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特表2023-549384多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物
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  • 特表-多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-11-24
(54)【発明の名称】多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20231116BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20231116BHJP
   C09K 9/02 20060101ALI20231116BHJP
【FI】
G01N21/64 E
G01N21/64 F
C09K11/06
C09K11/06 620
C09K9/02 B
C09K9/02 C
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023528492
(86)(22)【出願日】2021-11-12
(85)【翻訳文提出日】2023-07-06
(86)【国際出願番号】 SE2021051135
(87)【国際公開番号】W WO2022108505
(87)【国際公開日】2022-05-27
(31)【優先権主張番号】2051344-6
(32)【優先日】2020-11-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523173416
【氏名又は名称】ヨアキム アンドレアソン
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100208225
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 修二郎
(74)【代理人】
【識別番号】100217179
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 智史
(72)【発明者】
【氏名】ヨアキム アンドレアソン
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043BA16
2G043CA04
2G043DA02
2G043EA01
2G043FA02
2G043FA06
2G043KA01
2G043LA03
(57)【要約】
本開示は、概して、多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物に関する。この分子構築物は、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)及び第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)を有し、第1の有色異性体形態(C)から第2の無色異性体形態(CL)に可逆的に変化し得るフォトクロミック分子に連結した2光子吸収プローブ(2PAP)を含む。第1の有色形態(C)は、2光子吸収プローブ(2PAP)による2つの光子の吸収によって、第2の無色異性体形態(CL)に異性化されることができる。本開示は、この分子構築物を利用して多光子顕微鏡でターゲット構造体を分析する方法にも関する。さらに、本開示は、この分子構築物でタグ付けされた抗体、及びターゲット構造体をイメージングするための分子構築物の使用に関する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物であって、前記分子構築物は、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)及び第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)を有し、前記分子構築物は、
- フォトクロミック分子と、
- 前記フォトクロミック分子に連結した2光子吸収プローブ(2PAP)、
を含み、
前記フォトクロミック分子は、第1の有色異性体形態(C)から第2の無色異性体形態(CL)に可逆的に変化することができ、
前記第1の有色形態(C)は、前記2光子吸収プローブ(2PAP)による2つの光子の吸収によって、前記第2の無色異性体形態(CL)に異性化されることができ、
前記第1の有色異性体形態(C)の吸収スペクトルは、前記2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルと重なり、前記第2の無色異性体形態(CL)の吸収スペクトルは、前記2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルと重ならない、分子構築物。
【請求項2】
前記2光子吸収プローブ(2PAP)が、前記分子構築物のFRET効率が少なくとも90%であるように前記フォトクロミック分子に連結されている、請求項1に記載の分子構築物。
【請求項3】
前記第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)が、前記分子構築物の熱力学的に安定な形態である、請求項1又は2に記載の分子構築物。
