(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-07-05
(54)【発明の名称】脳領域のてんかん原性を推論するための方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/372 20210101AFI20230628BHJP
A61B 5/245 20210101ALI20230628BHJP
A61B 5/055 20060101ALI20230628BHJP
G16H 50/20 20180101ALI20230628BHJP
【FI】
A61B5/372
A61B5/245
A61B5/055 382
G16H50/20
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022559645
(86)(22)【出願日】2020-04-03
(85)【翻訳文提出日】2022-10-31
(86)【国際出願番号】 EP2020059511
(87)【国際公開番号】W WO2021197612
(87)【国際公開日】2021-10-07
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】519018886
【氏名又は名称】ユニバーシティ ド エクス‐マルセイユ(エーエムユー)
(71)【出願人】
【識別番号】521442659
【氏名又は名称】インスティテュート ナショナル デ ラ サンテ エ デ ラ ルシェルシュ メディカル
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【氏名又は名称】三好 玲奈
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】ジルサ,ヴィクター
(72)【発明者】
【氏名】ハシェミ,メイサム
(72)【発明者】
【氏名】ウッドマン,ミシェル,マーマドゥク
(72)【発明者】
【氏名】シップ,ヴィクター
(72)【発明者】
【氏名】ヴァティコンダ,アニルーダ,ニハラニ
【テーマコード(参考)】
4C096
4C127
5L099
【Fターム(参考)】
4C096AA03
4C096AA17
4C096AB41
4C096AC01
4C096AD14
4C096DB06
4C096DC35
4C127AA03
4C127AA10
4C127GG15
5L099AA04
(57)【要約】
本発明は、てんかん患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するための方法であって、霊長類脳の様々な領域及び前記領域間の接続性をモデル化するコンピュータ化されたモデルを提供するステップと、霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルを前記コンピュータ化されたモデルに提供するステップと、仮想てんかん患者(VEP)脳モデルを得るために、てんかん患者の脳の構造データを提供し、前記構造データを使用して前記コンピュータ化されたモデルをパーソナライズするステップと、確率的仮想てんかん患者脳モデル(BVEP)を得るために、確率的状態遷移を使用して仮想てんかん患者(VEP)脳モデルの状態空間表現を確率的プログラミング言語(PPL)に変換するステップと、観察されない脳領域のてんかん原性を推論するために、患者の脳の脳電図データ又は脳磁図データを取得し、確率的仮想てんかん患者脳モデルを前記データにフィットさせるステップとを含む、方法に関する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
てんかん患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するための方法であって、
霊長類脳の様々な領域及び前記領域間の接続性をモデル化するコンピュータ化されたモデルを提供するステップと、
霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルを、前記コンピュータ化されたモデルに提供するステップであって、前記モデルは、前記脳のある領域のてんかん原性のパラメータの関数であるステップと、
仮想てんかん患者(VEP)脳モデルを得るために、てんかん患者の脳の構造データを提供し、前記構造データを使用して前記コンピュータ化されたモデルをパーソナライズするステップと、
確率的仮想てんかん患者脳モデル(BVEP)を得るために、確率的状態遷移を使用して前記仮想てんかん患者(VEP)脳モデルの状態空間表現を確率的プログラミング言語(PPL)に変換するステップと、
前記患者の脳の発作活動を出現させていないとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するために、患者の脳の脳電図データ又は脳磁図データを取得し、前記確率的仮想てんかん患者脳モデルを前記データにフィットさせるステップと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記確率的プログラミング言語は、ベイズのプログラミング言語であり、前記確率的仮想てんかん患者脳モデルは、ベイズの仮想てんかん患者(BVEP)脳モデルであり、前記出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性は、ベイズ推論を使用して推論される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記てんかん患者の脳の構造データは、非侵襲的なT1強調撮像データ及び/又は拡散MRI画像データを含む、請求項1又は2のうちの一項に記載の方法。
【請求項4】
前記霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルは、発作イベントの開始、進行、及び終了のダイナミクスを再現するモデルであり、状態変数が発作期の発作状態中の高速放電を記述する最も速い時間スケールと、状態変数が低速棘徐波振動を表す中間の時間スケールと、状態変数が発作間欠期状態と発作期状態との間の遷移に関与する最も遅い時間スケールとの3つの異なる時間スケールで2つの振動力学系を結合する状態変数を含み、脳領域のてんかん原性の度合いは、興奮性パラメータの値を通じて表される、請求項1、2又は3のうちの一項に記載の方法。
【請求項5】
前記確率的仮想てんかん患者脳モデルを得るために、患者の脳のてんかん原性の空間マップが提供され、前記てんかん原性の空間マップは、患者の脳の脳領域を、てんかん発作を自律的に引き起こす可能性があるてんかん原性領域(EZ)、発作を自律的に引き起こさないが発作の推移中に出現する可能性がある伝播領域(PZ)、及び発作を自律的に引き起こさない正常な領域(HZ)に分類する、先の請求項のうちの一項に記載の方法。
【請求項6】
前記確率的仮想てんかん患者脳モデルは、仮想てんかん患者の状態空間表現に基づく生成モデルに従って生成される、先の請求項のうちの一項に記載の方法。
【請求項7】
前記仮想てんかん患者の状態空間表現は、
【数1】
という形式であり、
式中、
【数2】
は、時間とともに変化する系の状態のn次元ベクトルであり、x
t0は、時間t=0での初期状態ベクトルであり、
【数3】
は、仮想てんかん患者モデルのすべての未知のパラメータを含み、u(t)は外部入力を表し、
【数4】
は、測定誤差v(t)の対象となる測定データを示し、fは、系の動的特性を記述するベクトル関数であり、hは測定関数を表す、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
確率的仮想てんかん患者(BVEP)モデルを得るために、仮想てんかん患者(VEP)モデルの状態空間表現が、状態遷移確率として確率的仮想てんかん患者(BVEP)モデルに組み込まれる、先の請求項のうちの一項に記載の方法。
【請求項9】
前記状態遷移確率は、以下のとおりであり:
【数5】
式中、
【数6】
は、状態x(t)から状態x(t+dt)への遷移確率を示す、請求項7及び8に記載の方法。
【請求項10】
前記生成モデルは、モデルパラメータの尤度と事前密度の項で定義され、その積は同時密度:
【数7】
をもたらし、
式中、事前密度
【数8】
は、隠れ変数と潜在的なパラメータ値に関する事前信念を含み、一方、条件付き尤度項
【数9】
は、所与のパラメータ値セットで観察値が得られる確率を表す、請求項6乃至9のうちの一項に記載の方法。
【請求項11】
サンプリングアルゴリズムが実装される、患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するための、先の請求項のうちの一項に記載の方法。
【請求項12】
前記サンプリングアルゴリズムは、マルコフ連鎖モンテカルロ又は変分推論アルゴリズムである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記方法は、コンピュータで実施される、先の請求項のうちの一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、てんかん患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するための確率論的方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モデルの反転、すなわち、観察データへの可能な限り最良の適合をもたらすモデルパラメータの組を見つけることは、統計的推論における困難なタスクである。ベイズのフレームワークは、多様な用途で実験データからパラメータを推論し、モデルを予測するための強力な且つ原理に基づいた方法を提供する。神経撮像の文脈内で、神経生理学的データから事前指定されたニューラルネットワークにおけるニューロン集団の固有パラメータ及び/又はニューロン集団間の相互作用を推論するために、ベイズの手法が広く用いられている。
【0003】
メトロポリス・ヘイスティングス、ギブスサンプリング、及びスライスサンプリングなどの勾配フリーのサンプリングアルゴリズムは、一般に、臨床診断のための全脳撮像の用途でしばしば直面するように、大規模な逆問題に適用したときにパラメータ空間を効率よく探索することができないことがよく知られている。特に、従来のマルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)は、相関変数を含む高次元パラメータ空間ではうまくミックスしない。対照的に、ハミルトニアンモンテカルロ(HMC)などの勾配ベースのアルゴリズムは、計算コストは高いが、単位計算時間あたりに生成される独立サンプルの数に関して勾配フリーサンプリングアルゴリズムよりもはるかに優れている。このクラスのサンプリングアルゴリズムは、強い相関を呈し得る非常に高次元の空間でも、パラメータ空間の効率的な収束及び探索を提供する。それにもかかわらず、HMCなどの勾配ベースのサンプリング方法の効率は、ユーザにより指定されるアルゴリズムパラメータに非常に敏感である。HMCの自己調整型バリアントであるUターンなしサンプラー(NUTS)などのより高度なMCMCサンプリングアルゴリズムは、アルゴリズムパラメータを適応的に調整することでこれらの課題を解決する。これらのアルゴリズムは、高次元のターゲット分布から効率よくサンプリングすることが示されており、観察値としての大量のデータセットを条件とする複雑な逆問題を解くことができる。
