(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-07-25
(54)【発明の名称】事象平均時間分解スペクトルを生成するためのコンピュータ実装方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2273 20180101AFI20230718BHJP
【FI】
G01N23/2273
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022579823
(86)(22)【出願日】2021-06-10
(85)【翻訳文提出日】2023-02-21
(86)【国際出願番号】 SE2021050557
(87)【国際公開番号】W WO2021262063
(87)【国際公開日】2021-12-30
(32)【優先日】2020-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】514141754
【氏名又は名称】シエンタ・オミクロン・アーベー
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ヤン・クヌーセン
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA08
2G001CA03
2G001EA03
2G001FA06
(57)【要約】
サンプル(2)の表面(3)(その表面(3)において事象が周期的に繰り返される)から放出される荷電粒子の複数の時間分解スペクトルから事象平均時間分解スペクトルを生成するためのコンピュータ実装方法が開示され、本方法は、荷電粒子分析器(1)から、複数の事象をカバーしている複数の時間分解スペクトルを受信するステップ(101)と、複数の時間分解スペクトルの少なくとも一つの選択部分を得るステップ(102)と、少なくとも一つの選択部分を複数の時間分解スペクトルの他の部分とマッチングさせて、同様の部分を見つけることによって、複数の事象のうちの他の事象の時点を決定するステップ(103)と、複数の時間分解荷電粒子エネルギースペクトルと決定された時点とに基づいて事象の事象平均時間分解スペクトルを生成するステップ(104)とを備える。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプル(2)の表面(3)から放出される荷電粒子の複数の時間分解スペクトルから事象平均時間分解スペクトルを生成するためのコンピュータ実装方法であって、該表面(3)において事象が周期的に繰り返され、前記複数の時間分解スペクトルが荷電粒子分析器(1)を用いて得られ、
前記荷電粒子分析器(1)から複数の事象をカバーしている複数の時間分解スペクトルを受信するステップ(101)を備え、時間軸において隣接する事象同士の間の時間が周期(T)を定め、各時間分解スペクトルが、物性の強度区間ついて前記物性の関数として荷電粒子の分布の情報を有し、
前記複数の時間分解スペクトルの少なくとも一つの選択部分(9、10)を得るステップ(102)であって、前記少なくとも一つの選択部分(9、10)が、事象が生じている周期の一部と前記物性の強度区間の少なくとも一部からのスペクトルを有する、ステップと、
前記少なくとも一つの選択部分(9、10)と前記複数の時間分解スペクトルの他の部分とのマッチングを行い同様の部分を見つけることによって、前記複数の事象のうちの他の事象の時点を決定するステップ(103)と、
前記複数の時間分解スペクトルと、決定された前記時点とに基づいて事象の事象平均時間分解スペクトルを生成するステップ(104)とをさらに備えることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項2】
前記少なくとも一つの選択部分(9、10)がユーザによって入力されるデータに基づいて得られる、請求項1に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項3】
前記少なくとも一つの選択部分(9、10)が前記複数の時間分解スペクトルの受信中に得られ、前記マッチングが前記複数の時間分解スペクトルの受信中に開始され、前記事象平均時間分解スペクトルが前記複数の時間分解スペクトルの受信中に生成される、請求項1又は2に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項4】
