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特表2023-528294神経幹細胞の誘導およびオルガノイド形成におけるTGF-β阻害剤の使用
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  • 特表-神経幹細胞の誘導およびオルガノイド形成におけるTGF-β阻害剤の使用 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-07-04
(54)【発明の名称】神経幹細胞の誘導およびオルガノイド形成におけるTGF-β阻害剤の使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0797 20100101AFI20230627BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230627BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20230627BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20230627BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230627BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20230627BHJP
【FI】
C12N5/0797
C12Q1/02
A61K35/30
A61P25/00
C12N15/09 Z ZNA
C12N5/10
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022571250
(86)(22)【出願日】2021-01-08
(85)【翻訳文提出日】2023-01-18
(86)【国際出願番号】 CN2021070894
(87)【国際公開番号】W WO2021232830
(87)【国際公開日】2021-11-25
(31)【優先権主張番号】PCT/CN2020/091041
(32)【優先日】2020-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(31)【優先権主張番号】202011544349.3
(32)【優先日】2020-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】522453304
【氏名又は名称】アイリジーン セラピューティクス エルティーディー
(74)【代理人】
【識別番号】110003797
【氏名又は名称】弁理士法人清原国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ウェイ,ジュン
(72)【発明者】
【氏名】ツァイ,モン
(72)【発明者】
【氏名】ニウ,ルーモン
(72)【発明者】
【氏名】ジョウ,ジア
(72)【発明者】
【氏名】ホウ,モンイン
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR41
4B063QR48
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS11
4B063QX01
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA01
4B065BB05
4B065BB19
4B065BC41
4B065BC50
4B065CA44
4B065CA46
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA04
4C087BB45
4C087NA05
4C087NA14
4C087ZA01
(57)【要約】
本発明は、神経再生分野におけるTGF-β低分子阻害剤の新規用途として、様々な神経細胞や脳オルガノイドを体外で再生、指向性分化させる方法を提供するものである。 化学成分が明示された一連の基礎培地に添加することで、多能性幹細胞を複数の神経幹細胞由来の成体幹細胞に転換させることにより、誘導によって得られる神経細胞数およびオルガノイドサイズを大幅に改善させることができる。本発明が提供する誘導系は、外胚葉細胞の誘導、分化の分野において、単一の低分子の新しい能力を拡大する一方で、B27などの代用血清の使用を避けることで、細胞培養過程における動物由来成分の存在に伴う潜在リスクを完全に排除し、複数の神経細胞移植の臨床的展望を大幅に拡大するものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TGF-β阻害剤が、4-[2-(6-メチルピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]キノリン-6-カルボキサミドであることを特徴とする、神経幹細胞の誘導及びオルガノイド形成の誘導におけるTGF-β阻害剤の使用。
【請求項2】
前記TGF-β阻害剤を基礎培地内に添加して、神経幹細胞誘導培地を形成することを特徴とする、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記基礎培地が、DMEM/F12培地であって、最小必須培地非必須アミノ酸、塩化ナトリウム、亜セレン酸ナトリウム、インスリン、および組換えヒトトランスフェリンから構成されることを特徴とする、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記基礎培地が、DMEM/F12培地、1%最小必須培地非必須アミノ酸、0.1~0.8g/Lの塩化ナトリウム、13.6μg/Lの亜セレン酸ナトリウム、20ng/ml~42μg/mlのインスリン、および50~180ng/mlの組換えヒトトランスフェリンから構成されることを特徴とする、請求項3に記載の使用。
【請求項5】
前記TGF-β阻害剤が10nM~100μMの濃度で存在することを特徴とする、請求項2に記載の使用。
【請求項6】
前記TGF-β阻害剤の濃度は、12.5μMであることを特徴とする、請求項5に記載の使用。
【請求項7】
前記基礎培地は、0.5g/L塩化ナトリウム、13.6μg/L亜セレン酸ナトリウム、22ug/mlインスリン、および100ng/ml組換えヒトトランスフェリンから構成されることを特徴とする、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
前記神経幹細胞の形成は、神経幹細胞誘導培地を用いて多能性幹細胞を接着培養する工程を含むことを特徴とする、請求項2に記載の使用。
【請求項9】
前記多能性幹細胞は、哺乳類の多能性幹細胞であることを特徴とする、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
前記多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞であることを特徴とする、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記接着培養は、基底膜製剤の存在下で行われることを特徴とする、請求項8に記載の使用。
