(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-12-15
(54)【発明の名称】交互層組成物を有する被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20231208BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20231208BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20231208BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20231208BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C14/06 A
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023533949
(86)(22)【出願日】2021-12-02
(85)【翻訳文提出日】2023-07-31
(86)【国際出願番号】 EP2021084033
(87)【国際公開番号】W WO2022117754
(87)【国際公開日】2022-06-09
(32)【優先日】2020-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】シーア, ファイト
(72)【発明者】
【氏名】エンゲルハート, ヴォルフガング
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C037CC02
3C037CC04
3C037CC08
3C037CC09
3C037CC10
3C037CC11
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4K029AA02
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4K029DC39
(57)【要約】
本発明は、基材と(Ti、Al、Si)N層を含むコーティングとを含む被覆切削工具であって、(Ti、Al、Si)N層が、各元素の最小含有量と最大含有量との間での、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるTi、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化を含み、Tiの平均最小含有量が14~18原子%であり、Tiの平均最大含有量が18~22原子%であり、Alの平均最小含有量が18~22原子%であり、Alの平均最大含有量が24~28原子%であり、Siの平均最小含有量が0~2原子%であり、Siの平均最大含有量が1~5原子%であり、(Ti、Al、Si)N層の残りの含有量が平均含有量0.1~5原子%の希ガス、および元素Nである、被覆切削工具に関する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と(Ti、Al、Si)N層を含むコーティングとを含む被覆切削工具であって、
(Ti、Al、Si)N層が、各元素の最小含有量と最大含有量との間での、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるTi、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化を含み、ここで
- Tiの平均最小含有量が、14~18原子%、好ましくは15~17原子%であり、
- Tiの平均最大含有量が、18~22原子%、好ましくは19~21原子%であり、
- Alの平均最小含有量が、18~22原子%、好ましくは19~21原子%であり、
- Alの平均最大含有量が、24~28原子%、好ましくは25~27原子%であり、
- Siの平均最小含有量が、0~2原子%、好ましくは0~1原子%であり、
- Siの平均最大含有量が、1~5原子%、好ましくは2~4原子%であり、
- (Ti、Al、Si)N層中の残りの含有量が、0.1~5原子%の平均含有量の希ガス、および元素Nであり、
Ti、Al、およびSiのいずれかの元素の含有量の連続する2つの最大値間、および含有量の連続する2つの最小値間の平均距離が3~15nmであり、
(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるTi、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化において、Tiの最大含有量、Alの最小含有量、およびSiの最小含有量が、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向における平均で一致し、Tiの最小含有量、Alの最大含有量、およびSiの最大含有量が、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向における平均で一致し、
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのTi含有量では、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.8~1.5原子%/nmの平均的な徐変があり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのAl含有量では、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.8~1.5原子%/nmの平均的な徐変があり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのSi含有量では、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.3~0.8原子%/nmの平均的な徐変がある、
ことを特徴とする、被覆切削工具。
【請求項2】
