IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ブレンボ・ソチエタ・ペル・アツィオーニの特許一覧

特表2024-500811チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法
<>
  • 特表-チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法 図1
  • 特表-チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法 図2
  • 特表-チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法 図3
  • 特表-チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法 図4
  • 特表-チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-01-10
(54)【発明の名称】チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/26 20060101AFI20231227BHJP
【FI】
C25D11/26 302
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023537351
(86)(22)【出願日】2021-12-16
(85)【翻訳文提出日】2023-08-17
(86)【国際出願番号】 IB2021061824
(87)【国際公開番号】W WO2022137036
(87)【国際公開日】2022-06-30
(31)【優先権主張番号】102020000031628
(32)【優先日】2020-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IT
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521259127
【氏名又は名称】ブレンボ・ソチエタ・ペル・アツィオーニ
【氏名又は名称原語表記】BREMBO S.p.A.
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100132263
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 晴彦
(74)【代理人】
【識別番号】100221501
【弁理士】
【氏名又は名称】式見 真行
(72)【発明者】
【氏名】ベルタージ,フェデリコ
(72)【発明者】
【氏名】マンチーニ,アレッサンドロ
(72)【発明者】
【氏名】バンディエラ,マルコ
(72)【発明者】
【氏名】ボンファンティ,アンドレア
(57)【要約】
本発明は、チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法に関し、以下の工程:(a)対電極の存在下で、窒素イオンを含む室温イオン液体からなる非水電解質に、電極としてのチタンまたはチタン合金基材を浸漬する工程;および(b)アノードとして作用する電極とカソードとして作用する対電極との間に電位を印加して、窒素イオンを分解してその中に含まれる窒素を放出するのに少なくとも十分なアノード電流を発生させることにより、基材の電気化学的窒化処理を活性化する工程を含む。放出された窒素が、前記基材の表面層を窒化チタンに変換するまで、拡散によってチタンまたはチタン合金基材に浸透し、それによって、基材の窒化表面コーティングを構成する窒化拡散表面層を生成する。電位および/またはアノード電流は、前記窒化表面コーティングの厚さに応じて時間的に変調される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)対電極の存在下、窒素イオンを含む室温のイオン液体からなる非水電解質に、電極としてのチタンまたはチタン合金基材を浸漬する工程、および
(b)アノードとして作用する電極とカソードとして作用する対電極との間に電位を印加して、窒素イオンを分解してその中に含まれる窒素を放出するのに少なくとも十分なアノード電流を発生させることにより、基材の電気化学的窒化処理を活性化する工程
を含み、
前記放出された窒素が、前記基材の表面層を窒化チタンに変換するまで、拡散によってチタンまたはチタン合金基材に浸透し、それによって、基材の窒化表面コーティングを構成する窒化拡散表面層を生成し、
前記電位および/または前記アノード電流が、前記窒化表面コーティングの厚さの関数として時間的に変調される、チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法。
【請求項2】
前記非水電解質の温度が250℃未満、好ましくは200℃未満、更に好ましくは室温である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記窒化表面コーティングが、準化学量論的TiNx窒化チタンからなり、ここで、0≦x≦0.3であり、前記準化学量論的窒化チタンは、化学量論的TiN窒化チタンの結晶化度よりも低い結晶化度を有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記窒化表面コーティングが、電気化学的窒化処理を活性化する前記工程(b)を5~45分間の時間延長することによって得られる0.040~5μmの間の平均厚さを有する、請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記電気化学的処理が、2つの連続する工程:
所定の閾値電位に達するまで、所定のベース電流密度に平均して等しい値を有するアノード電流を発生するように時間的に変調された電位を印加する第1の定電流工程;および
所定のベース電位に平均して等しい電位を印加し、少なくとも所定の閾値電流密度を有するアノード電流に達するまで維持する第2の定電位工程
