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特表2024-505759単一細胞プロテオミクスのための改善されたナノリットルスケールのサンプル処理および質量分析取得方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-02-08
(54)【発明の名称】単一細胞プロテオミクスのための改善されたナノリットルスケールのサンプル処理および質量分析取得方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240201BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240201BHJP
   C07K 1/24 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N27/62 V
G01N27/62 X
C07K1/24
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022516381
(86)(22)【出願日】2020-09-15
(85)【翻訳文提出日】2022-05-09
(86)【国際出願番号】 US2020050874
(87)【国際公開番号】W WO2022060345
(87)【国際公開日】2022-03-24
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】512159487
【氏名又は名称】バテル・メモリアル・インスティテュート
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】弁理士法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ズー,イン
(72)【発明者】
【氏名】ツァイ,チア-フェン
(72)【発明者】
【氏名】リュ,タオ
(72)【発明者】
【氏名】アンソン,チャールズ ケー.
(72)【発明者】
【氏名】クレア,ジェレミー シーディー
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
4H045
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA04
2G041FA10
2G041FA11
2G041FA12
2G045CB01
2G045DA36
2G045FB06
2G045FB07
4H045AA50
4H045BA10
4H045EA50
4H045GA25
(57)【要約】
単一細胞サンプルがチップ上に配置されたナノウェルに配置され、このチップ上には公知のペプチドのブースタサンプルも含有されている、プロテオーム解析を実施する改善された方法が記載されている。サンプルを配置したら、これらの単一細胞を溶解し、ペプチドを抽出する。次いで、これらのペプチドをTMT標識を使用して標識し、標識されたブースティングペプチドと組み合わせて混合サンプルを形成する。次いで、混合サンプルをLC分離系を使用して分離し、次いで分離されたサンプルを質量分析計に通して、分離されたサンプルからペプチド特性評価データのデータを取得する。プロセスの有効性を高めるMS取得プロセスに対する様々な修正および改変も記載される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテオーム解析を行う方法であって、
チップ内に配置されたナノウェル内に単一細胞サンプルを配置し、該チップがさらに、該ナノウェルよりも大きい体積を有するブースタウェルを画定し、該ブースタウェルが、公知のペプチドのブースタサンプルを含む工程と、
前記細胞サンプルを溶解し、該細胞サンプルからペプチドを抽出する工程と、
TMT標識を使用して前記ペプチドを標識する工程と、
前記ナノウェルからTMT標識ペプチドを収集し、これらの収集されたペプチドを前記ブースタウェル内で標識ブースティングペプチドと組み合わせて混合サンプルを形成する工程と、
前記混合サンプルを分離する工程と、
前記分離されたサンプルからサンプルペプチドの特性評価データを取得する工程と、
、を含む方法。
【請求項2】
前記ナノウェルからのサンプルを洗浄溶液を使用して洗浄する工程と、前記ナノウェル洗浄溶液を前記ブースタウェルに組み合わせ、その後LC分離工程を実施する工程と、をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記抽出されたペプチドを安定化する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記抽出されたペプチドを安定化する工程がジスルフィド還元を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記抽出されたペプチドを安定化する工程がスルフヒドリル基のアルキル化を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記分離する工程が、前記サンプルの液体クロマトグラフィー(LC)分離によって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
サンプルペプチド特性評価データを取得する工程が、質量分析計を使用して実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記チップが複数のナノウェルを含み、いくつかのナノウェルからのサンプルが前記ブースタサンプルと混合される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
プロテオーム解析を行う方法であって、
チップ内に配置された複数のナノウェルの各々の中に単一細胞サンプルを配置し、該チップがさらに、任意の単一ナノウェルよりも大きい体積を有するブースタウェルを画定し、該ブースタウェルが、公知のペプチドのブースタサンプルを含む工程と、
前記ナノウェル内に位置する前記細胞を溶解する工程と、
前記細胞からタンパク質を抽出してナノサンプルを形成する工程と、
前記ナノサンプル中のジスルフィド基を還元する工程と、
前記ナノサンプル中のスルフヒドリル基をアルキル化する工程と、
前記ナノサンプルに対して消化を実行する工程と、
前記ナノサンプルに対してタンデム質量タグ(TMT)標識を実行する工程と、
前記ナノサンプルを酸性化する工程と、
少なくとも2つのナノウェルからナノサンプルを収集し、これらのナノサンプルを前記ブースタサンプルと組み合わせて組み合わせブースタサンプルを形成する工程と、
前記ナノウェルを洗浄溶液で洗浄し、該使用された洗浄溶液を前記組み合わせブースタサンプルに添加する工程と、
を含む方法。
【請求項10】
LC分離を実施して分離サンプルを生成する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記分離サンプルに対してMS分析を実施することをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
プロテオーム解析を行う方法であって、
チップ内に配置されたナノウェル内に単一細胞サンプルを配置し、該ナノウェルが、直径<2mmを有し、液体体積<1μLを保持するように構成される工程と、
ペプチド混合物をブースタウェル内に配置し、該ブースタウェルが、直径>1mmを有し、液体体積>1μLを保持するように構成される工程と、
前記細胞サンプルを溶解する工程と、
前記細胞サンプルからタンパク質を抽出する工程と、
前記タンパク質をペプチドに消化する工程と、
タンデム質量タグ(TMT)標識を使用して前記ペプチドおよび前記ペプチド混合物を標識する工程と、
前記ナノウェルおよび前記ブースタウェルからの標識ペプチドを該ブースタウェル内に組み合わせて混合サンプルを形成する工程と、
前記混合サンプルを分離する工程と、
質量分析計を用いて前記分離サンプルからデータを取得する工程と、
を含む方法。
【請求項13】
MS2またはMS3データ収集中の前記質量分析計の自動利得制御レベルを>5E5に設定する工程と、
MS2またはMS3データ収集中の注入時間を>250msに設定する工程と、
単一細胞におけるブースタ/サンプル比およびタンパク質存在量に基づいて、前記自動利得制御レベルおよび注入時間を調整する工程と、
をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記混合サンプルを複数の画分に予備分画する工程をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【請求項15】
