(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-01-10
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼、この鋼で作られる熱交換器用プレート、及び煙突ダクト
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231227BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231227BHJP
C21D 9/48 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/48 P
【審査請求】未請求
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2023536525
(86)(22)【出願日】2021-12-13
(85)【翻訳文提出日】2023-08-14
(86)【国際出願番号】 IB2021061647
(87)【国際公開番号】W WO2022130176
(87)【国際公開日】2022-06-23
(31)【優先権主張番号】PCT/IB2020/062043
(32)【優先日】2020-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】512072614
【氏名又は名称】アペラム
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】オードリー・アリオン
(72)【発明者】
【氏名】ジェシカ・ドラクロワ
(72)【発明者】
【氏名】ベルトラン・プティ
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
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4K037EA28
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4K037EA35
4K037EB05
4K037EB07
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4K037FB00
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4K037FG00
4K037FH00
4K037FK05
4K037JA06
4K037JA07
(57)【要約】
組成が、質量パーセントで、微量≦C≦0.03%;1.0%≦Mn≦2.0%;0.8%≦Si≦2.0%;優先的には1.0%≦Si≦1.5%;微量≦Al≦0.06%;微量≦P≦0.045%;微量≦S≦0.015%;8.0%≦Ni≦12.0%;17.5%≦Cr<20.0%;0.4%≦Mo≦0.8%;微量≦Sn≦0.05%;微量≦Nb≦0.08%;微量≦V≦0.15%; 微量≦Ti≦0.08%; 微量≦Zr≦0.08%;微量≦Co≦1.0%;微量≦B≦0.01%;微量≦W+Mo≦0.8%;微量≦Pb≦0.03%;微量≦N<0.1%;微量≦O≦0.01%、残りが鉄、及び製造により生じる不純物からなることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼。この鋼でできている熱交換器用プレート、及び煙突ダクトも開示される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が、質量パーセントで
- 微量≦C≦0.03%;
- 1.0%≦Mn≦2.0%;
- 0.8%≦Si≦2.0%;優先的には1.0%≦Si≦1.5%;
- 微量≦Al≦0.06%;優先的には微量≦Al≦0.01%;
- 微量≦P≦0.045%;
- 微量≦S≦0.015%;
- 8.0%≦Ni≦12.0%;優先的には9.45%≦Ni≦10.0%;
- 17.5%≦Cr<20.0%;
- 0.4%≦Mo≦0.8%;優先的には0.5%≦Mo≦0.6%;
- 微量≦Sn≦0.05%;
- 微量≦Nb≦0.08%;
- 微量≦V≦0.15%;
- 微量≦Ti≦0.08%;
- 微量≦Zr≦0.08%;
- 微量≦Co≦1.0%;
- 0.02%≦Cu≦0.6%;
- 微量≦B≦0.01%;
- 微量≦W+Mo≦0.8%;
- 微量≦Pb≦0.03%;
- 微量≦N<1000ppm;
- 微量≦O≦0.01%;優先的には微量≦O≦0.005%;
残りが鉄、及び製造により生じる不純物からなることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
平均結晶粒径が11~6ASTM、優先的には10~7ASTMの間に含まれることを特徴とする、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
微量≦Nb<0.03%であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
微量≦Nb<0.02%であることを特徴とする、請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
0.03%≦V≦0.15%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
0.04%≦V≦0.15%であることを特徴とする、請求項5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
300ppm≦N<1000ppmであることを特徴とする、請求項1から6のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項8】
300ppm≦N<800ppmであることを特徴とする、請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼でできていることを特徴とする、熱交換器プレート。
【請求項10】