終了条件が満たされる際に前記事象平均時間分解スペクトルの生成を終了し、前記終了条件が、終了入力信号を受信することと、前記事象平均時間分解スペクトルの信号質尺度が所定の値よりも良好であることとのうち一方である、請求項1から3のいずれか一項に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項5】
前記終了条件が、信号対雑音比が所定の閾値を超えていることである、請求項4に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項6】
事象のサイクルを制御するための制御信号を送信するステップをさらに備える請求項1から5のいずれか一項に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項7】
前記制御信号が、前記表面(3)におけるガス混合、前記表面(3)におけるガス圧力、前記表面(3)の温度、前記表面(3)における電磁場、前記表面(3)に入射する光場、及び、前記表面(3)におけるガス温度のうち少なくとも一つを制御する、請求項6に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項8】
前記複数の時間分解スペクトルが複数のデータ点を有し、前記マッチングが、前記選択部分の各データ点のデータを前記複数の時間分解スペクトルの他の部分の対応のデータ点(15)のデータから減算して、差を足し合わせ、前記複数の時間分解スペクトルの他の部分の時点の関数として結果を得て、得られた前記結果の最小値を見つけることによって前記他の事象の時点を決定することによって行われる、請求項1から7のいずれか一項に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項9】
前記マッチングが、前記複数の時間分解スペクトルの他の部分と前記選択部分との間の差の和に多項式をフィッティングして、事象のタイミングを得ることを備える、請求項8に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項10】
事象の最小値が所定の閾値未満である場合にのみ前記事象平均時間分解スペクトルの生成において事象が用いられる、請求項8又は9に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項11】
前記マッチングが、前記選択部分と前記複数の時間分解スペクトルの他の部分との畳み込み演算を行い、前記複数の時間分解スペクトルの他の部分の時点の関数として結果を得て、得られた前記結果の最小値を見つけることによって他の事象の時点を決定することによって行われる、請求項1から7のいずれか一項に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項12】
前記マッチングが、前記選択部分と前記複数の時間分解スペクトルの他の部分との畳み込み演算の結果に多項式をフィッティングして、前記結果を得ることを備える、請求項11に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項13】
前記物性が、前記荷電粒子の開始角度、前記荷電粒子のエネルギー、及び、前記荷電粒子の開始位置のうちの一つである、請求項1から12のいずれか一項に記載のコンピュータ実装方法。
【請求項14】
事象平均時間分解スペクトルを生成するためのコンピュータプログラムであって、コンピュータ(8)の少なくとも一つのプロセッサ(21)によって実行されると、請求項1から13のいずれか一項に記載のコンピュータ実装方法を前記コンピュータ(8)に行わせる命令を備えるコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子分光法に係り、特に、事象が周期的に繰り返されるサンプルの表面から放出される荷電粒子の複数の時間分解スペクトルから事象平均時間分解スペクトルを生成することに関し、その時間分解スペクトルは荷電粒子分析器を用いて得られるものである。
【背景技術】
【0002】