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのTi含有量の平均的な徐変が、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.9~1.3原子%/nmであり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのAl含有量の平均的な徐変が、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.9~1.3原子%/nmであり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのSi含有量の平均的な徐変が、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.5~0.7原子%/nmである、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
希ガスがAr、Kr、またはNeのうちの1種または複数種、好ましくはArである、請求項1または2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
Ti、AlおよびSiのいずれかの元素の含有量の連続する2つの最大値間、および含有量の連続する2つの最小値間の平均距離が、5~10nmである、請求項1から3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
各元素の含有量の最小値と最大値との間で、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるNの元素含有量の変化があり、Nの平均最小含有量が、50~56原子%、好ましくは51~55原子%であり、Nの平均最大含有量が、57~63原子%、好ましくは58~62原子%である、請求項1から4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
基材上に直接、第4族、第5族または第6族に属する1種または複数種の元素の窒化物、または第4族、第5族または第6族に属する1種または複数種の元素と一緒になったAlの窒化物のコーティングの最内層が存在し、最内層の厚さが2μm未満である、請求項1から5のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
(Ti、Al、Si)N層が立方晶結晶構造を含み、Cukα線を用いたX線回折におけるθ-2θスキャンでの立方晶(200)ピークのFWHM(半値幅)が0.5~2.5度2θである、請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
(Ti、Al、Si)N層が立方晶結晶構造を含み、Cukα線を用いたX線回折分析において立方晶(200)ピークのピーク対バックグラウンド比が2以上である、請求項1から7のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
(Ti、Al、Si)N層が、(Ti、Al、Si)N層中のTi、Al、およびSiの元素の含有量のばらつきを有する(Ti、Al、Si)N層を横断する格子面を含む、請求項1から8のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
(Ti、Al、Si)N層が、3500HV(15mN荷重)以上のビッカース硬度を有する、請求項1から9のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
(Ti、Al、Si)N層が、420GPa以上の換算ヤング率を有する、請求項1から10のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項12】
(Ti、Al、Si)N層が、3W/mK以下の熱伝導率を有する、請求項1から11のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項13】
(Ti、Al、Si)N層が、4~9GPaの残留圧縮応力を有する、請求項1から12のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項14】
基材が、超硬合金、サーメット、立方晶窒化ホウ素(cBN)、セラミックス、多結晶ダイヤモンド(PCD)および高速度鋼(HSS)から選択される、請求項1から13のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項15】
少なくとも1つのすくい面と少なくとも1つの逃げ面を有する、インサート、ドリルまたはエンドミルの形態である、請求項1から14のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具が(Ti、Al、Si)N層を含むコーティングを有する、金属加工用被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
金属加工用の切削工具を改良して、より長持ちさせ、より高い切削速度および/または他のますます厳しくなる切削操作に耐えられるようにすることが、絶えず望まれている。一般に、金属加工用の切削工具は、化学気相成長法(CVD)または物理気相成長法(PVD)のいずれかによって通常堆積された薄いハードコーティングを有する超硬合金などの硬質基材材料を含む。切削工具の例としては、切削インサート、ドリル、またはエンドミルがある。コーティングは、理想的には高い硬度を持つ必要があり、同時に厳しい切削条件にできるだけ長く耐えられるよう、十分な靭性を備えている必要がある。
【0003】
PVD(Ti、Al)Nコーティングは、切削工具の耐摩耗性コーティングとして一般的に用いられる。
【0004】
PVDにはさまざまな方法があり、それら方法で堆積されたコーティングの特性も異なる。
【0005】
陰極アーク蒸発法では、電気アークを使用して陰極ターゲットから材料を蒸発させる。気化した材料またはその化合物は、基材上に凝縮される。陰極アーク蒸発法は、堆積速度が速いという利点があるが、ターゲット材料の液滴がコーティングや表面に含まれるなどの欠点がある。このため、コーティングに弱点が生じ、表面が比較的粗くなることがある。多くの金属切削用途では、堆積された耐摩耗性コーティングの表面が滑らかであることは有益である。
【0006】
反応性スパッタリングは、PVDの第二の方法である。この方法では、イオン化した不活性ガスのプラズマが生成され、ターゲット材料に衝突する。窒素などの反応性ガスの存在下、ターゲット材料から原子が放出され、基材に向かって加速される。液滴の形成には問題がないため、一般に平滑な表面を持つコーティングが得られる。しかし、高い金属イオン化を得ることは非常に困難である。また、スパッタリングは非常に遅い堆積プロセスである。
【0007】
