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特表2023-538984組織低酸素症及び敗血症の治療に使用するためのL-トリヨードチロニン(T3)を含む医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-09-13
(54)【発明の名称】組織低酸素症及び敗血症の治療に使用するためのL-トリヨードチロニン(T3)を含む医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/198 20060101AFI20230906BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 7/02 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20230906BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20230906BHJP
   A61K 9/19 20060101ALI20230906BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20230906BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20230906BHJP
【FI】
A61K31/198
A61P1/16
A61P7/00
A61P7/02
A61P9/00
A61P1/00
A61P13/12
A61P25/00
A61P29/00
A61K9/19
A61K9/08
A61K45/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2022563957
(86)(22)【出願日】2021-04-15
(85)【翻訳文提出日】2022-12-19
(86)【国際出願番号】 GR2021000019
(87)【国際公開番号】W WO2021214497
(87)【国際公開日】2021-10-28
(31)【優先権主張番号】20200100200
(32)【優先日】2020-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GR
(31)【優先権主張番号】20200100695
(32)【優先日】2020-11-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GR
(31)【優先権主張番号】20210100216
(32)【優先日】2021-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521258429
【氏名又は名称】ユニファーマ クレオン ツェティス ファーマスーティカル ラボラトリーズ エス エー
(71)【出願人】
【識別番号】520386992
【氏名又は名称】ツェティ,ユリア
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【弁理士】
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(74)【代理人】
【識別番号】100194881
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 俊弘
(72)【発明者】
【氏名】コンスタンチノス,パントス
(72)【発明者】
【氏名】ヨルダニス,ムロウジス
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
4C076AA12
4C076AA29
4C076BB13
4C076CC04
4C076CC09
4C076CC11
4C076CC14
4C076CC16
4C076CC17
4C084AA19
4C084MA17
4C084MA44
4C084NA05
4C084ZA021
4C084ZA361
4C084ZA511
4C084ZA541
4C084ZA661
4C084ZA751
4C084ZA811
4C084ZB111
4C084ZC752
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA53
4C206KA01
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA37
4C206MA64
4C206NA14
4C206ZA02
4C206ZA36
4C206ZA51
4C206ZA54
4C206ZA66
4C206ZA75
4C206ZA81
4C206ZB11
(57)【要約】
本発明は、敗血症、コロナウイルス感染症、癌、重度の外傷、及び/又は心臓及び/又は他の臓器移植の患者における、長期にわたる低酸素症と微小血管機能障害による、炎症反応及び一臓器又は多臓器不全(腎臓、肝臓、脳、肺、心臓、胃腸系、造血系、及び/又は凝固系を含む)の治療に使用するための、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む組成物に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
敗血症患者における炎症反応又は一臓器もしくは多臓器不全の治療に使用するための、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、前記組成物は、体重1kg当たり5~9μgの範囲のL-トリヨードチロニンを、より好ましくは体重1kg当たり6~8μgのL-トリヨードチロニンを、最も好ましくは体重1kg当たり7μgのL-トリヨードチロニンを、投与されるものであることを特徴とする医薬組成物。
【請求項2】
腎臓、肝臓、脳、肺、心臓、胃腸系、造血系又は凝固系の治療における、請求項1に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項3】
敗血症、コロナウイルス感染、重傷、癌及び/又は体外臓器保護によって引き起こされた組織低酸素症及び微小血管機能障害の被験者における、請求項1又は請求項2に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項4】
少なくとも30分、又は少なくとも3時間、又は少なくとも4、6、12、18、又は24時間の敗血症による長期低酸素症の治療における、請求項3に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項5】
三尖弁輪の収縮期変動(TAPSE)が、16mmと30mmの間、好ましくは20mmと25mmの間である、右心室収縮機能の治療における、請求項4に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項6】
中心静脈圧の値が1から10mmHgの間、好ましくは3.7から7.4mmHgの間で測定される、右心室収縮機能の治療における、請求項4又は請求項5に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項7】
赤血球沈降速度が48時間にわたって50%減少し、好ましくは最初の1時間以内に30mm未満で測定される、炎症反応及び凝固系機能障害の治療における、請求項4に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項8】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、注射用溶液として、又は再構成用の凍結乾燥粉末として処方される、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項9】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、2~20μg/mL、好ましくは5~15μg/mL、最も好ましくは10μg/mLの濃度の注射用溶液の形態である、請求項8に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項10】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、0.08から0.20μg/kg/h、好ましくは0.12から0.16μg/kg/h、最も好ましくは0.14μg/kg/hの速度で、48時間持続注入により投与される、請求項9に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項11】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、0.6μg/kgから1.0μg/kg体重、より好ましくは0.7μg/kgから0.9μg/kg体重、最も好ましくは0.8μg/kg体重の初期ボーラスとして、その後、0.10から0.20μg/kg/h、好ましくは0.10から0.14μg/kg/h、最も好ましくは0.112μg/kg/hのレートで持続注入して24から72時間、好ましくは48時間投与される、請求項9に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項12】
75Kgの被験者は、合計で375μgから675μgのT3、好ましくは450μgから600μgのT3、最も好ましくは合計で525μgのT3を静脈内投与される、請求項9から請求項11のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項13】
薬学的に許容される賦形剤を含む、請求項1から請求項12のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項14】
