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特表2023-5508473D筋電気生理学及び3D電気力学シミュレーションのための計算モデル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-12-05
(54)【発明の名称】3D筋電気生理学及び3D電気力学シミュレーションのための計算モデル
(51)【国際特許分類】
   G16H 50/50 20180101AFI20231128BHJP
   A61B 5/319 20210101ALI20231128BHJP
   G09B 23/28 20060101ALI20231128BHJP
【FI】
G16H50/50
A61B5/319
G09B23/28
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023552390
(86)(22)【出願日】2021-11-18
(85)【翻訳文提出日】2023-07-12
(86)【国際出願番号】 EP2021082222
(87)【国際公開番号】W WO2022106580
(87)【国際公開日】2022-05-27
(31)【優先権主張番号】20382997.3
(32)【優先日】2020-11-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523183390
【氏名又は名称】エレム バイオテック エセ.エレ.
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】弁理士法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】アグアド-シエラ,ジャスミン
(72)【発明者】
【氏名】ブタコフ,コスタンティン
(72)【発明者】
【氏名】バスケス,マリアノ
【テーマコード(参考)】
2C032
4C127
5L099
【Fターム(参考)】
2C032CA03
4C127CC08
5L099AA03
(57)【要約】
筋組織、特に心臓、をシミュレートする方法が提供されている。仮想患者の心臓をシミュレートするコンピュータ実装方法は、電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する心臓モデルを確立することを含み、心臓モデルは、複数の機能要素を含む心臓の三次元モデルを含む。心臓モデル内に含まれる複数の組織タイプが定義される。各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルが定義される。各細胞モデルは、少なくともその組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する、その組織タイプの特性を記述する常微分方程式の系を含む。仮想患者の複数の入力生理学的パラメータが決定され、生理学的パラメータの各々は、ヒト集団における観察された範囲内にある。心臓の三次元モデルは、複数の組織タイプの各々に対応する組織タイプ領域を含む体積メッシュを作成することであって、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる、作成することと、各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋肉細胞の局所アライメントに対応するように定義することと、によって構築される。本方法は、体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することを更に含む。仮想患者の1つ以上の導出された生理学的パラメータが決定される。導出された生理学的パラメータのサブセットについて、当該導出された生理学的パラメータは、ヒト集団における観察された範囲内にあると決定される。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
仮想患者の心臓をシミュレートするコンピュータ実装方法であって、
電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する心臓モデルを確立することを含み、前記心臓モデルは、複数の機能要素を含む心臓の三次元モデルを含み、前記確立することは、
前記心臓モデル内に含まれる複数の組織タイプを定義することと、
各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルを定義することであって、各細胞モデルは、
その組織タイプの電気生理学的特性及び電気機械的特性を記述する常微分方程式の系であって、前記系は、少なくとも、その組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する、常微分方程式の系を含む、定義することと、
前記仮想患者の複数の入力生理学的パラメータを決定することであって、前記生理学的パラメータの各々は、ヒト集団における観察された範囲内にある、決定することと、
前記仮想患者の心臓の三次元モデルを、
前記複数の組織タイプの各々に対応する組織タイプ領域を含む体積メッシュを作成することであって、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる、作成すること、
各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋細胞の局所アライメントに対応するように定義すること、によって構築することと、
前記体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することと、
前記仮想患者の1つ以上の導出された生理学的パラメータを決定し、導出された生理学的パラメータのサブセットについて、前記導出された生理学的パラメータがヒト集団における観察された範囲内にあると決定することと、によって行われる、コンピュータ実装方法。
【請求項2】
前記入力生理学的パラメータは、イオンチャネル動態、ゲート動態、膜貫通電圧、及びカルシウム濃度変化のうちの1つ以上に関連する電気生理学的パラメータを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記入力生理学的パラメータは、剛性、応力、歪み、弾性、及び収縮性のうちの1つ以上から選択される電気機械的パラメータを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
複数の仮想患者の仮想集団を作成するために、少なくとも1つの更なる仮想患者の複数の入力生理学的パラメータを決定することを更に含み、前記入力生理学的パラメータのうちの少なくとも1つは、前記集団内の各仮想患者について異なる、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記異なる入力生理学的パラメータは、イオンチャネルコンダクタンス若しくはゲート動態、圧力範囲、組織特性、剛性、伝導速度、又はクロスブリッジ動態に関する変動性のうちの1つ以上を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記異なる入力生理学的パラメータは、医学的介入の効果を含み、任意選択で、前記医学的介入の効果は、薬物動態活動と、ペースメーカ又はポンプなどの医療デバイスの効果と、から選択される、請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
前記異なる入力生理学的パラメータは、病理学的状態、及び/又は入力パラメータの既知の変動性に関連する情報を含む、請求項4~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記入力生理学的パラメータのうちの少なくとも1つは、前記ヒト集団における観察された範囲の変動の極値を表す、請求項4~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
各細胞モデルについて、定常状態に達するか、又は定常状態が許容されるまで、複数の活性化事象がシミュレートされる、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記心臓の三次元モデルにおける1つ以上の異質領域を決定することを更に含み、前記1つ以上の異質領域は、これらの異質領域の組織タイプの正常な特性から変動した電気生理学的特性及び/又は電気機械的特性を有する、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
タグ付け領域は、線維症、梗塞、肥大、及び虚血のうちの1つ以上に罹患した組織に対応する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記体積メッシュは、組織領域を欠き、かつ流体を含む空洞を含む、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記心臓の三次元モデル内の機能要素は、導電率パラメータと連成されている、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記体積メッシュの少なくとも一部分を、電気生理学的活性化が開始される活性化領域として定義することを含む、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションを実行することは、1つ以上のメッセージパッシングインターフェースを介して連成された前記電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションの各々のシミュレーションコードのインスタンスを使用することを含む、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記1つ以上の導出された生理学的パラメータは、QRS間隔及びQT間隔、駆出分画、収縮期体積及び拡張期体積、心臓弁を横切る流量、心筋緊張、圧力、並びに縦方向歪みのうちの1つ以上を含む、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
各仮想患者の前記入力生理学的パラメータは、膜貫通イオンチャネルのモデルを含む前記細胞モデルの電気生理学的パラメータを含み、前記膜貫通イオンチャネルのモデルを定義することは、前記イオンチャネルの各々について、前記ヒト集団における表現型のスペクトルを決定する多様なパラメータ値を、前記表現型のスペクトルからの値の組み合わせからシミュレーションのためのテスト仮想集団が生成されるように確立することを含む、請求項4~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
1つ以上の薬物の心毒性を、前記テスト仮想集団全体にわたる前記イオンチャネルに対する前記薬物の効果を決定することによって確立することを更に含む、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記1つ以上の薬物の前記効果は、インビトロ研究からの情報を採用することによって確立される、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記シミュレーションを使用して、前記心臓に対する1つ以上の治療の効果をモデル化する、先行請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
心臓をシミュレートする方法であって、
電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する心臓モデルを確立することを含み、前記心臓モデルは、複数の機能要素を含む心臓の三次元モデルを含み、前記確立することは、
前記心臓モデル内に含まれる複数の組織タイプを定義することと、
各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルを定義することであって、各細胞モデルは、
その組織タイプの電気生理学的特性及び電気機械的特性を記述する常微分方程式の系であって、前記系は、少なくとも、その組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する、常微分方程式の系を含む、定義することと、
各細胞モデルについて、定常状態に達するか、又は定常状態が許容されるまで、複数の活性化事象をシミュレートすることと、
心臓の三次元モデルを、
前記複数の組織タイプの各々に対応する組織タイプ領域を含む体積メッシュを作成することであって、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる、作成すること、
1つ以上の異質領域を決定することであって、前記1つ以上の異質領域は、これらの異質領域の組織タイプの正常な特性から変動した電気生理学的特性及び/又は電気機械的特性を有する、決定すること、
各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋細胞の局所アライメントに対応するように定義すること、によって構築することと、
前記体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することと、によって行われる、方法。
【請求項22】
前記細胞モデルは、
i)イオンチャネル動態、膜貫通電圧、及びカルシウム濃度変化のうちの1つ以上に関連する電気生理学的パラメータ、並びに/又は
ii)剛性、応力、歪み、弾性、及び収縮性のうちの1つ以上から選択される電気機械的パラメータを含む、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記体積メッシュは、組織領域を欠き、かつ流体を含む空洞を含む、請求項21又は22に記載の方法。
【請求項24】
前記心臓の三次元モデル内の機能要素は、導電率パラメータと連成されている、請求項21~23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
前記心臓モデルは、個体の心臓に関連し、好ましくは、前記体積メッシュは、個体の識別された心臓形態に基づく、請求項21~24のいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
前記1つ以上の異種領域は、タグ付けされない領域と比較して異なる電気生理学的パラメータ及び/又は電気機械的パラメータを割り当てられた関連付けられた細胞モデルを有する機能要素によって埋められた1つ以上のタグ付け領域を含み、好ましくは、前記タグ付け領域は、線維症、梗塞、肥大、及び虚血のうちの1つ以上に罹患した組織に対応する、請求項21~25のいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
前記組織タイプは、心内膜組織タイプ、心中膜組織タイプ、及び心外膜組織タイプを含む、請求項21~26のいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
前記体積メッシュの少なくとも一部分を、電気生理学的活性化が開始される活性化領域として定義することを含む、請求項21~27のいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
前記体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することは、1つ以上のメッセージパッシングインターフェースを介して連成された前記電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションの各々のシミュレーションコードのインスタンスを使用することを含む、請求項21~28のいずれか一項に記載の方法。
【請求項30】
前記心臓の機械的活動を決定するための1つ以上のバイオマーカーの計算を更に含む、請求項21~29のいずれか一項に記載の方法。
【請求項31】
梗塞瘢痕モデルを表すための1つ以上のタグ付き領域を確立すること、
前記体積メッシュの少なくとも一部分をペーシング位置として定義すること、
定常状態に達するまで前記体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び/又は三次元電気生理学的シミュレーションを実行することによって、シミュレーションのための3D静止状態を確立すること、
定常状態に達すると、前記三次元モデル内に含まれる前記機能要素の前記細胞モデルの前記状態変数値を保存すること、
及び頻脈誘発プロトコルを実施することであって、