【0004】
MCMCは、ノンパラメトリックで、長い/無限実行の極限において漸近的に厳密であるという利点を有する。他の代替例のうち、変分推論(VI)は、ベイズ推論を最適化問題に変え、これは通常、MCMC法よりもはるかにより速い計算となる。しかしながら、従来のVIの導出は、確率的モデルに適した変分ファミリの定義、対応する目的関数の計算、勾配の計算、及び勾配ベースの最適化アルゴリズムの実行などのモデル固有の主要な作業を必要とする。自動微分変分推論(ADVI)は、これらの問題を自動的に解く。
【0005】
確率的プログラミング言語(PPL)は、それぞれ、NUTS及びADVIなどの次世代のMCMCサンプリング及びVIアルゴリズムを特徴とすることによって、ユーザにより定義される確率的モデルでの自動ベイズ推論の効率的な実装を提供する。PPLの助けにより、これらのアルゴリズムは、コンピュータプログラムで導関数を計算するための自動微分法を利用して、ランダムウォーク挙動と相関パラメータへの敏感さを回避する。特に、Stan及びPyMC3は、ベイズ推論及び確率的機械学習のための高レベルの統計モデリングツールであり、広範で信頼性の高い診断機能が強化されたNUTS及びADVIなどの高度な推論アルゴリズムを提供する。PPLは自動推論を可能にするが、これらのアルゴリズムのパフォーマンスは、パラメータ化の形式に敏感になることがある。系のダイナミクス(一連の非線形確率微分方程式によって支配される)の推論効率を改善するための確率的モデルにおける再パラメータ化の適切な形式は、依然として困難な問題である。
【0006】
他方では、医療処置戦略を改善する可能性があるため、パーソナライズされた大規模脳ネットワークモデリングに近年注目が集まっている。個別化された全脳モデリング手法では、巨視的スケールで個々の時空間的脳活動をシミュレートするべく、非侵襲的撮像技術から得られた解剖学的接続性などの患者固有の情報が、局所ニューロン活動の平均場モデルと組み合わされる。The Virtual Brain(TVB)は、個々の被検者データを使用することによって脳のパーソナライズされた構成を再現及び評価するための、Pythonで書かれたオープンアクセスの計算フレームワークである。このニューロインフォマティクスプラットフォームは、個々の時空間的脳活動を体系的にシミュレートするべく、脳の計算モデリングとマルチモーダル神経撮像データを統合する。しかしながら、現在、TVBの準備における自動モデルの反転及びデータフィッティング検証のための特定のワークフローは存在しない。
【0007】
より最近では、個々の患者の非侵襲的な構造データから導出されたパーソナライズされた脳ネットワークモデルに基づく脳介入のための新規な手法、すなわち、仮想てんかん患者(VEP)が提案されている。VEPモデルは、患者固有の臨床モニタリングを通知し、手術結果を改善するべく、発作の開始位置、被検者固有の脳の接続性、及びMRI病変などの個人データを組み込む、個々の脳の大規模な計算モデルである。VEPモデルは、両耳側てんかん患者におけるてんかん発作の推移を現実的に模擬できることが、以前に示されている。しかしながら、そのような大規模脳ネットワークモデルの逆問題は、各脳ネットワークノードの固有の非線形ダイナミクス、並びに、関連する多数のモデルパラメータ、及び脳撮像設定で一般的に直面する観察値に起因して困難なタスクである。
【発明の概要】
【0008】
したがって、仮想てんかん患者における発作の開始位置を体系的に予測するために、最もポピュラーな確率的プログラミングツール(例えば、Stan/PyMC3)とパーソナライズされた脳ネットワークモデリング(例えば、VEPモデル)との間の有用なリンクを確立する必要がある。本発明は、TVBによって生成されたてんかんの広がりのパーソナライズされた大規模脳モデルの隠れた/観察されないダイナミクスを推論するように設計された確率的フレームワークとして、特に、ベイズの仮想てんかん患者(BVEP)を構築することを可能にする。
【0009】
第1の態様によれば、本発明は、てんかん患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するための方法であって、
霊長類脳の様々な領域及び前記領域間の接続性をモデル化するコンピュータ化されたモデルを提供するステップと、
霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルを、前記コンピュータ化されたモデルに提供するステップであって、前記モデルは、前記脳のある領域のてんかん原性のパラメータの関数であるステップと、
仮想てんかん患者(VEP)脳モデルを得るために、てんかん患者の脳の構造データを提供し、前記構造データを使用して前記コンピュータ化されたモデルをパーソナライズするステップと、
確率的仮想てんかん患者脳モデル(BVEP)を得るために、確率的状態遷移を使用して仮想てんかん患者(VEP)脳モデルの状態空間表現を確率的プログラミング言語(PPL)に変換するステップと、
患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない前記脳領域のてんかん原性を推論するために、患者の脳の脳電図データ又は脳磁図データを取得し、確率的仮想てんかん患者脳モデルを前記データにフィットさせるステップと、
を含む方法に関する。
【0010】
優先的に、- 確率的プログラミング言語は、ベイズのプログラミング言語であり、確率的仮想てんかん患者脳モデルは、ベイズの仮想てんかん患者(BVEP)脳モデルであり、出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性は、ベイズ推論を使用して推論される、- てんかん患者の脳の構造データは、非侵襲的なT1強調撮像データ及び/又は拡散MRI画像データを含み、- 霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルは、発作イベントの開始、進行、及び終了のダイナミクスを再現するモデルであり、状態変数が発作期の発作状態中の高速放電を記述する最も速い時間スケールと、状態変数が低速棘徐波振動を表す中間の時間スケールと、状態変数が発作間欠期状態と発作期状態との間の遷移に関与する最も遅い時間スケールとの3つの異なる時間スケールで2つの振動力学系を結合する状態変数を含み、脳領域のてんかん原性の度合いは、興奮性パラメータの値を通じて表され、- 確率的仮想てんかん患者脳モデルを得るために、患者の脳のてんかん原性の空間マップが提供され、前記てんかん原性の空間マップは、患者の脳の脳領域を、てんかん発作を自律的に引き起こす可能性があるてんかん原性領域(EZ)、発作を自律的に引き起こさないが発作の推移中に出現する可能性がある伝播領域(PZ)、及び発作を自律的に引き起こさない正常な領域(HZ)に分類し、- 確率的仮想てんかん患者脳モデルは、仮想てんかん患者の状態空間表現に基づく生成モデルに従って生成され、- 仮想てんかん患者の状態空間表現は、
【数1】
という形式であり、
式中、
【数2】
は、時間とともに変化する系の状態のn次元ベクトルであり、x
t0は、時間t=0での初期状態ベクトルであり、
【数3】
は、仮想てんかん患者モデルのすべての未知のパラメータを含み、u(t)は外部入力を表し、
【数4】
は、測定誤差v(t)の対象となる測定データを示し、fは、系の動的特性を記述するベクトル関数であり、hは測定関数を表し、- 確率的仮想てんかん患者(BVEP)モデルを得るために、仮想てんかん患者(VEP)モデルの状態空間表現が、状態遷移確率として確率的仮想てんかん患者(BVEP)モデルに組み込まれ、- 状態遷移確率は、以下のとおりであり:
【数5】
式中、
【数6】
は、状態x(t)から状態x(t+dt)への遷移確率を示し、- 生成モデルは、モデルパラメータの尤度と事前密度の項で定義され、その積は同時密度:
【数7】
をもたらし、式中、事前密度
【数8】
は、隠れ変数と潜在的なパラメータ値に関する事前信念を含み、一方、条件付き尤度項
【数9】
は、所与のパラメータ値セットで観察値が得られる確率を表し、- 患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するために、サンプリングアルゴリズムが実装され、- サンプリングアルゴリズムは、マルコフ連鎖モンテカルロ又は変分推論アルゴリズムであり、- 方法はコンピュータで実装される。
【0011】
本発明の他の特徴及び態様は、以下の説明及び付属の図面から明白であろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】
図2A、
図2B、
図2C、
図2D、及び
図2Eは、患者の様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを推定するための本発明の方法に従って得られる結果を示している。より詳細には、
図2Aは、患者の再構成された脳の領域分割を示しており、
図2Bは、84個の領域(灰色:HZ、薄い灰色:PZ、濃い灰色:EZ)からなる患者の脳ネットワークを示している。線の太さは、接続の強さを示している。例示するために、最大重みの10%を超える重みがつけられた接続のみが示されている。
図2Cは、構造的接続性マトリクスを示している。
図2Dは、ソースレベルの脳活動と予測エンベロープ(破線)でのフルVEPモデルの例示的なシミュレーションである。
図2Eは、異なる脳ノードタイプについての興奮性パラメータη
iの推定密度を示しており、垂直破線は真の値を示す。
【
図3】
図3A、
図3B、
図3C、
図3D、及び
図3Eは、患者1についてのNUTSアルゴリズムを使用して推定された様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップに関する、本発明の方法に従って得られる結果の精度を示している。より詳細には、
図3Aは、HZ(灰色)、PZ(薄い灰色)、及びEZ(濃い灰色)として定義される3つの脳ノードタイプについての観察データ(一点鎖線)と予測の例を示している。影付きの領域は、事後予測分布の5パーセンタイル~95パーセンタイルの範囲を示している。