1つ又は複数のさらなる活性物質を含む、請求項1から請求項13のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、敗血症、コロナウイルス感染症、癌、重度の外傷、及び/又は心臓及び/又は他の臓器移植の患者における、長期にわたる低酸素症と微小血管機能障害による、炎症反応及び一臓器又は多臓器不全(腎臓、肝臓、脳、肺、心臓、胃腸系、造血系、及び/又は凝固系を含む)の治療に使用するための、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
微小血管機能障害は、いくつかの重大な臨床状態において細胞レベルで発生する組織低酸素症の一般的な原因であり、1つ又は複数の重要な臓器の機能障害及び機能不全をもたらす重大な意味を持つ(Dekker NAM, et al. Microvascular Alterations During Cardiac Surgery Using a Heparin or Phosphorylcholine-Coated Circuit. J. Cardiothorac. Vasc. Anesth. 2020, 34 (4): 912-919)。臓器損傷を引き起こすことが多い、低酸素症の長期化は、正常な臓器血流にもかかわらず、酸素供給と組織需要との間の全身的又は局所的なミスマッチが原因で発生する。この反応は、心拍出量と血液酸素化の両方が正常レベルに回復した場合でも発生することがしばしばある(大循環と微小循環の解離)。
【0003】
血中乳酸濃度の上昇によって記録されるように、長期にわたる微小血管機能障害と組織低酸素症は、敗血症患者の多臓器不全(腎臓、肝臓、及び心臓の損傷)につながり、これらの患者の死亡率の増加と関連している(Sakr Y, et al. Persistent microcirculatory alterations are associated with organ failure and death in patients with septic shock. Crit. Care Med. 2004, 32 (9): 1825-31)。低酸素症による高レベルの乳酸は、心臓手術後などの他の重篤な状態にある患者の転帰不良(Maillet JM et al. Frequency, risk factors, and outcome of hyperlactatemia after cardiac surgery. Chest 2003, 123: 1361-6)及び複数の外傷後の損傷(Abramson D et al. Lactate clearance and survival following injury. J. Trauma. 1993, 35: 584-8)とも関連している。
【0004】
組織低酸素症は、癌細胞の発生においても重要な役割を果たす。低酸素症は、細胞の生存と腫瘍の増殖を促進する。低酸素症の役割は2要素があり、すなわち、急速に増殖する腫瘍に酸素と栄養素を供給するために血管新生を促進すると同時に、がん細胞の生存と増殖を促進する。しかしながら、このような血管新生による血管は、多くの場合、異常で未熟であり、頻繁に体液の血管外遊出を示し、結果として浮腫が生じ、結局は低酸素状態が維持され、そのため、低酸素症と腫瘍増殖の間に悪循環が生じる(Muz et al. The role of hypoxia in cancer progression, angiogenesis, metastasis, and resistance to therapy. Hypoxia 2015, 3: 83-92)。これらの発見は、低酸素症に対処する新しい治療法が、腫瘍の成長と癌細胞の転移を標的とするこの悪循環を断ち切る可能性があることを示唆している。
【0005】
冠動脈バイパス移植などの心臓手術は、手術後72時間持続する微小血管灌流障害を伴うことがしばしばある。この微小血管機能障害は、組織低酸素症を引き起こし、術後の心不全の発症に重要な役割を果たし、長期の入院につながる可能性がある。バイパス手術の開始は、毛細血管密度の急激な減少による微小血管灌流の即時の減少にも関連しており、これは、主に全身性炎症反応と内皮機能障害をもたらす血液透析によって引き起こされる。さらに、バイパスは内皮の活性化を促進するため、血管透過性と漏出の増加につながり、浮腫の形成、組織の腫れ、及び低酸素症のさらなる悪化につながる(Dekker NAM, et al. Postoperative microcirculatory perfusion and endothelial glycocalyx shedding following cardiac surgery with cardiopulmonary bypass. Anesthesia 2019, 74:609-618)。心臓手術中の微小血管機能障害と組織低酸素症の予防と治療を目的とした新しい治療法は、患者の転帰を改善する上で重要になる可能性がある。
【0006】
心臓移植の場合など、生命維持に必要な臓器の体外維持が必要な場合には、微小血管機能障害及び組織低酸素症の発生とそれに続く長期的な組織損傷も重要な役割を果たす。一般に、移植症例における心臓の保存は、低温保存液を使用する代わりに、特別な栄養液による温灌流によって達成できる。心臓温灌流は、新しく有望なアプローチであるが、それは、冠動脈灌流が正常に維持されているにもかかわらず長期の微小血管機能障害と組織低酸素症を引き起こすこと、及び、左心室の拡張期及び収縮期の機能障害を引き起こすことがしばしばある。最近の技術的進歩は、グラフト及びインプラント手術並びに心臓手術における心筋虚血の必要性を減少させることにより、生体外での継続的な温血灌流の効果を大幅に改善した。この先駆的な技術を使用した臨床試験では、その安全性と有効性が示されているが、微小血管機能障害、組織の低酸素症、及びその結果としての長期的な組織損傷の発生により、依然として大きな制約を受けている。
【0007】
敗血症は、感染に対する体の極端な反応と言える複雑な疾患であり、多くの場合、急性の多臓器不全と高い死亡率に関連している。敗血症は、世界で年間280万人を超える死亡を引き起こし、医療システムの総入院コストの5~6%を占めている。2017年の世界保健機関及び世界保健サミットは、敗血症を世界的な健康上の優先事項として設定し、その予防、診断、治療を改善するための一連の提案と対策を採用した。
【0008】
ガイドラインに従い、敗血症の治療は診断後できるだけ早く開始する必要がある。最初の1時間以内に、適切な抗生物質を投与し、同時に関連する血液培養サンプルを採取する必要がある。血行動態の安定化は、晶質溶液の投与と、必要に応じて強心・血管作用薬(ノルアドレナリン、ドーパミン、アドレナリン)の使用により、最初の1時間以内に達成する必要がある。しかしながら、大循環の安定化と血液中の酸素の回復にもかかわらず、敗血症は、細胞レベルでの微小血管障害と低酸素による多臓器不全を引き起こすことがしばしばある。大循環の回復にもかかわらず乳酸が蓄積することは、死亡率との関連性が高く、予後を大きく左右する。乳酸値は、細胞レベルの組織虚血と微小循環損傷の両方の重要な指標となる。コルチコステロイドは、敗血症に伴う不適応な炎症反応を阻害する可能性があるが、最近のデータは、生存率に大きな影響を及ぼさないことを示している。したがって、ヒドロコルチゾンは、敗血症による血行動態の不安定性が輸液や血管作用薬で適切に治療できない場合にのみ推奨される。
【0009】
敗血症は、臓器に二次的な損傷を引き起こす可能性もある。具体的には、敗血症患者の40-50%が腎不全、35%が肝不全、6-9%が二次性呼吸不全、34%が二次性白血球減少症及び免疫抑制を呈し、心臓、脳、胃腸の二次障害の割合はさまざまである。血栓症の増加の原因となる凝固系の二次的損傷も報告されている。
【0010】
敗血症は、細菌性(例えば、肺炎球菌、髄膜炎菌、黄色ブドウ球菌、ヘモフィルス、緑膿菌など)、ウイルス性(例えば、インフルエンザ、エボラ、コクサッキー、SARS-Cov-2など)寄生虫(例えば、住血吸虫、アメーバなど)、真菌(例えば、アスペルギルス、クリプトコッカス、ヒストプラズマなど)などのさまざまな感染症によって引き起こされる可能性がある(O’Brien J.M. et al. Sepsis. Am. J. Med. 2007, 120:1012-1022)。呼吸器系及び腹腔内感染は、泌尿器系、中枢神経系、及び軟部組織又は骨に続く、最も一般的な関連部位である。場合によっては、感染が単に血液中に見つかることもあれば、怪我や火傷を関係することもある(Klouwenberg, PK. Classification of sepsis, severe sepsis and septic shock: the impact of minor variations in data capture and definition of SIRS criteria. Intensive Care Med 2012, 38:811-819)。
【0011】
敗血症による細胞損傷及び臓器機能障害に関与するメカニズムは完全には解明されておらず、科学研究の活発な分野であり続けている。組織虚血は、全身的又は局所的な酸素輸送と組織要求のバランスの乱れが原因で発生する。したがって、敗血症による多臓器不全の主な理由は、臓器の灌流と酸素化の低下と、安定した全身血行動態の明らかな回復後でも細胞レベルでの低酸素症につながる微小血管機能障害である。
【0012】
正常又は高い心拍出量を達成することによって、敗血症患者の循環を積極的に回復させた後でも、細胞レベルでの組織灌流には大きな問題が残っていることに言及することが重要である。これは、敗血症による組織の低酸素症が本質的に微小循環の問題であることを示している。実際、微小血管の灌流は敗血症の予後と強く関連している。
