(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-10-13
(54)【発明の名称】多能性幹細胞を中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞に分化する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20231005BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20231005BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20231005BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20231005BHJP
A61P 25/14 20060101ALI20231005BHJP
C12N 5/0797 20100101ALN20231005BHJP
C12N 5/0735 20100101ALN20231005BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
C12N5/0793
A61K35/30
A61P25/28
A61P25/16
A61P25/14
C12N5/0797
C12N5/0735
C12N5/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023541855
(86)(22)【出願日】2021-09-14
(85)【翻訳文提出日】2023-05-16
(86)【国際出願番号】 CN2021118183
(87)【国際公開番号】W WO2022062960
(87)【国際公開日】2022-03-31
(31)【優先権主張番号】202011002775.4
(32)【優先日】2020-09-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】523102519
【氏名又は名称】上海躍賽生物科技有限公司
【氏名又は名称原語表記】UNIXELL BIOTECHNOLOGY
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】陳 躍 軍
(72)【発明者】
【氏名】周 文 浩
(72)【発明者】
【氏名】熊 曼
【テーマコード(参考)】
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA02
4B065BC50
4B065BD21
4B065BD39
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BB64
4C087CA04
4C087DA32
4C087MA67
4C087NA20
4C087ZA15
4C087ZA16
(57)【要約】
多能性幹細胞を中脳黒質ドーパミン作動性(A9 mDA)ニューロン細胞に特定に分化する方法を提供する。分化して成熟したA9 mDAニューロンが、脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの表面分子マーカー(TH、FOXA2、EN1、LMX1A、NURR1、とGIRK2を含む)を発現することができるが、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCBをほとんど発現しない。上記のA9mDA神経細胞を黒質に移植すると、その軸索が、内因性黒質ドーパミン作動性ニューロンに支配される標的脳領域-背側線条体へ特異性に投射する;移植されたA9 mDAニューロン自体は、低周波の自発放電周波数、超分極電流刺激に誘起されるsagを含む、内因性黒質ドーパミン作動性ニューロンの典型的な電気生理特性を表す;A9 mDA神経細胞を神経変性疾患個体の黒質または線条体に移植すると、運動機能障害を改善することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)幹細胞を神経誘導剤を含む培地に置き、複数の段階では、添加組分でそれぞれに誘導すること;及び
(2)培養物から上記幹細胞から由来する中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を得ること
を含む、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を調製する方法。
【請求項2】
(1)には、複数の段階では、異なる添加組分で誘導する:
第一段階:SB431542、DMH-1、SHHとCHIR99021を添加する;
第二段階:SAG、SHHとCHIR99021を添加する;
第三段階:SHH、SAGとFGF8bを添加する;
第四段階:SHHとFGF8bを添加する;
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
複数の段階では、異なる添加組分で誘導する:
第一段階:1~15μMのDMH-1、200~1000ng/mLのSHH、0.1~1μMのCHIR99021を添加する;
第二段階:0.1~5μMのSAG、50~300ng/mlのSHH、0.1~1μMのCHIR99021を添加する;
第三段階:5~100ng/mlのSHH、0.1~5μMのSAG、5~200ng/mlのFGF8bを添加する;
第四段階:5~100ng/mlのSHH、5~80ng/mlのFGF8bを添加する;
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
複数の段階では、異なる添加組分で誘導する:
第一段階:10±5μMのSB431542、2±1μMのDMH-1を添加し、500±200ng/mlのSHH、0.4±0.2μMのCHIR99021を添加する;
第二段階:2±1μMのSAG、100±50ng/mlのSHH、0.4±0.2μMのCHIR99021を添加する;
第三段階:20±10ng/mlのSHHと0.5±0.2μMのSAG、100±50ng/mlのFGF8bを添加する;
第四段階:20±10ng/mlのSHH、20±10ng/mlのFGF8bを添加する;
ことを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
各の段階では、
第一段階:培養開始から培養6~8日間;好ましくは、7±0.5日間;
第二段階:培養6~8日間から培養11~13日間;好ましくは12±0.5日間;
第三段階:培養11~13日間から培養18~20日間;好ましくは19±0.5日間;
第四段階:培養18~20日間から培養31~33日間;好ましくは32±0.5日間;
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
上記の幹細胞は、胚性幹細胞又は誘導性多能性幹細胞を含む;好ましくは、上記の幹細胞は、ヒト幹細胞であり、上記の胚性幹細胞又は誘導性多能性幹細胞は、ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導性多能性幹細胞であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一つの方法で調製して得る中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞。
【請求項8】
中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞が、分化5~10日後、チロシンヒドロキシラーゼ、FOXA2、EN1、LMX1A、NURR1及び/又はGIRK2を含む、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの表面分子マーカーを発現するが、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCALBをほとんど発現しない中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞。
【請求項9】
上記の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を、脳の黒質領域に移植したあと、移植して分化して得たA9中脳ドーパミン作動性(mDA)ニューロン軸索は、内因性の黒質ドーパミン作動性ニューロンに支配される標的脳領域-背側線条体に特異性に投射される;及び/又は
移植して分化して得たA9中脳ドーパミン作動性ニューロン自体が、低周波の自発放電周波数、超分極電流刺激に誘起されるsagを含む内因性の黒質ドーパミン作動性ニューロンとする典型的な電気生理特性を表す;及び/又は
移植して分化して得たA9中脳ドーパミン作動性ニューロンが、脳の黒質又は線条体に作用させると、運動機能障害を改善することができる;
ことを特徴とする請求項7又は8に記載の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞。
【請求項10】
上記の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞は、A9中脳ドーパミン作動性細胞である;好ましくは、分化5~10日後、その80%超がA9 mDAニューロンマーカーであるGIRK2を発現する;より好ましくは、その85%超がA9 mDAニューロンマーカーであるGIRK2を発現する
ことを特徴とする請求項7又は8に記載の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞。
【請求項11】
分化5~10日後、総細胞中の40%以上又はTUJ1+ニューロン中の50%以上の細胞が、当該特徴を有する;より好ましくは、総細胞中の50%以上又はTUJ1+ニューロン中の60%以上の細胞が、当該特徴を有することを特徴とする請求項7又は8に記載の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞。
【請求項12】
請求項7~11のいずれか一つに記載の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞から分化して得る中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞;好ましくは、それが、TH、FOXA2、EN1、LMX1A、NURR1及び/又はGIRK2を含む、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの表面分子マーカーを発現するが、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCALB(CB)をほとんど発現しない。
【請求項13】
神経変性疾患を治療する製剤の調製における請求項7~11のいずれか一つに記載の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞の応用。
【請求項14】
請求項7~11のいずれか一つに記載の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞;及び、薬学的に許容される担体を含む神経変性疾患を治療する製剤。
【請求項15】
上記の製剤は:
大脳黒質領域又は線条体移植の移植物として;
運動機能障害の予防・治療に
使用されることを特徴とする請求項14に記載の応用。
【請求項16】
上記の神経変性疾患は、パーキンソン病、アルツハイマー病、ルイ認知症、ハンチントン病、筋萎縮側索硬化症、神経損傷を含むことを特徴とする請求項15に記載の応用。
【請求項17】
以下を含む神経変性疾患を改善する物質のスクリーニング方法:
(1)候補物質でモデル系を処理し、当該モデル系は、大脳神経回路が損傷され又は神経機能が損傷され、且つ中脳ドーパミン作動性ニューロンを含むモデル系である;及び
(2)上記のモデル系を検測し、上記の候補物質は、ドーパミン作動性ニューロンが大脳中の損傷した神経回路を修復すること又はその再構築神経機能を再構築することを、統計学的に促進する場合、当該候補物質は、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【請求項18】
ステップ(1)に記載のモデル系は、動物モデル系、組織モデル系、器官モデル系、細胞モデル系であることを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項19】
ステップ(2)が、以下を含むことを特徴とする請求項17に記載の方法:
中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンの黒質-線条体回路に対する修復を促進する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である;又は
中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンのシナプス前とシナプス後の統合を促進する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である;又は
中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンの軸索の背側への投射を促進する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である;又は
中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンから神経繊維を成長させ、内因性黒質-線条体神経接続経路に沿って特異的に成長し、その内因性標的領域-線条体まで延長し、線条体ニューロンと神経接続を形成し、線条体に投射することを促進する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【請求項20】
上記のモデル系は、動物系であり、当該動物が、運動機能障害という特点を有する;更に、動物の運動能力を観測することを含み、上記の候補物質が、その運動機能障害を更に改善する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質であることを特徴とする請求項17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
技術分野
本発明は、神経幹細胞科学分野に属し、より具体的に、本発明は、多能性幹細胞を中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞に分化する分化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
背景技術
パーキンソン病(Parkinson’s disease,PD)は、長期の中枢神経系変性疾患であり、平均発病年齢は60歳、65歳以上の老人の中で発病率は1.7%である。国際疫学調査によると、2005年の中国PD患者は約200万人で、世界の発症者の半分を占めている。2030年までに、中国では500万人近くのPD患者が発生すると予想されている。パーキンソン病の患者は、静止性振戦、筋張力上昇、運動遅延、姿勢不安定などの運動障害としてよく見られる。パーキンソン病の病理的基礎は、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの変性的変化と損失であり、線条体ドーパミン作動性レベルが著しく低下し、運動機能の障害を招いた。
【0003】