【請求項12】
前記基底膜製剤は、基底膜ゲル、ラミニンおよびビトロネクチンの1種または2種以上を組み合わせたものであることを特徴とする、請求項11に記載の使用。
【請求項13】
前記神経幹細胞は、痛覚受容体神経ニューロン、光受容体神経ニューロン、ドーパミン作動性神経ニューロンからなる群から選ばれる1つ以上の神経ニューロンへ分化することを特徴とする、請求項8に記載の使用。
【請求項14】
請求項8に記載の工程で得られた神経幹細胞を用いた、神経損傷の治療薬の調製への使用。
【請求項15】
オルガノイド形成は下記の工程、
(1)請求項7に記載の神経幹細胞誘導培地を用いて、10μMのROCK阻害剤Y-27632を添加し、多能性幹細胞浮遊細胞団を培養する工程、
(2)翌日に、神経幹細胞誘導培地を交換し、10日目まで毎日培地を交換する工程、
(3)10日目に請求項3の基礎培地に交換し、さらに2%B27細胞培養添加剤を添加し、120日目まで培養する工程、
を含むことを特徴とする、請求項1に記載の使用。
【請求項16】
請求項15に記載の工程で得られたオルガノイドを用いた、神経疾患治療薬のスクリーニングでの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物分野に属し、具体的には神経幹細胞の誘導およびオルガノイド形成におけるTGF-βの低分子阻害剤の使用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
外胚葉は、胚の発育過程で形成される最も外側の層であり、器官形成が始まると、外胚葉の細胞は次第に脳、脊髄、感覚器などの重要なシステムへと分化していく。その中、神経系は、思考、感情、知覚、運動などの機能を司る重要なシステムである。腫瘍などの疾患と比較すると、神経疾患は現在使用できる薬剤が少なく、開発期間も長い。その最も重要な原因の一つは、外胚葉の系譜の中にある様々な前駆細胞の特異性であり、例えば前駆神経細胞が再生できないことにより、神経疾患の薬剤の体外でのスクリーニングプラットフォームが不足していることである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
外胚葉細胞の体外再生は、薬剤のスクリーニングに利用できるほか、多種類の変性疾患の治療に利用することが可能である。例えば、現在加齢に伴う一般的な疾患であり、治療や介護に多大な費用がかかるとともに、有効な治療薬がない神経変性疾患などの治療へ利用できる。神経変性疾患には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病(PD)、アルツハイマー病(AD)などが含まれる。世界保健機関(WHO)によると、中国では2050年に神経変性疾患を患う人が3000万人を超え、予想される医療費は1兆人民元を超えるという。現在、主な治療法は、脳内で不足しているレボドパを補ったり刺激したりする薬物療法、神経核破壊療法、脳深部電気刺激療法などがあるが、良い効果を得られていない。「異常不随意運動」「薬効の変動」などをもたらし生活の質に重大な影響をもたらす可能性がある。
【0004】
神経変性疾患の外、脊髄損傷(spinal cord injury,SCI)は外傷性神経疾患としてよく知られている。海外の統計によると、SCI患者の治療とリハビリにかかる費用は生涯で平均75万米ドル以上であり、米国ではSCI患者のために年間60億米ドル以上の費用が費やされている。中国におけるSCIの有病率は欧米先進国より高く、高い治療費用、長いリハビリ期間、および労働能力の喪失は、本人や家族に大きな影響を与え、社会にも大きな負担を与えている。
【0005】
神経変性疾患や脊髄損傷の研究における難しいところは、中枢神経系における神経細胞が再生できないことにある。体外の疾患モデルの少なさは基礎研究の制限要因である。これらの疾患は中枢神経系の不可逆的な損傷によって引き起こされるものである。神経細胞には、神経幹細胞、成熟した神経ニューロン、星状膠細胞および乏突起膠細胞などの様々な神経細胞が含まれる。現在神経細胞株は限られており、そのほとんどが神経系腫瘍の細胞株であり、システム構築の過程でEBウィルスの存在が不安定要因となっている。神経細胞は体外で継代することが容易ではなく、胚および胎児由来の神経幹細胞は倫理的な制約により広く利用することができない。現在、神経幹細胞の同種移植は臨床的に一定程度の効果が得られているにも関らず、上記の要因はいずれも、関連疾患のさらなる臨床的な進展を妨げている。
【0006】
2006年、山中伸弥のチームは、OCT4、SOX2、KLF4、およびc-Mycという4つの転写因子の「山中カクテル」を発明し、分化して成熟した皮膚線維芽細胞を多能性幹細胞にリプログラムすることに成功した。この幹細胞は人工多能性幹細胞(iPSC)と呼ばれている(Takahashi K, et al., Cell, 2006, 126(4) pp.663-676; Takahashi K and Yamanaka S, Cell, 2007, 131(5) pp.861-872)。これらの幹細胞は、胚性幹細胞(embryonic stem cells)と同様の分化能力を持ち、ヒトの発育における最も基本的な胚の3層である外胚葉、中胚葉、内胚葉を形成し、最終的には様々な成体細胞を形成する能力を有している。この発明は、ヒト胚性幹細胞を医療に用いる際の倫理的制約を打破し、細胞移植治療における免疫拒絶反応の問題を解決し、幹細胞技術の臨床医療における可能性を大きく広げるものである。胚性幹細胞や人工多能性幹細胞(iPSC)などの全能性幹細胞や多能性幹細胞を外胚葉細胞の誘導分化の原料として用いることは、臨床治療の新しいアイデアとなり、外胚葉細胞の臨床医療における可能性を大きく広げることになると考えられる。
【0007】
神経系を例として、現在再生医学の分野では、「SMAD経路二重抑制法(Dual SMAD inhibition)(Chambers SM, et.al., Nat Biotechnol, 2009, 27(3):275-80)」 が神経幹細胞や神経ニューロンを誘導する方法として採用されている。この方法で得られた神経幹細胞は他の種類の神経ニューロン細胞へ分化させることができる。その原理はBMPおよびTGF-βの抑制で初期胚発生のシグナル伝達経路を模倣し、神経幹細胞の発生を誘導するものである。LDN-193189とSB431542は、広く使われている2つの化学的低分子阻害剤であって、それぞれBMP4経路のALK2とALK3、およびTGF-β経路のALK5に作用して移植内胚葉と中胚葉形成させ、これにより外胚葉の発育と神経の発生を誘導する。この方法により、血清類成分(Knockout Serum Replacement)の存在下で誘導された神経細胞を得ることができる(Chambers SM, et.al., Nat Biotechnol,2013,30(7): 715-720)。しかし、SMAD経路二重抑制法(Dual SMAD inhibition)を使用して得られた神経細胞は、他の不完全分化した細胞が混在することが多い。これは非同期的な細胞分化の結果であり、そのような細胞の存在は移植治療の効果に一定程度の影響を与える可能性があり、同時に安全性にも問題がある。したがって、いかにして高純度な分化細胞を得るのかは、細胞移植における緊急の技術的課題である。