請求項1から8のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼でできていることを特徴とする、煙突ダクトの要素。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はオーステナイト系ステンレス鋼の分野に関する。より詳細には、本発明は、様々なタイプの腐食に対する高い耐性と、良好な成形性と、Ni及びMoなどの高価な合金元素の存在を可能な限り制限することにより得られる適度なコストとの適切な兼ね合いを示す、オーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
好ましいが非限定的な用途は、熱交換器プレート、又は煙突ダクト要素の製造であり、これらは共に、特に周囲温度を超える温度でのそのような優れた耐腐食性、及び良好な成形性を必要とする。
【0003】
最も一般的に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼種の1つは、規格EN10088-2によるX5CrNi189(1.4301)と呼ばれる鋼種であり、その規格化された組成は、本発明の文章で示されるあらゆる化学元素含量と同様に質量パーセントで示される:C≦0.07%;Si≦1.0%;Mn≦2.0%;P≦0.045%;S≦0.015%;N≦0.11%;Cr=17~19.5%;Ni=8~10.5%。前記鋼種はASTM A240による「304」と呼ばれる鋼種と同等であり、Siの上限が0.75%まで、Cの上限が0.08%までという違いがある。
【0004】
Nb又はTiを例えばおよそ0.2%添加することは、Cr炭化物の代わりにNb炭化物又はTi炭化物の形成をもたらし、それにより溶解しているCrの量を維持するという点で、接合部の耐腐食性を改善するのに貢献し得る。
【0005】
別の解決法は、鋼中の炭素含量を低下させ、それにより耐腐食性を低下させる冷却中の炭化クロムの析出を回避することで構成される。X5CrNi18-9(1.4301)の低炭素の変種はEN 10088-2によるX2CrNi18-9(1.4307)となり、304はASTM A240による「304L」となる。
【0006】
上記の鋼種は良好な耐腐食性を有するが、しかしながら特に侵食性環境、例えば海洋環境、及び塩素化環境においては一般に不十分であることが分かる。
【0007】
様々なタイプの腐食に対する特に高い耐性が求められる、そのような状況では、EN 10088-2によるX5CrNiMo17-12-2鋼種及びASTM A240による「316」、並びにそれらに由来する鋼種が、多くの場合に同じ規格によるX5CrNi189鋼種(1.4301)及び304よりもそれぞれ好ましい。
【0008】
X5CrNiMo17-12-2の典型的な標準組成は、C≦0.07%;Si≦1.0%;Mn≦2.0%;P≦0.045%;S≦0.015%;N≦0.1%;Cr=16.5~18.5%;Mo=2.0~2.5%;Ni=10~13%である。組成は規格ASTM A240における「316」と呼ばれる鋼種の組成と同等であり、Siの上限が0.75%まで、Cの上限が0.08%までであり、クロムを16~18%組み込んでいるという違いがある。X5CrNi189と比較すると、Cr濃度範囲がわずかに低い最小値及び最大値へシフトしているが、他方でNiの濃度はほとんどの場合により高く、とりわけ、Moが多量に存在する。
【0009】
18%クロム及び9%ニッケルの鋼種と同様に、通常の規格化された組成:C≦0.03%;Si≦1.0%;Mn≦2.0%;P≦0.045%;S≦0.015%;N≦0.1%;Cr=16.5~18.5%;Mo=2~2.5%;Ni=10~13%のX2CrNiMo17-12-2鋼種により、塩素化媒体中の耐腐食性に関して更に高い性能が得られる。したがって組成は主により低いCの最大濃度によってX5CrNiMo17-12-2とは異なっており、これはCr炭化物及びCr炭窒化物が形成される可能性がより低いことに起因してX5CrNiMo17-12-2の組成よりも塩素化媒体中の更に良好な耐粒界腐食性を有する組成を実現するのに寄与している。上記の鋼種は溶接もより容易である。そのような鋼種はASTM A240における「316L」と呼ばれる鋼種と同等である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
X5CrNiMo17-12-2鋼種及びその既知の派生物は、より高いNiの濃度及び多量のMoの存在に起因して、X5CrNiMo17-12-2よりも高価であるという欠点がある。また、鉱石からのそのような元素の抽出は環境に有害である。したがって、高価で生態的影響が大きい合金元素の濃度がより低い、前記鋼種の適切な代替物を見出すことは興味深いものとなる。本発明の目的はそのようなものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的のため、本発明の主題は、組成が、質量パーセントで、
- 微量≦C≦0.03%;
- 1.0%≦Mn≦2.0%;
- 0.8%≦Si≦2.0%;優先的には1.0%≦Si≦1.5%;
- 微量≦Al≦0.06%;優先的には微量≦Al≦0.01%;
- 微量≦P≦0.045%;
- 微量≦S≦0.015%;
- 8.0%≦Ni≦12.0%;優先的には9.45%≦Ni≦10.0%;
- 17.5%≦Cr<20.0%;
- 0.4%≦Mo≦0.8%;優先的には0.5%≦Mo≦0.6%;
- 微量≦Sn≦0.05%;
- 微量≦Nb≦0.08%;
- 微量≦V≦0.15%;
- 微量≦Ti≦0.08%;
- 微量≦Zr≦0.08%;
- 微量≦Co≦1.0%;
- 0.02%≦Cu≦0.6%;
- 微量≦B≦0.01%;
- 微量≦W+Mo≦0.8%;
- 微量≦Pb≦0.03%;
- 微量≦N<1000ppm;
- 微量≦O≦0.01%;優先的には微量≦O≦0.005%;
残りが鉄、及び製造により生じる不純物からなることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼である。
【0012】
組成が、質量パーセントで、
- 微量≦C≦0.03%;
- 1.0%≦Mn≦2.0%;
- 0.8%≦Si≦2.0%;優先的には1.0%≦Si≦1.5%;
- 微量≦Al≦0.06%;優先的には微量≦Al≦0.01%;
- 微量≦P≦0.045%;
- 微量≦S≦0.015%;
- 8.0%≦Ni≦12.0%;優先的には9.45%≦Ni≦10.0%;
- 17.5%≦Cr≦20.0%;
- 0.4%≦Mo≦0.8%;優先的には0.5%≦Mo≦0.6%;
- 微量≦Sn≦0.05%;
- 微量≦Nb≦0.08%;
