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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-12-05
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231128BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20231128BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20231128BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20231128BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20231128BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/30
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/40
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023531593
(86)(22)【出願日】2021-11-22
(85)【翻訳文提出日】2023-07-21
(86)【国際出願番号】 EP2021082473
(87)【国際公開番号】W WO2022112161
(87)【国際公開日】2022-06-02
(31)【優先権主張番号】20210117.6
(32)【優先日】2020-11-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】520333435
【氏名又は名称】エービー サンドビック コロマント
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】フォン フィーアント, リーナス
(72)【発明者】
【氏名】ブレニング, ラルカ
(72)【発明者】
【氏名】エンクヴィスト, ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ブロムクヴィスト, アンドレアス
(72)【発明者】
【氏名】ホルムストレーム, エリク
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA05
4K030AA09
4K030AA10
4K030AA14
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA22
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030BA49
4K030BB12
4K030CA03
4K030FA10
4K030JA01
4K030LA22
(57)【要約】
本発明は、被覆切削工具に関する。切削工具はCVD被覆されており、基材は超硬合金であり、超硬合金中の金属バインダーはNiを含む。CVD被覆は、TiN内層とそれに続くTiCN層とを含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金基材および被覆を含む被覆切削工具であって、超硬合金が、金属バインダー中の硬質構成成分で構成され、前記金属バインダーが、Ni 55~80mol%、およびCo 10~35mol%、W 4~15mol%を含み、被覆が、基材から順にTiN内層とTiCN層とを含み、グラファイトを基準とした金属バインダーのC活量が0.15より低く、金属バインダーの平均d電子値が7.00~7.43であり、基材とTiN内層との接触面にTi含有金属間化合物相が存在しないことを特徴とする、被覆切削工具。
【請求項2】
金属バインダー中のC活量が0.095~0.120である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
基材とTiN内層との接触面が、TiおよびNi含有金属間化合物相を含まない、請求項1または2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
平均d電子値が7.20~7.43である、請求項1から3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
平均d電子値が7.30~7.43である、請求項1から4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