前記三次元モデルを、保存された前記状態変数値に戻すこと、
少なくとも1つのペーシング位置で第1の刺激(S1)を開始すること、
遅延後に同じ又は異なるペーシング位置に第2の刺激(S2)を追加すること、
無応答の刺激が達成されるまで、徐々に遅延を低減して前記刺激(S1、S2...)を繰り返すこと、
無応答の刺激を達成しなかった最短の遅延に等しい遅延を用いて、一連の刺激(S1、S2...)での活性化を開始すること、
更なる遅延を用いて同じ又は異なるペーシング位置に追加の刺激(S3、S4...)を追加することを更に含む、先行する活性化ステップを繰り返すこと、
頻脈が観察されるかどうかを判定すること、を含む、実施すること、を更に含む、請求項21~30のいずれか一項に記載の方法。
【請求項32】
前記シミュレーションを使用して、前記心臓に対する1つ以上の治療の効果をモデル化する、請求項21~31のいずれか一項に記載の方法。
【請求項33】
筋肉をシミュレートする方法であって、
電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する筋肉モデルを確立することを含み、前記筋肉モデルは、複数の機能要素を含み、前記確立することは、
前記筋肉モデル内に含まれる複数の組織タイプを定義することと、
各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルを定義することであって、各細胞モデルは、その組織タイプの電気生理学的特性及び電気機械的特性を記述する常微分方程式の系であって、前記系は、少なくとも、その組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する、常微分方程式の系を含む、定義することと、
各細胞モデルについて、定常状態に達するか、又は定常状態が許容されるまで、複数の活性化事象をシミュレートすることと、
筋肉の三次元モデルを、
前記複数の組織タイプの各々に対応する組織領域を含む体積メッシュを作成することであって、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる、作成すること、
1つ以上の異質領域を決定することであって、前記1つ以上の異質領域は、これらの異質領域の組織タイプの正常な特性から変動した電気生理学的特性及び/又は電気機械的特性を有する、決定すること、
各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋細胞の局所アライメントに対応するように定義すること、によって構築することと、
前記体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することと、によって行われる、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋機能、特に心機能のシミュレーションのためのモデルに関する。
【背景技術】
【0002】
筋組織の挙動は、身体の動きを可能にする筋骨格系と、心臓の心筋などの内臓に関連付けられた筋肉、並びに子宮、膀胱、及び消化器系などの他の臓器の平滑筋と、の両方において、健康なヒト及び動物の身体の機能において極めて重要である。特に内臓の場合、筋組織の活動は、臓器自体の機能を支える。一方では、筋組織又はこれらの筋組織が関連付けられた臓器に生じ得る問題及び病理学の理解は、広大な医学的応用を有する。診断及び治療の技法を改善するためには実験研究が不可欠であるが、計算ツールが、徐々に重要性を増している。生体力学的シミュレーションは、健康な個体と先天性及び後天性の病理を有する個体との両方の臓器及び筋機能を理解するための強力なツールを提供する。
【0003】
筋組織の動力学をモデル化することは、非常に複雑な作業である。筋機能には、かなりの範囲の空間スケールと、種々の密接に連成されたマルチフィジックス問題と、が関与する。ボリュメトリック配置への微視的細胞配置から巨視的な筋肉室の形状まで、いく桁もが関連する。また、種々のタイプの物理的な問題も関与する。筋肉では、活動電位の形態の電気刺激は、筋細胞を介して伝播して、筋肉収縮を誘起し、当該筋肉収縮は、付着した骨又は筋肉臓器の構造などの関連付けられた構造に仕事を加える。これは、興奮収縮(EC)連関としても知られている。EC連関は、以下のように概要され得る一連の複雑な反応の結果である。細胞膜(筋線維鞘)の透過性の増加によって引き起こされる活動電位のプラトー期中に、Ca2+が細胞に入る。この細胞外Ca2+は、筋小胞体からの大量の細胞内Ca2+の放出を誘起する。次いで、Ca2+は、トロポニンCに結合し、当該トロポニンCは、トロポミオシンと相互作用して、ミオシンがアクチンフィラメントと結合することを可能にする。ミオシン頭部が、アクチンフィラメントをサルコメアの中心に向かって引っ張り、収縮力を生成する。簡略化するために、Ca2+の遊離細胞内濃度は、筋組織の収縮を左右し、なぜ多くのモデルがこの量に基づいているかを説明するということができる。
【0004】
人体の最も重要な筋機能のうちの1つは、心臓である。心血管疾患(CVD)は、アフリカを除く全ての地域で世界の主要な死因であり、高齢化とともに増加すると予測されている。そのような疾患の高い流行は、世界的な保健及び経済的負担を生じる。生体力学シミュレーションは、様々な病理の下での心機能及びその挙動の理解のための特に有用な選択肢を表す。加えて、他の分野におけるのと同様に、そのようなシミュレーションは、外科的な処置、技法、又はデバイスを設計する上で重要なツールとなり得る。
【0005】
例えば、患者固有のモデルを使用して、明らかなリスクを伴う臨床実験を必要とせずに、病気の心臓における提案された再建処置の可能性のある影響及び成功の見込みを調べることができる(Tang et al.“Image-Based Patient-Specific Ventricle Models with Fluid-Structure Interaction for Cardiac Function Assessment and Surgical Design Optimization”,Prog.Pediatr.Cardiol.2010 December 1;30(1-2):51-62.)。このことは、罹患した心組織の大きさ及び任意の損傷の重症度、並びに同様の診断を有する患者間でさえ様々に心臓の形態に影響を及ぼす可能性のある先天性障害及び発達障害、が大きく異なる心筋梗塞などの、異質状態において特に価値が高い。
【0006】
しかしながら、拍動する心臓及びそのポンピング活動をモデル化することは、説明されているように、より難解な考慮事項とともに、他の筋組織のモデル化に関連付けられた複雑さを有する。心室の巨視的形状は、仮性腱索及び小梁などの小規模構造の形状と同様に非常に重要である。心筋収縮は、空洞内の血液に仕事を加え、心臓自体のコンフォメーションを変化させる。加えて、心臓は、律動的に協調した方法で常に拍動しており、これにより、組織は、常に、以前の活動からの収縮と回復との間の状態にある。したがって、心筋では、構造、興奮、収縮、及びなされた仕事の間のつながりは、特に緊密である。
【0007】
物理的な見地から、心臓のポンピング活動を、3つの連成された問題に分解することができる:活動電位の伝播と、これが固体の機械的変形を誘発すること、次いで、流体に対して仕事を行うこと。これらの問題は、双方向に連成されている。したがって、計算力学の見地からは、心拍は、密接に連成された流体-電気-機械的問題である。
【0008】
心臓は、チャンバーとしても知られている、右心房(RA)、右心室(RV)、左心房(LA)、及び左心室(LV)の4つの空洞で構成されている。健康な拍動する心臓では、特殊な伝導系がチャンバーの同期した脱分極及び収縮を制御する。電気インパルスは、(自律神経系からの影響下ではあるが)洞房(SA)結節内で自発的に発生し、心臓を通ってプルキンエ線維に活動電位を伝導するように適合された特殊化した細胞の系を介して伝播し、両方の心室のほぼ同期的な脱分極につながる。心筋細胞の配置はまた、その機能にとって枢要である。心筋細胞は、繊維に詰め込まれ、繊維は、いく分、螺旋状に分布する。細胞の異質性は、心内膜から心外膜まで、心尖-心底間方向に見出され得る。
【0009】
これらの異質性は、心臓の電気的脱分極及び筋活動の両方に影響を与え、心筋が、異方性物質(例えば、インパルス伝導及び収縮の観点から、考慮される方向によって物質の特性が異なることを意味する)、より具体的には、直交異方性物質(これらの特性が特定の点で直交軸に沿って異なる)として特徴付けられ得ることを意味する。
【0010】
心臓を取り囲む組織はまた、心臓が拍動する仕方に影響を与える。心筋は、心膜と密接な関係にあり、心膜は、この臓器を取り囲み、この臓器の変形を変調する薄い繊維膜である。スペックルトラッキング心エコー図法及び拡散テンソルMRIなどの種々のイメージング技術が、心臓力学のより深い理解を提供するに至った。上述した組織学的及び力学的条件は、心底の、心底-心尖間方向の変位と、繊維の活動に起因する心室のわずかなねじれと、を誘発する。心膜に起因して、心外膜は、法線方向の変位を低減し、接平面内で比較的自由に動く。
【0011】
細胞電気生理学及び活動電位伝播の明確に定義された数学モデル及び数値モデルは、一般に筋組織及び心組織における種々の電気生理学的現象を研究及び理解することに非常に重要である。60年代初頭から、広範囲の種及び心臓細胞タイプのために、単細胞(微視的レベル)の一般的なモデルが作成されてきた。これらのモデルは、細胞のイオン電流及びいくつかの細胞内構造の動力学の記述において高度な詳細を達成している。それらを使用して、特定の病態生理学的応答に影響を及ぼすプロセスの理解が促進され、それらはまた、細胞特性の記述に成功した。これらの全ての利点にもかかわらず、心臓が含むあらゆる単細胞をモデル化することによって心臓全体(巨視的レベル)を導出することは実行不可能である。この不可能性の最も明白な理由は、膨大な計算要件であり、これらの計算要件は、問題を計算的に扱いにくくする。40年代半ば以降、心組織などの興奮性媒質(巨視的又は多細胞レベル)における電気伝播をシミュレートするために、いくつかの方法が開発されてきた:反応拡散系、細胞オートマトン、及びハイブリッドモデル。当初、それらは、二次元シートの心筋での興奮伝播を再現するために使用された。近年、これらの計算モデルは三次元現象を記述するためにも適用できることがいくつかの研究によって示されている。これらのモデルは、微視的細胞挙動を考慮しておらず、典型的には、それらの活動を決定するパラメータのセットは、生理学的意味をほとんど(又は全く)有していない。
【0012】
したがって、本発明の目的は、現実世界の状態及び集団を表すが、臨床的介入を行うための効果的な基礎を提供するために使用され得る、ヒトの心臓及びより広い血管系のモデルを生成するための方法を提供することである。
【発明の概要】
【0013】
流体自体の動きをもたらす、筋細胞を介した活動電位の電気生理学的伝播、及びそれらの後続の収縮を支配する機械的変形である、モデル心機能の各拍動に関わる主要な事象を考慮して、これらの態様の各々をモデル化するために、別個であるが相互に連結する方法が開発されてきた。モデリングは、典型的には、時間離散化を提供する有限差分法(FDM)を使用する有限要素法(FEM)を使用して実施されるようになっており、この場合に、モデリングは、四面体又は他の適切な多面体を使用するボリューメトリックメッシュを使用するものとなる。電気生理学、固体力学、及び流体力学は、全てをモデル化する必要がある、相互作用する別個の態様である。電気生理学モデルは、特に、筋細胞全体にわたる及び筋細胞間の活動電位の伝播を記述する。固体力学の問題は、心組織、特に繊維、の応力に向けられており、電気機械的考慮事項にも対処する必要がある。計算流体力学は、空洞及び血管内の血液の挙動をモデル化するために使用され、力学的問題に対する流体構造連成の影響への対処において、血液と組織との間の湿潤表面に特別な考慮を払う必要がある。
【0014】
これらの相互作用する態様への対処においては、いかなる成功するシミュレーションも、心組織の多数の相互に関連する部分の複雑なモデリングを必要とする。幾何学図形の微細部を捕捉することは、非常に細かいメッシュのセグメントを生成することが必要であり、解決する必要がある複雑なモデリング問題の規模を指数関数的に増加させる。結果として、モデルを有用な期間で生成及び評価するためには、現在のところ、例えばスーパーコンピュータリソースを使用する、並列コンピューティング手法を使用することが必要である。このことはまた、解決すべき問題の並列化を必要とする。
【0015】
したがって、心臓の形態及び機能は、集団レベルで大きく異なる可能性がある。特定の(実際の又は仮定の)個体に属する心臓のシミュレーションにはかなりの価値があり得るが、インシリコ試験方法、モデル、及び調査を一般のヒト集団に適用可能とするために、この集団に見られる特性の範囲にまたがる仮想集団を生成することに特に利点があるとも考えられている。
【0016】
したがって、第1の態様では、仮想患者の心臓をシミュレートするコンピュータ実装方法が提供され、本方法は、電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する心臓モデルを確立することを含み、心臓モデルは、複数の機能要素を含む心臓の三次元モデルを含み、確立することは、心臓モデル内に含まれる複数の組織タイプを定義することと、各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルを定義することであって、各細胞モデルは、その組織タイプの電気生理学的特性及び電気機械的特性を記述する常微分方程式の系であって、系は、少なくとも、その組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する、常微分方程式の系を含む、定義することと、仮想患者の複数の入力生理学的パラメータを決定することであって、生理学的パラメータの各々は、ヒト集団における観察された範囲内にある、決定することと、仮想患者の心臓の三次元モデルを、複数の組織タイプの各々に対応する組織タイプ領域を含む体積メッシュを作成することであって、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる、作成すること、各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋細胞の局所アライメントに対応するように定義すること、によって構築することと、体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することと、仮想患者の1つ以上の導出された生理学的パラメータを決定し、当該導出された生理学的パラメータのサブセットについて、導出された生理学的パラメータがヒト集団における観察された範囲内にあると決定することと、によって行われる。
【0017】
実施形態では、入力生理学的パラメータは、イオンチャネル動態、ゲート動態、膜貫通電圧、及びカルシウム濃度変化のうちの1つ以上に関連する電気生理学的パラメータを含んでもよく、かつ/又は剛性、応力、歪み、弾性、及び収縮性のうちの1つ以上から選択される電気機械的パラメータを含んでもよい。
【0018】
実施形態では、複数の仮想患者の仮想集団を作成するために、少なくとも1つの更なる仮想患者の複数の入力生理学的パラメータを決定してもよく、入力生理学的パラメータのうちの少なくとも1つは、集団内の各仮想患者について異なる。
【0019】
目的が仮想集団を生成することである場合、心臓モデルは、集団の特定のセグメントの心臓モデルの表現に基づいて選択されてもよく、例えば、心臓モデルは、以下で更に考察されるように、サイズ、年齢、性別、又は疾患ステータスなどの、少なくとも1つのパラメータの極値を表す。
【0020】
これらの異なる入力生理学的パラメータは、イオンチャネルコンダクタンス又はゲート動態、圧力範囲、組織特性、剛性、伝導速度、又はクロスブリッジ動態に関する変動性のうちの1つ以上を含んでもよい。入力生理学的パラメータのうちの少なくとも1つは、ヒト集団における観察された範囲の変動の極値を表してもよい。他のパラメータについての、ヒト集団における観察された範囲の変動の極値を使用して、仮想患者が正当に仮想集団に属するかどうかを判定してもよい。
【0021】
異なる入力生理学的パラメータは、医学的介入の効果を含み得、任意選択で医学的介入の効果は、薬物動態活動と、ペースメーカ又はポンプなどの医療デバイスの効果と、から選択される。そのような異なる入力生理学的パラメータは、病理学的状態、及び/又は入力パラメータの既知の変動性に関連する情報を含んでもよい。
