(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-07-05
(54)【発明の名称】拡張型心筋症の処置
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20230628BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20230628BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20230628BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/351 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/18 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/4709 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/444 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/4439 20060101ALI20230628BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20230628BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P9/04
A61P9/00
A61P43/00 111
A61K31/351
A61K31/18
A61K31/519
A61K31/4709
A61K31/444
A61K31/4439
A61K31/7088
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022575819
(86)(22)【出願日】2021-06-09
(85)【翻訳文提出日】2023-01-25
(86)【国際出願番号】 EP2021065432
(87)【国際公開番号】W WO2021250082
(87)【国際公開日】2021-12-16
(32)【優先日】2020-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】503197304
【氏名又は名称】ジェネトン
(71)【出願人】
【識別番号】503119487
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ・デヴリ・ヴァル・デソンヌ
(71)【出願人】
【識別番号】507002516
【氏名又は名称】アンセルム(アンスティチュート・ナシオナル・ドゥ・ラ・サンテ・エ・ドゥ・ラ・ルシェルシュ・メディカル)
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】イザベル・リシャール
(72)【発明者】
【氏名】アリアーヌ・ビカン
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZA362
4C084ZC021
4C084ZC022
4C084ZC201
4C084ZC202
4C084ZC411
4C084ZC412
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA07
4C086BC17
4C086CB03
4C086CB09
4C086CB26
4C086GA02
4C086GA07
4C086GA08
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA36
4C086ZC20
4C086ZC41
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA13
4C206KA01
4C206MA01
4C206NA14
4C206ZA36
(57)【要約】
本発明は、WNT経路又はTGF-β経路の発現不能な阻害剤を単独で又は組み合わせて使用する拡張型心筋症、特に遺伝性拡張型心筋症の処置に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
拡張型心筋症の処置における使用のためのWnt又はTGF-β経路の発現不能な阻害剤又はこれらの組み合わせ。
【請求項2】
前記Wnt又はTGF-β経路の標的タンパク質の活性を阻害する、請求項1に記載の使用のための阻害剤。
【請求項3】
小分子阻害剤である、請求項2に記載の使用のための阻害剤。
【請求項4】
ヤマアラシ阻害剤、β-カテニン転写活性阻害剤、Wnt阻害剤、CK1アゴニスト、LRP6阻害剤、ディシェベルド阻害剤及びタンキラーゼ阻害剤からなる群から選択される小分子Wnt阻害剤である、請求項3に記載の使用のための阻害剤。
【請求項5】
タンキラーゼ阻害剤である、請求項4に記載の使用のための阻害剤。
【請求項6】
前記小分子Wnt阻害剤が、JW-55、FH535、ICG-001及びXAV939からなる群から選択され、好ましくはXAV939である、請求項4又は5に記載の使用のための阻害剤。
【請求項7】
小分子TGFβRI又はTGFβRI及びTGFβRIIキナーゼ阻害剤である、請求項3に記載の使用のための阻害剤。
【請求項8】
前記小分子阻害剤が、LY2157299、LY210976、GW788388及びSB-431542からなる群から選択され、好ましくはSB-431542である、請求項7に記載の使用のための阻害剤。
【請求項9】
前記Wnt又はTGF-β経路の標的遺伝子の発現を阻害する、請求項1に記載の使用のための阻害剤。
【請求項10】
アンチセンスオリゴデオキシリボヌクレオチド又は混合型オリゴヌクレオチドであり、好ましくは、ディシェベルド、LRP5、LRP6、TGFB1又はTGFB2遺伝子転写物、より好ましくはトラベデルセンを標的にする、請求項9に記載の使用のための阻害剤。
【請求項11】
前記Wnt経路阻害剤が前記TGF-β経路阻害剤と組み合わせて使用される、請求項1から10のいずれか一項に記載の使用のための阻害剤。
【請求項12】
XAV939がSB-431542と組み合わせて使用される、請求項11に記載の使用のための阻害剤。
【請求項13】
遺伝性心筋症の処置における使用のための、請求項1から12のいずれか一項に記載の使用のための阻害剤。
【請求項14】
前記遺伝性心筋症が、ラミニン、エメリン、フクチン、フクチン関連タンパク質、デスモコリン、プラコグロビン、リアノジン受容体2、筋小胞体Ca(2+)ATPアーゼ2アイソフォームアルファ、ホスホランバン、ラミンA/C、ジストロフィン、テレソニン、アクチニン、デスミン、心筋アクチン、サルコグリカン、タイチン、心筋トロポニン、ミオシン、RNA結合モチーフタンパク質20、BCL2関連アサノジーン3、デスモプラキン、タファジン及びナトリウムチャネルからなる群から選択される遺伝子の突然変異によって引き起こされる、請求項13に記載の使用のための阻害剤。
【請求項15】
前記遺伝性心筋症が、ジストロフィン又はタイチン遺伝子の突然変異によって引き起こされる、請求項14に記載の使用のための阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、WNT経路又はTGF-β経路の発現不能な阻害剤を単独で又は組み合わせて使用する拡張型心筋症、特に遺伝性拡張型心筋症の処置に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋症及び心不全は、管理にもかかわらず、全世界で罹患率及び死亡率の主因の1つのままである。拡張型心筋症(DCM又はCMD)は、心筋の運動低下及び心臓腔の拡張によって特徴付けられる。拡張型心筋症の間に起こる心臓リモデリングは、線維症の存在と関連した心筋細胞への傷害からなり、それらは互いから分離できない。心筋細胞への傷害はそれらの収縮能力の低下及びそれらの構造の変化を伴い、それはアポトーシスと、壊死性心筋細胞を置き換える線維症の増大へと導く。線維芽細胞の増殖は、心筋細胞の代償性の肥大を阻止する。これらの症状は、臨床的に心機能の低下に転換する。この重大な合併症は、死の原因となる可能性がある。
【0003】
原因には特に遺伝学、及び様々な毒性、代謝性又は感染性の因子が含まれる。冠状動脈疾患及び高血圧は一役担い得るが、主因でない。多くの場合、原因は不明なままである。心筋細胞関与の正確な機構は、疾患の病因に依存する。遺伝子誘導拡張型心筋症では、関与する遺伝子の大部分は、細胞接着及びシグナル伝達経路に関与する細胞外マトリックス又はゴルジ装置タンパク質(ラミニン、フクチン)、細胞接合に関与するデスモソームタンパク質(デスモコリン、プラコグロビン)、カルシウム恒常性に関与する筋小胞体タンパク質(RYR2、SERCA2a(ATP2A2)、ホスホランバン)、心筋構造組織化に関与する核エンベロープタンパク質(ラミンA/C)、細胞骨格完全性及び筋力伝播に関与する細胞骨格タンパク質(ジストロフィン、テレソニン、α-アクチニン、デスミン、サルコグリカン)、並びに筋力の生成及び伝播に関与する筋節タンパク質(タイチン、トロポニン、ミオシン、アクチン)を含む心筋細胞の構造要素をコードする。デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)、ジストロフィン遺伝子の突然変異による筋肉疾患では、拡張型心筋症はおよそ15歳で臨床的に明らかにされ、20歳の後にほとんど全ての患者に影響を及ぼす。ベッカー筋ジストロフィー(BMD)、DMDの対立遺伝子型の場合、心臓傷害は20歳で起こり、患者の70%は35歳の後に影響を受ける。タイチン、サルコメアの巨大タンパク質によるDCMは、心不全の1/250の症例で関係付けられている(Burke等、JCI Insight. 2016;1(6):e86898. doi:10.1172/jci.insight.86898)。
【0004】
拡張型心筋症の処置のために現在利用可能な薬物は症状を改善することにはなるが、疾患の原因機構を処置しない。処方される処置は、衛生学的及び食事性の手段、例えばアルコール消費を低減すること、水及び塩分の摂取量を低減すること、並びに適度の及び規則的な運動を伴う、心不全に対するものである。薬学的処置の中で、アンギオテンシンII変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)は、血管収縮及び血圧を低下させるためにアンギオテンシンIIの産生を阻止する。利尿薬は、腎臓ナトリウム再吸収を阻害することによって、体から過剰な塩分及び水を除去する。β-ブロッカー又はβ-アドレナリン作用性受容体アンタゴニストは、拡張型心筋症の間に刺激されるアドレナリン作用系媒介物の作用をブロックし、心拍数を低下させる。電解質コルチコイド受容体アンタゴニストはアルドステロンの結合をブロックし、血圧を低下させる。律動障害が重度である場合、アミオダロン等の抗不整脈薬が処方される。ペースメーカー及び/又は自動除細動器の植え込みを考慮することもできる。最も重症の症例では、患者は心臓移植が有益である可能性がある(Ponikowski等、European Heart Journal、2016、37、2129~2200頁)。
【0005】
したがって、これらのアプローチはDMD及びチチノパシー(titinopathy)の症例における拡張型心筋症の管理にも有効である。これらの病状のための治療的処置は現在存在しない。DMDで頻繁に処方されるコルチコステロイド処置は、炎症の低減のおかげで中期的に筋肉の表現型の改善を可能にするが、心臓表現型へのその作用は論争下にある。ジストロフィン及びタイチンに関連したDMDの管理は、毎年の系統的な心臓検査(心電図及び超音波)を必要とする。特に、アンギオテンシン変換酵素阻害剤であるペリンドプリルは、小児期から予防的処置としてとられるとき、DMD患者で死亡率を低減させることが示された(Duboc等、Journal of the American College of Cardiology、2005、45、855~857頁)。DMDにおいて心臓障害の処置で試験されている分子は、主に心不全の処置で既に使用されている分子である。他の療法は、線維症を低減させることによって筋肉及び心臓の傷害を処置することを目指す。これは、結合組織増殖因子に向けられるモノクローナル抗体であるパムレブルマブ(フェーズII治験NCT02606136)及び抗エストロゲンであるタモキシフェン(フェーズI治験NCT02835079及びフェーズIII治験NCT03354039)の場合である。
【0006】
したがって、拡張型心筋症、特に遺伝性拡張型心筋症のために新規の戦略を開発する医学的必要性がある。
【0007】
WNT(又はWnt)経路は、様々な生物学的プロセス、例えば、細胞増殖、分化、器官形成、組織再生及び腫瘍形成を編成する。伝統的には、Wntシグナル伝達は、β-カテニン依存性(古典的なWnt/β-カテニン経路)、並びにβ-カテニン非依存性(非古典的なWnt/平面内細胞極性(PCO)及びカルシウム経路)に分けられる。異なる分泌糖タンパク質(Wntリガンド)をフリズルド(frizzled)(FZD)受容体ファミリーに結合して、細胞中のディシェベルド(dishevelled)タンパク質(DVL)からシグナル伝達カスケードを伝達することによって、3つとも全て活性化される。Wnt経路は、内在性アンタゴニスト、例えば、dickkopf、Wnt阻害性シグナル伝達タンパク質、分泌フリズルド関連タンパク質及びケルベロス(cerberus)により調節される。WNTタンパク質の分泌は、主に、ヤマアラシ(PORCN)によるアシル化に依存している。β-カテニンは、Wntシグナル伝達における重要なシグナル伝達トランスデューサーである。大腸腺腫症(APC)、カゼインキナーゼ1(CK1)及びグリコーゲンシンターゼキナーゼ3α/β(GSK-3α/β)、及びアキシンから構成されるβ-カテニンタンパク質破壊複合体は、リン酸化媒介タンパク質分解を介してβ-カテニンを厳密に制御する。ポリ-ADP-リボシル化酵素のタンキラーゼは、アキシンと相互作用し、ユビキチン媒介性プロテアソーム分解を介してアキシンを分解する。リガンドの非存在下において、細胞質に蓄積したβ-カテニンは、破壊複合体により分解される。分泌されたWntタンパク質のうちの1つがフリズルド受容体(FZD)及びリポタンパク質共受容体(LRP5/6)と結合すると、細胞質β-カテニンは安定化され、核に転位置され、そこで転写因子TCF/LEF及びCBPと相互作用して、標的遺伝子を制御する(Rao等、Circ. Res.、2010年、106巻、1798~1806頁;Wntホームページhttp://www.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/)。
