(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-12-14
(54)【発明の名称】高密度リポタンパク質のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法、およびCOVID-19を予防または治療するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/17 20060101AFI20231207BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20231207BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231207BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231207BHJP
【FI】
A61K38/17
A61P31/14
A61P43/00 121
A61K45/00
【審査請求】有
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2023532701
(86)(22)【出願日】2021-12-22
(85)【翻訳文提出日】2023-07-07
(86)【国際出願番号】 KR2021019587
(87)【国際公開番号】W WO2022154297
(87)【国際公開日】2022-07-21
(31)【優先権主張番号】10-2021-0004421
(32)【優先日】2021-01-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523198213
【氏名又は名称】レイデル コリア カンパニー,リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】チョ・ギョンヒョン
【テーマコード(参考)】
4C084
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA19
4C084BA03
4C084BA44
4C084CA18
4C084CA36
4C084MA02
4C084NA14
4C084ZB33
4C084ZC751
(57)【要約】
本発明は、高密度リポタンパク質のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法、およびCOVID-19を予防または治療するための医薬組成物に関する。本発明者らにより確認されたように、糖化されていない(非糖化)正常な高密度リポタンパク質(HDL)は、コロナウイルス(SARS-Cov-2)に対して糖化されたHDLよりも優れた殺傷活性を示すことから、非糖化正常HDLを有効成分として含む、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物が提供される。さらに、本発明者らによる確認に基づき、HDL糖化阻害剤を用いてコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法が提供され得るため、また、候補薬物のHDL糖化阻害の程度を評価することによって、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法が提供され得るため、本発明は有用である。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HDL(高密度リポタンパク質)を有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項2】
HDLが非糖化HDLである、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項3】
HDLがヒト血清から分離される、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項4】
HDLがコロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項5】
HDLが、パラオキソナーゼ活性またはアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性によってコロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する、請求項4に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項6】
医薬組成物がHDL糖化阻害剤をさらに含む、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項7】
HDL糖化阻害剤が、糖化に起因するHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止する、請求項6に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項8】
HDL(高密度リポタンパク質)糖化阻害剤を用いて、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法。
【請求項9】
HDL糖化阻害剤が、糖化に起因するHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止する、請求項8に記載のHDLのコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法。
【請求項10】
HDL(高密度リポタンパク質)を、フルクトース、グルコースおよびガラクトースからなる群より選択されるいずれか1つまたは複数の糖化合物で処理することによって調製される、HDL(高密度リポタンパク質)糖化誘導モデル。
【請求項11】
コロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法であって、以下のステップ:
請求項10に記載のHDL糖化誘導モデルを対照群として、候補薬物で処理したHDL糖化誘導モデルを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において糖化の程度が低い場合に、その候補薬物はCOVID-19に対して有効であると判定するステップ;
からなる方法。
【請求項12】
HDLの糖化の程度を比較して評価するステップが、パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含む、請求項11に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
【請求項13】
パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性が、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において高い場合に、その候補薬物はコロナ19感染症(COVID-19)に対して有効であると判定される、請求項12に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
【請求項14】
コロナ19感染症(COVID-19)の予後を評価するための情報提供方法であって、以下のステップ:
請求項10に記載のHDL糖化誘導モデルを対照群として、被験者の血液サンプルから分離したHDLを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
血液サンプルから分離した実験群HDLの糖化の程度がHDL糖化誘導モデル対照群に比べて低い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定するステップ;
からなる方法。
