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特表2023-533333がん治療に使用するための遺伝子組換えウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-08-02
(54)【発明の名称】がん治療に使用するための遺伝子組換えウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)
(51)【国際特許分類】
   C12N 7/01 20060101AFI20230726BHJP
   A61K 35/763 20150101ALI20230726BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20230726BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230726BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20230726BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230726BHJP
   C12N 15/38 20060101ALN20230726BHJP
【FI】
C12N7/01 ZNA
A61K35/763
A61K45/00
A61P35/00
A61P37/04
A61P43/00 121
C12N15/38
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023501344
(86)(22)【出願日】2021-07-06
(85)【翻訳文提出日】2023-03-08
(86)【国際出願番号】 CA2021050915
(87)【国際公開番号】W WO2022006660
(87)【国際公開日】2022-01-13
(31)【優先権主張番号】63/050,260
(32)【優先日】2020-07-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】508155077
【氏名又は名称】マクマスター・ユニバーシティ
【氏名又は名称原語表記】MCMASTER UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】1280 MAIN STREET WEST,HAMILTON,ONTARIO L8S 4L8,CANADA
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】モスマン,カレン
(72)【発明者】
【氏名】ダヴォラ,マリア
(72)【発明者】
【氏名】コリンズ,スーザン
(72)【発明者】
【氏名】カディントン,ブリアンヌ
【テーマコード(参考)】
4B065
4C084
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA95X
4B065AA95Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA44
4C084AA19
4C084MA02
4C084MA66
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZB091
4C084ZB092
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZC75
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC83
4C087CA12
4C087MA02
4C087MA66
4C087NA05
4C087NA14
4C087ZB09
4C087ZB26
4C087ZC75
(57)【要約】
野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を有するBHV-1変異株を含む、組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスが提供される。このBHV-1変異株は、抗腫瘍免疫応答を誘導する1つ以上の免疫調節分子を発現するように遺伝子組換えされている。また、この組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスの作製方法も提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗腫瘍免疫応答を誘導する免疫調節分子をコードする遺伝子を発現するように遺伝子組換えされたウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)変異株を含む組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスであって、該BHV-1変異株が、BHV-1の1つ以上の標的遺伝子に導入された少なくとも部分的な欠失または変更により、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示すことを特徴とする、組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルス。
【請求項2】
前記免疫調節分子をコードする遺伝子が、BHV-1の標的遺伝子内に挿入されている、請求項1に記載のウイルス。
【請求項3】
前記標的遺伝子が、ウイルスの細胞間伝播に関与する糖タンパク質を発現する遺伝子である、請求項1に記載のウイルス。
【請求項4】
前記糖タンパク質が、糖タンパク質I(gI)および/または糖タンパク質E(gE)である、請求項3に記載のウイルス。
【請求項5】
前記BHV-1変異株が、正常なヒト細胞に対して野生型BHV-1より低い殺傷能力を示し、かつ/またはヒト腫瘍細胞に対して野生型BHV-1より高い殺傷能力を示す、請求項1に記載のウイルス。
【請求項6】
前記標的遺伝子が、宿主防御の回避に関与するウイルスタンパク質を発現する遺伝子である、請求項1に記載のウイルス。
【請求項7】
前記ウイルスタンパク質がUL49.5であり、抗原処理関連トランスポーター(TAP)の分解が阻止されるようにUL49.5に変異が導入されている、請求項6に記載のウイルス。
【請求項8】
前記BHV-1変異株が、gI、gEおよびUL49.5のうちの少なくとも1つに変異を含む、請求項1に記載のウイルス。
【請求項9】
前記免疫調節分子が、ケモカインまたはサイトカインである、請求項1に記載のウイルス。
【請求項10】
前記免疫調節分子が、エクトカルレティキュリン(ecto-CRT)、高移動度群ボックス1タンパク質(HMGB1)、インターフェロン、インターロイキン、造血成長因子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)および顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)からなる群から選択される、請求項1に記載のウイルス。
【請求項11】
組換えウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)腫瘍溶解性ウイルスの作製方法であって、
i)抗腫瘍免疫応答を誘導する免疫調節分子をコードする遺伝子をBHV-1の標的遺伝子内に発現可能に組み込むことができるベクターを細胞株にヌクレオフェクトする工程;および
ii)前記細胞株に野生型BHV-1を適切な条件下で感染させることにより、前記免疫調節分子を発現するとともに、BHV-1の標的遺伝子に少なくとも部分的な欠失または変更が導入された組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスが得られる工程
を含み、
該組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスが、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示すことを特徴とする作製方法。
【請求項12】