【0008】
本発明で使用するガルニセルチブ(Galunisertib)(LY2157299)は、標準化学名は、4-(2-(6-メチルピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル)キノリン-6-カルボキサミド(4-(2-(6-methylpyridin-2-yl)-5,6-dihydro-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl) quinoline-6-carboxamide)、その他の化学名2-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-3-(6-カルバモイル-キノリン-4-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール(2-(6-Methyl-pyridin-2-yl)-3-(6-Carbamoyl-quinolin-4-yl)-5,6-dihydro-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazole)、または、4-[5,6-ジヒドロ-2-(6-メチル-2-ピリジニル)-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]-6-キノリンカルボキサミド(4-[5,6-Dihydro-2-(6-methyl-2-pyridinyl)-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl]-6-quinolinecarboxamide)、またはLY-2157299、LY2157299である。TGF-β受容体I(TGF-βRI、ALK5)の低分子阻害剤である。LY2157299は現在、肝がんおよび膠芽種細胞がんに対する抗がん活性について第II床評価段階にある(Giannelli G1, Villa E, Lahn M. Transforming Growth Factor-β as a Therapeutic Target in Hepatocellular Carcinoma. Cancer Res. 2014 Apr 1;74(7):1890-4 )。TGF-βシグナルの経路を阻害することにより腫瘍の増殖、侵襲および転移過程を抑制する。さらに複数の研究によって、LY2157299は、CTGFの生産を阻害し、新しい血管の生成を抑制することで、がん細胞の増殖を抑制することが明らかになった。現在、この分子の利用の中心は、肺がん、肝臓がん、神経膠芽腫の治療薬の開発および治療であって(Pharmaceutics.2020 May 18;12(5):459)、神経再生分野での応用例は開示されていない。
【0009】
本発明は以下の利点を有する。神経細胞の誘導に複数の化学的低分子ではなく、1つの化学的低分子を用いるため、現在国際的に普及している複数の低分子を組み合わせた誘導方法と比較して、生産コストを大幅に削減できるだけでなく、純度や収率の面でも大きな利点を発揮する。また、本発明は、この低分子の全く新しい機能を外胚葉誘導分野において、開拓するものである。ほかにも、本発明では、B27などの代用血清を使用しないため、細胞培養過程において動物由来成分が存在することに伴う潜在的なリスクが完全に排除され、神経細胞移植の臨床的展望を大きく広げることができた。複数のロット間で状態が安定し、純度を高く、細胞類医薬品の製造工程における低純度、周期が長い問題という問題を解決した。特に、神経疾患治療薬の体外スクリーニングや神経変性疾患の治療に利用できるため、経済的・社会的に大きな効果が期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明の内容
本発明は、従来技術の欠点を解決するために、神経幹細胞および脳オルガノイドを誘導するための無血清培地および分化誘導方法を提供し、上記神経幹細胞および脳オルガノイドの分化誘導用培地は、基礎培地と神経誘導化合物を含む。
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明は以下の技術的解決策を提供する。
本発明は、神経幹細胞誘導およびオルガノイドの形成誘導におけるTGF-β阻害剤の使用を提供し、該TGF-β阻害剤は、4-[2-(6-メチルピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]キノリン-6-カルボキサミドである。
【0012】
好ましくは、上記TGF-β阻害剤を基礎培地に添加し、神経幹細胞誘導培地を構成する。
【0013】
好ましくは、上記基礎培地は、DMEM/F12培地、最小必須培地非必須アミノ酸、塩化ナトリウム、亜セレン酸ナトリウム、インスリンおよび組換えヒトトランスフェリンから構成される。
【0014】
好ましくは、上記基礎培地は、DMEM/F12培地、1%最小必須培地非必須アミノ酸、0.1~0.8g/Lの塩化ナトリウム、13.6μg/Lの亜セレン酸ナトリウム、20ng/ml~42μg/mlのインスリンおよび50~180ng/mlの組換えヒトトランスフェリンから構成される。
【0015】
より好ましくは、上記基礎培地は、0.5g/L塩化ナトリウム、13.6μg/L亜セレン酸ナトリウム、22ug/mlインスリンおよび100ng/ml組換えヒトトランスフェリンから構成される。
【0016】
好ましくは、上記TGF-β阻害剤の濃度は、10nM~100μMである。
【0017】
より好ましくは、上記TGF-β阻害剤の濃度は、12.5μMである。
【0018】
一実施形態において、神経幹細胞形成を誘導することは、下記の工程を含む、神経幹細胞誘導培地を用いて多能性幹細胞を接着培養する工程。
【0019】
好ましくは、多能性幹細胞は、哺乳類多能性幹細胞である。
【0020】
より好ましくは、多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞である。
【0021】
好ましくは、接着培養は、基底膜製剤の存在下で行われる。
【0022】
より好ましくは、上記基底膜製剤は、基底膜ゲル、ラミニンおよびビトロネクチンの1種または2種以上を組み合わせたものである。
【0023】
一実施形態では、神経幹細胞は、痛覚受容体神経ニューロン、光受容体神経ニューロン、ドーパミン作動性神経ニューロンからなる群から選ばれる1つ以上の神経ニューロンへ分化する。
【0024】
また、本発明は、上記の方法で得られた神経幹細胞を、神経損傷の治療薬の調製に応用することを提供する。
【0025】
別の実施形態では、オルガノイド形成は下記の工程を含む。(1)上記神経幹細胞誘導培地を用いて、10μMのROCK阻害剤Y-27632を添加し、多能性幹細胞浮遊細胞団を培養する工程、(2)翌日に上記神経幹細胞誘導培地を交換し、10日目まで毎日培地を交換する工程、(3)10日目に上記基本培地に交換し、さらに2%B27細胞培養添加剤を添加し、120日目まで培養する工程。