【請求項4】
前記フォトクロミック分子の前記第2の無色異性体形態(CL)は、熱異性化によって前記第1の有色異性体形態(C)に異性化されることができる、請求項1~3のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項5】
前記第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)から前記第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)への異性化速度が、前記第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)から前記第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)への異性化速度よりも速い、請求項1~4のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項6】
前記第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)から前記第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)への異性化速度が、前記第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)から前記第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)への異性化速度より少なくとも2倍速い、好ましくは少なくとも10倍速い、より好ましくは少なくとも50倍速い、請求項5に記載の分子構築物。
【請求項7】
前記2光子吸収プローブ(2PAP)が、少なくとも700nmの波長の光、好ましくは700nm~900nmの範囲内の波長の光を吸収する、請求項1~6のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項8】
前記2光子吸収プローブ(2PAP)が、少なくとも10%、好ましくは少なくとも30%、より好ましくは少なくとも50%の蛍光量子収率を有する、請求項1~7のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項9】
前記第1の有色異性体形態(C)の吸収スペクトルと前記2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルが、少なくとも1×1013nm-1cm-1のスペクトル重なり積分を有する、請求項1~8のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項10】
前記フォトクロミック分子が、室温で20秒未満、好ましくは10秒未満、より好ましくは1秒未満の熱半減期(t1/2)を有する、請求項1~9のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項11】
前記フォトクロミック分子が、350~800nm、好ましくは450~700nmの波長域内の光を吸収する、請求項1~10のいずれか一項に記載の分子構築物。
【請求項12】
以下のステップを含む、多光子顕微鏡で試料中のターゲット構造体を分析する方法:
a)請求項1~11のいずれか一項に記載の分子構築物をターゲット構造体とインキュベートし、蛍光標識されたターゲット構造体を提供すること、
b)前記蛍光標識されたターゲット構造体に、蛍光シグナルが生成されるように前記分子構築物による2光子吸収を可能にする波長域の光を照射すること、及び
c)前記蛍光シグナルを検出及び/又は測定すること。
【請求項13】
前記標識化されたターゲット構造体に、少なくとも700nmの波長を有する光を照射する、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
請求項1~11のいずれか一項に記載の分子構築物でタグ付けされた抗体。
【請求項15】
多光子顕微鏡でターゲット構造体をイメージングするための、請求項1~11のいずれか一項に記載の分子構築物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、概して、多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物(molecular construct)に関する。この分子構築物は、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)及び第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)を有し、第1の有色異性体形態(C)から第2の無色異性体形態(CL)に可逆的に変化し得るフォトクロミック分子に連結した2光子吸収プローブ(2PAP)を含む。第1の有色形態(C)は、2光子吸収プローブ(2PAP)による2つの光子の吸収によって、第2の無色異性体形態(CL)に異性化されることができる。本開示は、この分子構築物を利用して多光子顕微鏡でターゲット構造体を分析する方法にも関する。さらに、本開示は、この分子構築物でタグ付けされた抗体、及びターゲット構造体をイメージングするための分子構造体の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
