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特表2023-540624分割パルスを有するコーティング装置及びコーティング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-09-25
(54)【発明の名称】分割パルスを有するコーティング装置及びコーティング方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20230915BHJP
   H01J 37/34 20060101ALI20230915BHJP
   H01J 37/317 20060101ALI20230915BHJP
【FI】
C23C14/34 R
H01J37/34
H01J37/317 E
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023516133
(86)(22)【出願日】2021-09-06
(85)【翻訳文提出日】2023-03-20
(86)【国際出願番号】 EP2021074470
(87)【国際公開番号】W WO2022058193
(87)【国際公開日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】102020124032.5
(32)【優先日】2020-09-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】509338824
【氏名又は名称】セメコン アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100106312
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 敬敏
(72)【発明者】
【氏名】メイ ヴァルター
(72)【発明者】
【氏名】ケルカー ヴェルナー
(72)【発明者】
【氏名】ボルツ ステファン
【テーマコード(参考)】
4K029
5C101
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029AA21
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA17
4K029BA33
4K029BA34
4K029BA35
4K029BA60
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA05
4K029CA06
4K029CA13
4K029DC03
4K029DC04
4K029DC16
4K029DC34
4K029DC35
4K029DC39
4K029EA06
4K029EA09
4K029FA04
4K029JA03
5C101AA36
5C101DD03
5C101DD14
5C101DD20
5C101DD25
5C101DD30
5C101DD31
5C101DD38
(57)【要約】
本発明は、物体(40)をコーティングするためのコーティング方法及びコーティング装置に関する。真空チャンバ(12)内には、ターゲット(24a,24b,24c,24d)を有するマグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)が配置され、マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に電力が供給され、プラズマが生成され、ターゲット(24a,24b,24c,24d)がスパッタリングされて、物体(40)上にコーティング(44)が堆積される。電力は、カソードパルス(60)としてHIPIMS法に従って周期持続時間(T)内に周期的に供給され、各カソードパルス(60)は、少なくとも二つのカソードサブパルス(62)及び介在するカソードサブパルスブレイク(64)を含む。チョップドHIPIMS法を使用することにより、好ましい特性を有するコーティング(44)を特に好ましい方法で堆積できるようにするために、バイアス電圧パルス(66)でコーティングされる基材40にバイアス電圧が印加され、各バイアス電圧パルス(66)は、少なくとも二つのバイアスサブパルス(68)及び介在するバイアスサブパルスブレイク(70)を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体(40)をコーティングするためのコーティング方法であって、
前記物体(40)は真空チャンバ(12)内に配置され、ターゲット(24a,24b,24c,24d)を有する少なくとも一つのマグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)が真空内に配置され、
前記物体(40)上にコーティングを堆積させるために、プラズマが生成され、ターゲット(24a,24b,24c,24d)がスパッタリングされるように、前記マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に電力が供給され、
前記電力は、HIPIMS法に従って周期持続時間(T)内にカソードパルス(60)として周期的に供給され、各々のカソードパルス(60)は、少なくとも二つのカソードサブパルス(62)及び介在するカソードサブパルスブレイク(64)を含み、
バイアス電圧パルス(66)が、前記周期持続時間(T)内に前記物体に周期的に印加され、各々のバイアス電圧パルス(66)は、少なくとも二つのバイアスサブパルス(68)及び介在するバイアスサブパルスブレイク(70)を含む、
ことを特徴とするコーティング方法。
【請求項2】
前記バイアスサブパルス(68)の少なくとも一つは、前記カソードサブパルス(62)の一つの開始後において、遅延時間(T)をもって開始する、
ことを特徴とする請求項1に記載のコーティング方法。
【請求項3】
前記バイアスサブパルス(68)の数は、前記カソードサブパルス(62)の数よりも小さいか又は等しい、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のコーティング方法。
【請求項4】
前記カソードサブパルス(62)によってプラズマ内に金属イオンが形成され、
一つのタイプの金属イオンの量が、少なくとも一つの最大値を有するカソードパルス(60)の開始からの時間的推移を有し、
前記最大値の間に、少なくとも一つのバイアスサブパルス(68)が印加される、
ことを特徴とする請求項1ないし3いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項5】
前記カソードパルス(60)は、少なくとも第1及び第2のカソードサブパルス(62)を含み、前記第1及び第2のカソードサブパルス(62)は、それらの持続時間が異なり、又、前記第1及び第2のカソードサブパルス(62)は、それぞれ少なくとも8μs持続する、
ことを特徴とする請求項1ないし4いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項6】
前記第1のカソードサブパルス(62)は、前記カソードパルス(60)の時間における最初のカソードサブパルス(62)であり、
前記第1のカソードサブパルス(62)は、前記第2のカソードサブパルス(62)よりも短い、
ことを特徴とする請求項5に記載のコーティング方法。
【請求項7】
前記第2のカソードサブパルス(62)は、少なくとも15μs、好ましくは20μs、特に好ましくは25μs持続する、
ことを特徴とする請求項6に記載のコーティング方法。
【請求項8】
前記第1のカソードサブパルス(62)は、最大で25μs、好ましくは最大で20μs、特に好ましくは最大で15μs持続する、
ことを特徴とする請求項6又は7に記載のコーティング方法。
【請求項9】
前記カソードパルス(60)は、前記第1及び第2のカソードサブパルスに時間的に続く第3のカソードサブパルス(62)を含み、
前記第3のカソードサブパルス(62)は、少なくとも第1及び第2のカソードサブパルス(62)と同じくらい長く続く、
ことを特徴とする請求項5ないし8いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項10】
前記カソードパルス(60)は、周期持続時間(T)内で周期的であり、
前記周期持続時間(T)は、最大で1.5msである、
ことを特徴とする請求項1ないし9いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項11】
前記カソードパルス(60)は、前記周期持続時間(T)の半分未満、好ましくは前記周期持続時間(T)の最大で三分の一持続する、
ことを特徴とする請求項10に記載のコーティング方法。
【請求項12】
前記カソード電源(26a,26b,26c,26d)は、充電されたコンデンサ(48)及びそのための充電装置(46)を含み、前記マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に供給される電力が、前記充電されたコンデンサ(48)から提供される、
ことを特徴とする請求項1ないし11いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項13】
前記充電装置(46)は、一定の電力に調整される、
ことを特徴とする請求項12に記載のコーティング方法。
【請求項14】
前記カソードパルス(60)は、600Vから1200Vのピーク値をもつ電圧パルスである、
ことを特徴とする請求項1ないし13いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項15】
前記カソードサブパルス(62)の少なくとも一つは、少なくとも実質的に矩形のパルスであるか、又は、少なくとも台形の時間的推移を有する、