高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)は、特別なタイプのスパッタリングであり、プロセスパラメータ、特にパルスオン時間と組み合わせた使用する電力レベル(平均電力、ピークパルス電力)を変えること、および高バイアス電圧を使用することにおいて大きな柔軟性を可能にする。HIPIMSは、高い金属イオン化を可能にし、高品質のコーティングを提供することができ、金属イオン化のレベルを制御することにより、非常に特殊なコーティングを生成することができる。
【0008】
厳しい切削条件では、コーティングの耐熱性が特に重要である。本明細書において、耐熱性とは、基材に損傷を与える過度の熱から切削工具本体を保護するコーティングの低い熱伝導率を意味する。コーティングの熱保護が強化されるほど、被覆切削工具の耐摩耗性は向上する。耐摩耗性が優れているということは、工具寿命が長いことを意味する。
【0009】
コーティングの高温安定性は、コーティング中にSiを含むことで改善されることが公知である。(Ti、Al、Si)Nコーティングは、耐摩耗性コーティングの例として公知である。
【0010】
しかし、(Ti、Al、Si)Nの欠点は、すでに、金属元素の中程度のAl含有量において、金属元素のわずか数原子%の量のSiと一緒に、部分的に六方晶でアモルファスである構造を形成し得ることである。例えば、2原子%超のSiで六方晶相の出現を開示する、Flinkら、「Structure and thermal stability of arc evaporated (Ti0.33Al0.67)1-xSixN thin films」、Thin Solid Films 517(2008)、714~721ページ、および5原子%超のSiで六方相の出現を開示する、Tanakaら、「Structure and properties of Al-Ti-Si-N coatings prepared by cathodic arc ion plating method for high speed cutting applications」、Surface and Coatings Technology 146(2001)、215~221ページ、を参照のこと。六方晶相は、不十分な硬度および不十分なヤング率などの機械的特性の悪化の原因となる。
【0011】
したがって、このような結晶構造、すなわち立方晶固溶体構造を有し、良好な機械的特性を有する(Ti、Al、Si)Nコーティングを提供することが望まれる。
【発明の概要】
【0012】
本発明の目的は、耐熱性が高く、工具寿命に優れた(Ti、Al、Si)N層を含むコーティングを有する切削工具を提供することである。
【0013】
本発明は、上記目的を満足する被覆切削工具を提供した。被覆切削工具は、基材およびコーティング被覆を含み、コーティングは(Ti、Al、Si)N層を含み、(Ti、Al、Si)N層は、各元素の最小含有量と最大含有量との間での、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるTi、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化を含み、Tiの平均最小含有量は14~18原子%、好ましくは15~17原子%であり、Tiの平均最大含有量は18~22原子%、好ましくは19~21原子%であり、Alの平均最小含有量は18~22原子%、好ましくは19~21原子%であり、Alの平均最大含有量は24~28原子%、好ましくは25~27原子%であり、Siの平均最小含有量は、0~2原子%、好ましくは0~1原子%であり、Siの平均最大含有量は1~5原子%、好ましくは2~4原子%であり、(Ti、Al、Si)N層中の残りの含有量は、0.1~5原子%の平均含有量の希ガス、および元素Nである。
【0014】
Ti、Al、およびSiのいずれかの元素の含有量の連続する2つの最大値間、および含有量の連続する2つの最小値間の平均距離は、3~15nmである。
【0015】
(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるTi、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化において、Tiの最大含有量、Alの最小含有量、およびSiの最小含有量は、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向において平均で一致し、Tiの最小含有量、Alの最大含有量、およびSiの最大含有量は、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向において平均で一致する。
【0016】
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのTi含有量には、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.8~1.5原子%/nmの平均的な徐変があり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのAl含有量には、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.8~1.5原子%/nmの平均的な徐変があり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのSi含有量には、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.3~0.8原子%/nmの平均的な徐変がある。
【0017】
したがって、(Ti、Al、Si)N層は、Ti、AlおよびSiの異なる含有量の2つの異なる副層のナノ多層として見ることができる。元素含有量の周期的な徐変のために、(Ti、Al、Si)N層は、異なる組成のTi、Al、Siターゲットの組合せ、Ti、AlターゲットとTi、Al、Siターゲットの組合せ、またはTi、AlターゲットとTi、Siターゲットの組合せを用いたPVD堆積から生じる。好ましくは、Ti、AlターゲットとTi、Al、Siターゲットの組合せが用いられる。
【0018】
本明細書に開示される(Ti、Al、Si)N層を含む被覆切削工具は、高い耐熱性と優れた工具寿命とを示す。(Ti、Al、Si)N層は、立方体構造でもある顕著な結晶化度、高い硬度、高い換算ヤング率および高い熱伝導率を示す。
【0019】