【請求項15】
HDLの糖化の程度を比較して評価するステップが、パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含む、請求項14に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を評価するための情報提供方法。
【請求項16】
パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性が、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、血液サンプルから分離した実験群HDLにおいて高い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定される、請求項15に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を評価するための情報提供方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
1. 発明の分野
本発明は、高密度リポタンパク質のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法、およびCOVID-19を予防または治療するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
2. 関連技術の説明
2019年12月に中国湖北省武漢市で発生したCOVID-19は、2020年3月までに114か国ほどに広まってしまった。それに伴い、世界保健機関(WHO)は、COVID-19が世界的なパンデミック状況にあると宣言した。それ以来、2020年9月までに全世界で約3500万人が感染し、そのうち約100万人が死亡しており、感染者数と死亡者数は増加し続けている。
【0003】
COVID-19は、発熱に加えて空咳、痰、呼吸困難などの呼吸器症状を示し、急性呼吸困難症候群、心不全、不整脈などの合併症を引き起こすことがある。この場合には、酸素療法と抗ウイルス薬および抗生物質の投与による保存療法が行われているが、それはコロナウイルスの治療法ではないため、十分な効果が現れないという問題がある。
【0004】
COVID-19は、主に、咳やくしゃみで生じる飛沫の拡散によって感染し、基本再生産数(伝染期間中に1人の感染者が感染させる平均人数)は2~2.5で、インフルエンザよりも伝染力が強いことが知られている。さらに、COVID-19の場合、無症状の感染者でもウイルスを拡散させる可能性があり、そのため、ウイルスを効果的にブロックすることが難しくなっている。
【0005】
ところで、コロナウイルス(CoV)は、系統発生学的にコロナウイルス科(Coronaviridae)に属するウイルスを指し、サブグループのオルトコロナウイルス亜科(Ortho Coronaviridae)は、アルファCoV、ベータCoV、デルタCoV、およびガンマCoVの4つの属に分類される。これらのうち、アルファCoVとベータCoVのみが哺乳類に感染し、デルタCoVとガンマCoVは鳥類と一部の哺乳類に感染する。
【0006】
これまでのところ、ヒトに感染し得るコロナウイルス(HCoV)には7種類が存在している:アルファCoVのHCoV-229EおよびHCoV-NL63、ベータCoVのHCoV-OC43、HCoV-HKU1、SARS-CoVおよびMERS-CoV、ならびに2019年コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2。HCoV-229E、HCoV-NL63、HCoV-OC43、およびHCoV-HKU1は、ヒトに風邪または胃腸疾患を引き起こすが、SARS-CoVおよびMERS-CoVと共に、SARS-CoV-2は重症の急性呼吸器感染症を引き起こす。
【0007】
SARS-CoV-2は、SARS-CoVおよびMERS-CoVと共に、系統樹ではベータCoVに属しているが、分子系統学の観点ではSARS-CoVとは明らかに異なっており、MERS-CoVからかなり昔に進化したものである;最尤法を用いたSARS-CoV、MERS-CoVおよびSARS-CoV-2の進化解析(SARS-CoV、MERS-CoV-2およびSARS-CoV-2の進化解析,最大尤度(Maximum Likelihood))に示されるように、そのヌクレオチド配列の類似性は約半分である。
【0008】
さらに、SARS-CoV-2は、SARS-CoVに比べて、構造と病原性の点で若干の類似性があるものの、ワクチン開発において最も重要視すべきタンパク質構造、すなわちスパイクタンパク質(S)には、明確な構造上の違いが存在する。SARS-CoV-2におけるフリン(furin)様切断部位(SLLR-ST)の存在は、Sタンパク質のプライミングを促進し、SARS-CoVに比べてSARS-CoV-2の感染力をさらに高める(非特許文献1:Le Infezioni in Medicina, n. 2, 174-184, 2020, SARS-CoV-2, SARS-CoV, and MERS-CoV: a comparative overview)。
【0009】
より具体的には、RSVR↓SVによるMERS-CoVのSタンパク質の切断は、ウイルス放出時にフリンにより媒介されるが、SARS-CoVのSタンパク質は、SARS-CoVにフリン様切断部位(SLLR-ST)がないため、完全には切断されない。MERS-CoVでは、Sタンパク質の切断は、標的細胞により発現されるプロテアーゼ(エラスターゼ、カテプシンLまたはTMPRS)によって、保存配列AYT↓Mで起こる。一方、SARS-CoV-2のSタンパク質は、単一のArg↓切断部位1の上流に12の追加のヌクレオチドを有してPRRAR↓SV配列を形成しており、これがフリン様切断部位(SLLR-ST)に対応している。上述したように、SARS-CoV-2におけるフリン様切断部位(SLLR-ST)の存在は、Sタンパク質のプライミングを促進し、ひいては、SARS-CoVに比べてSARS-CoV-2の感染力を高めている。すなわち、SARS-CoV-2とSARS-CoVの間には明確な構造上の違いが存在する。
【0010】
さらに、SARS-CoV-2のRNAヌクレオチド配列は、既存のSARS-CoVおよびMERS-CoVのRNAヌクレオチド配列と比較して、明確な相違がある。例えば、SARS-CoV-2のRNAヌクレオチド配列は、既存のSARS-CoVのRNAヌクレオチド配列と17.7%異なっている。この相違は、SARS-CoV-2の予防および治療に既存のSARS-CoV治療をそのまま使用できないほどの大きな相違であることが明らかであり、SARS-CoV-2用の新しいワクチンの開発が絶対に必要である。
【0011】
一方、COVID-19患者の血中総コレステロール、HDLコレステロール、およびLDLコレステロールのレベルは、正常な人々のそれらのレベルよりも一般的に低く、HDLコレステロールのレベルが低い患者ほどCOVID-19疾患の重症度が高くなることが最近報告されている(Wang et al. Lipids in Health and Disease (2020) 19:204)。しかし、別の報告では、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)が細胞に侵入する際、それはHDLコレステロールと結合して、HDLの受容体であるSR-B-1を介して細胞に侵入することが示唆された(Nature metabolism 2020.11.26., https://www.nature.com/articles/s42255-020-00324-0)。したがって、これまでのところ、COVID-19感染におけるHDLの機能と役割は、はっきりしていない。さらに、上記の報告は、血液の様々な指標に基づいてCOVID-19患者を正常な人々と比較して観察した初期段階レベルの報告にすぎず、COVID-19疾患との直接的な関係または機能がまだ明らかにされていないという点で、様々な方法による研究・開発が必要とされている。