ことを特徴とする請求項1ないし14いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項16】
前記カソードサブパルス(62)の少なくとも一つのピーク電力は、少なくとも50kWに達する、
ことを特徴とする請求項1ないし15いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項17】
前記カソードパルス(60)は、少なくとも第1及び第2のカソードサブパルス(62)を含み、前記第2のカソードサブパルス(62)は、前記第1のカソードサブパルス(62)に時間的に続き、
前記第2のカソードサブパルス(62)中に前記マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に供給される電力のピーク値は、前記第1のカソードサブパルス(62)中よりも少なくとも30%高い、
ことを特徴とする請求項1ないし16いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項18】
前記ターゲット(24a,24b,24c,24d)は、周期表の4族から6族の材料、ホウ素、炭素、シリコン、イットリウム、及び/又はアルミニウムを含む、
ことを特徴とする請求項1ないし17いずれか一つに記載のコーティング方法。
【請求項19】
物体(40)をコーティングするためのコーティング装置であって、
前記物体(40)のための受入れ手段(30,32)及びターゲット(24a,24b,24c,24d)を備えた少なくとも一つのマグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)を有する真空チャンバ(12)と、
プラズマを発生させて前記ターゲット(24a,24b,24c,24d)をスパッタするために、HIPIMS法に従って周期持続時間(T)内で周期的にカソードパルス(60)として前記マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に電力を供給するためのカソード電源(26a,26b,26c,26d)と、
各カソードパルス(60)が少なくとも二つのカソードサブパルス(62)及び介在するカソードサブパルスブレイク(64)を含むように、前記マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に電力を供給するべく前記カソード電源(26a,26b,26c,26d)を制御するように設計された制御装置(50)と、
バイアス電圧パルス(68)の形で前記物体(40)に電力を供給するためのバイアス電源(34)と、を備え、
前記制御装置(50)は、さらに、前記バイアス電圧パルス(66)が前記周期持続時間(T)内に前記物体(40)に周期的に印加されるように前記バイアス電源(34)を制御するように設計され、各々のバイアス電圧パルス(66)は、少なくとも二つのバイアスサブパルス(68)及び介在するバイアスサブパルスブレイク(70)を含む、
ことを特徴とするコーティング装置。
【請求項20】
前記カソードパルス(60)は、少なくとも一つの第1及び一つの第2のカソードサブパルス(62)を含み、前記第1及第2のカソードサブパルス(62)は、それらの持続時間に関して異なり、前記第1及び第2のカソードサブパルス(62)は、それぞれ少なくとも8μs持続する、
ことを特徴とする請求項19に記載のコーティング装置。
【請求項21】
前記カソードパルス(60)は、周期持続時間(T)内で周期的であり、
前記周期持続時間(T)は、最大で1.5msである、
ことを特徴とする請求項19又は20に記載のコーティング装置。
【請求項22】
前記カソード電源(26a,26b,26c,26d)は、充電されたコンデンサ(48)及びそのための充電装置(46)を含み、前記マグネトロンカソード(22a,22b,22c,22d)に供給される電力は、前記充電されたコンデンサ(48)から供給される、
ことを特徴とする請求項19ないし21いずれか一つに記載のコーティング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング方法及びコーティング装置に関する。特に、本発明は、少なくとも一つのカソード(陰極)にHIPIMS法に従って電力が供給される、カソードスパッタリングにより物体をコーティングするための方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
機械的又は化学的特性を改善するために、物体又は物体の一部に表面コーティングを施すことが知られている。特に、摩耗し易い工具や部品の場合、機能面にコーティングを施すことが知られている。
【0003】
特に、硬質材料層は、コーティングとして知られている。薄いコーティングを形成するために、CVD法に加えて、特にPVDコーティング法、特にカソードスパッタリング法が知られている。
【0004】
カソードスパッタリングの分野では、HIPIMS法(ハイパワーインパルスマグネトロンスパッタリング)が関連している。カソードが一定の電力で例えばDC電圧によって動作する従来のカソードスパッタリングとは対照的に、HIPIMSでは、高電圧の短い電気パルスがカソードに印加され、非常に高いピーク電力が達成される。その結果、プラズマのイオン化が従来のカソードスパッタリングと比較して大幅に増加し、それによって生成されるコーティングの有利な特性が得られる。
【0005】
HIPIMS法の現在のさらなる開発では、カソードに供給される電気パルスを細分化すること、すなわち、連続カソードパルスの代わりに一連の短いパルス(短いパルスのシーケンス)を印加することが提案されている。このパルスは、ここではカソードサブパルスと呼ばれ、細分化されたカソードパルスを形成する。この方法は、“チョップド(切り刻まれた)HIPIMS”又はDOMS(ディープオシレーションマグネトロンスパッタリング)と呼ばれる。
【0006】
例えば、Barker等の“チタンの堆積速度を増加させるための改変された高出力インパルスマグネトロンスパッタリングプロセス”、Journal of Vacuum Science & Technology A:Vacuum,Surfaces and Films 31,060604(2013)には、HIPIMSパルスが一連のパルスに分割された改変HIPIMS法によるチタン層の堆積が開示されている。持続時間100μsのパルスシーケンスが、周波数200Hz及び平均出力0.75kWにて、変化する持続時間と変化するスイッチオフ期間の四つ又は二つのマイクロパルスで、変化するシーケンスで適用される。分割されたHIPIMSパルスは、従来のHIPIMS法よりも高い堆積速度に大きな影響を与えることが報告されている。
【0007】
Barker等の“チタン堆積中のc-HiPIMPS放電の調査”、Surface & Coating Technology 258 (2014) 631-638には、4又は8マイクロパルスを有するパルスシーケンスを使用したチョップドHIPIMSによって堆積されたチタン層が報告されている。マイクロパルス間の遅延が長くなると、堆積速度が大幅に増加することが報告されており、これは、プラズマのイオン化によって説明することができる。
【0008】
EP2587518A1には、金属又はセラミック材料からなる基材(ワークピース)上に水素を少なくとも実質的に含まないta-C層を生成するための装置が開示されている。真空チャンバは、真空ポンプと不活性ガス源に接続されている。支持装置が基材(ワークピース)のために設けられている。マグネトロンを形成する関連する磁石配置を有する少なくとも一つのグラファイトカソードは、炭素材料の供給源として機能する。バイアス電源は、負のバイアス電圧を基材に印加するために使用される。カソード電源は、グラファイトカソード及び関連するアノード(陽極)に接続され、(好ましくはプログラム可能な)時間間隔で高出力パルスシーケンスを送信するように設計されている。各々の高出力パルスシーケンスは、一連の高周波直流パルスを含み、それらは、適用可能な場合、ビルドアップフェーズ後に、少なくとも一つのグラファイトカソードに供給されるように調整される。
【0009】
EP3457428A1には、半導体処理システムにおいて基板を処理するための方法及び装置が開示されている。この方法は、パルスRFバイアス電圧発生器とHIPIM発生器の間に結合されたパルス同期コントローラを起動することから始まる。第1の時間信号が、パルス同期コントローラからパルスHFバイアス電圧発生器及びHIPIM発生器に送られる。基板キャリア内に配置されたスパッタターゲット及びHF電極は、第1の時間信号に基づいて通電される。ターゲット及び電極は、時間制御信号の終了に基づいて非通電とされる。第2の時間信号が、パルス同期コントローラからパルスHFバイアス電圧発生器に送られ、第2の時間制御信号に応答してターゲットを通電することなく、電極が通電及び非通電とされる。
【0010】
US2008/0135400A1には、基板上にコーティングを生成するためにターゲットをスパッタリングする装置が開示されている。この装置は、カソードとアノードを有するマグネトロンを備える。電源がマグネトロンに接続され、少なくとも一つのコンデンサが電源に接続されている。また、この装置は、コンデンサに動作可能に接続されたインダクタも備えている。第1のスイッチは、第1のパルスに従ってマグネトロンを充電するために、電源をマグネトロンに動作可能に接続する。第2のスイッチは、第2のパルスに従ってマグネトロンを放電するために接続されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】EP2587518A1
【特許文献2】EP3457428A1