を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の定電流工程の間、前記所定のベース電流密度に平均して等しい前記アノード電流を、一定またはパルス状に維持する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記第2の定電位工程の間、前記所定のベース電位に平均して等しい前記電位を、一定またはパルス状に維持し、好ましくはパルス状に維持する、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
前記所定のベース電流密度が0.025~0.5mA/cmである、請求項5、6または7に記載の方法。
【請求項9】
前記所定の閾値電位が、2~12V、好ましくは4~10V、更に好ましくは5Vに等しい、請求項5~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記所定のベース電位が8~50Vの間であり、好ましくは10Vである、請求項5~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記所定の閾値電流密度が20~80μA/cmであり、好ましくは50μA/cmである、請求項5~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記第2の定電位工程は、前記閾値電流密度の値にかかわらず、少なくとも5分間の持続時間を有する、請求項5~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
室温での前記イオン液体が窒素アニオンを含む、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
室温での前記イオン液体が、ピロリジニウムカチオン、イミダゾリウムカチオンおよび/またはモルホリニウムカチオン、並びにジシアンアミドアニオンおよび/またはトリシアノメタニドアニオンからなり、好ましくは、ピロリジニウムカチオン、イミダゾリウムカチオンおよびモルホリニウムカチオンが、メチル、エチル、プロピルおよびブチル、好ましくはメチル、エチルおよびプロピルからなる群から選択されるラジカル基で官能基化されている、請求項1~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
室温での前記イオン液体が、1‐プロピル‐1‐メチルピロリジニウムジシアンアミド、1‐エチル‐1‐メチルピロリジニウムジシアンアミド、1‐プロピル‐1‐メチルイミダゾリウムジシアンアミド、1‐エチル‐1‐メチルイミダゾリウムジシアンアミドおよび1‐エチル‐3‐メチルモルホリニウムジシアンアミドからなる群から選択される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
室温での前記イオン液体が、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドアニオンまたはビス(フルオロスルホニル)イミドアニオンを含む、請求項1~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
室温での前記イオン液体が、
トリブチルメチルアンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、ブチルトリメチルアンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、コリンビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムビス(フルオロスルホニル)イミド、1‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1‐メチル‐1‐プロピルピペリジニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1‐ブチル‐1‐メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリブチルメチルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、ジエチルメチルスルホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドからなる群から選択される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
室温での前記イオン液体が、1‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムナイトレートおよび1‐メチル‐1‐プロピルピペリジニウムテトラフルオロボレートからなる群から選択される、請求項1~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
前記対電極が、グラファイト、ステンレス鋼、チタンまたはアルミニウム、好ましくはグラファイトから形成される本体からなる、請求項1~18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
前記対電極が、前記非水電解質に浸漬された本体または前記非水電解質の容器からなる、請求項1~19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記工程(a)および(b)の前に実施される、基材の前処理工程(c)を含み、前記前処理が、基材の表面からグリースおよび/または潤滑‐冷却液の痕跡を除去することからなる、請求項1~20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