前記標的遺伝子が、ウイルスの細胞間伝播に関与する糖タンパク質をコードする遺伝子である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記糖タンパク質が、糖タンパク質I(gI)および/または糖タンパク質E(gE)である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
がんを有する個体を治療する方法であって、該個体にウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)変異株を投与する工程を含み、該BHV-1変異株が、BHV-1の1つ以上の標的遺伝子に導入された部分的または完全な欠失または変更により、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示すことを特徴とする方法。
【請求項15】
前記個体がヒトである、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
化学療法剤、免疫チェックポイント阻害剤または免疫原性抗体のうちの少なくとも1つを投与する工程をさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
免疫細胞療法と組み合わせて実施される、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
前記標的遺伝子が、ウイルスの細胞間伝播に関与する糖タンパク質を発現する遺伝子である、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
前記糖タンパク質が、糖タンパク質I(gI)および/または糖タンパク質E(gE)である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記BHV-1変異株が、正常なヒト細胞に対して低い殺傷能力を示し、かつ/またはヒト腫瘍細胞に対して高い殺傷能力を示す、請求項14に記載の方法。
【請求項21】
前記標的遺伝子が、宿主防御の回避に関与するウイルスタンパク質を発現する遺伝子である、請求項14に記載の方法。
【請求項22】
前記ウイルスタンパク質がUL49.5であり、抗原処理関連トランスポーター(TAP)の分解が阻止されるようにUL49.5に変異が導入されている、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記BHV-1変異株が、抗腫瘍免疫応答を誘導する免疫調節分子をコードする遺伝子を発現するように遺伝子組換えされている、請求項14に記載の方法。
【請求項24】
前記免疫調節分子をコードする遺伝子が、BHV-1の標的遺伝子内に挿入されている、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記免疫調節分子が、ケモカインまたはサイトカインである、請求項23に記載の方法。
【請求項26】
前記免疫調節分子が、エクトカルレティキュリン(ecto-CRT)、高移動度群ボックス1タンパク質(HMGB1)、インターフェロン、インターロイキン、造血成長因子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)および顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)からなる群から選択される、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記BHV-1変異株が、gI遺伝子、gE遺伝子およびUL49.5遺伝子から選択される2つの標的遺伝子に変異を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項28】
前記BHV-1変異株を腫瘍内投与する、請求項14に記載の方法。
【請求項29】
前記BHV-1変異株を静脈内投与する、請求項14に記載の方法。
【請求項30】
前記BHV-1変異株の投与量が、約106~1011プラーク形成単位である、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、腫瘍溶解性ウイルスに関するものであり、より詳細には、腫瘍細胞を標的として抗腫瘍免疫応答を誘導する遺伝子組換え腫瘍溶解性ウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)に関する。
【背景技術】
【0002】
新規のがん治療薬として、腫瘍溶解性ウイルスの研究が盛んに行われている。腫瘍溶解性ウイルスは、がん細胞を優先的に標的として殺傷する。腫瘍溶解性ウイルスの中には、元々腫瘍親和性を有するものもあれば、がん細胞で複製されるように設計されたものもある。がん治療薬として成功するために、腫瘍溶解性ウイルスは安全で効果的であることが求められる。臨床試験で初めて検証された腫瘍溶解性ウイルスのいくつかは、ヒトヘルペスウイルスである単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の派生株であった。研究者たちは、特定のHSV-1遺伝子を欠失させて、ウイルスの複製が正常細胞ではなく、活発に分裂している細胞(すなわち、がん細胞)内で促進されるようにした。FDAが承認した最初で唯一の腫瘍溶解性ウイルスは、T-Vecと呼ばれるHSV-1ベースのベクターである。T-Vecに対しては一般集団に既存の免疫が存在するため(一般集団の50~90%はHSV-1に潜伏感染しており、そのため、ウイルスに対する中和抗体が作られる)、その使用はアクセス可能な腫瘍に限定されている。
【0003】
HSV-1の近縁種であるウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)は、腫瘍溶解性ウイルスの臨床開発において有望な特性を備えている。BHV-1は、不死化細胞および形質転換細胞を殺傷する能力があり、前新生物細胞から明らかながん細胞に至るまで作用を及ぼしうることが示唆されており、腫瘍の状態やサブタイプに関係なく、腫瘍バルク細胞や腫瘍始原細胞を標的とする。さらに、BHV-1はヒトで疾患を引き起こすことはない。したがって、このウイルスに対する既存の免疫はヒト集団には存在しない。腫瘍溶解性HSV-1を市販のヒト血清と混合すると、ウイルスは中和され、感受性を示すヒト腫瘍細胞に感染することができなくなる。一方、BHV-1では中和が起こらないことから、ヒト血清中にBHV-1に対する中和抗体が存在しないことが示唆される。
【0004】
BHV-1の糖タンパク質Iおよび糖タンパク質E(gIおよびgE)は、感染した細胞やビリオンのエンベロープ内で非共有結合性のヘテロダイマーを形成する非必須タンパク質である。gEとgIに変異が生じた場合、in vitroにおけるBHV-1の細胞侵入や細胞脱出の動態に影響はないが、BHV-1のプラークのサイズは有意に減少する。BHV-1のgE欠失変異株およびgI欠失変異株は、抗BHV-1抗体存在下ではプラークを形成できないことから、糖タンパク質であるgEとgIの両方が細胞間伝播機構に関与していることが示されている。BHV-1の糖タンパク質gEとgIをコードする遺伝子は細胞培養でのウイルス複製に必須ではないが、gIまたはgEの単独変異あるいはgIとgEの重複変異を有するBHV-1はウシでの病原性が大幅に低くなる。
【0005】
BHV-1は、安全性(正常なヒト細胞では複製できない)、有効性(幅広いがん細胞種で複製可能)、広い適用性(既存の免疫がないため全身投与できる)など、成功する腫瘍溶解性ウイルスに求められる特徴をすべて備えていることから、in vivoで有効な効果が得られるよう設計したBHV-1を提供できれば望ましい。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
今般、腫瘍細胞に対して高い標的選択性を有し、かつ宿主の抗腫瘍免疫応答を高める分子を分泌する遺伝子組換えBHV-1ベクターを作製した。
【0007】
したがって、本発明の一態様において、抗腫瘍免疫応答を誘導する1つ以上の免疫調節分子を発現するように遺伝子組換えされたBHV-1変異株を含む組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスが提供される。前記BHV-1変異株は、1つ以上のウイルス内在性の標的遺伝子に導入された少なくとも部分的な欠失または変更により、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示す。
