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特表2023-543518金属ターゲットからPVDによって製造されたAlリッチAlCrNコーティング層
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-10-16
(54)【発明の名称】金属ターゲットからPVDによって製造されたAlリッチAlCrNコーティング層
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20231006BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20231006BHJP
【FI】
C23C14/06 A
C23C14/24
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023519955
(86)(22)【出願日】2021-09-30
(85)【翻訳文提出日】2023-05-15
(86)【国際出願番号】 EP2021077042
(87)【国際公開番号】W WO2022069686
(87)【国際公開日】2022-04-07
(31)【優先権主張番号】102020005956.2
(32)【優先日】2020-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】クラスニッツァー,ジークフリート
(72)【発明者】
【氏名】エバーソルド,マリヤナ・ミオニッチ
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA43
4K029BA58
4K029CA02
(57)【要約】
本発明は、コーティング層及びその製造方法に関し、該コーティング層は、Al、Cr及びNを主成分として含み、式(AlCr(式中、a及びbはそれぞれ、層中の化学元素組成の算出にAl及びCrのみを考慮した原子比でのアルミニウム及びクロムの濃度であり、ここで、a+b=1、且つ0≠a≧0.7及び0≠b≧0.2であり、xはAlの濃度とCrの濃度の和であり、y、z及びqは、それぞれ層中の元素組成の算出にAl、Cr、O、C及びNのみを考慮した原子比での酸素、炭素及び窒素の濃度であり、ここで、x+y+z+q=1且つ0.45≦x≦0.55、0≦y≦0.25、0≦z≦0.25である)によるこれらの元素に関する原子百分率での元素組成を有し、該コーティング層は、90%以上のfcc立方相、及び2.5GPa以上、好ましくは2.5GPa~6GPaの間の圧縮応力を呈する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面上に少なくとも1つのコーティング層を蒸着させることを含む、コーティングされた基材を製造するための方法であって、
●前記少なくとも1つのコーティング層が、反応性PVD陰極アーク蒸発技術を使用することによって真空コーティングチャンバの内部で合成され、
前記真空コーティングチャンバ内に反応性ガスとして使用される窒素ガスが導入され、
ターゲット材料を蒸発させるためのカソードとして動作する前記ターゲット材料を含む少なくとも1つのアーク蒸発源が使用され、
前記ターゲット材料は、Al及びCrからなるか、又はAl及びCrを主成分として含み、前記ターゲット材料中の原子百分率でAl及びCrの含有量のみを考慮すると、前記ターゲット材料中のAl[at%]/Cr[at%]の比が、70/30を超え、好ましくは70/30>Al[at.%]/Cr[at.%]≧90/10であり、
前記方法が、前記ターゲット材料からのアルミニウム及びクロムと、前記コーティングチャンバに含まれる窒素との間の反応の結果としての窒化アルミニウムクロムの反応性蒸着を伴い、
窒化アルミニウムクロムの前記反応性蒸着が、
i.180℃から600℃まで、好ましくは200℃から500℃までの蒸着温度で、
ii.0.1Paから9Paまで、好ましくは0.2Paから8Paまで、より好ましくは0.6Paから7.5Paまでの窒素分圧で、
