている。
【0086】
本願において、「希釈剤」とは、希釈剤を意味し、可溶性希釈剤と不溶性希釈剤とが含まれる。一般に、有効成分が可溶性である場合には不溶性希釈剤が使用され、有効成分が不溶性である場合には可溶性希釈剤が使用される。「不溶性」の有効成分は、水性媒体に完全に溶解しないか、又は水性媒体への溶解度が制限される(すなわち、1.0から7.5のpHで250mlの水への溶解度が10mg/ml未満)可能性がある。不溶性希釈剤の例としては、微結晶セルロース、ケイ化微結晶セルロース、ヒドロキシメチルセルロース、リン酸二カルシウム、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸マグネシウム、リン酸三カルシウム等が挙げられる。可溶性希釈剤の例としては、マンニトール、グルコース、ソルビトール、マルトース、デキストレート、デキストリン、デキストロースが挙げられる。
【0087】
本発明の範囲内で使用できるアジュバントは、特に核酸、ペプチドグリカン、炭水化物、ペプチド、サイトカイン、ホルモン又は他の小分子である。使用される前記アジュバントは、例えば、非メチル化CpGジヌクレオチド(CpG)ファミリーのアジュバント、ポリICファミリーのアジュバント及びモノホスホリルリピッドA(MPL)ファミリー又はその類似体のアジュバントであり得る。
【0088】
好ましい実施形態によれば、本発明で使用される担体若しくは希釈剤又はそれらの組合せは、薬学的に許容される物質又は薬学的に許容される物質の組合せである。物質又は物質の組合せは、治療又は予防の目的で生物(例えば、ヒト又は動物)への投与に適している場合、「薬学的に許容される」と言われる。したがって、投与される宿主に対して無毒であることが好ましい。
【0089】
本願で使用する「投与」及び「投与する」という用語は、選択された投与経路が何であれ、あらゆる投与を含むものである。
【0090】
投与経路及び投与量は、様々なパラメータ、例えば、患者の状態、感染症の種類及び治療すべき感染症の重症度に応じて、又は式(I)の化合物若しくはその塩及び使用する他の抗ウイルス剤に応じて変化する。
【0091】
式(I)の化合物又はその塩は、特に、乾燥形態、固体形態、特に錠剤、粉末、ゼラチンカプセル、丸薬、顆粒、座薬、ポリマーカプセル又は圧縮錠、より正確には加速放出錠、腸溶錠又は徐放錠;ゲル形態;又は溶液又は液体懸濁液、特にシロップ、注射用、注入用又は飲料用溶液、マイクロベシクル若しくはリポソームの形態で動物又はヒトに投与することが可能である。化合物は、適切な希釈剤を用いて使用時に再構成するために、粉末又は凍結乾燥物のような乾燥形態の投与の形態とすることもできる。
【0092】
それらのガレノス形態によれば、本発明による組成物、特に本発明の抗ウイルス組成物は、経腸、非経口(静脈内、筋肉内、皮下)、経皮(又は経皮、経皮)、皮膚、経口、粘膜、特に経粘膜-頬、鼻、眼、耳(耳の中)、食道、膣、直腸経路、あるいは代わりに胃内、心内、腹膜内、肺内、又は気管内経路による投与によって投与することができる。
【0093】
さらに、式(I)の化合物又はその塩は、単回投与又は複数回投与の形態で投与のために包装することが可能である。治療効果を高めるために、特定の時間間隔をおいて、1回又は複数回繰り返す、複数の連続投与の形態で投与を実施することも可能である。例えば、1日又は1週間に複数回の投与を行うことができる。
【0094】
動物又はヒトに投与される有効成分の量は、治療上有効な量である。「治療上有効な量」とは、本出願で定義される予防又は治療のための投与の範囲内で、有意な効果を得るために、特にヒト又は動物に有意な利益をもたらすために充分な量である。治療上有効な量はまた、有益な効果が有効成分の毒性又は有害な効果に勝る量である。このような量は、ウイルスの複製を有意に阻害するのに充分な量、又はウイルスによって引き起こされる任意の既存の感染症の消失、減少若しくは改善をもたらすのに充分な量に対応することができる。治療上有効な量は、感染の状態、動物又はヒトの個体の年齢、性別又は体重などの要因によって変化する。また、最適な治療効果を得るために投与量を調整することができる。例えば、本発明による化合物を15~50mg/kg体重まで投与することが可能である。より具体的には、体重約60kgのヒトの場合、本発明による化合物の治療上有効な量は、100から300mg/日であり、1から3回の用量で投与することが可能である。
【0095】
本発明はまた、ウイルス感染の予防及び/又は治療における、他の抗ウイルス剤、特に他のリボウイルス剤、特に他の抗レトロウイルス剤との関連での、式(I)の化合物又はその塩の使用に関するものである。抗ウイルス剤の例として、HIVによる感染に関連して、高活性抗レトロウイルス療法(又は「HAART」)の範囲内の複合抗レトロウイルス剤を挙げることができる。
【0096】
したがって、本発明による特定の医薬組成物は、少なくとも1つの他の抗ウイルス剤をさらに含む。
【0097】
したがって、本発明は、以下を含むか、又はこれらからなる新規な抗ウイルス組成物にも関する。(i)式(I)の化合物及びその薬学的に許容される塩から選ばれる少なくとも1つの化合物:
【0098】
【0099】