【0013】
いくつかの研究は、患者の回復後最初の数時間で血液中の乳酸クリアランスが不十分であるとして記録される組織低酸素症が、多臓器不全及び死亡率の増加と関連していることを示している(Nguyen, HB et al. Early lactate clearance is associated with biomarkers of inflammation, coagulation, apoptosis, organ dysfunction and mortality in severe sepsis and septic shock. J. Inflam. 2010, 7:6)。別の研究では、最初の6時間での乳酸値の改善と、その結果としての72時間での血中バイオマーカーの改善、及び多臓器不全の改善との間に強い相関があることが示されている。乳酸クリアランスは、微小循環の改善と強く関連していることに留意する必要がある。これらの知見は、組織低酸素症が、多臓器不全における敗血症の病態生理学的メカニズムにおいて重要な役割を果たす主要な因子であり、末期の現象ではないことを示唆している。興味深いことに、重度の敗血症における組織低酸素症は、アポトーシスの増加とも関連している。特に、アポトーシス経路の重要な指標であるカスパーゼ-3は、乳酸クリアランスが増加した患者と比較して、乳酸クリアランスが減少した敗血症患者で72時間後にはるかに高いことがわかっている。さらに、組織低酸素症は重度の敗血症における前血栓状態の前兆であると考えられ、従って、組織低酸素症に対する何らかの治療は凝固性亢進を逆転させる可能性がある。
【0014】
さらに、敗血症は身体を強いストレス下に置き、甲状腺ホルモン代謝の変化により、重症度の低い症例では血清T3値が低下しT4値は正常、最も重症の症例では血清T3値、T4値ともに低下するなど、重大な生理学的結果をもたらす神経-ホルモン反応を引き起こす。この反応は、非甲状腺疾患症候群(NTIS)として知られており、敗血症患者の生存にとって重要な予後因子であると思われる。この制御低下は、敗血症や心筋梗塞などの重症急性病態で知られており、敗血症では高い死亡率に関連している(Padhi, R. et al. Prognostic significance of nonthyroidal disease syndrome in critically ill adult patients with sepsis. Int. J. Crit. Illn. Inj. Sci. 2018, 8:165-172)。さらに、生物学的に活性なT3の合成を制御するデイオジナーゼ2(DIO2)の発現量が低下するように遺伝子操作した実験動物は、敗血症の実験モデルで呼吸不全のレベルが上昇することが示された(Ma, Shwu-Fan et al. Type 2 Deiodinase and Host Responses of Sepsis and Acute Lung Injury Am. J. Respir. Cell Mol. Biol. 2011, 45 (6):1203-1211.)。ラットの敗血症モデルにおいて、T3投与は肺機能及びサーファクタント合成を維持し、サイトカインストームを軽減し、生存率を改善することが明らかになった(Yokoe, T. et al. Triiodothyronine (T3) ameliorates the cytokine storm in rats with sepsis. Crit. Care 2000, 4:59)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
これまでのところ、敗血症やその他の病的状態による多臓器損傷を抑えることを目標とした、微小血管機能障害や組織低酸素症に対する有効な治療法はない。
【0016】
特に、敗血症やその他の病的状態、特にコロナウイルス感染による敗血症において、炎症反応の調節や心血管系及び凝固系の機能障害の改善をもたらす微小血管障害及び組織低酸素症に対する有効な治療法はない。
【0017】
L-トリヨードチロニン(T3)は、心拍出量を増加させ、血行動態をサポートすることにより、重症患者向けの薬剤としてすでにテストされている。しかし、T3が酸素消費量を増加させ低酸素症の悪化につながる可能性があるという広く確立された考えのため、T3の使用は甲状腺機能低下症の治療にのみ限定されている。この場合でも、レボチロキシンの次の第二の選択肢として慎重に使用される(Kaptein, EM et al. Thyroid hormone therapy for postoperative nonthyroidal diseases: a systematic review and synthesis. J. Clin. Endocrinol. Metab. 2010, 95:4526-4534)。さらに、L-トリヨードチロニン溶液の製品特性概要(Summary of Product Characteristics、SmPC)には、T3は心血管障害又は狭心症の患者には禁忌であり、冠状動脈性心臓病の患者には極めて慎重に使用することができると記載されていることに留意する必要がある(www.medicines.org.uk/emc/product/2805/smpc#gref)。
【0018】
なお、指標となる事象発生後の高用量THの早期投与(急性治療)の潜在的な効果は、分離されたラット心臓標本を使用した虚血再灌流の実験モデルですでに研究されている。したがって、再灌流後に高用量で投与されたT3は、アポトーシスを抑制しながら虚血後の機能回復を改善する[Pantos C, et al. Thyroid hormone improves postischaemic recovery of function while limiting apoptosis: a new therapeutic approach to support hemodynamics in the setting of ischaemia-reperfusion? Basic Res. Cardiol. (2009) 104, 69-77; doi:10.1007/s00395-008-0758-4]。この研究では、30分間のゼロフロー灌流(急性虚血をシミュレート)及びT3(40μg/L)の有無による60分間の再灌流のランゲンドルフ灌流ラット心臓モデルにおける再灌流損傷に対するT3の影響を調査した。さらに、細胞内キナーゼのリン酸化レベルを、5、15、及び60分の再灌流の時間間隔で測定した。T3が心機能の虚血後の回復を著しく改善すると同時に、再灌流の最初の数分間の急性p38 MAPK活性化が大幅に低下したことが示された。特に、phospho-p38 MAPKレベルは、対応する対照ラットと比較して、5分後にT3処置ラットにおいて2.3倍低く、15分後に2.1倍低くP<0.05であることが見出された。これは、虚血再灌流の臨床環境における血行動態をサポートするのに適した抗アポトーシス作用を有する正の強心薬のパラダイムを構成し得る。
【0019】
さらに、文献WO2020/144073は、一次経皮的冠動脈インターベンション(Primary Percutaneous Coronary Intervention、PPCI)を受けている前方又は前側方のST上昇型心筋梗塞(STEMI)の患者において、再灌流直後に開始して48時間継続した静脈内高用量T3治療の効果を報告している。この研究では、左心室(LV)の容積と形状の変化を評価することにより、梗塞サイズと心臓リモデリングに対するT3治療の潜在的な影響も探査する。
【0020】
驚くべきことに、我々は、T3を大量に投与することで、甲状腺置換療法を考慮した上で、腎臓、肝臓、心臓、肺、脳、消化管、造血器、凝固系などを含むさまざまな臓器の微小血管機能障害によって引き起こされる組織低酸素症を抑制し、乳酸値を低下させることを見出した。これは、酸素消費量の増加により、甲状腺ホルモンが低酸素症に有害であるという一般的な考えとは対照的である。
【0021】
本発明では、我々は、甲状腺ホルモンの活性型であるL-トリヨードチロニン(T3)が、高用量において、重要な臓器及び系(特に心血管系、免疫系、凝固系に関する)の様々な重大な病態で、特にコロナウイルス感染によって引き起こされた場合に、発生する微小血管機能障害に関連する組織低酸素症を治療できることを示す強力かつ前例のない証拠を提供する。
【0022】
参照により本明細書に組み込まれる、優先権文書GR20200100200は、コロナウイルスの重症患者への高用量T3の投与が、低酸素組織の損傷を軽減し、患者の重要臓器の正常な機能を維持するための効果的な治療法であることを示している。
【0023】
参照により本明細書に組み込まれる優先権文書GR20200100695は、L-トリヨードチロニンを含む医薬組成物の高用量の投与が、敗血症、コロナウイルス感染症、癌、重傷、又は重要臓器の移植による組織低酸素症及び微小血管機能障害を有する患者における一臓器又は多臓器不全の治療に有益であることを示している。
【0024】
参照により本明細書に組み込まれる優先権文書GR20210100216は、L-トリヨードチロニンを含む医薬組成物の高用量の投与が、特に長期にわたる低酸素症及び敗血症による微小血管機能障害による炎症反応及び心血管不全の治療に有効であることを示している。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症患者における1つ又は複数の重要器官の機能障害を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物に関し、これは、合計して体重1Kg当たり5μg~体重1Kg当たり9μg、好ましくは、体重1Kg当たり6μg~体重1Kg当たり8μg、最も好ましくは体重1Kg当たり7μgを、24~72時間の初期期間、好ましくは48時間投与される。
