(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-01-31
(54)【発明の名称】関心のある細胞の細胞成長及び増殖を刺激する方法、並びに肝臓又は膵臓移植片を調製する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240124BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023546094
(86)(22)【出願日】2022-01-27
(85)【翻訳文提出日】2023-08-14
(86)【国際出願番号】 EP2022051893
(87)【国際公開番号】W WO2022162063
(87)【国際公開日】2022-08-04
(32)【優先日】2021-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523286118
【氏名又は名称】ハンス ウルリヒ ベール
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100170852
【氏名又は名称】白樫 依子
(72)【発明者】
【氏名】ハンス ウルリヒ ベール
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA91X
4B065AA93X
4B065BB12
4B065BB23
4B065BC03
4B065BC05
4B065BC11
4B065BC41
4B065BD11
4B065CA44
(57)【要約】
本発明は、とりわけ、以下のステップ:2a) 組織工学に好適な担体マトリックスと、標準培養培地A中に生存肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞を含む細胞懸濁液とを準備し;2b) 該細胞懸濁液を、該担体マトリックスにロードし;2c) ロードされたマトリックスを、-標準培養培地A、又は-標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地B、のいずれかの中で、約37℃にて少なくとも10時間の第一のインキュベーション時間T1にわたりインキュベートし;2d) ステップ2c)の培養培地を、標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地Bに交換し;2e) 該ロードされたマトリックスを、培養培地Bの中で約37℃にて少なくとも24時間の第二のインキュベーション時間T2にわたりインキュベートし;2f) ステップe)のロードされたマトリックスを、標準培養培地Aで洗浄して、セクレトームの少なくとも一部を取り除くこと、を含む、肝臓又は膵臓移植片を調製する方法を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ:
1a) 関心のある生存細胞を準備し;
1b) 関心のある細胞を、以下の:
-標準培養培地A、又は
-標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地B、
のいずれかの中で、約37℃にて少なくとも10時間の第一のインキュベーション時間T1にわたりインキュベートし;
1c) ステップ1b)の培養培地を、標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地Bに交換し;そして
1d) 関心のある細胞を、培養培地B中で、少なくとも24時間の第二のインキュベーション時間T2にわたりインキュベートすること、
を実施することによって、関心のある細胞、具体的には肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞、の細胞成長と増殖を刺激する方法。
【請求項2】
以下のステップ:
2a) 組織工学に好適な担体マトリックスと、標準培養培地A中に生存肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞を含む細胞懸濁液とを準備し;
2b) 該細胞懸濁液を、該担体マトリックスにロードし;
2c) ロードされたマトリックスを、
-標準培養培地A、又は
-標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地B、
のいずれかの中で、約37℃にて少なくとも10時間の第一のインキュベーション時間T1にわたりインキュベートし;
2d) ステップ2c)の培養培地を、標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地Bに交換し;
2e) 該ロードされたマトリックスを、培養培地Bの中で約37℃にて少なくとも24時間の第二のインキュベーション時間T2にわたりインキュベートし;
2f) ステップe)のロードされたマトリックスを、標準培養培地Aで洗浄して、セクレトームの少なくとも一部を取り除くこと、
を含む、肝臓又は膵臓移植片を調製する方法。
【請求項3】
前記培養培地Bが、臍帯間充織幹細胞由来のセクレトームを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記セクレトームが、低酸素条件下で培養された臍帯間充織幹細胞由来である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記第一のインキュベーション時間T1が、17~27時間、好ましくは約24時間である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記第二のインキュベーション時間T2が、35~50時間、好ましくは約48時間である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記培養培地Bが、0.5%~3%、好ましくは約1%の量でセクレトームを含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記ステップ2c)において、ロードされたマトリックスが、最初に、標準培養培地A中で約30分間にわたりインキュベートされ、その後、ロードされたマトリックスが、培養培地B中で第一のインキュベーション時間T1にわたりインキュベートされる、請求項2に記載の方法。
