(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-02-08
(54)【発明の名称】フィトスフィンゴシンまたはフィトセラミドの製造法
(51)【国際特許分類】
C12P 13/02 20060101AFI20240201BHJP
C12P 13/00 20060101ALN20240201BHJP
【FI】
C12P13/02
C12P13/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023544080
(86)(22)【出願日】2022-01-20
(85)【翻訳文提出日】2023-09-20
(86)【国際出願番号】 JP2022002033
(87)【国際公開番号】W WO2022158534
(87)【国際公開日】2022-07-28
(32)【優先日】2021-01-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】RU
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】514034102
【氏名又は名称】エヴォルヴァ エスアー.
【氏名又は名称原語表記】EVOLVA SA.
【住所又は居所原語表記】Duggingerstrasse 23,CH-4153 Reinach,Switzerland
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】セレブリャヌイ フセヴォロド アレクサンドロヴィッチ
(72)【発明者】
【氏名】ソフィヤノヴィッチ オリガ アレクサンドロヴナ
(72)【発明者】
【氏名】オゼロヴァ アンナ ミハイロヴナ
(72)【発明者】
【氏名】柿山 喬
(72)【発明者】
【氏名】平塚 宣博
(72)【発明者】
【氏名】立山 康博
(72)【発明者】
【氏名】ウィドナム,コリーナ
(72)【発明者】
【氏名】タバレス,サビーナ デ アンドレド ペレイラ
(72)【発明者】
【氏名】シュワブ,マーカス
【テーマコード(参考)】
4B064
【Fターム(参考)】
4B064AE01
4B064AE02
4B064CA06
4B064CA19
4B064CC24
4B064CD13
4B064DA01
(57)【要約】
酵母を用いた所望のアルキル鎖を有するフィトスフィンゴシン(PHS)やフィトセラミ
ド(PHC)等の目的物質の製造法を提供する。脂肪酸を含有する培地で目的物質を生産す
る能力を有する酵母を培養することにより目的物質を製造する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的物質の製造方法であって、
脂肪酸を含有する培地で目的物質を生産する能力を有する酵母を培養すること
を含み、
前記目的物質が、フィトスフィンゴシン(PHS)およびフィトセラミド(PHC)からなる群より選択される、方法。
【請求項2】
前記脂肪酸が、ミリスチン酸、パルミチン酸、およびステアリン酸からなる群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記脂肪酸が、ミリスチン酸である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記目的物質がPHSであり、且つ、前記酵母が、LAG1、LAC1、LIP1、NEM1、SPO7、LCB4
、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、CHA1、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して低下するように改変されているか、
前記目的物質がPHCであり、且つ、前記酵母が、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ORM2
、CHA1、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して低下するように改変されている、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記タンパク質の活性が、該タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより、または該タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、低下した、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記発現および/または活性が、前記タンパク質をコードする遺伝子の欠失により低下した、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記目的物質がPHSであり、且つ、前記酵母が、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、SER1、SER2、SER3、YPC1、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変株と比較して増大するように改変されているか、
前記目的物質がPHCであり、且つ、前記酵母が、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、LAG1、LAC1、LIP1、SER1、SER2、SER3、ELO3、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して増大するように改変されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記タンパク質の活性が、該タンパク質をコードする遺伝子の発現を増大させることにより増大した、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記発現および/または活性が、前記タンパク質をコードする遺伝子のコピー数を増大させることにより、および/または該タンパク質をコードする遺伝子の発現調節配列を改変することにより、増大した、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
前記PHSが、2つまたはそれ以上のPHSの混合物である、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記PHSが、C16:0 PHS、C18:0 PHS、C20:0 PHS、C18:1 PHS、C20:1 PHS、4-(ヒドロキシメチル)-2-メチル-6-テトラデカニル-1,3-オキサジナン-5-オール、
および4-(ヒドロキシメチル)-2-メチル-6-ヘキサデカニル-1,3-オキサジナン-5-オールからなる群より選択される、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記培地が、目的物質との会合、目的物質との結合、目的物質の可溶化、および/または目的物質の捕捉が可能な添加剤を含有する、請求項1~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記添加剤が、シクロデキストリンおよびゼオライトからなる群より選択される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記酵母が、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する、請求項1~13のいず
れか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記酵母が、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である、請求項1~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記目的物質の生産が、前記脂肪酸の非存在下と比較して、前記脂肪酸の存在下で増大する、請求項1~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記目的物質が、炭素数n+2のアルキル鎖を有するPHSまたはPHC種を含み、
前記酵母によるPHSまたはPHCの総生産量に対する前記PHSまたはPHC種の生産量の比率が、前記脂肪酸の非存在下と比較して、前記脂肪酸の存在下で増大し、
nが、前記脂肪酸の炭素数を表す、請求項1~16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
さらに、前記酵母の菌体および/または前記培地から前記目的物質を回収することを含む、請求項1~17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
前記培地が、セリンを含有する、請求項1~18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
フィトセラミド(PHC)の製造方法であって、
請求項1~19のいずれか1項に記載の方法によりフィトスフィンゴシン(PHS)を製
造すること;および
前記PHSを前記PHCに変換すること
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母を用いたフィトスフィンゴシン(phytosphingosine;PHS)やフィトセ
ラミド(phytoceramide;PHC)等の目的物質の製造法に関する。PHSやPHCは、医薬品や化粧品等の成分として産業上有用である。
【背景技術】
【0002】
酵母を用いる方法等の生物工学的手法により、PHSやPHC等のスフィンゴイド塩基やスフィンゴ脂質が製造されている(特許文献1~3)。
【0003】
酵母を培養する際の培地における脂肪酸の存在が酵母の細胞膜組成に影響することが報告されている(非特許文献1)。しかし、培地における脂肪酸の存在とPHSまたはPHCの生産の関連はこれまでに報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】JP2014-529400
【特許文献2】WO2017/033463
【特許文献3】WO2017/033464
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Non-patent document 1: S V Avery, et. al., Copper toxicity towards Saccharomyces cerevisiae: dependence on plasma membrane fatty acid composition. Appl Environ Microbiol. 1996 Nov; 62(11): 3960-3966.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、アルキル鎖を有するフィトスフィンゴシン(PHS)やフィトセラミド(PHC)等の目的物質を酵母で生産する新規な技術を開発し、効率的な目的物質の製造法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、脂肪酸を含有する培地で酵母を培養することにより、アルキル鎖を有するフィトスフィンゴシン(PHS)やフィ
トセラミド(PHC)等の目的物質を生産できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、例えば、以下の通り例示できる。
[1]
目的物質の製造方法であって、
脂肪酸を含有する培地で目的物質を生産する能力を有する酵母を培養すること
を含み、
前記目的物質が、フィトスフィンゴシン(PHS)およびフィトセラミド(PHC)からなる群より選択される、方法。
[2]
前記脂肪酸が、ミリスチン酸、パルミチン酸、およびステアリン酸からなる群より選択される、前記方法。
[3]
前記脂肪酸が、ミリスチン酸である、前記方法。
[4]
前記目的物質がPHSであり、且つ、前記酵母が、LAG1、LAC1、LIP1、NEM1、SPO7、LCB4
、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、CHA1、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して低下するように改変されているか、
前記目的物質がPHCであり、且つ、前記酵母が、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ORM2
、CHA1、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して低下するように改変されている、前記方法。
[5]
前記タンパク質の活性が、該タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより、または該タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、低下した、前記方法。
[6]
前記発現および/または活性が、前記タンパク質をコードする遺伝子の欠失により低下した、前記方法。
[7]
前記目的物質がPHSであり、且つ、前記酵母が、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、SER1、SER2、SER3、YPC1、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して増大するように改変されているか、
前記目的物質がPHCであり、且つ、前記酵母が、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、LAG1、LAC1、LIP1、SER1、SER2、SER3、ELO3、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の発現および/または活性が非改変酵母と比較して増大するように改変されている、前記方法。
[8]
前記タンパク質の活性が、該タンパク質をコードする遺伝子の発現を増大させることにより増大した、前記方法。
[9]
前記発現および/または活性が、前記タンパク質をコードする遺伝子のコピー数を増大させることにより、および/または該タンパク質をコードする遺伝子の発現調節配列を改変することにより、増大した、前記方法。
[10]
前記PHSが、2つまたはそれ以上のPHSの混合物である、前記方法。
[11]
前記PHSが、C16:0 PHS、C18:0 PHS、C20:0 PHS、C18:1 PHS、C20:1 PHS、4-(ヒドロキシメチル)-2-メチル-6-テトラデカニル-1,3-オキサジナン-5-オール、および4-(ヒドロキシメチル)-2-メチル-6-ヘキサデカニル-1,3-オキサジナン-5-オールからなる群より選択される、前記方法。
[12]
前記培地が、目的物質との会合、目的物質との結合、目的物質の可溶化、および/または目的物質の捕捉が可能な添加剤を含有する、前記方法。
[13]
前記添加剤が、シクロデキストリンおよびゼオライトからなる群より選択される、前記方法。
[14]
前記酵母が、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する、前記方法。
[15]
前記酵母が、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である、前記方法。
[16]
前記目的物質の生産が、前記脂肪酸の非存在下と比較して、前記脂肪酸の存在下で増大する、前記方法。
[17]
前記目的物質が、炭素数n+2のアルキル鎖を有するPHSまたはPHC種を含み、
前記酵母によるPHSまたはPHCの総生産量に対する前記PHSまたはPHC種の生産量の比率が、前記脂肪酸の非存在下と比較して、前記脂肪酸の存在下で増大し、
nが、前記脂肪酸の炭素数を表す、前記方法。
[18]
さらに、前記酵母の菌体および/または前記培地から前記目的物質を回収することを含む、前記方法。
[19]
前記培地が、セリンを含有する、前記方法。
[20]
フィトセラミド(PHC)の製造方法であって、
前記方法によりフィトスフィンゴシン(PHS)を製造すること;および
前記PHSを前記PHCに変換すること
を含む、方法。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】S. cerevisiae EYS4423 (Δcha1 Δlcb4 Δorm2 Δcka2 [ScLCB1 ScLCB2][ScTSC10][PcSUR2])株によるフィトスフィンゴシン(PHS)およびスフィンガニン生産の結果を示す図。
【
図2】S. cerevisiae EYS4423 (Δcha1 Δlcb4 Δorm2 Δcka2 [ScLCB1 ScLCB2][ScTSC10][PcSUR2])株による3-ケトスフィンガニン生産の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明の方法は、目的物質の製造方法であって、脂肪酸を含有する培地で目的物質を生産する能力を有する酵母を培養する工程を含む方法である。本発明の方法に用いられる酵母を、「本発明の酵母」ともいう。
【0012】
<1>本発明の酵母
本発明の酵母は、目的物質を生産する能力を有する。「目的物質を生産する能力」を、「目的物質生産能」ともいう。
【0013】
<1-1>目的物質生産能を有する酵母
本発明において、「目的物質生産能を有する酵母」とは、培地で培養したときに、目的物質を生成し、回収できる程度に培地中および/または酵母菌体内に蓄積することができる酵母を意味してよい。培地は、本発明の方法で用いることができる培地であってよく、具体的には、脂肪酸を含有する培地であってよい。目的物質生産能を有する酵母は、非改変酵母株よりも多い量の目的物質を培地中および/または酵母菌体内に生成蓄積することができる酵母であってよい。「非改変酵母」とは、目的物質生産能が付与または増強されるように改変されていない参照株または対照株を意味してよい。非改変株としては、野生株や親株、例えば、Saccharomyces cerevisiae BY4742株(ATCC 201389; EUROSCARF Y10000)、S288C株(ATCC 26108)、NCYC 3608株が挙げられる。また、目的物質生産能を有する酵母は、好ましくは5 mg/L以上、より好ましくは10 mg/L以上の量の目的物質を培地に
蓄積することができる酵母であってもよい。
【0014】
本発明において、目的物質は、フィトスフィンゴシン(PHS)またはフィトセラミド(PHC)である。PHSの各バリエーションを「PHS種」ともいう。PHCの各バリエーションを「PHC種」ともいう。
【0015】
「フィトスフィンゴシン(PHS)」とは、スフィンゴイド塩基と呼ばれる長鎖アミノア
ルコールであって、下記のような構造を有するものをいう。PHSは、アミノ基をC2位に有
するアルキル鎖を含む。すなわち、アルキル鎖の一方の末端の炭素であって、アミノ化されている炭素(C2位)に結合している炭素がアルキル鎖のC1位とみなされる。アルキル鎖は、2つまたはそれ以上のヒドロキシル基を有する。アルキル鎖は、例えば、C1位、C3位、およびC4位にヒドロキシル基を有していてよい。アルキル鎖は、C1位、C3位、およびC4位以外に、追加のヒドロキシル基を有していてもよく、いなくてもよい。典型的には、アルキル鎖は、C1位、C3位、およびC4位以外に、追加のヒドロキシル基を有していなくてよい。アルキル鎖の長さや不飽和度は、可変であってよい。アルキル鎖長は、例えば、C14