【0026】
また、本発明は、上記の方法で得られたオルガノイドを、神経系疾患治療薬のスクリーニングに応用することを提供するものである。
【0027】
本発明は、外胚葉の体外発育における抗腫瘍性低分子阻害剤の応用であって、当該化合物と基礎培地との組み合わせ、およびこの組み合わせは様々な神経細胞における培養とその臨床での応用を提供する。
【0028】
本発明は、ヒト人工神経幹細胞の製造工程を提供する:多能性幹細胞を、本発明で使用する化学小分子、アミノ酸、無機塩などの成分を含み、血清、BMPおよびTGFシグナル伝達経路の物質などを含まない無血清感覚神経誘導培地に単層接着培養し、この無血清神経誘導培地で多能性幹細胞を20日間培養することで、ロゼット状に均一に配列される神経幹細胞を得られる。
【0029】
具体的な実施形態において、BMPシグナル伝達経路に作用する物質は、BMP2、BMP4、Smad1、Smad5、Smad8、1つ以上を自由に配列して組み合わされたタンパク質を含み、ここで、TGF伝達経路に作用する物質は、アクチビン、TGF-β、Nodal、Smad2、Smad3、1つ以上自由に配列して組み合わされたタンパク質を含む。
【0030】
具体的な実施形態においては、底膜製剤の中で接着培養が行われる。本発明の基底膜製剤は、培養容器表面に細胞外マトリックス分子の薄膜を形成し、生体内に近い環境で細胞の形態、成長分化、および運動性などのパラメータを支持することができる。具体的な実施形態では、上記基底膜は、基底ゲル(Matrigel,STEMCELL Technologies)、ラミニン(Laminin)、およびビトロネクチンの1種または多種を組み合わせたものである。
【0031】
本発明における無血清培地とは、血液から直接分離した血清を含まないものを示す。血清は、フィブリノーゲンや血球を含まない血漿の透明な液体部分であり、血液が凝固した後も液体のままである。無血清培地は、血清代替物を含んでもよく、血清代替物の例としては、血清アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸などの精製物質が挙げられる。
【0032】
具体的な実施形態において、第1工程~第3工程における接着培養は、基底膜の存在下で行われることが好ましい。本発明の基底膜は、培養容器表面に細胞外マトリックス分子の薄膜を形成し、生体内に近い環境で細胞の形態、成長分化、および運動性などのパラメータを支持することができる。具体的な実施形態では、上記基底膜は、基底ゲル(Matrigel,STEMCELL Technologies)、ラミニン(Laminin)、およびビトロネクチンの1種または複数を組み合わせたものである。
【0033】
本発明における無血清培地とは、血液から直接分離した血清を含まないものを示す。血清は、フィブリノーゲンや血球を含まない血漿の透明な液体部分であり、血液が凝固した後も液体のままである。無血清培地は、血清代替物を含んでもよい。血清代替物の例としては、血清アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸などの精製物質が挙げられ、これらは血清の代替物として当該技術分野ではよく知られているものである。
【0034】
神経損傷の治療に用いる薬剤を調製する方法は、例えば、岡田らによって発表された、神経損傷の治療に用いる薬剤として胚性幹細胞を用いる方法を参照することができる(Okada Y, Matsumoto A, Shimazaki T, Enoki R, Koizumi A, Ishii S, Itoyama Y, Sobue G, Okano H. Stem Cells. 2008 vol. 26, pp. 3086-98)。
【0035】
神経損傷の治療に用いられる薬剤には、ヒト由来多能性細胞の他に、塩および/または抗生物質を含む緩衝液、治療の対象となる神経組織(脳、脊髄などの中枢神経系、末梢神経系など)などの成分を含むことができる。さらに、治療の対象となる疾患は特定の症状に限定されるものではなく、外傷性疾患(脊髄損傷など)、神経変性疾患(萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病、進行性核上性麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症など)、脳梗塞や脳出血による神経細胞壊死などを含む。また、病因も特に限定されることはなく、損傷、脳梗塞などに関連する主因だけでなく、感染症、腫瘍などの副因、神経細胞の損傷による疾患または病理症状をすべて含む。
【0036】
定義
神経幹細胞(neural stem cells,NSCs)
神経幹細胞は、神経ニューロン、星状膠細胞、乏突起膠細胞に分化する能力を有し、自己更新能力を持ち、大量の脳組織細胞の細胞群を十分な提供することができ、分裂能力と自己更新能力を有する親細胞の一種であって、非対等な分裂方式で神経ニューロン、星状膠細胞、乏突起膠細胞などの神経組織の各種細胞を産生することができる。本発明による、神経幹細胞は人工神経幹細胞(iNSC)であってもよい。
【0037】
神経ロゼット(rosette)
神経胚の形成は、初期の神経発生過程であり、様々な要素の精密な制御下で、神経胚は脳や脊髄などの神経系に発育し、ヒト胚発育における重要な段階と考えられている。神経胚形成とは、細胞組織の群の中にロゼット状の神経幹細胞構造の産生であり、すなわち1つの神経ロゼット構造は1つの神経胚を象徴する。
【発明の効果】
【0038】
(1)本発明が提供する培地は血清を含まず、動物由来の培養方法が臨床での幹細胞の使用を制限される問題を解決し、人工多能性幹細胞を含むがこれに限定されない神経幹細胞の培養に適している。
(2)本発明が提供する培地は、単一の低分子阻害剤を用いることにより、誘導幹細胞の神経幹細胞への指向性分化ができ、簡便で、安全かつ効率的であることを特徴とする。
(3)本発明が提供する方法により、神経ニューロンやオルガノイドへの分化能力を有する分化神経幹細胞が誘導され、臨床研究や臨床治療の材料としてだけでなく、神経系疾患治療薬のスクリーニング研究にも利用でき、経済的、社会的に大きな効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
添付
図1】神経幹細胞の誘導過程における、本発明の方法(LY誘導法)と対照法(LSB誘導法)との違いの比較の図である。図1のaは、誘導に複数の低分子阻害剤を用いて誘導、産生した神経ロゼットの構造(LSB誘導法)を示す。図1のbは、LY2157299のみを用いて、神経幹細胞を誘導、産生した神経ロゼットの構造(LY誘導法)を示す。図1のcは、2通りの方法で得られた神経幹細胞の細胞数の差を示す。
図2】本発明の方法における基礎培基の中核成分のスクリーニング結果の図である。図2のaは、異なる濃度の塩化ナトリウムが培養系の浸透圧に及ぼす影響を示し、濃度が高すぎると浸透圧が細胞の耐性を超えてしまう。図2のbは、異なる濃度のインスリンが細胞増殖に及ぼす影響(Cyquant実験)を示し、インスリン濃度と細胞の活性には正の相関が見られる。図2のcは、異なる濃度の組換えヒト血清アルブミンが細胞増殖に及ぼす影響(Cyquant実験)を示し、組換えヒト血清アルブミンの濃度と細胞活性には正の相関が見られる。