金属バインダーが、Ni 65~80mol%、およびCo 10~25mol%、W 8~13mol%を含む、請求項1から5のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
超硬合金中の金属バインダー含有量が3~20重量%、好ましくは5~15重量%、最も好ましくは7~12重量%である、請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
被覆の全厚が2~20μmである、請求項1から7のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
被覆がCVD被覆である、請求項1から8のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
TiN層の厚さが0.1~1μmであり、好ましくは超硬合金基材上に堆積されている、請求項1から9のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
TiCN層の厚さが6~12μmである、請求項1から10のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項12】
被覆が、TiCN層と被覆切削工具の最外面との間に位置するα-Al層を含む、請求項1から11のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項13】
TiCN層と被覆切削工具の最外面との間に位置するα-Al層の厚さが4~8μmである、請求項1から12のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項14】
前記α-Al層が、CuKα照射およびθ-2θスキャンを使用したX線回折によって測定され、Harris式:
[式中、I(h k l)は、(h k l)反射の測定強度(積分面積)であり、
(h k l)はICDDのPDF-card No.00-010-0173による標準強度であり、nは計算に使用する反射数であり、使用される(h k l)反射は、(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(2 1 4)、(3 0 0)および(0 0 12)であり、TC(0 0 12)は≧6、好ましくは≧7である]
に従って定義されるテクスチャ係数TC(h k l)を示す、請求項1から13のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項15】
CVD被覆が、TiN、TiCN、AlTiN、ZrCN、TiB、Alから選択される1つまたは複数の層、あるいはα-Alおよび/もしくはκ-Alを含む多層をさらに含む、請求項1から14のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と被覆とを備える被覆切削工具であって、基材が超硬合金であり、超硬合金中の金属バインダーがNiを含む、被覆切削工具に関する。被覆は、TiN内層とTiCN層とを含むCVD被覆である。
【背景技術】
【0002】
切り屑形成金属切削作業用の切削工具の市場では、CVD(Chemical Vapor Deposition、化学蒸着)およびPVD(Physical Vapor Deposition、物理蒸着)被覆超硬合金が広く用いられており、超硬合金は通常、金属バインダーであるCo中のWCからできている。Coを含まない、またはCoの量を減らした代替金属バインダーが開発されているが、市場に出ている製品はまだ稀であるか、存在しない。超硬合金自体の製造だけでなく、超硬合金の被覆も要求が厳しく、特に高温で反応性ガスを使用して行われる化学蒸着では、気相と超硬合金との間で相互作用が起こるため、要求が厳しくなる。
【0003】
代替金属バインダーの中で、Niは有望な候補である。Niは、周期表においてCoの隣の元素である。NiはTiとの高い反応性を示し、超硬合金中にNiが多く含まれると、超硬合金と被覆との接触面(interface)、および被覆内にNiTiなどの金属間化合物相が形成されるため、Ti含有被覆の化学蒸着において問題となる。Ti含有被覆の接触面または内部におけるNiTiなどの金属間化合物相は、Ti含有被覆の後に堆積される被覆の耐摩耗性に悪影響を及ぼす。
【0004】