【0008】
別の一態様において、組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスの作製方法であって、
i)抗腫瘍免疫応答を誘導する免疫調節分子をコードする遺伝子をBHV-1の標的遺伝子内に発現可能に組み込むことができるベクターを細胞株にヌクレオフェクトする工程;および
ii)前記細胞株に野生型BHV-1を適切な条件下で感染させることにより、前記免疫調節分子を発現するとともに、BHV-1の標的遺伝子に少なくとも部分的な欠失または変更が導入された組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスが得られる工程を含み、該組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスが、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示すことを特徴とする作製方法が提供される。
【0009】
別の一態様において、がんを有する個体を治療する方法であって、該個体にBHV-1変異株を投与する工程を含み、該BHV-1変異株が、BHV-1の標的遺伝子の発現における部分的または完全な欠失または変更により、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示すことを特徴とする方法が提供される。
【0010】
本発明における上記の態様およびその他の態様は、以下の図面を参照しながら説明する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
本発明の実施形態は、後掲の図面に関する以下の個別の説明により、より詳細に示される。
【0012】
図1】免疫調節分子(目的遺伝子:GOI)を発現する組換えBHV-1 ΔgE変異株を作製するために使用したドナープラスミドの模式図である。
【0013】
図2】BHV-1野生型(wt)もしくはBHV-1 ΔgE-EGFP-huGMCSF分離株3Eを感染させたCRIB細胞の上清、または図1のドナープラスミドをヌクレオフェクトしたCRIB細胞の上清に含まれる、目的遺伝子(ヒトGMCSF)によってコードされるタンパク質の産生量を示したグラフである。
【0014】
図3】正常ヒト肺線維芽細胞(HEL)とヒト肺がん細胞(A549)にBHV-1野生型(wt)、BHV-1 ΔgI変異株またはBHV-1 ΔgE変異株を様々な感染多重度(MOI、細胞あたりのプラーク形成単位[pfu])で感染させた場合の効果を、ギムザ染色後の細胞単層の消失により示したものである。
【0015】
図4】メラノーマの同系マウスモデルにおけるBHV-1 ΔgI-GFPの前臨床試験の結果を示したグラフである。A)マイトマイシンc(Mito)、BHV-1 ΔgI-GFPおよびチェックポイント阻害剤(CP)をそれぞれ異なる組み合わせで用いて処置したC10腫瘍を有するマウスの個体別の腫瘍進行度を示したグラフ。B)生存曲線を示すグラフ。C)免疫原性細胞死(ICD)アッセイの結果。D)Mitoの存在下または非存在下のC10細胞でのin vitroウイルス複製量を示したグラフ。E)PBSで処置したC10腫瘍を有するマウス群、マイトマイシンc+BHV-1 ΔgI-GFPの腫瘍内注射+チェックポイント阻害剤で処置したC10腫瘍を有するマウス群(Triple comb IT)、およびマイトマイシンc+BHV-1 ΔgI-GFPの静脈内注射+チェックポイント阻害剤で処置したC10腫瘍を有するマウス群(Triple comb IV)の平均腫瘍進行度と対応する生存曲線を示したグラフ。
【0016】
図5】BHV-1野生型(WT)、BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT分離株5C1、および5C1の作製に用いたドナープラスミドのUL49.5遺伝子のDNA(A)とタンパク質(B)の配列アライメントを示した図である。
【0017】
図6】IFNγで処理していないA549細胞(-IFNγ)、IFNγで処理したA549細胞(+IFNγ)、IFNγで処理してBHV-1野生型を感染させたA549細胞(+IFNγ +wt)、およびIFNγで処理してBHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT分離株5C1を感染させたA549細胞(+IFNγ +5C1)におけるTAP-1の産生量をウェスタンブロットで調べた結果である。
【0018】
図7】ヒト正常細胞(HEL)とヒト腫瘍細胞(A549)におけるBHV-1野生型(wt)とUL49.5Δ30-32ΔCT分離株5C1のウイルス複製量を示したグラフである。
【0019】
図8】低用量のマイトマイシンc、抗PD-L1抗体と抗CTLA-4抗体、およびBHV-1野生型(wt)の組み合わせ(Comb. with wt)、または低用量のマイトマイシンc、抗PD-L1抗体と抗CTLA-4抗体、およびBHV-1分離株5C1の組み合わせ(Comb. with 5C1)で処置したC10腫瘍を有するマウスにおいて、腫瘍退縮および生存率の増加が示されたグラフである。
【0020】
図9】BHV-1 UL49.5Δ30-32ΔCT-RFP分離株5C1とBHV-1 ΔgE-EGF-huGMCSF分離株3Eを同時感染させて作製した組換えBHV-1重複変異株(UL49.5とgEの変異)を複数の細胞種に感染させ、各細胞の上清に含まれる、目的遺伝子(ヒトGMCSF)によってコードされるタンパク質の産生量を示したグラフである。
【0021】
図10】正常ヒト肺線維芽細胞(HEL)とマウス腫瘍細胞(C10)にBHV-1野生型(wt)、BHV-1 ΔgI変異株、BHV-1 ΔgE変異株またはBHV-1 ΔgIΔgE変異株を様々なMOIで感染させた場合の効果を、ギムザ染色後の細胞単層の消失(A)およびAlamarBlueで定量化した細胞生存率(B)により示したものである。
【0022】
図11】メラノーマの同系マウスモデルにおけるBHV-1 ΔgIΔgEの前臨床試験の結果を示したグラフである。A)マイトマイシンc、腫瘍溶解性ウイルス(BHV-1 wt、ΔgI、ΔgEまたはΔgIΔgE)およびチェックポイント阻害剤という3種類の組み合わせで処置したC10腫瘍を有するマウスの生存曲線を示したグラフ。B)マウスの個体別の腫瘍進行度を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を有するBHV-1変異株を含む組換えBHV-1腫瘍溶解性ウイルスであって、該BHV-1変異株が、抗腫瘍免疫応答を誘導する1つ以上の分子を発現するように遺伝子組換えされていることを特徴とする腫瘍溶解性ウイルスが提供される。
【0024】
ウシヘルペスウイルス1型(BHV-1またはBoHv-1)は、ヘルペスウイルス科、アルファヘルペスウイルス亜科のウイルスであり、世界中でウシに鼻気管炎、膣炎、亀頭包皮炎、流産・発育不全、結膜炎、腸炎などの疾患を引き起こすことが知られている。BHV-1株のゲノムは、約135kbの二本鎖DNAを含み、約72個のコード領域を有する。
【0025】
本明細書において、「BHV-1変異株」とは、BHV-1野生型ウイルスから調製された変異ウイルスであり、高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を示すように変異が導入されているものを意味する。本明細書において、「高いがん選択性」という用語は、正常細胞に対する殺傷能力が低く、例えば、HEL線維芽細胞のような正常細胞に対する殺傷能力が野生型BHV-1の殺傷能力より少なくとも10%程度低いか、殺傷能力がほとんどないか全くないBHV-1変異株、および/またはがん細胞に対する殺傷能力が高く、例えば、A549細胞などのがん細胞に対する殺傷能力が野生型BHV-1の殺傷能力より少なくとも10%程度高いBHV-1変異株について述べる際に使用される。ウイルスの殺傷能力は、ウイルス感染後、ギムザ染色を行い、消失した細胞単層の面積として目視で確認することができる。また、ウイルスの殺傷能力は、ウイルス感染から一定時間経過した後の細胞生存率の減少度として確認することができる。細胞生存率は、以下に限定されないが、AlamarBlue、MTSテストまたはCellTiter-Gloなどの市販の細胞生存率アッセイを用いて測定される。