【0022】
実施形態では、各細胞モデルについて、定常状態に達するか、又は定常状態が許容されるまで、複数の活性化事象がシミュレートされてもよい。
【0023】
特定の実施形態では、本方法は、心臓の三次元モデルにおける1つ以上の異質領域を決定することを更に含んでもよく、1つ以上の異質領域は、これらの異質領域の組織タイプの正常な特性から変動した電気生理学的特性及び/又は電気機械的特性を有する。そのような領域は、線維症、梗塞、肥大、及び虚血のうちの1つ以上に罹患した組織に対応するタグ付け領域を含んでもよい。
【0024】
実施形態では、体積メッシュは、組織領域を欠き、かつ流体を含む空洞を含んでもよい。いくつかの場合では、心臓の三次元モデル内の機能要素は、導電率パラメータと連成されてもよい。更に、体積メッシュの少なくとも一部分を、電気生理学的活性化が開始される活性化領域として定義してもよい。
【0025】
実施形態では、体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することは、1つ以上のメッセージパッシングインターフェースを介して連成された電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションの各々のシミュレーションコードのインスタンスを使用することを含んでもよい。
【0026】
実施形態では、1つ以上の導出された生理学的パラメータは、QRS間隔及びQT間隔、駆出分画、収縮期体積及び拡張期体積、心臓弁を横切る流量、心筋緊張、圧力、並びに縦方向歪みのうちの1つ以上を含んでもよい。
【0027】
目的が仮想集団を生成することである場合、各仮想患者の入力生理学的パラメータは、膜貫通イオンチャネルのモデルを含む細胞モデルの電気生理学的パラメータを含んでもよく、膜貫通イオンチャネルのモデルを定義することは、イオンチャネルの各々について、ヒト集団における表現型のスペクトルを決定する多様なパラメータ値を、当該表現型のスペクトルからの値の組み合わせからシミュレーションのためのテスト仮想集団が生成されるように確立することを含んでもよい。この手法を使用して、1つ以上の薬物の心毒性を、テスト仮想集団全体にわたるイオンチャネルに対する当該薬物の効果を決定することによって確立してもよい。1つ以上の薬物の効果は、インビトロ研究からの情報を採用することによって確立されてもよい。
【0028】
実施形態では、シミュレーションを使用して、心臓に対する1つ以上の治療の効果をモデル化してもよい。
【0029】
更なる態様では、心臓をシミュレートする方法が提供され、本方法は、電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する心臓モデルを確立することを含み、心臓モデルは、複数の機能要素を含む心臓の三次元モデルを含む。心臓モデルを確立することは、心臓モデル内に含まれる複数の組織タイプを定義すること、及び各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルを定義すること、を含む。各細胞モデルは、その組織タイプの電気生理学的特性及び電気機械的特性を記述する常微分方程式の系であって、系は、少なくとも、その組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する、常微分方程式の系を含む。各細胞モデルについて、定常状態に達するか、又は定常状態が許容されるまで、複数の活性化事象がシミュレートされる。本方法は、心臓の三次元モデルを、複数の組織タイプの各々に対応する組織タイプ領域を含む体積メッシュを作成することであって、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる、作成することと、1つ以上の異種領域を決定することであって、1つ以上の異種領域は、これらの異種領域の組織タイプの正常な特性から変動した電気生理学的特性及び/又は電気機械的特性を有する、決定することと、各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋肉細胞の局所アライメントに対応するように定義することと、によって構築することを更に含む。本方法は、体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することを更に含む。
【0030】
異常な、病気の、又は別様に乱れた心血管系の機能が関心のあるものである医学的コンテキストでは、そのような心臓(又は他の臓器)のシミュレーションは、特に関心のあるものである。
【0031】
例えば、心臓の構造がいくつかの考えられる原因で出生時から壊れている、いくつかの先天性及び/又は発達性心疾患が存在する。そのような欠損は、血液が心臓の左側と右側との間を直接流れることを可能にする中隔欠損、心臓弁、動脈、若しくは静脈の狭窄(狭窄症)又は閉塞から結果として生じる閉塞性欠損、両方の心室からの血液が大動脈に入ることを可能にする騎乗大動脈、心臓の1つ以上の領域の肥大、及び心室のうちの一方又は他方の低形成を含むことができる。多用途で正確なモデリング系は、そのように罹患した心臓を正確にシミュレートすることができるとよく、また、予測される機能のモニタリングと様々な介入の成功の評価とを可能にするとよい。
【0032】
別の実施例として、心筋瘢痕化(健康な心組織が線維組織に置き換わること)は、心筋梗塞及び/又は心臓への外科的介入後の一般的な状況である。繊維性瘢痕組織は、健康な心組織と同じ方法で電気的入力を行うことも、健康な組織と同じように収縮することもないため、この瘢痕化は、心臓の機能を著しく変化させる。更に、瘢痕組織は、隣接する筋細胞の自発的な脱分極を引き起こす可能性がある。
【0033】
瘢痕組織のサイズ、位置、組成、構造、及び機械的特性は、初期損傷を生き延びる患者の見通しにおいて極めて重要である(Richardson et al,2016,Compr Physiol.;5(4):1877-1909)。同様に、「梗塞膨張」(梗塞の領域における心組織の伸張及び/又は壁厚減少)の現象は、リモデリングされた心臓のポンピング容量が十分でなくなった場合、心臓の機械的特性及び他の特性を著しく変化させ、更なる心室リモデリング及び心不全の発生に潜在的に寄与する可能性がある。逆に、瘢痕組織が梗塞後に著しく硬い健康組織となることも一般的であり、したがって、組織が位置するチャンバーを膨張させるためにより大きな圧力を必要とする。両方の効果を、同じ罹患組織内でも様々なバランスで見出すことができる。
【0034】
そのような競合効果と、心筋梗塞の後に生じるような、心臓損傷後に生じるかなりの代償性反射(例えば、圧力を増加させる働きをする体静脈/静脈収縮の収縮、フランクスターリング機序を介した健康な心筋による収縮力生成の増加)と、に起因して、既存の方法によって心臓損傷後の機能低下を評価することは困難であり得る。代償性反射は、多くの場合(非常に大きい梗塞の場合を除き)心拍出量を正常レベル近くに回復させることができるが、収縮期末体積の増加などの、梗塞後に通常変化する測定値がある(Richardson et al.,2016)。
【0035】
これを念頭に置いて、心臓の瘢痕化又は他の損傷を有する被験者に好適なモデルは、心臓を正確にモデル化するために、知識ベース又は被験者固有の方法で上記の要因を考慮する必要があろう。上記に示したように、任意のそのような特定のモデルは、電気生理学的なもの(活動電位の伝達)及び機械的なもの(収縮性、剛性、弾性)をカバーする瘢痕組織の特性を考慮に入れるとともに、そのような組織が心臓の全体的な幾何学形状に及ぼす影響を評価する必要があろう。このことは、瘢痕組織のサイズ、位置、貫壁度、及び構成、並びにその透過性又は活動電位伝達に対する別のものを正確に評価し、既存の枠組み内で同じようにモデリングすることを必要とする。同様に、構造的心臓欠損の正確なモデルは、問題の心臓の特定の形態と密接にマッチし、かつ課された制約を考慮して血流を決定する必要があろう。
【0036】
病理学とは独立に、更なる知識ベース又は患者固有の情報を考慮に入れることも重要である。例えば、男性の心臓及び心筋細胞と女性の心臓及び心筋細胞との間に、イオンチャネルの発現及び伝導速度の差異を含む性別差異が存在し、成人の心臓と小児の心臓との間にも差異がある。
【0037】
細胞モデルは、イオンチャネルコンダクタンス、膜貫通電圧、及びカルシウム濃度変化のうちの1つ以上に関連する電気生理学的パラメータを含んでもよく、かつ/又は剛性、応力、歪み、弾性、及び収縮性のうちの1つ以上から選択され得る1つ以上の電気機械的パラメータを含んでもよい。
【0038】
心臓の三次元モデルを構築することは、電気生理学、固体力学、及び流体力学のうちの1つ以上を含む境界条件を設定すること、並びに/又は機能要素に繊維配向を割り当てることを更に含んでもよい。心臓の三次元モデル内の機能要素は、導電率パラメータと連成されてもよい。電気生理学的パラメータ及び電気機械的パラメータのうちの1つ以上は、三次元モデルに関して直交異方性であってもよい。
【0039】
心臓モデルは、個体の心臓に関連してもよい。体積メッシュは、既存の集団モデル若しくは特定の個々の患者に基づいてもよく、かつ/又は個体特異的情報に基づいて選択されてもよい。個体特異的情報は、年齢、性別、疾患ステータス、及び識別された心臓形態のうちの1つ以上を含んでもよい。
【0040】
1つ以上の異質領域は、タグ付けされない領域と比較して、異なる電気生理学的パラメータ及び/又は電気機械的パラメータを割り当てられた関連付けられた細胞モデルを有する機能要素によって埋められた1つ以上のタグ付け領域を含んでもよい。タグ付け領域は、個体特異的情報に基づいて識別されてもよく、個体の心臓のスキャンに基づいて識別されてもよい。タグ付け領域は、線維症、梗塞、肥大、及び虚血のうちの1つ以上に罹患した組織に対応してもよい。タグ付け領域は、1つ以上の電気生理学的パラメータを欠いていてもよく、好ましくは、導電率が不足しているか、又は極めて低い導電率を有してもよい。タグ付け領域は、1つ以上の電気機械的パラメータを欠いていてもよく、好ましくは、収縮性を欠いていてもよい。タグ付け領域は、タグ付けされない領域と比較して、異なる剛性を割り当てられてもよい。タグ付け領域は、機能要素によって埋められなくてもよい。
【0041】
複数の定義された組織タイプは、心内膜組織タイプ、心中膜組織タイプ、及び心外膜組織タイプを含んでもよい。組織タイプのうちの1つは、比較的高められた伝導性を有してもよい。
【0042】
体積メッシュの少なくとも一部分を、電気生理学的活性化が開始される活性化領域として定義してもよい。
【0043】
細胞モデルの電気生理学的パラメータ又は電気機械学的パラメータのうちの1つ以上は、個体特異的情報に基づいて選択されてもよい。個体特異的情報は、年齢、性別、疾患ステータス、及び識別された心臓電気生理学のうちの1つ以上を含んでもよい。
【0044】
体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することは、1つ以上のメッセージパッシングインターフェースを介して連成された電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションの各々のシミュレーションコードのインスタンスを使用することを含んでもよい。電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションは、1つのシミュレーションステップにおける電気機械的シミュレーション及び電気生理学的シミュレーションステップが、前のシミュレーションステップの結果に対して実行されて、段階的に実施され得る。各シミュレーションステップでは、電気機械的ステップに続いて、本方法は、固体力学シミュレーションステップを実行すること、及び固体力学シミュレーションステップの結果に応答して流体力学シミュレーションステップを実行することを含んでもよい。
【0045】
上記の方法のいずれかは、心臓の機械的活動を決定するための1つ以上のバイオマーカーの計算を更に含んでもよい。1つ以上のバイオマーカーは、擬似心電図(ECG)、カルシウム濃度変化の体積積分、カルシウム濃度変化の体積積分、ECG形態及びQRS持続時間、房室(AV)遅延及び心室間(VV)遅延、心出力を推定するLV流出路(LVOT)の速度時積分、LV収縮期末体積(LVESV)、LV駆出分画(LVEF)、GLS(全体の縦方向歪み)、ESVI(収縮期末体積指数)、収縮期非同期指数(SDI)、3D心エコー検査の局所LV時間-体積曲線のLV収縮期非同期、並びに血流力、のうちの1つ以上を含んでもよい。
【0046】
更なる態様では、上述した可能性のいずれかに従って心臓をシミュレートする方法が提供され、梗塞瘢痕モデルを表すための1つ以上のタグ付き領域を確立すること、体積メッシュの少なくとも一部分をペーシング位置として定義すること、及び定常状態に達するまで、体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び/又は三次元電気生理学的シミュレーションを実行することによって、シミュレーションのための3D静止状態を確立すること、を更に含む。定常状態に達すると、三次元モデル内に含まれる機能要素の細胞モデルの状態変数値が保存される。この方法は、三次元モデルを保存された状態変数値に戻すこと、少なくとも1つのペーシング位置で第1の刺激(S1)を開始すること、遅延後に同じ又は異なるペーシング位置に第2の刺激(S2)を追加すること、無応答の刺激が達成されるまで徐々に遅延を低減して刺激(S1、S2...)を繰り返すこと、及び無応答の刺激を達成しなかった最短の遅延に等しい遅延を用いて、一連の刺激(S1、S2...)での活性化を開始すること、を含む頻脈誘発プロトコルを実施することを含む。次いで、更なる遅延を用いて同じペーシング位置に追加の刺激(S3、S4...)を追加することを更に含む、先行する活性化ステップが繰り返される。本方法は、頻脈が観察されるかどうかを判定することを更に含む。
【0047】
頻脈は、擬似心電図の変化を観察することによって判定されてもよい。頻脈誘発プロトコルは、異なるペーシング位置又はそれらの組み合わせを使用して繰り返されてもよい。
【0048】
梗塞瘢痕モデルを表す領域は、1つ以上の電気生理学的パラメータ又は電気機械的パラメータの変形を有する機能要素によって埋められてもよい。梗塞瘢痕モデルを表す領域は、機能要素によって埋められなくてもよい。
【0049】
また更なる態様では、上述した方法の任意の変形による方法が提供され、細胞モデルの電気生理学的パラメータは、膜貫通イオンチャネルのモデルを含む。本方法は、膜貫通イオンチャネルのモデルを定義することが、イオンチャネルの各々についてヒト集団における表現型のスペクトルを決定する多様なパラメータ値を確立すること、及び当該表現型のスペクトルからの値の組み合わせからシミュレーションのためのテスト仮想集団を構築することを含むことを更に含む。
【0050】
表現型のスペクトルは、電気生理学的バイオマーカーを定量化することによって評価されてもよい。表現型のスペクトルは、正常性又は疾患の極値に関する表現型を含んでもよい。
【0051】
記載された方法は、1つ以上の薬物の心毒性を、テスト仮想集団全体にわたる、又は単一モデルにおける、イオンチャネルに対する当該薬物の効果を決定することによって確立することを更に含んでもよい。1つ以上の薬物の効果は、インビトロ研究からの情報を採用することによって確立される。
【0052】
更なる態様では、上述した方法の任意の変形による方法が提供され、シミュレーションを使用して、心臓に対する1つ以上の治療の効果をモデル化する。これらの治療のうちの1つ以上は、ペースメーカ設置、薬物治療、及びアブレーション療法から選択されてもよい。そのような方法は、そのような治療の効果を予測するために使用されてもよく、そのような治療が行われる前、間、及び/又は後に実施されてもよい。
【0053】
