(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-02-26
(54)【発明の名称】デュアルコムレーザを用いた高エネルギー効率のコヒーレントラマン分光システム及び方法
(51)【国際特許分類】
G01J 3/10 20060101AFI20240216BHJP
G01J 3/45 20060101ALI20240216BHJP
G01J 3/44 20060101ALI20240216BHJP
H01S 5/06 20060101ALI20240216BHJP
G01N 21/65 20060101ALN20240216BHJP
H01S 5/14 20060101ALN20240216BHJP
【FI】
G01J3/10
G01J3/45
G01J3/44
H01S5/06
G01N21/65
H01S5/14
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023513763
(86)(22)【出願日】2021-08-27
(85)【翻訳文提出日】2023-04-18
(86)【国際出願番号】 US2021048006
(87)【国際公開番号】W WO2022047192
(87)【国際公開日】2022-03-03
(32)【優先日】2020-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521369781
【氏名又は名称】ベイスペック インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】BaySpec,Inc.
【住所又は居所原語表記】1101 McKay Drive,San Jose,California 95131,U.S.A.
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平松 光太郎
(72)【発明者】
【氏名】亀山 理紗子
(72)【発明者】
【氏名】合田 圭介
【テーマコード(参考)】
2G020
2G043
5F173
【Fターム(参考)】
2G020AA03
2G020BA20
2G020CA04
2G020CA12
2G020CB05
2G020CB23
2G020CB42
2G020CC02
2G020CC22
2G020CD03
2G020CD34
2G020CD37
2G043EA03
2G043EA04
2G043JA01
2G043KA09
2G043LA01
2G043NA05
5F173MF03
5F173MF40
(57)【要約】
デュアルコムレーザを操作するシステム及び方法。当該方法は、デュアルコムレーザの第1レーザ光源及び第2レーザ光源によりパルスレーザ光を発生し、第1レーザ光源及び第2レーザ光源の少なくとも1つは、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備え、ダイオード励起固体レーザの出力強度を選択的に変更することにより、パルスレーザ光の位相繰り返し周波数をマッチさせること、を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
デュアルコムレーザを操作する方法であって、
前記デュアルコムレーザの第1レーザ光源及び第2レーザ光源によりパルスレーザ光を発生し、前記第1レーザ光源及び前記第2レーザ光源の少なくとも1つは、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備え、
前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度を選択的に変更することにより、前記パルスレーザ光の位相繰り返し周波数をマッチさせること、
を含む、方法。
【請求項2】
前記第1レーザ光源は、固定された出力強度を有するダイオード励起固体レーザを備え、
前記第2レーザ光源は、前記出力強度が変更可能な前記ダイオード励起固体レーザを備える、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が選択的に変更される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ダイオード励起固体レーザを第1出力強度値から異なる第2出力強度値へ遷移させることによって、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が選択的に変更される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記ダイオード励起固体レーザに供給される電流を変化させることによって、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が選択的に変更される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に応じて、前記電流が変化する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度の前記選択的な変更によって、結晶の屈折率を変化させることで、前記パルス繰り返し周波数がマッチする、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記パルスレーザ光のうちの1つを用いてフィードバック信号を生成し、
前記フィードバック信号を用いて、圧電変換器によって駆動される、前記第1レーザ光源又は前記第2レーザ光源のレーザ共振器のミラーの位置を制御すること、
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記第1レーザ光源及び前記第2レーザ光源の前記位相繰り返し周波数の差を高速に変調することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
