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特表2023-548146腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法
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  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図1A
  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図1B
  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図2
  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図3
  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図4
  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図5
  • 特表-腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法 図6
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-11-15
(54)【発明の名称】腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクス組成物および方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/747 20150101AFI20231108BHJP
   A61K 35/741 20150101ALI20231108BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20231108BHJP
【FI】
A61K35/747
A61K35/741
A61P1/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023526236
(86)(22)【出願日】2021-10-29
(85)【翻訳文提出日】2023-06-28
(86)【国際出願番号】 SG2021050662
(87)【国際公開番号】W WO2022093128
(87)【国際公開日】2022-05-05
(31)【優先権主張番号】10202010833R
(32)【優先日】2020-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SG
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】507335687
【氏名又は名称】ナショナル ユニヴァーシティー オブ シンガポール
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】チャン,マシュー ウク
(72)【発明者】
【氏名】チュア,クーン ジュー
(72)【発明者】
【氏名】リン,フア
(72)【発明者】
【氏名】ファン,イニョン
【テーマコード(参考)】
4C087
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC34
4C087BC56
4C087BC61
4C087CA09
4C087CA10
4C087MA02
4C087MA16
4C087MA35
4C087MA37
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZA66
4C087ZC54
(57)【要約】
本発明は、対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスの予防用または治療用に製剤化された組成物であって、2種以上の細菌株を含むか、2種以上の細菌株からなる組成物に関する。より具体的には、本発明の組成物は、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)MM2-3、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)WCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)B of Rおよび大腸菌Nissle 1917のうちの2種以上を含む。さらに、本発明は、炎症性腸疾患(IBD)や熱ストレスなどの状態を治療するための、本発明の使用を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスの予防用または治療用に製剤化された組成物であって、該組成物が、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)MM2-3、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)WCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)B of Rおよび大腸菌Nissle 1917のうちの2種以上を含むか、これらのうちの2種以上からなる、組成物。
【請求項2】