(ii)少なくとも1つの抗ウイルス剤又は抗炎症剤、特に少なくとも1つの抗レトロウイルス剤であって、前記抗ウイルス剤は(i)とは異なる。
【0100】
したがって、本発明は、特に動物又はヒトにおけるウイルス感染の予防及び/又は治療に使用するための、より詳細にはウイルスに感染した動物又はヒトにおけるウイルス複製を阻害するための新規な抗ウイルス組成物にも関する。
【0101】
故に、式(I)の化合物又はその塩は、抗ウイルス剤又は複数の抗ウイルス剤(ii)、特に少なくとも2つの他の抗ウイルス剤と関連して使用することができる。前記他の抗ウイルス剤又は薬剤(ii)は、特に、抗レトロウイルス剤であってよい。
【0102】
本願で使用される「本質的にからなる」という表現は、他の微量成分又は分子が、前記有効成分の活性に影響を与えることなく、明示的に記載された有効成分と共に存在することができることを意味する。
【0103】
本願の範囲内で使用できる抗ウイルス剤及び抗レトロウイルス剤(ii)には、特に以下のものが含まれる:
-レトロウイルスの転写酵素阻害剤、特に逆転写酵素阻害剤であって、ウイルス複製サイクルのまさに開始時に作用することを意図したもの、特にウイルスDNAが宿主細胞のDNAに組み込まれる前に作用し、ウイルスRNAからのプロウイルスDNAの合成を防止又は阻害することを意図した逆転写酵素阻害剤、
-ウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ調節剤(ヌクレオチド類似体など)、
-ウイルスプロテアーゼ阻害剤(又は抗プロテアーゼ)、一般に、ウイルスサイクルの終盤、新たに合成されたウイルスタンパク質の成熟時に作用するもの、
-ウイルスエンベロープと細胞膜の融合を阻害するもので、ウイルスの細胞内への侵入を阻止することを目的としたもの、
-CD4やBOBなどの受容体や共受容体の阻害剤、
-アンチセンスオリゴヌクレオチド、
-インテグラーゼ阻害剤、及び
-ウイルスの増殖の他のステップ(アドレス、統合ポート)を標的とする分子。
【0104】
特定の実施形態によれば、前記他の抗ウイルス剤又は薬剤は、少なくとも1つの転写酵素阻害剤及び/又は少なくとも1つのウイルス性プロテアーゼ阻害剤からなる。
【0105】
特定の実施形態によれば、本発明による抗ウイルス組成物は、以下のものを含む、本質的に含む、又はこれらからなる。
(i)本発明による、少なくとも式(I)の化合物又はその塩。
(ii)少なくとも1つの転写酵素阻害剤、及び
(iii)少なくとも1種のウイルスプロテアーゼ阻害剤。
【0106】
本出願で使用される用語「転写酵素阻害剤」は、特に、逆転写酵素のヌクレオシド類似体、非ヌクレオシド類似体及びヌクレオチド類似体を含む。
【0107】
特定の実施形態によれば、転写酵素阻害剤は、逆転写酵素阻害剤、特にHIVウイルス逆転写酵素阻害剤、より詳細には、以下により構成される群から選択される逆転写酵素阻害剤である:
-HIVのヌクレオシド逆転写酵素阻害剤、特にジドブジン又はアジドチミジン(AZT)、ジダノシン又はddl、ザルシタビン又はddC、スタブジン又はd4T、ラミブジン又は3TC、アバカビル又はABC、及びエムシタビン又はFTC、
-HIVの非ヌクレオシド逆転写酵素阻害剤、特にネビラピン、エファビレンツ、及びデラビルジン、並びに
-HIVの逆転写酵素のヌクレオチドアナログ、特にテノホビル又はビスPOC-PMPA。
【0108】
特定の実施形態によれば、使用される転写酵素阻害剤の1つは、AZTである。
【0109】
実施形態によれば、ウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼモジュレーターは、レムデシビルなどのヌクレオチドアナログである。
【0110】
本願で使用される「プロテアーゼ阻害剤」という用語は、特にペプチド模倣分子及び非ペプチドタイプの分子を含む。「ペプチド模倣分子」は、天然酵素基質を模倣してプロテアーゼ基質結合部位に固定し、タンパク質前駆体(例えば、HIV又はSIVのGag及びGag-Pol)の切断を防止し、これにより欠陥があり非感染性のウイルス粒子の産生をもたらすペプチドをいう。
【0111】
特定の実施形態によれば、ウイルスプロテアーゼ阻害剤は、HIVウイルスのプロテアーゼ阻害剤であり、特に、以下のペプチド模倣分子によって構成される群から選択されるウイルスプロテアーゼ阻害剤である。インジナビル又はIDV、ネルフィナビル又はNLFN、サキナビル又はSQN、リトナビル又はRTN、アンプレナビル、ロピナビル。特定の実施形態によれば、使用されるHIVウイルスのプロテアーゼ阻害剤の1つは、インジナビルである。
【0112】
特定の実施形態によれば、本発明による他の抗ウイルス剤の少なくとも1つは、融合阻害剤、特にHIVウイルス融合阻害剤、例えばエンフビルタイド又はウミフェノビルである。「融合阻害剤」は、例えば競合阻害によってウイルスエンベロープと細胞膜との間の融合を防止することによって、ウイルスの複製の第一段階で作用する阻害剤であると理解される。
【0113】