図3】本発明の方法(LY誘導法)と対照法(LSB誘導法)で得られた細胞の分子識別を示す図である。図3のaは、LSB誘導法を用いて得られた神経幹細胞が、体外継代後の神経ロゼットの構造を再構築したものを示す。図3のbは、LSB誘導法を用いて得られた神経幹細胞が、特異マーカーPAX6の発現で示す。図3のcは、LSB誘導法を用いて得られた神経幹細胞が、特異マーカーNestinの発現で示す。図3のdは、図3a~3cの経路統合を示す。図3のeは、LY誘導法で得られた神経幹細胞が、体外継代後の神経ロゼットの構造を再構築したものを示す。図3のfは、LY誘導法で得られた神経幹細胞が、特異マーカーPAX6の発現で示す。図3のgは、LY誘導法で得られた神経幹細胞が、特異マーカーNestinの発現で示す。図3のhは、図3のe-gの通路統合を示す。図3のi-kは、Q-PCRを用いた神経幹細胞形成過程での神経幹細胞マーカーの発現における、LY誘導法とLSB対照誘導法の差異を比較したものを示す。
図4】異なる濃度のLY2157299による神経幹細胞の化学誘導を示す図である。図4のaは、多分子対照(LSB誘導法、CKと表示)を用いて得られた神経幹細胞を示す。図4のbは、0nMのLY2157299を用いた化学誘導を示す。図4のcは、20nMのLY2157299を用いた化学誘導を示す。図4のdは、12.5μMのLY2157299を用いた化学誘導を示す。図4のeは、25μMのLY2157299を用いた化学誘導を示す。図4のfは、Q-PCRを用いた、異なる濃度のLY2157299が誘導過程中にPax6の調節制御状況の比較分析を示す。図4のgは、Q-PCRを用いた異なる濃度のLY2157299が誘導過程中に細胞アポトーシス遺伝子CASP3の調節制御状況の比較分析を示す。
図5】LY誘導法で得られた神経幹細胞の分化能力の同定を示す。図5のa~cは、LY2157299によって得られた誘導神経幹細胞をさらに分化し、侵害受容器神経ニューロンを得たものを示す。図5のaは、この方法で得られた侵害受容器神経ニューロンが、侵害受容器神経ニューロン特異マーカーSCN11Aの発現で示す。図5のbは、この方法で得られた侵害受容器神経ニューロンが、侵害受容器神経ニューロン特異マーカーNestinの発現で示す。図5のcは、図5のaと図5のbの2つの蛍光通路の統合を示す。図5のd-fは、LY2157299によって得られた誘導神経幹細胞がさらに分化し、ドーパミン作動性神経ニューロンを得たものを示す。図5のdは、この方法によって得られたドーパミン作動性神経ニューロンが、成熟したドーパミン作動性神経ニューロンの特異マーカーPitx3の発現で示す。図5のeは、この方法によって得られたドーパミン作動性神経ニューロンが、成熟したドーパミン作動性神経ニューロン特異マーカーTHの発現で示す。図5のfは、図5のdと図5のeの2つの蛍光通路の統合を示す。図5g-iは、LY2157299によって得られた誘導神経幹細胞がさらに分化し、光受容器神経ニューロンを得たものを示す。図5のgは、この方法で得られた光受容器神経ニューロンが、光受容器神経ニューロン特異マーカーOPSINの発現で示す。図5のhは、この方法で得られた光受容器神経ニューロンが、光受容器神経ニューロン特異マーカーCRXの発現で示す。図5のiは、図5のgと図5のhの2つの蛍光通路の統合を示すものである。
図6】LY誘導法で得られた神経幹細胞におけるMHC関連遺伝子の発現の解析を示す。図6のa~dは、LY2157299で得られた神経幹細胞において、CD4、HLA-A、HLA-C、HLA-F、HLA-DPB1の発現が、ヒト人工多能性幹細胞と比較して、それぞれ著しく低いことを示している。
図7】流動細胞計測法を用いてLY2157299の誘導により得られた神経幹細胞のHLA-DR抗原の検測を行った。図7のaは、抗体染色なしの陰性対照を示す。図7のbは、LY2157299の誘導により得られた神経幹細胞のHLA-DRの検出結果を示す。図7のa-1は、SSCとFSCの2つの通路を用いて、細胞の破片やその他の粒子状不純物を排除し、解析用の細胞集団を決定するためのゲートを設定することを示す。図7のa-2、図7のa-3はそれぞれ、ブランク蛍光通路と細胞形態を使用した細胞分析を示す。図7のa-4は、2つのブランク蛍光通路を使用した細胞解析を示す。図7のb-1は、SSCとFSCの2つの通路を使用して、細胞破片やその他の粒子状不純物を除去し、解析用の細胞集団を決定するためのゲートを設定することを示す。図7のb-2および図7のb-3は、それぞれCD45 PerCP(Abcam,item no.ab157309)およびHLA-DR FITC(CST,item No.54126)通路、および細胞形態を用いて、細胞分析を示している。図7のb-4は、2つの蛍光通路CD45 PerCP、HLA-DR FITCを用いて細胞解析を示す。その結果、LY2157299の誘導によって得られた神経幹細胞は、HLA-DR抗原の発現が陰性であることを示した。
図8】LY2157299は脳オルガノイドの発生を誘導することができる。 図8のaはLSB誘導法で形成した脳オルガノイド(D50)を示す。図8のbはLY誘導法で形成した脳オルガノイド(D50)を示す。図8のcは、異なる方法で作製した脳オルガノイドを比較したマルチチャンネル電極システムによる自発放電数を示す。図8のdは、異なる方法で作製した脳オルガノイドを比較したマルチチャンネル電極システムによる自発放電の頻度を示す。図8のeは異なる方法で作製した脳オルガノイドの直径(n=10)を示す。図8のf~gは、Q-PCRを用いて異なる脳オルガノイド作製方法で得られた遺伝子発現の差異の分析を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、添付の図面および具体的な実施形態によりさらに本発明を説明するが、本発明の請求の範囲は以下の実施形態に限定されるものではない。また、本発明の実施形態で用いられる用語は、特定の具体的な実施形態を説明するためのものであり、本発明の請求範囲を限定するためのものではないことを理解されたい。本発明の概念の構想および範囲から逸脱することなく、当業者が想定し得る変形および利点は本発明に含まれ、添付の特許請求の範囲およびその同等物も本発明の請求範囲に含まれる。本発明の明細書および特許請求の範囲において、単数形の「1つ」、「1」および「これ」は、文脈上明示的に別段の定めがない限り、複数形を含むものである。以下の実施例における実験方法は、特定の条件が示されていない場合、当業者の一般的な知識および常識であるか、またはメーカーが推奨する条件に従うものである。実施例で使用した材料や試薬は、特別の説明がない限り、すべて市販品である。
【0041】
実施例1:神経幹細胞誘導用培地の作製
神経誘導基礎培地(以下、NouvNeu001)の配合は:DMEM/F12培地、1%最小必須培地非必須アミノ酸(MEM非必須アミノ酸、Minimum Essential Medium Non-Essential Amino Acids、Thermo Fisher、ロット番号11140076)、塩化ナトリウム(Sodium Chloride、0.5 g/L)、 亜セレン酸ナトリウム(Sodium Selenite、13.6 μg/L)、インスリン(22μg/ml)、組換えヒトトランスフェリン(100ng/ml)である。