適切には、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのTi含有量の平均的な徐変は、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.9~1.3原子%/nmであり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのAl含有量の平均的な徐変は、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.9~1.3原子%/nmであり、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりのSi含有量の平均的な徐変は、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、0.5~0.7原子%/nmである。
【0020】
(Ti、Al、Si)N層における元素の平均最大/最小含有量は、STEM-EDSなどの元素分析から、少なくとも8つの連続した最大/最小を取り出し、平均を算出することにより算出することができる。
【0021】
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりの、元素含有量の平均的な含有量徐変は、元素の平均最大含有量(原子%)から平均最小含有量(原子%)を引き、得られた値を(Ti、Al、Si)N層の元素含有量の最大位置から最小位置までの平均距離で割ることにより算出することができる。元素分析から少なくとも8つの連続した最大値/最小値が考慮される。
【0022】
本明細書で意味する含有量の「徐」変とは、元素含有量の最大値と次の最小値との間の距離の中間位置において、距離当たりの元素含有量の平均局所変化が、元素Ti、AlおよびSiについて上記で定義したように、(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向距離当たりの元素含有量の平均徐変と同じ範囲にあることを意味する。含有量の平均局所変化は、元素分析からの少なくとも8つの連続する最大値/最小値の間の元素含有量の局所変化を考慮して算出される。
【0023】
希ガスは、適切には、Ar、Kr、またはNeのうちの1種または複数種、好ましくは、Arである。
【0024】
適切には、Ti、Al、およびSiのいずれかの元素の含有量の連続する2つの最大値間、および含有量の連続する2つの最小値間の平均距離は、5~10nmである。
【0025】
一実施形態では、各元素の含有量の最小値と最大値との間で、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向における元素Nの含有量の変化があり、Nの平均最小含有量は50~56原子%、好ましくは51~55原子%であり、Nの平均最大含有量は57~63原子%、好ましくは58~62原子%である。ターゲット間の金属元素組成の違いにより、窒素含有量のばらつきが生じる場合がある。また、異なるターゲットに使用される異なる堆積パラメータも、堆積された構造に含まれる窒素の量に影響を与える可能性がある。Nの含有量の連続する2つの最大値間、およびNの含有量の連続する2つの最小値間の平均距離は、Ti、Al、およびSiの元素の含有量の連続する2つの最大値と連続する2つの最小値との間の平均距離と実質的に同じである。
【0026】
一実施形態では、基材の直接上に、元素の周期表の第4族、第5族または第6族に属する1種または複数種の元素の窒化物、または元素の周期表の第4族、第5族または第6族に属する1種または複数種の元素と一緒になったAlの窒化物のコーティングの最内層が存在する。この最内層は、基材との結合層として機能し、コーティング全体の基材への接着を高める。このような結合層は、当技術分野で一般的に使用されており、当業者であれば適切なものを選択するであろう。この最内層の好ましい代替物は、TiNまたは(Ti、Al)Nである。この最内層の厚さは、適切には、2μm未満である。この最内層の厚さは、一実施形態では、5nm~2μm、好ましくは、10nm~1μmである。コーティングへのCo拡散に対するバリアとして機能する最内層を有する必要性もあり得るので、厚さは少なくとも50nmである必要がある。Si含有窒化物層は、他のほとんどの金属窒化物層よりもCoを引き付けることが知られている。したがって、さらなる実施形態では、この最内層は、50nm~2μm、好ましくは100nm~1μmである。
【0027】
(Ti、Al、Si)N層は、適切には、立方晶結晶構造を含む。
【0028】
(Ti、Al、Si)N層に存在する結晶構造または構造の決定は、適切には、X線回折分析、あるいはTEM分析によって行われる。
【0029】
X線回折分析における回折ピークのFWHM(半値幅)は、(Ti、Al、Si)N層の結晶化度の程度と微結晶の粒径の両方に依存する。値が小さいほど、結晶化度が高い、および/または、粒径が小さい。
【0030】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、立方晶結晶構造を含み、Cukα線を用いたX線回折におけるθ-2θスキャンでの立方晶(200)ピークのFWHM(半値幅)は、0.5~2.5度2θ、好ましくは0.75~2度2θ、最も好ましくは1~1.5度2θである。
【0031】
(Ti、Al、Si)N層自体の結晶化度の程度は、X線回折分析におけるピーク対バックグラウンド比で測定して表され得る。結晶化度が低い場合、θ-2θスキャンにおける特定の結晶構造からのすべての(hkl)ピークの回折強度は低く、したがってバックグラウンド強度との関係は低くなる。以下の式:ある結晶構造のθ-2θスキャンにおける最高ピークの強度Imaxから、ピークの2θ位置でのバックグラウンドの強度Iバックグラウンドを引いたものを、ピークの2θ位置のバックグラウンドの強度Iバックグラウンドで割ったもの、すなわち、
ピーク対バックグラウンド比=(Imax-Iバックグラウンド)/Iバックグラウンド
を用いることができる。
【0032】
結晶構造は、好ましい結晶方位が異なる場合があり、結晶構造中の異なる(hkl)ピークの強度間の関係が変化する場合があるため、式中では、結晶構造の最高ピークをImaxとして使用する。
【0033】
本発明の(Ti、Al、Si)N層では、立方晶(200)ピークは、一実施形態では、X線回折θ-2θスキャンで最も高い強度を示す立方晶ピークのうちの1つである。