エボラウイルス、SARS及びSARS-CoV-2、MERS-コロナウイルス(MERS-CoV)並びにインフルエンザウイルスの場合、膜融合及び宿主細胞の侵入は、気道及び肺胞細胞のセリンプロテアーゼである膜貫通プロテアーゼ/セリンサブファミリ2(TMPRSS2)により媒介されている。したがって、このような融合阻害剤は、カモスタット・メシル酸塩又はナファモスタット・メシル酸塩であってもよい。
【0114】
また、融合阻害剤は、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の阻害剤であってもよいし、抗マラリア薬/寄生虫薬の阻害剤であってもよい。ACE2阻害剤は、SARS-CoV-2など、ACE2を受容体としてSタンパク質駆動型の宿主細胞侵入を行うウイルスの侵入を阻害するために使用することができる。ACE2阻害剤及び抗マラリア/寄生虫薬は、リン酸クロロキン、ヒドロキシクロロキン、セファランチン、セラメクチン、メフロキン及びその塩(塩酸メフロキンなど)から選択することができる。
【0115】
本願発明の範囲内で使用することができる抗炎症剤としては、特にモノクローナル抗体が挙げられる。
【0116】
特に、したがって、本発明は、以下を含むか、又はこれらからなる新規な抗ウイルス組成物にも関する。
(i)式(I)の化合物及びその薬学的に許容される塩から選択される少なくとも1つの化合物。
【0117】
【0118】
(ii)特にモノクローナル抗体から選ばれる少なくとも1つの抗炎症剤。
【0119】
前記モノクローナル抗体は、炎症性インターロイキン及びその受容体、例えばIL-6及びその受容体に対して向けられてよい。好ましくは、モノクローナル抗体は、トシリズマブ又はサリルマブなどの抗IL6受容体;又は抗IL-6、好ましくはシルツキシマブである。
【0120】
このような抗ウイルス組成物は、SARS-CoV-2感染症などのコロナウイルス感染症の予防及び/又は治療のために使用することができる。
【0121】
特定の実施形態によれば、前記抗ウイルス組成物は、本出願で定義される1つ以上の担体、希釈剤及び/若しくはアジュバント又はそれらの組合せを更に含むことができる。
【0122】
本発明の別の態様は、本出願で定義される1つ以上の他の抗ウイルス剤若しくは抗炎症剤の予防効果若しくは治療効果を高めるため、及び/又はヒト若しくは動物に投与される他の抗ウイルス剤若しくは抗炎症剤の量を減らすために使用する、式(I)又はその塩の化合物に関する。
【0123】
本発明の別の態様によれば、有効成分は、抗ウイルス療法に使用するための組合せで配合される。
【0124】
したがって、本発明は、抗ウイルス療法における同時、別々若しくは順次使用;又はウイルス感染の予防及び/若しくは治療のための同時、別々若しくは順次使用のための複合製剤として、(i)式(I)の化合物及びその薬学的に許容される塩から選ばれる少なくとも1つの化合物:
【0125】
【0126】
(ii)化合物(i)とは異なる少なくとも1種の抗ウイルス剤又は抗炎症剤、特に少なくとも1種の抗レトロウイルス剤を含む又はそれらからなる製品にも関する。
【0127】
成分(i)及び(ii)は、抗ウイルス治療の実施である共通の適応症によって機能単位を形成する。
【0128】
このような併用療法は、最も特に、本願で定義されるウイルスに感染したヒト又は動物におけるウイルス感染の予防及び/又は治療のために意図されるものである。
【0129】
用語「同時に」及び表現「同時使用」は、前記組合せの化合物(i)及び(ii)が、ヒト又は動物に、同時に、同じ瞬間に投与されることを意味する。
【0130】
特定の実施形態によれば、前記組合せの化合物(i)及び(ii)は、別々に又は順次投与される。そして、それらは、いくつかの(少なくとも2つの)剤形(例えば、2つの異なるカプセル)において、事前に混合することなく、別々に投与され、採用される。したがって、前記組合せは、一方では化合物(i)の、他方では化合物(ii)の、異なる組成物での提示に相当する。
【0131】
化合物(i)及び化合物(ii)が時間的に順次投与される場合、投与の順序は重要ではなく、化合物(i)の投与が化合物(ii)の投与に先行することも後続することも可能である。特定の実施形態によれば、化合物(i)又は化合物(i)の少なくとも1つは、化合物(ii)又は化合物(ii)の少なくとも1つが投与される前に、投与される。あるいは、化合物(ii)又は化合物(ii)の少なくとも1つは、化合物(i)又は化合物(i)の少なくとも1つが投与される前に投与されることができる。
【0132】
表現「順次使用」は、本発明による組合せの前記化合物(i)又はそのうちの1つと前記化合物(ii)又はそのうちの1つが、同時にではなく、時間的に別々に、他の1つの後に投与されることを意味する。
【0133】
用語「先行」又は「先行する」は、本発明による組合せの化合物(又は複数の化合物)が、前記組合せの他の化合物の投与の前に、数分若しくは数時間、又は数日前に投与される場合に使用される。逆に、本発明による組合せの化合物(又は複数の化合物)が、前記組合せの他の化合物の投与の数分後若しくは数時間後、又は数日後に投与される場合、用語「以下」又は「以下の」が使用される。
【0134】
さらに、特定の実施形態によれば、本発明による組合せの化合物(i)及び(ii)は、1時間又は数時間の間隔、好ましくは1-、2-、3-又は4時間の間隔、より好ましくは1-又は2時間の間隔、さらに好ましくは1時間の間隔での投与のために製剤化される。