【請求項9】
前記洗浄ステップ2f)が、培養培地Bが新鮮な標準培養培地Aに交換される第一の培養培地交換ステップを伴い、さらに、少なくとも、先に加えた標準培養培地Aが新鮮な標準培養培地Aで交換される第二の培養培地交換ステップを好ましくは伴う、請求項2又は8に記載の方法。
【請求項10】
前記第一及び/又は第二の培養培地交換ステップが:
i) マトリックスを新鮮な標準培養培地Aを含む新しいコンテナ内に移し;そして
ii) 少なくとも1回、好ましくは少なくとも2回、最も好ましくは3回、ステップi)を繰り返すこと、
によって実施される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記マトリックスが、ステップ2b)において細胞を播種される前に、以下の:
-40℃~50℃の温度にて、少なくとも1分間、好ましくは少なくとも5分間、より好ましくは5~20分間、又は
-40℃未満の温度にて、少なくとも4時間、より好ましくは8~12時間、最も好ましくは約10時間、
のいずれかにわたり、H
2O
2プラズマ又はH
2O
2含有雰囲気に該マトリックスを晒すことによって滅菌される、請求項2又は8~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記マトリックスが、ステップ2b)において細胞を播種される前に、50℃未満の温度にて、少なくとも1分間、好ましくは少なくとも5分間、より好ましくは約10分間にわたり、反応性気体プラズマに該マトリックスを晒すことによってプラズマ処理される、請求項2又は8~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記マトリックスに、1 cm
3毎に、少なくとも250’000個の細胞、好ましくは少なくとも500’000個の細胞がロードされる、請求項2又は8~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記マトリックスに、少なくとも1×10
6個の細胞がロードされる、請求項2又は8~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記マトリックスが、好ましくは1%のコラーゲン溶液で基本ポリマー構造を被覆しそれに続いて凍結乾燥することによって、コラーゲンで好ましくは被覆される主に又は完全にポリ-乳酸から成る基本ポリマー構造から成る、請求項2又は8~14のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1に従って、関心のある細胞、具体的には、肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞の細胞成長及び増殖を刺激する方法、並びに請求項2による肝臓又は膵臓移植片の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
毎日、人々は臓器不全のため亡くなっている。残念ながら、現在、臓器不全につながる状態に罹患している患者には、限られた治療選択肢しかない。従来の薬物療法が疾患の症状を遅らせるか又は軽減するのに役立つ可能性があるとしても、損傷組織の完全な機能性を復元できないことが多い。そうした理由で、末期臓器不全の場合に、好適な組織ドナーからの健康な臓器又は少なくともある程度健康な臓器組織の移植が、多くの患者にとっての究極の治療選択肢である。
【0003】
例えば、健康な肝臓又は膵臓組織の移植は、重度の膵臓又は肝臓疾患を患っている多くの患者で成功することが証明された。しかしながら、好適な組織ドナーの不足が、依然として重大な障害となっている。代替処置法を見つける試みでは、細胞ベースの治療法が重要性を増している。これらの細胞ベースの治療法では、患者からの組織が、摘出され、生存単独細胞へと加工され、そして大規模な生存細胞集団を得るために培養される。次に、細胞は、身体の自然な再生過程を容易にし、そして、臓器不全又は損害組織の再生に貢献するようにそのまま移植される。
【0004】
肝疾患の治療分野では、肝細胞移植は、先天性又は激症肝臓疾患の同所性肝移植に対する代替又は対症的治療として重要性が増している。しかしながら、肝細胞の培養(研究室で培養及び殖やすための患者の自身の組織から細胞を採集することを意味する)と移植細胞の限られた長期生存性における困難は、この細胞アプローチの、より広範な適用の重大な障害を示す。
【0005】
最新の興味深い細胞ベースのアプローチは、肝細胞と膵島の同時移植である:
肝細胞の増殖と生存がランゲルハンス島細胞(又は略して:「島細胞」)との共培養によって刺激されることがわかっている。この概念は、例えばEP3010556B1に記載されている。特に、ベータ細胞(インスリン産生細胞)は肝細胞の増殖速度を最大300%まで増強することがわかった。マイナス面として、このことは、自家肝臓移植片(すなわち、生存肝細胞をロードされた担体マトリックス)の製造が、患者からの肝臓組織の摘出だけではなく、観血的又は腹腔鏡外科的手段による患者の膵臓組織の別々の摘出も必要とすることを意味する。次に、摘出組織は、患者の体外で加工されて、共培養のために肝細胞とランゲルハンス島細胞の両方が採取される。十分に多数の肝細胞とランゲルハンス島細胞がインビトロにおいて培養できる場合、培養細胞株をロードされた1若しくは複数の好適な担体を、患者の小腸腸間膜の漿膜下又は他の好適な位置に挿入する第二の手術が実施される。しかしながら、あらゆる手術には避けられないリスクが伴い、そして、特に、膵臓組織切除には、急性炎症(膵炎)又は危険な若しくは命にかかわる膵液瘻孔形成につながる可能性がある膵管損害の大きなリスクがある。そのため、理想的に膵臓細胞との共培養の必要性なしに-肝細胞成長を刺激し得る方法が求められている。
【0006】