【0034】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、立方晶結晶構造を含み、立方晶(200)ピークのCukα線を用いたX線回折分析でのピーク対バックグラウンド比は、2以上、好ましくは3以上、より好ましくは4以上、最も好ましくは5以上である。(Ti、Al、Si)N層の立方晶(200)ピークのCukα線を用いたX線回折分析でのピーク対バックグラウンド比は、下限のいずれか1つを組み合わせた場合、適切には15以下、好ましくは10以下である。
【0035】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、(Ti、Al、Si)N層における、元素Ti、Al、およびSiの含有量の変化を有する(Ti、Al、Si)N層を横断する格子面を含む。
【0036】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層の表面粗さRaは、0.05μm以下、好ましくは0.03μm以下である。
【0037】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層の表面粗さRzは、0.5μm以下、好ましくは0.25μm以下である。
【0038】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、3500HV(15mN荷重)以上、好ましくは3500~3800HV(15mN荷重)のビッカース硬度を有する。
【0039】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、420GPa以上、好ましくは450GPa以上の換算ヤング率を有する。
【0040】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、3W/mK以下、好ましくは1~2.5W/mKの熱伝導率を有する。
【0041】
一実施形態では、(Ti、Al、Si)N層は、4~9GPa、好ましくは5~8GPaの残留圧縮応力を有する。
【0042】
残留応力が低すぎると、コーティングの靭性が不十分になるであろう。一方、残留応力が高すぎると、コーティングの剥離が発生する。
【0043】
被覆切削工具の基材は、金属加工用の切削工具の分野で一般的な任意の種類のものであり得る。基材は、適切には、超硬合金、サーメット、立方晶窒化ホウ素(cBN)、セラミックス、多結晶ダイヤモンド(PCD)および高速度鋼(HSS)から選択される。
【0044】
好ましい一実施形態では、基材は超硬合金である。
【0045】
被覆切削工具は、適切には、少なくとも1つのすくい面および少なくとも1つの逃げ面を有する、インサート、ドリルまたはエンドミルの形態である。
【0046】
本発明による(Ti、Al、Si)N層は、好ましくは、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)で堆積された層である。
【0047】
本発明の被覆切削工具は、1つまたは複数の基材片を提供し、PVD反応器に1つまたは複数の超硬合金基材片を装入し、適切にはHIPIMS法を用いて、本明細書に記載した(Ti、Al、Si)N層を含むコーティングを堆積させることにより製造される。
【0048】
より好ましくは、(Ti、Al)および(Ti、Al、Si)である少なくとも2つの異なるターゲットの組合せの使用を含むHIPIMS法が使用される。HIPIMS法では、ピークパルス電力密度は、好ましくは340W/cm2以上である。特定の平均ターゲット電力密度は、好ましくは20~50W/cm2であり、パルス時間は、好ましくは1~5msであり、パルス周波数は、好ましくは15~30Hzであり、総圧は、好ましくは0.35~0.7Paである。
【0049】
被覆切削工具の基材は、金属加工用の切削工具の分野で一般的な任意の種類のものとすることができる。基材は、適切には、超硬合金、サーメット、cBN、セラミックス、PCDおよびHSSから選択され、好ましくは超硬合金である。
【0050】
1つまたは複数の基材片は、適切には、少なくとも1つのすくい面および少なくとも1つの逃げ面を有する、切削工具インサートブランクス、ドリルブランクスまたはエンドミルブランクスの形態である。
【0051】
本発明による被覆切削工具がどのように製造され得るかのさらなる詳細は、本出願の実施例のセクションに記載されている。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【
図1】ソリッドエンドミルである切削工具の一実施形態の概略図である。
【
図2】基材およびコーティングを示す本発明による被覆切削工具の一実施形態の断面の模式図である。
【
図3】試料1(本発明)の(Ti、Al、Si)N層のθ-2θスキャンによるX線回折図である。
【
図4】試料2(参照)の(Ti、Al)N層のθ-2θスキャンによるX線回折図である。
【
図5】試料4(参照)の(Ti、Al、Si)N層のθ-2θスキャンによるX線回折図である。
【
図6】試料1(本発明)の(Ti、Al、Si)N層の透過型電子顕微鏡(TEM)電子線回折像である。
【
図7】試料4(参照)の(Ti、Al、Si)N層のTEM電子線回折像である。
【
図8】試料1(本発明)の(Ti、Al、Si)N層断面の高分解能透過型電子顕微鏡(HR-TEM)像である。
【
図9】試料1(本発明)の(Ti、Al、Si)N層のEDSラインスキャン像である。
【
図10】試料1(本発明)および試料2(参照)のフライス加工操作における切削試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0053】
図1は、切削端(2)を有する切削工具(1)の一実施形態を示す模式図を示す。切削工具(1)は、この実施形態では、エンドミルである。
図2は、基体(3)とコーティング(4)とを有する本発明による被覆切削工具の、一実施形態の断面の模式図を示す。コーティングは、最初の(Ti、Al)N最内層(5)と、それに続く(Ti、Al、Si)N層(6)からなる。
図8は、(Ti、Al、Si)N層の一実施形態の断面の高分解能透過型電子顕微鏡(HR-TEM)像を示す。一種の層状構造が見られ、明るい部分(7)と暗い部分(8)が異なる元素組成を示す。また、分析した(Ti、Al、Si)N層全体にわたる結晶構造の縞模様が見られる。したがって、格子面は、明るい部分(7)と暗い部分(8)を横断している。