【0026】
本明細書において、「高い免疫賦活活性」とは、宿主免疫防御の回避に関与するウイルスタンパク質、例えば、抗原処理関連トランスポーター(TAP)の分解を活性化するウイルスタンパク質UL49.5の機能喪失により宿主免疫防御の賦活をもたらすBHV-1変異株について述べる際に使用される。BHV-1変異株におけるこのようなウイルスタンパク質の機能喪失は、免疫監視に関わる細胞の遺伝子またはタンパク質の発現、例えば、TAPの発現に基づいて確認することができる。例えば、ウイルスタンパク質(例えば、UL49.5や宿主免疫防御の回避に関与するその他のタンパク質)の発現が減少しているか、全くないか、または感染時の宿主細胞の免疫防御への影響がほとんどないか、全くない、すなわち宿主免疫防御が非感染宿主細胞のものと本質的に同等である場合、BHV-1変異株が高い免疫賦活活性を有すると判断される。したがって、BHV-1 UL49.5変異株に感染した宿主細胞は、非感染宿主細胞と同程度のTAPの発現量を示す。細胞の遺伝子またはタンパク質の発現は、以下に限定されないが、定量的ポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)、酵素結合免疫吸着法(ELISA)、ウェスタンブロット法などの方法を用いて測定される。
【0027】
一般に、BHV-1変異株の製造においては、ウイルスの核酸骨格の1つ以上の標的遺伝子内の部分に欠失または変更を導入することにより、野生型BHV-1と比較して高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を有するBHV-1変異株を得ることができる。具体的には、標的遺伝子全体の欠失または標的遺伝子の1つ以上の部分の欠失もしくは変更により、BHV-1の病原性に関連する遺伝子などのBHV-1遺伝子の発現を完全にもしくは少なくとも部分的に阻害するか、別の方法で変化させることにより、高いがん選択性を有するBHV-1を得ることができる。例えば、ウイルスの複製に影響を与える遺伝子;宿主の防御機構に影響を与える遺伝子;ウイルスの親和性、体内伝播や感染性に影響を与える遺伝子;宿主に直接毒性を示す産物をコードまたは生成する遺伝子は、高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を有するBHV-1変異株を得るために変異を導入することができる標的遺伝子である。がん選択性を高めるための欠失または変更を導入することができるBHV-1遺伝子の例としては、糖タンパク質E遺伝子(gE)および糖タンパク質I遺伝子(gI)が挙げられるが、これらに限定されない。また、免疫賦活活性を高めるための変更を導入することができるBHV-1遺伝子の例としては、UL49.5遺伝子が挙げられる。
【0028】
一実施形態において、ウイルスの細胞間伝播に関与する1つ以上の糖タンパク質の発現を阻害する変異を含むBHV-1変異株が提供される。例えば、前記BHV-1変異株は、糖タンパク質であるgIおよびgEの1つ以上の発現を消失させる遺伝子変異を含む。このような変異株、例えば、標的の糖タンパク質遺伝子に変更が加えられた変異株または糖タンパク質遺伝子全体が欠失した変異株を得るために、BHV-1の核酸骨格内に様々な変異を組み込むことができることは、当業者であれば理解できるであろう。
【0029】
別の一実施形態において、抗原提示の促進により宿主免疫応答が賦活されるような変異を含むBHV-1変異株が提供される。一例として、宿主免疫防御タンパク質であるTAP1またはTAP2を分解しない変異UL49.5を発現する変異株が提供される。UL49.5タンパク質は、抗原処理関連トランスポーター(TAP)を阻害することによりペプチド輸送を妨げるタンパク質である。UL49.5変異株の例としては、30~32位のアミノ酸(RRE)とC末端テール(停止コドンの導入による)が欠失した変異株が挙げられるが、これに限定されない。
【0030】
さらなる一実施形態において、少なくとも2つの変異を含む、例えば、異なるBHV-1標的遺伝子にそれぞれ変異を含むBHV-1変異株が提供される。したがって、ウイルスの伝播に関与する糖タンパク質が阻害されているとともに、特定のタンパク質の阻害もしくは不活性化により、健常細胞におけるウイルス複製量が少ないBHV-1変異株、またはウイルスの伝播に関与する糖タンパク質が阻害されているとともに、宿主免疫応答の増強をもたらす変異を有するBHV-1変異株が提供される。一例として、gIとgEの少なくとも一方の発現が阻害され、UL49.5が不活性化されている変異株が提供される。別の例では、gIとgEの両方の発現が阻害され、さらに任意でUL49.5が不活性化されていてもよい変異株が提供される。
【0031】
高いがん選択性および/または高い免疫賦活活性を有する、選択されたBHV-1変異ウイルスは、ウイルスを介した抗腫瘍免疫応答を増強する1つ以上の免疫調節分子を発現するようにさらに遺伝子組換えが行われていてもよい。
【0032】
この遺伝子組換えは、目的遺伝子、例えば、目的の免疫調節分子をコードする遺伝子を発現するように構成されたコンストラクトをウイルスゲノムに挿入する組換え技術を用いて行うことができる。抗腫瘍応答を誘導する免疫調節分子の例としては、以下のような免疫調節分子が挙げられるが、これらに限定されない:エクトカルレティキュリン(ecto-CRT)、高移動度群ボックス1タンパク質(HMGB1)、および腫瘍の免疫原性を高めるケモカインやサイトカイン(例えば、インターフェロン-アルファ(INF-α)などのインターフェロン、インターロイキン-2(IL-2)などのインターロイキン、エリスロポエチン、IL-11、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)などの造血成長因子)。
【0033】
一般に、前記コンストラクトは、目的遺伝子を含み、両端に制限酵素部位を含む。この構成により、目的遺伝子を、プラットフォームベクター(プラスミドなど)のウイルス配列と相同なフランキング領域の間にある、目的遺伝子の発現を駆動するプロモーターの下流に隣接するように挿入することができる。一実施形態において、前記プラットフォームベクター内の相同なウイルス配列は、前記コンストラクトが挿入されるように設計された、BHV-1のgE遺伝子座を含む。BHV-1のgEタンパク質は、非必須タンパク質であるため、ウイルス複製には必要でないが、ウイルスの神経細胞伝播を促進する機能を有する。別の一実施形態において、前記プラットフォームベクター内の相同なウイルス領域は、前記コンストラクトが挿入されるように設計された、BHV-1のgI遺伝子座を含む。
【0034】
前記コンストラクト内のプロモーターは、目的遺伝子の発現を駆動するのに適したプロモーターであれば、どのようなプロモーターでもよい。通常用いられるプロモーターとしては、CMVプロモーター、PGK1プロモーター、EF1aプロモーター、SV40プロモーターおよびCAGプロモーターが挙げられる。また、前記プラットフォームベクターは、BHV-1へのベクターの組み込み確認に使用するために、細胞内で本来発現していないレポーター遺伝子を含んでいてもよい。通常用いられるレポーター遺伝子としては、視覚的に識別可能な結果を示すもの、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFPもしくはEGFP)、赤色蛍光タンパク質(RFP)または青色蛍光タンパク質(BFP)などの蛍光タンパク質または発光タンパク質を発現する遺伝子、および発光反応/発色反応を触媒する酵素、例えば、ルシフェリンとの反応を触媒して光を発生させる酵素ルシフェラーゼなどを発現する遺伝子が挙げられる。
【0035】