【0042】
本発明で使用される神経幹細胞誘導培地の作製方法は、NouvNeu001基礎培地に55nM~24μMのLY2157299(Selleck、S2230)を添加し、最終濃度が好ましくは300nM、500nM、700nM、900nM、1μM、2.5μM、5μM、7.5μM、10μM、12.5μM、15μM、17.5μM、20μM、または22μMであり、最も好ましい濃度は12.5μMである。上記培地をLY誘導培地といい、この培地を用いた以下の実験組をLY誘導法とする。
【0043】
対照実験に用いた培地の作製方法は、NouvNeu001基礎培地に100nMのLDN-193189(Selleck、S2618)と10μMのSB431542(Selleck、S1067)を添加し調製したものである。上記の培地をLSB誘導培地といい、この培地を用いた以下の実験組をLSB誘導法とする。
【0044】
実施例2:神経幹細胞の誘導と同定
2.1 神経幹細胞を化学的に誘導
ヒト多能性幹細胞には、H9細胞株などの胚性多能性幹細胞やヒト人工多能性幹細胞などが含まれる。本発明で用いるヒト人工多能性幹細胞は、「リプログラミング培地およびリプログラミング人工多能性幹細胞の培養方法」(特許ZL201910050800.7の方法)に従ってリプログラミングしたCD34細胞から得たものである。
【0045】
Matrigel(STEMCELL Technologies社製)でコーティングしたT25細胞培養フラスコを用いてヒト多能性幹細胞を培養し、細胞種を培地に入れ、37℃の恒温槽で1時間以上インキュベートする。1×10個の細胞をT25培養フラスコに接種して増殖と継代が行われる。
【0046】
神経誘導時に、6ウェル培養プレートに50μg/mlのポリリジン(SIGMA,itemP6407)でコーティングし、プレートを37℃のインキュベーターに入れ3時間以上インキュベートする。その後、5μg/mlのラミニン(Laminin,SIGMA ALDRICH,ロット番号I2020)でさらにコーティングし、細胞種を培地に入れ、37℃のインキュベーターに入れ3時間以上インキュベートする。多能性幹細胞が70%の被覆率に達した時点で、EDTAを用いて37℃で5分間消化し、DMEMを用いて細胞消化を終了させる。細胞を洗浄、遠心分離した後、T25培養プレートに2×10/フラスコで再接種する。本発明の培地および神経誘導化合物を使用し、神経幹細胞のロゼットが形成されるまで、毎日培地を交換する。本発明で用いる単一分子誘導法(LY誘導法)では、対照の実験で用いられた多分子誘導法(LSB誘導法)と比較して、図1のaおよび図1のbに示すような小さく均一な神経ロゼット構造を形成した。この結果は、対照の実験で用いられた多分子誘導法と比較して、本方法が提供する単一分子誘導法の方が、より均一な誘導結果を生じたことを示すものである。対照の実験で用いられた多分子誘導法では、大きさの異なるロゼット構造を生じ、同じ培養サイクル中に局所的に神経ロゼット構造の非形成もあった。このように、本方法が提供する単分子誘導法では、多能性幹細胞においてより効率的かつ均質に神経ロゼット構造を形成するような誘導結果が得られることが示された。
【0047】
2.2 誘導系における主要成分の濃度の同定
LSB法を対照として、Cyquant試験を用いて細胞活性を定量的に測定し、LY2157299が細胞の長期培養過程中の細胞生理状態に及ぼす影響を調べる。96ウェル遮光性細胞培養プレートをコーティングし、コーティング完了後、細胞種を5X10/ウェルで接種し、3組が並列に設置する(3組の平均値を計算用データとして使用)。実施例2.1の工程を繰り返し、培養条件は37度、二酸化炭素が5%とする。1日目、5日目、10日目、15日目、および20日目にそれぞれサンプルを取り、CyQuant Kit(Invitrogen,item no.X12223)を用いて細胞活性を検測し、使用説明書に従い、SpectraMax i3 Multi-Mode Microplate Reader(VWR, model ID3-STD)を用いてデータを読み取る。その結果は図1のcに示した通りであり、Cyquant実験では、LSB法と比較し、LY2157299はより多くの神経細胞を誘導したことから、LY2157299は誘導過程における増殖活性がより高いことが示された。
【0048】
同様にCyquant試験を用いて細胞活性を定量検測し、異なる濃度の再編インスリンと再編血清アルブミンが長期細胞培養中に細胞の生理状態に及ぼす影響を調べた。結果は図2のbおよび図2のcに示した通り、再編インスリンと再編血清アルブミンの濃度とは、ともに細胞の増殖速度と正の相関関係が見られる。コスト要因を考慮し、本発明で使用する再編インスリンと再編血清アルブミンは、最適な範囲に属する。
【0049】
全自動氷点浸透圧計(FM-8P、上海医科大学器械有限会社)を用いて、培養系の浸透圧に対する異なる濃度の塩化ナトリウムの影響を検測した。具体的な操作は製品説明書を参考とした。試験結果の詳細を図2のaに示す。この結果から、培養系の浸透圧は塩化ナトリウムの濃度に比例して直線的に上昇することがわかる。しかし、濃度が1g/mlになると、すでに培養系の浸透圧が細胞培養限界浸透圧である320mOsm/kgを超えている。このことは、本発明で用いる塩化ナトリウムの濃度が細胞培養に最も適した濃度であることを示している。
【0050】
2.3 神経幹細胞マーカーの蛍光免疫測定
LY誘導法とLSB誘導法で得られた神経幹細胞を別々に採取し、免疫蛍光染色で同定する。4%のホルムアルデヒドを用いて細胞を室温で40分間固定し、DPBS緩衝液で2回洗浄する。0.1%Triton X-100で5分間、細胞を透過処理し、DPBS緩衝液で2回洗浄する。その後、10%ウマ血清と0.1%Triton X-100を含むDPBS緩衝液で、4℃にて一晩インキュベーションをする。その後DPBS緩衝液で細胞を洗浄し、2%ウマ血清と0.1%TritonX-100を含むDPBS緩衝液で一次抗体を希釈し、37℃で2時間インキュベートする。DPBS緩衝液で洗浄した後、2%ウマ血清と0.1%Triton X-100を含むDPBS緩衝液で二次抗体を希釈し、37℃で2時間インキュベートし、3回洗浄した後と写真撮影をする。撮影は、Leica DMi8を使用して実施する。抗体の使用の詳細は表1に示す。結果は図3のa~hに示した通り、LY誘導法では、LSB誘導法と比較すると、多能性幹細胞が神経ロゼット構造を形成させ、神経幹細胞マーカーであるPax6やNestinを発現することができると確認された。
【0051】
【表1】
【0052】
2.4 神経幹細胞の転写レベル同定
