(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-09-22
(54)【発明の名称】L-グルタミン酸生産組換え微生物及びそれを用いたL-グルタミン酸製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20230914BHJP
C12P 13/14 20060101ALI20230914BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20230914BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P13/14 A
C12N15/31
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023514716
(86)(22)【出願日】2021-06-30
(85)【翻訳文提出日】2023-05-02
(86)【国際出願番号】 KR2021008262
(87)【国際公開番号】W WO2022055094
(87)【国際公開日】2022-03-17
(31)【優先権主張番号】10-2020-0115570
(32)【優先日】2020-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】508139664
【氏名又は名称】シージェイ チェイルジェダン コーポレーション
【氏名又は名称原語表記】CJ CHEILJEDANG CORPORATION
【住所又は居所原語表記】CJ Cheiljedang Center,330,Dongho-ro,Jung-gu,Seoul,Republic Of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】クォン,ナラ
(72)【発明者】
【氏名】ソン,キュヒョン
(72)【発明者】
【氏名】リ,チン ナム
(72)【発明者】
【氏名】ポン,ヒョン-チュ
(72)【発明者】
【氏名】ソ,チャン イル
(72)【発明者】
【氏名】リ,ア ルム
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AE19
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA10
4B065AA01Y
4B065AA24X
4B065AA24Y
4B065AA83Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA17
4B065CA41
4B065CA44
(57)【要約】
本出願は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産組換え微生物及びそれを用いたL-グルタミン酸生産方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む、L-グルタミン酸(L-glutamic acid)を生産するコリネバクテリウム属(the genus of Corynebacterium)組換え微生物。
【請求項2】
前記タンパク質は、シアノバクテリア(Cyanobacteria)由来のものである、請求項1に記載の組換え微生物。
【請求項3】
前記タンパク質は、配列番号1又はそれと90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の組換え微生物。
【請求項4】
前記コリネバクテリウム属微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)である、請求項1に記載の組換え微生物。
【請求項5】
前記組換え微生物は、OdhAタンパク質がさらに弱化されたものである、請求項1に記載の組換え微生物。
【請求項6】
SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産コリネバクテリウム属組換え微生物を培地で培養するステップを含むL-グルタミン酸製造方法。
【請求項7】
前記タンパク質は、シアノバクテリア由来のものである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記タンパク質は、配列番号1又はそれと90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、請求項6に記載の製造方法。
【請求項9】
前記コリネバクテリウム属組換え微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカムである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項10】
前記製造方法は、前記組換え微生物又は培地からL-グルタミン酸を回収するステップをさらに含む、請求項6に記載の製造方法。
【請求項11】
前記組換え微生物は、OdhAタンパク質がさらに弱化されたものである、請求項6に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産微生物及びそれを用いたL-グルタミン酸製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L-グルタミン酸(L-glutamic acid)は、発酵により生産される代表的なアミノ酸であり、特有の独特な味を有し、食品分野はもとより、医薬品分野、その他動物飼料分野などで広く用いられる重要なアミノ酸の一つである。L-グルタミン酸は、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、大腸菌(Escherichia coli)、枯草菌(Bacillus)、放線菌(Streptomyces)、ペニシリウム(Penicillium)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、エルウィニア(Erwinia)属、パントエア(Pantoea)属などの微生物を用いて生産する方法が知られている(特許文献1,2)。
【0003】
現在、L-グルタミン酸を高効率で生産する微生物及び発酵工程技術の開発のために様々な研究が行われている。例えば、コリネバクテリウム属微生物においてアミノ酸生合成に関与する酵素をコードする遺伝子の発現を増加させたり、アミノ酸生合成に不要な遺伝子を除去するなどの標的物質特異的なアプローチ方法がL-グルタミン酸生産収率の向上のために主に用いられている(特許文献3,4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第3220929号明細書
【特許文献2】米国特許第6682912号明細書
【特許文献3】米国特許第9109242号明細書
【特許文献4】米国特許第8030036号明細書
【特許文献5】米国特許第7662943号明細書
【特許文献6】米国特許第10584338号明細書
【特許文献7】米国特許第10273491号明細書
【特許文献8】韓国登録特許第10-0292299号公報
【特許文献9】韓国登録特許第10-0620092号公報
【特許文献10】国際公開第2006/0065095号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Sambrook et al.,Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 2nd Edition, Cold Spring Harbor Laboratory press, Cold Spring Harbor, New York, 1989
【非特許文献2】F.M. Ausubel et al.,Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, Inc., New York, 9.50-9.51, 11.7-11.8
【非特許文献3】Pearson et al (1988) [Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85]: 2444
【非特許文献4】Rice et al., 2000, Trends Genet. 16: 276-277
【非特許文献5】Needleman and Wunsch, 1970, J. Mol. Biol. 48: 443-453
【非特許文献6】Devereux, J., et al, Nucleic Acids Research 12: 387 (1984)
【非特許文献7】Atschul, [S.] [F.,] [ET AL, J MOLEC BIOL 215]: 403 (1990)
【非特許文献8】Guide to Huge Computers, Martin J. Bishop, [ED.,] Academic Press, San Diego,1994
【非特許文献9】[CARILLO ETA/.](1988) SIAM J Applied Math 48: 1073
【非特許文献10】Smith and Waterman, Adv. Appl. Math (1981) 2:482
【非特許文献11】Schwartz and Dayhoff, eds., Atlas Of Protein Sequence And Structure, National Biomedical Research Foundation, pp. 353-358 (1979)
【非特許文献12】Gribskov et al(1986) Nucl. Acids Res. 14: 6745
【非特許文献13】Sitnicka et al. Functional Analysis of Genes. Advances in Cell Biology. 2010, Vol. 2. 1-16