【特許文献3】US2008/0135400A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、チョップドHIPIMS法を用いて、有利な特性を有するコーティングを特に有利な方法で堆積させることができる方法及び装置を提案すること、と考えられ得る。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、コーティングされる基材に特殊なパルス形状のバイアス電圧を印加することを特徴とする、請求項1記載のコーティング方法及び請求項19記載のコーティング装置が提案される。
【0014】
従属請求項は、それぞれの場合において、本発明の有利な実施形態に言及している。
【0015】
本発明によれば、基材とも呼ばれる物体をコーティングするためのコーティング方法、又は、場合によってはコーティング装置が提案される。基材は、特に工具であってもよい。通常、多数の個々の物体は、同時にコーティングされる。
【0016】
本発明によれば、ターゲットを有する少なくとも一つのマグネトロンカソードを備える真空チャンバが設けられ、その真空チャンバ内に物体(基材)が配置される。マグネトロンカソードに電力を供給することにより、プラズマが生成され、ターゲットがスパッタされ、プラズマの成分が基材表面上に堆積されるという点で、物体上にコーティングが堆積される。このプロセスでは、電力は、カソードパルスの形で、周期持続時間Tで定期的に、HIPIMS法に従ってパルス状に供給される。本方法のチョップドHIPIMS変形によれば、各々のカソードパルスは少なくとも二つのカソードサブパルスに分割され、それらの間には、電力が無いか又はカソードサブパルスに比べて大幅に低減された電力が印加されるカソードサブパルスブレイク(中断)又はカソードサブパルスギャップがある。したがって、カソードパルスは、時間的に間隔を置いたカソードサブパルスのシーケンス(一連のカソードサブパルス)を形成する。
【0017】
本発明によるコーティング装置は、物体のための受入れ手段を有し、ターゲットを有しかつ少なくとも一つのマグネトロンカソードを有する真空チャンバを備え、又、電気的なカソード電源及び制御装置を備えている。カソード電源は、HIPIMS法に従ってマグネトロンカソードに電力を供給するように設計されており、プラズマを生成してターゲットをスパッタするために、カソードパルスが周期持続期間T内で定期的に供給される。制御装置は、マグネトロンカソードに供給される電力の個々の、幾つかの、又は全てのパラメータ、特に電力、周波数、パルス形状及び/又はシーケンスなどを制御できるように、電気的なカソード電源を制御するように設計されている。制御装置は、カソードに供給される各々のカソードパルスが二つのカソードサブパルスと介在するカソードサブパルスブレイク(又はギャップ)を含むようなシーケンスに従って電気的なカソード電源を制御するように設計されている。制御装置は、特に、好ましくはカソード電源に加えて、コーティング装置の他の機能も、特に、バイアス電源及び/又は、プロセス及び/又は反応性ガスの供給も、時間依存的にコーティングプログラムに従って制御することができるプログラム可能な制御ユニットであることができる。
【0018】
チョップドHIPIMS法に従って提供されるカソードサブパルスのシーケンスは、電気アーク放電の形成の危険性が低減されるか、あるいはアーク放電の形成が後続のサブパルスブレイクによって終わらせられる、という利点を有する。さらに、連続HIPIMSカソードパルスの場合よりもさらに高いプラズマのイオン化が、一連のカソードサブパルスによって達成され得る。
【0019】
カソードパルスは、電圧パルスとして印加され、それ故に、持続時間、パルス形状、シーケンスなどに関して以下に続く説明と情報は、常にマグネトロンカソードで考慮される電圧に言及する。結果として得られる電流、したがって電力は、プラズマ、特にイオン化の条件に依存する。
【0020】
カソードパルスは、カソードサブパルスの様々なシーケンスを含むことができる。好ましくは、これらは電圧パルスである。例えば、カソードパルスあたり2-10個のカソードサブパルス、好ましくは3-8個のカソードサブパルス、より好ましくは4-6個のカソードサブパルスのシーケンスが、有利であることが証明されている。カソードサブパルスの持続時間は、一般に、例えば4-80μs、好ましくは5-50μs又は6-35μs、特に好ましくは8-25μsであってもよい。以下に説明するように、カソードサブパルスは、常に同じ持続時間を有してもよいが、カソードサブパルスが異なる持続時間を有するシーケンスが好ましい。
【0021】
カソードサブパルスのそれぞれのシーケンス内で、カソードサブパルス間にカソードサブパルスブレイク(又はギャップ)が存在する。カソードサブパルスブレイクの持続時間は、好ましくは平均してカソードサブパルスの持続時間よりも短い。例えば、カソードサブパルスブレイクの持続時間は、一般に2-30μs、好ましくは5-25μs、特に好ましくは8-20μsである。シーケンス内のカソードサブパルスの持続時間は、同じであっても異なっていてもよい。
【0022】
本発明によれば、周期持続時間内で周期的であるバイアス電圧パルスの形態のバイアス電圧が、物体に印加される。各々のバイアス電圧パルスは、分割され、すなわち、少なくとも二つのバイアスサブパルスと、介在するバイアスサブパルスブレイク(又はギャップ)を含む。
【0023】
基材に印加されるバイアス電圧は負であり、それ故に、プラズマの正イオンは、基材表面に向かって加速される。DC電圧の既知の使用とは対照的に、本発明によるバイアス電圧は、パルス状に印加され、同様に、バイアスサブパルスブレイクを間に有する個々のバイアスサブパルスのシーケンスで印加される。バイアス電圧のパルスシーケンスの周波数又は周期持続時間は、カソードにおける電力又は電圧のそれと同じである。
【0024】
カソードにおける電圧の時間的推移(進行、経過)と同期するバイアス電圧の時間的推移に関するそのような仕様は、コーティングを形成するプラズマの成分の選択に関して特定の制御可能性をもたらす。示されたように、チョップドHIPIMS法、つまり時間的に間隔をあけたカソードサブパルスによるカソードの動作中のプラズマのイオンの組成は、時間に依存し、すなわち、異なるイオンが異なる時間においてプラズマ内で優勢(支配的)になる。バイアス電圧の時間的推移をここまで調整することにより、層内において統合されるイオンのタイプを、標的を絞った方法で、選択することが可能である。
【0025】
これは、特に、コーティングの構造内の金属イオン及びガスイオンのそれぞれの量に影響を与えることに関係し、これは適切なタイミングによって可能になる。プラズマに含まれるガスイオンの量、特にプロセスガス、例えばアルゴンのイオンの量は、カソードサブパルスの開始からの金属イオンの量から逸脱する時間的推移を有する、ことが観察された。したがって、コーティング内のガス及び金属イオンのそれぞれの量は、カソードサブパルスに対するバイアスサブパルスの持続時間及び開始時間を適切に選択することによって、標的を絞った方法で調整することができる。ここで、プロセスガスとして好ましく使用されるアルゴンの量は、コーティングの特性に決定的な影響を及ぼす。したがって、比較的高い割合のアルゴンでは、コーティングは非常に高い硬度と高い内部応力、つまり硬くて脆い層を実現できることが示されているが、アルゴンを含まない又は割合が低い層は比較してかなり延性がある。
【0026】
また、本発明による“チョップドバイアス”、すなわち分割バイアス電圧の使用は、チョップドHIPIMS法の利点、すなわちアーク放電(アーク)の抑制を促進する。カソードパルスを少なくとも二つのカソードサブパルスに分割してカソードサブパルスブレイクを間に介在させることにより、カソードサブパルスブレイク中に電源がオフになるため電気アークが完全に形成されず、アーク放電の形成が抑制され、したがって、システム(ターゲットなど)、とりわけ物体のコーティングに損傷を与えることは殆どない。バイアス電圧パルスが分割されて、周期ごとに少なくとも一つのバイアスサブパルスブレイクが存在する場合、この効果は追加的にサポートされると想定される。バイアスサブパルスブレイク中において、物体での電力も減少するか又は完全にオフにされる。したがって、特定の状況下では、発生期(初期)の電気アークは、その形成が抑制され、消滅する。これは、バイアスサブパルスがカソードサブパルスのブレイクとオーバーラップするか又は完全に一致する場合だけでなく、時間遅延の場合にも適用される。
【0027】
本発明の有利な展開は、特に、バイアス電圧パルスとカソードパルス又はバイアスサブパルスとカソードサブパルスのタイミングに関係する。
【0028】
好ましくは、バイアスサブパルスの少なくとも一つは、カソードサブパルスの一つの開始後に遅延時間をもって開始し、より好ましくは、複数又は全てのバイアスサブパルスは、関連するカソードサブパルスの開始後に遅延時間をもって開始することができる。例えば、複数又は全てのバイアスサブパルスの遅延時間は、関連するカソードサブパルスごとに同じであってもよい。
【0029】
バイアスサブパルス及びカソードサブパルスのそれぞれのシーケンスは、互いに時間的に調整され得るが、シーケンスは合致する必要はなく、例えば、それぞれのサブパルスの異なる数及び持続時間を有し得る。例えば、二つのバイアスサブパルス間の時間間隔は、二つのカソードサブパルス間の時間間隔に、少なくとも実質的に(すなわち、好ましくは±10%未満の偏差で)対応してもよい。時間間隔は、好ましくは、バイアスサブパルスとカソードサブパルスのそれぞれの開始の間で測定される。比較において考慮されるバイアスサブパルス及びカソードサブパルスは、時間的に互いに直接続いてもよく、又は、追加のバイアスサブパルス及びカソードサブパルスがその間に設けられてもよい。好ましくは、一つ、複数、又は全てのバイアスサブパルスブレイクは、それぞれ関連するカソードサブパルスブレイクと実質的に同じ持続時間を有してもよい。
【0030】
