(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-07-21
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230713BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20230713BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20230713BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20230713BHJP
C23C 14/24 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C14/06 A
C23C14/24 F
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022580824
(86)(22)【出願日】2021-06-30
(85)【翻訳文提出日】2023-02-21
(86)【国際出願番号】 EP2021067975
(87)【国際公開番号】W WO2022003014
(87)【国際公開日】2022-01-06
(32)【優先日】2020-07-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】520333435
【氏名又は名称】エービー サンドビック コロマント
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ジョンソン, ラース
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C037CC02
3C037CC04
3C037CC08
3C037CC09
3C037CC10
3C037CC11
3C046FF02
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
3C046FF10
3C046FF11
3C046FF13
3C046FF17
3C046FF19
3C046FF25
4K029AA02
4K029BA58
4K029BD05
4K029CA02
4K029DB04
4K029EA01
4K029EA03
4K029EA08
4K029FA05
(57)【要約】
本発明は、基材(5)及びコーティング(6)を含む被覆切削工具(1)に関し、コーティング(6)は、Ti
1-xAl
xN、0.35≦x≦0.70である第1のナノ層(9)と、Ti
1-ySi
yN、0.12≦y≦0.25である第2のナノ層(10)との交互層のナノ多層(8)を含み、1つの第1のナノ層(8)と1つの第2のナノ層(9)のシーケンスは層周期を形成し、ナノ多層(8)の平均層周期厚さは≦7nmであり、ナノ多層(8)は、≦70nmの平均カラム幅を有するカラム状構造を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材(5)及びコーティング(6)を含む被覆切削工具(1)であって、コーティング(6)が、Ti
1-xAl
xN、0.35≦x≦0.70である第1のナノ層(9)と、Ti
1-ySi
yN、0.12≦y≦0.25である第2のナノ層(10)との交互層のナノ多層(8)を含み、1つの第1のナノ層(9)と1つの第2のナノ層(10)とのシーケンスが層周期を形成し、ナノ多層(8)の平均層周期厚さが≦7nmであり、ナノ多層(8)が、≦70nmの平均カラム幅を有するカラム状構造を有する、被覆切削工具(1)。
【請求項2】
第1のナノ層(9)について、Ti
1-xAl
xN、0.45≦x≦0.70である、請求項1に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項3】
第2のナノ層(10)について、Ti
1-ySi
yN、0.14≦y≦0.23である、請求項1から2のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項4】
ナノ多層(8)の平均層周期厚さが2~7nmである、請求項1から3のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項5】
ナノ多層(8)が≦55nmの平均カラム幅を有する、請求項1から4のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項6】