- 微量≦V≦0.15%;
- 微量≦Ti≦0.08%;
- 微量≦Zr≦0.08%;
- 微量≦Co≦1.0%;
- 微量≦B≦0.01%;
- 微量≦W+Mo≦0.8%;
- 微量≦Pb≦0.03%;
- 微量≦N≦0.1%;
- 微量≦O≦0.01%;
残りが鉄、及び製造により生じる不純物からなることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼も開示される。
【0013】
それらの平均結晶粒径は11~6ASTMの間に含まれ得る。
【0014】
本発明のさらなる主題は、プレートがそのようなオーステナイト系ステンレス鋼でできていることを特徴とする、熱交換器用プレートに関する。
【0015】
本発明のさらなる主題は、そのようなオーステナイト系ステンレス鋼でできていることを特徴とする、煙突ダクトの要素に関する。
【0016】
当然のことながら、本発明は、注意深くバランスをとってMo及びSiを添加し、Mo含量を比較的低いままとすることにより、古典的な鋼種X2CrNi18-9の組成を改変することに基づいている。そのような添加は、Moの存在に起因して鋼をX2CrNiMo17-12-2の組成に近づける傾向がある。しかしこの添加は、これまでに知られていた又は明らかであったであろう、前述の微妙な差の変種には該当せず、これは特にMoの存在は比較的抑えられたままであるからである。したがってそのような改変は経済的に悪影響がなく、それでいながら、X2CrNi18-9及びX2CrNiMo17-12-2よりも高くすることが可能であるSiの濃度と組み合わせて、少なくともCrNiMo17-12-2の特性と同等の機械的特性と耐腐食性の両方を維持するのに十分である。そのような特性は、例えば熱交換器要素又は煙突ダクトなどの薄い部品及び複雑な形状を有する部品の製造における、様々なタイプの腐食に対する高い耐性と良好な成形性の両方を必要とする用途に非常に適している。
【0017】
発明者らは、質量%で表される以下の鋼の組成が、材料のコスト、機械的特性、及び耐腐食性能に関する上記の問題を解決するのに最も良く適していたことを結論づけた。
【0018】
Cの濃度は、微量から0.030%の間に含まれる。Cはガンマ安定性の高い(オーステナイト化)元素であり、過剰なCの濃度は、Cr又はMoなどの高価なアルファ安定性(フェライト化)元素を添加することによりそのような濃度を補正する必要性を生じさせることになる。更に、Cは耐粒界腐食性に対して非常に不都合であり、鋼種の溶接可能性を大きく低下させる。
【0019】
Mnの濃度は1.0%~2.0%の間に含まれる。Mnは応力下又は熱によりマルテンサイトへ転換する傾向を低下させることによりオーステナイトの安定性をもたらし、その結果変形性を高め歪み硬化しにくくなり、これは熱交換器プレートの深絞り加工の際に大いに認識される。しかし、高い濃度は鋼種の耐腐食性を低下させる傾向があり、その濃度は本明細書において2.0%に制限されなければならない。
【0020】
Pの濃度は最大で0.045%である。
【0021】
Sの濃度は最大で0.015%である。
【0022】
S及びPはステンレス鋼種の耐腐食性において極度に有害な元素であり、高温時にその機械的強度及び変形性も大きく低下させる。その濃度は優先的には可能な限り低い濃度であるべきであり、いずれの場合も記載される限度値以下であるべきである。
【0023】
Siの濃度は0.8%~2.0%の間、優先的には1.0%~1.5%の間に含まれる。本発明によれば、前記元素は中程度の濃度のMo含量と組み合わせた場合に、鋼種の耐腐食性を著しく高める。Siはまたアルファ安定性の高い(フェライト化)元素でもあり、その濃度は2%に制限されなければならず、そうでない場合、その鋼種はバランスが失われることになり、Siの高い濃度を高価なNi又は有害なCなどのガンマ安定化元素の存在により補正しなければならなくなる。
【0024】
また、MoをSiで置き換えることにより過去に使用された鋼種と比較してMoの濃度を低下させるという事実は、必要な原料を得ることの生態学的影響を低減する。
【0025】
Alの濃度は、製造により生じる微量から0.06%の間に含まれる。Alは脱酸素剤として製鋼業者が使用することができる。しかしAlの制御が不十分である場合、これは鋼の包括的な清浄度、特に製品の表面の最終的な外観に影響を与えることがある。Alはアルファ安定性元素でもあり、その過剰な存在はNiなどの高価なガンマ安定性元素又はCなどの耐腐食性に悪影響がある元素により補正されることが必要となる。したがってAlの濃度を最大で0.06%、優先的には最大で0.01%に制限することが重要である。
【0026】
Niは強力なガンマ安定性元素であり、検討される鋼種の変形性能及び回復力を高める。しかし、Niは比較的高価でもあり、その濃度は鋼種の冶金安定性とそのコストとのバランスをとらなければならない。したがって、低すぎる濃度のNi(8.0%未満)は、機械的強度の著しい増加(歪み硬化)及び破断伸びの減少をもたらす変形時のマルテンサイトの形成により、不安定な鋼種を生じさせることになる。しかし、高すぎる濃度は経済的競争力のない鋼種をもたらすことになる。本発明によれば、Niの濃度は8.0%~12.0%、優先的には9.45%~10.0%の間に含まれる。
【0027】
Crはステンレス鋼の製造のための基本的な元素である。Crの濃度はその耐腐食性の大部分を鋼に与える。本発明が目標とする用途のため、及びオーステナイトの冶金状態を鋼に与えるために、Crは17.5%~20.0%の間に含まれるべきである。
【0028】
Moの濃度は0.4%~0.8%の間、優先的には0.5%~0.6%の間に含まれる。Moは、ステンレス鋼の表面上に自然に形成される不動態膜を強化することにより耐腐食性を高める元素である。本発明によれば、注意深く調整され正確な濃度範囲のSiと組み合わされたMoの添加は、鋼種X2CrNiMo17-12-2に存在するレベルなどのレベルまでMoの濃度を上昇させることなく、オーステナイト鋼の耐腐食性の特性を著しく向上させる。本発明により必要とされるMoの濃度はまた、以下で論じることになる、Wの潜在的な存在も考慮に入れなければならない。
【0029】
Snの濃度は、製造により生じる微量から0.05%の間に限定され、Snは熱間鍛造性を強力に低下させる。
【0030】