反応条件下における表面構造を理解して、触媒反応性と相関付けることは、数十年間にわたって急速に成長している研究分野であり、触媒反応研究について新たなin‐situ(その場)表面感知法が多数開発されている。こうした手法の一つが大気圧X線光電子分光法(APXPS,ambient pressure X‐ray photo‐electron spectroscopy)であり、これを用いて、研究対象の化学反応が表面上で生じている間に、表面原子、吸着原子、表面上の分子、表面近傍の気相をmbar圧力において同時に調べることができる。対象元素からの光電子を検出する荷電粒子分析器を用いるAPXPSは、強力な第4世代シンクロトロン光源を用いる場合であっても十分な信号対雑音比を得るのに典型的には数分間の取得時間を要する比較的低速の手法である。その長い取得時間は、msやμsの時間分解能に簡単に達する荷電粒子分析器の低速応答時間に起因するものではなく、むしろ弱い光電子プローブ信号に起因するものである。非弾性散乱電子の大きなバックグラウンド信号上で信号が測定されるので、ピークフィッティングを確実に行えるようになる前に所与の元素からの弾性散乱コア電子の弱い信号を検出するには単純に時間がかかる。従って、荷電粒子分析器を用いて行われるin‐situ触媒反応研究は、これまでのところ、特定の固定された温度、ガス組成及び圧力条件における定常状態の表面の研究に限定されていて、表面の動力学をin‐situで追跡することはできず、特に、触媒表面が、変化する温度、ガス組成及び圧力にどのくらい速く反応するのかを追跡することはできない。
【0003】
上記問題は、SXRD(表面X線回折法)、PM‐IRRAS(偏光変調高感度反射法)、PES(光電子分光法)等の他の手法を用いる場合にも存在し、また、分析される荷電粒子が電子ではなくて、例えば、正又は負に帯電したイオンや多様な素粒子である場合にも存在する。
【0004】
従って、上記手法等の手法を用いて信号の質(例えば、信号対雑音比等)を改善して、高速反応を追跡できるようにすることが必要とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、荷電粒子分析器を用いて荷電粒子スペクトルの信号質尺度(例えば、信号対雑音比)を改善するための方法を提供することである。
【0006】
この目的は、独立請求項1に係るコンピュータ実装方法によって達成される。
【0007】
本発明の他の目的は、事象平均時間分解(event‐averaged and time‐resolved)スペクトルを生成するためのコンピュータプログラムを提供することであり、そのコンピュータプログラムが備える命令は、コンピュータの少なくとも一つのプロセッサによって実行されると、少なくとも一つのコンピュータに、荷電粒子分析器を用いて荷電粒子スペクトルの信号質尺度(例えば、信号対雑音比等)を改善するための方法を実行させる。
【0008】
この目的は、請求項14に係るコンピュータプログラムによって達成される。
【0009】
他の利点は従属請求項の特徴によって得られる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第一態様によると、サンプルの表面から放出される荷電粒子の複数の時間分解スペクトルから事象平均時間分解スペクトルを生成するためのコンピュータ実装方法が提供され、その表面において事象が周期的に繰り返され、複数の時間分解スペクトルは荷電粒子分析器を用いて得られる。本方法は、荷電粒子分析器から、複数の事象をカバーしている複数の時間分解スペクトルを受信するステップを備え、時間軸において隣接する事象同士の間の時間が周期を定め、各時間分解スペクトルは、物性の強度区間(interval of magnitudes)についての物性の関数として荷電粒子の分布の情報を有する。本方法は、複数の時間分解スペクトルのシリーズの少なくとも一つの選択部分を得るステップをさらに備えることを特徴とし、少なくとも一つの選択部分は、事象が生じている周期の一部と物性の強度区間の少なくとも一部からのスペクトルを有する。また、本方法は、少なくとも一つの選択部分を複数の時間分解スペクトルのシリーズの他の部分とマッチングさせて同様の部分を見つけることによって、複数の事象のうちの他の事象についての時点を決定するステップと、複数の時間分解荷電粒子エネルギースペクトルのシリーズと決定された時点とに基づいて事象の事象平均時間分解スペクトルを生成するステップを備えることも特徴とする。
【0011】
分布の情報は、物性の関数として荷電粒子の数を反映する強度であり得る。
【0012】
少なくとも一つの選択部分を得て、その選択部分を複数の時間分解スペクトルのシリーズの他の部分とマッチングさせて、同様の部分を見つけることによって、複数の事象のうちの後続の事象についての時点を正確に決定することができる。従って、本方法は、二つの後続の事象同士の間の周期の変動の影響を受け易いものではない。これによって、周期的に取得される信号の質の悪いスペクトルから、良好な信号の質(例えば、良好な信号対雑音比等)の事象平均時間分解スペクトルを生成することが可能となる。事象の周期的な繰り返しは多様な方法で達成可能である。事象の周期的な繰り返しは表面の状態を振動させることによって達成可能である。そのような振動状態の例として、表面における圧力を振動させること、表面の温度を振動させること、表面におけるガス組成を振動させること、表面における電磁場を振動させること、表面に入射する光場を振動させること、表面におけるガス温度を振動させることが挙げられる。