また更なる態様では、筋肉をシミュレートする方法が提供され、本方法は、電気機械的態様及び電気生理学的態様を有する筋肉モデルを確立することを含み、筋肉モデルは、複数の機能要素を含む。本方法は、筋肉モデル内に含まれる複数の組織タイプを定義することを更に含む。各組織タイプについて、その組織タイプに関連付けられる機能要素の関連付けられた細胞モデルが定義され、各細胞モデルは、その組織タイプの電気生理学的特性及び電気機械的特性を記述する常微分方程式の系を含み、系は、少なくとも、その組織タイプのイオンチャネルの細胞動態を記述する。各細胞モデルについて、定常状態に達するか、又は定常状態が許容されるまで、複数の活性化事象がシミュレートされる。複数の組織タイプの各々に対応する組織領域を含む体積メッシュを作成することによって、筋肉の三次元モデルが構築され、各組織タイプ領域は、細胞モデルが関連付けられた複数の機能要素によって埋められる。1つ以上の異質領域が決定され、1つ以上の異質領域は、これらの異質領域の組織タイプの正常な特性から変動した電気生理学的特性及び/又は電気機械的特性を有する。各組織タイプ領域における局所筋線維配向を、筋細胞の局所的な整列に対応するように定義する。本方法は、体積メッシュ全体にわたって、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び三次元電気生理学的シミュレーションを実行することを更に含む。
【図面の簡単な説明】
【0054】
図1】心臓ポンピング活動が、連成された問題に分解され得ることを示す:活動電位の伝播とこれが固体の機械的変形を誘発すること(この2つは、合わさって固体ドメインモデルを定義する)、固体の機械的変形が、流体ドメインモデルによって表される流体に対して仕事を行うこと。
図2】ホジキン及びハクスリーによって概念化された膜貫通イオン電流モデルを示す。
図3】心臓のモデル上で選択され得る例示的な初期活性化領域を示す。
図4】サブドメイン分割と当該サブドメイン間の相互通信とを伴う、記載されたシミュレーションのための高性能コンピューティングの実装態様の例示的な表現を示す。物理的サブドメインΩa及びΩbは、湿潤表面Γcと接触しており、各サブドメインは、3つのパーティションに細分されている。
図5】本明細書に記載された1つ以上の実施形態による筋組織をシミュレートする方法における主要なステップを示す。
図6】複数の活動電位をシミュレートすることによって細胞モデルを初期化することに関与するステップの例示的な表現を示す。
図7】三次元体積メッシュを作成及び埋めることに関与するステップの例示的な表現を示す。
図8】記載されたように生成された臓器モデル全体にわたって、連成された三次元電気機械的及び三次元電気生理学的を実行することに関与するステップの例示的な表現を示す。
図9】本発明の一実施形態による患者の仮想集団を生成するための例示的なプロセスを示す。
図10】仮想集団を表す記載されたようなモデルを生成することに関与するステップの代替的な基本表現を示す。
図11】記載されたように生成されるモデルに対する1つ以上の薬物の効果をシミュレートすることに関与するステップの例示的な基本表現を示す。
図12】モデルにおいて梗塞瘢痕のタグ付き領域を定義し、かつ記載されたように生成される心臓モデル全体にわたって複数の活性化をシミュレートすることに関与するステップの例示的な表現を示す。
図13】記載されたように生成される心臓モデルにおいて頻脈又は他の不整脈を誘発することに関与するステップの例示的な表現を示す。
【発明を実施するための形態】
【0055】
本発明を詳説する前に、本発明の理解を助けるであろういくつかの定義が提供される。引用される全ての参考文献は、参照によりそれらの全体が組み込まれる。別途明示されない限り、本明細書で使用される全ての技術用語及び科学用語は、本発明が属する当業者によって通常理解されているものと同じ意味を有する。
【0056】
「筋細胞(myocyte)」、「筋細胞(muscle cell)」という用語、及び類似の用語は、本明細書では同義に使用され、筋組織に存在する収縮性細胞又は繊維を指す。骨格筋は、筋芽細胞の融合によって形成された多核合胞体である筋繊維で形成され得る。これらの細胞又は繊維は、活動電位に応答して収縮し、したがって、関連付けられた構造に作用する力を生成し、細胞又は繊維に沿って、かつ特定のタイプの筋組織における隣接する細胞に、活動電位シグナルを伝達することができる。
【0057】
「心筋細胞(cardiomyocyte)」、「心筋細胞(cardiac myocyte)」、「心筋細胞(cardiac muscle cell)」、「心筋細胞(heart muscle cell)」、という用語、及び類似の用語は、本明細書では同義に使用され、心筋を構成する筋細胞を指す。これらの細胞は、活動電位に応答して収縮し、したがって、心臓内の血液に作用する力を生成し、隣接する細胞に活動電位シグナルを伝達することができる。
【0058】
「活動電位」又は「電気インパルス」という用語は、ニューロン及び筋肉細胞などの特定の細胞の細胞膜にかかる電圧の急速な周期的変化に関連する。この活動電位は、膜内のイオンチャネルの開閉によって媒介され、心臓細胞の収縮を誘起する。活動電位は、細胞全体にわたって伝播し、ギャップ結合を介して、隣接する心臓細胞に渡され得る。特に、心臓における特定の特殊化した細胞(His-Purkinjeネットワークを構成する)は、心臓全体にわたる活性化の広がりを協調させるために、より速い速度で活動電位を伝導する。健康な心臓では、活動電位は、心拍に対応する間隔で洞房結節の特殊化した細胞によって自発的に生成される。
【0059】
本発明の方法は、1つ以上の標準心臓モデルを、選択された患者の心臓モデルに適合するように漸進的に精緻化することを伴う。
【0060】
本発明の実施形態の実装は、心臓のコンピュータモデリングを伴う。使用されるモデリングへの手法の一般的な態様について以下に記載し、特定の実施形態が詳細に記載されるときに、モデルの実装及び適応の詳細を後述する。
【0061】
三次元オブジェクトのモデリングは、典型的には、メッシュを使用して実施される。これは、オブジェクトを多数の多面体として三次元で記述する頂点、エッジ、及び面の集合である。心臓などのオブジェクトの表現のために、これは、心臓の全ての機能的に関連する体積を表すボリューメトリックメッシュである。体積メッシュは、大規模な系がより小さく単純な部分に細分化される有限要素解析に広く使用される。個々の部分の挙動は、比較的単純な方程式の系によって記述され、系全体の挙動は、成分問題の組み合わせに対する解によって記述される。このことは、典型的には、偏微分方程式の複雑なセットに対する最良の有効解を見つけることを伴う。
【0062】
心臓は、系のうちの複雑で密接に連成された系である。したがって、完全な記述のためには、マルチフィジックス記述(流体-電気-機械的、又は少なくとも、場合に応じて電気-機械的)が必要である。これらの系を離散的にモデル化することができるが、解は、当然、これらの系間の適切な連成を伴う各物理系に対して一貫した結果を提供する必要がある。当技術分野における完全に連成された3つの物理系の例は、Hosoi et al「A multi-scale heart simulation on massively parallel computers」in International Conference for High Performance Computing;2010;New Orleans,Louisianaに記載されたシミュレーションにこの手法を使用した、Watanabe et al「Multiphysics simulation of left ventricular filling dynamics using fluid-structure interaction finite element method」,Biophysical Journal,2004;87(3):2074-2085に記載されている。既存のモデルを本明細書に記載されたモデリング及び計算手法の更なる詳細とともにレビューしたものが、Santiago et al,「Fully coupled fluid-electro-mechanical model of the human heart for supercomputers」,International Journal for Numerical Methods in Biomedical Engineering,2108;34:e3140に見出され得る。件のこの計算手法は、以下に記載されており、これに続いて、物理学の各分野の数学的モデリングが考察されている。
【0063】
物理的な見地から、心臓ポンピング活動を、3つの連成された問題に分解することができる:活動電位の伝播と、これが固体の機械的変形を誘発すること(この2つは、合わさって固体ドメインモデルを定義する)、固体の機械的変形が、流体ドメインモデルによって表される流体に対して仕事を行うこと(このことは、図1に示されている)。2つの連成点は、電気機械的及び流体構造であり、それらの両方が双方向連成である。記載された手法では、流体力学部分は、変形メッシュ上の任意ラグランジュ-オイラー(ALE)スキームを使用して解かれる。流体メッシュ変形は、4番目の問題と考えられ、これは、不均一拡散を伴うポアソン方程式で解かれる。
【0064】
4つの問題は、いくつかの共通の特徴を共有している。4つの問題は、非構造化メッシュ上で有限要素法(FEM)を使用して空間離散化される。ここでは、四面体を使用する。一次導関数時間依存性(流体力学、電気生理学、及びメッシュ変形に必要である)は、これらの技法のうちの1つにおいて有限差分法(FDM)を使用して時間離散化される:扱われる問題に応じて、前進オイラー、後退オイラー、又はクランク-ニコルソン。二次導関数時間依存性(固体力学)も、FDMを使用して離散化されるが、この場合は、一般化αニューマークスキームに従う。
【0065】
離散化されると、連続体力学モデルは、代数系で変換される。メッシュ変形問題の離散化は線形代数系をもたらすが、流体力学、固体力学、及び電気生理学は、非線形系を生じる。非線形問題は、線形化され、ヤコビ反復法(不動点)又はニュートン反復法のいずれか一方で解かれる。
【0066】
心臓をモデル化するために、これらの4つの問題の各々は、非常に大きくなり、効果的な計算のために並列化を必要とし得る。実施形態では、4つのケース全てが、タスクのためのMPI及びスレッドのためのOpenMPを使用して、並列化のためのハイブリッドスキームによって処理され得る。MPI(メッセージパッシングインターフェース)は、タスクを互いに独立に並列に実行できるようにすることによって、並列化をサポートし、ここでは、自動メッシュ分割スキームが実装され得る(例えば、METISを使用して)。ループ、例えばMPIタスクの重負荷ループ、の並列化のために、OpenMP(Open Multi-Processing)スレッドが使用され得る。各問題に使用される方程式の系について、ここでより詳細に記載され、その後、計算手法について更に記載される。
【0067】
筋細胞全体にわたる及び筋細胞間の活動電位の伝播に特別な注意を払う、心臓組織の電気生理学のモデルは、Vazquez et al「A massively parallel computational electrophysiology model of the heart」,Int. J.Numer.Meth.Biomed.Engng.(2011)、及びLafortune et al 「Coupled electromechanical model of the heart:Parallel finite element formulation」,Int.J.Numer.Meth.Biomed.Engng.2012.で詳細に考察されている。電気生理学(EP)の問題は、組織モデル及び細胞モデルに分解される。組織モデルは、異方性拡散方程式によって制御されるモノドメインモデルを使用して解かれる。
【0068】
イオンが心筋細胞膜を通過するための主な2つの方法がある。能動輸送及び能動拡散ネルンスト方程式を採用して、イオン運動に起因する膜貫通電圧を定義する:
【数1】
式中、Vは、電位、Cは、細胞の外部のイオンの濃度、Cは、細胞の内部の同じイオンの濃度、Rは、気体定数、zは、イオンの価数、Fは、ファラデー定数である。
【0069】
静止細胞におけるイオンは、ゴールドマン-ホジキン-カッツ方程式によって定義される電気化学平衡で存在する。
【数2】
式中、Vは膜貫通電位であり、Pionは、特定のイオンに対する膜の透過性であり、[C]ionは、特定のイオンの濃度である。
【0070】
図2に示されるように、ホジキン-ハクスリーのイオン電流モデルに従い、ホジキン-ハクスリーの公式に基づいて、オームの法則に従って、各イオン電流を以下のように定義することができる:
【数3】
【0071】
それらのネルンスト電位を考えると:
【数4】
【0072】
コンダクタンスを、以下のように定義することができる。
【数5】
【0073】
式中、n、m、及びhは、各イオンチャネルのゲーティング動態を定義するゲーティング変数である。キルヒホッフの電流の法則を使用して、図2の電気回路系を解いて、膜貫通電流を計算する。
【数6】
【0074】
したがって、膜貫通電位を、以下のように推定することができる:
【数7】
式中、各コンダクタンス
【数8】
は、膜を横断する各イオンによって生成される電流の量を決定する。
【0075】
細胞膜内のイオンチャネルタンパク質発現の密度は、細胞内の分子相互作用に影響を与え、正常又は病気の表現型の範囲を決定し得る多様な表現型を提供する。タンパク質複合体の可塑性は、心筋細胞機能の主要な決定要因である。例えば、最も一般的な遺伝性疾患は、先天性QT延長症候群(LQTS)である。LQTSは、脱分極電流の変異誘発性減少によって、又は脱分極電流の増加によって引き起こされる(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4471480/又はAbriel H, Rougier JS,Jalife J.Ion channel macromolecular complexes in cardiomyocytes: roles in sudden cardiac death.Circ Res.2015;116(12):1971-1988.doi:10.1161/CIRCRESAHA.116.305017)。
【0076】
ホジキン-ハクスリーモデルの公式内では、電流密度のこれらの変動のうちのいくつかを、チャネルコンダクタンスがベースラインに留まる場合には1に等しくなる係数kによって、コンダクタンスのベースライン値の周りのコンダクタンス
【数9】
の増加又は減少としてモデル化することができる。その結果、膜貫通電位を次のように表すことができる。
【数10】
【0077】
イオンチャネル動態(ゲート変数)は、活動電位表現型において突然変異を誘発する変動にも寄与する可能性があり、したがって、これらのイオンチャネル動態を、特定の罹患状態を表すように数学モデル内で修正することもできる。
【0078】
係数kを使用して多様なコンダクタンス値を近似し、実験環境又は臨床環境で測定された、特定のリモデリングに関する実験知見を享受することができる。
【0079】
細胞モデルは、非線形常微分方程式(ODE)系として組織モデルに連結される。EPモデルの一般的な形態は、以下のとおりであり:
【数11】
式中、Vは、活動電位であり、Cは、膜静電容量である。Iapp(t)は、印加された電流であり、典型的には、初期活性化を付与するために使用されるインパルスである。Iionは、電流項であり、考慮された全てのイオン電流の総和であり、その動態は、細胞モデル現象学的記述又は力学的記述に依存する。ここではヒト心室のO’Hara-Rudy細胞モデルを使用して、全ての臨界膜貫通電流及び細胞型分化をモデル化するが、任意の心筋細胞モデルを採用して、単一細胞膜貫通電圧動態を再現することができる。細胞モデル及び組織モデルの両方を組み合わせると、結果として生じる支配系は:
【数12】
【0080】
式中、Gijは、導電率テンソルであり、Sは、表面積対体積比である。Gijは、位置に依存し、繊維局所系(f、n、t)からの各点で、それぞれ、以下のように縦方向、法線方向、及び横方向に正規化されたベクトルが計算され:
【数13】
【0081】
、g、及びgは、それぞれの導電率である。典型的には、伝導は、繊維に沿ってより高いため、導電率gは、横導電率の3倍大きい。ほとんどの場合、伝導は、横等方性であると考えられているため、g=g。繊維は、f、n、及びtを介して、組織離散化ノードの各々において定義され、これにより、各ノードに局所基部が形成される。このようにして、繊維方向は、心筋の複雑な解剖学的記述に続く節点フィールドとして定義される。電気機械的連成が存在する場合、電気生理学は、変形した構成で解かれ、したがって、導電率項が修正される。
【0082】
式11の系は、それぞれ、一次のヤネンコ演算子分割を使用して、空間及び時間について、FEM及びFDMを使用して離散化される:
【数14】
【0083】
式13において、
【数15】
は、2つの時間ステップの間の未知の差分であり、Mは、質量行列であり、Gは、剛性行列である。
【0084】