図3Bは、84個の脳領域についてのη
iの推定密度を表すプロットを示している。真の値は、塗りつぶされた黒丸で表されている。
図3Cは、事後縮小に対する事後zスコアの分布を示しており、これは理想ベイズ反転を意味する。
図3Dは、てんかん原性の推定空間マップの混同行列を示している。HZ、PZ、及びEZとしてラベル付けされたすべての脳ノードの事前定義されたクラスが正確に予測される(精度=1.0、誤分類=0.0)。
【
図4】BVEPモデルにおける異なる脳ノードタイプについてのシミュレートした位相平面(上段)と予測される位相平面(下段)との比較を示している。左から右へ、列は、それぞれHZ、PZ、及びEZとして指定された脳ノードに対応する。これらの脳領域の軌跡は、それぞれ、緑、黄、及び赤で示されている。各位相平面内で、興奮性パラメータに応じて、x及びzヌルクラインの交点(濃い灰色で色付けされている)が系の固定点を決定する。黒丸と白丸は、それぞれ、安定な固定点と不安定な固定点を示している。
【
図5】NUTSアルゴリズムによって得られたてんかん原性の推定空間マップをADVIと比較して示している。NUTSによって得られたサンプルの例示的なヒストグラム及びカーネル密度推定値がパネルAに示されており、それに対し、ADVIの平均場バリアントによる近似がパネルBに示されている。分析に含まれるすべての脳ノードについて、事前密度(濃い灰色で示されている)はN(-2.5,1.0)とみなされた。垂直破線は真の値を示している。
【
図6】NUTSとADVIの収束診断を示している。パネルAには、ハイパーパラメータペア(σ、σ’)間の同時事後確率分布からNUTSによって生成されたサンプルが示されている。この場合、非有心形式のパラメータ化により、事後分布から独立したサンプルが得られる。パネルBでは、有心形式のサンプリングにより、ハイパーパラメータ間の相関が高くなっており、これは、サンプラーが事後分布を効率よく探索しなかったことを示している。パネルCには、ADVIの平均場バリアントを使用した近似同時事後確率分布からのサンプルが示されている。パネルDは、非有心形式のサンプリングの値
【数10】
を示しており、すべての推定された隠れ状態及びパラメータで1.05よりも低く、これはMCMCが収束したことを意味する。パネルEで、有心形式のサンプリングによって返される
【数11】
の高い値は、チェーンが収束していないことを示している。パネルFには、ADVI繰返し数に対する変分目的関数(ELBO)が示されている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、てんかん患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域のてんかん原性を推論するための方法に関する。これは、発作が仮想領域で開始し、候補脳領域に伝播する可能性がある、パーソナライズされたてんかん脳患者の様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを推論するためのコンピュータ化された確率論的方法である。
【0014】
本発明に係る方法は、コンピュータで実施される種々のステップを含む。コンピュータ可読媒体は、本発明に係る方法のステップを実行するためのコンピュータ可読命令でエンコードされる。
【0015】
これは、霊長類脳の様々な領域及び前記領域間の接続性をモデル化するコンピュータ化されたモデルを提供するステップを含む。この脳は、The Virtual Brainである。これは、生物学的に現実的な接続性を使用した全脳ネットワークシミュレーションのためのニューロインフォマティクスプラットフォームである。このシミュレーション環境は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、EEG、及び脳磁図法(MEG)を含む巨視的な神経撮像シグナルの生成の根底にある、様々な脳スケールにわたる神経生理学的メカニズムのモデルベースの推論を可能にする。これは、個々の被検者データを使用することで、脳のパーソナライズされた構成の再現及び評価が可能となる。
【0016】
これは、脳領域のてんかん原性のパラメータの関数である、霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルを、前記コンピュータ化されたモデルに提供するステップをさらに含む。
【0017】
優先的に、霊長類脳におけるてんかん発作のダイナミクスを再現できるモデルは、発作イベントの開始、進行、及び終了のダイナミクスを再現するモデルであり、状態変数が発作期の発作状態中の高速放電を記述する最も速い時間スケールと、状態変数が低速棘徐波振動を表す中間の時間スケールと、状態変数が発作間欠期状態と発作期状態との間の遷移に関与する最も遅い時間スケールとの3つの異なる時間スケールで2つの振動力学系を結合する状態変数を含み、脳領域のてんかん原性の度合いは、興奮性パラメータの値を通じて表される。
【0018】
また、本発明に係る方法は、仮想てんかん患者(VEP)脳モデルを得るために、てんかん患者の脳の構造データを提供し、前記構造データを使用して前記コンピュータ化されたモデルをパーソナライズするステップを含む。構造データは、例えば、磁気共鳴画像法(MRI)、拡散強調磁気共鳴画像法(DW-MRI)、核磁気共鳴画像法(NMRI)、又は磁気共鳴断層撮影法(MRT)を使用して取得した患者の脳の画像データである。優先的に、てんかん患者の脳の構造データは、非侵襲的なT1強調撮像データ及び/又は拡散MRI画像データを含む。
【0019】
本発明に係る方法は、確率的仮想てんかん患者脳モデル(BVEP)を得るために、確率的状態遷移を使用して仮想てんかん患者(VEP)脳モデルの状態空間表現を確率的プログラミング言語(PPL)に変換するステップをさらに含む。
【0020】
優先的に、確率的プログラミング言語は、ベイズのプログラミング言語であり、確率的仮想てんかん患者脳モデルは、ベイズの仮想てんかん患者(BVEP)脳モデルであり、ベイズ推論を使用して、出現させたとしても出現させていないとしても観察されない脳領域のてんかん原性が推論される。
【0021】
優先的に、確率的仮想てんかん患者脳モデルを得るために、患者の脳のてんかん原性の空間マップが提供され、前記てんかん原性の空間マップは、患者の脳の脳領域を、てんかん発作を自律的に引き起こす可能性があるてんかん原性領域(EZ)、発作を自律的に引き起こさないが発作の推移中に出現する可能性がある伝播領域(PZ)、及び発作を自律的に引き起こさない正常な領域(HZ)に分類する。
【0022】
優先的に、確率的仮想てんかん患者脳モデルは、仮想てんかん患者の状態空間表現に基づく生成モデルに従って生成される。
【0023】
より優先的に、仮想てんかん患者の状態空間表現は、
【数12】
という形式であり、
式中、
【数13】
は、時間とともに変化する系の状態のn次元ベクトルであり、x
t0は、時間t=0での初期状態ベクトルであり、
【数14】
は、仮想てんかん患者モデルのすべての未知のパラメータを含み、u(t)は外部入力を表し、
【数15】
は、測定誤差v(t)の対象となる測定データを示し、fは、系の動的特性を記述するベクトル関数であり、hは測定関数を表す。
【0024】
優先的に、確率的仮想てんかん患者(BVEP)モデルを得るために、仮想てんかん患者(VEP)モデルの状態空間表現が、状態遷移確率として確率的仮想てんかん患者(BVEP)モデルに組み込まれる。
【0025】
より優先的に、状態遷移確率は、以下のとおりであり:
【数16】
式中、
【数17】
は、状態x(t)から状態x(t+dt)への遷移確率を示す。
【0026】
より優先的に、生成モデルは、モデルパラメータの尤度と事前密度の項で定義され、その積は同時密度:
【数18】
をもたらし、式中、事前密度
【数19】
は、隠れ変数と潜在的なパラメータ値に関する事前信念を含み、一方、条件付き尤度項
【数20】
は、所与のパラメータ値セットで観察値が得られる確率を表す。
【0027】
本発明に係る方法は、患者の脳の脳電図データ又は脳磁図データを取得し、確率的仮想てんかん患者脳モデルを前記データにフィットさせ、患者の脳の発作活動を出現させたとしても出現させていないとしても観察されない前記脳領域の興奮性を推論するステップをさらに含む。
【0028】
優先的に、患者の脳の発作活動を出現させたとして観察されない又は出現させていないとして観察されない脳領域の興奮性を推論するために、サンプリングアルゴリズムが実装される。
【0029】
より優先的に、サンプリングアルゴリズムは、マルコフ連鎖モンテカルロ又は変分推論アルゴリズムである。
【0030】
例1:材料及び方法
一例では、本発明に係る方法は、
図1に概略的に示されるように、パーソナライズされた脳ネットワークモデリングとベイズ推論に基づいている。この方法は、VEPモデルを構成することと、次いで、VEPをPPLツールに埋め込んでモデルパラメータを推論及び検証することとの、2つの主要なステップに従ってBVEPを構築することを可能にする。VEPモデルを構築するために以下のステップが実行される:最初に、患者に非侵襲的な脳撮像(MRI、DTI)を行う。これらの画像に基づいて、脳の領域分割及び患者のコネクトームを含む脳ネットワークの解剖学的構造が、再構築パイプラインから提供される。次いで、ネットワークモデルを定義するべく、各脳領域について神経細胞集団モデルが選択される。VEPでは、拡散トラクトグラフィーから導出された構造的接続性を通じて接続される各ネットワークノードでEpileptor(商標)モデルが定義される。このようなモデルは、例えば、公開文書“On the nature of seizure dynamics”, Jirsa et al., Brain 2014, 137, 2210-2230で開示されており、これは参照文献の引用により本明細書に組み込まれる。これは、3つの異なる時間スケールで機能する5つの状態変数を含む。最も速い時間スケールでは、状態変数が、発作中の高速放電を記述する。最も遅い時間スケールでは、誘電率状態変数が、細胞外イオン濃度、エネルギー消費、及び組織の酸素化などの低速プロセスを記述する。系は、状態変数を通じて発作期状態中に高速振動を呈する。発作間欠期状態と発作期状態との自律的な切替えは、それぞれ、発作の始まり及び終わりについてサドルノード及びホモクリニック分岐メカニズムを通じて誘電率状態変数を介して実現される。切り替えには、インビトロ及びインビボで記録されている直流(DC)シフトが付随する。中間の時間スケールでは、他の状態変数が、発作中に観察される棘徐波エレクトログラフィックパターンと、結合を介して最も高速の系によって興奮したときの発作間欠期及び発作前スパイクを記述する。まとめると、TVBシミュレーションは、経験的神経撮像シグナルを模擬することを可能にする。次いで、例えばPPLツール内のNUTS/ADVIアルゴリズムを使用して、モデルフィッティングが行われる(この例では、観察値として脳ソース活動、生成モデルとしてVEPモデルがStan/PyMC3で変換される)。最後に、例えば既存のサンプルからのWAIC/LOOによって交差検証を行い、モデルの新しいデータの予測能力を評価する、したがって、ネットワーク病理をリファインすることができる。言い換えれば、BVEPを構築するためのワークフローは、VEP、すなわち、てんかんの広がりのパーソナライズされた脳ネットワークモデルを構築するステップと、次いで、VEPモデルをベイズのフレームワークに埋め込んでモデルパラメータを推論及び検証するステップとの2つの主要なステップからなる。状態空間表現でのVEPの定式化に続いて、系のダイナミクスの確率論的再パラメータ化が実証される。BVEPでの提案された確率論的再パラメータ化は、系のダイナミクスを推論するべく、非線形状態空間式を効率よく反転できることが示されている。この手法は、PPLを利用して、てんかんの広がりのパーソナライズされた脳ネットワークモデルにおけるてんかん原性の空間マップを正確に推定することを可能にする。脳ネットワークシミュレーションにThe Virtual Brainが使用され、シミュレートされた全脳モデルを反転するのにStanとPyMC3が使用される。