前記予備分画工程が、ナノフロー高PH液体クロマトグラフィーで実施される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記画分が、<25μLの希釈緩衝液を含有する低容量容器に収集される、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記容器が、ポリプロピレン、ポリエチレン、エポキシ、ポリエーテルエーテルケトン、および表面改質ガラスからなる群から選択されるタンパク質低結合材料から作製される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
希釈緩衝液が、n-ドデシルβ-D-マルトシド、Triton X-100、Tween-20、Tween-80およびNP-40からなる群から選択される少なくとも1つの非イオン性およびMS適合性界面活性剤を含有する、請求項16に記載の方法。
【請求項19】
前記ナノウェルからのサンプルを洗浄溶液を使用して洗浄する工程、および前記ナノウェル洗浄溶液を前記ブースタウェルに組み合わせ、その後LC分離工程を実施する工程をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【請求項20】
前記抽出されたペプチドを安定化する工程をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[政府支援の承認]
本発明は、米国エネルギー省によって認められた契約DE-AC0576RL01830の下で政府の支援を受けて為されたものであり、NIH認可番号はCA210955である。政府は、本発明に一定の権利を有する。
【0002】
[関連出願の相互参照]
本出願は、2019年9月16日に同一発明者らによって出願された「NANOLITER-SCALE SAMPLE PROCESSING AND MASS SPECTROMETRY ACQUISITION METHOD FOR SINGLE CELL PROTEOMICS(単一細胞プロテオミクスのためのナノリットルスケールのサンプル処理および質量分析取得方法)」と題する仮特許出願第62/901,022号、および2020年9月15日に同一発明者らによって提出された「IMPROVED NANOLITER-SCALE SAMPLE PROCESSING AND MASS SPECTROMETRY ACQUISITION METHOD FOR SINGLE CELL PROTEOMICS(単一細胞プロテオミクスのための改善されたナノリットルスケールのサンプル処理および質量分析取得方法)」と題する特許出願第17/021,319号の優先権を主張するものである。
【背景技術】
【0003】
多細胞生物は、異なる機能を有する多様な細胞型および亜型を含む。単一細胞レベルでの不均一性または細胞亜集団を理解することは、生物医学研究にとって非常に興味深い。単一細胞解析は、複雑な細胞系における細胞集団、細胞系統、機能、分化、微小環境への影響、および稀な細胞型の固有の特徴を理解するための潜在的な洞察を提供する。現在の単一細胞解析のほとんどは、PCRのような利用可能な遺伝子増幅方法のために、DNAまたはRNAシーケンシングに基づいている。しかしながら、RNA測定は、タンパク質が細胞機能の大部分を媒介するので、細胞の分子状態の不完全な姿を提供している。利用可能な全プロテオーム増幅法がないため、測定は、ワークフロの有効性、ならびに機器プラットフォームの全体的な感度に大きく依存する。
【0004】
Pacific Northwest National Laboratoryの研究者らは、近年、超高感度ナノLC-MS/MSを使用した単一細胞プロテオミクスサンプルの処理および解析を可能にする、nanoPOTS(微量サンプル用ワンポットナノ液滴処理)と呼ばれるマイクロ流体ナノ液滴サンプル調製アプローチを開発した。この最初のワークフロは良好な単一細胞プロテオームカバレッジをもたらしたが、解析スループットは1日当たり約8個の単一細胞で比較的低かった。細胞の不均一性への洞察を提供するために、単一細胞の大きな集団の効率的な解析を容易にするために、より高いスループットが必要とされる。本開示は、この点に関する進歩の説明を提供する。
【0005】
本開示のさらなる利点および新規な特徴は、以下のように記載され、本明細書に記載の説明および実証から容易に明らかになると思われる。したがって、本開示の以下の説明は、本開示を例示するものと見なされるべきであり、決して限定するものと見なされるべきではない。
【発明の概要】
【0006】
これらの懸念に対処するために、プロテオーム解析を行う改善された方法が開発されている。本発明の一実施形態では、本方法は、チップ内に配置されたナノウェル内に単一細胞サンプルを配置する工程を含む。チップはまた、ナノウェルよりも大きい体積を有するブースタウェルを画定し、該ブースタウェルは公知のペプチドのブースタサンプルを含む。サンプルを配置したら、これらの細胞を溶解し、細胞サンプルからペプチドを抽出する。次いで、ペプチドを、TMT標識を使用して標識(ラベリング)する。標識後、TMT標識ペプチドをナノウェルから収集し、標識されたブースティングペプチドとブースタウェル中で組み合わせて混合サンプルを形成する。次いで、混合されたサンプルを分離し、分離されたサンプルを質量分析計に通して、分離されたサンプルからペプチド特性評価データのデータを取得する。
【0007】
いくつかの例では、この方法はまた、ナノウェルからのサンプルを洗浄溶液を使用して洗浄すること、およびナノウェル洗浄溶液をブースタウェルに組み合わせ、その後LC分離工程を実施することを含む。いくつかの例では、この方法は、抽出されたペプチドを安定化することをさらに含んでもよく、これは、ジスルフィド還元を含むいくつかの方法を利用して行うことができる。他の実施形態では、安定化工程は、スルフヒドリル基のアルキル化を含み得る。好ましくは、分離工程は、液体クロマトグラフィー(LC)によって行われる。サンプルペプチド特性評価データを取得する工程は、質量分析計を使用して実施することができる。いくつかの実施形態では、チップは複数のナノウェルを含み、いくつかのナノウェルからのサンプルがブースタサンプルと混合される。
【0008】
別の構成では、プロテオーム解析を行うための、単一細胞サンプルが、チップ内に配置された複数のナノウェルそれぞれの中に配置される方法が記載されている。チップはまた、任意の単一のナノウェルよりも大きい体積を有するブースタウェル、単一細胞チャネルおよびブースタチャネルウェルを画定し、該ブースタウェルは公知のペプチドのブースタサンプルを含む。次いで、本方法には、ナノウェルに位置する細胞を溶解すること、該細胞からタンパク質を抽出してナノサンプルを形成すること、該ナノサンプルのジスルフィド基を還元すること、該ナノサンプルのスルフヒドリル基をアルキル化すること、該ナノサンプルの消化を実施すること、該ナノサンプルのTMT標識を実施すること、該ナノサンプルを酸性化すること、少なくとも2つのナノウェルからナノサンプルを収集すること、およびこれらのナノサンプルをブースタサンプルと組み合わせて混合サンプルを形成すること、ならびに洗浄溶液でナノウェルを洗浄すること、および使用した洗浄溶液を混合サンプルに添加すること、が後に続く。さらに、本方法は、LC分離を実施して分離されたサンプルを生成する工程をさらに含み、任意選択的に、分離されたサンプルに対してMS分析を実施することができる。
【0009】
別の例では、単一細胞サンプルがチップ内に配置されたナノウェルに配置される、プロテオーム解析を実施する方法が記載される。好ましくは、ナノウェルは半球状であり、直径<2mmを有し、液体体積<1μLを保持するように構成される。次いで、ペプチド混合物を、好ましくは同様の形状の、同様にチップ内に配置されたブースタウェルに入れる。ブースタは、直径>1mmを有し、液体体積>1μLを保持するように構成され、細胞サンプルを溶解する。次いで、本方法は、細胞サンプルからタンパク質を抽出し、次いで、タンパク質をジスルフィド還元(disulfide redcedd)およびアルキル化し、該タンパク質をペプチドに消化し、該ペプチドおよびペプチド混合物をタンデム質量タグ(TMT)標識を使用して標識する。次いで、標識ペプチドをナノウェルから収集し、ブースタウェル内のペプチドと共に収集して混合サンプルを形成する。場合によっては、この組み合わせ工程はすべてブースタウェル内で行われる。
【0010】