【非特許文献14】Sambrook et al. Molecular Cloning 2012
【非特許文献15】Nakashima N et al., Bacterial cellular engineering by genome editing and gene silencing. Int J Mol Sci. 2014;15(2):2773-2793
【非特許文献16】Weintraub, H. et al., Antisense-RNA as a molecular tool for genetic analysis, Reviews - Trends in Genetics, Vol. 1(1) 1986
【非特許文献17】"Manual of Methods for General Bacteriology" by the American Society for Bacteriology (Washington D.C., USA, 1981)
【非特許文献18】Gene, 145 (1994) 69-73
【非特許文献19】DG Gibson et al., NATURE METHODS, VOL.6 NO.5, MAY 2009, NEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mix
【非特許文献20】Appl Environ Microbiol. 2007 Feb;73(4):1308-19. Epub 2006 Dec 8.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、高濃度L-グルタミン酸を生産すべく鋭意努力した結果、外来タンパク質を導入することにより、L-グルタミン酸を高濃度で生産するコリネバクテリウム属微生物を開発し、本出願を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本出願は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む、L-グルタミン酸(L-glutamic acid)を生産するコリネバクテリウム属(the genus of Corynebacterium)組換え微生物を提供することを目的とする。
【0008】
また、本出願は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産コリネバクテリウム属組換え微生物を培地で培養するステップを含むL-グルタミン酸製造方法を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0009】
本出願のSbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産コリネバクテリウム属組換え微生物は、高収率でL-グルタミン酸を生産することができ、L-グルタミン酸の産業的生産に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、これらを具体的に説明する。なお、本出願で開示される各説明及び実施形態はそれぞれ他の説明及び実施形態にも適用される。すなわち、本出願で開示される様々な要素のあらゆる組み合わせが本出願に含まれる。また、以下の具体的な記述に本出願が限定されるものではない。さらに、当該技術分野における通常の知識を有する者であれば、通常の実験のみを用いて本出願に記載された本出願の特定の態様の多くの等価物を認識し、確認することができるであろう。さらに、その等価物も本出願に含まれることが意図されている。
【0012】
本出願の目的を達成するための本出願の一態様は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む、L-グルタミン酸を生産するコリネバクテリウム属組換え微生物を提供する。
【0013】
本出願における「SbtAタンパク質」とは、重炭酸塩トランスポーター(Bicarbonate transporter)の一つであり、膜不透過性の重炭酸塩であるHCO3
-の膜通過を促進し、炭酸ガス(CO2)の処理の加速化に寄与すると共に、二酸化炭素の捕獲及び効率的利用のために発現させるタンパク質の一つである。重炭酸塩トランスポーターとしては、SbtAタンパク質、BicAタンパク質などが挙げられ、それらは細胞内に重炭酸塩を輸送するので、その結果、細胞内に重炭酸塩が蓄積される。
【0014】
本出願において、前記SbtAタンパク質は、本出願の微生物とは異なる微生物由来のタンパク質であってもよく、本出願の微生物に内在的に存在するタンパク質とは異なるものであってもよい。
【0015】
本出願において、前記SbtAタンパク質は、シアノバクテリア(Cyanobacteria)由来のタンパク質であるが、これに限定されるものではない。具体的には、前記SbtAタンパク質は、シネコシスティス属(the genus of Synechocystis)微生物由来のタンパク質であってもよく、より具体的には、シネコシスティス属PCC6803(Synechocystis sp. PCC 6803)又はシネコシスティス属PCC6714(Synechocystis sp. PCC 6714)微生物由来のタンパク質であってもよい。
【0016】
本出願のSbtAタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むものであってもよい。配列番号1のアミノ酸配列は、公知のデータベースである米国国立衛生研究所の遺伝子バンク(NIH GenBank)から得られる。具体的には、本出願の配列番号1と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列は、本出願の配列番号1と91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、96.26%以上、97%以上、97.5%以上、97.7%以上、97.8%以上、98%以上、98.5%以上、98.7%以上、98.8%以上、99%以上、99.5%以上、99.7%以上、99.8%以上又はそれ以上、及び100%未満の相同性又は同一性を有するアミノ酸配列であってもよい。例えば、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上及び100%未満の相同性又は同一性を有するアミノ酸配列は、配列番号30のアミノ酸配列であってもよい。また、そのような相同性又は同一性を有し、前記SbtAタンパク質と同一もしくは相当する活性、又は重炭酸塩トランスポーター活性を示すアミノ酸配列であれば、一部の配列が欠失、改変、置換、保存的置換又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質も本出願のSbtAタンパク質に含まれることは言うまでもない。
【0017】
本出願のSbtAタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するものであってもよい。また、本出願のSbtAタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するものであってもよく、前記アミノ酸配列からなるものであってもよく、前記アミノ酸配列から必須に構成される(consisting essentially of)ものであってもよい。本出願のSbtAタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列の前後の無意味な配列追加(すなわち、アミノ酸配列のN末端及び/又はC末端にタンパク質の機能を変更しない配列の追加)、自然に発生し得る突然変異、その非表現突然変異(silent mutation)又は保存的置換を有するものを除外するものではない。
【0018】
本出願のSbtAタンパク質における前記「保存的置換(conservative substitution)」とは、あるアミノ酸が類似した構造的及び/又は化学的性質を有する他のアミノ酸に置換されることを意味する。このようなアミノ酸置換は、一般に残基の極性、電荷、溶解性、疎水性、親水性及び/又は両親媒性(amphipathic nature)における類似性に基づいて発生し得る。通常、保存的置換は、タンパク質又はポリペプチドの活性にほとんど又は全く影響を及ぼさない。
【0019】
本出願において、前記SbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、sbtA遺伝子であってもよい。また、SbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、シアノバクテリア由来のものであってもよい。具体的には、本出願のSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を含むものであってもよい。具体的には、本出願のSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、配列番号2の塩基配列、配列番号31の塩基配列、又はそれらと90%以上の同一性を有し、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を含むものであるが、これらに限定されるものではない。配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を含むポリヌクレオチドは、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するポリヌクレオチド、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列から必須に構成されるポリヌクレオチドであってもよい。
【0020】
本出願における「ポリヌクレオチド」とは、ヌクレオチド単量体(monomer)が共有結合により長く鎖状につながったヌクレオチドの重合体(polymer)であって、所定の長さより長いDNA鎖を意味する。