ドーパミン作動性ニューロンは、カテコールアミン系神経伝達物質であるドーパミンを分泌できることから名づけられ、脳内に広く分布している。ドーパミン作動性ニューロンは、チロシンヒドロキシラーゼ(tyrosine hydroxylase、TH)をマーカーとし、THは、ドーパミン合成における律速酵素であり、チロシンのL-ドパ(L-DOPA)への転換を触媒する役割を担う。中脳では、ドーパミン作動性ニューロンは、主に3つの神経核に分布している:黒質緻密部(the substantia nigra pars compacta、SNc)、腹側被蓋野(the ventral tegmental area、VTA)、および後赤核領域(the retrolbral field、RrF)。SNcのドーパミン作動性ニューロンは、A9 mDAニューロンとも呼ばれ、VTAのは、A10 mDAニューロン、RrFのは、A8 mDAニューロンとも呼ばれ、A8-10の命名は、解剖学的な定位に基づいて区別されている。A9 mDAニューロンとA10 mDAニューロンは、中脳ドーパミン作動性ニューロン(midbrain dopaminergic neurons, mDA)の2種類の重要なサブタイプであり、2種類のニューロンは、位置分布の違いを除いて、投射回路もそれぞれ異なっている。A9 mDAニューロンは主に背外側の線条体に投射され、中脳黒質-線条体回路を構成し、主に運動機能を制御し、パーキンソン病で特異的に損失したドーパミン作動性ニューロンサブグループである。A10 mDAニューロンは、主に側坐核、皮質、嗅皮層、扁桃体などに投射され、中脳辺縁皮質回路を構成し、報酬、情緒などの機能の制御に関与する。
【0004】
A9 mDAニューロンとA10 mDAニューロンは、パーキンソン病には異なる易感性を示した。パーキンソン病患者の脳内では、SNcのA9 mDAニューロンが、優先的に退化し、SNc腹側の細胞は背側よりも敏感であるが、隣接するVTAのA10 mDAニューロンは相対的に免れた。細胞内カルシウム結合蛋白質calbindin(CALB)は、A10 mDAニューロンのマーカーとして使用され、calbindinは、PD患者とPDモデル動物の脳内ドーパミン作動性ニューロンの中で拮抗能を持つニューロン(大部はA10 mDAニューロン)を区別するために使用さる。もう一つのタンパク質であるG-タンパク質ゲート内向き整流性カリウムチャネル(GIRK)は、D2またはGABA受容体を活性化することによって、緩やかな抑制性シナプス後電位を生成し、それによってドーパミン作動性ニューロンの活性を制御する。その中で、GIRK2は、特異的に、感作性ドーパミン作動性ニューロン(大部はA9 mDAニューロン)に発現される。
【0005】
臨床上、パーキンソン病を治癒する有効な治療案はまだなく、現在応用されている治療手段は症状を改善するしかなく、病状の進展を阻止することはできない。薬物治療は、パーキンソン病の最も主要な治療手段であり、ドーパミンを補充したり、ドーパミン受容体機能を増強したりすることによって治療の効果を達成して、L-ドパ(L-DOPA)製剤は依然として最も有効な薬物である;しかし、薬物はPDの初期段階でしか有効ではなく、ドーパミン作動性ニューロンの更なる損失につれて、薬物は徐々に失効し、明らかな副作用が現れる。脳深部の電気刺激術は、パーキンソン病患者の治療にも応用されている。しかし、薬物治療と同様に、手術治療は症状を改善するだけで、病気を根治することはできない。また、深部脳刺激の副作用により、この治療手段は一部の患者にしか適用されない。外部来源からドーパミン作動性ニューロンを移植し、さらに脳内で損失したドーパミン作動性ニューロンの機能に代わる方法(幹細胞治療)は、将来性のある治療法の1つである。臨床試験により、流産胎児の中脳腹側(中脳ドーパミン作動性神経前駆細胞が位置する脳領域)の細胞を患者の線条体に移植し、一部の患者の運動機能を長期的に回復させることができ、しかも薬物を必要としないか、少量しか使用しないことが分かった。移植した一部の神経前駆細胞は、DAニューロンに分化し、DAを放出することができる。これらの臨床研究は、PD治療における幹細胞治療の巨大な潜在能力を証明した。しかし、流産胎児の脳組織源はわずかであり、かつ倫理学的な問題もある。ヒト胚性幹細胞(hESCs)とヒト誘導性多能性幹細胞(hiPSCs)を含むヒト多能性幹細胞(hPSCs)は、全身のあらゆるタイプの細胞に分化する可能性があり、治療のために様々な機能細胞を得るための理想的な細胞源である。体内発育の原則に従い、ヒト多能性幹細胞は、中脳ドーパミン作動性ニューロンへの分化を誘導することができる。これらの細胞はPDモデルマウスの線条体内に移植され、生存することができ、パーキンソン病の行動表現を救うことができ、パーキンソン病の治療に新たな希望をもたらした。
【0006】
しかし、これらの研究では、移植細胞中の中脳ドーパミン作動性ニューロンのサブタイプ(A9/A10)を明確に区別しなかった。上述のように内部来源の異なるサブタイプのドーパミン作動性ニューロンは、その電気生理特性、支配する脳領域と生理機能が全く異なる。そのため、中脳ドーパミン作動性ニューロンの異なるサブタイプに対する分化方法を開発する必要があり、特にパーキンソン病に対する細胞治療には、効率的な中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン富化の分化方法を開発する必要がある。また、分化して得られるドーパミン作動性ニューロンには、マーカー分子の発現、電気生理的特徴、軸索投射の特徴などを含む複数のレベルから、それらのサブタイプ特異性を検証する必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発明の内容
本発明の目的は、多能性幹細胞を、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞に分化する特定の方法、およびその方法により得られる細胞または細胞製剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第一は、(1)幹細胞を神経誘導剤を含む培地に置き、複数の段階では、添加組分でそれぞれに誘導すること;及び、(2)培養物から上記幹細胞から由来する中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を得ること;を含む、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を調製する方法を提供する。
【0009】
一つの好ましい例において、(1)には、複数の段階では、異なる添加組分で誘導する:第一段階:SB431542、DMH-1、SHHとCHIR99021を添加する;第二段階:SAG、SHHとCHIR99021を添加する;第三段階:SHH、SAGとFGF8bを添加する;第四段階:SHHとFGF8bを添加する。
【0010】
もう一つの好ましい例において、第一段階には、1~15μM(例えば2、5、8、12、14μM)のSB431542、1~5μM(例えば0.4、0.6、1、3、5、10、15、18μM)のDMH-1、200~1000ng/mL(例えば300、400、600、700、800、900ng/mL)のSHH、0.1~1μM(例えば0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9μM)のCHIR99021を添加する。
【0011】
より好ましい例において、第一段階には、10±5μMのSB431542、2±1μMのDMH-1を添加し、500±200ng/mlのSHH、0.4±0.2μMのCHIR99021を添加する。さらに好ましくは、10±2μMのSB431542、2±0.5μMのDMH-1を添加し、500±100ng/mlのSHH、0.4±0.1μMのCHIR99021を添加する。
【0012】
もう一つの好ましい例において、第二段階には、0.1~5μM(例えば0.2、0.5、0.8、1、2、3、4μM)のSAG、50~300ng/ml(例えば80、100、150、200、250ng/ml)のSHH、0.1~1μM(例えば0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9μM)のCHIR99021を添加する。
【0013】
より好ましい例において、第二段階には、2±1μMのSAG、100±50ng/mlのSHH、0.4±0.2μMのCHIR99021を添加する。さらに好ましくは、2±0.5μMのSAG、100±20ng/mlのSHH、0.4±0.1μMのCHIR99021を添加する。
【0014】
もう一つの好ましい例において、第三段階には、5~100ng/ml(例えば10、15、20、30、40、50、60、70、80ng/ml;好ましくは、5~50ng/ml)のSHH、0.1~5μM(例えば0.2、0.5、0.8、1、2、3、4μM)のSAG、5~200ng/ml(例えば10、15、20、40、60、80、100、150、200、250ng/ml)のFGF8bを添加する。
【0015】
より好ましい例において、第三段階には、20±10ng/mlのSHHと0.5±0.2μMのSAG、100±50ng/mlのFGF8bを添加する。さらに好ましくは、20±5ng/mlのSHHと0.5±0.1μMのSAG、100±20ng/mlのFGF8bを添加する。
【0016】
もう一つの好ましい例において、第四段階には、5~100ng/ml(例えば10、15、20、30、40、50、60、70、80ng/ml)のSHH、5~80ng/ml(例えば10、15、20、30、40、50、60、70ng/ml)のFGF8bを添加する。
【0017】
より好ましい例において、第四段階には、20±10ng/mlのSHH、20±10ng/mlのFGF8bを添加する。さらに好ましくは、20±3ng/mlのSHH、20±3ng/mlのFGF8bを添加する。
【0018】
もう一つの好ましい例において、各段階において、第一段階:培養開始から培養6~8日;好ましくは、7±0.5日;第二段階:培養6~8日から培養11~13日;好ましくは12±0.5日;第三段階:培養11~13日から培養18~20日;好ましくは19±0.5日;第四段階:培養18~20日から培養31~33日;好ましくは32±0.5日。
【0019】
もう一つの好ましい例において、上記の幹細胞は、胚性幹細胞又は誘導性多能性幹細胞を含む;好ましくは、上記の幹細胞は、ヒト幹細胞であり、上記の胚性幹細胞又は誘導性多能性幹細胞は、ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導性多能性幹細胞である。
【0020】
本発明のもう一つは、前記のいずれか一つの方法で調製された中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を提供する。
【0021】
本発明のもう一つは、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を提供し、上記の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞が、分化5~10日(例えば6、7、8、9日)後、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)、FOXA2、EN1、LMX1A、NURR1及び/又はGIRK2を含む、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの表面分子マーカーを発現するが、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCALB(CB)をほとんど発現しない。
【0022】
もう一つの好ましい例において、上記の分化は、インビトロ分化であり、インビトロでの付着と成熟、成熟した中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンへの分化を含む。
【0023】
もう一つの好ましい例において、上記の分化は、インビボ分化であり、インビボでの成熟を含む。
【0024】
もう一つの好ましい例において、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCALBをほとんど発現しないことは、20%未満、好ましくは15%未満、より好ましくは12%、10%、8%未満のCALBを発現すると指す。
【0025】
もう一つの好ましい例において、上記の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を、脳の黒質領域に移植したあと、移植して分化して得たA9 中脳ドーパミン作動性(mDA)ニューロン軸索は、内因性の黒質ドーパミン作動性ニューロンに支配される標的脳領域-背側線条体に特異性に投射される。
【0026】
もう一つの好ましい例において、移植して分化して得たA9中脳ドーパミン作動性ニューロン自体が、低周波の自発放電周波数、超分極電流刺激に誘起されるsagを含む内因性の黒質ドーパミン作動性ニューロンとする典型的な電気生理特性を表す。
【0027】
もう一つの好ましい例において、移植して分化して得たA9中脳ドーパミン作動性ニューロンが、脳の黒質又は線条体に作用させると、運動機能障害を改善することができる。
【0028】
もう一つの好ましい例において、上記の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞は、A9中脳ドーパミン作動性細胞である;好ましくは、分化5~10日(例えば6、7、8、9日)後、その80%超がA9 mDAニューロンマーカーであるGIRK2を発現する;より好ましくは、その85%超がA9 mDAニューロンマーカーであるGIRK2を発現する。
【0029】
もう一つの好ましい例において、分化5~10日後、総細胞中の40%(例えば45%、50%、55%、60%、70%)以上又はTUJ1+ニューロン中の50%(例えば55%、60%、65%、70%、75%、80%)以上の細胞が、当該特徴を有する;より好ましくは、総細胞中の50%(例えば55%、60%、65%、70%、75%)以上又はTUJ1+ニューロン中の60%(例えば65%、70%、75%)以上の細胞が、当該特徴を有する。
【0030】
本発明のもう一つは、前記のいずれか一つの中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞から分化して得る中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞を提供し、好ましくは、それが、TH、FOXA2、EN1、LMX1A、NURR1及び/又はGIRK2を含む、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの表面分子マーカーを発現するが、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCALB(CB)をほとんど発現しない。
【0031】
本発明のもう一つは、神経変性疾患を治療する製剤(細胞培養物又は分離物を含む)の調製における前記のいずれか一つの中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞の応用を提供する。
【0032】
本発明のもう一つは、前記のいずれか一つの中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞;及び、薬学的に許容される担体を含む神経変性疾患を治療する製剤を提供する。
【0033】
もう一つの好ましい例において、上記の製剤はさらに、大脳黒質領域又は線条体移植の移植物(薬物)として使用される。
【0034】
もう一つの好ましい例において、上記の製剤はさらに、運動機能障害の予防・治療に使用される。
【0035】
もう一つの好ましい例において、上記の神経変性疾患は、パーキンソン病、アルツハイマー病、ルイ認知症、ハンチントン病、筋萎縮側索硬化症、神経損傷を含むが、これらに限定されない。
【0036】