グリースおよび/または潤滑冷却液の痕跡を除去する前記前処理が、前記基材を極性溶媒に所定の時間浸漬することによって、好ましくは超音波を付加的に適用し、好ましくは前記浸漬の後に蒸留水で洗浄し、次いで風乾する、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記工程(a)および(b)の後に実施される、前記基材の後処理工程(d)を含み、前記後処理が、前記基材の窒化表面からイオン液体の残留物を除去することからなる、請求項1~22のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
イオン液体の残留物を除去する前記後処理が、前記基材を極性溶媒に所定の時間浸漬することによって実施され、好ましくは、前記浸漬の後に蒸留水で洗浄し、次いで風乾する、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
チタンまたはチタン合金における少なくとも1つの部分を含む物品であって、前記部分は、準化学量論的TiNx窒化チタンからなる窒化表面コーティングを有し、ここで、0≦x≦0.3であり、前記準化学量論的窒化チタンは、化学量論的TiN窒化チタンの結晶化度よりも小さい結晶化度を有し、前記表面コーティングは、チタンまたはチタン合金における前記部分の結晶性マトリックスに一体化されている、物品。
【請求項26】
前記窒化表面コーティングが、0.040~5μmの平均厚さを有する、請求項25に記載の物品。
【請求項27】
前記窒化表面は、請求項1~24のいずれか1項に記載の方法を適用することによって、チタンまたはチタン合金における前記部分に窒化処理を施すことによって得られる、請求項25または26に記載の物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の内容は、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造するための方法である。
【0002】
本発明の方法は、窒化チタン表面コーティングによってチタンまたはチタン合金から形成される構成要素のトライボロジー(または摩擦学;tribological)性能を向上させる必要があるあらゆる技術分野で応用される。従って、その応用範囲は、精密機械から航空宇宙工業まで、医療分野から歯科インプラント学までとなる。
【0003】
有利なことに、本発明の方法は、低温、特に室温で動作するチタンまたはその合金からなる基材上に窒化チタンコーティングを製造することを可能にする。従って、幾何学的特徴(平坦度、粗さなど)を失うことなく加熱することができない部品または構成要素上に前記コーティングを製造する際に特に適用される。
【0004】
本発明の方法は、自動車工業、例えばチタンまたはその合金からなるブレーキキャリパーピストンまたはブレーキディスク部品などのブレーキシステム要素用の保護表面コーティングの製造において、特に適用を見出すことができる。
【背景技術】
【0005】
チタンおよびその合金は、多くの工業で使用されることを可能にするいくつかの非常に魅力的な特性を有している。前述した特性の幾つかは、優れた耐食性と耐侵食性、密度が低いため比強度重量比が高く、より軽量で強固な構造を可能にすること、耐高温性、場合によっては極低温特性である。
【0006】
しかし、チタンとその合金は、耐摩耗性、耐疲労摩耗性(フレッティング)、摩擦係数の高さなどのトライボロジー特性も低いという特徴がある。これら全てが、機械工学用途におけるチタンおよびその合金の使用を著しく制限してきた。
【0007】
摩擦の問題はチタンの結晶構造および反応性に関連しており、チタン基材を表面的に改質して硬くする適切な熱化学的処理によってほぼ克服される可能性がある。
【0008】
チタンとその合金の最も一般的な熱化学処理の一つは窒化処理である。
【0009】
今日まで、チタンおよびその合金の窒化は、以下の技術:(a)プラズマ支援蒸着、(b)イオンビーム蒸着、(c)レーザー溶融、(d)気相蒸着、(e)シアン含有浴を使用してのみ達成することが可能である。
【0010】
これらの窒化技術は、いずれも以下:
400~1000℃の高温、
長い処理時間(数百時間まで)、
複雑な設備(真空システム、高温チャンバーなど)
を必要とする。
【0011】
少なくとも、前述の技術は一般に、健康および安全性に重大な問題をもたらす。例えば、極めて有毒な化合物であるシアン化物浴(cyanide bath)の使用が挙げられる。
【0012】
その結果、従来の窒化技術は、ほとんどの工業用途での使用には適していない。特に、大型部品や薄型部品は熱変形を受けやすいため、基本的に加工が不可能である。
【0013】
特に問題なのは、従来の窒化処理技術による処理温度の制約である。実際、これらの技術は、その幾何学的特性の一部を失うことなく加熱することが可能でない部品または構成要素には適用できない。
【0014】
非特許文献1および非特許文献2は、それぞれ直流または交流モードのプラズマ技術(反応性マグネトロンスパッタリング)を用いた低温での窒化チタン膜の作製方法を記載している。しかしながら、この技術には以下のような:
高価な高真空システムおよび高周波制御のためのマグネトロン技術が必要であり、実用的な工業レベルにスケールアップすることは困難であり、
真空チャンバー内に収まる小さな構成要素の処理しかできないものであり、
複雑な形状(プラズマが到達できない遮蔽領域の存在)を有する構成要素の処理には使用できない可能性があり、
サブミリメートルのコーティングを得るためには長い処理時間が必要であるため、成膜速度が遅いという問題がある
といういくつかの制約がある。
【0015】
特許文献1~3には、室温で窒化チタン(TiN)ナノ粉末を得るためにプラズマベースの技術を使用する可能性が記載されている。しかしながら、これらの特許文献は、粉末状のTiNを得ることに言及しているだけであり、均質な表面コーティングを形成する方法については教示していない。非特許文献1および非特許文献2に記載されている技術と同様に、複雑な真空システムが必要である。更に、真空粉末処理システムも必要であり(例えば、特許文献1はボールミルシステムを想定している)、これらの技術は大規模バッチ生産には適さない。
