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特表2024-504546高張力/高延性特性を有する低Ni含有量のオーステナイト系ステンレス鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-02-01
(54)【発明の名称】高張力/高延性特性を有する低Ni含有量のオーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240125BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240125BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
【審査請求】未請求
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2023528615
(86)(22)【出願日】2021-11-10
(85)【翻訳文提出日】2023-07-10
(86)【国際出願番号】 EP2021081262
(87)【国際公開番号】W WO2022101278
(87)【国際公開日】2022-05-19
(31)【優先権主張番号】20382982.5
(32)【優先日】2020-11-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523175719
【氏名又は名称】アセリノックス、ヨーロッパ、エセ、ア、ウ
【氏名又は名称原語表記】ACERINOX EUROPA, S.A.U.
(71)【出願人】
【識別番号】519016468
【氏名又は名称】フンダシオン テクナリア リサーチ アンド イノベイション
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】フアン、エフ.アルマグロ、ベージョ
(72)【発明者】
【氏名】フリア、コントレラス、フォルテス
(72)【発明者】
【氏名】ハビエル、ロペス、カジェ
(72)【発明者】
【氏名】ラファエル、サンチェス、ロドリゲス
(72)【発明者】
【氏名】アナ、ローザ、カリーヨ、フェルナンデス
(72)【発明者】
【氏名】ホセ、カルロス、ガルシア、アロンソ
(72)【発明者】
【氏名】テレサ、グティエレス、セコ
(72)【発明者】
【氏名】イニャキ、ペレス、ビルバオ
(72)【発明者】
【氏名】スリーニェ、アモンダライン、ベラスコ
(72)【発明者】
【氏名】ジョー、グリムウッド
(72)【発明者】
【氏名】サリバン、スミス
(72)【発明者】
【氏名】ジュゼッペ、ダンジェロ
(72)【発明者】
【氏名】マリア、ミケーレ、テデスコ
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA05
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA21
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EB05
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA03
4K037FC05
4K037FF03
4K037FG00
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037JA06
4K037JA07
(57)【要約】
Ni含有量が低減されたオーステナイト系ステンレス鋼合金組成物が提供される。これらの合金は、好ましくは65%を超える厚み減少率のマルテンサイト加工熱処理を含むプロセスと組み合わされて、1000MPa/35~55%から1350MPa/25~45%の範囲の引張り強度と全伸びとの組み合わせ、ならびに良好な成形性および溶接性特性を備える新世代の先進高張力鋼を提供し、これらは特に自動車産業における多くの製品の製造に役立つ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni:2.00~3.60重量%、
Mn:6.0~7.0重量%、
Cr:15.0~16.5重量%、
N:0.085~0.180重量%、
Mo:0.00~0.50重量%、
Nb:0.00重量%を超え0.40重量%以下、
Cu:0.00~1.00重量%、
Si:0.40~1.00重量%、
C:0.060~0.095重量%、
S:0.00~0.007重量%、
P:0.00~0.045重量%、
Ti:0.00重量%を超え0.45重量%以下、
Fe:残部および不可避的不純物、
を含み、
等式Md30(℃)=551-462(%C+%N)-9.2%Si-8.1%Mn-13.7%Cr-29(%Ni+%Cu)-18.5%Mo-68%Nbによって得られるMd30の値が少なくとも55であることを特徴とする、合金組成物。
【請求項2】
元素の量が、選択肢a)~l):
a)Ni:2.00重量%を超え3.60重量%未満、好ましくは3.40重量%未満、
b)Mn:6.0重量%を超え7.0重量%未満、好ましくは6.2重量%を超え6.9重量%未満、
c)Cr:15.0重量%を超え16.5重量%未満、好ましくは15.2重量%を超え16.3重量%未満、
d)N:0.085~0.180重量%、好ましくは0.100~0.180重量%、
e)Mo:0.00重量%を超え0.50重量%未満、
f)Nb:0.00重量%を超え0.40重量%未満、
g)Cu:0.00重量%を超え1.00重量%未満、好ましくは0.70重量%未満、
h)Si:0.40重量%を超え1.00重量%未満、好ましくは0.50重量%を超え0.90重量%未満、
i)C:0.060~0.095重量%、好ましくは0.065~0.095重量%、
j)S:0.007重量%未満、
k)P:0.045重量%未満、
l)Ti:0.00重量%を超え0.45重量%未満、好ましくは0.40重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される、請求項1に記載の合金組成物。
【請求項3】
Ni:2.00重量%を超え3.60重量%未満、
Mn:6.0重量%を超え7.0重量%未満、
Cr:15.0重量%を超え16.5重量%未満、
N:0.085~0.180重量%、
Mo:0.00重量%を超え0.50重量%未満、
Nb:0.00重量%を超え0.40重量%未満、
Cu:0.00重量%を超え1.00重量%未満、
Si:0.40重量%を超え1.00重量%未満、
C:0.060~0.095重量%、
S:0.007重量%未満、
P:0.045重量%未満、
Ti:0.00重量%を超え0.45重量%未満、
Fe:残部および不可避的不純物、
を含む、請求項1または2のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項4】
等式Md30(℃)=551-462(%C+%N)-9.2%Si-8.1%Mn-13.7%Cr-29(%Ni+%Cu)-18.5%Mo-68%Nbによって得られる前記Md30の値が少なくとも60であることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項5】
前記Md30の値が少なくとも65であることを特徴とする、請求項4に記載の合金組成物。
【請求項6】
前記元素の前記量が、選択肢a)~i):
a)Ni:2.00重量%を超え3.40重量%未満、好ましくは3.20重量%以下、
b)Mn:6.2重量%を超え6.9重量%未満、好ましくは6.8重量%未満、
c)Cr:15.2重量%を超え16.3重量%未満、好ましくは16.2重量%未満、
d)N:0.100~0.180重量%、
e)Nb:0.00重量%を超え0.40重量%未満、好ましくは0.30重量%未満、
f)Cu:0.00重量%を超え0.70重量%未満、好ましくは0.60重量%未満、
g)Si:0.50重量%を超え0.90重量%未満、好ましくは0.80重量%未満、
h)C:0.065~0.095重量%、好ましくは0.070~0.095重量%、
i)Ti:0.00重量%を超え0.40重量%未満、好ましくは0.30重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項7】
Ni:2.00重量%を超え3.40重量%未満
Mn:6.2重量%を超え6.9重量%未満、
Cr:15.2重量%を超え16.3重量%未満、
N:0.100~0.180重量%、
Mo:0.00重量%を超え0.50重量%未満、
Nb:0.00重量%を超え0.40重量%未満、
Cu:0.00重量%を超え0.70重量%未満、
Si:0.50重量%を超え0.90重量%未満、
C:0.065~0.095重量%、
S:0.007重量%未満、
P:0.045重量%未満、
Ti:0.00重量%を超え0.40重量%未満、
Fe:残部および不可避的不純物、
を含む、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項8】
前記元素の前記量が、選択肢a)~i):
a)Ni:2.00重量%を超え3.20重量%以下、好ましくは2.10重量%を超え3.20重量%以下、
b)Mn:6.2重量%を超え6.8重量%未満、好ましくは6.7重量%未満、
c)Cr:15.2重量%を超え16.2重量%未満、好ましくは15.9重量%以下、
d)N:0.100~0.180重量%、好ましくは0.100~0.160重量%、
e)Nb:0.00重量%を超え0.30重量%未満、好ましくは0.20重量%未満、
f)Cu:0.00重量%を超え0.60重量%未満、好ましくは0.40重量%を超え0.60重量%未満、
g)Si:0.50重量%を超え0.80重量%未満、好ましくは0.75重量%未満、
h)C:0.070~0.095重量%、好ましくは0.070~0.095重量%未満、
i)Ti:0.00重量%を超え0.30重量%未満、好ましくは0.10重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項9】
Ni:2.00重量%を超え3.20重量%以下、
Mn:6.2重量%を超え6.8重量%未満、
Cr:15.2重量%を超え16.2重量%未満、
N:0.100~0.180重量%、
Mo:0.00重量%を超え0.50重量%未満、
Nb:0.00重量%を超え0.30重量%未満、
Cu:0.00重量%を超え0.60重量%未満、
Si:0.50重量%を超え0.80重量%未満、