そのため、本発明の目的は、再生医療の分野における、特に慢性肝炎の治療分野における、それらの利用を考慮して、細胞、特に肝臓及び/又は膵臓細胞の培養のための、より安全で、かつ、時間及びコスト集約度がより低い方法を提供することである。より具体的には、本発明は、通常移植片、特に肝臓又は膵臓移植片、の安全かつコスト効率的な調製の方法を提供することを目指す。
【0007】
この目的は、請求項1及び2の方法によって達成される。好ましい実施形態は、従属クレームの対象となる。
【0008】
本明細書に記載される発明は、間充織幹細胞由来のセクレトームと一緒の、細胞成長培地又は流体中での関心のある細胞のインキュベーションにより細胞成長と増殖を刺激する方法を包含する。具体的には、関心のある細胞(又は「標的細胞」)は、(肝細胞前駆細胞を含めた)肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞、すなわち、膵臓細胞である。肝細胞及びランゲルハンス島細胞の両方に関して、セクレトームと一緒のインキュベーションは、増殖を促進し、かつ、これらの細胞の生存率を高めるのに特に有効であると判明した。肝細胞は培養することが非常に難しいことが知られているので、本発明の方法は、肝細胞の細胞成長と増殖を刺激するために特に好適である。
【0009】
特に、一態様において、本発明は、以下のステップ:
1a) 関心のある生存細胞を準備し;
1b) 関心のある細胞を、以下の:
-標準培養培地A、又は
-標準培養培地Aと0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地B、
のいずれかの中で、約37℃にて少なくとも10時間の第一のインキュベーション時間T1にわたりインキュベートし;
1c) ステップ1b)の培養培地を、標準培養培地Aと少なくとも0.5%~5%のセクレトームを含む培養培地Bに交換し;そして
1d) 関心のある細胞を、培養培地B中で、少なくとも24時間の第二のインキュベーション時間T2にわたりインキュベートすること、
を実施することによって、関心のある細胞、具体的には肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞、の細胞成長と増殖を刺激する方法を提供する。
【0010】
本発明は、間充織幹細胞(MSC)の存在だけではなく、MSCのセクレトームも、インビトロ及びインビボにおいて、肝細胞などの感受性細胞にさえ、細胞の増殖にプラスに影響するという発明者の発見に基づいている。本願との関係の範囲内において、「セクレトーム」という用語は、間充織幹細胞(MSC)から放出された因子、とりわけ血小板由来成長因子(PDGF)を指し、そしてそれは、骨髄、筋肉、及び脂肪組織中に見られ、さらに、ワートンゼリー、歯髄、末梢血、皮膚、肺、絨毛膜絨毛、月経血、及び母乳中にも見られる。少なくとも24時間にわたる、0.3%~5%のMSCセクレトームを含有する培養培地中での関心のある細胞の培養を伴う本発明の方法が、細胞の増殖と生存率を有意に増強することがわかった。
【0011】
増殖と生存に対する促進効果もまた肝細胞に生じさせることが驚いたことにわかった:これらの細胞が、肝細胞機能の喪失を引き起こす、脱分化を受けやすいので、単離された初代肝細胞の機能がインビトロで培養したときに維持しにくいことは周知のことである。しかしながら、十分な数の機能的肝細胞を発育させることは、末期の肝不全をもたらし、そのため、肝臓細胞移植と人工肝臓支援システムを必要とする肝臓疾患の治療のための前提条件である。
【0012】
これにより、本明細書に記載した本発明の方法の発明者らは、本発明の方法による肝細胞の治療が、肝細胞をランゲルハンス島細胞と共に共培養したとき(先に触れたとおり、今までのところ、後者は最も効果的な既知の肝細胞刺激法の1つである)に比べて、同程度か又はさらに高い肝細胞の成長と増殖速度を高めたという知見について非常に興奮した。そのため、本発明の方法は、肝細胞の細胞成長と増殖を、ランゲルハンス島細胞とそれらを共培養する必要なしに、刺激する新しい方法を提供する。実施に際して、これは、自家肝臓移植片又は自家肝臓細胞移植の製造が、肝細胞との共培養のために患者からのランゲルハンス島細胞(すなわち、膵臓細胞)の摘出のための追加の外科的手段を必要とすることなしに、自家肝細胞の摘出、その培養、及び再移植によって達成されることを意味する。
【0013】
これらの新発見が有望であるが、MSCセクレトームが臨床状況において細胞成長を刺激するのに使用される場合、いくつかの新しい課題を克服する必要があった:MSCセクレトームのいくつかの因子が、-濃度や放出速度論に依存して-細胞のアポトーシス、炎症、病理学的な再構成、又は瘢痕形成などの微小環境に対する阻害作用も発揮することがわかった。また、MSCセクレトームによって示される成長促進効果は、分離において同定されたサイトカイン/成長因子のいずれかの送達によって再現できなかった(又は少なくとも同程度まで再現できなかった)。
【0014】
そのため、インビボにおいて細胞成長を刺激するためにMSCセクレトームを使用するとき、MSCによって産生される促進因子と抑制因子との間の適切なバランスが達成される必要があり、かつ、所望の効果が、インビボ移植後に維持される必要がある。本発明は、これらの課題を克服するための方法を見出し、そして、再生医療において後で使用するための組織移植片の調製におけるMSCセクレトームの安全な使用を可能にする方法を提示する。
【0015】
具体的には、第二の態様において、本発明は、再生医療における使用のための移植片を調製する方法であって、以下のステップ:
2a) 組織工学に好適な担体マトリックスと、標準培養培地A中に生存肝細胞を含む細胞懸濁液とを準備し;
2b) 該細胞懸濁液を、該マトリックスにロードし;
2c) ロードされたマトリックスを、標準培養培地A又は標準培養培地Aと少なくとも0.5%のセクレトームを含む培養培地Bのいずれかの中で、約37℃にて少なくとも10時間のインキュベーション時間T1にわたりインキュベートし;
2d) ステップ2c)の培養培地を、標準培養培地Aと少なくとも0.5%のセクレトームを含む培養培地Bに交換し;