多光子顕微鏡イメージングは、様々な構造体や生体試料の高度な高解像度の可視化を可能にする。かかるイメージングは、組織の形態及び生理を、組織の深部の細胞レベルで、生体内(in vivo)及び生体外(ex vivo)の両方で視覚化及び分析することを可能にする。
【0003】
最も一般的な多光子蛍光イメージング技術は、励起源として2つの近赤外光子を利用する2光子顕微鏡法である。2光子励起は、蛍光体、すなわち蛍光プローブが、2つの光子の同時吸収によって励起される蛍光プロセスである。
【0004】
2光子吸収プローブは、組織深部への透過性、効率的な光検出、光退色の低減を可能にし、この技術を、バイオイメージングや、病気の診断及びモニタリングなどの様々な用途に有用なものにしている。
【0005】
2光子励起は、非線形光学プロセスであり、放出光よりも長い波長の2つの光子による同時励起が必要である。2光子励起顕微鏡は、通常、蛍光色素を励起するために、例えばレーザーによって照射される近赤外線(NIR)励起光を利用する。1回の励起につき、NIR光の2つの光子が吸収される。このプロセスは2つの光子の同時吸収に依存するため、結果として生じる蛍光放出は、励起強度の2乗とともに変化する。
【0006】
このことは、2光子吸収プローブが多光子顕微鏡法に適用された場合、光の強度は焦点からの距離とともに二次的減少(quadratic decrease)を示し、このことは、2光子吸収プローブが発光して蛍光強度が1/z(zは焦点からの距離)として変化することを意味する。ここで、zは焦点からの距離である。3光子及び4光子吸収プローブを利用する多光子プロセスでは、蛍光強度は、それぞれ、1/z及び1/zとして変化し得る。
【0007】
従って、3光子及び4光子吸収プローブの使用により、画像化されるサンプルの空間分解能を著しく増加させることができる。しかしながら、多光子イメージング用途での3光子及び4光子吸収性プローブの使用は、典型的には、極端な光強度を必要とする。これは、3光子及び4光子がそれぞれプローブによって同時に吸収される確率が低いためであり、また、アクセスしにくい励起波長のためである。このため、多光子顕微鏡用途では、3光子及び4光子プローブの使用が制約される。
【0008】
2光子顕微鏡に使用される分子プローブにかかわらず、プロセスは常に光物理学の基本法則によって制約される。すなわち、発光強度は励起光の強度に二次的に依存し、1/z分解能をもたらす。これらの分子についての二次的依存性は2光子吸収のメカニズムに起因する。すなわち、光子エネルギーの合計が2光子許容電子遷移のエネルギーに対応するように2つの光子が分子によって吸収される。2つの光子が分子に同時に当たる必要があるため、個々の分子に関する光子吸収の確率(及び速度)は、光子フラックスに二次的に依存する。
【0009】
上記の課題に鑑み、2光子吸収プローブと3光子又は4光子吸収プローブに関連する利点を併せ持つ多光子顕微鏡用途用の改良型プローブを提供する必要がある。
【0010】
より具体的には、画像化される構造体又はサンプルの向上した空間分解能を提供することができる改良された2光子吸収プローブを提供する必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記の問題に鑑み、本開示の1つの目的は、多光子顕微鏡イメージングにおいて使用するための多光子プローブに関するいくつかの改善を提供することである。特に、改善された空間分解能を提供することができる2光子吸収プローブを提供する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示の第1の態様によれば、多光子蛍光顕微鏡イメージングのための分子構築物であって、当該分子構築物は、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)及び第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)を有し、ここで、当該分子構築物は、
- フォトクロミック分子と、
- フォトクロミック分子に連結した2光子吸収プローブ(2PAP)、
を含み、
フォトクロミック分子は、第1の有色異性体形態(C)から第2の無色異性体形態(CL)に可逆的に変化することができ、
第1の有色形態(C)は、2光子吸収プローブ(2PAP)による2つの光子の吸収によって、第2の無色異性体形態(CL)に異性化され、
第1の有色異性体形態(C)の吸収スペクトルは、2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルと重なり、第2の無色異性体形態(CL)の吸収スペクトルは、2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルと重ならない、分子構築物が提供される。
【0013】
本開示の分子構築物は、2光子吸収による励起に依存するが、2光子顕微鏡で使用される場合、4光子吸収プローブと同じ空間分解能を提供することができる。言い換えれば、本開示の分子構築物は、2光子吸収プローブの利点(比較的低い励起強度が必要であり、800nm付近の標準的なレーザー光源を顕微鏡実験に利用でき、励起光は組織への浸透深度が最大となる光学ウィンドウの中央にある)と4光子顕微鏡の利点(100nm以下などの著しく向上した空間分解能)を併せ持つ。
【0014】
