(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-01-22
(54)【発明の名称】低磁歪配向ケイ素鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 8/12 20060101AFI20240115BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20240115BHJP
【FI】
C21D8/12 D
H01F1/147 183
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023541062
(86)(22)【出願日】2022-01-11
(85)【翻訳文提出日】2023-09-04
(86)【国際出願番号】 CN2022071200
(87)【国際公開番号】W WO2022148468
(87)【国際公開日】2022-07-14
(31)【優先権主張番号】202110031202.2
(32)【優先日】2021-01-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】302022474
【氏名又は名称】宝山鋼鉄股▲分▼有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】弁理士法人信栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲呉▼美洪
(72)【発明者】
【氏名】李国保
(72)【発明者】
【氏名】▲儲▼双杰
(72)【発明者】
【氏名】▲趙▼自▲鵬▼
(72)【発明者】
【氏名】▲劉▼宝▲軍▼
(72)【発明者】
【氏名】沈侃毅
(72)【発明者】
【氏名】▲楊▼勇杰
(72)【発明者】
【氏名】胡卓超
(72)【発明者】
【氏名】吉▲亜▼明
(72)【発明者】
【氏名】凌晨
【テーマコード(参考)】
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4K033AA02
4K033EA02
4K033FA01
4K033FA13
4K033FA14
4K033HA01
4K033HA03
4K033JA01
4K033JA04
4K033LA00
4K033LA01
4K033MA01
4K033MA02
4K033NA01
4K033NA02
4K033PA08
4K033PA09
4K033RA04
4K033RA09
4K033RA10
4K033TA01
4K033TA02
4K033TA04
4K033TA06
5E041AA02
5E041BC01
5E041BD10
5E041CA02
5E041HB05
5E041HB11
5E041HB14
5E041NN05
5E041NN06
5E041NN15
5E041NN17
5E041NN18
(57)【要約】
低磁歪配向ケイ素鋼の製造方法が提供される。配向ケイ素鋼は、ケイ素鋼基材と、該ケイ素鋼基材表面上の絶縁被膜を含む。製造方法は以下の工程を含む:ケイ素鋼基材に片面レーザーエッチングを行う工程;レーザーエッチングのパワーに応じて、第1表面と第2表面の間のたわみ差を決定し、該たわみ差に基づいて、第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を決定する工程;及び、第1表面上と第2表面上に絶縁被膜を形成する工程。第2表面上の絶縁被膜量は、第1表面上の絶縁被膜量よりも多く、第1表面上の絶縁被膜量と第2表面上の絶縁被膜量は、該絶縁被膜量の差を充足する。本発明の製造方法を用いることにより、片面レーザーエッチングにより生じる配向ケイ素鋼の両面間の磁歪差が比較的大きくなるという問題を解決することができる。また上記の製造方法により製造された配向ケイ素鋼も提供される。配向ケイ素鋼を使用して作製された変圧器鉄心は、変圧器の動作中のノイズを低減することを可能にする。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素鋼基材と、該ケイ素鋼基材表面上の絶縁被膜を含む低磁歪配向ケイ素鋼の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法:
ケイ素鋼基材に片面レーザーエッチングを行う(該ケイ素鋼基材の片面レーザーエッチングが行われた面を第1表面とし、第1表面と反対側の面を第2表面とする)工程;