一旦合わせたら、サンプルを(好ましくはLCカラムを使用して)分離し、好ましくは質量分析計を使用してデータを取得する。質量分析データ捕捉の有効性は、以下を含むさまざまな方法でさらに向上させることができる:MS2またはMS3データ収集中の質量分析計の自動利得制御レベルを>5E5に設定すること;MS2またはMS3データ収集中の注入時間を>250msに設定すること;単一細胞におけるブースタ/サンプル比およびタンパク質存在量に基づいて、自動利得制御レベルおよび注入時間を調整すること。これらの工程に加えて、分離方法はまた、混合サンプルを複数の画分に予備分画することを含んでよく、そのような予備分画工程は、ナノフロー高pH液体クロマトグラフィーで実施することができる。画分は、25μL未満の希釈緩衝液を含む低容量容器に回収することができる(そのような容器は、ポリプロピレン、ポリエチレン、エポキシ、ポリエーテルエーテルケトン、および表面改質ガラスからなる群から選択されるタンパク質低結合材料を含み得る)。希釈緩衝液は、n-ドデシルβ-D-マルトシド、Triton X-100、Tween-20、Tween-80およびNP-40からなる群から選択される少なくとも1つの非イオン性およびMS適合性界面活性剤を含有する。この方法はまた、ナノウェルからのサンプルを洗浄溶液を使用して洗浄する工程、およびナノウェル洗浄溶液をブースタウェルに組み合わせ、その後LC分離工程を実施する工程を含み得る。抽出されたペプチドの安定化も行われ得る。
【0011】
前述の要約の目的は、米国特許商標庁および公衆、特に特許または法律用語または表現に精通していない、科学者、技術者、および当業者が、大まかな検査から本出願の技術的開示の性質および本質を迅速に決定することを可能にすることである。要約は、特許請求の範囲によって判断される本出願の開示を定義することを意図するものではなく、決して本開示の範囲を限定することを意図するものでもない。
【0012】
本開示の様々な利点および新規な特徴が本明細書に記載されており、以下の詳細な説明から当業者にさらに容易に明らかになると思われる。上記および下記の説明では、本開示を実施するために企図される最良の態様の例示として、本開示の好ましい実施形態のみを示し、説明した。当然のことながら、本開示は、本開示から逸脱することなく様々な点で修正が可能である。したがって、以下に示される好ましい実施形態の図面および説明は、本質的に例示的であり、限定的ではないと見なされるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】nanoPOTS-TMTベースの単一細胞プロテオミクスプラットフォームのワークフロ、ならびにその中で利用される特徴および装置を示す図である。
【0014】
図2A-2C】単一細胞プロテオミクスの定量性能に対するブースティング比(0、×25、×250)の効果を示す図である。図2Aは、同定されたペプチドの総数を示す図である。図2Bは、同定されたタンパク質の総数を示す図である。図2Cは、単一の培養マウス細胞(C10、Raw、およびSVEC)におけるタンパク質発現に基づく細胞グループ化を示す教師なしPCAを示す図である。
【発明の詳細な説明】
【0015】
以下の説明は、本開示の一実施形態の好ましい最良の形態を含む。本開示のこの説明から、本開示がこれらの例示された実施形態に限定されず、本開示がそれらに対する様々な修正および実施形態も含むことは明らかであると思われる。したがって、この説明は例示的であり、限定的ではないと見なされるべきである。本開示は、様々な修正および代替構造が可能であるが、本開示を、開示された特定の形態に限定する意図はなく、むしろ、本開示は、特許請求の範囲に定義された本開示の精神および範囲内にあるすべての修正、代替構造、および均等物を網羅するものであることを理解されたい。
【0016】
以下の段落は、マイクロ流体ナノ液滴技術とタンデム質量タグ(TMT)同重体標識を組み合わせて、単一哺乳動物細胞の解析スループットおよびプロテオームカバレッジを有意に改善した実施形態を記載する。同重体標識(アイソバリック標識)は、単一細胞サイズのタンパク質量の多重解析を約1,600タンパク質の深度まで促進し、CVの中央値は10.9%、相関係数は0.98であった。徹底的なハイスループット単一細胞解析を実証するために、このプラットフォームを適用して、3つのマウス細胞集団(上皮細胞、免疫細胞および内皮細胞)からの72個の単一細胞におけるタンパク質発現を2日未満の計器時間で測定して、2,300を超えるタンパク質が同定された。主成分分析により、タンパク質発現に基づいて単一細胞が3つの異なる集団にグループ化され、各集団は周知の細胞型特異的マーカによって特性評価された。このプラットフォームは、プロテオームレベルでの単一細胞不均一性のハイスループットで偏りのない特性評価を可能にする。
【0017】
多細胞生物は、異なる機能を有する多様な細胞型および亜型を含む。単一細胞レベルでの不均一性または細胞亜集団を理解することは、生物医学研究にとって非常に興味深い。単一細胞解析は、複雑な細胞系における細胞集団、細胞系統、機能、分化、微小環境への影響、および稀な細胞型の固有の特徴を理解するための潜在的な洞察を提供する。単一細胞RNA-seqアッセイは、遺伝子発現パターンの特性評価に広く使用されている。しかしながら、RNA測定は、タンパク質が細胞機能の大部分を媒介するので、細胞の分子状態の不完全な姿を提供している。説得力のある文献は、RNAとタンパク質存在量との間の相関がせいぜい中程度であることを示している。単一細胞レベルでプロテオーム(所与の時間に細胞内で発現される全タンパク質)をプロファイリングすることは、実質的な技術的課題として認識されている。利用可能な全プロテオーム増幅法がないため、測定は、ワークフロの有効性、ならびに機器プラットフォームの全体的な感度に大きく依存する。
【0018】
現在、単一細胞におけるタンパク質プロファイリングは、主に、マスサイトメトリ(CyTOF)、Proseek Multiplex、および単一細胞ウエスタンブロットなどの標的化された抗体ベースのアプローチを利用する。しかしながら、これらのアプローチは、限られた数のタンパク質(100未満の標的タンパク質)しか同時に解析することができず、定量精度は利用可能な抗体の特異性によって大きく決定されるという共通の欠点を共有する。質量分析(MS)ベースのプロテオーム解析は、偏りのない方法で数千のタンパク質を定量することができる。しかしながら、不十分な感度、調製中の大きなサンプル損失、および低スループットのために、MSベースのプロテオミクスの単一細胞研究への拡張は困難なままである。MSの感度は、ナノフロー分離、エレクトロスプレーイオン化、およびより高感度の質量分析計の開発に伴って著しく増加しているが、単一細胞を効率的に処理し、サンプル損失を最小限に抑えてサンプルをMSに送達するアプローチは、ほとんど効果的ではなかった。低結合チューブ、MS適合性界面活性剤、固定化酵素反応器(IMER)ベースのアプローチの使用、ならびに例えばオイルエア液滴チップおよびバルブ上高温トリプシン消化などのシングルポットワークフロの開発を含む、サンプル回収率を改善するために多大な努力が払われてきた。
【0019】
Pacific Northwest National Laboratoryの研究者らは、近年、超高感度ナノLC-MS/MSを使用した単一細胞プロテオミクスサンプルの処理および解析を可能にする、nanoPOTS(微量サンプル用ワンポットナノ液滴処理)と呼ばれるマイクロ流体ナノ液滴サンプル調製アプローチを開発した。NanoPOTSは、サンプル処理体積を200ナノリットル(nL)未満に減少させ、全露出面を約1mmに減少させ、したがってサンプル処理中の表面損失を大幅に制限し、これは単一細胞プロテオミクスにとって重要である。nanoPOTSプラットフォームを使用して、平均670のタンパク質群が、単一のHeLa細胞から、および160のタンパク質が、全血から単離された単一のスパイク循環腫瘍細胞から確信的に同定された。現在のワークフロは良好な単一細胞プロテオームカバレッジをもたらしたが、解析スループットは1日当たり約8個の単一細胞で比較的低かった。細胞の不均一性への洞察を提供するために、単一細胞の大きな集団の効率的な解析を容易にするために、より高いスループットが必要とされる。
【0020】
タンデム質量タグ(TMT)同重体標識は、単回のLC-MS分析/実行で複数の異なるサンプルからのタンパク質の多重同定および定量のために開発されたアプローチである。個々のサンプルを最初に個別のTMT試薬(TMTチャネルとも呼ばれる)で標識し、次いで多重化セットに組み合わせ、その後高分解能LC-MSにより分析する。各サンプル中のタンパク質は、TMTレポータイオンに基づいて同定および定量することができる。TMT 11plexを使用して単回のLC-MS実行で最大11個のサンプルを同時に測定することができ、単一細胞プロテオミクスプラットフォームのスループットを大幅に向上させる魅力的なアプローチ/戦略の可能性を提供する。この概念は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の胚から単離された単一の割球のプロテオミクス研究で最初に実証され、3つの割球が単回のMS実行で定量された。