【0016】
従って、低温で実施され、工業的規模で容易に適用可能な、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法に対する大きなニーズが依然として存在する。
【0017】
本明細書中において、「低温」とは、250℃を超えない温度、すなわち、均質な表面コーティングを形成するための前述の従来の方法の操作温度、この温度は400℃を下回らない、と比較した場合に低温と見なされることが可能である温度を意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】中国特許出願公開第108752006号明細書
【特許文献2】中国特許出願公開第108946733号明細書
【特許文献3】中国特許出願公開第108557783号明細書
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Ph.Roquiny et al.、「Colour control of titanium nitride coating produced by reactive magnetron sputtering at temperature than 100℃」、Surface and Coatings Technology 116-119(1999)278-283
【非特許文献2】S.Bellucci et al.、「Synthesis of Titanium Nitride Film by RF Sputtering」、Nanosci.Nanotechnol.Lett.3(2011)1-9
【発明の概要】
【0020】
従って、本発明の主要な目的は、低温で実施されることが可能であり、工業的規模で容易に適用可能である、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法を提供することによって、先行技術に関連する前述の問題を排除するか、または少なくとも低減することである。
【0021】
本発明の更なる目的は、室温で実施されることが可能であり、工業的規模で容易に適用可能である、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法を提供することである。
【0022】
本発明の更なる目的は、サブミリメートル、特に少なくとも1μmのコーティングを短時間で得ることを可能にする、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法を提供することである。
【0023】
本発明の更なる目的は、非常に均質なコーティングを得ることを可能にする、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法を提供することである。
【0024】
本発明の更なる目的は、基材の形態および寸法による条件付けなしに均質なコーティングを得ることを可能にする、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法を提供することである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
本発明の技術的特徴は、以下に記載される特許請求の範囲の内容において明確に識別可能であり、その利点は、純粋に非限定的な例として提供される1つ以上の実施形態を表す添付図面を参照して行われる以下の詳細な説明において、より容易に明らかになる。
図1】本発明の好ましい実施形態に従った、チタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法のフロー図を示す。
図2】本発明の方法の適用例に従った電気化学的窒化処理時の電位および電流密度の時間パターンを2つの重ね合わせたグラフに示す。
図3A】本発明の方法によって得られた化学量論的TiNxコーティングのディフラクトグラムを示す。
図3B図3Aの化学量論的TiNxコーティングの、従来のプラズマ技術によって得られた化学量論的TiNコーティングとの比較のディフラクトグラムを示す。
図4】本発明の方法で得られた準化学量論的TiNxコーティングと、非窒化Ti6Al4Vチタン合金との分極曲線を示す。
図5】本発明の方法の更なる適用例による電気化学的窒化処理時の電位および電流密度の時間パターンを2つの重ね合わせたグラフに示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、チタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法に関する。
【0027】
この方法は、以下の操作工程:
(a)対電極の存在下で、窒素イオンを含む室温のイオン液体(RTIL)からなる非水電解質に、電極としてのチタンまたはチタン合金基材を浸漬する工程、および
(b)アノードとして作用する電極とカソードとして作用する対電極との間に電位を印加して、窒素イオンを分解してその中に含まれる窒素を放出するのに少なくとも十分なアノード電流を発生させることにより、基材を窒化するための電気化学的処理を活性化する工程
を含む。
【0028】
操作上、対電極は、その表面で還元反応が起こる可能性があるという意味で、カソードとして作用する。
【0029】
前述の電気化学的窒化処理の間、イオン液体の窒素イオンの分解から放出された窒素は、拡散によってチタンまたはチタン合金基材に浸透し、前記基材の表面層を窒化チタンに変換する。このようにして、基材上に窒化表面拡散層が生成され、基材の表面コーティングが形成される。
【0030】
操作上、前記電位および/またはアノード電流は、前記窒化表面コーティングに望まれる厚さの関数として経時的に変調される。
【0031】
有利には、電気化学的窒化処理は低温、すなわち250℃未満、好ましくは200℃未満の温度で実施される。
【0032】