Nb、Zr、及びTiの濃度は、製造により生じる微量から0.08%の間に含まれる。本発明により課せられる低いCの濃度に起因して、粒界腐食に対するそのような安定化元素は本明細書において必要ではない。優先的には、Nbの濃度は厳密には0.03%未満であり、0.02%未満がより好ましい。
【0031】
V含量の濃度は、製造により生じる微量から0.15%の間である。Vは高温でのオーステナイト中のNの溶解性を高め、窒化クロムの析出を防ぐために中程度に鋼種へ添加することができる。優先的には、鍛造性を改善するために、Vの濃度は0.03%以上、優先的には0.04%以上である。
【0032】
Coの濃度は、製造により生じる微量から1.0%の間に含まれる。Coはガンマ安定性元素であり、その結果として冶金上の利点を有し得るにもかかわらず、Coは過度に高価であり、鋼種のコストを大幅に悪化させないために、1.0%に制限されるべきである。
【0033】
Bは鋼の鍛造性及びクリープを向上させることが知られている。その濃度は製造により生じる微量から0.01%の間に含まれる。
【0034】
Wは、Moの割合と同等の割合で鋼種の耐腐食性を高めるために使用されるものとして、科学文献に記載されている。しかし、Wは過度に高価な元素であり、その多量の存在は鋼種のコストを大幅に高めることになる。したがってWはMoの割合に応じてMo+W≦0.8%の法則を満たしながら最大値までに制限されるべきであり、優先的には製造により生じる微量の状態まで低減される。
【0035】
Cuは、最大で0.6%、一般には0.5以下%、より好ましくは0.3%未満にとどまるべきである含量で、製造により生じる不純物として組成物中に存在する。Cuの濃度は少なくとも0.02%、又は製造方法によっては少なくとも0.10%である。
【0036】
Pbの濃度は製造により生じる微量から0.03%の間に含まれる。
【0037】
Nの濃度は、2.0%~0.1質量%(1000ppm)の間に含まれる。そのような濃度は、より高い濃度により非引き起こされることになる機械的特性の劣化の阻止をもたらす。優先的には、Nの濃度は最大で0.08%(800ppm)にとどまる。Nの濃度は一般に0.03%(300ppm)以上である。
【0038】
Oの濃度は、目的とする主な用途にしたがって包括的な清浄度を満たすために、微量から0.01%の間に含まれ、優先的には可能な限り低い濃度に制限される。
【0039】
言及されていない元素は製造により生じる微量においてのみ存在する。「微量」という用語は、一般に、その元素が製造中に意図的に添加されていないこと、又は(これはAl、及びZrなどの他の脱酸元素に当てはまることがあるが)例えばその元素が形成した非金属含有物をデカントすることによりその元素がその後除去され、最終的な鋼に非常にわずかにしか存在しないことを意味すると理解されるべきである。
【0040】
本発明による鋼の定義に示される様々な元素に関する優先的な範囲は、互いに独立であることを理解するべきである。言い換えれば、鋼の組成が特定の元素に関しては上記で定義される最も一般的な範囲内にあり、他の元素に関しては好ましい範囲内にあることは、依然として本発明に即したものとなる。
【0041】
平均結晶粒径は11~6ASTMの間に含まれ得る。6ASTMサイズは、熱交換器プレートなどの複雑な形状が深絞り加工により製造される必要がある用途において好ましく、ASTM11サイズは、熱交換器がろう接される又は高温での拡散溶接により溶接される場合に好ましい。このように、可動中に耐える高圧に即して、組立操作の後に機械的強度を熱交換器に与えることが可能である。
【0042】
以下の添付の図面に関連して示される以下の説明を読めば、本発明は更に良く理解されることになる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【
図1】試験された様々な試料の第1のシリーズについて測定された従来の降伏強度Rp
0.2を示す図である。
【
図2】試験された様々な試料の第1のシリーズについて測定された引張強度Rmを示す図である。
【
図3】試験された様々な試料の第1のシリーズについて測定された破断伸びA%を示す図である。
【
図4】0.02M NaCl媒体中で23℃において測定される、試験された様々な鋼の孔食電位E
pitを示す図である。
【
図5】2つの異なる焼鈍温度について試験された様々な鋼の結晶粒径を示す図である。
【
図6】同じ鋼について従来の降伏強度Rp
0.2を測定する結果を示す図である。
【
図7】同じ鋼についてのRmの測定の結果を示す図である。
【
図8】同じ鋼についての破断伸びA%の測定の結果を示す図である。
【
図9】2種の鋼についての3方向に沿った引張試験において測定される従来の降伏強度Rp
0.2を示す図である。
【
図10】2種の鋼についての3方向に沿った引張強度RMを測定する結果を示す図である。
【
図11】2種の鋼についての3方向に沿った破断伸びA%の測定の結果を示す図である。
【
図12】参照用の鋼について限界の深絞り比LDRを示す図である。
【
図13】本発明による鋼について限界の深絞り比LDRを示す図である。
【
図14】本発明による2種の鋼及び1種の参照用鋼について、耐孔食性に対するNaCl水溶液の塩分及び温度の影響を示す図である。
【
図15】試験される様々な鋼についての耐孔食性に対するPRENの影響を示す図である。
【
図16】本発明による2種の鋼及び1種の参照用の鋼についての、均一腐食に対する鋼の感度を評価するために使用される電流-電圧曲線を示す図である。
【
図17】本発明による2種の鋼及び3種の参照用の鋼についての、耐応力腐食性を評価するための液滴蒸発試験の結果を示す図である。
【
図18】本発明による鋼及び3種の参照用の鋼についての、脱不働態化pH測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
貴さ又は化学量論に起因して単独で又は組み合わせで、先験的に古典的X2CrNi18-9鋼種の耐腐食性に対して向上させる影響を有する傾向があった様々な元素Si、Mo、W、Cuの濃度の間の適正なバランスを見出すために、発明者らは最初に様々な組成の鋼に対する比較試験を行った。熱間鍛造性、オーステナイトの安定性、耐腐食性などの、そのような鋼種の様々な特性に対するあらゆる化学元素のそれぞれの影響を区別するために鋼を使用した。古典的X2CrNiMo17-12-2も比較のために試験に組み込まれ、X2CrNiMo17-12-2は、2.0% Moの存在と協働してそのような基本的鋼種の特性を改善するための考えられる解決策と一見して思われるSiが富化されている。