固体力学モデルは、以下のとおりである。Xを、基準(又は材料)構成における材料点として定義し、xを、変形した構成における対応する点として定義することができる。基準構成に対する運動量のつり合いの方程式を、以下のように書くことができる:
【数16】
【0085】
式中、uは、未知であり、ρは、(基準体積に関して)組織密度である。テンソルPji及びベクトルbは、それぞれ、第1のピオラ-キルヒホッフ応力テンソル(公称応力)及び変形しない構成における分布した体積力を表す。コーシー応力σ=J-1PFは、変形勾配テンソルFij=∂x/∂Xによる公称応力と関係している。J=det(F)は、ヤコブ行列式である。心組織モデルでは、応力は、受動部分と能動部分との組み合わせであるものとする。
【数17】
【0086】
式中、f=fは、繊維に沿った正規化ベクトルであり、電気生理学(式12)において既に使用されている。受動部分は、わずかに圧縮可能な弾性の不変型材料として、かつ横等方性指数関数的歪みエネルギー関数W(b)を介してモデル化される。エネルギー関数W(b)は、右コーシー-グリーン変形b及び歪み不変量に関するコーシー応力σに関連する。
【数18】
【0087】
歪み不変量I及びIは、それぞれ、非コラーゲン材料及び筋線維の剛性を表す。パラメータa、b、a、bは、実験的に決定される。Kは、圧縮率を設定する。ベクトルfは、繊維方向を定義する。モデルはわずかに圧縮可能であるため、圧縮可能項の異方性効果は、無視される。
【0088】
心組織を粘弾性として扱うことができる溶液には、動的手法が使用される。レーリー減衰を使用して、材料モデルの粘弾性効果を置き換えるため、スプリアス振動が除去される。FEM及びFDMを使用して固体力学微分方程式を空間時間離散化し、かつレーリー減衰項を含めた後、これは、次を提供し:
【数19】
【0089】
式中、a、v、及びuは、それぞれ、加速度、速度、及び変位であり、Bは、ソース項である。この式では、Mは、質量行列であり、K(u)は、剛性行列であり、C(u)=αM+βK(u)は、レーリー減衰項である。α及びβは、減衰する周波数の関数として選定される。レーリー減衰項の一般的な形態では、Cは、構造の質量M及び剛性Kに比例する。数値実験後、適切な減衰を提供するために、c=5及びω=200Hzの値。
【0090】
この系を明示的に解くことができる。式17を、以下のように書き換えることができる:
【数20】
【0091】
式中、粘性力は、fvis=-cαMvであり、内力は、fint=-K(u)uである。Mが対角質量行列である場合、結果として得られる明示的なスキームは、以下のようになる:
【数21】
【0092】
上付き文字「n」及び「n+1」は、それぞれ、変数が時間t及びtn+1に評価されることを示す。
【0093】
電気機械的連成に双方向モデルが使用される。電気機械的方向では、細胞膜の脱分極は、応力活性部分としてモデル化された筋細胞の機械的変形を誘起する(式15におけるσact)。ここでは、心筋を記述するためにHunter-McCulloch-ter Keursモデル又は生物物理学ベースのモデル(すなわち、Land et al 2017)が使用されており、これは、作用応力が繊維の方向にのみ生成され、心臓細胞のカルシウム濃度に依存することを前提とし:
【数22】
【0094】
式中、C50は、σmaxの50%に対するカルシウム濃度であり、nは、曲線の形状を制御する係数であり、σmaxは、最大伸長率λ=1で生成される最大引張応力であり、βは、生成される作用応力をスケーリングするパラメータである。
【0095】
反対方向では、機械電気的フィードバックが幾何学的連成として扱われる(代替的に、機械電気的フィードバックを伸展活性化イオンチャネルとして扱うことができる)。この連成を、変形した構成に対して電気生理学的問題を解くことによって得ることができる。
【0096】
変形した構成で解く場合、行列及びベクトルが、入力としての基準節点位置X を用いるサブルーチンの内部で組み立てられる。変形した電気生理学は、単に入力をx に再割り当てすることによって解かれる。この電気生理学的組み立て手法は、あらゆる時間ステップで行列が再計算されても、固体及び流体力学よりも計算的にはるかに安価である。
【0097】
式13は、変形した構成上の節点座標と、式12から得られるGの代わりに、変換された拡散行列Gと、を使用して空間導関数を計算する:
【数23】
【0098】
空洞及び血管の内部の計算流体力学(CFD)は、任意ラグランジュ-オイラー(ALE)スキームを使用して、変形可能なメッシュ上のニュートン流体の非圧縮流性流れのナビエ-ストークス方程式によってモデル化される。流れ方程式は、以下のとおりであり:
【数24】
【0099】
式中、μは粘度、ρfは、流体密度、vは、速度、pは、機械的圧力、v は、メッシュ速度である。式24及び式25をコンパクトに解くために、v:=viを定義し、ε、σを、それぞれ、以下のように定義される変形速度率及び応力テンソルとする:
【数25】
【0100】
これを用いると、未知数U=[v,p]を有するベクトル、微分演算子L(U)、力項Fを以下のように定義することができ:
【数26】
【0101】
式中、ドメイン速度vは、方程式が離散化されるとメッシュ速度vとなる。Iが恒等テンソルである行列M=diag(ρfI,0)の場合、非圧縮性ナビエ-ストークス方程式をコンパクトな形態で書くことができる:
【数27】
【0102】
数値モデルは、空間のFEM及び時間のFDMに基づいており、対流及び圧力を安定させるために変分マルチスケール(VMS)技法を使用する。この定式化は、未知数をグリッド及びサブグリッドスケールコンポーネント、U=U+U分割することによって得られる。このサブグリッドスケールUもモデル化される。ナビエ-ストークス剰余R(U)を以下のように定義することができる:
【数28】
そのため、次いで、式
【数29】
が、対流速度に応じて、τが対角行列である場合の安定化のために考慮される。結果として得られる系は、速度-圧力分割戦略によって解かれる。時間離散化は、二次逆差分に基づいており、線形化は、ピカールの方法を使用して実施される。各ステップにおいて、系
【数30】
を、速度(u)ベクトル及び圧力(p)ベクトルについて解かなければならない。スーパーコンピュータでこの系を効率的に解くために、分割手法が使用される。シューア補行列は、Orthomin(1)アルゴリズムを使用して得られ、解かれる。そうするために、運動量方程式は、GMRES(一般化最小残差法)を使用して2回解かれ、連続の式は、減次共役勾配(DCG)アルゴリズムで解かれる。
【0103】
ALEスキームは、メッシュ移動のための別の離散化された偏微分方程式の解を必要とする。堅牢である手法を使用し、境界層に、又は細粒幾何学形状特徴の周りに、メッシュ構造を維持することを可能にする。メッシュ移動は、以下のラプラス方程式によって支配され:
【数31】
これは、空間を離散化するためにFEMを使用して解かれる。この方程式において、bは、ドメインの各点における変位の成分である。係数αは、メッシュにおける最小及び最大の要素体積に応じてメッシュ歪みを制御する。
【数32】
【0104】
このように、小さい要素は、ほとんど変形しないままであるが、大きい要素は、この上なく大きい変形に悩まされる。この式は、減次共役勾配アルゴリズムで解かれ、拡散係数が前処理で一度しか計算されないため、このことは、計算的に安価である。接触表面における任意ラグランジュ-オイラー(ALE)境界条件は、固体力学問題からの節点変位を通して設定される。この式は、空間におけるFEM及び時間におけるFDMによって離散化され、単純な拡散問題をもたらす。
【0105】
計算流体力学自体に加えて、上記で考察されたように、流体構造連成は、第4の問題として考慮される必要がある。機械的変形と流体力学とは、血液(CFDを使用してシミュレートされる)と組織(CSMを使用してシミュレートされる)との間の接触境界又は界面である湿潤表面において連成される。離散レベルでは、湿潤表面Γcにおける、変位
【数33】
CFD及びCSMの連続性を、それぞれ強制する必要がある:
【数34】
法線応力
【数35】
は、接点境界Γcに印加される表面力として以下のように変換され:
【数36】
式中、nは、表面の法線である。メッシュは、適合するように構築され、Γにおいて一致する節点を有し、連成変数の非保存性につながり得る補間近似を回避する。
【0106】
この問題におけるFSIアルゴリズムには3つの要件がある。第一に、固体密度と流体密度とは非常によく似ており、かつ追加された質量不安定性が現れやすいため、アルゴリズムは、この問題に対処するのに十分に堅牢でなければならない。第二に、マルチフィジックスシミュレーションに採用された計算戦略に起因して、強連成化スタガード手法が必要である。第三に、流体力学問題及び固体力学問題の両方が潜在的に非常に大きいため、両方の問題は、並列プログラミング戦略に従って実行されるべきであり、このことは、ポイントツーポイントの並列通信でボトルネックを回避するのに十分効率的な連成アルゴリズムを必要とする。これらの問題を克服するために、インターフェース準ニュートン(interface quasi-Newton)(IQN)アルゴリズムの修正版が開発され、コンパクトIQN(CIQN)と名付けられた。
【0107】
簡単に説明すると、この問題は、ディリクレ-ノイマン分解手法で流体ドメインと固体ドメインとに分割される。このように、CSM問題を
【数37】
として、かつCFD問題を
【数38】
として定義することができ、式中、ギリシャ文字の添え字は、自由度(DoF)を表す。これを用いると、各反復の不動点アルゴリズムを、
【数39】
と書くことができる。一般的な様式では、問題を
【数40】
と記述することができる。次の反復を
【数41】
と定義することができる。未知の増分Δxαを以下のように近似することができ:
【数42】
式中、Wαiは、各列に未知の増分
【数43】
を含む行列である。最後に、λは、以下の問題を解くことによって得られ:
【数44】
式中、
【数45】
は、界面問題の剰余であり、Vαjは、各列に界面問題の剰余増分
【数46】
を含む。
【0108】
ここで、シミュレーションに対する計算手法についてより詳細に記載する。実施形態では、好適なシミュレーションコード(一例は、Casoni et al.,「Alya:Computational Solid Mechanics for Supercomputers」,Arch Computat Methods Eng(2015)22:557-576に記載された、高性能コンピューティングを使用して、マルチフィジックスシミュレーションのためのバルセロナスーパーコンピューティングセンターで開発されたシミュレーションコードのALYAである)の2つのインスタンスが、同時に実行される。流体メッシュ変形(ALE問題)及び流体力学(CFD問題)は、一方のインスタンスで計算される。電気生理学(EP問題)及び固体力学(CSM問題)は、他方のインスタンスで計算される。実行時には、各インスタンスは、サブドメインに分割され、各サブドメインは、MPIタスクにピニングされる。インスタンス間の効率的な通信を行うために、MPIポイントツーポイント通信スキームが設定される。このスキームは、図4に示されるように、(血液及び組織などの2つの異なる材料を分離する)湿潤表面上に少なくとも1つの要素を有するサブドメインの各々が、他方の材料においてそのサブドメインの湿潤表面要素の相手とのみ通信することを可能にする。図4では、Γcは、2つの異なる材料ΩaとΩbとを分離する湿潤表面である。各材料は、異なる並列Alyaインスタンス上でシミュレートされ、3つのサブドメインに分割され、つまり、図4の実施例では、ジョイント実行は、合計6つのMPIタスクを使用する。効率的なMPIポイントツーポイント通信スキームに従い、かつ図に従って、上部材料におけるサブドメインΩ は、Ω とのみ通信し、Ω は、Ω 及びΩ とのみ通信しなければならない。解スキームは、図4に示されている。初期化後、各時間ステップについて、並列ソルバーは、スタガード法で実行される:「組織」Alyaインスタンス上の電気生理学/機械的変形、及び「血液」Alyaインスタンス上の流体メッシュ変形/流体力学。
1.インスタンス組織:(a)最新の固体変位を使用して、電気生理学を解き、活性化電位及びイオン濃度を更新し、(b)最新のイオン濃度を使用して、固体力学を解き、固体変位を更新する。
2.インスタンス組織は、湿潤表面の節点速度をインスタンス血液に転写する。
3.インスタンス血液:(a)メッシュの変形を解き、メッシュ変位を更新し、(b)流体力学を解き、圧力速度及び圧力を更新する
4.インスタンス血液は、湿潤表面の節点力をインスタンス組織に転写する。
5.反復する。
【0109】
ガウス-サイデルのスキームを使用してこの方程式の系を解くと、基本的な計算手法は、本質的に以下であり:
【数47】
式中、φGSは、緩和アルゴリズムを表し、dα及びfαは、界面における変位及び力を表し、電気生理学(EP)、計算固体力学(CSM)、任意ラグランジュ-オイラー(ALE)、及び計算流体力学(CFD)は、関与する種々の問題を表す。
【0110】
心室、心房、及び大血管を含む実用的な人間の心臓の幾何学形状は、Zygote固体3D心臓モデルに基づくことができる。この幾何学形状は、50パーセンタイルの米国の21歳の白人男性(5%未満の平均誤差を主張)を表す。画像は、厚さ0.75[mm]のMRIスライスから再構成された。70%拡張期間中に収集及び再構成が行われたにもかかわらず、幾何学形状は、依然としていくつかの残留応力にさらされている。
【0111】
しかしながら、拡張期末構成の既知の状態に起因して、幾何学形状は、応力フリーであると仮定される。ANSAメッシュ生成ソフトウェアを使用して、幾何学形状を修正し、計算メッシュを生成することができる。得られる幾何学形状の主な特徴は、以下のとおりである:
・非特異的構造は、除去される(すなわち、脂肪及び冠状血管)。
・心臓弁膜は、除去され、房室平面における平面表面で空間を閉じる。
・幾何学形状表面は、これらの表面が互いに適合するように修正される。
・心房は、等方性直線状固体材料で満たされる。
・心内膜の内表面は、平滑化される。
【0112】
この収縮期シミュレーションについて、房室弁は、完全に閉じているとみなされ、大動脈弁及び肺半月弁は、完全に開いているとみなされる。このシミュレーションでは、心房は、特に慣性の観点から、モデルのより良い受動的な機械的挙動を提供する以外の目的はない。この場合に、心房は、ρ=1.04[g/cm3]の密度、E=5[Ba]のヤング率、及びν=0.0005のポアソン比を有する固体受動材料として含まれている。
【0113】
ここでは、電気生理学及び固体力学の両方が同じメッシュ上で解かれ、両方の問題は、いかなるタイプのボトルネックもなく、両方の場合で同等である並列性能で同じコードで同時に実行される。電気生理学は、多くの場合、固体力学がより高いメッシュ要件を有すると考えられているが、同じメッシュを使用すると、効率的な補間技法の必要性及び収束問題のリスクなどの、同じ物理ドメイン上で2つのメッシュを使用する問題が回避される。
【0114】
心筋の電気的脱分極及び機械的変形を決定するために、繊維及び細胞の分布が必要である。分布は、拡散テンソルMRIによってエクスビボで確立できるが、現在はインビボで利用できないため、ルールベースの方法が繊維分布に使用される。既存のルールベースの方法は、心臓における各ノードの相対位置を見つけて、繊維方向及び細胞タグを割り当てる。
【0115】
ここでは、LV及びRVの繊維分布は、ルールベースのアルゴリズムを使用して作成される。心室内の各節点について、心内膜及び心外膜までの最小距離が計算される(dendo、depi)。その後、厚さパラメータeが定義される:
【数48】
【0116】
繊維は、生成された局所的な心底に直交して構築され、滑らかな角度の変動を確実にする。次いで、繊維配向が、以下によって決定され、
【数49】
式中、nは、直線状(n=1)又は立方状(n=3)の変動を決定する。+及び-π/3は、繊維の最大角度及び最小角度である。
【0117】
式39を通して、細胞タイプも割り当てられる:最初の1/3は、心内膜細胞であり、2番目の1/3は、心中膜細胞であり、最後の1/3は、心外膜細胞であり、各タイプは、わずかに異なる電気生理学パラメータを有する。
【0118】