【0031】
以下では、構築された脳モデルをインシリコデータにフィットさせ、推論を検証するために、特定の患者のBVEPモデルをどのようにして構築するかがステップごとに示されている。いくつかの収束診断及び事後挙動分析によって推定の精度及び信頼性が検証される。
【0032】
個々の患者データ
この研究では、薬剤抵抗性後頭葉てんかんの23歳の女性(患者1)と、薬剤抵抗性側頭・前頭葉てんかんの24歳の女性(患者2)との、2人の患者を選択した。患者は標準的な臨床評価を受け、その詳細は以前の研究で説明されている(Proix et al., Individual brain structure and modelling predict seizure propagation. Brain 140, 641-654, 2017)。評価には、非侵襲的T1強調撮像(MPRAGEシーケンス、繰り返し時間=1900ms、エコー時間=2.19ms、1.0×1.0×1.0mm、208スライス)、及び拡散MRI画像(DTI-MRシーケンス、64方向の角度勾配セット、繰り返し時間=10.7s、エコー時間=95ms、2.0×2.0×2.0mm、70スライス、1000s mm-2のb重み付け)が含まれる。画像は、Siemens Magnetom Verio(商標)3T MRスキャナで取得した。
【0033】
ネットワークの解剖学的構造
一般に入手可能な神経撮像ソフトウェアを使用して再構築パイプラインで構造的コネクトームを構築した。パイプラインの現在のバージョンは、前述のバージョン(Proix et al., 2017)から進化している。最初に、バージョンv6.0.0のFreesurfer(商標)パッケージからのrecon-allコマンドを使用して、T1強調画像から脳の解剖学的構造を再構築及び領域分割した。次いで、自由度12の相関比コスト関数を使用してバージョン6.0のFSLパッケージからの線形位置合わせツールflirt(商標)でT1強調画像を拡散強調画像と位置合わせした。
【0034】
次いで、トラクトグラフィーのために、バージョン0.3.15のMRtrix(商標)パッケージを使用した。Tournierアルゴリズムを使用してdwi2responseツールによって推定された応答関数とともにdwi2fodツールによる球面逆畳み込みを使用してDWIから神経線維の配向分布を推定した。次に、確率論的トラクトグラフィーアルゴリズムiFOD2を使用するtckgenツールを使用して1,500万の線維路を生成した。最後に、前のステップでFreeSurferによって生成されたDesikan-Killiany領域分割を使用してtck2connectomeツールでコネクトームマトリクスを構築した。コネクトームは、最大値が1に等しくなるように正規化された。
【0035】
ネットワークモデル
通常、パーソナライズされた脳ネットワークモデルを構築するために、領域分割スキームを使用して脳領域が定義され、局所脳活動をモデル化するために一連の数式が使用される。被検者固有の脳の解剖学的情報を組み込むためにこのようなデータ駆動型の手法を採用すると、ネットワークエッジは、個々の患者の非侵襲的撮像データから得られる脳の構造的接続性によって表される。VEPモデルでは、脳ネットワークノードのダイナミクスは、拡散強調MRI(dMRI)技術(Jirsa et al., The virtual epileptic patient: Individualized whole-brain models of epilepsy spread, 2017)から導出された構造的接続性マトリクスを通じて結合されるEpileptor式(Jirsa et al., On the nature of seizure dynamics. Brain 137, 2210-2230, 2014)によって支配される。
【0036】
Epileptorは、発作の推移の動的モデルであり、発作のようなイベントの開始、進行、及び開始のダイナミクスを現実的に再現することができる。Epileptorは、3つの異なる時間スケールで2つの振動力学系を結合する5つの状態変数を含み、最も速い時間スケールでは、変数x1及びy1は、発作期の発作状態中の高速放電を記述する。中間の時間スケールでは、変数x2及びy2は、低速棘徐波振動を表す。最も遅い時間スケールでは、誘電率状態変数zは、発作間欠期状態と発作期状態との間の遷移に関与する。さらに発作間欠期及び発作前スパイクが、項g(x1)を介して生成される。
【0037】
Jirsa他(2014)に続いて、フルEpileptorモデルのダイナミクスは、次式によって説明される:
【数21】
式中、
【数22】
であり、τ
0=2857、τ
1=1、τ
2=10、I
1=3.1、I
2=0.45、及びγ=0:01である。てんかん原性の度合いは、興奮性パラメータηの値を通じて表される。η>η
c(η
cはてんかん原性の臨界値である)の場合、Epileptorは、てんかん原性と呼ばれる自律的発作活動を示し、それ以外の場合、Epileptorは、(正常な)平衡状態にあり、発作を自律的に引き起こさない。
【0038】
Jirsa他(2017)に続いて、フルVEP脳モデル式(N個の結合されたEpileptor)は、以下のようになる:
【数23】
ここで、ネットワークノードは、グローバルスケーリングファクタKと患者のコネクトームC
ijを含む、
【数24】
を通じた誘電率結合の線形近似によって結合される。
【0039】
時間スケール分離の仮定の下で、Proix他(2014)は、Epileptorの第2のニューロン集団(すなわち、変数x
2及びy
2)の影響を、結合されたEpileptor式を平均して、次式のような2D削減VEPモデルを得ることによって無視できることを示している:
【数25】
【0040】
興奮性パラメータηの値に応じて、2D Epileptorは、異なる安定レジームを呈する。η<ηcのとき、位相平面内の軌跡は、立方xヌルクラインの左岐上の系の単一の安定な固定点に引き寄せられる。このレジームでは、Epileptorは、正常であると言われ、これは、外部入力なしにてんかん発作を引き起こさないことを意味する。ηの値が増加すると、zヌルクラインが下に移動し、発作の開始に対応するη=ηcでサドルノード分岐が生じる。η>ηcのとき、系は、発作が発生する可能性がある不安定な固定点を呈する(Epileptorは、てんかん原性であると言われる)。この例では、てんかん原性の空間マップのベイズ推論のためにVEPモデルの2D削減を使用し、モデルパラメータ推定に関連する計算コストを削減する。Epileptorの2D削減は、発作期の発作状態中の高速放電のエンベロープ(すなわち、発作パターンの開始、伝播、及び終了)の予測(Proix et al., 2014; Jirsa et al., 2017)を可能にしながら、より速い反転を可能にする。
【0041】
てんかん原性の空間マップ
個人の変動性を構造的に制約する患者のコネクトームに加えて、脳ネットワークモデルのダイナミクスは、各個人の脳活動のより特異的パターンを生成するために機能的脳ネットワークコンポーネントに関する仮説の定式化によってさらに制約され得る。てんかんの場合、てんかん原性領域又は病変の位置に関する臨床的仮説は、ネットワーク病理をリファインして、個々の患者における発作の開始及び伝播をより良好に予測することを可能にする。
【0042】
BVEP脳モデルでは、各ネットワークノードは、その接続性及び興奮性値に応じて発作を引き起こし得る。パラメータηは組織の興奮性を制御し、したがって、その空間分布はパラメータフィッティングの対象である。この研究では、興奮性値に応じて、様々な脳領域が3つの主要なタイプに分類される:
- てんかん原性領域(EZ):η>ηcの場合、Epileptorは、発作を自律的に引き起こす可能性がある(てんかん活動の起始及び初期編成に関与する脳領域)。
- 伝播領域(PZ):ηc-Δη<η<ηcの場合、Epileptorは、発作を自律的に引き起こさないが、それらの平衡状態が臨界値に近いため、発作の推移中に出現する可能性がある。
- 正常な領域(HZ):η<ηc-Δηの場合、Epileptorは発作を自律的に引き起こさない。
【0043】
上記の動的特性に基づいて、様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップは、EZの興奮性値(高い興奮性値)、PZ(より小さな興奮性値)、及びHZ(てんかん原性ではない)として分類されるすべての他の領域を含む。しかしながら、伝播はまた、接続性及び脳の状態依存性を含む種々の他の因子によって決まるので、中間の興奮性値は、発作がこの領域を伝播領域の一部として出現することを保証しないことに留意されたい。BVEP脳モデルでは、興奮性パラメータの空間分布に関する予備知識として臨床的仮説を定式化することができる。この研究では、特定の脳領域に関する臨床的仮説がないと仮定して、分析に含まれるすべての脳領域の興奮性パラメータに同じ事前分布が割り当てられた。
【0044】
確率的モデル
ベイズのフレームワーク内で確率的脳ネットワークモデルを構成する際の重要なコンポーネントは、生成モデルである。生成モデルは、一連の観察値があるとすれば、いくつかの隠れ状態と未知のパラメータを通じて観察データが生成されるメカニズムの確率論的記述である。したがって、ここでは、生成モデルは、経時的パラメータがあるとすれば、モデルの状態変数の推移を記述する動的モデルによって導かれる数学的定式化を有する。この仕様は、尤度関数を構築するのに必要である。次いで、未知のパラメータの可能な値に関する事前信念を指定することでフル生成モデルが完成する。