ナノ多層(8)が30~45nmの平均カラム幅を有する、請求項1から5のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項7】
X線回折における立方晶(200)ピークのFWHM値が0.8~1.2度(2シータ)である、請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項8】
ナノ多層(8)の厚さが約0.5~約15μmである、請求項1から7のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項9】
ナノ多層(8)の厚さが約1~約7μmである、請求項1から8のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項10】
コーティング(6)が、基材に最も近いナノ多層(8)の下に、約0.1~約2μmの厚さを有するTiN、(Ti,Al)N又は(Cr,Al)Nの最内層(7)を含む、請求項1から9のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項11】
最内層(7)がTi
1-zAl
zN、0.35≦z≦0.70である、請求項10に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項12】
ナノ多層(8)がカソード・アーク・エバポレーションの堆積層である、請求項1から11のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項13】
被覆切削工具(1)の基材(5)が、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素及び高速度鋼の群から選択される、請求項1から12のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【請求項14】
被覆切削工具(1)が、金属機械加工用の切削工具インサート、ドリル、又はソリッドエンドミルである、請求項1から13のいずれか一項に記載の被覆切削工具(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(Ti,Si)N及び(Ti,Al)Nのナノ多層を含む被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
はじめに
ナノ多層コーティングは、金属機械加工用の切削工具の分野で一般的に使用されている。これらのコーティングでは、いくつか点で異なる少なくとも2つの層が交互にナノ層が積層したコーティングを形成する。
【0003】
金属機械加工作業には、例えば、旋盤加工、フライス加工、及びドリル加工が含まれる。
【0004】
長い工具寿命を実現するために、被覆切削工具、例えばインサートは、異なる種類の摩耗、例えば、逃げ面摩耗耐性、クレータ摩耗耐性、耐チッピング性及び耐剥離性に対する高い耐性を有するべきである。
【0005】
異なる金属機械加工作業は、異なる様式で被覆切削工具に影響を及ぼす。例えば、旋盤加工は連続的な金属機械加工作業であるが、フライス加工は本質的により断続的である。フライス加工では、熱的及び機械的負荷は経時的に変化する。
【0006】
前者は、本明細書では「コームクラック」と呼ばれるコーティングのいわゆるサーマルクラックにつながる可能性がある熱的ストレスを誘発するが、後者は、チッピングにつながる刃先の疲労、すなわち基材の残りの部分から緩んだ刃先の小さな断片を引き起こす可能性がある。したがって、フライス加工における被覆切削工具の一般的な摩耗の種類はクラッキング及びチッピングである。特に刃先におけるコーティングの高レベルの靱性は、そのようなチッピングを低減させることができる。したがって、耐コームクラック性及びエッジライン靱性を高めることは、工具寿命を延ばすために非常に重要である。
【0007】
現在市場で入手可能な切削工具よりも優れた特性を有する切削工具を実現するために、逃げ面摩耗耐性、クレータ摩耗耐性、エッジライン靱性、耐コームクラック性、耐剥離性などの点でコーティングが優れた特性を有する被覆切削工具が引き続き求められている。上述の特性の1つ又は複数が改善される場合、より長い工具寿命が実現する。
【0008】