【発明の概要】
【0012】
上記の背景のもとで、本発明者らは、超遠心分離法によりヒト血清から分離した天然HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷活性に対する能力を最初に確認した。さらに、本発明者らは、天然HDLからフルクトース処理により糖化HDLを調製して、糖化によるHDLの構造と機能の変化を調べたところ、電子顕微鏡による観察から、天然HDLの構造と形状が糖化により変化し、かつパラオキソナーゼの活性が糖化により阻害されることを確認した。また、本発明者らは、HDLの構造と機能がHDLの糖化により損なわれると、コロナウイルスを殺傷する能力も低下することを初めて確認した。その結果として、本発明者らは、本発明者らが開示した事実に基づいて、HDL(高密度リポタンパク質)を有効成分として含むコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法、ならびにコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の薬物を開発するためのスクリーニング方法を提供し得ることを確認することによって、本発明を完成させるに至った。
【0013】
発明の概要
本発明の目的は、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力がある、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法、ならびにコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の薬物を開発するためのスクリーニング方法を提供することにある。
【0014】
上記の目的を達成するために、本発明は、HDL(高密度リポタンパク質)を有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物を提供する。
【0015】
本発明はまた、HDL(高密度リポタンパク質)糖化の阻害剤を用いて、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法を提供する。
【0016】
本発明はまた、HDL(高密度リポタンパク質)を、フルクトース、グルコースおよびガラクトースからなる群より選択されるいずれか1つまたは複数の糖化合物で処理することにより調製される、HDL(高密度リポタンパク質)糖化誘導モデルを提供する。
【0017】
本発明はまた、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法であって、以下のステップ:
HDL糖化誘導モデルを対照群として、候補薬物で処理したHDL糖化誘導モデルを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において糖化の程度が低い場合に、その候補薬物はCOVID-19に対して有効であると判定するステップ;
からなる方法を提供する。
【0018】
さらに、本発明は、COVID-19の予後を評価するための情報提供方法であって、以下のステップ:
HDL糖化誘導モデルを対照群として、被験者の血液サンプルから分離したHDLを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
血液サンプルから分離した実験群HDLの糖化の程度が対照群に比べて低い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定するステップ;
からなる方法を提供する。
【0019】
有利な効果
本発明者らにより確認されたように、糖化されていない(非糖化)正常な高密度リポタンパク質(HDL)は、コロナウイルス(SARS-Cov-2)に対して糖化されたHDLよりも優れた殺傷活性を示すことから、非糖化天然HDLを有効成分として含む、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物が提供される。さらに、本発明者らによる確認に基づき、HDL糖化の阻害剤を用いることによって、コロナウイルス殺傷活性を最大化する方法が提供され得るため、また、候補薬物のHDL糖化阻害の程度を評価することによって、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法が提供され得るため、本発明は有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明による天然HDLと糖化HDLの電気泳動パターンを示す写真である。
【
図2】
図2は、天然HDLと糖化HDLの蛍光分析の結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、天然HDLと糖化HDLの構造を示す一組の電子顕微鏡写真である。
【
図4】
図4は、天然HDLと糖化HDLのパラオキソナーゼ活性の比較を示すグラフである。
【
図5B】
図5Bは、アセチル化LDLのマクロファージ貪食を示す写真である。
【
図5C】
図5Cは、アセチル化LDLのマクロファージ貪食が天然HDLの共処理により抑制されたことを示す写真である。
【
図5D】
図5Dは、アセチル化LDLのマクロファージ貪食が糖化HDLの共処理により抑制されたことを示す写真である。
【
図6】
図6は、通常の対照細胞培養培地、アセチル化LDLを処理した細胞培養培地、アセチル化LDLと天然HDLを共処理した細胞培養配置、ならびにアセチル化LDLと糖化HDLを共処理した細胞培養培地において検出された酸化種の量をMDA(マロンジアルデヒド)の量として表したグラフである。
【
図7】
図7は、アフリカミドリザルの腎細胞の生存率に及ぼす天然HDLと糖化HDLの影響を示すグラフである。
【
図8】
図8は、本発明による天然HDLのコロナウイルス殺傷効果を、糖化HDLのそれと比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
好ましい実施形態の説明
以下、本発明について詳細に説明する。
【0022】
本発明は、HDL(高密度リポタンパク質)を有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物を提供する。
【0023】
HDLは非糖化HDLであり、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する。HDLは非糖化HDLであり、HDLの正常な機能を示すことからコロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する;例えば、HDLは、HDLのパラオキソナーゼ活性またはアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性により、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する。
【0024】
本発明者らは、天然HDLとHDL糖化誘導モデルの構造、機能、およびコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷活性を比較して評価した。その結果、HDL糖化誘導モデルでは、HDLの正常な構造と機能が損なわれていることが確認された。特に、天然HDLはコロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対して優れた殺傷能力を示したことから、天然HDLを有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物を提供できることが確認された。
【0025】