Ni金属基材上にTiN被覆を堆積する際のNiTi形成の問題は、L.von Fieandtらによる「Chemical vapor deposition of TiN on transition metal substrates」、Surface and Coatings Technology 334(2018)373-383において分析されている。CVDプロセス中の過剰なN分圧および低いH分圧により、NiTi形成を低減できると結論づけられた。
【0005】
本発明の目的の1つは、Ni含有超硬合金基材および高性能な耐摩耗性CVD被覆を備える、金属切削用の被覆切削工具を提供することである。さらなる目的は、Ni含有超硬合金基材、特に60重量%超がNiである金属バインダーを含有する基材に、TiN層、TiCN層および001配向α-Alを含む耐摩耗性被覆を施すことである。
【発明の概要】
【0006】
上述の目的のうちの少なくとも1つは、請求項1に記載の切削工具によって達成される。好ましい実施形態は、従属請求項に開示されている。
【0007】
本発明は、超硬合金基材と被覆とを備える被覆切削工具であって、超硬合金が、金属バインダー中の硬質構成成分で構成され、前記金属バインダーが、Ni 55~80mol%、およびCo 01035mol%、W 4~15mol%を含み、被覆が、基材から順にTiN内層とTiCN層とを含み、グラファイトを基準とした金属バインダーのC活量(炭素活量)が0.15より低く、金属バインダーの平均d電子値が7.0~7.43であり、基材とTiN内層との接触面にTi含有金属間化合物相が存在しない、被覆切削工具に関する。
【0008】
驚くべきことに、金属バインダー中の平均d電子値が7.0~7.43で、グラファイトを基準としたC活量が0.15未満であれば、金属バインダー中のNi含有量が多い超硬合金基材に高品質のTiNおよびTiCNを堆積することができることが判明した。本発明による被覆切削工具は、驚くべきことに、被覆の内部に見られる細孔が少なく、これは、金属切削用途を目的とした耐摩耗性被覆として有望である。TiN内層およびTiCN層は、金属間化合物相の形成、細孔、ならびに該層およびその後に堆積される層の配向に関連する障害に関する改善された特性を示す。技術的な効果は、例えば鋼の金属切削作業における耐フランク摩耗性の向上および/または耐剥離性の向上および/または耐クレーター摩耗性の向上であり得る。
【0009】
超硬合金中の金属バインダーの組成は、少なくともTi含有層が堆積される場合、CVDによって超硬合金上に堆積される層の品質に影響を与える。TiNは、切削工具の被覆において非常に一般的な1層目(initial layer)である。いかなる理論にも束縛されるものではないが、本発明者らは、TiN層のCVD堆積中に、N分子が反応してTiNを形成し得る前にN原子/Nラジカルに解離すると考えられるという結論を導き出した。しかし、表面のNiは、N原子/ラジカルからのNの再結合率を高めるため、Nを不動態化し、表面でのN原子/ラジカルの解離を防止する。N原子/ラジカルがなければ、TiNは形成されない。代わりに、前述のようにTiはNiと反応し、NiTiを形成する場合がある。金属バインダー中のNiの反応性は、金属バインダーの組成に影響される。さらに、金属バインダー中のd電子数およびC活量が重要であることが見出されている。
【0010】
金属バインダーの平均d電子数は、成分Co、Niおよび/またはFeによって規定されるだけでなく、金属バインダーである合金に含まれる他の金属元素の影響も受ける。例えば、W含有量は、金属バインダー中の平均d電子数に比較的大きな影響を与える。バインダー中のW含有量は、C含有量の影響を強く受け、金属バインダー中のCが過剰になるとW含有量が少なくなり、Cが少なくなるとW含有量が多くなる。
【0011】
C活量は、炭素が他の元素とどれだけ反応しやすいかを示す熱力学的な指標である。C活量は、0~1の間の無次元量で表される。C活量は、濃度に関係するが、炭素の全量の反応を制限するすべての物理的相互作用を適切に考慮したものである。炭素活量の定義は以下の通りである。
C活量=exp((μ-μgraf)/RT)
[式中、μは材料中の炭素の化学ポテンシャル、μgrafは純グラファイト中の炭素の化学ポテンシャル、Rは気体定数、Tは温度である]
炭素活量は、相図における位置の良好な指標であり、1に近い活量は、超硬合金が微細構造中に遊離炭素を有しているのに近いことを意味し、0.1に近い低い値は、超硬合金が微細構造中にη相(MeCおよびMe12C相)を有しやすいことを意味する。
【0012】