【0021】
近年、低存在量タンパク質の定量を容易にするいくつかのTMTベースのアプローチが開発された。組織中の高レベルタンパク質は、MS/MS断片化の誘起を促進して、体液中の低レベルタンパク質の定量を可能にした。Budnikらは、担体としての200個の細胞と協調して単一細胞の同重体標識を実施することによって単一細胞解析方法(SCoPE-MS)を開発した。Tianらは、少数の癌細胞における単一アミノ酸変異体を発見するためのディーププロテオーム解析アプローチを開発した。翻訳後修飾分析に着目して、Yiらは、同重体標識戦略でシグナルを増幅するブースティング(BASIL)を開発し、これを質量が限定された臨床検体におけるホスホプロテオミクス動態の研究に適用した。これらすべての研究に共通して、はるかに大量(30~500倍)のペプチド塊を含有する「ブースティング」サンプルを1つのTMTチャネルで標識し、質量が限定された研究サンプルを多重セットの残りのTMTチャネルで標識した。より存在量の大きいブースティングペプチドは、ペプチド同定のための豊富な断片情報を提供し、一方、レポータイオンは、研究サンプルのための定量情報を提供した。これらのTMTベースのブースティング法は、単一細胞まで質量が限定されたサンプルのプロテオーム解析のためのTMT標識の実現可能性を確立するが、それらは従来処理されている微小サンプルの欠点に一様に煩わされる。具体的には、付随するサンプルは、表面上の非特異的な吸着/接着のために失われる。
【0022】
この課題に対処するために、本発明者らは、nanoPOTSアプローチを、以前にSCoPE-MSワークフロで使用されたTMT同重体標識法と組み合わせ、単一細胞のプロテオミクスサンプルの処理効率および解析スループットの両方を改善した。単一細胞をフローサイトメトリによって単離し、ナノウェルで処理し、TMT10-plexで標識し、最後にLC/MS分析のために組み合わせた。本発明者らは、標識再現性および単一細胞定量に対するブースティング比の効果を体系的に調査した。最適化されたシステムを適用して、3つの培養マウス細胞集団(上皮細胞、免疫細胞および内皮細胞)由来の72個の単一細胞におけるタンパク質発現を測定した。本発明者らは、本発明者らの単一細胞プロテオミクスアプローチが単一細胞解析のためのディーププロテオームカバレッジを提供し、哺乳動物細胞型を識別し、細胞特異的タンパク質マーカを同定できることを実証した。
【0023】
一組の実験において、本発明者らは、BD Influx IIセルソータ(BD Biosciences、San Jose、CA)を使用して、単一細胞をナノウェルに直接単離した。ナノウェルアレイ設計に適合するように、セルソータ制御ソフトウェアでカスタマイズされたマトリックスを生成した。蛍光ビーズを使用して、選別パラメータを最適化し、各ウェルにおける沈着の成功を確認した。生存細胞のみを選択するために、マウス細胞を膜透過性生細胞標識色素(100nM、カルセインAM、eBioscience、Thermo Fisher)で暗所において30分間標識した。細胞収集後、ナノウェルチップを-80℃で保存するか、またはプロテオミクスサンプル調製に直接供した。
【0024】
使用時には、ナノウェルチップを、ナノウェル内の液体蒸発を最小限に抑えるために、分注手順の際は95%の相対湿度に維持された閉鎖チャンバ内に配置した。nanoPOTSベースのサンプル調製を、以下の工程として行った。(1)細胞溶解、タンパク質抽出、およびジスルフィド還元:0.2%DDMおよび5mM TCEPを100mM TEAB中に含む100nLの溶液を各ナノウェルに添加し、ナノウェルチップを70℃で30分間インキュベートした。(2)スルフヒドリル基のアルキル化:50nLの、100mM TEAB中30mM IAAを各ナノウェルに分注し、ナノウェルチップを室温で暗所において30分間インキュベートした。(3)Lys-C消化:100mM TEAB中に0.5ngのLys-Cを含有する50nLのLys-C溶液を各ナノウェルに添加し、ナノウェルチップを37℃で4時間インキュベートした。(4)トリプシン消化:100mM TEAB中に0.5ngのトリプシンを含有する50nLのトリプシン溶液を各ナノウェルに添加し、ナノウェルチップを37℃で6時間インキュベートした。(5)TMT標識:100nLの、溶解したTMT試薬(41μLアセトニトリル中0.8mg)をそれぞれ対応するナノウェルに添加し;比較的大量のペプチド混合物がプレロードされたブースティングチャネルウェルの場合、300nLの、溶解したTMT-131(41μLアセトニトリル中0.8mg)を添加し;ナノウェルチップを室温で1時間インキュベートした。(6)TMTクエンチ:50nLおよび300nLの2%ヒドロキシルアミン溶液をそれぞれ単一細胞チャネルおよびブースティングチャネルウェルに添加し、ナノウェルチップを室温で15分間インキュベートした。(7)酸性化:50nLの5%ギ酸溶液をナノウェルに添加し、ナノウェルチップを室温で15分間インキュベートした。(8)サンプルの収集:複数のナノウェルからのTMT標識ペプチドを収集し、ブースタウェルに組み合わせ、ブースティングペプチドと混合した。本発明者らはまた、回収率を高めるために1回のナノウェル洗浄を行い、洗浄溶液もブースタウェルに組み合わせた。組み合わせたサンプルを、一片の石英ガラスキャピラリー(内径200μm外径360μm)に保存し、両端をパラフィルムで封止した。キャピラリー片を、ナノLC-MS/MS分析の前に-20℃で保存した。
【0025】
SPEプレカラム(内径100μm外径360μm長さ4cm)およびLCカラム(内径30μm外径360、長さ50cm)の両方に、3-μm C18充填材料(細孔径300オングストロームPhenomenex、Terrance Californiaを社内でスラリー充填した。PEEKユニオン(Valco instruments、Houston、TX)を使用して、サンプル保持キャピラリーをSPEプレカラムに連結した。サンプルをロードし、nanoACQUITY UPLCポンプ(Waters、Milford、CT)を使用して、緩衝液A(水中0.1%ギ酸)を1000nL/分の流量で10分間注入することによってSPEプレカラム内を浄化した。次いで、LC分離のために低デッドボリュームPEEKユニオン(Valco instruments、Houston、TX)を使用してSPEプレカラムをLCカラムに再度連結した。LC分離の流量は、nanoUPLCポンプ(Dionex UltiMate NCP-3200RS、Thermo Scientific、Waltham、MA)を使用して50nL/分であり、スプリットは300 nL/分であった。8~30%の緩衝液B(アセトニトリル中0.1%ギ酸)の線形100分勾配をLC分離に使用した。次いで、緩衝液Bを15分で45%および5分で90%に勾配させることによってLCカラムを洗浄し、最後に2%の緩衝液Bでさらに10分間再平衡化した。
【0026】
分離したペプチドをスプレー電圧2kVでイオン化し、イオンを150℃に設定したイオン移動キャピラリーに収集した。RFレンズは30%に設定した。MS1スキャンを、質量範囲375~1575、スキャン分解能120k、AGCターゲット1E6、および最大注入時間50msに設定した。+2~+7の電荷および2万を超える強度を有する前駆体イオンをMS/MSシーケンシングのために選択した。前駆体イオンを0.7Thのm/zウィンドウで単離し、35%に設定した高エネルギー解離(HCD)によって断片化した。反復サンプリングは、排除期間60秒およびm/z許容差±10ppmで減少させた。MS/MSスキャンは、AGCターゲット1E5でOrbitrapにおいて行った。MS/MSスキャン分解能および最大注入時間を60kおよび246msに設定した。
【0027】