【0008】
Wntシグナル伝達の異常な上方制御は、がん、変形性関節症及び多発性嚢胞腎疾患に関連し、一方、Wntシグナル伝達の異常な下方制御は、骨粗鬆症、糖尿病及び神経変性疾患と関係している。Wnt/β-カテニン経路は、ヒトがんの治療標的であり、様々なWnt阻害剤が、様々なヒトがんの前臨床及び臨床試験において検査されてきた:PORCN阻害剤、Wntリガンドアンタゴニスト(FZDデコイ受容体)、FZDアンタゴニスト/モノクローナル抗体、CBP/β-カテニン結合阻害剤及びβ-カテニン標的阻害剤。XAV939、JW-55、RK-287107及びG007-LKを含み、アキシンの安定化によりβ-カテニン安定化を下方制御するタンキラーゼ阻害剤も、開発されている(Jung及びParkによる総説、Experimental & Molecular Medicine、2020年、52巻、183~191頁;Wntホームページhttp://www.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/)。国際公開第2009/059994号は、タンキラーゼ阻害剤XAV939、並びにWntシグナル伝達の異常な上方制御に関連するWntシグナル伝達関連障害、特に、がん、変形性関節症及び多発性嚢胞腎疾患(polycytic kidney disease)の処置のためのその使用を開示する。
【0009】
サイトカインTGF-βは、多くの細胞機能、例えば、炎症、細胞増殖及び分化に関与する。TGF-β経路は、構造が類似している3つサイトカイン:TGF-β1、2及び3、並びに膜貫通受容体から構成される。主に、Smadチャネルを活性化するが、Erk、JNK、p38 MAPK及びGTPアーゼチャネルも活性化する(Umbarkar等、JACC Basic Transl. Sci.、2019年、4巻、41~53頁)。TGF-βシグナル伝達の異常な上方制御は、がん及び線維症に関連する。TGF-β経路は、ヒトがん及び線維化疾患の治療標的である。TGF-β経路阻害剤は、様々なヒトがん及び線維化疾患、例えば、特発性肺線維症、強皮症、瘢痕等の前臨床及び臨床試験において検査されてきた:抗TGFβ2アンチセンスオリゴヌクレオチド(AP-12009、AP-11014、NovaRx);小分子TGFβRI又はTGFβRI&RIIキナーゼ阻害剤(LY-2157299、SB-431542及び多くの他のもの);抗パンTGFβ抗体(GC-1008;ID11、SR-2F、2G7);TGFβRIIIのペプチド断片(P-144);Smad相互作用ペプチドアプタマー(Trx-xFoxH1b/Trx-Lef1);抗TGFβ2抗体(レルデリムマブ(Lerdelimumab)又はCAT-152);抗TGFβ1抗体(メテリムマブ(Metelimumab)又はCAT-192);安定した可溶性TGFβRII(可溶性TBR2-Fc)(Akhurst, RJによる総説、Current Opinion in Investigational Drugs、2006年、7巻、513~521頁; Nagaraj N.S. & Datta P.K.、Expert Opin. Investig Drugs、2010年、19巻、77~91頁)。
【0010】
Wnt及びTGF-βシグナル伝達はまた、哺乳類多能性幹細胞個体群の分化又は哺乳類分化細胞の再プログラム化を介した再生医療の標的でもある。国際公開第2014/078414号は、哺乳類多能性幹細胞個体群から、この個体群をWntシグナル伝達アゴニスト、例えば、GSK-β3阻害剤(BIO、CHIR-99021)及びWntシグナル伝達アンタゴニスト、例えば、C59、IWR-1、IWP-2、IWP-4及びXAV-939と連続して接触させることによって心筋芽細胞個体群を産生する、in vitro方法を開示する。米国特許出願第2015/0329821号は、TGFβ/結節、Wnt/β-カテニン、BMP、PI3K/mTOR及び/又はFGF/MAPKシグナル伝達経路のアクチベーター又は阻害剤の様々な組み合わせを使用して、幹細胞を1種又は複数種の細胞系統に分化する、in vitro方法を開示する。
【0011】
Wntシグナル伝達阻害剤(XAV939)とTGF-βシグナル伝達阻害剤(SB-431542)の組み合わせは、外科的に誘導された心筋梗塞後のマウスの心臓において、再プログラム化及び心機能を転写因子カクテルとの組み合わせによりin vivoで改善することが以前に報告されている(Gata4、Mef2c及びTbx5; Mohammed等、Circulation、2017年、135巻、978~995頁)。転写因子がないと、外科的に誘導された心筋梗塞モデルに改善がなかったので、阻害剤の効果は転写因子の存在に関連していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開第2009/059994号
【特許文献2】国際公開第2014/078414号
【特許文献3】米国特許出願第2015/0329821号
【特許文献4】米国特許第6,566,135号
【特許文献5】米国特許第6,566,131号
【特許文献6】米国特許第6,365,354号
【特許文献7】米国特許第6,410,323号
【特許文献8】米国特許第6,107,091号
【特許文献9】米国特許第6,046,321号
【特許文献10】米国特許第5,981,732号
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Burke等、JCI Insight. 2016;1(6):e86898. doi:10.1172/jci.insight.86898
【非特許文献2】Ponikowski等、European Heart Journal、2016、37、2129~2200頁
【非特許文献3】Duboc等、Journal of the American College of Cardiology、2005、45、855~857頁
【非特許文献4】Rao等、Circ. Res.、2010年、106巻、1798~1806頁
【非特許文献5】Wntホームページhttp://www.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/
【非特許文献6】Jung及びParkによる総説、Experimental & Molecular Medicine、2020年、52巻、183~191頁
【非特許文献7】Umbarkar等、JACC Basic Transl. Sci.、2019年、4巻、41~53頁
【非特許文献8】Akhurst, RJによる総説、Current Opinion in Investigational Drugs、2006年、7巻、513~521頁
【非特許文献9】Nagaraj N.S. & Datta P.K.、Expert Opin. Investig Drugs、2010年、19巻、77~91頁
【非特許文献10】Mohammed等、Circulation、2017年、135巻、978~995頁
【非特許文献11】Molenaar等、Cell、1996年、86巻、391~399頁
【非特許文献12】Deshmukh等、Osteoarthritis and Cartilage、2018年、26巻、18~27頁
【非特許文献13】Charton等、Human molecular genetics、2016年、25巻、4518~4532頁
【非特許文献14】Schlingensiepen等、Cytokine Growth Factor Rev、2006年、17巻、129~139頁
【非特許文献15】Schlingensiepen等、J. Clin. Oncol.、2004年、22巻、Abs 3132
【非特許文献16】Dodge等、J. Biol. Chem.、2012年、287巻、23246頁~
【非特許文献17】Wang等、J. Med. Chem.、2013年、56巻、2700頁~
【非特許文献18】Chen等、Nat. Chem. Biol.、2009年、5巻、100~107頁
【非特許文献19】Profitt等、Cancer Res.、2013年、73巻、502頁~
【非特許文献20】Madan等、Oncogne、2016年、35巻、2197頁~
【非特許文献21】Morrell、PLoS One、2008年、13巻、3頁;e2930.doi:10.371
【非特許文献22】Cruciat等、Science、2010年、327巻、459頁~; doi:10.1126
【非特許文献23】Shan等、Biochemistry、2005年、44巻、15495頁; doi: 10.1021
【非特許文献24】Huang等、Nature、2009年、461巻、614頁~ doi: 10.1038
【非特許文献25】Kulak等、Mol. Cell. Biol.、2015年、35巻、2425頁~ doi: 10.1128
【非特許文献26】Lau等、Cancer Res.、2013年、73巻、3132頁~ doi: 10.1158/0008
【非特許文献27】Menon等、Nature Scientific Reports、2019年、9巻、201頁
【非特許文献28】Mizutani等、Cancer Sci.、2018年、109巻、4003~4014頁
【非特許文献29】Gonigle等、Oncotarget、2015年、6巻、41307頁
【非特許文献30】Park等、Biochem. Biophys. Res. Commun.、2005年、328巻、227頁~ doi: 10.1016
【非特許文献31】Emami等、Proc. Natl. acad. Sci. USA、2004年、101巻、12682頁~ doi: 10.1073
【非特許文献32】Lepourcelet等、Cancer Cell、2004年、5巻、91頁~ doi: 10.1016
【非特許文献33】Fiskus等、Molecular Cancer Therapeutics、2011年、10巻、 doi: 10.1158
【非特許文献34】Fiskus等、Leukemia、2015年、29巻、1267頁; doi: 10.1038
【非特許文献35】Tang等、PloS One、2016年、11巻: e0152012. doi: 10.1371
【非特許文献36】Inman等、Molecular Pharmacology、2002年、62巻、65~74頁
【非特許文献37】Gellibert等、J. Med. Chem.、2006年、49巻、2210~2221頁
【非特許文献38】Levitas等、Europ. J. Hum. Genet.、2010、18: 1160~1165頁
【非特許文献39】Marques等、Neuromuscul. Disord.、2014、doi.org/10.10106/
【非特許文献40】Elliott等、Circ. Vasc. Genet.、2010、3、314~322頁
【非特許文献41】Zahurul、Circulation、2007、116、1569~1576頁
【非特許文献42】Zahradka等、Circulation Research、2008年、102巻、270~272頁
【非特許文献43】Marchand等、Cell、2011年、10巻、220~232頁
【非特許文献44】Shindo等、Int. Journal of Gerontology、2017年、11巻、67~74頁
【非特許文献45】Sinha等、Cardiovascular Research、2002年、53巻、971~983頁
【非特許文献46】Snider等、Circulation Research、2009年、105巻、934~947頁
【非特許文献47】Li等、Cardiovascular Research、2000年、46巻、214~224頁
【非特許文献48】Lowe等、International Journal of Computer Vision、2004、60、91~110頁
【非特許文献49】Otsu N、Cybernetics、1979、9、62~66頁
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者は、Wnt経路及びTGF-β経路の両方が、遺伝子誘導拡張型心筋症のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DBA2mdxマウス)及びチチノパシー(DeltaMex5マウス)の2つのモデルにおいて損なわれており、遺伝子が過剰発現されることを見出した。拡張型心筋症の重症モデルであるDeltaMex5マウスモデルを使用して、発明者は、Wnt経路の小分子阻害剤(XAV939)及びTGF-β経路の小分子阻害剤(SB-431542)が、特に組み合わせによって、心機能を改善することを示している。特に、Wnt及びTGF-β経路小分子阻害剤は、処置DeltaMex5マウスにおいて、正常なマウスに匹敵するレベルに心拡張を減少させ(左心室直径、容積、質量の低減)、収縮機能(駆出率)を増加する。これらの結果は、Wntシグナル伝達阻害剤(XAV939)及びTGF-βシグナル伝達阻害剤(SB-431542)が、外科的に誘導された心筋梗塞モデルのin vivoにおいて、転写因子(Gata4、Mef2c及びTbx5)のカクテルの非存在下で再プログラム化及び心機能を改善しなかったことを示す以前の報告を鑑みると驚くべきことである。
【0015】
異なる遺伝子の突然変異により引き起こされる2つの異なる遺伝性拡張型心筋症で得られたこれらの結果は、拡張型心筋症、特に遺伝性拡張型心筋症におけるWnt及びTGF-β経路の役割を実証し、Wnt及びTGF-β阻害剤を、特に組み合わせて使用する、これらの疾患処置のための新たな治療アプローチを提供する。