本明細書において、超硬合金とは、金属バインダー連続相に分布している硬質構成成分を含む材料を意味する。この種の材料は、硬質構成成分による高い硬度と金属バインダー相による高い靭性とを兼ね備えた特性を有し、金属切削工具の基材材料として好適である。本明細書において「超硬合金」とは、WC少なくとも50重量%、場合により超硬合金の製造技術において一般的な他の硬質構成成分および金属バインダーを含む材料を意味する。
【0013】
超硬合金の金属バインダーは、焼結中に金属バインダーに溶解する元素、例えば、WCに由来するWやCを含むことができる。また、どの種類の硬質構成成分が存在するかによって、他の元素もバインダーに溶解する可能性がある。
【0014】
本明細書において「切削工具」とは、インサート、エンドミル、ドリルなどの、金属切削用の切削工具を意味する。用途としては、旋盤加工、フライス加工、またはドリル加工を挙げることができる。
【0015】
本明細書において、金属間化合物相とは、2種以上の金属元素からなる金属合金を意味する。Ti含有金属間化合物相とは、これらの金属元素のうちの1つがTiである合金を意味する。本発明の一実施形態において、Ti含有金属間化合物相は、NiTiである。
【0016】
界面層および/またはTiN層の基材に隣接する部分にTi含有金属間化合物相が存在することは、TiN層の成長、および同様に後続層の成長に影響を与える。金属間化合物相は柱状成長を妨げ、金属間化合物と併せて一般に細孔が見られる。通常、TiNおよびそれに続くTiCNは柱状結晶粒で成長するが、金属間化合物相が存在する試料をSEMで分析すると、乱れた成長が見られる。
【0017】
本発明の一実施形態において、金属バインダー中のC活量は0.095~0.12である。
【0018】
本発明の一実施形態において、基材と被覆との接触面には、TiおよびNi含有金属間化合物相が存在しない。
【0019】
本発明の一実施形態において、平均d電子値は7.20~7.43である。
【0020】
本発明の一実施形態において、平均d電子値は7.30~7.43である。
【0021】
本発明の一実施形態において、金属バインダーは、Ni 65~80mol%、およびCo 10~25mol%、W 8~13mol%を含む。
【0022】
本発明の一実施形態において、超硬合金中の金属バインダー含有量は3~20重量%、好ましくは5~15重量%、最も好ましくは7~12重量%である。
【0023】
本発明の一実施形態において、被覆の全厚さは2~20μmである。被覆は、好ましくはCVD被覆である。
【0024】
本発明の一実施形態において、TiN層の厚さは0.1~1μmであり、好ましくは超硬合金基材上に堆積されている。
【0025】
本発明の一実施形態において、TiCN層の厚さは、6~12μmである。
【0026】
本発明の一実施形態において、被覆は、TiCN層と被覆切削工具の最外面との間に位置するα-Al層を含む。
【0027】
本発明の一実施形態において、TiCN層と被覆切削工具の最外面との間に位置するAl層の厚さは、4~8μmである。
【0028】
本発明の一実施形態において、α-Al層は、CuKα照射およびθ-2θスキャンを使用したX線回折によって測定され、Harris式:
[式中、I(h k l)は、(h k l)反射の測定強度(積分面積)であり、
(h k l)はICDDのPDF-card No.00-010-0173による標準強度であり、nは計算に使用する反射数であり、使用される(h k l)反射は、(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(024)、(1 1 6)、(2 1 4)、(3 0 0)および(0 0 12)であり、TC(0 0 12)は≧6、好ましくは≧7である]
に従って定義される組織(texture)係数TC(h k l)を示す。
【0029】
本発明の一実施形態において、被覆は、TiN、TiCN、AlTiN、ZrCN、TiB、Alから選択される1つまたは複数の層、あるいはまたはα-Alおよび/もしくはκ-Alを含む多層をさらに含む。
【0030】
本発明の一実施形態において、超硬合金基材は、η相を含む。本明細書において、η相とは、MeCおよびMe12Cから選択される炭化物であって、MeはWおよび1種または複数のバインダー相金属から選択される、炭化物を意味する。一般的な炭化物は、WCoC、WCoC、WNiC、WNiC、WFeC、WFeCである。
【0031】
一実施形態において、超硬合金基材は、Ti、Ta、Nb、Cr、Mo、ZrまたはVのうちの1つまたは複数の炭化物、炭窒化物または窒化物を含む。
【0032】
