(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-10-26
(54)【発明の名称】内耳有毛細胞を生成する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20231019BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20231019BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231019BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231019BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20231019BHJP
A61P 27/16 20060101ALI20231019BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231019BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/00 B
C12N5/10
C12Q1/02
A61K35/12
A61P27/16
A61K45/00
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023522827
(86)(22)【出願日】2021-10-14
(85)【翻訳文提出日】2023-06-12
(86)【国際出願番号】 AU2021051204
(87)【国際公開番号】W WO2022077069
(87)【国際公開日】2022-04-21
(32)【優先日】2020-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AU
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】514008527
【氏名又は名称】イアー サイエンス インスティテュート オーストラリア
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100135079
【氏名又は名称】宮崎 修
(72)【発明者】
【氏名】ウォン,イー マン エレイン
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C084
4C087
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QQ91
4B063QR77
4B063QS36
4B063QX01
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BB04
4B065BB19
4B065BB40
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4B065CA46
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA34
4C084ZC02
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BB64
4C087CA04
4C087NA14
4C087ZA34
4C087ZC02
(57)【要約】
本発明は、分化した耳細胞を生成するための方法及び組成物に関する。特に、本発明は、多能性幹細胞から内耳細胞を生成するための方法及び組成物に関する。本発明は、感音難聴を治療する方法にも関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内耳有毛細胞を生成する方法であって、
A. SHH経路を部分的に阻害するのに十分な量のSHH阻害剤、及びEHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地の存在下で、耳の感覚上皮予定小胞を培養するステップと、
B. ステップAにおける培養物から前記SHH阻害剤を取り除くステップと、
C. 前記EHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地において、ステップBからの細胞を培養して内耳有毛細胞を形成するステップと、
を含む方法。
【請求項2】
前記耳の感覚上皮予定小胞は、
AA1. 人工多能性幹細胞を培養するステップであって、培養された多能性幹細胞から胚様体が形成される条件下で培養するステップ、
AA2. 2~4ng/mLの濃度のFGF、及び5~10μMの濃度のTGF-β阻害剤の存在下で、ステップAA1からの前記胚様体を培養して、非神経外胚葉細胞を形成するステップ、
AA3. 50~100ng/mLの濃度のFGF、及び100~200nMの濃度のBMP阻害剤の存在下で、ステップAA2からの前記非神経外胚葉細胞を培養して、耳の前プラコード上皮細胞を形成するステップ、及び、
AA4. 2~3μMの濃度のWNTアゴニスト、及びEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む細胞培地の存在下で、ステップAA3からの前記耳の前プラコード上皮細胞を培養して、耳の感覚上皮予定小胞を形成するステップ、
によって生成される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記SHH阻害剤は、シクロパミン、GANT58、又はGANT61から選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記SHH阻害剤はシクロパミンであり、前記シクロパミンは、ステップAにおいて、1~2μMの最終濃度で存在する、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記SHH阻害剤はGANT61であり、前記GANT61は、ステップAにおいて、1~2μMの最終濃度で存在する、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記SHH阻害剤はGANT58であり、前記GANT58は、ステップAにおいて、1~2μMの最終濃度で存在する、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記内耳有毛細胞は内有毛細胞である、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記FGFはFGF2である、請求項2乃至7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記TGF-β阻害剤はSB-431542である、請求項2乃至8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記BMP阻害剤はLDN-193189である、請求項2乃至9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記WNTアゴニストはCHIR-99021である、請求項2乃至10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
ステップAA1は、ROCK阻害剤と共に、適した培地において前記多能性幹細胞を培養することを含む、請求項2乃至11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
a. ステップAは、耳プラコード及び耳胞の形成のために約10日間発生し、
b. ステップBは、感覚上皮の形成のために約15日間発生し、さらに、
c. ステップCは、成熟するまで有毛細胞及び神経支配の形成のために約68日間発生する、
請求項1乃至12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
a. ステップAA2は、0日目から3日目まで胚様体の形成から発生し、ここで、0日目は、ステップAA2が非神経外胚葉の形成を開始する日であり、
b. ステップAA3は、早期の耳の前プラコード上皮の形成のために4日目から7日目まで発生し、
c. ステップAA4は、耳プラコード及び耳胞の形成のために8日目から17日目まで発生し、
d. ステップBは、感覚上皮の形成のために18日目から32日目まで発生し、さらに、
e. ステップCは、成熟するまで有毛細胞及び神経支配の形成のために33日目から100日目まで発生する、
請求項2乃至13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
成熟は60日目から200日目までに発生する、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
請求項1乃至15のいずれか一項に記載の方法によって生成された内耳有毛細胞を含む組成物。
【請求項17】
治療を必要としている対象における感音難聴を治療する方法であって、有効量の請求項16に記載の組成物を前記対象に投与するステップを含む、方法。
【請求項18】
請求項1乃至15のいずれか一項に記載の方法によって生成された内耳有毛細胞の集団又は内耳有毛細胞を含むオルガノイドを試験薬で処理するステップを含む、試験薬の聴覚毒性又は治療効果を評価する方法。
【請求項19】
治療を必要としている対象における感音難聴の治療のための薬物の製造における請求項16に記載の組成物の使用。
【請求項20】
対象の内耳にSHH阻害剤を投与するステップを含む、前記対象における内耳有毛細胞を再生する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、分化した耳細胞を生成するための方法及び組成物に関する。特に、本発明は、多能性幹細胞から内耳細胞を生成するための方法及び組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
以下の背景技術の考察は、本発明の理解を容易にすることを意図している。この考察は、参照された資料のいずれかが、本願の優先日において一般常識の一部である若しくは一部であったことを了承又は承認するものではない。
【0003】
感音難聴(SNHL)は、内耳又は内耳神経に原因がある難聴であり、全ての報告されている難聴の約90%を占める。多くの場合、SNHLの原因は内耳における有毛細胞への損傷であり、この有毛細胞が動き及び音を検出する。内耳における有毛細胞への損傷は、平衡感覚障害及び/又はめまいも引き起こし得る。遺伝的要因、大きな騒音等の環境刺激、並びに聴覚毒性のある薬物を含む多くの要因が、これらの有毛細胞への損傷を引き起こし得る。
【0004】
脊椎動物の耳の最も内側部分にある内耳は、蝸牛及び前庭系という2つの主要な機能部分を含む。蝸牛は聴覚に特化しており、これは、音によって引き起こされる鼓膜及び耳小骨の機械的振動を流体中の圧力波に変換し、次に神経インパルスに変換して脳に伝える螺旋状の器官である。前庭系は平衡感覚に特化している。どちらの部分も有毛細胞(内耳有毛細胞)を有している。
【0005】
蝸牛は、蝸牛の流体中の音の振動を、聴神経により脳まで運ばれることになる電気信号に変換することによって音に反応する内有毛細胞と、内有毛細胞による知覚のために蝸牛に入る低レベルの音を機械的に増幅する外有毛細胞とを有する。有毛細胞は内耳蝸牛のコルチ器内に位置し、1列の内有毛細胞及び3列の外有毛細胞から成る。音の検出は、各有毛細胞の頂端表面に位置する不動毛束構造の機械刺激によって達成される。哺乳動物の有毛細胞は発生の間に増殖するが、生後間もなく再生能力を失い、従って、小児及び成人のこれらの細胞への損傷は永久的であり、回復不能な難聴を引き起こし得る。
【0006】
前庭系も、同様に機械的な動きを電気信号に変換する有毛細胞(前庭有毛細胞)を有し、電気信号は、平衡感覚及び空間的定位として脳内で解釈される。
【0007】
内耳有毛細胞の発生
正確な有毛細胞及びその毛束小器官の形成には、シグナル伝達経路からの多数の発生上の手がかりの調節が必要である。多くのタイプの遺伝性聴覚消失は、内耳発生の間のシグナル伝達経路の欠陥に起因し、有毛細胞への長期の不可逆的な損傷をもたらし得る。
【0008】
内耳は、ヒトにおいて、受胎後約4週目の間に発生し始め、これは、外胚葉上の肥厚である耳プラコードとして知られる一対の感覚器プラコードに由来する。耳プラコードは内側に折り畳まれてくぼみを形成し、次に、表面から分離して流体で満たされた耳胞を形成する。耳胞は、次に、蝸牛及び半規管を含む様々な内耳構造に分化する。発生の初期段階の耳胞は、神経予定(proneurogenic)の構成要素と感覚上皮予定(prosensory)の構成要素とに分けることができる。神経原性の構成要素は聴覚ニューロン及び前庭ニューロンをもたらし、感覚上皮予定の構成要素(耳の感覚上皮予定小胞(otic prosensory vesicle))は支持細胞及び有毛細胞をもたらす。
【0009】
内耳の発生の間、耳胞細胞は、感覚細胞又は非感覚細胞の運命に深く関与し、後に、感覚有毛細胞及びらせん神経節、並びに非感覚支持細胞に寄与する。耳胞の領域特異化は、耳胞細胞を感覚上皮予定領域の運命に導くために重要である。発生中の蝸牛管において、感覚上皮予定領域は、コルチ器を形成する感覚有毛細胞及び非感覚支持細胞の両方の前駆細胞を有する。コルチ器は、蝸牛管の長さにわたって走る特殊な感覚上皮であり、大上皮稜(GER)及び小上皮稜(LER)という2つの非感覚領域と隣接している。コルチ器内では、感覚有毛細胞は、非感覚支持細胞、すなわちヘンゼン細胞、柱細胞、及びダイテルス細胞によって取り囲まれている。
【0010】
様々なマーカーが、発生中の有毛細胞の特定に関与している。Sox2、Eya1、Six1、Notch、及びFGFのシグナル伝達が、コルチ器における細胞運命の特定に関与している。感覚上皮予定細胞は、Jagged2(Jag2)、Delta-like1(Dll1)、及びDelta-like3(Dll3)を発現し、これらは、Notch経路の活性化につながり、有毛細胞分化の誘導因子であるbHLH遺伝子Atoh1の阻害を介して有毛細胞の運命を阻害する。Notchシグナル伝達の阻害は、Atoh1陽性有毛細胞の増加につながる。