レーザーエッチングのパワーに応じて、第1表面と第2表面の間のたわみ差を決定し、該たわみ差に基づいて、第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を決定する工程;及び、
第1表面上と第2表面上に絶縁被膜を形成する(第2表面上の絶縁被膜量が第1表面上の絶縁被膜量よりも多く、かつ、第1表面上の絶縁被膜量と第2表面上の絶縁被膜量が該絶縁被膜量の差を充足する)工程。
【請求項2】
絶縁被膜を形成する工程の方法が、第1表面及び第2表面に絶縁被膜溶液を塗布する工程と、第1表面及び第2表面に絶縁被膜を形成するために該絶縁被膜溶液を焼成及び焼結する工程を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
レーザーエッチングのパワーが0.5~2.5mJ/mm
2である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
レーザーエッチングのパワーが1~2mJ/mm
2である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
たわみ差が、次式に基づいて決定される、請求項1に記載の製造方法:
【数3】
式中、WはレーザーエッチングのパワーをmJ/mm
2で表し、たわみ差の単位はmmである。
【請求項6】
絶縁被膜量の差が、次式に基づいて決定される、請求項5に記載の製造方法:
【数4】
式中、絶縁被膜量の差の単位はg/m
2である。
【請求項7】
第1表面の絶縁被膜量が4.0~4.5g/m
2である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項8】
ケイ素鋼基材の厚さHが0.18mm≦H≦0.23mmである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
絶縁被膜溶液の成分が、質量百分率で以下の通りである、請求項2に記載の製造方法:
リン酸二水素アルミニウム及びリン酸二水素マグネシウムの少なくとも1つ:2%~25%;
コロイド状二酸化ケイ素:4%~16%;
無水クロム酸:0.15%~4.50%;及び、
残部は水及びその他の不可避不純物である。
【請求項10】
ケイ素鋼基材が、以下の工程を順次経て製造される、請求項1に記載の製造方法:
工程a:製錬及び鋳造;
工程b:加熱;
工程c:焼ならし;
工程d:冷間圧延;
工程e:脱炭焼鈍;
工程f:仕上げ焼鈍;及び、
工程g:熱延伸焼鈍。
【請求項11】
以下の製造工程条件の少なくとも1つを満たす、請求項10に記載の製造方法:
工程cにおいて、ケイ素鋼基材に対して2段階の焼ならし処理を行う(最初にケイ素鋼基材を1100~1200℃に加熱し、次に1℃/秒~10℃/秒の冷却速度で900~1000℃に冷却し、最後に10℃/秒~70℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する);
工程dにおいて、一次冷間圧延、又は中間焼鈍工程を含む二次冷間圧延のいずれかを行う;
工程eにおいて、800~900℃で一次再結晶焼鈍を行い、その後、ケイ素鋼基材表面に焼鈍分離剤を塗布する;
工程fにおいて、焼鈍温度を1100~1200℃に制御し、保持時間を20~30時間とする;及び、
工程gにおいて、最初にケイ素鋼基材を800~900℃に加熱し、10~30秒間保持し、次いで5℃/秒~50℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の製造方法を用いて得られた低磁歪配向ケイ素鋼であって、第1表面と第2表面の間の磁歪差が2db(A)以下であり、配向ケイ素鋼の平均磁歪が55db(A)以下である、低磁歪配向ケイ素鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一種の鋼材及びその製造方法に関し、特に低磁歪配向ケイ素鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、既存の変圧器コアは、通常、配向ケイ素鋼で積層又は巻線されている。変圧器メーカーは主に2つの性能指標に注目している。無負荷損失特性と無負荷励磁電流特性であり、それぞれ配向ケイ素鋼の損失特性と励磁電力特性に相当する。
【0003】
近年、変圧器のノイズ特性に対する市場やユーザーの関心が高まる中、変圧器のノイズ特性は、無負荷損失と同様に重要な指標となっており、配向ケイ素鋼の磁歪特性に対応している。交流励磁中の磁化による配向ケイ素鋼板の寸法変化は磁歪として知られており、変圧器のノイズの主な原因の1つであることに留意すべきである。