【0135】
組合せの化合物(i)及び化合物(ii)は、それらの摂取を容易にするために処方することができ、特に、上記で定義した1つ以上の担体、希釈剤又はアジュバント、又はそれらの組合せで処方することができる。
【0136】
さらに、本発明による組合せの化合物(i)及び化合物(ii)は、同じ投与経路によって投与することができ、又は一方では、異なる投与経路によって投与することができる。可能なガレノス形態及び投与経路は、上述したものである。
【0137】
本発明はまた、医薬品として、特に抗ウイルス剤として、より詳細には抗レトロウイルス剤として使用するための、本発明による抗ウイルス組成物に関するものである。より正確には、前記抗ウイルス組成物又は前記組合せは、哺乳動物又はヒトにおけるウイルス感染症、特に本願で定義するウイルスによって引き起こされる感染症、より詳細にはウイルス複製を阻害するための予防及び/又は治療において使用することが可能である。
【0138】
本発明はまた、哺乳動物又はヒトにおけるウイルス感染症、特に本出願で定義されるようなウイルスによって引き起こされる感染症の予防及び/又は治療のための医薬組成物の製造における、本発明による抗ウイルス組成物の使用に関する。
【0139】
本発明はまた、本願に記載のウイルスに感染した動物又はヒトを治療する方法に関し、前記方法は、本発明による式(I)の化合物又はその塩を投与する少なくとも1つの工程を含むものである。
【0140】
前記治療方法は、特に、ウイルス感染、特に本願で定義されるようなウイルスに感染したヒト又は動物における予防及び/又は治療に適しており、その使用を意図している。
【0141】
より詳細には、前記治療方法は、ウイルスに感染した動物又はヒトにおけるウイルスの複製を防止及び/又は阻害するために使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0142】
本発明の化合物Q-VE-OPhは、
図1及び
図2において「QVG」(ここで、Gはグルタミン酸を表す)とも呼ばれるものである。
【
図1】
図1は、本発明の化合物Q-VE-OPhは、インビトロでHIV-1複製に対する抗ウイルス効果を有することを示す: 実験室のウイルス株であるHIV-1 laiを感染させたCD4 Tリンパ球において、20μMの濃度で添加した各種分子の存在下で2日間ずつウイルスカプシド蛋白質P24の細胞内染色を行った後のフローサイトメトリーによる解析。感染していないCD4 T細胞はネガティブコントロールとした。染色は、感染後5日目と6日目に行った(PI)。
【
図2】
図2は、本発明のQ-VE-OPh分子は、HIV-1のウイルス複製を阻害し、したがってCD4 T細胞を死から救うことを示す: 実験室のウイルス株であるHIV-1 laiに感染したCD4 Tリンパ球を、20μMの濃度で添加した各種分子の存在下で2日間ずつ実施したアネキシンV染色のフローサイトメトリー分析。感染していないCD4 T細胞はコントロールとした。染色は感染後5日目に行った(PI)。
【
図3】
図3は、Q-VE-OPhのVero E6細胞に対する毒性試験を示す: 非感染(NI)又はMOI0.05でウイルスに感染し、異なる濃度のQ-VE-OPh(25μM、50μM、100μM)と共にインキュベートしたVeroE6細胞を各ウェルから感染後72時間目に集め、PBSで2回洗浄してから4℃で30分間生存率固定染料染色を行った。細胞はその後洗浄し、2%パラホルムアルデヒド(FPA)で固定した後、フォルテッサ・フラックス・サイトメーターで解析した。各条件で3回ずつ、30,000イベントを記録した。解析はFlowJoソフトウェアで行い、各条件の3倍の結果から解析レポートに従って生存率のパーセンテージを算出した。結果は、各条件について3点ずつ独立した実験による平均+SD(n=4)を表す。
【
図4】
図4は、SARS-CoV-2による感染及び死亡率に対するQ-VE-OPhの効果(完全処理(full treatment)時)を示す。感染細胞におけるSars-CoV-2スパイク(S)タンパク質の発現をフローサイトメトリーで、Sars-CoV-2スパイク(S)及びヌクレオカプシド(N)タンパク質の発現をウェスタンブロットで検出した:A)非感染(NI)又はMOI0.05でウイルスに感染したVero E6細胞を、異なる濃度のQ-VE-OPh(25μM、50μM、100μM)又はレムデシビル(Rem 10μM)と1時間インキュベートしてから、MOI=0.05のウイルスに72時間感染させた。その後、培養液からウイルスを除去することなく、実験終了まで薬剤含有培地で培養した(完全処理)。感染後72時間後に細胞を回収し、染色して死亡率及び感染率解析を行った。感染率は、解析の各プロットで表される。B)結果は、未処理対照群と比較したSpikeタンパク質染色の発現抑制%の平均+SEMを表す(n=3)。C)Vero E6細胞を、A)に記載の条件と同じ条件で、指示濃度のQ-VE-OPh又はレムデシビル(Remd 10μM)で前処理した。感染のネガティブコントロールとして、非感染細胞を含むウェルを実施した。感染後72時間で、細胞をRIPAバッファにより溶解し、Spikeタンパク質(S)、全長及びS1ドメイン、ヌクレオカプシドタンパク質(N)の発現を検出するためにウェスタンブロット分析を行った。GAPDHはローディングコントロールとして使用した。結果は、各条件につき3点の独立した4つの実験からの平均±SDを表す。