レーザ光源を操作する方法であって、
ダイオード励起固体レーザから出力された励起レーザ光によって励起された結晶を用いてパルスレーザ光を発生し、
前記励起レーザ光の強度を選択的に変化させることで前記結晶の屈折率を変化させること、
を含む、方法。
【請求項11】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、前記励起レーザ光の前記強度が選択的に変化する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記ダイオード励起固体レーザに供給される電流を調整することによって、前記励起レーザ光の前記強度が選択的に変化する、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、前記電流が調整される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
パルスレーザ光を発生する第1レーザ光源及び第2レーザ光源であって、前記第1レーザ光源及び前記第2レーザ光源の少なくとも1つは、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備える前記第1レーザ光源及び前記第2レーザ光源と、
前記パルスレーザ光の位相繰り返し周波数をマッチさせるために、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度を選択的に変更する回路と、
を備える、デュアルコムレーザ。
【請求項15】
前記第1レーザ光源は、固定された出力強度を有するダイオード励起固体レーザを備え、
前記第2レーザ光源は、前記出力強度が変更可能な前記ダイオード励起固体レーザを備える、請求項14に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項16】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が選択的に変更される、請求項14に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項17】
前記ダイオード励起固体レーザを第1出力強度値から異なる第2出力強度値へ遷移させることによって、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が選択的に変更される、請求項14に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項18】
前記ダイオード励起固体レーザに供給される電流を変化させることによって、前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が選択的に変更される、請求項14に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項19】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に応じて、前記電流が変化する、請求項18に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項20】
前記ダイオード励起固体レーザの前記出力強度が変更されたときに変化する屈折率を有する結晶をさらに備え、前記屈折率の変化によって前記パルス繰り返し周波数がマッチする、請求項14に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項21】
前記回路はさらに、
(i)前記パルスレーザ光のうちの1つを用いてフィードバック信号を生成し、
(ii)前記フィードバック信号を用いて、圧電変換器によって駆動される、前記第1レーザ光源又は前記第2レーザ光源のレーザ共振器のミラーの位置を制御する、請求項14に記載のデュアルコムレーザ。
【請求項22】
ダイオード励起固体レーザと、
前記ダイオード励起固体レーザから出力された励起レーザ光によって励起されたときにパルスレーザ光を発生する結晶と、
前記励起レーザ光の強度を選択的に変化させることで前記結晶の屈折率を変化させる回路と、
を備える、レーザ光源。
【請求項23】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、前記励起レーザ光の前記強度が選択的に変化する、請求項22に記載のレーザ光源。
【請求項24】
前記ダイオード励起固体レーザに供給される電流を調整することによって、前記励起レーザ光の前記強度が選択的に変化する、請求項22に記載のレーザ光源。
【請求項25】
二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、前記電流が調整される、請求項24に記載のレーザ光源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本出願は、2020年8月28日に出願された米国特許仮出願第63/071,388号及び2020年9月11日に出願された日本国特許出願第2020-153374号の優先権を主張し、その開示内容は参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本出願は、分光測定システムに関する。より具体的には、本出願は、デュアルコムレーザを用いた高エネルギー効率のコヒーレントラマン分光システム及び方法に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、高速振動分光法及びイメージングの手法の出現が、生物医科学や材料科学における様々な発見に拍車をかけている。これらの手法は、コヒーレントラマン散乱プロセス(例えば、誘導ラマン散乱(SRS)及びコヒーレントアンチストークスラマン散乱(CARS))に基づいており、多岐にわたる応用に使われている(例えば、がん検出、代謝解析、創薬、フローサイトメトリー、及び重合解析)。