米国特許出願公開第2012/0114436号明細書は、非常に一般的な(Ti,Al)N/(Ti,Si)Nナノ多層コーティングを開示している。しかしながら、金属機械加工作業において特に高い性能を有する(Ti,Al)N/(Ti,Si)Nナノ多層コーティングを見出すことが望まれている。
【発明の概要】
【0009】
本発明の目的は、コームクラックに対する高い耐性、高いエッジライン靱性及び高い逃げ面摩耗耐性を少なくとも示す被覆切削工具を提供することである。
【0010】
定義
「平均層周期厚さ」という用語は、ナノ多層A-B-A-B-A...において第1のナノ層A及び第2のナノ層Bのナノ多層コーティングにおける組合せA-Bの平均の厚さを意味する。堆積工程が既知である場合、計算は、ナノ多層の総厚をA-B堆積の数(基材に回転方式で堆積させるときの回転数に対応する)で割ることによって行うことができる。
【0011】
あるいは、計算は、ナノ多層の断面のTEM分析を使用して、少なくとも200nmの長さにわたって連続するA-Bナノ層の組合せの数を計数し、平均値を計算することによって行われる。
【0012】
ナノ多層における「平均カラム幅」という用語は、ナノ多層における結晶子カラム、すなわち「粒子」の平均値を意味する。層の成長方向に垂直な少なくとも500nmの長さを考え、ナノ多層の下部接触面から500nmの距離でナノ多層の少なくとも4つの異なる場所でこの長さにわたってカラム幅を測定する。
【0013】
ナノ多層が0.5μmのみの総厚を有する場合、測定場所はナノ多層の外面の真下に置かれる。好適な分析の方法には、透過型電子顕微鏡法(TEM)が含まれる。
【0014】
「FWHM」という用語は、「半値全幅」を意味し、これは、(ある特定の(hkl)回折ピークに対して)そのピーク強度の半分におけるX線回折ピークの度数(2シータ)の幅である。
【0015】
発明
驚くほど高い耐コームクラック性、優れたエッジライン靱性を有し、同時にクレータ摩耗及び逃げ面摩耗の両方に対する耐性が高い、交互の(Ti,Si)N及び(Ti,Al)N層のナノ多層コーティングが本明細書で提供されている。
【0016】
本発明は、基材及びコーティングを含む被覆切削工具に関し、コーティングは、Ti1-xAlxN、0.35≦x≦0.70である第1のナノ層と、Ti1-ySiyN、0.12≦y≦0.25である第2のナノ層との交互層のナノ多層を含み、1つの第1のナノ層と1つの第2のナノ層とのシーケンスは層周期を形成し、ナノ多層の平均層周期厚さは≦7nmであり、ナノ多層は、≦70nmの平均カラム幅を有するカラム状構造を有する。
【0017】
第1のナノ層Ti1-xAlxNについては、好適には0.45≦x≦0.70、好ましくは0.55≦x≦0.65である。
【0018】
第2のナノ層Ti1-ySiyNについては、好適には0.14≦y≦0.23、好ましくは0.17≦y≦0.21である。
【0019】
ナノ多層の平均層周期厚さは、好適には2~7nm、好ましくは3~6nmである。
【0020】
ナノ多層における平均カラム幅は、好適には≦60nm、好ましくは≦55nmである。好ましい実施形態では、ナノ多層における平均カラム幅は、5~60nm、好ましくは10~55nm、より好ましくは25~55nm、最も好ましくは30~45nmである。
【0021】
一実施形態では、ナノ多層は、XRD回折における立方晶(200)ピークのFWHM値が0.6~1.3度(2シータ)、好ましくは0.8~1.2度(2シータ)、最も好ましくは0.9~1.1度(2シータ)である。
【0022】
FWHM値を求めるために使用されるXRDの(200)ピークは、除去されたCu-Kα2である。
【0023】
ナノ多層の厚さは、好適には約0.5~約15μm、好ましくは約1~約10μm、より好ましくは約1~約7μm、最も好ましくは約1.5~約4μmである。
【0024】
ナノ多層は、好適には、カソード・アーク・エバポレーションの堆積層である。
【0025】
一実施形態では、コーティングは、基材に最も近いナノ多層の下にTiN、(Ti,Al)N又は(Cr,Al)Nの最内層を含む。好ましくは、最内層は(Ti,Al)Nである。(Ti,Al)Nが使用される場合、(Ti,Al)Nは、好適にはTi1-zAlzN、0.35≦z≦0.70、好ましくは0.45≦z≦0.70である。好ましい実施形態では、(Ti,Al)NにおけるTi-Alの関係は、ナノ多層の第1のナノ層におけるTi-Alの関係と同じである。この最内層の厚さは、約0.1~約2μm、好ましくは約0.5~約1.5μmであり得る。
【0026】