2e) 該マトリックスを、培養培地Bの中で約37℃にて少なくとも24時間のインキュベーション時間T2にわたりインキュベートし;
2f) ステップe)の肝細胞をロードされたマトリックスを、標準培養培地Aで洗浄して、セクレトームの少なくとも一部を取り除くこと、
を含む方法を提供する。
【0016】
本発明による方法は、「標準培養培地A」の使用を伴う。細胞のインキュベーションは、関心のある細胞の成長、分化、及びタンパク質合成を支援する培養条件を用いて、任意の適切な細胞成長培地中で実施される。ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、ウィリアムズE、RPMI1640、フィッシャー、イスコーブ、及びマッコイのものなどの市販の培養培地の多くは、標準培養培地Aとしての使用に好適であり得る。この培地に対し、追加の塩、炭素源、アミノ酸、血清及び血清成分、ビタミン、ミネラル、還元剤、緩衝剤、脂質、ヌクレオシド、抗生物質、付着因子、及び成長因子が補充されてもよい。様々なタイプの培養培地用の処方が、当業者に利用可能な様々な参考文献(例えば、Culture of Animal Cells, A Manual of Basic Techniques, 4th Ed., Wiley-Liss (2000))に記載されている。本発明の培養ステップのいずれかで使用される標準的な培養培地は、-好気条件下(正常酸素状態)又は低酸素条件下のいずれであっても-血清を含んでいても又は血清を含んでいなくてもよい。好ましい標準培養培地は、細胞培養研究室で広く使用されており、かつ、当業者に周知でもある「ウィリアムズE培地」である。
【0017】
本明細書に使用する場合、「マトリックス」という用語は、三次元構造の足場を指す。細胞を培養するのに使用される三次元の支持体又は足場は:(a) 細胞がそれに付着することを可能にする(又は細胞がそれに付着するのを可能にするように修飾され得る);及び(b) 細胞が2層以上で成長する(すなわち、三次元組織を形成する)ことを可能にする、任意の材料及び/又は形状のものであり得る。この意味において、マトリックは、細胞又は組織によって定着され得る三次元鋳型としての役割を果たす。この定着は、インビトロ又はインビボで起こり得る。さらに、そのマトリックスは、移植に関連して、移植片を位置決めし、そしてまた、インビボにおいて徐々に形成される組織のためのプレースホルダーとしての役割も果たす。そのマトリックスは、好ましくは、少なくとも一部が互いにつながった、様々な細孔サイズの細孔を有するスポンジ様構造を有する。加えて、そのマトリックスは、不変の形状で提供されることを必ずしも必要としていない。それは、複数の小さいパッチから成っていても、又はペースト様構造を有することさえあり得る。
【0018】
担体としてのマトリックスの使用の如何にかかわらず、本発明の重要な態様は、セクレトームを含む培養培地B中での関心のある細胞-特に肝細胞及び/又はランゲルハンス島細胞-の培養である。特に、培養培地Bが、臍帯間充織幹細胞(hucMSC)由来のセクレトームを含むことが好ましい。骨髄からのMSCに類似して、ヒト臍帯-MSC(hucMSC)は高い自己再生能力及び低い免疫原性を有し、そしてhucMSCは、非侵襲性手順によって入手でき、かつ、容易に培養でき、そしてそのことは、それらを他の起源からのMSCよりも潜在的に優れたものにする。
【0019】
MSCセクレトームは、MSC調整済み培地(CM)又は精製されたMSC由来細胞外小胞(EV)のいずれかとして提供される。驚いたことに、特に高い増殖及び生存率は、細胞、特に肝細胞が、正常酸素条件下で培養した同じ細胞からの馴化培地を使用する代わりに、低酸素条件下で培養したMSCからの馴化培地中に播種された場合に見られた。本明細書で使用される場合、低酸素条件は、周囲大気の酸素濃度と比較した場合に(周囲大気は約15%~20%の酸素を含有している)、より低い酸素濃度を特徴とする。好ましくは、低酸素条件は、3%~5%の酸素にて存在する。低酸素条件は、周囲のガス濃度を制御することを可能にする培養装置、例えば嫌気性チャンバー、を使用することによって作り出すことができ、そして維持できる。
【0020】
理論に縛られることを望まないが、低酸素曝露は、未分化間充織幹細胞の自己再生を促進し、そして低酸素条件に対する細胞順応を促進するための何百もの遺伝子の発現を調整する主要な転写因子である低酸素誘導因子(HIF)を含めたいくつかのシグナル伝達経路の活性化によりそれらの治療的有効性を高めると思われる。
【0021】
よって、本発明の方法に関して、セクレトームは、低酸素条件下で培養された、間充織幹細胞、好ましくは臍帯間充織幹細胞に由来することが好ましい。
【0022】
好ましくは、ヒトワートンジェリー幹細胞からの市販のセクレトームが使用される。このセクレトームは、肝細胞を刺激するのに特に有効であることがわかった。
【0023】
培養培地B中のセクレトームの濃度に関して、0.5%~5%、好ましくは0.5%~3%、より好ましくは約1%の濃度にて、MSCから、好ましくはヒトワートンジェリー幹細胞からのセクレトームを使用したときに、一般の細胞、特に肝細胞の最良な増殖刺激が起こることがわかった。少なくとも肝細胞に関して、培養培地B中の5%より高い濃度のセクレトームは、恩恵がなかっただけでなく、実際には生存率を減少させた。
【0024】
本発明の両方の方法に関して、-すなわち、一般的な関心のある細胞の、特に肝細胞の及び/又はランゲルハンス島細胞の、細胞成長と増殖の提供に関して-及び再生医療における使用のための移植片の提供に関して、第一のインキュベーション時間T1が17~27時間、好ましくは約24時間であることが好ましい。
【0025】
第二のインキュベーション時間T2は、通常、第一のインキュベーション時間T1より長く、そして、35~50時間の範囲内、好ましくは約48時間であることが好ましい。
【0026】
これらのインキュベーション時間は、大きな細胞集団を得るために、及び-移植片を調製する場合に-マトリックスへの細胞の高い付着率を達成するために最も効果的であることがわかった。特に、肝細胞の成長に関して、繊細な肝細胞は、通常、より多くの成長と刺激時間を必要とするので、第一のインキュベーション時間は約24時間であり、及び第二のインキュベーション時間は約48時間である。