【0021】
本出願のポリヌクレオチドは、配列番号2の塩基配列、配列番号3の塩基配列、配列番号31の塩基配列、又はそれらと90%以上の同一性を有し、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を含むものであれば、前記塩基配列の一部が欠失、改変、置換、保存的置換又は付加されたポリヌクレオチドを含むものであっても、本出願に含まれることは言うまでもない。本出願のポリヌクレオチドにおける「保存的置換(conservative substitution)」とは、ある塩基が類似した構造的及び/又は化学的性質を有する他の塩基に置換されることを意味する。
【0022】
本出願のポリヌクレオチドは、コドンの縮退(degeneracy)により、又は前記ポリヌクレオチドを発現させようとする生物において好まれるコドンを考慮して、ポリヌクレオチド配列が変化しない範囲でコード領域に様々な改変を行うことができる。具体的には、本出願のポリヌクレオチドは、配列番号2の塩基配列を含むポリヌクレオチドであってもよい。
【0023】
また、本出願のポリヌクレオチドは、公知のsbtA遺伝子配列から調製されるプローブ、例えば前記塩基配列の全部又は一部に対する相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることにより、導入する微生物中に天然に存在する配列ではなく、L-グルタミン酸生産能を向上させることのできるポリヌクレオチド配列であればいかなるものでもよい。
【0024】
さらに、本出願のポリヌクレオチドは、公知の遺伝子配列から作製されるプローブ、例えば本出願のポリヌクレオチド配列の全部又は一部に対する相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズできる配列であればいかなるものでもよい。前記「ストリンジェントな条件(stringent condition)」とは、ポリヌクレオチド間の特異的ハイブリダイゼーションを可能にする条件を意味する。このような条件は、文献(非特許文献1、2参照)に具体的に記載されている。例えば、相同性又は同一性の高いポリヌクレオチド同士、70%以上、75%以上、76%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上の相同性又は同一性を有するポリヌクレオチド同士をハイブリダイズし、それより相同性又は同一性の低いポリヌクレオチド同士をハイブリダイズしない条件、又は通常のサザンハイブリダイゼーション(southern hybridization)の洗浄条件である60℃、1×SSC、0.1%SDS、具体的には60℃、0.1×SSC、0.1%SDS、より具体的には68℃、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度及び温度において、1回、具体的には2回~3回洗浄する条件が挙げられる。
【0025】
ハイブリダイゼーションは、たとえハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに応じて塩基間のミスマッチ(mismatch)が可能であっても、2つの核酸が相補的配列を有することが求められる。「相補的」とは、互いにハイブリダイゼーションが可能なヌクレオチド塩基間の関係を表すために用いられるものである。例えば、DNAにおいて、アデノシンはチミンに相補的であり、シトシンはグアニンに相補的である。よって、本出願のポリヌクレオチドには、実質的に類似する核酸配列だけでなく、全配列に相補的な単離された核酸断片が含まれてもよい。
【0026】
具体的には、本出願のポリヌクレオチドと相同性又は同一性を有するポリヌクレオチドは、55℃のTm値でハイブリダイゼーションステップが行われるハイブリダイゼーション条件と前述した条件を用いて検知することができる。また、前記Tm値は、60℃、63℃又は65℃であってもよいが、これらに限定されるものではなく、その目的に応じて当業者により適宜調節される。
【0027】
前記ポリヌクレオチドをハイブリダイズする適切なストリンジェンシーはポリヌクレオチドの長さ及び相補性の程度に依存し、変数は当該技術分野で公知である(例えば、非特許文献1)。
【0028】
本出願における「相同性(homology)」又は「同一性(identity)」とは、2つの与えられたアミノ酸配列又は塩基配列が類似する程度を意味し、百分率で表すことができる。相同性及び同一性は、しばしば互換的に用いられる。
【0029】
保存されている(conserved)ポリヌクレオチ
ド又はポリペプチドの配列相同性又は同一性は標準配列アルゴリズムにより決定され、用いられるプログラムにより確立されたデフォルトギャップペナルティが共に用いられてもよい。実質的には、相同性を有するか(homologous)又は同じ(identical)配列は、中程度又は高いストリンジェントな条件(stringent conditions)下において、一般に配列全部又は一部分とハイブリダイズする。ハイブリダイゼーションには、ポリヌクレオチドにおいて一般のコドン又はコドン縮退を考慮したコドンを有するポリヌクレオチドとのハイブリダイゼーションも含まれることは言うまでもない。
【0030】
任意の2つのポリヌクレオチド又はポリペプチド配列が相同性、類似性又は同一性を有するか否かは、例えば非特許文献3のようなデフォルトパラメーターと「FASTA」プログラムなどの公知のコンピュータアルゴリズムを用いて決定することができる。あるいは、EMBOSSパッケージのニードルマンプログラム(EMBOSS: The European Molecular Biology Open Software Suite, 非特許文献4)(バージョン5.0.0又はそれ以降のバージョン)で行われるように、ニードルマン=ウンシュ(Needleman-Wunsch)アルゴリズム(非特許文献5)を用いて決定することができる(GCGプログラムパッケージ(非特許文献6)、BLASTP、BLASTN、FASTA(非特許文献7、8及び9)を含む)。例えば、国立生物工学情報データベースセンターのBLAST又はClustal Wを用いて相同性、類似性又は同一性を決定することができる。
【0031】
ポリヌクレオチド又はポリペプチドの相同性、類似性又は同一性は、例えば非特許文献10に開示されているように、非特許文献5などのGAPコンピュータプログラムを用いて、配列情報を比較することにより決定することができる。要約すると、GAPプログラムは、2つの配列のうち短いものにおける記号の総数で、類似する配列記号(すなわち、ヌクレオチド又はアミノ酸)の数を割った値と定義している。GAPプログラムのためのデフォルトパラメーターは、(1)二進法比較マトリックス(同一性は1、非同一性は0の値をとる)及び非特許文献11に開示されているように、非特許文献12の加重比較マトリックス(又はEDNAFULL(NCBI NUC4.4のEMBOSSバージョン)置換マトリックス)と、(2)各ギャップに3.0のペナルティ、及び各ギャップの各記号に追加の0.10ペナルティ(又はギャップオープンペナルティ10、ギャップ延長ペナルティ0.5)と、(3)末端ギャップに無ペナルティとを含む。
【0032】
本出願の組換え微生物に含まれるSbtAタンパク質は、当該技術分野で公知の通常の方法によりコリネバクテリウム属微生物で発現する。
【0033】
本出願におけるタンパク質の「発現」とは、標的タンパク質が微生物に導入されるか、微生物で発現するように改変された状態を意味する。本出願の目的上、「標的タンパク質」は、前述したSbtAタンパク質であってもよい。
【0034】
本出願におけるタンパク質の「導入」とは、特定タンパク質の活性のない微生物にタンパク質の活性が導入されることを意味する。これは、特定タンパク質の活性のない微生物におけるタンパク質の活性強化ともいう。
【0035】
前記タンパク質の導入は、前記タンパク質と同一/類似の活性を示すタンパク質をコードする外来ポリヌクレオチド、又はそのコドン最適化された変異型ポリヌクレオチドを宿主細胞内に導入することにより行われる。前記外来ポリヌクレオチドは、前記タンパク質と同一/類似の活性を示すものであれば、その由来や配列が限定されるものではない。また、宿主細胞内で最適化された転写、翻訳が行われるように、導入された前記外来ポリヌクレオチドのコドンを最適化して宿主細胞に導入してもよい。前記導入は、公知の形質転換方法を当業者が適宜選択して行うことができ、宿主細胞内で前述したように導入したポリヌクレオチドが発現することにより、タンパク質が産生されてその活性が強化される。
【0036】
本出願におけるポリペプチド活性の「強化」とは、ポリペプチドの活性を内在性活性に比べて増加させることを意味する。前記強化は、活性化(activation)、上方調節(up-regulation)、過剰発現(overexpression)、増加(increase)などと混用される。ここで活性化、強化、上方調節、過剰発現、増加には、本来なかった活性を示すようになることや、内在性活性又は改変前の活性に比べて活性が向上することが全て含まれる。前記「内在性活性」とは、自然要因又は人為的要因により遺伝的に変異して形質が変化する場合に、形質変化の前の親株又は非改変微生物が本来有していた特定ポリペプチドの活性を意味する。これは、「改変前の活性」と混用される。ポリペプチドの活性が内在性活性に比べて「強化」、「上方調節」、「過剰発現」又は「増加」するとは、形質変化の前の親株又は非改変微生物が本来有していた特定ポリペプチドの活性及び/又は濃度(発現量)に比べて向上することを意味する。
【0037】
前記強化は、外来ポリペプチドの導入により達成してもよく、内在性ポリペプチドの活性及び/又は濃度(発現量)の強化により達成してもよい。前記ポリペプチドの活性が強化されたか否かは、当該ポリペプチドの活性の程度、発現量、又は当該ポリペプチドから生産される産物の量の増加により確認することができる。