ラクトバチルス・ロイテリMM2-3、ラクトバチルス・プランタルムWCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルスB of Rおよび大腸菌Nissle 1917を含むか、これらからなる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記熱ストレスが、前記対象の身体活動に少なくとも部分的に起因するものである、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記対象において熱ストレスにより誘発される腸管透過性亢進の予防用または治療用に製剤化されている、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
各細菌株を約108コロニー形成単位(CFU)の用量で含む、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
前記対象がヒトである、請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
ゼラチンカプセル剤、圧縮錠剤、ジェルカプセル剤、液体飲料または分包剤の形態である、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
治療または予防を必要とする対象に、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物の有効量を投与することを含む、治療または予防する方法。
【請求項9】
前記対象が、腸管バリア機能障害および/または熱ストレスを有しているか、腸管バリア機能障害および/または熱ストレスを発症する可能性が高い、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
1日あたり、少なくとも108~1011CFUを含む組成物を前記対象に投与する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
各細菌株を少なくとも108CFUずつ、好ましくは各細菌株を少なくとも5×109CFUずつ含む組成物を前記対象に投与する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記組成物により、腸管バリア機能障害が改善すること、および/または前記組成物により、深部体温が低下し、走力が向上することを特徴とする、請求項8~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記対象がヒトである、請求項8~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスに関連する状態を治療または改善する方法において使用するための、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
対象における腸管バリア機能障害または熱ストレスの治療用または予防用の医薬品の製造のための、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物の使用。
【請求項16】
前記治療が、熱ストレスにより誘発された腸管透過性亢進の治療である、請求項15に記載の使用。
【請求項17】
前記医薬品により、前記対象の腸管バリア機能障害が改善すること、または前記医薬品により、前記対象の深部体温が低下し、走力が向上することを特徴とする、請求項15または16に記載の使用。
【請求項18】
前記医薬品が、ヒト用の医薬品である、請求項15~17のいずれか1項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスの予防用または治療用に製剤化された組成物であって、2種以上の細菌株を含むか、2種以上の細菌株からなる組成物に関する。より具体的には、本発明の組成物は、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)MM2-3、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)WCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)B of Rおよび大腸菌Nissle 1917のうちの2種以上を含む。さらに、本発明は、炎症性腸疾患(IBD)や熱ストレスなどの状態を治療するための、本発明の使用を含む。
【背景技術】
【0002】
プロバイオティクスは、十分な量で投与した場合に宿主に有益な効果をもたらす生きた微生物である。長期に及ぶ熱ストレスは、「リーキーガット」と呼ばれる症状を引き起こし、腸管内腔から血流に入り込む分子が大量に増えて、様々な健康問題を引き起こす。また、極度の熱ストレスは死亡を引き起こす。
【0003】
長時間の身体活動は、急性期タンパク質の発現の増加やホルモン放出の変化によって、全身にいくつかの重篤な変化をもたらし、筋損傷や腸管透過性亢進を引き起こすことがあり、全身炎症が起こることもある[Clark, A. and Mach, N., J Int Soc Sports Nutr 13: 43 (2016)]。特に、高温高湿下で屋外のトレーニングを行う兵士やスポーツ選手では、熱ストレスによる損傷のリスクが強調されることが多い。熱ストレスにより腸上皮が弱くなり、腸管内の細菌毒素が無菌の血流に入り込んで、重度の熱中症関連症状を引き起こし、ひいては死に至ることもある[Moran, A. P., Prendergast, M. M. & Appelmelk, B. J. FEMS Immunol Med Microbiol 16: 105-115 (1996)]。