また、これらの手法は、従来のポンプ・プローブ法では再生が困難又は不可能であるがゆえに到達不可能であった高速な動的事象の研究に極めて効果的である。種々の高速振動分光方法の中でも、非線形デュアルコム分光法、より具体的には、デュアルコムCARS(DC-CARS)分光法は、シングルピクセルの光検出器で指紋領域における高分解能のラマンスペクトルを高速に取得する特異な能力があるため、特に注目を集めている。例えば、最先端のレーザ技術は、スペクトル領域が200~1400cm-1、スペクトル分解能が3cm-1、スペクトル取得率が1万スペクトル/秒もの高い性能を発揮している。DC-CARS分光法のこれらの優れた特徴は、非同期光サンプリングとして知られる原理に基づいて実現されている。非同期光サンプリングでは、パルス繰り返し周波数がわずかに異なる固定値である一対の光周波数コムが用いられている。この方法では、2つのコム間の周波数差により、超短ポンプパルスと超短プローブパルスとの間の群遅延が、いかなる機械的動作を必要とせずに自動的に高速に掃引される一方で、ポンプパルスにより試料の分子振動を励起し、プローブパルスにより分子振動の時間発展が時間領域インターフェログラムとして観察される。そして、シングルピクセルの光検出器により測定された時間領域インターフェログラムのフーリエ変換をとることによって、試料のラマンスペクトルが得られる。
【0004】
しかしながら、DC-CARS分光法は、そのレーザエネルギーの99%超がCARSプロセスに用いられておらず、単に無駄になっていることから、非常に非効率である。これは、レーザパルスの間隔(>1nm)と分子振動のコヒーレンス寿命(~3ps)との間のミスマッチに起因して、スペクトル取得のデューティサイクルがわずか1%未満になるからである。その結果として、スペクトル取得率の低下と、信号対雑音比(SNR)の低下を招いている。デューティサイクルを改善するための最も簡単なアプローチは、各周波数コムレーザの共振器長を短くすることによってレーザ繰り返し周波数を増加させることである。1GHz超の高い繰り返し周波数を有するモードロックレーザが開発され、市販されているが、パルス繰り返し周波数とパルスエネルギーとの間にトレードオフが生じるため、モードロックレーザはパルスエネルギーを犠牲にしており、基本的に高いパルスピーク強度を要する非線形光学的相互作用には望ましくない。高速CARS分光法の別のアプローチとしては、フーリエ変換型CARS(FT-CARS)分光法があり、機械で動作するスキャナを用いてポンプパルスとプローブパルスとの間の群遅延を高速に掃引するものである。しかし、機械で動作するスキャナの慣性により、スペクトル取得率は制限されている。
【発明の概要】
【0005】
本出願は、デュアルコムレーザを操作するシステム及び方法に関する。当該システムは、デュアルコムレーザの第1レーザ光源及び第2レーザ光源によりパルスレーザ光を発生し、第1レーザ光源及び第2レーザ光源の少なくとも1つは、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備え、ダイオード励起固体レーザの出力強度を選択的に変更することにより(例えば、ダイオード励起固体レーザを第1出力強度値から異なる第2出力強度値へ遷移させることによって)、パルスレーザ光の位相繰り返し周波数をマッチさせること、を含む。
【0006】
あるシナリオでは、第1レーザ光源は、固定された出力強度を有するダイオード励起固体レーザを備え、第2レーザ光源は、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備える。二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、及び/又は、ダイオード励起固体レーザに供給される電流を変化させることによって、ダイオード励起固体レーザの出力強度が選択的に変更され得る。群遅延値に応じて電流が変化され得る。ダイオード励起固体レーザの出力強度の選択的な変更によって、結晶の屈折率を変化させることで、パルス繰り返し周波数がマッチする。
【0007】
それらの又は他のシナリオでは、当該方法は、パルスレーザ光のうちの1つを用いてフィードバック信号を生成し、フィードバック信号を用いて、圧電変換器によって駆動される、第1レーザ光源又は第2レーザ光源のレーザ共振器のミラーの位置を制御し、及び/又は、第1レーザ光源及び第2レーザ光源の位相繰り返し周波数の差を高速に変調すること、をさらに含む。
【0008】
本出願はさらに、レーザ光源を操作するシステム及び方法に関する。当該方法は、ダイオード励起固体レーザから出力された励起レーザ光によって励起された結晶を用いてパルスレーザ光を発生し、励起レーザ光の強度を選択的に変化させることで結晶の屈折率を変化させること、を含む。二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、及び/又は、(例えば、二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて)ダイオード励起固体レーザに供給される電流を調整することによって、励起レーザ光の強度が選択的に変化し得る。
【0009】
本出願はさらにデュアルコムレーザに関する。各デュアルコムレーザは、パルスレーザ光を発生する第1レーザ光源及び第2レーザ光源を備える。第1レーザ光源及び第2レーザ光源の少なくとも1つは、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備える。デュアルコムレーザはさらに、パルスレーザ光の位相繰り返し周波数をマッチさせるために、ダイオード励起固体レーザの出力強度を選択的に変更する回路を備える。
【0010】