【0027】
セクレトーム含有培養培地B中で細胞をインキュベートする前に、マトリックスに関心のある細胞をロードすることは、一般的に好ましいが、MSCセクレトームの存在下での関心のある細胞の培養はまた、担体としてのマトリックスが移植される前に起こすこともできる。移植片としての細胞をロードされたマトリックスを使用することを考慮して、本発明の方法は、マトリックスとそれにロードされた細胞の両方がセクレトームを取り除くための洗浄処理に晒されることを必要とする。次に、得られた移植片は、患者内の傷害臓器の機能を引き継ぐために体内に再移植され得る。
【0028】
動物研究では、細胞が、MSCセクレトームの存在下で培養され、そして、高い細胞生存率を維持した、かつ、インビボ移植後にそれらの標的部位へのホーミングが完全された本発明の方法によりインラインで処理されることを確認した。セクレトームは、移植前に移植片から少なくとも一部取り除かれるので、患者の身体におけるセクレトームの危険性がある負の効果又は阻害性効果に関する心配は全くない。潜在的な免疫拒絶と病原菌伝播は別として、非同種セクレトームが使用される場合、細胞をロードされたマトリックスからのセクレトームの除去はまた、幹細胞又は幹細胞セクレトームの移植に関連している規制問題も打開する。
【0029】
よって、例えば、肝臓移植片の製造に適用されるとき、本発明の方法は、肝細胞とランゲルハンス島細胞の摘出と共培養を伴った標準的な方法と比較して、肝細胞又は肝細胞様細胞の大規模な生存集団を用いた移植片を製造する安全で、かつ、コスト集約度がより低い方法を可能にする。
【0030】
好ましい実施形態において、本発明の移植片調製法のステップ2c)では、ロードされたマトリックスは、最初に、標準培養培地A中で約30分間にわたりインキュベートされ、その後、該マトリックスが、培養培地B中でインキュベーション時間T1にわたりインキュベートされる。これは、細胞の付着率をさらに増強することが示された。この前処理ステップもまた、本出願の請求項1に記載の方法にとって好ましい。
【0031】
洗浄ステップ2g)に関して、洗浄は、培養培地Bが新鮮な標準培養培地Aに交換される第一の培養培地交換ステップによって実施されるのが好ましい。この第一の培養培地交換ステップには、好ましくは、以前に加えられた標準培養培地Aが新鮮な標準培養培地Aによって交換される少なくとも1回の第二の培養培地交換ステップがあとに続いている。
【0032】
特に好ましい実施形態において、洗浄ステップ2g)は、先の段落に記載のとおり実施され、そしてより具体的には、第一及び/又は第二の培養培地交換ステップは:
i) マトリックスを新鮮な標準培養培地Aを含む新しいコンテナ内に移し;そして
ii) 少なくとも1回、好ましくは少なくとも2回、最も好ましくは3回、ステップi)を繰り返すこと、
によって実施される、といったものである。
【0033】
マトリックスを新鮮な標準培養培地Aの入った新しいコンテナ内に入れる代わりに、マトリックスはまた、最初のコンテナ内に維持しながら、培養培地が、例えば、ピペットを使用することによって、慎重に吸引され、そして、該マトリックスの周りに慎重に加えられた新鮮培地に置き換えられる。
【0034】
セクレトーム処理された、細胞をロードされたマトリックスを洗浄するこの好ましい方法は、特に穏やかであることが判明し、これにより、肝細胞などの感受性細胞に非常によく合う。
【0035】
適切な細胞成長だけではなく、セクレトームの除去も可能にするように、マトリックスは、多孔質足場、好ましくは少なくとも一部が互いにつながった細孔を有するスポンジ様構造を含むことが好ましい。多孔質足場とは、分子が内外に拡散する孔を持つメッシュ構造を指す。マトリックスの多孔性質は、細胞の付着及びマトリックスを通した栄養素の流動を容易にする。
【0036】
その組成物に関して、マトリックスは、治療される組織、治療される損傷のタイプ、所望される治療期間、インビボにおける細胞培養物の寿命、及びマトリックスを調製するのに必要な時間に依存して選択されてもよい。マトリックスは、天然の又は合成の、荷電した(すなわち、アニオン若しくはカチオンの)又は荷電していない、生分解性の又は非生物分解性の、様々なポリマーを含み得る。
【0037】
「生分解性」という表現は、生体(又は生体から由来した体液又は細胞培養物)において代謝可能な産物に変換されうる材料を意味する。生物学的に分解可能なポリマーは、例えば、生体吸収性及び/又は生体侵食性ポリマーを含む。「生体侵食性」は、生物学的な液体において溶解可能な又は懸濁可能な能力を示す。生体吸収性は、生体の細胞、組織又は液体によって取り込まれることができる能力を意味する。
【0038】
分解性ポリマーとしては、フィブリン、カゼイン、血清アルブミン、コラーゲン、ゼラチン、レシチン、キトサン、アルギン酸又はポリ-リシンなどのポリ-アミノ酸といった天然のポリマーが挙げられる。あるいは、マトリックスは、合成ポリマーから作られてもよく、非限定的なその例としては、特に、ポリラクチド(PLA)、ポリグリコリド(PGA)、ポリ(ラクチド-コ-グリコリド)(PLGA)、ポリ(カプロラクトン)、ポリジオキサノン、トリメチレンカルボナート、ポリヒドロキシアルコナート、(例えば、ポリ(ヒドロキシ酪酸)、ポリ(エチルグルタミン酸)、ポリ(GTHイミノカルボニルビスフェノールA イミノカルボナート)、ポリ(オルトエステル)、及びポリシアノアクリラートが挙げられる。
【0039】
好ましい実施形態において、マトリックスは、PLA、PGA、その混合物(PLGA)及びコラーゲンなどの天然ポリマーから成る群から選択される1若しくは複数のポリマーから成る。マトリックスに適している基本ポリマー材料は、PLAとPGAの50:50混合物-すなわち、約50mol%の乳酸(PLA)含有量と約50mol%のグリコール酸(PGA)含有量を有するポリマー混合物、である。斯かる50:50混合物は、例えば、RESOMER(登録商標)RG502の商品名でEvonik Industries AG(Essen, Germany)から、又はLactel B6007-1の商品名でDurect社(Cupertino, CA, USA)から購入できる。