組換えBHV-1変異株は、目的遺伝子をコードするプラットフォームベクターを野生型BHV-1ゲノムに導入することにより作製される。一般に、BHV-1の複製が可能で、かつ前記プラットフォームベクターとBHV-1の効率的なトランスフェクションが可能な細胞株に、野生型BHV-1ゲノムDNAと前記プラットフォームベクターを同時にトランスフェクトすることにより、組換えBHV-1変異株が作製される。トランスフェクションは、化学的方法、例えば、リン酸カルシウム、カチオンポリマーもしくはリポソームを用いる方法、またはエレクトロポレーション、ソノポレーションもしくは光学的トランスフェクションなどの物理的方法、または粒子法、例えば、粒子衝撃もしくは遺伝子銃による送達などにより行うことができる。
【0036】
好ましい一実施形態において、選択した細胞株への前記プラットフォームベクターのトランスフェクションは、Nucleofectorと呼ばれる装置によって生成される電気的パラメーターと細胞種特異的試薬とを組み合わせて用いる「ヌクレオフェクション」として知られる改変エレクトロポレーション法により行われる。前記ベクターは、細胞核と細胞質に導入される。最適なヌクレオフェクション条件は、トランスフェクトするベクターではなく、選択した細胞種によって異なる。多くのヌクレオフェクションプログラムと試薬キットを利用することができる。一実施形態において、Nucleofector kit Rとprogram X-100を使用して、選択した細胞、例えばCRIB細胞(BVDV感染耐性のウシ由来細胞)に前記プラットフォームベクターを導入し、その後、このベクターをBHV-1に取り込ませてBHV-1変異株を作製する。その他のヌクレオフェクションキットやプログラムも使用可能である。
【0037】
ヌクレオフェクション後、当技術分野で確立されている方法を用いて、細胞に野生型BHV-1を感染させる。
【0038】
目的の組換えBHV-1変異株が作製されたかどうかは、組換えBHV-1変異株のレポーター遺伝子または目的遺伝子の発現に基づいて確認することができる。組換えBHV-1変異株の検出および単離が容易に行えるように、濃縮工程を設けてレポーター遺伝子を発現している細胞を単離してもよい。例えば、蛍光活性化細胞選別法(FACS)を利用してもよい。
【0039】
BHV-1変異株は、1つ以上の免疫調節分子を発現するように遺伝子組換えが行われているものも、行われていないものも、以下に限定されないが、肺がん、結腸がん、乳がん、前立腺がん、腎臓がん、卵巣がん、CNSがんなどのがんの治療において個体に投与することができる。一般に、本発明のBHV-1変異株は、薬学的に許容される担体と組み合わせて、投与に適した製剤に調製してもよい。ここで、薬学的に許容される担体とは、BHV-1変異株の生存率や活性に悪影響を与えず、個体への投与時に許容できない毒性を示すなどの不適な点が認められない担体を意味する。選択する担体が、製剤の投与様式により異なることは、当業者であれば理解できるであろう。一実施形態において、BHV-1変異株は、注入または注射による投与、例えば、皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、静脈内投与または腫瘍内投与に適した製剤に調製される。したがって、BHV-1変異株は、発熱物質を含まない滅菌水性溶液(任意で緩衝化または等張化されていてもよい)などの生理的に許容される医療グレードの担体に懸濁された懸濁剤として調製される。前記担体は、蒸留水、糖類含有滅菌溶液(例えば、スクロースもしくはデキストロース)、または、緩衝化されていてもよい塩化ナトリウム含有滅菌生理食塩水であってもよい。適切な滅菌生理食塩水としては、様々な濃度の塩化ナトリウムを含有するものが挙げられる。生理食塩水には、任意で追加の成分、例えば、デキストロース、スクロースなどの糖類が含まれていてもよい。追加の成分が含まれる生理食塩水の例としては、リンゲル液、例えば、乳酸リンゲル液または酢酸リンゲル液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、TRIS((ヒドロキシメチル)アミノメタン)緩衝生理食塩水(TBS)、ハンクス平衡塩溶液(HBSS)、アール平衡塩溶液(EBSS)、標準クエン酸生理食塩水(SSC)、HEPES緩衝生理食塩水(HBS)およびゲイ平衡塩溶液(GBSS)などが挙げられる。また、製剤には、凍結保護剤が含まれていてもよい。
【0040】
BHV-1変異株は、がんの治療のために、治療有効量で個体に投与することができる。本明細書において、「個体」という用語は、ヒトおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシを除く)、好ましくは、ヒトを意味する。「治療有効量」という用語は、がんを治療するのに十分なBHV-1変異株の量であり、かつ重大な副作用を引き起こす可能性がある量を超過しない量である。治療上有効なBHV-1変異株の投与量が、治療する状態の性質、治療を受ける個体、投与様式などの様々な要因によって異なることは、当業者であれば理解できるであろう。適切な投与量は、適切な比較臨床試験により決定することができる。一般に、約106~1011プラーク形成単位(pfu)の範囲の投与量が好適とされており、例えば、107pfu、108pfu、109pfuまたは1010pfusであってよい。
【0041】
本発明の組換えBHV-1変異ウイルスは、他の抗がん治療と組み合わせて使用してもよい。他の抗がん治療としては、化学療法剤、例えばマイトマイシンc、ダカルバジン、5-フルオロウラシル、エピルビシン、シクロホスファミドもしくは5-アザシチジン;免疫チェックポイント阻害剤、例えば、ペムブロリズマブもしくニボルマブ;免疫原性抗体、または腫瘍浸潤リンパ球(TIL)療法やキメラ抗原受容体(CAR)T細胞療法などの免疫細胞療法が挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
本発明の組換えBHV-1変異株が提供する腫瘍溶解性ウイルスは、正常ヒト細胞に対してよりも、幅広いがん細胞種に対して高い殺傷能力を示し、かつ/または高い免疫賦活活性を示し、さらに抗腫瘍効果を増強する免疫調節分子を発現するため有利である。また、本発明のBHV-1は静脈内投与、腫瘍内投与のいずれにおいても同様に有効である。また、本発明の組換えBHV-1変異株の作製における課題を克服した、本発明の組換えBHV-1変異株の作製方法も提供する。
【実施例
【0043】
以下の具体的な実施例において、本発明の実施形態について説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものと解釈すべきではない。
【0044】
実施例1:BHV組換え変異株の作製
腫瘍溶解性ウイルスとして有用なBHV組換え変異株を調製し、目的遺伝子を発現するように遺伝子組換えした。方法および材料は以下の通りである。
【0045】
以下の細胞およびウイルスを使用した。
1)CRIB細胞:Clinton Jones博士(University of Oklahoma)から入手。この細胞は、BVDV感染に耐性のあるMDBK細胞の派生株である。BHV-1をCRIB細胞で増殖させたところ、2.6×108pfu/mLの力価を示し、CRIBはBHV-1の増殖に関してMDBKと同等であることが示された。
2)U2OS:ATCCより入手。
3)HEK293:Frank Graham博士より入手。
4)BHV-1 Cooper株:野生型BHV-1をATCCより入手(カタログ番号VR-864、ロット番号61236466)。
【0046】
ウイルスDNA+ドナープラスミドの同時トランスフェクション:ウイルスDNA(BHV-1野生型)とドナープラスミド(図1)の同時トランスフェクションを試みたが、トランスフェクションとウイルス複製の両方が可能な細胞株を見つけることが困難であったため、成功に至らなかった。具体的には、HEK-293細胞とCRIB細胞で同時トランスフェクション法による組換えを試みたものの、ウイルスを回収することはできなかった。
【0047】
トランスフェクション-感染法:ウイルスDNAの同時トランスフェクションでは、ウイルスを回収できなかったため、別の方法を採用した。トランスフェクション-感染法は、脂質系試薬を用いてドナープラスミド(図1)を様々な細胞株にトランスフェクトし、その後、トランスフェクトした細胞にウイルス(BHV-1野生型)を感染させるという方法である。この方法では、下記(表1)に示すように、様々な細胞株で最小限の成果しか得られなかった。