【0016】
Wnt及びTGF-β経路阻害剤の使用は、有利には、症状を改善するが疾患の原因機構を処置しない拡張型心筋症の従来の処置に対して、機能的利益を心臓に提供する。これらの阻害剤の使用はまた、遺伝子導入アプローチが遺伝子のサイズのために可能ではないチチノパシーの治療アプローチも提供する。
【0017】
したがって本発明は、拡張型心筋症の処置における使用のためのWnt又はTGF-β経路の発現不能な阻害剤又はこれらの組み合わせに関する。
【0018】
一部の実施形態において、阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の標的タンパク質の活性を阻害する。阻害剤は、有利には小分子阻害剤である。
【0019】
一部の好ましい実施形態において、阻害剤は、ヤマアラシ阻害剤、β-カテニン転写活性阻害剤、Wnt阻害剤、CK1アゴニスト、LRP6阻害剤、ディシェベルド阻害剤及びタンキラーゼ阻害剤からなる群から選択される小分子Wnt阻害剤であり、好ましくはタンキラーゼ阻害剤である。
【0020】
一部のより好ましい実施形態において、小分子Wnt阻害剤は、JW-55、FH535、ICG-001及びXAV939からなる群から選択され、好ましくはXAV939である。
【0021】
一部の好ましい実施形態において、阻害剤は、LY2157299、LY210976、GW788388及びSB-431542からなる群から選択される小分子TGFβRI又はTGFβRI及びTGFβRIIキナーゼ阻害剤であり、好ましくはSB-431542である。
【0022】
一部の実施形態において、阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の標的遺伝子の発現を阻害する。阻害剤は、有利には、アンチセンスオリゴデオキシリボヌクレオチド(DNA)又は混合型オリゴヌクレオチドであり、好ましくは、ディシェベルド、LRP5、LRP6、TGFB1又はTGFB2遺伝子転写物、より好ましくはトラベデルセン(AP-12009)を標的にする。
【0023】
一部の好ましい実施形態において、Wnt経路阻害剤はTGF-β経路阻害剤と組み合わせて使用され、好ましくは、XAV939はSB-431542と組み合わせて使用される。
【0024】
一部の好ましい実施形態において、阻害剤は、好ましくは、ラミニン、エメリン、フクチン、フクチン関連タンパク質、デスモコリン、プラコグロビン、リアノジン受容体2、筋小胞体Ca(2+)ATPアーゼ2アイソフォームアルファ、ホスホランバン、ラミンA/C、ジストロフィン、テレソニン、アクチニン、デスミン、心筋アクチン、サルコグリカン、タイチン、心筋トロポニン、ミオシン、RNA結合モチーフタンパク質20、BCL2関連アサノジーン3、デスモプラキン、タファジン及びナトリウムチャネルからなる群から選択される遺伝子、より好ましくはジストロフィン又はタイチン遺伝子における突然変異により引き起こされる遺伝性心筋症の処置に使用される。
【発明を実施するための形態】
【0025】
阻害剤
本発明は、拡張型心筋症(DCM)の処置のための、Wnt又はTGF-β経路の発現不能な阻害剤又はこれらの組み合わせの使用に関する。
【0026】
本明細書で使用されるとき、「発現不能な阻害剤」は、組換えDNA技術により産生することができない又は遺伝子導入により送達することができない阻害剤を指す。発現不能な阻害剤は、リボヌクレオチド又は任意の長さのアミノ酸ポリマーと異なる有機化合物からなる化学分子阻害剤、即ち、リボ核酸(RNA)分子、タンパク質、ポリペプチド又はペプチドである。RNA分子は、部分的又は完全に一本鎖又は二本鎖でありうる。RNA分子には、特に、干渉RNA(miRNA、siRNA、shRNA)、CRISPRガイドRNA、リボザイム及びアプタマーが挙げられる。任意の発現可能なタンパク質、ポリペプチド又はペプチドは、本発明から除外され、特に、Wnt又はTGF-β経路の成分、これらのバリアント又は誘導体(断片、融合タンパク質、デコイ受容体、可溶性タンパク質、ドミナントネガティブ変異体)、並びに断片及びこの発現可能な誘導体を含む、Wnt又はTGF-β経路の成分に向けられた抗体は、本発明から除外される。
【0027】
本明細書で使用されるとき、ペプチド又はポリペプチドは交換可能に使用されて、任意の長さのペプチド又はタンパク質断片を指す。
【0028】
本明細書で使用されるとき、用語「筋肉細胞」は、筋細胞、筋管、筋芽細胞及び/又は衛星細胞を指す。
【0029】
「a」、「an」及び「the」は、文脈から明白に示されない限り、複数の参照を含む。このように、用語「a」(若しくは「an」)、「1つ又は複数(one or more)」又は「少なくとも1つ(at least one)」は、本明細書において交換可能に使用され得、特定されない限り、「又は(or)」は「及び/又は(and/or)」を意味する。
【0030】
本明細書で使用されるとき、「Wnt又はTGF-β(TGFベータ)経路の成分」は、Wnt又はTGF-β経路のリガンド、受容体、シグナル伝達分子又はレギュレーターを含む、この経路の任意の成分を指す。そのような成分は、当該技術に周知である(例えば、Rao等、Circ. Res.、2010年、106巻、1798~1806頁及びUmbarkar等、JACC Basic Transl. Sci.、2019年、4巻、41~53頁; Wntホームページhttp://www.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/を参照されたい)。
【0031】
「Wnt又はTGF-β経路の阻害剤」、「Wnt又はTGF-βシグナル伝達の阻害剤」、又は「Wnt又はTGF-βシグナル伝達経路の阻害剤」は、Wnt又はTGF-βシグナル伝達を、例えば、Wntリガンド又はTGF-βサイトカインをその同族受容体に結合することにより伝達されるシグナル伝達カスケードを介したWnt又はTGF-β標的遺伝子の転写を阻害する化合物又は分子を指す。阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の特定の成分(Wnt又はTGF-β経路標的遺伝子又はタンパク質)に作用する。阻害剤は、経路の正のレギュレーターの発現若しくは活性を阻害することができる、又は負のレギュレーターの発現若しくは活性を活性化することができる。標的は、Wnt又はTGF-β経路の任意の成分、例えば、Wnt又はTGF-β経路のリガンド、受容体、シグナル伝達分子又はレギュレーターでありうる。阻害は、直接的であっても間接的であってもよい。直接的な阻害は、標的に特異的に向けられる。間接的な阻害は、標的の任意のコエフェクター、例えば、限定されることなく、前記標的のリガンド若しくはコリガンド(co-ligand)、受容体若しくは共受容体、又は補助因子に向けられる。阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の特定の標的タンパク質に結合し、標的の特定のタンパク質/タンパク質相互作用を妨害しうる、又は標的の活性若しくは機能を阻害する。或いは、阻害剤は、標的遺伝子転写物(mRNA)の特定の配列に結合することができ、Wnt又はTGF-β経路の標的遺伝子の発現を阻害する。
【0032】
典型的には、Wnt又はTGF-β経路の阻害剤は、Wnt又はTGF-βシグナル伝達を、化合物の投与の前又は非存在下のWnt又はTGF-βシグナル伝達と比較して、対象において(又はin vitroの細胞において)少なくとも20%、30%、40%、50%、60%、好ましくは70%を超えて、更により好ましくは80%を超えて、90%を超えて、95%を超えて、99%を超えて、更には100%(検出可能な活性なしに相当する)阻害する化合物を指す。
【0033】
典型的には、Wnt又はTGF-β経路の阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の正のレギュレーター成分の発現又は活性を、化合物の投与の前又は非存在下のWnt又はTGF-β経路の成分の発現又は活性と比較して、対象において(又はin vitroの細胞において)少なくとも20%、30%、40%、50%、60%、好ましくは70%を超えて、更により好ましくは80%を超えて、90%を超えて、95%を超えて、99%を超えて、更には100%(検出可能な活性なしに相当する)阻害する化合物でありうる。本明細書で使用されるとき、Wnt又はTGF-β経路標的遺伝子発現の阻害は、阻害が誘導されない状況と比較した、Wnt若しくはTGF-β経路標的遺伝子又は前記Wnt若しくはTGF-β経路標的遺伝子によりコードされたタンパク質の発現又はタンパク質活性又はレベルの任意の減少を含む。減少は、阻害の標的にならないWnt若しくはTGF-β経路標的遺伝子の発現又はWnt若しくはTGF-β経路標的タンパク質のレベルと比較して、少なくとも20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、95%、99%でありうる。
【0034】
Wnt又はTGF-β経路の阻害剤はまた、Wnt又はTGF-β経路の負のレギュレーター成分の発現又は活性を、化合物の投与の前又は非存在下のWnt又はTGF-β経路の成分の発現又は活性と比較して、対象において(又はin vitroの細胞において)少なくとも20%、30%、40%、50%、60%、好ましくは70%を超えて、更により好ましくは80%を超えて、90%を超えて、95%を超えて、99%を超えて、更には100%(検出可能な活性なしに相当する)刺激(又は活性化)する化合物でありうる。本明細書で使用されるとき、Wnt又はTGF-β経路標的遺伝子発現の刺激は、刺激が誘導されない状況と比較した、Wnt若しくはTGF-β経路標的遺伝子又は前記Wnt若しくはTGF-β経路標的遺伝子によりコードされたタンパク質の発現又はタンパク質活性又はレベルの任意の増加を含む。増加は、刺激の標的にならないWnt若しくはTGF-β経路標的遺伝子の発現又はWnt若しくはTGF-β経路標的タンパク質のレベルと比較して、少なくとも20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、95%、99%でありうる。
【0035】
本発明の文脈において、本発明によるWnt又はTGF-β経路の阻害剤は、好ましくはその標的タンパク質又は遺伝子に対して選択的である。「選択的」とは、阻害剤の親和性が、別のタンパク質又は遺伝子への親和性より少なくとも10倍、好ましくは25倍、より好ましくは100倍、なお好ましくは500倍高いことを意味する。
【0036】
Wnt又はTGF-β経路に対する化合物の阻害活性は、当該技術に周知である様々なアッセイにより評価することができる。例えば、化合物ライブラリが細胞Wnt又はTGF-βレポーターアッセイによりスクリーンされる。レポーターアッセイの例は、TOPフラッシュアッセイ(Molenaar等、Cell、1996年、86巻、391~399頁)を含み、広く使用されており、TOP-flashの変形が利用可能である。別のアッセイは、APCタンパク質の突然変異を持ち、そのことが構造的活性型の伝統的なWntシグナル伝達につながる、SW480細胞を使用するTCF/LEFレポーターアッセイである(Deshmukh等、Osteoarthritis and Cartilage、2018年、26巻、18~27頁)。
【0037】
本発明によると、Wnt又はTGF-β経路の阻害剤は、Wnt若しくはTGF-β経路の任意の正のレギュレーター成分の活性若しくは遺伝子発現を阻害する、又はWnt若しくはTGF-β経路の任意の負のレギュレーター成分の活性若しくは遺伝子発現を刺激する能力を有する、任意の発現不能な化合物のうちから選択されうる。
【0038】
本発明によるWnt又はTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせは、拡張型心筋症(DCM)を患っている対象において、心機能及び/又は心臓線維症を改善するために使用される。本出願の実施例に示されているように、Wnt又はTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせは、拡張型心筋症(DCM)を患っている対象において、心機能及び/又は心臓線維症を改善するために必要及び十分であり、追加の化合物、例えば転写因子(Gata4、Mef2c及びTbx5)は、効果を生じるために必要とされない。心機能及び/又は心臓線維症の改善は、DCMの動物モデルにおける、例えば、当該技術に周知であり、本出願の実施例に開示されているマウスモデル:タイチン遺伝子の最後から二番目のエクソン(Mex5)の欠失を有するDeltaMex5マウス(タイチンMex5-/ Mex5-;Charton等、Human molecular genetics、2016年、25巻、4518~4532頁)及びジストロフィン遺伝子のエクソン23に点変異を有するDBA2mdxマウスにおけるWnt又はTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせの投与によって決定される。心機能の改善は、未処置対照と比較した、処置動物における超音波分析の後の心拡張の減少、例えば、左心室直径、容積若しくは質量の減少、又は収縮機能の増加、例えば、駆出率(EF)の増加によって決定されうる。心臓の線維症の改善は、未処置対照と比較した処置動物における組織学的分析(シリウスレッド染色)後の心臓の線維化組織の減少、又はRT-PCR若しくは免疫組織学的分析後の心臓における線維症マーカーレベル(フィブロネクチン、ビメンチン、コラーゲン1a1及びコラーゲン3a1)の減少によって決定されうる。正常なマウス(未処置)は、疾患マウスの処置の効率を評価する陽性対照として有利に使用される。
【0039】
一部の実施形態において、阻害剤は合成である。
【0040】