【0045】
質量%として表される、試験される様々な組成を表1にまとめる。表に記載されていない元素(鋼の組成を記載する本発明の本文の他の表におけるような)は製造により生じる微量の形態で存在し、冶金的な影響がないことを理解するべきである。
【0046】
表1の様々な鋼種に与えられる名称は標準化されておらず、名称は本発明の本文の特定の枠組み内においてのみ適用され、X5CrNi18-9鋼、参考例では304に相当するか、又はX2CrNiMo17-12-2、参考例では316Lに相当するものとして理解されるべきであり、名称において言及される元素(複数可)がこれに多量に添加されており、そのことにより鋼がX5CrNi18-9又はX2CrNiMo17-12-2の組成を規定する標準の範囲外となる。
【0047】
【0048】
表1に記載される組成を有する鋼の鋳造を行った。小型のインゴットを得て、40mm厚さの試料をここから取り出し、次いでこれを1150℃で4mmの厚さまで熱間圧延し、次いで1140~1120℃で焼鈍し、酸洗した。次いでインゴットを1.5mmの厚さまで冷間圧延し、1140~1120℃で焼鈍し、次いで強制空冷及び酸洗した。
【0049】
そのような調製法は、本発明が置き換えることを目指すタイプのオーステナイト系ステンレス鋼において、特に挙げられた好ましい意図する用途において、完全に従来型のものである。
【0050】
以下の結論がここから得られる。
【0051】
304の鋼種及びその派生物の平均結晶粒径は表2に示すように9.3~11.2ASTMの範囲であり、通常の304は最小の平均結晶粒径を有する(小さい結晶粒径は高いASTM値に対応することに注意する)。Si、及び特にMo又はWの添加は、平均結晶粒径の増大に寄与する。鋼種316Lは9ASTMの平均結晶粒径を有し、0.37%ではなく1.35% Siの存在は、他のすべてが実質的に等しい場合、平均結晶粒径(8.7ASTM)をわずかに増大させる。
【0052】
【0053】
鋼の成形性を表す機械的特性、すなわち従来の降伏強度Rp
0.2、引張強度Rm、及び破断伸びAに関して、
図1~3で分かるように以下の所見を述べた。
【0054】
試験される割合で単独のMoを304へ添加することは大きな影響がない。降伏強度及び引張強度は316Lのものよりも依然として高いままである。後者は、304の破断伸び、並びに検討されたMo及びSiが富化された派生物の破断伸びをわずかに超える破断伸びを示す。
【0055】
単独で添加されるWはそのような特性をむしろ低下させる傾向がある。
【0056】
最も著しい影響、より詳細には破断伸びに対する影響を有するのは、特に、試験される割合でのMoの添加と組み合わせたSiの添加である。
【0057】
23℃で0.02 MNaClを有する環境における、
図4で孔食電位Vpit
0.1により表される耐孔食性に関しては、従来の316L鋼はやはり304鋼よりも良好な耐性を有する。しかし、304及び316Lの両方において、304における約1.3%~1.4%のSiの添加は孔食電位を著しく高めることに注意する。試験の最良の結果は、0.5% Mo及び1.3% Siが添加されてお17.4~17.8%のCrを含有する304鋼の結果である。この結果は、1.98% Mo及び16.4% Crを有し1.35%のSiが添加された316Lについて得られる結果よりも更に良好である。
【0058】
Wは孔食電位に対して実質的な効果がない。試験によれば、したがってその効果はMoの効果とは完全に別のものである。
【0059】
Cuの添加は、すべての他のものが等しいならば孔食電位を低下させるので、悪影響がある。
【0060】
鋼種304並びに中程度のMo含量及び1%を超えるSi含量とそれらを合わせたものの、より高いCrの濃度は、オーステナイト系ステンレス鋼の耐孔食性を著しく高めると思われる。
【0061】
隙間腐食、均一腐食、及び応力腐食に関して、0.5% Moの添加はやはり、さらなるSiの有無にかかわらず、有益であることが分かり、316Lの性能と同等である性能を得ることにつながる。
【0062】
したがって本発明につながった試験より前の試験は、少量のMo又は少量のMo及びSiを従来の304鋼に加えることで構成される解決策が、様々なタイプの腐食に対する耐性、機械的特性、及びコストに関して、本発明[の鋼]よりもNi及びMが豊富でありそのため実質的により高価であり、より著しいエコロジカルフットプリント及び意図する用途において必ずしも最適ではない成形性を有する、316又は316L鋼の使用の良好な代替となり得ることを示唆している。
【0063】
しかし、そのような従来の304鋼における強すぎるSiの添加は、高温時の硬度を含めた機械的特性を、材料の成形性にとって好ましくない方向で高める傾向がある。0.5% Moと合わせた1.35%のSiの濃度では、デルタフェライトからオーステナイトへの相変態を示すA4温度が低すぎ、熱間圧延の際に製品の縁部でクラックの形成を生じさせることが分かった。したがって、最適化された解決策をやはり見出さなければならない。
【0064】
熱間圧延中の鋼と、そのような鋼について主に意図する用途である熱交換器及び煙突ダクトと適合性がある、完成品における機械的特性及び耐腐食性との全体性を確保するために、適切なA4温度、すなわち熱間圧延前の到達温度を超えるA4温度を得るための組成のバランスが必要である。
【0065】
過去の試験を考慮すると、この目的のために、先験的には第1の試みに関して以下の調整を行うことが望ましいと結論づけられた:
- 粒界腐食のリスクを制限するために、Cの著しく低い濃度を維持すること;
- Nbは高価な元素であり耐粒界腐食性に対するその利点はCの濃度を低下させることによっても得ることができるので、Nbを添加しないこと、少なくとも多量には添加しないこと;
- 所望の耐腐食性を実現するために十分なCr及びMoのレベルを維持すること;
- 材料のコストを制限するためにNiの添加を最小限にすること;
- 適切な温度A4を必要とする良好な高温延性を得るためにNの濃度を調整し;前述の予備試験の際に見られた耐腐食性に関するMoとSiとの相乗効果を維持しながら、A4温度を高め硬度を低下させるためにSiの濃度を調整すること。
【0066】