C:0.070~0.095重量%、
S:0.007重量%未満、
P:0.045重量%未満、
Ti:0.00重量%を超え0.30重量%未満、
Fe:残部および不可避的不純物、
を含む、請求項1ないし8のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項10】
前記元素の前記量は、選択肢a)~i):
a)Ni:2.10重量%を超え3.20重量%以下、
b)Mn:6.2重量%を超え6.7重量%未満、
c)Cr:15.2重量%を超え15.9重量%以下、
d)N:0.100~0.160重量%、
e)Nb:0.00重量%を超え0.20重量%未満、
f)Cu:0.40重量%を超え0.60重量%未満、
g)Si:0.50重量%を超え0.75重量%未満、
h)C:0.070~0.095重量%未満、
i)Ti:0.00重量%を超え0.10重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される、請求項1ないし9のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項11】
Ni:2.10重量%を超え3.20重量%以下、
Mn:6.2重量%を超え6.7重量%未満、
Cr:15.2重量%を超え15.9重量%以下、
N:0.100~0.160重量%、
Mo:0.00重量%を超え0.50重量%未満、
Nb:0.00重量%を超え0.20重量%未満、
Cu:0.40重量%を超え0.60重量%未満、
Si:0.50重量%を超え0.75重量%未満、
C:0.070~0.095重量%未満、
S:0.007重量%未満、
P:0.045重量%未満、
Ti:0.00重量%を超え0.10重量%未満、
Fe:残部および不可避的不純物、
を含む、請求項1ないし10のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項12】
S:0.00重量%を超え0.007重量%未満、
を含む、請求項1ないし11のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項13】
P:0.00重量%を超え0.045重量%未満、
を含む、請求項1ないし12のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項14】
以下の工程:
a)請求項1ないし13のいずれか一項に規定される合金組成物を溶融および鋳造する工程と、
b)工程a)の前記合金を熱間圧延する工程と、
c)工程b)の前記合金を溶体化焼鈍する工程と、
d)工程c)の前記合金に、冷間圧延工程および最終焼鈍工程を含むマルテンサイト加工熱処理を行う工程と、
を含む、オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項15】
前記熱間圧延が、1200℃~1300℃の温度、好ましくは1250℃~1285℃、より好ましくは1270℃~1280℃の温度で行われる、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記溶体化焼鈍が、1000℃~1200℃の温度、好ましくは1080℃~1120℃、より好ましくは1090℃~1110℃の温度で行われる、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
工程d)の前記マルテンサイト加工熱処理が、厚さを50%以上、好ましくは65%以上減少させる冷間圧延工程を含む、請求項14ないし16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
工程d)の前記マルテンサイト加工熱処理が、900℃~1200℃、好ましくは950℃~1150℃、より好ましくは950℃~1100℃、さらにより好ましくは950℃~1075℃の温度における焼鈍工程を含む、請求項14ないし17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記マルテンサイト加工熱処理の前記焼鈍工程が、前記鋼の前記厚さに応じて、30秒~300秒、好ましくは30秒~200秒の時間実行される、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
以下の工程:
a)請求項1ないし13のいずれか一項に規定される合金組成物を溶融および鋳造する工程と、
b)工程a)の前記合金を1200℃~1300℃の温度で熱間圧延する工程と、
c)工程b)の前記合金を1000℃~1200℃の温度で溶体化焼鈍する工程と、
d)工程c)の前記合金に、
-前記厚さを50%以上減少させるために、冷間圧延工程を含むマルテンサイト加工熱処理、および
-前記鋼の前記厚さに応じて、900℃~1200℃の温度で30秒~300秒の時間、最終焼鈍工程、
を行う工程と、
を含む、請求項14ないし19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
請求項14ないし20のいずれか一項に記載の前記方法により得られるオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項22】
UNE-EN ISO 6892-1:2017規格に従って測定する場合、1000~1350MPaの範囲の引張強度値、1000MPaの引張強度の場合35~55%の範囲の全伸び、および1350MPaの引張強度の場合25~45%の範囲の全伸びを特徴とする、請求項1ないし13、または21のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項23】
平板、長尺または粉末製品から選択されることを特徴とする、請求項1ないし13、21または22のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項24】
自動車、輸送、消費財および建設分野における、請求項1ないし13または21のいずれか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の使用。
【請求項25】
車両、家庭用または建築部品の製造における、請求項24に記載の使用。
【請求項26】
前記車両が自動車である、請求項25に記載の使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概ね、高い引張強度および伸び特性を有する低ニッケル含有量のオーステナイト系ステンレス鋼合金、その製造方法、ならびにそれから製造される物品に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、最小10.5質量%のクロム含有量と最大1.2質量%の炭素含有鋼合金で、耐食性および機械的特性が特徴である。クロムは、空気および水中の酸素と反応して、微視的に薄い酸化クロムの不活性表面膜を形成する。この不動態層は、鋼表面への酸素の拡散を阻止することによりさらなる腐食を防ぎ、金属全体に腐食が広がるのを防げる。
【0003】
ステンレス鋼は、その結晶構造によって、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、二相系(オーステナイト-フェライト構造)の四つの主なタイプに分類されることができる。オーステナイト系ステンレス鋼は、主結晶構造(面心立方(FCC))としてオーステナイトを有している。このオーステナイト結晶構造は、オーステナイト安定化元素、例えばニッケル、マンガン、炭素、窒素を十分に添加することによって実現される。標準的なオーステナイト系ステンレス鋼は、16~25%のクロム、少なくとも8%のニッケル、および残部が鉄、を含み、さまざまな特性を得るために、多くの場合、他の合金元素も含まれる。オーステナイト鋼は、一般的にフェライト系グレードよりもはるかに優れた成形性および溶接性、非常に低い温度でも優れた靭性(耐衝撃性)を備え、焼鈍条件では磁性を持たないが、例えばボルトまたは屈曲縁部の冷間加工時にはある程度の磁性が発生する可能性がある。オーステナイト鋼は、幅広い温度範囲(極低温から高温まで)で良好な機械的特性、ならびに良好な加工性および耐食性で知られており、ステンレス鋼のなかで最も広く使用されているグレードである。それらは、あらゆる種類の製品の製造に簡単に使用されることができる。
【0004】
世界中でステンレス鋼の需要が急速に高まっており、それに続く鉄鋼生産における合金金属の高い需要が金属価格の上昇につながっている。特にニッケルは高騰している。したがって、オーステナイト系ステンレス鋼のニッケルを他の合金元素で置き換える様々な試みがなされている。しかし、これらの鋼は、大きな減少率を含む冷間加工を必要とする特定の製品には適さないことが判明している。
【0005】
現在のオーステナイト系ステンレス鋼(ASS)は、高張力および優れた延性の両方を示し、したがって多くの車両の機能要件を満たしている。しかし、一般的に、ASSはその合金含有量により、多くの構成要素にとって高価な選択肢である。オーステナイト系ステンレス鋼には二つの主要なサブグループがある。
【0006】
従来のステンレス鋼は、主にニッケルの添加によってオーステナイト構造を得る。2003年まで、生産されたステンレス鋼のほぼ70%のグレードは、室温でオーステナイト相を安定させるために一般的に8~10重量%のNiを含有する従来のASSであった。これらの中で最も一般的なのは、約18%のCrと8%のNiを含有するグレードEN-1.4301である。この8%Niは、すべてのフェライトをオーステナイトに変化させるために18%Crステンレス鋼に添加できるNiの最小量である。もう一つの一般的な鋼は、グレードEN-1.4401であり、これは本質的にグレードEN-1.4301であり、耐食性を向上させるために2%のモリブデン(Mo)が添加されている。しかし、合金元素、特にNiの価格の上昇、およびこれらの価格の極端な変動により、ステンレス鋼のユーザーは従来のASSの使用に非常に懸念を抱いている。
【0007】
低Ni ASSは、Niの代わりにオーステナイト形成剤でもあるマンガン(Mn)および窒素(N)を用いるために、製造業者および最終的にはユーザーが価格変動の影響を受けにくくなる。窒素は気体であり、問題、例えば窒化クロムおよび気体の空隙が形成される前に、限られた量しか添加されることができない。MnおよびNの組み合わせは通常、すべてのフェライトをオーステナイトに変化させるのに十分ではないため、従来のASSグレードで使用されるものと比較すると少量ではあるが、依然としていくらかのNiが添加される。さらに、低Ni ASSでは、フェライト形成剤であるCrの量が減少し、必要とされるオーステナイト形成剤の量が減少する。しかし、低Ni ASSの特性は、従来のASSグレードに比べて耐食性が低く、成形性および延性が低いため、用途の範囲が非常に狭くなる。