本発明の実施形態および参照は、添付の図面を参照して説明される。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】CVDプロセス1の被覆を施した、被覆切削工具NC60e(本発明)の基材被覆接触面を示す断面SEM顕微鏡写真である。
図2】CVDプロセス1の被覆を施した、被覆切削工具NC70e(本発明)の基材被覆接触面を示す断面SEM顕微鏡写真である。
図3】CVDプロセス2の被覆を施した、被覆切削工具NC70e(本発明)の基材被覆接触面を示す断面SEM顕微鏡写真である。
図4】CVDプロセス1の被覆を施した、被覆切削工具NC80e(参照)の基材被覆接触面を示す断面SEM顕微鏡写真である。
図5】CVDプロセス2の被覆を施した、被覆切削工具NC80e(本発明)の基材被覆接触面を示す断面SEM顕微鏡写真である。
図6】CVDプロセス1の被覆を施した、被覆切削工具N100e(参照)の基材被覆接触面を示す断面SEM顕微鏡写真である。
図7】CVDプロセス2の被覆を施した、被覆切削工具、基材NC70e(本発明)の外側表面を示す上面SEM顕微鏡写真である。
図8】CVDプロセス2の被覆を施した、被覆切削工具、基材N100e(参照)の外側表面を示す上面SEM顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
方法
本発明の超硬合金基材は、以下の工程に従って製造することができる。
- 硬質構成成分を形成する、または硬質構成成分である、W、Ta、Cr、C、WC、TiCなどの粉末を準備すること
- 金属バインダーを形成するCo、Niなどの粉末を準備すること
- 粉砕液を準備すること
- 粉末を粉砕、乾燥、プレス、および焼結して超硬合金基材にすること。
【0035】
焼結中、酸素は炭素と反応し、COまたはCOとして基材から離脱する。焼結中に失われる炭素の量は、使用する原料および製造技術によって異なり、目的とする焼結体が得られるように各成分の量を調整することは、当業者の判断次第である。
【0036】
超硬合金中のC含有量を、LECO社製844シリーズの装置で炭素燃焼分析により分析した。超硬合金中のC含有量は、焼結基材において測定した。超硬合金製造中に粉末に混合されたCの一部は焼結中に消費される。一部の炭素は金属バインダーに溶解し、一部の炭素は炭化物を形成する場合がある。
【0037】
本発明は、金属バインダーの組成に関するものであり、試料を作製するのは高価かつ煩雑であるため、Thermo-Calcというソフトウェアで組成を計算した。あるいは、金属バインダーの組成をXRF(蛍光X線)で測定することも可能である。
【0038】
Thermo-Calcは、材料および成分の両方の開発および製造のため、材料科学者、研究者により、材料工学分野の産業界において、世界中で使用されているソフトウェアパッケージである。Thermo-Calcソフトウェアの開発は、70年代半ばにスウェーデンのストックホルム王立工科大学の物理冶金学科(the department for physical metallurgy)で既に開始されており、1997年にThermo-Calc Software ABが設立された。より詳しい情報は、www.thermocalc.comに見ることができる。Thermo-Calcは、例えば、相の量およびその組成の熱力学的計算、ならびに相図(二元系、三元系、多成分系)を提供する。
【0039】
Thermo-Calcによる計算は、多くの異なる材料を含むさまざまな目的のための高品質なデータベースにおいて提供されている熱力学データに基づいている。このデータベースは、確立されたいわゆるCALPHAD技術に従い、専門家が実験データおよび理論データの査定および体系的な評価を行うことにより作成されている。Thermo-Calc Software ABによって提供されるデータベースは、計算予測におけるそれらの精度を評価するために、実験データと比較検証されている。
【0040】
本明細書において、Thermo-Calcの計算に使用したデータベースは、Thermo-Calc Software ABから市販されている「TCFE7」であった。TCFE7は、さまざまな種類の鋼、Fe系合金(ステンレス鋼、高速度鋼、工具鋼、HSLA鋼、鋳鉄、耐食高強度鋼など)、および超硬合金の熱力学データベースである。TCFE7データベースは実験データと比較検証され、とりわけ超硬合金について、特に正しい相および分率、相組成、固液平衡温度の予測において、正確な予測を示している。
【0041】