一部の実施形態において、阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の標的遺伝子の発現を阻害する。特に、阻害剤は、修飾されうる合成アンチセンスオリゴデオキシリボヌクレオチド(DNA)又は混合型オリゴヌクレオチド(DNA/RNA)分子である。組換えDNA技術により産生できない又は遺伝子導入により送達できない前記合成アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)は、標準的な化学合成方法によって産生される。本発明の前記合成アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)は、Wnt又はTGF-β経路の遺伝子転写物(mRNA)を標的にする。例えば、ASOは、Wnt経路のディシェベルド(DVL)、LRP5若しくはLRP6遺伝子転写物、又はTGF-β経路のTGFB1若しくはTGFB2遺伝子転写物を標的にすることができる。TGFB1又はTGFB2遺伝子転写物を標的にするASOの例には、トラベデルセン又はAP-12009(TGFB2遺伝子)、AP-11014(TGFB1遺伝子)、及びNovaRx(TGFB1及びTGFB2遺伝子)が挙げられ、これらはヒトがんのフェーズIII、前臨床及びフェーズI/II研究においてそれぞれ検査されている(Schlingensiepen等、Cytokine Growth Factor Rev、2006年、17巻、129~139頁; Schlingensiepen等、J. Clin. Oncol.、2004年、22巻、Abs 3132; Akhurst, RJによる総説、Current Opinion in Investigational Drugs、2006年、7巻、513~521頁; Nagaraj N.S.及びDatta P.K.、Expert Opin. Investig Drugs、2010年、19巻、77~91頁)。本発明のアンチセンスオリゴヌクレオチドは、標的タンパク質の翻訳を直接遮断するように作用し、よってタンパク質翻訳を予防し又はmRNA分解を増加し、よって標的タンパク質のレベルを減少させ、よって細胞におけるその活性を減少させる。例えば、標的遺伝子のmRNA転写配列の特有領域に相補的である、少なくとも約15個のヌクレオチドのアンチセンスオリゴデオキシリボヌクレオチド又は混合型オリゴヌクレオチドを、公知の方法によって合成することができる。これらは、例えば固相ホスホラミダイト(phosphoramadite)化学合成による化学合成の技術を含む。その配列が公知である遺伝子の遺伝子発現を特異的に阻害するためのアンチセンス技術を使用する方法は、当該技術で周知である(例えば、米国特許第6,566,135号、同第6,566,131号、同第6,365,354号、同第6,410,323号、同第6,107,091号、同第6,046,321号及び同第5,981,732号を参照されたい)。アンチセンスオリゴデオキシリボヌクレオチド又は混合型オリゴヌクレオチド(ASO)は、通常一本鎖であり、100個未満のヌクレオチド長さであり、修飾されうる。本発明のオリゴヌクレオチドへの様々な修飾を、細胞内安定性及び半減期を増加する手段として導入することができる。可能な修飾には、オリゴヌクレオチド主鎖内のホスホジエステラーゼ連結ではなく、ホスホロチオエート又は2'-0-メチルの使用が挙げられるが、これらに限定されない。一部の好ましい実施形態において、阻害剤は、免疫細胞に送達されてTGFβ合成を防止するアンチセンスオリゴデオキシヌクレオチド(ASO)、例えば、トラベデルセン(AP-12009)である。
【0041】
本発明のアンチセンスオリゴヌクレオチドを、単独で又は遺伝子送達ベクターと異なる送達剤と会合させて、in vivoで送達することができる。様々な方法により核酸を個体の細胞に導入することに使用される、遺伝子送達ベクター以外の薬剤には、特に、ポリマーベース、粒子ベース、脂質ベース、ペプチドベース送達ビヒクル又はこれらの組み合わせ、例えば、限定されることなく、カチオン性ポリマー、デンドリマー、ミセル、リポソーム、エキソソーム、マイクロ粒子、及び脂質ナノ粒子(LNP)を含むナノ粒子、並びに細胞透過性ペプチド(CPP)が挙げられる。CPPは、特にカチオン性ペプチドであり、例えば、ポリ-L-リジン(PLL)、オリゴアルギニン、Tatペプチド、ペネトラチン又はトランスポータンペプチド及びこれらの誘導体、例えばPipである。
【0042】
一部の実施形態において、阻害剤は、Wnt又はTGF-β経路の標的タンパク質の活性を阻害する。特に、阻害剤は小さい有機分子である。用語「小さい有機分子」は、医薬品に一般的に使用される有機分子に匹敵するサイズの分子を指す。この用語は、生体マクロ分子(例えば、タンパク質、核酸等)を除外する。好ましい小さい有機分子は、約5000Daまで、より好ましくは2000Daまで、最も好ましくは約1000Daまでのサイズの範囲である。上限分子量の約900Daでは、細胞膜に迅速に拡散して、細胞内作用部位に到達することができる可能性が考慮される。この分子量カットオフはまた、腸上皮細胞を介した細胞間輸送を可能にするので、経口バイオアベイラビリティーにとっても必要である。
【0043】
Wnt又はTGF-β経路の様々な小分子阻害剤が当該技術に公知であり、様々なWntシグナル伝達関連ヒトがんの臨床治験において検査されており(Jung及びParkによる総説、Experimental & Molecular Medicine、2020年、52巻、183~191頁; Akhurst, RJによる総説、Current Opinion in Investigational Drugs、2006年、7巻、513~521頁; Nagaraj N.S. & Datta P.K.、Expert Opin. Investig Drugs、2010年、19巻、77~91頁; Wntホームページhttp://www.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/)、これらの化合物のいずれかを本発明に使用することができる。小分子阻害剤は、投与の簡素さ及び費用の観点から有利である。
【0044】
ヤマアラシ阻害剤は、WNTリガンドの翻訳後アシル化の阻害を介してWNTリガンドの分泌を遮断する。PORCN阻害剤の例には、WNT974、ETC-1922159、RXC004及びCGX1321が挙げられ、ヒトがんのフェーズ1又はフェーズ2(WNT974)臨床治験で検査されている。様々なPORCN阻害剤が、Dodge等(J. Biol. Chem.、2012年、287巻、23246頁~)及びWang等(J. Med. Chem.、2013年、56巻、2700頁~)に開示されている。他のPORCN阻害剤には、IWP(Chen等、Nat. Chem. Biol.、2009年、5巻、100~107頁)、C59(Profitt等、Cancer Res.、2013年、73巻、502頁~)、ETC-159(Madan等、Oncogne、2016年、35巻、2197頁~)が挙げられる。
【0045】
サリノマイシン、ロットレリン(rotlerin)及びモネンシンはLRP6のリン酸化を誘導して、LRP6の分解をもたらす。ニクロサミドは、FZD1のエンドサイトーシスを促進し、このことはWNT3A刺激β-カテニン安定性を下方制御する。CK1アゴニスト、例えばピルビニウムはWnt経路を阻害する(Chen等、Nat. Chem. Biol.、2009年、5巻、100~107頁)。Ant1.4Br/Ant1.4ClはWnt阻害剤である(Morrell、PLoS One、2008年、13巻、3頁;e2930.doi:10.371)。アピクラレン(apicularen)及びバフィロマイシンは液胞型ATPアーゼを標的にする(Cruciat等、Science、2010年、327巻、459頁~; doi:10.1126)。NSC668036は、そのPDZドメインに結合することによりディシェベルド(dishhevelled)を阻害する(Shan等、Biochemistry、2005年、44巻、15495頁; doi: 10.1021)。
【0046】
Wnt/βシグナル伝達は、β-カテニン破壊複合体の再建によって阻害されうる。ポリ-ADP-リボシル化酵素のタンキラーゼは、アキシンと相互作用し、ユビキチン媒介性プロテオソーム分解を介してアキシンを分解する。アキシンを安定化することによってβ-カテニン安定性を下方制御するタンキラーゼ阻害剤が開発されており、XAV939(CAS284028-89-3);Huang等、Nature、2009年、461巻、614頁~ doi: 10.1038)、JW-55、RK-287107、G007-LK;IWR-1及びG244-LM(Chen等、Nat. Chem. Biol.、2009年、5巻、100~107頁; Kulak等、Mol. Cell. Biol.、2015年、35巻、2425頁~ doi: 10.1128; Lau等、Cancer Res.、2013年、73巻、3132頁~ doi: 10.1158/0008); MSC2504877(Menon等、Nature Scientific Reports、2019年、9巻、201頁); RK-287107(Mizutani等、Cancer Sci.、2018年、109巻、4003~4014頁);2X-121(E7449; Gonigle等、Oncotarget、2015年、6巻、41307頁)が挙げられる。
【0047】
β-カテニン転写活性の阻害剤が開発されている。PRI-724は、CBPとβ-カテニンの相互作用を阻害し、Wnt標的遺伝子の転写を防止し、ヒトがんのフェーズ1臨床治験で検査されている。カルノシン酸(carnosic acid)、化合物22及びSAH-BLC9は、TCF/LEF及びβ-カテニン相互作用の阻害剤であり、BCL9及びPYGOが挙げられる、β-カテニンとコアクチベーターの転写複合体の形成を阻害する。ピルビニウムは、PYGOを、分解を介してWnt転写活性を下方制御する。SM08502は小分子であり、セリン及びアルギニン豊富スプライシング因子(SRSF)リン酸化を阻害し、それによってスプライセオソーム活性を妨害することによって、Wntシグナル伝達制御遺伝子発現を下方制御する。SM08502は、ヒトがんのフェーズ1臨床治験で検査されている。MSAB(メチル3-[4-メチル)スルホニル]アミノ-ベンゾエート)はβ-カテニンに結合し、β-カテニンのユビキチン化媒介プロテオソーム分解を推進する。2,4-ジアミノ-キナゾリンは、TCF/β-カテニンを阻害する(Chen等、Nat. Chem. Biol.、2009年、5巻、100~107頁)。ケルセチンはTCFを阻害する(Park等、Biochem. Biophys. Res. Commun.、2005年、328巻、227頁~ doi: 10.1016)。ICG-001(CAS番号:780757-88-2)は、β-カテニン/CREB結合タンパク質転写を阻害する(Emami等、Proc. Natl. acad. Sci. USA、2004年、101巻、12682頁~ doi: 10.1073)。PKF1115-584及び他の化合物は、TCF/β-カテニン複合体を阻害する(Lepourcelet等、Cancer Cell、2004年、5巻、91頁~ doi: 10.1016)。BC2059はβ-カテニン/TBL相互作用を阻害する(Fiskus等、Molecular Cancer Therapeutics、2011年、10巻、 doi: 10.1158; Fiskus等、Leukemia、2015年、29巻、1267頁; doi: 10.1038)。
【0048】
Wnt経路の他の阻害剤には、SM0469(CAS番号:1467093-03-03);FH535、iCRT14、KY02111及びCX-4945(Deshmukh等、Osteoarthritis and Cartilage、2018年、26巻、18~27頁); Shizokaol D(二量体セスキテルペン; Tang等、PloS One、2016年、11巻: e0152012. doi: 10.1371)が挙げられる。
【0049】
TGF-β受容体I(TGFβRI;アクチビン(activing)受容体様キナーゼ(ALK)5)、又はTGF-β受容体I(TGFβRI)及びTGF-β受容体II(TGFβRII)のキナーゼドメインを標的にし、Smad2及びSmad3に特異的であるように設計された、様々なATP模倣薬が開発されている。小分子TGFβRIキナーゼ阻害剤の例には、LY-2157299(ガルニセルチブ(galunisertib))、LY-550410、LY-580276、SD-208、SD-093、HTS-466284、SB-505124、SB-431542(CAS 301836-41-9)、Ki-26894、Sm16;ヒトがんの前臨床研究で試験されているNPC-30345、A-83-01、SX-007、IN-1130、及びヒトがんのフェーズII臨床研究で試験されているLY-573636が挙げられる。小分子TGFβRI及びRIIキナーゼ阻害剤の例には、ヒトがんの前臨床研究で試験されているLY-364947及びLY-2109761(又はLY210976)が挙げられる(Akhurst, RJによる総説、Current Opinion in Investigational Drugs、2006年、7巻、513~521頁; Nagaraj N.S. & Datta P.K.、Expert Opin. Investig Drugs、2010年、19巻、77~91頁)。SB-431542は、TGF-βスーパーファミリータイプIアクチビン受容体様キナーゼ(ALK)、ALK4、ALK5の阻害剤である(Inman等、Molecular Pharmacology、2002年、62巻、65~74頁)。GW788388は、TGFβRIの強力な選択的阻害剤である(Gellibert等、J. Med. Chem.、2006年、49巻、2210~2221頁)。
【0050】
新たな小分子阻害剤の確認は、伝統的な技術分野に従って達成することができる。ヒット化合物(hit compound)を確認する現在普及しているアプローチは、ハイスループットスクリーン(HTS)の使用を介するものである。小分子薬剤は、商業的供給源、例えば、AMRI社(Albany、N.Y.)、AsisChem Inc.社(Cambridge、Mass.)、TimTec社(Newark、Del.)のうちから、又は当該技術に公知のライブラリから得ることができる小分子ライブラリの範囲内で確認することができる。新たな小分子阻害剤は、上に開示された公知のレポーターアッセイを使用して確認することができる。