【0008】
一方、従来のASSに比べてN量が多くなるため、張力および硬度も向上する。例えば、グレードEN-1.4372は、グレードEN-1.4301よりも約20%高い降伏強度を有している。しかし、形成がより難しいという欠点がある。銅を添加すると成形性が向上するが、これには銅がオーステナイト形成剤であるという利点もあるが、この場合ひずみ硬化速度は低下する。
【0009】
登録されている低Ni ASSグレードの中で最も一般的なものの一部を、グレードEN-1.4301の組成と比較して以下に示す。
【表1】
【0010】
一部の産業では、非常に高い張力と良好な延性および成形性を備えた鋼が必要とされている。同時に、これらの鋼が(機械的特性を失わずに厚みが減少することによる)軽量化戦略を可能にし、低コストであることが重要である。降伏強度レベルが550MPaを超える鋼は、一般的に先進高張力鋼(AHSS)と呼ばれる。引張強度が780MPaを超えるこれらの鋼を「超高張力鋼」と呼ぶこともある。
【0011】
車両構造の軽量化による安全性および燃料効率の向上の需要に応えるため、研究が進むにつれて自動車でのAHSSの使用が急速に拡大している。AHSSは主に、フェライト、パーライト、セメンタイト以外の相、例えば、マルテンサイト、ベイナイト、オーステナイト、および/または残留オーステナイト、を独自の機械的特性を生み出すのに十分な量で含有する微構造を有する鋼である。現在適用されている、または鉄鋼共同体によって調査が強化されているAHSSグレードは、主に二相系(DP)、複合相系(CP)、フェライトベイナイト系(FB)、マルテンサイト系(MS)、変態誘起塑性(TRIP)、熱間成形(HF)、双晶誘起塑性(TWIP)、およびQuenching & Partitioning(Q&P)である。
【0012】
AHSSグレードは、特定の部品の機能性能の要求を満たすように設計されている。各タイプには、独自の微構造の特徴、合金添加物、加工要件、その使用に関連する利点および制限がある。最近、AHSSの「第3世代」の開発のための資金および研究が増加している。これらは、本発明で提案される鋼のように、張力と延性との組み合わせが改善された鋼である。準安定ASSは、変形中にオーステナイトがマルテンサイトに変態することができるASSの重要なグレードの一つである。したがって、準安定グレードは、オーステナイトが安定しているグレードよりも高い引張強度および優れた成形性を示す。準安定ASSは、自動車の軽量化および衝突安全性の必要性から、さまざまな構造用途、例えば、鉄道および自動車の構造構成要素に使用されている。しかし、それらは降伏強度が比較的低いため、構造用途が制限される。
【0013】
国際公開第2014/135441号には、Niを含まずマンガンおよびクロムを合金化したステンレス鋼が記載されており、それは、冷間加工(冷間圧延)とそれに続く再結晶温度以下の熱処理による特殊な硬化機構を有する完全にオーステナイト系である。これにより、微構造に個々の転位および機械的双晶が誘起され、双晶誘起塑性(TWIP)により特性が向上する。この効果には多量のMn(20%以上)が必要である。これらの多量のMnは鋼の耐食性を低下させる可能性がある。
【0014】
米国特許出願公開第2009/0324441号は、2~8%のNi、5~12%のMn、12~20%のCr、0.005~0.500%のN、0.0~2.5%のMo、0.0~1.2%のNb、0~2%のCu、0~4%のSi、および0.01~0.15%Cの含有量を有することを特徴とするオーステナイト系鋳鋼を開示している。さらに、合金は必須成分として0%を超え4%までのAlを含む。AlとSiの存在により、室温でのマルテンサイト形成およびTRIP効果が促進され、引張強度および伸びが向上する。問題は、アルミニウムにより、B2結晶構造が形成されるため、特に曲げ加工時に鋼が脆くなる可能性があることである。
【0015】
国際公開第2016/027009号は、鋼が、0.0~0.4重量%のC、0~3重量%のSi、3~20重量%のMn、10~30重量%のCr、0.0~4.5重量%のNi、0~3重量%のMo、0~3重量%のCu、0.05~0.50重量%のN、0.0~0.5重量%のNb、0.0~0.5重量%のTi、0.0~0.5重量%のV、残部がFe、および不可避的不純物、を含有することを特徴とする低ニッケルオーステナイト系ステンレス鋼を開示している。冷間変形および1050℃未満での焼鈍後、粒径は10マイクロメートル未満である。
【0016】
米国特許第4814140A号は、3.57%のNi、5.94%のMn、15.96%のCr、0.16%のN、0.98%のSiおよび0.102%のCを含み、改善されたいわゆる耐かじり性を有する、約900MPaの引張強度を特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼合金を開示している。米国特許第4814140A号は冷間圧延に関しては言及していない。
【0017】
米国特許第4609577A号は、製品、例えば製鋼ロールの金属間の耐摩耗性を改善するための肉盛溶接として、2.94%のNi、6.45%のMn、16.31%のCr、0.16%のN、0.21%のMo、0.63%のCu、0.90%のSiおよび0.05%のCを含む合金を開示している。
【0018】
国際公開第2012/160594A1には、所望の硬度を維持しながら透磁率の増加を抑制することを目的とする合金が開示されている。この合金は1.0~2.0%のNi、7.0~9.0%のMn、16.0~18.0%のCr、0.10~0.20%のN、0.00~2.0%のMo、0.00~0.10%のNb、0.00~2.3%のCu、0.00~1.0%のSi、および0.00~0.12%Cを含み、-50≦Md30Mn≦-30であることを特徴とする。WO2012/160594A1合金では、引張強度と全伸びとの良好な組み合わせを達成することは期待できない。
【0019】
それでも、現在のグレードと比較して引張強さと伸びとの組み合わせが改善され、良好な成形特性、低コストでより効率的な接合性の可能性を備え、例えば自動車分野などの厳しい要求に応える新たな選択肢となるAHSS鋼が必要である。
【発明の概要】
【0020】
本発明は、高い引張特性、1000MPa/35~55%伸びから1350MPa/25~45%伸びの範囲の引張強度と全伸びとの組み合わせを有し、良好な成形性および良好な溶接性挙動を備え、軽量化を可能にする低Niオーステナイト系ステンレス鋼合金組成物を提供する。準安定オーステナイトからマルテンサイト変態を誘起する冷間圧延、および冷間圧延で誘起されたマルテンサイトを熱処理によってオーステナイトに戻すこと、を含む好適なマルテンサイト加工熱処理を通じて、これらの合金には、材料の機械的特性を向上させるオーステナイト微構造がもたらされる。さらに、スタンピングプロセス後も良好な伸びが維持され、これは自動車業界において衝突事故の際により多くのエネルギーを吸収するのに役立つ可能性がある。この新しい合金は、複雑な形状および高い衝突要件が必要な自動車用途、例えば、フロアトンネル、アンダーシートビーム、サイドシル等に使用されることができる。
【0021】
したがって、第一の態様では、本発明は、
Ni:2.00~3.60重量%、
Mn:6.0~7.0重量%、
Cr:15.0~16.5重量%、
N:0.085~0.180重量%、
Mo:0.00~0.50重量%、
Nb:0.00~0.10重量%、
Cu:0.00~1.00重量%、
Si:0.50~1.00重量%、
C:0.065~0.095重量%、
Fe:残部、および不可避的不純物、
を含む合金組成物に関する。
【0022】
別の態様では、本発明は、本発明の合金からオーステナイト系ステンレス鋼を製造する方法に関し、以下の工程、
a)上記で規定した合金を1200℃~1300℃、例えば1260℃~1285℃の温度で熱間圧延する工程と、
b)工程(a)の合金を1000℃~約1200℃、例えば1080℃~1120℃の温度で70~170秒間、溶体化焼鈍する工程と、
c)工程(b)から得られた合金を冷間圧延して、50%を超える厚み減少率を得る工程と、
d)工程(c)から得られた合金を、900℃~1200℃、例えば950℃~1100℃の温度で、30秒~300秒間、例えば30秒~200秒間、焼鈍する工程と、
を含む。
【0023】
本発明者らは、このマルテンサイト加工熱処理により、材料の張力および延性が向上するオーステナイト系微構造が得られることを見出した。
【0024】
本発明はまた、以前に規定された方法から得られるオーステナイト系ステンレス鋼に関する。好ましくは、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、1000MPa/35~55%伸びから1350MPa/25~45%伸びの範囲の引張強度と全伸びとの組み合わせを有する。
【0025】
別の態様では、本発明は、自動車業界における規定のオーステナイト系ステンレス鋼の使用に関する。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、好適なマルテンサイト加工熱処理後に、良好な生産性および機械的性能、耐孔食性および溶接性性能を備えるオーステナイト系微構造ステンレス鋼を示す新しい合金を提供する。これらの合金は、引張強度と全伸びとの良好な組み合わせを提供し、1000MPaを超え、かつ25%以上の伸び、好ましくは1000MPa/35~55%伸びから1350MPa/25~45%伸びの範囲内にある。これにより、構成要素を厚さを低減することができ、したがって本発明の鋼は軽量化の要求を満たし、工業用途に有用である。
【0027】
本発明において、全伸びは、規格UNE-EN ISO 6892-1:2017に従って測定される。
【0028】
別段の定義がない限り、本明細書で使用されるすべての技術用語および科学用語は、本開示が属する当業者に一般的に理解されるのと同じ意味を有する。
【0029】
合金組成物