本発明のもう一つは、神経変性疾患を改善する物質(潜在物質を含む)をスクリーニングする方法を提供し、上記の方法は、以下を含む:(1)候補物質でモデル系を処理し、当該モデル系は、大脳神経回路が損傷され又は神経機能が損傷され、且つ中脳ドーパミン作動性ニューロン(細胞)を含むモデル系である;及び、(2)上記のモデル系を検測し、上記の候補物質は、ドーパミン作動性ニューロンが大脳中の損傷した神経回路を修復すること又はその神経機能を再構築することを、統計学的に促進(著しく促進、例えば10%以上、20%以上、50%以上、80%以上など促進)する場合、当該候補物質は、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0037】
もう一つの好ましい例において、ステップ(1)に記載のモデル系は、動物モデル系、組織モデル系、器官モデル系、細胞(培養物)モデル系である。
【0038】
もう一つの好ましい例において、ステップ(2)において、中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンの黒質-線条体回路に対する修復を促進(著しく促進、例えば10%以上、20%以上、50%以上、80%以上など促進)する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0039】
もう一つの好ましい例において、ステップ(2)において、中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンのシナプス前とシナプス後の統合を促進(著しく促進、例えば10%以上、20%以上、50%以上、80%以上など促進)する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0040】
もう一つの好ましい例において、ステップ(2)において、中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンの軸索の背側(Caudate putamen、CPu)への投射を促進(著しく促進、例えば10%以上、20%以上、50%以上、80%以上など促進)する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0041】
もう一つの好ましい例において、ステップ(2)において、中脳ドーパミン作動性ニューロンに対する上記の候補物質の影響を観測することを含み、中脳ドーパミン作動性ニューロンから神経繊維を成長させ、内因性黒質-線条体神経接続経路に沿って特異的に成長し、その内因性標的領域-線条体まで延長し、線条体ニューロンと神経接続を形成し、線条体に投射することを促進(著しく促進、例えば10%以上、20%以上、50%以上、80%以上など促進)する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0042】
もう一つの好ましい例において、ステップ(2)において、以下を含む:上記のモデル系は、動物系であり、当該動物が、運動機能障害という特点を有する;更に、動物の運動能力を観測することを含み、上記の候補物質が、その運動機能障害を更に改善(著しく改善、例えば10%以上、20%以上、50%以上、80%以上など改善)する場合、それは、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0043】
もう一つの好ましい例において、ステップ(2)において、以下を含む:ステップ(1)が、以下を含む:テストグループにおいて、候補物質でモデル系を処理する;及び/又は、ステップ(2)が、以下を含む:上記の系における、大脳中の損傷した神経回路又はその神経機能の再構築に対するドーパミン作動性ニューロンの作用を検測し、又は黒質-線条体回路の修復に対する中脳ドーパミン作動性ニューロンの作用を検測し、又は中脳ドーパミン作動性ニューロンのシナプス前とシナプス後の統合状況を検測し、又は動物の運動機能障害状況を観測すること;かつ、上記の候補物質を添加しない発現系であるコントロールグループと比較すること;上記の候補物質が、大脳中の損傷した神経回路又はその神経機能の再構築に対するドーパミン作動性ニューロンの作用や、黒質-線条体回路の修復に対する中脳ドーパミン作動性ニューロンの作用や、中脳ドーパミン作動性ニューロンのシナプス前とシナプス後の統合状況や、動物の運動機能障害の改善を、統計学的に促進する場合、当該候補物質は、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0044】
もう一つの好ましい例において、上記のスクリーニング方法は、疾患の治療を直接目的とする方法を含まない。
【0045】
もう一つの好ましい方式において、上記の候補物質は、化合物、相互作用分子、生体高分子などを含むが、これらに限定されない。
【0046】
もう一つの好ましい例において、上記の方法はさらに、得られた物質又は潜在物質に対して、更なる細胞実験、動物(例えばネズミ、非ヒト霊長類)実験又はヒトに対する臨床試験を行うことで、候補物質から更に大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質を選択・確定することを含む。
【0047】
本文に開示された内容に基づき、当業者にとって、本発明の他の面は自明なものである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【
図1】黒質に移植されたヒトニューロンの軸索投射。 (AとB)黒質移植マウスの脳切片矢状断面、mDA(A)とGlu(B)ニューロンのhNCAM免疫組織化学染色。スケールバー、250um。黒枠領域は右上に拡大される。白い枠の領域は右下に拡大される。スケールバー、拡大される画像は、25umである (C)解剖構造の3つの代表的な矢状断面概略図。 (D)対応する矢状面において、野生型マウス(左図)またはmDAニューロン(中図)またはGluニューロン(右図)を移植したPDマウスのTH免疫染色。 (E)異なる領域におけるhNCAM+繊維の分布を定量化する。mDAグループn=8,Gluグループn=6。 (F)mDA移植マウスの背側(CPu)と腹側線条体(Acb)におけるhNCAM+繊維の相対分布。(A)、(B)、(D)の画像は、複数の高倍率拡大画像から自動的に結合されたものである。
図8も参照。
【
図2】黒質に移植されたニューロンの軸索投射経路。 (A)mDAニューロンを移植したマウス脳の近似的な中外側平面およびそれと対応する連続矢状面hNCAM免疫染色概略図。 (B)異なる矢状面にhNCAM+軸索投射を描画する。ボックスの領域は(C)~(F)に拡大される。 (C~F)高倍率レンズで軸索の投射経路と領域を示す。スケールバー、250um。(C)における赤色矢印は、MFBにおけるhNCAM+軸索を表す。(C)における赤色矢印は、上りのhNCAM+軸索を表す。(F)は外側線条体中のhNCAM+繊維の分布を示す。(D)及び(F)における青色矢印は、皮質中のhNCAM+繊維を表す。 (G)異なるホスト脳領域に移植されたmDA又はGluニューロン繊維中のhNCAM+繊維の形態分布及びヒトSTEM121及びTHとの共標識。スケールバー、50mm(上)、25mm(下)。 (H)mDAまたはGluニューロン移植マウスCPu中のTHと共標識されたヒトSTEM121のピクセルの百分比を定量化する。データは平均値±SEMで表される。t検定。***p<0.001。 (A)と(C~F)の画像は、複数の高倍率拡大画像から自動的に結合されたものである。
図9も参照。
【
図3】遺伝的に標識されたヒトmDAニューロンの軸索投射と電気生理特性。 (A)ヒトのmDA及び非mDAニューロンの移植の可視化及び電気生理記録策略。 (B)TH-tdTomato/ChR2-EYFP二重サイトノックインhESC細胞株(TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP hESCs)を構築する策略。 (C)上記のhESCs細胞株を用いた分化42日目の免疫染色は、tdTomatoとEYFPがTH+ニューロンで共発現している(白色矢印)が、TH-ニューロンにtdTomato(白色矢印)がないことを示す。スケールバー、20um。 (D)免疫組織化学画像は、黒質移植のトランスジェニックヒトmDAニューロンの移植ブロックに、tdTomato+/EYFP+mDAニューロン(白色矢印)とtdTomato-/EYFP+非mDAニューロン細胞(白色矢印)を含むことを示す。 (E)黒質移植したPDマウス脳切片連続冠状切片免疫染色のtdTomato。スケールバー、1mm。図に示するように、枠内領域が拡大される。スケールバー、0.1mm。点状赤色矢印は、腹側線条体からの上り軸索を示す。 (F)ヒトSTEM121とtdTomatoの共標識。スケールバー、50um。 (G~I)移植部位の冠状面切片、PDマウス脳の線条体(GとH)または黒質(I)移植ブロックのtdTomatoとEYFP免疫染色。(G)における枠領域は下に拡大される。(I)における画像は、同じ移植ブロックの上部と下部の2つの個別の画像を合成したものである。スケールバー、1mm、上部(G);100mm、下部(G);250um、(H)と(I)。 (J)mDAニューロンレポーターマウス(DAT-cre/Ai9)の内因性SNc mDAニューロンまたは線条体または黒質移植のヒトmDAニューロン移植3ヶ月後、典型的な自発的動作電位(sAPs)が出現した。 (K~M)mDAニューロンレポーターマウスから由来の内因性中間VTAまたはSNc(K)または線条体移植のヒト非mDAニューロンまたはmDAニューロン(L)は、移植後6ヶ月に典型的な電圧サグ特性を検出した。括弧内の数字は、記録された細胞にサグを示すニューロンの数を表す。サグの幅は(M)で表し、統計サンプル数は柱に表示される。データは平均値±SEMで表される。t検定,##p<0.01,##p<0.001。 (E)、(G)と(H)の画像は、複数の高倍率拡大画像から自動的に結合されたものである。(I)における画像は、同一断面の上半分と下半分の2枚の個別の画像を結合してなるものである。
図10と11も参照。
【
図4】遺伝的に標識されたヒトmDAニューロンの入力の、狂犬病に媒介される追跡。 (A)PDマウスのSNまたは線条体に入力された遺伝的に標識されたヒトmDAニューロンの入力を追跡するための戦略。(B)TH-iCre hESC細胞株の構築の概略図。 (C)移植部位でEGFPとtdTomatoを発現するニューロン。スケールバー、1mm。(D)免疫組織化学画像が示すSN移植部位ニューロンにおけるtdTomato、EGFP及びTHの発現。白色矢印は、EGFPとtdTomatoがTH+ニューロンで共発現することを示す。スケールバー、100mm。 (E)連続冠状切片は、追跡されたホストニューロン(EGFP+/tdTomato-)における黒質または線条体に移植されたヒトmDAニューロンの分布を示す。移植物と同じ側のみが表示される。スケールバー、1mm。 (F)定量化統計標識は、黒質または線条体に移植されたヒトmDAニューロンの同側標識の入力であり、すべての同側入力のパーセントで表される。データは平均値±SEMとして表される。平均入力パーセントが1%を超える黒質または線条体移植物の大脳領域のみを示す。線条体移植の場合、n=3、黒質移植物の場合、n=5。ND,未検出。スチューデントのt検定、*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001。 (G)標識されたニューロンを、異なるホスト脳領域に移植されたmDAニューロンに入力させる拡大画像。スケールバー、200mm。 (H)冠状断面で、Acbにおいて標識されたニューロンが移植されたmDAニューロンに入力されたことを示す。ボックスの領域は、(H1)で拡大する。別の動物からの入力ニューロンの例示的な分布(H2)を示す。白色矢印は、標識された入力ニューロンが斑塊状に分布していることを示している。スケールバーは、1mm(上図)と0.5mm(下図)である。 (C~E)と(H)の画像は、複数の高倍率拡大画像から自動的に結合されたものである。(G)の画像はタイル画像から拡大される。
図12も参照。
【
図5】ヒト由来mDAまたは非mDAニューロン入力の電気生理特性。 (AとB)移植後3ヶ月又は6ヶ月以内に線条体(A)又は黒質(B)に移植されたヒトmDA又は非mDAニューロンには典型的なsEPSC及びsIPSCがある。 (CとD)sIPSC(C)とsEPSC(D)の周波数と振幅。データは平均値±SEMとして表される。一元配置分散分析を行い、Holm-Sidak事後検定を行った。*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001;3ヶ月と6ヶ月移植されたmDAまたは非DAニューロンを比較した。##p<0.01,###p<0.001;mDAと非mDAニューロンの比較。 (E)野生型SCIDマウスの内因性線条体またはSNcニューロンと、移植後6ヶ月の線条体または黒質の非mDAまたはmDAニューロンとのsIPSC/sEPSC比。データは平均値±SEMとして表される。一元配置分散分析を行い、Holm-Sidak事後検定を行った。##p<0.01,###p<0.001。この列には統計用のサンプル番号が表示される。
【
図6】移植動物の行動結果。 (A)動物モデルの構築、移植、行動解析の実験過程。これらの動物に対して、アンフェタミンに誘導される回転、回転テストと円筒テストなどの行動学的テストを毎月行った。 (B)アンフェタミンに誘導される回転挙動は、移植後6ヶ月以内に変化した。 (C)回転テストは、移植前後の落下時間の変化を示した。 (D)円筒テストは、移植前後の同側選好変化を示した。 すべての3つの行動テストにおいて、黒質mDAグループn=11、黒質Gluグループn=8、黒ACSFグループn=8、線条体mDAグループn=8であった。データは平均値±SEMとして表される。2段階分散分析を行い、Holm-Sidak検定を行った。***p<0.001。
【
図7】移植を受けたPDマウスの双方向制御。 (A)PDマウスに移植されたヒトmDAニューロンの双方向制御の概略図。 (B)mCherryとBi-DRADD hESC系を生成する模式図。 (C)免疫染色により、Bi-DRADD hESC分化の42日目に、分化したmDAニューロンにおいて、TH、hM3Dq-mCherry及びヘマトクリット(HA)標識のKORD共発現が示された。スケールバー、50mm。 (D)免疫組織化学画像によると、Bi-DRADDhESCsから分化したmDAニューロンは移植後、ヒト核(hNs)、mCherry、THを共発現した。スケールバー、50mm。 (E)動物モデルの実験過程、移植と行動解析。S回転、自発回転。 (FとG)アンフェタミンに誘導される回転と円筒テストは、回転行動(F)または同側優先触覚(G)の変化を示した。 (H)円筒テストにより、媒介体、CNOまたはSALBで処理した後、PDマウスの同側優先触覚(G)に変化が生じたことが明らかになった。 (IとJ)自発回転テストは、CNOまたはSALBに引かれた同側純回転(I)と同側優先回転(J)の変化を示した。
【
図8】mDA及びGluニューロンのインビトロ分化及びTH繊維のインビボ分布。 (A~B)hESCからの32日目培養物の免疫染色でmDAとして示された、標識された始原細胞(A)と前脳グルタミン酸始原細胞(B)。Ho,Hoechst、スケールバー=25um。(C)(A)及び(B)に提供された細胞分化の定量化。(D~E)hESCからの42日目培養物の免疫染色でmDAとして示された、標識されたニューロン(D)と前脳グルタミン酸ニューロン(E)。スケールバー=25um。(F)(D)と(E)で紹介された細胞分化過程の定量化。(G)
図1Dに示すように、野生型マウスTH+繊維の分布の領域別定量化。n=5。皮質中のTH+陽性細胞体も、計算に含まれる。
【