iii.-250V≦U≦-30Vに相当する範囲内で、好ましくは、-200V≦U≦-40Vに相当する範囲内で、バイアス電圧Uを用いて、行われ、
iv.形成される前記コーティング層が、
a.Al、Cr及びNを単独で成分として、又は主成分として含み、式(AlCr(式中、a及びbはそれぞれ、前記層中の化学元素組成の算出にAl及びCrのみを考慮した原子比でのアルミニウム及びクロムの濃度であり、ここで、a+b=1、且つ82≧a≧>0.7及び0≠b≧0.18であり、xはAlの濃度とCrの濃度の和であり、y、z及びqは、それぞれ、前記層中の前記元素組成の算出にAl、Cr、O、C及びNのみを考慮した原子比での酸素、炭素及び窒素の濃度であり、ここで、x+y+z+q=1、且つ0.45≦x≦0.55、0≦y≦0.25、0≦z≦0.25である)によるこれらの元素に関する原子百分率の前記元素組成を有し、
b.90%以上のfcc立方相を呈し、
c.圧縮応力が2.5GPa以上、好ましくは2.5GPa~6GPaの間である、方法。
【請求項2】
以下:
前記コーティングパラメータが、
i.前記少なくとも1つのコーティング層の蒸着中に、前記基材に到達する前記窒素種の50%超が二重帯電するように、高い窒素イオン化が達成されて維持され、
ii.金属アルミニウム及びクロム種の高注入が、200eV以上の値に相当するアルミニウム及びクロムの高エネルギーの金属イオンを達成することによって可能になる、
ように選択されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記コーティングパラメータが、同時に以下の範囲:
i.-100V<U≦-40Vの低バイアス電圧範囲にあるバイアス電圧U
ii.0.1Paから最大1Paまでの低圧範囲の窒素分圧、及び
iii.350℃から最大500℃までの温度範囲のプロセス温度、
であるコーティングパラメータの組み合わせとなるように選択されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
以下:
前記コーティングパラメータが、同時に以下の範囲:
i.-200V≦U≦-100Vの高バイアス電圧範囲にあるバイアス電圧U
ii.0.8Paから最大9Paまでの高圧範囲の窒素分圧、及び
iii.200℃から最大480℃までの温度範囲のプロセス温度、
にあるコーティングパラメータの組み合わせとなるように選択されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記アーク蒸発源電流が、100Aから最大200°Aまでの範囲であることを特徴とする、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
先行する請求項のいずれかに従って製造された少なくとも1つのコーティング層を含むコーティング系を含むコーティングされた基材であって、前記コーティング層が、30GPaより高い、好ましくは30GPa~50GPaの間の硬度、及び330GPaより高い、好ましくは330GPa~490GPaの間のヤング率、及び70at.%~82at.%の間、すなわち0.70≦a≦0.82、好ましくは72at.%~82at.%の間、すなわち0.72≦a≦0.82の範囲のアルミニウム含有量を呈する、コーティングされた基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属ターゲットからの物理蒸着(PVD)プロセスによって製造されたAlリッチAlCrNコーティング(以下、単にAlリッチAlCrNコーティング層又はAlリッチAlCrN層又はAlリッチAlCrN膜とも称する)及びその製造方法に関する。
【0002】
本発明は更に、上述の本発明のAlリッチAlCrN層のうちの1つ以上からなる、又はそれを含むコーティング系に関する。
【背景技術】
【0003】
本発明によるAlリッチAlCrNコーティング層は、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)及び窒素(N)からなるコーティング層として、又はアルミニウム(Al)、クロム(Cr)及び窒素(N)を主成分として含むコーティング層として理解されるべきである。