電気化学的処理が実施されることが可能である上限温度は、イオン液体の熱安定性によって規定される。熱安定性の限界を超えると、イオン液体は完全にまたは部分的に分解し、電気化学的窒化処理は進行しない可能性がある。
【0033】
従って、電気化学的窒化処理は、イオン液体の最大熱安定性温度を超えない温度で実施される。
【0034】
本方法の好ましい実施形態によれば、電気化学的窒化処理は室温で実施される。これは、前記処理の運用管理を簡略化するため、特に有利である。
【0035】
しかしながら、操作上の観点からは、低温(250℃を超えない)で電気化学的窒化工程を実施することにより、チタンまたはチタン合金の結晶マトリックス中の窒素の移動度が制限され、以下に例示するように、得られる窒化チタンの化学的特徴に影響を及ぼす。
【0036】
有利には、本発明の方法によって得られる前記窒化表面コーティングは、準化学量論的窒化チタンTiNxからなり、ここで、0≦x≦0.3である。このような準化学量論的窒化チタンは、化学量論的窒化チタンTiNの結晶化度よりも低い結晶化度を有する。
【0037】
従来のプラズマ技術で得られる窒化チタンは、化学量論的(Ti:Nが1:1に等しい)で結晶性のTiNである。対照的に、本発明の方法で得られる窒化チタンは、準化学量論的TiN(Ti:Nが最大1:0.3に等しい)であり、低い結晶化度を有する。
【0038】
準化学量論的TiNxの低い結晶化度によって、この窒化チタンを化学量論的窒化チタンよりもはるかに優れた耐食性を有するものとする。低い結晶化度は、実際、結晶粒界(grain boundary)の拡大がより制限され、それにより、酸化処理が生じる可能性のある反応性サイトの減少を意味する。
【0039】
0.3の最大比Ti:Nは、電気化学的処理が実施される低い温度に関連している。低い処理温度は、チタンまたはチタン合金基材の結晶マトリックス中の窒素の移動度を制限する。温度が低ければ低いほど、窒素をチタンの結晶格子に挿入することが難しくなる。従って、窒素源として(従来のプラズマ技術のように)高温ガスではなく室温のイオン液体を使用することは、得られる窒化チタンの特徴に影響を与える。換言すれば、準化学量論(それにより、優れた耐食性)は、低温での操作の直接的な結果である。
【0040】
有利には、本発明の方法によって得られる窒化表面コーティングは、0.040μm~5μmの間の平均厚さを有する。これらの厚さは、電気化学的窒化処理を活性化する前述の工程(b)を、選択された温度および電気化学的処理が実施される方法に応じて変化する、5分から45分の間の時間延長することによって得ることが可能である。
【0041】
本発明の好ましい実施形態によれば、図1のフロー図に示されるように、前述の電気化学的処理は、2つの連続する工程:
所定の閾値電位に達するまで、所定のベース電流密度に平均して(または概して;on average)等しい値を有するアノード電流を発生するように時間的に変調された電位を印加する第1の定電流工程、および
所定のベース電位に平均して等しい電位を印加し、少なくとも所定の閾値電流密度を有するアノード電流に達するまで維持する第2の定電位工程
を含む。
【0042】
最初に定電流工程を行い、次に定電位工程を順に行うことで、得られるコーティングの厚さおよびチタンまたはチタン合金基材の結晶マトリックスに挿入される窒素の量に関して、電気化学的窒化処理の効率が最大になることが実験的に検証されている。
【0043】
より具体的には、電気化学的窒化処理の開始時(コーティング厚さがゼロ)には、基材マトリックス中への窒素の拡散がゆっくりと制御された方法で起こることが好ましい。この目的のために、定電流工程が実施される。ある一定量のTiNxが形成されると、コーティングの電気抵抗が増加し始め、基材マトリックス中への窒素拡散を効率的に進めるためには、所定の値に平均して等しい電位を維持する必要がある。この目的のために定電位工程を実施する。
【0044】
電気化学的窒化処理は、定電流工程のみ、または定電位工程のみを実施することによっても実施することが可能である。しかしながら、前述の2つの連続する工程における電気化学的処理の実行に関して、条件が等しい場合、より低い厚さおよび関連するより低い窒素挿入量を有する窒化コーティングが得られる。
【0045】
前述のように、第1の定電流工程の間、所定の閾値電位に達するまで、所定のベース電流密度に平均して等しいアノード電流を発生させるように、時間変調された電位が印加される。
【0046】
好ましくは、前記所定のベース電流密度は0.025~0.5mA/cmである。
【0047】
使用される電流密度の値は、処理される基材の電気抵抗と、表面に存在する自然酸化物の量に依存する。基材があまり抵抗性を有さない(自然酸化物の厚さが数ナノメートル)場合には、0.025mA/cmに近いベース電流密度値を使用してもよく、逆に基材が非常に抵抗性を有する(何ナノメートルもある自然酸化物を有する)場合には、0.5mA/cm付近のベース電流密度値を使用してもよい。
【0048】
チタンおよびチタン合金は、極めて負の酸化還元電位(通常の水素電極NHEに対して-1.63V)を有する。これは、チタンが常に自然酸化物の薄い層で覆われており、その表面の自然酸化が事実上瞬時であることを意味する。更に、天然の酸化チタンは特に誘電性を有し、即ち、他の多くの遷移金属酸化物よりも高い誘電率を有するため、非常に小さな厚さ、例えば100nm未満であっても、電界がそこで非常に減衰するには十分である。既に指摘したように、この挙動により、処理される基材の初期条件によって異なる可能性のある電流密度を使用せざるを得なくなる。
【0049】
多くのチタン化合物(窒化物を含む)が非常に誘電性を有するという事実は、非常に厚いコーティングが達成できず、窒化チタンコーティングが優れた耐食性を有する理由を説明する。
【0050】
好ましくは、前述の所定の閾値電位は、2~12Vの間であり、更に好ましくは4~10Vの間であり、最も好ましくは5Vに等しい。
【0051】
印加される最小電位値は、イオン液体中の窒素イオンを分解させ、それにより、そこに含まれる窒素を利用可能にするのに必要な電位値である。