【0026】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、1つ又は複数の臓器の癌を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0027】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、開放性損傷の又は内部損傷を負った患者の1つ又は複数の重要臓器の機能障害を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0028】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、心臓及び/又は他の臓器移植後の患者の1つ又は複数の重要臓器の機能障害を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0029】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症による微小血管機能障害及び組織低酸素症を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0030】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる腎不全を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0031】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる肝不全を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0032】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる脳損傷を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0033】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる造血系不全を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0034】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる胃腸障害を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0035】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる呼吸器系障害を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0036】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、微小血管機能障害による組織低酸素症によって引き起こされる心不全を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0037】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、移植や心臓手術のようにストレスにさらされた心臓の微小血管機能障害による組織低酸素症の治療に有効である、という驚くべき観察に基づくものである。
【0038】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、生体外での長期的な心臓や他の臓器の灌流によって引き起こされる微小血管機能障害や組織低酸素症を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。これにより、体外臓器の長期保存が可能になり、移植中の重大な組織損傷を防ぎ、さらに、そうでなければ移植に適さないかもしれない心臓移植の蘇生を可能にする。このことは、移植の全体的な利用可能性にも有益である。
【0039】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、これは、心臓手術中の患者だけでなく、連続温灌流装置での心臓移植の体外長期維持にも有益であり、それにより、微小血管機能障害や心筋組織の低酸素症を回避することができる、という驚くべき観察に基づくものである。
【0040】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症及び/又はコロナウイルス感染症の重症患者における炎症反応及び多臓器不全を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0041】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症及び/又はコロナウイルス感染症の重症患者における左右の心室機能の悪化を効果的に治療する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0042】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症及び/又はコロナウイルス感染症の重症患者における右心室収縮機能を改善する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0043】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、コロナウイルス感染による単一又は多臓器不全と診断された重症患者において、心肺機能補助からの離脱を容易にする、という驚くべき観察に基づくものである。離脱の成功とは、抜管後の換気補助(機械的補助)又は体外式膜酸素化(ECMO)による補助を48時間必要としないことと定義される。
【0044】
本発明はさらに、コロナウイルス病と診断された患者へのT3の高用量レジメンの投与と、クロロキン及び/又はコルヒチン及び/又はレムデシビル及び/又はラリメチニブ及び/又はロスマピモドの中から選択される他の活性剤を含む並行治療との組み合わせに関するものである。
【0045】
これまでのところ、長期にわたる継続的な低酸素状態、すなわち30分以上、好ましくは3時間以上から数日間、例えば、離脱が成功するか、又は経過観察の終了まで、最大で30日間の期間の単一臓器又は多臓器の損傷の治療を示唆する先行技術はない。
【0046】
さらに、コロナウイルス感染によって引き起こされた単一又は多臓器不全を患っている集中治療室の患者に対する高用量T3治療を示唆する先行技術の考え方は一つもない。
【0047】
同様に、先行技術には、COVID-19によって引き起こされた単一又は多臓器不全を患っている集中治療室の患者の高用量T3治療を示唆する文献はない。
【0048】
予想外に、コロナウイルス感染症の重症患者への高用量のT3投与は、低酸素組織損傷を軽減し、臓器の機能を維持する効果的な治療法であることが判明した。
【0049】
全体として、本発明は、長期にわたる低酸素臓器灌流条件下での高用量でのT3投与が臓器機能を維持するという驚くべき知見に関する。
【0050】
本発明の別の目的は、コロナウイルス感染症の重症患者における過度の炎症を軽減する高用量のL-トリヨードチロニン治療である。
【0051】
本発明の別の目的は、コロナウイルス感染の重症患者におけるウイルスの侵入及び複製によるウイルス誘発性組織損傷を減少させる高用量のL-トリヨードチロニン治療である。
【0052】
本発明の一つの目的は、コロナウイルス感染症の重症患者における心肺機能の補助からのより早期の離脱を促進するための高用量のL-トリヨードチロニン治療である。
【0053】
本発明の一つの目的は、コロナウイルス感染症の重症患者において、L-トリヨードチロニンの高用量投与により死亡率を低下させることである。
【0054】
本発明は、特に、コロナウイルスに起因し、機械的呼吸補助又は体外式膜酸素投与(ECMO)を必要とする重症患者に投与されるL-トリヨードチロニンを含む薬剤に関する。
【0055】
例えば、具体的な実施形態は心臓であり、高用量のT3投与が拡張期及び微小血管の機能障害を予防し、収縮力を向上させる。さらに、これらの効果は、抗アポトーシス作用と損傷から組織を保護することに関連する長期間のp38 MAPK活性化の阻害に関連している。
【発明を実施するための形態】
【0056】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症及び/又はコロナウイルス感染の重症患者の右心室収縮機能を改善し、三尖弁輪の収縮期変動(Tricuspid Annular Plane Systolic Excursion、TAPSE)のパラメータが、好ましくは16mmから30mmの間、より好ましくは20mmから25mmの間となるようにする、という驚くべき観察に基づくものである。TAPSEは、三尖弁環状面からの心エコー図によって容易に測定され、縦軸に沿って右心室機能を評価する。TAPSEは右心室の一般的な機能とよく相関する(Rudski LG et al. Guidelines for the echocardiographic assessment of the right heart in adults: a report from the American Society of Echocardiography endorsed by the European Association of Echocardiography, a registered branch of the European Society of Cardiology, and the Canadian Society of Echocardiography. J. Am. Soc. Echocardiogr. 2010, 23: 685-713)。