【0011】
コルチ器の感覚上皮予定領域は、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子P27kip1の発現によって明確に特徴づけられる。前駆細胞が、胎生期12日から14日(E12.0からE14.0のマウスの胚発生段階)の間に細胞周期を出て、蝸牛管の頂端から基部に向かって増殖を停止させる。発生期のコルチ器では、有毛細胞分化因子遺伝子Atoh1の発現がE13.5からE14.5の間に蝸牛の基部で始まり、E17.5あたりで頂端に達するように、有毛細胞の分化が基部から頂端に向かって開始される。蝸牛における非感覚GER領域からの異所性のAtoh1発現及び有毛細胞再生を、マウス外植片においてEya1、Six1、及びSox2の過剰発現によって誘導することができる。
【0012】
ソニックヘッジホッグ経路
ソニックヘッジホッグ(SHH)シグナル伝達経路は、耳細胞の発生にも関与している。SHH経路は、多くの器官の発生の間に上皮間葉相互作用を調節する。SHHタンパク質は上皮細胞において合成され、多くの場合、隣接する間葉細胞において発現するその受容体PATCHED1(Ptch1)を介してパラクリン因子として作用する。SHHシグナル伝達の破壊は、器官形成におけるその重要で多様な役割の証拠を提供してきた。SHHノックアウトマウスは、単眼奇形、神経管欠損、及び遠位肢構造の欠如を含む様々な発生異常を示す。シクロパミン(CYC)を使用したSHHシグナル伝達の阻害は、神経管、胃腸管、膵臓の発生における、及び毛包の形態形成におけるSHHシグナル伝達の役割をさらに実証している。
【0013】
SHHシグナル伝達経路には、SHH、Cdo、Ptch1、Smoothened(SMO)、GLI-1、GLI-2、及びGLI-3が含まれる。SHHは、Cdo、Ptch1、及びSMOで構成される受容体複合体に対するリガンドである。SMOは、シグナルを伝達すると考えられており、SHHシグナル伝達経路の鍵となる要素である。Gli-1、Gli-2、及びGli-3は転写因子である。
【0014】
内耳有毛細胞の発生及び分化におけるSHHシグナル伝達経路の役割を特定することを目的とした研究はいくつかあるけれども、ヘッジホッグファミリーのメンバーの各々の正確な役割はわかっていない。
【0015】
内耳オルガノイド
これらの構造を研究するため及び治療に使用するために、in vitroで有毛細胞及びその周囲組織を発生させる必要がある。
【0016】
オルガノイドは、ヒトの器官と形態学的及び機能的な類似性を形成する能力を有する3D細胞凝集体であり、その再生及び分化の能力により、疾患モデリング、薬物スクリーニング、組織工学、並びに突然変異メカニズムの分析に使用することもできる。蝸牛有毛細胞及び機能的なシナプスに似ているオルガノイドの発生は、難聴又は聴覚消失に対する幹細胞治療の開発に使用することもできる。
【0017】
多能性幹細胞は、幹細胞治療のための内耳有毛細胞の生成だけでなく、そのようなモデルを開発するための可能性があるアプローチを提供する。
【0018】
多能性幹細胞は、異なる細胞型に増殖及び分化することができる細胞である。多能性幹細胞には、人工多能性幹細胞だけでなく、胚性幹細胞も含まれる。胚性幹細胞は、未分化の胚の内部細胞塊から得られる。人工多能性幹細胞は、体細胞又は分化した前駆細胞を多能性の状態に再プログラムすることによって、成体細胞から生成される。体細胞に由来するにもかかわらず、人工多能性幹細胞は永久に成長し且つ3つの胚葉の細胞に分化する能力を有する。
【0019】
多能性幹細胞の分化は自発的に発生し得るけれども、それらは、分化プロセスに関与する特定の分子の存在又は非存在下で細胞を培養することを介して分化するように誘導することもできる。分化の段階及び分化プロセス全体にわたる細胞の同一性は、異なる分化の段階において存在することが知られているマーカーの有無を検査することによって認識することができる。
【0020】
最近の研究では、遺伝子疾患及び潜在的な治療アプローチを研究するための代替モデルとして、ヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)由来のオルガノイドにおいて機能的な機械感受性の前庭又は推定上の蝸牛有毛細胞が生成されている。例えば、非特許文献1は、ヒト胚性幹細胞及びヒト人工多能性幹細胞からの感覚ニューロンによって神経支配される内耳オルガノイド及び感覚上皮の発生を報告している。特に、非特許文献1は、三次元培養システムを使用すること、及びTGFβ(形質転換増殖因子-β)、BMP(骨形成タンパク質)、FGF(線維芽細胞増殖因子)、及びWNT(Wingless Int-1)シグナル伝達を調節して耳胞様構造体を発生させることによって、これらの組織が発生することを報告している。これらの小胞は、2ヶ月の間に、感覚上皮を有する内耳オルガノイドへと発生した。オルガノイド細胞は、前庭II型有毛細胞表現型の形をとったとして非特許文献1において報告された。非特許文献1によって記載されたプロセスは内耳有毛細胞を生成したけれども、非感覚の又は未熟な耳の上皮が優先的に誘導された。非特許文献1は、一見したところ低い効率の有毛細胞の誘導を報告している。
【0021】
特許文献1は、多能性幹細胞から内耳組織を生成する方法を記載し、特に、ヒト多能性幹細胞から機械感受性の有毛細胞を生成する方法を記載しており、この方法は:(i)培養された多能性幹細胞から胚様体が形成される条件下で多能性幹細胞を培養するステップ;(ii)胚様体に細胞外マトリックスタンパク質を添加するステップ;(iii)BMP2、BMP4、又はBMP7、及びTGFβ阻害剤の存在下で胚様体を培養して非神経外胚葉を形成するステップ;(iv)(iii)において形成された非神経外胚葉を、浮遊培養において、BMP4及びTGFβ阻害剤の非存在下、並びに外因性FGF及びBMP阻害剤の存在下で培養して前プラコード外胚葉(preplacodal ectoderm)を生成するステップ;(v)前プラコード外胚葉を、浮遊培養において、外因性FGF及びBMP阻害剤の非存在下で培養して耳プラコード及び耳プラコードから分化する内耳感覚有毛細胞を得るステップ;並びに(vi)(v)における前プラコード外胚葉を、Wnt/β-カテニンシグナル伝達のアクチベーターの存在下で培養するステップ;を含んでいる。特許文献1において同定された内耳感覚有毛細胞は、II型前庭有毛細胞を含んでいた。
【0022】
異なる発生の段階における細胞は、それらが示すマーカーを参照することによって同定される。特許文献1におけるhiPSCは、耳プラコードに対するペアードボックス8(PAX8);外胚葉の特徴に対するEカドヘリン(ECAD)及びNカドヘリン(NCAD);神経外胚葉に対するSOX2及び耳胞に対するペアードボックス2(PAX2);を含む初期の耳細胞マーカーの特徴を示した。これらのマーカーの発現は、内耳の発生の初期段階を実証しているとして非特許文献1によって報告されている。
【0023】
成熟した推定上の蝸牛有毛細胞は、35日目以降の成熟したオルガノイドにおいても存在し、内耳の発生の蝸牛有毛細胞分化の段階に似ていた(非特許文献2)。
【0024】
しかし、内耳有毛細胞、特に内有毛細胞の生成は依然として困難であり、現在までに記載されているオルガノイドモデルにおいて有毛細胞の分化の効率を高める余地がある。従来技術の欠点を克服することが本発明の目的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0025】
【非特許文献】
【0026】
【非特許文献1】Koehler et al., Nature Biotechnology, (2017), 35(6) 583
【非特許文献2】Jeong et al., Cell Death and Disease (2018) 9:922
【非特許文献3】Remington´s Pharmaceutical Sciences, 19th Ed. (1995, Mack Publishing Co., Easton, Pa.)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
本発明は、内耳細胞の発生の間にソニックヘッジホッグ経路を阻害することによって、内耳有毛細胞の分化の効率を改善することができるという予想外の発見に基づいている。特に、本発明は、とりわけ、現在までに記載されているオルガノイドモデルを使用して、内耳有毛細胞、特に内有毛細胞を生成する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0028】
第1の態様において、本発明は、内耳有毛細胞を生成する方法を提供し、当該方法は:
A. SHH経路を部分的に阻害するのに十分な量のSHH阻害剤、及びEHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地の存在下で、耳の感覚上皮予定小胞を培養するステップ;
B. ステップAにおける培養物からSHH阻害剤を取り除くステップ;及び
C. EHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地において、ステップBにおける細胞を培養して内耳有毛細胞を形成するステップ;
を含む。
【0029】
好ましくは、本発明の第1の態様におけるステップAからCは、特定の期間にわたって発生する。最も好ましくは、ステップAは、耳プラコード及び耳胞の形成のために約10日間発生し;ステップBは、感覚上皮の形成のために約15日間発生し;さらに、ステップCは、成熟するまで有毛細胞及び神経支配の形成のために約68日間発生する。
【0030】
好ましくは、本発明は、内耳有毛細胞を生成する方法を提供し、当該方法は:
AA. 耳の感覚上皮予定小胞が形成される条件下で、約21日間、多能性幹細胞を培養するステップ;
A. Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含有する培地において、約15日間、SHH経路の活性を部分的に阻害するのに十分な量のSHH阻害剤の存在下で、ステップAAにおいて生成された耳の感覚上皮予定小胞を培養するステップ;
B. Aにおける培養物からSHH阻害剤を取り除くステップ;及び
C. Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地において、少なくとも1日、Bにおける細胞を培養して内耳有毛細胞を形成するステップ;
を含む。
【0031】
第1の態様の好ましい形態において、本発明は、内耳有毛細胞を生成する方法を提供し、当該方法は:
AA1. 人工多能性幹細胞を培養するステップであって、培養された多能性幹細胞から胚様体が形成される条件下で培養するステップ;
AA2. 2から4ng/mLの濃度のFGF、及び5から10μMの濃度のTGF-β阻害剤の存在下で、ステップAA1からの胚様体を培養して非神経外胚葉細胞を形成するステップ;
AA3. 50~100ng/mLの濃度のFGF、及び100から200nMの濃度のBMP阻害剤の存在下で、ステップAA2からの非神経外胚葉細胞を培養して耳の前プラコード上皮細胞(pre-otic placodal epithelial cells)を形成するステップ;
AA4. 2から3μMの濃度のWNTアゴニスト、及びEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む細胞培地の存在下で、ステップAA3からの耳の前プラコード上皮細胞を培養して耳の感覚上皮予定小胞を形成するステップ;
A. Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地において、SHH経路の活性を部分的に阻害するのに十分な量のSHH阻害剤の存在下で、ステップAA4からの耳の感覚上皮予定小胞を培養するステップ;
B. ステップAにおける培養物からSHH阻害剤を取り除くステップ;及び
C. Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地において、ステップBからの細胞を培養して内耳有毛細胞を形成するステップ;
を含む。
【0032】
本発明の第1の態様の好ましい形態におけるステップAA1からAA4は、多能性幹細胞から耳の感覚上皮予定小胞を生成する。ステップAA1では、胚様体が形成される条件で多能性幹細胞が培養される。一実施形態では、多能性幹細胞を、ROCK阻害剤のY-27632と共に培養して、胚様体の生成が誘導される。
【0033】
ステップAA2では、非神経外胚葉細胞を生成するために、ステップAA1からの胚様体が低濃度のFGF及びTGF-β阻害剤の存在下で培養される。このステップ以降、細胞凝集体は「オルガノイド」として知られる。好ましくは、ステップAA2において使用されるFGFは、FGF2、FGF3、又はFGF10のいずれかから選択される。特に好ましい実施形態において、FGFはFGF2である。好ましくは、FGFは、2~4ng/mLの濃度で存在する。好ましくは、TGF-β阻害剤はSB-431542である。好ましくは、TGF-β阻害剤は5~10μMの濃度で存在する。本発明の第1の態様の一部の実施形態において、ステップAA2は、BMPの存在下で胚様体を培養することをさらに含む。
【0034】
ステップAA3では、BMP阻害剤及び高濃度のFGFの存在下で非神経外胚葉細胞を培養して、耳の前プラコード上皮細胞が形成される。好ましくは、BMP阻害剤はLDN-193189である。好ましくは、ステップAA3において使用されるFGFは、FGF2、FGF3、又はFGF10のいずれかから選択される。特に好ましい実施形態において、FGFはFGF2である。好ましくは、FGFは、ステップAA2よりも高い濃度で存在する。特に好ましい実施形態において、FGFは、50~100ng/mLの濃度で存在する。
【0035】
本発明の第1の態様の好ましい形態におけるステップAA4では、耳の感覚上皮予定小胞を生成するために、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含む培地において、WNTアゴニストの存在下で、耳の前プラコード上皮細胞は培養される。好ましくは、WNTアゴニストはCHIR-99021である。