本発明の一実施形態では、ヒト血清から超遠心分離により分離した天然HDL(高密度リポタンパク質)を調製し、HDLをフルクトースで処理してHDL糖化誘導モデルを調製した;その天然HDLとHDL糖化誘導モデルとを電子顕微鏡で解析した。その結果、天然HDLは直径18~21nmの大きな粒子サイズを有し、構造と輪郭がはっきりしていたのに対し、糖化HDLはフルクトースによる糖化修飾と酸化的ストレスのため粒子構造が変化しており、直径13~16nmの小さな粒子サイズを有し、構造と外形がぼやけていることが確認された(
図3参照)。
【0026】
本発明の一実施形態では、天然HDLとHDL糖化誘導モデルのパラオキソナーゼ活性を比較して、評価した。その結果、糖化HDLは、天然HDLに比べて、パラオキソナーゼ活性が半分以下であることを示し、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された(
図4参照)。
【0027】
本発明の一実施形態では、アテローム性動脈硬化症の初期反応であるアセチル化LDLのマクロファージ貧食に対する天然HDLとHDL糖化誘導モデルの予防活性を比較して、評価した。その結果、アセチル化LDLを単独で処理した場合に比べて、天然HDLを共処理した場合に、LDLの貧食が60%以上減少したのに対し、糖化HDLを共処理した場合には、天然HDLを処理した場合に比べて、その貪食が1.3倍増加し、HDLの機能が糖化のために損なわれたことが確認された(
図5参照)。
【0028】
本発明の一実施形態では、天然HDLとHDL糖化誘導モデルについて、チオバルビツール酸反応定量法により、細胞培養培地で生成された酸化物の量を比較して、評価した。その結果、アセチル化LDLを処理した場合には3.8nMの最高MDA(マロンジアルデヒド)が検出されたのに対し、天然HDLを共処理した場合は1.3nMの最低MDAが検出され、糖化HDLを共処理した場合は2.8nMのMDAが検出され、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された(
図6参照)。
【0029】
本発明の一実施形態では、天然HDLとHDL糖化誘導モデルについて、細胞毒性を比較して、評価した。その結果、天然HDLは68~73%の細胞生存率を示したのに対し、糖化HDLは40~49%の細胞生存率を示し、HDLの細胞毒性が糖化によって増大することが確認された(
図7参照)。
【0030】
本発明の一実施形態では、天然HDLとHDL糖化誘導モデルについて、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を比較して、評価した。その結果、天然HDLは62%の殺傷能力を示したのに対し、糖化HDLは17%の殺傷能力を示し、HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力が糖化によって損なわれたことが確認された(
図8参照)。さらに、天然HDLは、糖化HDLに比べて、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力が3.6倍高いことが確認された(
図8参照)。
【0031】
したがって、非糖化天然HDL(高密度リポタンパク質)は、HDLの構造と機能の点で損傷を示さず、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対して優れた殺傷能力を示した;このことから、天然HDLを有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物が提供され得る。
【0032】
本発明はまた、HDL(高密度リポタンパク質)糖化の阻害剤を用いて、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法を提供する。
【0033】
HDL糖化阻害剤は、HDLの糖化を阻害することによって、HDLの構造的および機能的損傷によるHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止することができ、また、HDL糖化を阻害することによってHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力を最大化することもできる。
【0034】
本発明はまた、HDL(高密度リポタンパク質)を、フルクトース、グルコースおよびガラクトースからなる群より選択されるいずれか1つまたは複数の糖化合物で処理することによって調製される、HDL(高密度リポタンパク質)糖化誘導モデルを提供する。
【0035】
糖化合物は、HDL糖化を最大限に飽和させる濃度以上で処理することができる。さらに、糖化合物処理はフルクトース処理であることが好ましい。
【0036】
本発明の一実施形態では、ヒト血清から超遠心分離によりHDLを分離し、分離したHDLを過剰量のフルクトース(1~10mg/mlのHDLあたり5mM~250mM)で72時間処理することによって、HDL糖化誘導モデルを調製した。電気泳動によって、HDL糖化誘導モデルが生成されたこと、および糖化HDL中に分子量の増加したapoA-Iが観察されたことが確認された;また、二量体~四量体などの多量体化HDLが生成されたことも確認された(
図1参照)。さらに、HDL糖化誘導モデルでは、天然HDLに比べて蛍光強度が7倍増加することを確認することで、HDL糖化誘導モデルが成功裏に生成されたことを確認した(
図2参照)。
【0037】
本発明はまた、コロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法であって、以下のステップ:
HDL糖化誘導モデルを対照群として、候補薬物で処理したHDL糖化誘導モデルを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において糖化の程度が低い場合に、その候補薬物はCOVID-19に対して有効であると判定するステップ;
からなる方法を提供する。
【0038】
糖化の程度を比較して評価するステップは、糖化により生じた蛍光シグナルを検出して定量化することによって、糖化の程度を比較評価することであり得る。
【0039】
本発明の一実施形態では、天然HDLと比較したHDL糖化誘導モデルにおける糖化の程度は、蛍光強度が天然HDLに比べてHDL糖化誘導モデルで7倍増加することを確認することによって、定量的に測定し、評価した(
図2参照)。
【0040】
候補薬物で処理した実験群の糖化の程度が対照群のそれより低い場合にその候補薬物はCOVID-19に対して有効であるという判定に従うと、天然HDLの糖化を阻害する薬物は、HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力への損傷を防止する薬物として理解され得る。
【0041】
本発明の一実施形態では、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対する天然HDLとHDL糖化誘導モデルの殺傷能力を比較して、評価した。その結果、天然HDLは62%の殺傷能力を示したのに対し、糖化HDLは17%の殺傷能力を示し、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対するHDLの殺傷能力が糖化によって損なわれたことが確認された。
【0042】
したがって、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対するHDLの殺傷能力への糖化による損傷を防ぎ、かつ殺傷能力を最大化するHDL糖化阻害剤は、コロナ19感染症(COVID-19)を予防または治療するための有効成分としてスクリーニングされ得る。
【0043】