バイアスサブパルスの数は、カソードサブパルスの数と同じであってもよく又は異なっていてもよい。幾つかの好ましい実施形態では、バイアスサブパルスの数はカソードサブパルスの数よりも少なくてもよく、すなわち、カソードサブパルスのそれぞれのために関連するバイアスサブパルスは存在しなくてもよい。例えば、バイアスサブパルスは、より高い電力のカソードサブパルスにのみ関連付けられるように標的を絞った方法で提供されてもよいが、より低い電力の一つ又は複数のカソードサブパルスには、関連付けられたバイアスサブパルスは提供されない。
【0031】
バイアスサブパルス及び/又はバイアスサブパルスブレイクの持続時間は、好ましくは、カソードサブパルス及び/又はカソードサブパルスブレイクの持続時間と同じ間隔内にある。カソードサブパルスの開始と、関連するバイアスサブパルスの開始との間の遅延時間は、例えば、5-200μs、好ましくは10-150μs、特に好ましくは10-60μsである。
【0032】
バイアス電圧パルスは、カソードパルスと少なくとも部分的に重なることが可能であり、すなわち、全てのバイアス電圧パルスの少なくとも一部が、カソードパルスの一つの少なくとも一部と同時に印加されてもよい。しかしながら、これは全ての場合に必要なわけではない。用途によっては、バイアス電圧パルスをカソードパルスに対して遅延させて、実際に時間的なオーバーラップがないようにする、ことが有利であることが証明されている。
【0033】
カソードサブパルスとバイアスサブパルスのシーケンスは、互いに調整することができ、特に、各々のカソードサブパルスは、好ましくは時間遅延をもって開始し、例えば、少なくとも実質的に同じ持続時間を有するバイアスサブパルスに関連付けることができる。したがって、バイアスサブパルスの数は、カソードサブパルスの数と同じであってもよい。しかしながら、バイアスサブパルスの数がカソードサブパルスの数より少ない場合、例えば、全てのカソードサブパルスではなく、むしろカソードサブパルスの幾つかのみが、例えば、それぞれの場合に時間遅延を伴う、例えば少なくとも実質的に同じ持続時間の関連するバイアスサブパルスを有することができる、ことも好ましい。これは、特に、異なる持続時間のカソードサブパルスの場合に好ましい。例えば、短いカソードサブパルスで幾分低いピーク電力が達成される場合、それに関連するバイアスサブパルスを提供しないことが有利であり、したがって、より低いピーク電力で生成されたイオンをコーティングされる物体に向かって加速する必要がなくなる。
【0034】
好ましい実施形態によれば、バイアスサブパルスの最適化されたシーケンスを定義するために、プラズマの時間的発展と種々のタイプのイオンの形成及び推移が、カソードサブパルスの関連するシーケンスに対して考慮され得る。したがって、例えば、ガス及び金属イオンを別々に考えることができ、コーティングを形成するために所望のタイプのイオンが好ましく使用されるようにバイアスサブパルスのシーケンスを選択することができる。金属イオンは、特に好ましい。例えば、様々なタイプのイオン、具体的にはガス及び金属イオンの発生の時間依存推移が、カソードパルスの間及び後に生じることが観察され得る。金属イオンの一つのタイプを考慮に入れると(異なるタイプの金属イオンは、関連する金属のために互いに異なり、さらにイオン化の程度に基づいて異なるタイプを区別することが可能である)、多くの場合、一つの最大値又は複数の最大値を用いて、その時間的推移を決定することが可能である。この場合、バイアスサブパルスの少なくとも一つが少なくとも一つの最大値の間に適用されるように、バイアスサブパルスのシーケンスを選択することが好ましい。時間的推移が複数の最大値を含む場合、二つ以上のバイアスサブパルスが、それぞれの場合に少なくとも一つの最大値の間に適用されるように、好ましくは適用される。さらに好ましくは、二つの最大値の間の時間的推移の最小値の間に、少なくとも一つのタイプの金属イオンに対してサブパルスブレイクが提供され得る。したがって、所望のタイプのイオンが金属イオンの発生の時系列に従って選択され、他のイオン、特にガスイオンに優先してコーティングを構築するために使用されるように、バイアスサブパルスの適切なシーケンスを選択することが可能である。
【0035】
本発明は、様々な態様において、例えば、異なる持続時間のカソードサブパルスの有利なシーケンスに関する態様、短い周期持続時間又はかなり高い周波数を有するチョップドHIPIMS法に関する態様、及びコンデンサ及び充電装置を有する有利なシステム技術に関する態様等によって、補完され又さらに発展させることができる。これらの態様の各々は、個々の利点を提供するが、特に上記の態様の二つ以上の組み合わせが有利であることが証明されている。
【0036】
本発明の発展としての一態様によれば、少なくとも二つのカソードサブパルスは、それらの持続時間が異なる。カソードパルスは、少なくとも一つの第1及び第2のカソードサブパルスを含み、それぞれが少なくとも8μs持続(存続)する。第1及び第2のカソードサブパルスは、持続時間が異なる。
【0037】
“第1”及び“第2”のカソードサブパルスという名称は、一般に、第2カソードサブパルスがカソードサブパルスのシーケンス内の第1カソードサブパルスよりも遅い時間に発生することを意味すると主に理解されるべきであり、第1及び第2のカソードサブパルスが必ずしも次々と続く必要はなく、又、第1のカソードサブパルスがカソードサブパルスのシーケンス内の時間に関して第1のカソードサブパルスであるかどうかに関係ない。しかしながら、好ましくは、上述の第1のカソードサブパルスは、シーケンス内の最初の、すなわち最も早いカソードサブパルスであってもよく、上述の第2のカソードサブパルスは、シーケンス内のカソードサブパルスブレイクの直後に続くカソードサブパルスであってもよい。
【0038】
このようにカソードサブパルスの持続時間を変化させることによって、プラズマは、標的を絞った方法で影響を受けることができる。これは、カソードサブパルスを分離するカソードサブパルスブレイクでの印加電圧がゼロ又はゼロに近いにもかかわらず、驚くべきことに、カソードサブパルスブレイクを超えて持続する残留イオン化が原因で、プラズマが、連続するカソードサブパルスにおいて異なった挙動をする、ことが示されているためである。カソードサブパルスの持続時間の提案される変化は、プラズマにおけるそのような効果を利用すること、特に、カソードサブパルスの最適化されたシーケンスを規定することを可能にする。
【0039】
したがって、例えば、一つ又は複数のより短いカソードサブパルスによって、予備イオン化を達成することが可能であり、この予備イオン化は、すぐに又は時間差をつけて続く一つ以上のより長いカソードサブパルスにおいて特に高いピーク電力を達成するために使用され得る。
【0040】
好ましい実施形態によれば、上述の第1のカソードサブパルスは、時間に関してカソードパルスの、すなわち一連のカソードサブパルス(カソードサブパルスのシーケンス)の第1のカソードサブパルスである。上述の第2のカソードサブパルスは、そのシーケンス内の後の時点で続き、第1のカソードサブパルスの直後に続いてもよく、又は、追加のカソードサブパルスが、第1と第2のカソードサブパルスとの間に時間的に提供されてもよい。第1のカソードサブパルスは、好ましくは、第2のカソードサブパルスよりも短い。例えば、第2のカソードサブパルスの持続時間は、第1のカソードサブパルスの持続時間の110%から600%、好ましくは150%から400%、特に好ましくは200%から300%であってもよい。このようなカソードサブパルスのシーケンスにより、第2のカソードサブパルス中に特に高いピーク電力を達成することができる。
【0041】
好ましい実施形態では、第2のカソードサブパルスは、例えば、少なくとも15μs、好ましくは少なくとも20μs、特に好ましくは少なくとも25μs持続することができる。第1のカソードサブパルスは、例えば、最大で25μs、好ましくは最大で20μs、特に好ましくは最大で15μs持続することができる。
【0042】
二つ以上のカソードサブパルスを有するシーケンスでは、時間的に連続するカソードサブパルスのパルス持続時間が単調に増加する、すなわち、時系列で次のカソードサブパルスまで常に同じ時間又はより長く続くことが好ましい。好ましい実施形態によれば、カソードパルスは、例えば、第1及び第2のカソードサブパルスに時間的に続き、少なくとも第1のカソードサブパルスと少なくとも同じ長さ及び少なくとも第2のカソードサブパルスと同じ長さの第3のカソードサブパルスを含んでもよい。
【0043】
本発明の展開としての一態様によれば、チョップドHIPIMS法は、最大1.5msの異常に短い期間、すなわち少なくとも667Hzのマグネトロンカソードでのパルスの異常に高い周波数で実行される。HIPIMS法の通常の実行は、はるかに低い周波数又はかなり長い周期持続時間から進行する。本発明者等は、驚くべきことに、著しく増加したピーク電力を有するチョップドHIPIMS法を使用して、短い周期持続時間が可能であり又有利であることを認識した。好ましくは、1.25ms以下の(少なくとも800Hzの周波数に対応する)又は1ms以下の(少なくとも1kHzの周波数に対応する)さらに短い周期持続時間も可能である。幾つかの実施形態では、0.2-0.6ms(1.7-5kHz)のさらに短い周期持続時間を使用することができる。
【0044】
このように異常に高い周波数では、電力は非常に短い時間内に供給されるが、非常に高いピーク電力が発生し、高いイオン化が生じる。高い堆積速度は、高周波の主な利点であること、すなわち、低周波に比べて層のより速い構築が証明されている。これは、産業用途における方法と装置の経済的実行可能性に決定的な影響を与える。
【0045】