本発明における金属バインダーの組成は、[J.-O.Andersson,T.Helander,L.Hoglund,P.Shi,and B.Sundman,Thermo-Calc & DICTRA,computational tools for material science,Calphad,2002:26(2):273312]においてさらに記載されているThermo-Calcソフトウェアを使用して判断した。
【0042】
本発明のThermo-Calc計算は、大気圧、温度1000℃、物質1mol、Ni、Fe、Coの組成に粉砕したCoを加えて秤量、化学分析によるCレベル、残り(balance)Wという基準で行われた。
【0043】
金属バインダーの組成がmol%でわかっている場合、平均d電子数は次のように計算される。d電子は、元素ごとに最も高いd軌道にある電子の数として数え、例えば、Feは6、Coは7、Niは8、Cは0、Wは4である。
【0044】
以下の実施例の被覆は、ハーフインチサイズ切削用インサートを10000枚収容可能な、Ionbond社製ラジアルBernex(商標)型CVD装置530サイズにおいて堆積したものである。
【0045】
層の組織を調べるために、X’Celerator RTMS検出器型を取り付けたXpert-Pro回折計システムを使用して、切削工具インサートの逃げ面およびすくい面に対してX線回折を行った。被覆切削工具インサートは、切削工具インサートの表面が確実に試料ホルダーの基準面と平行になるように、また切削工具表面が適切な高さになるように、試料ホルダーに取り付けられた。測定にはCu-Kα照射を使用し、電圧は45kV、電流は40mAであった。入射ビーム経路には、ソーラースリット0.02ラジアンおよび発散スリット0.25度が使用された。回折ビームには、散乱防止スリット0.25度およびソーラースリット0.02ラジアンが使用された。βフィルターニッケルの厚さは0.020mmであった。被覆切削工具からの回折強度は、15°~140°2θの範囲で、すなわち入射角θが10°~70°の範囲にわたって測定された。
【0046】
背景差分、Cu-Kα2除去(stripping)、データのプロファイルフィッティングを含むデータ解析は、PANalytical社のX’Pert HighScore Plusソフトウェアを使用して行われた。以下、フィッティングについて概説する。次いで、このプログラムからの出力(プロファイルフィッティングカーブの積分ピーク面積)を使用し、上記で開示した通り、Harris式(1)を使用して、α-AlのPDF-cardによる標準強度データに対する測定強度データの比を比較することによって、層のテクスチャ係数(texture coefficient)を計算した。層は有限の厚さであるため、異なる2θ角のピークの組の相対強度は、層を通る経路長の違いにより、バルク試料の場合とは異なるものとなる。したがって、プロファイルフィッティングカーブから得た積分ピーク面積強度に薄膜補正を適用し、層の線吸収係数も考慮してTC値を計算した。α-Al層の上にさらに層があると、α-Al層に入って被覆全体から出るX線強度に影響を与えるので、層内の各化合物の線吸収係数を考慮して、これらについても補正する必要がある。あるいは、アルミナ層の上にあるTiNなどのさらなる層は、XRD測定結果に実質的に影響を与えない方法、例えば、化学エッチングで除去することができる。
【0047】
α-Al層の組織を調べるために、CuKα照射を使用してX線回折を行い、Harris式(1)[式中、I(h k l)=(h k l)反射の測定(積分面積)強度であり、I(h k l)=ICDDのPDF-card No.00-010-0173による標準強度であり、n=計算に使用する反射数である]に従って、成長方向の異なるα-Al層柱状結晶粒についてのテクスチャ係数TC(h k l)を計算した。この場合、使用される(h k l)反射は、(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(2 1 4)、(3 0 0)および(0 0 12)である。
【0048】
ピークの重なりは、例えば複数の結晶層を含む被覆、および/または結晶相を含む基材上に堆積された被覆のX線回折分析で起こり得る現象であり、ピークの重なりを考慮し補正する必要があることに留意されたい。α-Al層からのピークとTiCN層からのピークの重なりは、測定に影響を与える場合があり、考慮する必要がある。また、例えば基材中のWCは、本発明の関連ピークに近い回折ピークを有する可能性があることにも留意されたい。
【実施例
【0049】
ここで、本発明の例示する実施形態をより詳細に開示し、参照実施形態と比較する。被覆切削工具(インサート)を製造し、分析した。