HDLの糖化の程度を比較して評価するステップは、HDLのパラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止するHDLの活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含むことができる。
【0044】
HDLのパラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止するHDLの活性のうちの少なくとも1つが、HDL糖化誘導モデル対照群と比較して、候補薬物で処理した実験群において高い場合、その候補薬物はコロナ19感染症(COVID-19)に対して有効であると判定され得る。
【0045】
本発明の一実施形態では、天然HDLとHDL糖化誘導モデルのパラオキソナーゼ活性を比較して、評価した。その結果、糖化HDLは、パラオキソナーゼ活性が天然HDLの半分以下であることを示し、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された(
図4参照)。
【0046】
本発明の一実施形態では、アセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する天然HDLとHDL糖化誘導モデルの活性を比較して、評価した。その結果、アセチル化LDLを単独で処理した場合よりも、天然HDLを共処理した場合に、LDLの貧食が60%以上減少したのに対し、糖化HDLを共処理した場合には、天然HDLを処理した場合よりも、その貪食が1.3倍増加し、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された(
図5参照)。
【0047】
したがって、HDLのパラオキソナーゼ活性と、アセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止するHDLの活性への糖化による損傷を防ぎ、かつコロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対するHDLの殺傷能力を最大化するHDL糖化阻害剤は、コロナ19感染症(COVID-19)を予防または治療するための有効成分としてスクリーニングされ得る。
【0048】
さらに、本発明は、COVID-19の予後を評価するための情報提供方法であって、以下のステップ:
HDL糖化誘導モデルを対照群として、被験者の血液サンプルから分離したHDLを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
対照群に比べて、血液サンプルから分離した実験群HDLの糖化の程度が低い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定するステップ;
からなる方法を提供する。
【0049】
糖化の程度を比較して評価するステップは、糖化により生じた蛍光シグナルを検出して定量化することによって、糖化の程度を比較評価することであり得る。
【0050】
本発明の一実施形態では、天然HDLと比較したHDL糖化誘導モデルにおける糖化の程度は、蛍光強度が天然HDLに比べてHDL糖化誘導モデルで7倍増加することを確認することによって、定量的に測定し、評価した(
図2参照)。
【0051】
COVID-19の予後は、血液サンプルから分離した実験群HDLの糖化の程度が、HDL糖化誘導モデル対照群の糖化の程度よりも低い場合に、良好であると判定される。これは、HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力への糖化による損傷がなく、天然HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力が維持されているとの判断に基づくものである。
【0052】
本発明の一実施形態では、コロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対する天然HDLとHDL糖化誘導モデルの殺傷能力を比較して、評価した。その結果、天然HDLは62%の殺傷能力を示したのに対し、糖化HDLは17%の殺傷能力を示し、HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力が糖化によって損なわれたことが確認された。
【0053】
したがって、HDLの糖化がない、または対照群と比較して少ないことを確認することによって、HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力への糖化による損傷がない、または少ないことを確認することができ、こうしてCOVID-19の予後は良好であると判定することができる。
【0054】
HDLの糖化の程度を比較して評価するステップは、HDLのパラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止するHDLの活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含むことができる。
【0055】
HDLのパラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止するHDLの活性のうちの少なくとも1つが、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、血液サンプルから分離した実験群HDLで高い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定することができる。
【0056】
本発明の一実施形態では、天然HDLとHDL糖化誘導モデルのパラオキソナーゼ活性を比較して、評価した。その結果、糖化HDLは、天然HDLに比べて、パラオキソナーゼ活性が半分以下であることを示し、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された(
図4参照)。
【0057】
本発明の一実施形態では、アセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する天然HDLとHDL糖化誘導モデルの活性を比較して、評価した。その結果、アセチル化LDLを単独で処理した場合よりも、天然HDLと共処理した場合に、LDLの貪食が60%以上減少したのに対し、天然HDLを処理した場合よりも、糖化HDLを共処理した場合には、その貪食が1.3倍増加し、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された(
図5参照)。
【0058】
したがって、HDLのパラオキソナーゼ活性と、アセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止するHDLの活性が損なわれていない、または対照群よりも低下していないことを確認することで、HDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力への糖化による損傷がない、または少ないことを確認することができ、こうしてCOVID-19の予後は良好であると判定することができる。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を下記の実施例および実験例により詳細に説明することにする。
【0060】
しかし、下記の実施例と実験例は、本発明を説明するためのものであり、本発明の内容をこれらに限定するものではない。
【0061】
実施例1:天然HDLの調製
天然HDLは、本発明者らが以前の論文で提案した方法に従って、48~72時間にわたる超遠心分離(100,000g)によりヒト血漿から分離した(Cho, K.-H.; Shin, D.-G.; Baek, S.-H.; Kim, J.-R. Myocardial infarction patients show altered lipoprotein properties and functions when compared with stable angina pectoris patients. Exp Mol Med 2009, 41, 67-76, doi:10.3858/emm.2009.41.2.009.)。