【表1】
【0048】
組換えウイルスを得るためには、ドナープラスミドのトランスフェクション効率が高く、BHV-1の高い複製レベルが維持される細胞株が必要である。残念ながら、この方法では組換えウイルスを単離することはできなかった。
【0049】
ヌクレオフェクション-感染法:MDBK細胞(CRIB細胞の親細胞)では、脂質系トランスフェクション試薬によるトランスフェクションの効率が低いことが報告されている。CRIB細胞では効率的なウイルス複製が維持されるため、この細胞にプラスミドDNAを送達する別の方法、例えば、ヌクレオフェクションを検討した。ヌクレオフェクション(Amaxa社のNucleofector(登録商標)技術など)は、細胞特異的な試薬と電気的パラメーターの組み合わせにより、細胞の細胞膜と核膜の両方に細孔を形成する技術である。この技術は、トランスフェクションが困難な細胞株へのDNA導入法として報告されている (Hamm et al. Tissue Eng. 2002; 8(2):235-45; Maasho et al. J Immunol Methods. 2004; 284(1-2):133-40)。さらに、この技術のプロトコル上の利点は、DNAを核に直接送達することができるため、ウイルスの複製が行われる場所にDNAを導入することができる点にある。
【0050】
CRIB細胞(1×106個)を1.5μgのpMAX-GFPプラスミドDNA(ヌクレオフェクションコントロールプラスミド)と組み合わせて、Amaxa Nucleofector(登録商標) II装置、Nucleofector(登録商標) kit Rおよびprogram X-001を用いてヌクレオフェクションを行った。ヌクレオフェクションから5時間後に倒立蛍光顕微鏡で画像を撮影した。約75%の細胞でGFPの蛍光が確認され、プラスミドDNAが取り込まれたことが示唆された。このようにCRIB細胞へのDNA送達能力が向上したため、以下に記載の方法で、同時ヌクレオフェクション(ウイルスDNA+ドナープラスミド)またはヌクレオフェクション-感染プロトコルによる組換えウイルス作製を行った。
【0051】
BHV-1 ΔgE-EGFP-huGMCSFの作製:pCAGプロモーター(CMVエンハンサー/ニワトリβ-アクチンプロモーター)を有するプラットフォームプラスミド(clone ID:X31749)は、Genscript社に発注した。プラットフォームプラスミド内のBHV-1のgE遺伝子座に挿入する目的遺伝子を含むコンストラクトを調製した。このコンストラクトは、緑色蛍光タンパク質(EGFP)と目的遺伝子(GOI)(ヒトGMCSF)とを含み、これらはP2A自己切断(リボソームスキップ)部位で隔てられている。相同組換えのための準備として、このコンストラクトを、図1に示すように、プラットフォームプラスミド内のBHV-1 gEのフランキング配列間のプロモーターの下流にクローニングした。EGFPの有無により組換体のスクリーニングを行った。EGFPタンパク質は、P2A部位により目的遺伝子が発現するタンパク質から切断される。huGMCSF遺伝子は、T-VECのゲノム配列に含まれており、細胞上清を用いたELISAにより測定することができる。CRIB細胞へのプラスミド導入後、細胞培養液中のGMCSFの発現をELISAにより確認した。ヌクレオフェクション-感染プロトコルに続いて、蛍光顕微鏡で組換えウイルスのスクリーニングを行った。8枚の6ウェルプレートを調べたところ、蛍光プラークが1つ観察された。
【0052】
組換えウイルスの検出と単離が容易に行えるように、濃縮工程を追加した。蛍光活性化細胞選別法(FACS)を用いて、ウイルス感染後にEGFPを発現しているCRIB細胞(細胞集団の約0.05%)を単離した。FACSによる濃縮後、EGFP陽性細胞を、非感染のCRIB細胞の単層上に播種して、EGFPを発現するウイルスプラークの有無を調べた。2枚の6ウェルプレートで合計8個のGFP陽性プラークが得られ、そのうちの数個を精製した。分離株3Eの配列をシーケンス解析により確認し、ヒトGMCSFの発現もELISAにより確認した(図2)。野生型ウイルス(BHV-1 wt)を感染させた場合、GMCSFは検出されなかった。また、ドナープラスミド(図1)を細胞にヌクレオフェクションした場合のGMCSF産生量は、BHV-1分離株3Eを感染させた場合よりも有意に少なかった。
【0053】
BHV-1組換え/精製方法の検証:EGFP-P2A-muGMCSF配列を含むプラスミド(clone ID:M17993)をGenscript社から入手し、ΔgEプラットフォームベクターにクローニングした。ヌクレオフェクション-感染法とFACS精製法により、BHV-1-ΔgE-EGFP-マウスGMCSFウイルス(ウイルス分離株A5)を作製した。このウイルスの配列をシーケンス解析により確認した。細胞培養液中のマウスGMCSFの発現をELISAにより確認した。
プロトコル
BHV-1組換えスケジュール
1日目:配列を設計する。
24日目:プラスミドDNAを受領する。
24日目:CRIBへのヌクレオフェクション/感染を行う。
26日目:ウイルスを回収し、力価測定を行う。
29日目:力価測定プレートを染色する。
31日目:CRIBを分別用のT150に分割する。
32日目:T150 CRIBに感染させる。
-感染から12~18時間後に細胞分別の準備をする。
-分別した細胞を0.3個/wellの濃度で非感染のCRIB(約60%コンフルエント)を含む96ウェルプレートに播種する。
34日目:96ウェルプレート内のGFP+細胞をTyphoonでスクリーニングし、蛍光顕微鏡で確認する。
36日目:GFP+細胞からウイルスを回収する。
39日目:ウイルスを希釈し、96ウェルプレートに播種したCRIB細胞に0.3pfu/wellで感染させ、単離したウイルス粒子を得る。
43日目:繰り返し希釈して、96ウェルプレートに播種したCRIB細胞に0.3pfu/wellで感染させる。
46日目:ウイルスの力価測定を行い、全てのプラークがGFPを発現していることを確認する。GFP陰性プラークがある場合は、さらに精製を行う必要がある。
48日目:ウイルスが純粋なプラークを形成した場合、シードストック作製用に1個のT150に感染させる。
51日目:調製物を回収し、力価測定を行う。
54日目:十分な調製物を得るために、20個のT150に感染させる。
56日目:回収
57日目:精製
58日目:力価測定
61日目:特性評価準備完了
BHV-1相同組換え用ヌクレオフェクション/感染プロトコル
ヌクレオフェクション:
1. Nucleofector試薬(Kit R)を4℃から取り出し、室温になるまで温める。
2. 6ウェルプレートの各ウェルに2mL DMEM+5% HSを添加し、37℃インキュベーターで平衡化する。
3. CRIB細胞をトリプシン処理する(1×T150)。
4. 1×106個の細胞(反応あたり)を15mLコニカルチューブに移す。
5. 遠心処理を行う(650rpm、10分間、室温)。
6. 細胞ペレットを100μL(反応あたり)のNucleofector solution Rに懸濁する(Nucleofector solution 82μL+supplement 18μL)。
7. 滅菌エッペンドルフチューブにプラスミドDNA(1~2μg)を用意する。
8. 100μLの細胞(Nucleofector solutionに懸濁)をDNAの入ったエッペンドルフチューブに移す。
9. 細胞/DNAをキュベットに移す。
10. program X-001でヌクレオフェクションを行う。
11. 500μLの平衡化済み培地をキュベットに添加する。
12. 細胞を1.5mLの平衡化済み培地が入った6ウェルプレートの1ウェルに移す。
13. プレートをインキュベーターに戻す。
感染
1. 顕微鏡で蛍光を確認する。
2. ヌクレオフェクションから5時間後、細胞にBHVを感染させる(MOI=0.05)。
-細胞をPBSで洗浄する。
-各ウェルに400μLを添加して感染させ、37℃で10分おきに振盪させながら1時間放置。
-DMEM+1% FBSを添加する。
ウイルスの回収
1. 100%CPEが確認された時点で回収する(通常、翌日回収する)。
2. ピペッティングにより細胞を剥離して、培地へ浮遊させる。