図9は、本発明による(Ti、Al、Si)N層からのEDSラインスキャン像を示す。EDSスキャンは、(Ti、Al、Si)N層の断面で行われ、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向において、さまざまな元素Ti、Al、Si、Ar、およびNの含有量を測定する。
【0054】
方法
X線回折
X線回折パターンは、Panalytical(Empyrean)の回折計で斜入射モード(GIXRD)により取得した。ラインフォーカスによるCuKα線を分析に用いた(高電圧40kV、電流40mA)。入射ビームは、2mmのマスクと1/8°の発散スリット、さらに平行X線ビームを生成するX線ミラーで限定した。横方向の発散は、ソーラスリット(0.04°)で制御した。回折ビームパスには、比例計数管(0D検出器)と組み合わせた0.18°平行平板コリメータを使用した。測定は、斜入射モード(Omega=1°)で行った。2θの範囲は約20~80°で、ステップサイズは0.03°、カウント時間は10秒であった。
【0055】
透過型電子顕微鏡(TEM)における電子線回折
本明細書で行われた電子線回折分析では、これらは透過型電子顕微鏡Zeiss 912 Omega(高電圧120kV)を用いて行われたTEM測定である。10eVエネルギースリットアパーチャを使用した。制限視野絞りを使用することにより、コーティングのみが回折パターンに寄与するようにする。TEMを、回折用平行照明(SAED)で操作した。
【0056】
試料調製中のアモルファス化を排除するために、異なる方法を使用することができ、i)機械的切断、接着、研削、およびイオン研磨を含む古典的な試料調製の方法、およびii)FIBを使用して試料を切断し、リフトアウトして最終研磨を行う方法がある。
【0057】
元素含有量
コーティング中の金属元素、窒素、アルゴンの含有量を、エネルギー分散型X線分光法(EDX)付き走査型透過電子顕微鏡(STEM)を使用して、FIBで調製した断面試料で測定した。TEMイメージングとEDX分析には、Oxford Instrumentsの電界放出銃、二次電子検出器、およびSi(Li)エネルギー分散型X線(EDX)検出器を搭載したJeol ARMシステム装置を使用した。スポットサイズは0.1nm、およびステップサイズは0.15nmを使用した。
【0058】
ビッカース硬度
ビッカース硬度は、Helmut Fischer GmbH(ジンデルフィンゲン、ドイツ)のPicodentor HM500を用いて、ナノインデンテーション(荷重-深さグラフ)により測定した。測定と計算には、OliverおよびPharrの評価アルゴリズムを適用し、ビッカースに準拠したダイヤモンド試験体を層に押し付け、測定中の力-経路曲線を記録した。使用した最大荷重は15mN(HV0.0015)、荷重増加および荷重減少の時間はそれぞれ20秒、保持時間(クリープ時間)は10秒であった。この曲線から硬度を算出した。
【0059】
換算ヤング率
換算ヤング率(換算弾性係数)は、ビッカース硬度の測定で記載したように、ナノインデンテーション(荷重-深さグラフ)により測定した。
【0060】
熱伝導率
本明細書で作製したコーティングの熱伝導率には、以下の特性を有する時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法を使用した。
1.レーザーパルス(ポンプ)を用いて、試料を局所的に加熱する。
2.熱伝導率および熱容量に応じて、熱エネルギーが試料表面から基材に向かって伝達される。表面の温度は時間とともに低下する。
3.レーザーが反射される部分は、表面温度で決まる。2回目のレーザーパルス(プローブパルス)は、表面の温度低下を測定するために使用される。
4.数学的モデルを使用することにより、試料の熱容量値を使用して熱伝導率を計算することもできる。(D.G.Cahill、 Rev. Sci. Instr. 75、5119(2004))を参照されたい。
【0061】
測定前に試料を鏡面研磨しておく必要がある。
【0062】
残留応力
残留応力は、sin2Ψ法を用いてXRDで測定した(M.E. Fitzpatrick、 A.T. Fry、 P. Holdway、 F.A. Kandil、 J. Shackleton、およびL. Suominen - A Measurement Good Practice Guide No. 52;「Determination of Residual Stresses by X-ray Diffraction - Issue 2」、 2005を参照)。
【0063】
側面傾斜法(Ψ-geometry)は、選択したsin2Ψ範囲内で等距離にある8つのΨ角で使用されている。90°のΦセクター内でΦ角度が等距離に分布することが好ましい。残留応力値の計算には、ポアソン比=0.20およびヤング率E=450GPaが適用されている。(Ti、Al、Si)N層の測定では、市販のソフトウェア(RayfleX Version 2.503)を用いて、Pseudo-Voigt-Fit関数により(Ti、Al、Si)Nの(200)反射を特定し、データを評価した。その上にさらに堆積した層を有するコーティングの層の残留応力を測定するために、コーティング材料は、測定される層の上で除去される。残りの(Ti、Al、Si)N多層材料内の残留応力を大きく変化させない材料除去方法を選択し、適用するよう注意しなければならない。堆積したコーティング材料を除去する適切な方法は研磨と考えられるが、微粒子の研磨剤を用いて穏やかにゆっくりと研磨する必要がある。当技術分野で公知のように、粗粒研磨剤を使用して強力に研磨すると、むしろ圧縮残留応力が増加することになる。堆積したコーティング材料の除去に適した他の方法として、イオンエッチングおよびレーザーアブレーションがある。
【0064】
表面粗さ
平均表面粗さRaおよび平均粗さ深さRzは、メーカーJENOPTIK Industrial Metrology Germany GmbH(旧Hommel-Etamic GmbH)の粗さ測定装置P800型測定システムを使用し、評価ソフトウェアTURBO WAVE V7.32、ISO11562によるうねりの判定、スキャン長さ4.8mmのTKU300検出装置およびKE590GDテストチップを用いて測定し、0.5mm/秒の速度で測定を行った。
【実施例】
【0065】
実施例1(本発明):