【0052】
操作上、電位が大きくなって12Vに近づくほど、TiNxの成長が速くなる。しかし、印加電位が10Vを超えると、寄生反応(イオン液体浴からのガス発生)の速度が無視できなくなるため、処理の効率が低下する。言い換えれば、定電流工程における目標は、イオン液体中の窒素イオンを分解するために電流を使用することであり、ガス状生成物を発生させることではない。従って、10Vを超えない電位値は、コーティングの成長速度と処理のクーロン効率との間の良好な妥協点を保証する。
【0053】
前述のように、第2の定電位工程の間、所定のベース電位に平均して等しい電位が印加され、所定の閾値電流密度を有する少なくとも1つのアノード電流が到達するまで維持される。
【0054】
好ましくは、前述の所定のベース電位は8~50Vであり、更に好ましくは10Vに等しい。
【0055】
定電位工程の目的は、形成されつつある硝酸塩コーティングの電気抵抗を克服することによって、基材マトリックス中の窒素挿入反応を支援することである。従って、電位は10Vの値を超えて50Vに近い値に達することもあるが、イオン液体からのガス状生成物の発生を抑制するために10Vに近い値を維持することが好ましい。
【0056】
好ましくは、前記所定の閾値電流密度は、20~80μA/cm、更に好ましくは50μA/cmである。
【0057】
この閾値以下では、エネルギー消費の漸進的増加に対してコーティング厚さの成長がほとんどないため、電気化学的処理は完全に非効率的になることが実験的に検証されている。
【0058】
好ましくは、前記第2の定電位工程は、閾値電流密度の値に関係なく、少なくとも5分間の持続時間を有する。
【0059】
前述の第1の定電流相の間、アノード電流は、一定の態様で(例えば図2に図示されるように)、またはパルスパターンで(例えば図5に図示されるように)、所定のベース電流密度に概して等しく維持されてもよい。
【0060】
好ましくは、パルスパターンの場合、平均値に対する電流密度パルスの振幅は少なくとも±10%である。より小さい振幅の場合、パルスパターンは、一定のパターンと実質的に同等の効果をもたらす。
【0061】
好ましくは、各電流密度パルスは少なくとも100ms(ミリ秒)の持続時間を有する。
【0062】
前記第2の定電位工程の間、電位は、一定の態様で(例えば図2に示されるように)、またはパルスパターンで、所定のベース電位に概して等しく維持されてもよい。
【0063】
好ましくは、パルスパターンの場合、平均値に対する電位パルスの振幅は少なくとも±10%である。より小さい振幅の場合、パルスパターンは、一定のパターンと実質的に同等の効果をもたらす。
【0064】
好ましくは、各電位パルスは少なくとも100ms(ミリ秒)の持続時間を有する。
【0065】
定電流工程および/または定電位工程をパルスパターンで実施することにより、一定のパターンの場合に関して一連の利点:
窒化処理されたワークピースの表面に望ましくない副生成物が形成される可能性を抑制すること(これらの副生成物は、窒化物の形成を伴わないイオン液体の分解につながる寄生反応に起因する可能性があると仮定される)、
ガス状副生成物の発生を低減すること、
処理された基材の表面に新しいイオンを補充できるようにすることによって、イオン液体の局所的な混合を改善すること
が得られることを確認することが可能であった
【0066】
好ましくは、定電流工程および/または定電位工程は、それぞれ電流密度および電位のパルスパターンで実施される。
【0067】
有利には、電気化学的処理において、直流および交流の両方を印加してもよい。
【0068】
好ましくは、基材は支持構造体によりイオン液体浴中に浸漬され、この支持構造体は基材を浸漬状態に維持すると同時に電流/電圧発生器から電流を供給する機能を有する。この支持構造体を通して、電気化学的窒化処理を管理するために、基材に印加される電位および電流を測定することも可能である。
【0069】
非水電解浴として室温イオン液体(RTIL)を使用することは、この方法の本質的な特徴である。イオン液体には溶媒を添加しない。実際、イオン液体は溶媒としても試薬としても機能する。このような反応を専門用語では「ニート(neat)反応」と呼ぶ。一般に、室温イオン液体は、高い熱安定性とイオン伝導性を有する不揮発性、無毒性の化合物である。
【0070】
有利には、電気化学的処理の間、イオン液体は、強制的な撹拌(例えば、ミキサーによる)に供されてもよい。撹拌により、処理された基材の表面に新しいイオンが補充され、処理の効率を高めるのに役立つ。
【0071】
好ましくは、前記室温イオン液体は、窒素アニオンを含む。実際、窒素カチオンを有するイオン液体を使用することにより、電気化学処理が非常に困難な状態で引き起こされることを確認することが可能であった。
【0072】
本方法の好ましい実施形態によれば、前記室温イオン液体は、
ピロリジニウムカチオン、イミダゾリウムカチオンおよび/またはモルホリニウムカチオン、並びに
ジシアンアミドアニオンおよび/またはトリシアノメタニドアニオン
を含む。
【0073】
好ましくは、ピロリジニウムカチオン、イミダゾリウムカチオンおよびモルホリニウムカチオンは、メチル、エチル、プロピルおよびブチル、好ましくはメチル、エチルおよびプロピルからなる群から選択されるラジカル基で官能基化される。
【0074】
特に好ましいのは、窒素アニオンとしてジシアンアミドを有するアニオン性液体である。実際、ジシアンアミドアニオンは64%の窒素からなる。十分なイオン伝導性を有し、ジシアンアミドと同様の窒素濃度を有する窒素アニオンを有する液体化合物は存在しない。
【0075】
有利には、ジシアンアミド以外のアニオンを有するイオン液体が使用される場合、利用可能な窒素の量の低さを補うために、例えば、イオン液体のイオン伝導度を増加させ、その結果、電気化学処理のクーロン効率を増加させるために、イオン液体の粘度、融点、および溶解力を調節することが可能である。イオン液体の「溶解力(solvent power)」とは、溶媒のように振る舞い、例えば他の物質を溶解する能力のことである。しかし、電気化学的窒化処理の目的にとって重要なのは、窒素の濃度が可能な限り高く、好ましくはアニオン性であることである。