【0051】
一部の好ましい実施形態において、Wnt経路阻害剤は、ヤマアラシ阻害剤、β-カテニン転写活性阻害剤、Wnt阻害剤、CK1アゴニスト、LRP6阻害剤、ディシェベルド阻害剤及びタンキラーゼ阻害剤からなる群から選択される小分子であり、好ましくはタンキラーゼ阻害剤である。
【0052】
一部の好ましい実施形態において、小分子Wnt経路阻害剤は、JW-55、FH535、ICG-001及びXAV939からなる群から選択され、好ましくはXAV939である。
【0053】
一部の好ましい実施形態において、TGF-β経路阻害剤は、好ましくはガルニセルチブ[LY2157299]、LY210976、GW788388及びSB-431542からなる群から選択される小分子TGFβRI又はTGFβRI及びRIIキナーゼ阻害剤であり、より好ましくはSB-431542である。
【0054】
本発明は、1種又は複数種のWnt経路阻害剤又はTGF-β経路阻害剤を単独で又は組み合わせて使用することを包含する。組み合わせとは、Wnt経路阻害剤及びTGF-β経路阻害剤を、同時、別々又は順次に投与される同じ医薬組成物又は異なる医薬組成物で使用することを指す。一部の実施形態において、組み合わせの使用は、Wnt経路阻害剤及びTGF-β経路阻害剤が別々に使用される場合に観察される単なる追加的な効果より、遙かに重要な効果(心機能の改善及び/又は線維症の低減)を生じる。
【0055】
一部の実施形態において、ヤマアラシ阻害剤、β-カテニン転写活性阻害剤、Wnt阻害剤、CK1アゴニスト、LRP6阻害剤、ディシェベルド阻害剤及びタンキラーゼ阻害剤からなる群から選択される小分子Wnt経路阻害剤、好ましくは、タンキラーゼ阻害剤は、小分子TGF-β経路阻害剤、好ましくは小分子TGFβRI若しくはTGFβRI及びRIIキナーゼ阻害剤、又はアンチセンスTGF-β阻害剤と組み合わせて使用される。組み合わせは、有利には、JW-55、FH535、ICG-001及びXAV939からなる群から選択される小分子Wnt経路阻害剤、並びに小分子TGFβRI又はTGFβRI及びRIIキナーゼ阻害剤、例えば、ガルニセルチブ(LY2157299)、LY210976、GW788388及びSB-431542、及びアンチセンスオリゴヌクレオチド、例えばトラベデルセン(AP12-009)、好ましくはXAV939及びSB-431542からなる群から選択されるTGF-β経路阻害剤を含む。
【0056】
医薬組成物及び処置
Wnt又はTGF-β経路阻害剤、又はこれらの組み合わせは、好ましくは、治療有効量のWnt又はTGF-β経路阻害剤、又はこれらの組み合わせを含む医薬組成物の形で使用される。
【0057】
本発明との関連で、治療有効量は、そのような用語が適用される障害若しくは状態の進行を覆すか、緩和するか若しくは阻害するのに、又はそのような用語が適用される障害若しくは状態の1つ又は複数の症状の進行を覆すか、緩和するか、阻害するのに十分な用量を指す。用語「有効用量」又は「有効薬量」は、所望の効果を達成するか又は少なくとも部分的に達成するのに十分な量と規定される。
【0058】
有効用量は、使用する組成物、投与経路、考慮する個体の身体的特性、例えば性別、年齢及び体重、併用医薬品等の因子、並びに医療当事者が認識する他の因子によって決定され、調整される。
【0059】
本発明の様々な実施形態では、医薬組成物は薬学的に許容される担体及び/又はビヒクルを含む。
【0060】
「薬学的に許容される担体」は、哺乳動物、特に適当な場合ヒトに投与されるとき、有害であるか、アレルギー性であるか、他の不都合な反応も起こさないビヒクルを指す。薬学的に許容される担体又は賦形剤は、任意のタイプの無毒の固体、半固体又は液体の充填剤、希釈剤、カプセル化材又は製剤助剤を指す。
【0061】
好ましくは、医薬組成物は、注射可能な製剤のために薬学的に許容されるビヒクルを含有する。これらは、特に等張性、無菌の塩類溶液(リン酸一ナトリウム若しくはリン酸二ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム若しくは塩化マグネシウム等、又はそのような塩の混合物)、又は、場合によって滅菌水又は生理的食塩水の添加により注射用溶液の構成を可能にする乾燥した、特にフリーズドライ組成物であってよい。
【0062】
注射用の好適な医薬形態には、無菌の水性溶液又は懸濁液が含まれる。溶液又は懸濁液は、ウイルスベクターに適合し、標的細胞へのウイルスベクター粒子の侵入を阻止しない添加物を含むことができる。全ての場合に、形態は無菌でなければならず、かつ容易なシリンジ性能が存在するという程度まで流体でなければならない。それは、製造及び保存の条件下で安定でなければならず、細菌及び真菌類等の微生物の汚染作用に対して保存されなければならない。適当な溶液の例は、緩衝液、例えばリン酸緩衝食塩水(PBS)又は乳酸リンゲル液である。
【0063】
本出願は、キット・オブ・パーツ(kit-of-parts)の形態での調合剤を包含し、例えば、調合剤は、本開示の少なくとも1種のWnt経路阻害剤及び少なくとも1種のTGF-β経路阻害剤を、拡張型心筋症の処置における同時、別々又は順次の使用のための組み合わせ調合剤として含有する。よって両方の活性成分は、別々の組成物又は独自の組成物に処方されうる。
【0064】
本発明のWnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はその組み合わせ、医薬組成物、又はキット・オブ・パーツは、任意の拡張型心筋症(DCM)の処置に使用される。
【0065】
拡張型心筋症(DCM又はCMD)は、心臓拡張及び低下した収縮期機能によって特徴付けられる。DCMは心筋症の最も頻繁な型であり、1歳から10歳の患者で実施される全ての心臓移植の半数以上を占める。DCMの原因には、特に遺伝子、及び様々な毒性、代謝性又は感染性の因子が含まれる。毒性又は代謝性の因子には、特にアルコール及びコカイン乱用並びに化学療法剤、例えばドキソルビシン及びコバルト;甲状腺疾患;サルコイドーシス及び結合組織疾患等の炎症性疾患;心頻拍誘発心筋症;自己免疫性機構;妊娠合併症;並びにチアミン欠乏症が含まれる。感染性因子には、特にトリパノソーマ・クルージ(Trypanosoma cruzi)によるシャガス病、並びに例えばコクサッキーBウイルス及び他のエンテロウイルスによる急性ウイルス心筋炎の後遺症が含まれる。遺伝性のパターンが、症例の20~30%に存在する。大部分の家族性DCM家系は、通常は人生の10代又は20代に現れる遺伝の常染色体優性パターンを示す(Levitas等、Europ. J. Hum. Genet.、2010、18: 1160~1165頁に要約される)。
【0066】
遺伝子誘発拡張型心筋症では、関与する大部分の遺伝子は、細胞接着及びシグナル伝達経路に関与する細胞外マトリックス又はゴルジ装置タンパク質(ラミニン、フクチン);細胞接合に関与するデスモソームタンパク質(デスモコリン、プラコグロビン);カルシウム恒常性に関与する筋小胞体タンパク質(RyR2、SERCA2a、ホスホランバン);心筋構造組織に関与する核エンベロープタンパク質(ラミンA/C);細胞骨格完全性及び筋力伝達に関与する細胞骨格タンパク質(ジストロフィン、テレソニン、α-アクチニン、デスミン、サルコグリカン);並びに筋力の発生及び伝達に関与するサルコメアタンパク質(タイチン、トロポニン、ミオシン、アクチン)を含む、心筋細胞の構造エレメントをコードする。
【0067】
多くの遺伝子の突然変異は、異なる形の拡張型心筋症(CMD)を引き起こすことが見出された。これらには、特に以下のものが含まれる:
- CMD1A、染色体1q22の上のラミンA/C遺伝子(LMNA)でのヘテロ接合突然変異(OMIM #150330);又は、ラミニンアルファ2(LAMA2又はMEROSIN)遺伝子でのヘテロ接合突然変異(OMIM #156225; Marques等、Neuromuscul. Disord.、2014、doi.org/10.10106/)によって引き起こされる拡張型心筋症-1A(OMIM #115200);
- 9q13の上のCMD1B(OMIM #600884); FDC遺伝子座と呼ばれる遺伝子は、D9S153とD9S152の間の区間に置かれた。拡張型心筋症と頻繁に関連しているフリートライヒ運動失調(OMIM #229300)は、心臓でカルシウムチャネルイオンコンダクタンスを調節するcAMP依存性プロテインキナーゼ(OMIM #176893)もそうするのと同じ領域へマッピングされる。9q22へマッピングされるTropomodulin(OMIM #190930)は、特に魅力的な候補遺伝子であった。
- 10q23の上のlimドメイン結合性3、LDB3(又は、ZASP)遺伝子(OMIM #605906)での突然変異によって引き起こされる、左心室非圧縮の有る無しのCMD1C(OMIM #601493);
- 1q32の上のトロポニンT2、心臓(TNNT2)遺伝子(OMIM #191045)での突然変異によって引き起こされるCMD1D(OMIM #601494);
- 3p22の上のSCN5A遺伝子(OMIM #600163)での突然変異によって引き起こされるCMD1E(OMIM #601154);
- CMD1F:記号CMD1Fは、後にデスミン関連ミオパシー又はミオパシー、筋原線維(MFM)(OMIM #601419)と同じであることが見出された障害のために以前使用された;
- 2q31の上のタイチン(TTN)遺伝子(OMIM #188840)での突然変異によって引き起こされるCMD1G(OMIM #604145);
- 2q14-q22の上のCMD1H(OMIM #604288);
- 2q35の上のデスミン(DES)遺伝子(OMIM #125660)での突然変異によって引き起こされるCMD1I(OMIM #604765);
- 6q23の上のEYA4遺伝子(OMIM #603550)での突然変異によって引き起こされるCMD1J(OMIM #605362);
- 6q12-q16の上のCMD1K(OMIM #605582);
- 5q33の上のサルコグリカンデルタ(SGCD)遺伝子(OMIM #601411)での突然変異によって引き起こされるCMD1L(OMIM #606685);
- 11p15の上のCSRP3遺伝子(OMIM #600824)での突然変異によって引き起こされるCMD1M(OMIM #607482);
- タイチン-CAP(テレソニン又はTCAP)遺伝子(OMIM #604488)での突然変異によって引き起こされるCMD1N;(OMIM #607487)。
- 12p12の上のABCC9遺伝子(OMIM #601439)での突然変異によって引き起こされるCMD1O(OMIM #608569);
- 6q22の上のホスホランバン(PLN)遺伝子(OMIM #172405)での突然変異によって引き起こされるCMD1P(OMIM #609909);
- 7q22.3-q31.1の上のCMD1Q(OMIM #609915);
- 15q14の上のアクチンアルファ、心筋(ACTC1)遺伝子(OMIM #102540)での突然変異によって引き起こされるCMD1R(OMIM #613424);
- 14q12の上のミオシン重鎖7、心筋、ベータ(MYH7)遺伝子(OMIM #160760)での突然変異によって引き起こされるCMD1S(OMIM #613426);
- 14q24の上のPSEN1遺伝子(OMIM #104311)での突然変異によって引き起こされるCMD1U(OMIM #613694);
- 1q42の上のPSEN2遺伝子(OMIM #600759)での突然変異によって引き起こされるCMD1V(OMIM #613697);
- 10q22の上のメタビンキュリンをコードする遺伝子(VCL; OMIM #193065)での突然変異によって引き起こされるCMD1W(OMIM #611407);
- 9q31の上のフクチンをコードする遺伝子(FKTN; OMIM #607440)での突然変異によって引き起こされるCMD1X(OMIM #611615);
- 15q22の上のTPM1遺伝子(OMIM #191010)での突然変異によって引き起こされるCMD1Y(OMIM #611878);
- 3p21の上のトロポニンC(TNNC1)遺伝子(OMIM #191040)での突然変異によって引き起こされるCMD1Z(OMIM #611879);
- 1q43の上のアクチニンアルファ-2(ACTN2)遺伝子(OMIM #102573)での突然変異によって引き起こされるCMD1AA(OMIM #612158);
- 18q12の上のDSG2遺伝子(OMIM #125671)での突然変異によって引き起こされるCMD1BB(OMIM #612877);
- 1p31の上のNEXN遺伝子(OMIM #613121)での突然変異によって引き起こされるCMD1CC(OMIM #613122);
- 10q25の上のRNA結合性モチーフタンパク質20(RBM20)遺伝子(OMIM #613171)での突然変異によって引き起こされるCMD1DD(OMIM #613172);
- 14q12の上のミオシン重鎖6、心筋、アルファ(MYH6)遺伝子(OMIM #160710)での突然変異によって引き起こされるCMD1EE(OMIM #613252);
- 19q13の上のトロポニンI、心臓(TNNI3)遺伝子(OMIM #191044)での突然変異によって引き起こされるCMD1FF(OMIM #613286);
- 5p15の上のSDHA遺伝子(OMIM #600857)での突然変異によって引き起こされるCMD1GG(OMIM #613642);
- 10q26の上のBCL2関連アサノジーン3(BAG3)遺伝子(OMIM #603883)での突然変異によって引き起こされるCMD1HH(OMIM #613881);
- 6q21の上のCRYAB遺伝子(OMIM #123590)での突然変異によって引き起こされるCMD1II(OMIM #615184);
- 6q21の上のラミニンアルファ4(LAMA4)遺伝子(OMIM #600133)での突然変異によって引き起こされるCMD1JJ(OMIM #615235);