【0004】
変圧器の企業における加工技術と変圧器設計の継続的な最適化に伴い、配向ケイ素鋼の磁歪が変圧器ノイズの主な原因となっている。配向ケイ素鋼の磁歪の背後にあるメカニズムは、磁化の過程で磁化しやすい方向から外れた90°磁区の変化と回転である。
【0005】
配向ケイ素鋼製品の理想的な状態は、180°磁区のみを有することである。しかし、実際の配向ケイ素鋼の完成品では、配向偏差、介在物、粒界などの欠陥により、180°磁区の中にランセット磁区(90°磁区)と呼ばれる小さな磁区が追加的に発生し、静磁エネルギーを低下させる。従って、90°磁区(閉磁区)を減少させることにより、磁歪を効果的に低減することができる。
【0006】
従来技術では、磁歪を低減するために使用される主な方法として以下が挙げられる:(1)完成品の<001>結晶面の結晶面配向度を向上させる;(2)完成品の厚さを薄くする;(3)コーティングの張力を高める。これら3つの技術的解決策を実施することにより、完成品の配向ケイ素鋼板の磁歪を低減することができ、変圧器のノイズレベルの低減が達成される。
【0007】
2017年9月27日に公開された特許文献1は、「配向電磁鋼板、その製造方法、及び変圧器ノイズ特性の予測方法」と題し、配向電磁鋼板、その製造方法、及び変圧器ノイズ特性の予測方法を開示する。この特許は、配向電磁鋼板の磁歪特性について、フォルステライト被膜の張力の前後差を0.5MPa以上に制御しつつ、フォルステライト被膜と絶縁被膜の合計張力の前後差を0.5MPa未満とする技術的解決策を開示している。磁歪振動の1周期における磁歪速度レベルdλ/dtに存在する加速/減速ポイントの数を4ポイントとし、磁歪振動の加速区間又は減速区間における隣り合う磁歪速度レベル変化点の間の速度レベル変化の大きさを3.0×10-4sec-1以下に設定することにより、磁歪特性を低減することができる。しかしながら、フォルステライト被膜間の張力の差及びフォルステライト被膜と絶縁被膜の間の合計張力の差を調整するこの方法では、片面レーザーエッチングされた配向ケイ素鋼基材の二面間の磁歪差の改善に限界がある。またノイズ特性に優れ、上面と下面の間の磁歪差が最小限の配向電磁鋼板を一括して安定的に、コスト効率よく制御及び製造することは困難である。
【0008】
2017年2月22日に公開された特許文献2は、「低鉄損及び低磁歪の配向電磁鋼板」と題し、低鉄損及び低磁歪を有する配向電磁鋼板を開示する。本発明の配向電磁鋼板は、鋼板基材と、鋼板基材の表面に形成された一次被膜と、一次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜を備え、一次被膜の厚さに対する張力絶縁被膜の厚さの比は∈(0.1,3)、張力絶縁被膜の厚さは∈(0.5,4.5)μm、及び一次被膜と張力絶縁被膜の合計張力は∈(1,10)MPaである。磁区制御は、張力絶縁被膜の表面に上方からレーザーを照射することにより達成する。結晶粒配向電気鋼板から、結晶粒配向電気鋼板の圧延方向と平行な方向の長さが300mm、横方向と平行な方向の長さが60mmの帯状サンプルを採取し、サンプルの少なくとも片面を酸洗することにより、張力絶縁被膜の表面から、母材鋼板と一次被膜の界面より母材鋼板側に向かって5μmの深さ位置までの範囲を除去し、その後、サンプルの反り量を測定する。この場合、反り量は所定の条件を満たす。しかし、この技術的解決策は、一次被膜と張力絶縁被膜の厚さと張力しか考慮していない。配向ケイ素鋼基材の磁歪を改善させるのには限界があり、ノイズ特性に優れ、上面と下面の間の磁歪差が最小限の配向電磁鋼板を一括して安定的に、コスト効率よく制御及び製造することは困難である。
【0009】
2016年10月12日に公開された特許文献3は、「低ノイズ変圧器用結晶粒配向電気鋼板及びその製造方法」と題し、鋼板表面に圧延方向と交差する方向に延びる線状領域において、ビーム径dが0.40mm以下の電子線を照射して得られる配向電磁鋼板(変調照射線状領域が、線状領域の方向に互いに連結された繰り返し単位で形成され、変調照射線状領域における繰り返し単位の周期距離が2/3×dmm~2.5×dmmであり、変調照射線状領域の圧延方向の繰り返し間隔が4.0mm~12.5mmである)を開示する。電子線の強度は、少なくとも照射面側に変調照射線領域方向に延びる細長い分割磁区が形成される強度以上であり、かつ、照射面側に被覆損傷が生じず、塑性歪み領域が形成されない強度以下である。従って、従来は困難とされていた変圧器の低鉄損と低ノイズを同時に達成する条件で磁区微細化処理を行うことが可能となる。しかし、この技術的解決策では、エッチング条件が磁歪に与える影響のみを考慮し、エッチング条件とコーティング条件のマッチングを考慮していないため、ノイズ特性に優れ、上面と下面の間の磁歪差が最小限の配向電磁鋼板を、効果的かつ効率的に一括して安定的に、コスト効率よく製造することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】中国特許出願公開第107210109号明細書