あるシナリオでは、第1レーザ光源は、固定された出力強度を有するダイオード励起固体レーザを備え、第2レーザ光源は、出力強度が変更可能なダイオード励起固体レーザを備える。二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、ダイオード励起固体レーザを第1出力強度値から異なる第2出力強度値へ遷移させることによって、及び/又は、ダイオード励起固体レーザに供給される電流を変化させることによって、ダイオード励起固体レーザの出力強度が選択的に変更され得る。二色干渉を用いて決定された群遅延値に応じて電流が変化し得る。
【0011】
デュアルコムレーザは、ダイオード励起固体レーザの出力強度が変更されたときに変化する屈折率を有する結晶をさらに備え、屈折率の変化によってパルス繰り返し周波数がマッチする。当該回路はさらに、(i)パルスレーザ光のうちの1つを用いてフィードバック信号を生成し、(ii)フィードバック信号を用いて、圧電変換器によって駆動される、第1レーザ光源又は第2レーザ光源のレーザ共振器のミラーの位置を制御する。
【0012】
本出願はさらにレーザ光源に関する。レーザ光源は、ダイオード励起固体レーザと、ダイオード励起固体レーザから出力された励起レーザ光によって励起されたときにパルスレーザ光を発生する結晶と、励起レーザ光の強度を選択的に変化させることで結晶の屈折率を変化させる回路と、を備える。二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて、及び/又は、ダイオード励起固体レーザに供給される電流を調整することによって、励起レーザ光の強度が選択的に変化し得る。二色干渉を用いて決定された群遅延値に基づいて電流が調整される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
本開示は以下の図面を参照してなされるが、図面全体を通して、同様の参照符号は同様の特徴を表す。
【0014】
図1及び
図2は、従来のDC-CARS分光法とQuasi-DC-CARS分光法との概念的相違を理解するのに有用なグラフである。
【0015】
図3は、Quasi-DC-CARS分光装置の説明図である。
【0016】
図4は、実例となるレーザ光源用回路のブロック図である。
【0017】
図5(a)~
図5(e)(まとめて「
図5」と呼ぶ。)は、二色インターフェログラム(TCI)から群遅延を計算する処理を理解するのに有用なグラフである。
【0018】
図6(a)~
図6(d)(まとめて「
図6」と呼ぶ。)は、Quasi-DC-CARS分光法の実証実験の結果を示すグラフである。
【0019】
図7(a)~
図7(c)(まとめて「
図7」と呼ぶ。)は、Quasi-DC-CARS分光法におけるSNRの分析結果を示すグラフである。
【0020】
図8は、Quasi-DC-CARS分光法の実例となる方法のフロー図である。
【0021】
図9は、群遅延測定を決定するための実例となる方法のフロー図である。
【0022】
図10は、コンピューティングデバイスの説明図である。
【0023】
図11は、結晶に対するポンプレーザの強度制御によるパルス繰り返し周波数の変調を理解するのに有用なグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本出願で説明され、添付図面に示された解決手段は、多種多様な異なる構成を含み得ることが容易に理解されよう。したがって、図示されている以下のより詳細な説明は、本開示の範囲を限定するものではなく、異なるシナリオにおける特定の実施の単なる代表例である。様々な態様が図示されているが、特に明示しない限り、図面は必ずしも縮尺通りに描かれていない。
【0025】
本明細書全体を通して、特徴、利点、又は類似の文言への言及は、実現され得る特徴及び利点のすべてが本発明の任意の単一の実施形態にあるべきであることを意味しない。むしろ、特徴及び利点に言及する文言は、実施形態に関連して説明される特定の特徴、利点、又は特性が本発明の少なくとも1つの実施形態に含まれることを意味すると理解される。したがって、本明細書全体にわたる特徴及び利点、並びに類似の文言の議論は、必ずしもそうではないが、同じ実施形態を指す場合がある。
【0026】
「分光法」(spectroscopy)という用語は、放射の波長又は周波数の関数としての物質と電磁放射線との相互作用の分析を指している。この分析中、物質が電磁放射線と相互作用し、又は電磁放射線を放出しているときに生成されたスペクトルの測定が可能である。
【0027】
「ラマン分光法」(Raman spectroscopy)という用語は、分子の振動モードを決定するために用いられる分光手法を指している。これらの振動モードは、分子を特定可能な構造的指紋を与える。ラマン分光法は、ラマン散乱として知られる光子の非弾性散乱に依拠している。レーザ光が分子振動と相互作用するとき、レーザ光子のエネルギーは増加又は減少する。エネルギーのシフトは、分子の振動モードの決定に用いることのできる情報を与える。
【0028】
「デュアルコム分光法」(dual-comb spectroscopy)という用語は、分子試料を励起してプローブするために異なる繰り返し周波数を有する2つのコヒーレントレーザ光源を利用した分光手法を指している。
【0029】
「デュアルコムコヒーレントアンチストークスラマン分光法」(Dual-Comb Coherent Anti-stokes Raman Spectroscopy)又は「DC-CARS」という用語は、分子の振動モードを決定するために異なる繰り返し周波数を有する2つのコヒーレントレーザ光源を利用した分光手法を指している。DC-CARSにより、物体の化学分析のための非侵襲測定が可能となる。DC-CARSシステムは、超短レーザパルスを生成し、パルス繰り返し周波数がわずかに異なる一対のレーザパルスを重ね合わせることによって、ポンプパルスとプローブパルスとの間の群遅延を自動的に掃引する。レーザパルスが試料を通ると、試料の分子振動を励起する。時間領域インターフェログラムが測定される。時間領域インターフェログラムをフーリエ変換することによって、試料のラマンスペクトルを得ることができる。