この目的のために、50kgのインゴットを鋳造し、その組成を表3に示す。表に記載されていない元素は不純物である。実施例11~14は本発明によるものであり、実施例15は参照の316Lである。実施例11~14において、そのためAlの濃度は最大で0.06%、Snの濃度は最大で0.05%、Nbの濃度は最大で0.08%(更には0.03%未満)、Tiの濃度は最大で0.08%、Zrの濃度は最大で0.08%、Bの濃度は最大で0.01%、W及びMoの濃度の合計は最大で0.8%、Pbの濃度は最大で0.03%である。本発明による実施例はそのSiの含量について本質的には互いに異なっており、およそ1.3%~1.0%の範囲である。Moは0.5%で均一に設定されること、及びNは徐々に増加するSiが補正されるのを可能にしたことに注意すべきである。
【0067】
【0068】
次いで150×100×25mmの試料を切り出した。試料を熱間圧延してその厚さを25から2.8mmまで薄くした。
【0069】
次いで保持時間なしで1100℃にて1回目の焼鈍を行い、続いてエッチング加工を行い、これにより試料の全体的な再結晶及び酸化物フリーの表面が得られた。
【0070】
次いで試料において1mmの最終厚さまで冷間圧延を行い、これは用途に必要とされる深絞り特性が実際に得られることを確実にするのに理想的な厚さである。
【0071】
様々な平均結晶粒径を得るために、最終の焼鈍操作を1075℃及び1100℃の温度で行った。
【0072】
図5で分かるように、結晶粒径に関して得られる結果は、所与の焼鈍温度において試料ごとに非常にわずかな差である。本発明による鋼及び316L鋼は同様の挙動をする。1075℃での焼鈍はあらゆる場合においておよそ7.5~8ASTMの平均結晶粒径をもたらし、1100℃での焼鈍はあらゆる場合においておよそ8.5~9ASTMの平均結晶粒径をもたらし、本発明の場合、Siの濃度のいかなる影響も見られない。
【0073】
鋼の平均結晶粒径はその機械的挙動に対して、特に深絞り性に対して多大な影響がある。ASTM結晶粒径が小さいほど、材料はより変形性が高い。それにより、目的とする用途において、特に形状が複雑である熱交換器プレートにおいて、結晶粒径を6~11ASTMに調整するための適応性は、部品の深絞り加工に必要とされる変形性とその使用中の耐性に必要とされる機械的強度との適切な兼ね合いを見出すための主要な利点である。
【0074】
2種類の上記の温度で焼鈍された試料について、圧延方向DLと垂直の方向に沿って(言い換えれば、横方向DTに沿って)引張試験も行った。
図6に従来の降伏強度Rp
0.2について、
図7に引張強度Rmについて、
図8に破断伸びA%について、試験の結果を示す。
【0075】
これらから以下が明らかである:
- 従来の降伏強度Rp0.2及び引張強度Rmに関して、本発明による鋼は等しい平均結晶粒径では316Lよりも高い値を有し;Si及びNの濃度と共に値は減少する傾向があり;約1%のSiの濃度では差は縮まるとしても、本発明による鋼は316Lよりも硬い;
- 同一の平均結晶粒径を有する、本発明によるあらゆる鋼及び316Lでは、破断伸びは極めて同等であり、8ASTMから9ASTMへ向かうと比較的わずかに異なる。
【0076】
同じ2つの実施例14及び15について、3方向:圧延方向DL、DLと垂直な横方向DT、及び45°方向、すなわち他の2方向の2等分線に沿った引張試験も行った。
図6~8の試験はDT方向のみに関するものであった。
【0077】
すべての試験について、試験された長さ12.5mm、幅50mm、及び厚さ1mmの試料は、保持時間なしで1080℃での最終の焼鈍により、本発明による実施例14では8.6ASTMの平均結晶粒径、316Lの参考例15では8.7ASTMが与えられた。Rp
0.2、Rm、及びA%についての試験の結果は
図9、10、及び11でそれぞれ見られる。
【0078】
Rp0.2及びRmについて、2つの実施例は実質的に同様の挙動を示し、ずれは各測定方向について10MPaを超えない。破断伸びA%は本発明による実施例14よりもわずかに高い。
【0079】
2つの実施例の平面等方性係数Δrを3方向に沿った応力歪み曲線から計算する場合、Δrは316Lの実施例15については-0.286、本発明による実施例14については-0.229に相当することが分かる。本発明による鋼の良好な機械的特性はしたがって、大きい破断時歪み及び高い等方性を伴う高い機械的強度を有するという点で、様々なタイプの腐食に対する耐性と同様に、そのような特性が重要である316Lの用途において前記鋼の適切な代替物となる。
【0080】
鋼種の成形性は降伏強度によって有効に特徴づけることができるが、特に深絞りを意図する場合、より正確な見解を得るために、さらなる試験を行わなければならない。この目的のために、実施例14及び15にエリクセン試験及び深絞り試験を行った。
【0081】
エリクセン試験は、等二軸応力に応じた、クラックが発生する前の深絞りの深さに相当するエリクセン指数IEを得ることを目的としている。
【0082】
20mmの一定の直径を有するパンチ、1000daNの一定のブランクホルダー圧力、ブラシで広げたMolykote(登録商標)潤滑剤、及び5mm/分の一定の深絞りスピードを使用した。試験した金属薄板の厚さは1mmであった。
【0083】
本発明による実施例14は参考例15よりもわずかに良好な挙動を示す。実施例14のIEは12mmであり、実施例15のIEは11.5mmである。
【0084】
実施例14及び15の限界絞り比(LDR)及び遅れ破壊のしやすさも試験した。
【0085】
LDRは理論上はクラック発生前のブランクの最大直径とパンチの初期直径との比βに相当する。
【0086】
結果を
図12及び13に示す。LDRは両方の実施例で非常に近く、本発明による実施例14では2.22(
図13)、参考例15では2.17(
図12)である。本発明による実施例のLDRは、参照の鋼316LのLDRよりも更にわずかに良好である。
【0087】
遅れ破壊のしやすさに関して、2.12のβ比では、2B仕上げ(冷間圧延品、非光輝焼鈍、酸洗、テンパーパスを施したもの)の場合に2つの実施例14及び15において遅れ破壊が見られなかった。
【0088】
2つの実施例14及び15について、深絞り後の弾性戻りに起因する変形も評価した。それらのそれぞれの挙動に顕著な違いはなく、これはそれらの降伏強度の類似性と一致する。
【0089】
本発明による実施例11及び14について(それぞれ1.3%及び1.0%のSiを含有する)、並びに316L鋼の参考例15について、耐腐食性の試験も行った。