~C26(C14、C16、C18、C20、C22、C24、C26等)であってよい。アルキル鎖長は、例えば、特に、C16、C18、またはC20であってよい。アルキル鎖長は、アルキル鎖の炭素数(す
なわち炭素原子の数)と解釈できる。アルキル鎖は、飽和であっても不飽和であってもよい。アルキル鎖は、1つまたはそれ以上の不飽和二重結合を有していてよい。すなわち、PHSおよびPHCについての「アルキル鎖」とは、特記しない限り、飽和鎖に限られず、アルケニル鎖やアルカジエニル鎖等の不飽和鎖を包含してよい。アルキル鎖は、典型的には、不飽和二重結合を有しなくてよいか、不飽和二重結合を1つのみ有していてよい。アルキル鎖は、さらに典型的には、不飽和二重結合を有しなくてよい。アルキル鎖は、例えば、C8トランス二重結合を有していてよい。キラル中心の構成は、天然のPHCのPHS部位と同一であってもよく、そうでなくてもよい。C2位は、例えば、2Sであってよい。C3位は、例えば、3Sであってよい。C4位は、例えば、4Rであってよい。キラル中心の構成は、例えば、特に、2S, 3S, 4Rであってよい。PHSのアルキル鎖の炭素数を、「n」で示すことができる。炭素数「n」のアルキル鎖を有するPHSを、「Cn PHS」または「CnアルキルPHS(Cn-alkyl PHS)」ともいう。例えば、「C18 PHS」とは、飽和であっても不飽和であってもよい長さがC18のアルキル鎖を有するPHSを総称する。PHSのアルキル鎖の不飽和二重結合数を、
「m」で示すことができる。炭素数「n」で不飽和二重結合数が「m」のアルキル鎖を有す
るPHSを、「Cn:m PHS」または「Cn:mアルキルPHS(Cn:m-alkyl PHS)」ともいう。PHSと
しては、そのような、長さおよび/または不飽和度の異なるPHSのバリアント種が挙げら
れる。PHSのバリアント種として、具体的には、飽和C16アルキル鎖を有するC16:0 PHS、
飽和C18アルキル鎖を有するC18:0 PHS、飽和C20アルキル鎖を有するC20:0 PHS、不飽和二重結合を1つ有するC18アルキル鎖を有するC18:1 PHS、不飽和二重結合を1つ有するC20
アルキル鎖を有するC20:1 PHSが挙げられる。PHSのバリアント種として、より具体的には、C16:0 PHS、C18:0 PHS、C20:0 PHS、C18:1 PHS、C20:1 PHSであって、C1位、C3位、お
よびC4位以外に追加のヒドロキシル基を有しないものが挙げられる。PHSのバリアント種
としては、PHSの付加体(adduct)、例えば、4-(ヒドロキシメチル)-2-メチル-
6-テトラデカニル-1,3-オキサジナン-5-オール(4-(hydroxymethyl)-2-methyl-6-tetradecanyl-1,3-oxazinan-5-ol)や4-(ヒドロキシメチル)-2-メチル-6-
ヘキサデカニル-1,3-オキサジナン-5-オール(4-(hydroxymethyl)-2-methyl-6-hexadecanyl-1,3-oxazinan-5-ol)(これらはそれぞれC18:0 PHSおよびC20:0 PHSとアセトアルデヒドとの反応により生じ得る)、も挙げられる。「フィトスフィンゴシン(PHS)
」とは、PHSの典型種であるC18:0 PHSに限られず、C16:0 PHS、C18:0 PHS、C20:0 PHS、C18:1 PHS、C20:1 PHS等のPHSのバリアント種を総称してもよく、そのようなPHSのバリア
ント種およびそれらの付加体を総称してもよい。生産されるPHSは、1種のPHS種を含んでいてもよく、2種またはそれ以上のPHS種の混合物であってもよい。そのような混合物は
、異なるアルキル鎖(例えば、長さおよび/または不飽和度の異なるアルキル鎖)を有する2種またはそれ以上のPHS種を含んでいてよい。
【0016】
フィトセラミド(PHC)は、フィトスフィンゴシン(PHS)のセラミドである。PHCは、
例えば、「セラミド3(ceramide 3)」または「セラミドNP(ceramide NP)」とも呼ば
れている。
【0017】
「フィトセラミド(PHC)」とは、PHSが脂肪酸にアミド結合で共有結合した構造を有する化合物をいう。すなわち、PHCは、PHS部位(すなわちPHSに相当する部位)と脂肪酸部
位(すなわち脂肪酸に相当する部位)を含み、それら部位は互いにアミド結合で共有結合している。PHS部位を、「アルキル鎖」ともいう。脂肪酸部位を、「アシル鎖」ともいう
。アミド結合は、PHSのC2位のアミノ基と脂肪酸のカルボキシル基との間で形成されてよ
い。PHSに関する上記の説明は、PHCのPHS部位に準用できる。すなわち、例えば、アルキ
ル鎖(すなわちPHS部位)の長さや不飽和度は、PHSの場合と同様に、可変であってよい。すなわち、PHCとしては、上記例示したPHS種のセラミドが挙げられる。PHCとして、具体
的には、C16 PHS、C18 PHS、C20 PHSのセラミドが挙げられる。PHCとして、より具体的には、C16:0 PHS、C18:0 PHS、C20:0 PHS、C18:1 PHS、C20:1 PHSのセラミドが挙げられる
。PHCのアシル鎖(すなわち脂肪酸部位)の長さや不飽和度は、可変であってよい。アシ
ル鎖長は、例えば、C14~C26(C14、C16、C18、C20、C22、C24、C26等)であってよい。
アシル鎖長は、例えば、特に、C18であってよい。アシル鎖長は、アシル鎖の炭素数(す
なわち炭素原子の数)と解釈できる。アシル鎖は、飽和であってもよく、不飽和であってもよい。アシル鎖は、1つまたはそれ以上の不飽和二重結合を有していてよい。アシル鎖は、官能基(すなわち置換基)を有していてもよく、いなくてもよい。アシル鎖は、1つまたはそれ以上の官能基(置換基)を有していてよい。官能基(置換基)としては、ヒドロキシル基が挙げられる。アシル鎖は、例えば、C2位にはヒドロキシル基を有していてもよく、いなくてもよい。アシル鎖は、典型的には、C2位にヒドロキシル基を有していなくてよい。なお、アミド結合を構成する炭素がアシル鎖のC1位とみなされる。典型的には、アシル鎖は、ヒドロキシル基を有していなくてよい。典型的には、アシル鎖は、官能基(置換基)を有していなくてよい。炭素数「n」のアルキル鎖を有するPHC(すなわちCn PHS部位を有するPHC)を、「CnアルキルPHC」、「Cn PHSの(フィト)セラミド」、または「Cn PHS(フィト)セラミド」ともいう。PHCのアシル鎖の炭素数を、「x」で示すことができる。炭素数「x」のアシル鎖を有するPHC(すなわちCxアシル部位を有するPHC)を、「CxアシルPHC」ともいう。PHCのアシル鎖の不飽和二重結合数を、「y」で示すことができる。炭素数「x」で不飽和二重結合数「y」のアシル鎖を有するPHC(すなわちCx:yアシル部
位を有するPHC)を、「Cx:yアシルPHC」ともいう。炭素数「n」のアルキル鎖と炭素数「x」のアシル鎖を有するPHC(すなわちCn PHS部位とCxアシル部位を有するPHC)を、「Cnアルキル/CxアシルPHC」ともいう。例えば、「C18アルキルPHC」、「C18 PHSのセラミド」、または「C18 PHSセラミド」とは、長さがC18のアルキル鎖と任意のアシル鎖を有するPHC種を総称する。また、例えば、「C14アシルPHC」とは、長さがC14のアシル鎖と任意のアルキル鎖を有するPHC種を総称する。また、例えば、「C18アルキル/C14アシルPHC」とは、長さがC18のアルキル鎖と長さがC14のアシル鎖を有するPHC種を総称する。炭素数「n」で不飽和二重結合数が「m」のアルキル鎖を有するPHC(すなわちCn:m PHS部位を有するPHC)の場合、上記名称における「Cn」は「Cn:m」と書き換えることができる。アシル鎖の
「Cx」についても同様である。例えば、「C18:1アルキル/C14:0アシルPHC」とは、長さ
がC18で不飽和二重結合が1つの不飽和アルキル鎖と長さがC14の飽和アシル鎖を有するPHC種を総称する。上記名称で特定されるPHCは、特記しない限り、1種のPHC種からなるも
のであってもよく、2種またはそれ以上のPHC種の組み合わせからなるものであってもよ
い。例えば、Cn PHSセラミド(CnアルキルPHC)は、1種のCn PHSセラミドからなるもの
であってもよく、2種またはそれ以上のCn PHSセラミドの組み合わせからなるものであってもよい。そのような組み合わせは、異なるアルキル鎖および/または異なるアシル鎖(例えば、不飽和度の異なるアルキル鎖および/または長さおよび/または不飽和度の異なるアシル鎖)を有する2種またはそれ以上のCn PHSセラミドからなるものであってよい。また、例えば、Cn:m PHSセラミドは、1種のCn:m PHSセラミドからなるものであってもよ
く、2種またはそれ以上のCn:m PHSセラミドの組み合わせからなるものであってもよい。そのような組み合わせは、異なるアシル鎖(例えば、長さおよび/または不飽和度の異なるアシル鎖)を有する2種またはそれ以上のCn:m PHSセラミドからなるものであってよい。生産されるPHCは、1種のPHC種を含んでいてもよく、2種またはそれ以上のPHC種の混
合物を含んでいてもよい。そのような混合物は、異なるアルキル鎖および/または異なるアシル鎖(例えば、長さおよび/または不飽和度の異なるアルキル鎖および/または長さおよび/または不飽和度の異なるアシル鎖)を有する2種またはそれ以上のPHC種を含ん
でいてよい。
【0018】
目的物質が塩の形態を取り得る場合、目的物質は、フリー体、その塩、またはそれらの混合物であってよい。すなわち、本発明において、「目的物質」という用語は、特記しない限り、フリー体の目的物質、その塩、またはそれらの混合物を意味してよい。塩としては、例えば、硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩等の無機酸の塩や、乳酸塩、グリコール酸塩等の有機酸の塩が挙げられる(Acta Derm Venereol. 2002;82(3):170-3.)。目的物質の塩とし
ては、1種の塩を用いてもよく、2種またはそれ以上の塩を用いてもよい。
【0019】
酵母は、本発明の方法に用いることができるものであれば特に制限されない。酵母は出芽酵母であってもよく、分裂酵母であってもよい。酵母は、一倍体、二倍体、またはそれ以上の倍数性であってよい。
【0020】
酵母としては、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロマイセス属、ピチア・シフェリイ(Pichia ciferrii)、ピチア・シドウィオラム(Pichia sydowiorum)、ピチア・パストリス(Pichia pastoris)等のピヒア属(ウィッカ
ーハモマイセス(Wickerhamomyces)属ともいう)、キャンディダ・ユティリス(Candida
utilis)等のキャンディダ属、ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha)等
のハンゼヌラ属、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシ
ゾサッカロマイセス属に属する酵母が挙げられる。Pichia属のいくつかの種は、Wickerhamomyces属(Int J Syst Evol Microbiol. 2014 Mar;64(Pt 3):1057-61)に再分類されて
いる。よって、例えば、Pichia ciferriiおよびPichia sydowiorumは、それぞれ、Wickerhamomyces ciferriiおよびWickerhamomyces sydowiorumとしても知られている。本発明において、「Pichia」には、かつてPichia属に分類されていた種であって、Wickerhamomyces等の他の属に再分類されたものも包含される。
【0021】
Saccharomyces cerevisiaeとして、具体的には、BY4742株(ATCC 201389; EUROSCARF Y10000)、S288C株(ATCC 26108)、Y006株(FERM BP-11299)、NCYC 3608株、およびそれらの派生株が挙げられる。Pichia ciferrii(Wickerhamomyces ciferrii)として、具体
的には、NRRL Y-1031株(ATCC 14091)、CS.PCΔPro2株(Schorsch et al., 2009, Curr Genet. 55, 381-9.)、WO95/12683に開示された株、およびそれらの派生株が挙げられる
。Pichia sydowiorum(Wickerhamomyces sydowiorum)として、具体的には、NRRL Y-7130株(ATCC 58369)やその派生株が挙げられる。
【0022】
これらの菌株は、例えば、American Type Culture Collection(ATCC, Address: P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)、EUROpean Saccharomyces
Cerevisiae ARchive for Functional Analysis(EUROSCARF, Address: Institute for Molecular Biosciences, Johann Wolfgang Goethe-University Frankfurt, Max-von-Laue Str. 9; Building N250, D-60438 Frankfurt, Germany)、National Collection of Yeast Cultures(NCYC, Address: Institute of Food Research, Norwich Research Park, Norwich, NR4 7UA, UK)、または各寄託株に対応する寄託機関から入手することができる。すなわち、例えば、ATCC株の場合、各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して注文することができる(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応す
る登録番号は、American Type Culture Collection(ATCC)のカタログに記載されている。
【0023】
本発明の酵母は、本来的に目的物質を生産することが可能であってもよく、そのような能力を有するように改変されてもよい。そのような酵母は、上記酵母等の酵母に目的物質生産能を付与することにより、または、酵母の上記本来の能力を増強することにより、取得できる。
【0024】
以下、目的物質生産能を付与または増強する方法について具体的に例示するが、そのような方法は、単独で用いてもよく、適宜組み合わせて用いてもよい。本発明の酵母を構築するための改変は、任意の順番で実施されてよい。
【0025】
目的物質生産能は、目的物質の生産に関与する1種またはそれ以上のタンパク質の発現および/または活性が増大または低下するように酵母を改変することにより、付与または増強することができる。すなわち、本発明の酵母は、目的物質の生産に関与する1種またはそれ以上のタンパク質の発現および/または活性が増大または低下するように改変されてよい。「タンパク質」には、ポリペプチド等の、いわゆるペプチドも包含される。目的物質の生産に関与するタンパク質としては、目的物質の合成を触媒する酵素(以下、「目的物質の生合成酵素」ともいう)、目的物質の生合成経路から分岐して目的物質以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素(以下、「副生物の生合成酵素」ともいう)、目的物質の分解を触媒する酵素(以下、「目的物質の分解酵素」ともいう)、およびそのような酵素の活性に影響する(例えば増大または低下させる)タンパク質が挙げられる。
【0026】
発現および/または活性を増大または低下させるタンパク質は、目的物質の種類や、目的物質の生産に関与する、本発明の酵母が本来的に有するか同酵母に固有(native)のタンパク質の種類や活性に応じて適宜選択することができる。例えば、好ましくは、目的物質の生合成酵素等の1種またはそれ以上のタンパク質の発現および/または活性を増大させてよい。また、例えば、好ましくは、1種またはそれ以上の、副生物の生産を促進する生合成酵素または目的物質の分解を促進する酵素の発現および/または活性を低下させてよい。
【0027】
タンパク質の発現および/または活性を増大または低下させる詳しい方法については後述する。タンパク質の活性は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を増大させることにより、増大させることができる。タンパク質の活性は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより、または同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、低下させることができる。2種またはそれ以上のタンパク質の発現および/または活性を増大または低下させる場合、タンパク質の発現および/または活性を増大または低下させる手法はそれぞれ独立に選択できる。遺伝子の発現を、「タンパク質(すなわち、同遺伝子にコードされるタンパク質)の発現」ともいう。このようなタンパク質の発現および/または活性を増大または低下させる方法は、本技術分野においてよく知られている。
【0028】
目的物質の生産に関与するタンパク質として、具体的には、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2
、LAG1、LAC1、LIP1、SER1、SER2、SER3、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、およびCHA1遺伝子にコードされるタンパク質が挙げられる。これらの遺伝子を総称して「標的遺伝子」ともいい、これらの遺伝子によってコードされるタンパク質を総称して「標的タンパク質」ともいう。
【0029】
本発明の酵母は、さらに、例えば、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、LAG1、LAC1、LIP1、SER1、SER2、SER3、YPC1、および/またはELO3遺伝子にコードされるタンパク質の1つまた
はそれ以上の発現および/または活性が増大するように改変されていてもよく、且つ/又は、LAG1、LAC1、LIP1、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、および/またはCHA1遺伝子にコードされるタンパク質の1つまたはそれ以上の発現および/または活性が低下するように改変されていてもよい。「LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、LAG1、LAC1、LIP1、SER1、SER2、SER3、YPC1、および/またはELO3遺伝子にコードされるタンパク質の
1つまたはそれ以上の活性が増大する」とは、具体的には、それらの遺伝子の1つまたはそれ以上の発現が増大することを意味してよい。「LAG1、LAC1、LIP1、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、および/またはCHA1遺伝子にコードされるタンパク質の1つまたはそれ以上の活性が低下する」とは、具体的には、それらの遺伝子の1つまたはそれ以上の発現が弱化するまたは破壊されることを意味してよい。他の遺伝子またはタンパク質の組み合わせについても同様である。
【0030】