【特許文献2】中国特許出願公開第106460111号明細書
【特許文献3】中国特許出願公開第106029917号明細書
【発明の概要】
【0011】
本発明は、片面レーザーエッチングによる既存の配向ケイ素鋼の不均一な応力分布により、鋼板がエッチングされた面側に曲がり、配向ケイ素鋼のエッチング面と非エッチング面の間に大きな磁歪差が生じるという問題を解決することを目的とする。
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明は低磁歪配向ケイ素鋼の製造方法を提供する。配向ケイ素鋼は、ケイ素鋼基材と、該ケイ素鋼基材表面上の絶縁被膜を含む。製造方法は以下の工程を含む:ケイ素鋼基材に片面レーザーエッチングを行う工程(該ケイ素鋼基材の片面レーザーエッチングが行われた面を第1表面とし、第1表面と反対側に配置された面を第2表面とする);レーザーエッチングのパワーに応じて、第1表面と第2表面の間のたわみ差を決定し、該たわみ差に基づいて、第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を決定する工程;及び、第1表面上と第2表面上に絶縁被膜を形成する工程(第2表面上の絶縁被膜量が第1表面上の絶縁被膜量よりも多く、第1表面上の絶縁被膜量と第2表面上の絶縁被膜量が該絶縁被膜量の差を充足する)。
【0013】
本発明の技術的解決手段では、レーザーエッチングのパワーに応じて、ケイ素鋼基材の第1表面と第2表面の間のたわみ(鋼板が曲げられた後の表面の中心から元の鋼板の軸までの距離を表す)差を決定することができる。次いで、そのたわみ差に応じて、第1表面と第2表面に塗布する絶縁被膜量の差を決定する。該絶縁被膜量の差に基づいて、第1表面と第2表面に絶縁被膜を塗布する。このようにして、片面レーザーエッチングに起因する配向ケイ素鋼の完成品の第1表面と第2表面の間のたわみ差は、第1表面上と第2表面上の絶縁被膜間の張力差を調整することによって低減され、それによって第1表面と第2表面の間の磁歪差が低減される。片面レーザーエッチングは、配向ケイ素鋼の磁区を微細化し、損失を低減するために従来技術において一般的に使用されている方法である。
【0014】
さらに絶縁被膜の形成方法は、第1表面及び第2表面に絶縁被膜溶液を塗布する工程と、第1表面及び第2表面に絶縁被膜を形成するために、絶縁被膜溶液を焼成及び焼結する工程を含む。絶縁被膜溶液を焼成及び焼結する工程は、従来技術に従って実施することができる。
【0015】
好ましくは、本発明において、レーザーエッチングのパワーは、得られる配向ケイ素鋼が55db(A)以下のA加重磁歪速度レベルを示すことができるように制御される。
【0016】
さらに、本発明におけるレーザーエッチングのパワーは、配向ケイ素鋼製の変圧器鉄心の動作中のノイズを低減する目的を達成するために、0.5~2.5mJ/mm2に設定される。
【0017】
さらに、レーザーエッチングのパワーは、本発明の配向ケイ素鋼から作製した変圧器鉄心の動作中に発生するノイズをさらに低減するために1~2mJ/mm2に設定される。
【0018】
さらに、本発明の製造方法では、たわみ差は次式に基づいて求められる:
【0019】
【0020】
式中、Wは片面レーザーエッチングのパワーをmJ/mm2で表し、たわみ差の単位はmmである。
【0021】
たわみ差及び絶縁被膜量の差の算出式は、特定のエッチング装置の条件下で、ケイ素鋼基材の厚さ、レーザーエッチングのパワー、被膜の配合、被膜の厚さ等のパラメータを変化させ、得られたデータを用いて発明者らが導出し、得られたデータに基づいて適合させた実験式である。
【0022】
さらに、絶縁被膜量の差は、次式に基づいて求められる:
【0023】
【0024】
式中、絶縁被膜量の差の単位はg/m2である。
【0025】
さらに、第1表面の絶縁被膜量は4.0~4.5g/m2である。
【0026】