【0036】
本発明者は、SHH阻害剤を用いた耳の感覚上皮予定小胞の処理を介してSHH経路を阻害することによって、内耳有毛細胞の分化の効率を高めることができるということを確認した。本発明の第1の態様の好ましい形態におけるステップAからCは、SHH阻害剤の存在下で耳の感覚上皮予定小胞を培養することに関する。
【0037】
本発明の方法において使用されるSHH阻害剤は、SHH経路におけるいずれの分子も阻害することができる。好ましくは、SHH阻害剤は、シクロパミン(CYC)(Merck MilliporeからのCAT239803)、GANT58(STEM CELL TechnologiesからのCAT73984)、又はGANT61(STEM CELL TechnologiesからのCAT73692)から選択される。SHH阻害剤は、SHH経路の活性を部分的に阻害するのに十分な量で存在する。好ましくは、SHH阻害剤は、SHH経路の活性を50%から70%まで阻害する。特に好ましい実施形態において、SHH阻害剤はシクロパミンであり、本発明の第1の態様の好ましい形態におけるステップAにおいて、1~2μMの最終濃度で存在する。別の好ましい実施形態において、SHH阻害剤はGANT61であり、ステップAにおいて、1~2μMの最終濃度で存在する。別の好ましい実施形態において、SHH阻害剤はGANT58であり、ステップAにおいて、1~2μMの最終濃度で存在する。
【0038】
本発明の第1の態様の好ましい形態におけるステップB及びCにおいて、SHHは細胞培地から取り除かれるが、細胞は、成熟するまで、EHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物を5~10%含有する培地において培養され続ける。好ましくは、細胞は、ハンギングドロップ法を使用して培養される。最も好ましくは、細胞は、振盪無しで培養される。
【0039】
好ましくは、本発明の第1の態様の好ましい形態におけるステップAA2からCは、特定のタイムラインにわたって発生する。好ましくは、タイムラインは、in vivoでの各段階に到達するまでにかかる時間を模倣する。最も好ましくは、ステップAA2からCは、以下のタイムラインに従って発生する:
(i) ステップAA2は、0日目から3日目まで発生し、ここで、0日目は、ステップAA2が非神経外胚葉の形成を開始する日であり;
(ii) ステップAA3は、早期の耳の前プラコード上皮の形成のために4日目から7日目まで発生し;
(iii) ステップAA4は、耳プラコード及び耳胞の形成のために8日目から17日目まで発生し;
(iv) ステップAは、感覚上皮の形成のために18日目から32日目まで発生し;さらに、
(v) ステップCは、成熟するまで有毛細胞及び神経支配の形成のために33日目以降発生する。
【0040】
好ましくは、成熟は、60~200日目までに発生する。
【0041】
多能性幹細胞は、いかなる生物由来であってもよい。好ましくは、多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞である。さらに好ましい実施形態において、多能性幹細胞は、人工ヒト多能性幹細胞である。人工多能性幹細胞は、いかなる細胞株由来であってもよい。
【0042】
本発明の方法によって生成される内耳有毛細胞は、いかなるタイプのものであってもよい。特に好ましい実施形態において、内耳有毛細胞は内有毛細胞である。
【0043】
第2の態様において、本発明は、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含む組成物を含む。一部の実施形態において、この組成物は、保存剤等の他の薬剤をさらに含み得る。好ましくは、この組成物は、1つ以上の薬学的に許容される薬剤をさらに含む。
【0044】
第3の態様において、本発明は、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含む組成物を投与することによって、感音難聴に苦しむ対象を治療する方法を含む。
【0045】
第4の態様において、本発明は、試験薬を用いて、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞の集団又は内耳有毛細胞を含むオルガノイドを処理するステップと、細胞又はオルガノイドに対する試験薬の効果を測定するステップとを含む、試験薬の聴覚毒性又は治療効果を評価する方法を含む。
【0046】
第5の態様において、本発明は、本発明の方法によって生成された患者由来の内耳有毛細胞の集団又は内耳有毛細胞を含む患者由来のオルガノイドにおいて、疾患に特異的なマーカーの有無を評価するステップを含む、患者における耳科疾患を診断する方法を含む。
【0047】
第6の態様において、本発明は、治療を必要としている対象における感音難聴の治療のための薬物の製造における、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含む組成物の使用を含む。
【0048】
第7の態様において、本発明は、対象の内耳にSHH阻害剤を投与するステップを含む、対象における内耳有毛細胞を再生する方法を含む。好ましくは、SHH阻害剤は、シクロパミン(CYC)(Merck MilliporeからのCAT239803)、GANT58(STEM CELL TechnologiesからのCAT73984)、又はGANT61(STEM CELL TechnologiesからのCAT73692)から選択される。SHH阻害剤は、SHH経路の活性を部分的に阻害するのに十分な量で存在する。好ましくは、SHH阻害剤は、SHH経路の活性を50%から70%まで阻害する。特に好ましい実施形態において、SHH阻害剤は、1~2μMの濃度で投与される。
【0049】
第8の態様において、本発明は、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含む。
【0050】
第9の態様において、本発明は、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含むオルガノイドを含む。
【0051】
第10の態様において、対象におけるCdo発現を部分的に阻害するステップを含む、対象における内耳有毛細胞の分化を高める方法が提供される。好ましくは、Cdo発現は、治療有効量のsiRNA又はCRISPRの対象への投与によって阻害される。
【0052】
本発明の他の態様及び利点が、以下の例示的な図を参照して進む、後に続く説明のレビューから当業者には明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0053】
以下に提供される図は、以下の好ましい実施形態及び実施例における本発明を例示している。
【
図1】本発明の好ましい方法におけるステップの概要を示した図であり、特に、ヒトiPS細胞の有毛細胞分化を促進するための例となる薬剤を使用した本発明のプロトコルを提示している。
【
図2】10×の倍率での、E16.5のCdo
-/-変異体のコルチ器における、有毛細胞マーカーMyosinVIIa及び支持細胞マーカーSox2を使用することによる有毛細胞の余分な形成及び支持細胞の増殖を例示した図である。
【
図3】10×の倍率での、E16.5における蝸牛への有毛細胞及び神経支配を標識するために有毛細胞マーカーのMyosinVIIa及び神経マーカーのベータチューブリンIII Tuj1抗体を使用した、Shh
+/-;Cdo
-/-複合変異蝸牛における過剰な有毛細胞を例示した図である。
【
図4】20×の倍率での、E16.5の蝸牛への有毛細胞及び神経支配を標識するために有毛細胞マーカーのMyosinVIIa及び神経マーカーのTuj1抗体を使用した、Shh
+/-;Cdo
-/-複合変異蝸牛における神経支配を有する異所性の有毛細胞を例示した図である。
【
図5】10×の倍率での、E16.5における蝸牛内の柱細胞を標識するために柱細胞特異的マーカーのP75NTRを使用した、Cdo
-/-変異体における柱細胞の欠如を例示した図である。
【
図6】E16.5でのマウス蝸牛内の支持細胞におけるCdo発現を例示した図である。
【
図7】基部領域から頂端領域への、E14.5でのCdo及びCdo/Shh複合変異蝸牛におけるSox2による感覚上皮予定領域の特定を例示した図である。
【
図8】基部領域から頂端領域への、E14.5でのCdo及びCdo/Shh複合変異蝸牛におけるP27Kip1による細胞周期の出口を例示した図である。
【
図9】E13.5及びE16.5でのマウス蝸牛内のSHH経路におけるGli遺伝子発現を例示した図である。
【
図10】4×及び10×の倍率での、1~10日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドの肉眼形態を例示した図である。
【
図11】10×の倍率での、20~40日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドの肉眼形態を例示した図である。
【
図12】10×の倍率での、20日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドにおける、ECAD及びPAX2を使用することによって外胚葉細胞の運命を例示した図である。
【
図13】10×の倍率での、40日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドにおける、NCAD及びSOX2を使用することによって耳の同一性を例示した図である。
【
図14】10×の倍率での、有毛細胞及び神経支配を標識するために有毛細胞マーカーのMyosinVIIa及び神経マーカーのTuj1抗体を使用した、60日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドにおける神経支配を有する有毛細胞を例示した図である。
【
図15A】シングルセルRNA配列決定による、60日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドに対する細胞運命の分析を例示した図である。
【
図15B】シングルセルRNA配列決定による、60日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドに対する細胞運命の分析を例示した図である。
【
図15C】シングルセルRNA配列決定による、60日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドに対する細胞運命の分析を例示した図である。
【
図16】定量的リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(qRT-PCR)分析による、20日目及び60日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドに対するTaqMan(登録商標)遺伝子発現アッセイを例示した図である。
【
図17】20×の倍率での、共焦点顕微鏡を使用して観察された、シクロパミン、GANT58、及びGANT61で処理した60日目のオルガノイドの組織学的切片におけるMyosinVIIa及びTuj1の発現を例示した図である。
【
図18】20×の倍率での、共焦点顕微鏡を使用することによって観察された、シクロパミン、GANT58、及びGANT61で処理した60日目のオルガノイドの組織学的切片におけるSOX2及びTuj1の発現を例示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
本発明は、多能性幹細胞から内耳有毛細胞を生成するための改善された方法及び組成物を対象にしている。本発明は、内耳細胞の発生の間にソニックヘッジホッグ経路を阻害することによって、内耳有毛細胞の分化の効率を改善することができるという予想外の発見に基づいている。
【0055】
便宜上、以下のセクションは、本明細書において使用される用語の様々な意味について一般的に概要を述べている。この考察に続いて、本発明の一般的な態様が考察され、本発明の様々な実施形態の特性を実証する特定の実施例が続く。
【0056】
定義
本明細書において記載される発明は、具体的に記載されているもの以外の変化及び修正の影響を受けやすいことを当業者は正しく理解することになる。本発明は、全てのそのような変化及び修正を含む。本発明はまた、本明細書において言及されているか又は示されているステップ、特徴、製剤、及び化合物の全てを、個別に又はひとまとめに含み、さらに、ステップ又は特徴のうちあらゆる組み合わせ又は任意の2つ以上のものも含む。
【0057】
本明細書において引用されている各文書、参考文献、特許出願、又は特許は、参照によりその全体を本明細書において明示的に援用し、これは、本明細書の一部として読者によって読まれ且つ考慮されるべきであるということを意味する。本明細書において引用されている文書、参考文献、特許出願、又は特許が本明細書において繰り返されていないことは、単に簡潔性の理由によるものである。しかし、引用されている資料又はその資料に含まれている情報のいずれも、一般常識であると理解されるべきではない。
【0058】
本発明は、本明細書において記載される特定の実施形態のいずれによってもその範囲が限定されることにはならない。これらの実施形態は、単に例証目的を意図している。機能的に同等な製品、製剤、及び方法は、明らかに、本明細書において記載される本発明の範囲内である。
【0059】
本明細書において記載される本発明は、1つ以上の値(例えばサイズ、濃度等)の範囲を含んでもよい。値の範囲は、範囲を定める値を含む範囲内の全ての値と、範囲に隣接する値であって、範囲に対する境界を定めるその値のすぐ隣の値と同じ又は実質的に同じ結果をもたらす値とを含むと理解されることになる。
【0060】