本発明の酵母は、例えば、PHSを製造する場合に、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、SER1、SER2、SER3、および/またはYPC1遺伝子にコードされるタンパク質の1つまたはそれ以上の発現および/または活性が増大するように改変されていてもよく、且つ/又は、LAG1、LAC1、LIP1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、および/またはCHA1遺伝子にコードされるタンパク質の1つまたはそれ以上の発現および/または活性が低下するように改変されていてもよい。あるいは、本発明の酵母は、例えば、PHCを製造する場合に、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、LAG1、LAC1、LIP1、SER1、SER2、SER3、および/またはELO3遺伝子にコードされるタンパク質の1つまたはそれ以上の発現および/または活性が増大するように改変されていてもよく、且つ/又は、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ORM2、および/またはCHA1遺伝子にコードされるタンパク質の1つまたはそれ以上の発現および/または活性が低下するように改変されていてもよい。
【0031】
LCB1およびLCB2遺伝子は、セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(serine palmitoyltransferase)をコードする。「セリンパルミトイルトランスフェラーゼ」とは、セリン
およびパルミトイル-CoAからの3-ケトスフィンガニン(3-ケトジヒドロスフィンゴシン)の合成を触媒するタンパク質をいう(EC 2.3.1.50)。同活性を、「セリンパルミト
イルトランスフェラーゼ活性」ともいう。LCB1およびLCB2遺伝子にコードされるタンパク質を、それぞれ、「Lcb1p」および「Lcb2p」ともいう。LCB1およびLCB2遺伝子としては、S. cerevisiaeやPichia ciferrii等の酵母のものが挙げられる。S. cerevisiae S288CのLCB1およびLCB2遺伝子の塩基配列を配列番号1および3に、同遺伝子にコードされるLcb1pおよびLcb2pのアミノ酸配列を配列番号2および4に示す。Lcb1pおよびLcb2pは、ヘテロダイ
マーを形成してセリンパルミトイルトランスフェラーゼとして機能してもよい(Plant Cell. 2006 Dec;18(12):3576-93.)。Lcb1pおよびLcb2pの一方または両方の発現および/または活性が増大してよい。Lcb1pおよびLcb2pの一方または両方の発現および/または活性の増大により、具体的には、セリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性が増大してよい。セリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性は、例えば、公知の方法(J Biol Chem. 2000 Mar 17;275(11):7597-603.)により測定することができる。
【0032】
TSC10遺伝子は、3-デヒドロスフィンガニンレダクターゼ(3-dehydrosphinganine reductase)をコードする。「3-デヒドロスフィンガニンレダクターゼ」とは、NADPH等の電子供与体の存在下で3-ケトスフィンガニンのジヒドロスフィンゴシン(DHS, スフィ
ンガニン)への変換を触媒するタンパク質をいう(EC 1.1.1.102)。同活性を、「3-デヒドロスフィンガニンレダクターゼ活性」ともいう。TSC10遺伝子にコードされるタンパ
ク質を、「Tsc10p」ともいう。TSC10遺伝子としては、S. cerevisiaeやPichia ciferrii
等の酵母のものが挙げられる。S. cerevisiae S288CのTSC10遺伝子の塩基配列を配列番号5に、同遺伝子にコードされるTsc10pのアミノ酸配列を配列番号6に示す。Tsc10pの発現および/または活性の増大により、具体的には、3-デヒドロスフィンガニンレダクターゼ活性が増大してよい。3-デヒドロスフィンガニンレダクターゼ活性は、例えば、公知の
方法(Biochim Biophys Acta. 2006 Jan;1761(1):52-63.)により測定することができる
。
【0033】
SUR2(SYR2)遺伝子は、スフィンゴシンヒドロキシラーゼ(sphingosine hydroxylase
)をコードする。「スフィンゴシンヒドロキシラーゼ」とは、スフィンゴイド塩基のヒドロキシル化またはセラミドのスフィンゴイド塩基部位のヒドロキシル化を触媒するタンパク質をいう(EC 1.-.-.-)。同活性を、「スフィンゴシンヒドロキシラーゼ活性」ともいう。スフィンゴシンヒドロキシラーゼは、例えば、DHSのヒドロキシル化によるPHSの形成、DHSのセラミドであるジヒドロセラミドのヒドロキシル化によるPHCの形成を触媒してよい。SUR2遺伝子にコードされるタンパク質を、「Sur2p」ともいう。SUR2遺伝子としては
、S. cerevisiaeやPichia ciferrii等の酵母のものが挙げられる。S. cerevisiae S288C
のSUR2遺伝子の塩基配列を配列番号7に、同遺伝子にコードされるSur2pのアミノ酸配列を配列番号8に示す。Pichia ciferriiのSUR2遺伝子の塩基配列を配列番号9に、同遺伝子に
コードされるSur2pのアミノ酸配列を配列番号10に示す。Sur2pの発現および/または活性の増大により、具体的には、スフィンゴシンヒドロキシラーゼ活性が増大してよい。スフィンゴシンヒドロキシラーゼ活性は、例えば、酵素をDHSまたはジヒドロセラミドとイン
キュベートし、酵素依存的なPHSまたはPHCの生成を測定することにより、測定することができる。
【0034】
LAG1、LAC1、およびLIP1遺伝子は、セラミドシンターゼ(ceramide synthase)をコー
ドする。「セラミドシンターゼ」とは、スフィンゴイド塩基およびアシル-CoAからのセラミドの合成を触媒するタンパク質をいう(EC 2.3.1.24)。同活性を、「セラミドシンタ
ーゼ活性」ともいう。LAG1、LAC1、およびLIP1遺伝子にコードされるタンパク質を、それぞれ、「Lag1p」、「Lac1p」、および「Lip1p」ともいう。LAG1、LAC1、およびLIP1遺伝
子としては、S. cerevisiaeやPichia ciferrii等の酵母のものが挙げられる。S. cerevisiae S288CのLAG1、LAC1、およびLIP1遺伝子の塩基配列を配列番号11、13、および15に、
同遺伝子にコードされるLag1p、Lac1p、およびLip1pのアミノ酸配列を配列番号12、14、
および16に示す。LAG1およびLAC1遺伝子は、具体的には、機能的に等価な、セラミドシンターゼの触媒サブユニットをコードする。LIP1遺伝子は、具体的には、セラミドシンターゼの非触媒サブユニットをコードする。非触媒サブユニットLip1pは、触媒サブユニットLag1pおよびLac1pのそれぞれと結合し、セラミドシンターゼ活性に必須である。Lag1p、Lac1p、およびLip1pのいずれかの発現および/または活性を単独で増大させてもよく、Lag1pおよびLac1pのいずれか一方の発現および/または活性をLip1pと組み合わせて増大させ
てもよく、Lag1pおよびLac1pの両方の発現および/または活性を増大させてもよく、Lag1p、Lac1p、およびLip1pの全ての発現および/または活性を増大させてもよい。例えば、PHCを製造する場合に、Lag1p、Lac1p、およびLip1pの1つまたはそれ以上の発現および/
または活性を増大させてよい。あるいは、例えば、PHSを製造する場合に、Lag1p、Lac1p
、およびLip1pの1つまたはそれ以上の発現および/または活性を低下させてよい。Lag1p、Lac1p、およびLip1pの1つまたはそれ以上の発現および/または活性の増大または低下により、具体的には、セラミドシンターゼ活性が増大または低下してよい。セラミドシンターゼ活性は、例えば、公知の方法(Guillas, Kirchman, Chuard, Pfefferli, Jiang, Jazwinski and Conzelman (2001) EMBO J. 20, 2655-2665; Schorling, Vallee, Barz, Reizman and Oesterhelt (2001) Mol. Biol. Cell 12, 3417-3427; Vallee and Riezman (2005) EMBO J. 24, 730-741)により測定することができる。
【0035】
SER1、SER2、およびSER3遺伝子は、L-セリン生合成酵素をコードする。SER3遺伝子は、具体的には、D-3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ(D-3-phosphoglycerate dehydrogenase)をコードする。「D-3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ」とは、電子受容体の存在下で3-ホスホグリセリン酸の酸化による3-ホスホヒドロキシピルビン酸の生成を触媒するタンパク質をいう(EC 1.1.1.95)。同活性を、「D-3-ホスホ
グリセリン酸デヒドロゲナーゼ活性」ともいう。電子受容体としては、NAD+が挙げられる。SER1遺伝子は、具体的には、ホスホセリンアミノトランスフェラーゼ(phosphoserine aminotransferase)をコードする。「ホスホセリンアミノトランスフェラーゼ」とは、3-ホスホノオキシピルビン酸およびL-グルタミン酸のO-ホスホセリンおよび2-オキソグルタル酸への変換を触媒するタンパク質をいう(EC 2.6.1.52)。同活性を、「ホス
ホセリンアミノトランスフェラーゼ活性」ともいう。SER2遺伝子は、具体的には、ホスホセリンホスファターゼ(phosphoserine phosphatase)をコードする。「ホスホセリンホ
スファターゼ」とは、O-ホスホセリンの加水分解によるセリンの生成を触媒するタンパク質をいう(EC 3.1.3.3)。同活性を、「ホスホセリンホスファターゼ活性」ともいう。SER1、SER2、およびSER3遺伝子にコードされるタンパク質を、それぞれ、「Ser1p」、「Ser2p」、および「Ser3p」ともいう。SER1、SER2、およびSER3遺伝子としては、S. cerevisiaeやPichia ciferrii等の酵母のものが挙げられる。S. cerevisiae S288CのSER1、SER2、およびSER3遺伝子の塩基配列を配列番号17、19、および21に、同遺伝子にコードされるSer1p、Ser2p、およびSer3pのアミノ酸配列を配列番号18、20、および22に示す。Ser1p、Ser2p、およびSer3pの1つまたはそれ以上の発現および/または活性が増大してよい。Ser3pの発現および/または活性の増大により、具体的には、D-3-ホスホグリセリン酸デ
ヒドロゲナーゼ活性が増大してよい。Ser1pの発現および/または活性の増大により、具
体的には、ホスホセリンアミノトランスフェラーゼ活性が増大してよい。Ser2pの発現お
よび/または活性の増大により、具体的には、ホスホセリンホスファターゼ活性が増大してよい。また、Ser1p、Ser2p、およびSer3pの1つまたはそれ以上の発現および/または
活性の増大により、具体的には、L-セリン生合成能が増大してよい。D-3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ活性、ホスホセリンアミノトランスフェラーゼ活性、およびホスホセリンホスファターゼ活性は、それぞれ、例えば、酵素を対応する基質とインキュベートし、酵素依存的な対応する産物の生成を測定することにより、測定することができる。
【0036】
YPC1遺伝子は、フィトセラミダーゼ(phytoceramidase)をコードする。「フィトセラ
ミダーゼ」とは、PHCの分解を触媒するタンパク質をいう(EC 3.5.1.-)。同活性を、「
フィトセラミダーゼ活性」ともいう。YPC1遺伝子にコードされるタンパク質を、「Ypc1p
」ともいう。YPC1遺伝子としては、S. cerevisiaeやPichia ciferrii等の酵母のものが挙げられる。S. cerevisiae S288CのYPC1遺伝子の塩基配列を配列番号23に、同遺伝子にコ
ードされるYpc1pのアミノ酸配列を配列番号24に示す。例えば、PHSを製造する場合に、Ypc1pの発現および/または活性を増大させてよい。あるいは、例えば、PHCを製造する場合に、Ypc1pの発現および/または活性を低下させてよい。Ypc1pの発現および/または活性の増大または低下により、具体的には、フィトセラミダーゼ活性が増大または低下してよい。フィトセラミダーゼ活性は、例えば、公知の方法(J Biol Chem. 2000 Mar 10;275(10):6876-84.)により測定することができる。
【0037】
NEM1およびSPO7遺伝子は、Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼ(Nem1-Spo7 protein phosphatase)をコードする。NEM1およびSPO7遺伝子は、具体的には、それぞれ、Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼの触媒サブユニットおよび調節サブユニットをコードする。
「Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼ」とは、ホスファチジン酸ホスファターゼ(phosphatidate phosphatase)Pah1p等のタンパク質の脱リン酸化を触媒するタンパク質をいう
。同活性を、「Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼ活性」ともいう。NEM1およびSPO7遺
伝子にコードされるタンパク質を、それぞれ、「Nem1p」および「Spo7p」ともいう。S. cerevisiae S288CのNEM1およびSPO7遺伝子の塩基配列を配列番号25および27に、同遺伝子
にコードされるNem1pおよびSpo7pのアミノ酸配列を配列番号26および28に示す。Nem1pお
よびSpo7pの一方または両方の発現および/または活性が低下してよい。Nem1pおよびSpo7pの一方または両方の発現および/または活性により、具体的には、Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼ活性が増大または低下してよい。Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼ活
性は、例えば、公知の方法(Su WM, et. al., J Biol Chem. 2014 Dec 12;289(50):34699-708.)により測定することができる。
【0038】
LCB4およびLCB5遺伝子は、スフィンゴイド塩基キナーゼ(sphingoid base kinase)を
コードする。「スフィンゴイド塩基キナーゼ」とは、スフィンゴイド塩基のリン酸化によるスフィンゴイド塩基リン酸(sphingoid base phosphate)の形成を触媒するタンパク質をいう(EC 2.7.1.91)。同活性を、「スフィンゴイド塩基キナーゼ活性」ともいう。LCB4およびLCB5遺伝子にコードされるタンパク質を、それぞれ、「Lcb4p」および「Lcb5p」
ともいう。S. cerevisiae S288CのLCB4およびLCB5遺伝子の塩基配列を配列番号29および31に、同遺伝子にコードされるLcb4pおよびLcb5pのアミノ酸配列を配列番号30および32に
示す。これらのうち、Lcb4pが、S. cerevisiaeにおける主要なスフィンゴイド塩基キナーゼである(J Biol Chem. 2003 Feb 28;278(9):7325-34.)。Lcb4pおよびLcb5pの一方または両方の発現および/または活性が低下してよい。少なくとも、Lcb4pの発現および/ま
たは活性を低下させてよい。さらに、Lcb5pの発現および/または活性を低下させてよい
。Lcb4pおよびLcb5pの一方または両方の発現および/または活性の低下により、具体的には、スフィンゴイド塩基キナーゼ活性が低下してよい。スフィンゴイド塩基キナーゼ活性は、例えば、公知の方法(Plant Physiol. 2005 Feb;137(2):724-37.)により測定することができる。
【0039】
ELO3遺伝子は、脂肪酸エロンガーゼIII(fatty acid elongase III)をコードする。「脂肪酸エロンガーゼIII」とは、C18-CoAの伸長によるC20-CoA~C26-CoAの形成を触媒するタンパク質をいう(EC 2.3.1.199)。同活性を、「脂肪酸エロンガーゼIII活性」ともい
う。C26-CoAは、好ましくは、セラミドシンターゼによって触媒されるセラミドの合成に
用いられてよい。ELO3遺伝子にコードされるタンパク質を、「Elo3p」ともいう。S. cerevisiae S288CのELO3遺伝子の塩基配列を配列番号33に、同遺伝子にコードされるElo3pの
アミノ酸配列を配列番号34に示す。例えば、PHCを製造する場合に、Elo3pの発現および/または活性を増大させてよい。あるいは、例えば、PHSを製造する場合に、Elo3pの発現および/または活性を低下させてよい。Elo3pの活性の増大または低下により、具体的には
、脂肪酸エロンガーゼIII活性が増大または低下してよい。脂肪酸エロンガーゼIII活性は、例えば、公知の方法(J Biol Chem. 1997 Jul 11;272(28):17376-84.)により測定することができる。
【0040】
CKA2遺伝子は、カゼインキナーゼ2(casein kinase 2)のアルファサブユニットをコ
ードする。「カゼインキナーゼ2」とは、セリン/スレオニン選択的なタンパク質のリン酸化を触媒するタンパク質をいう(EC 2.7.11.1)。同活性を、「カゼインキナーゼ2活
性」ともいう。CKA2遺伝子にコードされるタンパク質を、「Cka2p」ともいう。S. cerevisiae S288CのCKA2遺伝子の塩基配列を配列番号35に、同遺伝子にコードされるCka2pのア
ミノ酸配列を配列番号36に示す。Cka2pは、CKA1、CKB1、およびCKB2遺伝子産物(すなわ
ち、Cka1p、Ckb1p、およびCkb2p)とヘテロ四量体を形成してカゼインキナーゼ2として
機能してもよい。Cka2pは、セラミドシンターゼの完全な活性化のために要求され得る(Eukaryot Cell. 2003 Apr;2(2):284-94.)。Cka2pの活性は、例えば、PHSを製造する場合
に低下させてよい。Cka2pの活性の低下は、具体的には、カゼインキナーゼ2活性の低下
を意味してよい。また、Cka2pの活性の低下は、具体的には、セラミドシンターゼ活性の
低下を意味してよい。カゼインキナーゼ2活性は、例えば、公知の方法(Gene. 1997 Jun
19;192(2):245-50.)により測定することができる。
【0041】
ORM2遺伝子は、セリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を調節する膜タンパク質をコードする。ORM2遺伝子にコードされるタンパク質を、「Orm2p」ともいう。S. cerevisiae S288CのORM2遺伝子の塩基配列を配列番号37に、同遺伝子にコードされるOrm2pのアミ