【0013】
本発明は、生データのパターン認識を用いて、各事象を決定し、振動状態からの外部始動信号ではなくて事象平均信号を生成する。
【0014】
少なくとも一つの選択部分は、ユーザによって入力されるデータに基づいて得られ得る。代わりに、少なくとも一つの選択部分は、コンピュータプログラムを用いて自動的に得られ得る。
【0015】
少なくとも一つの選択部分は、複数の時間分解スペクトルのシリーズの受信中に得られ得て、マッチングは、複数の時間分解スペクトルのシリーズの受信中に開始され、事象平均時間分解スペクトルは複数の時間分解スペクトルのシリーズの受信中に生成される。複数の時間分解スペクトルのシリーズの受信が進行している間に事象平均時間分解スペクトルを生成するプロセスを開始することによって、十分良好な結果が得られた際にスペクトルの取得を終了させることができる。
【0016】
終了条件が満たされた際に、事象平均時間分解スペクトルの生成を終了し得て、その終了条件は、終了入力信号を受信することと、事象平均時間分解スペクトルの信号質尺度が所定値よりも良好であることとのうち一方である。終了条件によって、スペクトルの取得を可能な限り速やかに終了させることが可能になる。これによって、時間を節約することができ、例えば、サンプルの表面に荷電粒子を生成するのにX線源を使用する時間を節約することができる。シンクロトロンを用いてX線を発生させる場合、X線源は、一般的には、非常に限られたリソースである。
【0017】
終了条件は、信号対雑音比が所定の閾値を超えることであり得る。これは、信号の質の客観的尺度である。
【0018】
信号質尺度は、代わりに、複数のスペクトルによって形成される事象平均画像のコントラストとピーク値比(peak‐to‐value ratio)とのうち一方であり得る。
【0019】
また、コンピュータ実装方法は、事象のサイクルを制御するための制御信号を送信するステップも備え得る。これは、例えば、本方法が他のステップを自動的に行うようにも構成されている場合に有利となり得る。
【0020】
制御信号は、表面におけるガス混合、表面におけるガス圧力、表面の温度、表面における電磁場、表面に入射する光場、表面におけるガス温度のうちの少なくとも一つを制御し得る。コンピュータ実装方法は、事象平均スペクトルが十分良好であると決定すると、自動的に、実験の物理的条件を変更し、他のスペクトルの生成を開始し得る。
【0021】
複数の時間分解スペクトルは複数のデータ点を備え得て、マッチングは、選択部分の各データ点のデータを、複数の時間分解スペクトルのシリーズの他の部分の対応のデータ点のデータから減算し、その差を足し合わせて、そのシリーズの他の部分についての時点の関数として結果を得て、得られた結果の最小値を見つけることによって他の事象についての時点を決定することによって行われる。各データ点のデータは、物性の関数として荷電粒子の数を反映する強度であり得る。つまり、連続する他の部分の各々について、選択部分の各データ点のデータと他の部分の対応のデータ点のデータとの間の差を積分する。これは、時間の関数として積分された差をもたらす。時間の関数として積分された差は、選択部分を複数の時間分解スペクトルのシリーズの時間軸に沿って動かす際に選択部分が連続する他の部分とどのくらい良好にマッチングするのかを記述する。積分された差の最小値は、マッチングしている事象を反映する。
【0022】
マッチングは、シリーズの他の部分と選択部分との間の差の積分の結果に多項式をフィッティングして、事象のタイミングを得ることを備え得る。積分結果に多項式をフィッティングすることによって、事象の時点をより良好な精度で決定することができる。
【0023】
事象の最小値が所定の閾値未満である場合にのみ事象平均時間分解スペクトルの生成において事象を用い得る。最小値の一部のみを用いることによって、事象平均スペクトルの質が改善される。
【0024】
マッチングは、選択部分と複数の時間分解スペクトルのシリーズの他の部分の畳み込み演算を行い、そのシリーズの他の部分の時点の関数として結果を得て、得られた結果の最大値を見つけることによって他の事象の時点を決定することによって行われ得る。畳み込みは、上述のデータ点同士の間の差の積分の代替例である。
【0025】
マッチングは、選択部分と複数の時間分解スペクトルのシリーズの他の部分の畳み込み演算の結果に多項式をフィッティングして、結果を得ることを備え得る。畳み込み演算の結果に多項式をフィッティングすることによって、事象の時点をより良好な精度で決定することができる。