絶縁被膜の厚みが薄すぎると、絶縁被膜によって基材に付与される張力が小さくなり、磁性の最適化が不十分になる。絶縁被膜の厚みが厚すぎると、完成品の積層性に影響を与え、また、剪断加工時に粉落ちやホワイトエッジなどの欠陥が発生しやすくなる。
【0027】
さらに、ケイ素鋼基材の厚さHは0.18mm≦H≦0.23mmである。
【0028】
通常、ケイ素鋼基材の厚さは0.18mm以上である。基材の厚みが0.23mmを超えると、厚みが増して剛性が高くなるため、表面に絶縁被膜を形成した後、レーザーエッチングによる不均一な応力分布に対する感度が低下する。その結果、レーザーエッチングによる不均一な応力分布に起因するたわみ差が小さくなり、上記の実験式には不適合となる。
【0029】
さらに、絶縁被膜溶液の成分は、質量百分率で以下の通りである:リン酸二水素アルミニウム及びリン酸二水素マグネシウムの少なくとも1つ:2%~25%;コロイド状二酸化ケイ素:4%~16%;無水クロム酸:0.15%~4.50%;残部は水及びその他の不可避不純物である。
【0030】
絶縁コーティングは、ケイ素鋼基材表面の絶縁性能を向上させるために使用される。従来技術で広く用いられている絶縁被膜溶液は、無水クロム酸、コロイド状SiO2、及びMgとAlのリン酸塩を主成分とする水溶液である。
【0031】
さらに、本発明におけるケイ素鋼基材は、従来技術に従って以下の工程によって製造される:工程a:製錬及び鋳造;工程b:加熱;工程c:焼ならし;工程d:冷間圧延;工程e:脱炭焼鈍;工程f:仕上げ焼鈍;及び工程g:熱延伸焼鈍。
【0032】
さらに、工程cでは、ケイ素鋼基材に対して2段階の焼ならし処理を行う:まず、ケイ素鋼基材を1100~1200℃に加熱し、次に1℃/秒~10℃/秒の冷却速度で900~1000℃に冷却し、最後に10℃/秒~70℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する。
【0033】
さらに、工程dの冷間圧延では、一次冷間圧延又は中間焼鈍工程を含む二次冷間圧延のいずれかを行う。
【0034】
さらに、工程eでは、800~900℃で一次再結晶焼鈍を行い、その後、ケイ素鋼基材表面に焼鈍分離剤を塗布する。
【0035】
従来技術における配向ケイ素鋼の製造工程では、高温での鋼板間の付着を防止するために、高温の仕上げ焼鈍の前に、酸化マグネシウムなどの焼鈍分離剤をケイ素鋼基材の表面に塗布する必要がある。
【0036】
さらに、工程fでは、焼鈍温度を1100~1200℃に制御し、保持時間を20~30時間とする。
【0037】
さらに、工程gでは、最初にケイ素鋼基材を800~900℃に加熱し、次いで10~30秒間保持し、最後に5℃/秒~50℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する。
【0038】
一方、本発明は、配向ケイ素鋼のエッチング表面と非エッチング表面の間の磁歪差が最小限であり、良好な平均磁歪を有する低磁歪配向ケイ素鋼を提供する。
【0039】
本発明の低磁歪配向ケイ素鋼から作製した鉄心により発生する振動は小さいため、この鉄心を備えた変圧器全体のノイズレベルは低くなる。
【0040】
上記目的を達成するために、本発明は、低磁歪配向ケイ素鋼の製造方法によって製造された低磁歪配向ケイ素鋼であって、配向ケイ素鋼の第1表面と第2表面の間の磁歪差が2db(A)以下であり、配向ケイ素鋼の平均磁歪が55db(A)以下である、低磁歪配向ケイ素鋼を提供する。
【0041】
従来技術と比較して、本発明の低磁歪配向ケイ素鋼及びその製造方法は、以下の利点及び有益な効果を有する:本発明の製造方法を用いることにより、鋼基材のエッチング面と非エッチング面のたわみ差に応じて、第1表面上と第2表面上の絶縁被膜量の差を得ることができ、これによりエッチング面(第1表面)と非エッチング面(第2表面)の絶縁被膜の張力を調整して、エッチング面と非エッチング面の磁歪差を小さくすることができる。
【0042】
本発明によれば、調製された低磁歪配向ケイ素鋼は、配向ケイ素鋼のエッチング表面と非エッチング表面の間の磁歪差≦2db(A)、及び平均磁歪≦55db(A)を達成する。低磁歪配向ケイ素鋼から作製した鉄心により発生する振動は小さいため、この鉄心を備えた変圧器全体のノイズレベルは低くなる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【
図1】
図1は、レーザーエッチングのエネルギー密度を変化させたときの、本発明における配向ケイ素鋼のエッチング表面の磁歪の曲線を示す。