【0004】
これに関連して、AlリッチAlCrN系層における「主成分であるAl、Cr、N」という用語の使用は、AlリッチAlCrN系層の全化学元素組成を原子百分率で決定するために、AlリッチAlCrN系層に含有される全ての元素を考慮する場合、特に、原子百分率による濃度としてのAlリッチAlCrN系層中のAl、Cr及びNの含有量の和が50at%を超えること(すなわち、50at%超~100at%の間の値)、好ましくは75at%超(すなわち、75at%超~100at%の間の値)、より好ましくは80at%以上(すなわち、80at%~100at%の間の値)に相当することを意味する。
【0005】
これに関連して、「Alリッチ」という用語は、原子百分率での化学元素組成の決定のためにAl及びCrのみが考慮される場合(すなわち、Al[at%]/Cr[at%]>70/30である)、対応するAlリッチAlCrN系層中のアルミニウム(Al)の含有量が70at%に等しいか好ましくは70at%を超えることを示すために特に使用される。
【0006】
技術水準
70at-%(Crに対して)を超えるAl含有量を有し、立方晶構造及び柱状微細構造を呈するAlCrNコーティング層は、これらの種類のコーティングは、PVDベースのAl0.7Cr0.3Nコーティング等のより低いAl含有量を有するコーティングと比較して優れた摩耗保護を示巣であろうと予想されることから、特に工業用PVDチャンバ内でそのような材料を得るための多数の研究及び試みに供される。
【0007】
したがって、Alの準安定溶解限界を70at.%を超えて高めるための可能な方法を提示するいくつかの刊行物もある。しかしながら、これまでに提案されたこれらの方法は全て、いくつかの欠点を伴う。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的
本発明の目的は、最新技術の欠点を克服又は緩和するAlリッチAlCrN系コーティング及びその製造方法を提供することである。
【0009】
AlリッチAlCrN系コーティングは、好ましくは立方相、高硬度、適切な圧縮応力、及びコーティング微細構造を呈するべきであり、これは、AlリッチAlCrNコーティングが切削工具に適用される場合、好ましくは高い耐摩耗性及び改善された切削性能を達成することを可能にする。
【0010】
本発明の更なる目的は、本発明のAlリッチAlCrN系コーティングを製造するための柔軟で信頼性の高い方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の説明
本発明の目的は、以下に記載され、特許請求の範囲に記載されるように、1つ以上のこれらのAlリッチAlCrNコーティング層からなる、又は1つ以上のこれらのAlリッチAlCrNコーティング層を含むコーティング系でコーティングされたAlリッチAlCrNコーティング層及び基材を製造する方法を提供することによって達成される。
【0012】
本発明は、具体的には、Al、Cr及びNを主成分として含み、式(AlCr(式中、a及びbはそれぞれ、層中の化学元素組成の算出にAl及びCrのみを考慮した原子比でのアルミニウム及びクロムの濃度であり、ここで、a+b=1且つ0≠a>0.7且つ0≠b≧0.18(より具体的には、aは0.7>a≦0.82の範囲内)であり、xはAlの濃度とCrの濃度の和であり、y、z及びqは、それぞれ、層中の元素組成の算出にAl、Cr、O、C及びNのみを考慮した原子比での酸素、炭素及び窒素の濃度であり、ここで、x+y+z+q=1且つ0.45≦x≦0.55、0≦y≦0.25、0≦z≦0.25である)によるこれらの元素に関する原子百分率での元素組成を有するコーティング層に関し、
●コーティング層は、
○90%以上のfcc立方相、及び
○2.5GPa以上、好ましくは2.5GPa~6GPaの間の圧縮応力を呈する。
【0013】
用途に応じて、そのような場合には、高い圧縮応力がより適切であり得、例えば、いくつかの用途のコーティング又はコーティングの一部に必要な場合、圧縮応力は4~6GPaの間であることが好ましい。