本明細書全体を通して、別段の定めがない限り、「含む」という用語又は「含み」若しくは「含んでいる」等のその変形は、記載された整数又は整数の群を含むことを意味するが、いかなる他の整数又は整数の群も除外することは意味しないと理解されることになる。
【0061】
本明細書において使用される選択された用語に対する他の定義は、発明の詳細な説明において見つけることができ、全体を通して適用することができる。別段の定めがない限り、本明細書において使用される全ての他の科学的及び技術的用語は、本発明が属する技術分野の通常の知識を有する者に一般的に理解されるのと同じ意味を有する。
【0062】
一般的な実施形態
本発明によると、耳の感覚上皮予定小胞又は多能性幹細胞から内耳有毛細胞を生成する間に、特定の段階において細胞培養物にSHH阻害剤を添加することによりSHH経路を阻害することによって、有毛細胞の分化の効率を高めることができるということを本発明者は明らかにした。
【0063】
本発明の方法から得られる有毛細胞は、天然の機械感受性の有毛細胞の機能的特性を示し、さらに、一部の実施形態では、in situでの有毛細胞の神経支配も提示する。
【0064】
ステップAA1からAA4-耳の感覚上皮予定小胞の生成
本発明の方法のステップAA1からAA4は、多能性幹細胞から耳の感覚上皮予定小胞を生成することを記載しており、耳の感覚上皮予定小胞は、最終的に支持細胞(非感覚性)及び有毛細胞(感覚性)をもたらすことができる。
【0065】
本発明において使用される多能性幹細胞は、胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であり得る。細胞は、いかなる生物由来であってもよい。好ましくは、多能性幹細胞はヒト多能性幹細胞である。より好ましくは、多能性幹細胞はヒト人工多能性幹細胞である。ヒト人工多能性幹細胞は患者固有であり得る。
【0066】
多能性幹細胞はいかなる細胞株のものであってもよい。好ましくは、多能性幹細胞は、線維芽細胞株Gibco Human Episomal iPSC系、Thermo Fisher A18945のものである。
【0067】
ステップAA1
ステップAA1は、多能性幹細胞を培養することであって、培養された多能性幹細胞から胚様体が形成される条件下で培養することを含む。最も好ましくは、多能性幹細胞はヒト由来のものである。
【0068】
好ましくは、多能性幹細胞は人工多能性幹細胞(iPSC)であり、約3から4日間、ROCK阻害剤(Y-27632)と共に、非特許文献1において使用されているmTeSR(商標)1(登録商標)培地(CAT85850 STEM CELL Technologies)等、適した培地において培養されて、三次元の胚様体が形成される。好ましくは、使用されるROCK阻害剤の量は10~20μMである。細胞は、ステップAA2を開始する前に最大2日間インキュベートすることができる。
【0069】
ステップAA2
耳組織は、発生の間に非神経外胚葉から生じる。ステップAA2は、ステップAA1において生成された胚様体から非神経外胚葉を形成することを含む。好ましくは、ステップAA2は0日目に開始され、3日目まで発生し、すなわちステップAA2は約4日間にわたって発生する。最も好ましくは、細胞は、ステップAA2の間に6ウェル懸濁培養プレート内で培養される。
【0070】
好ましくは、胚様体は、FGF及びTGFβ阻害剤を含有する化学的に定められた分化培地に移される。FGF及びTGFβ阻害剤の存在は共に、胚様体表面上の上皮化及び外胚葉分化を刺激する。
【0071】
FGF(線維芽細胞増殖因子)ファミリーは、構造的に関連するポリペプチド増殖因子のグループである。哺乳類系では、FGFファミリーの22のメンバーが存在する。好ましくは、FGFは、FGF2、FGF3、又はFGF10である。最も好ましくは、FGFは、内耳の発生において特定の機能を有することが知られているFGF2である。FGF2の存在は、早期の耳の前プラコード上皮形成を誘導するのに十分である。
【0072】
FGF2が存在する場合、好ましくは、非神経外胚葉形成に対する誘導物質として作用するために低濃度で存在する。好ましくは、FGF2の濃度は、約4ng/mL未満である。FGF2の濃度は、0.5ng/mL、1ng/mL、2ng/mL、3ng/mL、及び4ng/mLのリストから選択されてもよい。最も好ましくは、培地中のFGF2の最終濃度は約2~4ng/mLである。
【0073】
TGFβ阻害剤の存在は、非神経マーカーを誘導し、従って非神経外胚葉の形成を誘導すると示されている。一部の実施形態において、TGFβ阻害剤は、0.1μMから100μMの濃度のSB431542(CAS No.301836-41-9)、A83-01(CAS No.909910-43-6)、GW788388(CAS No.452342-67-5)、LY364947(CAS No.396129-53-6)、RepSox(CAS No.446859-33-2)、SB505124(CAS No.694433-59-5)、SB525334(CAS No.356559-20-1)、又はSD208(CAS No.356559-20-1)から選択される。好ましくは、TGFβ阻害剤はSB-431542であり、さらに、2μMから20μM、2.5μMから12.5μM、1μMから15μM、又は最も好ましくは約5~10μMの濃度で存在する。
【0074】
本発明の一部の好ましい実施形態では、ステップAA2における化学的に定められた分化培地は、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物及びFGFをさらに含む。これは、非神経外胚葉及び耳の前プラコード上皮の形成のための構造を提供するためである。
【0075】
好ましくは、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物は、Matrigel(登録商標)(CAT A356231、Corning)である。好ましい実施形態では、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物の濃度は低く、約5~10%である。特に好ましい実施形態では、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物は、10%の濃度で存在する。
【0076】
他の実施形態では、ステップAA2における化学的に定められた分化培地は、BMP(骨形成因子)をさらに含む。非神経外胚葉への胚様体の分化には、BMP活性の存在が必要であり得る。Gibco iPSC細胞株等の一部の細胞株では、内因性のBMP活性が非神経特異化にとって十分であり得、非神経外胚葉の形成を誘導するために培地にさらなるBMPが添加される必要はない。しかし、他の細胞株では、非神経外胚葉の形成を誘導するためにBMPを添加する必要があり得る。好ましくは、BMPは、BMP2、BMP4、又はBMP7から選択される。好ましくは、BMPはBMP4である。この方法において使用されるBMPの濃度は、少なくとも約1ng/mLから約50ng/mLに及んでもよく、例えば、約2ng/mL、4ng/mL、5ng/mL、7ng/mL、12ng/mL、15ng/mL、20ng/mL、25ng/mL、32ng/mL、40ng/mL等であってもよく、又は、少なくとも約1ng/mLから約50ng/mLの別の濃度のBMPであってもよい。一部の実施形態において、使用されることになるBMPは、約2.5ng/mL BMP4の濃度のBMP4である。
【0077】
非神経外胚葉の形成は、TFAP2A及びDLX3等の非神経外胚葉マーカーの存在と、PAX6及びN-カドヘリン等の神経外胚葉マーカーの欠如とによって特徴づけられる。一部の実施形態において、非神経外胚葉の形成は、ステップAA3を開始する前に、1つ以上の非神経外胚葉マーカーの存在をスクリーニングすることによって確認される。
【0078】
ステップAA3
ステップAA3は、ステップAA2における非神経外胚葉細胞から耳の前プラコード上皮を形成することを含む。好ましくは、ステップAA3は、4~7日目にわたって実行され、すなわち、ステップAA3は約4日間にわたって発生する。
【0079】
ステップAA3の間、非神経外胚葉細胞は、FGF及びBMP阻害剤を用いて処理される。FGF活性化及びBMP阻害は、非神経外胚葉細胞からの前プラコード及び耳の誘導に必要である。
【0080】
好ましくは、FGFは、FGF2、FGF3、又はFGF10である。FGFは、ステップAA2よりも高い最終濃度で存在する。好ましくは、FGFは、5ng/mLから100ng/mLの濃度で存在する。最も好ましくは、FGFはFGF2であり、さらに、約50~100ng/mLの最終濃度で存在する。この方法において使用されるFGFの濃度は、少なくとも約40ng/mLから約100ng/mLに及んでもよく、例えば、約40mg/mL、45ng/mL、50ng/mL、55ng/mL、60ng/mL、65ng/mL、70ng/mL、75ng/mL、80ng/mL、85ng/mL、90ng/mL、95ng/mL等であってもよく、又は、少なくとも約50ng/mLから約100ng/mLの別の濃度のFGFであってもよい。最も好ましくは、FGFは、約50ng/mLの最終濃度で存在する。最も好ましくは、FGFはFGF2であり、さらに、50ng/mLの最終濃度で存在する。
【0081】
BMP阻害剤は、LDN-193189(CAS No.1062368-24-4)、DMH1(CAS No.1206711-16-1)、又はDorsomorphin(CAS No.LDN-193189)のリストから選択される。好ましくは、BMP阻害剤はLDN-193189である。好ましくは、BMP阻害剤は、100~200nMの濃度で存在する。この方法において使用されるBMPの濃度は、少なくとも約100nMから約200nMに及んでもよく、例えば、100nM、110nM、120nM、130nM、140nM、150nM、160nM、170nM、180nM、190nM、200nM等であってもよく、又は、100nMから200nMの別の濃度のBMPであってもよい。最も好ましくは、BMP阻害剤は、約200nMの濃度で存在する。
【0082】
耳の前プラコード上皮の形成は、PAX8、SOX2、TFAP2A、ECAD、及びNCAD等のマーカーの存在によって特徴づけられる。一部の実施形態において、耳の前プラコード上皮の形成は、ステップAA4を開始する前に、1つ以上の非神経外胚葉マーカーの存在をスクリーニングすることによって確認される。
【0083】
ステップAA4
ステップAA4は、ステップAA3における耳の前プラコード上皮からの耳の感覚上皮予定小胞の形成を含む。好ましくは、ステップAA4は、8~17日目にわたって実行され、すなわち、ステップAA4は約10日間にわたって発生する。
【0084】
耳の前プラコード上皮は、耳組織に発生することができるか、又は、代替的に、上鰓組織に発生することができる。WNT経路の活性化が、耳の発生に重要であるが、上鰓の発生には重要ではないと示されている。従って、ステップAA4の間に、ステップAA3からの耳の前プラコード上皮は、WNTアゴニストを用いて処理される。
【0085】
一部の実施形態において、WNTアゴニストはGsk3阻害剤である。一部の実施形態において、Gsk3阻害剤は、CHIR99021、CHIR98014、BIO-アセトキシム、LiCl、SB216763、SB415286、AR A014418、1-Azakenpaullone、及びビス-7-インドリルマレイミドを含む群から選択される。好ましくは、WNTアゴニストはCHIR99021である。好ましい実施形態において、WNTアゴニストは、培地中に少なくとも約1μMから約10μMの濃度、例えば、1.0μM、1.5μM、2.0μM、2.5μM、3μM、4μM、5μM、7μM、8.5μM等、1.5μMから5μM、2μMから4μMの濃度で存在し、又は約2μMから約10μMの別の濃度で存在する。最も好ましくは、WNTアゴニストはCHIR99021であり、さらに、2~3μMの最終濃度で存在する。
【0086】
好ましくは、8~11日目まで、細胞は、耳プラコード形成のために6ウェル懸濁培養プレート内でWNTアゴニストを用いて処理され、次に、12日目に、結果として得られるオルガノイドが、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物(例えば、Matrigel(登録商標)等)を含有するオルガノイド成熟培地において再懸濁させられる。好ましくは、EHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物(例えば、Matrigel(登録商標)等)が固化するのを可能にするために1時間オルガノイドをインキュベートした後に、培地は交換される。好ましくは、Matrigel(登録商標)は、0.1%から20%、1%から15%、又は2.5%から12.5%の濃度で存在する。最も好ましくは、Matrigelは、5~10%の濃度で存在する。
【0087】
好ましくは、次に、耳窩の形成を誘導するために、WNTアゴニストが12~14日目に、好ましくは約2~3μMの濃度で培養物に添加される。耳窩の形成は、PAX2、PAX8、SOX2、SOX10、及びJAG1等のマーカーの存在によって特徴づけることができる。オルガノイドは、WNTアゴニストの存在下で17日目まで培養されて、耳の感覚上皮予定小胞が形成される。一部の実施形態では、耳の感覚上皮予定小胞の形成は、次のステップを開始する前に、1つ以上の耳窩マーカーの存在をスクリーニングすることによって確認される。
【0088】
ステップAからC-SHH経路の阻害
本発明の一態様では、内耳有毛細胞を生成する方法が提供され、当該方法は、SHH阻害剤を用いて耳の感覚上皮予定小胞を処理し、さらに、内耳有毛細胞を形成するために、処理した細胞を成熟するまで培養するステップを含む。
【0089】
本発明者は、内耳有毛細胞の発生の間の特定の時点においてSHH経路を阻害することによって、内耳有毛細胞の分化の効率が高められることを見出した。特に、有毛細胞の分化期の間(初期の有毛細胞の増殖及び成長期の後)のSHHシグナル伝達の阻害が、内耳有毛細胞の分化の効率を高めることを本発明者は見出した。