【
図2】
図2は、ケイ素鋼基材に片面レーザーエッチングを行った後、レーザーエッチングのエネルギー密度を変化させたときの、本発明のケイ素鋼基材の第1表面と第2表面の間のたわみ差の曲線を示す。
【
図3】
図3は、様々なたわみ差の下、本発明のケイ素鋼基材の真直性を維持するために必要な第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施態様を特定の具体的な実施形態を通じて説明するが、当業者であれば、本明細書に開示された内容から本発明の他の利点及び効果を容易に理解することができる。本発明の説明を好ましい実施態様と共に紹介するが、本発明の特徴はこれらの実施態様に限定されるものではないと理解すべきである。むしろ、本発明を実施態様と共に紹介する目的は、本発明の特許請求の範囲に基づいて導き出されうる他の選択肢又は変更をカバーすることである。本発明の完全な理解を提供するために、以下に多くの具体的な詳細を記載する。本発明は、これらの詳細がなくても実施することができる。さらに、本発明の焦点における混乱又は曖昧さを避けるために、いくつかの具体的な詳細は説明において省略する。矛盾しない限り、本発明における実施形態と、実施形態における特徴は、互いに組み合わせることができることに留意すべきである。
【実施例】
【0045】
実施例1~6のケイ素鋼基材及び比較例1~4の比較鋼板は、以下の手順で作製する:
製錬及び鋳造:表1に示す化学組成に従って製錬を行い、平板に鋳造する;
加熱:該平板を1200~1280℃に加熱し、1~4時間保持し、熱間圧延して鋼帯にする;
焼ならし:2段階の焼ならし処理を適用し、最初に鋼帯を1100~1200℃に加熱し、次に1℃/秒~10℃/秒の冷却速度で900~1000℃に冷却し、その後10℃/秒~70℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する;
冷間圧延:一次冷間圧延又は中間焼鈍工程を含む二次冷間圧延を行う;
脱炭焼鈍:800~900℃の温度で一次再結晶焼鈍を行い、その後焼鈍分離剤を塗布する;
仕上げ焼鈍:焼鈍温度は1100~1200℃であり、保持時間は20~30時間である;及び、
熱延伸焼鈍:最初に鋼帯を800~900℃に加熱し、10~30秒間保持した後、5℃/s~50℃/sの冷却速度で室温まで冷却し、ケイ素鋼基材を得る。
【0046】
本発明において、本発明の実施例1~6の配向ケイ素鋼の関連操作及び特定の製造工程パラメータは、本発明の技術的解決策の好ましい設計仕様を満足することに留意すべきである。しかしながら、比較例1~4の比較鋼板は、レーザーエッチングによって生じる二面間のたわみ差に対応する絶縁被膜量の差を制御していない。
【0047】
表1に、実施例1~6の低ノイズ配向ケイ素鋼及び比較例1~4の比較鋼板における、ケイ素鋼基材の種々の化学元素の質量百分率及び配向ケイ素鋼の完成品の厚さを示す。以下の実施例及び比較例において、ケイ素鋼基材/鋼板の化学成分の残部は、Fe及びその他の不可避不純物である。
【0048】
【0049】
本発明では、所望の性能を有する配向ケイ素鋼を得るために、ケイ素鋼基材に対して片面レーザーエッチングを行う。レーザーエッチングのパワーにより、第1表面と第2表面の間のたわみ差が決定され、このたわみ差に基づいて、絶縁被膜量の差が決定される。その後、第1表面と第2表面に絶縁被膜を形成し、配向ケイ素鋼を得る。ケイ素鋼基材表面の被膜量は、以下の条件を満たす必要がある:第1表面の被膜量よりも第2表面の絶縁被膜量の方が多く、かつ、第1表面の絶縁被膜量と第2表面の絶縁被膜量が該絶縁被膜量の差を充足する。
【0050】
実施例1~6のケイ素鋼基材及び比較例1~4の比較鋼板に塗布した絶縁被膜溶液の具体的な化学組成は、質量百分率で以下の通り表すことができる:リン酸二水素アルミニウム又はリン酸二水素マグネシウムの少なくとも1つ:2%~25%;コロイド状二酸化ケイ素:4%~16%;無水クロム酸:0.15%~4.50%;残部は水及びその他の不可避不純物である。
【0051】
表2に、実施例1~6のケイ素鋼基材及び比較例1~4の比較鋼板の表面に塗布した絶縁被膜溶液の具体的な化学組成を示す。
【0052】
【0053】
実施例1~6のケイ素鋼基材及び比較例1~4の比較鋼板の製造工程の具体的なパラメータを、表3-1に示す。
【0054】
【0055】
表3-2に、実施例1~6のケイ素鋼基材及び比較例1~4の比較鋼板に対して行った片面レーザーエッチングのパワー、たわみ差、表面の絶縁被膜量、及び最終的に得られた配向ケイ素鋼の二面間の絶縁被膜量の差を示す。