本発明の合金組成物は、耐食性、溶接性および成形性を損なうことなく、Ni含有量が低く、張力および伸び特性の優れた組み合わせを有するオーステナイト系ステンレス鋼の工業的製造を保証するように注意深く設計され、これは、重量を軽減すると同時に、機械的および成形性の要求が高い自動車部品に使用できる。
【0030】
組成物の設計では、合金元素およびその含有量の多くの組み合わせを解析できる方程式および実験データを使用して、新しい合金の良好な製造および性能の達成に関連するさまざまなパラメーター(SFE、Md30、フェライト指数、およびPRE-Mn係数)が考察された。
【0031】
パラメーターSFE(積層欠陥エネルギー)およびMd30は、成形プロセス中にマルテンサイトに変態するオーステナイトの安定性に関係する。特に、SFEは転位の移動を指し、SFEが低いほど、オーステナイトが形成される場合、マルテンサイトに変態する傾向が高くなる。
【0032】
d30の場合、このパラメーターは、30%の真の引張ひずみの後にオーステナイトの50%がマルテンサイトに変態する温度を規定する。Md30値がより高いほど、オーステナイトの安定性が低いことを意味、したがってマルテンサイト形成の影響を受けやすくなる。Noharaらは、Md30を決定するための次の経験式を提案した(Nohara K.、Ono Y.、および Obashi N.:「Composition and grain size dependencies of strain-induced martensitic transformation in metastable austenitic stainless steels」、鉄と鋼、63巻(1977) 772‐782)、式(I):Md30(℃)=551-462(%C+%N)-9.2%Si-8.1%Mn-13.7%Cr-29(%Ni+%Cu)-18.5%Mo-68%Nb。
【0033】
式(I)において、各元素の%は重量百分率、重量%として理解されるべきであり、従って、式(I)における各元素の%は、各実施形態における各元素について本明細書に開示される量であることを意味する。実施例は、本発明の三つの例示的な合金組成物のMd30値を示す。
【0034】
一実施形態では、本明細書に開示の実施形態のいずれかにおいて、本発明の合金は、少なくとも55、好ましくは少なくとも60、より好ましくは少なくとも65のMd30値を特徴とする。
【0035】
したがって、当業者であれば、少なくとも55のMd30値をもたらす本発明の合金中の各元素の量がどのくらいであるかを容易に理解するであろう。
【0036】
本発明の合金は、Md30値が、170以下、好ましくは165以下、さらにより好ましくは160以下であることをさらに特徴とすることができる。より特定の実施形態では、本発明の合金は、Md30値が、55~170、好ましくは60~165、より好ましくは65~160であることを特徴とする。
【0037】
特定の実施形態では、本発明の合金組成物は、式Md30(℃)=551-462(%C+%N)-9.2%Si-8.1%Mn-13.7%Cr-29(%Ni+%Cu)-18.5%Mo-68%Nbによって得られるMd30値が、少なくとも55、好ましくは少なくとも60、より好ましくは少なくとも65であることを特徴とする。特定の実施形態では、本発明の合金は、上で説明したように計算されたMd30値が、170以下、好ましくは165以下、さらにより好ましくは160以下であることさらに特徴とする。より特定の実施形態では、本発明の合金は、上で説明したように計算されたMd30値が、55~170、好ましくは60~165、より好ましくは65~160であることを特徴とする。
【0038】
フェライト指数は、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性に関わる熱間圧延工程中の熱間延性の問題を回避するために重要である。これは、鋳造プロセス中に凝固し、熱間圧延段階およびこの工程後の材料中に存在する可能性があるデルタフェライトの量を表す。出荷状態で材料中にこの相が存在すると、成形性および耐食性に関する特性が低下する。フェライト指数が低いほど、加工性が良くなる。
【0039】
最後に、PRE-Mn(耐孔食指数-Mn)値は、材料の耐孔食性に関係し、化学組成の関数である。Mnは腐食挙動に悪影響を及ぼし、本発明の合金はこの元素の含有量が高いため、その悪影響を考慮してMnをPRE式に含めた。PRE-Mnが高いほど、より高い耐孔食性が期待される。
【0040】
一実施形態では、本発明の組成物は、
Ni:2.00~3.60重量%、
Mn:6.0~7.0重量%、
Cr:15.0~16.5重量%、
N:0.085~0.180重量%、
Mo:0.00~0.50重量%、
Nb:0.00重量%を超え0.40重量%以下、
Cu:0.00~1.00重量%、
Si:0.40~1.00重量%、
C:0.060~0.095重量%、
S:0.00~0.007重量%、
P:0.00~0.045重量%、
Ti:0.00重量%を超え0.45重量%以下、
Fe:残部、および不可避的不純物、
を含む。
【0041】
この説明全体を通じて、元素の量とその小数位は、ステンレス鋼の化学組成に関する規格EN 10088-2(2015)で指定された許容差に従って示される。
【0042】
特定の範囲は、望ましい特性の良好なバランスを達成するために重要である。以下の表の合金組成物A1~A5は、本発明の特定の実施形態であり、値は重量%で表され、残部はFeおよび不可避的不純物である。
【表2】
【0043】
本発明では、合金中に存在する各元素の量は、重量百分率、重量%で表される。本発明では、範囲は、下限値および/もしくは上限値を含むかまたは含まないものとして表わされる。当業者は、範囲、例えば0.085≦N≦0.180は合金中に存在する元素Nの量が0.085~0.180であることを意味し、下限値と上限値がこのような範囲にあると考えられることを、容易に理解するであろう。逆に、記号「<」は、その隣に表記されている値を除外することを意味する。例えば、範囲0.00<Ti<0.40では、Ti量は0.00を超え0.40未満であり、したがって下限値および上限値は除外される。したがって、当業者は、Cの範囲0.070~0.095未満が、下限値を含むが上限値を含まない範囲、すなわち、0.070≦C<0.095に相当する範囲であることを容易に理解する。
【0044】
本発明の合金組成物は、EN-1.4372グレードよりも低いNi含有量を有する。この元素を低減することにより、マルテンサイト加工熱処理にプラスの効果をもたらし、冷間圧延プロセス中にひずみ誘起マルテンサイト形成を促進させ、最終の鋼に良好な特性をもたらすことが観察されている。ただし、Ni含有量が低いほどデルタフェライトの形成が増加することがわかっているため、熱間圧延中に問題が発生しないように制御することが重要である。高温でこの相の含有量が多いと、熱間延性の問題(エッジの亀裂およびスリバー)が発生する。
【0045】
本発明の合金組成物中のNiの量は、2.00≦Ni≦3.60であり、好ましくは2.00≦Ni≦3.40、より好ましくは2.00≦Ni≦3.20、さらにより好ましくは2.10≦Ni≦3.20である。好ましい実施形態では、組成物A1中のNi含有量は、2.00<Ni<3.60、好ましくは2.00<Ni<3.40、より好ましくは2.00<Ni≦3.20、さらにより好ましくは2.10<Ni≦3.20である。別の実施形態では、これらのNi量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのNi量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのNi量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのNi量は組成物A5に適用される。これらの量のNiは、工業生産上の問題なく、望ましい最終特性を備える適切なマルテンサイト熱加工処理を促進することがわかっている。
【0046】
Mnの低減は、この元素がPRE-Mn値に悪影響を与えるため、マルテンサイト熱加工処理および耐孔食性にも有益であるが、Mn含有量が低いほどデルタフェライトの形成が多くなるため、熱間圧延の問題を回避するにはこの低減を制御する必要があると解析されている。
【0047】
本発明の合金組成物におけるMn含有量は、6.0≦Mn≦7.0であり、好ましくは6.2≦Mn≦6.9、より好ましくは6.2≦Mn≦6.8、さらにより好ましくは6.2≦Mn≦6.7である。好ましい実施形態では、組成物A1中のMn含有量は、6.0<Mn<7.0、好ましくは6.2<Mn<6.9、より好ましくは6.2<Mn<6.8、さらにより好ましくは6.2<Mn<6.7である。別の実施形態では、これらのMn量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのMn量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのMn量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのMn量は組成物A5に適用される。これらのMn値は、最終鋼の特性、特に熱間圧延トラブルを生じることなく耐孔食性を制御するのに有益である。
【0048】
Crの効果に関連して、Crを低減することがマルテンサイト加工熱処理に有益となり、デルタフェライトの形成を制御することが研究されており、これにより、冷間圧延中のマルテンサイトの形成に有害なNおよびC含有量の増加が回避されるが、Cr含有量が低いほど耐孔食性が低下するため、この元素のレベルは耐孔食性を少なくともEN-1.4372と同等に保つように調整されている。
【0049】
本発明の合金組成物中のCrの量は、15.0≦Cr≦16.5、好ましくは15.2≦Cr≦16.3、より好ましくは15.2≦Cr≦16.2、さらにより好ましくは15.2≦Cr≦15.9である。好ましい実施形態では、組成物A1中のCr含有量は、15.0<Cr<16.5、好ましくは15.2<Cr<16.3、より好ましくは15.2<Cr<16.2、さらにより好ましくは15.2<Cr≦15.9である。別の実施形態では、これらのCr量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのCr量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのCr量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのCr量は組成物A5に適用される。