【0038】
前記ポリペプチドの活性の強化には、当該分野で周知の様々な方法を適用することができ、標的ポリペプチドの活性を改変前の微生物より強化できるものであれば、いかなるものでもよい。具体的には、分子生物学における通常の方法であり、当該技術分野における通常の知識を有する者に周知の遺伝子工学及び/又はタンパク質工学を用いたものであるが、これらに限定されるものではない(例えば、非特許文献13、14など)。
【0039】
具体的には、本出願のポリペプチドの強化は、1)ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの細胞内コピー数を増加させること、2)ポリペプチドをコードする染色体上の遺伝子の発現調節領域を活性が強力な配列に置換すること、3)ポリペプチドをコードする遺伝子転写産物の開始コドン又は5’UTR領域をコードする塩基配列を改変すること、4)ポリペプチドの活性が強化されるように前記ポリペプチドのアミノ酸配列を改変すること、5)ポリペプチドの活性が強化されるように前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列を改変すること(例えば、ポリペプチドの活性が強化されるように改変されたポリペプチドをコードするように前記ポリペプチド遺伝子のポリヌクレオチド配列を改変すること)、6)ポリペプチドの活性を示す外来ポリペプチド又はそれをコードする外来ポリヌクレオチドを導入すること、7)ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのコドンを最適化すること、8)ポリペプチドの三次構造を分析し、露出部分を選択して改変すること、もしくは化学的に修飾すること、又は9)前記1)~8)から選択される2つ以上の組み合わせにより行われるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0040】
より具体的には、前記1)ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの細胞内コピー数を増加させることは、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが作動可能に連結された、宿主に関係なく複製されて機能するベクターの宿主細胞内に導入することにより行われてもよい。あるいは、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを宿主細胞内の染色体に1コピー又は2コピー以上導入することにより行われてもよい。前記染色体への導入は、宿主細胞内の染色体に前記ポリヌクレオチドを挿入することのできるベクターを宿主細胞内に導入することにより行われるが、これに限定されるものではない。
【0041】
前記2)ポリペプチドをコードする染色体上の遺伝子の発現調節領域(又は発現調節配列)を活性が強力な配列に置換することは、例えば前記発現調節領域の活性がさらに強化されるように、欠失、挿入、非保存的もしくは保存的置換又はそれらの組み合わせにより配列上の変異を発生させるか、より強い活性を有する配列に置換することにより行われてもよい。前記発現調節領域には、特にこれらに限定されるものではないが、プロモーター、オペレーター配列、リボソーム結合部位をコードする配列、転写及び翻訳の終結を調節する配列などが含まれる。例えば、本来のプロモーターを強力なプロモーターに置換することにより行われるが、これに限定されるものではない。
【0042】
公知の強力なプロモーターの例としては、CJ1~CJ7プロモーター(特許文献5)、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ラムダファージPRプロモーター、PLプロモーター、tetプロモーター、gapAプロモーター、SPL7プロモーター、SPL13(sm3)プロモーター(特許文献6)、O2プロモーター(特許文献7)、tktプロモーター、yccAプロモーターなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0043】
前記3)ポリペプチドをコードする遺伝子転写産物の開始コドン又は5’UTR領域をコードする塩基配列を改変することは、例えば、内在性開始コドンに比べてポリペプチドの発現率が高い他の開始コドンをコードする塩基配列に置換することにより行われるが、これに限定されるものではない。
【0044】
前記4)及び5)のアミノ酸配列又はポリヌクレオチド配列を改変することは、ポリペプチドの活性が強化されるように、前記ポリペプチドのアミノ酸配列又は前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列を欠失、挿入、非保存的もしくは保存的置換又はそれらの組み合わせにより配列上の変異を発生させるか、より高い活性を有するように改良されたアミノ酸配列もしくはポリヌクレオチド配列、又は活性が増加するように改良されたアミノ酸配列もしくはポリヌクレオチド配列に置換することにより行われるが、これらに限定されるものではない。具体的には、前記置換は、相同組換えによりポリヌクレオチドを染色体に挿入することにより行われるが、これに限定されるものではない。ここで、用いられるベクターは、染色体に挿入されたか否かを確認するための選択マーカー(selection marker)をさらに含んでもよい。前記選択マーカーについては前述した通りである。
【0045】
前記6)ポリペプチドの活性を示す外来ポリヌクレオチドを導入することは、前記ポリペプチドと同一/類似の活性を示すポリペプチドをコードする外来ポリヌクレオチドを宿主細胞内に導入することにより行われる。前記外来ポリヌクレオチドは、前記ポリペプチドと同一/類似の活性を示すものであれば、その由来や配列が限定されるものではない。前記導入は、公知の形質転換方法を当業者が適宜選択して行うことができ、宿主細胞内で前述したように導入したポリヌクレオチドが発現することにより、ポリペプチドが生成されてその活性が増加する。
【0046】
前記7)ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのコドンを最適化することは、宿主細胞内で転写又は翻訳が増加するように、内在ポリヌクレオチドのコドンを最適化するか、宿主細胞内で最適化された転写、翻訳が行われるように、外来ポリヌクレオチドのコドンを最適化することにより行われる。
【0047】
前記8)ポリペプチドの三次構造を分析し、露出部分を選択して改変すること、もしくは化学的に修飾することは、例えば分析しようとするポリペプチドの配列情報を既知のタンパク質の配列情報が保存されているデータベースと比較し、配列の類似性の程度に応じて鋳型タンパク質の候補を決定し、それを基に構造を確認し、改変又は化学的に修飾する露出部分を選択して改変又は修飾することにより行われる。
【0048】
このようなポリペプチド活性の強化は、対応するポリペプチドの活性又は濃度、発現量が野生型や改変前の微生物菌株で発現するポリペプチドの活性又は濃度に比べて増加するか、当該ポリペプチドから生産される産物の量が増加することにより行われるが
、これらに限定されるものではない。
【0049】
本出願の微生物において、ポリヌクレオチドの一部又は全部の改変は、(a)微生物中の染色体挿入用ベクターを用いた相同組換え、もしくは遺伝子はさみ(engineered nuclease, e.g., CRISPR-Cas9)を用いたゲノム編集、並びに/又は(b)紫外線や放射線などの光及び/もしくは化学物質処理により誘導することができるが、これらに限定されるものではない。前記遺伝子の一部又は全部の改変方法には、DNA組換え技術による方法が含まれる。例えば、標的遺伝子と相同性のあるヌクレオチド配列が含まれるヌクレオチド配列又はベクターを前記微生物に導入して相同組換え(homologous recombination)を起こすことにより遺伝子の一部又は全部の欠失が行われる。前記導入されるヌクレオチド配列又はベクターには、優性選択マーカーが含まれてもよいが、これに限定されるものではない。
【0050】
本出願における「ベクター」とは、好適な宿主内で標的遺伝子を導入できるように、好適な調節配列に作動可能に連結された標的ポリヌクレオチド配列を含有するDNA産物を意味する。前記調節配列には、転写を開始するプロモーター、その転写を調節するための任意のオペレーター配列、好適なmRNAリボソーム結合部位をコードする配列、並びに転写及び翻訳の終結を調節する配列が含まれる。ベクターは、好適な宿主細胞内に形質転換されると、宿主ゲノムに関係なく複製又は機能することができ、ゲノム自体に組み込まれる。例えば、細胞内染色体導入用ベクターにより、染色体内で標的ポリヌクレオチドを変異したポリヌクレオチドに置換することができる。前記ポリヌクレオチドの染色体への挿入は、当該技術分野で公知の任意の方法、例えば相同組換えにより行うことができるが、これに限定されるものではない。
【0051】
本出願のベクターは、特に限定されるものではなく、当該技術分野で公知の任意のベクターが用いられる。通常用いられるベクターの例としては、天然状態又は組換え状態のプラスミド、コスミド、ウイルス及びバクテリオファージが挙げられる。例えば、ファージベクター又はコスミドベクターとしては、pWE15、M13、MBL3、MBL4、IXII、ASHII、APII、t10、t11、Charon4A、Charon21Aなどを用いることができ、プラスミドベクターとしては、pBR系、pUC系、pBluescriptII系、pGEM系、pTZ系、pCL系、pET系などを用いることができる。具体的には、pDZ、pACYC177、pACYC184、pCL、pECCG117、pUC19、pBR322、pMW118、pCC1BACベクターなどを用いることができる。より具体的には、本出願に用いられるベクターは、コリネバクテリウム染色体への遺伝子の導入及び置換のために作製されたpDCM2(