【0090】
理論によって縛られることなく、感覚上皮予定細胞におけるヘッジホッグシグナル伝達は、蝸牛の成長の間にらせん神経節ニューロンによって過渡的に産生されるヘッジホッグリガンドSHHによって活性化されると考えられている。
【0091】
初期段階の内耳発生において、耳胞における聴覚細胞の運命はSHHの直接的な作用によって確立されると信じられている。これは、前駆細胞が成長している段階である。Kolliker器官及びらせん神経節細胞を含む内耳の形態形成及び聴覚区画は、ヘッジホッグシグナル伝達の活性化によって形成される。ヘッジホッグシグナル伝達の活性化は、内耳の形態形成、蝸牛前駆細胞の増殖、及び感覚上皮予定領域の形成において異なる役割を果たす。研究では、この初期段階においてSHHシグナル伝達経路アゴニストを添加することによって、耳細胞の形成、増殖、及び成長が促進されることが示されている。
【0092】
しかし、有毛細胞分化段階を含む感覚上皮予定領域の形成段階後の内耳発生の後期段階におけるSHH経路の役割は確立されていない。分化段階とは、細胞が、支持細胞、有毛細胞、又はニューロンの形態をとる段階である。本発明者は、HHシグナル伝達の阻害が、有毛細胞の分化を促進し、さらに、感覚上皮予定細胞が時期尚早に細胞周期から脱落するのを誘導し、代わりに有毛細胞に分化するのを誘導するということを特定した。理論によって縛られることなく、SHH経路阻害による前駆細胞から有毛細胞への分化は、
図7~8及び12~18において示されているように、Atoh1の上方制御を含み、有毛細胞の分化につながる可能性がある。
【0093】
SHH経路は、内耳有毛細胞の発生の調節に決定的に関与している。特に、SHH経路は、非感覚細胞への耳胞の分化の誘導又はその非感覚運命の維持、及びコルチ器内の感覚上皮予定領域の制限に関与している可能性がある。SHH経路に関与する分子がノックアウトされた変異体は、さらなる有毛細胞の分化及び減少した支持細胞の分化を示す。従って、理論によって縛られることなく、耳胞形成後に阻害剤を用いてSHH経路を阻害することによって、非感覚の運命(すなわち支持細胞)への耳胞の分化が減少し、感覚の運命への分化、すなわち内耳有毛細胞への分化の効率が高まる。
【0094】
しかし、SHH経路を完全に阻害することは、多くの内耳構造の発生の欠如が結果として生じ得るため、望ましくない。従って、SHH経路は部分的に阻害されなければならない。好ましくは、SHH経路は、約50%から70%だけ阻害される。
【0095】
Cdo(細胞接着分子関連であり、がん遺伝子によって下方制御される)は、ヘッジホッグSHH経路の新しい受容体である。Cdoにおける変異は全前脳症を引き起こし、この全前脳症は、SHH経路活性の低下と顕著に関連する前脳正中部欠損によって定義されるヒトの先天性異常である。Cdoは、SHHシグナル伝達及びフィードバックネットワークの構成要素及び標的として機能する。Cdoは、Ptch1と共に共受容体として作用することによって、又はGli転写因子の調節を介して、SHHシグナル伝達を増強する。Gliのリプレッサーとアクチベーターとの適切なバランスが、内耳の形態形成の間にSHHシグナル伝達を媒介するために必要である。Cdoホモ接合体ノックアウトマウスは重度の難聴を有する。本発明者は、Cdoホモ接合体及びSHHヘテロ接合体ノックアウトマウスは、野生型マウスと比較して、内有毛細胞の分化の増加を実証するということを意外にも見出しており、どのようにして、本発明において、SHH阻害剤が内耳有毛細胞の分化を増加させるように作用するかということに対する可能性のある作用機序を示唆している。また、本発明者は、有毛細胞の分化の増加を示すCdoホモ接合体及びSHHヘテロ接合体ノックアウトマウスが、50%から70%のSHH経路の阻害を示すことを特定した。
【0096】
「SHH阻害剤」という用語は、SHH経路におけるいかなる分子も阻害することができる薬剤を指す。例えば、SHH阻害剤は、Smoothened(SMO)、GLI転写因子、又はSHH自体を阻害してもよい。好ましくは、SHH阻害剤は:シクロパミン(SMO阻害剤)、GANT61(GLI阻害剤)、GANT58(GLI阻害剤)、CDO(SHH阻害剤)、Vismodegiband(SMO阻害剤)、Erismodegib(SMO阻害剤)、三酸化ヒ素(GLI阻害剤)、IPI-929(SMO阻害剤)、BMS-833923/XL139(SMO阻害剤)、PF-04449913(SMO阻害剤)、LY2940680(SMO阻害剤)、RU-SKI(SHH阻害剤)、又は抗SHHモノクローナル抗体5E1(SHH阻害剤)のリストから選択される。最も好ましくは、SHH阻害剤は、シクロパミン(SMO阻害剤)、GANT58又はGANT61(GLI阻害剤)である。
【0097】
好ましい実施形態において、SHH阻害剤は、耳の感覚上皮予定小胞を含有する培地に添加される。好ましくは、耳の感覚上皮予定小胞は、上記のステップAA1からAA4を使用して生成される。本発明者は、SHH阻害剤の添加のタイミングが内耳有毛細胞の分化を増強することにおいて特に重要であり得るということを見出した。好ましくは、SHH阻害剤は、感覚上皮予定領域の形成段階後に(好ましくはステップAA4からの)耳の感覚上皮予定小胞を含有する培地に添加される。最も好ましくは、SHH阻害剤は、ステップAA2の開始から18日目に添加される。18日目頃のSHH阻害剤の添加は、細胞がヒト由来のものである場合に特に重要である。
【0098】
SHH阻害剤は、SHH経路の活性を部分的に阻害する量で添加される。好ましくは、SHH阻害剤は、0.5から20μMの濃度、例えば、0.5、1μM、1.5μM、2μM、2.5μM、3μM、4μM、5μM、7μM、8μM、9μM、10μM、11μM、12μM、13μM、14μM、15μM、16μM、17μM、18μM、19μM、20μM等の濃度で存在し、又は約0.5μMから約20μMの別の濃度で存在する。
【0099】
好ましい実施形態において、SHH阻害剤はシクロパミンであり、さらに、約0.5μMから3μMの最終濃度で存在する。より好ましくは、SHH阻害剤はシクロパミンであり、さらに、0.5μM~2μMの最終濃度で存在する。最も好ましくは、シクロパミンは1μMの最終濃度で存在する。別の好ましい実施形態において、SHH阻害剤はGANT61であり、さらに、約0.5μMから20μMの最終濃度で存在する。より好ましくは、SHH阻害剤はGANT61であり、さらに、1μM~3μMの最終濃度で存在する。最も好ましくは、GANT61は2μMの最終濃度で存在する。別の好ましい実施形態において、SHH阻害剤はGANT58であり、さらに、約0.5μMから3μMの最終濃度で存在する。より好ましくは、SHH阻害剤はGANT58であり、さらに、0.5μM~2μMの最終濃度で存在する。最も好ましくは、GANT58は1μMの最終濃度で存在する。別の実施形態において、SHH阻害剤は、SHH経路におけるCdoを阻害する。好ましくは、Cdoの阻害剤は、Cdoの発現を阻害し、さらに、siRNA又はCRISPRである。
【0100】
ステップAにおいて、SHH阻害剤は、EHSマウス肉腫細胞によって分泌されるゼラチン状のタンパク質混合物(例えば、Matrigel(登録商標)等)と共に添加される。好ましくは、Matrigel(登録商標)は約5~10%の濃度で存在する。約5~10%の濃度のMatrigel(登録商標)の存在によって、例えばステップAA4からのもの等、オルガノイドの懸濁液の改善が可能になる。オルガノイドの懸濁液の改善は、当技術分野において知られているハンギングドロップ法を使用して、培地中にオルガノイドが位置するための振盪を有することなく、細胞が培養されるのを可能にする。これは、急速に乾燥することがなく、細胞運動性をよりよく見ることができるという利点を有する。使用されるMatrigelの特定の濃度(5~10%)は、三次元オルガノイドを保持するのに十分強いという利点を有する。好ましくは、Matrigelは、0.1%から20%、1%から15%、又は2.5%から12.5%の濃度で存在する。最も好ましくは、Matrigelは、5~10%の濃度で存在する。
【0101】
好ましくは、細胞は、約10日間、ステップAにおいて培養される。より好ましくは、細胞は、感覚上皮形成のために(ステップAA2の開始から)32日目まで培養される。
【0102】
ステップBでは、SHH阻害剤が培地から取り除かれる。好ましくは、SHHは、洗浄によって取り除かれる。最も好ましくは、細胞は、約5~10%のMatrigel(登録商標)を含有する細胞培地に留まる。
【0103】
好ましい実施形態において、ステップCは、(ステップAA2の開始から)33日目に少なくとも1日発生する。
【0104】
ステップCにおいて、細胞は、好ましくは、成熟するまで、約5~10%のMatrigel(登録商標)を含有する細胞培地において培養される。好ましくは、細胞培地は、オルガノイド培養の長期維持を効率的に確立するための無血清細胞培地であるオルガノイド成熟培地も含む。
【0105】
好ましくは、オルガノイドは、成熟するまで培養される。一実施形態において、成熟は、ステップAA2の開始から60~200日の間に発生する。好ましくは、成熟は、60~100日目までに発生する。成熟は、細胞の形態を評価することによって特定される。
【0106】
好ましくは、オルガノイドは、1mLのオルガノイド成熟培地と共に、5~10%のMatrigel(登録商標)を含有する48ウェル懸濁プレートの個々のウェルにおいて成熟するまで放置される。好ましくは、200μLの培地が、ウェルごとに毎日交換される。最も好ましくは、オルガノイドはハンギングドロップ法を使用して培養され、培養の間に振盪されることはない。
【0107】
一部の実施形態において、内耳有毛細胞は、ステップAA2の開始から35日目以降に検出される。好ましくは、内耳有毛細胞は内有毛細胞である。最も好ましくは、内耳有毛細胞は、in situでの神経支配も示すことである。内耳有毛細胞及び神経支配の存在は、MyoVIIa有毛細胞及びTuJ1神経細胞のマーカーを使用した免疫染色によって特定することができる。オルガノイドにおける耳細胞の運命の集団は、シングルセルRNA配列決定解析によって特定することができる。
【0108】
選択基準
本明細書において記載されるプロセスによって発生したオルガノイドを発生プロセス全体にわたって画像化及び分析して、オルガノイドが形態を表示し且つ各発生段階と一致したバイオマーカーを発現しているということを確認することができる。オルガノイドを画像化する方法は当技術分野では知られており、3D内耳オルガノイドを画像化及び分析するために、Extended Depth of Field(EDF)、共焦点イメージングシステム、及びハイコンテント分析プラットフォームを備えた倒立顕微鏡を使用して、表現型の特徴づけ及び3D細胞モデルの視覚化のために2週間ごとにオルガノイドを評価することが含まれる。
【0109】
細胞が生理学的形態を維持し、マーカーを発現し、さらに各発生段階において予想される活性を表示していることを確実にすることが、オルガノイドの品質を確実にするために重要である。品質を測定する方法は、当技術分野において知られている。例えば、Cell ROX(登録商標)を使用して、酸化ストレスを受けている核を赤色で標識することができ、さらに、生細胞の核は青色に染色される。酸化ストレスを受けている細胞(すなわち、細胞死を受けている細胞)は、さらなる成熟に対して選択されない。細胞毒性のアッセイも使用することができる。例えば、培養の間2週間ごとに、内耳オルガノイドにおける細胞生存率を、Cell ROX(登録商標)(CAT C10444 Thermofisher)、及び3D細胞モデルを評価するための生/死生存率/細胞毒性アッセイ(CAT L7013 Thermofisher)によって評価することができる。そのようなアッセイを使用して、生存能があり且つ細胞毒性のないオルガノイドが選択される。
【0110】
上記のように、内耳オルガノイドの発生を、播種後に特定の細胞マーカーを検査することによって追跡することができ、特定の細胞マーカーを発現するオルガノイドが、次のステップまで進むために選択される。外胚葉細胞マーカーであるEカドヘリン及びNカドヘリンは、ステップAA1の終了時の約6日後に見つけることができ;耳細胞マーカーであるPAX8及び耳胞マーカーであるPAX2は、ステップAA4の間の約12日後に見つけることができる。内耳前駆細胞マーカーであるSOX2は、ステップAA4の終了時の(AA2の開始から)約18日後に見つけることができる。有毛細胞マーカーであるMyoVIIa及びMyoVIは、典型的には、ステップCにおける有毛細胞の分化に対して(AA2の開始から)33日後に現れ始める。内耳神経細胞マーカーであるTuj1及びPhalloidinは、ステップCにおける約33日目以降に見つけることができる。
【0111】
様々な内耳特異的マーカーを使用して、定量的リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(qRT-pCR)を用いた遺伝子発現分析により、内耳オルガノイドの成長及び健康を決定することができる。内耳特異的遺伝子発現を有するオルガノイドが、成熟のためのさらなる培養に対して選択される。
【0112】
オルガノイドの細胞組成を、シングルセル解析及びハイスループットトランスクリプトミクスを含む機能ゲノミクスにおける進歩により、システムレベルで研究して、内耳オルガノイドの発生及び細胞組成のより完全な理解を提供することができる。これらの技術は、当業者には知られることになる。
【0113】
組成物
別の態様において、本発明は、本発明の方法によって形成された内耳有毛細胞又は内耳有毛細胞を含むオルガノイドを含む組成物を含む。
【0114】
本発明の組成物は、本発明の異なる治療形態を生成するために、様々な他の成分と組み合わされてもよい。好ましくは、当該組成物は、(ヒト又は動物における使用のためのものであってもよい)医薬組成物を生成するために、薬学的に許容されるキャリア又は希釈剤と組み合わされる。適したキャリア及び希釈剤には、等張食塩水、例えばリン酸緩衝食塩水等が含まれる。