【0050】
溶融工場および熱間圧延段階での問題を回避するには、の量を制御する必要がある。さらに、それの低減により、冷間圧延工程中にオーステナイト相が不安定になってマルテンサイトに変態することが観察されているため、それは重要な元素である。しかし、デルタフェライトの形成を制御し、少なくともEN-1.4372と同等の耐孔食性を維持するには、その存在が重要である。
【0051】
本発明の合金組成物中のNの量は、0.085≦N≦0.180、好ましくは0.100≦N≦0.180、より好ましくは0.100≦N≦0.160、さらにより好ましくは0.110≦N≦0.150である。好ましい実施形態では、組成物A1中のN含有量は、0.085<N<0.180、好ましくは0.100<N<0.180、より好ましくは0.100<N<0.160、さらにより好ましくは0.110<N<0.150である。別の実施形態では、これらのN量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのN量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのN量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのN量は組成物A5に適用される。
【0052】
Moの量も分析され、この元素の低減によりマルテンサイト加工熱処理に有益な効果がもたらされ、高温でのデルタフェライト形成が制御されることが観察された。しかし、これは耐孔食性に悪影響を及ぼす。本発明の合金組成物中のMoの量は、0.00≦Mo≦0.50であり、好ましくは0.00<Mo≦0.50、より好ましくは0.01≦Mo≦0.50、さらにより好ましくは0.01≦Mo≦0.40である。好ましい実施形態では、組成物A1中のMo含有量は、0.00<Mo<0.50、好ましくは0.01<Mo<0.50、より好ましくは0.01<Mo<0.40である。さらに別の実施形態では、これらのMo量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのMo量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのMo量は組成物A5に適用される。
【0053】
Nb含有量に関連して、この元素の低減がマルテンサイト加工熱処理に有益な影響をもたらすことが研究されている。一方、Nb炭化物および炭窒化物は、オーステナイト粒径の制御に強力な元素であり、機械的特性の向上につながることが知られている。本発明の合金組成物において、Nbの量は0.00<Nb≦0.40、好ましくは0.00<Nb≦0.30、より好ましくは0.00<Nb≦0.20、さらにより好ましくは0.05≦Nb≦0.20である。好ましい実施形態では、組成物A1中のNb含有量は、0.00<Nb<0.40、好ましくは0.00<Nb<0.30、より好ましくは0.00<Nb<0.20、さらにより好ましくは0.05<Nb<0.20である。別の実施形態では、これらのNb量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのNb量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのNb量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのNb量は組成物A5に適用される。
【0054】
Cuの量は、オーステナイト形成剤であるため、オーステナイト相の安定性に影響を及ぼし、オーステナイトからマルテンサイトへの形成に悪影響を与える。一方、合金の延性を向上させることができる。また、Cuの量が少ないほど、高温でのデルタフェライトの形成が多くなることが観察された。本発明の合金組成物中のCuの量は、0.00≦Cu≦1.00、好ましくは0.00≦Cu≦0.70、より好ましくは0.00≦Cu≦0.60、さらにより好ましくは0.40≦Cu≦0.60である。好ましい実施形態では、組成物A1中のCu含有量は、0.00<Cu<1.00、好ましくは0.00<Cu<0.70、より好ましくは0.00<Cu<0.60、さらにより好ましくは0.40<Cu<0.60である。別の実施形態では、これらのCu量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのCu量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのCu量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのCu量は組成物A5に適用される。
【0055】
Siの低減は、熱間圧延プロセス中のデルタフェライトの析出を制御するのに有益であることがわかっている。合金組成物中のSiの量は、0.40≦Si≦1.00、好ましくは0.50≦Si≦0.90、より好ましくは0.50≦Si≦0.80、さらにより好ましくは0.50≦Si≦0.75である。好ましい実施形態では、組成物A1中のSi含有量は、0.40<Si<1.00、好ましくは0.50<Si<0.90、より好ましくは0.50<Si<0.80、さらにより好ましくは0.50<Si<0.75である。別の実施形態では、これらのSi量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのSi量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのSi量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのSi量は組成物A5に適用される。
【0056】
高い圧延荷重を避けるために、のレベルを制御する必要がある。Cのレベルの低減は、オーステナイトからマルテンサイトへの形成に重要な有益な効果をもたらし、オーステナイトの不安定性を増大させるだけでなく、Cの含有量が低いほどデルタフェライトの形成が高く、耐食性が向上することがわかっている。合金組成物中のCの量は、0.060≦C≦0.095、好ましくは0.065≦C≦0.095、より好ましくは0.070≦C≦0.095、さらにより好ましくは0.070≦C<0.095である。好ましい実施形態では、組成物A1中のC含有量は、0.060<C<0.095、好ましくは0.065<C<0.095、より好ましくは0.070<C<0.095である。別の実施形態では、これらのC量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのC量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのC量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのC量は組成物A5に適用される。
【0057】
Tiは炭化クロムの析出を防ぐ安定化元素であるため、Tiの量は耐孔食性に良い影響を与える。チタンはまた鋼中の微小合金として非常に効果的であり、窒化物(TiN)および炭化物(TiC)の形成によって微構造に影響を与える。特定の理論に拘束されることを望むものではないが、この挙動は、より良好な粒径制御に関連しており、おそらく鋼の機械的特性を改善する可能性のある析出物の性質および形態の変更に関連していると考えられる。
【0058】
合金組成物中のTiの量は、0.00<Ti≦0.45、好ましくは0.00<Ti≦0.40、より好ましくは0.00<Ti≦0.30、より好ましくは0.00<Ti≦0.10、さらにより好ましくは0.00<Ti≦0.045である。好ましい実施形態では、組成物A1中のTi含有量は、0.00<Ti<0.45、好ましくは0.00<Ti<0.40、より好ましくは0.00<Ti<0.30、より好ましくは0.00<Ti<0.10、さらにより好ましくは0.00<Ti<0.045、さらに好ましくは0.00<Ti<0.015である。別の実施形態では、これらのTi量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのTi量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのTi量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのTi量は組成物A5に適用される。
【0059】
説明したように、ほとんどの合金元素は材料に対して逆の効果をもたらす(つまり、一部の特性を向上させるが、他の特性を悪化させる)。本発明者らは、提案された範囲の元素を使用すると、良好なバランスが達成され、上で説明したような顕著な特性を有するASSが得られることを見出した。
【0060】
他の元素、例えばPおよびSに関しては、オーステナイトの安定性に及ぼす影響は非常に小さく、通常はEN-1.4372および従来のASSで通常の量で存在する。Sの含有量は、熱間延性の問題を回避し、耐食性および溶接性を制御するために重要である。
【0061】
合金組成物中のSの量は、0.00≦S≦0.007であり、好ましくは0.00≦S≦0.0065、より好ましくは0.00≦S≦0.006、さらにより好ましくは0.00≦S≦0.005である。好ましい実施形態では、組成物A1中のS含有量は、0.00≦S<0.007、好ましくは0.00≦S<0.0065、好ましくは0.00≦S<0.006、さらにより好ましくは0.00≦S<0.005である。別の実施形態では、これらのS量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのS量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのS量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのS量は組成物A5に適用される。
【0062】
合金組成物中のPの量は0.00≦P≦0.045、好ましくは0.00≦P≦0.04、より好ましくは0.00≦P≦0.035である。好ましい実施形態では、組成物A1中のP含有量は、0.00≦P<0.045、好ましくは0.00≦P<0.04、より好ましくは0.00≦P<0.035である。別の実施形態では、これらのP量は組成物A2に適用される。さらに別の実施形態では、これらのP量は組成物A3に適用される。別の実施形態では、これらのP量は組成物A4に適用され、さらに別の実施形態では、これらのP量は組成物A5に適用される。