【0030】
DC-CARSは、指紋領域における分子の振動の特徴を高速にプローブする強力な手法である。しかしながら、レーザパルスの間隔(>1nm)と分子振動のコヒーレンス寿命(~3ps)との間のミスマッチに起因して、スペクトル取得のデューティサイクルがわずか1%未満であることから、入射レーザエネルギーの99%超が使われず無駄になっていた。本出願では、「擬」(quasi)デュアルコムレーザを用いたエネルギー効率100%のDC-CRSを説明する。本出願のDC-CRSは、従来の低速のDC-CRSよりも一層高い感度を有し、10万スペクトル/秒という比較的高いスペクトル取得率を与えることができる。
【0031】
本出願の解決手段は、擬デュアルコムレーザを用いたエネルギー効率100%のDC-CARS分光法を含むものである。本解決手段の概念は、電気的に制御された光サンプリングを用いたTHz時間領域分光法に由来しているが、高速振動分光方法(例えば、DC-CARS分光法)に直接的に適用されない。これは、レーザ共振器長を変調する圧電変換器の低速応答により動作が比較的遅く(~1kHz)、群遅延の測定精度が、高速振動分光方法で必要とされるものとは程遠いからである。この制約を克服するために、レーザ利得媒体でのカーレンズ効果(Kerr lens effect)の変調を介して一方の周波数コムの共振器長を高速に変調し(これを擬コム状態と呼ぶ。)、試料における各ラマン活性モードの位相を校正するための二色干渉によってポンプパルスとプローブパルスとの間の群遅延を正確に測定する。具体的には、ほぼ100%のデューティサイクルで最大10万回/秒の掃引速度で群遅延を0.0psから0.7psまで掃引することによって、10万スペクトル/秒という比較的高いスペクトル取得率でのDC-CARS分光法が実現する。高いデューティサイクルのおかげで、本解決手段の検出感度も、コム周波数の差が固定された従来のDC-CARS分光法より100倍超増強される。言い換えれば、本解決手段(Quasi-DC-CARS分光法と呼ぶ。)は、スペクトル取得率とスペクトルパワー密度との積が、従来のDC-CARS分光法より100倍超高い。Quasi-DC-CARS分光法は、幅広い用途に用いることができ、高速かつ高感度であることが振動分光法に求められている。そのような用途としては、粒子分析、フローサイトメトリー、ハイスループットスクリーニング、リアルタイム大型組織イメージング、及び/又は重合解析が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
Quasi-DC-CARS分光法の理論
【0033】
図1及び
図2を参照すると、従来のDC-CARS分光法とQuasi-DC-CARS分光法との概念的相違を理解することができる。
図1に示すように、従来のDC-CARS分光法は、繰り返し周波数がわずかに異なる固定値である一対の周波数コムを用いている。周波数コム1及び周波数コム2のパルス繰り返し周波数を、それぞれ、f
1、f
2とし、f
1<f
2とすると、ポンプパルスとプローブパルスとの間の群遅延はΔt=f
1
-1-f
2
-1と定まるので、群遅延はゼロから1/f
1まで掃引される。市販されているレーザの最も高いパルス繰り返し周波数に基づいてf
1≒f
2≒1GHzとすると、スペクトル取得時間の99%超もの間、群遅延は分子振動のコヒーレンス寿命(~3ps)を超えてしまうため、デューティサイクルは1%超の非常に小さな値となる。また、従来のDC-CARS分光法のスペクトル取得率は、ナイキスト周波数によって制限されている。1GHzのデュアルコムレーザで指紋領域全体(200~1600cm
-1)をカバーするためには、繰り返し周波数の差Δf=|f
2-f
1|が10.4kHz未満でなければならない。
【0034】
図2を参照すると、ほぼ100%のデューティサイクルを達成するための解決手段の戦略を理解することができる。一方の周波数コムの繰り返し周波数を変調周波数f
modで高速に変調することにより(すなわち、2つの周波数コムの繰り返し周波数の差を高速に変調することにより)、群遅延はゼロから約3ピコ秒(分子振動のコヒーレンス寿命に近い。)まで掃引され、ほとんど全てのポンプパルスとプローブパルスがCARS信号生成に寄与することになる。よって、Quasi-DC-CARS分光法のスペクトル取得率は、周波数差の変調周波数の2倍に定まる。高いエネルギー効率により、Quasi-DC-CARS分光法は、従来のDC-CARS分光法よりも、はるかに高いスペクトル取得時間を達成できるだけでなく、はるかに高い感度も達成することができる。
【0035】
Quasi-DC-CARS分光装置の例
【0036】
図3を参照すると、Quasi-DC-CARS分光装置300の図が示されている。一対のレーザ光源302、304は、デュアルコムレーザ光源306として用いられる。レーザ光源302、304は、振動電子状態のチタンドープサファイア結晶(Ti:サファイア結晶)に基づくレーザを備えている。これらのレーザはTi:サファイアレーザと呼ばれる。Ti:サファイアレーザとしては、マサチューセッツ州ベドフォードのCambridge Technology社から入手可能なtaccor powerレーザを挙げることができるが、これに限定されるものではない。Ti:サファイアレーザは、約1GHzの繰り返し周波数で動作し、モードロックされ、幅が数ピコ秒(ps)から数十アト秒(as)まで(例えば、数十フェムト秒(fs))の超短パルスを出力することができる。各Ti:サファイアレーザは、Ti:サファイア結晶を励起レーザ光を用いてより短い波長で励起することによって生成されたレーザ光を出射する。励起レーザ光は、ダイオード励起固体(DPSS)レーザによって発生する。DPSSレーザに印加する電流の強さを調整することによって、DPSSレーザの強度を高速に制御することができる。これにより、非線形光学カー効果(Kerr effect)による励起パワーに応じてTi:サファイア結晶の屈折率が変化するため、Ti:サファイア結晶の光路長を変調することができる。レーザ光源302のパルス繰り返し周波数は、最大f