- 10q21の上のMYPN遺伝子(OMIM #608517)での突然変異によって引き起こされるCMD1KK(OMIM #615248);
- 1p36の上のPRDM16遺伝子(OMIM #605557)での突然変異によって引き起こされるCMD1LL(OMIM #615373);
- 11p11の上のMYBPC3遺伝子(OMIM #600958)での突然変異によって引き起こされるCMD1MM(OMIM #615396);
- 3p25の上のRAF1遺伝子(OMIM #164760)での突然変異によって引き起こされるCMD1NN(OMIM #615916);
- 19q13の上のトロポニンI、心臓(TNNI3)遺伝子での突然変異によって引き起こされるCMD2A(OMIM #611880);
- 7q21の上のGATAD1遺伝子(OMIM #614518)での突然変異によって引き起こされるCMD2B(OMIM # 614672);
- 1p34の上のPPCS遺伝子(OMIM #609853)での突然変異によって引き起こされるCMD2C(OMIM #618189);
- CMD3A、前に命名されたX連鎖型は、バース症候群(OMIM #302060)と同じであることが見出された;及び
- CMD3B(OMIM # 302045)、ジストロフィン遺伝子(DMD、OMIM #300377)での突然変異によって引き起こされる、CMDのX連鎖型。
【0068】
デスミン関連ミオパシー又はミオパシー、筋原線維(MFM)(OMIM #601419)は、一群の形態学的に均一であるが遺伝子的に不均一な慢性神経筋障害を指す曖昧な用語である。MFMにおける骨格筋の形態学的変化は、サルコメアZ板及び筋原線維の崩壊と、その後のZ板の構造に関与する、デスミン、アルファ-B-クリスタリン(CRYAB; OMIM #123590)、ジストロフィン(OMIM #300377)及びミオチリン(TTID; OMIM #604103)を含む複数のタンパク質の異常な異所性蓄積から生じる。筋原線維ミオパシー-1(MFM1)は、染色体2q35の上のデスミン遺伝子(DES; OMIM #125660)における、ヘテロ接合、ホモ接合又は複合ヘテロ接合突然変異によって引き起こされる。MFMの他の形には、CRYAB遺伝子(OMIM #123590)での突然変異によって引き起こされるMFM2(OMIM #608810);MYOT遺伝子(OMIM #604103)での突然変異によって引き起こされるMFM3(OMIM #609200)(OMIM #182920);ZASP遺伝子(LDB3; OMIM #605906)での突然変異によって引き起こされるMFM4(OMIM #609452);FLNC遺伝子(OMIM #102565)での突然変異によって引き起こされるMFM5(OMIM # 609524);BAG3遺伝子(OMIM #603883)での突然変異によって引き起こされるMFM6(OMIM #612954); KY遺伝子(OMIM #605739)での突然変異によって引き起こされるMFM7(OMIM #617114);PYROXD1遺伝子(OMIM #617220)での突然変異によって引き起こされるMFM8(OMIM #617258);及びTTN遺伝子(タイチン; OMIM #188840)での突然変異によって引き起こされるMFM9(OMIM #603689)が含まれる。
【0069】
他の遺伝子の突然変異も、異なる形の拡張型心筋症を引き起こすことが見出された。これらには、以下のものが含まれる:
- 催不整脈性右心室形成異常11(OMIM #610476)及び拡張型心筋症の原因であるデスモコリン2(DSC2、OMIM #125645)(Elliott等、Circ. Vasc. Genet.、2010、3、314~322頁);
- 催不整脈性右心室形成異常12(OMIM #611528)及び拡張型心筋症の原因である接合部プラコグロビン(JUP又はプラコグロビン; OMIM #173325)(Elliott等、Circ. Vasc. Genet.、2010、3、314~322頁);
- 催不整脈性右心室形成異常2(OMIM #600996)及び心室頻脈、カテコールアミン作動性多形性1(OMIM #604772)及び拡張型心筋症の原因であるリアノジン受容体2(RYR2; OMIM #180902)(Zahurul、Circulation、2007、116、1569~1576頁);
- ATPアーゼ、Ca(2+)輸送徐収縮(ATP2A2; ATP2B、筋小胞体Ca(2+) ATPアーゼ2アイソフォームアルファ(SERCA2a);及び
【0070】
- エメリン(EMD);フクチン関連タンパク質(FKRP); タファジン(TAZ);デスモプラキン(DSP);並びにSCN1B、SCN2B、SCN3B、SCN4B、SCN4A、SCN5A及び他のもの等のナトリウムチャネル。一部の実施形態では、拡張型心筋症は後天性の拡張型心筋症であり;例えば、本開示による毒性、代謝性又は感染性の因子によって引き起こされる。拡張型心筋症の原因は未知であってもよい(特発性の拡張型心筋症)。
【0071】
一部の好ましい実施形態では、拡張型心筋症は遺伝的拡張型心筋症であり;好ましくは以下のものからなる群から選択される遺伝子の突然変異によって引き起こされる:ラミニン、特にラミニンアルファ2(LAMA2)及びラミニンアルファ4(LAMA4);エメリン(EMD);フクチン(FKTN);フクチン関連タンパク質(FKRP);デスモコリン、特にデスモコリン2(DSC2);プラコグロビン(JUP);リアノジン受容体2(RYR2);筋小胞体Ca(2+)ATPアーゼ2アイソフォームアルファ(SERCA2a);ホスホランバン(PLN);ラミンA/C(LMNA);ジストロフィン(DMD);タイチン-CAP又はテレソニン(TCAP);アクチニン、特にアクチニンアルファ-2(ACTN2);デスミン(DES);アクチン、特に心筋アクチン、アクチンアルファ、心筋(ACTC1);サルコグリカン、特にサルコグリカンデルタ(SGCD);タイチン(TTN);トロポニン、特に心筋トロポニン、トロポニンT2、心臓(TNNT2);トロポニンC(TNNC1)及びトロポニンI、心臓(TNNI3);ミオシン、特にミオシン重鎖7、心筋、ベータ(MYH7)及びミオシン重鎖6、心筋、アルファ(MYH6);RNA結合性モチーフタンパク質20(RBM20); BCL2関連アサノジーン3(BAG3);デスモプラキン(DSP);タファジン(TAZ)並びにSCN1B、SCN2B、SCN3B、SCN4B、SCN4A、SCN5A及び他のもの等のナトリウムチャネル。
【0072】
一部の特定の実施形態において、遺伝性拡張型心筋症は、ラミニン、特にラミニンアルファ2(LAMA2)及びラミニンアルファ4(LAMA4);エメリン(EMD);フクチン(FKTN);フクチン関連タンパク質(FKRP);デスモコリン、特にデスモコリン2(DSC2);プラコグロビン(JUP);リアノジン受容体2(RYR2);筋小胞体Ca(2+)ATPアーゼ2アイソフォームアルファ(SERCA2a);ホスホランバン(PLN);ジストロフィン(DMD);TITIN-CAP又はテレソニン(TCAP);アクチニン、特にアクチニンアルファ2(ACTN2);デスミン(DES);アクチン、特に心筋アクチン、アクチンアルファ、心筋(ACTC1);サルコグリカン、特にサルコグリカンデルタ(SGCD);タイチン(TTN);トロポニン、特に心筋トロポニン、トロポニンT2、心筋(TNNT2);トロポニンC(TNNC1)及びトロポニンI、心筋(TNNI3); ミオシン、特にミオシン重鎖7、心筋、ベータ(MYH7)及びミオシン重鎖6、心筋、アルファ(MYH6);RNA結合モチーフタンパク質20(RBM20);BCL2関連アサノジーン3(BAG3);デスモプラキン(DSP);タファジン(TAZ)及びナトリウムチャネル、例えばSCN1B、SCN2B、SCN3B、SCN4B、SCN4A、SCN5A等からなる群から選択される遺伝子における突然変異によって引き起こされる。好ましくは、ジストロフィン(DMD)又はタイチン(TTN)である。
【0073】
本発明は、本開示による拡張型心筋症を処置する方法であって、治療有効量のWnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせ、又は本開示による医薬組成物を患者に投与することを含む方法も提供する。
【0074】
本発明は、本開示による拡張型心筋症の処置のための、Wnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせ、又は本開示による医薬組成物の使用にも関する。
【0075】
本発明は、本開示による拡張型心筋症の処置のための医薬の製造における、Wnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせ、又は本開示による医薬組成物の使用も提供する。
【0076】
本発明は、活性化合物として本開示のWnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせを含む、本開示による拡張型心筋症の処置のための医薬組成物も提供する。
【0077】
本発明は、本開示による拡張型心筋症の処置のための、本開示によるWnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせを含む医薬組成物も提供する。
【0078】
本明細書で使用されるとき、用語「患者」又は「個体」は、予防処置又は治療処置のいずれかを受けるヒト及び他の哺乳類対象を含む。好ましくは、本発明の患者又は個体はヒトである。
【0079】
「処置」又は「処置する」とは、本明細書で使用されるとき、拡張型心筋症又は拡張型心筋症の任意の症状を治癒する、回復させる、軽減する、緩和する、変化させる、治療する、寛解させる、改善する、又はこれに影響を与える目的で、治療剤若しくは治療剤の組み合わせ(例えば、Wnt経路阻害剤及び/若しくはTGF-β経路阻害剤)を患者に適用若しくは投与すること、又は前記治療剤を、拡張型心筋症を有する患者の単離組織若しくは細胞系に適用若しくは投与することが定義される。特に、用語「処置する」又は「処置」は、拡張型心筋症に関連する少なくとも1つの有害臨床症状、例えば心拡張、特に左心室拡張及び収縮機能の低減(例えば、駆出率の低減)を低減する又は軽減することを指す。
【0080】
用語「処置」又は「処置する」はまた、治療剤を予防的に投与する文脈で本明細書に使用される。
【0081】
本発明の医薬組成物は、一般に、患者の治療効果を誘導するのに有効な公知の手順、投与量及び時点に従って投与される。医薬組成物は、任意の好都合な経路によって、例えば、非限定的には注入又はボーラス注射により、上皮内層又は粘膜皮膚内層(例えば、口腔粘膜、直腸粘膜及び腸粘膜等)からの吸収により投与されうる。投与は、全身的、局所的、又は局所と組み合わせた全身的なものであってよく、全身的なものには非経口及び経口が挙げられ、局所的なものには、局所及び局所領域が挙げられる。全身投与は、好ましくは非経口、例えば、皮下(SC)、筋肉内(IM)、静脈内(IV)若しくは動脈内等の血管内;腹腔内(IP);皮内(ID);硬膜外、又はその他である。非経口投与は、有利には注射又は灌流によるものである。
【0082】
Wnt若しくはTGF-β経路阻害剤又はこれらの組み合わせ、又は本開示による医薬組成物を、他の治療活性剤と組み合わせて使用することができ、組み合わせた使用は、同時、別々、又は順次の投与によるものである。
【0083】
本発明の実施は、特に指示のない限り従来の技術を用い、それらは当該技術の技能の範囲内である。そのような技術は、文献で詳細に説明されている。
【0084】
本発明は、限定するものでない以下の実施例により、添付の図面を参照してこれから例示されることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【
図1】DeltaMex5マウスにおけるSB431542及びXAV939で処置した後の心臓の機能的及び組織学的特徴付けを示す図である。A)プロトコール。B)左心室直径(拡張期)及び駆出率。C)心臓のHPS及びシリウスレッド染色。スケール、500μm。
【実施例】
【0086】
拡張型心筋症に関与するシグナル伝達経路の確認
1.材料及び方法
マウスモデル
この試験で使用したマウスは、雄のタイチンMex5-/Mex5-(DeltaMex5)及びDBA/2J-mdx(DBA2mdx)系統、並びにそれらのそれぞれの対照系統C57BL/6及びDBA/2であった。DeltaMex5マウスは、タイチン遺伝子の最後から二番目のエクソン(Mex5)の欠失を有する(タイチンMex5-/ Mex5-;Charton等、Human molecular genetics、2016年、25巻、4518~4532頁)。DBA2mdxマウスは、ジストロフィン遺伝子の第23エクソンの上の点突然変異によるデュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデルである。DBA2mdxマウスは、LTBP4遺伝子、TGFシグナル伝達経路-βの活性を調節するタンパク質、の上の突然変異を有するDBA/Jバックグラウンドの上にある。
【0087】
筋肉のサンプリング及び冷凍
目的の筋肉を収集し、計量して、アラビアゴムでコーティングした一片のコルクの上に横又は縦方向に置いた後、液体窒素中(分子生物学分析のための試料)又は冷却したイソペンタン中(組織学のための試料)に冷凍する。タイロード中の希釈したブタンジオン溶液(5mM)で冷凍する前に、心臓を拡張期で冷凍する。試料は、その後使用まで-80℃で保存する。全心臓のシリウスレッド線維症観察プロトコールのために、心臓全体をパラフィンに包埋し、室温で保存する。トランスパレンシープロトコールのために、採取した心臓の全体を4%パラホルムアルデヒドに保存し、+4℃に保つ。
【0088】
RNA抽出及び定量化