ノ酸配列を配列番号38に示す。Orm2pの活性の低下は、具体的には、セリンパルミトイル
トランスフェラーゼ活性の増大を意味してよい。
【0042】
CHA1遺伝子は、L-セリン/L-スレオニンアンモニアリアーゼ(L-serine/L-threonine ammonia-lyase)をコードする。「L-セリン/L-スレオニンアンモニアリアーゼ」とは、L-セリンおよびL-スレオニンの分解を触媒するタンパク質をいう(EC 4.3.1.17およびEC 4.3.1.19)。同活性を、「L-セリン/L-スレオニンアンモニアリアーゼ活性」ともいう。CHA1遺伝子にコードされるタンパク質を、「Cha1p」ともいう。S. cerevisiae S288CのCHA1遺伝子の塩基配列を配列番号39に、同遺伝子にコードされるCha1pのア
ミノ酸配列を配列番号40に示す。Cha1pの活性の低下は、具体的には、L-セリン/L-
スレオニンアンモニアリアーゼ活性の低下を意味してよい。L-セリン/L-スレオニンアンモニアリアーゼ活性は、例えば、公知の方法(Eur J Biochem. 1982 Apr;123(3):571-6.)により測定することができる。
【0043】
標的遺伝子および標的タンパク質、すなわち、LCB1、LCB2、TSC10、SUR2、LAG1、LAC1
、LIP1、SER1、SER2、SER3、YPC1、NEM1、SPO7、LCB4、LCB5、ELO3、CKA2、ORM2、およびCHA1遺伝子、並びにそれらにコードされるタンパク質は、上記塩基配列およびアミノ酸配列を有していてよい。「遺伝子またはタンパク質が塩基またはアミノ酸配列を有する」という表現は、遺伝子またはタンパク質が他の配列の間にまたは他の配列に隣接して当該塩基またはアミノ酸配列を含むことを意味してよく、遺伝子またはタンパク質が当該塩基またはアミノ酸配列のみを含むことを意味してもよい。
【0044】
標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示した各遺伝子のバリアントであってもよい。同様に、標的タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示した各タンパク質のバリアントであってもよい。そのような元の機能が維持されたバリアントを「保存的バリアント」という場合がある。上記遺伝子名で示される遺伝子または上記タンパク質名で示されるタンパク質は、それぞれ、上記例示した同名の遺伝子またはタンパク質に限られず、それらの保存的バリアントも包含してよい。すなわち、「LCB1」、「LCB2」、「TSC10」、「SUR2」、「LAG1」、「LAC1」、「LIP1」、「SER1」、「SER2」、
「SER3」、「YPC1」、「NEM1」、「SPO7」、「LCB4」、「LCB5」、「ELO3」、「CKA2」、「ORM2」、および「CHA1」遺伝子という用語は、それぞれ、上記例示した各遺伝子に加えて、それらの保存的バリアントを包含する。同様に、「Lcb1p」、「Lcb2p」、「Tsc10p」、「Sur2p」、「Lag1p」、「Lac1p」、「Lip1p」、「Ser1p」、「Ser2p」、「Ser3p」、
「Ypc1p」、「Nem1p」、「Spo7p」、「Lcb4p」、「Lcb5p」、「Elo3p」、「Cka2p」、「Orm2p」、および「Cha1p」という用語は、それぞれ、上記例示した各タンパク質に加えて
、それらの保存的バリアントを包含するものとする。すなわち、例えば、「LCB1遺伝子」という用語は、上記例示したLCB1遺伝子(すなわちS. cerevisiaeのLCB1遺伝子)を包含
し、さらに、それらのバリアントも包含する。同様に、例えば、「Lcb1タンパク質」という用語は、上記例示したLcb1タンパク質(例えばS. cerevisiaeのLCB1遺伝子にコードさ
れるタンパク質)を包含し、さらに、それらのバリアントも包含する。保存的バリアントとしては、例えば、上記例示した標的遺伝子および標的タンパク質のホモログや人為的な改変体が挙げられる。遺伝子やタンパク質のバリアントを生成する方法は本技術分野においてよく知られている。
【0045】
「元の機能が維持されている」とは、遺伝子またはタンパク質のバリアントが、元の遺伝子またはタンパク質の元の機能と類似または同一の機能(例えば活性や性質)を有することをいう。遺伝子についての「元の機能が維持されている」とは、遺伝子のバリアントが、元の機能が維持されたタンパク質をコードすることをいう。タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、類似または同一の機能(例えば上記例示した活性や性質)を有することをいう。すなわち、標的タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、Lcb1pおよびLcb2p
についてセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性;Tsc10pについて3-デヒドロスフィンガニンレダクターゼ活性;Sur2pについてスフィンゴシンヒドロキシラーゼ活性;Lag1p、Lac1p、およびLip1pについてセラミドシンターゼ活性;Ser3pについてD-3-ホス
ホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ活性;Ser1pについてホスホセリンアミノトランスフェ
ラーゼ活性;Ser2pについてホスホセリンホスファターゼ活性;Ypc1pについてフィトセラミダーゼ活性;Nem1pおよびSpo7pについてNem1-Spo7タンパク質ホスファターゼ活性;Lcb4pおよびLcb5pについてスフィンゴイド塩基キナーゼ活性;Elo3pについて脂肪酸エロンガーゼIII活性;Cka2pについてカゼインキナーゼ2活性;Orm2pについてセリンパルミトイ
ルトランスフェラーゼ活性を調節する性質;Cha1pについてL-セリン/L-スレオニン
アンモニアリアーゼ活性を有することであってよい。Nem1pについての「元の機能が維持
されている」とは、具体的には、タンパク質のバリアントが、Nem1-Spo7タンパク質ホス
ファターゼの触媒サブユニットとしての機能を有することであってもよい。Spo7pについ
ての「元の機能が維持されている」とは、具体的には、タンパク質のバリアントが、Nem1-Spo7タンパク質ホスファターゼの調節サブユニットとしての機能を有することであって
もよい。また、Cka2pについての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリ
アントが、その活性の低下によりセラミドシンターゼ活性が低下するという性質を有することであってもよい。また、Orm2pについての「元の機能が維持されている」とは、タン
パク質のバリアントが、その活性の低下によりセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性が増大するという性質を有することであってもよい。標的タンパク質が複数のサブユニットの複合体として機能する場合、標的タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、他の適切なサブユニットとの組み合わせで対応する機能(例えば上記例示した活性や性質)を発揮することであってもよい。すなわち、例えば、Lcb1pについての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが
、適切なLcb2pとの組み合わせでセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を有するこ
とであってもよく、Lcb2pについての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質の
バリアントが、適切なLcb1pとの組み合わせでセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活
性を有することであってもよい。
【0046】
以下、保存的バリアントについて例示する。
【0047】
上記例示した遺伝子のホモログまたは上記例示したタンパク質のホモログは、例えば、上記例示した遺伝子の塩基配列または上記例示したタンパク質のアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索またはFASTA検索によって公開データベースから容易に取得することができる。また、上記例示した遺伝子のホモログは、例えば、酵母等の生物の染色体を鋳型にして、上記例示した遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
【0048】
標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードしてもよい。例えば、コードされるタンパク質は、そのN末端および/またはC末端が、延長または削減されていてもよい。「1又は数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1~50個、1~40個、1~30個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個であり得る。
【0049】
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異であり得る。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ
酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で
、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer
又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn
、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyr
への置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置
換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、
及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加には、遺伝子が由来する生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
【0050】
また、標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードしても
よい。
【0051】
また、標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記塩基配列から調製され得るプローブ、例えば上記塩基配列の全体または一部に対する相補配列、とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、
いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、同一性が高いDNA同士、例えば、80%以上、好ましくは90%以上、
より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を
有するDNA同士がハイブリダイズし、それより同一性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSの塩濃度および温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を挙げることができる。
【0052】
上述の通り、上記ハイブリダイゼーションに用いるプローブは、遺伝子の相補配列の一部であってもよい。そのようなプローブは、公知の遺伝子配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、上記塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。プローブとしては、例えば、300 bp程度の長さのDNA断片を用いる
ことができる。プローブとして300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリ
ダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
【0053】
また、標的遺伝子は、上記塩基配列において任意のコドンをそれと等価のコドンに置換した塩基配列を有していてもよい。例えば、標的遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。
【0054】
なお、アミノ酸配列間の「同一性」とは、blastpによりデフォルト設定のScoring Parameters(Matrix:BLOSUM62;Gap Costs:Existence=11, Extension=1;Compositional Adjustments:Conditional compositional score matrix adjustment)を用いて算出されるアミノ酸配列間の同一性を意味し得る。また、塩基配列間の「同一性」とは、blastnによりデフォルト設定のScoring Parameters(Match/Mismatch Scores=1,-2;Gap Costs=Linear)を用いて算出される塩基配列間の同一性を意味し得る。
【0055】
<1-2>タンパク質の活性を増大させる手法
以下に、タンパク質の活性を増大させる手法について説明する。
【0056】
「タンパク質の活性が増大する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して増大することを意味する。「タンパク質の活性が増大する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して増大することを意味する。「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が増大するように改変されていない対照株を意味してよい。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、酵母種の各基準株(type strain)が挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、
基準株(すなわち本発明の酵母が属する種の基準株)と比較して増大してよい。非改変株として、具体的には、上記酵母種であって、いずれの改変もなされていないものも挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、非改変株(これは、タンパク質の活性を増大させる株と同一株であって当該改変がなされていないものであってよい)と比較して増大してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、Saccharomyces cerevisiae S288C(ATCC 26108)と比較して増大してよい。なお、「タンパク質の活性が増大する」ことを、「タンパク質の活性が増強される」ともいう。「タンパク質の活性が増大する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が増加していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が増大していることを意味してもよい。すなわち、「タンパク質の活性が増大する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、遺伝子の転写量(タンパク質をコードするmRNA量)または遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。「タンパク質の細胞当たりの分子数」とは、同タンパク質の分子数の細胞当たりの平均値を意味してよい。タンパク質の活性の増大の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して増大していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。また、「タンパク質の活性が増大する」とは、もともと標的のタンパク質の活性を有する菌株において同タンパク質の活性を増大させることだけでなく、もともと標的のタンパク質の活性が存在しない菌株に同タンパク質の活性を付与することを含む。また、結果としてタンパク質の活性が増大する限り、宿主が本来有する標的のタンパク質の活性を低下または消失させた上で、適切な種類の標的タンパク質を導入してもよい。
【0057】
タンパク質の活性が増大するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を上昇させることによって達成される。「遺伝子の発現が上昇する」とは、同遺伝子の発現が野生株や親株等の非改変株と比較して増大することを意味する。「遺伝子の発現が上昇する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して増大することを意味する。「遺伝子の細胞当たりの発現量」とは、同遺伝子の発現量の細胞当たりの平均値を意味してよい。「遺伝子の発現が上昇する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が増大すること、および/または、遺伝子の翻訳量(遺伝子から発現するタンパク質の量)が増大することを意味してよい。なお、「遺伝子の発現が上昇する」ことを、「遺伝子の発現が増強される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。また、「遺伝子の発現が上昇する」とは、もともと標的の遺伝子が発現している菌株において同遺伝子の発現量を上昇させることだけでなく、もともと標的の遺伝子が発現していない菌株において、同遺伝子を発現させることを含む。すなわち、「遺伝子の発現が上昇する」とは、例えば、標的の遺伝子を保持しない菌株に同遺伝子を導入し、同遺伝子を発現させることを含む。
【0058】
遺伝子の発現の上昇は、例えば、遺伝子のコピー数を増加させることにより達成できる。
【0059】
遺伝子のコピー数の増加は、宿主の染色体へ同遺伝子を導入することにより達成できる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(Miller, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する標的配列を利用して相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する配列としては、特有の短い繰り返し配列からなる自律複製配列(ARS)や、
染色体上に約150コピー存在するrDNA配列が挙げられる。WO95/32289には、相同組み換え
を利用して酵母の形質転換を行った例が開示されている。また、染色体への遺伝子の導入は、例えば、トランスポゾンに遺伝子を組み込み、それを染色体へ転移させることによっても実施することができる。
【0060】