好ましい実施形態では、コーティングは、Ti1-xAlxN、0.55≦x≦0.65である第1のナノ層と、Ti1-ySiyN、0.17≦y≦0.21である第2のナノ層との交互層のナノ多層を含み、ナノ多層の平均層周期厚さは3~6nmであり、ナノ多層の平均カラム幅は25~55nmであり、ナノ多層の厚さは約1~約7μmであり、約0.5~約1.5μmの厚さを有する基材に最も近いナノ多層の下に(Ti,Al)Nの最内層がある。
【0027】
被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素及び高速度鋼の群から選択することができる。一実施形態では、基材は、5~18重量%のCoと、0~10重量%の元素周期律表における第4族から第5族の炭化物窒化物又は炭窒化物とを含む超硬合金である。
【0028】
超硬合金基材にはCrのようなさらなる成分が可能である。
【0029】
被覆切削工具は、好適には、金属機械加工用の切削工具インサート、ドリル、又はソリッドエンドミルである。切削工具インサートは、例えば、旋盤加工インサート又はフライス加工インサートである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】フライス加工インサートである切削工具の一実施形態の概略図を示す。
【
図2】基材及び様々な層を含むコーティングを示す、本発明の被覆切削工具の一実施形態の断面の概略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
図1は、すくい面(2)及び逃げ面(3)及び刃先(4)を有する切削工具(1)の一実施形態の概略図を示す。切削工具(1)は、この実施形態では、フライス加工インサートである。
図2は、基材本体(5)及びコーティング(6)を有する、本発明の被覆切削工具の一実施形態の断面の概略図を示す。コーティングは、第1の(Ti,Al)N最内層(7)と、それに続くTi
1-xAl
xN(9)であるナノ層及びTi
1-ySi
yN(10)であるナノ層が交互にあるナノ層のナノ多層(8)とからなる。
【実施例】
【0032】
実施例1:
ジオメトリSNMA120408、CNMG120408MM及びR390-11の焼結された超硬合金切削工具のインサートブランク上に、(Ti,Si)N及び(Ti,Al)Nの異なるナノ多層を堆積させた。超硬合金の組成は、10重量%のCo、0.4重量%のCr、及び残部WCとした。超硬合金ブランクを、4つのアークフランジを備える真空チャンバ内でカソード・アーク・エバポレーションによって被覆した。Ti-Siのターゲットを、互いに対向する2つのフランジに取り付けた。Ti-Alのターゲットを、互いに対向する2つの残りのフランジに取り付けた。ターゲットは、直径100mm、円形で平面であり、一般市場で入手可能であった。アークエバポレーションに適したターゲット技術パッケージは、IHI Hauzer Techno Coating B.V.、Kobelco(Kobe Steel Ltd.)及びOerlikon Balzersなどの市場の供給業者から入手可能である。
【0033】
被覆されていないブランクを、PVDチャンバ内で3回回転軸を受けるピンに取り付けた。
【0034】
試料1~9:
チャンバを高真空(10-2Pa未満)にポンプダウンし、チャンバ内部に配置されたヒータによって450~550℃に加熱した。次いで、ブランクをArプラズマ中で60分間エッチングした。
【0035】
チャンバ圧(反応圧力)を4PaのN2ガスに設定し、-50VのDCバイアス電圧(チャンバ壁に対して)をブランクアセンブリに印加した。カソードは、150A(各々)の電流で75分間(4つのフランジ)、アーク放電モードで作動させた。約3μmの厚さを有するナノ多層コーティングをブランク上に堆積させた。
【0036】
Ti-SiターゲットがTi0.80Si0.20、Ti0.85Si0.15及びTi0.90Si0.10であり、Ti-AlターゲットがTi0.75Al0.25、Ti0.60Al0.40、Ti0.50Al0.50、及びTi0.40Al0.60である組合せで堆積を行った。堆積したナノ多層の総厚は3μmであった。回転速度はある特定の周期厚さに相関する。ナノ多層における層周期厚さの影響を調査するために、異なるテーブル回転速度を使用してブランクの一連の堆積を行った。
【0037】
ターゲット設定により、基材テーブルの1回転当たり2つのナノ層周期が形成される。使用した装置において、テーブル回転速度とナノ層周期厚さとの間の相関を表1に示す。