【0063】
特定の実施形態では、本発明の合金組成物は、元素の量が選択肢a)~l)、
a)Ni:2.00重量%を超え3.60重量%未満、好ましくは3.40重量%未満、
b)Mn:6.0重量%を超え7.0重量%未満、好ましくは6.2重量%を超え6.9重量%未満、
c)Cr:15.0重量%を超え16.5重量%未満、好ましくは15.2重量%を超え16.3重量%未満、
d)N:0.085~0.180重量%、好ましくは0.100~0.180重量%、
e)Mo:0.00重量%を超え0.50重量%未満、
f)Nb:0.00重量%を超え0.40重量%未満、
g)Cu:0.00重量%を超え1.00重量%未満、好ましくは0.70重量%未満、
h)Si:0.40重量%を超え1.00重量%未満、好ましくは0.50重量%を超え0.90重量%未満、
i)C:0.060~0.095重量%、好ましくは0.065~0.095重量%、
j)S:0.007重量%未満、
k)P:0.045重量%未満、
l)Ti:0.00重量%を超え0.45重量%未満、好ましくは0.40重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される。
【0064】
特定の実施形態では、本発明の合金組成物は、元素の量が選択肢a)~i)、
a)Ni:2.00重量%を超え3.40重量%未満、好ましくは3.20重量%以下、
b)Mn:6.2重量%を超え6.9重量%未満、好ましくは6.8重量%未満、
c)Cr:15.2重量%を超え16.3重量%未満、好ましくは16.2重量%未満、
d)N:0.100~0.180重量%、
e)Nb:0.00重量%を超え0.40重量%未満、好ましくは0.30重量%未満、
f)Cu:0.00重量%を超え0.70重量%未満、好ましくは0.60重量%未満、
g)Si:0.50重量%を超え0.90重量%未満、好ましくは0.80重量%未満、
h)C:0.065~0.095重量%、好ましくは0.070~0.095重量%、
i)Ti:0.00重量%を超え0.40重量%未満、好ましくは0.30重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される。
【0065】
特定の実施形態では、本発明の合金組成物は、元素の量が選択肢a)~i)、
a)Ni:2.00重量%を超え3.20重量%以下、好ましくは2.10重量%を超え3.20重量%以下、
b)Mn:6.2重量%を超え6.8重量%未満、好ましくは6.7重量%未満、
c)Cr:15.2重量%を超え16.2重量%未満、好ましくは15.9重量%以下、
d)N:0.100~0.180重量%、好ましくは0.100~0.160重量%、
e)Nb:0.00重量%を超え0.30重量%未満、好ましくは0.20重量%未満、
f)Cu:0.00重量%を超え0.60重量%未満、好ましくは0.40重量%を超え0.60重量%未満、
g)Si:0.50重量%を超え0.80重量%未満、好ましくは0.75重量%未満、
h)C:0.070~0.095重量%、好ましくは0.070~0.095重量%未満、
i)Ti:0.00重量%を超え0.30重量%未満、好ましくは0.10重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される。
【0066】
特定の実施形態では、本発明の合金組成物は、元素の量が選択肢a)~i)、
a)Ni:2.10重量%を超え3.20重量%以下、
b)Mn:6.2重量%を超え6.7重量%未満、
c)Cr:15.2重量%を超え15.9重量%以下、
d)N:0.100~0.160重量%、
e)Nb:0.00重量%を超え0.20重量%未満、
f)Cu:0.40重量%を超え0.60重量%未満、
g)Si:0.50重量%を超え0.75重量%未満、
h)C:0.070~0.095重量%未満、
i)Ti:0.00重量%を超え0.10重量%未満、
のうちのいずれかから独立して選択される。
【0067】
以下の表の合金組成物は、本発明の別の特定の実施形態であり、値は重量%で表され、残部はFeおよび不可避的不純物である。
【表3】
【0068】
一実施形態では、本発明の組成物はMoを含む。
【0069】
一実施形態では、本発明の組成物はCuを含む。
【0070】
特定の実施形態では、本発明の合金はSを含む。
【0071】
特定の実施形態では、本発明の合金はPを含む。
【0072】
別の実施形態では、本発明の組成物はMoおよびCuを含む。
【0073】
別の実施形態では、本発明の組成物はMoおよびSを含む。
【0074】
別の実施形態では、本発明の組成物はMoおよびPを含む。
【0075】
別の実施形態では、本発明の組成物はSおよびPを含む。
【0076】
別の実施形態では、本発明の組成物はMoおよびSを含む。
【0077】
別の実施形態では、本発明の組成物はMo、CuおよびSを含む。
【0078】
別の実施形態では、本発明の組成物はMo、CuおよびPを含む。
【0079】
別の実施形態では、本発明の組成物はMo、Cu、SおよびPを含む。
【0080】
上記の実施形態の組み合わせも本発明の一部と考えられる。
【0081】
一実施形態では、合金の組成は上で規定したとおりであるが、Niの量は2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~3.00重量%であり、Mnの量は6.2~6.5重量%である。
【0082】
一実施形態では、合金の組成は上で規定したとおりであるが、Niの量は2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~3.00重量%であり、Crの量は15.4~15.9重量%である。
【0083】
一実施形態では、合金の組成は上で規定したとおりであるが、Niの量は2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~約3.00重量%であり、Nの量は0.100~0.160重量%である。
【0084】
一実施形態では、合金の組成は上で規定したとおりであるが、Niの量は2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~約3.00重量%であり、Cuの量は0.40~0.60重量%である。
【0085】
一実施形態では、合金の組成は上で規定したとおりであるが、Niの量は2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~約3.00重量%であり、Siの量は0.50~0.75重量%である。
【0086】
一実施形態では、合金の組成は上で規定したとおりであるが、Niの量は2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~約3.00重量%であり、Cの量は0.070~0.090重量%である。
【0087】
より好ましい実施形態では、合金組成物は、
:2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~約3.00重量%、
Mn:6.2~6.5重量%、
Cr:15.4~15.9重量%、
N:0.100~0.160重量%、
Mo:0.00~0.50重量%、
Nb:0.00~0.10重量%、
Cu:0.40~0.60重量%、
Si:0.50~0.75重量%、
C:0.070~0.090重量%、
Fe:残部、および不可避的不純物、
を含む。
【0088】
一実施形態では、本発明のステンレス鋼は、平板、長尺、または粉末製品から選択されることを特徴とする。
【0089】
合金の鋳造
ステンレス鋼の製造の最初の工程は、原料であるステンレス鋼および炭素鋼のスクラップ、金属マンガンならびにフェロクロムの選択である当業者であれば、上で規定した組成を考慮して、所望の組成物を得るために必要な原料を選択することができるであろう。原料は、黒鉛電極の作用により溶融されるアーク電気炉に導入される。鋼が液体の場合、それは搬送取鍋に注がれ、AOD転炉に移動され、そこで脱炭、還元、脱硫プロセス、および化学組成の最終調整が行われる。最後に、液体金属は連続鋳造機に送られ、そこでスラブ形態に凝固される。
【0090】
熱間圧延
鋳造に続いて、本発明の合金に熱間圧延工程を行い、高温で、一方は粗圧延機、もう一方は仕上圧延機の二つの圧延機での数回のパスにより、スラブの厚みが減少する。
【0091】
本発明の合金は、1200℃~1300℃の温度で、好ましくは1240℃~1300℃、好ましくは1250℃~1285℃、より好ましくは1260℃~1285℃、さらにより好ましくは1270℃~1280℃の温度で熱間圧延されることが好ましい。最も好ましくは、それらは約1275℃の温度で熱間圧延される。この工程は、レベリングゾーン内で45~80分間、好ましくは50~70分間、最も好ましくは約1時間の保持時間でウォーキングビーム炉内で行われる。
【0092】
熱間圧延の温度、時間、条件(速度、圧力等)は、ブラックコイルの幅および厚みに応じて当業者によって調整される可能性がある。
【0093】
溶体化焼鈍
熱間圧延工程の後、本発明の合金で製造されたステンレス鋼に、微構造を回復し、正しい機械的特性を得るために溶体化焼鈍プロセスを行う。
【0094】
この工程は、等軸オーステナイト粒の母相、完全に再結晶化された構造、および残留デルタフェライトの低減(通常<1%)を特徴とする微構造を得るために重要である。
【0095】
この熱処理の条件は温度および時間が重要である。
【0096】
溶体化焼鈍の温度は、約1000℃~約1200℃、好ましくは約1050℃~約1150℃、より好ましくは約1080℃~約1120℃、さらにより好ましくは約1090℃~約1110℃、最も好ましくは約1100℃である。
【0097】
溶体化焼鈍処理の時間は、帯鋼の幅および厚さに応じて、好ましくは50~180秒、好ましくは70~170秒である。
【0098】
マルテンサイト加工熱処理
溶体化焼鈍に続いて、材料に冷間圧延工程および焼鈍工程からなるマルテンサイト加工熱処理を行う。
【0099】
この処理により、最終的なオーステナイト微構造、ならびに本発明の鋼の高性能用な使用に必要な張力および伸びという所望の機械的特性が得られる。マルテンサイト加工熱プロセスは、マルテンサイト変態を誘起するための冷間強圧延、およびそれに続くオーステナイトに逆変態させるひずみ誘起マルテンサイト(SIM)の焼鈍を含む。
【0100】