【
図5】
図5は、完全処理条件下でのQ-VE-OPhのインビトロにおけるSARS-CoV-2に対する抗ウイルス活性を示す。感染細胞上清中のウイルス収量をqRT-PCRで定量化した:A-B)Vero E6細胞を、MOI=0.05でウイルスに感染させる前に、Q-VE-OPhペプチド(「QVE」)で1時間前処理した。その後、実験終了まで薬剤含有培地で培養した(完全処理)。感染後72時間目に上清を回収し、ウイルスRNAを抽出した。SARS-CoV-2 N及びNSP6遺伝子のいずれかに対するプローブを用いて、上清にリアルタイムPCR分析を行った。結果は平均+SEMを表す(n=3)。平均値間の差は、一元配置分散分析テストとダネットのポストホックテストを用いて検討した。
***p<0.001は無処置群との比較。(レムデシビル=Remdisivir)
【
図6】
図6は、エントリー後のSARS-CoV-2による感染症及び死亡率に対するQ-VE-OPhの効果を示す。感染細胞におけるSars-CoV-2スパイク(S)タンパク質の発現を検出するためのフローサイトメトリー分析と、Sars-CoV-2スパイク(S)及びヌクレオカプシド(N)タンパク質の発現を検出するためのウェスタンブロット分析:A)Vero E6をMOI0.05で2時間ウイルスに感染させた後、ウイルスを培地から除去した。次に、細胞を異なる濃度のQ-VE-OPh(25μM、50μM、100μM)又はレムデシビル(Remd 10μM)と共に72時間培養した(ポストエントリー)。これらの薬剤は、実験終了まで毎日異なる濃度の培地に添加された。72時間後に感染後の細胞を採取して染色し、死亡率と感染率を分析した。感染率は各分析プロットで表される。B)結果は、無処置対照群と比較したスパイクタンパク質染色の発現抑制率の平均+SEMを表す(n=3)。C)Vero E6細胞を感染させた後、指示濃度のQ-VE-OPh又はA)と同じ条件のレムデシビル(Remd 10μM)で処理した。感染のネガティブコントロールとして、非感染細胞を用いたウェルを実施した。感染後72時間で、細胞をRIPA緩衝液で溶解し、ウェスタンブロット分析を行って、スパイクタンパク質(S)、全長及びS1ドメイン、ヌクレオカプシドタンパク質(N)の発現を検出した。負荷制御にはGAPDHを使用した。結果は、条件ごとに3つの独立した点を持つ4つの独立した実験からの平均±SDを表す。
【
図7】
図7は、ポストエントリー条件のインビトロにおけるSARS-CoV-2に対するQ-VE-OPhの抗ウイルス活性を示す。感染細胞上清中のウイルス収量はqRT-PCRによって定量された:A-B)Vero E6細胞に、MOI=0.05のウイルスを2時間感染させた。その後、培地からウイルスを除去した。次に、細胞を異なる濃度のQ-VE-OPh(QVE、25μM、50μM、100μM)又はレムデシビル(Remdisivir、10μM)と共に72時間インキュベートした(ポストエントリー)。薬剤は、実験終了まで毎日、異なる濃度の培地で添加した。感染後72時間で、上清を回収し、ウイルスRNAを抽出した。SARS-CoV-2 N及びNSP6遺伝子のいずれかに対するプローブを用いて、上清にリアルタイムPCR分析を行った。結果は平均+SEMを表す(n=3)。平均値間の差は、一元配置分散分析テストとダネットのポストホックテストを用いて検討した。未処理群と比較して、
***p<0.001。
【
図8】
図8は、SARS-CoV-2による感染及び死亡率に対するQ-VE-OPhの効果を示す。感染細胞におけるSars-CoV-2スパイク(S)タンパク質の発現を検出するためのフローサイトメトリー解析、Sars-CoV-2スパイク(S)及びヌクレオカプシド(N)タンパク質の発現を検出するためのウェスタンブロット解析:A)非感染(NI)又はMOI0.05のウイルスに感染したVero E6細胞を、異なる濃度のQ-VE-OPh(25μM、50μM、100μM)又はレムデシビル(Remd 10μM)と1時間インキュベートしてから、MOI=0.05のウイルスに2時間感染させた。その後、ウイルスと薬剤を含む培地を除去し、実験終了まで何も処理せずに新鮮な培地に置き換えた(Entry)。感染後72時間後に細胞を回収し、染色して死亡率及び感染率解析を行った。感染率は、解析の各プロットで表されている。B)Vero E6細胞をA)と同じ条件で感染前に指示濃度のQ-VE-OPh又はレムデシビル(Remd 10μM)で1h前処理した。感染のネガティブコントロールとして、非感染細胞を含むウェルを行った。感染後72時間に、RIPAバッファによって細胞を溶解し、Spikeタンパク質(S)、全長及びS1ドメイン、並びにヌクレオカプシドタンパク質(N)の発現を検出するためにウェスタンブロット分析を行った。GAPDHはローディングコントロールとして使用した。結果は、各条件につき3点の独立した4つの実験からの平均±SDを表す。
【実施例】
【0143】
実施例1