【0038】
ほとんどの試料では、最も内側に約1μmの厚さの(Ti,Al)Nの層を堆積させた。すべてのそのような場合において、(Ti,Al)N層は、上記で堆積させたナノ多層において(Ti,Al)Nナノ層を作製する場合のように、ターゲットにおいて同じ含有量のTi及びAlを使用して堆積させた。最も内側の(Ti,Al)N層を堆積させる際の加工条件は、4PaのN2ガスのチャンバ圧力(反応圧力)、及びブランクアセンブリに印加される-70VのDCバイアス電圧(チャンバ壁に対して)であった。カソードは、150A(各々)の電流で、アーク放電モードで作動させた。
【0039】
【0040】
試料13~17:
-50V/4Pa以外のDCバイアス電圧及びN2圧力の組合せを使用して、試料をさらに作製した。
【0041】
チャンバを高真空(10-2Pa未満)にポンプダウンし、チャンバ内部に配置されたヒータによって450~550℃に加熱した。次いで、ブランクをArプラズマ中で60分間エッチングした。
【0042】
厚さ約1μmのTi0.40Al0.60Nの最内層を最初に堆積させた。加工条件は、4PaのN2ガスのチャンバ圧力(反応圧力)、及びブランクアセンブリに印加される-70VのDCバイアス電圧(チャンバ壁に対して)であった。カソードは、150A(各々)の電流で、アーク放電モードで作動させた。
【0043】
次いで、(Ti,Si)N及び(Ti,Al)Nのナノ多層の堆積のために、異なる試料に対して、2Paと6Paとの間のN2ガスの異なるチャンバ圧力(反応圧力)を使用し、-30Vと-100Vとの間の異なるユニポーラDCバイアス電圧(チャンバ壁に対して)をブランクアセンブリに印加した。カソードは、150A(各々)の電流で、アーク放電モードで作動させた。約2μmの厚さを有するナノ多層をブランク上に堆積させ、すなわち、約3μmの総コーティング厚を各インサート上に実現した。
【0044】
Ti-SiターゲットがTi0.80Si0.20であり、Ti-AlターゲットがTi0.40Al0.60である組合せで堆積を行った。5rpmのテーブル回転速度を使用して堆積を行った、すなわち、ナノ多層において約4nmの層周期厚さを生じる。
【0045】
【0046】
ナノ多層における実際の元素組成を確認するために、いくつかの試料についてエネルギー分散型X線分光法(EDS)を使用して平均組成を分析した。EDS測定は、コーティングの断面のSEMにおいて、いくつかのナノ層を含む距離にわたって行った。
【0047】
結果は、理論組成からわずか1~2パーセント単位の偏差しか見られないものだった。これはEDS法の精度内である。したがって、層中のTi、Al及びSiの実際の元素組成は、使用されるそれぞれのターゲット組成に実質的によく対応すると結論付けられる。
【0048】
X線回折(XRD)分析を、2D検出器(VANTEC-500)及び一体型平行ビームMontelミラーを伴うIμS X線源(Cu-K
a、50.0kV、1.0mA)を備えたBruker D8 Discover回折計を使用して、被覆されたインサートの逃げ面に対して行った。被覆切削工具インサートは、試料の逃げ面が試料ホルダの基準面に平行であり、また逃げ面が適切な高さにあることを保証する試料ホルダに取り付けられた。被覆切削工具からの回折強度を、少なくとも35°~50°が含まれるように、関連するピークが発生する2θ角度付近で測定した。バックグラウンド減算及びCu-K
α2除去を含むデータ分析を、PANalyticalのX’Pert HighScore Plusソフトウェアを使用して行った。ピーク解析にはPseudo-Voigt-Fit関数を用いた。得られたピーク強度には薄膜補正を適用しなかった。PVD層に属さない任意の回折ピーク、例えばWCのような基材反射を有する(200)ピークの可能性のあるピークオーバーラップは、ピーク強度及びピーク幅を求めるときにソフトウェア(結合したピークのデコンボリューション)によって相殺した。試料の(200)ピークの半値全幅(FWHM)値を計算した。結果を表4に示す。
【0049】
実施例2:
作製した試料の性能を判定するために、切削試験を行った。
【0050】
使用される用語の説明:
以下の表現/用語は、金属切削で一般的に使用されるが、それでもなお、以下の表で説明する:
Vc(m/分):切削速度(メートル/分)
fz(mm/tooth):送り量(1刃あたりのミリメートル)(フライス加工)