【0076】
本方法の完全に好ましい実施形態によれば、前記室温イオン液体は、1‐プロピル‐1‐メチルピロリジニウムジシアンアミド、1‐エチル‐1‐メチルピロリジニウムジシアンアミド、1‐プロピル‐1‐メチルイミダゾリウムジシアンアミド、1‐エチル‐1‐メチルイミダゾリウムジシアンアミド、および1‐エチル‐3‐メチルモルホリニウムジシアンアミドからなる群から選択される。
【0077】
本方法の代替実施形態によれば、前記室温イオン液体は、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドアニオンまたはビス(フルオロスルホニル)イミドアニオンを含む。
【0078】
特に、イオン液体は、トリブチルメチルメチルアンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;ブチルトリメチルアンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;コリンビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;1‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムビス(フルオロスルホニル)イミド;1‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;1‐メチル‐1‐プロピルピペリジニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;1‐ブチル‐1‐メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;トリブチルメチルメチルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド;ジエチルメチルスルホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドからなる群から選択されてもよい。
【0079】
更なる代替案によれば、イオン液体は、1‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムナイトレート;および1‐メチル‐1‐プロピルピペリジニウムテトラフルオロボレートから成る群から選択されてもよい。
【0080】
上記で指摘したように、チタンまたはチタン合金基材は、対電極の存在下で、室温イオン液体中に電極として浸漬される。
【0081】
好ましくは、前記対電極は、グラファイト、ステンレス鋼、チタンまたはアルミニウムから形成される本体からなる。更に好ましくは、対電極はグラファイトから形成される。
【0082】
実際、これらの材料は、高い導電性を有し、同時に、電位が印加されてもイオン液体中で劣化しない。
【0083】
前記対電極(カソード)は、
基材(電極/アノード)と同様に非水電解質(イオン液体)中に浸漬された本体;または
基材(電極/アノード)が浸漬されている前記非水電解質(イオン液体)の同じ容器
からなってもよい。
【0084】
有利には、図1に示されるように、本方法は、前述の工程(a)および(b)の前に実施される、基材の前処理工程(c)を含んでもよい。前処理は、基材の表面からグリースおよび/または冷却液の痕跡を除去することからなる。
【0085】
好ましくは、グリースおよび/または潤滑剤-冷却剤の痕跡を除去するための前処理は、基材を極性溶媒に所定時間浸漬することによって、好ましくは超音波を付加的に適用することによって実施される。特に例えば水および/またはエタノールを極性溶媒として使用してもよい。水を使用する場合は、界面活性剤を添加してもよい。極性溶媒に浸漬した後、蒸留水で洗浄し、その後、風燥して(または空気乾燥を行って;air drying)もよい。
【0086】
前処理工程(c)は、任意であるが、それでも好ましい。実際、工程(a)および(b)に進む前に、コーティングされる基材が導電性表面を露出することが好ましい。基材の表面が処理残渣(例えば、潤滑剤‐冷却剤)で汚染されている場合、導電性の低い島が形成され、その上に窒化コーティングが不均一に成長する可能性がある。
【0087】
有利には、図1に示されるように、本方法は、前述の工程(a)および(b)の後に実施される基材の後処理工程(d)を含んでもよい。後処理は、基材の窒化表面から残留イオン液体を除去することを含む。
【0088】
好ましくは、残留イオン液体を除去するための後処理は、窒化基材を極性溶媒に所定の時間浸漬することによって実施される。特に例えば水および/またはエタノールを極性溶媒として使用してもよい。浸漬の後、蒸留水で洗浄し、その後、風燥してもよい。
【実施例
【0089】
(適用例)
約8cmの面積を有するチタン合金Ti6Al4V(6重量%のAl;4重量%のV)の試料を基材として使用した。
【0090】
試料をエタノール中の超音波浴に30秒間以上浸漬した。浸漬後、試料を蒸留水で濯ぎ、風乾させた。この前処理の目的は、グリースおよび/または潤滑剤‐冷却液の痕跡を除去することである。
【0091】
この場合、本発明による基材表面に窒化チタンコーティングを製造する方法は、室温(25℃)で実施した。
【0092】
1‐プロピル‐1‐メチルピロリジニウムジシアンアミドからなる浴を電解浴として使用した(室温イオン液体;CAS番号:327022‐60‐6;C130N、その構造式を以下に示す)。
【0093】
前処理を行った後、試料を、後述する電気化学的窒化処理(工程(b))中の試料の電位および電流の両方を測定するように構成された支持構造体(ラック)に取り付けた。このように取り付けられた試料は、電解浴に浸漬され、作用電極(アノード)として使用された。グラファイト製の対電極(カソード)も電解浴に浸漬した。
【0094】