【0115】
本明細書において使用される場合、「薬学的に許容されるキャリア」には、あらゆる溶媒、分散媒体、コーティング、抗細菌剤及び抗真菌剤、等張剤及び吸収遅延剤等が含まれる。そのような媒体及び薬剤の医薬活性物質に対する使用は、当技術分野においてよく知られている。いかなる従来の媒体又は薬剤も有効成分と不適合ではない限り、治療組成物におけるその使用が熟考される。補助的な有効成分を組成物に組み込むこともできる。例えば、参照により本明細書において援用する非特許文献3を参照されたい。
【0116】
医薬組成物の好ましい形態は、意図された投与モード及び治療的適用次第である。本発明に従って調製された医薬組成物は、本発明の組成物が対象の内耳に接触することにつながるいかなる手段によっても投与することができる。
【0117】
当該組成物は、所望の製剤に応じて、動物又はヒトへの投与のための医薬組成物を製剤化するために一般的に使用される溶媒として定義される薬学的に許容される無毒のキャリア又は希釈剤も含み得る。希釈剤は、ペプチドの生物活性に影響を与えないように選択される。そのような希釈剤の例としては、蒸留水、生理的リン酸緩衝食塩水、リンゲル液、ブドウ糖溶液、及びハンクス液がある。加えて、医薬組成物又は製剤は、他のキャリア、アジュバント、又は、無毒、非治療的、非免疫原性の安定剤等を含むこともある。
【0118】
加えて、湿潤剤又は乳化剤、界面活性剤、及びpH緩衝物質等の補助物質が組成物中に存在してもよい。医薬組成物の他の成分は、動物性、植物性、又は合成由来の油、例えばピーナッツ油、大豆油、及び鉱物油等の成分である。一般に、プロピレングリコール又はポリエチレングリコール等のグリコールが、特に注射液の場合に好ましい液体キャリアである。
【0119】
本明細書において記載される投与ルートは、熟練者がいかなる特定の患者に対しても最適な投与ルートを容易に決定することができるため、ガイドとしてのみ意図されている。
【0120】
治療及び使用の方法
さらに別の態様において、本発明は、治療を必要としている対象における感音難聴を治療する方法を提供し、当該方法は:本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含む組成物を有効量患者に投与するステップを含む。
【0121】
本明細書において使用される場合、「患者」という用語は、一般的に:ヒト;ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、ウマ、ラマ等の家畜;イヌ及びネコ等の愛玩動物;霊長類;等の哺乳類、並びに鳥類を含む。好ましくは、患者はヒトである。
【0122】
感音難聴は、当技術分野において知られている多くの検査を介して対象において診断することができる。例えば、対象の聴力レベルを特定する純音聴力検査を、感音難聴の診断に使用することができる。感音難聴の診断及び/又はその改善若しくは悪化の測定に使用することができる他の検査には、耳音響放射検査及び聴性脳幹反応検査が含まれる。
【0123】
本発明の組成物は、再生医療用途に使用することができ、それによって、患者の損傷した組織は交換又は再生される。一実施形態において、本発明の組成物は、それを必要としている患者に移植することができる。例えば、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞及びオルガノイドを、それを必要としている患者に直接移植することができる。さらなる例では、内耳有毛細胞を含む内耳オルガノイドを、患者自身のiPSCを使用して本発明の方法によって生成することができる。内耳有毛細胞が生成されると、これらの細胞を、発生及び適用のための位置において患者の蝸牛に送達して戻すことができる。当技術分野における既知の移植技術を使用して、内耳有毛細胞を含む本発明の組成物を患者の蝸牛に送達することができる。
【0124】
或いは、本発明の組成物は、細胞治療、バイオプリンティング、及び組織工学の用途に使用することができる。例えば、本発明の方法によって生成された患者由来の内耳有毛細胞及びオルガノイドを有するナノ粒子材料を特定の形状にバイオプリントし、治療的発生及び適用のために修復された有毛細胞を患者の蝸牛に送達して戻すために、3Dバイオプリンティングを使用することができる。
【0125】
治療的適用では、そのような疾患が疑われる又は既に罹患している患者に対して、その疾患の症状及びその合併症を少なくとも部分的に停止させるのに十分な量の医薬組成物又は薬物が投与される。これを達成するのに十分な量は、治療的又は薬学的に有効な用量として定義される。
【0126】
本発明の別の態様では、対象の内耳にSHH阻害剤を投与するステップを含む、治療を必要としている対象における感音難聴を治療する方法が提供される。
【0127】
本発明のさらなる態様では、対象の内耳にSHH阻害剤を投与するステップを含む、対象の内耳における細胞を再生する方法が提供される。好ましくは、内耳における細胞は、蝸牛又は前庭系の支持細胞又は内耳有毛細胞から選択される。
【0128】
本発明のこの態様の一部の実施形態において、対象は、感音難聴に罹患していてもよい。他の実施形態において、対象は、前庭系の障害を有してもよい。
【0129】
好ましくは、SHH阻害剤は、シクロパミン(SMO阻害剤)、GANT58又はGANT61(GLI阻害剤)のリストから選択される。
【0130】
SHH阻害剤は、SHH経路の活性を部分的に阻害する量で投与される。好ましくは、SHH阻害剤は、0.5から20μMの濃度、例えば、0.5、1μM、1.5μM、2μM、2.5μM、3μM、4μM、5μM、7μM、8μM、9μM、10μM、11μM、12μM、13μM、14μM、15μM、16μM、17μM、18μM、19μM、20μM等の濃度、又は約0.5μMから約20μMの別の濃度で投与される。最も好ましくは、SHH阻害剤は、1日1回、対象のkgあたり0.5mgから20mgの用量で投与される。
【0131】
上記の状態を治療するための本発明の組成物の有効用量は、投与手段、標的部位、患者の生理学的状態、患者がヒトであるか又は動物であるか、他の薬物が投与されているかどうか、及び治療が予防的であるか又は治療的であるかどうかを含む、多くの異なる因子に応じて変わる。通常、患者はヒトであるが、一部の実施形態において、患者は、感音難聴を示す動物であってもよい。治療投与量は、安全性及び有効性を最適化するように用量設定する必要がある。
【0132】
好ましくは、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞を含むオルガノイドの十分な数が、感音難聴を治療するために対象において移植される。好ましくは、1から1000のオルガノイドが、治療を必要とする対象内に移植される。最も好ましくは、シクロパミン、GANT58、及びGANT61の各々を使用して本発明の方法によって生成された1から100のオルガノイドが、治療を必要とする対象内に移植される。
【0133】
本発明の組成物は、対象の内耳に作用するように設計された他の治療薬に対する最適な投与量を特定するために使用することもできる。例えば、治療薬は、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞の集団又は内耳有毛細胞を含むオルガノイドに適用することができ、さらに、治療薬の所望の効果のための最適用量を決定することができる。
【0134】
本発明の一部の実施形態において、本発明の組成物は、さらなる治療薬と共に投与される。例えば、本発明の組成物は、内耳におけるサイトカイン及びイオン止血(ion hemostasis)を上方制御することができる抗炎症薬と共に投与されてもよい。好ましくは、抗炎症薬は、プレドニゾン又はデキサメタゾンから選択される。最も好ましくは、プレドニゾン又はデキサメタゾンは、約4~10mg/mLの濃度で投与される。
【0135】
本発明者は、Cdoホモ接合体及びSHHヘテロ接合体ノックアウトマウスが、野生型マウスと比較して、内有毛細胞の分化の増加を実証するということを意外にも特定しており、どのようにして、本発明において、SHH阻害剤が内耳有毛細胞の分化を増加させるように作用し得るかということに対する可能性のある作用機序を示唆している。本発明者は、有毛細胞の分化の増加を示すCdoホモ接合体及びSHHヘテロ接合体ノックアウトマウスが、50%から70%のSHH経路の阻害を示すということも特定している。
【0136】
従って、本発明のさらなる実施形態では、対象におけるCdo発現を部分的に阻害するステップを含む、対象における内耳有毛細胞の分化を増強する方法が提供される。好ましくは、Cdo発現は、治療有効量のsiRNA又はCRISPRの投与によって阻害される。
【0137】
本発明のさらなる実施形態では、対象におけるCdo発現を部分的に阻害するステップを含む、対象における内耳有毛細胞の数を増加させる方法が提供される。好ましくは、Cdo発現は、治療有効量のsiRNA又はCRISPRの投与によって阻害される。
【0138】
本発明のさらなる実施形態では、対象におけるCdoを阻害することによってSHH経路を部分的に阻害するステップを含む、対象における内耳有毛細胞の数を増加させる方法が提供される。好ましくは、Cdoは、治療有効量のsiRNA又はCRISPRの投与によって阻害される。
【0139】
本発明のさらなる実施形態では、対象におけるCdoを部分的に阻害するステップを含む、対象における内耳有毛細胞の数を増加させる方法が提供される。好ましくは、Cdoは、治療有効量のsiRNA又はCRISPRの投与によって阻害される。
【0140】
別の実施形態において、本発明は、治療を必要とする対象における感音難聴の治療のための薬物の製造における本発明の組成物の使用を含む。
【0141】
上記の方法の修正は、当業者には明らかになる。本発明の上記の実施形態は、単に例証的であり、いかなる方法においても限定的であると解釈されるべきではない。
【0142】
スクリーニングの方法及びモデル
本発明のさらに別の態様では、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞及びオルガノイドを使用して、試験薬の聴覚毒性を評価することができる。別の態様では、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞及びオルガノイドを使用して、内耳有毛細胞を標的とするように設計された治療化合物の安全性及び有効性を評価することもできる。患者固有のiPSCを使用して又は成体幹細胞若しくは前駆細胞から本発明の方法によって生成された患者由来の内耳有毛細胞及びオルガノイドは、薬物スクリーニングのための患者固有の臨床モデル又は患者固有の状態を診断するためのモデルとして役立ち得る。
【0143】
本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞及び内耳有毛細胞を含むオルガノイドは、生体と類似の様式で生体組織をシミュレートする能力を有する。一態様では、本発明の方法によって生成された内耳有毛細胞の集団又は内耳有毛細胞を含むオルガノイドを試験薬で処理するステップを含む、試験薬の聴覚毒性又は治療効果を評価する方法が提供される。
【0144】
試験薬は、いかなる生理活性物質から選択されてもよく、さらに、低分子化学物質、ペプチド、タンパク質(例えば、抗体若しくは他のタンパク質薬物等)、又は核酸分子若しくは抽出物(例えば、動物若しくは植物の抽出物)を含む群から選択されてもよい。当該方法は、感音難聴等の耳科疾患に対する治療効果を有する試験薬をスクリーニングするためのものであってもよい。或いは、当該方法は、一部の他の治療効果を有する試験薬をスクリーニングして、その聴覚毒性を評価するためのものであってもよい。
【0145】
聴覚毒性に対する試験薬の効果、又はその試験薬の治療効果は、既知の方法を使用して評価することができる。一実施形態では、本発明の方法に従って生成されたオルガノイド又は内耳有毛細胞集団が、試験薬を用いて処理される。候補化合物の毒性又は治療効果を特徴づけるために、オルガノイド又は内耳有毛細胞の生存率が、未処理の対照オルガノイド又は内耳有毛細胞集団の生存率と比較される。或いは、対照集団は、既知のレベルの毒性又は治療効果を有する試験薬で処理されたオルガノイド又は内耳有毛細胞集団であってもよい。
【0146】
本明細書において記載される内耳有毛細胞及びオルガノイドは、聴覚消失に対する臨床モデルとして使用することができ、さらに、聴覚消失における特定の遺伝子マーカーの役割を研究するために使用することができる。iPSCから又は成体幹細胞若しくは前駆細胞からの患者由来のオルガノイドは、診断ツールとしてだけでなく、薬物スクリーニングのための患者固有の臨床モデルとしても役立ち得る。一態様では、本発明の方法によって生成された患者由来の内耳有毛細胞の集団又は内耳有毛細胞を含む患者由来のオルガノイドにおける疾患に特異的なマーカーの有無を評価するステップを含む、患者における耳科疾患を診断する方法が提供される。好ましくは、マーカーは、難聴に関連する遺伝子マーカーである。最も好ましくは、マーカーは、GJB2、STRC、OTOF、SLC26A4、MYO7A、TECTA、MYO15A、CDH23、USH2A、及びWFS1のリストから選ばれる。
【実施例1】
【0147】
実施例1:ヒトiPS細胞の有毛細胞の分化を促進するための例となる薬剤を使用したプロトコル
図1は、人工多能性幹細胞から内耳有毛細胞を生成する方法を例示している。本発明者は、本発明を生成するために、内耳オルガノイド培養の発生段階において薬剤と阻害剤との組み合わせを添加した。特に:
(i) 懸濁培養内のiPSCにROCK阻害剤(Y-27632)を添加して、約3日間、3次元胚様体の形成が促進される。
【0148】
(ii) 低濃度のFGFにTGF-β阻害剤(SB-431542)を添加して、0から3日目において非神経外胚葉の発生が駆り立てられる。
【0149】
(iii) 次に、培養物を、4~7日目の間に、高濃度のFGF及びBMP阻害剤(LDN-193189)を含有する培地に移し、これによって、早期の耳の前プラコード上皮/前プラコード外胚葉の発生が駆り立てられる。