染色体上に標的遺伝子が導入されたことの確認は、同遺伝子の全部又は一部と相補的な配列を持つプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、又は同遺伝子の配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCR等によって確認できる。
【0061】
また、標的遺伝子のコピー数の増加は、同遺伝子を含むベクターを宿主に導入することによっても達成できる。例えば、標的遺伝子を含むDNA断片を、宿主で機能するベクターと連結して同遺伝子の発現ベクターを構築し、当該発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同遺伝子のコピー数を増加させることができる。標的遺伝子を含むDNA断片は、例えば、標的遺伝子を有する微生物のゲノムDNAを鋳型とするPCRにより取得できる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、シングルコピーベクターであってもよく、マルチコピーベクターであってもよい。また、ベクターは、形質転換体を選択するためのマーカーを含むことが好ましい。マーカーとしては、KanMX、NatMX(nat1)、HygMX(hph)遺伝子等の抗生物質耐性遺伝子や、LEU2、HIS3、URA3遺伝子等の栄養要求性を相補する遺伝子が挙げられる。酵母において自律複製可能なベクターとしては、CEN4の複製開始点を有するプラスミドや2μm DNAの複製開始点を有するプラスミドが挙げられる。酵母において自律複製可能なベクターとして、具体的には、pAUR123(タカラバイオ)やpYES2(インビトロジェン)が挙げられる。
【0062】
遺伝子を導入する場合、遺伝子は、本発明の酵母により発現可能であればよい。具体的には、遺伝子は、本発明の酵母において機能するプロモーター配列による制御を受けて発現するように導入されればよい。プロモーターは、宿主由来であってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、導入する遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。プロモーターとしては、例えば、本明細書に記載のより強力なプロモーターを利用してもよい。
【0063】
遺伝子の下流には、ターミネーターを配置することができる。ターミネーターは、本発明の酵母において機能するものであれば特に制限されない。ターミネーターは、宿主由来または宿主固有のターミネーターであってもよく、異種由来のターミネーターであってもよい。ターミネーターは、導入する遺伝子に固有のターミネーターであってもよく、他の遺伝子に固有のターミネーターであってもよい。本発明の酵母において機能するターミネーターとしては、CYC1、ADH1、ADH2、ENO2、PGI1、TDH1ターミネーターが挙げられる。
【0064】
各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8 遺伝子工学、共立出版、1987年」に詳細に記載されており、それらを利用することが可能である。
【0065】
また、2種またはそれ以上の遺伝子を導入する場合、各遺伝子が、本発明の酵母により
発現可能であればよい。例えば、それら遺伝子は、全てが単一の発現ベクター上または染色体上に存在していてもよい。あるいは、それら遺伝子は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。なお、2またはそれ以上の遺伝子を含むオペロンを導入してもよい。
【0066】
導入される遺伝子は、宿主で機能するタンパク質をコードするものであれば特に制限されない。遺伝子は、宿主由来または宿主固有であってもよく、異種由来の遺伝子であってもよい。遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用い、同遺伝子を有する生物のゲノムDNAや同遺伝子を搭載するプラスミドを鋳型として、PCRにより取得することができる。また、遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて全合成してもよい(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。取得した遺伝子は、そのまま、ある
いは適宜改変して、利用することができる。
【0067】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の転写効率を向上させることにより達成できる。また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の翻訳効率を向上させることにより達成できる。遺伝子の転写効率や翻訳効率の向上は、例えば、遺伝子の発現調節配列の改変により達成できる。「発現調節配列」とは、プロモーター等の、遺伝子の発現に影響する部位の総称である。発現調節配列は、プロモーター検索ベクターやGENETYX等の遺伝子解析ソフトを用いて決定することができる。
【0068】
遺伝子の転写効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより強力なプロモーターに置換することにより達成できる。「より強力なプロモーター」とは、遺伝子の転写が、生来(native)の野生型のプロモーターよりも向上するプロモーターを意味し得る。酵母で利用できるより強力なプロモーターとしては、PGK1、PGK2、PDC1、TDH3、TEF1、TEF2、TPI1、HXT7、ADH1、GPD1、KEX2プロモーターが挙げられる。また、より強力なプロモーターとしては、各種レポーター遺伝子を用いることにより、在来のプロモーターの高活性型のものを取得してもよい。
【0069】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、コドンの改変によっても達成できる。例えば、遺伝子中に存在するレアコドンをより一般的な同義コドンに置き換えることにより、遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。すなわち、導入される遺伝子は、例えば、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されていてよい。コドンの置換は、例えば、DNAの目的の部位に目的の変異を導入する部位特異的変異法により行うことができる。また、コドンが置換された遺伝子断片を全合成してもよい。種々の生物におけるコドンの使用頻度は、「コドン使用データベース」(http://www.kazusa.or.jp/codon; Nakamura, Y. et al, Nucl. Acids Res., 28, 292 (2000))に開示されてい
る。
【0070】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の発現を上昇させるようなレギュレーターを増幅すること、または、遺伝子の発現を低下させるようなレギュレーターを欠失または弱化させることによっても達成できる。
【0071】
上記のような遺伝子の発現を上昇させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0072】
また、酵素の活性が増大するような改変は、例えば、酵素の比活性を増強することによっても達成できる。比活性が増強された酵素は、例えば、種々の生物を探索し取得することができる。また、生来の酵素に変異を導入することで高活性型の生来の酵素を取得してもよい。比活性の増強は、単独で用いてもよく、上記のような遺伝子の発現を増強する手法と任意に組み合わせて用いてもよい。
【0073】
形質転換の方法は特に限定されず、酵母の形質転換に従来用いられている方法を用いることができる。そのような方法としては、プロトプラスト法、KU法(H. Ito et al., J. Bacteriol., 153-163 (1983))、KUR法(発酵と工業 vol.43, p.630-637 (1985))
、エレクトロポレーション法(Luis et al., FEMS Micro biology Letters 165 (1998) 335-340)、キャリアDNAを用いる方法(Gietz R.D. and Schiestl R.H., Methods Mol.Cell. Biol. 5:255-269 (1995))が挙げられる。また、酵母の胞子形成や1倍体酵母の分離等の操作の方法については、「化学と生物 実験ライン31 酵母の実験技術」、初版、廣川書店;「バイオマニュアルシリーズ10 酵母による遺伝子実験法」初版、羊土社;
等に記載されている。
【0074】
タンパク質の活性が増大したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0075】
タンパク質の活性が増大したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が上昇したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が上昇したことは、同遺伝子の転写量が上昇したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が上昇したことを確認することにより確認できる。
【0076】
遺伝子の転写量が上昇したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を野生株または親株等の非改変株と比較することによって行うことができる。mRNAの量を評価する方法としてはノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、マイクロアレイ、RNA-seq等が挙
げられる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。mRNAの量は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよ
い。
【0077】
タンパク質の量が上昇したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことができる(Molecular Cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0078】
<1-3>タンパク質の活性を低下させる手法
以下に、タンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
【0079】
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して低下することを意味する。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して低下することを意味する。「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が低下するように改変されていない対照株を意味してよい。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、酵母種の各基準株(type strain)が挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、
基準株(すなわち本発明の酵母が属する種の基準株)と比較して低下してよい。非改変株として、具体的には、上記酵母種であって、いずれの改変もなされていないものも挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、非改変株(これは、タンパク質の活性を低下させる株と同一株であって当該改変がなされていないものであってよい)と比較して低下してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、Saccharomyces cerevisiae S288C(ATCC 26108)と比較して低下してよい。なお、「タンパク質の活性が低下する」ことには、同タンパク質の活性が完全に消失している場合も包含される。「タンパク質の活性が低下する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たり
の機能が低下していることを意味してもよい。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、遺伝子の転写量(タンパク質をコードするmRNA量)または遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。「タンパク質の細胞当たりの分子数」とは、同タンパク質の分子数の細胞当たりの平均値を意味してよい。「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合も含まれる。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合が含まれる。タンパク質の活性の低下の程度は、活性が非改変株と比較して低下していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0080】
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子の発現が野生株や親株等の非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の細胞当たりの発現量」とは、同遺伝子の発現量の細胞当たりの平均値を意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(遺伝子から発現するタンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合が含まれる。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0081】
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、プロモーター等の、遺伝子の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。また、発現調節配列の一部または全部を欠失させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、
遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
【0082】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味する。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(例えば活性や性質)が低下または消失したタンパク質が産生される場合が含まれる。
【0083】
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子を欠失(欠損)させることにより達成できる。「遺伝子の欠失」とは、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失をいう。さらには、染色体上の遺伝子のコード領域の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域(タンパク質のN末端側をコードする領域)、内部領域、C末端領域(タンパク質のC末端側をコードする領域)等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が
確実に遺伝子を不活化し得る。欠失させる領域は、例えば、遺伝子のコード領域全長の10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上の長さの領域であってよい。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが不一致となるべきである。リーディングフレームの不一致により、欠失させる領域の下流でフレームシフトが生じ得る。
【0084】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)、終止コドン(ナンセンス変異)、または1~2塩基の付加または欠失(フレームシフト変異)の変異を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839(1991))。
【0085】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の塩基配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する塩基配列は長い方が確実に遺伝子を不活化し得る。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが不一致となるべきである。リーディングフレームの不一致により、挿入部位の下流でフレームシフトが生じ得る。挿入する塩基配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子や目的物質の生産に有用な遺伝子が挙げられる。
【0086】
遺伝子の破壊は、特に、コードされるタンパク質のアミノ酸配列が欠失(欠損)するように実施してよい。言い換えると、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、タンパク質のアミノ酸配列を欠失させることにより、具体的には、アミノ酸配列を欠失したタンパク質をコードするように遺伝子を改変することにより、達成できる。なお、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質の部分配列またはアミノ酸配列全体の欠失をいう。また、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、元のアミノ酸配列が完全に存在しないことをいい、元のアミノ酸配列が別のアミノ酸配列に変化する場合も包含される。すなわち、例えば、フレームシフトにより別のアミノ酸配列に変化した領域は、欠失した領域とみなしてよい。タンパク質のアミノ酸配列の欠失により、典型的にはタンパク質の全長が短縮されるが、タンパク質の全長が変化しないか、あるいは延長される場合もあり得る。例えば、遺伝子のコード領域の一部又は全部の欠失により、コードされるタンパク質から、当該欠失部分がコードする領域を消失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域への終止コドンの導入により、コードされるタンパク質において、当該導入部位より下流のコードされる領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域におけるフレームシフトにより、コードされるタンパク質において、当該フレームシフト領域がコードする領域を欠失させることができる。アミノ酸配列の欠失における欠失させる領域の位置および長さについては、遺伝子の欠失における欠失させる領域の位置および長さの説明を準用できる。
【0087】