【0045】
この研究で提示されるBVEP脳モデルは、2つの主要なステップで構築される。第1に、てんかん発作がどのように生成されるかを記述するデータ生成プロセスの基本形式を提供する、VEPモデル式である。第2に、予備知識としての脳におけるてんかん原性の空間マップに関する仮説の定式化である。後者のコンポーネントは、様々な脳領域にわたる興奮性パラメータの空間分布に関する仮説を使用したモデルを与える。
【0046】
BVEPでの生成モデルは、以下の形式の非線形確率微分方程式の系(いわゆる状態空間表現)に基づいて定式化される:
【数26】
式中、
【数27】
は、時間とともに変化する系の状態のn次元ベクトルであり、x
t0は、時間t=0での初期状態ベクトルであり、
【数28】
は、仮想てんかん患者モデルのすべての未知のパラメータを含み、u(t)は、外部入力を表し、
【数29】
は、測定誤差v(t)の対象となる測定データを表す。それぞれw(t)~N(0;σ
2)及びv(t)~N(0;σ’
2)で表されるプロセス(動的)ノイズ及び測定ノイズは、平均がゼロ、分散がそれぞれσ
2及びσ’
2の、ガウス分布に従うと仮定される。カラード非ガウス動的ノイズは、項w(t)で取り込むことができ、一方、乗算ノイズ(すなわち、その強度が系の状態に依存するノイズ)又は乗算フィードバック(系の状態が駆動ノイズ強度にさらに影響を及ぼす)の存在下では、定性的に異なる解につながる可能性があるさらなる項が現れる。さらに、f(.)は、系の動的特性を記述するベクトル関数であり、h(.)は、測定関数を表す。ソースのローカライゼーション問題では、h(.)は、リードフィールド行列として知られている。現在の作業は、ソース双極子から電極接点での測定値(すなわち、h(.)は、ここでは線形関数である)へのマッピングに関連した不可避の矛盾を回避するために、観察された活動の潜在的な脳ソースに焦点をあてていることに注目される。
【0047】
VEPモデルの2D削減(式(3)を参照)を考えると、
【数30】
n=2Nであり、式中、Nは脳領域の数に等しい。したがって、
【数31】
であり、式中、p=3N+3である。再構築パイプラインを使用してセクション2.2で説明したように患者を仮想化し、ここではN=84である。
【0048】
隠れ状態x(t)のダイナミクスを定義する状態空間表現(式(4)を参照)は、状態遷移確率:
【数32】
としてBVEPモデルに組み込まれ、式中、
【数33】
は、状態x(t)から状態x(t+dt)への遷移確率を示す。しかしながら、有心形式のパラメータ化と呼ばれる上記のパラメータ化は、病理学的ジオメトリを呈し、偏った推定をもたらす可能性がある。
【0049】
再パラメータ化の慎重な選択は、特に極端な曲率の領域で、有効サンプルサイズを増加させ、発散を減少させることが、以前に示されている。病理学的サンプル、したがって、有心形式のパラメータ化におけるパラメータ間の強い相関に起因する偏った推定を回避するために、位置スケール変換の利点を利用して非線形状態空間式を反転させる。これにより、連続する時間ステップでの状態変数を表すパラメータの相関を解除することができる。
【0050】
上記の分布の非有心形式の再パラメータ化は、以下のようになる:
【数34】
例3では、非有心形式のパラメータ化を使用して系のダイナミクスを推論することは、パラメータ間の強い相関に起因する偏った推定を回避することでサンプリングのパフォーマンスを劇的に向上させることが示されている。
【0051】
推論/予測
生成モデルは、モデルパラメータ及び観察値の同時確率分布
【数35】
によって特徴付けられ、式中、Yは、観察された変数を表し、
【数36】
は、系の隠れ変数及びモデルパラメータを含む。ベイズの技術は、観察された応答と、基になる生成プロセスに関する事前信念のみが与えられた場合に、基になるデータ生成プロセスの未知のパラメータの分布を推論する。積の法則により、生成モデルは、モデルパラメータの尤度と事前密度の項で定義することができ、その積は同時密度:
【数37】
をもたらし、式中、
事前密度
【数38】
は、隠れ変数と潜在的なパラメータ値に関する事前信念を含み、一方、条件付き尤度項
【数39】
所与のパラメータ値セットで観察値が得られる確率を表す。ベイズ推論では、観察値が与えられたモデルパラメータの条件付き分布である、事後密度
【数40】
を求める。ベイズの定理は、この事後密度を尤度と事前密度の項で次のように表現する:
【数41】
式中、分母
【数42】
は、データの確率を表し、これは、エビデンス又は周辺尤度(実際には単に正規化項となる)として知られている。
【0052】
事後密度
【数43】
からサンプリングするために、HMCのパフォーマンスは、ハミルトニアン動的シミュレーションで位置変数及び運動量変数を更新するためのリープフロッグインテグレータでのステップサイズ及びステップ数に非常に敏感である。リープフロッグインテグレータで選択されたステップ数が小さすぎる場合、HMCは、メトロポリス・ヘイスティングスアルゴリズムに類似した望ましくないランダムウォーク挙動を呈し、したがって、アルゴリズムはパラメータ空間を十分に探索しない。リープフロッグで選択されたステップ数が大きすぎる場合、関連するハミルトニアン軌跡が初期状態の近傍にループバックする可能性があり、アルゴリズムは計算作業を無駄にする。NUTSは、事後分布から効率よくサンプリングするためのリープフロッグ積分のステップサイズとステップ数との両方の適応的調整で、HMCを拡張する。代替的な手法では、ADVIは、密度のファミリを仮定し、勾配を自動的に計算し、次いで、ターゲット分布に最も近いメンバー(Kullback-Leibler発散によって測定される)を見つける。この研究では、HMCの自己調整型バリアントであるNUTSと、ADVIを使用して、モデルパラメータの事後分布を近似する(式(3)を参照)。
【0053】
分析に含まれるすべての脳領域についての興奮性パラメータの事前密度は、平均-2.5及び標準偏差1.0、すなわち、N(-2.5,1.0)の正規分布とみなした。さらに、系の初期条件及び大域結合パラメータKに、標準偏差1.0のグラウンドトゥルースを中心とする正規分布として、情報量の少ない事前密度を設定した。ハイパーパラメータの事前密度は、一般的な情報量の少ない事前密度N(0,1.0)とみなした。
【0054】
ベイズモデルのフィッティング後に、多くの場合、推論されたモデルの予測精度を測定する必要がある。情報基準とleave-one-out交差検証(LOO)は、モデルの新しいデータの予測能力を評価するための2つの厳密な手法である。パラメータ値の事後分布で評価された対数尤度から引き出された既存のシミュレーションを採用すると、広く適用可能な情報基準(WAIC)とパレート平滑化重点サンプリング(PSIS)LOOにより、モデルフィッティングのコストに対して無視できる計算時間内で、フィットされたベイズモデルの予測精度を効率よく推定することができる。
【0055】
推論診断
MCMCサンプリングアルゴリズムの実行後に、MCMCサンプルの収束を評価するべく、いくつかの統計解析を行う必要がある。事後サンプルに基づいてMCMCアルゴリズムのパフォーマンスを評価する1つの簡単な方法は、チェーンがどのくらい上手く混合されているか(すなわち、MCMCサンプラーがパラメータ空間内のすべてのモードを効率よく探索するか)を視覚化することである。これは、トレースプロット(繰返しにわたるMCMCからのパラメータ推定値の推移)、ペアプロット(変数間の共線性を識別するため)、及び自己相関プロット(MCMCサンプルの抽出間の相関度を測定するため)を含む様々な方法で監視することができる。定常分布へのMCMCの収束を評価するためのより定量的な方法は、potential scale reduction factor
【数44】
と、事後モデル確率のサンプルに基づく有効サンプルサイズN
effを推定することである。
【数45】
の診断は、チェーンをより長く実行することによってどれだけ分散を減らすことができるかの推定を提供する。各MCMC推定は、それに関連する
【数46】
の統計値を有し、これは、本質的に、チェーン間分散とチェーン内分散との比である。
【数47】
がおよそ1.1未満である場合、MCMC収束が達成されており(無限サンプルの場合は1.0に近づく)、そうでない場合、チェーンをより長く実行する必要がある。さらに、N
effの統計値は、チェーンで表される独立サンプル数を示す。有効サンプルサイズが大きいほど、MCMC推定の精度が高くなる。これらはMCMCサンプルの収束に必要な条件であるが十分な条件ではないことに留意されたい。
【0056】
前述の一般的なMCMC診断に加えて、NUTS固有の診断を使用して、サンプルの収束、発散リープフロッグ遷移の数(事後分布の曲率が大きく変化することに起因する)、ハミルトニアンシミュレーションでNUTSが使用するステップサイズ(ステップサイズが小さすぎるとサンプラーが非能率的となり、ステップサイズが大きすぎるとハミルトニアンシミュレーションが発散する)、及びハミルトニアンシミュレーション中に行われたリープフロッグステップの数に関連する、NUTSが使用するツリーの深さ、を監視することができる。
【0057】
事後フィットの評価
フィッティングに合成データを使用すると、推論されるパラメータのグラウンドトゥルースが既知であるため、推論を検証することができる。したがって、標準誤差メトリックを使用して、推論されたパラメータと、データの生成に用いられたパラメータとの類似性を測定することができる。この推論を検証するために使用されるメトリックは、混同行列、事後縮小、及び事後zスコアである。
【0058】
混同行列は、分類の精度を評価するためのメトリックである。要素q
i,jは、クラスiにあることがわかっているがクラスjにあると予測される観察値の数に等しく、
【数48】
であり、式中、Qはクラスの総数である。BVEPモデルでは、脳領域を分類するために、HZ、PZ、及びEZという3つのグループ、したがってQ=3を定義した。
【0059】
さらに、推論の精度を定量化するために、事後zスコア(zで表される)が事後縮小(sで表される)に対してプロットされ、これらは、以下のように定義される:
【数49】
【数50】
式中、
【数51】
及び
【数52】
は、それぞれ、推定される平均値及びグラウンドトゥルースであり、一方、
【数53】
及び
【数54】
は、それぞれ、事前分布及び事後分布の分散(不確実性)を示す。事後zスコアは、事後分布がグラウンドトゥルースをどれだけ包含するかを定量化し、一方、事後縮小は、事後分布が最初の事前分布からどれだけ縮小するかを定量化する。
【0060】
合成データセット及びモデルの反転