本開示の分子構築物は、4光子顕微鏡により提供される空間分解能と同等の空間分解能を、4光子吸収を必要とせずに達成できるため、多光子顕微鏡における真のパラダイムシフトを可能にする。代わりに、2光子吸収プローブを利用することができ、標準的な2光子顕微鏡装置と、照射源としてレーザーを使用して、イメージングを実施することができる。
【0015】
これにより、例えば病気の診断及び評価又は他の臨床状況などの生物医学的な状況で顕微鏡法における応用の飛躍的な進歩が可能になる。
【0016】
多光子顕微鏡のほとんどのユーザーは、高次励起(3光子又は4光子吸収)が示す優れた解像度を享受できない。2光子顕微鏡用の分子プローブをいかに注意深く設計しても、実験は、光物理学の基本法則、すなわち、発光強度は励起光の強度に二次的に依存し、1/z分解能をもたらすという制約を常に受ける。これらの分子の二次的依存性は、2光子吸収のメカニズムに起因し、光子エネルギーの合計が2光子許容電子遷移のエネルギーに対応するように2つの光子が分子によって吸収される。2つの光子が分子に同時に当たる必要があるため、個々の分子についての光子吸収の確率(及び速度)は、光子フラックスに二次的に依存する。本開示の分子構築物は、この法則に従うと同時に、発光性化学種の濃度も励起光の強度に二次的に依存するように励起光に応答することによって、この制約を回避する革新的かつ前例のないアプローチを提示する。
【0017】
本開示の分子構築物は、フォトクロミック分子に連結された2光子吸収プローブ(2PAP)を含み、これは「分子光スイッチ」と呼ばれることもある。2光子吸収プローブ(2PAP)は、フォトクロミック分子に共有結合的に連結されていてもよい。
【0018】
フォトクロミック分子は、第1の有色異性体形態(C)及び第2の無色形態(CL)をとることができる。
【0019】
有色形態は、可視光(vis)によって1光子プロセスで無色形態に異性化されることができる。さらに、及び提案される設計の機能の中心である2光子吸収は、同プロセスを誘発する。
【0020】
第1の有色異性体形態(C)の吸収スペクトルは、2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルと重なり、その結果、第1の立体配置2PAP-Cでの2光子吸収プローブ(2PAP)からの発光は、FRET反応において有色の異性体形態(C)によって定量的に消光される。
【0021】
FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)は、2つの蛍光体の間の距離依存的な相互作用である。FRETでは、光源がドナー蛍光体を励起し、ドナー蛍光体は、光を放出せずにそのエネルギーをアクセプター蛍光体に伝達する。効率的なFRETプロセスが成し遂げられるには、ドナー蛍光体とアクセプター蛍光体が互いに接近している必要がある。さらに、ドナー蛍光体の発光スペクトルがアクセプターの吸収スペクトルと重なっている必要がある。
【0022】
FRET反応は、2PAP発光の消光をもたらすだけでなく、フォトクロミック分子の有色の異性体形態(C)の励起を増感することもある。有色の異性体(C)の運命は、それがどのように励起状態になったかに依存しないため、FRET増感異性化により、フォトクロミック分子の第2の無色異性体形態(CL)を得ることができる。しかしながら、第2の無色異性体形態(CL)の吸収スペクトルは、2PAPの発光スペクトルと重ならないため、FRETは起こらない。したがって、分子構築物のこの異性体形態(2PAP-CL)では、2PAPは強い蛍光を放出する。
【0023】
一実施形態において、2光子吸収プローブ(2PAP)は、分子構築物のFRET効率が少なくとも90%であるように、フォトクロミック分子に連結される。
【0024】
従って、2光子吸収プローブ(2PAP)は、効率的なFRETプロセスを誘導するために、フォトクロミック分子に連結され、空間的に十分に近接して配置される。それによって、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)から第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)への効率的なFRET誘導異性化を達成することができる。
【0025】
「FRET効率」は、FRETによって不活性化された分子の数と励起された分子の数との間の比である。
【0026】
第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)は、分子構築物の熱力学的に安定な形態である。
【0027】
一実施形態では、フォトクロミック分子の第2の無色異性体形態(CL)は、熱異性化によって第1の有色異性体形態(C)に異性化される。これは、「逆フォトクロミズム(negative photochromism)」と呼ばれることがある。ほとんどのフォトクロミック分子(フォトスイッチ)では、その逆が適用される。すなわち、無色異性体形態は、熱的に安定な形態である。
【0028】
「熱」プロセスでは、光子は吸収されず、当該プロセスは光励起の関与なしに起こる。代わりに、利用可能な熱エネルギーは、異性化反応を駆動するのに十分である。
【0029】