電解浴に浸漬した後(工程(a))、試料に電気化学的窒化処理を行った(工程(b))。
【0095】
電気化学的窒化処理は、2つの連続した電気化学的工程からなり、第1工程は定電流工程であり、第2工程は定電位工程である。
【0096】
図2のグラフに示すように、定電流工程の間、5Vの電位に達するまで、0.025mA/cmの密度を有するアノード電流をTi6Al4V試料に印加した。この第1の定電流工程は約25分間続いた。次いで、定電位工程の間、50μA/cmの電流が測定されるまで、ラック(従って試料)の電位は10Vで一定に保たれた。この第2の定電流工程は、約15分間続いた。
【0097】
電気化学的窒化処理が完了した後、試料をエタノール浴に30秒間以上浸漬した。浸漬後、試料を蒸留水で濯ぎ、風乾させた。
【0098】
試料は、x=0.3の準化学量論的窒化チタンTiNxの均質な層でコーティングされていることが判明した。コーティングの平均厚さは約1μmで、典型的な明るい黄金色をしていた。
【0099】
図3Aは、Ti6Al4Vチタン合金試料上で得られた準化学量論的TiNxコーティングのディフラクトグラムを示す。図3Bは、比較のための化学量論的TiN試料の測定値を示す。本発明の方法によって得られたコーティングは、x=0.3のTiNx層を含むことが観察されることが可能である。結晶性TiN(プラズマ技術などの従来の方法を用いて得られることが可能である)に関して、得られるコーティングのパターンは明らかに異なるように見えるため、結晶化度が低く、準化学量論的組成であることを示す。
【0100】
第一近似として、結晶化度は、回折ピークの幅を見ることによって評価することが可能である。本発明に従って得られたコーティングのTiN0.3のピークは、結晶性TiNに関してより大きな半値幅(または中間高さ幅;mid-height width)を示す。
【0101】
xの値は、測定されたディフラクトグラムを適切なデータベースに含まれる材料のディフラクトグラムと比較することによって決定することが可能である。
【0102】
このようにして得られたTiNxコーティングは、腐食電位および腐食電流を計算するために、ラインスキャンボルタンメトリー測定(line scan voltammetry measurement)に供された。結果は図4に示されており、TiNx(上の曲線)と非窒化Ti6Al4V合金試料(下の曲線)の分極曲線が示されている。2つの曲線の比較から、0≦x≦0.3のTiNxの優れた耐食性が実証された。実際、TiN0.3コーティングでは、SCE(飽和カロメル電極)+104mVの腐食電位および8nA/cmの腐食電流が検出された。一方、非窒化Ti6Al4V合金試料では、-297mVのSCEに対する腐食電位と39nA/cmの腐食電流が検出された。
【0103】
これらの2つの値は、TiNxコーティングの優れた耐食性を証明するものであり、その優れた耐食性により最も一般的に使用されているチタン合金の1つであるTi6Al4V合金の耐食性よりも高い。
【0104】
TiNxコーティングのいくつかの物理化学的特性が測定され、以下の表1に示されている。
【0105】
本発明の目的はまた、少なくとも1つのチタンまたはチタン合金部分を含み、前記部分が準化学量論的窒化チタンTiNxからなり、ここで0≦x≦0.3である窒化表面コーティングを有する物品を提供することである。準化学量論的窒化チタンは、化学量論的窒化チタンTiNよりも低い結晶化度を有する。前記表面コーティングは、チタンまたはチタン合金部分の結晶性マトリックスに一体化される。
【0106】
好ましくは、前記窒化表面コーティングは、0.040~5μmの間の平均厚さを有する。
【0107】
有利には、前記物品の窒化表面は、本発明の方法を適用することによって、特に前述したように、チタンまたはチタン合金部分を窒化処理に付すことによって得られる。
【0108】
本発明により、本明細書を通じて説明してきた多数の利点が得られる。
【0109】
本発明によるチタンまたはチタン合金基材の表面に窒化チタンコーティングを製造する方法は、低温で実施することができ、工業的規模で容易に適用することができる。
【0110】
特に、本発明の方法は、工業的規模で容易に適用可能な方法により室温で実施することが可能である。
【0111】
本発明によるチタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法は、少なくとも1μmの厚さの準化学量論的窒化チタンコーティングを短時間(数十分のオーダー)で得ることを可能にする。
【0112】
本発明の方法はまた、均質な窒化チタンコーティングを提供する。
【0113】
本発明によるチタンまたはチタン合金基材の表面上に窒化チタンコーティングを製造する方法は、コーティングされる基材の形態および寸法による条件付けなしに、均質な窒化チタンコーティングを得ることを可能にする。
【0114】
窒化チタンコーティングを生成するための従来技術に対して、本発明の方法は:
処理される基材を電解浴に浸漬することだけを含む電気化学的窒化処理に基づいており、経済的で容易に実施でき;
真空チャンバーを取り付けるという制約なしに、大型の構成要素を処理することが可能;
電解浴に浸漬することが可能である如何なる複雑な形状も処理することが可能;
従来のプラズマ技術の長時間とは対照的に、電気化学処理の採用によって可能になった、短い処理時間を必要とする;
コーティングの付着よりむしろ、基材の表面変換に基づいているため、基材と表面層との間の接着の問題を回避し;
シアン化物浴などの非常に毒性のある試薬の使用を回避する。
【0115】
従って、このように考え出された本発明は、その意図された目的を達成する。
【0116】
勿論、その実際の実施形態において、本発明の保護範囲から逸脱することなく、上記例示したものとは異なる形態および構成も想定することが可能である。
【0117】
更に、すべての細部を技術的に等価な要素に置き換えてもよく、使用される寸法、形状および材料は、必要に応じて任意であってもよい。
図1
図2
図3
図4
図5
【国際調査報告】