図9】黒質移植のmDAとGluニューロンの生存、軸索投射とシナプス形成。 (A)PDマウス脳からのhNCAMの免疫組織化学画像。移植されたmDAニューロンは、CPu中のhNCAM+繊維の分布と分岐化を示した。赤色矢印は、hNCAM+繊維のビーズ状構造を表す。スケールバー=50um(B)nDAを移植したマウスの損傷した脳の免疫組織化学画像。ニューロンは異なる脳領域で、hNCAM+繊維の形態を示した。スケールバー=125um。 (C)PDマウス脳からのhNCAMの免疫組織化学画像。移植されたGluニューロンは、マウス皮質とOB(嗅球)では、hNCAM+繊維の分布と分岐化を示した。スケールバー=125um。 (D)免疫組織化学画像は、黒質中に移植されたヒト由来細胞核(hN)とGIRK2 THを共発現する陽性細胞を示した。ボックスの領域は、下で拡大する。大画像の場合、スケールバー=100um、拡大画像の場合、スケールバー=25um。矢印は二重陽性細胞を示す。 (E)免疫組織化学画像は、黒質中に移植されたヒト核(hN)陽性細胞が、FOXA2とLMX1Aを共発現することを示した。スケールバー=100um。 (F)(DとE)における細胞アイデンティティの定量化。 (G)ヒト由来の移植されたmDAニューロンを有するマウス脳に対してヒト特異的染色して得られたシナプシンと、ホストCPu中のTH(上図)またはGABA(下図)。ボックスの領域は、右で拡大する。白色矢印は、ヒト特異性的に、TH繊維に沿ってTHとシナプシンの共局在化が発生した。白色矢印は、GABAニューロン周囲のヒト特異的シナプシンとGABAの細胞体の共局在性を示す。 (H)移植された神経を有するGluニューロンを有するマウスの脳染色と、ホストCPu中のヒト特異的シナプシンとGABA。ボックスの領域は、右で拡大する。白色矢印は、ヒト特異的シナプシンがGABAニューロン細胞周囲に共局在化することを示す。
【
図10】hESC TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFPの細胞株構築と特徴付け。 (A)hESC TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFPの細胞系戦略の概略図。THサイト挿入またはホモ接合を示すPCRプライマーは、それぞれ赤色矢印と黒色矢印で表される。AAVS1遺伝子座のPCRプライマー挿入またはホモ接合は、緑色矢印と青色矢印によって示される。 (B)hESC TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFPのPCRによる遺伝子型決定。正確にTHサイトまたはAAVS1サイトを標的とする予想されるPCR産物は、それぞれ~1200bp(赤色矢印)または~1000bp(緑色矢印)である。TH遺伝子座またはAAVS1遺伝子座のヘテロ接合性を同定するためにそれぞれ用いられるのは、~1000bp(黒色矢印)または~650bp(青色矢印)のPCR産物である。~1000bpまたは~650bpのPCR産物がないものは、ホモ接合されるものである。親細胞系H9 ESCsをコントロールとした。TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP hESC細胞株が、TH部位とAAVS1部位の両方では、ホモ接合体である; (C)DIC及び蛍光画像は、TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP hESCとESC中の、mDAニューロン分化過程におけるtdTomato及びEYFPの発現を示す。tdTomatoは、中間(D15)および末期(D48)段階で発現するが、ESまたはmDAニューロン分化の初期(D9)段階では発現しない。スケールバー=100um; (D)上記hESCからの42日目培養物の免疫染色は、TH+ニューロンとtdTomatoの共発現を示す。ボックスの領域は、下で拡大する。白色矢印は、tdTomatoとTH高発現ニューロンを示す。白色矢印は、tdTomatoとTH低発現ニューロンを示す。スケールバー=20um; (E)免疫組織化学画像は、黒質mDA移植物TH+ニューロンにおけるtdTomatoの発現を示す。ボックスの領域は拡大領域である。白色矢印状及び白色矢印は、tdTomato及びTH高発現及び低発現ニューロンを表す。スケールバー=20um; (F)免疫組織化学画像は、黒質mDA移植物に、5-HT陽性のセロトニンニューロンを示す。ボックスには拡大領域が表示される。白色矢印は、tdTomato-と5-HT+のニューロンを表す。スケールバー=20um; (G)tdTomatoとEYFP免疫染色の移植部位からの冠状断面。PDマウスの大脳線条体に、TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP由来のmDAニューロンを移植し、mDAニューロンの特定の投射を示した; CPuに到達するが、隣接する脳領域を含まない。スケールバー=1mm。ボックスの領域は、下で拡大する。スケールバー=100um。画像は、複数位置の高倍率拡大画像から自動的に結合されたものである。 (H)PDマウス脳に、TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP由来のmDAニューロンを移植した切片のDICと蛍光画像。白色矢印は、tdTomato+mDAニューロン、白色矢印は、EYFP+移植物中のtdTomato-非mDAニューロンを表す。スケールバー=50um。
【
図11】ヒトmDAニューロンまたは非mDAニューロンを黒質または線条体に移植し、機能成熟に関する電気生理検定を行った。 (A~D)移植後3ヶ月に線条体(AとC)または黒質(BとD)に移植されたヒトmDAまたは非mDAニューロンにおいて典型的な全細胞パッチクランプによって記録された青色光誘発動作電位(AとB)または電流誘発動作電位(CとD)。 (EとF)3ヶ月の線条体(E)または黒質(F)移植によるヒト非mDAニューロン移植後、典型的な全細胞パッチクランプによって記録された自発動作電位(sAPs)。破線は閾値電位を表す。 (GとH)mDAニューロンレポーターマウス(DAT-Cre/Ai9)の内因性SNc mDAニューロンからの電位周波数自発動作電位周波数(sAP)(G)と副閾値発振(H)、または3ヶ月に線条体または黒質に移植されたヒトmDAニューロンの移植後のプロット。データは平均値±SEMとして表される。サンプル統計値は列に示される。一元配置分散分析、p>0.05。 (IとJ)6ヶ月後に移植されたヒトmDAニューロンの移植後の線条体(I)または黒質(J)の典型的な全細胞パッチクランプによって記録された自発動作電位(sAP)。破線は閾値電位を表す。 (KとL)移植後6ヶ月に移植されたヒト非mDAとmDAニューロンの入力抵抗(Rm)、膜容量(Cm)、線条体(K)または黒質(L)のTauのプロット。データは平均値±SEMとして表される。統計されたサンプル数は列に示される。スチューデントのt検定,#p<0.05。
【
図12】TH-icre hESC細胞系を構築し、狂犬病ウイルスで、遺伝的に標識されたヒト由来とマウス内因のmDAニューロンをトレーシングした。 (A)TH-iCre hESC細胞系遺伝子型の解析戦略概略図。THサイト挿入用またはホモ接合のPCRプライマーは、それぞれ赤色矢印と黒色矢印で表される。緑色矢印は、PGK-Puを除去するためのPCRプライマーを示す。 (B)TH-iCre hESC系のPCR遺伝子型解析。正確にTH部位を標的とするPCR産物は、1000bp前後(赤色矢印)である。ホモ接合体クローンは、約1000bp程度のPCR産物によって同定(黒い矢印)され、PCR産物のないクローンはホモ接合体である。PGK除去のためのPCR産物は、750bp前後(緑色矢印)である。親細胞系(H9 ESCs)をコントロールとした。PGK-pu除去のTHサイトヘテロ接合クローン(赤色アスタリスク)を選択して実験を行った。 (C)レンチウイルスが、ユビキチンプロモーターによって駆動されるcre依存性mCherry発現(Lenti-Ubi-DIO-mCherry)をコードする図。 (D)TH-icre分化により得られたmDAニューロンは、レンチウイルスLenti-Ubi-DIO-mCherryに感染することにより、TH+mDAニューロン中でmCherryを発現する。ボックスの領域は右側に拡大される。白色矢印状は、mDAニューロンにおけるmCherryとTHの共発現を表す。白色矢状はTH低発現のmCherry発現ニューロンを表す。スケールバー=20um。 (E)免疫組織化学画像によると、線条体に移植されたTH-icre hESC細胞の分化により得られたmDAニューロンは、移植の6ヶ月後に、AAV-DIO-TVA-2A-NLS-tdTomatoウイルスに感染され、移植されたmDAニューロン中で、tdTomatoとTHが共発現した。ボックスの領域は右側に拡大される。白色矢印状は共発現ニューロンを表す。スケールバー=20um。 (F)免疫組織化学画像によると、皮質CTIP2+またはSATB2+ニューロン、CPu領域GABA+またはDARPP32+ニューロン、DR領域5-HT+ニューロンは、すべて黒質に移植されたヒトmDAニューロンに接続される。白色矢印状は共発現ニューロンを表す。スケールバー=100um。 (G)狂犬病ウイルスに媒介された内因性mDAニューロンのトランスシナプストレーシング。共焦点画像では、DAT-CreマウスのSNcにおけるEGFPとtdTomatoを発現するニューロンが示される。スケールバー=0.5mm。 (H)一連の冠状面切片は、date-creマウス内因性mDAニューロンの追跡ニューロン(EGFP+/tdTomato-)分布を示した。移植部位と同じ側のみが表示される。スケールバー=1mm。 (I)枠内領域を拡大する。(I)拡大画像は、標識された内因性mDAニューロンに着信するニューロンは斑塊状分布を示す。スケールバー=0.5mm。 (J)標識されたホストの異なる脳領域に着信する線条体に移植されたmDAニューロンの高倍率拡大画像。スケールバー200um。 (G)と(H)の画像は、複数の高倍率拡大画像から自動的に結合されたものである。 (I)と(J)の画像は、タイル画像から拡大されるものである。
【
図13】移植されたニューロンに対する内因性ニューロンの機能的な着信及び移植されたニューロンのsIPSCs及びsEPSCs動態。 (A及びB)移植後3又は6ヶ月に、線条体(A)又は黒質(B)の脳切片上の非mDA又はmDAニューロンの自発的興奮性シナプス後電流(sEPSCs)と自発的抑制性シナプス後電流(sIPSCs)の典型的な図示。 (C~F)A、BにおけるsEPSCsとsIPSCsの個別の定量分析。データは平均値±SEMで表される。統計データのサンプル番号が列に表示される。単一要因分散分析後にHolm-Sidak事後検定を用いた。p>0.05。(GとH)野生型SCIDマウスの脳切片の内因性側SNc mDA(G)または線条体ニューロン(H)中の、典型のsEPSCsとsIPSCsの全細胞パッチクランプ記録。
【
図14】mCherry-及びBi-DRADDを発現するhESC細胞株の構築及び特徴づけ。 (A)mCherryまたはBi-DRADDを発現するhESCクローンのPCR遺伝子型の同定。AAVS1遺伝子座を正確に標的とする予想されるPCR産物は、約2000bp(赤色矢印)である。ホモ接合体クローンは、~650bpのPCR産物のないクローン(黒色矢印)におけるホモ接合体であり、~650bpのPCR産物のあるクローンは、ヘテロ接合体である。ホモ接合クローン(赤色アスタリスク)を選択して実験を行った。 (B)免疫染色が、mCherry、hM3Dq-mcherryまたはHA標識のKORDのmCherryまたはBi-DRADD hESC細胞株における発現を示す。スケールバー=50um。 (C)16日目の始原細胞の免疫染色。Ho,Hoechst。スケールバー=50um。 (D)mCherryまたはBi-DRADD hESC細胞系に分化したmDAニューロンからの42日目培養物の免疫染色。スケールバー=50um。 (E)免疫染色分化の42日目は、THとmCherryの共発現を示したが、HA標識のKORD細胞株にはなかった。スケールバー=50um。 (FとG)mCherry hESC(F)又はBi-DRADD hESC(G)からの黒質移植mDAニューロンの免疫組織化学画像は、トランスジェニックmCherry又はhM3Dq-mCherryとヒト由来STEM121の共発現を示す。スケールバー=20um。
【発明を実施するための形態】
【0049】
具体的な実施形態
本発明者らは、鋭意研究した結果、多能性幹細胞を、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞に分化する特定の方法を解明した。分化成熟したA9 mDAニューロンが、脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの表面分子マーカー(TH、FOXA2、EN1、LMX1A、NURR1、とGIRK2を含む)を発現することができるが、腹側被蓋野ドーパミン作動性ニューロンマーカーであるCALBをほとんど発現しない。上記のA9mDA神経細胞を黒質に移植すると、その軸索が、内因性黒質ドーパミン作動性ニューロンに支配される標的脳領域-背側線条体へ特異性に投射する;黒質移植のA9 mDAニューロンはより多くの抑制性入力を受けて興奮性入力は少なく、この制御モードは内因性黒質ドーパミン作動性ニューロンと類似している;移植したA9 mDAニューロン自体は、低周波の自発放電周波数、超分極電流刺激に誘起されるsagを含む、内因性黒質ドーパミン作動性ニューロンの典型的な電気生理特性を表す;A9 mDA神経細胞を神経変性疾患個体の黒質または線条体に移植すると、運動機能障害を改善することができる。
【0050】
用語
本発明で用いられるように、「治療」(treatmentまたはtreat)という用語は、ここでは、哺乳動物(特にヒト)に対する予防的(例えば、予防的薬物(prophylactic))、治療的(curative)または緩和的(palliative)治療を含む;かつ、以下を含む:(1)個体が罹患する疾患(例えば癌)の予防、治療、または緩和、ただし、当該個体は、当該疾患に罹患する高リスク群であるか、すでに罹患していて確定診断されていない;、(2)疾患を抑制する(例えば、その発生を抑制する)、または(3)疾患を軽減する(例えば、疾患に関連する徴状を軽減する)。
【0051】
本発明で使用されるように、「中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞」、「幹細胞由来の中脳ドーパミン作動性ニューロン細胞」と「A9 mDA神経細胞」は互換的に使用される/参照される。
【0052】
本発明で使用されるように、「細胞」は「細胞群」に含まれ、「細胞培養物」にも含まれる。
【0053】
本発明で使用されるように、「個体」、「生体」、「被験対象」または「被験者」(subject)は、本発明の細胞(中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞)または細胞製剤の治療を受けることができるげっ歯類、霊長類などのヒトを含む動物を指す。
【0054】
本発明で使用されるように、「予防・治療」は、「予防」、「緩和」、「治療」を含む。
【0055】
本発明で使用されるように、「神経回路」は、脳内の異なる性質と機能のニューロンが、様々な形で接続されるものである;本発明では、特に黒質-線条体神経回路に注目する。
【0056】
本発明において、「薬学的に許容される」成分は、ヒト及び/又は哺乳動物に適用され、過度の不良な副反応(例えば毒性)がないもので、すなわち合理な利益/リスク比がある物質である。用語「薬学的に許容される担体」とは、治療剤の投薬に用いられる担体を指し、各種な賦形剤と希釈剤を含む。当該用語が、それ自体が必須の有効成分ではないが、投与後に過度に毒性がないいくつかの医薬品担体を指す。
【0057】