【0040】
しかしながら、好ましくは、マトリックスは、主に又は完全に、PLA、特にPLLA(例えば、Lactel B6002-2)から成る基本ポリマー構造を含む。「主に」の場合は、好ましくは基本ポリマー構造が、少なくとも85%、好ましくは少なくとも90%のPLAから成ることを意味する。前記の基本ポリマー構造は、天然ポリマー、特にコラーゲンによって、好ましくは覆われている。
【0041】
先に触れた合成ポリマーからマトリックスを調製する調製法は、当該技術分野で周知である。1つの可能性は、例えば、EP2256155で記載されているように、塩浸出技術の使用である。
【0042】
マトリックスが、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、フィブリノゲン、アルブミン、キチン、キトサン、アガロース、ヒアルロン酸、アルギニン酸塩、及びその混合物から成る群から選択される少なくとも1つの天然ポリマー、を含むか又はそれらで少なくとも部分的に覆われていることがさらに好ましく、そしてそれによると、コラーゲンが好まれる。天然ポリマーは、追加の安定性、親水性をマトリックスに提供し、そして、細胞付着と増殖を容易にする。コラーゲンコーティングを伴ったマトリックスは、例えば、1%のコラーゲン溶液でマトリックスを覆うか、又はその中にマトリックスを浸し、それに続いて、凍結乾燥することによって得ることができる。
【0043】
いくつかの実施形態において、マトリックスは、ヒドロゲルを含んでいてもよく、そしてそれは、典型的に、水で満たされた親水性ポリマーネットワークである。ヒドロゲルは、ポリマー膨潤の選択的トリガーの利点を有する。ポリマーネットワークの組成によって、マトリックスの膨潤は、pH、イオン強度、熱、電気、超音波、及び酵素活性を含めた様々な刺激によって引き起こされ得る。ヒドロゲル組成物で有用なポリマーの非限定的な例としては、特に、ポリ(ラクチド-コ-グリコリド);ポリ(N-イソプロピルアミド);ポリ(メタクリル酸-g-ポリエチレングリコール);ポリアクリル酸とポリ(オキシプロピレン-コ-オキシエチレン)グリコールから成るポリマーから形成されたもの、並びに硫酸コンドロイタン、キトサン、ゼラチン、フィブリノゲンなどの天然化合物、又は合成ポリマーと天然ポリマーの混合物、例えば、キトサン-ポリ(エチレンオキシド)が挙げられる。そのポリマーは、可逆的又は不可逆的に架橋されて、マトリックスを形成するのに適応できるゲルを形成し得る。
【0044】
マトリックス全体での細胞の付着と成長を容易にするために、後者は、少なくともその表面において、好ましくは親水性である。本発明との関連において使用される「親水」又は「親水性」という用語は、マトリックス上の表面領域の水接触角が75°未満であることを意味する。親水表面は、例えば、マトリックス材料中の、ゼラチン又はコラーゲンなどの親水性ポリマーの含有量を増やすか、又はそれらを用いてマトリックスを被覆することによって、及び/又はプラズマ処理などの後処理法によって得られる。「プラズマ」という用語は、励起され、ラジカル化したガス、すなわち、電子とイオンを伴った導電性のプロセスガスをそれによって一般的に指す。プラズマは一般的に、真空チャンバー内で電極によって作り出されるが(いわゆる「RFプラズマ法」)、また容量性若しくは誘導性の方法、又はマイクロ波放射を使用して作り出すこともできる。この観点において更なる詳細は、例えば、WO2017/032837に見られ、そしてその内容を参照により本明細書に援用する。
【0045】
移植片としてのその後の使用を考慮すると、マトリックスは、関心のある細胞が播種される前に滅菌されることが好ましい。このために、マトリックスを、40℃~50℃以下の温度にて過酸化水素含有環境に晒すことが好ましい。
【0046】
過酸化水素含有環境は、H2O2プラズマ処理によるか、又は過酸化水素の供給源、好ましくは30%のH2O2溶液と一緒に、滅菌すべきマトリックスを真空チャンバーに置くことによるか、のいずれかによって提供できる。真空チャンバー内での真空の適用により、過酸化水素は昇華し、過酸化水素含有雰囲気が作り出される。この滅菌技術は、本出願の発明者らによって開発され、そして、それらの親水性特性を損なう又はポリマー構造を損害することなく、熱及び/又はUV感受性組織、特にポリマー足場、の滅菌を可能にする。そのため、それは、本発明の方法における使用のためのマトリックスを滅菌するために、特にうまく適合している。
【0047】
H2O2含有雰囲気中のマトリックスの処理時間は、40℃~50℃の温度にて、少なくとも1分、好ましくは少なくとも5分、より好ましくは5~20分である。あるいは、滅菌が40℃以下の温度にて実施される場合、処理時間は、好ましくは少なくとも4時間、より好ましくは約8~12時間、最も好ましくは約10時間である。
【0048】
加えて、真空チャンバー内で適用される陰圧は、好ましくは6~12mbarの範囲内、より好ましくは8mbar~10mbar、最も好ましくは約9mbarである。
【0049】
親水性を高め、これにより、細胞の付着率を高めるために、マトリックスは、細胞が播種される前に、プラズマ処理される。プラズマ処理は、50℃未満の温度にて、少なくとも1分間、好ましくは少なくとも5分間、より好ましくは約10分間にわたり、マトリックスを反応性ガスプラズマに晒すことによって、好ましくは実施される。プラズマ処理について、圧力は、好ましくは10-2~10-6barの範囲内、より好ましくは0.1~1.0mbarの範囲内にある。
【0050】
マトリックスは、好ましくは、シート様である、すなわち、マトリックスの長さ及び幅よりも薄い厚みを有する、形状で提供される。好ましくは、マトリックスはまた、それを折り畳むか又は丸めることを可能にするように弾性的に変形できもする。このように、それに付着する細胞を伴ったマトリックスは、腹腔鏡ツール、例えば、トロカールによって体内に導入できる。マトリックスの外形(上面図又は縦断面で見たとき)は、任意の種類のもの、例えば、長方形、四角形、円形、楕円形など、であり得、そしてまた、所望の形状に切断され得る。好ましくは、横断切片の外形は、あらゆる先の尖った角を避けるために円形又は楕円形である。