【0014】
更に、本発明は、具体的には、基材の表面上に請求項1に記載のコーティング層を製造する方法に関し、
●コーティング層は、反応性PVD陰極アーク蒸発技術を使用することによって真空コーティングチャンバの内部で合成され、
前記真空コーティングチャンバ内に反応性ガスとして使用される窒素ガスが導入され、
ターゲット材料を蒸発させるためのカソードとして動作する前記ターゲット材料を含む少なくとも1つのアーク蒸発源が使用され、
ターゲット材料が、Al及びCrからなるか、又はAl及びCrを主成分として含み、ターゲット材料中の原子百分率でAl及びCrの含有量のみを考慮すると、ターゲット材料中のAl[at%]/Cr[at%]の比が、70/30を超え(すなわち、Al[at%]/Cr[at%]>°70/30)、
方法は、ターゲット材料からのアルミニウム及びクロムと、コーティングチャンバに導入される窒素との間の反応の結果としての窒化アルミニウムクロムの反応性蒸着を伴い、
窒化アルミニウムクロムの反応性蒸着は、
i.180℃から600℃まで、好ましくは200℃から500℃までの蒸着温度で、
ii.0.1Paから9Paまで、好ましくは0.2Paから8Paまで、より好ましくは0.6Paから7.5Paまでの窒素分圧で、
iii.-250V≦Ub≦-30Vに相当する範囲内で、好ましくは、-200V≦Ub≦-40Vに相当する範囲内で、バイアス電圧Ubを用いて、行われる。
【0015】
したがって、好ましくは、この方法は、参照により本明細書に組み込まれるPCT/EP2020/068828(国際公開番号WO2021/001536A1を有する)にKrassnitzerによって記載されている1つ以上のアーク蒸発源を使用することによって行われる。このようにして、例えば200Aのアーク電流をターゲットに印加することができ、同時に一定の放電電圧を達成することができるように、反応性PVDコーティングプロセスを実施し、AlリッチAlCrNコーティング層(上記で説明したように70at%より高いAl含有量を有する)を製造することが可能である。
【0016】
本発明者らは、AlリッチAlCrN層における上述の比のAlとCrの組み合わせ(Al[at%]/Cr[at%]>70/30、好ましくは82/18≧Al[at%]/Cr[at%]>70/30を意味する)が、工具及び/又は部品に対する摩耗保護の改善に大きな寄与を示すことを見出した。
【0017】
更に、本発明は、1つ以上の本発明のAlリッチAlCrNコーティング層を含むコーティング系に関する。
【0018】
上記の本発明のAlリッチAlCrNコーティング層を製造するための上記の本発明の方法はまた、異なるコーティング系、例えば多層及び/又は勾配コーティング系を製造するために、本発明のAlリッチAlCrNコーティング層と組み合わされる他の種類のコーティング層を製造するために、例えば更なるターゲット及び/又は反応性ガス流を使用することによって変更することもできる。
【0019】
更に、金属ターゲットを使用し、NガスをコーティングPVDチャンバ/装置に同時に導入することによる反応性PVDコーティングプロセスは、コーティング又はコーティング全体のナノ層及び/又は多層部分等の複雑なコーティングアーキテクチャ/設計を有する硬質PVDコーティングにとって非常に重要である。工具及び/又は構成要素上の硬質コーティングのためのPVDコーティング溶液。好ましくは、このコーティング溶液は、微細構造、テクスチャ、弾性率、硬度及び応力等の所望のコーティング特性と、わずか50nm以下に限定されない厚さ、及び単一の単結晶粒の配向又は非常に限定された低い残留圧縮応力等の汎用的な(あまり限定されない)コーティング特性との組み合わせを有するべきである。具体的には、このコーティング溶液はまた、そのような材料系はPVD硬質コーティング内で多くの注目を集め、その結果、例えば切削プロセス中の工具の耐摩耗性を改善することから、Al含有量が70%のAlCrNの特性を改善することができなければならない。
【0020】