【0090】
1200の粒度を有するSiC紙により水中で研磨した15mmの直径を有する深絞りディスクについて電気化学的試験を行った。次いでディスクをアセトン/エタノールの超音波浴中で脱脂し、蒸留水ですすぎ、周囲空気中で24時間放置してエージングした。
【0091】
分析用蒸留水及びNaClの溶液中で電気化学的腐食試験を行い、窒素及び水素により脱気した。飽和カロメル電極(SCE)を参照電極として使用し、白金電極を対電極として使用した。
【0092】
耐孔食性は、pH6.6の脱気NaCl溶液中の表3の試料11、14、及び15についてmV/SCEで測定される孔食電位E
pitによって表され、試料を遊離電位で15分置き、次いで電位E
pitを測定する50μAの強度に到達するまで一定のスキャン速度(100mV/分)で動電位スキャンを行う。0.02M及び0.5MのNaCl溶液中で23℃及び50℃において実験を行った。腐食電位E
pitの関数として基本孔食確率Pi(cm
2)を測定した。結果を
図14に示す。
【0093】
同一の実験条件下で3種の試料が互いに非常に近い結果を有することが分かる。特に、0.02M NaCl溶液から0.5M NaCl溶液へ、及び23℃の温度から50℃の温度への変化は、検討される試料の組成にかかわらず同じ影響を有する。
図14は、溶液のNaCl濃度及びその温度の関数として各試料について平均孔食電位E
pit及びその標準偏差σを示すことにより、上記の知見を反映している。
【0094】
304タイプのステンレス鋼の耐孔食性に対するSiの添加のプラスの効果がこのように裏付けられる。たった1.0%のSiの存在により、得られる結果は依然として316Lの結果に非常に近い。0.5%のMoと併用した1.3%のSiにより、耐孔食性は23℃での試験において更にわずかに改善され、一方50℃でも同等のままである。
【0095】
比較として、工業生産により製造され18.1% Cr、0.29% Cu、1.12% Mn、0.29% Mo、8% Ni、0.42% Si、0.049% C、0.052% Nの組成を有し残りの元素が微量である、従来の304ステンレス鋼について、及び17% Cr、0.27% Cu、1.44% Mn、2.02% Mo、10% Ni、0.33% Si、0.022% C、0.035% Nの組成を有し残りの元素が微量である、316L鋼について、同一の試験を行った。工業用304及び0.02M NaCl溶液において、E
pitは23℃で490mVまで、50℃で390mVまで低下し得ることが分かった(
図15)。0.5M NaCl 溶液において、同じ値がそれぞれ300mV及び180mVである。したがって通常の304鋼と比較して、本発明にしたがってMo及びSiを添加する場合に耐孔食性が顕著に改善され、得られる結果は50℃であっても316Lについて得られる結果と競合するが、しかし材料のコストはより低い。
【0096】
発明者らは、ステンレス鋼の孔食のしやすさを予測することを意図した古典的な概念である、PREN(耐孔食性等価数)も考慮に入れた。PRENは%Cr+3.3×%Mo+16×%Nに相当するとみなすことができる。23℃で0.02M又は0.5MのNaCl環境にさらした場合、等しいPRENでは、本発明にしたがってMo及びSiを従来の304鋼へ添加することにより得られるE
pit0.1の増加は約100~150mVと見積もられることが
図15で分かる。増加は50℃の試験ではより穏やかであるが(0.5M NaClでは23℃で50~100mVとそれほど顕著ではない)、それにもかかわらず試験中に直面する最も困難な条件において依然として興味深い。上記のことは、単独で取り入れられると、PRENがステンレス鋼の耐腐食性に対する感度を非常に精密に予測するための十分な識別基準ではないことを付随的に示す。
【0097】
均一腐食の検討では、3つの試料11、14、15から及び工業生産に由来する304試料から不動態層を最初に除去し、脱不動態化pH(Phd)よりも低いpHで2M硫酸の脱気溶液中に、残留電位V
corrで15分浸漬することにより、その組成を前もって得た。動電位分極試験を10mV/分のスキャン速度、-750mV/SCE~1800mV/SCEで行った。電流/電圧曲線を決定した。曲線を
図16に示す。
【0098】
曲線は3つの試料で非常に類似している。特に、金属の均一腐食が急速であるといっそう高くなるピーク電流Icritは、試験された3つの試料について実質的に同一でありことがこのことから明らかであり、1.3% Si試料では0.25mA/cm2、1.0% Si試料では0.26mA/cm2、316試料では0.20mA/cm2、工業生産に由来する304試料では0.23mA/cm2である。
【0099】
このことから得られる結論は、0.5% Moも含有するAISI 304ステンレス鋼へ1.3%又は1.0%のSiを添加すると耐均一腐食性に関して同一の結果をもたらすこと、及びこれはAISI 316Lの耐均一腐食性と比較して著しく低下していないことである。
【0100】
耐応力腐食に関しては、ISO 15324による液滴蒸発試験により評価された。すなわち:
- 23℃の0.1M NaCl水溶液を使用する;
- 1cmの落下高さで10滴/分を部品上に噴霧する;
- 一滴ずつの試験中に金属試料を120℃まで加熱する;
- 規格ASTM G30の通りに試料をU曲げする;
- 部品に鏡面仕上げを施す。
【0101】
試験は試料のクラックが観察されるまでの時間を計測する。鋼種の各試料について3回の試験を行う。結果を
図17に示す。
【0102】
0.5% Mo及び1.3% Siを添加した304の試料11は、クラックまで46~172時間という、その試験結果のかなり広い分散を有する。0.5% Mo及び1.0% Siを添加した304の試料15は、46~72時間というより狭い分散を有する。316Lの試料16は48~90時間後にクラックを示す。
【0103】
このことからの結論は、通常の実験の不確実性は別として、耐応力腐食性の観点から本発明による鋼と316Lとの間で明確な差が見られないということである。
【0104】
比較として、工業用AISI 304L鋼(Cの最大濃度がより低く、したがって先験的にはCr炭化物の形成のリスクが低いことに起因して耐腐食性がより良好であることにより、従来の304とは異なる)の試料、及び工業用316Lの試料について、試験を行った。その結果も