Thermo RAWファイルに対してMS-GF+を使用してスペクトル同定を行った。検索を、許容差を20ppmに設定したセミトリプチックモードで行い、メチオニン酸化を可変修飾(+15.9949Da)として設定し、TMT10plex(+229.1629Da)およびシステインカルバミドメチル化(+57.0215 Da)を固定修飾として設定した。最大ペプチド長は、最小6残基および最大50残基に含まれるように設定した。2~5の間に含まれる前駆体電荷を有するイオンのみを検索のために考慮した。HeLa消化物については、ヒトUniProt KBデータベース(fastaファイルダウンロード2017-04-12,20,198配列)を検索に使用した。他のすべての実験については、マウスUniProt KBデータベース(fastaファイルダウンロード2017-04-12、16,865配列)を検索に使用し、いずれの場合も、ヒト、ウシおよびブタの通常の汚染物質(16配列)の自己組織化リストを検索されたデータベースに追加した。MS-GF+は、検索されたfastaファイルから独自のデコイデータベースを作成して、偽発見率(FDR)を推定できるようにする。TMT10plexレポータ強度を、0.003Daのレポータ許容差でMASIC v3.0.7111(https://github.com/PNNL-Comp-Mass-Spec/MASIC/releases/tag/v3.0.7111)を使用して抽出した。内部的には、全てのデータはPRISMデータ管理システムによって管理した。
【0028】
その後のデータ処理は、Github(https://github.com/PNNL-Comp-Mass-Spec/RomicsProcessor)およびZenodo(https://zenodo.org/record/3386527)で入手可能なパッケージRomicsProcessor v0.1.0を使用して、R v3.5.1で実行した。データの組み立て、データの視覚化、データのクラスタリングを実行可能にするいくつかのモジュールを含むこのパッケージは、データのサブセット化、様々な正規化方法、および一般的な統計を実行可能にする。このomics-orientedパッケージは、元のデータフレーム、その関連するメタデータ、データ処理の変換工程、および処理されたデータを「romics_object」と呼ばれる同じ多層タイプのRオブジェクトに保存することによって、データを非破壊的に処理することを可能にする。また、データ解析を行うごとにデータ処理フォルダを作成した。各データ処理フォルダは、MS-GF+およびMASICによって生成されたファイル、対応するメタデータ、注釈付きRマークダウンノートブック、利用されたすべてのパッケージのバージョンを含むhtmlレポート、pdf形式で生成されたすべての図、および処理の異なる時点のデータ(すなわち、第1の組み立て後および正規化工程の終了時)を含む。
【0029】
一般的なデータ正規化および解釈パイプラインは、以下に記載される後続の工程を含んでいた。同定されたスペクトル(MS-GF+の表)をそれらのレポータ強度(MASICの表)と融合した。スペクトル、PSMおよびタンパク質レベルで1%未満の偽発見率(FDR)を得るために、FDRのフィルタリングを適用した(少なくとも2つの固有のPSMで同定されたタンパク質のみが保存された);同位体不純物補正を適用した;データをPSMおよびタンパク質レベルにロールアップした(このタイプの正規化は、存在量の少ないペプチドにあまり重みをかけないという利点を有する);次いで、得られたPSMおよびタンパク質データフレームをlog2変換した;パッケージpmartR v0.9.0に実装された方法を使用して、技術的またはプロセスベースの極端な生物学的異常値を除外した;データの中央値センタリング後、大きな単一細胞データセットについて、少なくとも所与の単一細胞型内の最大欠損が40%のPSMまたはタンパク質のみを定量のために保存した。最後に、SVAパッケージv3.30.0のComBatバッチ補正を適用して、明らかなTMTセット特異的バッチ効果を除去した。データの評価は、変動係数の分布、同様のサンプルで作業する場合の相関値、階層クラスタリング、および主成分分析(PCA)を含む多様なメトリクスを使用して、データ分析プロセスの複数の工程で実行された。PCAは完全なデータを必要とするので、欠損値はパッケージmissMDA v1.14で実施された方法を使用して帰属され、解析はPackage FactoMineR v1.41を使用して実行された。データの欠損を復元し、その後、得られたデータをエクスポートして、ペアワイズ両側不等分散(heteroscedastic)スチューデントT検定を実行した。他の2つと比較して1つの条件でより高い存在量を有するタンパク質(T検定p<0.05)のみが、対応する細胞型において濃縮されていると見なした。
【0030】
TMT標識およびブーストの概念をnanoPOTS技術に組み込むことを可能にするために、本発明者らは、第1世代のnanoPOTチップのレイアウトを再設計した。この実施形態では、一連のより小径およびより大径のナノウェルがnanoPOTSチップ上にパターン化される。より小径(1.2mm)のナノウェルは、単一細胞を保持するために利用され、より大径(1.8mm)のナノウェルは、同じTMTセット内のサンプルの組み合わせ(または多重化)のためだけでなく、サンプルのブーストのためにも利用される。単一細胞または単一細胞サイズのタンパク質量を保持するために利用されるより小径のナノウェルの総表面積は約1mmである。これは、記載された他の単一細胞および/または質量が限定された解析で利用される従来の0.5mLチューブ(約130mm)と比較してはるかに小さい有効総表面積であり、表面吸着によって誘発されるタンパク質/ペプチド(すなわち、サンプル)損失の機会が大幅に減少し、したがっておそらく感度が高くなるという利点を提供する。
【0031】
図1は、新しいチップ設計上のnanoPOTS処理およびTMT標識の統合されたワークフロを示す。一実施形態では、細胞またはタンパク質溶解物をナノウェルに沈着させ、先に記載したようにタンパク質抽出(必要に応じて)、還元、アルキル化および消化を行う。次いで、100nL(より小さいナノウェルの場合)または300nL(より大きいナノウェルの場合)の溶解TMT試薬を適切なナノウェルに添加する。TMT10plexを使用し、ブースティング概念を実施する場合、図1に示すように、最大9個のサンプル(ブースティングサンプルを含む)を組み合わせ(または多重化し)、単回のLC-MS実行で分析することができる。ここで、ブースティングサンプルはTMT131チャネルで標識され、130Nチャネルは131チャネルからの同位体汚染のために空のままである。LC-MS分析の全体的な感度を最大化するために、組み合わせたサンプル(すなわち、多重化TMTセット)を、50nL/分で操作した内径30μmのnanoLCカラムを用いて、Orbitrap Fusion Lumos質量分析計で分析する。典型的な120分のLC勾配および単一のTMT10plexセットで多重化された8つの目的のサンプル(例えば、単一細胞)を考慮して、nanoPOTS-TMTプラットフォームは、1日当たり約70サンプル(例えば、単一細胞)、または週当たり約490サンプル(例えば、単一細胞)を解析することができる。
【0032】
伝統的なTMTベースの定量的プロテオミクスでは、TMT標識は、典型的にはng~μgレベルのサンプルで行われる。しかしながら、単一哺乳動物細胞はng以下のレベルのタンパク質(総タンパク質0.1~0.5ng)しか含有しないため、TMT標識戦略がこのスケールで高い定量精度を提供するかどうかを評価する必要がある。本発明者らは、Thermo Scientificから市販されているHeLaタンパク質消化物を使用して、本発明者らのナノ液滴処理プラットフォーム(nanoPOTS)における単一細胞レベルのタンパク質材料のTMT標識を評価した。本発明者らは、市販の品質管理された消化物が、現在の課題である科学界による将来のベンチマーク作業をより容易に促進すると推論した。単一細胞等量(0.2ng)のHeLa消化物を7つの小径ナノウェルに分注し、10ngのHeLa消化物をより大きなナノウェルに分注した。次いで、単一細胞等価サンプルをTMT 10plex試薬の最初の7つのチャネル(すなわち、126~129N)で標識し、より大きい(10ng)ブースティングサンプルを131チャネルで標識した。
【0033】
最初に、非標識ペプチドの数を標識ペプチドの数と比較することによって、TMT標識効率を評価した。二連のLC-MS分析のそれぞれについて標識効率は約99%であり、本発明者らのnanoPOTSプラットフォームがナノリットルスケールおよびng以下のタンパク質量で非常に効率的なTMT標識反応を提供することを示した。0.2-ngのHeLa消化物の各々由来のlog2変換されたタンパク質強度の中央値は14~14.4の範囲であり、130Cおよび130N空チャネルについて、log2変換された中央強度は、それぞれ9.9および10.8であった(図2Aおよび図S2A)。空チャネルについて観察された強度値は、2つのよく認識された現象である同位体汚染と化学物質ノイズの組み合わせから生じる。単一細胞等価TMTチャネルのペアワイズ解析により、ピアソンの相関係数が0.97~0.99の範囲であることが示された。LC-MSによって解析された2つの多重化TMTセットのそれぞれにおける7つの単一細胞等価サンプルの変動係数(CV)の中央値は約11%であった。