【0026】
物性は、荷電粒子の開始角度、荷電粒子のエネルギー、荷電粒子の開始位置のうち一つである。
【0027】
本発明の第二態様によると、事象平均時間分解スペクトルを生成するためのコンピュータプログラムが提供され、そのコンピュータプログラムが備える命令は、コンピュータの少なくとも一つのプロセッサによって実行されると、本発明の第一態様に係る方法をコンピュータに行わせる。コンピュータはリモートコンピュータであってもよい。
【0028】
以下、本発明の好ましい実施形態を図面を参照して説明する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】サンプルにおける反応のスペクトルを測定するのに荷電粒子分析器が用いられる装置を示す。
【
図2】表面上の事象を誘起するガス組成の3回の振動にわたって得られる多数のスペクトルの
図1の設定を用いて取得される三次元(3D)ウォーターフォールプロットである。
【
図3】
図2の対応の画像プロットを選択部分の拡大画像と共に示す。
【
図4】本発明の一実施形態に係る方法の流れ図である。
【
図5】選択部分の各データ点と比較部分の対応のデータ点との間の強度の絶対差についての積分をデータ点変位の関数として示す。
【
図6】
図3の画像プロットから切り出された表面上における単一のCO吸着‐脱離事象を示す。
【
図8】
図6に対応する48個の事象について平均化した事象平均画像を示す。
【
図9】
図8の事象平均画像からの単一のスペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
添付図面を参照して、以下の例示的で非限定的な実施形態の例の詳細な説明によって本発明を説明する。図面において、異なる図面における同様の特徴は同じ参照番号によって指称されている。図面は縮尺通りには描かれていない。
【0031】
図1は、サンプル2における、より具体的にはサンプル2の表面3における反応のスペクトルを測定するのに検出器11を備える荷電粒子分析器1が用いられる装置を示す。サンプル2の表面3からの荷電粒子の放出を誘起するために、電磁放射4がサンプルの表面を照らすように向けられる。本装置は、サンプルが配置されるガスセル5を含む。ガスセル5は、ガスセル中のガス組成を高速振動させるのに十分小さな体積を有する。本装置は、サンプルを急速加熱するための加熱器14も備える。従って、サンプルの表面3における反応を調べる際に、サンプル2の表面3における温度、圧力及びガス組成を変更することができる。プロセッサ21を備えるコンピュータ8が、荷電粒子分析器1に接続されて、荷電粒子分析器1の検出器11からデータを受信する。
図1の装置は、正確な混合と圧力のガスをガスセル5に与えるガス供給ユニット16も備える。ガス供給ユニット16とコンピュータ8との間の破線で示されるように、コンピュータ8は、加熱器14及び/又は混合及び/又は圧力に関してガス振動を制御するようにも構成され得る。コンピュータ8はリモートコンピュータであってもよい。
【0032】
以下、表面への一酸化炭素(CO)吸着過程と、CO脱離の逆過程の研究を説明する。ガスセル5中のガス組成は、COリッチのガス混合物(2.7:1のCO:O2で45秒間の期間)とO2リッチ(1:2.7のCO:O2で100秒間の期間)のガス混合物のパルスを交互にすることによって繰り返し切り替えられる。COリッチのガス混合物とO2リッチのガス混合物との間でガス組成が交互になりながら、X線としての電磁放射がサンプル2の表面3を照らし、サンプル2の表面3からの光電子の放出を誘起する。表面3から放出された光電子の一部が荷電粒子分析器1に入射して、その運動エネルギーが分析されて、スペクトルが得られる。スペクトルは、略1~50Hzの高速フレームレート又は取得レートで連続的に収集される。検出器は、カメラ検出器、遅延ライン検出器、又はパルス計測検出器であり得る。これら種々の検出器は、当業者には周知であるので、ここでは詳細に説明しない。
【0033】
図2は、
図1の装置を用いて三回のガス組成振動にわたって得られた多数のスペクトルのウォーターフォール(waterfall)プロットを示す。このウォーターフォールプロットは、結合エネルギー、電子の計測数又は強度、時間を示す。COガス相信号がピーク12として見て取れ、その見かけの結合エネルギーシフトは、CO吸着によって生じるサンプル表面の仕事関数シフトを知らせるものであり、ピーク13として示されている。ガス中のCOは