BVEPを使用した推論を検証するために、合成データセットを生成するためのThe Virtual Brain(TVB)のシミュレーション機能を利用する。TVBは、個々の被検者データに基づいて大規模脳ネットワークモデルをシミュレートするための、Pythonで書かれたオープンソースのニューロインフォマティクスツールである。このプラットフォームは、機能的MRI(fMRI)、EEG、SEEG、及びMEGを含む一般的な神経撮像シグナルをシミュレートするために広く使用されており、アルツハイマー病、慢性期脳卒中から人間の焦点性てんかんまでの幅広い臨床用途がある(Jirsa et al., 2017)。
【0061】
この研究では、TVBを使用して、パーソナライズされた脳ネットワークモデルを再構築する。空間的てんかん原性の推論を検証するために、2人の患者のてんかん発作をシミュレートした。1つは、PZとして指定されたすべての脳ノードに発作が広がるシミュレーション(患者1)、もう1つは、PZとして指定された脳ノードのうちのいくつかに発作が広がるシミュレーション(患者2)である。これらのデータセットは、2つの異なる構造的接続性マトリクスと、てんかん原性の別個の空間マップを使用して生成された。
【0062】
患者1の発作活動は、EZとして2つの領域、PZとして3つの領域を設定することによってシミュレートされ、式中、
【数55】
及び
【数56】
であり、興奮性値は、それぞれ、η
ez=-1.6及びη
pz=-2.4であった。他のすべての脳ノードは、てんかん原性ではない、すなわち、η
hz=-3.6のHZとして定められた。
【0063】
患者2の発作活動をシミュレートするために、それぞれ、ノード
【数57】
及び
【数58】
で、EZとして2つの脳領域、PZとして5つの領域を選択した。EZとして選択された領域について、興奮性値をη
ez=-1.5に設定した。PZの興奮性値をη
pz=-2,4として設定し、他のすべての領域をη
hz=-3.4のHZとして定義した。
【0064】
両方の合成データセットにおいて、VEPモデルを確率微分方程式の系としてシミュレートするために、Euler-Maruyama積分スキームを積分ステップ0.04で使用した。加算性白色ガウスノイズを、平均がゼロ、分散が(0.01,0.01,0.0,0.0015,0.0015)の状態変数x(t)=(x1,i(t),y1,i(t),zi(t),x2,i(t),y2,i(t))に導入した。初期条件は、各状態変数について区間(-2.0,5.0)で選択した。
【0065】
最後に、シミュレートされたデータセットについてBVEPを反転するために、フレキシブルな確率的推論のための2つのポピュラーなオープンソースのPPLツール、すなわち、Stan及びPyMC3を使用した。Stan言語は、様々なインターフェースで実行することができ、一方、PyMC3は、ネイティブPythonコードで直接モデルを指定するためのいくつかのMCMCアルゴリズムを提供する。これらのツールでモデル密度関数を指定することで、導関数のアルゴリズム計算のための強力な技術である自動微分を通じて関数の勾配が計算され、NUTS及びADVIによって対数事後密度が効率よく近似される。独立したMCMCチェーンの計算は、別個のプロセッサで並列に実行することもできる。この例では、Stanコマンドラインインターフェースを使用し、一方、シミュレーションと事後ベースの分析のすべてのコードはPythonで実装した。モデルのシミュレーション及びパラメータの推定は、3.0GHzのIntel Xeonプロセッサ及び32GBのメモリを搭載したLinuxマシンで行った。
【0066】
例2:結果
患者1についての様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを推定するBVEPモデルでのワークフローの結果が
図2A~
図2Eに示されている。再構成された脳の領域分割と患者の脳ネットワークが、それぞれ
図2A及び
図2Bに示されている。再構築パイプラインで使用されるDesikan-Killiany領域分割に従って、患者の脳は、68個の皮質領域と16個の皮質下構造に分割される。
図2Cは、患者の拡散トラクトグラフィーから導出された構造的接続性マトリクスを示している。患者の脳の仮想化に続いて、TVBを使用して、再構成されたVEP脳ネットワークモデルをシミュレートした。フルVEP脳モデルにおける高速活動変数のシミュレートされた時系列が
図2Dに示されている。異なる脳ノードタイプ、すなわち、HZ、PZ、及びEZが、それぞれ、緑、黄、及び赤でエンコードされている。Epileptorが孤立しているとき(すなわち、K=0、ネットワーク結合なし)、発作は、EZとして定義される領域でのみ引き起こされ、一方、他の領域では発作の伝播は観察できない(
図2A及び
図2D参照)。しかしながら、患者の構造的接続性マトリクス(
図2C参照)を通じてEpileptorを結合することによって、PZとして定義される候補脳領域において、空間的出現パターンを観察することができる(
図2D参照)。PZのうちの1つのみが出現する患者2(
図2F参照)とは対照的に、ここでは、PZとして指定された領域への強い結合接続と、これらのノードの高い興奮性値に起因して、発作は、PZ(ノードナンバー6、12、及び28)として指定されたすべての他の候補脳領域に伝播する。削減VEPモデルを反転することで推論された高速活動変数の平均値が
図2Dに破線で示されている。発作の開始、伝播、及び終了に関して、シミュレートされた発作と予測された発作との間に顕著な類似性があることが分かる。シミュレーションは、フルVEP脳モデルにおける高速活動変数(すなわち、式(2)のx
1,i(t))を例示しており、一方、時系列の推論されたエンベロープは、削減VEPモデル(式(3)を参照)の反転からの軌跡を示していることに注目されたい。様々な脳ノードタイプについての興奮性パラメータη
iの推定密度が
図2Eに示されている。この図から、興奮性パラメータの真の値(垂直破線)は、様々な脳領域にわたる推定事後密度のサポートの下にあることが観察される。
【0067】
StanでのBVEP実装による患者1についての様々な脳領域にわたるてんかん原性の推定空間マップの精度が
図3A~
図3Dに提示されている。同様の結果が、PyMC3でのBVEP実装から得られた。
図3Aは、HZ、PZ、及びEZ(それぞれ、ノードナンバー1、6、7)として指定された3つの脳ノードタイプについての、観察されたソース活動と推論されたソース活動との比較である。シミュレートされたデータは、1000HzでサンプリングされたフルVEP脳モデルにおける120sの高速活動変数(すなわち、式(2)のx
1,i(t))からなり、これは、ベイズ反転の計算コストを減らすために10分の1にダウンサンプリングされる。観察データは一点鎖線で示されており、一方、影付きの領域は、事後予測分布の5パーセンタイル~95パーセンタイルの範囲を示している。HZ、PZ、及びEZでの選択された脳ノードの活動は、それぞれ、緑、黄、及び赤で示されている。事後予測分布からのサンプルに基づく予測時系列は、シミュレーションと非常によく一致していることが観察される。
図3Bは、分析に含まれるすべての84個の脳領域についての興奮性パラメータの推定密度のバイオリンプロットを示している。塗りつぶされた黒丸は、シミュレートされたデータを生成するために使用した真のパラメータ値を表す。すべての脳領域の興奮性パラメータのグラウンドトゥルースは、推定事後密度のサポートの下にあることが分かる。
図3Cに示されているように、すべての推論された興奮性についての事後zスコア及び事後縮小の分布は、モデルの反転の信頼性を実証している。大きな縮小への集中は、反転におけるすべての事後分布が上手く識別されていることを示し、一方、小さなzスコアへの集中は、真の値が事後分布に正確に含まれていることを示すことに留意されたい。したがって、プロットの右下の分布は、理想ベイズ反転を意味する。空間的興奮性の推定値の精度をさらに確認するために、
【数59】
での推論されたη
iに基づいて計算された混同行列が
図3Dに示されている。混同行列の対角値は、HZ、PZ、及びEZとしてラベル付けされたすべての脳ノードの事前定義されたクラスが正確に予測されることを示す(精度=1.0、誤分類=0.0)。
【0068】
BVEPがプラットフォームに依存しないフレームワークであるかどうかを調べるために、様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを推定するのにPyMC3も使用した。分析した両方の患者について、Stan及びPyMC3における式4の反転によって同じ精度が得られた。これらの結果は、Stan及びPyMC3におけるBVEPの反転が、分析した両方の患者で、脳領域にわたるてんかん原性の空間マップの同様の推定につながることを示す。
【0069】
さらに、マルコフ連鎖が収束したかどうかをチェックするためにNUTS固有の診断を監視した。診断プロットは、HMCに発散遷移が存在しないことを示し、これは、事後密度が効率よく探索されたことを示す。また、どのNUTSの繰返しも最大ツリー深さに到達せず(ここではそのNUTSの実行値は10.0に指定された)、これは、ハミルトニアンシミュレーションに必要とされるリープフロッグステップの最適数は最大値よりも十分に小さいことを示す。まとめると、これらの診断は、NUTSによるサンプルがターゲット分布に収束したことを検証する。
【0070】
BVEPモデル内の発作の開始及び伝播の根底にあるメカニズムを例示するために、BVEPモデルにおける様々な脳ノードタイプのダイナミクスを特徴付けるシミュレーション(上段)と予測(下段)の位相平面トポロジーが
図4に提示されている。プロットされた位相平面において、x及びzヌルクラインが濃い灰色で色付けされており、ヌルクラインの交点が系の固定点を特定する。左から右へ、列は、それぞれHZ、PZ、及びEZとして指定された脳ノードに対応する。黒丸と白丸は、それぞれ、安定な固定点と不安定な固定点を示す。
図4A及び
図4Dから、HZ(ノードナンバー1)の軌跡は、(立方xヌルクラインの左岐上の)系の安定な固定点に引き寄せられることが観察でき、これは、てんかん発作を引き起こさないことを意味する。PZ(ノードナンバー6)について、結合強度と、てんかん原性の臨界値に近い興奮性の値に起因して、zヌルクラインが下に移動して分岐が生じ、これにより、発作がここで伝播し得る(
図4B及び
図4E参照)。EZ(ノードナンバー7)について、系は、高い興奮性値に起因して不安定な固定点を呈する。このレジームでは、Epileptorは、リミットサイクルを有し、発作を自律的に引き起こす(
図4C及び
図4F参照)。シミュレートされた位相平面軌跡と予測された位相平面軌跡のトポロジーは、状態変数z
iの振幅を除いて非常に良好な一致を示し、したがって、その推定は、より大きなパラメータリカバリの結果を示すことに注目されたい。高速活動変数x