【0150】
(iv) 次に、Wntアゴニスト(CHIR-99021)を添加して、8~11日目に耳プラコード、12~14日目に耳窩形成、及び15~17日目に耳の感覚上皮予定小胞の発生が刺激される。
【0151】
(v) 18~32日目に、ヘッジホッグシグナル伝達の阻害剤(CYC、GANT58、又はGANT61)を添加して感覚上皮小胞の形成が促進され、さらに、これらの条件下で培養を続けると、33日目以降に神経支配を有する感覚有毛細胞が形成される。
【実施例2】
【0152】
実施例2:実施例1のプロトコルの適用
(i) 胚様体の形成
細胞株Gibco Human Episomal iPSC系、Thermo Fisher A18945のヒト人工多能性幹細胞を、ROCK阻害剤(CAT Y-27632 STEM CELL Technologies、最終濃度10μM)を有するmTeSR(商標)1(登録商標)培地(STEM CELL Technologies)において、6ウェル懸濁プレート内で培養して、2日間、ヒト多能性幹細胞を維持し、さらに、ヒト胚様体を形成した。
【0153】
(ii)非神経外胚葉の形成
0日目に、(i)からの胚様体を、化学的に定められた培地を含有する6ウェル懸濁培養プレートに移した。化学的に定められた培地は、表1における試薬を含有していた。
【0154】
【表1】
0日目の胚様体形成のときに、化学的に定められた培地に線維芽細胞増殖因子2(FGF2)(STEMCELL TechnologiesからのCAT78003.2)を添加して、4ng/mLの最終濃度に達した。化学的に定められた培地にTGFβ阻害剤SB-431542(STEMCELL TechnologiesからのCAT72232)も添加して、10μMの最終濃度に達した。
【0155】
非神経外胚葉の形成のために、細胞を3まで培養した。非神経外胚葉の存在を免疫染色及びqRT-PCR解析によって確認した。
【0156】
(iii)耳の感覚上皮予定小胞の形成
4日目に、FGF2(STEMCELL TechnologiesからのCAT78003.2)を細胞培地に添加して、50ng/mLの最終濃度に達した。BMP阻害剤LDN-193189(STEMCELL TechnologiesからのCAT72146)も添加して、200nMの最終濃度に達した。オルガノイドを、7日目まで、耳の前プロコード上皮形成のために6ウェル懸濁培養プレートにおいて培養した。
【0157】
8日目に、WNTアゴニストであるCHIR-99021(STEMCELL TechnologiesからのCAT72052)を、10%Matrigel(登録商標)に包埋されたオルガノイドに添加して、3μMの最終濃度に達した。オルガノイドを、耳プロコード形成のために6ウェル懸濁培養プレートにおいて培養した。
【0158】
12日目に、10%Matrigel(登録商標)+CHIR99021を有するオルガノイド成熟培地においてオルガノイドを再懸濁させることによって、48ウェル懸濁プレート(GBO、677102)の各ウェルに1~6のオルガノイドを移した。1時間オルガノイドをインキュベートした後に培地を交換して、Matrigel(登録商標)が固化するのを可能にした。
【0159】
12~17日目に、CHIR-99021を培養物に添加して、3μMの最終濃度を維持し、さらに、耳窩形成を可能にした。17日目に耳の感覚上皮予定小胞を観察した。耳の感覚上皮予定小胞の存在を、免疫染色及び共焦点イメージングによって確認した。
【0160】
(iv)シクロパミンの添加による内耳有毛細胞の形成
18日目に、SHH阻害剤であるシクロパミン(Merck MilliporeからのCAT 239803)を細胞培養物に添加して、1μMの最終濃度に達した。Matrigel(登録商標)も細胞培養物に添加して、10%の濃度に達した。33日目まで、細胞をオルガノイド成熟培地において培養した。
【0161】
33日目に、シクロパミンを洗浄によって培地から取り除き、さらに、液滴凝集体が、10%Matrigel(登録商標)を含有する細胞培養物内に残った。
【0162】
次に、細胞を、10%Matrigel(登録商標)を含有するオルガノイド成熟培地において最大200日間培養した。ウェルごとに200μLの培地を毎日交換した。細胞を、細胞の形態の検査で成熟が決定されるまで、60~100日まで培養した。内耳感覚細胞の遺伝子発現マーカーを有する、生存可能な中型で丸い3D形状のオルガノイドを、分析のために選択した。
【0163】
内耳有毛細胞及び神経支配を、35日目以降に検出した。内耳有毛細胞の存在及び数を、免疫染色及び共焦点イメージングを用いたキャプチャによって検出した。
【実施例3】
【0164】
実施例3:実施例1のプロトコルの代替の適用
(v)GANT58の添加による内耳有毛細胞の形成
ステップ(i)から(iii)を、実施例2に従って行った。
【0165】
18日目に、SHH阻害剤であるGANT58(STEM CELL TechnologiesからのCAT 73984)を細胞培養物に添加して、1μMの最終濃度に達した。Matrigel(登録商標)も細胞培養物に添加して、10%の濃度に達した。33日目まで、細胞をオルガノイド成熟培地において培養した。
【0166】
33日目に、GANT58を洗浄によって培地から取り除き、さらに、液滴凝集体が、10%Matrigel(登録商標)を含有する細胞培養物内に残った。
【0167】
次に、細胞を、10%Matrigel(登録商標)を含有するオルガノイド成熟培地において最大200日間培養した。ウェルごとに200μLの培地を毎日交換した。細胞を、細胞の形態の検査で成熟が決定されるまで、60~100日まで培養した。内耳感覚細胞の遺伝子発現マーカーを有する、生存可能な中型で丸い3D形状のオルガノイドを、分析のために選択した。
【0168】
内耳有毛細胞及び神経支配を、35日目以降に検出した。内耳有毛細胞の存在及び数を、免疫染色及び共焦点イメージングを用いたキャプチャによって検出した。
【実施例4】
【0169】
実施例4:実施例1のプロトコルの代替の適用
(vi)GANT61の添加による内耳有毛細胞の形成
ステップ(i)から(iii)を、実施例2に従って行った。
【0170】
18日目に、SHH阻害剤であるGANT61(STEMCELL TechnologiesからのCAT 73692)を細胞培養物に添加して、1μMの最終濃度に達した。Matrigel(登録商標)も細胞培養物に添加して、10%の濃度に達した。33日目まで、細胞をオルガノイド成熟培地において培養した。
【0171】
33日目に、GANT61を洗浄によって培地から取り除き、さらに、液滴凝集体が、10%Matrigel(登録商標)を含有する細胞培養物内に残った。
【0172】
次に、細胞を、10%Matrigel(登録商標)を含有するオルガノイド成熟培地において最大200日間培養した。ウェルごとに200μLの培地を毎日交換し、さらに、細胞を、細胞の形態の検査で成熟が決定されるまで、60~100日目まで培養した。内耳感覚細胞の遺伝子発現マーカーを有する、生存可能な中型で丸い3D形状のオルガノイドを、分析のために選択した。
【0173】
内耳有毛細胞及び神経支配を、35日目以降に検出した。内耳有毛細胞の結果を、免疫染色及び共焦点イメージングを用いたキャプチャによって検出した。
【実施例5】
【0174】
実施例5:内耳有毛細胞の分化におけるCdo遺伝子の効果
内耳有毛細胞の分化におけるCdo遺伝子の効果を示すために、発明者は、発生段階E16.5におけるマウス由来の内耳コルチ器からの組織切片の免疫組織化学的検査を行った。この点において、
図2は、10×の倍率での、E16.5のCdo
-/-変異体のコルチ器における、有毛細胞マーカーMyosinVIIa及び支持細胞マーカーSox2を使用することによる有毛細胞の余分な形成及び支持細胞の増殖を例示した図である。
【0175】
図2において、蝸牛の有毛細胞は、有毛細胞特異的マーカーであるMyosinVIIa(MyoVIIa)を使用して標識され、支持細胞は、支持細胞特異的マーカーであるSox2を使用して標識されている。全ての細胞の核が、DAPIを用いて対比染色されている。
【0176】
左側の3つの画像は、正常な聴覚を有する野生型(WT)マウスからのものであり、右側の3つの画像は、重度の難聴を有するCdo-/-ホモ接合体ノックアウトマウスからのものである。
【0177】
マウスにおけるCdo遺伝子の両方のコピーをノックアウトすると、Cdo-/-マウスにおけるSox2陽性細胞の増加によって示されているように、E16.5における支持細胞集団の増殖が結果として生じる。
【実施例6】
【0178】
実施例6:内耳有毛細胞の分化におけるCdo機能に対するSHHシグナル伝達の効果
内耳有毛細胞の分化におけるCdo機能に対するSHHシグナル伝達の効果を示すために、発生段階E16.5におけるマウス由来の内耳コルチ器からの組織切片の免疫組織化学的検査を行った。発明者は、蝸牛を、蝸牛らせんの3つの異なる領域:すなわち、示されているように、基部、中央、及び頂端に分けた。
【0179】
図3は、10×の倍率での、E16.5における蝸牛への有毛細胞及び神経支配を標識するために有毛細胞マーカーであるMyosinVIIa及び神経マーカーであるベータチューブリンIII Tuj1抗体を使用した、Shh
+/-;Cdo
-/-複合変異蝸牛における過剰な有毛細胞を例示した図である。有毛細胞特異的マーカーであるMyosin VIIa(MyoVIIa)を使用して標識された蝸牛の有毛細胞、及びニューロン特異的マーカーであるベータチューブリンIIIクローンTUJ1(Tuj1)を使用して標識されたニューロンが示されている。全ての細胞の核が、DAPIを用いて対比染色されている。
【0180】
全部で5つの異なるマウスモデルが、
図3において示されている:
1. 野生型マウス(WT);
2. Cdo遺伝子の両方のコピーが欠損したCdoホモ接合体ノックアウトマウス(Cdo
-/-);
3. Shh遺伝子の1つのコピーのみを発現するShhヘテロ接合体マウス(Shh
+/-);
4. 各遺伝子の1つのコピーのみを発現するShh及びCdo複合ヘテロ接合体マウス(Shh
+/-;Cdo
+/-);及び
5. Shh遺伝子の1つのコピーを発現し、Cdo遺伝子の両方のコピーが欠損したShhヘテロ接合体Cdoホモ接合体ノックアウト複合変異マウス(Shh
+/-;Cdo
-/-)。
【0181】
Shh+/-;Cdo-/-複合変異マウスは、蝸牛の有毛細胞の数を有意に増加させ、これらの有毛細胞の神経支配を回復させている。
【実施例7】
【0182】
実施例7:Shh
+/-;Cdo
-/-複合変異蝸牛において形成された神経支配を有する異所性の有毛細胞の数の定量化
Shh
+/-;Cdo
-/-複合変異蝸牛において形成された神経支配を有する異所性の有毛細胞の数を定量するために、本発明者は、蝸牛の基部及び中央領域の発生段階E16.5におけるマウスから解剖した内耳コルチ器からの組織切片免疫組織化学的検査のImageJソフトウェアを使用した細胞計数分析を行った。
図4は、20×の倍率での、E16.5の蝸牛への有毛細胞及び神経支配を標識するために有毛細胞マーカーであるMyosinVIIa及び神経マーカーであるTuj1抗体を使用した、Shh
+/-;Cdo
-/-複合変異蝸牛における神経支配を有する異所性の有毛細胞を例示した図である。蝸牛の有毛細胞は、有毛細胞特異的マーカーであるMyosin VIIa(MyoVIIa)を使用して標識されており、ニューロンは、ニューロン特異的マーカーであるベータチューブリンIIIクローンTUJ1(Tuj1)を使用して標識されている。全ての細胞の核が、DAPIを用いて対比染色されている。
【実施例8】
【0183】
実施例8:Cdo-/-変異体における細胞を支持する柱細胞の変化
Cdo
-/-変異体における細胞を支持する柱細胞のいかなる変化も観察するために、発明者は、柱細胞特異的マーカーであるP75NTRを用いて、胎生期16.5における野生型(WT)マウス及びCdoノックアウト(Cdo
-/-)マウスからの蝸牛組織の切片及びホールマウントに対して免疫染色を行った。細胞核をDAPIで対比染色して、画像を20×の倍率でキャプチャした。
図5は、Cdo
-/-変異体における柱細胞の欠損を例示した図である。内耳における柱細胞の発現及び分布が、Cdoノックアウト蝸牛において明らかに破壊されている。野生型における内有毛細胞と外有毛細胞との間に通常存在する柱細胞は、ノックアウトマウスでは存在していない。
【実施例9】
【0184】
実施例9:E16.5でのマウス蝸牛の支持細胞におけるCdo発現
コルチ器は、蝸牛管の長さにわたって走る感覚上皮予定領域に由来し、2つの非感覚の領域、すなわち神経側の大上皮稜(GER)上のケリカー器官と、神経から離れた側の小上皮稜(LER)上の外側の溝とによって境界がつけられている。蝸牛管における感覚領域及び非感覚領域を確立するメカニズムは明確にはわかっていないが、Shhシグナル伝達が重要な役割を果たしている可能性が高い。
【0185】
Cdoが非感覚の細胞型の特異化に関与しているかどうかを調査するために、耳上皮におけるCdo遺伝子の発現を調べた。
図6は、E16.5でのマウス蝸牛の支持細胞におけるCdo発現を例示した図である。RNAのin situハイブリダイゼーションによって、CdoはE16.5での蝸牛のヘンゼン細胞において特異的に発現しているということを観察したが、ホールマウントMyoVIIa染色よって標識された感覚有毛細胞では発現していない。Cdoは、非感覚の上皮において、具体的にはヘンゼン細胞及び柱細胞において発現差異を示している。非感覚の領域におけるCdoの発現は、非感覚の細胞の運命を維持するために必要であり、及び/又は、コルチ器の分化の調節に関与している可能性を示唆している。
【0186】
内耳蝸牛におけるCdo発現プロファイルを特定するために、発生日E16.5からの野生型マウス蝸牛切片の横断及び縦断の切片、並びにホールマウントを示した。