本発明で使用されるように、「有効量(Effective Amount)」とは、必要な治療効果反応を生成するのに十分な量の薬剤(本発明では細胞または細胞製剤)を意味する。有効量は、前記薬剤の治療上の利益効果が、その毒性または有害影響を超える場合も含む。薬剤の有効量は、必ずしも疾患や症状を治癒することはできないが、疾患や症状の発生を遅らせたり、阻害したり、防止したり、疾患や症状に関連する徴候を遅らせたりすることができる。治療上の有効量は、指定された期間内に適切な剤形で1回、2回、またはそれ以上投与される1つ、2つ、またはそれ以上の剤に分けることができる。
【0058】
幹細胞由来のニューロン及びその調製
本発明は、主にA9中脳ドーパミン作動性ニューロン細胞である中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞(又は細胞群)を提供する。
【0059】
本発明の好ましい形態として、本発明で得られる幹細胞由来のニューロンにおいて、その80%超がA9 mDAニューロンマーカーGIRK2を発現する;より好ましくは、その85%超がA9 mDAニューロンマーカーGIRK2を発現する。
【0060】
本発明の好ましい形態として、上記の中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞が、マーカーとしてFOXA2、LMX1A、とEN1を発現する。更に約一週間分化した場合、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)及びEN1、FOXA2、LMX1AとNURR1をさらに発現する(好ましくは、総細胞中の40%以上又はTUJ1+ニューロン中の50%以上の細胞が、当該特徴を有する;より好ましくは、総細胞中の50%以上又はTUJ1+ニューロン中の60%以上の細胞が、当該特徴を有する。
【0061】
本発明は、更に、インビトロで中脳黒質ドーパミン作動性細胞を調製する方法を提供し、(1)幹細胞を、神経誘導剤を含む培地に置くこと;及び、(2)培養物から上記の中脳黒質ドーパミン作動性細胞を得ること;を含む。
【0062】
本発明の好ましい形態として、(1)には、神経誘導剤を培地に添加する;複数の段階では、異なる添加組分で誘導する:第一段階:SB431542、DMH-1、SHHとCHIR99021を添加する;第二段階:SAG、SHHとCHIR99021を添加する;第三段階:SHHとCHIR99021を添加する;第四段階:SHHとFGF8bを添加する。
【0063】
本発明のより好ましい形態として、本発明者らは、更に各添加組分の添加時期を最適化する。好ましくは、各段階において、第一段階:培養開始から培養6~8日間;好ましくは、7±0.5日間;第二段階:培養6~8日間から培養11~13日間;好ましくは12±0.5天;第三段階:培養11~13日間から培養18~20日間;好ましくは19±0.5日間;第四段階:培養18~20日間から培養31~33日間;好ましくは32±0.5日間。
【0064】
本発明のより好ましい形態として、本発明者らは、更に各添加組分の添加量を最適化する。添加量の最適化は、本発明の特定の中脳黒質ドーパミン作動性細胞の獲得/富化に有利である。
【0065】
本発明の最適化された方法で得られる中脳黒質ドーパミン作動性ニューロン細胞は、良好な作用を有し、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築を含む;更に具体的に、以下を含む:黒質脳領域で神経繊維の形成によって、線条体へ投射し、修復を行うこと;又は、脳中の標的細胞の間にシナプス接続の形成によって、修復を行うこと;又は、軸索を背側(Caudate putamen、CPu)への投射によって、修復を行うこと;又は、神経繊維を成長させ、内因性黒質-線条体神経接続経路に沿って特異的に成長し、その内因性標的領域-線条体まで延長し、線条体ニューロンと神経接続を形成し、線条体に投射することによって、修復を行うこと。
【0066】
幹細胞由来の神経細胞の修復作用
ニューロンは脳の基本機能ユニットであり、個体の脳内には、千種類以上の異なるタイプのニューロンがあり、ニューロンの間に、複雑で正確なネットワーク接続(神経回路)が形成され、個体が世界を感知し、思考と行為の基礎となる。脳卒中、脳外傷、神経変性疾患(パーキンソン病やアルツハイマー病など)を含む多くの神経系疾患は、脳内ニューロンの喪失や神経接続の破壊、さらに片麻痺、運動遅延、筋肉硬直、学習記憶能力の損傷などの深刻な神経機能障害を引き起こす。しかし、ヒトを含む成人哺乳類の脳神経の再生能力は非常に限られ、これらのニューロンの喪失により、神経接続破壊や神経機能障害を引き起こす疾患には、臨床的に有効な治療措置が不足している。神経系疾患の幹細胞治療のキーは、損傷した神経回路の修復と機能再構築であるが、個体の脳内ニューロンの間の正確なネットワーク接続は、発育過程で徐々に形成され、その中には、複雑な神経繊維成長ガイドのメカニズムが関与している。成人疾患の脳環境では、移植された神経細胞に神経線維が生えるかどうか、「失連」の上流と下流の脳領域をブリッジし、さらに損傷した神経回路を修復するかどうかは不明である。さらに重要なのは、こんな修復作用が、移植細胞のランダム統合の結果なのか、それとも特異的な修復なのか、その裏のメカニズムと原則は何ですかというものは、すべて神経系疾患の幹細胞治療分野で急に解決すべき重要な問題である。
【0067】
以上の問題に対して、本発明者らは、パーキンソン病を疾病モデルとし、成人脳内の移植された幹細胞由来の神経細胞で損傷した神経回路の修復に対する実行可能性とメカニズムを研究した。パーキンソン病は、静止性振戦、筋硬直、運動遅延などを主な表現とする世界第2位の神経変性疾患であり、その主な原因は、大脳黒質脳領域のドーパミン作動性ニューロンの進行性喪失であり、黒質脳領域から線条体脳領域の神経結合の破壊を招き、さらに線条体内のドーパミン分泌不足をもたらし、最終的に患者の運動機能の障害を招く。本発明者らは、異なるタイプのニューロンに対するヒト由来幹細胞神経分化技術の開発に取り組み、これに基づいて、高効率なヒト幹細胞から中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンを分化する方法を構築した。さらに、遺伝子編集技術により、ヒト幹細胞を遺伝学的に標識し、そして、幹細胞由来のヒトドーパミン作動性ニューロン及びその神経繊維を、特異的に追跡することができる。本発明者らは、遺伝学的に標識されたヒトドーパミン作動性ニューロンを、パーキンソン病モデルマウスが損傷した黒質脳領域に移植し、その結果は、黒質脳領域に移植されたヒトドーパミン作動性ニューロンは、大量の神経繊維を成長させ、内因性黒質-線条体神経接続経路に沿って、特異的に成長し、その内因性標的領域-線条体まで延長し、線条体ニューロンと神経接続を形成し、大部の神経繊維が、線条体に投射されたことが分かった。本発明者らは、さらに遺伝学技術と狂犬病ウイルスに媒介されるトレーシング技術を通じて、黒質移植のヒトドーパミン作動性ニューロンが受ける上流の神経支配を追跡し、移植されたヒトドーパミン作動性ニューロンが、内因性黒質ドーパミン作動性ニューロンに似た神経支配を受けることを発見した。ニューロンの電気生理機能の研究により、移植されたヒトドーパミン作動性ニューロンは、内因性動物黒質ドーパミン作動性ニューロンと似た電気生理特性を示し、似た神経伝達物質の制御を受けていることが分かった。これらの結果は、パーキンソン病モデル動物の脳内に移植されたヒトドーパミン作動性ニューロンが、損傷した黒質-線条体神経結合を特異性に修復・再構築し、その構造と機能は、内因性神経結合と高度に一致していることを示している。最後に、本発明者らは、行動学的検測により、細胞移植グループの動物運動機能障害は、移植時間の延長に伴い、徐々に改善されたが、化学遺伝学技術により移植された神経細胞の活性を抑制すると、動物運動機能の改善は消え、これは、移植された細胞に再構築された神経機能接続が、モデル動物行動学の回復を媒介することを示唆した。興味深いことは、本発明者らが、パーキンソン病モデル動物の黒質に別のタイプの神経細胞-ヒト皮質グルタミン酸作動性ニューロンを移植した場合、その神経繊維は、主に皮質と嗅球脳領域に投射され、ほとんど線条体に投射されず、損傷した黒質-線条体神経回路を修復することができず、モデル動物の運動機能障害も改善されなく、これは、特定のタイプの細胞だけが特定の神経機能回路を修復できることを示す。
【0068】
本発明は、成年脳内の損傷した神経結合は、幹細胞由来の神経細胞を移植することにより、構造と機能上の修復を実現し、神経機能を再構築することができることを示唆する。同時に、本発明はまた、異なるタイプの神経細胞の回路に対する修復作用が異なることを発見し、異なるタイプのニューロン損失による神経系疾患に対して、特定の神経細胞を対象的に移植して回路修復と治療を行う必要があることを示唆した。これらの発見は、脳損傷と神経変性疾患の治療に新しい考え方と理論的基礎を提供した。現在、ヒトの脳内の主要な神経細胞タイプは、すでに幹細胞神経分化技術で体外で効率的に獲得することができ、幹細胞技術の発展は多くの神経系疾患の治療に新たな希望をもたらす。
【0069】
したがって、本発明者の新たな知見に基づいて、本発明の技術方案は以下の特徴を有する:(1)幹細胞(例えば、ヒト胚性幹細胞)由来のドーパミン作動性ニューロンは、黒質中脳ドーパミン作動性ニューロンの特徴を有する;(2)機能的入力は、移植の位置ではなく、移植される神経細胞のタイプに依存する;(3)中脳ドーパミン作動性ニューロンは、正確に黒質-線条体回路を修復することができる;(4)機能的に修復された黒質-線条体回路は、パーキンソン病などの神経変性疾患モデル動物の運動機能を回復する。
【0070】
薬物のスクリーニング
本発明者らは、ヒト胚性幹細胞(hESC)由来の中脳ドーパミン(mDA)又はグルタミン酸(Glu)皮質の神経細胞を動物PDモデルの黒質又は線条体に移植し、移植された細胞がホストの回路と広く統合することを発見した。背側線条体への軸索経路は、移植されるニューロンのタイプによって決定され、シナプス前の入力は、移植部位に大きく依存し、抑制性と興奮性の入力は、移植されるニューロンのタイプによって決定される。hESC由来のmDAニューロンは、A9ニューロンの特徴を示し、かつ運動機能の改善を調整するために再構築された黒質線条体回路の機能を回復する。これらの結果は、移植によって再構築された回路と内因性ニューラルネットワークの間で、シナプス前とシナプス後の統合の類似性は特定の細胞型に依存し、hPSC由来のニューロン亜型が、成人脳において特定回路修復と機能回復を行う能力を明らかにした。
【0071】
本発明者らの新たな発見に基づいて、脳中の損傷した神経回路を修復したり、神経機能を再構築したりする物質を選別することができる。脳損傷、神経変性疾患などに有用な薬物は、上記の物質から見つけることができる。
【0072】
したがって、本発明は、脳内の損傷した神経回路を修復するまたは神経機能を再構築する物質(潜在物質を含む)をスクリーニングする方法を提供し、前記方法は、以下を含む:(1)候補物質でモデル系を処理し、当該モデル系は、大脳神経回路が損傷され又は神経機能が損傷され、且つ中脳ドーパミン作動性ニューロン(細胞)を含むモデル系である;及び、(2)上記のモデル系を検測し、上記の候補物質は、ドーパミン作動性ニューロンが大脳中の損傷した神経回路を修復すること又はその神経機能を再構築することを、統計学的に促進する場合、当該候補物質は、大脳中の損傷した神経回路の修復又は神経機能の再構築に有用な物質である。
【0073】
本発明の研究結果を結合して、候補物質の作用後の、中脳ドーパミン作動性ニューロンによる黒質-線条体回路の修復状況、中脳ドーパミン作動性ニューロンのシナプス前とシナプス後の統合状況、中脳ドーパミン作動性ニューロンの軸索が背側及び/又は動物モデルに投射する運用能力を分析することにより、前記潜在物質(候補物質または候補薬物)の有効性を決定することができる。
【0074】
本発明の研究結果を結合して、候補物質の作用を系統的に分析した後、中脳ドーパミン作動性ニューロンから神経繊維を成長させ、内因性黒質-線条体神経接続経路に沿って特異的に成長し、その内因性標的領域-線条体まで延長し、線条体ニューロンと神経接続を形成し、線条体に投射する能力の変化によって、前記潜在物質(候補物質または候補薬物)の有効性を決定することができる。
【0075】
本発明の好ましい態様では、スクリーニングを行う際に、候補物質の処理前後の変化を、より容易に観察するために、空白対照またはプラセボ対照などの候補物質を添加しないモデル系であるコントロールグループ(Control)を設けることもできる。
【0076】
別の態様では、本発明は、また、前記スクリーニング方法を用いて得られる潜在物質を提供する。これらの予備的にスクリーニングされた物質は、スクリーニングライブラリーを構成することができ、最終的には、脳の損傷した神経回路の修復や神経機能の再構築に有用な物質をスクリーニングすることができるようにする。
【0077】
薬物製剤
本発明は、更に薬物組成物(製剤)を提供し、有効量(例えば0.000001-50wt%;好ましくは0.00001-20wt%;より好ましくは0.0001-10wt%)の本発明の方法で調製される中脳黒質ドーパミン作動性細胞、及び薬学的に許容される担体を含有する。
【0078】
上記の「薬学的に許容される担体」とは、治療剤の投薬に用いられる担体を指し、各種な賦形剤と希釈剤を含む。当該用語が、それ自体が必須の有効成分ではないが、投与後に過度に毒性がないいくつかの医薬品担体を指す。適当な担体は、当業者に熟知される。組成物には、薬学的に許容される担体が、液体、例えば水、塩水、バッファを含んでも良い。さらに、これらの担体はまた、補助物質、例えば充填剤、潤滑剤、流動促進剤、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝物質などを含んでも良い。上記の担体には、さらに細胞トランスフェクション剤を含んでも良い。
【0079】
本発明に記載の中脳黒質ドーパミン作動性細胞の有効量は、投薬方式と治療しようとする疾病の重篤度に応じて変更してもよい。好ましい有効量の選択は、当業者が様々な要因に基づいて決定することができる(例えば、臨床試験による)。かかる要因としては、薬物動態学的パラメータ、例えばバイオアベイラビリティ、代謝、半減期など;患者の治療しようとする疾患の重症度、患者の体重、患者の免疫状況、投与経路などがある。
【0080】
具体的な治療有効量は、治療しようとする特定の状況、個体の生理的条件(例えば、体重、年齢、性別)、治療を受ける個体のタイプ、治療継続時間、並列治療(例えば、ある)の本質、および使用される特定の配合物および化合物またはその誘導体の構造などの様々な要因に依存する。例えば、治療有効量は、活性成分の総重量、例えばグラム、ミリグラムまたはマイクログラムで表され、あるいは、体重に対する活性成分の重量の割合を示し、例えば体重1kg当たり何ミリグラム(mg/kg)で表される。あるいは、有効量は、活性成分(例えば本発明の細胞または細胞製剤)の濃度、例えばモル濃度、重量濃度、体積濃度、重量モル濃度、モル分率、重量分率および混合比として表すことができる。当業者は、動物モデルの用量に基づいて、薬剤(例えば本発明の細胞または細胞製剤など)の人体等価用量(human equivalent dose、HED)を計算することができる。例を挙げると、当業者は、米国食品医薬品局(FDA)が公告した「初期臨床治療における成人健康ボランティアの最大安全開始用量の推定」(Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers)に基づいて、人体使用の最高安全用量を推定することができる。
【0081】
本発明の具体的な実施例では、マウスなどの動物に対するいくつかの投与スキームを提供する。マウスなどの動物の投与量からヒトに適した投与量に換算することは、当業者にとって容易に行うことができ、例えば、Meeh-Rubner公式に基づいて計算することができる:A=k×(W2/3)/10,000。式中、Aは体表面積であり、m2で計算する;Wは体重であり、gで計算する;Kは定数であり、動物の種類によって異なるが、一般的には、マウスとラット9.1、モルモット9.8、ウサギ10.1、猫9.9、犬11.2、猿11.8、人10.6である。薬物および臨床状況によっては、経験的な薬剤師の評価によって、投与量の換算が変化することが理解されるべきである。