1,iだけが、観察データとしてのフィッティングの対象となることに留意されたい。
【0071】
NUTSスキームとADVIスキームによるBVEPの反転を比較するために、
図5は、MCMCサンプルと、NUTSから生成された事後密度のカーネル密度推定値(左のパネル)のヒストグラム、及びADVIによって得られたヒストグラム(右のパネル)を表している。この図から、平均場ADVIがNUTSアルゴリズムによる推定に比べて分散を僅かに過小評価することを除いて、NUTSとADVIは、事後密度の推定を同様に行うことが観察される。しかしながら、両方の手法を採用すると、興奮性の真の値(垂直破線)は事後密度のサポートの下にあり、これは、パラメータリカバリが成功したことを示す。HZ、PZ、及びEZとして指定された脳ノードに対応するサンプルが、それぞれ、灰色、薄い灰色、及び濃い灰色で示されている。分析に含まれるすべての84個の脳領域についての事前密度は、青で示されている、-2.5を中心とする、標準偏差が1.0の(すなわち、N(-2,5,1.0)の)正規分布とみなしたことに留意されたい。NUTSアルゴリズムによってBVEPモデルを反転するために、予想受理確率0.95でサンプリングの繰返し数200及びウォームアップ200を使用し、一方、ADVIを実行するために、最大繰返し数及び収束許容値を、それぞれ50000及び0.001に設定した。計算時間に関して、これらのアルゴリズム構成では、NUTSによるサンプリングに23993.5秒かかり、一方、ADVIの実行時間は5392.62秒であった。
【0072】
モデルパラメータが推定されると、MCMCサンプルの収束を評価する必要がある。推論された推定値の信頼性を検証するために、MCMC収束の最も信頼性のある定量的メトリックであることから、potential scale reduction factor
【数60】
を監視した。さらに、有心形式のパラメータ化と比較して、変換された非有心形式のパラメータ化の効率を示すために、同時事後確率分布からの事後サンプルをプロットした。
図6の上段は、それぞれ、プロセス(動的)ノイズ及び測定ノイズの標準偏差(式(4)を参照)であるハイパーパラメータσ及びσ’間の同時事後確率分布からの事後サンプルを表している。この図では、左の列と中央の列は、それぞれ、非有心形式及び有心形式のパラメータ化でのNUTSによるサンプリングの結果を示している。NUTSとの比較のために、最後の列は、ADVIの平均場バリアントからの結果を示している。各散布図でのドットは、同時事後確率分布から抽出された200個のサンプルを表す。
図6A及び
図6Bでは、非有心形式のパラメータ化から抽出された事後サンプル間に相関はなく、一方、有心形式からのサンプルは、ハイパーパラメータ間に高い共線性を示すことがはっきりとわかる。このような高い共線性は、事後密度の非能率的な探索につながり、これは、有効サンプル数の減少と、
【数61】
の値の増加で定量的に観察できる。非有心形式で推定されたすべての隠れ状態及びパラメータの
【数62】
の値は1.05を下回っており(
図6D参照)、一方、有心形式での82パーセントを超える推定値は1.1を上回る
【数63】
の値を有する(
図6E参照)。これは、マルコフ連鎖が、非有心形式のパラメータ化では収束したが、有心形式のパラメータ化では収束しなかったことを示している。有心形式のNUTSによって返される有効サンプル数と繰返し数(N
eff=N
iter)との比は、すべての推定パラメータで0.001未満である。これは、マルコフ連鎖ごとに非常に少数の独立サンプルを生成するため、有心形式のパラメータ化からのサンプリングが不十分であることを示している。
【0073】
さらに、平均場ADVIによって推定されたハイパーパラメータσ及びσ’間の同時事後確率分布から抽出されたサンプルの散布図が
図6Cに示されている。定義により、ADVIの平均場バリアントはパラメータ間の相互相関を無視するため、平均場ADVIを使用して抽出されたサンプルは、ハイパーパラメータ間の相関を示さない。最後に、ADVIの収束をチェックするために、変分目的関数であるevidence lower bound(ELBO)が繰返し数に対してプロットされる(
図6F参照)。アルゴリズムは10000回の繰返しで収束したように見えるが、ELBOの変化が許容値0.001を下回るまで収束を保証するために、アルゴリズムはさらに数千回の繰返しを実行する。
【0074】
最後に、本発明は、てんかんの広がりのパーソナライズされた大規模脳モデルを開発するために、てんかん原性の空間マップを推論するための確率的フレームワーク、すなわち、ベイズの仮想てんかん患者(BVEP)を提示する(
図1を参照)。BVEP脳モデルを構築するためのワークフローは、2つの主要なステップからなる:第1のステップにおいて、VEP、すなわち、てんかんの広がりのパーソナライズされた大規模脳ネットワークモデルが構築される。VEPモデルでは、脳ノードのダイナミクスは、てんかんの神経細胞集団モデル、すなわちEpileptorにより支配され、これは、種及び脳領域にわたる発作パターンの開始、進行、及び終了を現実的に再現するための一般的なモデルである(Jirsa et al., 2014)。Epileptorは、異常なニューロン活動の平均場モデルと、非侵襲的な拡散神経撮像技術(MRI、DTI)から導出された被検者固有の脳の解剖学的情報とを組み合わせるために、患者のコネクトームを通じて結合される。患者のデータとともに、VEPモデルに、様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを提供した。第2のステップにおいて、VEPを生成モデルとしてPPLツール(Stan/PyMC3)に埋め込み、様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを推論及び検証した。ハイパフォーマンスのコンピューティングとともにPPLを使用して、いくつかのMCMCチェーンを並行して実行することで、BVEPモデルを患者のデータとフィット及び検証するための体系的且つ効率的なパラメータ推論が可能となる。
【0075】
発作の開始及び伝播の予測におけるBVEPの潜在的な機能を実証するために、てんかん原性の様々な空間マップを使用して、単純な発作の広がりと複雑な発作の広がりをシミュレートした(
図S2を参照)。これらの合成データをフィッティングのために使用した。これは、モデルパラメータのグラウンドトゥルースが与えられれば、混同行列、事後縮小、及び事後zスコアなどの標準誤差メトリックを使用して、推定の精度を検証する、したがって、提案された手法のパフォーマンスを評価することができるためである。その結果、両方の合成データセットにおいて、PPL(Stan/PyMC3)の助けにより大規模脳ネットワークモデルを反転することで、開始、伝播、及び終了に関して、シミュレートされた発作活動と予測された発作活動との間に顕著な類似性を達成できることが実証された。シミュレーションは、各脳ノードでの5つの状態変数を含むフルVEPモデルによって生成されたが、モデルの2D削減バリアントでも、ベイズ推論の計算時間をかなり軽減しながら、発作パターンの開始、伝播、及び終了などの重要なデータ特徴を上手く予測することができた。この2D削減は、示されているように(
図3及び
図S5参照)てんかん原性の空間マップを適正に推定するのに十分な特徴である発作期の発作状態中の高速放電の平均値のモデル化に限定される。その結果、BVEPモデルは、様々な脳領域にわたるてんかん原性の空間マップを正確に推定できることを示した(
図3A~
図3Dを参照)。分析に含まれるすべての脳ノードについての興奮性の真の値は、混同行列に基づく100%の分類精度の推定事後密度のサポートの下にあった。さらに、小さなzスコアへの分布の集中と、大きな事後縮小(すなわち、
図3Cの右下隅)への集中により、モデルの反転の信頼性が確認された。そのメトリックによって返された推定の精度は推定事後密度の平均値にのみ依存するため、混同行列によって得られた精度に依存することは決定的ではない可能性があることに留意されたい。例えば、事後密度の平均値がグラウンドトゥルースとほぼ同じであるが、推定値に大きな不確実性が存在する推論を考えてみる。このような場合、混同行列は高精度のパフォーマンスをもたらす可能性があるが、事後縮小に対する事後zスコアをプロットすることは、オーバーフィッティングなどの推論の誤動作、又は推定を偏らせる不適切に選択された事前密度を識別するのに特に有用である。
【0076】
てんかんの脳のダイナミクスを理解することは、手術の結果を改善するための脳の介入に向けた治療手法を開発するのに重要である。非線形動的系の理論を使用して、発作の開始、終了、及び推移の特徴を生じる分岐の十分な説明とともに、てんかん発作の完全な分類が、他で広く調査されている(Jirsa et al., 2014)。Epileptorのパラメータ空間の記述では、発作の始まり及び終わりは、サドルノード分岐及びホモクリニック分岐によって説明される。BVEPモデルにおける新たな動的効果は、ネットワークノードモデル(Epileptor)と、患者固有の構造的接続性(dMRIから)と、てんかん原性の空間マップ(EZ、PZ、HZ)との相互作用に大いに依存する。Epileptorモデルの動的特性により、脳領域は3つの主要なタイプに分類された:EZ(発作の開始に関与する脳領域に対応する不安定な固定点を呈する)、PZ(発作の伝播に関与する候補脳領域に対応するサドルノード分岐に近い)、及びHZ(正常な脳領域に対応する安定な固定点を呈する)。この手法は、フィッティングの対象である、興奮性パラメータ値に基づいて、てんかん原性の空間マップを定義することを可能にする。
【0077】
てんかん原性の臨界値に近い興奮性値は、病理学的脳領域(すなわち、EZとして指定された発作の開始に関与する)から生じた発作が、PZとして定義された脳領域に伝播することを保証しないことに留意することが重要である。詳細な患者の評価により、個々の構造的接続性が、発作の空間的伝播を予測するのに不可欠であることが報告されている。しかしながら、純粋に構造的情報だけでは、発作の伝播と最終的な停止を予測するのに十分ではないことが最近示されている。むしろ、出現領域での異常な活動は、脳領域のてんかん原性(ノードダイナミクス)、個々の構造的接続性(ネットワーク構造)(Jirsa et al,, 2017)、及び脳の状態依存性(ネットワークダイナミクス)を含む複数の因子間の相互作用に依存する複雑なネットワーク効果である。さらに、結合された非線形系のダイナミクス(