SIMの体積分率はひずみの増加とともに増加し、飽和ひずみと呼ばれる一定のひずみで、マルテンサイトの形成が飽和する。飽和ひずみの後にひずみが増加すると、変形中にマルテンサイトの断片化が発生し、SIM内の欠陥の増加およびオーステナイト逆変態中の核生成サイトの増加につながる。最後に、その後の焼鈍中にマルテンサイトがオーステナイトに戻り、オーステナイト粒が形成される。
【0101】
工程1:冷間圧延
冷間圧延は、当業者に周知の装置で行われ、通常、厚み減少は、例えば、可逆圧延機であり20本のロールで構成されるロールスタンドを有するゼンジミア圧延機のロール間に鋼をパスさせることによって達成される。望ましい塑性効果および厚み減少を達成するには、数回のパスが必要な場合がある。
【0102】
冷間圧延は、好ましくは少なくとも50%の厚み減少率、より好ましくは少なくとも65%の厚み減少率、さらにより好ましくは65~75%の厚み減少率をもたらす。このようにして、2.00~0.50mm、より好ましくは1.5~1.0mmの範囲の厚さを有し、良好な機械的特性を有するステンレス鋼が得られる。
【0103】
このプロセスにより、75%を超える、好ましくは85%を超える、最も好ましくは95%を超えるひずみ誘起マルテンサイト(SIM)体積分率を有する材料が得られる。マルテンサイト体積分率を、フェライトスコープで得られる磁気測定値の値を換算することにより求めることができる。
【0104】
工程2:最終焼鈍
冷間圧延工程の後、本発明のステンレス鋼に焼鈍工程を行い、マルテンサイト加工熱処理が完了する。
【0105】
焼鈍は、例えば焼鈍および酸洗の連続プロセスラインの、当業者に周知の装置を使用して実行されることが好ましい。
【0106】
焼鈍プロセスの温度は900℃~1200℃、好ましくは950℃~1150℃である。より好ましくは、焼鈍プロセスの温度は950℃~1100℃である。さらにより好ましくは、焼鈍プロセスの温度は950℃~1075℃である。より好ましくは、焼鈍処理は、950℃~1050℃の温度で行われる。一般的に、焼鈍温度が低下すると、硬度は上がり、結晶粒径は小さくなる。したがって、約950℃の温度が最も好ましく、エネルギー効率も高い。
【0107】
マルテンサイト加工熱処理における焼鈍は、コイルの厚さに応じて、30秒~300秒、例えば30秒~200秒の時間実行される。時間が短いほどエネルギー効率が高くなる。
【0108】
一実施形態では、コイルの厚さに応じて、約950℃の温度および50~300秒の時間での焼鈍プロセスが好ましい。
【0109】
別の実施形態では、コイルの厚さに応じて、約950℃の温度および50~200秒の時間での焼鈍プロセスが好ましい。
【0110】
別の実施形態では、コイルの厚さに応じて、約1000℃の温度および40~175秒の時間での焼鈍プロセスが好ましい。
【0111】
別の実施形態では、コイルの厚さに応じて、約1075℃の温度および30~150秒の時間での焼鈍プロセスが好ましい。
【0112】
これらの温度および時間により、引張強度/全伸び、粒径、冷間成形性の点で優れた性能が得られる。
【0113】
当業者は、コイルのサイズおよび厚さに応じて焼鈍条件を調整および選択する可能性がある。コイルが厚いほど、より高い温度および/または長い時間が必要になる。
【0114】
最終焼鈍プロセスにより、マルテンサイトが見られず、等軸粒を有する完全再結晶オーステナイトを含むオーステナイト微構造が得られる。
【0115】
得られたオーステナイト系ステンレス鋼の特性
上で規定したマルテンサイト加工熱処理を適用することによって本発明の合金から得られる本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、顕著な特性を有する。
【0116】
微構造に関しては、オーステナイト微構造を示し、基準EN-1.4372よりわずかにより微細な鋼である。特定の実施形態では、本発明のステンレス鋼は少なくともASTM 12の粒径を有する。
【0117】
これらの材料の工業用途にとって非常に重要な引張強度/全伸びのバランスは、1000MPa/35~55%伸びから1350MPa/25~45%伸びの範囲である。換言すると、本発明の材料は、1000~1350MPaの範囲の引張強度値を達成することができ、1000MPaの引張強度に対して35~55%の範囲の全伸び、および1350MPaの引張強度に対して25~45%の全伸びを達成することができる。
【0118】
これは、一般的に680~880MPaの引張強度を有する基準鋼EN-1.4372よりもはるかに高い。本発明の鋼はまた、概ね550MPaを超える高い降伏強度値を提供し、これは基準のEN-1.4372によって提供される値を超える。
【0119】
本説明において、降伏強度、引張強度、および全伸びの値は、規格UNE-EN ISO 6892-1:2017に従って実施される引張試験の結果に対応する。
【0120】
さらに、新しい合金の曲げ挙動は良好で、基準のEN-1.4372と同様に、曲げ時に亀裂が発生しない。
【0121】
スタンピングに関しても、新しい合金は優れた性能を発揮し、スタンピング加工後は高い引張強度および高い伸びを示し、それは衝突事故の際により多くのエネルギーを吸収するのに非常に役立つ。
【0122】
新しい合金は溶接作業にも適している。それらは従来の炭素鋼と比較して優れており、溶接微構造には欠陥がない。溶接部の硬度は母材と同様であり、好都合な高い引張強度である。したがって、溶接性能は自動車の使用に耐えられる。実際、十字引張り溶接強度は、高張力炭素鋼で達成できるものよりもはるかに高い。新しい合金は炭素鋼に容易に溶接でき、良好な結果が得られる。そして、新しい合金の非常に重要な利点の一つは、炭素鋼とは異なり、亜鉛コーティングを必要としないことである。これは、炭素鋼上の亜鉛層が、レーザーおよびMIG/MAG溶接における気孔およびスパッタ、ならびに抵抗スポット溶接における電極の急速な劣化の原因となるため、工業用溶接プロセス、例えばスポット溶接、レーザー溶接、およびMIG/MAG溶接をより高い一貫性および品質で適用できることを意味する。
【0123】
仮想衝突シミュレーションでは、新しい合金は基準鋼と比較して優れた性能を保証する。新しい材料により、構造性能の向上が可能となり、これを使用して部品の厚さを低減させ、車両の受動的安全性も向上させることができる。
【0124】
要するに、本発明のASSは、Niの量が低減しているにもかかわらず、良好な特性を有する。それらは、成形、曲げまたはスタンプ加工が容易で、溶接にも優れている。それらの引張強度および伸び特性により、構成要素の厚さを低減し、かつ衝突に耐えてエネルギーを吸収することができる。したがって、それらは車両業界、特に自動車業界に非常に適している。
【0125】
オーステナイト系ステンレス鋼の使用
本発明の新しいASSは、多くの応用が可能である。非常に重要な利点の一つは、高い張力および伸びが得られ、大幅な軽量化が可能になることである。高い引張強度と良好な延性との組み合わせにより、本発明の合金は輸送、消費財および建設分野において使用が可能になる。
【0126】
この新しい合金は、複雑な形状および衝突要件が必要な用途、例えば、フロアトンネル、サイドシル、アンダーシートビーム、ダッシュパネル、衝突に関与しホワイトボディ(BIW)にねじ留めされるすべての構成要素、つまりフロントクラッシュビーム+クラッシュボックス、ドアクラッシュビーム等、に使用されることができる。
【0127】
別の特定の実施形態
実施形態1
Ni:2.00~3.60重量%、
Mn:6.0~7.0重量%、
Cr:15.0~16.5重量%、
N:0.085~0.180重量%、
Mo:0.00~0.50重量%、
Nb:0.00~0.10重量%、
Cu:0.00~1.00重量%、
Si:0.50~1.00重量%、
C:0.065~0.095重量%、
S:0.005重量%未満、
P:0.045重量%未満、
Ti:0.00重量%を超え0.045重量%未満、
Fe:残部、および不可避的不純物、
を含む、合金組成物。
【0128】
実施形態2
元素の量は、選択肢a)~g)、
a)Ni2.00~3.20重量%、好ましくは約2.00~約3.00重量%、
b)Mn:6.2~6.8重量%、
c)Cr:15.2~16.0重量%、
d)N:0.100~0.180重量%、
e)Cu:0.00~0.60重量%、
f)Si:0.50~0.80重量%、
g)C:0.070~0.095重量%、
のいずれか一つから独立して選択される、実施形態1に記載の合金組成物。
【0129】
実施形態3
Ni:2.00~3.20重量%、最も好ましくは約2.00~約3.00重量%、
Mn:6.2~6.5重量%、
Cr:15.4~15.9重量%、
N:0.100~0.160重量%、
Mo:0.00~0.50重量%、
Nb:0.00~0.10重量%、
Cu:0.40~0.60重量%、
Si:0.50~0.75重量%、
C:0.070~0.090重量%、
Fe:残部、および不可避的不純物、
を含む、実施形態1または2に記載の合金組成物。
【0130】
実施形態4
以下の工程、
a)実施形態1~3のいずれか一つに規定される合金組成物を溶融および鋳造する工程と、
b)工程a)の合金を熱間圧延する工程と、
c)工程b)の合金を溶体化焼鈍する工程と、
d)工程c)の合金に、冷間圧延工程および最終焼鈍工程を含むマルテンサイト加工熱処理を行う工程と、
を含む、オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0131】
実施形態5
熱間圧延が、1260℃~1285℃の温度、より好ましくは1270℃~1280℃の温度で行われる、実施形態4に記載の方法。
【0132】
実施形態6
溶体化焼鈍が、1080℃~約1120℃の温度で、より好ましくは約1090℃~約1110℃の温度で行われる、実施形態4または5に記載の方法。
【0133】
実施形態7
工程d)のマルテンサイト加工熱処理が、厚さを50%以上、好ましくは65%以上減少させる冷間圧延工程を含む、実施形態4~6のいずれか一つに記載の方法。
【0134】
実施形態8
工程d)のマルテンサイト加工熱処理が、950℃~1100℃、好ましくは950℃~1075℃、より好ましくは950℃~1050℃の温度における焼鈍工程を含む、実施形態4~7のいずれか一つに記載の方法。
【0135】
実施形態9
マルテンサイト加工熱処理の焼鈍工程が、鋼の厚さに応じて、30秒~200秒の時間実行される、実施形態8に記載の方法。
【0136】
実施形態10