【0057】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症及び/又はコロナウイルス感染の重症患者の右心室収縮機能を改善し、中心静脈圧の値が、好ましくは1から10mmHgの間、最も好ましくは3.7から7.4mmHgの間で測定されるようにする、という驚くべき観察に基づくものである。中心静脈圧は心臓の右心房の圧力を反映しており、敗血症患者における体液の状態と組み合わせて右心室機能の有効な指標と考えられている(Reems, M.M. et al. Central venous pressure: principles, measurement, and interpretation. Compend. Contin. Educ. Vet. 2012, 34(1):E1)。
【0058】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、敗血症及び/又はコロナウイルス感染の重症患者において、炎症及び凝固系障害を改善し、国際血液学標準化委員会によって記述された基準法(ICSH recommendations for measurement of erythrocyte sedimentation rate. J. Clin. Pathol. 1993, 46 (3): 198-203)で算出される、赤血球沈降速度が48時間の期間で50%減少し、最初の1時間以内に好ましくは30mm未満と測定されるようにする、という驚くべき観察に基づくものである。赤血球沈降速度は、赤血球が重力によって細長いバイアルの底に沈む速度を測定する簡単な血液検査である。これは、赤血球が1時間以内に移動した距離(mmで)を測定することによって計算される。これは炎症の一般的な指標であり、凝固系の障害によって直接影響を受ける(Harisson, M. Erythrocyte sedimentation rate and C-reactive protein. Aust. Prescr. 2015, 38 (3): 93-4)。
【0059】
赤血球沈降速度の低下は、微小循環の機能にも関連している。微小血管内の血流は、流速が遅いため、粘性せん断力に依存する。したがって、赤血球間の引力(赤血球沈降速度で表される)が微小血管の流れによって生じるせん断力よりも大きい場合、組織の灌流自体を維持できず、毛細血管の損失につながる。したがって、赤血球沈降速度増加の減少は、血液粘度の改善と微小血管の流れの改善を示す(Cho YI, et al. Hemorheology and microvascular disorders. Korean Circ J. 2011 Jun;41(6):287-95.)。
【0060】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、コロナウイルス感染症の重症患者において、血管内凝固障害及び血栓症を診断する指標となるd-ダイマーレベルを上昇させず、低下させる、という驚くべき観察に基づくものである。
【0061】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、組織低酸素症及び敗血症の重症患者の死亡率を低下させる、という驚くべき観察に基づくものである。
【0062】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、組織低酸素症及び敗血症の重症患者において心肺機能の補助からのより迅速な離脱を促進する。
【0063】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、組織低酸素症及び敗血症による重症患者の集中治療室からの早期退室を促進する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0064】
本発明は、本発明で考慮される投薬レジメン(甲状腺置換療法のいかなる考慮よりも高用量のT3)の投与が、組織低酸素症及び敗血症による重症患者の早期退院を促進する、という驚くべき観察に基づくものである。
【0065】
本発明は、敗血症、コロナウイルス感染症、癌、重度の外傷、及び/又は心臓及び/又は他の臓器移植の患者における、長期にわたる組織低酸素症と微小血管機能障害による、炎症反応及び一臓器又は多臓器不全(腎臓、肝臓、脳、肺、心臓、胃腸系、造血系、及び/又は凝固系を含む)の治療に使用するための、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む組成物に関する。
【0066】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、一般的に使用される投与経路のいずれかに従って投与され、例えば、経口、非経口、筋肉内、静脈内、直腸、吸入により投与され、最も好ましくは静脈内に投与されるものに関する。
【0067】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、即時投与用の注射可能な溶液として、又は、使用直前に再構成するための凍結乾燥粉末として処方されるものに関する。
【0068】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、2~20μgT3/mL、好ましくは5~15μgT3/mL、より好ましくは7~12μgT3/mL、最も好ましくは10μgT3/mLの範囲の濃度の溶液として静脈内投与されるものに関する。
【0069】
より好ましい実施形態では、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物は、総容量15mL中に150μgのT3が含まれるバイアル内の10μg/mLの注射用T3溶液の形態である。
【0070】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、活性物質と、糖、pH調整剤及び溶媒の中で薬学的に許容される賦形剤とを含むものに関する。
【0071】
より好ましい実施形態では、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物は、リオチロニンナトリウム、デキストラン、水酸化ナトリウム1N溶液及び注射用水を含む。
【0072】
より好ましい実施形態では、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物は、使用直前に注射用水又は0.9%塩化ナトリウム溶液で再構成するための凍結乾燥粉末の形態である。
【0073】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、甲状腺機能が十分でない患者(例えば、甲状腺機能低下症又は粘液水腫の患者)の通常の治療よりもはるかに高い用量で投与されるものに関する。
【0074】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、合計して体重1Kg当たり5μg~体重1Kg当たり9μg、好ましくは、体重1Kg当たり6μg~体重1Kg当たり8μg、最も好ましくは体重1Kg当たり7μgを、24から72時間、最適には48時間投与されるものに関する。理論にとらわれることなく、24時間の時間がこの治療の有益な効果を達成するための最小時間枠と考えられるが、72時間を超える時間は追加の有益な効果を提供しない。
【0075】
本発明によれば、体重60~80Kgの被験者は、合計で420μgから560μgのT3を静脈内投与されることができる。
【0076】
より好ましい実施形態では、体重75Kgの被験者は、合計で375μgから675μgのT3、好ましくは合計で450μgから600μgのT3、最も好ましくは合計で525μgのT3を静脈内投与される。
【0077】
本発明によれば、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物は、0.08から0.20μg/kg/h、好ましくは0.12から0.16μg/kg/h、最も好ましくは0.14μg/kg/hの速度で、48時間持続注入により被験者に投与される。
【0078】
本発明によれば、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物は、被験者に、0.6μg/kgから1.0μg/kg体重の範囲、好ましくは0.8μg/kg体重の初期ボーラスとして、その後、0.1から0.2μg/kg/h、好ましくは0.1から0.12μg/kg/h、最も好ましくは0.112μg/kg/hのレートで持続注入して48時間投与される。
【0079】
本発明によれば、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物は、迅速な作用発現と治療効果を得るために、最初から持続注入としてよりも、好ましくは、初期のボーラスとそれに続く持続注入として被験者に投与される。T3値を適時に高くすることができないと、この医薬組成物の好ましい効果が相殺されることがある。
【0080】
本発明は、特に、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、微小血管機能障害による組織低酸素症の治療に使用するための、短期低酸素症だけでなく、長期低酸素症、すなわち、少なくとも30分、又は少なくとも3時間、又は少なくとも4、6、12、18若しくは24時間の低酸素症の治療に使用するものに関する。
【実施例
【0081】
本発明は、以下の例示的で非限定的な実施例によってさらに説明される。
【0082】
[実施例1] T3と長期にわたる低酸素症による損傷の防止