図2のピーク6としても見て取れるものであり、一方、サンプル2の表面3に吸着したCOは
図2のピーク7として示されている。ガスセル中のCOガス濃度の上昇はCOガスピーク6の始点として見て取れ、O
2ガス濃度の上昇はCOガスピーク6の終点として見て取れる。表面3に対するCOの吸着と脱離は、上述のようにガス組成を振動させることによって周期的に繰り返される二つの事象を構成する。
【0034】
図3は、
図2に対応する画像プロットであり、複数の時間分解スペクトルをカバーしている。ガス組成は、
図3の105秒、250秒、395秒の時点においてO
2リッチからCOリッチに変化している。ガス組成は、
図3の150秒、295秒、440秒の時点においてCOリッチからO
2リッチに変化している。各ガス組成変化が一つの事象である。
図3に見て取れるように、
図3の複数の時間分解スペクトルは複数の事象をカバーしていて、時間軸において隣接する事象同士の間の時間が周期Tを定める。各時間分解スペクトルは、二つの異なる組成の周期内においてそれぞれCOとO
2の量としての物性の関数として荷電粒子の分布についての情報を有する。複数のスペクトルはデータのマトリクス(行列)であり、時間軸方向における画素/データ点15の数は、毎秒登録されるスペクトルの数に登録時間を掛けた数に等しく、一方、エネルギー軸方向における画素/データ点15の数は、検出器のエネルギー分解能にエネルギー区間を掛けた数に等しい。各データ点におけるデータは、そのデータ点における荷電粒子の数を反映する強度である。
図3では、色が暗くなるほどより高強度に対応している。
【0035】
上述のように、物性は、代替的に、サンプルの温度やガス圧力であってもよい。ガス圧力や温度は、区間内において、好ましくは二つの異なる値で変化し得る。
【0036】
図3の底部に示されているのは、画像プロットの時間平均スペクトルである。
【0037】
以下、本発明の一実施形態に係る方法の流れ図である
図4も参照して、本発明に係る方法を説明する。第一ステップ101では、コンピュータ8は、荷電粒子分析器3から、複数の事象をカバーしている複数の時間分解スペクトルを受信する。時間軸において隣接する事象同士の間の時間は、
図3に示されるように周期Tを定める。各時間分解スペクトルは、物性の強度区間について物性の関数として荷電粒子の分布の情報を有する。
図2及び
図3の例では、物性は結合エネルギーであり、283から293eVの区間内にある。
【0038】
結合エネルギーの代わりに、物性は、例えば、荷電粒子の開始角度、荷電粒子のエネルギー、荷電粒子の開始位置のうちの一つであってもよい。
【0039】
図2及び
図3に示される複数の時間分解スペクトルのシリーズは取得マトリクスを構成し、そのマトリクス中において、エネルギー軸方向の画素/データ点15の数は、荷電粒子分析器1の検出器11の画素/データ点15の数に依存し、時間軸方向の画素/データ点15の数は、毎秒のフレームレート/取得レート及び取得時間に依存する。
【0040】
第二ステップ102では、複数の時間分解スペクトルのシリーズの少なくとも一つの選択部分9を得る。選択部分は、ユーザ入力に基づいて得られるものであり得るが、代わりに、自動的に得られてもよい。
図3では、第一選択部分9と第二選択部分10が得られている。
図3には第一選択部分9の拡大図も示されていて、マーキングされたデータ点15等の個々のデータ点が見て取れる。選択部分は、事象が生じる時間周期の部分と物性の強度区間の少なくとも一部からのスペクトルを有する。従って、第一選択部分9は、CO吸着事象についての時間周期と、表面上でのCO吸着によって生じるサンプル表面の仕事関数シフトを知らせる結合エネルギーシフトをカバーするエネルギー区間をカバーしている。第二選択部分10はCO脱離の逆事象をカバーしている。得られた第一選択部分9と第二選択部分10は、代わりにスタンプ信号とも称され得る。第一選択部分9と第二選択部分10は、取得マトリクスと等価である時間分解スペクトルのシリーズの部分を構成する。
【0041】
第三ステップ103では、第一選択部分9と第二選択部分10を、時間分解スペクトルのシリーズの他の部分とマッチングさせて、同様の部分を見つけ出すことによって、複数の事象のうちの他の事象の時点を決定する。第一選択部分9と第二選択部分10の各々は複数の画素/データ点15を有する。
【0042】
第一選択部分9と第二選択部分10を取得マトリクスの同様の部分とマッチングさせるため、第一選択部分9と第二選択部分10の各々を取得マトリクスの時間軸方向において個々の画素ステップで順方向に変位させ、つまり、時間軸方向において一つのスペクトルを取得マトリクスの新たな比較部分に向けて変位させる。各画素変位について、選択部分の各データ点の強度と比較部分の対応の画素の強度との間の絶対差の積分を求める。