【0051】
あるいは、マトリックスはまた、ヒドロゲルの形態で提供されても、又は複数の小さいパッチから成っていてもよい。斯かるパッチは、細胞をロードされたマトリックスがペースト様構造の形態で移植又は適用できるように、非常に小さい状態であってもよい。
【0052】
移植片として細胞が播種されたマトリックスの使用を考慮すると、マトリックスには、1 cm3毎に、250’000個の細胞、好ましくは少なくとも500’000個の細胞がロードされることが好ましい。
【0053】
移植片としての使用のために、マトリックスには少なくとも1×106個の細胞がロードされるのが好ましい。肝臓移植片のために、例えば、マトリックスには少なくとも100万個の肝細胞がロードされるのが好ましい。
【0054】
更なる態様において、本発明はまた、肝移植を必要とする患者の治療方法であって、以下のステップ:
i. 患者の肝臓組織を、観血的又は腹腔鏡外科的手段により採取し;
ii. 該肝臓組織を、研究室において処理して、肝細胞を選出し;
iii. 該肝細胞を、マトリックス、好ましくはポリ-グリコール酸(PGA)、ポリ-乳酸(PLA)、その混合物(PLGA)、及びコラーゲンから成るマトリックス上に播種し;
iv. 該肝細胞を、該マトリックスにその肝細胞を播種する前又は後に、少なくとも24時間にわたり、少なくとも0.5%のMSC由来セクレトームを含む培養培地中でそれらをインキュベートすることによって刺激し;
v. 付着した肝細胞を伴ったマトリックスを、標準培養培地を用いて洗浄して、少なくとも一部のセクレトームを取り除き;
vi. 洗浄した肝細胞をロードされたマトリックス移植物を、患者の体内、好ましくは小腸管腸間膜に移植すること、
を含む方法に関する。
【0055】
肝細胞をロードする前に、好ましくは、マトリックスは、先の項に記載のとおりH2O2の助けを借りて、プラズマ処理及び/又は滅菌される。
【実施例】
【0056】
材料
幹細胞と島細胞
ラット又はヒト患者の硬変肝臓組織/膵臓組織から新たに単離した。
セクレトーム
正常酸素及び低酸素条件下で培養したヒト臍帯由来の馴化培地(CM)を、Stem Cell and Cancer Institute, PT. Kalbe Farma, Tbk., Jakarta, Indonesiaから得た。
【0057】
方法
標準培養培地Aの調製:
HEPESを、50mMの最終濃度を得るような量でウィリアムズE培地に加えた。次に、L-グルタミンとピルビン酸ナトリウムを加え、その後、全量の10%のFBSの量でウシ胎仔血清(FBS)を加えた。最後に、抗生物質/抗真菌物質を、全量の1%の量で加えた。得られた培養培地を、十分に混合した。
【0058】
【0059】
1%のセクレトームを含有する培養培地Bの調製
2mLのセクレトームを、先に記載したとおり調製した198mLの標準培養培地Aに追加し、十分に混合した。
【0060】
PLLAからのマトリックス調製
PLLAマトリックスを、多孔化剤として塩化ナトリウム(NaCl)微粒子を使用した食塩浸出技術により調製した。NaCl微粒子を篩分けし、そして、355μm~425μmの直径の範囲に及ぶ微粒子を使用した。PLLA(1g)を、クロロホルム(5~5.3mL)中に溶解し、そして、篩分けしたNaCl微粒子(9.0g)をアルミ鍋に入れた。PLLA溶液を、アルミ鍋に注ぎ入れ、NaCl微粒子と混合した。その混合物を48時間にわたり気流中で風乾した。次に、アルミ鍋を破って、乾燥PLLA/NaClブロックを剥がし取った。PLLA/NaClブロックを、さらに48時間にわたり真空中で乾燥させ、そして、NaCl微粒子を、乾燥PLLA/NaClブロックの脱イオン水中への浸漬によって溶かし出し、そして、脱イオン水を、毎時間交換した。浸漬によるこの洗浄を、PLLAスポンジの重量が一定に保たれるまで続けた。PLLAスポンジが完全に乾燥した時点で、PLLAマトリックスの調製は完了した。
【0061】
コラーゲンによるマトリックスコーティング
PLLAから調製したマトリックスを、所望のサイズに切り、そして、均一なコーティングを確保するためにコラーゲン溶液でPLLAマトリックスのすべての細孔を満たすように、1%のコラーゲン溶液(ウシ胎仔由来アテロコラーゲン(KOKEN, Japan, IPC-50))中に浸漬した。
【0062】
完全な浸漬後に、そのマトリックスを、コラーゲン溶液から取り出し、遠心分離管内に入れ、そして、(Low Speed Refrigerated Centrifuge(Tomy, AX501)により)1000g、4℃にて、それぞれの側で5分間(すなわち、合計10分間)にわたり遠心分離して、すべての余分なコラーゲン溶液を取り除いた。次に、コラーゲン被覆マトリックスを、-80℃にて少なくとも4時間にわたり大型冷凍庫(New Brunswick, Innova U101)に置き、その後、少なくとも24時間にわたり(Vacuum Freeze Dryer(EYELA、FDU-2200)による)5Pa未満の真空下で凍結乾燥した。前記の最終的な凍結乾燥ステップは、被覆コラーゲン層の親水性を維持した。
【0063】
コラーゲン被覆マトリックスを、使用までデシケータ内で保存した。
【0064】
マトリックスのプラズマ洗浄
先に記載したように調製したコラーゲン被覆マトリックスを、酸素含有ガスプラズマを使用したプラズマ洗浄によってさらに洗浄した。マトリックスを、Plasma Machine(Company Diener)の真空チャンバー内に置き、そして、真空チャンバーを、0.4mbarの圧力にて、酸素ガスプラズマをそれに導入する前に脱気し、処理時間は5~10分であった。このプラズマ処理は、マトリックス表面を洗浄するだけではなく、それを活性化し、その結果、表面の親水性を増強する。
【0065】
マトリックスの滅菌