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、組換えDNAを用いた相同組換えにより実施できる。相同組換えに用いる組換えDNAの構造は、所望の態様で相同組換えが起こるものであれば特に制限されない。例えば、任意の配列(例えば、破壊型遺伝子や任意の挿入配列)を含む線状DNAであって、当該任意の配列の両端に染色体上の相同組換え対象部位の上流および下流の配列をそれぞれ備える線状DNAで宿主を形質転換して、対象部位の上流および下流でそれぞれ相同組換えを起こさせることにより、対象部位を当該任意の配列に置換することができる。染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、具体的には、例えば、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した破壊型遺伝子を作製し、該破壊型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、破壊型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の
野生型遺伝子を破壊型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。破壊型遺伝子としては、遺伝子の全領域あるいは一部の領域を欠失した遺伝子、ミスセンス変異を導入した遺伝子、ナンセンス変異を導入した遺伝子、フレームシフト変異を導入した遺伝子、トランスポゾンやマーカー遺伝子等の挿入配列を導入した遺伝子が挙げられる。破壊型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。
【0088】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'
-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理等の通常の変異処理が挙げられる。
【0089】
上記のようなタンパク質の活性を低下させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0090】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0091】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することでも確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
【0092】
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、マイクロアレイ、RNA-seq等が挙げられる(Molecular
Cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)
)。mRNAの量は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0093】
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular Cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0094】
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
【0095】
<2>本発明の方法
本発明の方法は、脂肪酸を含有する培地で本発明の酵母を培養することによる目的物質の製造方法である。本発明の方法においては、1種の目的物質が製造されてもよく、2種またはそれ以上の目的物質が製造されてもよい。
【0096】
使用する培地は、脂肪酸を含有し、本発明の酵母が増殖でき、目的物質が生産される限り、特に制限されない。培地としては、例えば、脂肪酸を含有すること以外は、酵母の培養に用いられる通常の培地を用いることができる。そのような培地としては、脂肪酸を添加した、SD培地、SG培地、SDTE培地、YPD培地が挙げられる。培地は、例えば、脂肪酸に
加えて、炭素源、窒素源、リン源、硫黄源、およびその他の各種有機成分や無機成分から
選択される成分を必要に応じて含有していてよい。培地成分の種類や濃度は、使用する酵母の種類や製造する目的物質の種類等の諸条件に応じて適宜設定してよい。
【0097】
脂肪酸の使用により、目的物質の生産が増大してよい。すなわち、脂肪酸の存在下では、脂肪酸の非存在下と比較して、酵母による目的物質の生産が増大してよい。目的物質の生産の増大としては、例えば、目的物質の生産量の増大、目的物質の生産速度の増大、目的物質の収率の増大が挙げられる。また、脂肪酸の使用により、目的物質の組成(例えば目的物質のアルキル鎖の長さ)の調節が可能となってよい。すなわち、本発明の方法の一態様は、目的物質のアルキル鎖の組成(例えば長さ)を調節する方法であってよい。目的物質の組成の調節としては、特定のアルキル鎖を含む目的物質の生産の調節や、全生産物の総量に対する特定のアルキル鎖を含む目的物質の生産量の比率の調節が挙げられる。そのような比率を、「生産比率」ともいう。特定のアルキル鎖としては、特定の長さのアルキル鎖が挙げられる。「全生産物の総量」とは、例えば、2種またはそれ以上のPHS種(
例えば、生産される全PHS種)の総量または2種またはそれ以上のPHC種(例えば、生産される全PHC種)の総量を意味してよい。「全生産物の総量」とは、例えば、特に、PHSまたはPHCの総量、すなわち、生産される全PHSまたはPHCの総量を意味してよい。
【0098】
すなわち、具体的には、脂肪酸の使用により、脂肪酸の種類に応じて、特定のアルキル鎖を含む目的物質の生産が増大してよい。例えば、炭素数nの脂肪酸の使用により、炭素
数n+2のアルキル鎖を含む目的物質の生産が増大してよい。言い換えると、脂肪酸の炭素数がnである場合、目的物質は炭素数n+2のアルキル鎖を含むPHS種またはPHC種を含んで
いてよく、当該PHS種またはPHC種の生産が脂肪酸の存在により増大してよい。「目的物質がPHS種またはPHC種を含む」とは、少なくとも当該PHS種またはPHC種が目的物質として生産されることを意味し、当該PHS種またはPHC種のみが生産される、または当該PHS種また
はPHC種を含有する混合物が生産される場合を包含してよい。
【0099】
また、具体的には、脂肪酸の使用により、脂肪酸の種類に応じて、生産物の総量に対する特定のアルキル鎖を含む目的物質の生産量の比率が増大してよい。例えば、炭素数nの
脂肪酸の使用により、生産物の総量に対する炭素数n+2のアルキル鎖を含む目的物質の生産量の比率が増大してよい。言い換えると、脂肪酸の炭素数がnである場合、目的物質は
炭素数n+2のアルキル鎖を含むPHS種またはPHC種を含んでいてよく、生産物の総量に対する当該PHS種またはPHC種の生産量の比率が脂肪酸の存在により増大してよい。
【0100】
脂肪酸の長さおよび不飽和度は、可変であってよい。脂肪酸の長さは、例えば、C12~C24(C12、C14、C16、C18、C20、C22、C24等)であってよい。脂肪酸の長さは、例えば、
特に、C14、C16、またはC18であってよい。脂肪酸の長さは、脂肪酸の炭素数(すなわち
炭素原子の数)と解釈できる。脂肪酸は、飽和であっても不飽和であってもよい。脂肪酸は、1つまたはそれ以上の不飽和二重結合を有していてよい。脂肪酸として、具体的には、ラウリン酸(12:0)、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、ステアリン酸(18:0)、アラキジン酸(20: 0)、ベヘン酸(22:0)、リグノセリン酸(24:0)、ミリス
トレイン酸(14:1)、パルミトレイン酸(16:1)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)が挙げられる。脂肪酸としては、特に、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、ステアリン酸(18:0)が挙げられる。脂肪酸としては、さらに特には、ミリスチン酸(14:0)が挙げられる。ミリスチン酸(14:0)の使用により、例えば、C16:0 PHSまたはPHC等のC16 PHSまたはPHCの生産量または生産比率が増大してよい。パルミチン酸(16:0)の使用により、例えば、C18:0 PHSまたはPHC等のC18 PHSまたはPHCの生産量または生産比率が増大してよい。ステアリン酸(18:0)の使用により、例えば、C20:0 PHSまたはPHC等のC20 PHSまたはPHCの生産量または生産比率が増大してよい。脂肪酸としては、1種の脂肪酸を用いてもよく、2種またはそれ以上の脂肪酸を併用してもよい。
【0101】
脂肪酸は、フリー体、その塩、またはそれらの混合物であってよい。すなわち、本発明において、「脂肪酸」という用語は、特記しない限り、フリー体の脂肪酸、その塩、またはそれらの混合物を意味してよい。塩としては、例えば、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が挙げられる。前駆体の塩としては、1種の塩を用いてもよく、2種またはそれ以上の塩を併用してもよい。
【0102】
脂肪酸は、培養の全期間にわたって培地に含有されていてもよく、培養の一部の期間にのみ培地に含有されていてもよい。すなわち、「脂肪酸を含有する培地で酵母を培養する」とは、必ずしも培養の全期間にわたって培地中に脂肪酸が存在することを意味するものではない。例えば、脂肪酸は、培養開始時から培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。培養開始時に培地に脂肪酸が含有されていない場合、培養開始後に培地に脂肪酸を添加する。脂肪酸をいつ添加するかは、培養期間の長さ等の諸条件に応じて適宜設定できる。例えば、本発明の酵母が十分に生育した後に脂肪酸を培地に添加してよい。また、いずれの場合も、必要に応じて脂肪酸を培地に追加で添加してよい。脂肪酸を培地に添加する手段は、特に制限されない。例えば、脂肪酸を含有する流加培地により脂肪酸を培地に添加することができる。また、例えば、培地を固体形態の脂肪酸(固形脂肪酸)で飽和させることにより、脂肪酸を培地に添加することができる。具体的には、例えば、後述する添加剤を含有する培地を固形脂肪酸で飽和させることにより、脂肪酸を培地に添加することができる。培地中の脂肪酸の濃度は、目的物質を製造できる限り、特に制限されない。例えば、培地中の脂肪酸の濃度は、0.1 g/L以上、1 g/L以上、2 g/L以上、5 g/L以上、または10 g/L以上であってもよく、200 g/L以下、100 g/L以下、50 g/L以下、または20
g/L以下であってもよく、それらの組み合わせの範囲であってもよい。培地中の脂肪酸の濃度は、例えば、0.1 g/L~200 g/L、1 g/L~100 g/L、または5 g/L~50 g/Lであっても
よい。脂肪酸は、培養の全期間にわたって上記例示した範囲内の濃度で培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。例えば、脂肪酸は、培養開始時に上記例示した範囲内の濃度で培地に含有されていてもよく、培養開始後に上記例示した範囲内の濃度となるように培地に添加されてもよい。
【0103】
培地は、目的物質との会合、目的物質との結合、目的物質の可溶化、および/または目的物質の捕捉が可能な添加剤を含有してよい(WO2017/033463)。添加剤の使用により、
目的物質の生産が増大してよい。すなわち、添加剤の存在下では、添加剤の非存在下と比較して、本発明の酵母による目的物質の生産量が増大してよい。添加剤の使用により、具体的には、培地中での目的物質の生産が増大してよい。培地中での目的物質の生産を、「目的物質の排出」ともいう。「目的物質との会合、目的物質との結合、目的物質の可溶化、および/または目的物質の捕捉」とは、具体的には、目的物質の培地への溶解度を増大させることを意味してよい。添加剤としては、シクロデキストリンやゼオライトが挙げられる。シクロデキストリンを構成するグルコース残基の数は、特に制限されない。シクロデキストリンを構成するグルコース残基の数は、例えば、5、6、7、または8であってよい。すなわち、シクロデキストリンとしては、5個のグルコース残基からなるシクロデキストリン、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン、およびそれらの誘導体が挙げられる。シクロデキストリン誘導体としては、1つまたはそれ以上の官能基が導入されたシクロデキストリンが挙げられる。官能基の種類、数、量、および位置は、誘導体が目的物質と会合、目的物質と結合、目的物質を可溶化、および/または目的物質を捕捉できる限り、特に制限されない。官能基は、例えば、C2位の水酸基、C3位の水酸基、C6位の水酸基、またはそれらの組み合わせに導入されてよく、これによりシクロデキストリン自体の溶解度が増大してよい。官能基としては、アルキル基やヒドロキシアルキル基が挙げられる。アルキル基およびヒドロキシアルキル基は、いずれも、直鎖アルキル鎖を有していてもよく、分岐アルキル鎖を有していてもよい。アルキル基およびヒドロキシアルキル基は、いずれも、炭素数が、例えば、1、2、3、4、また
は5であってよい。アルキル基として、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、イソプロピル基、イソブチル基が挙げられる。ヒドロキシアルキル基として、具体的には、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基、ヒドロキシブチル基、ヒドロキシペンチル基、ヒドロキシイソプロピル基、ヒドロキシイソブチル基が挙げられる。シクロデキストリン誘導体として、具体的には、メチル-α-シクロデキストリン;メチル-β-シクロデキストリン;2-ヒドロキシプロピル-α-シクロデキストリン等のヒドロキシプロピル-α-シクロデキストリン;2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン等のヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンが挙げられる。ゼオライトの種類は特に制限されない。添加剤としては、1種の添加剤を用いてもよく、2種またはそれ以上の添加剤を併用してもよい。
【0104】
培地は、セリンを含有してよい。セリンは、D-セリン、L-セリン、またはそれらの混合物であってよい。セリンは、フリー体、その塩、またはそれらの混合物であってよい。塩としては、例えば、硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が挙げられる。セリンの使用により、目的物質の生産が増大してよい。すなわち、セリンの存在下では、セリンの非存在下と比較して、本発明の酵母による目的物質の生産量が増大してよい。セリンの使用により、具体的には、培地中での目的物質の生産が増大してよい。セリンは、例えば、シクロデキストリン等の上記添加剤と併用してもよく、そうでなくてもよい。セリンは、典型的には、シクロデキストリン等の上記添加剤と併用してよい。
【0105】
添加剤またはセリンは、培養の全期間にわたって培地に含有されていてもよく、培養の一部の期間にのみ培地に含有されていてもよい。すなわち、「添加剤を含有する培地で酵母を培養する」とは、必ずしも培養の全期間にわたって培地中に添加剤が存在することを意味するものではない。同様に、「セリンを含有する培地で酵母を培養する」とは、必ずしも培養の全期間にわたって培地中にセリンが存在することを意味するものではない。例えば、添加剤またはセリンは、培養開始時から培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。培養開始時に培地に添加剤またはセリンが含有されていない場合は、培養開始後に培地に添加剤またはセリンを添加してよい。供給のタイミングは、培養期間の長さ等の諸条件に応じて適宜設定できる。例えば、本発明の酵母が十分に生育した後に添加剤またはセリンを培地に添加してよい。また、いずれの場合も、必要に応じて添加剤またはセリンを培地に追加で添加してよい。添加剤またはセリンを培地に添加する手段は、特に制限されない。例えば、添加剤またはセリンを含有する流加培地により添加剤またはセリンを培地に添加することができる。培地中の添加剤またはセリンの濃度は、目的物質を製造できる限り、特に制限されない。培地中の添加剤の濃度は、例えば、0.1 g/L以上、1 g/L以上、2 g/L以上、5 g/L以上、または10 g/L以上であってもよく、300 g/L以下、250 g/L以下、200 g/L以下、150 g/L以下、100 g/L以下、70 g/L以下、50 g/L以下、または20 g/L以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。培地中の添加剤の濃度は、
例えば、0.1 g/L~250 g/L, 1 g/L~200 g/L、または5 g/L~150 g/Lであってもよい。培地中のセリンの濃度は、例えば、0.1 mM以上、0.5 mM以上、1 mM以上、2 mM以上、3 mM以上、5 mM以上、または10 mM以上であってもよく、100 mM以下、50 mM以下、20 mM以下、10 mM以下、5 mM以下、または3 mM以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。培地中のセリンの濃度は、例えば、0.1 mM~100 mM, 0.5 mM~50 mM、または1 mM~20 mMであってもよい。添加剤またはセリンは、培養の全期間にわたって上記例示した範囲内の濃度で培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。添加剤またはセリンは、例えば、培養開始時に上記例示した範囲内の濃度で培地に含有されていてもよく、培養開始後に上記例示した範囲内の濃度となるように培地に添加されてもよい。添加剤およびセリンの両方を使用する場合、それらの使用態様はそれぞれ独立に選択できる。例えば、添加剤およびセリンは、同時に培地に添加してもよく、そうでなくてもよい。
【0106】
炭素源として、具体的には、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノース、廃糖蜜、澱粉加水分解物、バイオマスの加水分解物等の糖;酢酸、フマル酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸;グリセロール、粗グリセロール、エタノール等のアルコール;脂肪酸が挙げられる。すなわち、上述した脂肪酸は、炭素源として用いられてもよい。上述した脂肪酸は、唯一炭素源(sole carbon source)として用いられてもよく、そうでなくてもよい。しかし、通常は、少なくとも、上述した脂肪酸以外の炭素源を用いてよい。炭素源としては、1種の炭素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の炭素源を組み合わせて用いてもよい。
【0107】
窒素源として、具体的には、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆タンパク質分解物等の有機窒素源、アンモニア、ウレアが挙げられる。pH調整に用いられるアンモニアガスやアンモニア水を窒素源として利用してもよい。窒素源としては、1種の窒素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の窒素源を組み合わせて用いてもよい。
【0108】
リン酸源として、具体的には、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。リン酸源としては、1種のリン酸源を用いてもよく、2種またはそれ以上のリン酸源を組み合わせて用いてもよい。
【0109】