【0004】
プロバイオティクスは様々な用途に使用できることが知られている[Cheng, F. S., et al., World J Clin Cases 8: 1361-1384 (2020); Cinque, B. et al., PLoS One 11: e0163216, doi:10.1371/journal.pone.0163216 (2016); Kumar, M., et al., Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 312: G34-G45, doi:10.1152/ajpgi.00298.2016 (2017); Shing, C. M. et al., Eur J Appl Physiol 114: 93-103, doi:10.1007/s00421-013-2748-y (2014)]。
【0005】
熱ストレスによる腸管バリア機能障害および/または身体能力に関連する問題を予防、改善または治療することができる改良されたプロバイオティクスが必要とされている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、熱ストレスによる腸管バリア機能障害および/または身体能力に関連する問題を有する個体の健康状態を改善する新規なプロバイオティクスカクテルに関する。本発明者らは、本研究において、熱ストレス下の腸管バリア機能と身体能力を改善するプロバイオティクスカクテルを製剤化した。本発明者らは、まず、様々なプロバイオティクス株の評価を行い、特定のプロバイオティクス株が腸上皮内面を強化することを確認した。次に、最も良好な性能を示した4種の細胞株、すなわち、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)MM2-3、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)WCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)B of Rおよび大腸菌Nissle 1917を用いて、プロバイオティクスカクテルを調製した。この4種の細胞株からなるプロバイオティクスカクテルは、動物モデルの腸管透過性を低下させ、タイトジャンクションタンパク質の発現を促進し、身体能力を向上させたことから、熱ストレスに対して保護効果を有することが示された。各細胞株を単独で使用した場合と比べて最大5.5倍の保護効果が認められた。本発明のプロバイオティクスカクテルを用いることによって、腸管バリア機能障害または熱ストレスに起因する健康問題に対処することができ、かつ熱ストレス下の身体能力を向上させることができる。
【0007】
第1の態様において、本発明は、対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスの予防用または治療用に製剤化された組成物であって、該組成物が、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)MM2-3、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)WCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)B of Rおよび大腸菌Nissle 1917のうちの2種以上を含むか、これらのうちの2種以上からなることを特徴とする組成物を提供する。
【0008】
いくつかの実施形態において、前記組成物は、ラクトバチルス・ロイテリMM2-3、ラクトバチルス・プランタルムWCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルスB of Rおよび大腸菌Nissle 1917を含むか、これらからなる。
【0009】
いくつかの実施形態において、前記熱ストレスは、前記対象の身体活動に少なくとも部分的に起因するものである。
【0010】
いくつかの実施形態において、前記組成物は、前記対象における腸管バリア機能障害および/または前記対象において熱ストレスにより誘発される腸管透過性亢進の予防用または治療用に製剤化されている。
【0011】
いくつかの実施形態において、前記組成物は、各細菌株を約108コロニー形成単位(CFU)の用量で含む。
【0012】
いくつかの実施形態において、前記対象はヒトである。
【0013】
いくつかの実施形態において、前記組成物は、ゼラチンカプセル剤、圧縮錠剤、ジェルカプセル剤、液体飲料または分包剤の形態である。
【0014】
第2の態様において、本発明は、治療または予防を必要とする対象に、第1の態様に記載の組成物の有効量を投与することを含む、治療または予防する方法を提供する。
【0015】
いくつかの実施形態において、前記対象は、腸管バリア機能障害および/または熱ストレスを有しているか、腸管バリア機能障害および/または熱ストレスを発症する可能性が高い。
【0016】
いくつかの実施形態において、1日あたり、少なくとも108~1011CFU(コロニー形成単位)を含む組成物を前記対象に投与する。
【0017】
いくつかの実施形態において、各細菌株を少なくとも108CFU(コロニー形成単位)ずつ、好ましくは各細菌株を少なくとも5×109CFU(コロニー形成単位)ずつ含む組成物を前記対象に投与する。
【0018】