図1,配列番号32)であるが、これに特に限定されるものではなく、公知の発現ベクターが用いられてもよい。
【0052】
本出願における「形質転換」とは、標的タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターを宿主細胞に導入することにより、宿主細胞内で前記ポリヌクレオチドがコードするタンパク質を発現させることを意味する。形質転換されたポリヌクレオチドは、宿主細胞内で発現するものであれば、宿主細胞の染色体内に挿入されて位置するか、染色体外に位置するかに関係なく、いかなるものでもよい。また、前記ポリヌクレオチドは、標的タンパク質をコードするDNAやRNAを含むものである。前記ポリヌクレオチドは、宿主細胞内に導入されて発現するものであれば、いかなる形態で導入されるものでもよい。例えば、前記ポリヌクレオチドは、自ら発現する上で必要な全ての要素を含む遺伝子構造体である発現カセット(expression cassette)の形態で宿主細胞に導入される。通常、前記発現カセットは、前記ポリヌクレオチドに作動可能に連結されたプロモーター(promoter)、転写終結シグナル、リボソーム結合部位及び翻訳終結シグナルを含む。前記発現カセットは、自己複製可能な発現ベクターの形態であってもよい。また、前記ポリヌクレオチドは、それ自体の形態で宿主細胞に導入され、宿主細胞において発現に必要な配列と作動可能に連結されたものであってもよいが、これに限定されるものではない。
【0053】
また、本出願における「作動可能に連結」されたものとは、本願の標的タンパク質をコードするポリヌクレオチドの転写を開始及び媒介するプロモーター配列と前記遺伝子配列が機能的に連結されたものを意味する。
【0054】
本出願のベクターを形質転換する方法は、核酸を細胞内に導入するいかなる方法であってもよく、当該分野において公知であるように、宿主細胞に適した標準技術を選択して行うことができる。例えば、エレクトロポレーション(electroporation)、リン酸カルシウム(CaPO4)沈殿、塩化カルシウム(CaCl2)沈殿、微量注入法(microinjection)、ポリエチレングリコール(PEG)法、DEAE-デキストラン法、カチオン性リポソーム法、酢酸リチウム-DMSO法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0055】
本出願における「組換え微生物」とは、人為的に遺伝的改変が行われた微生物が全て含まれるものであり、外部タンパク質が発現するように外部遺伝子が挿入されるか、内在性遺伝子の活性が強化又は弱化されるなどの原因により、特定機序が弱化又は強化された微生物であって、目的とするタンパク質又は産物の生産のために遺伝的改変(modification)が行われた微生物であってもよい。
【0056】
例えば、本出願の組換え微生物は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチド、及び前記ポリヌクレオチドを含むベクターの少なくとも1つにより遺伝的に改変された微生物、前記タンパク質又はそれをコードするポリヌクレオチドを発現するように改変された微生物、前記タンパク質又はそれをコードするポリヌクレオチドを発現する組換え微生物、又は前記タンパク質の活性を有する組換え微生物であるが、これらに限定されるものではない。
【0057】
また、本出願の組換え微生物は、L-グルタミン酸生合成経路のタンパク質の一部の活性がさらに強化されるか、L-グルタミン酸分解経路のタンパク質の一部の活性がさらに弱化されることにより、L-グルタミン酸生産能が強化された微生物であってもよい。
【0058】
具体的には、本出願の微生物は、OdhAタンパク質がさらに弱化された微生物であってもよい。より具体的には、本出願の微生物は、odhA遺伝子が欠損した微生物であってもよい。前記OdhAタンパク質は、公知のデータベースであるNCBIのGenBankからその配列が得られ、例えば、GenBank Accession No.WP_060564343.1であるが、これに限定されるものではなく、これと同じ活性を有するものであればいかなるものでもよい。
【0059】
ただし、前述したOdhAタンパク質の弱化又はodhA遺伝子の欠損は一例であり、これらに限定されるものではなく、本出願の微生物は、様々な公知のL-グルタミン酸生合成経路のタンパク質活性が強化された微生物や、分解経路のタンパク質活性が弱化された微生物であってもよい。
【0060】
さらに他の例として、本出願の組換え微生物は、L-グルタミン酸を生産できるように化合物で処理された微生物を親株とするものであってもよく、具体的には、前記化合物は、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(N-Methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine, NTG)であるが、これに限定されるものではない。
【0061】
本出願の目的上、本出願の組換え微生物とは、形質変化の前の親株又は非改変微生物よりL-グルタミン酸生産能が向上した微生物を意味する。前記「非改変微生物」とは、微生物に自然に発生し得る突然変異を含む菌株を除外するものではなく、天然微生物自体、野生型微生物自体、L-グルタミン酸生合成経路に関与する遺伝子の発現量が調節される前の微生物、又は内在的に存在しないsbtA遺伝子が導入される前の微生物を意味する。
【0062】
本出願において、前記親株は、野生型コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869、前記コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869においてOdhAが弱化されたコリネバクテリウム・グルタミカム、前記コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869においてodhAが欠損した菌株、又はコリネバクテリウム・グルタミカムKFCC10656菌株をN-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)などの変異誘発剤で処理することにより得られたコリネバクテリウム・グルタミカムBL2(寄託番号KFCC-11074,特許文献8)であってもよいが、これらに限定されるものではない。
【0063】
本出願におけるポリペプチドの「弱化」は、内在性活性に比べて活性が低下することや、活性がなくなることが全て含まれる概念である。前記弱化は、不活性化(inactivation)、欠乏(deficiency)、下方調節(down-regulation)、減少(decrease)、低下(reduce)、減衰(attenuation)などと混用される。
【0064】
前記弱化には、前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの変異などによりポリペプチド自体の活性が本来微生物が有するポリペプチドの活性に比べて減少又は除去される場合が含まれ、それをコードするポリヌクレオチドの遺伝子の発現阻害やポリペプチドへの翻訳(translation)阻害などにより細胞内での全体的なポリペプチド活性の程度及び/又は濃度(発現量)が天然菌株に比べて低下する場合が含まれ、前記ポリヌクレオチドの発現が全くない場合が含まれ、かつ/又はポリヌクレオチドが発現したとしてもポリペプチドの活性がない場合が含まれる。前記「内在性活性」とは、自然要因又は人為的要因により遺伝的に変異して形質が変化する場合に、形質変化の前の親株、野生型又は非改変微生物が本来有していた特定ポリペプチドの活性を意味する。これは、「改変前の活性」と混用される。ポリペプチドの活性が内在性活性に比べて「弱化、不活性化、欠乏、減少、下方調節、低下、減衰」するとは、形質変化の前の親株又は非改変微生物が本来有していた特定ポリペプチドの活性に比べて低下することを意味する。
【0065】
このようなポリペプチドの活性の弱化は、これらに限定されるものではなく、当該分野で周知の様々な方法を適用することにより達成することができる(例えば、非特許文献14、15など)。
【0066】
具体的には、本出願のポリペプチドの弱化は、1)ポリペプチドをコードする遺伝子の全部又は一部を欠失させること、2)ポリペプチドをコードする遺伝子の発現が減少するように発現調節領域(又は発現調節配列)を改変すること、3)ポリペプチドの活性が欠失又は弱化されるように前記ポリペプチドを構成するアミノ酸配列を改変すること(例えば、アミノ酸配列の1つ以上のアミノ酸を欠失/置換/付加すること)、4)ポリペプチドの活性が欠失又は弱化されるように前記ポリペプチドをコードする遺伝子配列を改変すること(例えば、ポリペプチドの活性が欠失又は弱化されるように改変されたポリペプチドをコードするように前記ポリペプチド遺伝子の核酸塩基配列の1つ以上の核酸塩基を欠失/置換/付加すること)、5)ポリペプチドをコードする遺伝子転写産物の開始コドン又は5’UTR領域をコードする塩基配列を改変すること、6)ポリペプチドをコードする前記遺伝子転写産物に相補的に結合するアンチセンスオリゴヌクレオチド(例えば、アンチセンスRNA)を導入すること、7)リボソーム(ribosome)の付着を不可能にする2次構造物が形成されるようにポリペプチドをコードする遺伝子のシャイン・ダルガノ(Shine-Dalgarno)配列の前にシャイン・ダルガノ配列と相補的な配列を付加すること、8)ポリペプチドをコードする遺伝子配列のORF(open reading frame)の3’末端に逆転写するようにプロモーターを付加すること(Reverse transcription engineering, RTE)、