図6では、明視野画像が、Cdo発現(暗)を示し、蛍光画像が、有毛細胞特異的マーカーであるMyosinVIIa(Myo7A)を用いた免疫標識を示している。標識は、大上皮稜(GER)、内有毛細胞(IHC)、外有毛細胞(OHC)、及び小上皮稜(LER)の位置を示している。オーバーレイは、Cdo発現の位置が内耳有毛細胞及び外有毛細胞に相対的に発現していないことを示している。
【実施例10】
【0187】
実施例10:Cdo及びCdo/Shh複合変異体における感覚上皮予定領域の特定
早期の感覚上皮予定領域の特定におけるいかなる変化も観察するために、胎生期14.5における野生型(WT)マウス及び一連の変異マウスからの蝸牛の異なる領域で採取した切片に対する免疫染色を行った。Sox2抗体を用いた免疫染色を行って、感覚上皮予定領域を示した。
図7は、Cdo及びCdo/Shh複合変異体における感覚上皮予定領域の特定を例示している。全部で6つの異なるマウスモデルが、ここでは示されている:
1. 野生型マウス(WT);
2. Shh遺伝子の1つのコピーのみを発現するShhヘテロ接合体マウス(Shh
+/-);
3. Cdo遺伝子の1つのコピーのみを発現するCdoヘテロ接合体マウス(Cdo
+/-);
4. Cdoの両方のコピーが欠損したCdoノックアウトマウス(Cdo
-/-);
5. 各遺伝子の1つのコピーのみを発現するShh及びCdo複合ヘテロ接合体マウス(Shh
+/-;Cdo
+/-);及び
6. Shh遺伝子の1つのコピーを発現し、Cdo遺伝子の両方のコピーが欠損したShhヘテロ接合体Cdoホモ接合体ノックアウト複合変異マウス(Shh
+/-;Cdo
-/-)。
【実施例11】
【0188】
実施例11:Cdo及びCdo/Shh複合変異体におけるP27Kip1による細胞周期の出口
E14.5での蝸牛上皮における細胞周期の出口のいかなる変化も観察するために、胎生期14.5における野生型(WT)マウス及び一連の変異マウスからの蝸牛の異なる領域で採取した切片に対する免疫染色を行った。P27
Kip1抗体を用いて免疫染色を行って、感覚上皮予定領域の特定を示した。
図8は、Cdo及びCdo/Shh複合変異体におけるP27Kip1による細胞周期の出口を例示している。全部で6つの異なるマウスモデルが、ここでは示されている:
1. 野生型マウス(WT);
2. Shh遺伝子の1つのコピーのみを発現するShhヘテロ接合体マウス(Shh
+/-);
3. Cdo遺伝子の1つのコピーのみを発現するCdoヘテロ接合体マウス(Cdo
+/-);
4. Cdoの両方のコピーが欠損したCdoノックアウトマウス(Cdo
-/-);
5. 各遺伝子の1つのコピーのみを発現するShh及びCdo複合ヘテロ接合体マウス(Shh
+/-;Cdo
+/-);及び
6. Shh遺伝子の1つのコピーを発現し、Cdo遺伝子の両方のコピーが欠損したShhヘテロ接合体Cdoホモ接合体ノックアウト複合変異マウス(Shh
+/-;Cdo
-/-)。
【0189】
データは、
図8において示されているように、Cdo/Shh複合変異体の蝸牛の上皮における成熟前の細胞周期の出口を示した。
【実施例12】
【0190】
実施例12:E13.5及びE16.5でのマウス蝸牛のSHH経路におけるGli遺伝子発現
E13.5及びE16.5でのマウス蝸牛のSHHシグナル伝達経路におけるGli1、Gli2、及びGli3遺伝子の発現パターンを特定するために、発明者は、RNAのin situハイブリダイゼーション及び免疫染色をホールマウントの野生型蝸牛に対して行った。
図9は、E13.5及びE16.5でのマウス蝸牛のSHH経路におけるGli遺伝子発現を例示した図である。この画像パネルは、異なる発生段階で採取された野生型マウスからの蝸牛組織切片であり、感覚上皮予定領域特異化段階に対してE13.5及び有毛細胞分化段階に対してE16.5での胚の発生全体を通してGli1、Gli2、及びGli3の発現を示すために染色されている。
【0191】
Gli1及びGli2は、Hhシグナル伝達に対する読み出し情報である。Gli3は、Hhシグナル伝達のリプレッサーであることが知られている。E13.5において、Sox2は、暗い箇所で示されている感覚上皮予定領域において発現している。Gli2及びGli3は、感覚上皮予定領域においてSox2と共に共発現しているが、Gli1は、感覚上皮予定領域では検出されない。重要なことに、蝸牛領域におけるGli2及びGli3の発現は、E13.5~16.5における蝸牛の発生全体を通して検出される。
【0192】
E16.5において、Atoh1が、E16.5での蝸牛の有毛細胞において発現している。Gli1は、蝸牛のらせん神経節において発現している。重要なことに、SHHアクチベーターとしてのGli2は、感覚有毛細胞では発現しないが、大上皮稜(GER)及びヘンゼン細胞(He)に限定され、これは、Atoh1と相反する発現パターンである。SHHリプレッサーとしてのGli3は、感覚有毛細胞において特異的に発現し、Atoh1発現と重複している。
【実施例13】
【0193】
実施例13:0~10日目におけるヒトiPSC由来の内耳オルガノイドの肉眼形態
0~10日目の時間の経過に伴うオルガノイド培養の肉眼形態を評価するために、実施例1において記載されたプロトコルに従って、位相差顕微鏡を使用することによって、異なる段階におけるオルガノイドのサイズ及び形態を観察した。
【0194】
図10は、0~5日目における胚様体形成を例示しており、凝集体は三次元球形構造であった。10日目に、正常なGIBCO細胞からのホールマウントの内耳オルガノイドに対して免疫染色を行った。PAX8及びSOX2抗体を用いた免疫染色を行って、早期の耳の同一性を示した。
【実施例14】
【0195】
実施例14:20~40日目におけるヒトiPSC由来の内耳オルガノイド-外胚葉細胞の運命
以下:
(a) 非特許文献1に記載された方法;
(b) ステップ(v)においてSHH阻害剤としてシクロパミンを使用する、実施例1において記載された方法;
(c) ステップ(v)においてSHH阻害剤としてGANT58を使用する、実施例1において記載された方法(実施例3);及び
(d) ステップ(v)においてSHH阻害剤としてGANT61を使用する、実施例1において記載された方法;
を使用して発生したヒトiPSC由来の内耳オルガノイドの肉眼形態を比較した。
【0196】
図11は、10×の倍率での、20~40日目のヒトiPSC由来の内耳オルガノイドの肉眼形態を例示した図である。耳のPAX8及びECAD陽性上皮を使用することによる20日目における内耳オルガノイドの特徴づけは、発生中の耳の構造と形態学的に類似した点を有した。上皮の再構成が、凝集体表面を通してはっきりと見えている。
図11は、細胞再構成の効率が非特許文献1の方法を使用して凝集体の約90~95%であることを示している。しかし、シクロパミン、GANT58、又はGANT61を使用した実施例1の方法は、凝集体の約95~100%で、非特許文献1の方法よりも高い細胞再構成の効率を実証した。
【0197】
20~40日目における内耳オルガノイドの外胚葉細胞の運命を特定するために、共焦点顕微鏡を使用することによってオルガノイドにおけるECAD及びPAX2の発現を観察し、(a)Hh阻害剤を用いることのない非特許文献1に記載の方法、(b)SHH阻害剤としてシクロパミンを用いた実施例1の方法(実施例2)、(c)SHH阻害剤としてGANT58を用いた実施例1の方法(実施例3)、及び(d)SHH阻害剤としてGANT61を用いた実施例1の方法(実施例4)を使用して発生させたオルガノイドを比較した。E-CADHERIN及びPAX2染色したオルガノイドは、外胚葉細胞の運命を示した。内耳オルガノイドの外胚葉細胞の運命は、非特許文献1に記載の方法と比較して、SHH阻害剤を用いてより良く発生した。
図12は、ステップ(v)におけるHh阻害剤を含む実施例1の方法を使用して発生させたオルガノイドが、非特許文献1に記載の方法と比較して、より多くの数の外胚葉細胞運命発現細胞を示したことを示している。外胚葉細胞の形成は、7日目に始まり、約20~40日目まで継続しているように見えた。20日目には、CYC、GANT58、及びGANT61で処理された凝集体は、管腔径が50μmを超えるECAD/PAX2陽性小胞をより多く含有していた。
【実施例15】
【0198】
実施例15:14~40日目におけるヒトiPSC由来の内耳オルガノイド-耳細胞の運命
14~40日目における内耳オルガノイドの耳細胞の運命を特定するために、共焦点顕微鏡を使用することによって、オルガノイドにおけるNCAD及びSOX2の発現を観察した。結果が
図13において提示されており、Hh阻害剤を用いることのない非特許文献1に記載の方法、シクロパミンを用いた実施例1の方法(実施例2)、GANT58を用いた実施例1の方法(実施例3)、及びGANT61を用いた実施例1の方法(実施例4)に対する結果を示している。
図13は、ステップAにおけるHh阻害剤を含む実施例1の方法を使用して発生させたオルガノイドが、非特許文献1に記載の方法と比較して、より多くの数の耳細胞運命発現細胞を示したことを示している。すなわち、内耳オルガノイドの耳細胞の運命は、非特許文献1に記載の方法と比較した場合に、SHH阻害剤を用いてより良く発生した。
【実施例16】
【0199】
実施例16:33~60日目におけるヒトiPSC由来の内耳オルガノイド
33~60日目における内耳オルガノイドの感覚有毛細胞の発生を特定するために、オルガノイドにおけるMyosinVIIa及びTuj1の発現を、共焦点顕微鏡を使用することによって観察した。結果が
図14において提示されており、(a)シクロパミンを用いた実施例1の方法(実施例2)、及び(b)GANT58を用いた実施例1の方法(実施例2)を使用して発生させたオルガノイドを比較している。
図14は、両方のSHH阻害剤を使用して発生させたオルガノイドにおいて感覚有毛細胞及び支持細胞が存在したことを示している。不透明な外側の細胞集団は完全な再構成を示しており、これはSHH阻害剤の各々を使用して発生させたオルガノイドにおいて見られた。比較すると、不完全又は部分的な再構成を示すより半透明が少ない上皮が、非特許文献1に記載の方法を使用して発生させたオルガノイドにおいて見られた。凝集体表面を通る感覚有毛細胞上皮が、各SHH阻害剤を使用して発生させたオルガノイドにおいて見られた。これらの結果は、SHHシグナル伝達の阻害が前プラコード外胚葉由来の内耳有毛細胞の数を増加させることができるということを示唆している。
【実施例17】
【0200】
実施例17:シングルセルRNA配列決定によるヒトiPSC由来の内耳オルガノイドに対する細胞運命の分析
RNASeqトランスクリプトーム解析において有毛細胞マーカー遺伝子を検証するために、内耳オルガノイドにおける定量的TaqMan(登録商標)リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(qRT-PCR)を行って、有毛細胞遺伝子発現のレベルを特定した。
図15は、シングルセルRNA配列決定トランスクリプトーム解析による、60日目におけるヒトiPSC由来の内耳オルガノイドに対する感覚有毛細胞特異的遺伝子発現解析を例示している。
図16は、TaqMan(登録商標)qRT-PCR解析による、20日目の内耳オルガノイドにおける耳上皮特異的遺伝子発現、及び60日目の内耳オルガノイドにおける内耳感覚細胞特異的遺伝子発現を例示している。MyoVIの存在は、内耳有毛細胞の分化を表している。シングルセルRNA配列決定解析によって、GANT58を使用して発生させたオルガノイドでは~91.88%、CYCを使用して発生させたオルガノイドでは~74.48%、及び非特許文献1に記載の方法を使用して発生させたオルガノイドでは~57.88%に等しい有毛細胞及び神経細胞マーカーを特定した。従って、
図15及び16におけるRNA配列決定及びTaqMan(登録商標)qRT-PCRの両方の結果が、非特許文献1に記載の方法を使用して発生させたオルガノイドと比較して、CYC、GANT58、及びGANT61を使用して発生させたオルガノイドではより多くの内耳有毛細胞の分化があったことを示している。従って、結果は、SHHシグナル伝達の阻害が、前プラコード外胚葉由来の内耳有毛細胞及び神経細胞の数を増加させることができるということを示している。
【0201】
遺伝子のジーンオントロジー機能エンリッチメント解析を、偽発見率補正を有するプログラムGiToolsを使用して実行した。結果が
図16において示されている。
【実施例18】
【0202】
実施例18:33~60日目における内耳オルガノイドの感覚有毛細胞の発生
33~60日目における内耳オルガノイドの感覚有毛細胞の発生を特定するために、オルガノイドにおけるMyoVIIa及びTuj1の発現を、共焦点顕微鏡を使用することによって観察した。結果が
図17において提示されており、(a)シクロパミンを用いた実施例1の方法(実施例2)、並びに(b)GANT58を用いた実施例1の方法(実施例3)及びGANT61を用いた実施例1の方法(実施例4)を使用して発生させたオルガノイドを比較している。
図17は、両方のSHH阻害剤を使用して発生させたオルガノイドにおいて感覚有毛細胞及び支持細胞が存在したことを示している。不透明な外側の細胞集団は完全な再構成を示しており、これはSHH阻害剤の各々を使用して発生させたオルガノイドにおいて見られた。凝集体表面を通る感覚有毛細胞上皮が、各SHH阻害剤を使用して発生させたオルガノイドにおいて見られた。これらの結果は、SHHシグナル伝達の阻害が前プラコード外胚葉由来の内耳有毛細胞の数を増加させることができるということを示唆している。
【0203】
33~60日目における内耳オルガノイドの感覚有毛細胞の発生を特定するために、オルガノイドにおけるSOX2及びTuj1の発現を、共焦点顕微鏡を使用することによって観察した。結果が
図18において提示されており、(a)シクロパミンを用いた実施例1の方法(実施例2)、並びに(b)GANT58を用いた実施例1の方法(実施例3)及びGANT61を用いた実施例1の方法(実施例4)を使用して発生させたオルガノイドを比較している。
図18は、両方のSHH阻害剤を使用して発生させたオルガノイドにおいて支持細胞及び神経細胞が存在したことを示している。
【国際調査報告】