本発明によるAlリッチAlCrNコーティング層及び/又はコーティング系(すなわち、本発明によるAlリッチAlCrNコーティング層を含む)は、優れた機械的特性を呈し、摩耗及び応力の集合にさらされる工具及び部品に優れた性能を提供するための有益な一連の特性を有すると予想される。
【0021】
上述の本発明の(AlCr層は、優先的に面心立方構造を呈する。重要なことに、本発明は、70at%を超えるAlを有する金属AlCrターゲットをアーク放電することによる及びNガスをコーティングPVDチャンバ/装置に同時に導入することによる反応性物理蒸着(PVD)プロセスによって、本発明のAlリッチAlCrNコーティングを製造する方法を記載する。
【0022】
本発明のより良い理解を提供するために、いくつかの実施例、表及び図を、本発明をより詳細に説明するために以下で使用する。しかしながら、これらの実施例、表及び図は、本発明の限定として理解されるべきではなく、本発明の具体例及び/又は好ましい実施形態としてのみ理解されるべきである。
【0023】
以下に記載されるように、本発明に従って蒸着されたAlリッチAlTiN層の本発明の実施例は、400℃のプロセス温度(これに関連して、「プロセス温度」という用語は、特にコーティング蒸着プロセス中の設定温度を指すために使用される)、及び0.2Pa~5Paの異なる値の窒素分圧で陰極アーク蒸発プロセスを使用することによって実施された。Al及びCr材料源として、80Al/20Crのat%の元素組成を有するAlCrターゲットを使用し、ターゲットは、120A~200A又は100A~200Aのアーク電流、並びに各実施例について異なる基材バイアス電圧及び圧力を印加することによってカソードとして動作させた。
【0024】
詳細なプロセスパラメータを有するそのような蒸着プロセスの5つの実施例を表1に示す。
【0025】
実施例1~5に示すプロセスによって得られたAlリッチAlCrN系コーティングの特性を図1~5に示す。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】(a)本発明の実施例1に従って蒸着されたAlリッチAlCrNコーティング膜のSEM破断断面画像、及び(b)蒸着されたままの膜のパターン。
図2】(a)本発明の実施例2に従って蒸着されたAlリッチAlCrNコーティング膜のSEM破断断面画像、及び(b)蒸着されたままの膜のパターン。
図3】(a)本発明の実施例3に従って蒸着されたAlリッチAlCrNコーティング膜のSEM破断断面画像、及び(b)蒸着されたままの膜のパターン。
図4】(a)本発明の実施例4に従って蒸着されたAlリッチAlCrN系コーティング膜のSEM破断断面画像、及び(b)蒸着されたままの膜のパターン。
図5】(a)本発明の実施例5に従って蒸着されたAlリッチAlCrN系コーティング膜のSEM破断断面画像、及び(b)蒸着されたままの膜のパターン。
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1(a)、2(a)、3(a)、4(a)及び5(a):蒸着膜で測定されたヤング率(E)、硬度(H)、及びAl含有量も含む、表1に示すパラメータを有するプロセスの5つの実施例で蒸着されたAlリッチAlCrN系材料のモノリシックコーティングのSEM破断断面画像。
【0028】
図1(b)、2(b)、3(b)、4(b)及び5(b):表1に示すパラメータを有するプロセスによって蒸着されたAlリッチAlCrN系コーティングの5つの実施例からの蒸着されたままの膜のXRDパターン。
【0029】
【表1】

【0030】
膜構造分析を、CuKa放射線源を備えたPANalytical X’Pert Pro MPD回折計を使用してX線回折(XRD)によって実施した。回折パターンをBragg-Brentano幾何学で収集した。FEGSEM Quanta F 200 Scanning Electron Microscope(SEM)を用いて、膜破断断面の顕微鏡写真を得た。
【0031】