【0050】
ISO分類SNUN120408の超硬合金製基材を製造した。超硬合金基材は、金属バインダー中のWCで製造し、金属バインダー含有量は約10重量%であった。超硬合金基材は、粉末混合物から製造した。粉末混合物を粉砕し、乾燥し、プレスし、1450℃で焼結させた。粉砕および混合工程中、WC/Co粉砕体(milling body)を使用した。粉末中の炭素量は約6.07重量%であった。焼結済み超硬合金の化学分析で測定された炭素量は表1Aおよび表1Bに示されている。焼結済み超硬合金には、主に粉砕工程中に摩耗した粉砕体に由来するCoが約0.4重量%含まれていた。超硬合金基材の断面のSEM顕微鏡写真では、遊離グラファイトは視認できなかった。
【0051】
基材のCレベルは、LECO炭素燃焼により測定した。超硬合金基材の組成は、表1Aでいわゆるe-試料、および表1Bでいわゆるf-試料について重量%で記載されている。
表1A. 超硬合金基材の概要、e-試料
表1B. 超硬合金基材の概要、f-試料
【0052】
金属バインダーの組成は、大気圧、温度1000℃、物質1mol、Ni、Fe、Coの組成に粉砕したCoを加えて秤量、化学分析によるCレベル、残りWという条件を使用して、Thermo-Calcで計算した。炭化物を除く、得られたバインダー組成は、表2A(e-試料)および表2B(f-試料)にmol%で記載されている。
【0053】
バインダー中の平均d電子数を計算するために、計算した金属バインダーの組成を使用する。d電子は、元素ごとに最も高いd軌道にある電子の数として数え、例えば、Coは7、Niは8、Cは0、Wは4である。バインダーの平均d電子数を表2Aおよび表2Bに示す。
【0054】
超硬合金の炭素活量を計算するためには、まず化学組成を知らなければならない。本実施例において、C活量の計算は、表1Aおよび表1Bに示される値に基づいている。未知の試料では、例えばXRFによってC活量を測定することができる。
【0055】
熱力学的平衡のThermo-Calc計算は、大気圧、温度1000℃、物質1mol、Ni、Fe、Coの組成、化学分析によるC、および残りWで行われる。次いで、この平衡状態におけるグラファイトを基準とした炭素活量が、Thermo-Calcからの出力パラメータとして抽出される。表2Aおよび表2Bを参照のこと。
表2A. 金属バインダーの概要、e-試料
表2B. 金属バインダーの概要、f-試料
【0056】
表2Aおよび表2Bに示した超硬合金組成物にCVD被覆を堆積した。CVD被覆の概要を表3に示す。被覆堆積の前に、すくい面を研磨して表面から最も外側の金属を除去し、逃げ面は未研磨のままとした。研磨は、SNUN120408の各試料をAKASEL社製の黒色導電性フェノール樹脂に取り付け、その後約1mm削り、次いでダイヤモンドスラリー溶液を使用して粗研磨(9μm)および精研磨(1μm)の2つの工程で行った。研磨後、黒色導電性フェノール樹脂からSNUN120408試料を取り出し、エタノールで洗浄した後、被覆を行った。
表3. CVDプロセスの概要
【0057】
CVD堆積を開始する前に、885℃に達するまでCVDチャンバーを加熱した。予熱工程は、プロセスCVD1とプロセスCVD2の両方で、1000mbar、100体積%のH中で行った。
【0058】
プロセスCVD1では、まず基材に厚さ約0.2~0.3μmのTiN層を885℃で被覆した-プロセスTiN-2。プロセスCVD2では、TiN-1の初期工程およびそれに続くプロセスTiN-2という、2回の代替的TiN堆積を行った。TiN-1工程の目的は、CVD被覆内および基材と被覆との接触面でNiTiなどの金属間化合物相が形成されるのを防ぐことである。HClを添加せず、H/Nガスを50/50の関係にして行ったTiN-2堆積工程と比較して、TiN-1堆積中はN分圧が高く、H分圧が低く、HClが添加された。TiN-1が堆積された場合、その後のTiN-2堆積時間は、TiN層の全厚さが0.7μmになるように調整した。TiN-1堆積は150分間続けた。
【0059】
その後、TiCl、CHCN、N、HCl、Hを使用し、周知のMTCVD法を利用して、885℃で、約8μmのTiCN層を堆積した。TiCN層のMTCVD堆積の初期におけるTiCl/CHCNの体積比は6.6であり、その後、TiCl/CHCNの比を3.7とする期間があった。TiNおよびTiCN堆積の詳細を表4に示す。
表4. TiNおよびTiCNのMTCVD
【0060】