本発明の化合物Q-VE-OPhは、HIVウイルスに対する抗ウイルス効果について、他の分子と比較試験を行っている。
【0144】
このアッセイにおける被検分子は、:
-Q-VE-OPh(Q-VD-OPhネガティブコントロール):本発明の式(I)の化合物。
-Q-VD-OPh(非メチル化形態、「QVD-非メチル化」)(カスパーゼ阻害剤):比較。
-Q-VD-OPh(メチル化体、「QVD-メチル化」)(カスパーゼ阻害剤):比較品、及び
-VX-765(カスパーゼ-1阻害剤):比較、である。
【0145】
プロトコル
健康なドナーの血液から分離し、磁気ビーズ(Miltenyi社のTCD4分離キット)で選別したCD4 Tリンパ球を、HIV-1 laiウイルス(研究室で使用している株ウイルス)非存在下又は存在下で培養した。感染24時間後、5μg/mlの濃度のConcanavalin A(ConA)とIL-2(100U/ml)により6日間細胞を活性化させた。異なる分子を20μMの濃度で、各条件の感染後の細胞培養に直接加えた。各分子の同じ量を2日おきに細胞に加えた。
【0146】
結果
CD4Tリンパ球におけるウイルス複製に対する本発明のQ-VE-OPhの効果を検出するために、本発明者らは、感染後4、5及び6日目にウイルスカプシドタンパク質、P24の細胞内染色を用いたフローサイトメトリー分析を評価した。さらに、5日目にアネキシンV-FITCを用いたアポトーシスに対する死亡率試験を行った。
【0147】
I- 本発明のQ-VE-OPhは、HIVウイルスのウイルス複製を阻害する。
Q-VE-OPhの抗ウイルス効果は、細胞内のP24カプシドタンパク質の産生量を測定することによって測定した。異なる分子であるQVD-メチル化、QVD-非メチル化、Q-VE-OPh及びVX-765を感染初日から2日毎に20μMの用量で、培養中のT CD4活性化細胞上に添加し、その効果を測定した。
【0148】
カプシドウイルスタンパク質P24の検出のためのフローサイトメトリー分析を実施した。実験の結果、抗カスパーゼ活性を持たない本発明のQ-VE-OPh分子は、比較対象のQ-VD-OPh分子(メチル化体又は非メチル化体)と同じ抗ウイルス効果を有することが分かった。これらの試験を実施し、これらの結果を示したのは初めてである。
【0149】
これは、QVD分子の抗ウイルス活性が、その抗カスパーゼ活性とは無関係であることを証明するもので、非常に興味深い結果である。特異的なカスパーゼ-1阻害剤であるVX-765は、HIVウイルスのウイルス複製に影響を及ぼさない。本発明の化合物Q-VE-OPhは、インビトロでHIV-1複製に対する抗ウイルス効果を有する(
図1)。
【0150】
II- 本発明のQ-VE-OPhは、CD4 T 細胞の細胞死又はアポトーシスを減少させる。
HIV-1ウイルスは感染したCD4 T細胞をアポトーシスにより死滅させるため、全ての条件下で感染後5日目にアネキシンV表面染色を行った後、フローサイトメトリーにより細胞死亡率を解析した結果、CD4 T細胞のアポトーシスを抑制することがわかった。
【0151】
その結果、本発明のQ-VE-OPh分子存在下の細胞は、感染細胞やカスパーゼ-1阻害剤VX-765存在下の細胞よりもはるかに少ない死亡率を示し、非感染細胞よりもさらに良好であることがわかった。結果は、QVD-メチル化とは対照的に、QVD-非メチル化でも同じでした。
【0152】
これらの結果は、本発明のQ-VE-OPh分子は抗カスパーゼ活性を有さないため、CD4 Tリンパ球が細胞死から救われるのは、感染しないため(分子の抗ウイルス効果による保護)であり、カスパーゼ阻害のためではないことを証明している。本発明のQ-VE-OPh分子は、HIV-1のウイルス複製を阻害するため、CD4 T細胞を死から救うことができる(
図2)。
【0153】
結論
これらの結果は、本発明のQ-VE-OPhがHIV-1ウイルスのウイルス複製を抑制する効果を初めて示したものである。これらの結果は、Q-VE-OPhがQ-VD-OPh分子のカスパーゼ活性のネガティブコントロールであり、Q-VD-OPhの抗ウイルス作用がカスパーゼを阻害する機能によるものではないことが初めて示されたため、非常に重要な結果であった。実際、上記の結果は、カスパーゼ阻害活性を持たないネガティブコントロール分子(本発明のQ-VE-OPh)によって、この抗ウイルス活性が維持されることを示している。
【0154】
実施例2
材料と方法
細胞、ウイルス、薬剤
アフリカミドリザル腎臓のVero E6細胞株は、ボルドー大学のAndreola Marie-Aline博士の好意により入手し、イーグル培地(ダルベッコ改変イーグル培地;Gibco Invitrogenに10%熱不活性化FBS、1%PS(ペニシリン 10,000U/ml、ストレプトマイシン 10,000μg/ml)添加)(Gibco Invitrogen)で37℃、湿度5%のCO2で維持した。BetaCoV/France/IDF0372/2020株は、Institut Pasteur(フランス、パリ)が主催する呼吸器系ウイルス国立参照センターから提供され、Pr.Sylvie van der Werfが責任者である。