又は9)前記1)~8)から選択される2つ以上の組み合わせにより行われるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0067】
例えば、前記1)ポリペプチドをコードする前記遺伝子の一部又は全部を欠失させることは、染色体内の内在性標的ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド全体を欠失させること、一部のヌクレオチドが欠失したポリヌクレオチド又はマーカー遺伝子に置換することにより行われてもよい。
【0068】
また、前記2)発現調節領域(又は発現調節配列)を改変することは、欠失、挿入、非保存的もしくは保存的置換、又はそれらの組み合わせにより発現調節領域(又は発現調節配列)上の変異を発生させるか、より低い活性を有する配列に置換することにより行われてもよい。前記発現調節領域には、プロモーター、オペレーター配列、リボソーム結合部位をコードする配列、並びに転写及び翻訳の終結を調節する配列が含まれるが、これらに限定されるものではない。
【0069】
また、前記3)ポリペプチドをコードする遺伝子転写産物の開始コドン又は5’UTR領域をコードする塩基配列を改変することは、例えば、内在性開始コドンに比べてポリペプチドの発現率が低い他の開始コドンをコードする塩基配列に置換することにより行われるが、これに限定されるものではない。
【0070】
さらに、前記4)及び5)のアミノ酸配列又はポリヌクレオチド配列を改変することは、ポリペプチドの活性が弱化されるように、前記ポリペプチドのアミノ酸配列又は前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列を欠失、挿入、非保存的もしくは保存的置換又はそれらの組み合わせにより配列上の変異を発生させるか、より低い活性を有するように改良されたアミノ酸配列もしくはポリヌクレオチド配列、又は活性がなくなるように改良されたアミノ酸配列もしくはポリヌクレオチド配列に置換することにより行われるが、これらに限定されるものではない。例えば、ポリヌクレオチド配列に変異を導入して終止コドンを形成することにより、遺伝子の発現を阻害又は弱化させることができるが、これらに限定されるものではない。
【0071】
前記6)ポリペプチドをコードする前記遺伝子転写産物に相補的に結合するアンチセンスオリゴヌクレオチド(例えば、アンチセンスRNA)を導入することは、例えば、非特許文献16のように行われてもよい。
【0072】
前記7)リボソーム(ribosome)の付着を不可能にする2次構造物が形成されるようにポリペプチドをコードする遺伝子のシャイン・ダルガノ(Shine-Dalgarno)配列の前にシャイン・ダルガノ配列と相補的な配列を付加することは、mRNA翻訳を不可能にするか、速度を低下させることにより行われてもよい。
【0073】
前記8)ポリペプチドをコードする遺伝子配列のORF(open reading frame)の3’末端に逆転写するようにプロモーターを付加すること(Reverse transcription engineering, RTE)は、前記ポリペプチドをコードする遺伝子転写産物に相補的なアンチセンスヌクレオチドを作成して活性を弱化させることにより行われてもよい。
【0074】
本出願の組換え微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、コリネバクテリウム・クルジラクチス(Corynebacterium crudilactis)、コリネバクテリウム・デセルティ(Corynebacterium deserti)、コリネバクテリウム・エフィシエンス(Corynebacterium efficiens)、コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)、コリネバクテリウム・スタティオニス(Corynebacterium stationis)、コリネバクテリウム・シングラレ(Corynebacterium singulare)、コリネバクテリウム・ハロトレランス(Corynebacterium halotolerans)、コリネバクテリウム・ストリアツム(Corynebacterium striatum)、コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(Corynebacterium ammoniagenes)、コリネバクテリウム・ポルティソリ(Corynebacterium pollutisoli)、コリネバクテリウム・イミタンス(Corynebacterium imitans)、コリネバクテリウム・テスツディノリス(Corynebacterium testudinoris)又はコリネバクテリウム・フラベッセンス(Corynebacterium flavescens)であり、より具体的には、コリネバクテリウム・グルタミカムであるが、これらに限定されるものではない。
【0075】
本出願の組換え微生物は、非改変微生物に比べてL-グルタミン酸生産能が増大又は向上したものであってもよい。
【0076】
本出願の他の態様は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産コリネバクテリウム属組換え微生物を培地で培養するステップを含むL-グルタミン酸製造方法を提供する。
【0077】
前記「SbtAタンパク質」、「SbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチド」及び「組換え微生物」については前述した通りである。
【0078】
前記SbtAタンパク質は、シアノバクテリア由来のものであるが、これに限定されるものではなく、これについては前述した通りである。
【0079】
前記SbtAタンパク質は、配列番号1と90%以上の同一性を有するものであるが、これに限定されるものではなく、これについては前述した通りである。
【0080】
前記コリネバクテリウム属組換え微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカムであるが、これに限定されるものではなく、これについては前述した通りである。
【0081】
前記組換え微生物は、OdhAがさらに弱化されたものや、odhAが欠損したものであってもよい。また、前記OdhAは、配列番号29のアミノ酸配列を含むが、これに限定されるものではなく、これについては前述した通りである。
【0082】
さらに、前記組換え微生物は、NTG処理した微生物を親株とするものであるが、これに限定されるものではなく、これについては前述した通りである。
【0083】
本出願における「培養」とは、前記微生物を適宜調節した環境条件で生育させることを意味する。本出願の培養過程は、当該技術分野で公知の好適な培地と培養条件で行われる。このような培養過程は、当業者であれば選択される菌株に応じて容易に調整して用いることができる。具体的には、前記培養は、回分、連続及び流加培養であるが、これらに限定されるものではない。
【0084】
本出願における「培地」とは、前記微生物を培養するために必要な栄養物質を主成分として混合した物質を意味し、生存及び発育に不可欠な水をはじめとする栄養物質や発育因子などを供給する。具体的には、本出願の微生物の培養に用いられる培地及び他の培養条件は、通常の微生物の培養に用いられるものであればいかなるものでもよく、好適な炭素源、窒素源、リン源、無機化合物、アミノ酸及び/又はビタミンなどを含有する通常の培地中で好気性条件下にて温度、pHなどを調節して本出願の微生物を培養することができる。具体的には、コリネバクテリウム属菌株の培養培地は非特許文献17に開示されている。
【0085】
本出願における前記炭素源としては、グルコース、サッカロース、ラクトース、フルクトース、スクロース、マルトースなどの炭水化物、マンニトール、ソルビトールなどの糖アルコール、ピルビン酸、乳酸、クエン酸などの有機酸、グルタミン酸、メチオニン、リシンなどのアミノ酸などが挙げられる。また、デンプン加水分解物、糖蜜、ブラックストラップ糖蜜、米糠、キャッサバ、バガス、トウモロコシ浸漬液などの天然の有機栄養源を用いることができ、具体的には、グルコースや殺菌した前処理糖蜜(すなわち、還元糖に変換した糖蜜)などの炭水化物を用いることができ、その他適量の炭素源であればいかなるものでも用いることができる。これらの炭素源は、単独で用いることもでき、2種以上を組み合わせて用いることもできるが、これらに限定されるものではない。
【0086】
前記窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、硝酸アンモニウムなどの無機窒素源と、グルタミン酸、メチオニン、グルタミンなどのアミノ酸、ペプトン、NZ-アミン、肉類抽出物、酵母抽出物、麦芽抽出物、トウモロコシ浸漬液、カゼイン加水分解物、魚類又はその分解生成物、脱脂大豆ケーキ又はその分解生成物などの有機窒素源とを用いることができる。これらの窒素源は、単独で用いることもでき、2種以上を組み合わせて用いることもできるが、これらに限定されるものではない。
【0087】
前記リン源としては、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム又はそれらに相当するナトリウム含有塩などが挙げられる。無機化合物としては、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化鉄、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸マンガン、炭酸カルシウムなどを用いることができ、それ以外に、アミノ酸、ビタミン及び/又は好適な前駆体などを用いることができる。これらの構成成分又は前駆体は、培地に回分式又は連続式で添加することができる。しかし、これらに限定されるものではない。
【0088】