【0062】
実施例2:HDL糖化誘導モデルの調製
HDL糖化誘導モデルは、実施例1で調製したヒト血清由来のHDLの一部を過剰のフルクトースで処理することによって調製した。
【0063】
具体的には、精製したHDL(1~10mg/mL)を、5mM~250mMのD-フルクトース[200mMリン酸カリウム/0.02%アジ化ナトリウム緩衝液(pH7.4)中]と、37℃で、5%CO2を含む空気中にて、24~72時間反応させた。
【0064】
糖化反応後、タンパク質の分子量に応じて電気泳動分離が生じる12%SDS-PAGEによりHDLを比較し、確認した。その結果、
図1に示すように、糖化HDLでは、分子量の増加したapoA-Iが観察され、二量体、四量体などの多量体化HDLがいくつか確認された。
【0065】
一方、HDL糖化誘導モデルの糖化の程度は、生成した蛍光物質の370nm(励起)および440nm(発光)での蛍光強度を測定することで決定した;その結果を
図2に示す。
【0066】
図2に示すように、フルクトースで72時間処理したことにより、HDL糖化誘導モデルの蛍光強度は、天然HDLに比べて約7倍増加し、HDL糖化誘導モデルの構築に成功したことが確認された。
【0067】
実験例1:糖化によるHDLの構造変化の評価
糖化により生じたHDLの構造変化を、天然HDLとHDL糖化誘導モデルとの構造上の違いを解析して、評価した。
【0068】
具体的には、天然HDLとHDL糖化誘導モデルのタンパク質濃度を0.3mg/mLに調整し、1%リンタングステン酸ナトリウムで染色し、透過型電子顕微鏡(日立HT-7800,40,000X)を用いて80kVの高電圧下で観察した;その写真を
図3に示す。
【0069】
図3に示すように、天然HDLは、直径18~21nmの大きな粒子サイズを有し、構造と外形がはっきりしていたが、糖化HDLは、直径13~16nmの小さな粒子サイズを有し、構造と外形がぼやけていることが確認された。これらの結果は、フルクトース処理に起因する糖化修飾と酸化的ストレスが、apoA-Iの切断と凝集を引き起こし、HDLの粒子構造を改変させたことを示している。
【0070】
実験例2:糖化によるHDLの機能変化の評価
実施例1で調製した天然HDLと実施例2で調製したHDL糖化誘導モデルとの機能上の違いを解析することによって、糖化によるHDLの機能変化を評価した。
【0071】
<2-1>パラオキソナーゼ活性の解析
天然HDLとHDL糖化誘導モデルとのパラオキソナーゼ活性の違いを解析することによって、糖化によるHDLの機能変化を評価した。
【0072】
HDLの抗酸化機能に関与している主要な酵素であるパラオキソナーゼの活性を、以下のように測定した。酵素溶液(90mM Tris-HCl/3.6mM NaCl/2mM CaCl
2 [pH8.5])中で、基質としてパラオキソン-エチルを用いて、それぞれ天然HDLおよびHDL糖化誘導モデルと反応させることで生成されたp-ニトロフェノールの415nmでの吸光度を測定することによって、パラオキソナーゼの活性を評価した;その結果を
図4に示す。
【0073】
図4に示すように、糖化HDLは、天然HDLに比べて、パラオキソナーゼの活性が半分以下であることが確認され、HDLの機能的損傷は糖化によって引き起こされたことが示された。
【0074】
<2-2>アテローム性動脈硬化症の初期反応(アセチル化LDLのマクロファージ貪食)の解析
アテローム性動脈硬化症の初期反応であるアセチル化LDLのマクロファージ貪食に対する、天然HDLとHDL糖化誘導モデルの予防活性の違いを解析することによって、糖化によるHDLの機能変化を評価した。
【0075】
ヒト単核細胞株であるTHP-1細胞をAmerican Type Culture Collection(ATCC #TIB-202(商標))から購入して、10%ウシ胎児血清(FBS)を補充したRPMI1640(Hyclone社)中に維持した。24ウェルプレートで培養した20継代未満の細胞を、ホルボール12-ミリスタート13-アセタート(PMA;最終濃度150nM)と、加湿インキュベーター(5%CO2,95%空気)内で37℃にて48時間反応させて、マクロファージへの分化を誘導した。
【0076】
分化したマクロファージをアセチル化LDLで処理して、培養しながら貪食を誘導し、同時に天然HDLと糖化HDLを処理して、マクロファージ貪食の予防活性の程度を比較した。細胞を固定した後、オイルレッドO染色により貪食の程度を比較した;その結果を
図5に示す。
【0077】
図5に示すように、アセチル化LDLを単独で処理した場合に比べて、天然HDLを共処理した場合には、LDLの貧食が60%以上減少したのに対し、天然HDLを処理した場合に比べて、糖化HDLを共処理した場合には、その貪食が1.3倍増加したことが確認された。
【0078】
その一方で、細胞培養培地中に生成された酸化物の量を、チオバルビツール酸反応定量法により比較した。その結果、
図6に示すように、アセチル化LDLを単独で処理した場合には3.8nMの最高のMDA(マロンジアルデヒド)が検出されたのに対し、天然HDLを共処理した場合には1.3nMの最低のMDAが検出され、糖化HDLを共処理した場合には2.8nMのMDAが検出された。
【0079】
上記の結果に示されるように、糖化HDLは、アテローム性動脈硬化症の初期反応であるアセチル化LDLの貪食を防止する上で著しく低下した活性を有することが見出され、HDLの機能が糖化によって損なわれたことが確認された。
【0080】
実験例3:細胞毒性の比較評価
天然HDLとHDL糖化誘導モデルの細胞毒性を評価することによって、HDLの細胞毒性に及ぼす糖化の影響を評価した。
【0081】
具体的には、天然HDLとHDL糖化誘導モデルの細胞毒性を、MTT(3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-3,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド)測定法により比較して、評価した。アフリカミドリザルの腎細胞(ATCC CRL-1586)を96ウェル細胞培養プレートに5×10
4個/ウェルの密度でまき、37℃の5%CO
2インキュベーター内で48時間培養し、細胞単層を得て、生理食塩水で2回洗浄した。そのプレートを各試験濃度の各リポタンパク質(100μL/ウェル)で処理し、次いで37℃の5%CO
2インキュベーター内で72時間培養した。そのプレートにMTT溶液(10μL/ウェル)を添加した後、37℃の5%CO
2インキュベーター内で4時間静置し、4時間反応させてから、ホルマザン結晶を十分に溶解させ、その後570nmで吸光度を測定した。細胞毒性の比率は、正常細胞とリポタンパク質で処理した実験群の比率として、次式に従って算出した;その結果を
図7に示す。
【0082】
細胞生存率(%)=試験OD/対照OD×100%
【0083】
図7に示すように、天然HDLは68~73%の細胞生存率を示したのに対し、糖化HDLは40~49%の細胞生存率を示し、HDLの細胞毒性が糖化によって増加したことを確認した。
【0084】
実験例4:コロナウイルス殺傷活性の評価
コロナウイルス(SARS-Co-V-2)に対する天然HDLとHDL糖化誘導モデルの殺傷能力を比較して、評価した。
【0085】
アフリカミドリザルの腎細胞(ATCC CRL-1586)を96ウェルプレートに5×10
4個/ウェルの密度でまき、37℃の5%CO