単離されたラットの心臓モデルを、生体内での組織低酸素症の非虚血状態をシミュレートするために使用した。この試験では、ラットの心臓を、正常体温下で電解質とグルコースを含む酸素化されたクレブス緩衝液のみで灌流したのみである。正常な灌流にもかかわらず、この臓器は、低酸素状態を作り出す赤血球とヘモグロビンが存在しないため、数時間かけて徐々に重大な機能障害を引き起こす。このように、4時間の低酸素灌流を長時間続けると、正常な心臓(対照群)は徐々に拡張機能障害を起こし、左心室拡張末期圧(LVEDP)は20mmHg以上に大幅に上回った(図1)。このようなLVEDPの増加は、生体内では肺水腫を引き起こす可能性があることに留意する必要がある。さらに、対照の心臓では左心室発生圧(LVDP)が25%低下していることから明らかなように、収縮力が低下していた(図2)。
【0083】
興味深いことに、低酸素灌流の最初の30分後に高用量(40μg/L)のL-トリヨードチロニン(T3群)で治療すると、拡張機能障害が軽減され、LVEDPが正常値に維持され、4時間後に収縮力が改善された。さらに、低酸素灌流は、心臓の微小血管機能障害を引き起こし、これは、対照心臓における時間の経過に伴う冠血管の灌流圧の著しい増加としてモニターされた(図3)。しかし、トリヨードチロニンを投与すると、微小血管の機能障害が著しく抑制され、4時間後の灌流圧が低下した(図3)。最も重要なことは、細胞内キナーゼシグナル伝達活性化の分子分析により、プロアポトーシスp38 MAPKが4時間の長時間低酸素灌流後に著しく活性化され、T3投与によりこの活性化が3倍、p<0.05で防止されたことが明らかになった(図4)。
【0084】
特定のp38 MAPK阻害剤が存在し、他の適応症については試験されているが、長期の低酸素性組織傷害については試験されていない。ラリメチニブは、p38 MAPKの選択的な低分子阻害剤である。前臨床試験では、異種移植モデルにおける抗腫瘍活性が、単剤(非小細胞肺、多発性骨髄腫、乳房、神経膠芽腫、及び卵巣)として、及び他の化学療法剤との併用で、実証されている。[Vergote, I., et al., A randomized, double-blind, placebo-controlled phase 1b/2 study of ralimetinib, a p38 MAPK inhibitor, plus gemcitabine and carboplatin versus gemcitabine and carboplatin for women with recurrent platinum-sensitive ovarian cancer, Gynecologic Oncology, https://doi.org/10.1016/j.ygyno.2019.11.006]。ロスマピモドは、マクロファージ、心筋、及び内皮細胞におけるp38 MAPKのもう1つの阻害剤候補であり、非ST上昇型心筋梗塞患者の心筋保護作用を示した[l. K. Newby et al. Losmapimod, a novel p38 mitogen-activated protein kinase inhibitor, in non-ST-segment elevation myocardial infarction: a randomised phase 2 trial, Lancet (2014) 384, 1187-95]。
【0085】
以上の結果は、図1図4を参照すると、よりよく理解できる。
【0086】
[実施例2] L-トリヨードチロニンと心筋、腎臓、肝臓で発生する敗血症における組織低酸素症
【0087】
心筋、腎臓、及び肝臓で発生する微小血管機能障害による組織低酸素症の治療における高用量のT3投与の効果を、10~12週齢の雄C57BL/6Nマウスを使用した敗血症実験モデルで評価する。動物実験は、施行されているすべての必要な規制に従って実施された。
【0088】
組織低酸素症及び微小血管機能障害につながる敗血症時の臨床状態のシミュレーションは、最も広く使用されている盲腸結紮及び穿刺(CLP)の臨床モデルに従って実現される。この実験モデルでは、セボフルラン麻酔下で回盲弁の遠位部(盲腸の全長の25%)を結紮し、単一の21G穿刺による穿孔が行われ、糞便内容物の腹膜への漏出を引き起こし、その後の多菌性菌血症と敗血症を引き起こす。盲腸の穿孔は、腹腔内への糞便物質の放出を可能にし、多菌感染によって誘発される悪化した免疫応答を生成する。このモデルでは、敗血症は炎症反応の全身活性化、微小血管機能障害、組織低酸素症、多臓器不全、及び血行動態障害を引き起こし、臨床診療と同様に死に至る。
【0089】
これらの動物は、集中治療室(ICU)の敗血症患者の場合と同様に、8時間ごとの皮下輸液投与、及びブプレノルフィン0.1mg/kg及びパラセタモール300mg/kgの投与によってサポートされている。すべての動物は、リポ多糖(LPS)スコアシートとして知られる修正スコアスケールに基づいて臨床状態を注意深くモニターされる。
【0090】
動物を2群に分ける:第1群はプラセボを投与し(プラセボ群)、第2群は手術直後に0.3μgT3/g体重の用量を腹腔内投与する(T3群)。実験動物からの用量をヒトにおける同等の用量に換算するためのガイドラインに基づき(Nair, AB and Jacob S. A simple practice guide for dose conversion between animals and humans. J Basic Clin Pharma 2016, 7: 27-31)、0.3μgT3/g体重の用量は、7μgT3/Kg体重の静脈内投与にほぼ対応し、すなわち60-80Kgの患者の場合400から600μgT3に対応する。この用量は非常に高く、甲状腺機能低下症患者のT3治療を超えている。この試験は2つの別々の実験で行われる。最初の実験プロトコルでは、動物の臨床状態と72時間後の死亡率を調べ、2番目の実験プロトコルでは、18時間の安楽死後の細胞レベルでの組織低酸素症を調べる。
【0091】
まず、敗血症患者の臨床診療でも一般的に使用される低酸素症の一般的な指標として、血液サンプル中の乳酸値を測定する(Sigma-AldrichのL-乳酸アッセイキット、MAK329を使用)。さらに、腎機能の指標として血液中のクレアチニン値を測定する(マウスクレアチニンキットCat.80350、Crystal Chemを使用)。最後に、拡張末期及び収縮末期の容積、駆出率、及びシンプソン則に従って脈容量を評価するために、心エコー分析が行われる。セボフルラン(0.8%)による軽度の麻酔の後、動物を加熱したブランケットに置いた後、心エコー分析を実施した。その後、14.0MHzプローブ(i13L)を装着したVivid7バージョンPro超音波システム(GEヘルスケア、ウィスコンシン州ウォーワトサ)を使用して、胸骨縦軸及び横軸に沿って心エコー画像を撮影した。
【0092】
細胞レベルでの組織低酸素症は、Hypoxyprobe(登録商標)Plus キットを使用したピモニダゾール投与の標準的な方法に基づいて、4%パラホルムアルデヒド中の凍結固定組織で測定される。ピモニダゾールを溶解し、安楽死の2時間前に60mg/kgの用量でマウスに静脈内投与する。パラホルムアルデヒドの心腔内注入後、臓器を固定、除去し、30%ショ糖溶液で5日間脱水する。その後、臓器をクライオスタットに入れられたOCT(最適切断温度化合物)に浸し、厚さ20μmの切片に切断する。ピモニダゾールは細胞内に拡散し、低酸素細胞(pO<10mmHg)で還元的に活性化され、タンパク質、ペプチド、アミノ酸のスルフヒドリル基と安定した複合体を形成する。その後、これらの複合体は、特定の抗体と特徴的な茶色を呈する色素DAB(3,3D-ジアミノベンジジン)を使用した免疫組織化学法によって検出される。画像を顕微鏡(Zeiss Axiovert)で撮影し、ImageJソフトウェアを使用して自動画像解析を実行し、低酸素領域を定量化した。
【0093】
敗血症は、プラセボ群の動物の臨床状態を著しく悪化させる。死亡率の増加は、特に最初の24時間後に観察され、最大72時間までにすべての動物が死亡する。しかしながら、T3群では、72時間で最大20%の動物が生存し、死亡率の点で著しい改善が見られる(図5)。
【0094】
敗血症はさらに、18時間と24時間の両方でプラセボ群の血中乳酸値を上昇させる。乳酸は嫌気性代謝の既知の産物であり、そのため、低酸素症の重要な一般的指標と考えられている。予想に反して、T3投与により、18時間と24時間の両方で乳酸値が低下した(図6)。
【0095】
心エコー検査で示されるように、正常な心機能にもかかわらず、乳酸値の上昇が観察されることに言及することが重要である。駆出率、脈容量、心拍数は正常範囲内にあり、試験した2群間に著しい差はなく、大循環レベルでの心拍出量と灌流の両方が正常であることを示している(図7)。
【0096】
心筋組織の低酸素症の試験では、敗血症のプラセボ群では、陽性である組織が左心室の全組織の平均4%±0.5に達したのに対し、T3の投与により、組織低酸素症が最大1.5%±0.5、p=0.028まで統計的に有意に減少した(図8)。
【0097】
腎組織の低酸素症に関しては、敗血症のわずか18時間後に、プラセボ群の組織低酸素症(特に腎尿細管の領域(外髄質の外側の縞-OSOM、及び外髄質の内側の縞-ISOM)において)が著しく増加し、皮質では減少しているのに対し、T3投与はこれらの領域(OSOM及びISOM)の組織低酸素症を大幅に減少させることができることが観察された(図9)。
【0098】
また、血清クレアチニンの増加を観察するためには、腎臓の50%以上の損傷が必要であるため、18時間後のクレアチニン値はどの群でも増加しなかった(図10)。
【0099】