カソードパルス自体、すなわちカソードサブパルスのシーケンスの合計持続時間、したがってカソードサブパルスの形で電力が印加される時間は、好ましくは周期持続時間の一部のみを占め、例えば、周期持続時間の半分よりも短く、特に好ましくは周期持続時間のせいぜい三分の一である。これは、カソードパルスが充電されたコンデンサから供給される場合に特に有利である。したがって、コンデンサは、カソードパルスの持続時間全体にわたって個々のカソードサブパルス中に放電され、残りの周期持続時間にわたって再充電される。カソードパルスの持続時間を制限することによって、コンデンサを充電するための十分な時間を提供することができる。カソードパルスの持続時間は、好ましくは30μs-400μs、特に好ましくは80μs-300μsの範囲である。
【0046】
本発明の発展としての一態様によれば、カソードサブパルスの形でカソードに供給される電力は、カソード電源の少なくとも一つの充電されたコンデンサから供給される。カソード電源は、好ましくは並列に接続された複数の個々のコンデンサ(コンデンサバンク)の形で提供されるコンデンサと、そのための充電装置とを備える。
【0047】
この種の装備は、チョップドHIPIMS法に従って電力を供給するのに特に適していることが証明されている。この場合、好ましくは、全てのカソードサブパルスの全電力が同じコンデンサから供給され、カソードへの電気的接続は、カソードサブパルスの持続時間の間スイッチによって閉じられ、カソードサブパルスブレイクの間及び残りの周期持続時間のために切断される。スイッチは、好ましくは制御装置によって制御することができ、例えばIGBTとすることができる。充電装置は、コンデンサを充電するために、少なくともカソードパルスの外側の周期持続期間中に、好ましくはカソードサブパルスブレイク中に、コンデンサに電力を供給することができる。特に好ましくは、充電装置は、例えばカソードサブパルス中に並列に接続されるように、コンデンサに常に接続されたままであることができる。
【0048】
好ましい実施形態によれば、充電装置は、電力一定の方法で制御され、すなわち、
コンデンサ(又は、該当する場合は、パルス中にコンデンサとチャンバからなる並列回路)に供給され又時間の経過とともに平均化される電力が、固定値に設定されるように設計される。これは、コンデンサが充電される固定電圧を設定するなどの代替可能な概念とは対照的に、特に安定していることが証明されている。
【0049】
本発明の様々な態様及び展開は、いずれの場合も個別に有利であるが、組み合わせた場合に特に有利である。以下では、幾つかの好ましい実施形態は、個別の各態様と共に使用できるが、任意の二つ、三つ、又は四つ全ての態様の組み合わせでも使用できることが明示される。
【0050】
一つの展開によれば、カソードパルスは、600-1200Vのピーク値を有する電圧パルスである。その値は実施形態に応じて個々に変化し得るが、電圧の値としては、この範囲が好ましいことが証明された。
【0051】
カソードサブパルスは、例えば三角パルスなど、様々な推移(進行)及びパルス形状を有することができる。好ましくは、カソードパルスは、少なくとも実質的に矩形パルス又は台形パルスであり、すなわち、急峻な立ち上がりエッジ及び立ち下がりエッジを有する時間的推移と、それらの間のほぼ直線的推移とを有する。特に、充電されたコンデンサからカソードパルスを供給する好ましいケースでは、その推移は、詳しく調べると放電曲線に対応するが、放電曲線のそのような短いセクションは、推移が好ましくは開始電圧(急峻な立ち上がりエッジの後)と終了電圧(急峻な立ち下がりエッジの前)との間の線形推移からどの点でも20%を超えて逸脱しない、特に好ましくは10%以下であるように選択される。開始電圧と終了電圧との間の推移が少なくとも実質的に一定であることが有利であることが証明されており、この場合、電圧値が、最大でも25%、特に好ましくは最大でも20%変化しないことを意味すると理解されるべきである。この種のパルスは、この場合、実質的に矩形パルスであると考えられる。
【0052】
好ましい実施形態では、カソードサブパルスの少なくとも一つのピーク電力は、少なくとも50kWである。さらに好ましくは、例えば100kWを超える、200kW以上、特に好ましくは300kW以上の著しく高いピーク電力を達成することができる。カソードサブパルスの最大ピーク電力の大きさが、ターゲット材料の金属のイオン化に大きな影響を与えることが示されている。例えば、調査によると、チタンターゲット材料の場合、約500kWのカソードサブパルスの最大ピーク電力でのイオン化粒子と非イオン化粒子の比率(Ti+/Ti)は、カソードサブパルスの最大ピーク電力が150kWの場合の約2倍である。
【0053】
好ましくは、カソードサブパルス中に達成されるピーク電力は、カソードパルスの時間的シーケンス(時間的経過)内で増加する。好ましい実施形態によれば、カソードパルスは、例えば、少なくとも第1のカソードサブパルスと、時間的に後続する第2のカソードサブパルスとを含むことができる。第2のカソードサブパルスは、(介在するカソードサブパルスブレイクの後に)第1のカソードサブパルスの直後に続くことができ、又は、追加のカソードサブパルスがその間に提供され得る。この場合、第2のカソードサブパルス中のピーク電力は、第1のカソードサブパルス中よりも少なくとも30%高いことが好ましい。このようにして、特に高いピーク電力を全体的に達成することができる。
【0054】
本発明は、多種多様なターゲット材料及び材料の組み合わせに適用可能である。ターゲットは、金属材料と非金属材料の両方を含むことができる。好ましくは、ターゲットの成分の少なくとも一つは、周期律表の第4族から第6族の材料、さらにホウ素、炭素、シリコン、イットリウム及びアルミニウムを含む群から選択される。好ましくは、ターゲットの全ての成分が上述の群から選択される。本発明による方法及び本発明による装置によって、コーティングは、ターゲットの成分及び場合によってはガス状で供給される成分によって形成される異なる材料系から生成することができる。したがって、プロセスガスに加えて、反応性ガス、例えば窒素、炭素含有ガス、又は酸素も特に使用することができる。
【0055】
コーティングされる物体に印加されるバイアス電圧は、好ましくは、カソードパルスと同期するバイアス電圧パルスでパルス化される、すなわち、同じ周波数及び固定位相関係で印加される。パルスの位置及び持続時間は、イオンのタイプが標的を絞った方法で選択されるように選択されることが好ましい。位置及び/又は持続時間は、少なくとも一つの最大値を有するカソードパルスの間及び後に、少なくとも一つのタイプの金属イオンの発生の推移(進行)に応じて選択することができる。この場合、バイアスパルスが上述の最大値の間に印加されることが好ましい。
【0056】
本発明の実施形態は、図面を参照して以下により詳細に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0057】
図1】本発明の一実施形態としてのコーティングシステムの平面図における概略図である。
図2】コーティングされる物体としての割出し可能インサート(スローアウェイチップ)を示す図である。
図3】基材材料上のコーティングの概略断面図である。
図4】HIPIMS電源の一実施形態の回路図である。
図5a】カソード電圧及びバイアス電圧の代表的な時間的推移(進行、経過)を概略的に示す。
図5b】カソード電圧及びバイアス電圧の代表的な時間的推移を概略的に示す。
図6a】第1の例示的実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにイオンの量及びタイプの測定された時間的推移を示す。
図6b】第1の例示的実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにイオンの量及びタイプの測定された時間的推移を示す。
図7a】第2の例示的な実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにイオンの量及びタイプの測定された時間的推移を示す。
図7b】第2の例示的な実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにイオンの量及びタイプの測定された時間的推移を示す。
図8a】第3の例示的な実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにバイアス電圧及びバイアス電流の測定された時間的推移を示す図である。
図8b】第3の例示的な実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにバイアス電圧及びバイアス電流の測定された時間的推移を示す図である。
図9a】第4の例示的実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにバイアス電圧及びバイアス電流の測定された経時的推移を示す図である。
図9b】第4の例示的実施形態について、カソード電圧及びカソード電流並びにバイアス電圧及びバイアス電流の測定された時間的推移を示す図である。
図10a】第5の例による電気的変数の測定された時間的推移のグラフを示す。
図10b】第6の例による電気的変数の測定された時間的推移のグラフを示す。
図11a】第7の例による電気的変数の測定された時間的推移のグラフを示す。
図11b】第8の例による電気的変数の測定された時間的推移のグラフを示す。
図12】カソードのターゲットに対するコーティングされる物体の方向付けの概略図である。
図13a】比較例による物体の自由面及びすくい面上のコーティングの破壊形態のSEM写真を示す。
図13b】比較例による物体の自由面及びすくい面上のコーティングの破壊形態のSEM写真を示す。
図14a】例示的な実施形態による物体の自由面及びすくい面上のコーティングの破砕形態のSEM写真を示す。
図14b】例示的な実施形態による物体の自由面及びすくい面上のコーティングの破砕形態のSEM写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0058】