いくつかの実施形態において、前記組成物により、深部体温が低下し、走力が向上する。本明細書に示すように、ラクトバチルス・ロイテリMM2-3、ラクトバチルス・プランタルムWCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルスB of Rおよび大腸菌Nissle 1917を含む組成物により、動物の走行時間を未処置群と比べて約1.5倍延長することができた。さらに、この組成物により、走行運動中の動物の深部体温を約1℃低下させることができた。
【0019】
いくつかの実施形態において、前記組成物は、腸上皮層の透過性を低下させることができる。本明細書に示すように、ラクトバチルス・ロイテリMM2-3、ラクトバチルス・プランタルムWCSF1、ストレプトコッカス・サーモフィルスB of Rおよび大腸菌Nissle 1917を含む組成物により、炎症性腸疾患モデルにおいて、炎症を起こした腸上皮層の透過性を未処置群と比べて低下させることができる。
【0020】
いくつかの実施形態において、前記対象はヒトである。
【0021】
第3の態様において、本発明は、対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスに関連する状態を治療または改善する方法において使用するための、第1の態様に記載の組成物を提供する。
【0022】
第4の態様において、本発明は、対象における腸管バリア機能障害および/または熱ストレスの治療用または予防用の医薬品の製造のための、第1の態様に記載の組成物の使用を提供する。
【0023】
いくつかの実施形態において、前記治療は、熱ストレスにより誘発された腸管透過性亢進の治療である。
【0024】
いくつかの実施形態において、前記医薬品により、前記対象の深部体温が低下し、走力が向上する。
【0025】
いくつかの実施形態において、前記医薬品はヒト用の医薬品である。
【0026】
本発明の概要を述べてきたが、説明を目的として記載された以下の実施例を参照することによって、本発明をさらに容易に理解することができるであろう。なお、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】単一のプロバイオティクス株(A)またはプロバイオティクスカクテル(B)と共培養したCaco-2細胞におけるタイトジャンクションタンパク質ZO-1の発現量を、熱ストレス下で分析した結果を示す。ウエスタンブロットを行って、ZO-1の発現量(fold change)を分析し、ハウスキーピングタンパク質であるβ-アクチンタンパク質に対して補正した。プロバイオティクス株を加えていないZO-1の発現量を1とした。このアッセイでは、L.ロイテリMM2-3、L.プランタルムWCSF1、S.サーモフィルスおよび大腸菌Nissle 1917 Edaを同じ細菌数(CFU/mL)で含む107CFU/mLの4株カクテルを使用した。
【0028】
図2】動物モデルの深部体温(A)と走行時間の長さ(B)を示す。各群の個々の動物を「X」で示し、対照群を左側に示し、処置群を右側に示す。プロバイオティクスカクテルで処置した動物(右)は、未処置動物(青色)よりも深部体温の平均値が低く、運動時間が長かった(p<0.05)。
【0029】
図3】プロバイオティクスカクテル(オレンジ色)を投与した動物と未処置の動物(青色)に走行運動実験を行った後の血清中のFITC-デキストラン濃度の測定結果を示す。各群の個々の動物を「X」で示す。走行運動実験の実施後、未処置の動物では、プロバイオティクスカクテルを投与した動物と比べて、血清FITC-デキストラン濃度の有意な増加が観察されたことから、この未処置の陰性対照動物において腸管透過性が亢進したことが示された(p<0.01)。
【0030】
図4】プロバイオティクスカクテルで処置した動物またはPBSで処置した動物に走行運動実験を行った後に採取した結腸直腸組織の免疫蛍光染色を示す。タイトジャンクションタンパク質であるオクルディン(矢印で示す)とZO-1(赤色)を蛍光プローブ標識抗体で検出し、核(青色)はDAPIで染色した。蛍光顕微鏡で蛍光を観察した。
【0031】
図5】H&E染色による大腸組織の炎症の組織学的評価を示す。11日目に大腸組織を採取し、染色して顕微鏡で観察した。対照にはDSSを投与しなかった。
【0032】
図6】炎症を誘発したCaco-2細胞の上皮層をナイーブCD4+T細胞と共培養した場合の透過性を示したグラフを示す。本発明のプロバイオティクスまたは市販のプロバイオティクスで処理した後に、頂部側コンパートメントから基底部側コンパートメントに移動したFD10の濃度を測定した。有意差(P<0.05、t検定)はアスタリスクで示した。エラーバーは、2つの独立した実験の標準偏差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0033】
用語の定義
便宜上、本明細書、実施例および添付の請求項において使用されている特定の用語を以下にまとめた。
【0034】
本明細書および添付の請求項において使用されているように、単数形の「a」、「an」および「the」は、別段の明確な定めがない限り、複数のものを含む。
【0035】