心室の変形は、心室の心尖に向かって弁面の縦方向の変位を伴い、心尖-心底間の短縮を誘発する。このことは、心室の的確な変形を確実にするために、関連する境界条件に注意を払う必要があることを意味する。ここでは、変形した形状について心室心膜において法線方向の変位が制限されている(d=0)が、接線面においては自由変位が許されているため、境界が摺動する。Fritz et alにおいて解かれた接触問題(心房及び心膜を含むヒトの心臓モデルにおける心室の収縮のシミュレーション:摩擦のない接触問題の有限要素解析。Biomech Model Mechanobiol.2014;13(3):627-641)との唯一の差異は、それらが基準構成における表面に対してdini=0を課すことである。この「摺動性心膜」状態は、心膜の一部においてのみ課され、弁面に近い領域を自由にして、より均一な変形を可能にする。
【0119】
3つの主要な問題の境界条件及び初期条件は、以下のとおりである:
電気生理学-境界条件は、至る所で法線方向の電束がゼロであり、自然有限要素ノイマン条件として課される。逆に指定された場合を除き、左右の心内膜は、初期条件として同期して興奮する。計算電気生理学の文献で想定されているように、心室内表面全体を興奮させることは、プルキンエ系の良い近似である。
【0120】
固体力学-別段の断りがある場合を除き、心外膜領域については、上述した摺動性心膜境界条件が使用される。流体-電気-機械的連成問題をシミュレートする場合、湿潤表面(すなわち、心内膜)上で、流体及び固体の応力及び変位の連続は、上述したように処理される。最後に、明示的に反対に特定する場合を除き、外表面の残りは、自由に変形する。
【0121】
流体力学-式35に記述されているように、流体力学の問題については、湿潤表面における未知数の連続を強制し、滑り条件v=0を強制しない。流出Γoutの場合、安定化境界条件を使用し:
【数50】
【数51】
式中、ρfは、流体密度であり、項{v・n}-は、v・nの負の部分を表し、つまり、v・n>0の場合は{v・n}-=v・n、そうでなければ{v・n}-=0である。項nσnは、流出を安定化するが、式41における積分項は、流出に比例する圧力を課すオーダーゼロのウィンドケッセルモデルとして機能する。
【0122】
モデルで使用されるバルク特性が下記の表1に提示されている:
【表1】
【0123】
特定の患者に関連する利用可能なデータを使用して、出発点として最も適した既存のモデルを選択することができ(例えば、患者と同様の年齢、性別、サイズ、又は心臓の幾何学形状を有する)、かつ/又は標準モデルの初期調整を行うことができる。
【0124】
機能要素及び支配細胞モデル
モデルを生成し、かつシミュレーションを実施するための例示的な方法に関与するステップの表示が図5に示されている。本明細書に記載されたモデルを生成するための方法は、複数の機能要素を含む三次元体積メッシュの構築を伴い、各機能要素は、心臓などの筋組織又は臓器の活動をシミュレートするために、1つ以上の電気生理学的パラメータ及び/又は電気機械的パラメータを記述する常微分方程式の系を含む支配細胞モデルを機能要素に関連付けている。
【0125】
これらの機能要素は、心臓における細胞の各々に別個のモデルを含めることは、通常、計算的に実行可能ではないため、必ずしも、又は一般的にさえ、単一の細胞を表さない。むしろ、機能要素は、特定の組織タイプにおける類似の細胞の連続体積の活性を表す。より抽象的な用語では、機能要素は、心臓シミュレーション内の領域体積空間に位置する類似の細胞タイプの特定の集団を記述する多様なイオンチャネルの動態を表すODEの解を表すことができる。
【0126】
構築されるモデルの目的に応じて、上述した式に提示されている全ての可能な特徴及びパラメータを含める必要がないか、又は含めることが望ましくない場合がある。例えば、その機械的活動ではなく、モデル化された臓器を横断して、及びそれを介して興奮の広がりをモデル化することのみが所望される場合、電気機械的連成に関連するパラメータを含む必要はない場合がある。そのようなシミュレーションは、不整脈のような問題に対する重要な洞察を既に提供することができる。純粋に電気生理学的なシミュレーションを、この方法で作成することができる。電気機械的挙動を、後の段階でこれらのシミュレーションに追加して、血行動態情報のような臨床心臓データに似たマーカーを抽出することができる。したがって、製造されるモデルのタイプを、電気生理学情報マーカー又は血行動態マーカー及び力学マーカーなどの、得られる標的バイオマーカーに基づいて選択することができる。
【0127】
このことを念頭に置いて、細胞モデルに含まれる電気生理学的パラメータは、イオンチャネルコンダクタンス、膜貫通電圧、及びカルシウム濃度変化のうちの1つ以上に関連し得る。含まれる電気機械的パラメータは、剛性、応力、歪み、弾性、及び収縮性のうちの1つ以上に関連し得る。
【0128】
心組織の異質性を反映するために、本明細書に記載されたモデルは、モデルの生成の一部として定義される(10)複数の組織タイプを含み得る。上記の実施例に示されているように、組織タイプは、内部の動態を支配する異なるODEによって表される、臓器モデル全体において当該組織を埋める機能要素を制御する種々の細胞モデル(20)によって特徴付けられる。例えば、モデル化された膜貫通イオンチャネルの1つ以上は、薬物投与によっても影響を受ける異なるコンダクタンス動態を有してもよく、膜貫通電位の値は、活動電位の間の1つ以上の点で異なっていてもよく、伝導の速度が異なっていてもよいし、収縮活動が変動してもよい。例えば、心筋梗塞を様々なイオンチャネルコンダクタンスの擾乱によって表して、心筋内の特定の空間的位置に損傷した組織の挙動を再現することができる。収縮機能は、イオンチャネル動態に線維症に起因する筋肉の硬直が加わった効果によっても低下する。
【0129】
心臓の異質性は、組織全体にわたる活性化の広がりと、結果として生じる協調収縮と、において非常に重要であるため、異なる組織タイプの表現は、心組織のシミュレーションにとって特に重要である。多くの場合、これらの組織タイプは、心臓の壁内の異なる位置にある細胞の異なる特性である「貫壁細胞異質性」に対応する。結果として、本明細書に記載された心臓モデルでしばしば表される組織タイプは、心内膜組織、心中膜組織、及び心外膜組織に対応する。既述したように、特に重要であることは、プルキンエ組織として知られている心臓全体にわたる活性化の広がりを可能にする組織の表現である。この組織は、心内膜下における心内膜の下に位置し、心内膜組織とは別個の組織タイプとして本明細書に記載されたモデルに存在してもよいし、これらの組織を一緒に治療してもよい。例えば、プルキンエネットワークを、およそ300~500、典型的には約400ミクロンの厚さを有する高速心内膜層として近似することができる。
【0130】
細胞モデルに割り当てられたパラメータは、モデル化される臓器の詳細、特にモデル化されることとなる個体又はグループの特性に従って変動し得る。例えば、女性表現型において、総再分極時間の延長につながる活動電位の延長などの心筋細胞生理学の間の性差が決定されている(Sacco et al.,出版準備中)。
【0131】
細胞モデル段階は、任意の擾乱後に、三次元臓器モデルにおける組織挙動を引き続いて定義する、細胞の全ての変動を定義することを目的とする。本明細書に記載されたモデルがシミュレートすることを目的とする様々な条件は、しばしば、細胞モデルによって実施される入力又は計算の変更を伴う。例えば、異なる心拍数、薬物作用、梗塞又は虚血などの疾患状態、又は貫壁細胞異質性などの因子は、各々を細胞モデルの変更として最初にモデル化することができ、その後にそれらの変更された細胞モデルを使用して、三次元臓器モデルを生成する。結果として、異なる条件がテストされるたびに、その条件を表す細胞モデルの開発から始めて、新しいモデルが生成され得る。
【0132】
定常状態の確立
当然、心臓は、個体の寿命期間にわたって絶えず拍動しており、したがって、任意のシミュレーションは心筋が以前の活動電位及び次の開始からの回復状態に常にあることを反映しなければならないという事実を説明する必要がある。モデルの観点では、このことは、各機能要素が、機能要素の値がそのような以前の活動を反映する状態に初期化される細胞モデルによって表される。複数の活動電位をシミュレートすることによって細胞モデルを初期化する(30)ことに関与するステップの表現に関与するステップの例示的な表現が、図6に示されている。その結果、完全な三次元モデルを生成することは、最初に、定常状態に達するまで、所与の活動電位レート(301)で、最終的な臓器モデルを構築するために使用されることとなる組織タイプの機能要素に対応する細胞モデルタイプ(典型的には、これらのタイプの各々)のうちの1つ以上の活動電位をシミュレートすることを伴い得る。この目的は、特定の組織タイプ内の各細胞の初期条件を定義することである。
【0133】
このコンテキストでは、定常状態は、細胞モデルの電気生理学的値又は電気機械的値(302)のうちの1つ以上が各活動電位の同じ位相で同じ値に戻る(303)平衡状態に達することを指し得る。このことは、例えば、特定の閾値を下回るそのような値の二乗平均平方根誤差によって判定され得る。この判定に使用され得る値の実施例は、特に、活動電位の大きさ又はカルシウム濃度変化の大きさを含む。重要なことに、ユーザは、好ましい場合、特定の条件を許容することができるかどうかを選定することができる(304)ため、定常状態を完全に達成する必要はない。条件を許容する能力は、単一細胞の挙動が、電気的連成に起因する連成された組織の挙動とは異なることを考えると重要である。最初の初期化中に定常状態に達しない場合がある単一細胞モデルは、代わりに、単一細胞モデルが組織に連成されたときにそのような定常状態に達することができ、単一細胞モデルは、組織レベルでの不整脈挙動を得るために重要であり得る。
【0134】
定常状態に達成するか、又は定常状態が許容されると、各細胞モデルの様々な電気生理学的パラメータ又は電気機械的パラメータ(すなわち、機能要素の活性を表すために使用される様々なODEへの入力)について計算された最新の値(305)は、その細胞モデルを使用して機能要素を支配する場合の最終的な臓器モデル上のあらゆる点について、初期条件として使用される(306)。
【0135】
三次元臓器モデルの生成
既述したように、モデル化される三次元臓器は、ボリューメトリックメッシュ又は「体積メッシュ」によって表される。例えば、心臓は、心臓の全ての機能的に関連する体積を表すメッシュとしてモデル化される。メッシュの種々の領域は、心臓の解剖学的構造及び機能に従ってラベル付けされる:心室、心房、弁、血管、心膜及び心外膜、伝導系、罹患組織(存在する場合)など。領域をラベル付けすることによって、これらの領域の各々に、境界条件又は初期条件、生理学的モデル、材料特性、支配方程式などのような特定の挙動を割り当てることができる。ラベル付けされたメッシュとラベルの各々の完全なモデル記述とは、シミュレーションプログラムを明確に定義された形態で供給するために必要な全ての情報を保持するシミュレーションシアター又はシミュレーションシナリオを表す。
【0136】
本明細書に記載されたモデルに使用される体積メッシュのソースは、問題のモデルのコンテキスト及び目的に応じて変動し得る。メッシュの作成(40)に関与するステップの実施例を、図7に見ることができる。目的が特定の個体の心臓の機能を調査することである場合、その個体の心臓のスキャンを使用して、使用される体積メッシュを定義することができる(401)。スキャンは、MRI、CT、CAT、PET、PET/CT、X線、超音波などの、当業者に知られている任意の好適なタイプであり得る。これは、中隔欠損、肥大、低形成、騎乗大動脈、狭窄、閉塞などの先天性状態のような特定の構造的欠陥の影響を評価するときに特に有用であり得る(405)。加えて、瘢痕組織を含むと定義される領域をタグ付けすることなどによって、患者固有のデータが後の段階で使用されることとなる場合、タグ付け領域を正確に適用できるように、問題の患者の心臓の形態に可能な限り近い初期メッシュを使用することが有用であり得る。
【0137】
あるいは、目的が一般集団を代表する心臓の機能又は反応を調査すること、及び/又は仮想集団を作成することである場合、メッシュを、特定の個体のインビボスキャン、又は死後調査に基づく形態などの、集団データ(402)から生成することができる。そのような方法は、複数の例示的な臓器間の平均形態をとって、理論的平均臓器を表すことができる。例示的な臓器を、例えば、年齢又は性別によって、特定のグループの臓器の平均表現を作成するために選択することができる(403)。逆に、結果として生じ得る差異を調査するために、特定のグループに存在する形態の極値から、又は極値間で例を取ることができる。当然、上記の手法のハイブリッド方法を使用することができ、例えば、個体の臓器形態の詳細なスキャンを行うことが実際的でない場合、そのようなスキャンを使用して全体形態を決定することができ、その個体のグループの平均モデルに基づいて、より詳細な態様(以下で考察されている心内膜構造など)を生成することができる。あるいは、梗塞瘢痕のマッピングなどの病理学的情報を、個体のグループを表すメッシュに登録することができる(405、502)。このモデルでは、異なる病状及び併存疾患は、罹患した心臓の挙動を反映するために具体的にパラメータ化される。このように、原発性疾患、及び併存疾患の影響をシミュレートすることができる。
【0138】
本明細書に記載されたモデルの利点は、利用可能である場合、シミュレートされる臓器内の向上した水準の詳細を利用することができることである。例えば、ヒトの心臓には、小梁及び仮性腱索などの心内膜組織の複雑なネットワークがあり、これらは、通常、既存の心臓モデルで見過ごされている。これらの構造は、活性化の伝播に対して、心臓のより同期的な収縮をもたらす「ショートカット」を作成する。それゆえ、これらの構造は、心臓再同期(ペースメーカを使用する心機能の協調)などの治療の転帰に積極的な役割を果たす。更にこれらの構造の配置はまた、心腔からの血液の推進力を補助し、またそれらの収縮機能において重要な役割を果たす。これらの構造を含めるために十分に詳細に生成されたモデルは、これらの詳細がない「滑らかな」モデルと比較して、著しく異なる特性を実証することができる。
【0139】
体積メッシュは、選択又は生成されると(404)、メッシュ内の種々の領域に割り当てられた組織領域を有する(50、501)。組織領域は、複数の組織タイプ及び領域の異質性の各々に対応する。臓器における位置に関連付けられた差異に関連して、組織タイプ内に領域の異質性が存在し得る。例えば、心臓には、心臓における心尖位置~心底位置に関連付けられた細胞異質性がある。いくつかの実施形態では、これを、心尖から心底までの直線状の漸次減衰に続く遅い遅延整流カリウム電流IKのコンダクタンスを修正することによってモデル化することができる。
【0140】
次いで、組織領域は、上述したように開始された細胞モデルによって支配される機能要素で埋められ(60、601)、それらの機能要素及び細胞モデルが表す組織タイプの分布に従って、これらの機能要素の分布がシミュレーションシナリオで相応にラベル付けされる。例えば、貫壁筋細胞異質性を表すために、心臓壁を、心内膜、心中膜、及び心外膜の組織タイプを表す機能的要素によって埋めることができる。いくつかの実施形態では、この割り当てを以下のように分布させることができる:心内膜(内側25~35%、典型的には30%)、心中膜(中間35~45%、典型的には40%)、及び心外膜(外側25~35%、典型的には30%)。
【0141】
前述したように、心筋構造を、異方性材料として、より具体的には直交異方性材料として、特徴付けることができる。心筋組織モデルに、筋肉細胞の整列から生じ、かつ機械的収縮につながる、隣接する機能要素への繊維配向及び接続を割り当てることができる(70、701)。心臓の場合、組織モデルに、協調した収縮が発生したときのポンピング活動を容易にするために、心臓の心尖-心底軸に対して螺旋配向を割り当てることができる。ルールベースのモデルを使用して、繊維配向を定義することができる(Doste et al「A rule-based method to model myocardial fiber orientation in cardiac biventricular geometries with outflow tracts.」Int J Numer Method Biomed Eng.2019)。機能要素間の電気生理学的接続は、関連する機能要素の配向、心臓におけるこれらの機能要素の位置、及びこれらの機能要素が属する組織領域に基づいて変動し得る導電率パラメータで支配され得る。例えば、プルキンエ組織及び/又は心内膜層を、機能要素間の特に速い導電率で特徴付けることができる。
【0142】
小梁及び仮性腱索を埋める機能要素を、これらの構造の縦方向に基づいて整列させることができる。小梁内の心筋細胞と心内膜との間の遷移を、構造と心内膜壁との間に形成された角度に従って平滑化することができる。