3. 15mLコニカルチューブに移す。
4. 凍結(-80℃)/融解(37℃)を3回行う。
5. 超音波処理(1×30秒間)を行う。
6. 遠心処理を行う(1500rpm、10分間、4℃)。
7. 上清を2mLチューブに移す。
8. 力価測定用に25μL分取し、残ったウイルスは-80℃で凍結保存する。
組換えBHV濃縮用フローソーティング
1. スクリーニング対象の組換え反応ごとに1×T150に播種(-veコントロール用にも1×T150)。
2. 翌日、MOI=0.1(ヌクレオフェクション/感染)またはMOI=0.01(同時感染)で感染させる。
3. 感染時、回収バッファー(培地+1% L-グルタミン+30% FBS)を入れたフローソーティングチューブ(4mL、ポリプロピレン)を用意する。
4. 感染から12時間後に、以下のようにサンプルを調製する。
5. 細胞をPBSで洗浄する。
6. 2mLのTrypLEを添加する。
7. 37℃のインキュベーターに戻して、細胞が剥がれ始めるまで待機する。
8. 10mL DMEM+5% FBSを添加して、TrypLEを不活化する。
9. スピンダウンを行う(650×g、10分間、4℃)。
10. ペレットをソーティングバッファー(PBS、1% BSA、5mM EDTA)に再懸濁する。
11. 血球計算盤で細胞を数える。
12. 2.5×106個/mLに希釈する。
13. 分別直前にフィルターキャップに通す。
細胞が分別される。この工程は、濃縮工程であって、精製工程ではない。分別された細胞を0.3個/wellで96ウェルプレートの非感染のCRIB単層に添加する。
ソーティング後
1. GFP+ve集団に分別された細胞の総数を計測する。
2. 分別された細胞を0.3個/wellでCRIB単層(約60%コンフルエント)を含む96ウェルプレートに添加する。
3. このプレートをインキュベーターで一晩静置する。
4. GFPの発現を確認する。
5. プラークが観察されたら、蛍光顕微鏡でGFP+veのプラークを選別する。
6. GFP+veウェルから全ての細胞とウイルスを回収する。
7. 純粋なウイルスが得られるまで、96ウェルプレートで希釈と単離を繰り返す。
【0054】
実施例2:BHV-1 ΔgE変異株とBHV-1 ΔgI変異株
BHV-1 ΔgE変異株は、実施例1に示した方法と同様にして作製した。BHV-1 ΔgE-EGFP-muGMCSF変異株を、Gunther Keil博士(Friedrich-Loeffler-Institut、Germany)より入手したBHV-1 ΔgI-GFP変異株と比較した。安全性に関するin vitroの特性評価として、ヒト肺線維芽細胞(HEL)とヒト肺腺がん細胞(A549)に、BHV-1野生型(wt)、BHV-1 gE欠失変異株(ΔgE)およびBHV-1 gI欠失変異株(ΔgI)を様々なMOIで感染させた。BHV-1欠失変異株はいずれも、試験範囲の最大MOIにおいて、正常ヒト線維芽細胞に対する殺傷能力が野生型より低く、ΔgE変異株は細胞変性効果が最も低かった(図3)。一方、A549がん細胞に対しては、野生型とΔgE変異株で同程度の殺傷能力が確認された。また、両変異株は、C10マウス腫瘍細胞に対しても同程度の殺傷能力を示した。これらの結果から、いずれの変異株も野生型よりがん選択性が高いことが示され、gIとgEの両方の欠失により、腫瘍細胞に対する殺傷能力を保持しながら、野生型より安全性の高いウイルスが得られる可能性が示唆された。
【0055】
また、BHV-1 ΔgI-GFPの前臨床試験を行った。BHV-1 ΔgI-GFPの試験は、C57Bl/6マウスのC10腫瘍モデルを用いて行った (Miller et al. Mol Ther. 2001;3(2):160-8)。C10モデルは、BHV-1侵入に感受性を有する最初のがん同系マウスモデルである。マウスの細胞はBHV-1侵入に必須な受容体を持たないため、BHV-1に感受性を示さない。C10は、ヒトネクチン1を発現するB16マウスメラノーマ細胞クローンである。C10細胞は、C57Bl/6マウスで再現性よく腫瘍を形成することができ、ヒトネクチン1の発現による、in vivoで検出可能な腫瘍免疫原性の誘導は見られない。ネクチン1の発現により、非感受性B16細胞へのBHV-1侵入が有意に向上することがin vitroの予備的な実験結果で確認されている。
【0056】
用いた処置レジメンは以下の通りである。腫瘍が処置可能な大きさに達した時点で、100μgのマイトマイシンCを腫瘍内に単回投与し(1日目)、2×107プラーク形成単位(pfu)のBHV-1 ΔgI-GFPを腫瘍内または静脈内に3回投与(2日目、3日目、4日目)し、抗CTLA-4チェックポイント阻害抗体と抗PD-L1チェックポイント阻害抗体(各200μg)を3日おきに1回、計10回腹腔内投与した。
【0057】
BHV-1 ΔgI-GFPのin vitro感染増殖性が低く、化学療法の併用によりウイルス複製が完全に阻害されていても(図4C)、BHV-1ΔgI-GFPにより、コントロール群と比較して腫瘍制御(図4A/4E)および動物の生存率(図4B/4E)が向上していることが示された。さらに、増殖性が低いBHV-1 ΔgI-GFPの感染でも、C10腫瘍に対する宿主免疫応答が十分に誘導された(図4D)。全身性の抗腫瘍免疫応答の開始または増強は、腫瘍溶解性ウイルスなどの治療法によるがん細胞の免疫原性細胞死(ICD)を誘導する能力によって部分的に説明することができる。ICDを評価するための標準的なアッセイは、瀕死の腫瘍細胞をワクチンとして使用して、細胞死の種類が、その後の腫瘍形成を抑制または制御する免疫応答の誘導に十分であるかどうかを判断する (Kepp et al. Oncoimmunlogy. 2014:3(9):e955691)。このアッセイにより、BHV-1 ΔgI-GFPに感染した瀕死の細胞を用いたワクチン接種は、腫瘍増殖を抑制する効果において、マイトマイシンcの単独処置よりも有効であり、マイトマイシンcとBHV-1 ΔgI-GFPで処置した瀕死の細胞と同等の有効性があることが分かった(図4D)。このように、BHV-1 ΔgI-GFPは、de novoウイルス産生量が非常に少なくても、また、de novoウイルス産生がマイトマイシンcで阻害されていても、C10細胞のICDを誘導するのに十分である。したがって、in vivoでの抗腫瘍活性は、ウイルス複製能とは相関していない。これまでの知見では、腫瘍溶解性ウイルスのin vivoでの有効性は抗腫瘍免疫応答を活性化する能力に相関することが示されているが、我々の知見は、同じ傾向を示すものではなく、BHV-1の作用機序の特異性を強調するものである。
【0058】
この実験により、組換えBHV-1 ΔgE変異株と組換えBHV-1 ΔgI変異株の高いがん選択性と、組換えBHV-1 ΔgI変異株を低用量化学療法やチェックポイント免疫療法と併用した場合のin vivoでの有効性が実証された。また、この実験により、腫瘍の進行や生存の阻害に関して、静脈内投与が腫瘍内投与と同等の効果があることも実証された。
【0059】
実施例3:BHV-1 UL49.5変異株
BHV-1のUL49.5遺伝子産物である糖タンパク質Nは、通常、ウイルス感染細胞における抗原提示を阻害し、免疫系からウイルスを「隠す」ことでウイルスの複製と伝播を最大限に誘導する。しかし、腫瘍溶解性ウイルスの最も重要な目標は、がんに対する免疫系を惹起・賦活し、ウイルスタンパク質と腫瘍特異的タンパク質の両方を提示させることであると考えられている。したがって、UL49.5遺伝子に変異を導入すれば、抗原提示が増強され、より強力な抗がん免疫応答が促進されると考えられる。
【0060】
そこで、宿主の抗原処理関連トランスポーター1(TAP-1)の発現と機能が保持されるようなBHV-1変異株であるBHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT変異株を作製した。具体的には、BHV-1のUL49.5遺伝子に、30~32位のアミノ酸の欠失(RRE)とC末端テールの欠失(停止コドンの導入による)の2つの変異を導入した。この2つの変異を確認するために、作製した組換えウイルスをプラーク精製し、UL49.5遺伝子のシーケンス解析を行った。野生型(wt)、組換えウイルス(クローン5C1)およびドナープラスミド(delta3032deltaC)のUL49.5遺伝子の核酸(図5A)およびタンパク質(図5B)の配列アライメントを図5に示す。コンセンサス(cons)配列から、UL49.5遺伝子と対応するタンパク質に追加の変異がないことが確認された。