【0043】
第一選択部分9が、表面上で生じている遷移の同じスペクトルフィンガープリントの上に置かれると、積分値が最小となり、つまり、マッチングが見つかったことになる。第一選択部分9が第一マッチング部分9’と第二マッチング部分9”と比較される際に、第一選択部分9についてマッチングが見つかる。第二選択部分10が第三マッチング部分10’と第四マッチング部分10”と比較される際に、第二選択部分10についてマッチングが見つかる。画素オフセットの関数としての積分値が
図5に示されている。
図3では、第一選択部分と第二選択部分は、荷電粒子分析器の検出器を用いて測定されたエネルギー区間のうち一部のみをカバーしている。
図3で用いられているエネルギー区間は、事象中におけるスペクトルの明確な変化をカバーするように選択されている。勿論、エネルギー区間のサイズは異なって選択されてもよい。
【0044】
可能な限り正確に最小点を求めるように適切な関数を各最小値にフィッティングする。この手順で、COで覆われた表面への遷移を定めるタイミング信号のテーブルがもたらされる。
【0045】
その結果は、COで覆われた表面への順方向切り替え事象についての正確な時間のテーブルと、COが脱離する際の逆方向切り替え事象についての正確な時間のテーブルである。正確な時間に基づいて、異なる複数の事象からのスペクトルを正確に事象平均化させることができる。順方向切り替え事象と逆方向切り替え事象についての正確な時間を求めた後に、順方向統合部分19、19’、19”と逆方向統合部分20、20’、20”を取得マトリクスから切り出して、事象平均化する。事象のタイミングにジッター(微小変動)が存在する場合であっても、正確な事象平均化が達成される。
【0046】
図6は、
図1のサンプルの表面上へのCO吸着の過程と逆方向の過程を含むスペクトルの画像を示す。
図7は、
図5の画像からの単一のスペクトルを示す。
【0047】
事象について決定されたタイミングに基づいて、順方向統合部分19、19’、19”と逆方向統合部分20、20’、20”を取得マトリクスから切り出して、事象平均化して、第四ステップ104において、
図6に示される多重統合スペクトルの事象平均画像を示す
図8の画像を生成する。第一事象と第二事象との間の周期の変動の可能性に起因して、事象同士の間の平均化は完璧に正確なものではない。従って、
図8の事象平均画像は、260sの時点の周辺において完全に正確なものではない。しかしながら、事象同士の間のスペクトルにおいては注目すべき変化が生じないので、事象平均画像における何らかのエラーは無関係なものである。事象平均画像においては、検出器の全エネルギー範囲が用いられている。
図8の事象平均画像から、事象の事象平均時間分解スペクトルが
図9に示されるように抽出可能である。
図7と
図9の比較から明確に見て取れるように、スペクトルの信号対雑音比が本発明に係る方法を用いることで大幅に改善されている。勿論、信号対雑音比以外の他の質尺度(例えば、複数のスペクトルによって形成される事象平均画像のコントラストやピーク値比等)を用いることもできる。
【0048】
多重統合スペクトルの事象平均画像の質を最適化するために、全ての事象を平均化において使用する必要はない。閾値Thを
図5の曲線に適用することができる。そして、閾値Th未満の最小値に属する事象のみを事象平均化において用いる。閾値を超える最小値に属する全ての事象を個別の事象平均化において用いることもできる。
【0049】
複数の時間分解スペクトルのシリーズの受信中において少なくとも一つの選択部分を得ることができる。このようにしてコンピュータ実装方法を構成することによって、マッチングを複数の時間分解スペクトルのシリーズの受信中に開始することができ、事象平均時間分解スペクトルを時間分解スペクトルのシリーズの受信中に生成することができる。これによって、
図8に示される多重統合スペクトルの事象平均画像や
図9に示される事象平均時間分解スペクトルの生成を実時間で研究することが可能となる。これによって、
図8と
図9に示される結果が十分良好である際に平均化を終了することができる。終了条件が満たされる際に、事象平均時間分解スペクトルの生成を終了することができる。終了条件は、終了入力信号を受信することと、事象平均時間分解スペクトルの信号質尺度が所定値よりも良好であることのうちの一方であり得る。
【0050】
上述の実施形態は、添付の特許請求の範囲及びその限定によってのみ定められる本発明の範囲から逸脱せずに多様な方法で変更可能である。
【国際調査報告】