fn(mm/rev)1回転当たりの送り量(旋盤加工)
z:(個数)カッターの刃の数
ae(mm):半径方向切り込み深さ(ミリメートル)
ap(mm):軸方向切り込み深さ(ミリメートル)
【0051】
耐コームクラック性:
作業:ショルダーフライス加工
工具ホルダ:R245-080027-12M、Dc=80mm
ワークピース材料:Toolox33(工具鋼)、L=600mm、I=200mm、h=100mm
インサートタイプ:R390-11
切削速度Vc=320m/分
送り量fz=0.3mm/rev
切り込み深さap=2mm
半径方向エンゲージメントae=15mm
切削液あり
【0052】
工具寿命の終わりの基準は、最大チッピング高VB>0.3mmである。
【0053】
エッジライン靱性:
ワークピース材料:Dievar未硬化、P3.0.Z.AN、
z=1
Vc=200m/分
fz=0.20mm
ae=12mm
ap=3.0
切り込みの長さ=12mm
切削液なし
【0054】
カットオフ基準は、エッジラインの少なくとも0.5mmのチッピング、又は逃げ相若しくはすくい相のいずれかで0.2mmの測定される深さである。工具寿命は、これらの基準を達成するための切削エントランスの数として提示される。
【0055】
逃げ面摩耗試験:
縦旋盤加工
ワークピース材料:Sverker21(工具鋼)、硬度約210HB、D=180、L=700mm、
Vc=125m/分
fn=0.072mm/rev
ap=2mm
切削液なし
【0056】
工具寿命のカットオフ基準は、0.15mmの逃げ面摩耗VBである。
【0057】
耐剥離性
評価は、オーステナイト鋼における旋盤加工試験によって行った。コーティングの接着摩耗及び剥離を引き起こすために、切り込み深さapを4~0と0~4mmとの間で変化させた(ラジアルフェーシング中に1回)。インサートをSEM分析によって評価した。
【0058】
作業:フェーシング(旋盤加工)
ワークピース材料:オーステナイト系ステンレス鋼のバーSanmac316L、L=200mm、D=100mm、約215HB
インサートタイプ:CNMG 120408-MM
冷却:あり
切り込み深さap=4~0、0~4mm
切削速度Vc=140m/分
送り量fz=0.36mm/rev
【0059】
【0060】
表5は、耐剥離性に関して、最も厚い層周期20nmが最も悪い性能を示したことを示している。
【0061】
さらに、試験結果(試料1、試料2、試料3)から、試験した層周期4nm(5rpm)、8nm(2.4rpm)及び20nm(1rpm)のうち、耐コームクラック性における最良の結果は、層周期4nmに対してのカットオフ基準が見られるまで30回の切削であることが分かる。層周期が8nmの場合、耐コームクラック性の結果は23回の切削であり、層周期が20nmの場合、耐コームクラック性の結果は21回の切削である。25分未満の結果は不十分であると考えられる。したがって、層周期が小さいほど、より良好な結果となる。したがって、ナノ多層の平均層周期の好適な範囲は、2~7nm、好ましくは3~6nmであると考えられる。
【0062】
最内層の効果:
Ti
0.40Al
0.60N/Ti
0.80Al
0.20N(ターゲット組成)の堆積したナノ多層を有する試料を、基材上に直接的なさらなる最内層があるかないかで試験した。
【0063】
耐コームクラック性の結果は、最も内側の追加の(Ti,Al)N層の存在によって改善される。
【0064】
追加の最内層がない試料のELT試験はなかったが、表7は、ELTに関して追加の最内層の厚さの影響を少なくとも示している。表7の試料は、層周期厚さ8nmの点で、本発明の範囲外である。しかしながら、最内層の層厚の変化に対するELTへの影響は、8nm未満の層周期、すなわち本発明内でも同じ傾向に向かうものと見なされる。
【0065】
ELTは、最も内側の追加の(Ti,Al)N層の存在によって改善されると考えられる。0.2、0.4及び0.8μmの厚さの最内層を比較すると、0.8μmの厚さは、より薄いものよりも良好な性能を生じた。
【0066】
【0067】
試験結果から、耐コームクラック性の最良の結果は、試料4(Ti0.40Al0.60)に対してのカットオフ基準が見られるまで39回の切削であることが分かる。試料7(Ti0.75Al0.25)の場合、耐コームクラック性の結果はわずか19回の切削である。切削25回未満の結果は不十分であると考えられる。したがって、試料4(Ti0.40Al0.60)、試料5(Ti0.50Al0.50)及び試料6(Ti0.60Al0.40)のすべては、耐コームクラック性試験において良好な性能を示した。したがって、ナノ多層における(Ti,Al)N副層組成のAlの必要な範囲は、良好な耐コームクラック性の観点から、Ti1-xAlxN、0.35≦x≦0.70であると考えられる。