組成がTi0.50Al0.50であるターゲットを用いて、WC-Coベースの基材上に(Ti、Al)Nの開始層を堆積させた。次に、組成がTi0.50Al0.50のターゲットと組成がTi0.35Al0.55Si0.10のターゲットを用いて(Ti、Al、Si)N層をさらに堆積させた。WC-Coベースの基材は、S3p技術を用いたOerlikon Balzers Ingenia装置のHIPIMSモードを使用した、フライス加工タイプの切削工具(ノーズエンドミル、直径6mm)およびフラットインサート(コーティングの分析を容易にするため)であった。基材は、8重量%のCoと残りがWCの組成を有していた。
【0066】
堆積プロセスは、以下のプロセスパラメータを使用してHIPIMSモードで実行した。
(Ti、Al)Nの開始層:
ターゲット材料:Ti0.50Al0.50((three))
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット当たりの平均電力:7.001kW
ピークパルス電力:60kW
パルスオン時間:2.927ms
周波数:20Hz
温度:430℃
総圧:0.6Pa(N2+Ar)
アルゴン圧力:0.43Pa
バイアス電位:-60V
1サイクル当たりの繰返しパルス数:2
2倍回転
【0067】
約200nmの層厚で堆積させた。
(Ti、Al、Si)N層:
ターゲット材料1:Ti0.50Al0.50
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット当たりの平均電力:7.001kW
ピークパルス電力:60kW
パルスオン時間:2.927ms
ターゲット材料2:Ti0.35Al0.55Si0.10
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット当たりの平均電力:4.776kW
ピークパルス電力:60kW
パルスオン時間:2.000ms
サイクルから算出した周波数:20Hz
温度:430℃
総圧:0.6Pa
アルゴン圧力:0.43Pa
バイアス電位:-60V
1サイクル当たりの繰返しパルス数:2
2倍回転
【0068】
約2μmの厚さの(Ti、Al、Si)N層を堆積させた。
【0069】
提供した被覆切削工具を「試料1(本発明)」とする。
【0070】
実施例2(参照):
組成Ti0.40Al0.60のターゲットからの(Ti、Al)N層を、S3p技術を用いたOerlikon Balzers装置のHIPIMSモードを使用して、フライス加工タイプの切削工具(ノーズエンドミル、直径6mm)およびフラットインサート(コーティングの分析を容易にするため)であるWC-Coベースの基材上に堆積させた。このHIPIMS堆積コーティングは、焼入れ鋼(ISO-H)材料の機械加工で非常に良好な結果をもたらすことが公知であった。
【0071】
基材は、8wt%のCoと残りはWCの組成を有していた。
【0072】
堆積プロセスを、以下のプロセスパラメータを使用してHIPIMSモードで実行した。
ターゲット材料1:Ti0.40Al0.60
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット当たりの平均電力:4.800kW
ピークパルス電力:60kW
パルスオン時間:4.00ms
温度:430℃
総圧:0.55Pa
アルゴン圧力:0.43Pa
バイアス電位:-80V
1サイクル当たりの繰返しパルス数:1
2倍回転
【0073】
約2μmの層厚で堆積させた。
【0074】
提供した被覆切削工具を「試料2(参照)」とする。
【0075】
さらに、S3p技術を用いた同じOerlikon Balzers装置のHIPIMSモードを使用して、組成Ti0.50Al0.50のターゲットからの(Ti、Al)N層を、平らな切削工具インサート(コーティングの分析を容易にするため)であるWC-Coベースの基材上に堆積させた。プロセスパラメータは、組成Ti0.40Al0.60のターゲットからの(Ti、Al)N層を堆積するときと同じであった。約2μmの層厚で堆積させた。提供した被覆切削工具を「試料3(参照)」とする。
【0076】
実施例3(参照):
組成Ti0.35Al0.55Si0.10のターゲットからの(Ti、Al、Si)N単層を、コーティングを容易に分析するための平らな切削インサートであるWC-Coベースの基材上に堆積させた。堆積は、S3p技術を使用するOerlikon Balzers装置のHIPIMSモードを使用し、以下のプロセスパラメータで行った。
ターゲット材料2:Ti0.35Al0.55Si0.10
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット当たりの平均電力:5.1kW
ピークパルス電力:60kW
パルスオン時間:2.100ms
パルス周波数:20Hz
温度:430℃
総圧:0.64Pa
アルゴン圧力:0.43Pa
バイアス電位:-80V
サイクル当たりの繰返しパルス数:43
2倍回転
【0077】
約1.5μmの層厚で堆積させた。提供した被覆切削工具を「試料4(参照)」とする。
【0078】
実施例4(分析):
試料1、2、および4について、X線回折(XRD)θ-2θ分析を行った。
【0079】
図3~
図6は、試料1(本発明)、試料2(参照)、試料2(参照)および試料4(参照)のXRDθ-2θ回折図を示す。
【0080】
試料1(本発明)の回折図では、立方晶結晶構造が明らかなっていることがわかる。回折図は、37~38度2θ付近と42~43度2θ付近にそれぞれ顕著な立方晶(111)および立方晶(200)のピークを示す。これは、顕著な結晶化度を示唆している。最も強度の高いピークは、(200)ピークである。(200)ピークのピーク対バックグラウンド比は約6.0と推定される。
【0081】
立方晶(200)ピークのFWHM(半値幅)は約1.2度2θである。
【0082】
試料2(参照)の回折図は、(Ti、Al)Nの単層が高度に結晶化した構造であることを示している。(111)ピークは(200)ピークよりも優勢であり、(111)結晶組織を示している。アモルファス構造によるいかなる広範な基礎をなす反射も存在しない。
【0083】
最後に、試料4(参照)の回折図は、立方晶(111)および立方晶(200)のピークが試料1(本発明)より小さいことを示している。(111)ピークは、約31~39度2θの範囲にある広範な基礎をなす反射とほとんど区別することができない。また、立方晶(200)ピークの位置を含む約40~45度2θの広範な基礎をなす反射がある。これらの広範な反射は、顕著なアモルファス構造が存在することを示唆している。結晶化度の低さは、約0.3と推定される(200)ピークのピーク対バックグラウンド比から判定され得る。