プラズマ洗浄マトリックスを、(40℃~50℃の温度にて)少なくとも10分間又は40℃未満の温度にて最長12時間にわたりH2O2含有環境にそれらを置くことによって滅菌した。H2O2含有環境を、30%のH2O2溶液(Merck製、Darmstadt, Germany, #108597)の入った開放フラスコと一緒に、チャンバー内のTyvekバッグの中にマトリックスを置き、それに続いて、該チャンバーを真空にして、H2O2を昇華させることによって、真空チャンバー内に作り出した。処理時間は、そのチャンバー内の圧力及びH2O2溶液の濃度に大きく依存する。好ましい処理時間は、40℃前後の温度について5分間~20分間であり、そして、40℃未満の温度について8~12時間、好ましくは約10時間である。
【0066】
細胞の単離
潅流肝臓組織を、小片に切り刻み、スパチュラを使用して茶漉(1mmメッシュ)を押し通した。ストレーナーをC/H溶液で洗浄し、集まった細胞懸濁液を、100ミクロンの細胞篩を通し、その後、130Gにて10分間遠心分離した。上清を、毛細管ピペットを使用して吸引し、そして、ペレットをウィリアムズE培地(10%のFBSを含んだWilliams E Med)で再懸濁した。遠心分離及び再懸濁ステップを何度か繰り返した。得られた肝臓細胞懸濁液を、37℃及び5%のCO2にて更なる使用までインキュベートした。細胞数と生存率を、トリパンブルーを使用して測定した。
【0067】
細胞混合物分析を、(コラーゲン被覆PLLAマトリックス上における)3D形式で実施した。
同じ手順を膵臓組織にも適用して、ランゲルハンス島細胞の細胞懸濁液を得た。
【0068】
サンプルの調製
5種類のサンプル群を調製した。各群には、3つの、1%のコラーゲンで被覆したPLLA-マトリックスを組み入れた。そのマトリックスを、先に記載した方法に従ってプラズマ処理及び滅菌し、その後、それぞれマトリックス上に標準培養培地A中の細胞懸濁液(肝細胞、又は1×106個の肝細胞対50’000個のランゲルハンス島細胞の比での肝細胞と島細胞の混合物のいずれか)600~700μLを添加することによって細胞を播種した(細胞密度:1,000,000個の細胞/マトリックス)。
【0069】
群1:肝細胞とセクレトーム
群2:肝細胞と低酸素条件下で培養したMSC由来のセクレトーム
群3:肝細胞、ランゲルハンス島細胞とセクレトーム
群4:肝細胞のみ(対照1)
群5:肝細胞とランゲルハンス島細胞(対照2)
【0070】
サンプル処理
対照群4及び5について、肝細胞(群4)又は肝細胞と島細胞(群5)を播種したマトリックスを、該マトリックスがセクレトームを含んでいない標準培養培地A(培養培地Bの添加なし)中にある状態でインキュベートした。
【0071】
群1、2及び3について:その上に播種された細胞を伴ったマトリックスを、37℃及び5%のCO2にて30分間インキュベートした。次に、マトリックス周囲の標準培養培地Aを、マイクロピペットを使用して吸引し、そして、600μLの、1%のセクレトームを含む培養培地Bを無菌条件下でマトリックスに添加した。吸引した培地中の細胞を、血球計(手動算定)を使用してカウントした。
【0072】
2日目(24時間後)に、無菌条件下で、すべての残りの培地を無菌条件下で吸引し、そして、1mLの新鮮な培養培地Bを加えた。
吸引した培地中の細胞を、血球計(手動算定)を使用して再びカウントした。
【0073】
セクレトームを洗い流す手順
対照群を含めたすべてのマトリックスについて、以下の洗浄手順を4日目(播種後63~87時間)に実施した:
マトリックスを新しいウェル内に移し、そして、1mLの新鮮な標準培養培地Aを、マイクロピペットを使用して該マトリックスの周囲に滴下して加えて、セクレトームを洗い流した。この手順を、3回繰り返して実施した。
【0074】
マトリックスを新しいウェルに移した後に、前のウェルに残った細胞数を手動算定によって測定した。
接着率を、以下の式を使用して決定した:
マトリックス上に乗せられた細胞数-ウェル内に残った細胞数=マトリックス上の接着細胞数。
【0075】
結果
さらなる研究がまだ進行中している間に、先に触れたインビトロ試験は、以下の結果を示した:
【表2】
【0076】
上記の数字は、付着率に関する以下の順を示す:
群3 > 群2 > 群1 ≒ 群5 > 群4
【0077】
群3について、すなわち、肝細胞とランゲルハンス島細胞が播種され、そして、1%のセクレトームで処理されたマトリックスについて、最高の付着率を得た。群2(肝細胞と低酸素条件下で誘導されたセクレトーム)、群1(肝細胞とセクレトーム)及び群5(肝細胞とランゲルハンス島細胞を播種したマトリックスを用いた対照群)は、類似した付着率を示したが、肝細胞のみを播種した対照群4のマトリックスに比べて、やはり明らかに高かった。
【0078】
実施したインビトロ実験は、MSCセクレトームがマトリックス上の肝細胞の生存率と接着率を有意に増強できることを示した。MSCセクレトームを含有する培養培地中での肝細胞の培養は、肝細胞と島細胞の共培養に比べて、接着率と増殖に関してより良好な結果につながった。MSCセクレトームを含有する培養培地中でのランゲルハンス島細胞との共培養と組み合わせることによって、最良の刺激を達成した。
【0079】
正常及び低酸素条件下のMSC由来のセクレトームの添加は共に付着率を増強したが、低酸素条件下のMSC由来のセクレトームは、より有益であった。
【0080】
重要な知見は、肝細胞を播種し、そして、正常条件下で培養したMSC由来のセクレトームで処理したマトリックスが、(セクレトーム添加を伴わない)肝細胞とランゲルハンス島細胞の混合物を播種したマトリックスと類似した-又はそれどころかわずかに優れた-付着率を示したことであった。肝細胞を播種し、そして、低酸素条件下で培養したMSC由来のセクレトームで処理したマトリックスは、付着率に関して明確に優れてさえいた。これは、セクレトーム、特に低酸素条件下で得られたセクレトーム、の添加が、細胞成長と肝細胞の接着を刺激するための、ランゲルハンス島細胞との同時播種に対する有効な代替手段であることを意味する。この代替手段には、肝臓移植片の製造のために膵臓組織を採取する必要がないという利点がある。
【国際調査報告】