プロセスCVD1では、TiCN外層を堆積した後、H 75体積%、N 25体積%、55mbarの雰囲気で885℃から1000℃まで昇温した。プロセスCVD2では、TiCN外層を堆積した後、N2 100体積%、1000mbarの雰囲気で885℃から1000℃まで昇温した。
【0061】
厚さ1~2μmの結合層を、4つの別々の反応工程からなるプロセスでMTCVD TiCN層の上に1000℃で堆積した。第1に400mbarでTiCl、CH、N、HClおよびHを使用するHTCVD TiCN工程、次いで70mbarでTiCl、CHCN、CO、NおよびHを使用する第2の工程(TiCNO-1)、次いで70mbarでTiCl、CHCN、CO、NおよびHを使用する第3の工程(TiCNO-2)、最後に70mbarでTiCl、NおよびHを使用する第4の工程(TiN-3)。活量Al核生成の開始前に、結合層をCO、CO、N、Hの混合物中で4分間酸化した。
【0062】
結合層堆積の詳細を表5に示す。
表5. 結合層堆積
【0063】
結合層の上にα-Al層を堆積した。すべてのα-Al層は、1000℃、55mbarにおいて2つの工程で堆積させた。AlCl 1.2体積%、CO 4.7体積%、HCl 1.8体積%、および残りHを使用する第1の工程で、約0.1μmのα-Alが得られ、以下に開示する第2の工程で、α-Al層の全厚さ約5μmが得られる。第2の工程のα-Al層は、AlCl 1.2%、CO 4.7%、HCl 3.0%、HS 0.58%および残りHを使用して堆積した。
【0064】
上記に開示される方法に従って、XRDを使用してα-Alのテクスチャ係数(TC)値を分析した。Carl Zeiss社製AG-Supra 40SEM(走査型電子顕微鏡)型で、各被覆の断面を12000倍の倍率で調べることによって層厚を分析した。結合層および1層目のTiN層の両方がTiCN層厚に含まれる。表1を参照のこと。研磨されたすくい面と未研磨の逃げ面の両方を調べた。XRDからの結果は、表6Aおよび表6Bに示されている。
表6A. XRD結果 (e-試料)
表6B. XRD結果 (f-試料)
【0065】
また、基材と第1のTiN層との接触面における金属間化合物相などの任意のNi化合物の存在を調べるために、SEMを使用して被覆を分析した。
【0066】
被覆試料の上面画像では、アルミナの外側表面に凹凸や高い表面粗さが見られた。予想外に粗い表面が接触面における金属間化合物相を示していたという点から、アルミナの外側表面を調べることで、接触面での金属間化合物相の形成を確認することができると結論づけられた。
【0067】
バインダー元素(Ni化合物)の拡散が被覆の成長を阻害したかどうかを判断するため、断面画像は、主に基材と第1のTiN層との接触面に焦点を当てたものであった。Ti含有金属間化合物相(NiTiなど)の生成は、バインダー組成に依存していた。
【0068】
プロセスCVD1およびプロセスCVD2でNiリッチバインダー上に堆積された被覆の品質を、Alの外側表面とモルフォロジーの両方、および基材と第1のTiN層との接触面も分析することによって判断した。Al表面の凹凸は、粗粒の成長に起因する可能性があり、基材と被覆との接触面に形成されるNiTiなどの金属間化合物相の形成と相関している。Alの凹凸の判断が困難な場合は、基材と被覆との接触面を分析し、被覆の品質を判断した。この調査では、倍率12000倍のSEMを使用し、金属間化合物相の存在を検出するために、基材表面に沿って約10μm離れた試料上の3箇所から3枚の平行画像を調べた。分析結果を表7Aおよび表7Bに示す。
表7A e-試料のSEM分析
表7B f-試料のSEM分析
【0069】
表面分析および断面分析から明らかなように、アルミナ外側表面(上面)の視認可能な凹凸や表面粗さが大きい試料は、界面(断面)においてもTi含有金属間化合物相を示していた。C活量が0.15未満と低く、平均d電子数が7.0~7.43である場合、CVD被覆の接触面にTi含有金属間化合物相または邪魔な細孔が出現しないことは予想外である。表8を参照のこと。
表8 結果概要
* 接触面にTi含有金属間化合物相が存在しない
** CVDプロセス1:接触面にTi含有金属間化合物相が存在、CVDプロセス2:接触面にTi含有金属間化合物相なし
*** 接触面にTi含有金属間化合物相が存在する
【0070】
本発明をさまざまな例示的実施形態に関連して説明したが、本発明は開示される例示的実施形態に限定されるものではなく、逆に、添付の請求項内のさまざまな変更および等価の配置を包含することが意図されていることが理解される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【国際調査報告】