mod=50kHzで変調することができる。
【0037】
デュアルコムレーザ光源306から出力された2つのレーザ光は、偏光ビームスプリッタ(PBS)308で合波し、2つの経路310、312に沿って進むようにさせる。経路310はCARS信号測定に用いられ、一方、経路312は二色干渉による群遅延測定に用いられる。
【0038】
経路310でのCARS信号測定のため、レーザ光は、チャープミラー対314によるチャープ補償の後、アクロマティックレンズ318を介して試料320に集光される。試料から発生するCARS信号は、試料320の前方に設けられた光学ロングパスフィルタ316と試料320の後方に設けられた光学ショートパスフィルタ324とによって、入射光から抽出される。CARS信号は光検出器326によって検出される。光検出器326としては、ドイツのMenlo Systems GmbHから入手可能な品番APD210の高感度アバランシェ光検出器を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
【0039】
経路312での二色干渉測定のため、レーザ光は、回折格子328によって、強度がほぼ等しく周波数の異なる(例えば、赤と青)2つのレーザ光330、332に空間的に分散される。レーザ光330、332は、1つ以上のアクロマティックレンズ334を透過する。アクロマティックレンズ334は、レーザ光を光検出器336、338の方向に向けて集光させる。レーザ光330の光強度は、光検出器336によって検出され、測定される。レーザ光332の光強度は、光検出器338によって検出され、測定される。そして、測定された光強度は、記憶及び/又は処理のため、光検出器336、338からコンピューティングデバイス340に提供される。
【0040】
コンピューティングデバイス340は、測定された光強度を用いて群遅延値360を決定する。群遅延値も、強度測定に基づいて群遅延値を決定する手法も、周知である。群遅延値360は、レーザ光源302、304の一方又は双方のDPSSレーザの出力強度の選択的制御に用いるため、コンピューティングデバイス340からデュアルコムレーザ光源306に渡される。出力強度は、高強度値と低強度値との間で選択的に変更可能である。例えば、群遅延がゼロピコ秒の値を有するとき、DPSSレーザは高強度値を有するように制御され、群遅延が1/2ピコ秒から数ピコ秒の間の値を有するとき、DPSSレーザは低強度値を有するように制御される。本出願の解決手段は、この例の詳細に限定されるものではない。
【0041】
DPSSレーザの出力強度を選択的に変更することにより、Ti:サファイア結晶の屈折率を比較的速く変化させることで、圧電変換器(すなわち、
図4の圧電変換器406)を介してレーザ共振器ミラー(すなわち、
図4のミラー408)を調整する場合に比べて、少なくとも数オーダー速くパルスレーザ光のパルス繰り返し周波数を変更できるようにする。レーザ光源302、304の一方又は双方において、DPSSレーザの出力強度は選択的に変更される。DPSSレーザの出力強度を選択的に変更するだけでなく、レーザ光源302、304の一方又は双方において、レーザ共振器ミラーの位置を任意に選択的に変更してもよい。
【0042】
本設定において、1mmあたり1万2000本の溝密度を有する回折格子328と、焦点距離が200mmのアクロマティックレンズ334と、有効面積が0.126mm2の光検出器336、338を用いると、測定可能な群遅延の最大値は18.7psと推定される。測定されたCARS信号及び二色干渉信号は、それぞれ、カットオフ周波数が530MHz、600MHzのローパスフィルタ(図示しない)によって電気的にフィルタリングされ、5ギガサンプル/秒で高速オシロスコープ(図示しない)によってデジタル化される。高速オシロスコープとしては、メリーランド州コロンビアのRohde & Schwarz USA, Inc.から入手可能な品番RTOl 004のデジタルオシロスコープを挙げることができるが、これに限定されるものではない。
【0043】
図4を参照すると、レーザ光源400の詳細なブロック図が示されている。
図3のレーザ光源302、304は、レーザ光源400と同一又は類似であり得る。したがって、レーザ光源400に関する議論は、
図3のレーザ光源302、304を理解するのには十分である。レーザ光源400は、出力パルスレーザ光450のパルス繰り返し周波数を制御する様々な電子回路素子402~430を備える。これらの素子の動作を、まず、
図3のレーザ光源302に関する説明をしてから、
図3のレーザ光源304に関する説明をする。
【0044】
図1のレーザ光源302のパルス繰り返し周波数は、フィードバック情報を用いてサーボコントローラ402によって一定の周波数f1で安定化する。サーボコントローラ402は、フィードバックブランチ422~426から出力されたフィードバック信号432を受信し、フィードバック信号のコンテンツを用いて、圧電変換器406によって駆動するレーザ共振器ミラー408の位置を制御する。圧電変換器406は、1セットのミラー408、410、412、414からなるレーザ共振器の長さを変調するために設けられている。レーザ共振器408~414は、(i)発生した光が閉じた経路をたどるようにし、(ii)レーザ光源400によって光パルスが発生する周波数を制御する。この光パルス周波数を本出願ではパルス繰り返し周波数と呼ぶ。ミラー414は、入射光の一部を透過させることによって、パルス光440としてパルスの繰り返し列又はシーケンスを提供する出力カプラとしても機能する。