蒸着したままの試料の硬度及びインデンテーション弾性率は、Berkovichダイヤモンドチップを備えたUltra-Micro-Indentation Systemを使用して決定した。試験手順は10mNの垂直荷重を含んでいた。硬度値は、Oliver and Pharr法に従って評価した。それにより、本発明者らは、基材干渉を最小限に抑えるために、コーティング厚さの10%未満のインデンテーション深さを確保した。
【0032】
図1(a)、2(a)、3(a)、4(a)及び5(a)は、実施例1~5の膜の破断断面のSEM顕微鏡写真並びにコーティング特性:弾性率、硬度及びAl含有量を示す。
【0033】
図1(b)、図2(b)、図3(b)、図4(b)及び図5(b)は、実施例1~5の蒸着されたままの膜のXRDパターンを示し、それらのXRDパターンは、全てのコーティングの面心立方晶構造を示唆している。
【0034】
本発明の方法は、硬度、弾性率、テクスチャのような物理的及び化学的特性の全範囲を有する、コーティング内のAlの異なる原子の存在に対して、70at%を超えるAlを含む立方晶AlCrN又は主に(少なくとも90%)立方晶AlCrNからなるコーティング層を製造することを可能にするが、重要なことに、これら全てのコーティングは、完全に又は少なくとも90%立方晶であり、同時に70at%を超えるAlを有する(Al及びCrのみを考慮する場合)。
【0035】
少なくとも90%の立方晶面を有するこのような広範囲のAlリッチAlCrNコーティング層を製造するという印象的な可能性は、本発明者らによって、特に以下の条件が満たされるように本発明の方法を実施することによって達成される:
コーティング形成のために基材に到達するN種の50%超が二重帯電していることを意味する高いN(窒素)イオン化が、コーティングプロセス中に達成され維持されると同時に、
200eV以上のエネルギーを有する高エネルギーの金属イオンが利用可能であるように、コーティングプロセス中に金属種(アルミニウム及びクロム)の高注入が達成され維持される。
【0036】
本発明の方法における上記の条件は、上記の所与の2つの条件を満たすために特定のPVDコーティング装置に採用されなければならないプロセスパラメータの適切な組み合わせによって達成される。
【0037】
上述のコーティング条件を達成するためのプロセスパラメータの組み合わせの例を以下に示す:
群1:
低バイアス電圧の場合、-100V<U≦-40V、低圧(0.1Pa~1Pa)のみ、且つ同時により高い温度(350℃~500℃)が適しているが、
群2:
より高いバイアス電圧については、-200V≦U≦-100Vのより高い圧力範囲(0.8Pa~9Pa)、且つ同時により高い温度範囲(200℃~480℃)を使用することができる。
【0038】
プロセスパラメータの具体的なの組み合わせを有する上記条件を満たすプロセスによって蒸着されたAlリッチAlCrN系コーティングの具体例を表1に示す。
【0039】
本明細書に示す実施例1~5では、Oerlikon BalzersのPVDコーターを使用した。
【0040】
表1の実施例1及び2では、記載されるプロセスパラメータは、上述の群2によるコーティングパラメータの適切な組み合わせに対応していることを観察することができ、T、ソース電流及び圧力のパラメータは同じである(それぞれ400℃、200A且つ5Pa)が、バイアス電圧のみが-150Vから-100Vに変更されている。
【0041】
図1(a、b)及び図2(a、b)には、表1に示すコーティングパラメータの組み合わせを使用して、実施例1及び2に示すプロセスによって得られたAlCrNコーティングの本質的な特性が示されている。すなわち、両方の実施例において、得られたコーティングはAlリッチ(コーティングはそれぞれ73及び75at%のAlを含有していた)であり、両方のコーティングは立方晶であるが、異なるテクスチャE及びHを有することが分かる。
【0042】
一方、表1に示す実施例3では、上述の群1によるコーティングパラメータの適切な組み合わせに対応するプロセスパラメータの例が示され、-40Vの非常に低いバイアス電圧では、低圧値のみが適切であり得(ここでは0.2Paのみの圧力が与えられている等)、このような低圧は、衝突の最小化を可能にし、非常に高いAl含有量(81at%、図3(a)を参照)によって反映されるように、流入種のより高いレベルのイオン化と同時にAl種の高い流入フラックスを保持することを可能にするが、驚くべきことに、依然として主に立方相を得ることを可能にする(図3(b)を参照)。