また、前記微生物の培養中に水酸化アンモニウム、水酸化カリウム、アンモニア、リン酸、硫酸などの化合物を培地に好適な方法で添加することにより、培地のpHを調整することができる。さらに、培養中には、脂肪酸ポリグリコールエステルなどの消泡剤を用いて気泡生成を抑制することができる。さらに、培地の好気状態を維持するために、培地中に酸素又は酸素含有気体を注入してもよく、嫌気及び微好気状態を維持するために、気体を注入しなくてもよく、窒素、水素又は二酸化炭素ガスを注入してもよいが、これらに限定されるものではない。
【0089】
培地の温度は、20℃~45℃、具体的には25℃~40℃であるが、これらに限定されるものではない。培養期間は、有用物質の所望の生成量が得られるまで続けられ、具体的には10時間~160時間であるが、これらに限定されるものではない。
【0090】
上記培養により生産されたL-グルタミン酸は、培地中に排出されるか、排出されずに細胞内に残留してもよい。
【0091】
本出願のL-グルタミン酸製造方法は、前記培養するステップの前に、前記L-グルタミン酸を生産するコリネバクテリウム属組換え微生物を準備するステップ、又は前記組換え微生物を培養するための培地を準備するステップをさらに含んでもよい。
【0092】
また、本出願のL-グルタミン酸製造方法は、前記培養するステップの後に、前記組換え微生物又は培地からL-グルタミン酸を回収するステップをさらに含んでもよい。
【0093】
前記L-グルタミン酸を回収する方法は、本出願の微生物の培養方法、例えば回分、連続、流加培養方法などに応じて、当該技術分野で公知の好適な方法を用いて目的とするL-グルタミン酸を回収(collect)するものであってもよい。例えば、遠心分離、濾過、陰イオン交換クロマトグラフィー、結晶化、HPLCなどが用いられ、当該分野で公知の好適な方法を用いて培地又は微生物から目的とするL-グルタミン酸を回収することができる。
【0094】
また、前記回収ステップは、精製工程を含んでもよく、当該分野で公知の好適な方法を用いて行うことができる。
【0095】
前述したように回収されるL-グルタミン酸は、精製された形態であるか、L-グルタミン酸を含有する微生物発酵液であるが、これらに限定されるものではない。
【0096】
本出願のさらに他の態様は、SbtAタンパク質又はSbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むL-グルタミン酸生産コリネバクテリウム属組換え微生物、又は前記組換え微生物を培養した培地を含むL-グルタミン酸生産用組成物を提供する。
【0097】
前記「SbtAタンパク質」、「SbtAタンパク質をコードするポリヌクレオチド」、「組換え微生物」及び「培地」については前述した通りである。
【0098】
本出願の組成物は、L-グルタミン酸生産用組成物に通常用いられる任意の好適な賦形剤をさらに含んでもよい。このような賦形剤としては、例えば保存剤、湿潤剤、分散剤、懸濁化剤、緩衝
剤、安定化剤、等張化剤などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0099】
以下、実施例を挙げて本出願をさらに詳細に説明する。しかし、これらの実施例は本出願を例示する好ましい実施形態にすぎず、本出願がこれらに限定されるものではない。なお、本明細書に記載されていない技術的な事項は、本出願の技術分野又は類似技術分野における熟練した技術者が十分に理解し、容易に実施することのできるものである。
【実施例1】
【0100】
プラスミドの作製 コリネバクテリウム染色体への遺伝子の導入及び置換のためのプラスミド(pDCM2,
図1,配列番号32)を設計し、バイニックス(株)の遺伝子合成(Gene-synthesis)サービスを用いてプラスミドを合成した。一般に知られているsacB系に関する論文[非特許文献18]を参考にして、クローニングに活用することが容易な制限酵素(restriction enzyme)を含むようにプラスミドを設計した。このように合成したpDCM2プラスミドは、次のような特性を有する。
【0101】
1)大腸菌においてのみ作用する複製起点(replication origin)を有するので、大腸菌内では自己複製(self-replication)が可能であるが、コリネバクテリウムでは自己複製が不可能であるという特性を有する。
【0102】
2)選択マーカーとしてカナマイシン耐性遺伝子を有する。
【0103】
3)2次陽性選択(positive-selection)マーカーとしてレバンスクラーゼ(Levan sucrose)遺伝子(sacB)を有する。
【0104】
4)最終的に作製された菌株には、pDCM2プラスミドに由来するいかなる遺伝子情報も残っていない。
【実施例2】
【0105】
シアノバクテリア由来重炭酸塩トランスポーター発現ベクターの作製 シアノバクテリア、具体的にはシネコシスティス属(Synechocystis sp.)PCC6803由来重炭酸塩(HCO3
-)トランスポーターをコードするsbtA及びbicA遺伝子を菌株に導入するとL-グルタミン酸の生産能が向上するか否かを確認するために、まずsbtA又はbicAの発現ベクターを作製した。
【0106】
前述した2つの遺伝子をコリネバクテリウム・グルタミカムに導入するために、シネコシスティス属PCC6803由来sbtA(配列番号3)をコリネバクテリウム・グルタミカムにコドン最適化した配列(配列番号2)、及びPCC6803由来bicA(配列番号6)をコリネバクテリウム・グルタミカムにコドン最適化した配列(配列番号5)を合成して作製した。
【0107】
また、前述した2つの遺伝子の導入のために、pDCM2ベクターを用い、発現プロモーターとしてはCJ7合成プロモーター(特許文献9及び10)を用いた。
【0108】
具体的には、染色体の相同組換え(Homologous recombination)が生じる位置にコリネバクテリウム・グルタミカムのトランスポザーゼ(Transposase)又はインテグラーゼ(integrase)のうちBBD29_01410(以下、CglE0286という)及びBBD29_00440(以下、CglE0085という)の位置を用いて、pDCM2-△CglE0286::CJ7-sbtAベクター及びpDCM2-△CglE0085::CJ7-bicAベクターをそれぞれ作製した。
【0109】
具体的には、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869染色体DNAを鋳型とし、配列番号7と配列番号8、配列番号9と配列番号10のプライマーセットを用いて、染色体の相同組換え(Homologous recombination)が生じるCglE0286の上流(Upstream)領域及び下流(Downstream)領域の遺伝子断片をPCRにより得た。ポリメラーゼとしてはSolgTM Pfu-X DNAポリメラーゼを用い、PCR増幅条件は、95℃で5分間の変性後、95℃で30秒間の変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で60秒間の重合を30サイクル行い、次いで72℃で5分間の重合反応を行うものとした。
【0110】
増幅したCglE0286の上流及び下流領域、並びにEcoRI、SalI制限酵素で切断した染色体形質転換用ベクターpDCM2は、ギブソンアセンブリ(非特許文献19)方法でクローニングすることにより、組換えプラスミドを得て、pDCM2-△CglE0286と命名した。クローニングは、ギブソンアセンブリ試薬と各遺伝子断片を計算されたモル数で混合し、その後50℃で1時間保存することにより行った。
【0111】
合成して作製した配列番号11のCJ7-sbtAを鋳型とし、配列番号12と配列番号13のプライマーを用いてPCRを行い、CJ7-sbtA遺伝子断片をPCRにより得た。ポリメラーゼとしてはSolgTM Pfu-X DNAポリメラーゼを用い、PCR増幅条件は、95℃で5分間の変性後、95℃で30秒間の変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で60秒間の重合を30サイクル行い、次いで72℃で5分間の重合反応を行うものとした。
【0112】
増幅したCJ7-sbtA、及びScaI制限酵素で切断した染色体形質転換用ベクターpDCM2-△CglE0286は、ギブソンアセンブリ方法でクローニングすることにより組換えプラスミドを得て、pDCM2-△CglE0286::CJ7-sbtAと命名した。クローニングは、ギブソンアセンブリ試薬と各遺伝子断片を計算されたモル数で混合し、その後50℃で1時間保存することにより行った。
【0113】
また、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869染色体DNAを鋳型とし、配列番号14と配列番号15、配列番号16と配列番号17のプライマーセットを用いて、染色体の相同組換えが生じるCglE0085の上流領域及び下流領域の遺伝子断片をPCRにより得た。ポリメラーゼとしてはSolgTM Pfu-X DNAポリメラーゼを用い、PCR増幅条件は、95℃で5分間の変性後、95℃で30秒間の変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で60秒間の重合を30サイクル行い、次いで72℃で5分間の重合反応を行うものとした。
【0114】
増幅したCglE0085の上流及び下流領域、並びにEcoRI、SalI制限酵素で切断した染色体形質転換用ベクターpDCM2は、ギブソンアセンブリ方法でクローニングすることにより、組換えプラスミドを得て、pDCM2-△CglE0085と命名した。クローニングは、ギブソンアセンブリ試薬と各遺伝子断片を計算されたモル数で混合し、その後50℃で1時間保存することにより行った。
【0115】