【0082】
本発明はまた、前記医薬組成物を含有する、または前記中脳黒質ドーパミン作動性細胞を直接含有するキットを提供する。さらに、前記キットには、キット内の薬物の使用方法を説明する説明書を含んでもよい。
【0083】
以下、具体的な実施例を参照して、本発明をさらに説明する。これらの実施例は、本発明の範囲を限定するものではなく、本発明の単なる例示であることが理解されるべく。以下の実施例における特定の条件を特定しない実験方法は、通常に、J.Sambrookら、Guide to Molecular Cloning、Third Edition、Science Press、2002に記載された通常条件に従って実施され、或いはメーカーが推奨する条件に従って実施される。
【0084】
材料と方法
細胞の培養
照射されたマウス胚線維芽細胞(MEF)を敷設した幹細胞培養液中で、H9ヒト胚幹細胞株とH9ヒト胚幹細胞レポーター株を培養した。培養液は、DMEM/F-12、KOSR、1xNEAA、0.5xGlutamax、0.1mM 2-メルカプトエタノールと4ng/ml FGF-2からなる。新鮮な培地を1日1回交換し、毎週Dispase IIで継代した。
【0085】
中脳ドーパミン作動性ニューロンと前脳グルタミン酸作動性ニューロンの産生
中脳ドーパミン作動性(mDA)ニューロン前駆細胞の誘導方法は、MEF飼育層またはvetronection上のヒト胚性幹細胞(継代後1日)を、SB431542(10μM)とDMH-1(2μM)を添加した神経誘導培地(NIM)(DMEM/F-12、1xNEAA、1xN2 supplement)で培養することを含む。分化された細胞を、中脳底板前駆細胞に形成させるために、1日目から7日目まで、培養物にSHH(C25II、500ng/ml)とCHIR99021(0.4μM)を添加した。7日目に、神経上皮細胞コロニーをピペットで軽く吹き下ろし、マウス胚線維芽細胞飼育層に貼り直し、SAG(2μM)、SHH(100ng/ml)とCHIR99021(0.4μM)を添加したNIMで6日間再培養した(D7-12)。12日目にCHIR99021を撤去し、SHH濃度を20ng/mlに下げ、SAG(0.5μM)とFGF8b(100ng/ml)を培養液に添加して前駆細胞を懸濁液中で19日目まで増幅した。32日目、移植まで20ng/ml SHHと20ng/ml FGF8bを含む神経誘導培地で培養した。インビトロ分化のために、32日目に、37℃で3~5分間Accutaseでインキュベートして神経球を解離させた。次にMatrigelを塗布したガラスカバーガラス上に敷き、脳由来神経営養因子(BDNF、10ng/ml)、膠質細胞系由来神経営養因子(GDNF、10ng/ml)、アスコルビン酸(AA,200μM)、cAMP(1μM)、形質転換成長因子β3(TGFβ3,1ng/ml)、化合物E(CompoundE,0.1μM)を添加した神経分化培地(Neurobasal培地、1xN2 supplement、1xB27)(NDM)で培養を続けた。
【0086】
ヒト胚性幹細胞から前脳グルタミン酸(Glu)ニューロンを誘導する方法:H9ヒト胚性幹細胞を1週間クローン培養し、培地を毎日交換した。その後、hESCクローンを飼育層から分離し、ES培地中で4日間増殖させて細胞凝集体の形成を支援した。神経誘導を行うために、細胞凝集体を2μM SB431542と2μM DMH-1が添加されたNIMの培養ボトルで3日間培養した。次いで、ESC凝集体を、16日目頃に、神経管様のバラ状構造が形成されるまで、ビトロネクチンで被覆された6ウェルプレートに接着し、NIM中で培養した。バラ状構造を1mLピペットで軽く吹き落とし、同じ培地に懸濁して10日間再培養した。26日目、前駆細胞をAccutaseで4分間消化し、ペレットに消化した。NIMを入れた培養瓶で1日間再培養した後、ペレットを集めて動物モデルに移植するか、BDNF(10ng/ml)、GDNF(10ng/ml)、AA(200μM)、cAMP(1μM)、IGF1(10ng/ml)を添加したNDMで1週間培養し、免疫蛍光染色のために貼付、成熟させた。
【0087】
PDモデルと細胞の移植
SCIDマウスにおけるPDモデル構築のための手術手順は、以下のことを含む:成人SCIDマウス(8~12週間)を1~2%のイソフルオロランと酸素で混合麻酔した。1μLの6-OHDA(3mg/ml、1%のアスコルビン酸を含む塩水に溶解)を左側大脳黒質に直接注入した(前後[AP]=-2.9mm、側面[L]=-1.1mm、垂直[V]=4.5mm、垂直深さは頭骨から計算する)。6-OHDA損傷手術後の4週間において、アンフェタミン誘導後でも1.5時間以内に6回/分以上回転できた動物を選択し、細胞移植を行った。動物をランダムにグループに分け、グルタミン作動性ニューロン前駆細胞、ドーパミン作動性ニューロン前駆細胞または人工脳脊髄液(ACSF)(コントロール)を移植した。50000個の細胞をRock阻害剤(0.5μM)、B27、20ng/ml BDNFを含む1μLのACSFに再懸濁し、左側黒質(前後[AP]=-2.9mm、側面[L]=1.1mm、垂直[V]=4.4mm、垂直深さは頭骨から計算する)または左線条体(AP=+0.6mm、L=1.8mm、V=3.2mm、垂直深さは硬膜から計算する)に注入した。
【0088】
ドナープラスミドの構築
AddgeneからTALENツール、ヒトコドン最適化化膿性連鎖球菌野生型Cas9(Cas9-2A-GFP)、Cas9ニッカーゼ(Cas9D10A-2A-GFP)とpCAG-Flpo(プラスミド#52342、プラスミド#52341、プラスミド#44719、プラスミド#44720、プラスミド#60662)を取得した。PL552中のloxP配列(#68407)を、FRT配列に置換することにより、両側にFRTを有するPGK-Puro発現カセットを含むPL652ドナープラスミドベクターを構築した。
【0089】
TH-iCreドナープラスミドを産生するために、ゲノムDNA中のTH遺伝子に隣接するSTOPコドンの上流または下流の配列から、それぞれ左相同アームと右相同アームを有するDNA断片を増幅した。P2A配列を有するプライマーを用いて、P2A配列を融合したiCre遺伝子のDNA断片を、pDIRE(Addgeneプラスミド#80945)から増幅した。その後、3つの断片をプラスミドPL652のマルチクローニング部位にクローニングした。
【0090】
TH-tdTomatoドナープラスミドを産生するために、P2A配列を有するプライマーを用いて、P2A配列を融合したtdTomato遺伝子のDNA断片を、pAAV-FLEX-ArchT-tdTomato(Addgeneプラスミド#28305)から増幅した。hGHポリA信号配列を有するDNA断片を、AAVS1-pu-CAG-EGFPプラスミド(Addgeneプラスミド#80945)から増幅した。次いで、TH-iCreドナープラスミド中の左右相同アームのDNA断片、P2A-tdTomato配列を含むDNA断片、およびhGHポリAシグナル配列を含むDNA断片を、プラスミドPL552のマルチクローニング部位にクローニングした。
【0091】
AAVS1-neo-CAG-ChR2-EYFPドナープラスミドを構築するために、本発明者らは、pAAV-hSyn-hChR2(H134R)-EYFP(Addgeneプラスミド#26973)からChR2-EYFP遺伝子を増幅し、AAVS1-Neo-CAG-FLpe-ERT2プラスミド(Addgeneプラスミド#68460)中のFlpeERT2遺伝子を置換した。
【0092】
AAVS1-pur-CAG-Bi-DREADDドナープラスミド(AAVS1-pur-CAG-hM3Dq-mcherry-P2A-HA-KORD)とAAVS1-pur-CAG-mCherryドナープラスミドを構築するために、本発明者らはAAVS1-pur-CAG-hM3Dq-mCherry(Addgeneプラスミド#80948)から、それぞれmCherryまたはhM3Dq-mCherryを増幅し、pAAV-hSyn-dF-HA-KORD-IRES-mCitrine(Addgeneプラスミド#3$65417)から、HA-KORDを増幅した。2つの遺伝子が同じ細胞で同時に発現することを確保するために、2つのDREADD遺伝子(hM3Dq-mcherryとHA-KORD)を、P2Aによって連結(hM3Dq-mcherry-P2A-HA-KORD)し、最後にAAVS1-pu-CAG-EGFP中のEGFPを、hM3Dq-mcherry-P2A-HA-KORDまたはmCherry遺伝子で置換した。SA-Neoは、スプライシング受容体配列の後に、T2A自己分解ペプチド配列とネオマイシン耐性遺伝子を順番に連結した。CAGは、人工合成されたアクチンエンハンサーと巨細胞ウイルス早期プロモーターを有するCAGGSプロモーターである。
【0093】
電気穿孔とヒト胚性幹細胞レポーター細胞系の構築
H9 hESCsをRhoキナーゼ(ROCK)阻害剤で6~8時間(0.5mM)前処理した。その後、TrypLE(商標) Express Enzymeを用いて単細胞に消化した。そして、500mLの電気穿孔緩衝液(5mM KCl、5mM MgCl2、15mM HEPES、102.94mM Na2HPO4と47.06mM NaH2PO4、pH=7.2)に、適切な配合比のプラスミドを加え、0.4cm電気転写カップ(Phenix Research Products)において、Gene Pulser Xcell(Bio-Rad)を用いて250V、500mFの条件で電気穿孔を行い、その後、細胞を6ウェルプレートのMEF飼育層に播種し、ROCK阻害剤を含む培地で培養した。MEFで滋養したESC培地(CM)を毎日に液交換する。72時間後、プリンマイシン(0.5μg/ml)又はG418(50-100μg/ml)をCMに添加し、2週間スクリーニングした。スクリーニング後、細胞をROCK阻害剤で6~8時間前処理し、単一クローンを採取した。外因性遺伝子が組み込まれているかどうかを、ゲノムPCRにより同定した。
【0094】
TH-iCreノックインhESC系を構築するために、CRISPRを用いてH9 ESCsの内因性TH遺伝子のSTOPコドンのすぐ上流に、P2A結合を含むコドン最適化Cre組換え酵素(iCre)遺伝子とSTOPコドンをノックインし、次いで両側にFRTを有するPGK-Puro配列(PGKプロモーター駆動Puro)をノックインした。次いで、両側にFRTを有するPGK-Puroを、瞬時発現Flpoにより除去した。
【0095】
TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP hESC系を構築するために、CRISPRを用いてH9 ESCsの内因性TH遺伝子のSTOPコドンのすぐ上流に、P2A結合を含むコドン最適化されたtdTomato遺伝子とSTOPコドンをノックインし、続いてpolyA配列とPGK-Pu配列をノックインし、そしてTALENを通じてChR2発現カセットをAAVS1遺伝子座にノックインした。Bi-DRADDまたはmCherry hESC細胞株を構築するために、H9 hESCのAAVS1遺伝子部位にhM3Dq-mCherry-P2A-HA-KORDまたはmCherry発現カセットをTALENにより挿入した。
【0096】
全細胞パッチクランプと脳切片記録
移植後3ヶ月と6ヶ月に、Leica VT 1200 S振動切片機を用いて予冷した切片液中で、前脳または中脳の水平の350μm厚の冠状脳切片を製造した(切片液の組成:100mM glucose、75mM NaCl、26mM NaHCO3、2.5mM KCl、2mM MgCl2-6H20、1.25mM NaH2PO4-6H20及び0.7mM CaCl2)。その後、脳切片を、飽和95%O2/5%CO2を含む人工脳脊髄液ACSF(ACSFの組成は、124mM NaCl、4.4mM KCl、2mM CaCl2、1mM MgSO4、25mM NaHCO3、1mM NaH2PO4と10mM glucose)に移し、インキュベートし、1h回復させた後に記録し、電流信号はAxon 700 B増幅器(Axon)によって記録した。脳切片記録外液と脳切片培養液は、いずれもACSFであり、記録電極(3-5MΩ)は、電極内液(内液の組成は:112mM Cs-Gluconate、5mM TEA-Cl、3.7mM NaCl、0.2mM EGTA、10mM HEPES、2mM MgATP、0.3mM Na3GTPと5mM QX-314であり、CsOHでpH 7.2まで調節した)を含み、自発的興奮性シナプス後電流(sEPSC)と自発的抑制性シナプス後電流(sIPSC)記録に用いられた。sEPSCまたはsIPSC記録のために、細胞をそれぞれ60mVと0mVにクランプした。全実験にわたって、膜抵抗Rmは15~30MΩに維持された。記録中にRm変化が15%を超える細胞は、廃棄された。データ収集のフィルタリングは1kHz、サンプリング周波数は10kHzとした。電流クランプ状態で、青色光刺激(473nm、周波数5Hz、光強度10mM/mm2)または脱分極電流(0-100pA、ステップ10pA、持続時間2s)により誘起された動作電位(APs)を記録した。移植または内因性mDAニューロンにそれぞれ90pAまたは120pA電流を注入する電流クランプモードで、Sag検出を行った。mDAニューロンと非mDAニューロンは、EYFP陽性の移植細胞中のtdTomato蛍光信号によって区別された。
【0097】
ウイルス注射と狂犬病ウイルス追跡実験
狂犬病ウイルス追跡実験では、Creによって誘導されるTVAとtdTomatoを発現するAAVウイルス(AAV2/9-Ef1a-DIO-TVA-2A-NLS-tdTomato、力価1.29*1012遺伝子コピー(gc)/ml)200nL、またはCreによって誘導される狂犬病糖タンパク質を発現するAAV(AAV2/9-Ef1a-DIO-G、力価1.29*1012gc/ml)200nLを、移植した後5ヶ月のPDマウスの移植部位に共注入した(黒質:AP=2.9mm、L=1.1mm、V=4.4mm、垂直深さは頭骨から計算する;線条体:AP=+0.6mm、L=1.8mm、V=3.2mm、垂直深さは硬膜から計算する)。3週間後、EnVA偽型、狂犬病タンパク質Gが欠損し、EGFPを発現する狂犬病ウイルス(RVdG-EGFP,400nl、力価2*108pfu/ml)を同じ部位に注射し、アンチシナプス標識を行った。1週間後、マウスを致死させて組織学的分析を行った。内因性mDAニューロンに対して、DAT-Cre/Ai9マウスのSNc(AP=2.9mm、L=1.1mm、V=4.5mm、頭骨から垂直深さを計算する)にウイルスを注射した。固定後、冷凍スライサーでスライス(30mm厚)した。蛍光顕微鏡(Olympus VS120)を用いて、20倍対物レンズを用いて、すべての未染色冠状切片(1:4 series)をイメージングした。VS-ASW(Olympus)ソフトウェアを使用し、タイル画像を10%の重畳率で自動的に結合した。PaxinosとFranklin(2007)によると、Photoshopを使用し、標識されたニューロンの位置と脳領域の輪郭を手動でマークアップした。一部は、細胞のアイデンティティを明らかにするために、免疫染色を行った。
【0098】
組織の用意と免疫組織化学