【0043】
プラズマ特性、特に窒素イオン化及び金属イオンのエネルギーは、ラングミュア技術を用いて測定することができる。
【0044】
本発明のAlリッチAlCrN系膜を製造するために、本発明者らは、70at%を超えるAlを有する金属ターゲット上に反応性アーク蒸着プロセスを使用し、本発明の蒸着パラメータの組み合わせは、以下の理解に基づいて選択された:
a)ターゲット:アーク放電電流、磁場の分布及び強度は、Al、Cr、及びNの単一及び複数の電荷イオンからなる膜形成種の所望のプラズマ状態を形成するように選択される。
【0045】
b)一般:圧力、ソース電流及びバイアス電圧の組み合わせは、非常に高いエネルギー種を提供し、したがって運動エネルギーを増加させ、それによって薄膜成長面における入射イオンのクエンチ速度を増加させるように選択される。同時に、成長表面上の六方晶相の核生成を抑制するように、これらのプロセスパラメータを操作した。更に、窒素ガス圧は、化学量論的なAlCrN薄膜を形成するのに十分に高い。
【0046】
アーク蒸着の上記のプロセスレベルを最適化することによって、熱力学的に有利な六方晶相の核生成が成長表面で抑制され、それによってc-AlCrN中のAlの準安定溶解度が70at.%を超えて(例えば、75at.%を超えて)より高い濃度に上昇した。
【0047】
具体的には、本発明は、基材の表面上に少なくとも1つのコーティング層を蒸着させることを含む、コーティングされた基材を製造するための方法に関し、
●前記少なくとも1つのコーティング層が、反応性PVD陰極アーク蒸発技術を使用することによって真空コーティングチャンバの内部で合成され、
前記真空コーティングチャンバ内に反応性ガスとして使用される窒素ガスが導入され、
ターゲット材料を蒸発させるためのカソードとして動作する前記ターゲット材料を含む少なくとも1つのアーク蒸発源が使用され、
ターゲット材料が、Al及びCrからなるか、又はAl及びCrを主成分として含み、ターゲット材料中の原子百分率でAl及びCrの含有量のみを考慮すると、ターゲット材料中のAl[at%]/Cr[at%]の比が、70/30を超え、好ましくは70/30<Al[at.%]/Cr[at.%]≦90/10であり、
方法は、ターゲット材料からのアルミニウム及びクロムと、コーティングチャンバに含まれる窒素との間の反応の結果としての窒化アルミニウムクロムの反応性蒸着を伴い、
窒化アルミニウムクロムの前記反応性蒸着が、
i.180℃から600℃まで、好ましくは200℃から500℃までの蒸着温度で、
ii.0.1Paから9Paまで、好ましくは0.2Paから8Paまで、より好ましくは0.6Paから7.5Paまでの窒素分圧で、
iii.-250V≦U≦-30Vに相当する範囲内で、好ましくは、-200V≦U≦-40Vに相当する範囲内で、バイアス電圧Uを用いて、行われ、
iv.形成される前記コーティング層が、
a.Al、Cr及びNを単独で成分として、又は主成分として含み、式(AlCr(式中、a及びbはそれぞれ、層中の化学元素組成の算出にAl及びCrのみを考慮した原子比でのアルミニウム及びクロムの濃度であり、ここで、a+b=1、82≧a≧>0.7、0≠b≧0.18であり、xはAlの濃度とCrの濃度の和であり、y、z及びqは、それぞれ、層中の元素組成の算出にAl、Cr、O、C及びNのみを考慮した原子比での酸素、炭素及び窒素の濃度であり、ここで、x+y+z+q=1、且つ0.45≦x≦0.55、0≦y≦0.25、0≦z≦0.25である)によるこれらの元素に関する原子百分率での元素組成を有し、
b.90%以上のfcc立方相を呈し、
c.圧縮応力が2.5GPa以上、好ましくは2.5GPa~6GPaの間である、方法。
【0048】
上記の方法において、
コーティングパラメータは、
i.少なくとも1つのコーティング層の蒸着中に、基材に到達する窒素種の50%超が二重帯電するように、高い窒素イオン化が達成されて維持され、