本明細書において、「含む(comprising)」または「含む(including)」という用語は、これらの用語によって示される本明細書に記載の特徴、構成要素、工程または成分の存在を特定するものであると解釈されるが、1つ以上の別の特徴、構成要素、工程もしくは成分またはこれらの群の存在または付加を除外するものではない。また、本開示の文脈において、「含む(comprising)」または「含む(including)」という用語は、「からなる(consisting of)」という意味も包含する。したがって、「comprise」や「comprises」などの「含む(comprising)」という用語のバリエーション、および「include」や「includes」などの「含む(including)」という用語のバリエーションも同様に様々な意味を有する。
【0036】
本明細書において、細菌の「株」は、増殖または増加した場合に遺伝的に変化しない細菌を指す。
【0037】
簡便に参照できるように、本明細書に記載の参考文献を一覧にして、実施例の後ろに付記している。これらの参考文献はいずれもその内容全体が引用により本明細書に援用されるが、本明細書においてこれらの文献に関する言及がなされたとしても、これらの文献が技術常識の一部を構成することは示唆されない。
【実施例
【0038】
本明細書において具体的に説明していない当技術分野で公知の標準的な分子生物学的技術は、概して、Green and Sambrook, Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Springs Harbor Laboratory, New York (2012)の記載に従って行った。
【0039】
実施例1
材料と方法
プロバイオティクス株
様々なプロバイオティクス株(表1)を約16時間培養した後、ヒト結腸直腸細胞(Caco-2)と共培養するか、またはマウスに経口投与した。簡潔に述べると、プロバイオティクス培養物を、滅菌1×PBSで短時間洗浄し、遠心分離(4000rpm、4分間)を3回行い、分光光度計を用いてOD600を測定した。次に、各プロバイオティクス株のコロニー形成単位(CFU)を算出し、滅菌1×PBSで希釈して所望のCFUに調整した。インビトロの共培養研究では、104CFU/mL、105CFU/mLまたは106CFU/mLに調整した各プロバイオティクス株を使用した。マウスへの経口投与では、L.ロイテリMM2-3、L.プランタルムWCSF1、S.サーモフィルスおよび大腸菌Nissle 1917を5×108CFU/mLずつ混合して、プロバイオティクスカクテルを調製した。
【0040】
【表1】
【0041】
Caco-2細胞とプロバイオティクス株の共培養
Caco-2細胞は、湿潤環境下(37℃、5%CO2、95%空気)において、15%FBSおよび0.1%v/v抗生物質(ペニシリン/ストレプトマイシン)を添加したDMEM(ライフテクノロジーズ)中で維持した。Caco-2細胞とプロバイオティクス株の共培養は、抗生物質を添加していない15%FBS(BioWest)含有DMEM中で行い、湿潤環境下(41℃、5%CO2、95%空気)で24時間培養した後、Caco-2細胞を回収してタンパク質を抽出した。
【0042】
ウエスタンブロット分析
Caco-2細胞と各プロバイオティクス株を24時間共培養した後、細胞培養上清を除去し、1×PBSでCaco-2細胞を穏やかに洗浄した。氷冷1%Triton-X細胞溶解バッファー100μL(150mM NaCl、1%Triton-X、50mM Tris、pH8.0)を各試料に加えて、氷上で細胞を溶解した。溶解物を12000rpm、4℃で15分間遠心分離した。上清を回収し、沸騰してから、10%SDS-PAGEゲル上で分析した。次に、SDS-PAGEゲルから0.4μmのPVDF膜に転写し、抗zona occludens 1(抗ZO1)抗体(ライフテクノロジーズ)でタンパク質のバンドを検出した。
【0043】
前臨床動物実験
BALB/cマウス(雄性、8~9週齢、21~25g、In Vivos)を少なくとも3日間馴化させ、リアルタイム遠隔体温自動記録装置「Anipill」(Data Sciences International)を皮下移植した。また、実際の深部体温を比較するため、この体温自動記録装置を5匹のマウスに腹腔内移植した。記録された皮下体温の平均値と腹腔内体温の平均値の差を、これ以降に測定したすべてのマウスの皮下体温の測定値に加えた。外科手術後、少なくとも14日間にわたりマウスを回復させた。次に、過去に報告されているマウストレッドミル疲労試験[Dougherty, J. P. et al. Journal of Visualized Experiments: JoVE, doi:10.3791/54052 (2016)]に準じたトレッドミル訓練を5日間連続して行った。次に、マウスをさらに3日間を休ませ、相対湿度(RH)60~80%および32℃に設定した環境室において、実際のトレッドミル走行実験を行った。
【0044】
走行実験の約18時間前に、マウス群に滅菌PBSを強制経口投与し、別のマウス群には、109CFU/匹のプロバイオティクスカクテルを強制経口投与した。次に、走行実験を行う前にマウスを3時間絶食させ、走行実験の1時間前に、4kDaのFITC-デキストラン(シグマ アルドリッチ)を強制経口投与した。走行実験では、記録された体温が41℃に達した場合、またはマウスがトレッドミルの端で少なくとも5秒間休憩した場合、またはマウスが40分間走行した場合に、マウスをトレッドミルから降ろした。これらの条件は最初に認められたものを採用した。走行実験の終了直後にすべてのマウスを屠殺した。体躯と大腸から血液を採取して、血清分析アッセイと組織学的染色アッセイを行った。
【0045】