【0056】
【0057】
調製した実施例1~6の配向ケイ素鋼と比較例1~4の比較鋼板をそれぞれサンプリングした。非接触レーザードップラー振動計TD9600を用いて、B=1.7T、f=-2MPa(変圧器の実際の使用条件では、配向ケイ素鋼は2~3MPaの圧縮応力を受ける)の条件下で、実施例及び比較例の鋼板サンプルの磁歪性能(A加重磁歪速度レベルLvA)を測定した。具体的な測定方法は、国際電気標準会議(IEC)の技術報告書-IEC/TP 62581に記載されている。各実施例及び比較例について得られた磁歪性能の試験結果を表4に示す。
【0058】
実施例1~6の低ノイズ特性を有する配向ケイ素鋼と比較例1~4の比較鋼板の性能試験結果を表4に示す。
【0059】
【0060】
適宜に、実施例1~6の配向ケイ素鋼及び比較例1~4の比較鋼板を用いて、さらに240KVAの三相変圧器を作製した。実施例及び比較例で作製した各三相変圧器について、50Hz、1.7Tの磁化条件(GB/T 1094.10-2003)でノイズ検出を行った。得られた試験結果を表5に示す。
【0061】
表5に、実施例1~6の低ノイズ配向ケイ素鋼及び比較例1~4の比較鋼板を用いて作製した240KVA三相変圧器のノイズ試験結果を示す。
【0062】
【0063】
表4と表5を合わせると、比較例1~4と比較して、本発明の各実施例の性能が優れていることがわかる。各実施例の低磁歪配向ケイ素鋼の第1表面と第2表面の間の磁歪差は、比較例1~4の比較鋼板のものよりも著しく小さい。
【0064】
表4に示すように、実施例1~6の配向ケイ素鋼の第1表面と第2表面の間の磁歪差は≦2db(A)であり、平均磁歪は≦55db(A)である。さらに、表5に示すように、比較例1~4と比較して、実施例1~6の低ノイズ配向ケイ素鋼を用いて作製した240KVA三相変圧器の全体的なノイズレベルは著しく低い。
【0065】
図1は、本発明の配向ケイ素鋼のエッチング表面の磁歪の曲線をレーザーエッチングのエネルギー密度の関数として示すものであり、網掛け部分は実施例2~4の配向ケイ素鋼の性能に対応する。レーザーエッチングのエネルギー密度の増加に伴って、磁気性能の改善率(鉄損の減少)は、最初に増加してその後安定し、かつ、磁歪性能は、最初に減少してその後増加することがわかる。
【0066】
図2は、本発明におけるケイ素鋼基材の片面レーザーエッチング後の第1表面と第2表面の間のたわみ差の曲線を、レーザーエッチングのエネルギー密度の関数として示すものであり、網掛け部分は実施例2~4のケイ素鋼基材の性能に対応する。レーザーエッチングのエネルギー密度の増加に伴って、ケイ素鋼基材の第1表面と第2表面の間のたわみ差は、最初は指数関数的に増加し、その後安定化することが分かる。
【0067】
図3は、本発明のケイ素鋼基材が真直性を維持するために必要な第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を、様々なたわみ差の条件下で示す。網掛け部分は、実施例2~4におけるケイ素鋼基材の性能に対応する。完成した配向ケイ素鋼の真直性を維持し、二面間の磁歪差を低減するために、レーザーエッチングによるたわみ差に基づいて、第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を調整する必要があることがわかる。
【0068】
結論として、本発明の低磁歪配向ケイ素鋼の製造方法は、片面レーザーエッチング後のケイ素鋼基材のエッチング面と非エッチング面とのたわみ差に応じて、ケイ素鋼基材のエッチング面と非エッチング面の間の絶縁被膜の張力差を調整することができる。これにより、配向ケイ素鋼のエッチング面と非エッチング面の間の磁歪差を低減することができる。
【0069】
この製造方法を用いて作製した低磁歪配向ケイ素鋼は、配向ケイ素鋼のエッチング面と非エッチング面の間の磁歪差≦2db(A)、及び平均磁歪≦55db(A)を達成することができる。低磁歪配向ケイ素鋼で作製した鉄心により発生する振動は小さいため、この鉄心を備えた変圧器の全体的なノイズレベルは結果として低くなる。
【0070】
本発明を特定の好ましい実施形態を参照して例示及び説明したが、当業者であれば、上記の内容は、特定の実施形態と組み合わせて本発明をさらに詳細に説明したものであり、本発明の具体的な実施態様がこれらの記載に限定されると想定できないことを理解すべきである。当業者であれば、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく、特定の簡単な推論又は置換を行うことを含む、形態及び詳細における様々な変更を行うことができる。