【0061】
プラスミドDNA:BHV-1 UL49.5変異株の作製に用いたプラスミド(pUC57simple)は、所望の変更、すなわち30~32位のアミノ酸配列と細胞質テールが欠失したUL49.5の遺伝子配列を含む。また、このプラスミドには、mCherry(赤色蛍光タンパク質:RFP)が発現されるように変更が加えられており、また、UL49.5の開始コドンのすぐ上流にP2A切断部位が含まれるように変更が加えられている。
【0062】
UL49.5Δ30-32ΔCT-RFPウイルスの作製:上記プラスミドDNAをNucleofector kit Rとprogram X-100を用いてCRIB細胞にヌクレオフェクトし、ヌクレオフェクションから5時間後に野生型BHV-1を感染(MOI=0.05)させた。6ウェルプレートでプラークをスクリーニングした結果、6個のRFP陽性プラークが観察された。ここで得られた分離株(5C1)を、さらに2回プラーク精製し、純化されたことを確認した。また、PCR増幅とシーケンス解析により変異が導入されていることを確認した(図5)。
【0063】
BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCTの特性評価:BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT分離株5C1がTAP-1を分解する機能を有していないことを確認した。図6は、IFNγ(+IFNγ)で誘導するとTAP-1が産生されるが、さらにBHV-1野生型(+IFNγ +wt)に感染させるとTAP-1が分解されることを示している。しかし、野生型ではなくBHV-1変異株5C1に感染させると、TAP-1の分解は起こらなかった(+IFNγ +5C1)。
【0064】
また、BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT変異株がヒトがん細胞における治療指数を保持していることを確認した。図7は、BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCTが、ヒト肺腺がん(A549細胞)において野生型BHV-1(wt)と同様の力価まで増殖するが、正常ヒト肺線維芽細胞(HEL)では増殖しないことを示している(図7)。さらに、BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCTは、広範囲の感染多重度で野生型と同程度の細胞変性効果(細胞殺傷能力)を有する。したがって、選択したGOIが発現されるように変更が加えられた組換えBHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT変異株も、本発明における使用に適している。
【0065】
BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT分離株5C1の試験を、実施例2と同様に、C10腫瘍モデルを用いて同じ処置レジメン(マイトマイシンC 100μgを単回腫瘍内投与(1日目)、BHV-1の野生型または5C1を2×107pfuで3回腫瘍内投与(2日目、3日目、4日目)、抗CTLA-4チェックポイント阻害抗体と抗PD-L1チェックポイント阻害抗体(各200μg)を3日おきに1回、計10回腹腔内投与)で行った。BHV-1野生型(WT)とBHV-1 5C1では、腫瘍の増殖や生存に関して有意差はなかった(図8)。WTと5C1を用いた3種類の併用処置では、いずれも生存期間の中央値が2倍以上に延長し、PBS対照群と比較して有意な改善が見られた。
【0066】
この実験により、BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT変異株は、高い免疫賦活活性を有し、野生型のin vivo有効性を保持していることが実証された。
【0067】
実施例4:UL49.5変異とgE欠失を有し、ヒトGMCSFを発現するBHV-1
BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCTベクターを土台として、さらに変更を加えた組換えベクター、例えば、免疫原性を増強し、より強力な抗腫瘍免疫応答を誘導する免疫賦活分子などのGOIが発現されるように構成された図1のgEプラスミドコンストラクトでさらに変更を加えた組換えベクターを作製することができる。このように、2つの変更を組み合わせた変異株、すなわち、選択したGOIが発現されるようにgE(またはgI)欠失が組み込まれたウイルスUL49.5変異株は、野生型BHV-1よりも抗腫瘍免疫応答を強力に誘導することができる。gE遺伝子座またはgI遺伝子座に目的分子を導入することのさらなる利点は、gEまたはgIの欠失により、寛容ながん細胞内でのウイルス複製は可能でも、正常な健常細胞に対する殺傷能力が低下するため、このベクターの安全性を高めることができるという点にある。
【0068】
したがって、同時感染法とFACS濃縮(実施例1に記載)とを組み合わせて、前述の2種類の単独変異ウイルス(BHV-1-UL49.5Δ30-32ΔCT分離株5C1+BHV-1 ΔgE-EGFP-huGMCSF分離株3E)から重複変異ウイルスQ5Aを作製した。このウイルスは、UL49.5変異を有し(実施例3に記載)、gE欠失を有するとともにヒトGMCSFを発現する(実施例1に記載)。このウイルスのGMCSFの発現は、ウイルスの複製が認められない状態でも、複数の異なる細胞種で確認された(図9)。
【0069】
この実験により、BHV-1の重複変異株、例えば、UL49.5変異とgE/gI欠失を有し、GMCSFなどの免疫調節分子を発現するBHV-1変異株の作製が可能であることが実証された。
【0070】
実施例5:BHV-1 ΔgIΔgE変異株
BHV-1 ΔgIΔgE変異株は、実施例1に記載した方法と同様にして作製した。BHV-1 ΔgIΔgE変異株を、BHV-1野生型(wt)および単独変異株であるBHV-1 ΔgEとBHV-1 ΔgIと比較した。安全性に関するin vitroの特性評価として、ヒト肺線維芽細胞(HEL)にBHV-1の野生型と各変異株を様々なMOIで感染させた。すべての変異株は、試験範囲の最大MOIにおいて、正常なヒト線維芽細胞に対する殺傷能力が野生型より低かった(図10AおよびB)。C10マウス腫瘍細胞に対しては、野生型と変異株で同程度の殺傷能力が確認された(図10AおよびB)。これらの結果から、BHV-1 ΔgIΔgE変異株は、単独変異株と同様に、野生型よりがん選択性が高いことが示され、gIとgEのいずれか一方または両方の欠失により、腫瘍細胞に対する殺傷能力を保持しながら、野生型より安全性の高いウイルスが得られる可能性が示唆された。
【0071】
さらに、BHV-1 ΔgIΔgE重複変異株の前臨床試験を、実施例2に記載した方法と同様にしてC10腫瘍モデルを用いて行い、野生型および単独変異株BHV-1 ΔgIとBHV-1 ΔgEと比較した。実施例2と同じ処置レジメン(マイトマイシンC 100μgを単回腫瘍内投与(1日目)、BHV-1の野生型または変異株を2×107pfuで3回腫瘍内投与(2日目、3日目、4日目)、抗CTLA-4チェックポイント阻害抗体と抗PD-L1チェックポイント阻害抗体(各200μg)を3日おきに1回、計10回腹腔内投与)を用いた。野生型と変異株を用いた3種類の併用処置では、生存期間の中央値が2倍以上に延長し、PBS群と比較して生存率の有意な改善が見られた(図11A)。さらに、重複変異株BHV-1 ΔgIΔgEを用いた併用処置では、野生型と比較して腫瘍制御の改善が認められた(図11B)。
図1
図2
図3
図4-1】
図4-2】
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
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【国際調査報告】