多能性幹細胞から神経幹細胞への誘導過程における様々なマーカー遺伝子の転写変化をQ-PCRを用いて検出する。本実施例で用いた人工多能性幹細胞は、LY誘導法およびLSB誘導法で得られた神経幹細胞を、それぞれRneasy Mini or Micro Kit(QIAGEN)を使用して全RNAを抽出した。1mgのRNAをSuperScript III First-Strand Synthesis System(Invitrogen)を用いて、cDNA合成を実施する。SYBR Premix Ex Taq(TaKaRa)とThermal Cycler Dice Real Time System(TaKaRa)を使用し、定量的なPCRの標識と反応を行い、内部参照としてβ-アクチンを使用した。すべてのデータはdelta-Ct法で解析した。各組の実験は3組を使用し繰り返しテストされ、分散統計が行われた。異なる細胞マーカーを同定するためにコードする遺伝子を使用したプライマー配列を表2に示す。その結果を図3のi-kに示す。LY誘導法とLSB誘導法とで得られた神経幹細胞は、神経幹細胞特異的マーカーであるSox2、Pax6、Nestinを発現し、LY誘導法ではLSB誘導法と比較して神経幹細胞マーカーの発現が増加した。
【0053】
上記の方法でNouvNeu001基礎培地に異なる濃度のLY2157299を添加して濃度スクリーニングした結果を図4のb~eに示している。図4のbはLY2157299を使用しない場合、細胞が外胚葉細胞に分化しないことを示している。図4のcは20nMのLY2157299を用いて化学誘導した場合、神経細胞を含む混合した細胞群が得られたことを示している。図4のdは、12.5μMのLY2157299で化学誘導した場合、形態的に均質な細胞群が得られ、細胞はすべて対照の(4a)と類似し、同様の典型的な神経幹細胞の形態を有していることを示している。図4のeは、25μMのLY2157299を用いて化学誘導した場合、神経様の混合細胞群が得られ、一部の細胞がより長い軸索を形成し、細胞内空胞を伴うストレスの兆候が見受けられることを示している。これらの結果から、低濃度の条件下では分化が不完全で、多種類の異なる細胞型が見受けられることが明らかになった。また高濃度の条件下で得られた神経幹細胞は容易に分化し、細胞内ストレスの兆候が見られることが明らかになった。転写レベルはさらに、本発明で使用する濃度が最適濃度であることを示している(図4のf-g)。図4のfは、LY2157299の濃度とPax6の発現との正の相関を示す。図4のgは、LY2157299の濃度とアポトーシスとの正の相関を示している。以上の結果から、LY2157299の濃度が低すぎても高すぎても、神経誘導に悪影響を及ぼす可能性があることが明らかになった。
【0054】
【表2】
【0055】
実施例3:神経幹細胞の分化機能同定
実施例2のLY誘導法で得られた神経幹細胞を用いて、NouvNeu001基礎培地で指向性分化を行った。神経細胞分化を行う際に、6ウェル培養プレートに50μg/mlのポリリジン(SIGMA ALDRICH、ロット番号P6407)をコーティングしてプレートし、細胞を接種するまで37℃のインキュベーター中で3時間以上インキュベートする。
【0056】
3.1 侵害受容体神経ニューロンの分化
実施例2で得られた神経幹細胞を、1×10/フラスコの割合でT25培養フラスコに接種し、3μM CHIR99021(Selleck,ロット番号S2924)、10μM SU5402(Tocris,ロット番号3300/1)、10μM DAPT(Selleck、ロット番号S2215)をNouvNeu001基礎培地に加え、21日目まで3日ごとに新鮮な培地交換を行う。培養条件は37℃、二酸化炭素5%とする。実験の結果、実施例2で得られた神経幹細胞は分化した後の細胞に軸索構造を有し、侵害受容器神経ニューロンマーカーSCN11AおよびNestinを発現した(図5のa―c)。具体的には、図5のaは、LY2157299によって得られた誘導神経幹細胞をさらに分化させて、侵害受容体神経ニューロン特異的マーカーSCN11Aを発現する侵害受容体神経ニューロンを得たものである。図5のbは、この方法によって得られた、侵害受容体神経ニューロン特異的マーカーNestinを発現する侵害受容体神経ニューロンを得たものである。図5のcは、図5のaと図5のbの2つの蛍光通路の統合写真である。
【0057】
3.2 ドーパミン神経ニューロンの誘導
実施例2で得られた神経幹細胞をT25培養プレートに1×10/フラスコの割合で再接種した。神経幹細胞は、1μM Purmorphamine(Sellek、ロット番号S3042)および1ng/ml TGF-β3(Novoprotein、ロット番号CJ44)を加えたNouvNeu001基礎培地で37℃、二酸化炭素5%で培養し、30日目の神経ニューロン形成まで3日毎に培地交換を行う。その結果、実施例2で得られた神経幹細胞は、分化後に軸索構造を有し、成熟ドーパミン作動性神経ニューロンの特異的マーカーであるチロシンヒドロキシラーゼ(TH)とPitx3を発現した(図5のd―f)。具体的には、図5のdは、LY2157299によって得られた誘導神経幹細胞が、さらに分化してドーパミン神経ニューロン特異的マーカーPitx3を発現したことを示す。図5のeは、この方法によって得られたドーパミン神経ニューロン特異的マーカーTHを発現したことを示す。図5のfは、図5のdと図5のeの2つの蛍光通路の統合を示している。
【0058】
3.3 光受容体神経ニューロンの分化
実施例2で得られた神経幹細胞を、T25培養プレートに1×10/フラスコの割合で再接種した。0.5μMの酢酸レチニル(Retinyl acetate SIGMA ALDRICH、ロット番号R7882)を添加したNouvNeu001基礎培地を使用し、21日目まで3日毎に新鮮な培地に交換した。培養条件は37℃、二酸化炭素5%とする。実験の結果、実施例2で得られた神経幹細胞は、分化した後軸索構造を有し、光受容体神経ニューロンマーカーであるOPSINおよびCRXを発現した(図5のg―i)。具体的には、図5gはLY2157299によって得られた誘導神経幹細胞をさらに分化させ、光受容体神経ニューロン特異的マーカーOPSINを発現する光受容体神経ニューロンを得たものである。図5のhは、この方法によって得られた光受容体神経ニューロンが、特異的マーカーCRXを発現する光受容体神経ニューロンを得たことを示す。図5のiは図5のgと図5のhの2つの蛍光通路の統合を示している。
【0059】
分化誘導が完了した後、免疫蛍光染色同定のために細胞を回収した。細胞を4%パラホルムアルデヒドで、室温で40分間固定し、DPBS緩衝液で2回洗浄する。その後、0.1%Triton X-100を用いて5分間透過処理し、DPBS緩衝液で2回洗浄し、そのあと、細胞を10%ウマ血清と0.1%Triton X-100を含むDPBS緩衝液で、4℃で一晩インキュベーションする。DPBS緩衝液で細胞を洗浄した後、二次抗体は2%のウマ血清と0.1%のTriton X-100を含むDPBS緩衝液で希釈し、37℃で2時間インキュベートし、3回洗浄後、Leica Dmi8で写真撮影を行った。抗体の使用詳細を表3に示す。
【0060】
【表3】
以上の結果から、LY誘導法により得られた神経幹細胞は、様々な神経ニューロンへの分化能力を有することが明らかとなった。
【0061】
実施例4:LY2157299がMHC形成に対する影響
4.1 Q-PCR 測定