肝臓組織の低酸素症の試験に関して、予期しない結果が観察されている。具体的には、敗血症の18時間後に、主に肝静脈領域の周囲に選択的に位置するプラセボ群で組織低酸素症が有意に増加しているのに対し、本発明によるT3投与は肝低酸素症の統計的に有意な減少をもたらした(図11)。
【0100】
上記の結果は、高用量のT3治療が、心拍出量が損なわれる前の実験的敗血症の初期(18時間以内)に発生する、心臓、肝臓、及び腎臓サンプルの組織低酸素症を防ぐことができることを示している。組織のpO<10mmHgを検出するためにピモニダゾール染色が使用された。このレベルを下回る酸素は、病的血管新生を促進し、免疫応答を変化させ、敗血症による損傷の進行を決定する低酸素誘導因子(HIF1α)依存性調節機構の活性化をもたらす。したがって、T3治療は、組織内の正常な酸素レベルの回復を介してHIF1α依存経路を調節する可能性がある。T3治療は、おそらく組織低酸素症と微小血管機能障害の予防により、循環乳酸値を大幅に低下させることも示された。ただし、細胞代謝に対するT3の好ましい作用も、この効果の原因となる可能性がある。T3は、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ活性(PDH)に対する作用を介して、解糖とグルコース酸化の結合を改善し、H生成を減少させることができる。PDHは敗血症時に抑制されることがわかっている(Nuzzo E, et al. Pyruvate dehydrogenase levels are low in sepsis. Crit Care 2015, 19:P33.)。
【0101】
以上の結果は、図5~11を参照すると、よりよく理解できる。
【0102】
[実施例3] COVID-19感染の重症患者における高用量L-トリヨードチロニン投与の効果
【0103】
この試験(ThySupport, EudraCT: 2020-001623-13)は、COVID-19感染症により集中治療室(ICU)に入院した重症患者の治療に対するT3静注の効果検討を目的とした、第II相、並行群、前向き、無作為化、二重盲検プラセボ対照試験である。
【0104】
特に、COVID-19による肺感染症と診断され、機械的呼吸補助又はECMOを必要とするICU患者を指す。実施例3は、この試験の最初の結果に関するものである。
【0105】
治療は気管内挿管直後から比較的高用量で開始される。この単回用量(ボーラス)は、0.6μg/kg体重から1.0μg/kg体重の範囲であり、最も好ましくは0.8μg/kg体重である。したがって、患者は、1mLあたり10μgのL-トリヨードチロニンを含む4.0~8.0mLのT3溶液を2~3分間にわたって投与されることができる。この投与量(ボーラス)は静脈内投与が可能である。
【0106】
続いて、ボーラス投与後、患者は24~72時間、好ましくは48時間持続注入を受ける。典型的には、患者はT3を0.1から0.2μg/kg/h、好ましくは0.10から0.12μg/kg/h、最も好ましくは0.112μg/kg/hの速度で、持続注入下で48時間投与される。
【0107】
最初の持続注入の後、必要に応じて、患者は、機械的支持体からの切断が成功するまで、又は終了モニタリングまで、最大30日間、0.025から0.08μg/kg/h、好ましくは0.056μg/kg/hの範囲のT3の第2の持続注入を受けることができる。
【0108】
血中のT3値は、図12に示すように、投薬レジメンと薬物動態データに基づいて予想されるように増加した。
【0109】
しかしながら、本発明に従って投与される高用量のT3値は、例えば、高用量T3投与後最初の48時間は変化しないままであるd-ダイマーのレベルによって示されるように、患者に悪影響を引き起こさない(図13)。D-ダイマーは凝固系の活性化の指標であり、敗血症患者の炎症反応に関連している。
【0110】
高用量T3投与の心臓への効果
【0111】
高用量のT3投与は、有意な頻脈、心房細動、又は心室性不整脈を誘発しなかった(図14)。高濃度の甲状腺ホルモンは、心房細動などのある種の不整脈を引き起こすだけでなく、心拍数の増加にも関連している。しかしながら、ThySupport試験の予備結果は、重度のCOVID-19患者におけるそのような影響を支持していない。
【0112】
高用量T3投与は、トロポニン値によって評価される心筋損傷の増加を伴わなかった。COVID-19患者への高用量T3の投与は、プラセボを投与された患者と比較してトロポニンを減少させる傾向がある(図15)。最近の研究に基づくと、心筋損傷はCOVID-19患者の死亡率を増加させるため、敗血症に対するT3の心臓保護効果は、これらの患者の転帰に関して重要な治療的価値を持つ重要な発見であると思われる。
【0113】
高用量のT3投与は、トロポニン値の改善、及び左心室駆出率によって評価される左心室の機能の維持に関連している(図16)。これらの患者の左心室機能は、安定した血行動態を維持するために重要である。
【0114】
高用量のT3投与は、右心室(RV)機能の悪化を引き起こさず、予想外にRV機能を改善した(図17)。肺への血流を維持するRVは、肺実質で発生する組織変化により、敗血症とCOVID-19感染の影響を受け、RVが遭遇する抵抗が増加する。さらに、挿管中の機械換気は、肺血管の抵抗をさらに増加させ、右心室の機能を損なう可能性がある。敗血症で生じるこれらの状況は、低酸素症による負荷の増加にRVが対応できないことに関連した右心室機能障害を引き起こす可能性がある(右心室-動脈解離)。
【0115】
これらのデータによると、右心室負荷の指標である収縮期肺圧(PASP)は、2つの群間で類似していることがわかった一方、三尖弁輪の収縮期変動(TAPSE)の測定により評価した右心室の強心状態は、T3投与後の患者において上昇傾向を示している。さらに、これらの患者は中心静脈圧が低いことを示す。敗血症の右心室機能に対するT3の効果は、右心不全が最初の28日間の高い死亡率と関連していることから、重要な発見である。
【0116】
高用量T3投与は、最初の24時間の中心静脈圧の増加を伴わず、減少する傾向も示した。(図18)。この知見は、T3群の患者における正常な右心室機能に直接関連している。
【0117】
高用量T3投与の腎機能への効果
【0118】
クレアチニンは腎機能の重要な指標である。COVID-19の重症患者におけるクレアチニンの増加は、敗血症による低酸素性腎障害の可能性を示しており、予後不良の指標である。臨床検査では、高用量のT3投与により、最初の24時間はクレアチニン値で示されるように正常な腎機能が維持されることが示されている(図19)。
【0119】
高用量T3投与の肝機能への効果
【0120】
アスパラギン酸アミノトランスアミナーゼ(AST)は、肝機能の重要な指標である。Covid-19の重症患者におけるASTの増加は、敗血症による低酸素性肝障害の可能性を示しており、予後不良の指標である。臨床検査では、最初の24時間のAST測定で示されるように、高用量のT3が患者の良好な肝機能を維持することが示されている(図20)。
【0121】
高用量T3投与の炎症反応に対する効果
【0122】
本発明による高用量のT3の投与は悪化させず、最初の48時間における赤血球沈降速度によって示されるように炎症反応を予想外に改善した(図21)。
【0123】
赤血球沈降速度は、炎症と血液レオロジー異常の指標として、依然として有益なパラメータである。赤血球沈降速度は、免疫活性化、血漿粘度の変化、赤血球凝集の促進、微小血管の血流障害などを反映している。興味深いことに、赤血球沈降速度は、血管炎が主な病態生理学的基礎メカニズムの一つである、COVID-19の重症度と関連していることが示されている(Lapi
I, et al. Erythrocyte sedimentation rate is associated with severe coronavirus disease 2019 (COVID-19): a pooled analysis. Clin Chem Lab Med. 2020, 58(7):1146-1148)。赤血球沈降速度は、臨床において様々な疾患の薬物療法をモニターするために有用なパラメータである。ここで、人工呼吸器を付けたCOVID-19患者にT3を投与すると、赤血球沈降速度が急激に低下したことを示すデータを提供する。さらに、赤血球沈降速度の大きさは、循環血中T3値と強い相関があった(図22)。赤血球沈降速度を急激に低下させるT3投与の可能性は、これまでに報告されていない。これは、炎症と血液レオロジー異常に対するT3の新しい作用を反映している可能性がある。後者は、組織低酸素症に関して生理学的に関連している可能性がある。
【0124】
以上の結果は、図12~22を参照すると、よりよく理解できる。
【0125】
本発明によれば、挿管されたCOVID-19患者への高用量のT3の投与は安全であり、不整脈、肺塞栓症などの深刻な副作用はない。
【0126】
本発明によれば、COVID-19による敗血症患者への高用量のT3の投与は、心筋損傷及び右心室機能を改善すると同時に、炎症反応の減少をもたらす。
【0127】
[実施例4]
医師は、被験者の体重に応じたT3投与の投与スケジュールの例を示す以下の説明と表を参考にすることができる。
【0128】
【表1】
【0129】
より具体的な例として、医師は以下を考慮することができる。
【0130】
体重77Kgの患者には、6mL(60μg)の用量が、呼吸補助開始の60分以内に2~3分にわたって静脈内にボーラスとして投与される。その後、患者は、次の24時間のために21mLの製品(T3の合計210μg)の投与を受け、NaCl0.9%で希釈し、合計48時間、10.4mL/hの定流量でポンプにより投与される。3日目以降、離脱が成功するか、経過観察が終了するまで、患者は、この用量の50%である10.5mL(T3の合計105μg)の投与を受け、NaCl0.9%で希釈し、5.2mL/時の定流量でポンプにより投与される。