従って、分子構築物の第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)は、光異性化、すなわちFRET誘導光異性化によって第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)に切り替えられる。第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)は、熱異性化によって第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)に切り替えられる。これは、本開示の分子構築物の重要な特徴である。
【0030】
一実施形態において、第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)から第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)への異性化速度は、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)から第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)への異性化速度より速い。
【0031】
言い換えれば、熱異性化速度kthermは、2光子FRET誘導光異性化速度kphotoよりも速い。この条件により、蛍光体形態(2PAP-CL)の濃度は、励起光の強度に二次的に依存する。この条件が満たされない場合、2PAP-CLの飽和の結果、従来の2光子挙動が観察される。
【0032】
thermが2光子FRET誘導光異性化速度kphotoよりも実質的に速い場合、蛍光体形態(2PAP-CL)の濃度は、励起光の強度に二次的に依存する。これらの蛍光性化学種の発光強度も、励起光の強度に二次的に依存する。この結果、発光強度の励起強度に対する全体的な4次依存性、すなわち、I(発光)∝I(励起)がもたらされ、これは通常、4光子顕微鏡においてのみ観察される。
【0033】
従って、多光子顕微鏡分析に適用された場合に著しい改善を可能にする、改善された空間分解能及び改善されたイメージング技術を達成することができる。
【0034】
いくつかの実施形態では、第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)から第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)への異性化速度(上でkthermと呼称)は、第1の非蛍光性立体配置(2PAP-C)から第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)への異性化速度(上でkphotoと呼称)よりも少なくとも2倍速い、好ましくは少なくとも10倍速い、より好ましくは少なくとも50倍速い。
【0035】
2光子吸収プローブ(2PAP)による2つの光子の吸収は、フォトクロミック分子の異性化を誘発し、それによって、第1(非蛍光性)立体配置(2PAP-C)を第2(蛍光性)立体配置(2PAP-CL)に切り替える。2つの光子の吸収は、特定の範囲の光吸収に限定されない。しかしながら、典型的には、700~900nmの範囲内の波長の光が2光子顕微鏡で使用される。
【0036】
従って、いくつかの実施形態では、2光子吸収プローブ(2PAP)は、少なくとも700nmの波長の光、好ましくは700nm~900nmの範囲内の波長の光を吸収する。これは、2つの光子の吸収を誘発する。
【0037】
いくつかの実施形態では、2光子吸収プローブ(2PAP)は、少なくとも10%、好ましくは少なくとも30%、より好ましくは少なくとも50%の蛍光量子収率を有する。
【0038】
本明細書で使用される場合、用語「蛍光量子収率」は、蛍光発光中に放出された光子の数と1光子プロセスで吸収された光子の数との比である。したがって、量子収率は、励起状態が、別の非放射メカニズムによってというよりもむしろ蛍光発光によって非活性化される確率を与える。
【0039】
いくつかの実施形態では、第1の有色異性体形態(C)の吸収スペクトルと2光子吸収プローブ(2PAP)の発光スペクトルは、少なくとも1×1013nm-1cm-1のスペクトル重なり積分を有する。
【0040】
好ましくは、スペクトル重なり積分は、FRET反応(2光子吸収によって誘導される)において蛍光シグナルが消光されることを可能にするために、可能な限り高い値である。
【0041】
これは、2PAP-Cにおける蛍光の「ノイズ」及び望ましくない放出を低減する。すなわち、これは、分子構築物の意図された非蛍光性立体配置である。
【0042】
いくつかの実施形態では、フォトクロミック分子は、室温で20秒未満、好ましくは10秒未満、より好ましくは1秒未満の熱半減期(t1/2)を有する。これは、蛍光体形態(2PAP-CL)濃度が励起強度に対して2次的に依存するために、蛍光体形態2PAP-CLの濃度が常に低く保たれるようにするためである。
【0043】
いくつかの実施形態では、フォトクロミック分子の有色形態(C)は、350~800nm、好ましくは450~700nmの波長域内の光を吸収する。
【0044】
フォトクロミック分子がこれらの波長域で吸収する能力により、2光子吸収プローブ2PAPからフォトクロミック分子の第1の有色異性体形態(C)への効率的なFRETが起こることが可能であり、励起源として従来のレーザーを使用することが可能である。
【0045】
別の態様によれば、以下のステップを含む、多光子顕微鏡でターゲット構造体を分析する方法が提供される:
a)本明細書に記載のとおりの分子構築物をターゲット構造体とインキュベートして、蛍光標識されたターゲット構造体を提供すること、
b)蛍光標識されたターゲット構造体に、蛍光シグナルが生成されるように分子構築物による2光子吸収を可能にする波長域の光を照射すること、及び
c)蛍光シグナルを検出及び/又は測定すること。
【0046】
分析対象のターゲット構造体は、例えば、固定された又は生きた細胞、組織サンプル、生体試料、例えば体液、並びに様々な3D構造体などであることができる。
【0047】
当業者に公知の手段により、分子構築物をターゲット構造体とインキュベートすることができる。
【0048】
典型的には、ターゲット構造体に、少なくとも700nmの波長を有する光を照射する。これにより、2光子吸収が起こり、次いで一連の事象が誘発され、分子構築物は蛍光を発するようになる。さらに、この蛍光は、4光子顕微鏡で観察されるものと同等の空間分解能をもたらすことが期待される。
【0049】
放出された蛍光は、当業者に公知の手段で検出及び/又は定量的に測定することができる。従って、ターゲット構造体の特性を、非常に詳細に、向上した空間分解能で分析することができる。
【0050】
別の態様によれば、本明細書に記載したとおりの分子構築物でタグ付けされた抗体が提供される。
【0051】
かかる抗体は、細胞、組織又は体液中の特定のターゲット領域を検出するために効率的に使用することができる。特定の抗原をターゲットにする抗体は、本開示の分子構築物が特定の疾患の病因及び生物学的経路に関する重要な情報を明らかにすることができる有用なアプローチを提供する。
【0052】
好ましくは、抗体は、モノクローナル抗体である。
【0053】
さらに別の態様によれば、本開示は、多光子顕微鏡、例えば2光子顕微鏡でターゲット構造体をイメージングするための、上記のとおりの分子構築物の使用に関する。
【0054】
本開示のさらなる特徴、及び本開示による利点は、添付の特許請求の範囲及び以下の説明を検討することで明らかになるであろう。当業者は、本開示の範囲から逸脱することなく、本開示の異なる特徴を組み合わせて、以下に説明する実施形態以外の実施形態を創出することができることを認識する。
【0055】
本開示の様々な態様の具体的な特徴及び利点を含む本開示の様々な態様は、以下の詳細な説明及び添付の図面から容易に理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0056】
図1図1は、本開示の分子構築物及びその作用モードを概略的に開示する。
図2図2は、本開示の分子構築物の4光子挙動を例示する性能プロットである。
図3図3は、本開示の分子構築物で使用することができるフォトクロミック分子の例を示す。
図4図4は、2光子吸収プローブ(2PAP)が例示的なフォトクロミック分子にどのように連結され得るかを模式的に示す図である。
図5図5は、2つの分子構築物の4光子性能のシミュレーションを概略的に示し、ここで、第2の無色異性体形態から第1の有色異性体形態への熱異性化は、それぞれ、存在し、存在しない。
【発明を実施するための形態】
【0057】
以下、本開示の現在のところ好ましい実施形態を示した添付の図面を参照して、本開示をより完全に説明する。しかしながら、本開示は、多くの異なる形態で具現化することができ、本明細書に記載される実施形態に限定されると解釈されるべきではなく、むしろ、これらの実施形態は、徹底性と完全性なために提供され、当業者に本開示の範囲を完全に伝える。
【0058】
図1は、本開示の分子構築物を模式的に示す。2光子励起プロセスは、2×800nm光子によって示されている。
【0059】
2PAP-Cは、分子構築物の第1の非蛍光性立体配置を表し、2PAP-CLは、第2の蛍光性立体配置を表す。2PAP-Cは、分子構築物の熱力学的に安定な形態である。
【0060】
分子構築物は、フォトクロミック分子に連結された2光子吸収プローブ(2PAP)を含み、これは、第1の有色の異性体形態(C)及び第2の無色異性体形態(CL)をとることができる。
【0061】
2光子吸収プローブ(2PAP)は、典型的には、フォトクロミック分子に共有結合的に連結されている。
【0062】
2つの光子が2PAPにより同時に吸収されると(これは例えばレーザーなどの照射源で分子構築物を照射することによって起こり得る)、2PAPは最低励起一重項状態へと励起される。
【0063】
Cの吸収スペクトルは、2PAPの発光スペクトルと重なり、その結果、2PAP-C中の2PAPからの発光は、FRET反応でCによって効率的に消光される。FRET反応は2PAP発光を消光するだけでなく、Cの励起を増感する。Cの運命は励起状態に至った経緯によらないため、FRET増感異性化はCLをもたらす。このとき、CLの吸収スペクトルは2PAPの発光と重ならないため、FRETは発生しない。このことは、分子構築物のこの異性体形態(2PAP-CL)では、2PAPが強い蛍光を発することを示唆している。
【0064】
それゆえ、2光子プロセスで2PAPを励起するために使用される光(図1では任意に800nmに設定)の強度の効果は2つある。第1に、個々の蛍光異性体(2PAP-CL)における2PAPの蛍光強度は、励起強度に二次的に依存する。第二に、蛍光異性体2PAP-CLの濃度も励起強度に2次的に依存する。これは、非蛍光体2PAP-Cから蛍光体2PAP-CLへのFRET増感異性化速度が、2PAP-C中の2PAPが光子を吸収する速度に依存するためである。この速度は、励起光の強度に二次的に依存する。