【0045】
パルスレーザ光440はビームスプリッタ420まで伝播する。ビームスプリッタ420は、パルスレーザ光440を2つのパルスレーザ光450及び452に分離する光学デバイスを備える。パルスレーザ光450はレーザ光源400から出力される。一方、パルスレーザ光452はフィードバックブランチ422~426に提供される。
【0046】
フィードバックブランチ422~426は、フォトダイオード422と、ミキサ424と、ローパスフィルタ426とを備える。フォトダイオード422は、パルスレーザ光452を電流454に変換する半導体ダイオードを備える。電流454はミキサ424へ流れ、信号発生器428からの波形434と混合する。信号発生器428としては、メリーランド州コロンビアのRohde & Schwarz USA, Inc.から入手可能な品番SMA 100Aの信号発生器を挙げることができるが、これに限定されるものではない。この信号の混合は、Proportional-Integral(PI)制御によって最小化される。ミキサ424から出力された信号456がローパスフィルタ426でフィルタリングされることで、フィードバック信号432が生成される。フィードバック信号432がサーボコントローラ402で用いられることで、レーザ光源のパルス繰り返し周波数が一定の周波数f1で安定化する。
【0047】
図3のレーザ光源304のパルス繰り返し周波数は、f
2=f
1+g(t)のように高速に変調される。ここで、g(t)は以下の式を満たす対称変調関数である。
【数1】
f
1の周りでパルス繰り返し周波数を変調するために、レーザ光源302に関して上述したものと同じ方法でミラー408の位置を制御する。高速変調g(t)は、(i)モードロックレーザを励起するDPSSレーザ418の強度を制御することによって、又は(ii)ポンプダイオードのドライバで電流を特異的に変化させることによって発生する。あるシナリオでは、矩形関数発生器416を用いて、100%に近いスペクトル掃引のデューティサイクルを与えるように調整された振幅を有する信号を発生する。
【0048】
変調g(t)は、ポンプ強度の時間変動により、必ずしも入力駆動関数にしたがっていないことから、二色干渉計の役割は、CARS信号測定と連動して群遅延を正確に測定し、群遅延を用いて試料320における各ラマン活性モードの位相を校正することである。具体的には、
図5に示す公知の処理にしたがって、波長w
1及びw
2でTCIから群遅延を計算することができる。
図5(a)に、測定されたTCIの実例を示す。矢印502で示すように、測定されたTCIはフーリエ変換され、
図5(b)に示すように3つのピークを有するスペクトルを与える。次に、矢印504で示すように、マスク関数を作用することによって、21kHz付近でスペクトルの必要な周波数成分を抽出し、不要な周波数成分を除去する。そして、マスクされたスペクトルは逆フーリエ変換され、
図5(c)に示すように複素TCIを再構築する。
図5(d)に示すように、複素TCIからw
1及びw
2での位相遅延をその偏角として計算することができる。2つのパルス間の群遅延τはτ=(φ
1-φ
2)/(w
1-w
2)として得られる。ここで、φ
1及びφ
2は、それぞれ、w
1及びw
2での位相遅延である(
図5(e)参照)。2つのレーザ光源302、304のパルス繰り返し周波数が、それぞれ、1000.200MHzと1000.190MHzに固定された条件下でTCIベースの群遅延測定の精度評価を行ったところ、誤差が17.5fsとなり、ラマンスペクトル領域における0.146cm
-1の誤差に相当することがわかった。
【0049】
Quasi-DC-CARS分光法の実証実験
【0050】
液体トルエンを試料として、50kHzの変調周波数でQuasi-DC-CARS分光法の原理実証を行った。
図6(a)は、767nm及び816nmで得られたTCIを示しており、
図5に関連して上述した処理にしたがって、
図6(b)に示すように、このTCIから群遅延を計算した。TCIと同時に記録されたCARS信号を、
図5(c)に示すように、計算された群遅延を用いて正確に校正した。校正されたCARS信号をフーリエ変換することで、
図5(d)に示すような一連のCARSスペクトルが得られた。得られたCARSスペクトルは、532cm
-1、786cm
-1、1004cm
-1、及び1210cm
-1でラマンピークを示している。Quasi-DC-CARS分光器のスペクトル取得率は10万スペクトル/秒となり、従来のDC-CARS分光法で報告された最高値よりも10倍高く、高速で機械動作で遅延掃引するFT-CARS分光法で報告された最高値よりも2倍高い。10万スペクトル/秒では、群遅延掃引範囲は0.71psと計算され、これは23.4cm
-1のスペクトル分解能に相当する。スペクトル分解能は、変調周波数に反比例する群遅延掃引範囲によって定まるため、劣化してしまうものの、高エネルギー効率のQuasi-DC-CARSスキームのおかげで、532cm
-1、1210cm
-1でのラマンピークを含むノイズに従来埋もれていたスペクトル特性が認識可能となる。近年提案された方法によって、スペクトル取得率を犠牲にすることなくスペクトル分解能を向上させることができる。この方法では、時間領域インターフェログラムが複数の指数関数的に減衰するシヌソイド関数からなると仮定することにより、限定された時間領域で測定された時間領域インターフェログラムから得られたラマンスペクトルのスペクトル分解能を向上させることができる。
【0051】
変調周波数及び試料濃度の関数としてのSNRのさらなる定量分析について以下に説明する。約1004cm
-1でピークを示し、約1780cm
-1の強度標準偏差を有するトルエンの測定されたCARSスペクトルのSNRを様々なスペクトル取得率で評価した。