合成して作製した配列番号18のCJ7-bicAを鋳型とし、配列番号12と配列番号13のプライマーを用いてPCRを行い、CJ7-bicA遺伝子断片を得た。ポリメラーゼとしてはSolgTM Pfu-X DNAポリメラーゼを用い、PCR増幅条件は、95℃で5分間の変性後、95℃で30秒間の変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で60秒間の重合を30サイクル行い、次いで72℃で5分間の重合反応を行うものとした。
【0116】
増幅したCJ7-bicA、及びScaI制限酵素で切断した染色体形質転換用ベクターpDCM2-△CglE0085は、ギブソンアセンブリ方法でクローニングすることにより組換えプラスミドを得て、pDCM2-△CglE0085::CJ7-bicAと命名した。クローニングは、ギブソンアセンブリ試薬と各遺伝子断片を計算されたモル数で混合し、その後50℃で1時間保存することにより行った。
【0117】
ここで用いたプライマー配列を表1に示す。
【0118】
【0119】
このように作製したpDCM2-△CglE0286::CJ7-sbtAベクター及びpDCM2-△CglE0085::CJ7-bicAベクターを下記実施例で菌株に導入した。
【実施例3】
【0120】
野生型コリネバクテリウム・グルタミカム由来L-グルタミン酸生産株の作製及び重炭酸塩トランスポーター導入菌株の作製 実施例3-1:野生型コリネバクテリウム・グルタミカム由来L-グルタミン酸生産能を有するコリネバクテリウム・グルタミカム菌株の作製 コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869由来L-グルタミン酸生産能を有する菌株を作製するために、先行技術文献(非特許文献20)に基づいてodhA遺伝子を欠損させたコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869△odhA菌株を作製した。
【0121】
具体的には、odhA欠損のために、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869染色体DNAを鋳型とし、配列番号19と配列番号20、配列番号21と配列番号22のプライマーセットを用いて、odhA遺伝子の上流領域及び下流領域をPCRにより得た。ポリメラーゼとしてはSolgTM Pfu-X DNAポリメラーゼを用い、PCR増幅条件は、95℃で5分間の変性後、95℃で30秒間の変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で60秒間の重合を30サイクル行い、次いで72℃で5分間の重合反応を行うものとした。
【0122】
増幅したodhAの上流及び下流領域、並びにSmaI制限酵素で切断した染色体形質転換用ベクターpDCM2は、ギブソンアセンブリ方法でクローニングすることにより、組換えプラスミドを得て、pDCM2-△odhAと命名した。クローニングは、ギブソンアセンブリ試薬と各遺伝子断片を計算されたモル数で混合し、その後50℃で1時間保存することにより行った。
【0123】
作製したpDCM2-△odhAベクターをコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869菌株にエレクトロポレーションにより形質転換し、その後2次交差過程を経て、染色体上でodhA遺伝子を欠損させた菌株を得た。遺伝子欠損の有無は、配列番号23及び配列番号24を用いたPCRとゲノムシーケンシングにより確認し、作製した菌株をATCC13869△odhAと命名した。
【0124】
ここで用いたプライマー配列を表2に示す。
【0125】
【0126】
実施例3-2:重炭酸塩トランスポーターを導入した野生型コリネバクテリウム・グルタミカム由来L-グルタミン酸生産能を有する菌株の作製 実施例3-1で作製したATCC13869△odhA菌株に、実施例2で作製したpDCM2-△CglE0286CJ7-sbtAベクター及びpDCM2-△CglE0085::CJ7-bicAベクターを導入し、重炭酸塩トランスポーターの導入がL-グルタミン酸生産能に及ぼす効果を確認した。
【0127】
具体的には、実施例2のpDCM2-△CglE0286::CJ7-sbtAベクターをコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869△odhA菌株にエレクトロポレーションにより形質転換し、その後2次交差過程を経て、染色体上でCglE0286の位置にCJ7-sbtA遺伝子を導入した菌株を得た。
【0128】
CJ7-sbtA遺伝子を導入した相同組換えの上流領域及び下流領域の外部部位をそれぞれ増幅する、配列番号25と配列番号26を用いたPCRとゲノムシーケンシングにより当該遺伝的操作を確認し、作製した菌株をCA02-1474と命名した。
【0129】
また、実施例2のpDCM2-△CglE0085::CJ7-bicAベクターをコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869△odhA菌株にエレクトロポレーションにより形質転換し、その後2次交差過程を経て、染色体上でCglE0085の位置にCJ7-bicA遺伝子を導入した菌株を得た。
【0130】
CJ7-bicA遺伝子を導入した相同組換えの上流領域及び下流領域の外部部位をそれぞれ増幅する、配列番号27と配列番号28を用いたPCRとゲノムシーケンシングにより当該遺伝的操作を確認し、作製した菌株をCA02-1475と命名した。
【0131】
ここで用いたプライマー配列を表3に示す。
【0132】
【0133】
ATCC13869△odhA菌株を対照群とし、前述したように作製したCA02-1474菌株及びCA02-1475菌株のL-グルタミン酸生産能を確認するために次の方法で培養した。
【0134】
種培地となる平板培地に前記菌株を接種し、30℃で20時間培養した。その後、次の生産培地25mlを含有する250mlのコーナーバッフルフラスコに菌株を1白金耳接種し、30℃、200rpmで40時間振盪培養した。培養終了後に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてL-グルタミン酸生産量を測定した。測定結果を表4に示す。 <種培地> グルコース1%,肉汁0.5%,ポリペプトン1%,塩化ナトリウム0.25%,酵母エキス0.5%,寒天2%,尿素0.2%,pH7.2 <生産培地> 原糖6%,炭酸カルシウム5%,硫酸アンモニウム2.25%,リン酸二水素カリウム0.1%,硫酸マグネシウム0.04%,硫酸鉄10mg/L,チアミン塩酸塩0.2mg/L,ビオチン50μg/L
【0135】
【0136】
表4に示すように、ATCC13869△odhA菌株、又はbicA遺伝子を導入したCA02-1475菌株に比べて、sbtA遺伝子を導入したCA02-1474において、L-グルタミン酸の濃度が大幅に増加することが確認された。CA02-1474は、ブダペスト条約上の受託機関である韓国微生物保存センターに2020年7月28日付けで受託番号KCCM12775Pとして寄託した。
【実施例4】
【0137】
重炭酸塩トランスポーターを導入したN-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(N-Methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine, NTG)変異株由来のL-グルタミン酸生産能を有するコリネバクテリウム・グルタミカム菌株の作製 野生型コリネバクテリウム属由来菌株以外に、L-グルタミン酸生産能が向上したNTG変異コリネバクテリウム属由来菌株においても前記遺伝子が同じ効果を発揮するか否か確認するために、L-グルタミン酸生産NTG変異菌株として知られるKFCC11074菌株(特許文献8)に前記遺伝子を導入した。
【0138】
実施例2のpDCM2-△CglE0286::CJ7-sbtAベクターをKFCC11074菌株にエレクトロポレーションにより形質転換し、その後2次交差過程を経て、染色体上に前記遺伝子を導入した菌株を得た。配列番号25と配列番号26を用いたPCRとゲノムシーケンシングにより当該遺伝的操作を確認し、これをCA02-1476と命名した。
【0139】
作製したCA02-1476とコリネバクテリウム・グルタミカムKFCC11074菌株を対象として次の方法で発酵力価実験を行った。
【0140】
種培地となる平板培地に前記菌株を接種し、30℃で20時間培養した。その後、次の生産培地25mlを含有する250mlのコーナーバッフルフラスコに菌株を1白金耳接種し、30℃、200rpmで40時間振盪培養した。培養終了後に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてL-グルタミン酸生産量を測定した。測定結果を表5に示す。 <種培地> グルコース1%,肉汁0.5%,ポリペプトン1%,塩化ナトリウム0.25%,酵母エキス0.5%,寒天2%,尿素0.2%,pH7.2 <生産培地> 原糖6%,炭酸カルシウム5%,硫酸アンモニウム2.25%,リン酸二水素カリウム0.1%,硫酸マグネシウム0.04%,硫酸鉄10mg/L,チアミン塩酸塩0.2mg/L,ビオチン500μg/L
【0141】
【0142】
表5に示すように、CA02-1476菌株において、KFCC11074菌株に比べてL-グルタミン酸の濃度が34.8%増加することが確認された。
【0143】
以上の説明から、本出願の属する技術分野の当業者であれば、本出願がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で実施できることを理解するであろう。なお、上記実施例はあくまで例示的なものであり、限定的なものでないことを理解すべきである。本出願には、明細書ではなく請求の範囲の意味及び範囲とその等価概念から導かれるあらゆる変更や変形された形態が含まれるものと解釈すべきである。
【0144】
【国際調査報告】