実施例2.4の方法に従い、LY2157299を用いた誘導により得られた神経幹細胞の主要組織適合性複合体(major histocompatibility complex,MHC)遺伝子を、多能性幹細胞(iPS)を対照として、Q-PCR方法で測定する。プライマー配列を表4に、測定結果を図6に示す。LY2157299を導入して得られた神経幹細胞では、ヒト由来多能性幹細胞と比較し、MHC関連遺伝子CD4、HLA-A、 HLA-C、HLA-F、HLA-DPB1の発現が極めて少ないことが確認された。
【0062】
【表4-1】
【0063】
【表4-2】
【0064】
4.2 流動細胞計測法測定
LY2157299の誘導により得られた神経幹細胞において、流動細胞計測法によりHLA-DR抗原の測定を行われた。HLA-DRは一種のMHCクラスII分子であり、細胞の抗原提示能に非常に重要であり、養子免疫反応に重要な役割を担っている。実施例2で得られた誘導神経幹細胞をまずEDTAで消化した後、DPBSを用いて洗浄し、遠心分離して上清を除いた後、106個の細胞を希釈した100μlの一次抗体(CD45 PerCP、Abcam、ロット番号ab157309、HLA-DR FITC、CST、ロット番号54126)に再懸濁し、遮光して1時間氷上にインキュベート、遠心分離する。上清を除去し、細胞を500μlの抗体希釈緩衝液(CST)に再懸濁し、流動細胞計測機で分析した。一次抗体なしでインキュベートサンプルを対照とした。その結果を図7に示した通り、図7のaは陰性対照であり、図7のbはLY2157299の誘導により得られた神経幹細胞のHLA-DRの測定結果を示している。この結果から、LY誘導法により得られた神経幹細胞は、HLA-DRを発現しないことが明らかになった。この結果は、実施例4.1の結果と一致している。
【0065】
実施例5:オルガノイド形成に対するLY2157299の影響
ヒト人工多能性幹細胞を用いて脳オルガノイドを培養した。脳オルガノイドの誘導培地は、NouvNeu基礎培地に12.5μM LY2157299を添加した。人工多能性幹細胞をアキュターゼを用いて単一細胞に消化し、U底型超低付着量96ウェルプレート(U-bottom-ultra-low attachment 96)に9000細胞/150mlの割合で脳オルガノイド誘導培地を接種した。10μMのROCK阻害剤Y-27632(Selleck、S1049)を加え、二酸化炭素が5%のセルインキュベーター(Panasonic、型番MCO-18AC)を用いて37℃で24時間インキュベートした。翌日から10日目までY-27632を含まない新鮮な脳オルガノイド誘導培地と交換した。10日目に脳オルガノイドを超低接着6ウェルプレートに移し、2%B27細胞培養添加剤を添加したNouvNeu001基礎培地に変更し、37℃、5%の二酸化炭素で、80rpmの水平回転装置付き細胞培養装置で120日目まで培養した。
【0066】
対照実験は、公開された方法(Clair B et.al, Nat Methods. 2019, Nov; 16(11):1169-1175)に従い、N2B27を用いた脳オルガノイド培養基礎培地を使用した。対照脳オルガノイド誘導培地は、N2B27基礎培地に10μM SB-431542、100nM LDN-193189、および2μM XAV-939を添加したものである。その他、操作は上記の通りである。本発明および図面では、この方法をN2B27法とする。
【0067】
このオルガノイドをLeica Dmi8で撮影し、脳オルガノイドの写真撮影と直径測定を行った結果を図8のa、図8のb、および図8のeに示す。
誘導された脳オルガノイドに対して、マルチチャンネル電極を用いて細胞の自発電気信号を測定した。120日誘導された脳オルガノイドを10%トリプシン/EDTAで37℃、5―8分間消化した。96ウェルのMEAシステム多通路電極板(AXION Biosystem,US)を100 ng/mlのポリリジン(Poly-L-lysine, Sigma-Aldrich, P4707) でコーティングし、37℃、二酸化炭素が5%の細胞インキュベーター(Panasonic、型番MCO-18AC) に12時間静置した。ポリリジンでコーティングしたMEAを取り出し、ポリリジンを吸引し、滅菌水で3回洗浄した後、3μg/mlゼラチン(ラミニン、SIGMA ALDRICH、ロット番号I2020)含有PBS溶液を神経細胞被覆用基材として使用し、MEAマルチチャンネル電極板に加え、37℃、二酸化炭素が5%のインキュベーターの中3時間静置した。MEAマルチ通路電極板をコーティングした後、消化した脳オルガノイド細胞を5×10個/ウェルで接種する。接種したMEAマルチチャンネル電極板をMEAチャンバーに設置し、AxIS Navigator 2.0.2ソフトウェアで細胞培養条件を37℃、二酸化炭素が5%に調整し、チャンバー環境が安定するまで10分間運転した。AxIS Navigator 2.0.2 ソフトウェア(AXION Biosystem, US)を用いて、細胞の自発電気信号を記録した。実験結果は、NouNeu系で誘導した神経細胞は良好な電気生理活性を示し、マルチ通路電機システムを用いて細胞自発放電を測定し、単位時間当たりの細胞自発放電数(図8のc)と平均放電率(図8のd)を比較し、LY誘導法はN2B27対照誘導法と比較して、より活発な電気生理活性を示していることが明らかになった。
【0068】
脳オルガノイド形成後の異なるマーカー遺伝子の転写変化をQ-PCRで調べた。異なる培養方法で得られた120日脳オルガノイド、およびヒト人工多能性幹細胞対照となる全RNAをそれぞれRneasy MiniまたはMicro Kit(QIAGEN)で抽出し、1 mgのRNAがSuperScript III First-Strand Synthesis System(Invitrogen)を用いてcDNAを合成した。定量的なPCRの標識と反応は、SYBR Premix Ex Taq (TaKaRa) と Thermal Cycler Dice Real Time System (TaKaRa)を用いて行い、内部参照として β-アクチンを使用した。すべてのデータはdelta-Ct法で解析された。各セットの実験は3組が繰り返しテストを行われ、分散統計も行われた。異なる細胞マーカーをコードする遺伝子の同定に用いたプライマー配列を表5に示す。LY誘導法およびN2B27対照誘導法で形成された脳オルガノイドからは、グリア細胞、神経前駆細胞および神経ニューロンが得られた(図8のf―g)。
【0069】
【表5】
【0070】
上記のことから、LY2157299は脳オルガノイドの生成を誘導することができ、脳オルガノイドは電気生理学的機能と主要遺伝子の発現を有する。さらに、LY誘導法によって形成された脳オルガノイドは、N2B27対照誘導法と比較して直径が大きく、電気生理学的機能がより活発であることが確認された。
【0071】
本発明で言及したすべての文献は、本願で参考文献として全文引用している。さらに、本発明に関する上記の開示内容を見た後、当業者によって本発明に様々な変更または修正を加えることができ、これらの同等の修正と形態も同様に本願の請求項によって定義される範囲に入ることが理解されるべきである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【国際調査報告】