【0034】
2つの多重化TMTセット(14個の単一細胞同等サンプルに対応する)からのLC-MSデータを組み合わせると、バッチ補正なしで予想されるように、24.1%の中央値を有するより高いCVが観察された。主成分分析(PCA)は、変動の大部分がバッチアーティファクトに起因することを明確に示した。バッチ共変量がTMTセット実行であると特定された状態で、本発明者らは、バッチ補正を実行するためにRパッケージsvaのComBat関数を使用して、経験的ベイズ法を用いた。バッチ補正後、2つのTMTセットは識別できず、2つの組み合わせたTMTデータセットで観察されたタンパク質強度のCVの中央値は約11%に低下した。2つのデータセットにわたって、単一細胞等価(0.2ng)HeLa消化物について、11,988の固有のペプチドおよび1,604のタンパク質(タンパク質あたり少なくとも2つの固有なペプチドを必要とする)が同定され、ペプチドの79%およびタンパク質の98%が2つのデータセット間で共通であった(図2D)。まとめると、これらの結果は、同重体標識およびナノ液滴ベースのサンプル処理を組み合わせることによって、単一細胞プロテオミクスのための強固なハイスループット定量化が達成され得ることを示している。このブースティング戦略では、文献に報告されているブースティング比(すなわち、ブースティングチャネル内のペプチドの量と残りのサンプルチャネル内のペプチドの量との比)は30~500倍の範囲である。しかし、単一細胞レベルの解析の定量精度に対するブースティング比(具体的には、ブースティングペプチド対単一細胞サイズのペプチドの質量比)の影響は十分に特性評価されておらず、不明のままである。したがって、本発明者らは、単一細胞解析のための定量化に対するブースティング比の効果を評価した。
【0035】
本発明者らは、3つの培養マウス細胞株(C10、上皮細胞;RAW、マクロファージ細胞;SVEC、内皮細胞)由来のTMT標識単一細胞を使用した。3つのレベルのブースティング材料を試験した:0ng(ブースティングなし)、5ngおよび50ng。ブースティングに使用したタンパク質消化物は、3つの細胞型のそれぞれ由来の等量のタンパク質を含有していた。単一の哺乳動物細胞は、約0.2ngの平均タンパク質含有量を有すると推定され、したがって、5ngおよび50ngのタンパク質消化物は、それぞれ約25および250のブースティング比に対応する。3つの試験したブースティング比シナリオのそれぞれについて、2つの独立したTMTセットを調製し、解析した。予想されるように、ペプチドおよびタンパク質の両方の同定は、ブースティング比の増加とともに増加した。0倍、25倍および250倍のブースティング比で、単一細胞中の同定されたタンパク質の数は、それぞれ171、890および1408であった。上記で用いた同じ3つの細胞型(C10、RAW、SVEC)の5連のプロテオームのラベルフリーバルク解析は、それらのプロテオームが、タンパク質発現のみに基づいて3つの細胞型を識別可能にするのに十分に異なることを明らかにした。
【0036】
本発明者らは、単一細胞プロテオームの再現性のある正確な定量を考慮して、単一細胞レベルでも同じことが当てはまると予想した。上記の各ブースティング比シナリオ(すなわち、0倍、0ng;25倍、5ng;250倍、50ng)について、TMTレポータイオンから抽出したタンパク質強度に対して教師なしPCAを実施した。0倍(0ng)または25倍(5ng)ブースティングシナリオを採用したサンプルでは個々の細胞が種類ごとに十分にクラスターを形成したが、250倍(50ng)ブースティングシナリオを採用したサンプルではこれは当てはまらなかった。興味深いことに、ブースティングを行わない単一細胞サンプルでは170の存在量の高いタンパク質のみが定量され、細胞型はそれらのプロテオームプロファイルのみに基づいてグループ化されたが、nanoPOTS-TMTベースの単一細胞プロテオミクスプラットフォームが、追加の入力を必要とせずに細胞集団を識別する良好な可能性を有することを示している。上記のように、250倍(50ng)ブースティングシナリオは、25倍(5ng)ブースティングシナリオと比較してプロテオームカバレッジが改善されたが、25倍(5ng)ブースティングシナリオと比較して細胞型特異的クラスタリングは減少した。
【0037】
本発明者らは、この観察を推進する因子を理解するためにデータの解析を行った。データの検査は、データセット内の欠損値(すなわち、欠損)のレベルが上記の観察の主な推進要因であることを示唆した。ブースティングのレベルを25倍から250倍に増強すると、単一細胞チャネルのペプチドレベルおよびタンパク質レベルでの欠損のレベルは、それぞれ20%から42%および3%から11%に増加した。さらに、非共有ペプチドおよび非共有タンパク質のレベルは、それぞれ45%から55%および6%から11%に増加し、ブースティングレベルはより高かった。本発明者らは、欠損値の増加が、より高い250倍のブースティングシナリオで単一細胞定量性能の低下を引き起こしたと推論した。まとめると、これらの結果は、ブースティング戦略を利用する前に、研究されている細胞型について理想的に決定されるべき最適なブースティングシナリオがあることを示唆している。
【0038】
ハイスループットかつディープな単一細胞プロテオームプロファイリングのための本発明者らのプラットフォームの最初の適用をさらに実証するために、本発明者らはそれを適用して、より大きな細胞集団からの単一細胞プロテオームを定量した。24個のC10細胞、24個のRAW細胞、および24個のSVEC細胞に対応する72個の単一細胞を、本発明者らがラージスケールの単一細胞実験を行うために先に記載したように、FACSを使用してnanoPOTSチップ上に沈着させた。nanoPOTSチップのナノウェルに沈着した死細胞、細胞残屑および沈殿物の発生を最小限に抑え、生存細胞のみの解析を確実にするために、本発明者らは、代謝的に活性な細胞においてのみ蛍光を発する膜透過色素であるカルセインAMを利用した。nanoPOTSチップのナノウェルへの細胞の単離および沈着をカルセインAMシグナルにゲートすることにより、生細胞が死細胞および他の汚染物質から容易に識別された。単一細胞をnanoPOTSチップ上に沈着させ、個別のTMTチャネルで標識した。合計4つのnanoPOTSチップを利用して72個の単一細胞を収容し、各nanoPOTSチップは、3つの細胞型にわたって均一に分布した6個の個々の単一細胞を含んでいた。
【0039】
72個の単一細胞を含有する12個の多重化TMTバッチのLC-MS/MS分析から、本発明者らは、<1%の偽発見率(FDR)で2,331のタンパク質を同定し、<1%のFDRで少なくとも2つの固有のペプチドにより保存的に1,597のタンパク質を同定した。単一細胞プロテオームデータの定量分析のために、本発明者らは、pmartRパッケージに実装されたマルチパラメトリック法を利用して、さらなる下流処理から外れ値を同定し除外した。合計11個の細胞を、技術的、プロセスベースまたは極端な生物学的外れ値とみなし、さらなる解析から除外した。残りの61個の単一細胞から、すべての細胞型にわたるすべてのデータセットの44%に存在するタンパク質と等価の、所与の細胞型(C10、RAW、またはSVEC細胞)由来のデータセットの60%に存在するタンパク質のみを定量化のために検討し、1,225の定量可能なタンパク質を得た。単一細胞で定量された1,225すべてのタンパク質のレベルをそれらの主成分に投影した。主成分分析(PCA)により、細胞型によってグループ化された単一細胞プロテオームが示された。
【0040】
3つの細胞型のグループ化を推進する特徴を特定するために、補完されていないデータを利用してペアワイズスチューデント検定を行った(p<0.05)。ペアワイズスチューデント検定(p<0.05)により、138のタンパク質がRAW細胞およびSVEC細胞と比較してC10細胞において濃縮されており、82のタンパク質がC10細胞およびSVEC細胞と比較してRAW細胞において濃縮されており、56のタンパク質がC10細胞およびRAW細胞と比較してSVEC細胞において濃縮されていることが明らかになった。重要なことに、3つの細胞型(C10上皮細胞、RAWマクロファージ細胞、SVEC内皮細胞)のそれぞれのマーカは、予想される単一細胞集団においてより高い存在量で存在した。
【0041】