【0084】
このあまり顕著でない立方晶(200)ピークの半値幅(FWHM)を決定することは非常に困難であるが、約4度2θと推定される。
【0085】
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた電子線回折分析を、試料1(本発明)および試料4(参照)について行った。
図6~7に、得られた電子線回折パターンを示す。
【0086】
本発明のパターンは、特定の散乱ベクトル(中心からの距離)で識別される反射スポットを示し、試料1(本発明)が結晶性の高い構造であることを証明していることがわかる。一方、試料4(参照)では、顕著なアモルファス相を示す拡散パターンが見られる。
【0087】
高分解能TEM(HR-TEM)像(
図8参照)から、変調した層構造を横断する格子面を確認できた。
【0088】
試料1(本発明)について、TEM-EDXラインスキャンを実施した。
図9に結果を示す。Ti、Al、およびSiの元素含有量が、層の厚さ方向に最小含有量と最大含有量との間で徐々に変化する、一種の変調層が存在することが明らかである。したがって、層の厚さ方向で、各元素の元素含有量には複数の最大値と最小値が存在する。
【0089】
Ti、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化において、Tiの平均最小含有量は約16原子%であり、Tiの平均最大含有量は約19原子%である。
【0090】
Ti、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化において、Alの平均最小含有量は約21原子%であり、Alの平均最大含有量は約25原子%である。
【0091】
Ti、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化において、Siの平均最小含有量は約1原子%であり、Siの平均最大含有量は約3原子%である。
【0092】
各元素の含有量の最小値と最大値の間では、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向において、元素Nの含有量に変化があり、Nの平均最小含有量は約54原子%であり、Nの平均最大含有量は約59原子%である。
【0093】
上記の最小含有量と最大含有量の値はすべて、
図9のTEM-EDSラインスキャンから抽出することができる。
【0094】
また、(Ti、Al、Si)N層中の各元素の平均含有量をTEM-EDXで分析した。結果を表1に示す。
【0095】
(Ti、Al、Si)Nの平均組成は、Ti0.42Al0.54Si0.04Nxのようにも書かれ得、Ti、Al、Siの原子部分の合計は1に等しく、金属元素(Ti、Al、Si)に対するNの原子比、すなわち「x」は、約1.3である。
【0096】
Ti、Al、Siのいずれかの元素の含有量の連続する2つの最大値間、および含有量の連続する2つの最小値間の平均距離は、約6nmである。
【0097】
(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向におけるTi、Al、およびSiの元素含有量の周期的変化において、Tiの最大含有量、Alの最小含有量、およびSiの最小含有量は、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向において平均で一致し、Tiの最小含有量、Alの最大含有量、およびSiの最大含有量は、(Ti、Al、Si)N層の厚さ方向において平均で一致する。
【0098】
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向の距離当たりのTi含有量には、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、約1原子%/nmの平均的な徐変がある。
【0099】
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向の距離当たりのAl含有量には、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、約1.3原子%/nmの平均的な徐変がある。
【0100】
(Ti、Al、Si)N層における厚さ方向の距離当たりのSi含有量には、最小含有量と最大含有量との間、および最大含有量と最小含有量との間で、約0.7原子%/nmの平均的な徐変がある。
【0101】
また、試料1(本発明)について残留応力を測定し、結果は-6.9GPaの値であった。
【0102】
熱伝導率を、時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法を用いて測定した。表2に結果を示す。
【0103】
試料1(本発明)の変調層作製に使用したターゲットから作製した単層は、1.8W/mK(Ti0.35Al0.55Si0.10Nで)および4.7W/mK(Ti0.50Al0.50Nで)の熱伝導率値を示したので、平均値は3.3W/mKと予想された。しかし、試料1(本発明)の結果は2.0W/mKであり、すなわち、熱伝導率が低いことは、発熱する激しい金属切削に有利である。
【0104】
試料1および試料4の被覆工具の逃げ面について、硬度測定(荷重15mN)を行い、ビッカース硬度および換算ヤング率(EIT)を求めた。結果を表3に示す。
【0105】
実施例5:
試料1(本発明)および試料2(参照)の切削試験:
直径6mmのエンドミル工具である試料1(本発明)および試料2(参照)について、フライス加工試験を行い、局所的な逃げ面摩耗を測定した。切削条件を表4にまとめて示す。被加工物として焼入れ鋼ISO-Hを使用した。このような材料の切削操作では、切削端で特に高熱が発生する。
【0106】
【0107】
この試験では、逃げ面側の切削端で摩耗の最大値が観察された。各コーティングの2つの切削端を試験し、各切削長の平均値を表5に示す。
【0108】
試料2(参照)は、焼入れ鋼(ISO-H)材料のフライス加工で非常に良い結果をもたらすことが公知のコーティングを有している。それにもかかわらず、試料1(本発明)は試料2(参照)よりもはるかに優れた性能を発揮すると結論付けられる。
図10は、このことを視覚化したものでもある。
【0109】
試料4については、特に試験はしていないが、その(Ti、Al、Si)N層の機械的特性(低硬度および低弾性率)がすでに悪いため、上記の切削試験では非常に悪い結果が得られるであろう。
【国際調査報告】