ii.金属アルミニウム及びクロム種の高注入は、200eV以上の値に相当するアルミニウム及びクロムの高エネルギーの金属イオンを達成することによって可能になる、ように選択されることを特徴とする。
【0049】
上記の方法において、
コーティングパラメータは、同時に以下の範囲:
i.-100V<U≦-40Vの低バイアス電圧範囲にあるバイアス電圧U
ii.0.1Paから最大1Paまでの低圧範囲の窒素分圧、及び
iii.350℃から最大500℃までの温度範囲のプロセス温度であるコーティングパラメータの組み合わせとなるように選択されるか、
又は
前記コーティングパラメータが、同時に以下の範囲:
i.-200V≦U≦-100Vの高バイアス電圧範囲にあるバイアス電圧U
ii.0.8Paから最大9Paまでの高圧範囲の窒素分圧、及び
iii.200℃から最大480℃までの温度範囲のプロセス温度にあるコーティングパラメータの組み合わせとなるように選択される。
【0050】
アーク蒸発源電流が120Aから最大200℃までの範囲である、上記の方法。
上記の本発明の方法のいずれかに従って製造された少なくとも1つのコーティング層を含むコーティング系を含むコーティングされた基材であって、コーティング層が、30GPaより高い、例えば30GPa~50GPaの間の硬度、及び330GPaより高い、例えば330GPa~400GPaの間のヤング率、及び72at.%~82at.%の間、すなわち0.72≦a≦0.82の範囲のアルミニウム含有量を呈する、コーティングされた基材。
【0051】
その他
一般に、以下の1つ以上の(組み合わされた)段落による層及び/又は方法について、当初から存在する特許請求の範囲の保護とは独立しているか、追加的であるかを、その時が到来した場合に任意に請求することが意図されている:
コーティング層であって、Al、Cr及びNを主成分として含み、式(AlaCrb)xOyCzNq(式中、a及びbはそれぞれ、層中の化学元素組成の算出にAl及びCrのみを考慮した原子比でのアルミニウム及びクロムの濃度であり、ここで、a+b=1、且つ0+a>0.7及び0+b>0.2であり、xはAlの濃度とCrの濃度の和であり、yは、それぞれ、層中の元素組成の算出にAl、Cr、O、C及びNのみを考慮した原子比での酸素、炭素及び窒素の濃度であり、ここで、x+y+z+q=1、且つ0.45<x<0.55、0<y<0.25、0<z<0.25である)によるこれらの元素に関する原子百分率での元素組成を有し、90%以上のfcc立方相を呈し、圧縮応力が2.5GPa以上、好ましくは2.5GPa~6GPaの間である点で進歩的である、コーティング層。
【0052】
基材の表面上に上記段落に記載のコーティング層を製造する方法であって、反応性PVD陰極アーク蒸発技術を使用することによって真空コーティングチャンバの内部でコーティング層を合成するという点で進歩的であり、真空コーティングチャンバ内に反応性ガスとして使用される窒素ガスが導入され、ターゲット材料を蒸発させるためのカソードとして動作するターゲット材料を含む少なくとも1つのアーク蒸発源が使用され、ターゲット材料は、Al及びCrからなるか、又はAl及びCrを主成分として含み、ターゲット材料中の原子百分率でAl及びCrの含有量のみを考慮すると、ターゲット材料中のAl[at%]/Cr[at%]の比が、70/30を超え、方法は、ターゲット材料からのアルミニウム及びクロムと、コーティングチャンバに含まれる窒素との間の反応の結果としての窒化アルミニウムクロムの反応性蒸着を伴い、窒化アルミニウムクロムの反応性蒸着が、-250V<lib<-30Vに相当する範囲内、好ましくは、-200V<lib<-40Vに相当する範囲内で、バイアス電圧libを用いて、0.1Paから9Paまで、好ましくは0.2Paから8Paまで、より好ましくは0.6Paから7.5Paまでの窒素分圧で、180℃から600℃まで、好ましくは200℃から500℃までの蒸着温度で行われる、方法。
図1(a)】
図1(b)】
図2(a)】
図2(b)】
図3(a)】
図3(b)】
図4(a)】
図4(b)】
図5(a)】
図5(b)】
【国際調査報告】