8~15日目に2%デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)でマウスを処置した。大腸組織を採取して、ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色により炎症の組織学的評価を行った。マウスを用いた実験操作は、いずれも動物実験委員会(IACUC)による承認を受けたものであった(参照番号:R19-0435および2020/SHS/1614)。
【0046】
血清分析
各マウスから得た血液試料はいずれも、採取直後に氷冷した抗凝固剤(30%v/v)を加えた。チューブを緩やかに数回転倒混和して、血液試料と抗凝固剤を混合し、2000rpm、4℃で30分間遠心分離した。次に、血清を注意深く回収し、励起波長475nmおよび発光波長515nmとしたマイクロプレートリーダー(BioTek)を使用して、血清10μlを用いてFITC-デキストランの分析を行った。
【0047】
組織学的分析および共焦点顕微鏡法
各マウスから大腸を摘出し、きれいになるまで滅菌1×PBSで数回洗浄した。次に、各試料を注意深くロール状に巻き、スクロースを添加した氷冷4%パラホルムアルデヒド(PFA)に入れ、ローテーターで攪拌しながら4℃で一晩固定した。翌日、各試料を30%スクロースで少なくとも12時間洗浄した。洗浄した切片を注意深く取り出し、最適な薄切温度のコンパウンド(OCT)に包埋し、クリオスタットを用いた薄切の準備ができるまで-80℃で保存した。凍結大腸試料を7μmの厚さに薄切し、清潔な顕微鏡用スライドに乗せた。切片の周囲の過剰なOCTコンパウンドを室温で融解させて蒸発させた。各試料を0.1%BSAで30分間ブロッキングし、抗オクルディン抗体(ライフテクノロジーズ)および抗ZO1抗体と4℃で一晩インキュベートした。翌日、各試料を蛍光プローブ標識二次抗体(Cell Signaling)と室温で1時間インキュベートし、核染色試薬DAPI(NucBlueTM Fixed Cell ReadyProbesTM試薬、LifeTech)で3分間染色し、清潔なカバーガラスをかぶせた。各インキュベーション工程の間ならびに核染色の前およびその後に、0.1%TBSTで各試料を穏やかに洗浄した。Prolong Gold退色防止用封入剤(LifeTech)を用いて、各試料の蛍光の退色を防いだ。
【0048】
実施例2
プロバイオティクス株との共培養によるCaco-2細胞におけるタイトジャンクションタンパク質の発現の増加
コンフルエントまで増殖させたCaco-2細胞を、前記プロバイオティクス株と41℃で24時間共培養して、熱ストレス状態を模擬した。次に、ウエスタンブロットを行って、プロバイオティクス株と共培養した細胞培養物またはプロバイオティクスと共培養していない細胞培養物におけるタイトジャンクションタンパク質ZO-1の差次的発現を検出した。ZO-1は、上皮細胞同士を繋ぐ様々なタイトジャンクションの形成に関与する足場タンパク質である[Fanning, A. S. et al., J Biol Chem 273: 29745-29753 (1998)]。いくつかの研究では、ZO-1タンパク質の発現が、温度と時間に左右されることが示されている[Dokladny, K. et al.,Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 290: g204-212 (2006); He, S. et al. PLoS One 11: e0145236 (2016)]。図1Aは、熱ストレス条件下(41℃で24時間)において、2種の濃度または3種の濃度の、L.ロイテリMM2-3、L.プランタルムWCSF1、S.サーモフィルスおよび大腸菌Nissle 1917 Edaの4種のプロバイオティクス株のそれぞれによってZO-1の発現量が1.3~4.8倍増加したことを示す。さらに、図1Bは、L.ロイテリMM2-3、L.プランタルムWCSF1、S.サーモフィルスおよび大腸菌Nissle 1917 Edaの4種のプロバイオティクス株をすべて含む4株カクテルによって、ZO-1の発現量が7倍以上増加したことを示し、これは、個々のプロバイオティクス株との共培養で観察されたZO-1の発現量の増加の1.5~5.5倍であった。
【0049】
実施例3
プロバイオティクスカクテルを用いた、動物モデルの熱ストレス誘発性腸管透過性亢進の改善
次に、動物モデルにおいて、4株のカクテルの保護効果を確認した。この確認を行うため、L.ロイテリMM2-3、L.プランタルムWCSF1、S.サーモフィルスおよび大腸菌Nissle 1917の4種のプロバイオティクス株を5×108CFUずつ混合し、得られたカクテルをマウスに投与して、高温高湿環境(32℃、RH60~80%)でマウスの走行運動実験を行った。この試験では、主要な持久力マーカーとして、深部体温と走行時間の長さを使用した。図2は、プロバイオティクスカクテルで処置したマウスの深部体温が約1℃低くなり、走行時間が1.5倍延長したことを示す。さらに、プロバイオティクスカクテルで処置したマウスの深部体温がピークに達するまでに要した時間は、PBSで処置した対照よりも6分延長したことも見出された。これらの結果から、本発明のプロバイオティクスカクテルを用いた処置によって、PBSで処置した対照と比べて、熱ストレス下でのマウスの身体能力が向上したことが明らかになった。
【0050】