図S2を参照)に起因して、同じ興奮性パラメータセットで観察できる非線形性と複数の伝播パターンが存在する。この作業では、発作の出現は、大規模脳ネットワークの複雑な時空間的ダイナミクスによって特徴付けられ、すなわち、発作は、ローカルネットワークから生じ、それらの安定したダイナミクス(K=0の場合、発作の出現は存在しない)を乱すことによって病理学的領域に強く結合された候補脳領域に出現する。発作の伝播の候補脳領域のなかで、EZとして定義された病理学的領域へのより強い接続に起因して、ノードPZ
idx={28}は、弱い大域結合によって出現する可能性がある。むしろ、他のすべての候補脳領域への発作の出現には、より強い結合が必要とされる。これは、発作が同じ患者で共通の空間的起始を有する傾向があるという実験的観察と一致している。この知識により、大域結合パラメータに、グラウンドトゥルースを中心とした情報量の少ない事前密度を設定した。大域結合パラメータの過大評価は、PZのHZとしての誤分類につながり(
図2E及び
図3B参照)、一方、結合の過小評価は、PZのEZとしての誤分類を招き得る。しかしながら、ネットワークダイナミクスの安定性分析は、患者固有のネットワークの接続性が発作の伝播パターンの予測であることを意味する構造的接続性マトリクスへの最適な介入によって発作の伝播を制御できることを示す。したがって、発作の伝播は、てんかんの外科的治療のように個々のノードの単純な切離によって容易に制御されない可能性があり、切除が必ずしも術後の脳の発作からの解放につながるとは限らないことが報告されている。
【0078】
この研究では、提案された手法内での発作の開始及び伝播の根底にあるメカニズムのより良い理解を得るために、様々な脳領域にわたる観察された系と予測での位相平面軌跡の分析を行った(
図4を参照)。様々な脳ノードタイプ(例えば、EZ、PZ、及びHZ)について、位相平面内の発作の開始及び出現のダイナミクスは、予測によってよく取り込まれた。推論の観点から、平衡(ヌルクラインの交点)、平衡の安定性又は不安定性、及び軌跡の流れを含む観察された系の位相図との良好な対応が観察された。これらの結果は、発作活動の時空間的推移を理解するためにベイズ反転手順を検証し、可能な発作予防手法のさらなる研究への道を開く。
【0079】
てんかんの広がりのパーソナライズされた全脳モデルにおけるてんかん原性の空間マップを推論するために、NUTSとADVIとの両方のスキームを使用した。両方の推論スキームからの結果は、ADVIがNUTSアルゴリズムによる推定に比べて分散を僅かに過小評価することを除いて、脳領域にわたるてんかん原性の空間マップの同様の推定につながった(
図5を参照)。2つのスキームを使用した反転間の類似性は、変分近似が、BVEPモデルの反転におけるNUTSサンプリングの適切な代替手段を提供することを示す。この結果は、ADVIによる推論を行う際に、NUTSに比べて計算コストが明らかに削減される(使用したアルゴリズム構成では4~5倍速い)ことを実証し、これは、BVEP手法を患者コホートの大きなデータセットに適用するときに重要であり得る。ADVIは、NUTSよりも計算上魅力的であることが一般に知られているが、この近似でアルゴリズムの問題を発見することは難しい場合がある。ADVIの収束は、ELBO変化の移動平均を監視することで評価することができ、一方、NUTSでは、マルコフ連鎖が収束したかどうかを評価するためのいくつかの一般的な診断と特異的な診断が提供される。さらに、ADVIは、勾配降下最適化中に局所的最小値でスタックする可能性があり、その平均場バリアントは、マルチモーダル事後密度のすべてのモードをカバーすることはできない。
【0080】
最後に、変換された非有心形式のパラメータ化の効率を調査した。NUTSがパラメータ化に敏感であることを示す以前の研究と一致して、ここでの結果は、非線形状態空間式を反転するための非有心形式のパラメータ化により、効率的なパラメータ空間の探索が得られ、一方、有心形式のサンプリングは、モデルパラメータ間の高い共線性に起因して非能率的な探索を実証することを示した(
図6A及び
図6D対
図6B及び
図6E参照)。さらに、
【数64】
などの収束診断に基づいて、NUTSによって生成されたサンプルは、有心形式のパラメータ化に比べて非有心形式のパラメータ化においてより速く収束することを実証した。
【0081】
Stan及びPyMC3などのPPLツール内でベイズ推論に基づいてパーソナライズされたインシリコ脳ネットワークモデルを構築するための新規な手法。ベイズ推論のためのいくつかのPPLライブラリが開発されているが、ランダムウォーク挙動と相関パラメータへの敏感さを回避するNUTSなどの効率的なサンプリングアルゴリズムを中心に構築されているのはそれらのうちのごくわずかである。StanとPyMC3は両方とも、ユーザの介入を必要とせずに勾配を効率よく計算するための自動微分を備えたNUTS及びADVIを提供する。Stanは、汎用の融通性のあるソフトウェアパッケージであり、一般的なデータサイエンス言語のためのインターフェースを有し、MCMCの収束の広範な診断も提供する。PyMC3は、ネイティブPythonコードで直接モデルを指定することによっていくつかのMCMCアルゴリズムを提供する。このStanとPyMC3との両方での実装により、脳領域にわたるてんかん原性の空間マップの同様の推定が得られ、これは、BVEPがプラットフォームに依存しない手法であることを示している。しかしながら、Stanでの実装によって達成されたのと同じ事後収束に到達するには、PyMC3でより多くのウォームアップの繰返しが必要であった。これは、StanとPyMC3でのNUTSの実装の違いによるものである。Stan、PyMC3、及び他の代替的なPPLパッケージでの実装の比較は、このノートの範囲を超えている。
【0082】
本発明は、患者固有の全脳解剖学的情報(すなわち、dMRIから導出されるネットワーク構造)に基づいててんかん原性の空間マップ(ノードの特性)を推論するための最初のパーソナライズされた大規模脳ネットワークモデリング手法である。動的因果モデリング(DCM)は、ニューラルマスモデルによって神経撮像モダリティ(fMRI、MEG、及びEEGなど)を分析するための十分に確立されたフレームワークであり、潜在的な結合の変調を通じて他の領域の活動によって脳領域のニューロン活動の変化がどのように引き起こされるかを推論するために、脳領域間の結合(有効な接続性)について推論を行うことができる。DCMを使用して、人間の被検者で観察されたシグナルを使用して主要なシナプスパラメータ又は結合接続を推定するために、皮質脳波検査法(ECoG)データでの焦点発作活動が最近研究されている。別の研究では、わずかな計算コストでEEG/ECoG記録から発作中の皮質のダイナミクスのシナプスドライバを推定するためにDCMのベイズの信念更新スキームが使用されている。DCMを使用して興奮性の変化(発作の開始/終了時の抑制バランス)をモデル化及び追跡することができるが、これらの研究は、単一のニューラルマスモデルに基づいており(すなわち、少数の皮質ソースがモデル化される)、ニューラルマスモデルを表す非線形常微分方程式は、その線形化によって近似され、これにより、発作の開始又は終了のみをモデル化することができるが、両方をモデル化することはできない。このノートでは、ベイズの仮想てんかん患者(BVEP)モデルは、発作の伝播の全脳時空間非線形ダイナミクスを特徴付けることができる。この手法は、発作期状態の開始及び終了、並びに正常期と発作期との交替を記述することを可能にする。BVEP手法は、DCMで使用される未知のモデルパラメータに関して純粋に逆問題を定式化するのではなく、患者固有の構造データに依存する。系のダイナミクスは、結合された速い時間スケールと遅い時間スケール(式(3)を参照)で推論されたことにも言及する価値があり、したがって、低速変数の変化は、高速活動変数のみが観察されると想定されている一方で、高速活動の隠れ状態に依存する。この研究では、Epileptorモデルにおける時間スケールの分離は、時間とともに変化するパラメータを使用するのではなく、発作前から、開始、発作期の推移、及び終了の範囲の、複雑なダイナミクスのすべての推移を確実に取り込むことを可能にした。現在の研究の将来的な拡張により、ネットワークの非定常ダイナミクスを明示的に分析して、発作の開始が分岐のように決定論的なパラメータの変化を通じて生じる可能性が高いかどうか、又は双安定アトラクタ間のノイズにより駆動される遷移に起因するジャンプ現象であるかどうかについて、発作の開始のメカニズムの条件を調査することもできる。現在の研究でのベイズ反転は、勾配の計算のための高速自動微分で達成されるNUTS及びADVIなどの自動調整アルゴリズムに基づいている。これは、従来のサンプリングアルゴリズムに比べて、相関パラメータを使用して複雑な高次元の事後分布から効率よくサンプリングすることを可能にする。提示されたフレームワークでの推論はまた、推定の信頼性を評価するためのいくつかのMCMC収束診断で強化される。
【0083】
EZの識別における術前評価を改善し、その結果、手術の成功率を高めるために、様々な非侵襲的方法及び侵襲的方法が用いられている。BVEPモデルを臨床治療及び脳の介入に採用するには、EEG、MEG、SEEG、及びfMRIシグナルなどの患者の経験的な二次機能シグナルをフィッティングする際にモデルの結果を定量化する必要がある。このフレームワークでは、MRI病変及び術前評価からのEZに関する臨床的仮説などのさらなる知識を組み込むことは簡単である。BVEPモデルは、大規模脳モデリングへの一般的な手法とみなすことができるので、これは、臨床的に使用される非侵襲的撮像シグナル(EEG、MEG、fMRI)及びSEEGシグナルなどの侵襲的測定からの推論のための有望な手段を提供する。その結果は、本発明に係る提案された手法が患者の経験的SEEGデータに対して上手くフィットできることを示している(図示せず)。経験的SEEG記録の場合、推定の精度に影響することがあるリードフィールド行列のスパース性に起因して、ソースのローカライゼーションは不良設定問題であることに留意されたい。原則として、BVEPモデルを使用して外科的戦略を体系的にテストできる可能性があるが、実際の臨床応用は今後の研究で調査及び検証する必要がある。
【0084】
結論として、本発明は、仮想てんかん患者における発作の開始位置を体系的に予測するために、確率的モデリングとパーソナライズされた脳ネットワークモデリングとの間のリンクを確立する。個々の患者の非侵襲的構造データから導出される大規模脳ネットワークモデルに基づいて、提案されたフレームワークがてんかん原性の空間マップをどのように推論できるかがステップごとに実証される。本発明は、事後挙動分析と収束診断によって検証された正確で信頼できる推定値を提供する、高度な効率的なサンプリングアルゴリズムに基づいている。要約すると、PPLの助けにより、パーソナライズされた脳ネットワークモデルを使用することで、包括的な臨床的仮説のテストと新規な外科的介入の開発のための適切なガイダンスが提供される。
【国際調査報告】