図1は、PVDコーティングシステム10の一実施形態の構成要素を概略的に示している。真空チャンバ12の内部20は、真空を生成するためにベント14によって排気することができる。プロセスガス、好ましくは希ガス又は様々な希ガスの混合物、例えば、アルゴン及び/又はクリプトンを入口16から供給することができる。窒素などの反応性ガスを入口18から供給することができる。別の実施形態では、入口16,18をプロセスガス及び反応性ガス用の共通の入口に置き換えることができる。
【0059】
例示的なアセンブリでは、各々が平面スパッタターゲット24a,24b,24c,24dを有する四つのマグネトロンカソード22a,22b,22c,22dが、真空チャンバ12の内部20に配置されている。マグネトロンカソード24a,24b,24c,24dは、それぞれ制御可能な電気的HIPIMS電源26a,26b,26c,26dに接続され、これにより、以下に詳細に説明するように、真空チャンバ12の導電壁に対して電圧を印加することができる。
【0060】
図1に示される四つのマグネトロンカソード22a,22b,22c,22dの配置及び回路は、例として理解されるべきである。代替実施形態では、他の電極構成、例えば、マグネトロンカソード22を一つだけ、二つ、三つ、又は四つより多く設けてもよい。各々がHIPIMS電源26a,26b,26c,26dに接続されている図示のマグネトロンカソード22a,22b,22c,22dに加えて又はその代替として、別のタイプのカソード、例えば、DC電圧電源に接続されているDCマグネトロンカソードを設けることもできる。マグネトロンカソードは、例として示すように、真空チャンバ12の壁ではなく、別個のアノード(不図示)に対向して、別の方法で電気的に接続することもできる。
【0061】
電源26a,26b,26c,26dは、図1のそれぞれの場合において単に概略的に示されている。図4は、HIPIMS電源26aの簡略化された回路図を示す。コンデンサ48として、上述の電源は、並列に接続された多数のコンデンサからなるコンデンサバンク、コンデンサ48用の充電装置46、及び好ましくはIGBTとして設計される制御可能なスイッチ36を備えている。
【0062】
図示の実施形態では、充電装置46は、電力制御電圧源であり、コンデンサ48と並列に接続されている。コンデンサ48は、スイッチ36を介してHIPIMS電源26aの出力端子28に接続されている。スイッチ36が開いている場合、充電装置46はコンデンサ48を充電する。スイッチが閉じている場合、コンデンサ48に蓄積された電荷は、出力端子28に供給され、すなわち、マグネトロンカソード22a(図1)に供給され、ここでは、電力は並列に接続された充電装置46によって供給される。スイッチ36は、システム10の制御ユニット50のコントローラ38によって制御される。
【0063】
マグネトロンカソード22a,22b,22c,22dは、それらのスパッタリングターゲット24a,24b,24c,24dが真空チャンバ12の中心を向くように方向付けされる。上述の真空チャンバ内には、回転可能な基材テーブル30があり、その上には、複数の回転可能な基材キャリア32が、基材40すなわちコーティングされる物体を保持するために配置されている。図示の例では、図2に示すように、割出し可能なインサート(スローアウェイチップ)40が基材として装填されている。基材40は、基材材料42、例えば割出し可能なインサート40の場合にはWC/Co焼結材料からなる。しかしながら、これはコーティングされる基材40の一例にすぎず、代わりに、異なる形状及び異なる材料の部品又は工具をコーティングすることができる。
【0064】
基材40は、基材キャリア32を介して基材テーブル30に電気的に接続されている。真空チャンバ12の壁に対する電気バイアス電圧Vを基材テーブル30したがって基材40に印加することができる制御可能なバイアス電源34は、基材テーブル30に接続されている。これにより、基材テーブルの接続部においてバイアス電流Iとして測定され得るプラズマ内のイオン流が生成される。真空チャンバの壁へのバイアス電源の接続は、一例として理解されるべきであり、代わりに、バイアス電源は、別のアノード(陽極)に接続されてもよい。
【0065】
入口及び出口14,16,18のHIPIMS電源26a,26b,26c,26d、バイアス電源34及びポンプ(不図示)は、システム10の中央制御ユニット50にそれぞれ接続されている。中央制御ユニット50は、真空チャンバ12の内部20で行われる前処理及びコーティング方法の全てのパラメータが、所定の記憶された時間依存制御プログラムに従って制御ユニット50によって制御されるようにプログラムされることができる。その制御プログラムは変更することができ、制御ユニット50は、選択的に検索することができる複数の異なる制御プログラムを格納することができる。システム10の動作中のプロセス及び設定について以下で言及する場合、これらは、制御ユニット50によって実行される制御プログラムで予め定義(規定)される。
【0066】
システム10の動作中、制御ユニット50で実行されるそれぞれの制御プログラムによって指定されるように、真空チャンバ12の内部20に最初に真空が生成され、続いて、プロセスガス好ましくはアルゴンが導入される。次に、基材40がイオンエッチングにより前処理される。エッチング中、バイアス電源34は、高い(負の)バイアス電圧Vを供給するように制御され、それによって(正の)イオンが基材上に加速される。エッチングにはガス及び/又は金属イオンを使用することができ、様々なプロセスが可能である。
【0067】
好ましい実施形態では、マグネトロンカソード20をHIPIMS動作モードで動作させることなく、ガスイオンエッチングが最初に行われる。ガスイオンエッチングは、例えば、-100Vから-400Vの範囲のDC電圧としてバイアス電圧Iを印加することによるDCエッチングとして、又は代わりに、MFエッチング(バイアス電圧I-100Vから-700V)として実施することができる。DCエッチング中、電子はホローカソード(中空陰極、不図示)によって生成され、アノード(不図示)で放電される。基材テーブル30は、アノードとホローカソードとの間に配置される。MFエッチング中、MF電源(不図示)が電子を生成し、電子がガスをイオン化する。前述の電子は、真空チャンバ12の壁(動作時の接地)で放電される。
【0068】
ガスイオンエッチングの後、密着性をさらに向上させるために、金属イオンエッチングが用いられてもよい。例えば、一つ又は二つの(例えば、Cr,Ti,Vで作られたターゲットを備えた)マグネトロンカソード22a-dが、ドナー材料がイオン化されるような高いピーク電力でHiPIMS動作モードにおいて動作される。さらに、バイアス電圧Vが、DC電圧(DC)として又はパルス状に印加され、バイアス電圧Vのパルスはカソードパルスと同期させることができる。バイアス電圧Vは、好ましくは、-300から-1200Vの間である。
【0069】
続いて、このように前処理された基材表面上にコーティング44(図3)が堆積される。この目的のために、HIPIMS電源26a,26b,26c,26d及びバイアス電源34は、適切なバイアス電圧V及び適切なカソード電圧Vを供給するように制御される。この例は以下に説明される。入口16,18は、プロセスガス(アルゴン)と、適用可能な場合、反応性ガス(例えば窒素)を供給するように制御される。これにより、真空チャンバ12の内部20にプラズマが生成され、そのプラズマの下で、ターゲット24aがスパッタされる。プラズマの陽イオンは、負のバイアス電圧Vによって基材40の基材材料42の表面に向かって加速され、そこにコーティング44を形成する(図3)。
【0070】
その過程において、HIPIMS法により周期的なパルスで、HIPIMS電源26a,26b,26c,26dからマグネトロンカソード22a,22b,22c,22dに電力が供給される。その電力は、例えば図5a,5bに概略的に示されるように、第1のマグネトロンカソード22aにおける電圧Vcの推移のために、パルス持続時間Pのカソードパルス60の形においてチョップドHIPIMS法に従って供給され、それは、図5aに示す例では三つ、図5bでは四つのパルス持続時間P,P,P,Pを有するカソードサブパルス62に分割される。カソードサブパルス62の間には、電圧が印加されない持続時間Z,Z,Zを有するカソードサブパルスブレイク64が存在する。カソードパルス60は、周波数fで又は周期持続時間Tで周期的である。カソードパルス60の終了後において、周期持続時間Tの残りの間は電圧が印加されない。
【0071】
図5aの例では、カソードパルス60のシーケンス(一連のカソードパルス60)は、各々同じ持続時間P,P,Pの三つのカソードサブパルス62を含む。図5bの例では、最初に二つの短いカソードサブパルス62aと、次に二つの長いカソードサブパルス62bを備えたカソードサブパルス62a,62bの別のシーケンスが示されている。
【0072】
図5a,5bに示されるマグネトロンカソードにおける電圧VC1のパルスシーケンスは、制御ユニット50によるHIPIMS電源26a-dの制御によって、具体的には、HIPIMS電源26a-dのスイッチ36の適切な制御によって予め規定される。ここで、図5a,5bの表示は、簡略化のための理想的な矩形パルス形状であることに注意されるべきであり、実際の電圧曲線は、以下で説明されて個別に示されるように、これから逸脱している。特に、実際のパルス形状は、カソードサブパルスの持続時間に亘ってコンデンサ48の放電曲線の形で、ある程度の低下を示すが、カソードサブパルスブレイク64中に、充電装置46によるある程度の再充電を伴う。
【0073】
バイアス電圧Vは、実施形態に応じて、コーティングの持続時間全体に亘って様々な時間的推移(進行)を有し得る。特に、バイアス電圧Vは、DC電圧として又はパルス状に印加され得る。好ましい実施形態の例は、図5a,5bに概略的に示されている。
【0074】