【0143】
関心のタグ付け領域を、梗塞瘢痕、虚血、及び他の状態などの組織損傷又は異常の領域に関連し得る、生成された三次元モデルに適用することができる。
【0144】
三次元モデル全体にわたるシミュレーション
三次元モデルが生成されると、モデル全体にわたって活動電位のシミュレーションを実行することができる(80)。心臓モデルのそのようなシミュレーションに関与するステップの実施例を、図8に見ることができるが、同様のステップが、任意の筋組織のモデルに適用される。このことは、一般に、モデル上の1つ以上の場所に刺激を作成する(803)ことを伴い、これにより、メッシュ全体にわたって伝播する、機能要素レベルでの活性化が引き起こされる。例えば、心臓では、活性化領域を選択して、プルキンエ線維-心筋接合部(PMJ)と呼ばれる心臓伝導系端子を表すことができる。心臓の自然のペースメーキング系の一部又は全ての一次元、二次元、又は三次元モデル(洞房結節及び房室結節並びにプルキンエ線維を含む、刺激が自然に生じる心臓の領域を記述又はモデル化する)を、この初期刺激を駆動するように含めることができる(801)。あるいは、又は加えて、活性化を、早期活性化が見られる領域(802)における三次元モデルの領域で開始することができる。以前の研究(Durrer D et al「Total excitation of the isolated human heart.」Circulation.1970)に従い、例示的な初期活性化領域を、以下のうちの1つ以上であるように選択することができる:図3に示されるように、1~2.前乳頭筋(A-PM)の挿入近くのRV壁上の2つの活性化領域、3.僧帽弁の下の高い前中隔付近LV領域、4.中隔の左表面上の中央領域、5.心尖-心底間距離の1/3にある後側LV中隔付近領域。
【0145】
上記で考察したように、限局性の初期刺激は、機能要素を活性化し、機能要素の活動が空間に伝播する。計算機能要素は、分離された筋肉細胞(又は細胞の小グループ)の時間依存性電気活動をモデル化する限局性の活動のものであるが、三次元臓器モデルは、筋肉全体にわたってこの機能要素の活動を空間的に伝播させ(804)、収縮をもたらす方法である。心臓の場合、この協調した律動的な収縮は、ポンピング活動を引き起こす。対照的に、律動、協調、又はその両方の欠如は、ポンピングを損なう。計算の観点からは、機能要素は、空間臓器モデル(805)への限局性のプラグインである。細胞モデルと臓器モデルとの緊密な連成から生じるフィードバック、及び心臓解剖学的構造の構造的定義は、健康シナリオ、罹患シナリオ、及び治療シナリオの現実的な計算モデルにつながる。
【0146】
筋肉モデルにおける次のレベルの連成は、電気生理学活動と機械的活動との間で起こる。活動電位が伝播するにつれて、活動電位は、大抵(であるが排他的ではない)筋繊維に沿って局所的組織収縮を生じる。臓器レベルでは、このことは、活動電位伝播波に密接に従う機械的伝播波を表す。時間ステップごとに各機能要素において、電気機械的活性力は、電気生理学モデルによって計算されたいくつかの量の関数として計算される(806)。次いで、時間ステップごとに各メッシュ要素において、計算された機械的変形は、電気生理学モデルにフィードバックされる(807)。
【0147】
筋肉の機械的活動は、心内膜を介して流体力学に双方向に連成される。心組織が電気機械的力の活動下で動くと、このことが内心腔を変形させる。そのような形状変化は、心腔内の血液を循環系に向けて弁を介して心臓の内外に移動させる。機械的問題は、心臓内壁上の流体力による心腔の内部の血流によってフィードバックされる。
【0148】
全体的な心臓性能を調査するために、いくつかのバイオマーカーが計算され(808)、次いで、これらを患者のバイオマーカーと比較することができる。心臓の機械的活動を評価するために臨床領域で使用されるバイオマーカーの多くを、計算モデルで計算することができる。
・ECG形態及びQRS持続時間:左束枝ブロック(LBBB)及び150msを超えるQRS持続時間は、心臓再同期療法(CRT)に対するLV応答の強力な予測因子である。QRS複合体の正常持続時間は、80~100msである。QT間隔及びQT間隔延長は、薬物不整脈リスクを評価する主要なマーカーである。
・房室(AV)及び心室間(VV)遅延:心房ペーシングパルスと心室ペーシングパルスとの間のAV遅延の最適化は、効果的なCRT治療のために必須であり、最初はCRT植込み術中に行われるが、患者の臨床的進化に応じて後方修正を行うことができる。
・心拍出量を推定するためのLV流出路(LVOT)の速度-時間積分:健康な集団では、正常なLVOT VTIは、毎分55~95回の心拍数(HR)で18~22cmである。
・LV収縮期末体積(LVESV):正常に近いLVESV値へのLV逆リモデリングは、CRT後の奏効を示す(通常、デバイスの植込みから6ヵ月後に評価される)。
・LV駆出分画(LVEF):35%を超えるLVEFを有する患者は、CRTの適格性がない(正常範囲は、55%~70%)。CRTは、患者の年齢にかかわらず、LVEF及び心臓のリモデリングを改善する。
・GLS(全体の縦方向歪み):最近から、AHAセグメント当たりのGLS(全体の縦方向歪み)は、EFよりも優れたマーカーと考えられている。
・ESVI(収縮期末体積指数):増加したESVI(ESVを体表面積で除算した収縮期末体積指数)によって決定される、不適応性心室リモデリング及び抑制された心収縮性は、CHDを有する外来患者の一般的なコホートにおけるHFの入院を予測する。ESVIは、HFを予測する能力において、左心室収縮機能(EF)及びリモデリング(EDVI、拡張期末体積指数)のより確立されたマーカーよりも効果的であった。
・収縮期同期異常指数(SDI):これは、心周期のパーセンテージとして表されるLVの16のセグメントの各々の最小体積に達する時間の標準偏差として定義された。逆リモデリング(RR)は、15%以上の収縮期末体積(ESV)の減少として定義された。
・3D心エコー検査の局所LV時間-体積曲線からのLV収縮期異常同期:これは、3Dエコー壁運動スペックル追跡分析による16個の心臓セグメントにおける縦方向ピーク変位に対する時間の平均標準偏差である。
・血行動態力:最後に、まだ臨床研究中であるが、LV機能を評価できるパラメータに関連してパラダイムの変化を構成する、新しい非常に有望なパラメータは、いわゆる血行動態力(HDF)の値である。HDFは、多くの制限を有するパラメータであるLVEFとは異なり、無臨床的心筋障害を検出するのに好適な感受性マーカーであることが実証されており、CRT中のLV機能の改善を評価するための非常に信頼性の高い値を構成することができる。HDFは、心室内圧勾配と同等である。
【0149】
実際の臨床コンテキストにおいて、これらのバイオマーカーを、患者からの医療画像、特に心エコー検査から評価することができる。これらのバイオマーカーは、基本的に、心臓の異なる領域間の機械的同期異常及び心室における一回拍出量を測定するために使用される。
【0150】
心臓電気生理学の典型的なバイオマーカーは、心電図(ECG)である。シミュレートされた心臓の電気生理学的活動は、実際の臨床コンテキストとほぼ同様に、擬似心電図(擬似ECG)を通じて評価される(809)。このことを、生成された胴体内に三次元心臓モデルを位置させ、心臓の電気活動を複数の座標(又は、実際のECGを記録するために使用されることとなる電極に対応する場合の「電極」)において記録することによって行うことができる。例えば、3つの電極を、右腕(RA)、左腕(LA)、及び左脚(LL)のおおよその位置に位置決めすることができる。擬似ECGを、心組織内の膜貫通電圧の空間勾配にわたる積分として計算することができる。生成された胴体の形態は、標準的な胴体の形態であり得るか、又はこの形態を、例えば、心臓のグループパラメータ(年齢、性別、体重など)、又は特定の個体の場合には実際の胴体形態、にマッチングさせることによって、シミュレートされる心臓にパーソナライズすることができる。
【0151】
擬似ECGの計算は、以下のように単極電位(φ)の計算から導出でき:
【数52】
式中、Dは、あらゆるガウス点における拡散テンソルであり、Vmは、膜貫通電位の空間勾配であり、rは、心臓幾何学上の点を表すソース点(x,y,z)からの距離であり、フィールド点(x’,y’,z’)は、擬似ECG(LA、RA、LL)を計算するために使用される電極のうちの1つの位置を表す。ここで、電位差は、2つの電極間の電位の差として定義され、これらの電位差は、「リード」として表される。常に、1つの探査(正)電極及び1つの記録(負)電極がある。このように、探査電極に向かう伝播波は、正の波を生成し、その逆もまた同様である。3つのリードは、ここでは次のように定義される。
【数53】
【0152】
上記の方法は、心臓の三次元モデルがどのように生成され、心臓活動をシミュレートするために使用され得るか、及び性能の有用なバイオマーカーがどのように導出され得るかを記述する。そのようなモデル及びシミュレーションを、個々の患者などの個体に、その個体の心臓に関する情報を使用することによって、又は個体の特性に合わせて調整又はマッチングされた集団データを使用することによって、より密接に関連するようにパーソナライズすることができる。逆に、以下により詳細に記載されているように、例えばイオンチャネルの特性を変動させることによって、モデルのパラメータを変化させることによって、「仮想集団」を表す複数の実在又は仮想の個体を表すための複数のモデルを生成することが可能である。
【0153】
前述したように、記載されたモデルを使用して、モデルに当該病理学との相関を含めることによって、心臓に対する病理学の影響を検出することができる。例えば、体積メッシュに形態欠陥を表すことができ、対応する細胞モデル方程式にイオンチャネル異常を表すことができ、体積メッシュ及び関連付けられた細胞モデルに瘢痕化を表すことができる(以下でより詳細に記載されている)。また、本明細書に記載されたモデルを使用して、そのような治療が実施される前、間、又は後に、医療介入又は治療の転帰を予測するか、又は別様にシミュレートすることができることが企図される。例えば、シミュレートできる治療として、以下でより詳細に考察されているように、ペースメーカ設置、薬物応答、頻脈誘発、及び/又はアブレーションが挙げられる。これらの治療の影響を、体積メッシュ、活性化誘発の位置、細胞モデル、及び他のパラメータのうちの1つ以上に反映することができる。これらの治療の転帰を、上述したバイオマーカーのうちの1つ以上の観察から決定することができる。記載されたモデルは、そのような予測が個体特異的な情報に関して行われることを可能にすることから、そのような手法は、どの治療法が個体に使用できるか、又は使用されるべきか、及び成功の可能性を決定する際に特に有用である。
【0154】
そのような方法は、ヒトの心臓をモデル化するために使用される場合、明らかに特に有用であるが、動物の心臓が同等の方法でモデル化できること、及び本明細書の任意の実施形態が、非ヒト霊長類又は非ヒト哺乳類などの非ヒトに等しく適用できることが企図される。
【0155】
仮想集団生成
本開示によるモデルの一般化可能な性質は、モデルに通知するために使用される入力生理学的パラメータの1つ以上を変動させることによって、これらのモデルが正常集団で実証された異質性に及ぶ心臓を表すことを可能にすることができる。例えば、活動電位の間にイオンフロー及び膜電位を調節する様々な膜貫通イオンチャネルは、それらのチャネルに関するインビトロ電気生理学的研究、又は別のものによって決定されるように、機能及び薬物応答において顕著な異質性を呈する。例えば、年齢及び性別は、被験者間の変動の重要な原因として特定されている。変動の極値に基づく仮想集団の生成の実施例を、図10に見ることができる。各既知のチャネル又は他のパラメータについて表現型のスペクトルを識別することができる(1001)。この場合、極値の表現型(例えば、特定のチャネルの最小動態及び最大動態)によって、かつ/又は中間値から、スペクトルを定義することができる。これらの値は、式8のkの係数を指す。極値を、正常集団から、かつ/又は疾患集団から取ることができる(1002)(Muszkiewicz et al;「Variability in cardiac electrophysiology:Using experimentally calibrated populations of models to move beyond the single virtual physiological human paradigm」Progress in Biophysics and Molecular Biology 2015)。
【0156】
例示として、心筋細胞における活動電位持続時間に最も影響を与えると考えられる5つのイオンチャネルは、INa、IKr、IKs、ICaL、及びINaLである。正規性のエッジを記述するコホートに関するイオンチャネルの発現のスペクトルの分析を必要とする場合、これは、組み合わせ問題になる。これらの5つのイオンチャネルは、各々、最大及び最小の表現型を与え、つまり、この問題は、これらの各々の最小値及び最大値の組み合わせを表すために、2(32)人の被験者、又は男性及び女性の被験者の両方が使用される場合は64人に低減することができる(1003)。
【0157】
したがって、本明細書に記載された方法に従って生成されたモデルは、集団に合理的に予想され得る極値に従って心臓を描写することができ(1004)、並びに、より多くみられる中間の心臓を描写することができる。これらの手法を使用して、性、年齢、イオンチャネル遺伝子変異、及び/又は他のカテゴリに特異的であり得る、表現型的に扱いやすいシミュレーションの仮想集団を生成することができる。生成されると、個々の仮想患者は、互いに実効的に独立している。以下に更に示すように、極値をキーイングすることを超えた他の手法を使用して、実効的な仮想集団を生成することができるが、図10に示される仮想集団に他の手法を使用することができる。
【0158】
インシリコ臨床試験
そのようなインシリコ仮想集団を作成する能力は、本発明の具体的な利点である。一人のヒトの心臓挙動を再現しようとするのとは対照的に、この手法は、臨床試験と同様の様式で、ユーザが集団の挙動を記述することを可能にする。同様に、これらのモデルを、各シミュレーションを一人の特定の人と比較することによってではなく、臨床試験中に測定された多様なバイオマーカーの応答、又は大規模集団研究と比較することによって検証することができる。この手法を使用して、単に実験に基づく仮定を採用することによって、仮想集団は、「臨床的に観察された」心臓挙動内に存在するマーカーのセットを再現する。それらの出力自体を用いるいかなる「較正」も必要なく-これらの出力は、予測される。特定の溶液を調整するためには、必要とされる任意の所与の臨床マーカー(すなわち、駆出分画、QT間隔、QRS持続期間)に従って集団を較正又はサブサンプリングする必要がある場合があることに留意されたい。1つ以上のバイオマーカーに関する検証は、パラメータ変動の知識ベースの仮定の後のモデルからの予測が、集団がどのように振る舞うかを記述することができ、ヒトの臨床試験と広く類似した様式で、特定の治療に応答することができることを意味する。
【0159】
例示的なシリコ試験方法が、図9に示されている。本手法は、本明細書に記載されているように、男性及び女性のいずれかの解剖学的構造を使用し、かつ男性又は女性の心筋細胞イオンチャネルの発現を含む、ヒトの心臓の電気生理学モデル、電気機械的モデル、又は電気機械流体モデルに依拠する。そのようなモデルは、健康又は疾患におけるヒトの測定された挙動内の臨床的に観察された特徴又はパラメータを再現することができる:QRS間隔及びQT間隔、駆出分画、収縮期体積及び拡張期体積、心臓弁を横切る流量、心筋緊張、圧力、縦方向歪み。したがって、ユーザは、モデル又は集団からこれら又は他の生理学的パラメータを導出することができる。
【0160】
系への更なる入力は、医療介入の効果であろう:これは、薬物(したがって、心臓系に対する薬物動態活動は、入力であり得る)、又はペースメーカ又はポンプなどの医療機器の効果であり得る。
【0161】
病理学的状態、及び/又は入力パラメータの既知の変動性に関連する測定された情報は、更なる入力となろう。これは、仮想集団、及びしたがってシミュレーションが現実を反映することを確実にするために使用されよう。そのような変動するパラメータは、イオンチャネルコンダクタンス又はゲート動態、圧力範囲、線維症のような組織特性の可変性、剛性、伝導速度、又はクロスブリッジ動態に関する可変性を含み得る。
【0162】