BetaCoV/France/IDF0372/2020株が分離されたヒト試料は、Dr.X.LescureとPr.Y.Yazdanpanah(フランス、パリ、Bichat病院)より提供された。さらに、BetaCoV/France/IDF0372/2020株は、欧州連合のHorizon 2020研究・革新プログラムから助成金契約番号653316の下で資金提供を受けているプロジェクト、European Virus Archive goes Global (Evag) platformを通じて提供された。すべての実験に使用したウイルス力価は4×106 PFU/mLであった。すべての感染実験は、CRC(Cordelier Research Center)のバイオセーフティレベル3(BLS-3)の実験室で行われた。Q-VE-OPhはクリニシエンス社(Cat no.1171,Biovision)、レムデシビルはCOGER社(Cat no.AG--CR1-3713-M005)より購入した。
【0155】
抗ウイルス活性、毒性、及び感染抑制の評価
Vero E6細胞に対するQ-VE-OPhの毒性及び抗ウイルス効果を評価するため、本発明者らはフラックスサイトメトリーにより死亡率%及び細胞感染率%を測定した。細胞は、24ウェルの細胞培養用シャーレで75×104個/ウェルの密度で一晩培養した。翌日、細胞を標記Q-VE-OPh又はレムデシビルの各用量で1時間前処理した。続いて、ウイルスをMOI 0.05で添加し、250μl/wellで1時間感染させた。1時間後、完全培地を最終容量500μl/wellとなるように細胞培養に加えた。薬剤は毎日、同じ濃度で細胞培養に添加した。感染後72時間で、細胞上清を回収し、ウイルス抽出とq-PCR増幅のために-80℃で直ちに凍結した。細胞を回収し、一部をフラックスサイトメトリー解析に用いて、製造元の指示に従い、Cytofix/cytoperm fixation permeabilization kit (Cat no. 554714, BD) を用いてスパイクタンパク質(SARS-CoV-2 Spike Protein-Alexa 647, Cat no. 51-6490-82, eBioscience)に対する細胞内染色により感染阻害度を測定した。毒性は、生存率405/452固定染料(Cat no. 130-109-814, Miltenyi Biotec社製)を用いて、製造者の指示に従って分析した。簡単に言うと、細胞をPBSで2回洗浄してから、4℃で30分間、生存率固定染料染色を行った。その後、Cytofix/cytopermバッファで20分間細胞を透過処理し、permawashバッファで2回洗浄後、抗スパイク-Alexa 647を添加して4℃で30分間染色した。染色後、細胞を2%パラホルムアルデヒド(FPA)で固定し、Fortessa Flux Cytometerで解析した。各条件について、30000イベントを3回記録した。解析はFlowJo Softwareを使用して行った。細胞の他の部分は、さらなる定量化と免疫ブロッティング分析のために、プロテアーゼ(Roche)とホスファターゼ阻害剤(Invitrogen)を含むRIPA溶解バッファ(Invitrogen、カタログ番号10230544)で溶解された。各条件は、同じ実験において3回(n=3)行い、3つの独立した実験を繰り返した。
【0156】
Q-VE-OPhの添加時間実験
本発明のQ-VE-OPh(25、50、100μM)、及びレムデシビル(10μM)を、添加時間実験に使用した。Vero E6細胞(5×104細胞/ウェル)を、ウイルス感染の異なる段階でQ-VE-OPh、レムデシビル、又はDMSOで処理した。「フルタイム」処理では、Vero E6細胞をウイルス感染前に1時間薬剤で前処理し、その後、実験終了まで薬剤存在下で2時間ウイルスとインキュベートした。「エントリー」処理では、ウイルス感染の1時間前に薬剤を細胞に添加し、2時間のウイルス付着プロセス中も維持した。その後、ウイルスと薬物の混合物を、実験終了まで薬物を含まない新鮮な培養液に交換した。「ポストエントリー」実験では、ウイルスを細胞に添加して2時間感染させた後、ウイルス含有上清を実験終了まで薬剤含有培地と交換した。DMSO投与群の実験条件は、「フルタイム」群の実験条件と同じであった。すべての実験群について、細胞をMOI 0.05でウイルスに感染させ、72時間p.i.で、細胞上清及び細胞溶解液をそれぞれqRT-PCR及びウェスタンブロット解析のために採取した。また、細胞はフラックスサイトメトリーにより、スパイクタンパク質の細胞内発現を解析し、死亡率及びウイルス複製を確認した。
【0157】
ウイルスRNA抽出及び定量的リアルタイムRT-PCR(qRT-PCR)
200μLの細胞培養上清を採取し、MiniBEST Viral RNA/DNA Extraction Kit(Takara,Cat no.9766)を用いて、メーカーの説明書に従ってウイルスRNAの抽出を行った。RNAは30μLのRNAase Free waterで溶出させた。PrimeScript RT Reagent Kit with gDNA Eraser(Takara,Cat no.RR047A)を用いて、メーカーの推奨する手順に従い、Total RNAをcDNAに変換した。定量的PCRはTB Green Premix Ex Taq II(Takara Cat no.RR820A)を用いて行った。各反応は、1μLの各プライマー[0.4μM/μL]、2μlのcDNA(5ng/μL)、12.5μlのTB Green Premix Ex Taq II及び8.5μLのRnase free Waterを含む総容量25μlから構成されている。