図5aの例では、バイアス電圧Vは、合計持続時間Bにおける三つのバイアスパルス66の形で印加され、同じ周波数又は周期持続時間Tを有するバイアスパルス66は、カソードパルス60と同様に周期的である。カソードパルス60と同様に、バイアスパルス66も分割され、すなわち、それぞれ持続時間ZB1,ZB2の介在するバイアスサブパルスブレイク70と共にそれぞれ持続時間B,B,Bのバイアスサブパルス68に分割される。各バイアスパルス66内のバイアスサブパルス68のシーケンスは、各カソードサブパルス60内のカソードサブパルス64のシーケンスに対応する。すなわち、各カソードサブパルス64は、同じ持続時間であるが時間オフセットがあり、すなわち、いずれの場合も遅延時間Tの遅延がある、バイアスサブパルス68に関連付けられる。
【0075】
図5bの例では、バイアス電圧Vは、各周期持続時間T内に二つのバイアスサブパルス66のみの形で印加される。この場合、バイアスサブパルス66のシーケンスは、カソードサブパルス64a、64bのシーケンスに部分的にのみ対応する。なぜなら、バイアスサブパルス68は、各カソードサブパルス64に関連付けられていないからである。二つの最初の短いカソードサブパルス64aには、バイアスサブパルスは関連付けられていないが、同じ持続時間の関連付けられたバイアスサブパルス68が、いずれの場合も遅延時間Tによる遅延をもって、より長い第3及び第4のカソードサブパルスに続く。
【0076】
図5a,5bに示されるバイアス電圧Vのパルスシーケンスも、理想化された形で示されている。カソード電圧VC1のパルスシーケンスと同様に、これらはバイアス電源34を適切に制御することによって制御ユニット50により予め規定(定義)される。また、前述のバイアス電源は、制御可能なスイッチ(不図示)を含み、それによって、実施形態に応じて、好ましいように及びHIPIMS電源26aの場合のように、コンデンサバンクが選択的に出力に接続されるか、又は代わりに、DC電圧源が、出力に直接接続される。
【0077】
以下では、第1の例(図6a,6b)及び第2の例(図7a,7b)に基づいて、バイアスパルス66及びバイアスサブパルス68とカソードパルス60及びカソードサブパルス62との適切な同期が、どのようにしてコーティング44の組成に影響を与えることができるかを説明する。
【0078】
第1の例において、図6bは、チタンからなるターゲットを有し、プラズマ内で形成される幾つかのタイプのイオンのために、窒素が反応性ガスとして供給され、アルゴンがプロセスガスとして供給される、マグネトロンカソードにおいて、図6aに示される経過(コース)を有しかつそれぞれ20μsの持続時間P,Pの二つのカソードサブパルス62と、カソードサブパルス62の間に30μsの持続時間Zのカソードサブパルスブレイク64とを有するカソードパルス60の印加後において、それぞれの時間的推移(進行、経過)の例を示す。
【0079】
図示されるように、プラズマには、さまざまな種類の金属イオンとガスイオンが含まれているが、Ti,Ti2+,N 、及びNの四つの種類のイオンについて、それぞれの時間的推移のみが示されている。これらのイオンは、異なる時間的推移を示す。例えば、Ti金属イオンは、カソードパルス60の開始後の約120μsにおいて顕著な最大値を示す。これは、カソードパルス60の全持続時間Pが僅か70μsであることから、特に顕著である。
【0080】
概略的に示されるように、Ti金属イオンが支配的な時間間隔72を規定(定義)することが可能である。
【0081】
プラズマの正のガス及び金属イオンは、負のバイアス電圧Vによって基材42の表面に向かって加速され、それ故にそこに堆積するコーティング44の一部となる。DCバイアス、すなわちバイアス電圧Vとしての連続するDC電圧の場合、全てのイオンが例外なく層形成のために選択される。図5a,5bに示されるように、マグネトロンカソード22a-dにおける電圧Vの時間的推移と同期するバイアス電圧Vのパルス状の時間的推移の場合、時間的同期、すなわち、遅延時間T及びそれぞれのバイアスサブパルス68の持続時間を適切に選択することによって、時間における様々なポイント(時点)において、プラズマ内に存在するガス及び金属イオンの中からの選択が可能である。
【0082】
したがって、図6a,6bの第1の例では、バイアス電圧Vは、例えば、Tiイオンが最大に達する時間間隔72の間だけ印加することができる。この場合、バイアス電圧Vは、バイアスサブパルス68に分割されない連続するバイアスパルス66の形で印加することができる。
【0083】
図7a,7bの第2の例では、チタンからなるターゲットを有し、窒素が反応性ガスとして供給され、アルゴンがプロセスガスとして供給される、マグネトロンカソード22aについて、第1の例の表示に対応する条件が示されている。図7aに示されるように、第2の例におけるカソードパルス60は、異なる持続時間P=10μs及びP=20μsの二つのカソードサブパルス62を含み、カソードサブパルス62の間に18μsの持続時間Zのカソードサブパルスブレイク64を備えている。
【0084】
図7bに示されるように、様々なタイプのイオンTi,Ti2+,N ,及びNの異なる時間的推移が、図7aに示されるカソードサブパルス62のシーケンスに対して生じる。その時間的推移は、図6aに示されるカソードサブパルス62のシーケンスに対して図6bに示される時間的推移とは異なる。図7bでは、特に、Tiイオンが、約t=30μsとt=90μsにおいて二つの最大値を示し、その間でt=50μsに最小値を示す。この場合も、二つ目の高い最大値は、t=48μsでのカソードパルスの終了後である。
【0085】
図7bでは、図6bによる第1の例とは異なり、Ti金属イオンが支配的である二つの別個の時間間隔72を規定(定義)することができる。
【0086】
したがって、図7a,7bの第2の例では、バイアス電圧Vは、例えば、時間間隔72中にそれぞれ印加される二つのバイアスサブパルス68の形で印加することができ、ここで、40-70μsの範囲内で介在するバイアスサブパルスブレイク70が存在する。このように、標的を絞った方法でバイアスサブパルス68の適切なシーケンスを選択することによって、形成するコーティング44において、高い比率のTiイオンが保証される。
【0087】
その結果、コーティング44の組成を予め規定することができ、層の特性は、時間的な同期によって著しく影響を受ける(バイアスサブパルス68の持続時間B,B,…B、及びバイアスサブパルスの開始時間、例えば、各々がカソードパルス60の開始から計算されるか、又は、カソードサブパルス62及びバイアスサブパルス68がそれぞれの遅延時間Tによって割り当てられる場合)。コーティング44内のプロセスガスアルゴンの割合を考慮して(しかしながら、図6b,7bの例ではArイオンの時間的推移は示されていない)、その特性を、特にコーティング44の内部応力及びその硬さに関して、適切に予め規定することができる。Ar含有量が高い場合、高い内部応力及び高い硬度を有するコーティング44が生成される。したがって、より低いAr含有量を有するコーティング44は、かなり延性があり、著しく低い内部応力を有する。
【0088】
以下では、カソードパルス60のパルスシーケンス又はむしろカソードサブパルス62のシーケンスのさらなる例が、提示されて説明される。
【0089】
第3の例(図8a,8b)及び第4の例(図9a,9b)では、四つのマグネトロンカソード22a,22b,22c,22dが、HIPIMS法で、2kHzの周波数、すなわちT=500μsで操作される。経時的に平均化された電力は、いずれの場合もカソードあたり12kW、つまり合計で48kWである。マグネトロンカソード22a-dは、チタン、アルミニウム、及びシリコンのターゲット24a-d、例えば二つのチタン-シリコンターゲット及び二つのチタン-アルミニウムターゲットを備えている。プロセスガスとしてアルゴン、反応性ガスとして窒素が受け入れられる。
【0090】
基材40としての割り出し可能インサート上に堆積された層44は、いずれの場合も、Al-Ti-Si-N層である。
【0091】
第3及び第4の例は、カソードサブパルス62(図8a,9a)の異なるシーケンス及びバイアスサブパルス68(図8b,9b)の異なるシーケンスの故に、異なっている。
【0092】
第3の例では、カソードサブパルス62のシーケンスは、三つのカソードサブパルス62を含み、その三番目は、最初の二つよりも長い。カソードサブパルス62及びカソードサブパルスブレイク64のそれぞれの持続時間は、
=30μs、
=25μs、
=60μs、
=25μs、
=30μs、
であり、これにより、500μsの周期持続時間T内で、170μsの合計パルス長Pが生成される。
【0093】
カソードサブパルス62のパルス形状は、いずれの場合も、約680Vの電圧VC1で実質的に矩形であり、これはパルスの進行過程(コース)で僅かに低下し、第3のカソードサブパルス62で電圧の約20%の低下が発生するにもかかわらず、実質的に矩形形状であると考えられる。
【0094】
図示のように、カソード電流IC1は、それぞれの場合においてランプ状(傾斜状)に増加し、最初のカソードサブパルス62の間に約75A、第2のカソードサブパルス62の間に約145A、又、第3のカソードサブパルス62の間に約220Aのピーク値に達する。したがって、第3のカソードサブパルス62が第1及び第2のカソードサブパルス62よりも大幅に長いことが有利であることが証明され、この場合に、到達するピーク電力は約120kWになる。
【0095】
図8bに示されるように、バイアス電圧Vの関連するシーケンスは、三つのバイアスサブパルス68を含み、その持続時間は、それぞれ関連するカソードサブパルス62の持続時間に実質的に対応し、しかしながら、それらは、約20μsの遅延時間Tで印加される。
【0096】