【0065】
従って、「蛍光分子あたり」の蛍光強度も、蛍光分子の濃度も、励起強度に二次的に依存する。この結果、蛍光強度は全体として4次関数的な依存性を持つことになる。特に、蛍光体2PAP-CLから非蛍光体2PAP-Cへの熱異性化速度が、2PAP-Cから2PAP-CLへの2光子FRETによる異性化よりも著しく速い場合に、この現象が起こる。図1において、熱異性化はΔと表記されている。
【0066】
図2に、本開示の設計の性能の原理が概略的に説明されている。本設計の一般的な原理は、2光子誘発FRET増感光異性化が、放出される蛍光強度が励起強度に対して4次依存性を示すように、熱異性化と微妙にバランスをとることである。図2のk及びk-1は、それぞれ、上述したkphoto、及びkthermに対応する。図2より、k/k-1がゼロに近い場合(蛍光体2PAP-CLが非常に低濃度)、完全な4光子挙動(4値依存性)が観察されることが分かる。これは、本開示の分子構築物を使用して、向上した空間分解能を得ることができることを示唆している。
【0067】
図5は、2つの分子構築物について、4光子性能対照射時間のシミュレーションを示す図である。分子構築物の一方は、熱異性化できないフォトクロミック分子に連結されているが、他の分子構築物(点線)は、熱異性化できるフォトクロミック分子に連結されており、熱異性化速度が、光異性化速度、すなわち、第1の非蛍光性立体配置から第2の蛍光性立体配置への異性化速度より高速である。
【0068】
図5に示されるように、フォトクロミック分子が熱異性化によって第2の無色異性体形態(CL)から第1の有色異性体形態(C)に異性化することができる分子構築物は、全照射時間にわたって絶えず完全な4光子挙動を示す。従って、4光子性能は長期間にわたって維持される。熱異性化は、分子構築物の第2の蛍光性立体配置の濃度を低レベルに保ち、飽和状態になることを妨げる。もし、第2の蛍光性立体配置(2PAP-CL)が飽和してしまうと、4光子挙動が失われ、「従来の」2光子の挙動が観察されることになる。これは、フォトクロミック分子が有色の異性体形態(C)に熱的に異性化できない分子構造の場合である。これは、図5の連続する減少する線によって示されている。
【0069】
図5の「4光子挙動」は、2つの分子構築物が2PAP-CL飽和からどれだけ離れているかを表している。熱異性化プロセスが効率的である場合、2PAP-CLの濃度は非常に低く(飽和から非常に離れている)、蛍光挙動は完全な4光子プロセスに非常に近くなる。これは、1.0に近い4光子挙動によって示されている。対照的、0に近い4光子挙動は、蛍光強度が従来の2光子挙動(完全に飽和)により記述されることを意味する。図3は、本開示の分子構築物で使用可能なフォトクロミック分子、すなわち光スイッチの例を示す。これらの分子は、本開示の分子構築物の「逆フォトクロミズム」の特徴を満たす。異性化スキームも図示されている。t1/2は熱半減期を示し、25℃におけるフォトクロミック分子の有色形態への熱異性化に対応する。λmaxは、有色異性体形態(C)の最も赤方偏移した吸収帯の極大波長を示す。可能性がある、及び例示的な2PAP誘導体も図3に示されている。
【0070】
本開示の分子構築物は、決して特定の2光子吸収プローブに限定されるものではなく、フォトクロミック分子に連結することができる任意の2PAPを利用することができることに注意されたい。本開示の分子構築物で使用するのに好ましい2PAPは、少なくとも10%、好ましくは少なくとも30%、より好ましくは少なくとも50%の蛍光量子収率を有する。
【0071】
例えば、2光子吸収プローブ(2PAP)は、トリフェニルアミン、フルオレン、ベンゾチアジアゾール、スチルベン及び/又はシアニン誘導体であることができる。
【0072】
図4は、2PAPがフォトクロミック分子に連結されている、本開示の例示的な分子構築物を概略的に示している。
【0073】
本開示は、特定のフォトクロミック分子の使用に決して限定されない。逆フォトクロミズムを示す能力を有する任意のフォトクロミック分子を使用することができる。すなわち、熱異性化によって無色異性体形態から有色異性体形態に切り替えられる能力を有する任意のフォトクロミック分子を使用することができる。
【0074】
例えば、フォトクロミック分子は、ドナー-アクセプターステンハウス付加物(Donor-Acceptor Stenhouse Adduct)(DASA)ユニット又はフェノキシル-イミダゾリルラジカル複合体であることができる。
【0075】
好ましい実施形態では、フォトクロミック分子は、室温で20秒未満、好ましくは10秒未満、より好ましくは1秒未満の熱半減期(t1/2)を有する。
【0076】
本開示のすべての態様の用語、定義及び実施形態は、本開示の他の態様にも準用される。
【0077】
本開示をその特定の例示的な実施形態を参照して説明したが、多くの異なる変更、改良などが、当業者に明らかになるであろう。
【0078】
当業者は、開示された実施形態に対する変形を、本開示を実施する際に、図面、本開示及び添付の特許請求の範囲を検討して、理解し、達成することができる。さらに、特許請求の範囲において、「含む(comprising)」という語は、他の要素又はステップを排除せず、不定冠詞「a」又は「an」は、複数を排除しない。
図1
図2
図3
図4
図5
【国際調査報告】