動物を、過剰のペントバルビタール(250mg/kg、腹腔内)で致死させ、かつまず塩水で灌流し、さらに4%の冷たいリン酸塩で緩衝されたポリホルムアルデヒド(PFA)で灌流した。脳を取り出し、20%と30%のショ糖に順次浸漬して沈んた。冷凍スライサー(Leica SM2010R)上で、連続矢状(内側から外側へ0.12~3.12mm)または冠状(Bregma 1.42~0.10mm)で切片を30mmの厚さで切り取り、20℃で冷凍保護剤溶液に保存した。浮遊した脳切片を一次抗体と共に4℃で1~2晩インキュベートし、その後、未結合の一次抗体を除去した。DAB染色については、切片は、対応するビオチン化二次抗体と1hインキュベートし、次いで室温で、アビジン-ビオチンペルオキシダーゼと1hインキュベートした。DAB染色キットを用いて、免疫反応性を観察した。次に切片をエタノールで脱水し、キシレン中で透過化し、中性樹脂に固定した。蛍光免疫標識を行うために、切片は、対応する蛍光二次抗体と共に室温で1時間インキュベートした。その後、Fluoromount-Gによって封止された。
【0099】
レンチウイルスのパッケージング
パッケージングプラスミドと骨格プラスミドを、リン酸カルシウム/DNA共沈法でのトランスフェクションすることにより、293T細胞中にレンチウイルスを産生した。293T細胞を10%FBS含有Dulbecco MEM(DMEM)中で培養した。72時間トランスフェクション後、ウイルス粒子を含む上清を集め、4℃で27000rpmで2時間超遠心して濃縮した。次いで、ウイルス粒子をDPBSに再懸濁した。
【0100】
イメージングと細胞の定量化
TH細胞中で、EN1、FOXA2、LMX1A、NURR1、GIRK2、TUJ-1を発現する細胞の数、またはTH細胞の割合を定量化するために、ImageJソフトウェアを使用して、カバーガラスからランダムに選択された少なくとも5枚の画像をカウントした。データは3回繰り返され、平均±SEMとして表される。脳切片中のヒト由来繊維密度を測定するために、Nikon TE600またはOlympus VS120顕微鏡を用いてタイル画像を捕捉した。マウスの脳の異なる領域におけるヒト脳の光密度を、画像処理および分析システム(Image Pro Plus 5.1ソフトウェア)により測定した。データは、異なる領域の光密度として表示される。TH、GIRK2、LMX1A、ヒト細胞核(hN)およびFOXA2の染色について、ニコンA1R-Siレーザ走査共焦点顕微鏡(ニコン)または蛍光顕微鏡(オリンパスVS120)を用いて、60倍対物レンズでグラフトを描画し、移植物を捕獲した。ImageJを用いて、単染色細胞または二重染色細胞を手動でカウントした。データはTH-、LMX1A-、FOXA2-と総hNの割合、またはGIRK2/TH/hNとTH/hN細胞の割合で表される。すべてのデータは平均値±SEMとして表される。
【0101】
行動テスト:回転テスト
移植前および移植後の毎月~6ヶ月にわたって、アンフェタミンに誘導される回転をテストした。アンフェタミンを腹膜で注射(2mg/ml生理食塩水中、5mg/kg)5~10分後、ビデオカメラで1.5時間記録した。データは、90分間以内の1分間当たりの平均純回転数で表される。
【0102】
自発回転テストでは、CNO(1.2mg/kg)注射20分間、SALB(5mg/kg)注射5分間または塩水注射20分間後に、動物を60分間記録した。
【0103】
行動テスト:円筒テスト
個体動物をガラスの円筒に入れ、カメラで3分間記録した。マウスの脳損傷と同じ側と反対側の爪が、円筒の壁に接触する回数を計算した。データは、全接触回数に占める同側接触の割合として表される。薬物治療のために、円筒テストの前に、動物にCNO(1.2mg/kg)処理を20分間、SALB(5mg/kg)処理を5分間、または塩水処理を20分間行った。
【0104】
行動テスト:ロータロッドテスト
ロータロッド(Med Associates Instruments)を使用して運動協調性をテストした。すべての動物は、2日間の予備訓練を行い、安定した表現を達成した。1日目に、マウスをロータロッド上で訓練し、このロータロッドは、300sの時間内に毎分2(rpm)から20rpmに加速し、3回行った。2日目に、マウスを300sの時間内に3rpmから30rpmに2回加速し、4rpmから40rpmに1回加速するロータロッド訓練を行った。3日目からロータロッドでテストを行い、このロータロッドは、300sの時間内に4rpmから40rpmに加速した。マウスが、ロータロッドに留まる時間を監視した。各動物の3回の繰り返し試験の平均継続時間を、データ解析に用いた。
【0105】
定量化と統計解析
SPSSソフトウェアを用いて統計解析を行った。すべての研究では、Student-T検定、ペアt検定、二要因分散分析、Holm-Sidak検定、Two-way RM ANOVAとTukey’s post hoc検定またはOne-way ANOVAとHolm-Sidak検定により、データ分析を行った。統計学的有意性はp<0.05と決定された。
【0106】
本発明の各略語の英語注釈は表1に示す。
【0107】
【実施例】
【0108】
実施例1、移植したヒトドーパミン作動性ニューロンとグルタミン酸作動性ニューロンが、異なる脳領域に投射した
発育過程において、軸索の配向投射は、通常に、細胞の内在特性に依存する。成人脳内で細胞の内在特性が依然として細胞の投射標的を決定できるかどうかを知るために、本発明者らは、hESCから分化して得られたmDAまたは前脳グルタミン酸作動性ニューロン前駆細胞を、PDモデルマウスの中脳に移植した。本発明者らの方法は、hESCをmDAまたはGluの神経前駆細胞に分化することができる。mDAニューロン分化の32日目(移植当日)に、ほとんどの前駆細胞は、底板と中脳マーカーCORIN、FOXA2、LMX1A、EN1を発現した(
図8Aと8C)。42日目までに、総細胞中の69%またはTUJ1+ニューロン中の84%の細胞は、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)およびEN1、FOXA2、LMX1AおよびNURR1(
図8Dおよび8F)を発現し、mDAニューロン特性を示した。また、ほとんどのTH+ニューロンは、A9 mDA神経マーカーGIRK2(>85%)を共発現したが、A10 mDA神経マーカーCalbindin(CALB)(15%)はあまり発現していない(
図8Dと8F)。したがって、ほとんどのTH+ニューロンはA9 mDAニューロン特徴を有する。Gluニューロン分化の32日目に、ほとんどの細胞は、背側前脳マーカーとするPAX6と前脳マーカーとするFOXG1を発現し、それらが、背側前脳神経前駆細胞であることを示した(
図8Bと8C)。42日目までに、82%の細胞が、vGLUT1陽性であり、これらのニューロンの多くは、CTIP2(>80%)またはTBR1(>85%)を発現し、分化によって得られたのは、前脳皮質の5/6層のGluニューロンであることを示した(
図8Eと8F)。
【0109】
その後、本発明者は、mDA(
図1A)またはGlu前駆細胞(
図1B)を、PDマウスのSN脳領域に移植した。移植後6ヶ月、すべての移植動物に移植細胞が存在した。mDAニューロンを移植した脳の連続矢状断面によると、hNCAM+神経繊維の大部分は、尾状殻(CPu)中に分布し(
図1Aと1D)、当該領域は、主にA9 mDAニューロンによって支配される(BjorklundとDunnett、2007)。3つの代表的な矢状平面から、hNCAM+繊維密度を定量分析すると(
図1C)、CPu脳領域では、hNCAM+繊維総量が、平面L 2.16の72%、平面L 1.44の62%、平面L 0.72の45%(
図1E)を占めることを示した。嗅結節Tu(17%~20%)と側坐核(Acb;9%~16%)では、少ないhNCAM+繊維が検出され、これらの脳領域は、主にA10 mDAニューロン投射を受けた。残りの領域は、扁桃体と皮質を含み、全繊維の15%未満を占める(
図1E)。線条体内では、平面L 0.72及びL 1.44上のそれぞれ72%と87%のヒト由来繊維が、背側線条体(CPu)に投射される(
図1F)。hNCAM+繊維の分布パターン、特にCPuでは、正常動物における内因性TH+繊維の分布パターンと類似している(
図1Dと8G)。
【0110】
逆に、Gluニューロンの軸索の成長は局所的であり、中脳全体に投射される(
図1B)。軸索も遠方に投射するが、主に扁桃体到達し、嗅球(OB)、無症状性物質(SI)、大脳皮質までいたるが、CPuでは、hNCAM+繊維(2%から8%)の極一部しか検出されなかった(
図1B、1D、1E)。
【0111】
以上より、これらの結果は、移植されたヒト神経前駆細胞が、各ニューロンタイプに分化し、軸索が異なる脳領域に投射されることを示している。
【0112】
実施例2、移植されたヒトmDAニューロンの投射は、相同経路を経ている
連続矢状断面(
図2A)から、移植されたmDAニューロンは、明確の境界を有するように、内側前脳束(MFB)に沿って、延髄部の軸索を延長した(
図2B、L 1.08及
図2Cにおけるび赤色矢印)ことがわかった。側面から見ると、それらは、SI(
図2B、L 1.44)と扁桃体(
図2B、L 2.04)を通って延びている。吻側から見ると、hNCAM+繊維は、Acb(
図2B~2E)を通過し、その大部のhNCAM+繊維は、皮質と線条体との境界に沿って、CPu(
図2A及び
図2D中の赤色矢印)に入る。皮質中に、少量のhNCAM+繊維が検出された(
図2Dと2Fの青色矢印)。これらの結果は、移植されたmDAニューロンの軸索投射のほとんどが、内因性黒質-線条体経路に従うことを示す。
【0113】
背側/外側線条体では、密集したhNCAM+繊維が、分枝状を呈し、密集した分枝状ネットワークを形成した(
図2D-2Fと
図9A)。Tu(
図2Cと2D)にも、軸索の分枝は観察されたが、Acb、扁桃体、MFB(
図9B)には、軸索の分枝は観察されず、これは、軸索分枝が特異的に投射したことを示している。STEM121で染色したほとんどのヒト繊維は、TH陽性であり(
図2Gと2H)、これらの神経繊維は、ドーパミン作動性を有することを示している。移植されたGluニューロンhNCAM+繊維からの分枝は、OBと皮質に観察された(
図9C)。
【0114】
mDA移植物の免疫組織化学分析によると、68%の移植細胞が、THとヒト細胞核(hNs)を共発現し、かつほとんどのTH+細胞も、GIRK2とFOXA2とLMX1Aを発現し(
図9D~
図9F)、これはA9 mDA特性を示唆した。ヒト特異的なシナプシン(hSyn)の点は、CPu中のTH+の繊維に沿って分布し、そのうちの一部は、GABA+細胞体上に位置した(
図9G)。これに対して、前脳ニューロン移植グループでは、hSyn+シナプスは、ほとんど観察されず、かつGABA+細胞体に局在することはほとんど見られなかった(
図9H)。これらの結果は、シナプス接続は、移植されたヒトmDAニューロンとホストの脳中の標的細胞との間に形成できることを示している。
【0115】
実施例3、遺伝的な標識により、ヒトmDAニューロンの特定軸索神経分布を示す
移植されたmDAニューロンによる特定の軸索神経分布を解明するために、本発明者らは、tdTomato発現を有するTHレポーター遺伝子hESC系を構築し、内因性TH遺伝子の発現(方法詳細)を概括した。本発明者らは、さらに、特定の標識及び移植されたヒト細胞の操作を可能にするために、ChR2-EYFP融合タンパク質発現カセットを、AAVS1遺伝子部位にノックインした(
図3A、3B、10A及び10B)。最終的なhESCは、TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP hESCと呼ばれ、mDAニューロン分化の全過程で、ChR2-EYFPを構造的に発現するが、tdTomatoは、mDAニューロン分化の後期にのみ発現し(
図10C)、かつTH+mDAニューロンにのみ発現し(
図3Cと10D)、これは、TH+細胞の特異的な発現を強調した。
【0116】
次に、本発明者らは、TH-tdTomato/AAVS1-ChR2-EYFP hESC由来のmDA前駆細胞をPDモデルマウスのSNまたは線条体に移植した(
図3A)。移植から6ヶ月後、すべての移植動物にEYFP+移植細胞が出現した(
図3D)が、tdTomatoは、TH+mDAニューロンで発現したが、5-HT+ニューロンなどの非mDAニューロンで発現しなかった(
図10Eと10F)。SN細胞を移植した脳の連続冠状切片は、ほとんどのヒトmDAニューロンの投射は、CPu中に分布し、そこで、繊維が密集して分枝するネットワークを形成したことを示す(
図3E、b、c)。Acbは、mDAニューロン投射のほんの一部しか存在しない(
図3E、切片1~3)。これらの冠状切片(
図3E、切片1と2、aとb、赤色点線矢印)において、mDAニューロン軸索の延髄投射経路を決定した。tdTomato+投影が、STEM121が陽性を示し(
図3F)、ヒト細胞由来であることが確認された。これらの結果は、hNCAM染色によって示された移植ヒトmDAニューロンからの特異的な軸索経路探索と標的化作用(
図1と2)を検証した。線条体の移植では、tdTomato+mDAニューロン繊維がCPu全体を占め、かつほとんどの繊維が、CPuに限定されている(
図3G、3H、10G)。黒質の移植において、tdTomato+繊維は、周囲の移植物に限られた大量の樹状突起成長を示し(
図3I)、ヒトmDA樹状突起と軸索の細胞と標的特異的分枝を示した。また、hESC由来のドーパミン(DA)ニューロンは、線条体と黒質移植物の周囲に分布している(
図3Hと3I)が、PD患者のヒト胎児脳移植と極めて類似している。
【0117】
細胞の特徴(
図8D、9D及び9F)及び特定の投射(
図1、2及び3)は、本発明者らのmDAニューロンは、SN pars compacta(SNc)中のニューロンと類似することを示す。遺伝的レポーター遺伝子を用いて、本発明者らは、mDAニューロン(EYFP+/tdTomato+)と非mDAニューロン(EYFP+/tdTomato+)に全細胞パッチクランプ記録を行った(
図10H)。本発明者らは、線条体又は黒質移植物中のヒトmDAニューロンと非mDAニューロンが、移植後3ヶ月以内に、電流又は青色光誘導の動作電位(AP)と自発AP(sAP)(
図3J及び11A~11F)を示し、移植ヒトニューロンの機能成熟を示唆することを発見した。重要なことに、線条体と黒質に移植されたヒトmDAニューロンのsAPは、規則的な放電を示し、放電周波数が低い(線条体グループ0.87±0.20Hz、黒質グループ0.83±0.15Hz)と副閾値発振電位が遅い(0.29)線条体グループは±0.06Hz、黒質グループは0.26±0.13Hz(
図3J、11G、11H)である。移植6ヶ月後、ヒトmDAニューロンのsAPに、明らかな超分極(AHP)が観察された(
図11Iと11J)。これらの生理的特徴は、内因性SNc(A9)mDAニューロンの特徴と一致する(
図3J;Guzmanら、2009、Lammelら、2008、Nedergaardら、1993)。また、非mDAニューロンと比較すると、移植されたmDAニューロンは、移植後6ヶ月の線条体または黒質移植物では、より高い膜容量(Cm)と、より低いニューロン入力抵抗(Rm)傾向とを示した(
図11Kと11L)。また、内因性SNc mDAニューロンは、超分極電流注入に応答する際のサグ幅の値(Evansら,2017;Lammelら,2008;Neuhoffら,2002)に特徴がある。mDAニューロンレポーター遺伝子マウス(DAT-Cre/Ai9)を用いて、本発明者らは、記録されたすべてのSNcニューロンが閾値以下の範囲(37.2±3.8mV、n=15/15)に典型的なサグ幅の値(
図3Kと3M)を示すことを発見した。しかし、11個の内因性VTA mDAニューロンのうち、電圧サグを示すのは5個だけで、その幅はずっと小さい(23.0±1.6mV、n=5/11)(
図3Kと3M)。興味深いことに、線条体に移植されたヒトmDAニューロンは、明らかな電圧サグ(32.5±3.3mV、n=13/16)を示した。これに対して、29個の移植された非mDAニューロンのうち、11個だけが電圧サグを示し、その幅は、ずっと小さい(14.9±2.9mV、n=11/29)(
図3Lと3M)。
【0118】
これらの結果は、移植されたヒトmDAニューロンは、A9 mDAニューロンの機能的な特徴を有することを示す。
【0119】