実施形態4~9のいずれか一つに記載の方法により得られるオーステナイト系ステンレス鋼。
【0137】
実施形態11
実施形態1~4のいずれか一つに記載の合金組成物を含むオーステナイト系ステンレス鋼。
【0138】
実施形態12
規格UNE-EN ISO 6892-1:2017に従って測定する場合、1000MPa/35~55%から1350MPa/25~45%の引張強度/全伸びを有する実施形態10または11のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0139】
実施形態13
車両部品の製造における、実施形態10~12のいずれか一つに記載のオーステナイト系ステンレス鋼の使用。
【0140】
実施形態14
車両が自動車である、実施形態13に記載の使用。
【実施例
【0141】
ここで、本発明を説明するのに役立つ実施例および例示的な実施形態の試験によって本発明を説明する。ただし、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではないと理解される。
【0142】
本説明に含まれるパラメーターおよび考察を考慮して、張力および伸びの良好なバランスを備える新しい低Ni ASSの要件を理論的に満たすことができる三つの組成物が規定された(以下、組成物を「合金1」、「合金2」および「合金3」と呼ぶ)。これらの合金は、比較のための基準として使用されたEN-1.4372グレードの合金(以下、試料を基準合金と呼ぶ)とともに鋳造され、実験で試験された。
【0143】
材料の製造
組成物は、真空誘導炉Pfeiffer-Balzers VSG-030内で35kgのインゴットとして鋳造された。このタイプの炉は、真空または不活性ガス雰囲気下で熱を発生させることができ、溶融/固化チャンバー、電源ユニット、および真空システムを備えている。原料(スクラップおよび合金鉄)は、溶融処理する目的の化学組成に応じて計算され、誘導コイル内のるつぼ内に充填された。これらの原料の加熱および溶融は、誘導コイルの磁場によって生成される電流によって生じる。
【0144】
重量35kgを溶融処理するための原料は、母材および合金鉄であった。母材として、ACERINOXによって製造された規格EN-1.4372合金が選択され(表1を参照)、通常、各溶融処理で約23.5kgのこの合金が使用された。
【表4】
【0145】
合金1、合金2、および合金3については、母材の化学組成、目的の化学組成および合金鉄の効率を考慮して、それぞれの新しい組成物に必要な合金鉄が計算された。表2は、新しい三つの化学組成物のそれぞれについて溶融された原料の重量を示す。基準合金の場合、合金鉄を添加せずに母材のみを溶融した。
【表5】
【0146】
インゴットの化学組成は、蛍光X線分析およびC、N、S元素についてLeco分析装置によって分析された(表3)。
【表6】
【0147】
熱間圧延
インゴットの製造後の次の段階は、工業生産で行われる通常の熱間圧延を再現するために、実験室規模での材料の加工熱処理であった。このようなタイプの処理は、30馬力のドロップハンマーTitan Saab 270を使用して、鍛造加工によって実行された。各インゴットから試料を切り出した。試料の厚さは、鍛造加工中に合計75%の減少率、その後冷間圧延中に約70%程度の減少率になるように選択された。適用された鍛造条件は、
・Carbolite RHF15/10実験用オーブン内で1240℃で15分間均熱処理
・2ストロークで鍛造し、鍛造試料の温度を回復するために1050℃で1分間の中間処理
・水焼入れ、
であった。
【0148】
溶体化焼鈍
鍛造工程の後、Carbolite RHF 15/10実験用オーブンで溶体化焼鈍処理を行い、微構造を回復した。この熱処理の条件(温度および時間)は、工業用溶体化焼鈍処理後に基準EN-1.4372と同等の微構造が得られるように規定された。この微構造は、ほぼ完全に再結晶化された等軸オーステナイト粒のマトリックス、および最も少ない残留デルタフェライト(通常<1%)を特徴としている。工業用材料の一般的な粒度はASTM 8.0程度である。熱間鍛造組織の残りの部分も存在する。すべての合金の鍛造試料に適用された溶体化焼鈍の熱条件は、加熱温度1100℃、時間80秒であった。
【0149】
冷間圧延
次の工程は、ノートン デュオ ミルを使用した実験室規模での試料の冷間圧延であった。このミルは2本のロールで構成され、その距離はフライホイールによって制御される。最終的な厚さに到達するために、すべての試料に数回のパスを行った。冷間圧延プロセスの前後の試料の磁性をフェライトメーターFischercope MMSで測定した。表4に、冷間圧延前後の磁性値、磁性値に補正係数1.7を掛けて得られるマルテンサイト体積分率(これは、これらの鋼グレードでは一般的な方法である)と共に、適用された減少率、および試料の最終厚さ、の平均値を示す。
【表7】
【0150】
最終焼鈍
最後に、マルテンサイトの加工熱処理の最終工程で、冷間圧延試料を焼鈍して、マルテンサイトをオーステナイトに戻すことができた。熱サイクルを適切に制御するために、Gleeble 3800機械で焼鈍処理が行われた。Gleebleシステムは、試料に印加される熱および機械パラメーターを正確に制御して、さまざまな熱/機械処理をシミュレートできる。
【0151】
加熱温度および時間を変えることにより、三つの異なる焼鈍処理が規定された。試料が目標温度に達すると、水焼入れをシミュレートするために連続的な急速冷却を行った。表5は各合金に適用された焼鈍処理を示す。
【表8】
【0152】
新しい合金の特性評価
Gleeble機械で焼鈍された試料は、各合金/処理の性能を解析するために特性評価された。主な特性評価項目は、引張試験、微構造解析、および粒径の同定であった。さらに、磁気値が高いほどTRIP効果が高いことを考慮して、引張試料の磁気測定を実行してTRIP効果を解析した。
【0153】
焼鈍された試料の引張試験は、欧州規格UNE-EN ISO 6892-1:2017に従って、Instron 5585H機械を使用し、ゲージ長12.5mmのサブサイズの試料を使用して、室温で実行された。次に、伸び値は、規格ISO 2566-2:2000に従って、規格A50およびA80試験片と同等の値に変換された。微構造解析のために、表面研磨およびシュウ酸によるエッチングによって試料を金属組織学的に調製した。最後に、試験後の引張試料の磁性をフェライトメーターで測定した。
【0154】
合金と焼鈍処理との各組み合わせで得られた主な結果を表6にまとめる。表6は、すべての組み合わせ、つまり、適用したサイクル、引張試験結果(YS-降伏強度、TS-引張強度、TEL-A12.5の全伸び、A50およびA80に換算された全伸び)、粒径(GS)、および引張り試料の磁性測定値(Mag.)について示す。さらに、すべての試料は再結晶化したオーステナイト微構造を示した。
【表9】
【0155】
降伏強度および引張強度の点で、本発明に関連する合金は、基準合金Ref.合金と比べてかなりの改善を示し、高い伸び値も得られる。また、引張強度値が引張試験後の試料の磁性値とともに増加する関係があり(TRIP効果)、したがって、合金1が最も高い磁性値(33を超える)および最も高い引張強度を有し、次に合金2(約28)および合金3(約26)が続き、これらの値はまた基準鋼Ref.合金(約14)の磁性よりもかなり高い値である。
【0156】
最後に、引張強度値が冷間圧延後の試料の磁性値の増加に伴って増加することが観察され(表4)、これはSIMの体積分率に対応する。したがって、参考文献に記載されているように、厚み減少率の増加により、冷間圧延中のひずみ誘起マルテンサイト(SIM)の体積分率が増加するため、冷間圧延中に適用される厚み減少率を増加させることにより、得られる引張強度の値が向上すると予想される。
【0157】
三つの新しい合金のこの特性評価に加えて、合金2についてはスタンピング後の機械的特性が解析された。この目的のために、まず、表5の処理3で焼鈍した合金2の板を油圧プレスでスタンプ加工して、オメガ試料を作製した。基準として使用するために、基準EN-1.4372の工業用板にも、同じ手順に従ってオメガスタンプ加工した。次に、サブサイズの引張試験片を、スタンプ加工された試料のトップ面および側面から機械加工した。これらの試験片は、上記の引張試験に使用したものと同様であり(ゲージ長12.5mm)、引張試験は同じ方法で実行された(規格UNE-EN ISO 6892-1:2017)。表7の結果は、合金2が高い伸び値を維持しながら、基準工業用EN-1.4372合金を超える高い降伏強度および引張強度を示していることを示す。この伸びの値は、車両の衝突の際にエネルギーを吸収するという重要な役割を果たすことができる。合金2の側面とトップ面との引張特性の差はより顕著であり、スタンピングの結果、側面に重要な加工硬化が発生したようである。
【表10】
【0158】
ここでは、新しい合金の衝突挙動が、FEモデル(LS-Dyna)を使用した仮想シミュレーションによって、現在使用されているいくつかの炭素鋼グレード、例えばDual Phase 800の衝突挙動と比較された。乗用車の車体側面の一部がモデル化され、変形可能な障壁で衝突され、単純化された側方向衝突状況がシミュレートされた。新しい合金の最大侵入は、分析された基準炭素鋼グレードよりも低いことがわかった。
【0159】
抵抗スポット溶接は、規格SEP1220-2(Testing and Documentation Guideline for the Joinability of thin sheet of steel - Part 2: Resistance Spot Welding)に従って鋼製車体の製造に使用される主要な接合プロセスであるため、これも評価された。
【0160】
新しい合金1~3および基準Ref.合金は、せん断溶接強度(TSS)および十字引張り溶接強度(CTS)、溶接プロセスウィンドウ(設定パラメーターとして使用可能な電流の範囲)、ならびに溶接微構造および硬度に関して評価された。
【0161】
新しい合金の溶接電流範囲は0.8~1.4kAであり、従来の炭素鋼と比較して遜色がないことが分かった。さらに、溶接微構造には欠陥がなく、溶接部の硬度は母材の硬度と類似し、それは高い引張強度に有利に働く。ステンレス鋼材料は炭素鋼に容易に溶接でき、良好な結果が得られる。
【0162】
また、十字引張り溶接強度(CTS)が、高張力炭素鋼で達成できるものよりもはるかに高いことも分かった。
【国際調査報告】