硫黄源として、具体的には、例えば、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。硫黄源としては、1種の硫黄源を用いてもよく、2種またはそれ以上の硫黄源を組み合わせて用いてもよい。
【0110】
その他の各種有機成分や無機成分として、具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の無機塩類;鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム等の微量金属類;ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ビタミンB12等のビ
タミン類;アミノ酸類;核酸類;これらを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆タンパク質分解物等の有機成分が挙げられる。その他の各種有機成分や無機成分としては、1種の成分を用いてもよく、2種またはそれ以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
【0111】
また、生育にアミノ酸や核酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には、培地に要求される栄養素を補添することが好ましい。
【0112】
培養条件は、本発明の酵母が増殖でき、目的物質が生産される限り、特に制限されない。培養は、例えば、酵母の培養に用いられる通常の条件で行うことができる。培養条件は、使用する酵母の種類や製造する目的物質の種類等の諸条件に応じて適宜設定してよい。
【0113】
培養は、液体培地を用いて、好気条件、微好気条件、または嫌気条件で行うことができる。培養は、好ましくは、好気条件で行うことができる。「好気条件」とは、液体培地中の溶存酸素濃度が、0.33 ppm以上、好ましくは1.5 ppm以上であり、例えば、飽和酸素濃
度に対して、5~50%、好ましくは10~20%程度に制御されてもよい条件であってよい。
好気培養は、具体的には、通気または振盪により行うことができる。「微好気条件」とは、培養系に酸素が供給されているが、液体培地中の溶存酸素濃度が0.33 ppm未満である条件であってよい。「嫌気条件」とは、培養系に酸素が供給されない条件であってよい。培養温度は、例えば、25~35℃、好ましくは27℃~33℃、より好ましくは28℃~32℃であってよい。培地のpHは、例えば、pH3~10、好ましくはpH4~8であってよい。培養中、必要
に応じて培地のpHを調整することができる。pHの調整には、無機または有機の酸性またはアルカリ性の物質、例えばアンモニアガス等、を用いることができる。培養期間は、例え
ば、10時間~200時間、または15時間~120時間であってよい。培養条件は、培養の全期間において一定であってもよく、培養中に変化させてもよい。培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(Fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。培養は、種培養と本培養の2段階で行ってもよい。そのような場合、種培養と本培養の培養条件は、同一であってもよく、なくてもよい。例えば、種培養と本培養を、共に回分培養で行ってもよい。あるいは、例えば、種培養を回分培養で行い、本培養を流加培養または連続培養で行ってもよい。
【0114】
このような条件下で本発明の酵母を培養することにより、培地中および/または酵母菌体内に目的物質が蓄積する。
【0115】
目的物質が生成したことは、化合物の検出または同定に用いられる公知の手法により確認することができる。そのような手法としては、例えば、HPLC、UPLC、LC/MS、GC/MS、NMRが挙げられる。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができ
る。
【0116】
生成した目的物質は、適宜回収することができる。すなわち、本発明の方法は、さらに、目的物質を酵母菌体および/または培地から回収する工程を含んでいてよい。生成した目的物質の回収は、化合物の分離精製に用いられる公知の手法により行うことができる。そのような手法としては、例えば、イオン交換樹脂法、膜処理法、沈殿法、晶析法が挙げられる。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。なお、菌体内に目的物質が蓄積する場合には、例えば、菌体を超音波などにより破砕することができ、次いで、遠心分離によって菌体を除去して得られる上清から目的物質を回収することができる。回収される目的物質は、フリー体、その塩、またはそれらの混合物であってよい。
【0117】
また、目的物質が培地中に析出する場合は、遠心分離又は濾過等により目的物質を回収することができる。また、培地中に析出した目的物質は、培地中に溶解している目的物質を晶析した後に、併せて単離してもよい。
【0118】
尚、回収される目的物質は、目的物質以外に、酵母菌体、培地成分、水分、酵母の代謝副産物等の追加成分を含有していてもよい。回収される目的物質の純度は、例えば、30% (w/w)以上、50% (w/w)以上、70% (w/w)以上、80% (w/w)以上、90% (w/w)以上、または95%
(w/w)以上であってよい。
【0119】
本発明の酵母の培養によりPHSが生産される場合、生産されたPHSをPHCに変換すること
ができる。すなわち、本発明は、PHCを製造する方法であって、本発明の方法によりPHSを製造する工程、および該PHSをPHCに変換する工程を含む方法を提供する。
【0120】
本発明の酵母の培養により生産されたPHSは、そのまま、あるいは必要に応じて濃縮、
希釈、乾燥、溶解、分画、抽出、精製等の適切な処理に供した後、PHCへの変換に用いる
ことができる。すなわち、PHSとしては、例えば、所望の程度に精製したものを用いても
よく、PHSを含有する素材を用いてもよい。PHSを含む素材は、PHSからPHCへの変換が進行する限り、特に制限されない。PHSを含む素材として、具体的には、PHSを含有する培養液、培養液から分離した上清、それらの加工物(例えば、濃縮物(濃縮液等)や乾燥物)が挙げられる。
【0121】
PHSをPHCに変換する方法は、特に制限されない。
【0122】
PHSは、例えば、脂肪酸との化学反応によりPHCに変換することができる(米国特許5,86
9,711)。脂肪酸は、製造するPHCのアシル鎖を提供するものであれば、特に制限されない。すなわち、脂肪酸としては、上記例示したPHC種のアシル鎖に対応するものが挙げられ
る。脂肪酸として、具体的には、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、ステアリン酸(18:0)、アラキジン酸(20: 0)、ベヘン酸(22:0)、リグノセリン酸(24:0)
、セロチン酸(26:0)、ミリストレイン酸(14:1)、パルミトレイン酸(16:1)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)が挙げられる。脂肪酸としては、特に、ステアリン酸(18:0)が挙げられる。PHSとしては、1種のPHS種を用いてもよく、2種またはそれ以上のPHS種を併用して用いてもよい。脂肪酸としては、1種の脂肪酸
を用いてもよく、2種またはそれ以上の脂肪酸を併用してもよい。2種またはそれ以上のPHS種および/または2種またはそれ以上の脂肪酸の併用により、2種またはそれ以上のPHC種の混合物が製造されてよい。
【0123】
PHCの生成の確認およびPHCの回収は、本発明の方法と同様に実施できる。すなわち、PHCを製造する方法は、さらに、PHCを回収する工程を含んでいてよい。回収されるPHCの純
度は、例えば、30% (w/w)以上、50% (w/w)以上、70% (w/w)以上、80% (w/w)以上、90% (w/w)以上、または95% (w/w)以上であってよい。
【実施例】
【0124】
以下、非限定的な実施例を参照して本発明をさらに具体的に説明する。
【0125】
実施例で使用した材料を表1~4に示す。
【0126】
【0127】
【0128】
【0129】
【0130】
実施例1:菌株の構築
最も開発されたPHS(フィトスフィンゴシン)生産株であるSaccharomyces cerevisiae SCP4510株を、WO2017/033464に記載のEYS5009株から構築した。EYS5009株は、NCYC 3608
株から構築され、LCB4およびCKA2遺伝子を欠損している。NCYC 3608株(遺伝子型:MATalpha gal2 ho::HygMX ura3::KanMX)は、S288C(ATCC 26108)のMat α派生株である。SCP4510株は、以下の改変、すなわち、leu2Δ0の欠損、Δcha1::LoxP Δcka2::LoxP Δlcb4::LoxP Δorm2::LoxP Δnem1::LEU2 CAT5-91Met gal2 ho YNRCΔ9::ScLCB1/ScSUR2 YPRCΔ15::ScLCB2/ScTSC10 PTDH3-LCB1 PTDH3-LCB2 PTDH3-TSC10 PTDH3-SUR2 Ser1::PTEF1-SER3-TENO2-PPGK1-SER2-TADH2-PGPD1-SER1を含む。SCP4510株は、標準的な遺伝的手法で操作
でき、通常の二倍体または一倍体の酵母株として使用できる。SCP4510の構築について以
下に詳述する。
【0131】
S. cerevisiae EYS5065株は、オープンリーディングフレームのスタートコドンからス
トップコドンまでの欠失をもたらすPCRベースの遺伝子欠失戦略によるORM2遺伝子の欠失
により、EYS5009株から構築した。ORM2遺伝子は、loxP部位で挟まれたヌルセオスリシン
耐性遺伝子NatMX(nat1)と、プライマーEV4215およびEV4216を用いたプラスミドpNI-natを鋳型とするPCRによって付加されたORM2遺伝子の元のプロモーターおよびターミネータ
ーに相同な塩基配列を含む欠失構築物で置換した。形質転換体は、100 mg/Lヌルセオスリシンを含有するSC寒天プレート(6.7 g/L 窒素ベース(アミノ酸なし), 2.0 g/L 完全SC混合物(表5), 20 g/L グルコース, 20 g/L寒天)上で選択した。クローンは、欠失構
築物が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した。適切な挿入を有するクローンをEYS5065と命名した。
【0132】
【0133】
S. cerevisiae EYS5180株は、オープンリーディングフレームのスタートコドンからス
トップコドンまでの欠失をもたらすPCRベースの遺伝子欠失戦略によるCHA1遺伝子の欠失
により、先述のEYS5065株から構築した。CHA1遺伝子は、loxP部位で挟まれたハイグロマ
イシン耐性遺伝子HygMX(Hph)と、プライマーEV3782およびEV3783を用いたプラスミドpNI-hphを鋳型とするPCRによって付加されたCHA1遺伝子の元のプロモーターおよびターミネーターに相同な塩基配列を含む欠失構築物で置換した。形質転換体は、100 mg/Lハイグロマイシンを含有するSC寒天プレート上で選択した。クローンは、欠失構築物が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した。さらに、適切な挿入を有するクローンから、ORM2
およびCHA1遺伝子をそれぞれ欠失させるために先に用いた耐性マーカーNatMXおよびHygMXを、Creリコンビナーゼの発現カセットを含むURA3選択可能プラスミドであるpEVE0078で
形質転換することにより除去した。Creリコンビナーゼは、上記マーカーを挟む2つのloxP部位間の部位特異的組換えとそれに付随するマーカーの除去を触媒する。Creリコンビナ
ーゼを発現するクローンを、ウラシルを含有しないSC寒天プレート上で選択した。いくつかのクローンをピックし、それぞれの選択プレートにプレーティングして選択マーカーの喪失を検査した。プラスミドpEVE0078は、1 g/L 5'-フルオロオロチン酸(これはURA3遺
伝子産物の活性によって毒性化合物に変換される)存在下で菌株を培養することによって除去した。プラスミドpEVE0078を失ったクローンのみが、5'-フルオロオロチン酸を含有
する培地で増殖可能であった。増殖したクローンをEYS5180と命名した。
【0134】
S. cerevisiae EVST20075株は、2つの組み込みモジュールの導入により、先述のEYS5180株から構築した。S. cerevisiae固有のLCB1およびSUR2遺伝子と選択可能マーカーNatMX
を有する第1の組み込みモジュールは、ゲノムのTy1の長い末端反復YNRCΔ9(染色体XIV 727363-727661)に組み込んだ。LCB1およびSUR2遺伝子は、それぞれ、ネイティブ(native)のS. cerevisiae GPD1およびTEF2プロモーターから発現し、ネイティブ(native)のS. cerevisiae CYC1およびPGI1ターミネーターが続く。さらに、S. cerevisiae固有のLCB2およびTSC10遺伝子と選択可能マーカーHygMX(Hph)を有する第2の組み込みモジュール
は、ゲノムのTy1の長い末端反復YPRCΔ15(染色体XVI 776667..776796)に組み込んだ。LCB2およびTSC10遺伝子は、それぞれ、ネイティブ(native)のS. cerevisiae PGK1およびTPI1プロモーターから発現し、ネイティブ(native)のS. cerevisiae ADH2およびTDH1ターミネーターが続く。組み込みモジュールを有するクローンをEVST20075と命名した。組
み込みモジュールの塩基配列を解析したところ、LCB2のオープンリーディングフレームにおいて1438番目から1440番目までの3塩基が欠損していることが明らかとなった。
【0135】
S. cerevisiae AGRI-536株は、元の遺伝子座のLCB1のプロモーターをS. cerevisiaeのTDH3のプロモーター(PTDH3)に置換することにより、先述のEVST20075株から構築した。
プロモーターの置換のため、KlURA3(Kluyveromyces lactisのURA3遺伝子)とPTDH3を有
するカセットを、LCB1のオープンリーディングフレームの上流に、PTDH3の3'末端がLCB1
のオープンリーディングフレームの5'末端に接続するように組み込んだ。このカセットは、PTDH3の5'末端169 bpも含んでおり、それは全長PTDH3と同じ向きでKlURA3の上流に位置していた。このカセットを組み込むために、プライマーAG1009とAG1010を用いたS. cerevisiae S288C株の染色体DNAを鋳型とするPCRによりLCB1上流領域を含むDNA断片を生成した。このDNA断片をプラスミドpUC57-KlURA3-PTDH3-L169Rと混合し、この混合物を鋳型とし
てプライマーAG1009とAG1011を用いたPCRを実施した。PCRの産物をEVST20075株の形質転
換に用い、ウラシルを含有しないSC寒天プレート上で形質転換体を選択した。クローンは、プロモーター置換構築物が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した。適切な挿
入を有するクローンをAGRI-536と命名した。LCB1の上流に組み込まれたPTDH3プロモータ
ーの塩基配列を配列解析により確認した。
【0136】
S. cerevisiae AGRI-537株は、LCB1プロモーターの置換のために先に用いたKlURA3遺伝子を除去することにより、先述のAGRI-536株から構築した。KlURA3遺伝子は、KlURA3の上流に位置する169 bpのPTDH3の5'領域と、この遺伝子の下流に位置する全長PTDH3の5'領域との間の相同組換えによって除去した。KlURA3を有しない株の選抜は、1 g/L 5'-フルオ
ロオロチン酸を添加したSC寒天プレートでAG-536を培養することにより実施した。この化
合物存在下では、URA3が不活性化された株のみが生き残った。KlURA3の除去は、PCR解析
により確認した。KlURA3を有しないクローンをAGRI-537と命名した。
【0137】
S. cerevisiae AGRI-526株は、元の遺伝子座のSUR2のプロモーターをPTDH3に置換する
ことにより、先述のAGRI-537株から構築した。プロモーター置換の手順は、SUR2上流領域の増幅にプライマーAG1021とAG1022を用い、形質転換用のDNA断片の生成にプライマーAG1021とAG1023を用いた以外は、元の遺伝子座のLCB1のプロモーターの置換について前述し
た手順と同じであった。得られたクローンをAGRI-526と命名した。
【0138】
S. cerevisiae AGRI-528株は、SUR2プロモーターの置換のために先に用いたKlURA3を除去することにより、先述のAGRI-526株から構築した。KlURA3除去の手順は、LCB1のプロモーターの置換に用いたKlURA3の除去について前述した手順と同じであった。得られたクローンをAGRI-528と命名した。
【0139】
S. cerevisiae AGRI-534株は、元の遺伝子座のTSC10のプロモーターをPTDH3に置換することにより、先述のAGRI-528株から構築した。プロモーターの置換のため、loxP部位で挟まれたジェネティシン(G418)耐性遺伝子KanMXとPTDH3を有するカセットを、TSC10のオ
ープンリーディングフレームの上流に、PTDH3の3'末端がTSC10のオープンリーディングフレームの5'末端に接続するように組み込んだ。このカセットを組み込むために、プライマーAG1091とAG1092を用いたpUG-PTDH3を鋳型とするPCRによりDNA断片を合成した。得られ
たDNA断片をAGRI-528の形質転換に用い、200 mg/LのG418を添加したYPD寒天プレート(10
g/L 酵母エキス, 20 g/L バクトペプトン, 20 g/L グルコース, 20 g/L 寒天)上で形質転換体を選択した。クローンは、プロモーター置換構築物が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した。適切な挿入を有するクローンをAGRI-534と命名した。TSC10の上流に組み込まれたPTDH3の塩基配列を配列解析により確認した。
【0140】
S. cerevisiae AGRI-551株は、元の遺伝子座のLCB2のプロモーターをPTDH3に置換する
ことにより、先述のAGRI-534株から構築した。プロモーター置換の手順は、LCB2上流領域の増幅にプライマーAG1013とAG1014を用い、形質転換用のDNA断片の生成にプライマーAG1013とAG1015を用いた以外は、元の遺伝子座のLCB1のプロモーターの置換について前述し
た手順と同じであった。得られたクローンをAGRI-551と命名した。
【0141】
S. cerevisiae SCP1100株は、ERG3オープンリーディングフレームの上流にS. cerevisiae HIS3遺伝子を導入することにより、先述のAGRI-551株から構築した。HIS3遺伝子は、
プライマーNI73とNI74を用いたプラスミドpUC19-RS-HIS3-RS-PADH1を鋳型とするPCRによ
って付加されたERG3オープンリーディングフレームの上流領域に相同な塩基配列を用いて導入した。形質転換体は、ヒスチジンを含有しないSC寒天プレート上で選択した。クローンは、HIS3が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した。適切な挿入を有するクロ