実施例4、構造学的にヒトニューロンのシナプス入力は移植部位に関与する
狂犬病ウイルスに媒介される追跡は、PDモデルにおける移植された細胞の解剖学的入力を追跡するために、使用されてきた。移植されたヒトmDAニューロンのシナプス前のシグナル入力を、明らかにするために、本発明者らは、Cre-loxP遺伝子発現システムと、狂犬病ウイルスに媒介されるシナプス追跡とを結合した(
図4A)。本発明者らは、内因性THの発現を損なうことなく、THを発現する細胞中でCre組換え酵素を直接発現させるTH-iCre hESC系を構築した(
図4B、12A及び12B)。Cre依存性mCherryを発現するレンチウイルスで、TH-iCre hESC由来ニューロン培養物を感染した後、TH+mDAニューロンの中で唯一発現したのはmCherryであり、このシステムの特異性を証明した(
図12Cと12D)。TH-iCre mDA前駆細胞を、PDマウスの黒質または線条体に移植した5ヶ月後、AAVを発現するCre依存性TVAとNLS-tdTomato(AAV-DIO-TVA-2A-NLS-tdTomato)、及びCreを発現するAAV依存性狂犬病糖タンパク質(G)(AAV-DIO-G)を移植部位に共注入した(
図4A)。1ヶ月後、EGFP(RVdG-EGFP)を発現するEnvA偽型と、G欠損の狂犬病ウイルスを、移植部位に注入した(
図4A)。移植されたヒトmDAニューロンのみがCre組換え酵素を発現するため、TVA、tdTomato、Gの発現は、ヒトmDAニューロンに限られ、mDAニューロンではない。実際、tdTomatoは、TH+ヒトmDAニューロンのみで発現した(
図12E)。RVdG-EGFPは、TVAを発現する(tdTomato+)ヒトmDAニューロンにのみ感染するため、移植の開始ヒトmDAニューロンは、EGFPとtdTomatoを共発現した。移植されたヒトmDAニューロンにおけるGの共発現は、RVdG-EGFPをそれらのシナプス前パートナー(Wickershmら,2007)にシナプス伝播させ、したがって、ホストのシナプス前ニューロンは、EGFPのみを発現した(
図4A)。
【0120】
開始ニューロン(EGFP+/tdTomato+)は、ヒト移植細胞でのみ発見され、かつTH+(
図4Cと4D)である。シナプス標識されたホストニューロン(EGFP+/tdTomato+)は、移植から離れた脳領域で容易に検出された(
図4E)。移植された脳では、線条体の中で、最も豊富な標識を持つホストニューロン(CPuとAcbを含む)が発見された(
図4E~4G)。CPu中の標識されたホストニューロンは、GABAとDARPP32を発現し、線条体中の有棘細胞であることを示唆した(
図12F)。Acbでは、標識されたホストニューロンが、プラークを形成し、異なるサンプルでこんな現象を観察した(
図4H)。皮質領域では、CTIP2+とSATB2+皮質ニューロンが、ヒト黒質mDAニューロン(
図4E~4Gと12F)に投射されたことが分かった。視床下部領域では、視床下部外側(PLH)の花柄部分と視床下部脳室傍核(Pa)が、SNのヒトmDAニューロンに強く投射した。末端線条体(ST)と扁桃体中央(Ce)の床核にも、標識が密集したホストニューロンを発見したが、他の扁桃体領域にはなかった(
図4E~4G)。また、淡蒼球(GP)、腹側淡蒼球(VP)、及び拡張扁桃体(EA)に、分散ニューロンは観察された。より多くの尾部領域では、背側縫線核(DR)、水道周囲灰白質(PAG)である。橋網様核(Pn)は、大量の標識されたニューロンを含む(
図4E~4G)。本発明者らは、DR中に、SN中のヒトmDAニューロンに投射された5-HT+ニューロンを発見した(
図12F)。移植されたヒトmDAニューロンのシナプス前入力分布は、DAT-Creマウスにおける内因性SNc mDAニューロン上の分布と驚くほど類似し、後者は、DAニューロン中でCre(
図12Gと12H)を発現し、かつAcb中にも、シート状分布入力を呈する内因性mDAニューロンが観察された。
【0121】
線条体移植の脳では、CPuに密集したシナプス前入力が見出したが、Acbには認められなかった。黒質移植したヒトmDAニューロンに比べて、GPと皮質領域で、より多くの入力が観察された。視床束傍核(PF)と背内側核(MD)が、線条体のヒトDAニューロンに投射することに傾向する。線条体移植の脳において、CeとSN網様部(SNR)にも、標識されたホストニューロンを発見した。PAG、DR、傍小脳脚核(PB)、Pnなどの尾部髄質の多い領域では、標識されたニューロンは、ほとんど存在しない(
図4E、4F、12J)。
【0122】
そのため、線条体と黒質に移植されたヒトmDAニューロンが受け取った入力は、異なる脳領域から来い、位置依存性シナプス前入力を示している。内因性mDAニューロンと同様に、黒質に移植されたヒトmDAニューロンも、同様の脳領域から大量の入力を受けている。
【0123】
実施例5、移植されたニューロンのタイプは、その機能的入力特性を決定した
電気生理記録によると、移植後3ヶ月、線条体または黒質移植ブロックにおけるヒトmDAと非mDAニューロンには、sEPSCとsIPSC(それぞれ自発的興奮性および抑制的シナプス後電流)をほとんど検出しなかった(
図5A~5D)。驚くべきことに、移植後6ヶ月で、線条体または黒質移植ブロックにおけるmDAと非mDAニューロンには、sIPSCsとsEPSCsの平均周波数(振幅ではなく)は、有意に増加した(
図5A~5D)。移植された非mDAニューロンとmDAニューロンの間のsEPSCまたはsIPSC上昇時間または減衰時間には、差がない(
図13A~13F)。これらの結果は、機能的入力は、移植位置やニューロンタイプの影響を受けず、3~6ヶ月以内に確立されたことを示す。
【0124】
興味深いことに、黒質移植ブロックでは、mDAニューロン中のsIPSC周波数は、非mDAニューロン中のsIPSC周波数よりも高かった(
図5C)。これに対して、線条体と黒質移植ブロックでは、mDAニューロン中のsEPSC周波数は、非mDAニューロン中のsEPSC周波数より有意に低かった(
図5D)。sIPSC/sEPSC比を計算することにより、本発明者らは、移植されたヒトmDAニューロンが受け取る抑制性入力がより多く、そのsIPSC/sEPSC比は3.28であり、内因性mDAニューロンのパターンに似ているが、ヒトの非mDAニューロンが受ける抑制/興奮性入力では、sIPSC/sEPSC比は、0.95であることを発見した(
図5Eと13G)。非mDAニューロンと比較すると、ヒトmDAニューロンのsIPSC/sEPSC比がより高い(2.61)傾向は、線条体移植ブロックにも観察されたが(
図5E)、内因性線条体ニューロンは、より多くの興奮性入力を受け、sIPSC/sEPSC比は0.86(
図5Eと13H)であった。
【0125】
これらの結果は、移植部位ではなく移植ニューロンのタイプが、移植ニューロンの抑制性と興奮性入力特徴を決定することを示している。
【0126】
実施例6、GluニューロンではなくmDAニューロンの移植は、PDマウスの運動障害を是正できる
移植前と移植後の4週間ごとに、アンフェタミンに誘導される回転、回転テストと円筒テストにより、黒質移植細胞の機能効果を評価した(
図6A)。線条体移植細胞のPDマウスのアンフェタミンに誘導される回転は、3ヶ月から回復を開始し、かつ移植後4ヶ月で回復した。時間の経過につれて、マウスは、反対側に回転することによって、徐々に過剰補償を示した(
図6B)。4~5ヶ月後、黒質移植mDAのPDマウスにおいても機能回復が観察された;しかし、6ヶ月で、過剰補償は消失した(p<0.001;
図6B)。逆に、アンフェタミンに誘導される回転では、黒質にグルタミン酸ニューロンまたは人工脳脊髄液(ACSF;対照)を受けたマウスは、回復の兆候を示さなかった(p>0.05、
図6B)。
【0127】
運動協調と平衡を評価し、かつドーパミンエネルギー系の薬理刺激に依存しない回転テストでは、ヒトmDAニューロンの黒質または線条体移植を受けたPDマウスでは、時間の経過とともに、落下の時間が顕著に増加した(p<0.001)が、黒質GluニューロンまたはACSFを受けたマウスでは増加しなかった(p>0.05、
図6C)。
【0128】
前肢の運動能力を測定する方法である円筒テストでは、すべてのグループは、6-OHDA損傷後に優先的な同側肢接触を示した。ヒトmDAの黒質または線条体移植後4ヶ月、マウスの同側接触選好は、著しく低下した(50%に近い)(p<0.001)が、GluニューロンまたはACSFの黒質移植マウスは変化しなかった(p>0.05、
図6D)。
【0129】
実施例7、運動回復は黒質-線条体の神経回路機能の再構築に依存する
PDモデル動物の挙動回復が、再構築された黒質-線条体回路に依存するかどうかを確定するために、本発明者らは、移植されたhESC由来のmDAニューロンに、「双方向スイッチ」を設置した(
図7A)。本発明者らは、Bi-DREADD-HESCsと呼ばれるhESC細胞株を構築し、AAVS1遺伝子座に、CNOによって活性化された興奮性hM3Dq受容体(Alexanderら、2009)とSalvinorin B(SALB)によって活性化されたKORD抑制性受容体(Vardyら、2015、
図7B、14A、14B)である2つのDREADD(薬物によって専門的に活性化された受容体)を挿入した。mCherry発現をAAVS1遺伝子座にノックインしたhESC(mCherry-hESCs)を、コントロールとした(
図7B、14Aと14B)。培養中または移植後に、Bi-DRADD-HESCまたはmCherry-hESCから誘導されたニューロンに、遺伝子組み換えの発現が容易に検出された(
図7C、7Dおよび14C~14G)。移植後の6ヶ月後、Bi-DRADDグループとmCherry(コントロールグループ)グループでは、運動回復が観察され、これは、アンフェタミンに誘導された回転の減少と同側接触選好の低下によって確認された(p<0.05;
図7E~7G)。
【0130】
アンフェタミン刺激によりDA放出を必要としない円筒テストと自発回転テストを用いて、本発明者は、CNO(1mg/kg)処理が、同側の優先接触をさらに低減できることを発見したが(p<0.05;
図7H)、SALB(5mg/kg)処理は、Bi-DRADD移植による同じ動物の同側触覚を増加させた(p<0.01;
図7H)。CNOまたはSALB処理は、mCherry発現を受けたマウスの同側接触に影響を与えなかった(p>0.05、
図7H)。自発回転テストにおいて、コントロールマウスは、明らかな運動平衡変化を示さなかった。しかし、Bi-DRADD細胞を移植したマウスでは、CNO処理が、同側回転よりも多くの対側回転を著しく誘導し(p<0.01)(
図7I)、同側回転比は、48.49±8.10から34.83±6.23(p<0.05、
図7J)に低下した。逆に、SALBは、同側純回転(p<0.05)を著しく増加し、同側回転比は、48.49±8.10から58.42±9.91(p<0.01、
図7J)に増加した。CNOまたはSALB処理の有無にかかわらず、mCherryマウスは、明らかな変化を示さなかった(p>0.05、
図7Iと7J)。
【0131】
これらの結果は、前肢の運動障害の回復と非対称回転が、移植細胞の活性に依存することを示している。
【0132】
検討
本発明では、PDマウスモデルにおける移植されたヒト由来mDAニューロンからの投射及びシナプス入力を正確に描画するための遺伝的標識戦略を開発した。本発明者らは、黒質に移植されたヒト由来mDAニューロンが、背側線条体に特異的に投射されることを発見した。狂犬病ウイルスに媒介される追跡により、移植されたmDAニューロンは、内因性mDAニューロンと極めて類似した方法で、シナプス入力を受けていることが明らかになった。電気生理記録によると、主に、移植されたmDAニューロンへの抑制性入力は、移植部位によらず、細胞のタイプに依存しているよう。シナプス前とシナプス後の統合により、同所移植したヒト由来mDAニューロンは、移植細胞の活性に応じて、PDマウスの運動機能障害を挽回することができる。これらの発見は、移植されたニューロンと細胞型に関連する機能性回路との統合を解明し、幹細胞を使用する特定のニューロンタイプが、神経系疾患を治療するために神経回路を修復する見通しを際立たせた。
【0133】
成熟した脳に移植されたニューロンの標的投射を決定するものは、まだ未知である。二つのタイプの投射ニューロンmDAとGluニューロンを、PDマウスの黒質に移植することにより、本発明者らは、二つのニューロンタイプとも長い経路を介して軸索を投射することができるが、異なる経路を介して、軸索を異なる標的に投射することを発見し、ただhし、ほとんどの移植されたmDAニューロン軸索は、CPuに投射された。THレポーター細胞系を用いて、これをさら確認し、このレポーター細胞は、腹側線条体(Acb)ではなく背側線条体(CPu)に、ほぼ排他的に投射することを示した。CPuは、SNc(A9)mDAニューロンの主要標的(BjorklundとDunnett、2007;JoelとWeiner、2000)であるため、本発明者らの発見は、ヒト由来mDAニューロンの多くが、A9 mDAニューロンであることを示した。確かに、本発明の細胞の特徴、特に電気生理記録は、ヒト由来mDAニューロンのA9型を確認した。この説明は、以前の研究で見られた他の脳領域への軸索投射の多くは、非mDAニューロンから由来する可能性があることを示す。つまり、これらの結果は、投射経路と投射標的脳領域が、移植されたニューロンのタイプに大きく依存することを強く示唆した。
【0134】
シナプスを、移植されたニューロンに正しく入力することは、損失した機能を回復するためにも重要である。本発明において、TH-iCreシステムは、ヒト由来mDAニューロンに移植された単シナプス入力を、特異的に識別することができ、そして興味深いパターンを明らかにした。移植物を全体的に見ると、Adlerらの観察に似て、黒質と線条体に移植されたmDAニューロンが、重畳領域(例えば背側線条体)から入力を受けても、解剖的なシナプス入力は、移植位置と関与するようである。しかし、移植されたヒト由来mDAニューロンと内因性mDAニューロンの入力の驚くべき類似性は、細胞のタイプが、シナプス入力を決定する上で役割を果たしたことを示す。これは機能レベルでより明確に表示される。非mDAニューロンに比べて、細胞を線条体または黒質に移植するかは関係なく、移植されたmDAニューロンは、より多くの抑制性入力を受けたが、より少ない興奮性入力を受け、これは、移植されたニューロンのタイプが、機能性シナプス入力を決定したを示す。
【0135】
移植されたmDAニューロンのシナプス前とシナプス統合により、再構築された黒質-線条体回路が、PDマウスの運動回復に役立つと自然に考えることができる。線条体に移植されたヒトmDAニューロンは、機能的に線条体ニューロンに接続され、かつ光遺伝学的と化学的遺伝学的ツールを用いて動物行動の回復を促進することが、既に実証された。現在の研究では、Bi-DRADD戦略を用いて、同じ移植細胞上で活性化と抑制を行うことができ、これは、PDマウスの行動回復の基礎となる再構築された黒質-線条体回路が機能していることを明確に証明した。
【0136】
精確な遺伝的標識と機能検測とを結合し、本発明者らは、成熟した脳における移植された細胞の神経回路の回復(経路探索、標的特異性、機能入力確立を含む)が、移植された神経の内在特性に大きく依存することを発見した。そのため、極めて重要なのは、高度に富化し、運命が決定した神経前駆細胞を移植することであり、そして治療効果を達成するために特定の回路を再構築した。したがって、細胞に基づく療法による神経系疾患の治療が、現実的である。
【0137】
本出願に言及されている全ての参考文献は、参照として単独に引用されるように、本出願に引用されて、参照になる。理解すべきのは、本発明の上記の開示に基づき、当業者は、本発明を様々な変更または修正を行っても良い、これらの同等の形態も本出願に添付された請求の範囲に規定される範囲内に含まれる。
【国際調査報告】