【手続補正書】
【提出日】2023-09-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素鋼基材と、該ケイ素鋼基材表面上の絶縁被膜を含む低磁歪配向ケイ素鋼の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法:
ケイ素鋼基材に片面レーザーエッチングを行う(該ケイ素鋼基材の片面レーザーエッチングが行われた面を第1表面とし、第1表面と反対側の面を第2表面とする)工程;
レーザーエッチングのパワーに応じて、第1表面と第2表面の間のたわみ差を決定し、該たわみ差に基づいて、第1表面と第2表面の絶縁被膜量の差を決定する工程;及び、
第1表面上と第2表面上に絶縁被膜を形成する(第2表面上の絶縁被膜量が第1表面上の絶縁被膜量よりも多く、かつ、第1表面上の絶縁被膜量と第2表面上の絶縁被膜量が該絶縁被膜量の差を充足する)工程。
【請求項2】
絶縁被膜を形成する工程の方法が、第1表面及び第2表面に絶縁被膜溶液を塗布する工程と、第1表面及び第2表面に絶縁被膜を形成するために該絶縁被膜溶液を焼成及び焼結する工程を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
レーザーエッチングのパワーが0.5~2.5mJ/mm
2である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
レーザーエッチングのパワーが1~2mJ/mm
2である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
たわみ差が、次式に基づいて決定される、請求項1に記載の製造方法:
【数3】
式中、WはレーザーエッチングのパワーをmJ/mm
2で表し、たわみ差の単位はmmである。
【請求項6】
絶縁被膜量の差が、次式に基づいて決定される、請求項5に記載の製造方法:
【数4】
式中、絶縁被膜量の差の単位はg/m
2である。
【請求項7】
第1表面の絶縁被膜量が4.0~4.5g/m
2である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項8】
ケイ素鋼基材の厚さHが0.18mm≦H≦0.23mmである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
絶縁被膜溶液の成分が、質量百分率で以下の通りである、請求項2に記載の製造方法:
リン酸二水素アルミニウム及びリン酸二水素マグネシウムの少なくとも1つ:2%~25%;
コロイド状二酸化ケイ素:4%~16%;
無水クロム酸:0.15%~4.50%;及び、
残部は水及びその他の不可避不純物である。
【請求項10】
ケイ素鋼基材が、以下の工程を順次経て製造される、請求項1に記載の製造方法:
工程a:製錬及び鋳造;
工程b:加熱;
工程c:焼ならし;
工程d:冷間圧延;
工程e:脱炭焼鈍;
工程f:仕上げ焼鈍;及び、
工程g:熱延伸焼鈍。
【請求項11】
以下の製造工程条件の少なくとも1つを満たす、請求項10に記載の製造方法:
工程cにおいて、ケイ素鋼基材に対して2段階の焼ならし処理を行う(最初にケイ素鋼基材を1100~1200℃に加熱し、次に1℃/秒~10℃/秒の冷却速度で900~1000℃に冷却し、最後に10℃/秒~70℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する);
工程dにおいて、一次冷間圧延、又は中間焼鈍工程を含む二次冷間圧延のいずれかを行う;
工程eにおいて、800~900℃で一次再結晶焼鈍を行い、その後、ケイ素鋼基材表面に焼鈍分離剤を塗布する;
工程fにおいて、焼鈍温度を1100~1200℃に制御し、保持時間を20~30時間とする;及び、
工程gにおいて、最初にケイ素鋼基材を800~900℃に加熱し、10~30秒間保持し、次いで5℃/秒~50℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する。
【請求項12】
請求項1
に記載の製造方法を用いて得られた低磁歪配向ケイ素鋼であって、第1表面と第2表面の間の磁歪差が2db(A)以下であり、配向ケイ素鋼の平均磁歪が55db(A)以下である、低磁歪配向ケイ素鋼。
【国際調査報告】