【0131】
この研究におけるトリヨードチロニンは、1バイアルあたり15mLの総量で150μgのL-トリヨードチロニンを含む10μg/mLの注射用T3溶液の形で使用される。
この薬剤は、活性物質リオチロニンナトリウムと、デキストラン70、NaOH1N及び注射用水を含む他の成分とを含む溶液である。リオチロニンナトリウムはインビトロで合成される。この薬剤は、凍結乾燥された状態で供給され、使用直前に注射用水又は生理食塩水で再構成することもできる。
【0132】
【表2】
【0133】
投与量は、呼吸補助の開始直後に開始する0.8μg/kgの静脈内ボーラスであり、続いて0.112μg/kg/hを48時間静脈内に注入する。3日目以降、離脱が成功するまで、又は経過観察が終了するまで、必要に応じて0.056μg/kg/hを静脈内投与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0134】
図1】通常心臓(対照)及びT3処理心臓(T3)における低酸素臓器灌流条件下での4時間にわたる左心室拡張末期圧(LVEDP)を示す。*対照に対してp<0.05
図2】通常心臓(対照)及びT3処理心臓(T3)における低酸素臓器灌流条件下での4時間にわたる左心室発生圧(LVDP)の低下を示す。*対照に対してp<0.05
図3】通常心臓(対照)及びT3処理心臓(T3)における低酸素臓器灌流条件下での4時間にわたる灌流圧を示す。*対照に対してp<0.05
図4】通常心臓(対照)及びT3処理心臓(T3)における低酸素臓器灌流条件下でのp38 MAPKの活性化を示す。*対照に対してp<0.05
図5】(a)体重の変化、(b)臨床状態の変化(LPSスケール)、及び、(c)プラセボ群及びT3群における敗血症後の動物の生存率、を示す。
図6】プラセボ群とT3群の、手術前(正常)の乳酸値と、敗血症の18時間後及び24時間後の乳酸値を示す。
図7】心エコー図分析によって示される、プラセボ群及びT3群における敗血症誘発の18時間後の(a)左心室駆出率及び(b)脈容量を示す。
図8】(a)ピモニダゾールで標識された組織低酸素症後の心筋組織を示す代表的な顕微鏡画像(茶色、強い画像)を示す。正常組織(対照-左)、ならびにプラセボ(中央)及びT3(右)を投与された実験動物からの組織を示す。(b)特殊なソフトウェアによる画像処理後の組織低酸素症の定量化を示す。
図9】(a)腎臓のさまざまな領域(皮質、OSOM、ISOM)において、ピモニダゾール(茶色、強いイメージング)で組織低酸素症を標識した後の腎臓組織を示す代表的な顕微鏡画像を示す。これは、正常な組織(対照-左)、ならびにプラセボ(中央)及びT3(右)を投与された実験動物の組織を示す。(b)特殊なソフトウェアによる画像処理後の組織低酸素症の定量化を示す図である。
図10】プラセボ群とT3群における手術前(正常)ならびに敗血症の18時間後及び24時間後の血清クレアチニン値を示す。
図11】(a)ピモニダゾールで組織低酸素症を標識した後の肝臓組織を示す代表的な顕微鏡画像(茶色、明るい画像)を示す。正常組織:対照-左、ならびに、プラセボ(中央)とT3(右)を受けた実験動物の組織。(b)特殊なソフトウェアによる画像処理後の組織低酸素症の定量化を示す。
図12】高用量T3投与後最初の48時間における各患者の血中T3値を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図13】高用量T3投与後最初の48時間における各患者のd-ダイマー値を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図14】高用量T3投与後最初の48時間における各患者の心拍数(1分あたりの脈拍数)を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図15】高用量T3投与後最初の48時間における各患者のトロポニンI値を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図16】高用量T3投与後最初の48時間における各患者の左心室駆出率を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図17】高用量T3投与後48時間での右心室収縮機能を示す。
図18】高用量T3投与後最初の24時間における各患者の中心静脈圧を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図19】高用量T3投与後の最初の24時間における各患者のクレアチニン値を示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図20】高用量T3投与後最初の24時間における各患者の肝酵素のレベルを示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図21】高用量T3投与後最初の48時間における各患者の赤血球沈降速度レベルを示す。(患者A3及びA4はT3が投与され、A1、A2及びA5はプラセボが投与された。)
図22】高用量T3を投与された患者とプラセボを投与された患者との間の赤血球沈降速度を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
【手続補正書】
【提出日】2022-02-16
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
敗血症、重傷、癌及び/又は体外臓器保護によって引き起こされた組織低酸素症及び微小血管機能障害の患者における、腎臓、肝臓、脳、心臓、胃腸系、造血系又は凝固系の治療を含む、炎症反応又は一臓器もしくは多臓器不全の治療に使用するための、L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩を含む医薬組成物であって、前記組成物は、体重1kg当たり5~9μgの範囲のL-トリヨードチロニンを、より好ましくは体重1kg当たり6~8μgのL-トリヨードチロニンを、最も好ましくは体重1kg当たり7μgのL-トリヨードチロニンを、投与されるものであることを特徴とする医薬組成物。
【請求項2】
少なくとも30分、又は少なくとも3時間、又は少なくとも4、6、12、18、又は24時間の敗血症による長期低酸素症の治療における、請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項3】
三尖弁輪の収縮期変動(TAPSE)が、16mmと30mmの間、好ましくは20mmと25mmの間である、右心室収縮機能の治療における、請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項4】
中心静脈圧の値が1から10mmHgの間、好ましくは3.7から7.4mmHgの間で測定される、右心室収縮機能の治療における、請求項又は請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項5】
赤血球沈降速度が48時間にわたって50%減少し、好ましくは最初の1時間以内に30mm未満で測定される、炎症反応及び凝固系機能障害の治療における、請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項6】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、注射用溶液として、又は再構成用の凍結乾燥粉末として処方される、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項7】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、2~20μg/mL、好ましくは5~15μg/mL、最も好ましくは10μg/mLの濃度の注射用溶液の形態である、請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項8】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、0.08から0.20μg/kg/h、好ましくは0.12から0.16μg/kg/h、最も好ましくは0.14μg/kg/hの速度で、48時間持続注入により投与される、請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項9】
L-トリヨードチロニン又はその薬学的に許容される塩は、0.6μg/kgから1.0μg/kg体重、より好ましくは0.7μg/kgから0.9μg/kg体重、最も好ましくは0.8μg/kg体重の初期ボーラスとして、その後、0.10から0.20μg/kg/h、好ましくは0.10から0.14μg/kg/h、最も好ましくは0.112μg/kg/hのレートで持続注入して24から72時間、好ましくは48時間投与される、請求項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項10】
75Kgの被験者は、合計で375μgから675μgのT3、好ましくは450μgから600μgのT3、最も好ましくは合計で525μgのT3を静脈内投与される、請求項から請求項のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項11】
薬学的に許容される賦形剤を含む、請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項12】
1つ又は複数のさらなる活性物質を含む、請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の使用のための医薬組成物。
【国際調査報告】