【0068】
しかしながら、ELT性能を考慮すると、Ti0.60Al0.40N/Ti0.40Si0.20Nの試料6は不良である。耐コームクラック性及びエッジライン靱性の両方において最良の性能は、Ti0.40Al0.60N/Ti0.40Si0.20の試料4であった。
【0069】
したがって、好適なAl含有量範囲は、0.45≦x≦0.70であり、好ましい範囲は0.55≦x≦0.65である。
【0070】
【0071】
耐コームクラック性に関して、5rpm、50V、4Paで実行した試料8(Ti0.40Al0.60N/Ti0.85Si0.15N)は、耐コームクラック性において非常に良好な結果、カットオフ基準まで27回の切削を示している。また、逃げ面摩耗耐性は良好(17.7分)である。しかしながら、エッジライン靱性に関しては、結果は不十分である。5rpm、50V、4Pa)で実行した試料9(Ti0.40Al0.60N/Ti0.90Si0.10N)はまた、耐コームクラック性において非常に良好な結果、カットオフ基準まで25回の切削を示している。しかし、逃げ面摩耗耐性が完全に不十分(13.5分)であり、エッジライン靱性(15回の切削)も不十分である。
【0072】
耐コームクラック性、エッジライン靱性及び逃げ面摩耗のすべてにおいて最良の性能は、Ti0.40Al0.60N/Ti0.80Si0.20Nの試料4であった。2番目に良いのは(Ti0.40Al0.60N/Ti0.85Si0.15N)の試料8であり、一方で(Ti0.40Al0.60N/Ti0.90Si0.10N)の試料9は不十分とされる。
【0073】
したがって、ナノ多層における(Ti,Si)N副層中のSi含有量の必要な動作範囲は、Ti1-ySiyN、0.12≦y≦0.25であると考えられる。好適には0.14≦y≦0.23、好ましくは0.17≦y≦0.21である。
【0074】
(Ti,Si)N副層中のSi含有量が高すぎると、ナノ多層の靱性(ELT)が低下すると予想される。
【0075】
粒度、FWHM:
一定レベルのDCバイアス電圧及び/又はN
2圧力を使用してナノ多層が堆積された試料について、エッジライン靱性(ELT)試験(切削の回数)の例外的な結果が見られる。試料4(-50V、4Pa)、試料13(-30V、4Pa)、試料14(-70V、4Pa)、試料15(-100V、4Pa)、試料16(-50V、2Pa)、及び試料17(-50V、6Pa)の試験結果から、4PaのN
2圧力で堆積されたコーティングは、使用されたDCバイアス電圧レベルが少なくとも-70V、さらに良好には-100Vである場合、非常に優れたELT結果を生じることが分かる(試料14及び試料15)。2PaのN
2圧力で堆積されたコーティングの場合、使用されたDCバイアス電圧が-50V(試料16)ですでに、優れたELT結果がもたらされる。開始層約1μm。ナノ多層の厚さ約2μm。
【0076】
優れたELT結果を有する試料(試料14(-70V、4Pa)、試料15(-100V、4Pa)、及び試料16(-50V、2Pa))については、コームクラック試験結果も優れていた(それぞれ29、31及び34回の切削)。
【0077】
したがって、最良のエッジライン靱性を有するコーティングを実現するために、堆積工程におけるバイアス電圧-圧力の関係は、3~6PaのN2圧力で-65~-125VのDCバイアス電圧を使用するか、又は1~3PaのN2圧力で-30~-75VのDCバイアス電圧を使用するかのいずれかであると結論付けられる。
【0078】
試料4(-50V、4Pa)、試料13(-70V、4Pa)、及び試料15(-100V、4Pa)から、使用されるより高いDCバイアス電圧は、ナノ多層(-50Vは54nmを生じ、-70Vは50nmを生じ、-100Vは37nmを生じる)においてより低い粒度(平均カラム幅)を生じることが分かる。より低い粒度は、より高いFWHM値にも反映される。したがって、ナノ多層における平均カラム幅の範囲は、好適には≦70nm、好ましくは≦55nmであると考えられる。下限は、適切には≧5nm、好ましくは≧10nm、より好ましくは≧25nmであると考えられる。最も好ましい範囲は、30~45nmであると考えられる。
【国際調査報告】