【0158】
Bio Rad CFX384 Real-Time system PCR Machineを使用してReal-time PCRを実施した。使用したサーマルサイクリング条件は以下の通り:初期変性:95℃、30秒、その後96℃、5秒、60℃、30秒の増幅を40サイクル行った。Abdel-Sater et al(2021年1月29日;A Rapid and Low-Cost protocol for the detection of B.1.1.7 lineage of SARS-CoV-2 by using SYBR Green-Based RT-qPCR. medRxiv preprint doi: https://doi.org/10.1101/2021.01.27.21250048)によって設計及び記載されたSARS-CoV-2 N及びNSP6遺伝子に使用したプライマーをEurofins社から購入した。
N-qF:CGTTTGGTGGACCCTCAGAT(配列番号1)
N-qR:CCCCACTGCGTTCTCCATT(配列番号2)
NSP6-qF:GGTTGATACTAGTTTGTCTGGTTTT(配列番号3)
NSP6-qR:AACGAGTGTCAAGACATTCATAAG(配列番号4)。
【0159】
SARS-CoV-2 cDNA(N及びNSP6遺伝子のCt~20)をポジティブコントロールとして使用した。算出されたCt値は、ΔCt法(ウイルスRNAの変化量=2^ΔCt)により、コントロールに対する処理サンプルの減少量に変換された。
【0160】
ウェスタンブロット解析
ウェスタンブロット解析では、タンパク質サンプルを4-12% NUPAGE SDS-PAGE(Invitrogen)で分離し、ニトロセルロース膜(Amersham Bioscience)にトランスファーした。0.05% Tween(登録商標)20を含むTBSバッファーの5% BSAでブロックした後、ブロットをマウス抗スパイク抗体(S1-NTD)(E7M5X)(1/2000,Ozyme,Cat.No.42172S)と抗N抗体(1:10000希釈,Fisher scientific,Cat.MA536086)を一次抗体として、二次抗体には西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)標識のGoat-Anti-Mouse IgG又はGoat-Anti-Rabbit IgG(Invitrogen)をそれぞれ使用した。タンパク質バンドは、CCDカメラ(Syngene Pxi-4)を用いてECL化学発光基質(Pierce)により検出した。
【0161】
統計分析
平均値間の統計解析は、一元配置分散分析検定に続いて、有意性を決定するためのダネットのポストホック検定を、GraphPad Prismソフトウェア(GraphPad Software Inc., 米国)を使用して行った。値は平均値±S.E.M.として与えられ、p値<0.05%は有意であるとみなされた。
【0162】
結果
異なる濃度のQ-VE-OPhペプチドで処理した場合、Vero E6細胞はMOI 0.05でウイルスに感染していてもいなくても、感染後72時間は毒性効果を示さなかった(
図3)。
【0163】
SARS-Cov-2スパイクタンパク質に対する細胞内染色と死亡率を測定するための生存率色素を用いたフラックスサイトメトリー解析により、異なる濃度のQ-VE-OPhの抗ウイルス作用と死亡率を評価した。試験中、ポジティブコントロールとしてレムデシビルを使用した。
【0164】
その結果、Q-VE-OPhは25μMの用量でSARS-CoV-2の細胞内侵入後のウイルス複製を阻害し(侵入後抗ウイルス効果)(阻害率は約70%)、50μMの濃度で完全に阻害する(阻害率は約99%)ことがわかった。この効果は感染後72時間の間に50μMの連日投与で見られた。Q-VE-OPh処理により、感染細胞内のウイルスのスパイクタンパク質及びヌクレオカプシドタンパク質の発現を著しく減少させることができた。この減少はレムデシビルで得られたものと同等であった(
図4、
図6)。実際、Q-VE-OPh処理は、完全処理及び感染後の条件において、感染細胞の上清中のヌクレオカプシド(N)タンパク質(構造タンパク質)及びアクセサリータンパク質ORF6(NSP6)遺伝子の相対発現を有意に減少させることができた(
図5、
図7)。
【0165】
しかし、Q-VE-OPhは、使用した用量にかかわらず、感染時のウイルスの細胞内への侵入に対する有意な効果は観察されなかった(
図8)。
【0166】
以上のことから、本発明によるQ-VE-OPhは、100μMの濃度で3日間添加しても、毒性はなく、細胞内のウイルス複製を阻害し、ウイルス産生及び新規感染を防ぐことにより、インビトロでのSARS-CoV-2感染抑制に高い効果があることが示された。
【配列表】
【国際調査報告】