図17に示す。工業用304Lは比較的低い耐応力腐食性を有し、クラック発生までの時間が22~26時間である。工業用316Lはクラック発生までの時間が42~48時間であり、したがって同じ鋼種の最良の実験室試料、及び本発明にしたがってMo及びSiを富化させた304鋼について見られる時間と同等である。実験室試料と比較した、工業用試料のより一定の包括的な清浄度は、同じものについての測定結果の分散がより少ないことを説明できる。
【0105】
2つの実施例14及び15の耐隙間腐食性も評価した。塩酸の添加により調整され23℃で維持された3未満のpHの2M NaCl溶液により、隙間腐食につながる環境(低pH及び高い塩化物イオン濃度)のシミュレーションを行った。目的は、各試料について、その不動態化層を破壊するpHを決定することであった。
【0106】
この目的のために、試料を最初に2分間、-750mV/SCEでカソード分極を施し、次いでその残留電位で放置した。次いで-750mV/SCEから10mV/分のスキャン速度でアノード方向に動電位測定を開始した。分極曲線の活性領域内の最大強度を決定するために、様々なpH値で測定を行った。その結果を
図18に示す。
【0107】
2つの試料はやはり非常に類似する挙動を有することがそれらから明らかである。脱不動態化pHは両方の場合で1~1.2であり、これは有利なことに通常の工業用の範囲AISI 304(1.7~2.3)と同等であり、通常の工業用316の範囲(1.5~1.65)とも同等である値の範囲である。
【0108】
良好な耐隙間腐食性は、例えば排煙凝縮物と接触しておりそのような腐食の発生につながる組立条件下にある煙突ダクトにおいて特に求められている。すべての結果の最後に、十分に試験された、0.5% Mo及び1.3%又は1.0%のSiにおける本発明による2つの鋼種の様々なタイプの腐食に対する耐性は、このように従来の316Lの耐腐食性よりも著しく低くない。
【0109】
結論として、他の点に関してはAISI 304Lと同等であるX2CrNi189(1.4307)の組成に近いステンレス鋼中に、Si及びMoが本発明による正確な割合で共存すると、様々なタイプの腐食に対する耐性及び鋼の成形性に対して有益な効果があることがこのように裏付けられる。本明細書において求められる特性は、316Lの特性に非常に近いか、又は上回ってさえいて、これは発明による鋼が、熱交換器プレート及び煙突ダクトの製造などのそのような品質を必要とする用途において、冶金上の欠点を伴わずにAISI 316Lと同等であるX2CrNiMo17-12-2と経済的に置き換わることを可能にする。
【手続補正書】
【提出日】2023-08-16
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量パーセントで、
- 微量≦C≦0.03%;
- 1.0%≦Mn≦2.0%;
- 0.8%≦Si≦2.0%
;
- 微量≦Al≦0.06%
;
- 微量≦P≦0.045%;
- 微量≦S≦0.015%;
- 8.0%≦Ni≦12.0%
;
- 17.5%≦Cr<20.0%;
- 0.4%≦Mo≦0.8%
;
- 微量≦Sn≦0.05%;
- 微量≦Nb≦0.08%;
- 微量≦V≦0.15%;
- 微量≦Ti≦0.08%;
- 微量≦Zr≦0.08%;
- 微量≦Co≦1.0%;
- 0.02%≦Cu≦0.6%;
- 微量≦B≦0.01%;
- 微量≦W+Mo≦0.8%;
- 微量≦Pb≦0.03%;
- 微量≦N<1000ppm;
- 微量≦O≦0.01%
;
残りが鉄、及び製造により生じる不純物
からなる組成を有する鋼でできていることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
11~6ASTMの間に含まれる平均結晶粒径を有することを特徴とする、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
微量≦Nb<0.03%であることを特徴とする、請求項
1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
微量≦Nb<0.02%であることを特徴とする、請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
0.03%≦V≦0.15%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
0.04%≦V≦0.15%であることを特徴とする、請求項5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
300ppm≦N<1000ppmであることを特徴とする、請求項1から
4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項8】
300ppm≦N<800ppmであることを特徴とする、請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項9】
1.0%≦Si≦1.5%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項10】
微量≦Al≦0.01%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項11】
9.45%≦Ni≦10.0%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項12】
0.5%≦Mo≦0.6%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項13】
微量≦O≦0.005%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項14】
10~7ASTMの平均結晶粒径を有することを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項15】
請求項1から
4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼でできていることを特徴とする、熱交換器プレート。
【請求項16】
請求項1から
4のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼でできていることを特徴とする、煙突ダクトの要素。
【国際調査報告】