肺上皮細胞の頂端膜に通常位置するタンパク質であるエズリンは、他の2つの細胞型と比較して、C10単一細胞で有意に高かった(T検定 p<0.001)。この観察は、ヒトの選別された肺上皮細胞および間葉細胞の本発明者らの以前のラベルフリーnanoPOTSベースの解析を支持し、本発明者らはまた、エズリンが肺上皮細胞において有意に濃縮されていることを特定した。いくつかの微絨毛上皮細胞の頂端に濃縮されていることが知られているエズリンのパラログであるモエシン、およびコラーゲンIもC10単一細胞において濃縮されていた。3つのマクロファージおよび/または免疫細胞マーカであるCD68、CAPGおよびLYZ1はすべて、RAW単一細胞で濃縮されていた。3つのマクロファージおよび/または免疫細胞マーカであるCD68、CAPGおよびLYZ2はすべて、RAW単一細胞で濃縮されていた。CD68は、マクロファージおよび単球の表面マーカタンパク質である。CAPGは、マクロファージキャッピングタンパク質である。LYZ2は、単球、マクロファージおよび顆粒球において排他的に発現される抗菌性酵素である。SVEC4-10は、H2クラスI組織適合性タンパク質(H2-K1)、第VIII因子関連抗原およびVCAMを含むATCCによって記載されるこの細胞株の公知の抗原/マーカによる腋窩リンパ節血管からの内皮細胞のSV40(株4A)形質転換によって誘導される内皮細胞株である。本発明者らは、単一細胞プロテオミクスデータセットにおいて後者の2つのタンパク質を検出しなかったが、H2-K1は単一SVEC4-10細胞において濃縮されていた。リンパ球において高いことが知られているタンパク質であるプロサポシン、およびヒトプロテオーム地図上のリンパ系組織において最も存在量が多いことが記載されているSTAT1もまた、SVEC単一細胞において濃縮されていることが見出された。これらの結果は、バルクスケールのラベルフリー存在量測定とほぼ一致している。
【0042】
上記の説明およびデータは、単一哺乳動物細胞の効果的な多重解析のための、強固でハイスループットなプロテオミクスワークフロを提供するプラットフォームを確立するための、nanoPOTS技術とTMT同重体標識との組み合わせを示す。本発明者らは、ナノリットルスケールでの高い反応速度論が、最小限の標識試薬の使用を可能にし、したがって過剰な試薬に由来する化学物質汚染を著しく低減することを見出した。タンパク質1つ当たり2つの保存的に要求される固有のペプチドが定量され、細胞の40%超における存在が解析された場合、60を超える単一細胞にわたって再現可能な定量的プロテオーム測定が達成され、プロテオームカバレッジは1,200のタンパク質を超える。本発明者らのプラットフォームの可能な態様は、タンパク質発現のみに基づいて単一細胞を細胞型によりグループ化する能力によって十分に実証されている。本発明者らは、本発明者らの単一細胞プロテオミクスプラットフォームが、単一細胞または非常に限られた出発量の材料を含む広範な用途、例えば、幹細胞の発達の理解、循環腫瘍細胞などの単離された臨床検体のプロテオミクス研究、または細胞解像度での組織不均一性の偏りのないプロテオームイメージングを可能にするはずであると予想している。
【0043】
現在の単一細胞プロテオミクスプラットフォームは、著しく改善された解析スループット(1週間当たり約490個の細胞を解析)を提供するが、本発明者らは、プラットフォーム自動化および本発明者らが実施しているLC-MS勾配最適化の改善と組み合わせたThermoFisher製の新しいTMT16plex試薬が、現在のスループットを3~4倍増加させる準備ができていることに注目する。スループットに加えて、単一細胞定量精度は、高電界非対称波形イオン移動度分光法(FAIMS)を含む気相分画技術およびリアルタイム検索MS3(RTS-MS3)を組み込むことによってさらに改善することができる。本発明者らは、これらのイオン分画戦略が、比率圧縮を効率的に最小化し、プロテオームのダイナミックレンジを改善するだけでなく、化学物質ノイズおよび関連する偽発見を有意に低減すると予想している。最後に、本発明者らはまた、サンプル処理体積を低ナノリットルまたはさらにはピコリットルスケールまで減少させることを計画しており、これにより単一細胞のタンパク質回収をさらに改善し、試薬からの化学物質汚染を低減することができる。
【0044】
サンプルを取り扱うためのこのプロセスに加えて、他の技術のさらなる使用もまた、最適化された結果に向けて推進するのに有用であった。上述のように、同重体標識によって可能にされる多重化検出、ならびにブースティング/担体戦略を利用することにより、感度を向上させることができる。本発明者らの研究は、広範な用途に容易に実装できるiBASIL法を示した。BASILおよび「BASIL様」アプローチを使用すると、個々のパラメータごとに、達成可能なプロテオームカバレッジと定量品質との間に常にバランスが存在する。
【0045】
より小さなサンプル(16)の包括的なホスホプロテオーム解析を可能にするためのBASIL(ブースティングしてシグナルを同重体標識で増幅する)戦略の1つ、例えば、ヒト膵島由来の2万個のホスホサイトの定量)には、様々なる研究で30~200、さらには500まで変化したブースティング対サンプル比が含まれる。本発明者らは、Orbitrapの電荷容量が限られているために、過度に高いブースティング比が低存在量タンパク質のシグナル安定性およびシグナル対ノイズ比(S/N)の両方を低下させることを見出した。他方、典型的なバルク解析で使用される自動利得制御(AGC)およびイオン注入時間(IT)設定の有意な増加は、サンプルチャネル内のシグナルを改善するのに役立ち、プロテオームカバレッジの改善を達成しながら単一細胞における正確なタンパク質定量をもたらす。この改善されたBASIL(iBASIL)戦略は、FACSにより単離された104個の単一細胞における1500のタンパク質の信頼できる正確な定量化によって実証され、3つの異なる急性骨髄性白血病(AML)細胞株由来のこれらの細胞の堅固な分離およびクラスター化をもたらした。
【0046】
特に、本発明者らは、B/S比100が、iBASILの実装および最適化の出発点としての高いAGCおよびIT値と併せて、最適化された結果を提供するように思われることを見出した。非常に高いB/S比(例えば1000)を使用してプロテオームカバレッジを増加させる場合、より高いAGCおよび/またはIT設定が信頼できる定量化を達成するために好ましいが、定量化可能なタンパク質が少ないというトレードオフを伴う。ある最適化されたiBASIL戦略は、nanoPOTSベースのサンプル調製プラットフォームとのカップリングによって、104個のFACSにより単離された単一AML細胞中の1500のタンパク質の正確な定量を可能にした。これらの結果は、3つの異なるAML細胞株由来の単一細胞の堅固なクラスタリングおよび分離を可能にし、それらのプロテオームにおける機能的に異なる違いを明らかにした。本発明者らは、iBASILが、正確な定量的単一細胞プロテオミクスおよびナノホスホプロテオミクスのための、ならびに現在のプロテオミクスプラットフォームによって容易にアクセスされない貴重な質量が限定された臨床検体の解析のためのシステム生物学および生物医学研究において広範な有用性を有すると考えている。
【0047】
さらなる研究は、捕捉されたイオンの総数が空間電荷効果によって制限され、100万電気素量の範囲にあることを示した。この制限のために、高いブースティング対サンプル比(B/S比)が使用される場合、単一細胞サンプルからのイオンを効果的に検出することができない。しかしながら、ブースティングチャネルにおけるTMTシグナルの増加とは異なり、サンプルチャネルにおけるTMTシグナルは、B/S比が増加するにつれて減少し、その結果、より高い標準偏差(S.D.)がもたらされ、ピアソン相関係数が減少し(0.991から0.967へ)、および、サンプルチャネルからのTMTシグナルの変動係数(CV)の中央値が増加した(7.7%から11.9%へ)。空のチャネルのTMT強度は、B/S比が増加するにつれて影響を受けなかったことに留意されたい。同様の傾向が、様々なB/S比を用いたペプチドの10ngサンプルについても観察された。高いB/S比は、定量品質を犠牲にしてペプチド/タンパク質同定の増加を提供する。
【0048】
さらに、試験は、より高いAGCが、研究チャネルおよびブースティングチャネルの両方からのより多くのイオンの蓄積を可能にし、研究チャネルからの有意に増加したTMTシグナルを提供することを示し、これは、劇的に増加したITに起因し得る。研究サンプルチャネルにおける増強されたTMTシグナルは、有意に改善された定量品質をもたらした。例えば、ピアソン相関係数は0.933から0.994に増加し、CVの中央値は14.6%から8.8%に減少し、欠損値は2%から0.2%に減少した。しかしながら、AGCが5E4から5E6に増加した場合、MS2走査速度の低下をもたらした有意に増加したデューティサイクル時間のために、定量可能なペプチドの数は7208から5993に減少した。同様の傾向が、B/S比1000および様々なAGC設定において、0.5 ngの投入サンプルについても観察された。より高いAGCは、特に、高いブースティング比が使用された場合に、定量化性能を大幅に改善することができる。