結果として得られるバイアス電流Iは、第1のバイアスサブパルス68の間に約15Aのピーク値に、第2のバイアスサブパルス68の間に約33Aのピーク値に、第3の最長のバイアスサブパルス68の間に60Aを超えるピーク値に達し、それは多数のイオンが基材42に向かって加速されることを示している。
【0097】
第3の例では、コーティング44は、1.9μm/hの堆積速度で成長する。
【0098】
イオン化の尺度として、プラズマ中のイオン化されていないチタン原子の量に対するイオン化されたチタン原子の割合は、OESによって測定することができる。第3の例では、Ti/Tiの比率が約1.2の非常に高いイオン化が結果として得られる。分割されていないHIPIMSパルスを他の点では同一の条件下で使用した比較例では、比率は0.93しか達成されない。
【0099】
第4の例では、第3の例と同様に、カソードサブパルス62のシーケンスは、三つのカソードサブパルス62を含み、その第1のものは第3の例よりもさらに短く、第3のものはさらに長く、したがって、増加するカソードサブパルスの持続時間:
=20μs、
=25μs、
=70μs、
=25μs、
=30μs、
のシーケンスを生成する。
【0100】
この場合も、パルス長Pの合計は170μsである。第3の例のように、パルス形状は実質的に矩形である(第3のカソードサブパルス62の間に、幾分かの大幅な低下を伴う)。いずれの場合も、ランプ状に増加するカソード電流IC1は、第1のカソードサブパルス62の間に約25Aに、第2のカソードサブパルス62の間に約100Aに、又第3のカソードサブパルス62の間に約215Aに達する。第3の例と比較すると、約130kWのさらに高いピーク電力が達成される。
【0101】
第4の例(図9b)においても、バイアス電圧Vは、三つのバイアスサブパルス68を含み、バイアスサブパルス68とカソードサブパルス62の持続時間及びバイアスサブパルスブレイク70とカソードサブパルスブレイク64の持続時間は、実質的に互いに対応するが、バイアスサブパルス68は、約25μsの遅延時間Tで遅延する。バイアス電流Iは、第1のバイアスサブパルス68の間に僅かに約5Aのピーク値に、第2のバイアスサブパルス68の間に約25Aのピーク値に、第3のバイアスサブパルス68の間に約65Aのピーク値に達する。第3の例と同様に、堆積速度は1.9μm/hである。
【0102】
第4の例では、1.57のTi+/Tiの比率が得られ、したがって第3の例と比較してイオン化が増加する。
【0103】
このように、基材材料42上に生成されたコーティング44は、分割されていないHIPIMSパルスを用いるがそれ以外は同じ条件である比較例によるコーティング44(図13a,13b)と比較して、図14a,14bに示されている。コーティング44は、いずれの場合も、図12に示すように、コーティングシステム10の動作中にターゲット24aに方向付けされる自由面52上と、それに対して直角に配置されるすくい面54上とに示されている。
【0104】
図14aは、図9a,9bによるカソードサブパルス62のシーケンスを有する特別なチョップドHIPIMS法によって生成された、物体40の自由面52上のコーティング44を示す。コーティング44は、図13aに示される比較例に比べて、はるかに微細な構造を示す。
【0105】
図14bから分かるように、コーティング44は、ターゲット24b(図12)に方向付けされていないすくい面54上において、比較例(図13b)よりもはるかに微細な構造を示す。また、図13bによる比較例では、コーティング44は、ここでは例として白い矢印によって示されている斜めの成長方向を有し、それは基材表面に対して直角に向けられておらず、むしろ斜めに向けられていることも分かる。一方、そのような斜め方向の成長は、図9a,9bによるカソードサブパルス62の特別なシーケンスを用いたチョップドHIPIMS法の例に基づく図14bからは認められず、代わりに、コーティング44は、明らかに、基材表面に対して垂直に成長している。
【0106】
このより均一な成長及びより微細な構造は、より高度なイオン化の結果であると考えられる。
【0107】
第4の例示的な実施形態に従って生成されたコーティング44は、特に、コーティングされた工具上で特に好ましい特性を示す。上述の比較例(連続的で非分割のHIPIMSパルス)に従って一方の面をコーティングし、上記第4の例に従うカソードサブパルス62とバイアスサブパルス68のシーケンスを用いて他方の面をコーティングした割出し可能インサート(スローアウェイチップ)を用いた機械加工試験において、X6CrNiMoTi17-12-2の機械加工中、比較例と比較して20%長い工具寿命が、それぞれ6μmのコーティング44を有する第4の実施例で達成された。
【0108】
以下に、カソードサブパルス62及びバイアスサブパルス68のシーケンスのさらなる例が示される。
【0109】
先ず、図10aによる第5の例と図10bによる第6の例との比較において、バイアス電圧Vの時間的推移(進行、経過)の様々なタイプの同期が示される。両方の例において、バイアス電圧Vは、カソードサブパルス62と同期するバイアスサブパルス68に分割される。しかしながら、第5の例(図10a)では、その同期は遅延時間なし(T=0μs)であり、一方、第6の例(図10b)では、遅延時間(T=10μs)が設けられる。
【0110】
図10aは、第1のマグネトロンカソード22aにおける電圧VC1、第1のマグネトロンカソード22aへの電流IC1、バイアス電圧V、及び中間のカソードサブパルスブレイク64を有する二つの連続するカソードサブパルス62のシーケンスに対するバイアス電流Iの測定された時間的推移を示す。
【0111】
周波数は、1000Hz(T=1ms)である。カソードサブパルス62及びカソードサブパルスブレイク64のパルス持続時間は、P=20s、P=20μs、Z=10μsである。カソードパルス60のパルス持続時間は50μs(周期持続時間Tの5%に相当する)である。バイアス電圧Vは、同じ周波数で周期的であり、B=20μs、B=20μs、ZB1=10μsである、二つのバイアスサブパルス66とバイアスサブパルスブレイク70を含み、これらは、同じ持続時間で遅延のない(T=0μs)カソードサブパルス62と時間的に同期している。
【0112】
図10aの例では、HIPIMS電源26aの充電装置46は、3000Wの定電力に調整される。HIPIMS電源26aのコンデンサ48は、第1のカソードサブパルス62の開始時に約700Vまで充電される。示されるように、カソードサブパルス62は、オーバーシュートが殆どなく、カソードサブパルス62の持続時間全体にわたって電圧VC1の僅かな低下を有する実質的に矩形の形状を有する。
【0113】
カソード電流IC1は、第1のカソードサブパルス62の間に約150Aに僅かに上昇する時間的推移と、第2のカソードサブパルス62の間に約300Aのピーク値(ピーク電力)まではるかに急峻に上昇する時間的推移を示す。したがって、第1のカソードサブパルス62では、約100kWの電力(ピーク電力)のピーク値に達し、第2のカソードサブパルス62で約200kWのピーク電力に達する。これにより、プラズマのイオン化度が高くなり、したがって、特に第2のバイアスサブパルス62中に、基材40に衝突するプラズマの多数の電荷キャリアが生じるが、これは急激に増加するバイアス電流Iから得ることができる。
【0114】
したがって、図10aの例は、同じ長さのカソードサブパルス62と、同じパルスシーケンスの正確に(遅延なしに)同期されたバイアス電圧Vを有する第5の例示的な実施形態を示す。ここでは、第2のサブパルス62,68中に達成された比較的高いピーク電力及び電流IC1及びIの急激な増加が示されている。
【0115】
図10aとの比較のために、図10bは、第6の例示的な実施形態として、それぞれのカソードサブパルス62とバイアスサブパルス68の開始の間に10μsの遅延時間Tを示し、それ以外は同一のパラメータを有する。より多くのイオンがすでに利用可能であるため、それぞれのバイアスサブパルス68の間により速い速度で増加する、バイアス電流Iの異なる時間的推移を視ることができる。
【0116】
以下では、カソードサブパルス62の様々なシーケンスが、図11aによる第7の例及び図11bによる第8の例との比較において提示される。両方の例において、五つのカソードサブパルス62のシーケンスがそれぞれの場合に適用される。しかしながら、第7の例(図11a)では、第1のカソードサブパルス62は、時間に関して、その後のカソードサブパルス62よりも短く、一方、第8の例(図11b)では、前側のカソードサブパルス62は、後側のカソードサブパルス62よりも長い。
【0117】
二つの例は、次のパラメータによって特徴付けられる。

【0118】
図8a,8bにおいて、バイアス電圧Vは、いずれの場合も、カソードサブパルス62と時間的に同期し、同じ周波数及びパルスシーケンスで周期的であり、同じ持続時間で遅延時間がない(T=0μs)。
【0119】
図11aの例では、最初の二つのカソードサブパルス62の間に、27kW及び68kWの低いピーク電力のみが最初に生成される。しかしながら、後続のより長いカソードサブパルス62の間に、ピーク電力は、179kW及び190kWまで急激に上昇し、その後、最後のカソードサブパルス62の間に86kWに達するだけである。
【0120】
図11bの例では、ピーク電力は、最初の三つのカソードサブパルス62の間に、64kW及び156kWの値に増加するだけであり、後続のカソードサブパルスでは、ピーク電力は小さくなる。したがって、全体として、図11aの例よりも低いピーク電力値が達成される。
【0121】
結果として、最初はより短いカソードサブパルス62及びその後のより長いカソードサブパルス62を有するシーケンスが有利であることが証明された。
図1
図2
図3
図4
図5a
図5b
図6a
図6b
図7a
図7b
図8a
図8b
図9a
図9b
図10a
図10b
図11a
図11b
図12
図13a
図13b
図14a
図14b
【国際調査報告】