冷凍イソペンタン筋肉を-20℃のクリオスタット(ライカCM3050)の上で30μm厚のスライスに切断し、約10~15スライスのエッペンドルフ管に分け、-80℃で保存する。有機溶媒中の核酸の溶解特性に基づく、全RNAの抽出のためのTRIzol(登録商標)方法を使用する。筋肉回収管に、1mLのTRIzol(登録商標)につき0.5μLの速度でグリコーゲン(Roche社)を追加した0.8mLのTRIzol(登録商標)(ThermoFisher社)を再供給する。管は、FastPrep-24(Millipore社)ホモジナイザーに20秒間、4m.s.サイクルで置く。核酸を回収するために、氷上での5分間のインキュベーションの後、0.2mLのクロロホルム(Prolabo社)を加えて、TRIzol(登録商標)と混合する。室温で3分間のインキュベーションの後、2つの相、水性及び有機を、4℃で15分間の12000gでの遠心分離によって分離する。核酸を含有する水性相を取り出し、新規の管に入れる。0.5mLのイソプロパノール(Prolabo社)の追加と、その後の室温で10分間のインキュベーション及び4℃で15分間の12000gでの遠心分離によって、RNAを次に沈殿させる。核酸ペレットを0.5mLの75%エタノール(Prolabo社)で洗浄し、4℃で10分間、12000gで再び遠心分離し、その後空気乾燥させる。核酸を50μLの無ヌクレアーゼ水に取り、20μLをウイルスのDNA分析のために残し、RNAを分解から保存するために30μLを1/50に希釈したRNAsin(Promega社)に加える。残留DNAを除去するために、RNAをTURBODnase(Ambion社)で次に処理する。シークエンシング用の試料のために、二重Dnase処理を実行する。
【0089】
シグナル伝達経路に特異的なトランスクリプトーム分析のために、RT2 Profiler PCRアレイ(Qiagen社)プレートを使用する。スクリーニングプレートは、適合するRNA抽出キット、カラムの上でRNAを抽出するRNeasy Miniキット(Qiagen社)の使用を必要とし、キットは供給業者の使用説明書に従って使用され、RNAは、その後遊離のDNアーゼRNアーゼ(Qiagen社)によって処理される。
【0090】
次にND-8000分光計(Nanodrop社)で2μLのRNAからOD読取値をとり、それらの濃度を決定する。RNAは-80℃で、DNAは-20℃で保存する。
【0091】
RNA品質の測定
シークエンシングのために調製されるRNAの場合、RNAの品質はバイオアナライザー2100(Agilent社)で測定され、それは、核酸の毛細管電気泳動及び次にそれらの分析を実行する。品質は、電気泳動図の形の試料の保持率及び濃度によって可視化される。各試料について、RIN(RNA整合性番号)で表される品質スコアが、0~10のスケールで計算される。RNAナノチップ(Agilent社)が、供給業者の使用説明書によって使用される。試料中のRNAサイズの評価を可能にするために、サイズマーカー(RNA6000ナノラダー、Agilent社)が最初に通される。マーカーが各試料に加えられ、規定のサイズで現れる。各試料について、1μLのRNAがチップの上に置かれる。RNA電気泳動図の上で、リボソームのRNAピークが観察される: 28S(およそ4000nt)、18S(およそ2000nt)及び5S(およそ100nt)。内部マーカーは、25nt位置で現れる。INRは、18S及び28Sピークの高さ及び位置、5S、18S及び28Sピークの間の比、並びに信号対雑音比の関数として計算される。RNA-seqのために、必要な品質は少なくとも7のINRを必要とする。
【0092】
RNAシークエンシング
- RNAseq
シークエンシングのために使用される試料は、TRIzolで抽出され、DNアーゼで二度処理され、INR品質>7.7を有する全RNAである。100ng/μLのRNA試料2μgを、シークエンシングのためにKarolinka Instituteに送った。使用したシークエンシングライブラリーはTruSeq Stranded Total RNA Library Prepキット(Illumina社)で調製され、シークエンシングはIllumina社のプロトコールに従って実行された。リードはFastq-pairを使用して関連付け、STAR alignを使用してマウスゲノム(mm10)に整列させる。リードの数は、試料中の対応するRNAの存在度に比例する。シークエンシングプラットホームは、試料ごとにbamフォーマットのアラインメントファイルを含有するいくつかのファイル、比較した各試料のためのリードの数で同定される遺伝子のリスト、及び100万リードあたりのkbあたりの断片(FPKM)で表される標準化された数値を伴う遺伝子のリストを次に提供する。
【0093】
- 分析
配列決定をした転写物のリストを含有するファイルを受け取ると、試料を互いに比較することにおける第1のステップは、異なる試料のファイルを併合することであった。目標は、試験で同定される各転写物のために、各試料中のそのリードの数を含有する単一の表を得ることである。次に、Rソフトウェアの下の分析をDESeq2パッケージで実行した:リードの数から試料を標準化し、各試料の差別的遺伝子発現をその対照に対して計算する。発現差値(又は変化倍率)は、二元対数(log2.FC)で表され、それらはそれらの調整されたPvalue padjと関連している。次に、以下を除去するために選別ステップを実行した:全ての条件下で10未満のリードを含有する遺伝子、有意なpadjのない遺伝子、全ての条件で-0.5~0.5のlog2.FCを有する遺伝子。異なる条件の間で有意に差別的に発現された遺伝子を同定するために、最後の表を使用した。
【0094】
- グラフィック表示
マウスゲノム(mm10)のリードのアラインメントは、bamファイルをIntegrative Genomic Viewer(IGV)ソフトウェアで表示することによって観察され得る。RNAseq結果のグラフ表示のために、異なるRパッケージを使用する。ベン図のために、ベン図パッケージを使用する。Volcanoプロットのために、ggplot2パッケージを使用する。データセット中の調節解除されたシグナル伝達経路を可視化するために、Ingenuity Pathway Analysisソフトウェア(IPA、Qiagen社)及び遺伝子オントロジー分類系PANTHERを使用する。
【0095】
- 統計
全ての統計分析で、差はP<0.05(*)で有意であり、P<0.01(**)で中程度有意であり、P<0.001(***)で高度に有意であるとみなされ、P=確率である。棒グラフは、平均+SEM標準偏差として示す。グラフは、GraphPadソフトウェアを使用して作成される。
【0096】
2. 結果
心臓障害の初期と後期の年齢でDeltaMex5及びDBA/2-mdxマウス並びにそれらの対照からの心臓試料で、全RNAseq(RNAseq)シークエンシング分析を実行した。DeltaMex5マウスの場合1カ月及び4カ月齢を、DBA/2-mdxマウスの場合1カ月及び6カ月齢を選択した。ここでの主な狙いは、両方の心筋症モデルに共通であろう病状が確立されるときに存在する遺伝子を同定することであった。
【0097】
シークエンシングは、Illumina社のプロトコールによって実行した。各試料につき遺伝子の差別的発現を、それらのリード数(>10)からその対照に対して計算する。発現差値(又は変化倍率)は二元対数(log2.FC)で表され、それらの調整されたPvalue padjと関連させる。異なる条件の間で有意に差別的に発現された遺伝子は、log2.FC>|0.5|及びpadj<0.05によって決定される。
【0098】
RNAseqデータのvolcanoプロットは、心臓における遺伝子の分布及び遺伝子調節解除の程度、並びに遺伝子発現の程度の各条件の可視化を可能にする。DeltaMex5モデルの心臓における4カ月時の30個の最も調節解除された(過剰発現した)遺伝子のリストを、Table 1(表1)に提示する。
【0099】
【0100】
DBA/2-mdxモデルに対し、心臓における6カ月時の30個の最も調節解除された(過剰発現した)遺伝子のリストを、Table 2(表2)に提示する。
【0101】
【0102】
DeltaMex5モデルの心臓における4カ月時の上位30個の最も増加した遺伝子は、WNT及びTGF-βシグナル伝達経路の遺伝子を含む。オステオポンチン遺伝子(Spp1)(log2FC=6.6、P=5.28E-128)は、心臓におけるWNTシグナル伝達経路の標的である(Zahradka等、Circulation Research、2008年、102巻、270~272頁; Marchand等、Cell、2011年、10巻、220~232頁)。WNTシグナル伝達経路に直接属する他の2個の遺伝子もこのリストに見出され、分泌フリズルド関連タンパク質2をコードするSfrp2(log2FC=3.62、P=2.08E-55)及びDickkopf関連タンパク質3をコードするDkk3(log2FC=3.01、P=2.78E-32)である。第3の遺伝子は、TGF-β経路のネガティブレギュレーターである軟骨中間層タンパク質をコードするCilp遺伝子(log2FC=4.77、P=4.70E-278)である(Shindo等、Int. Journal of Gerontology、2017年、11巻、67~74頁)。第4の遺伝子は、TGF-β経路のモジュレーターであり、潜在型トランスフォーミング成長因子ベータ結合タンパク質2をコードするLtbp2(log2FC=4.74、P=2.97E-174)である(Sinha等、Cardiovascular Research、2002年、53巻、971~983頁)。心臓における最も増加した遺伝子のリストに見出される、Postnでコードされるペリオスチン(log2FC=3.351948、P=1.7E-21)及びTimp1でコードされる組織メタロプロテイナーゼ阻害剤1(log2FC=3.981384、P=5.7E-52)は、TGF-β経路の標的である(Snider等、Circulation Research、2009年、105巻、934~947頁; Li等、Cardiovascular Research、2000年、46巻、214~224頁)。1カ月時、調節解除された遺伝子の数はかなり少なく、調節解除された遺伝子は、最大1のlog2FCの低い程度に調節解除される。
【0103】
RNAseq結果のベン図表示は、モデル又は病期進行における共通の又は特異的な調節解除された遺伝子の数の可視化を可能にする。RNAseq分析に含まれた46,717遺伝子のうち、4,850遺伝子は、心臓障害の初期又は後期の年齢でいずれのモデルでも対照と比較して有意に調節解除されることが見出された(|log2FC|>0.5及びpvalue<0.05)。初期の年齢で、DeltaMex5マウスの心臓は44個の調節解除された遺伝子だけを有するが、DBA/2-mdxマウスの心臓は2,186個を既に有し、両方のモデルで4遺伝子だけが共通である。後期の年齢にはDeltaMex5の心臓は2,621個の調節解除された遺伝子を有し、DBA/2-mdxの心臓は2,202個を有し、そのうち1,175個は両方のモデルで共通し、そのうち708遺伝子は心筋症の進行した年齢に特異的である。9遺伝子だけがDeltaMex5モデルに特異的であるが、232個がDBA/2-mdxモデルに特異的である。全ての調節解除された遺伝子のうち、より大きな割合の遺伝子は過小発現よりは過剰発現される。最も過剰発現された遺伝子の大半は、2つのモデル間で共通している。しかし、4カ月時のDeltaMex5マウスの心臓で調節解除された遺伝子は、6カ月時のDBA/2-mdxマウスの心臓で調節解除された遺伝子より強く調節解除される(4対6.6のlog2FC最大値)。2つのモデル間の心臓障害は異なっていたが、それらと関連した転写調節解除はほとんど後期の同じ遺伝子及びシグナル伝達経路が関与したことも観察された。
【0104】
この分析を完成させるために、データを生物学的機構に解釈するのを助けるために生物学的相互作用及び機能的注解のリポジトリを使用する、Ingenuity Pathway Analysis(IPA、Qiagen社)ソフトウェアを使用した。1カ月齢で、DeltaMex5及びDBA/2-mdxマウスの心臓でシグナル伝達経路の増加は同定されなかった。IPAによる分析は、その遺伝子が進行した相において調節解除される遺伝子の中で最も表される、生物学的機能を強調することを可能にした。両方のモデルでの第1の位置では、心血管疾患に関与した150を超える遺伝子がRNAseq分析で見出された。第2の位置では、150を超える調節解除された遺伝子が、臓器の上の病巣及び異常のファミリーに分類される。最後に、第3の位置では、心血管系の機能及び発達に関連したほぼ200個の遺伝子が見出された。
【0105】
進行した相だけで観察された遺伝子発現の変化と関連した毒性を決定するために、発明者はIPAソフトウェアの別の機能も使用した。多くの調節解除された遺伝子が同定された: DeltaMex5モデルで心臓肥大に関連した86遺伝子及びDBA/2-mdxモデルで85、心臓機能障害を導く可能性のある45/48遺伝子、心臓拡張で38/36遺伝子、心臓線維症で27/28遺伝子及び心臓壊死で35/37。
【0106】
後期のモデルで最も調節解除されたシグナル伝達経路を決定するために、PANTHER遺伝子オントロジー分類系も使用した。両方のモデルで、ベン図の分析で見られるように、混乱は非常に類似しているようである。後期モデルにおいて、WNTシグナル伝達経路は、DeltaMex5マウスの心臓の最も調節解除されたシグナル伝達経路の4位に見出され、DBA/2-mdxマウスの心臓の3位に見出される。この経路に属する40個の遺伝子の全てが調節解除され(過剰発現し)、Sfrp2及びDkk3が含まれる。TGF-β経路は、15を超える調節解除された遺伝子で、DeltaMex5及びDBA/2-mdxの心臓の22及び19の位置で見出され、それには最も過剰発現される遺伝子のうちの2つであるCilp及びLtbp2が属する。
【0107】
RNAseq分析は、Wnt経路及びTGF-β経路の両方が、遺伝子誘導拡張型心筋症のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DBA2mdxマウス)及びチチノパシー(DeltaMex5マウス)の2つのモデルにおいて損なわれており、遺伝子が過剰発現していることを示す。これらの結果は、心臓表現型のモデルにおけるこれらの経路の阻害の効果を査定することを発明者に促した。
【実施例】
【0108】
Wnt及びTGF-β経路阻害剤による拡張型心筋症マウスモデルの処置
1.材料及び方法
マウスの処置