2インキュベーター内で48時間培養し、細胞単層を得て、生理食塩水で2回洗浄した。細胞単層を得た後、生理食塩水で2回洗浄して、細胞数をカウントした。その後、コロナウイルス(SARS CoV-2)を、0.001のMOIで感染させるようにDMEM(FBSフリー、1%抗生物質-抗真菌剤)を用いてプレートに分注し(100μL/ウェル)、その後37℃の5%CO
2インキュベーター内に1時間静置した。1時間感染させた後、ウイルスを除去し、試験濃度で調製した天然HDLおよびHDL糖化誘導モデルのサンプルを含む培養培地をプレートに分注し(100μL/ウェル)、続いて37℃の5%CO
2インキュベーター内で72時間培養した。細胞の状態をチェックした後、MTT溶液をプレートに添加し(10μL/ウェル)、37℃の5%CO
2インキュベーター内で4時間静置した。4時間の反応後、MTT溶液をプレートに添加し(100μL/ウェル)、ピペットを用いてホルマザン結晶を十分に溶解し、プレートリーダーを用いて570nmで吸光度を測定した。細胞毒性の比率は、正常細胞とリポタンパク質で処理した実験群の比率として、次式に従って算出した;その結果を
図8に示す。
【0086】
ウイルス阻害率(%)=(試験OD-ウイルスOD)/(対照OD-ウイルスOD)×100%
【0087】
結果として、60μg/mLで処理した場合、天然HDLは62%のSARS CoV-2殺傷能力を示したのに対し、糖化HDLは同条件下で17%のSARS CoV-2殺傷能力を示した。これらの結果は、天然HDLが、糖化HDLよりも3.6倍高いSARS CoV-2殺傷能力を有することを示している。
【0088】
図7および
図8に示すように、天然HDLで処理した場合、細胞毒性は低く、CC
50は79.4±1.5μg/mL(最終濃度:2.8μM)であったが、EC
50は52.1±1.1μg/mL(最終濃度:1.8μM)であり、コロナウイルス(SARS-CO-V-2)に対する天然HDLの優れたウイルス殺傷能力が確認された。
【0089】
上記の結果から、糖化されていない(非糖化)天然の高密度リポタンパク質(HDL)は、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物として提供され得ることが確認された。さらに、本発明者らにより確認されたように、それは、正常な人々に比べて、HDLの構造と機能が損なわれていると懸念される糖尿病および高血圧の患者において、COVID-19のリスクと死亡率が高い理由を説明するために使用され得る。これは、COVID-19の予後に関する情報を提供する方法のために使用され、また、COVID-19の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法としても使用され得る。
【0090】
産業上の利用可能性
本発明者らにより確認されたように、糖化されていない(非糖化)正常な高密度リポタンパク質(HDL)は、コロナウイルス(SARS-Cov-2)に対して糖化されたHDLよりも優れた殺傷活性を示すことから、非糖化天然HDLを有効成分として含む、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物が提供される。さらに、本発明者らによる確認に基づき、HDL糖化阻害剤を用いてコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法が提供され得るため、また、候補薬物のHDL糖化阻害の程度を評価することによって、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法が提供され得るため、本発明は有用である。
【手続補正書】
【提出日】2023-07-07
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HDL(高密度リポタンパク質)
およびHDL糖化阻害剤を有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項2】
HDLが非糖化HDLである、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項3】
HDLがヒト血清から分離される、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項4】
コロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する、請求項1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項5】
パラオキソナーゼ活性またはアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性によってコロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する、請求項4に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項6】
HDL糖化阻害剤が、糖化に起因するHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止する、請求項
1に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
【請求項7】
HDL(高密度リポタンパク質)糖化阻害剤を用いて、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法
において使用するための、HDL(高密度リポタンパク質)糖化阻害剤を含む組成物。
【請求項8】
HDL糖化阻害剤が、糖化に起因するHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止する、請求項
7に記載の
組成物。
【請求項9】
コロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法であって、以下のステップ:
HDL糖化誘導モデルを対照群として、
インビトロで候補薬物で処理したHDL糖化誘導モデルを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、
インビトロで候補薬物で処理した実験群において糖化の程度が低い場合に、その候補薬物はCOVID-19に対して有効であると判定するステップ;
からなる方法。
【請求項10】
HDLの糖化の程度を比較して評価するステップが、パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含む、請求項
9に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
【請求項11】
パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性が、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において高い場合に、その候補薬物はコロナ19感染症(COVID-19)に対して有効であると判定される、請求項
10に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
【請求項12】
コロナ19感染症(COVID-19)の予後を
予測するための
方法であって、以下のステップ:
HDL糖化誘導モデルを対照群として、被験者の血液サンプルから分離したHDLを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
血液サンプルから分離した実験群HDLの糖化の程度がHDL糖化誘導モデル対照群に比べて低い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定するステップ;
からなる方法。
【請求項13】
HDLの糖化の程度を比較して評価するステップが、パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含む、請求項