ーンをSCP1100と命名した。
【0142】
S. cerevisiae SCP1400株は、PCRベースの遺伝子欠失戦略によるNEM1遺伝子の欠失により、先述のSCP1100株から構築した。NEM1遺伝子は、S. cerevisiae LEU2遺伝子と、プラ
イマーNI87およびNI99を用いたプラスミドpUC19-RS-LEU2-RS-PADH1を鋳型とするPCRによ
って付加されたNEM1オープンリーディングフレームに相同な塩基配列を有する欠失構築物で置換した。形質転換体は、ロイシンを含有しないSC寒天プレート上で形質転換体を選択した。クローンは、欠失構築物が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した。適切
な挿入を有するクローンをSCP1400と命名した。
【0143】
S. cerevisiae SCP2400株は、LCB2プロモーターの置換のために先に用いたKlURA3遺伝
子を除去することにより、先述のSCP1400株から構築した。KlURA3遺伝子は、1 g/L 5'-フ
ルオロオロチン酸の存在下で菌株を培養することにより除去した。KlURA3遺伝子を有しないクローンのみが、5'-フルオロオロチン酸を含有する培地で増殖可能であった。増殖し
たクローンをSCP2400と命名した。さらに、LCB1/SUR2の発現モジュールをYNRCΔ9に、LCB2/ScTSC10の発現モジュールをYPRCΔ15にそれぞれ組み込むために先に用いた耐性マーカ
ーNatMXおよびHygMXを、pEVE0078で形質転換することによりSCP2400から除去した。いく
つかのクローンをピックし、それぞれの選択プレートにプレーティングして選択マーカーの喪失を検査した。プラスミドpEVE0078は、1 g/L 5'-フルオロオロチン酸存在下で菌株
を培養することによって除去した。5'-フルオロオロチン酸を含有する最少培地で増殖可
能であったクローンを選択し、SCP2410とした。
【0144】
S. cerevisiae SCP3410株は、S. cerevisiae URA3遺伝子(ScURA3)を元のUra3遺伝子
座に復元することにより、先述のSCP2410株から構築した。ScURA3遺伝子は、ScURA3オー
プンリーディングフレームの上流および下流に相同な塩基配列を用いて導入した。形質転換用のDNA断片は、プライマーEK238とEK249を用いたS. cerevisiae S288C株の染色体DNA
を鋳型とするPCRによって調製した。形質転換体は、ウラシルを含有しないSC寒天プレー
ト上で選択した。クローンは、ScURA3が正しく挿入されているかどうかをPCRで検査した
。適切な挿入を有するクローンをSCP3410と命名した。
【0145】
S. cerevisiae SCP4100株は、S. cerevisiae SER3、SER2、およびSER1遺伝子と選択可
能マーカーKanMXを有する組み込みモジュールを導入することにより、先述のEYS3410株から構築した。組み込みモジュールは、元のSER1遺伝子座に組み込んだ。SER3、SER2、およびSER1遺伝子は、それぞれ、ネイティブ(native)のS. cerevisiae TEF1、ENO2、およびGPD1プロモーターから発現し、ネイティブ(native)のS. cerevisiae ENO2およびADH2ターミネーターが続く。組み込みモジュールを有するクローンをSCP4100と命名した。
【0146】
S. cerevisiae SCP4500株は、YPRCΔ15遺伝子座の3塩基を欠くLCB2発現モジュールを、正しいLCB2塩基配列を有する別のLCB2発現モジュールと置き換えることにより、先述のEYS4100株から構築した。既に組み込まれた3塩基を欠くLCB2発現モジュールは、S. cerevisiae LCB2遺伝子と選択可能マーカーHygMXを有する組み込みモジュールで置換した。LCB2
は、ネイティブ(native)のS. cerevisiae PGK1プロモーターから発現し、ネイティブ(native)のS. cerevisiae ADH2ターミネーターが続く。さらに、pAC004-ble-pPGK1-Cre(これは、Creリコンビナーゼの発現カセットを含む、ゼオシン(銅キレート糖ペプチド抗
生物質, invitrogen)選択可能抗生物質マーカーを持つプラスミドである)で形質転換することにより、統合モジュールが適切に挿入されたクローンから先に用いた耐性マーカーKanMXおよびHygMXを除去した。いくつかのクローンをピックし、それぞれの選択プレートにプレーティングして選択マーカーの喪失を検査した。プラスミドpAC004-ble-pPGK1-Creは、抗生物質なしのSC寒天プレートで菌株を培養することによって除去した。ゼオシンを含有する培地で増殖不可能であったクローンを選択し、SCP4510とした。
【0147】
実施例2:脂肪酸を用いたPHS生産
<1>プレート培養
SCP4510を寒天プレート(20 g/L グルコース, 1.7 g/L 酵母窒素ベース, 5 g/L 硫酸アンモニウム, 1.49 g/L ドロップアウト混合物(表6), 15 g/L α-シクロデキストリン, 20 g/L バクト寒天, pH調整なし)で、30℃で24~48時間培養した。
【0148】
<2>シード培養
培養プレートから得たSCP4510菌体を、シード培地(20 g/L グルコース, 1.7 g/L 酵母窒素ベース, 5 g/L 硫酸アンモニウム, 1.49 g/L ドロップアウト混合物(表6), 15 g/L α-シクロデキストリン)に植菌した。シード培養は、30℃で30~36時間、150 rpmで
振盪して実施した。
【0149】
【0150】
<3>メイン培養
<2>で得たシード培養液を、250 mLのメイン培地(表7)に600 nmの光学密度が0.2
になるように植菌した。メイン培養は、30℃、pH5.25で、植菌前に100%に校正した溶存酸素濃度が24%超に維持されるように1 vvmで空気を通気して実施した。グルコース枯渇後、フィード培地(表10)の流加を開始し、表11に示す流加速度で流加を継続した。フィード培地の流加量が30 ± 10 mLに達した時点で、必要に応じて7 gのパルミチン酸(Pam,
C16:0)を培地に添加した。パルミチン酸の添加前に、温度を30℃から33℃まで徐々に上昇させた(20分ごとに1℃ずつ)。培養は、典型的には、フィード培地の流加量が200 mL
に達するまで継続した。
【0151】
【0152】
【0153】
【0154】
【0155】
【0156】
<5>解析
培養液中のPHS種をLC-MS/MSで分析した。分析条件は以下の通りとした。
HPLC: SHIMAZU Nexera X2
質量分析計: SHIMAZU LCMS-8050
カラム: Acquity BEH UPLC C8, 2.1 x 100mm, 1.7 mm (Waters cat. N. 186002878)
流速: 0.4 mL/min
溶離液A: 2 mM ギ酸アンモニウム(水中)+ 0.2% ギ酸
溶離液B: 1 mM ギ酸アンモニウム(アセトニトリル/メタノール 1:1中)+ 0.2% ギ酸
カラム温度: 50°C
グラジエント: 表12
検出モード: ポジティブ
前駆イオンと生成イオン: 表13
【0157】
【0158】
【0159】
<6>結果
パルミチン酸の添加または非添加の際に観察されたPHSの総量およびPHSの総量に対する各PHS種の量の比率を表14に示す。これらの結果から、パルミチン酸の添加により、PHSの総蓄積量が増加し、PHSの組成が変化することが示された。具体的には、パルミチン酸
の添加により、PHSの総生産量に対するC18:0 PHSの生産量の比率が増加した。
【0160】
【0161】
実施例3:脂肪酸を用いたPHS生産
<1>プレート培養
SCP4510を寒天プレート(20 g/L グルコース, 1.7 g/L 酵母窒素ベース, 5 g/L 硫酸アンモニウム, 1.45 g/L ドロップアウト混合物(表15), 20 g/L バクト寒天, pH5.2)
で、30℃で24~48時間培養した。
【0162】
【0163】
<2>プレシード培養
培養プレートから得たSCP4510菌体を、プレシード培地(20 g/L グルコース, 1.7 g/L 酵母窒素ベース, 5 g/L 硫酸アンモニウム, 1.45 g/L ドロップアウト混合物(表15),
pH5.2)に植菌した。プレシード培養は、30℃で30~36時間、150 rpmで振盪して実施し
た。
【0164】
<3>シード培養
<2>で得たプレシード培養液0.12 mLを、300 mLのシード培地(表16)に植菌した
。シード培養は、30℃、pH5.25で、1 vvmで空気を通気して実施した。培養は、培地のグ
ルコース濃度が5 g/L未満になるまで継続した。
【0165】
【0166】
【0167】
【0168】
<4>メイン培養
<3>で得たシード培養液25 mLを、225 mLのメイン培地(表19)に植菌した。メイ
ン培養は、30℃、pH5.25で、溶存酸素濃度(DO)が植菌前の24%以上に維持されるように1
vvmで空気を通気して実施した。グルコース枯渇後、フィード培地(表11)の流加を開始し、表20に示す流加速度で流加を継続した。フィード培地の流加量が40 ± 10 mLに
達した時点で、7 gの脂肪酸(これは、ミリスチン酸(Myr, C14:0)、パルミチン酸(Pam, C16:0)、およびステアリン酸(Ste, C18:0)のいずれかである)を培地に添加した。
培養は、典型的には、フィード培地の流加量が200 mLに達するまで継続した。
【0169】
【0170】
【0171】
<5>解析
培養液中のPHS種をLC-MS/MSで分析した。分析条件は以下の通りとした。
HPLC: Agilent technologies 1290 series
質量分析計: Agilent technologies 6460 Triple Quad
カラム: Acquity BEH UPLC C8, 2.1 x 100mm, 1.7 mm (Waters cat. N. 186002878)
流速: 0.4 mL/min
溶離液A: 2 mM ギ酸アンモニウム(水中)+ 0.2% ギ酸
溶離液B: 1 mM ギ酸アンモニウム(アセトニトリル/メタノール 1:1中)+ 0.2% ギ酸
カラム温度: 50°C
グラジエント: 表21
検出モード: ポジティブ
前駆イオンと生成イオン: 表22
【0172】
【0173】
【0174】
<6>結果
各脂肪酸を用いた際に観察されたPHSの総量に対する各PHS種の量を表23に示す。これらの結果から、添加する脂肪酸の種類に応じて、アルキル鎖の長さが異なるPHS種が生産
されること、すなわち、PHSの組成が変化することが示された。また、実施例2および3
の結果(表14および23)から、炭素数nの脂肪酸を添加すると、PHSの総生産量に対する炭素数n+2のアルキル鎖を含むPHS種の生産量の比率が増加することが示唆された。
【0175】
【0176】
実施例4:セリンを用いたPHS生産
S. cerevisiae EYS4423株(Δcha1 Δlcb4 Δorm2 Δcka2 [ScLCB1 ScLCB2][ScTSC10][PcSUR2])(WO2017/033463)を、ヒドロキシプロピル-α-シクロデキストリン(HPaCD
)、パルミチン酸(PA)、および/またはセリン(Ser)を以下の組み合わせの1つとし
て含有するSC培地(6.7 g/L 酵母窒素ベース(アミノ酸なし), 2.0 g/L 完全SC混合物(表5), 20 g/L グルコース)で増殖させた。
50 g/L HPaCD, PAなし, Serなし;
50 g/L HPaCD, PAなし, 5 mM Ser;
50 g/L HPaCD, PAあり, Serなし;
50 g/L HPaCD, PAあり, 5 mM Ser;
100 g/L HPaCD, PAなし, Serなし;
100 g/L HPaCD, PAなし, 5 mM Ser;
100 g/L HPaCD, PAあり, Serなし;
100 g/L HPaCD, PAあり, 5 mM Ser。
【0177】
EYS4423株は、CHA1、LCB4、ORM2、およびCKA2遺伝子の欠失と、LCB1、LCB2、TSC10、およびSUR2遺伝子の過剰発現によって、S. cerevisiae BY4742株(ATCC 201389; EUROSCARF
Y10000)から構築された株である(WO2017/033463)。PAを使用する場合、HPaCDを含有
する培地を過剰量のPAと30℃で一晩振盪してインキュベートし、次いでMillipore 0.2 μmフィルターで濾過することにより、PAを可溶化した。
【0178】
48時間培養後、培養上清を回収し、メタノールで希釈し、LC/MSで分析して、フィトス
フィンゴシン(PHS)とその中間体であるスフィンガニンおよび3-ケトスフィンガニン
を定量した。CDWは、OD600値から換算係数0.25 g/L/ODを用いて算出した。
【0179】
【0180】
PHSの生産量は、100 g/Lのヒドロキシプロピルα-シクロデキストリンを含有する培地にパルミチン酸のみを添加した場合には約1.5倍に増加したのに対し、5 mMのセリンをパ
ルミチン酸と組み合わせて添加した場合には約2.5倍に増加した(
図1)。
【0181】
3-ケトスフィンガニンの生産量は、50または100 g/Lのヒドロキシプロピルα-シク
ロデキストリンを含有する培地にパルミチン酸のみを添加した場合には約1.7倍に増加し
たのに対し、5 mMのセリンをパルミチン酸と組み合わせて添加した場合には約13~20倍に増加した(
図2)。セリン添加による3-ケトスフィンガニン生産のこのような大きな増
加は、TSC10が触媒する酵素的ステップがこの条件下でのPHS生産の律速となりうることを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0182】
本発明によれば、所望のアルキル鎖を有するフィトスフィンゴシン(PHS)やフィトセ
ラミド(PHC)等の目的物質を効率よく製造することができる。
【0183】
<配列表の説明>
配列番号1:Saccharomyces cerevisiaeのLCB1遺伝子の塩基配列
配列番号2:Saccharomyces cerevisiaeのLcb1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号3:Saccharomyces cerevisiaeのLCB2遺伝子の塩基配列
配列番号4:Saccharomyces cerevisiaeのLcb2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号5:Saccharomyces cerevisiaeのTSC10遺伝子の塩基配列
配列番号6:Saccharomyces cerevisiaeのTsc10タンパク質のアミノ酸配列
配列番号7:Saccharomyces cerevisiaeのSUR2遺伝子の塩基配列
配列番号8:Saccharomyces cerevisiaeのSur2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号9:Pichia ciferriiのSUR2遺伝子の塩基配列
配列番号10:Pichia ciferriiのSur2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号11:Saccharomyces cerevisiaeのLAG1遺伝子の塩基配列
配列番号12:Saccharomyces cerevisiaeのLag1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号13:Saccharomyces cerevisiaeのLAC1遺伝子の塩基配列
配列番号14:Saccharomyces cerevisiaeのLac1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号15:Saccharomyces cerevisiaeのLIP1遺伝子の塩基配列
配列番号16:Saccharomyces cerevisiaeのLip1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号17:Saccharomyces cerevisiaeのSER1遺伝子の塩基配列
配列番号18:Saccharomyces cerevisiaeのSer1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号19:Saccharomyces cerevisiaeのSER2遺伝子の塩基配列
配列番号20:Saccharomyces cerevisiaeのSer2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号21:Saccharomyces cerevisiaeのSER3遺伝子の塩基配列
配列番号22:Saccharomyces cerevisiaeのSer3タンパク質のアミノ酸配列
配列番号23:Saccharomyces cerevisiaeのYPC1遺伝子の塩基配列
配列番号24:Saccharomyces cerevisiaeのYpc1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号25:Saccharomyces cerevisiaeのNEM1遺伝子の塩基配列
配列番号26:Saccharomyces cerevisiaeのNem1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号27:Saccharomyces cerevisiaeのSPO7遺伝子の塩基配列
配列番号28:Saccharomyces cerevisiaeのSpo7タンパク質のアミノ酸配列
配列番号29:Saccharomyces cerevisiaeのLCB4遺伝子の塩基配列
配列番号30:Saccharomyces cerevisiaeのLcb4タンパク質のアミノ酸配列
配列番号31:Saccharomyces cerevisiaeのLCB5遺伝子の塩基配列
配列番号32:Saccharomyces cerevisiaeのLcb5タンパク質のアミノ酸配列
配列番号33:Saccharomyces cerevisiaeのELO3遺伝子の塩基配列
配列番号34:Saccharomyces cerevisiaeのElo3タンパク質のアミノ酸配列
配列番号35:Saccharomyces cerevisiaeのCKA2遺伝子の塩基配列
配列番号36:Saccharomyces cerevisiaeのCka2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号37:Saccharomyces cerevisiaeのORM2遺伝子の塩基配列
配列番号38:Saccharomyces cerevisiaeのOrm2タンパク質のアミノ酸配列
配列番号39:Saccharomyces cerevisiaeのCHA1遺伝子の塩基配列
配列番号40:Saccharomyces cerevisiaeのCha1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号41~61:プライマー
配列番号62~65:プロモーター
配列番号66~70:ターミネーター
配列番号71~78:プラスミド
【国際調査報告】