これらの入力を用いて、仮想集団を生成することができる。図10に示された手法に対する代替的な手法がここで使用されてもよい。許容可能な変動の範囲(典型的には実際の変動を反映する)は、変動するパラメータの各々について確立される。これは、全ヒト集団、又は関心のサブ集団を反映し得る。変動するパラメータの相互に一貫したサブセットが、単一の仮想患者を生成するために選定される。本明細書における適切な変動するパラメータは、電気生理学問題におけるイオンチャネルコンダクタンス若しくはゲート動態、並びに/又は圧力若しくは心筋硬直のような電気機械的パラメータであり得る。これらの入力選定から結果として生じる出力が(関連する)ヒト集団を反映する場合、結果として生じる仮想患者は、有効な選定である。仮想患者からの出力のいずれかが、関連する集団の臨床的に観察された生理学の範囲外にある場合、仮想患者は、破棄される。これらの出力が、臨床的に観察された生理学の範囲内にある場合、患者を許容することができる。このプロセスは、必要とされるサイズの仮想患者の集団が作成されるまで続く。
【0163】
この手法を適用することができる多様な可能なコンテキストがある。薬物投与のコンテキストでは、心臓イオンチャネル(用量、IC50及びh値)に対する薬物効果を採用し、その薬物影響を有するモデルを再び実行することによって、1つ以上の薬物を集団に投与することができる。そのような状況が、以下でより詳細に検討される。医療デバイスの試験では、デバイス介入を仮想集団に適用し、介入(心臓再同期療法など)の結果を評価することができる。
【0164】
モデル化後、仮想患者から取得された全ての出力が臨床的に観察された応答内に入るかどうかを判定することができる。特に、仮想集団が生成される場合、取得された出力が臨床的に観察された応答の空間内に入るかどうかの評価を、集団内の各モデル/仮想患者の生成後、又は複数のモデル/仮想患者の生成後に実施することができる。出力がそうでない場合には、シミュレーションプロセスを再評価する必要があり、特に、仮想患者を、これらの仮想患者が現実世界の測定値と相関しない結果のソースである場合、現実世界の集団を代表しない集団として集団から除外するとよい。このことは、原則として、仮想患者が現実世界の条件を満たさないプロセスのどの段階でも、シミュレーションの前後に行われ得る。集団が代表として確立されると、介入から生じた結果をベースライン条件シミュレーションと比較することによって介入の効果を定量化することが可能である。
【0165】
介入が評価されると、現実世界の用途に価値のある結果を確立するために、集団に更なるテストを受けさせることができる。例としては、以下が挙げられるが、これらに限定されない:
1.応力テスト。これは、介入の効果の特徴付けが不明確な場合に使用され得、仮想集団に、各被験者の心臓リスクを識別するための応力テストを受けさせることができる。
2.プログラムされた刺激プロトコル。特に心室頻脈の不整脈リスクの評価のために、深い特性評価をより詳細に評価することもできる。
3.徐脈。不整脈リスク及び心機能を評価するために、より長いサイクル長を採用することができる。
4.ペーシングプロトコル。多様なペーシングプロトコルが評価され得る。
5.心拍数効果。心機能の評価は、多様な心拍数で行われ得る。
6.ペーシング最適化。これは、ペーシング位置の最適化、又はペーシングプロトコルの最適化を伴い得る。
7.アブレーション。心臓アブレーション位置及び戦略の効果が評価され得る。
【0166】
全臓器レベルでの薬物応答の評価
上記に示したように、この種の仮想集団の特定の使用は、臓器機能に対する薬物効果のシミュレーションのためのものである。例えば、薬物誘発性心毒性は、製薬業界、規制当局、及び臨床医にとって主要な懸念事項である。ヒト集団に対する心毒性効果を有する薬物の潜在的な心毒性を決定することには、直截的な答えがなく、薬物の組み合わせには、更に多くの予測不可能な転帰があり得る。そのような効果を決定することについての主要な問題のうちの2つは、インビトロ効果を全臓器又はインビボ転帰に外挿することの困難性、及び集団に存在する異質性である。すなわち、特定のイオンチャネルによる特定の薬物への応答を決定する方法はかなりうまく確立されているが、心臓全体がその薬物の投与にどのように反応することになるか、ましてや異なる個体からの心臓がどのように反応し得るかを決定することは容易ではなく、このことは、特定の薬物の最良の場合及び最悪の場合の転帰を確立する場合に必要な考慮事項である。
【0167】
図11は、記載されたように生成されたモデルに対する1つ以上の薬物の効果をシミュレートすることに関与するステップの1つの表現を示す。例として、上記で考察したように、活動電位持続時間に最も影響を与える5つのイオンチャネルを選択し、これらのチャネルの動態の極値を男性及び女性の細胞において識別して(1012)、概念的な被験者の集団におけるこれらのチャネルのモデリングパラメータを与えることができる。これらのパラメータを使用して、上記で考察したように、組織タイプ(1014)に関連付けられた機能要素と、チャネルのコンダクタンスに適用される1つ又は様々な特定の薬物の効果と、を支配する細胞モデルを生成することができる。特定のチャネルに対する特定の薬物の効果は、既存のインビトロ電気生理学的データを参照することによって決定され得るか、又は直接決定され得る(1011)。同様に、個体の血漿中の薬物の予想濃度を、特定の薬物の薬物動態及び薬力学モデルから取得することができる。2つ以上の薬物の効果をシミュレートすることが所望される場合、両方の薬物の相互作用は、影響を受けるイオンチャネルに対する各薬物の付加的又は乗算的効果であると仮定することができるか、又は問題のチャネルに対するそれらの薬物の経験的に決定された効果に基づいて、より複雑な相互作用を使用することができる。
【0168】
薬物影響を受けた細胞モデルは、本明細書の他の箇所に記載されているように、活動電位をシミュレートすることによって、これらの細胞モデルが定常状態に達するまで(又はこれらの細胞モデルの状態が許容されるまで)実行される(1015)。次いで、平衡で達成されたパラメータを使用して、問題の薬物(複数可)の影響を受ける臓器全体を表すための三次元臓器シミュレーションを生成する。次いで、臓器に対する薬物の効果を決定することができる(1016)。心臓では、このことを、例えば、擬似ECGの考慮と特徴的な波形の分析とによって、解剖学上の電気生理学的伝播を視覚化することによって、又は別様に、評価することができる。
【0169】
上記で考察したように導出された仮想集団から得られたモデルに対する薬物効果又は他の介入を考慮するためにそのような方法を使用することは、特に有利であるが、そのような方法を使用して、特定の個体の特定の薬物に対する反応を予測し、例えば、特定の患者への治療の割り当てに役立てることができることも企図される。
【0170】
不整脈のモデリング
不整脈は、特に心筋梗塞後の頻脈(心室頻脈など)の場合には、以前の病理に従うことができ、このことは、心筋梗塞後の心筋瘢痕の存在に関連すると考えられている。突然の心臓死はそのような不整脈の頻繁な結果であることから、梗塞瘢痕化の既存のパターンに基づいて、結果として生じる頻脈が所与の患者に起こりそうであるかどうかを決定して、植込み型心臓除細動器(ICD)の使用などの適切な措置をとることができるようにすることは、価値があろう。電気生理学的介入は、プログラムされた刺激を使用して電気刺激をインビボで心組織に直接適用して頻脈を誘発しようとすることなどによって、そのような問題を予測するために開発されてきた(Josephson ME.「Programmed stimulation for risk stratification for postinfarction sudden cardiac arrest:why and how?」Pacing Clin Electrophysiol.2014;37(7):791-794.doi:10.1111/pace.12412)。これらの電気生理学的介入の予測能力にもかかわらず、そのような手法は、これらの電気生理学的介入の明らかな侵襲性、そのような処置のリスク、及び効果的に刺激できる心組織の限られた箇所に限界がある。したがって、本明細書に記載されたモデルは、時間、外科的実用性、又は安全性に起因する制限なしに、これら及び同様の方法の無リスクバージョンを実施することを可能にすることができる。
【0171】
プログラムされたシミュレーションの主な目的は、頻脈が起こりそうかどうか、及び頻脈が心組織のどの領域に生じるかを識別することである。そのような状態の1つの潜在的な治療法は、アブレーション、すなわち、心室頻脈をリハビリ及び維持する組織体積の燃焼による不活性化である。頻脈の誘発と潜在的なアブレーション治療の効果との両方を、やはり誤って識別された領域をアブレーションするなどのインビボ手法の明白なリスクを伴わずに、本明細書に記載されたモデルを使用してシミュレートすることができる。
【0172】
同様のモデルを使用して、標準的な健康状態下での、又は罹患した場合の所与の心臓の活動を予測することもできる。別の可能性は、本明細書の他の場所に記載された手法を使用して、特定の薬物、又はペースメーカ設置などの他の治療の効果のシミュレーションである。
【0173】
上述したラベル付け手順を使用して、梗塞後心臓のモデル上で誘発プロトコルが試みられる場合、体積メッシュのタグ付け領域を、例えば患者スキャンに基づいて、決定し、生成されたモデル内で梗塞瘢痕モデルを表すものとして確立することができる(503’)。近接法を使用して、モデルのどの細胞又は節点が瘢痕の内部にあるかを定義することができる。例えば、瘢痕がポリゴンによって定義される表面メッシュの閉じた部分によって定義される場合)、ポリゴンの内部の機能要素は、瘢痕組織としてタグ付けされる(602)。別の可能性では、瘢痕が点群として定義される場合、点群までの一定の距離にある機能的要素が瘢痕組織としてタグ付けされる。
【0174】
モデルの目的のために、瘢痕組織としてタグ付けされた機能要素の細胞モデルを、そのようにタグ付けされなければモデルのその部分の機能要素の細胞モデルに存在するであろう電気生理学的パラメータ及び/又は電気機械的パラメータのうちの1つ以上が欠けているものとして表すことができる。例えば、梗塞した瘢痕組織の細胞モデルを、モデルにおいて、伝導性がないか、又は大幅に低下しているものとして、かつ/又はイオンチャネル動態が完全に欠如しているものとして表すことができる。電気機械的特性を、なくすか、低減するか、又は変化させる、例えば、収縮性を欠いている、又は増加した剛性を有するものとすることができる。同じことをアブレーション領域に適用して、臨床治療の転帰を評価することができる。機能要素を、収縮性が欠如しているものとして表すことができる。タグ付け領域を、「穴」又は「密集した瘢痕」としてモデル化することもでき、この場合、機能要素がその領域から完全になくなっており(又は除去されており)、正常な機能の完全な不在を表す。瘢痕組織を、タグ付けされた瘢痕領域内の機能要素の全ての細胞モデルが同じパラメータを有するように、均質であるものとしてモデル化することができる。瘢痕組織は、異質であることもでき、この場合、瘢痕の異なる領域は、異なる特性を有する。多くの場合、瘢痕の末梢に近い組織は、中央瘢痕組織よりも影響を受けにくい可能性があるため、タグ付けされた瘢痕領域内の機能要素の細胞モデルの特性を、タグ付けされない機能要素へのこれらの機能要素の近接度に基づいて割り当て又は調整することができる。
【0175】
瘢痕組織としてタグ付け領域における機能要素を支配する細胞モデルの特定の特性、又はこの特性の欠如の選定を、実験データを使用するか、又は問題の組織によって実証されるインビボ挙動に最も密接にアプローチするために、多様なパラメータ調整が適用される最適化プロセスを介して決定することができる。
【0176】
頻脈の誘発を調査するためのモデルを初期化するために、連成された三次元電気機械的シミュレーション及び/又は電気生理学的シミュレーションを、定常状態に達するまで、いくつかの「心拍」について、所与の活動電位レートで、体積メッシュ全体にわたって実行することができ(80’)、その実施例が図12に示されている。細胞モデル及び他のレベルでの定常状態の確立と同様に、臓器レベルのシミュレーションについて、所与の心拍数での所与の被験者の平衡心臓活動を表す定常状態に達しなければならない(901)。やはり同様に、所望する場合、平衡に達していなくても状態を許容することができる(902)。臓器レベルでの定常状態は、臓器シミュレーションの電気生理学的値又は電気機械的値のうちの1つ以上が、各活動電位の同じ位相で同じ値に戻る場合に達成され得る。このことは、例えば、特定の閾値を下回るそのような値の二乗平均平方根誤差によって決定され得る。この決定のために、特に臓器レベルのシミュレーションのために使用することができる値の例としては、擬似ECGの形態の特定の態様、及び/又はモデル化された解剖学的構造全体にわたるカルシウム濃度変化の体積積分、又は空洞の圧力-体積の関係が挙げられる。定常状態に達するか、又は定常状態が許容されると、シミュレーションを同一の時点から開始及び再開できるように、解剖学的構造全体にわたる全ての状態変数値(すなわち、系の状態を完全かつ一意に定義する必要な値)が保存される(903)。
【0177】
これらの初期変数値が確立されると、頻脈の誘発プロトコルを実施することができ、そのプロセスの例が図13に示されている。このプロセスは、上記で考察したように、体積メッシュの少なくとも一部分をペーシング位置として定義することを伴い得る。ペーシング位置は、臨床ガイドラインに示唆され、一般に、右心室の心尖、左心室の心尖、及び/又は右心室流出路を含み得る(Josephson ME.「Programmed stimulation for risk stratification for postinfarction sudden cardiac arrest:why and how?」Pacing Clin Electrophysiol.2014;37(7):791-794.doi:10.1111/pace.12412)。次いで、プロセスは、選択されたペーシング位置(S1刺激)のうちの少なくとも1つで活性化を開始する(904)こと、及び時間遅延後に同じ位置に第2の刺激(S2刺激)を追加する(905)ことを伴い得る。このプロセスは繰り返され、毎回第2の刺激までの時間遅延を短縮し(例えば、毎回10ミリ秒だけ)、無応答の刺激が達成されたかどうかを判定する(906)。このコンテキストでは、無応答の刺激を達成することは、刺激が伝播を生成しなくなったことを意味する(組織が無応答期間にあるため)。上記で考察したバイオマーカー(典型的には擬似ECG)を観察することによって、伝播の不在/存在を迅速に決定することができる。
【0178】
その後、活性化は、一連の2つの刺激として(リセットせずに)開始され、最初の刺激(S1)に第2の刺激(S2)が続き、S1とS2との間の時間遅延は、伝播を誘起した最短時間遅延(すなわち、無応答の刺激に達する前にテストされた最後の時間遅延)に等しいか、又は無応答の刺激をもたらした時間遅延よりもわずかに長く(例えば、10ms長い)設定された時間遅延(907)である。
【0179】
次いで、頻脈又は他の不整脈が観察されるまで、先行する活性化ステップが、増加した数の刺激(すなわち、S3、S4など)で繰り返され得る。いくつかの実施形態では、4つのそのような余分の刺激を、インビボ手順で同様の存在又は不在として頻脈を分類するために投与することができる(Josephson,2014)。本発明のモデルの利益は、時間又は安全性に影響を与えることなく、より多くの刺激を使用することができることであり、したがって、いくつかの実施形態では、5、6、7、又はそれ以上の刺激を使用することができる。例えば、持続性の心室頻脈を、S1~S2...ペーシングプロトコルの間に3回以上の完全な心臓活性化を再入射することによって特徴付けることができる。そのような結果を、例えば、他の箇所に記載された擬似ECGの特徴的な変化によって、又は解剖学的構造上の電気生理学的伝播を視覚化することによって識別することができる。このプロトコルを、異なるペーシング位置又はそれらの異なる組み合わせで繰り返すことができる。
【0180】
これらの方法の成果を使用して、特定の被験者を危険にさらされている、又は頻脈若しくは他の不整脈の危険にさらされていないとして分類することができる(908)。上記に述べたように、そのような情報は、アブレーション療法又は薬物療法などの頻脈の潜在的な治療又は軽減に関する同様のシミュレーションにフィードすることができる(909)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【国際調査報告】