12に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を
予測するための
方法。
【請求項14】
パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性が、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、血液サンプルから分離した実験群HDLにおいて高い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定される、請求項
13に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を
予測するための
方法。
【請求項15】
HDL糖化誘導モデルが、HDLを、フルクトース、グルコースおよびガラクトースからなる群より選択されるいずれか1つまたは複数の糖化合物でインビトロで処理することによって調製される、請求項9に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
【請求項16】
HDL糖化誘導モデルが、HDLを、フルクトース、グルコースおよびガラクトースからなる群より選択されるいずれか1つまたは複数の糖化合物でインビトロで処理することによって調製される、請求項12に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を予測するための方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0090
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0090】
産業上の利用可能性
本発明者らにより確認されたように、糖化されていない(非糖化)正常な高密度リポタンパク質(HDL)は、コロナウイルス(SARS-Cov-2)に対して糖化されたHDLよりも優れた殺傷活性を示すことから、非糖化天然HDLを有効成分として含む、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物が提供される。さらに、本発明者らによる確認に基づき、HDL糖化阻害剤を用いてコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法が提供され得るため、また、候補薬物のHDL糖化阻害の程度を評価することによって、COVID-19の予防および治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法が提供され得るため、本発明は有用である。
本発明は、例えば以下の実施形態を包含する:
[1]HDL(高密度リポタンパク質)を有効成分として含む、コロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[2]HDLが非糖化HDLである、[1]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[3]HDLがヒト血清から分離される、[1]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[4]HDLがコロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する、[1]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[5]HDLが、パラオキソナーゼ活性またはアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性によってコロナウイルス(SARS-Co-V-2)を殺傷する能力を有する、[4]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[6]医薬組成物がHDL糖化阻害剤をさらに含む、[1]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[7]HDL糖化阻害剤が、糖化に起因するHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止する、[6]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防および治療用の医薬組成物。
[8]HDL(高密度リポタンパク質)糖化阻害剤を用いて、HDL(高密度リポタンパク質)のコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法。
[9]HDL糖化阻害剤が、糖化に起因するHDLのコロナウイルス(SARS-Co-V-2)殺傷能力の低下を防止する、[8]に記載のHDLのコロナウイルス殺傷活性を最大化する方法。
[10]HDL(高密度リポタンパク質)を、フルクトース、グルコースおよびガラクトースからなる群より選択されるいずれか1つまたは複数の糖化合物で処理することによって調製される、HDL(高密度リポタンパク質)糖化誘導モデル。
[11]コロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法であって、以下のステップ:
[10]に記載のHDL糖化誘導モデルを対照群として、候補薬物で処理したHDL糖化誘導モデルを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において糖化の程度が低い場合に、その候補薬物はCOVID-19に対して有効であると判定するステップ;
からなる方法。
[12]HDLの糖化の程度を比較して評価するステップが、パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含む、[11]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
[13]パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性が、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、候補薬物で処理した実験群において高い場合に、その候補薬物はコロナ19感染症(COVID-19)に対して有効であると判定される、[12]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングする方法。
[14]コロナ19感染症(COVID-19)の予後を評価するための情報提供方法であって、以下のステップ:
[10]に記載のHDL糖化誘導モデルを対照群として、被験者の血液サンプルから分離したHDLを実験群として用いて、糖化の程度を比較して評価するステップ;および
血液サンプルから分離した実験群HDLの糖化の程度がHDL糖化誘導モデル対照群に比べて低い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定するステップ;
からなる方法。
[15]HDLの糖化の程度を比較して評価するステップが、パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性を比較評価するステップをさらに含む、[14]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を評価するための情報提供方法。
[16]パラオキソナーゼ活性およびアセチル化LDLのマクロファージ貪食を防止する活性のうちの少なくとも1つの活性が、HDL糖化誘導モデル対照群に比べて、血液サンプルから分離した実験群HDLにおいて高い場合に、COVID-19の予後は良好であると判定される、[15]に記載のコロナ19感染症(COVID-19)の予後を評価するための情報提供方法。
【国際調査報告】