1カ月齢の雄のDeltaMex5を、SB-431542(10mg/kg)(Sigma-Aldrich社)、XAV939(2.5mg/kg)(Sigma-Aldrich社)、SB431542(10mg/kg)及びXAV939(2.5mg/kg)の腹腔内注射により1週間に3回で3カ月間にわたって処置した。同じ月齢及び性別の未処置C57BL/6及びDeltaMex5マウスを対照として使用した。
【0109】
心機能の超音波分析
イソフルランの吸入によってマウスに麻酔をかけ、加熱プラットホーム(VisualSonics社)に置く。体温及び心拍数を連続的にモニタリングする。画像を、707Bプローブを備えたVevo 770高周波超音波心臓検査計(VisualSonics社)によってとる。2Dモード及びMモード(モーション)の超音波測定を、左心室の最も広いレベルの大小の傍胸骨軸に沿ってとる。定量的及び定性的測定は、Vevo 770ソフトウェアを使用して実行される。左心室の質量は、以下の式を使用して推定される:
【0110】
左心室の質量(g)=0.85(1.04(((拡張末期の左心室の直径+拡張末期の心室中隔の厚さ+拡張末期の後壁の厚さ)3-拡張末期の心室の直径3)))+0.6。
【0111】
マウスの心臓へのそれぞれの超音波では、約5つの測定点が採られる。拡張期左心室の最大サイズに対応する測定ポイントが次に使用されるが、その理由はそれがマウス心臓の到達可能な最大拡張を表すからである。
【0112】
組織学
凍結イソペンタン筋肉を、クリオスタット(LEICA CM 3050)により-20℃で8μm厚のスライスに切断する。スライスをブレード上に置き、-80℃で保存する。
【0113】
- ヘマトキシリン-フロキシン-サフラン染色
ヘマトキシリン-フロキシン-サフラン(Safran)(HPS)マーキングは、筋肉の全体的な外観を観察すること、並びに異なる組織及び細胞構造を強調することを可能にする。ヘマトキシリンは、核酸を濃青色に着色し、フロキシンは細胞質をピンク色に着色し、サフランはコラーゲンを赤橙色に着色する。
【0114】
断面を、ハリスヘマトキシリン(Sigma社)で5分間染色する。水で2分間洗浄した後、過剰な染色剤を除去するために、スライドを0.2%(v/v)塩酸アルコール溶液に10秒間浸漬する。水で1分間再び洗浄した後に、組織をスコット水浴(0.5g/lの重炭酸ナトリウム及び20g/lの硫酸マグネシウム溶液)で1分間青色に染め、その後、水で1分間再びすすぎ、フロキシン1%(w/v)(Sigma社)で30秒間染色する。水で1分30秒間すすいだ後、切片を70°エタノールで1分間脱水し、次に無水エタノールで30秒間すすぐ。組織は、次にサフラン1%(無水エタノール中のv/v)で3分間染色し、無水エタノールですすぐ。最後に、切片をキシレン浴中で2分間薄くし、その後Eukitt培地でスライドとマウントする。画像取得は、コンピュータ及び電動ステージに連結したZeiss AxioScan白色光顕微鏡の対物10で実行される。
【0115】
HPS着色切片から、中心核形成線維数の切片のmm2面積に対する比によって中心核形成指数(centronucleation index)を計算する。
【0116】
- シリウスレッド着色
この染色は、コラーゲン繊維を赤色に着色し、線維化組織の存在を強調することを可能にする。細胞質は、黄色に染色される。
【0117】
断面を冷凍切片のためにアセトンで1時間脱水するか、又は熱及びトルエン浴でワックスを除去する。それらは、次に4%ホルムアルデヒドで5分間、次にBouin溶液中で10分間固定される。水による2回の洗浄の後、染色のためにスライドをシリウスレッド溶液(100mLピクリン酸溶液あたり0.1gのシリウスレッド)に1時間浸漬する。水で1分30秒間すすいだ後に、スライスを連続したエタノール浴中で脱水する: 70°エタノールで1分間、95°エタノールで1分間、無水エタノールで1分間、次に第2の無水エタノール浴で2分間。最後に、スライスを2回のキシレン浴で1分間薄くし、次にEukitt培地でラメラとマウントする。画像取得は、コンピュータ及び電動ステージが連結されたZeiss AxioScan白色光顕微鏡の対物10×で実行される。
【0118】
偏光画像は、改変光学(right)LEICA顕微鏡を使用して取得され、偏光子(Polarizer)が光路に沿って試料の前に配置され、別の偏光子(Anlayzer)が試料の後ろに配置され、これらを手動により回転させて、透過光及び偏光の両方を同時に観察することが可能になりうる。偏光子の主軸は、互いに90度に配向されている。偏光マップは、Cartographソフトウェア(Microvision社、France)が連結されたRetiga 2000 CCDセンサ(QImaging社)を使用して取得した。要約すると、光路は試料に到達する前に第1の偏光子を通過し、コラーゲンは通過する光を複屈折させて、2つの光線に分離し、第2の偏光子を通過すると2つのタイプのシリウスレッド及び残りの心臓組織の差異的観察を可能にする。
【0119】
- シリウスレッドの定量化
Sirius Quant
Sirius Quantは、内部で開発されたImageJプラグインである(Schneider等、2012年)。それは、赤色に着色した画像のピクセルを単離し、定量化することを可能にする閾値化マクロである。それは、3ステップで作業する:第1のものは、画像を白黒に変換することである。レッドシリウス着色からもたらされる画像は非常に対照的であり、そのため、単純な白黒変換は全ての有益な情報を保つのに十分である。第2のものは、画像の着色したピクセルだけ、換言すると切片全体に属するピクセルを保つために、非常に粗い閾値化である。Analyze Particles機能を適合させたオブジェクトサイズと一緒に使用することは、スライスのアウトライン自動検出を可能にし、それは次に保存される。第3のステップは、赤色に着色したピクセルだけ、マーキングと関連しているものを保つことを可能にする、ユーザーによる手動の閾値化である。手動の修正ツールは、検出されたであろう領域、及びマークのない領域(ダスト、カットフォールド等)を除去すること、又は考慮されなかったであろう領域を加えること、のいずれかを可能にする。閾値化された画像が満足であるならば、閾値化されたピクセルの数及び全切片中のピクセルの総数を次に測定する。これらの2つの数の間の比は、スライスにおける線維症指数を最後に与える。
【0120】
WEKA
画像は、WEKAプラグイン(ImageJ社)により人工知能アルゴリズムを使用して処理した。分類される異なる状態を代表する17画像を含有するトレーニングデータセットを使用して、WEKA分類plugginを実行した。クラスは、健全な組織(黄色)に、両種の染色に、及びスライス断裂(白色)に割り当てた。元のマッピングは概ね225メガピクセル(15k×15k)のサイズのモザイク画像であり、それらは400フレーム(20横列、20縦列)に分け、各フレームは概ね750×750ピクセルであった。各フレームは独立して分類され、完全画像が次に再構築される。各クラスのピクセルの数が測定される。心臓に属するピクセルの総数は、健全な組織と2種類の色素の取り込みの合計として計算される。クラスの中のピクセルの数を心臓のピクセルの総数によって割り算することによって、各クラスの比を次に計算する。
【0121】
全心臓再構築及び定量化
シリウスレッドによって着色された全心臓の切片は、10×レンズを備えたスキャナ(Axioscan ZI、Zeiss社)でスキャンした。合計483画像が得られた。それらは、ImageJのpluggin: Linear Stack AlignmentをSIFTと使用して整列させた(Lowe等、International Journal of Computer Vision、2004、60、91~110頁)。ソフトウェアが満足なアラインメントを可能にしなかった場合、一部の画像は手動で整列させた。再構築及び3D可視化のために、画像をImaris(BitPlane社、USA)にロードした。画像を整列させたら、Otsu閾値化(Otsu N、Cybernetics、1979、9、62~66頁)を使用した全自動モードのシリウスクワントplugginは、各画像に対応する483の線維症比の値をもたらした。これらの値は、アルゴリズム自動化に固有の誤差を回避するためにシグナル中のノイズを低減する方法であるスライド平均方法を使用してフィルタリングした。移動平均の使用は、画像の各線維症比をそれ自体の平均、その前の画像の比、及びその後の画像の比と置き換えることによって、これらの誤差を制限することを可能にする。
【0122】
統計
全ての統計分析で、差はP<0.05(*)で有意であり、P<0.01(**)で中程度有意であり、P<0.001(***)で高度に有意であるとみなされ、P=確率である。棒グラフは、平均+SEM標準偏差として示す。グラフはGraphPadソフトウェアを使用して作成される。
【0123】
全心臓の上での線維症の分布の分析: 線維症が心臓で均一である(H0仮説)であることを確実にするために、発明者は483の線維症比の値から20値をランダムに抽出した。これらの値は、p値を得るために10対10でウィルコクソン検定(ソフトウェアR)と比較した。この操作を1000回繰り返し、1000のp値をもたらした。これらの値の間で一部は0.05未満であり、一部の場合には、線維症不変性の発明者の仮説が有効でないことを示している。1000件の統計的検定から、発明者は、どれだけ多くが0.05未満の値を与えたかを数えた。発明者は全プロセスを100回繰り返して、発明者のH0仮説が偽であるパーセンテージの平均を得た。この平均は、4%である。これは、発明者の仮説が96%の割合で有効であり、したがって0.04の全体的p値に対応することを意味し、これは統計学的に許容される。
【0124】
超音波分析:パラメータの関係性、及びどのパラメータが研究目的のものであるかを決定するため、統計ソフトウェアRを使用する。scatterplotMatrix機能を使用して、異なる歳での測定値の相関関係を可視化し、研究されるべきパラメータを選択した。統計分析をRcmdrで実施し、グラフをGraphPadソフトウェアで実施した。
【0125】
2.結果
WTと比較してDeltaMex5モデルにおいて高度に調節解除されていることがRNAseqで確認されたWNT及びTGF-β経路の阻害は、TGF-β阻害剤のSB431542及びWNT阻害剤のXAV939を単独で又は組み合わせて使用することによって実施した。処置は、3カ月間にわたるSB431542(10mg/kg)及びXAV939(2.5mg/kg)の1週間に3回の腹腔内注射から構成される(
図1A)。注射を、心臓の機能障害が発症する前に1カ月齢から開始し、超音波検査測定の4カ月後に終了した。全体的、組織学的及び機能的なレベルで心臓の帰結を研究した。
【0126】
形態学的評価
マウス質量は、SB431542及びXAV939の組み合わせで処置したマウスでは3カ月後に有意に減少し(27.93±1.27g、n=4対34.9±1.3g、n=8、P<0.01)、正常値に戻り、C57BL/6匹対照マウスとの差がないことを示した(28.81±0.72、n=11、P>0.05)。心臓質量のマウス全質量に対する比は3群で有意に異ならないが、未処置DeltaMex5マウス(0.63±0.02%、n=8)と比較して、C57BL/6匹対照マウス(0.57±0.02%、n=7)及び注射DeltaMex5マウス(0.55±0.04%、n=4)において心臓の割合が減少する明白な傾向が依然として存在した。
【0127】
処置されたマウスの心臓組織切片をHPS及びシリウスレッドで染色して、阻害剤処置の組織学的影響を評価した。損傷組織の大きな区域がHPS染色組織に依然として見出され、シリウスレッド染色は、全心臓に線維化組織の存在を実証する(
図1C)。シリウスレッドコラーゲン染色による線維症組織全体の定量化は、線維症率がDeltaMex5マウスと比較して処置DeltaMex5マウスにおいて減少しないことを示す(21.87±2.48%対18.68±1.74%、P>0.05、n=4)。
【0128】
機能評価
阻害剤処置後のマウスで測定された超音波心臓検査は、高められた心臓の状態を示し、2つの主要パラメータのLV機能及びLV拡張が改善された(
図1B)。処置マウスのLV直径は、未処置DeltaMex5マウスと比較して0.63mm減少し(4.20±0.02mm対4.83±0.22mm、n=4及び8)、WTマウスと異なっていなかった(4.28±0.09mm、n=11)。他の関連するパラメータの体重、LV質量、LV容積も改善された。左心室拡張期容積は、30μLを超えて減少し(78.47±0.774μL、n=4対111.4±10.67μL、n=8)、C57BL/6匹マウスと異なることはなかった(82.66±3.923、n=11、P>0.05)。収縮期の同じパラメータも改善された。心臓肥大も低減され、左心室質量に40%の減少をもたらした(131.6±14.52mg、n=4対190±12.77mg、n=8、P<0.05)。最後に、心筋機能も処置により改善される。事実、処置マウスの駆出率は、未処置DeltaMex5マウスと比較して9%増加し(50±4%対41±5%、n=4及び8)、もはや未処置WTマウスと有意に異なっていなかった(53±3%、n=11)。結論として、マウスの心臓の状態としては、左心室機能及び拡張は改善したが、心臓の線維症は減少しなかった。
【0129】
分子の評価
TGF-β及びWNT経路への阻害剤の有効性を決定するため、発明者は、処置マウスの試料に、WNT及びTGF-β経路の84個の標的遺伝子セットのRT2プロファイラーアレイ(RT2-PCR)スクリーニングキットを使用した。両方のシグナル伝達経路の調節解除を、4カ月齢のDeltaMex5モデルで検証した。試験に含まれたWNT経路標的のうち、27個の遺伝子が過剰発現し、23個の遺伝子がTGF-β経路標的のうちで過剰発現した。WNT及びTGF-β経路の大部分の標的遺伝子は、SB431542及びXAV939で処置されたマウスにおいて減少した。
【0130】
結論
TGF-β阻害剤のSB431542とWNT阻害剤のXAV939との併用(concomitant use)は、3カ月の処置で心機能を改善するが、線維症組織を改善しなかった。
【国際調査報告】