【0049】
AGCに加えて、最大ITは、MS2解析のためのペプチドイオンの総数を制御するように修正することができる別のパラメータである。より高いAGC設定が、ブースティングサンプルの存在下で研究サンプルチャネルからのより多くのイオンの蓄積を可能にする。一組の実験では、TMT126、127NおよびTMT127Cで個別に標識されたトリプシンペプチドを、B/S比10、50、100、および200でTMT131N標識ブースティングペプチドと混合し、300ms~1,000msの範囲の異なるITで、AGCは5E5で固定して解析した。より長いITが低存在量タンパク質についてのMS検出感度を増加させることができるという以前の報告と一致して、サンプルチャネルからのTMTシグナル中央値およびピアソン相関係数は、より長いITを使用してすべてのB/S比に対して改善された。より長いITはまた、最も低いB/S比(10)で定量可能なペプチドの数の増加をもたらした。しかしながら、より大きなB/S比(例えば100)では、より高いデューティサイクル時間のために定量可能なペプチドの数が急速に減少した。
【0050】
B/S比およびAGCならびに最大IT設定の評価からの結果は、達成可能なプロテオームカバレッジと定量の品質との間のトレードオフを明らかに示している。本発明者らの測定は、B/S比100、ならびに比較的高いAGC(5E5)およびIT(300ms)設定が、単一細胞解析のためのiBASILの実施のための合理的な出発点であることを示唆している。もう1組の実験、ブースティングを使用する定量的単一細胞プロテオーム解析のためのiBASIL設定(典型的なバルク分析MS設定と比較して)では、3つのAML細胞株(MOLM-14、K562およびCMK)由来の単一細胞等価物(0.1ngのトリプシンペプチド)を個々にTMT126~130Cで標識し、次いで、B/S比1000でTMT131N標識ブースティングサンプルと組み合わせた。B/S比1000を使用して、(文献で報告されているものよりも大きい)ブースティングの最悪シナリオを表した。TMT130Nチャネルを空のままにして、TMT131N試薬(すなわち、ブースティングチャネル)の同位体不純物によって引き起こされる歪んだ測定を回避した。
【0051】
サンプルを、最適化されたiBASIL MS設定(AGC5E6;最大IT300ms)および従来のバルク分析に通常使用される通常のMS設定(AGC5E4;最大IT100ms)の両方によって分析した。通常のMS設定を使用して得られた結果と比較すると、iBASILは、定量可能なペプチドの数を900から3541に、タンパク質を585から1131に有意に増加させた。さらに、研究サンプルチャネルにおけるTMTシグナルの中央値は、改善されたiBASIL設定を実施した場合に4倍増加し、PCA分析におけるAML細胞の改善された分離およびクラスター化によって証明されるように、より良好な定量化をもたらした。次いで、本発明者らは、iBASIL設定を用いたとした場合の、大きなB/S比(1000)の定量化に対する潜在的影響を、同じ3つのAML細胞株を使用して、異なるB/S比(少なくとも1つの細胞型で欠損値なし)および通常のBASILおよびiBASILで解析した同じサンプルのサンプルチャネルに対するTMTレポータイオン強度で評価した(An improved Boosting to Amplify Signal with Isobaric Labeling(iBASIL)strategy for Precise Quantitative Single-cell Proteomics,Molecular&Cellular Proteomics,2020,19,5,828)。定量可能なタンパク質を使用したPCA分析は、3つのAML細胞株の分離を通常のブースティングの100および1000を使用して示した。
【0052】
予想通り、定量可能なペプチドおよびタンパク質の数は、B/S比と共に増加した。すべてのB/S比について、3つの細胞型は、PCA分析において合理的に十分にクラスター化され、分離された。しかしながら、分離の質および再現性は、B/S比が増加するにつれてわずかに低下した。興味深いことに、B/S比が100から1000に増加した場合、定量可能なタンパク質の中程度の増加(14.4%)しか観察されず、非常に高いB/S比は深いプロテオームカバレッジを達成するために必要ではない可能性があることを示唆している。
【0053】
結果はさらに、1000という大きなB/S比において、TMT131Nをブースティングチャネルとして使用した場合、TMT130Nに加えて、2つの追加のTMTサンプルチャネル(TMT129NおよびTMT130C)もまた、おそらくTMT131Nの同位体不純物のために、有意に影響を受けたことを示した。したがって、より高いB/S比が使用される場合、影響を受けたチャネルを空のままにするように実験設計を修正すべきである(本発明者らは、さらに、これらの観察結果が、試薬同位体不純物に起因する多重化の減少または歪んだ定量化を低減/排除するための質量タグ付け試薬に対する将来の修正の有用性を示唆していることにも注目した。異なるB/S比での定量化をさらに評価するために、本発明者らはまた、任意の2つの細胞型間の倍率変化を計算し、ブースティングありおよびなしのデータについてペアワイズ相関を行った。100倍ブースティングありおよびブースティングなしのデータの倍率変化は、3つのペアワイズ比較についてそれぞれ0.74、0.83および0.87のピアソン相関係数と良好な相関を示し、100ブースティングによる全体的に良好な定量化を示唆している。
【0054】
しかし、同じペアワイズ比較の線形回帰の傾きは、それぞれ0.59、0.79および0.84であり、ブースティング戦略を適用した後に定量のダイナミックレンジがわずかに減少したことを示している。これは、1000倍ブースティングありとブースティングなしのデータを比較した場合、より低い相関およびより低い傾きによってさらに確認された。これらの結果は、ブースティング戦略は単一細胞解析のためのプロテオームカバレッジを有意に増加させることができるが、より高いブースティング比は、MS検出器の限定されたダイナミックレンジ、例えばOrbitrapの線形ダイナミックレンジ(イントラスキャン)が1000~1万の範囲に限定されているため(26)、定量におけるダイナミックレンジを減少させることを示した。
【0055】
まとめると、データは、プロテオームカバレッジおよび定量品質の両方においてバランスのとれた結果を得るために、AGCおよびIT設定が一致した小型サンプルの定量分析のために、B/S比を慎重に選択すべきであることを示した。TMTベースの定量的グローバルプロテオーム解析におけるiBASIL-MS2法とiBASIL-MS3法とを比較すると、SPS-MS3によって提供されるより大きな選択性は、MS2アプローチに関連する同重体標識比率の「圧縮」の問題を軽減することが示されている。最後に、最適化されたiBASIL戦略を適用して、FACSにより選別された単一MCF10A細胞の正確な定量的プロテオーム解析を可能にした。単一細胞を選別し、nanoPOTSプラットフォームで処理した。バルクMCF10A細胞消化物からの10ナノグラムのトリプシンペプチドをブースティングチャネルとして使用した。ブースティングを行わない単一細胞プロテオミクスの結果と比較すると、iBASILによって2倍多いタンパク質(434から853;390および664は、それぞれ2つ以上のペプチドヒットを有する)が定量された。iBASIL MS設定(AGC:5E6;IT:300ms)および単一細胞プロテオーム解析のための他の報告されたMS設定(AGC:5E4;IT:300ms)の定量性能も比較した。定量可能なタンパク質の数はわずかに少なかったが、iBASIL設定を使用したサンプルTMTレポータイオン強度は1.8倍有意に増加した。iBASIL戦略は、単一細胞における機能的に異なる違いを明らかにする1,500を超えるタンパク質の正確な定量化を可能にし、包括的で高忠実度の単一細胞プロテオーム解析への重要な前進を表す。
【0056】
本開示の様々な好ましい実施形態が示され、説明されているが、本開示はそれに限定されず、以下の特許請求の範囲内で実施するために様々に具体化され得ることを明確に理解されたい。上記の説明から、以下の特許請求の範囲によって定義される本開示の精神および範囲から逸脱することなく、様々な変更を行うことができることは明らかであると思われる。
図1
図2A-2C】
【国際調査報告】