さらに、4株のプロバイオティクスカクテルの腸上皮透過性に対する効果を調べた。「リーキーガット」症候群は、腸上皮内面が障害を受けて、腸から血流への分子および毒素の流出が増えることによって起こる。深部体温が上昇すると、腸上皮の統合性が障害を受けて、「リーキーガット」症候群が起こることがある[Yang, P. C., et al., J Gasl Hepatol 22: 1823-18311111(2007)]。本試験では、走行運動実験を行う1時間前に、蛍光プローブで標識した低分子としてFITC-デキストランを強制経口投与し、走行実験の実施後に採取した血清中のFITC-デキストランの濃度を測定した。腸上皮が障害を受けると、血清中のFITC-デキストラン濃度の上昇が検出される。図3に示すように、プロバイオティクスカクテルで処置したマウスの血清FITC-デキストラン濃度は、PBSで処置したマウスの2分の1になった。この結果から、プロバイオティクスカクテルを投与したマウスの腸管透過性が低下したことが示された。さらに、図4に示すように、プロバイオティクスカクテルで処置したマウスの腸管粘膜上皮において、タイトジャンクションタンパク質であるオクルディンとZO-1の発現量が増加したことから、熱ストレスにより障害を受けた腸管のタイトジャンクションが、PBSで処置したマウスと比べて改善したことが示唆された。
【0051】
本発明のプロバイオティクスカクテルの機能性をさらに検証するため、炎症性腸疾患(IBD)のインビボモデルを確立した。DSSで処置したマウスにおいて、腸管の長さが短縮し、大腸組織に潰瘍が発生し、大腸組織の腸陰窩細胞が減少したことが認められたことから、DSSによる処置により炎症が誘発されたことが示唆された(図5)。
【0052】
実施例4
炎症を誘発したインビトロ炎症性腸疾患(IBD)モデルにおけるプロバイオティクスカクテルによる上皮層透過性の低下
炎症性腸疾患(IBD)のインビトロモデルにおいて、本発明のプロバイオティクス組成物が、炎症性腸疾患(IBD)などの腸管バリア機能障害疾患を治療できるかどうかを試験した。
【0053】
簡潔に述べると、Caco-2細胞を5×104個/cm2の密度でトランスウェルに播種し、約2週間かけて極性を誘導した。約12日間の極性誘導後に経上皮電気抵抗(TEER)を測定し、経上皮電気抵抗値が800~1000Ω/cm2であった場合に、極性細胞を次のアッセイに使用可能と判断した。ナイーブCD4+T細胞を解凍し、hIL-2(600U/mL)を添加したImmunoCultTM XF培地(StemCell Technologies)中で約3日間維持してから、極性化したCaco-2細胞と共培養した。頂部側コンパートメント(Caco-2細胞)に、炎症カクテル(インターロイキン1β(rhIL-1β、25ng/ml)、腫瘍壊死因子α(rhTNF-α、50ng/ml)、インターフェロンγ(rhIFN-γ、50ng/ml)およびリポ多糖類(LPS、1μg/ml))を加え、基底部側コンパートメントでT細胞を培養することによって、Caco-2細胞とT細胞の共培養物において炎症を誘発した。炎症の誘発を36時間行った後、炎症の誘発を行ったトランスウェルに各処理を行った。
【0054】
107CFU/mLのプロバイオティクスで10時間処理した。図に示した各処理の終了時に、頂部側コンパートメントと基底部側コンパートメントから上清を除去し、新鮮な細胞培養培地で1μg/mLの濃度に希釈した10kDa FITC-デキストラン(FD10)を頂部側コンパートメントに添加した。基底部側コンパートメントには滅菌1×PBSを添加した。この培養物を、湿潤条件の5%CO2雰囲気下において37℃で1時間インキュベートし、頂部側コンパートメントと基底部側コンパートメントから上清100μLを採取した。励起波長485nmおよび発光波長525nmとしたSynergy H1マイクロプレートリーダー(BioTek)で蛍光強度を測定した。
【0055】
実験の結果、本発明のプロバイオティクスカクテルで処理することによって、基底部側コンパートメント中のFD10濃度が有意に8.1%低下したことが示されたことから、処理を行わなかった対照と比べて透過性が低下したことが示唆された(図6)。比較実験として、市販のプロバイオティクスであるVSL#3(別名:Vivomixx)を用いて細胞を処理したところ、基底部側コンパートメント中のFD10濃度が4.5%高くなった。以上の結果から、本発明のプロバイオティクスカクテルは、インビトロIBDモデルの炎症を誘発した上皮層に対して保護効果を示し、この保護効果は、VSL#3よりも有利であることが分かった。
【0056】
まとめ
本発明のプロバイオティクス株によって、タイトジャンクションタンパク質であるZO-1の発現が増加することが確認できた。ZO-1の発現を増加させることが確認できた細菌株を用いて、4種の細胞株からなる新規なプロバイオティクスカクテルを開発し、動物モデルにおいて、腸管バリア機能障害および熱ストレスに対するプロバイオティクスカクテルの保護効果を確認することができた。この4株のカクテル(L.ロイテリMM2-3、L.プランタルムWCSF1、S.サーモフィルスB of Rおよび大腸菌Nissle 1917)は、新規なものであり、タイトジャンクションタンパク質の発現を促進させることができることから、高温高湿の環境下において、腸管透過性を低下させ、身体能力を向上させることができる(具体的には、深部体温を低下させ、走行時間を延長させることができる)。本発明のプロバイオティクスカクテルを用いることによって、腸管バリア機能障害または熱ストレスに起因する健康問題に対処することができ、かつ熱ストレス下の身体能力を向上させることができる。
【0057】
参考文献
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図1A
図1B
図2
図3
図4
図5
図6
【国際調査報告】