図7(a)に示すように、フィッティングにより、従来のDC-CARS分光法でのSNRは(スペクトル取得率)
-0.489に比例し、ノイズ・フロアが光子ショット雑音で占められた場合に理論的に予測されたものに近い。一方、Quasi-DC-CARS分光法でのSNRは(スペクトル取得率)
-0.104に比例する。このように傾きがより小さくなるのは、繰り返し周波数が高速に変調するレーザ強度の時間ゆらぎなど、従来のDC-CARS方法とはノイズの起源が異なるからであると推定される。具体的には、フィッティングにより、10万スペクトル/秒のスペクトル取得率で、Quasi-DC-CARS分光法は従来のDC-CARS分光法よりもSNRが約20倍も高くなる(ただし、10万スペクトル/秒が可能であると仮定した。)。言い換えれば、高いエネルギー効率のおかげで、10万スペクトル/秒でのQuasi-DC-CARS分光法は200スペクトル/秒での従来のDC-CARS分光法と同じSNRを達成する。また、
図7(b)に示すように、エタノール中のトルエン溶液を用いてSNRの試料濃度依存性の分析を行った。SNRは、試料の濃度の二次関数的な依存性を示しており、このことは、CARS電界と局部発振器との干渉及びCARS電界の絶対値の2乗を起源とするCARS信号を考慮することによって説明することができる。試料濃度とSNRとの関係は、Quasi-DC-CARS分光法が定量化学分析に効果的であることを示している。また、
図7(c)に示すように、10万スペクトル/秒のスペクトル取得率では0.4モル/Lの低試料濃度でも十分なSNRを与えている。
【0052】
図8を参照すると、光源として擬デュアルコムレーザを用いたQuasi-DC-CARS分光法の実例となる方法800のフロー図が示されている。本解決手段の方法800は、10万スペクトル/秒というこれまでになく高いCARSスペクトル取得率を与え、従来の低速のDC-CARS分光法よりも感度がさらに高い。著しく向上したスペクトル取得率と感度により、Quasi-DC-CARS分光法は、生物医学的応用や材料科学への応用など、幅広い応用に用いることができる。
【0053】
第1に、レーザ掃引するQuasi-DC-CARS分光法による、振動指紋を有する生きた細胞のビデオレートイメージングは、組織を術中診断するアプローチになるだけでなく、シグナル伝達や物質輸送などの高速の細胞内ダイナミクスを可視化するアプローチにもなる。CH/OH伸縮をカバーする高周波領域(2700cm-1~3000cm-1)でのSRSイメージングに比べて、より多くの分子情報(高周波領域よりも約10倍豊富な生体情報)を提供する指紋領域でのラマンイメージングは、生物学的機能のメカニズムについてさらに深い洞察を得るのに役立つであろう。
【0054】
第2に、コヒーレントラマン分光法に基づく大規模単細胞解析は、細胞の多様性を特徴づけ、かつ、代謝などの機能を妨げる可能性のある蛍光標識を要することなく希少細胞の亜集団を見いだす新しい手段である。その応用範囲は、低感度が原因で微生物(例えば、微細藻類)に限定されてきたが、Quasi-DC-CARS分光法は、微生物の場合よりも数オーダー高い精度を要する哺乳類細胞の高精度ラマンフローサイトメトリーへの道を開いている。
【0055】
第3に、Quasi-DC-CARS分光法は、相転移、重合、非光化学的反応、表面増強ラマン散乱のblinkingなどの高速かつ非反復的な事象の観察に有用であろう。基礎科学及び産業の重要性にもかかわらず、これらの現象をリアルタイム方式で観察可能な方法が欠落しているため、これらの現象の根底にあるメカニズムは解明されていない。Quasi-DC-CARS分光法は、メカニズム解明の一助となるであろう。
【0056】
図8に示すように、方法800は802で開始し、その後に続く804では、電流(例えば、
図4の電流448)が関数発生器(例えば、
図4の関数発生器416)から、デュアルコムレーザ光源(例えば、
図3のデュアルコムレーザ光源306)の少なくとも一方のレーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源302及び/又は304)のDPSSレーザ(例えば、
図4のDPSSレーザ418)へ提供される。806では、第1レーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源302)のDPSSレーザの出力強度が固定される。一方、808では、関数発生器から提供された電流(例えば、
図4の電流448)の強さを調整することにより、第2レーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源304)のDPSSレーザの出力強度が制御される。DPSSレーザの出力強度は、所定の初期出力強度又は以前に決定された群遅延値に基づいて高強度値又は低強度値を有するように制御される。群遅延値は周知であり、群遅延値を決定する手法も周知である。
【0057】
810では、各レーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源302、304)のTi:サファイア結晶(例えば、
図4の結晶470)が、それぞれのDPSSレーザから出力された励起レーザ光で励起される。812では、各レーザ光源で、レーザ共振器(例えば、
図4のレーザ共振器472)を用いて、Ti:サファイア結晶によって光パルスが発生する周波数を制御する。光パルスが発生する周波数を、本出願ではパルス繰り返し周波数又はパルス周波数とも呼ぶ。814では、各レーザ光源のレーザ共振器の第1ミラー(例えば、
図4のミラー414)を用いてパルスレーザ光(例えば、
図4のレーザ光440)を発生させる。第1ミラーは、デュアルコムレーザ光源の出力経路に沿って入射光の一部を透過させる。第1レーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源302)で発生したパルスレーザ光を、本出願では第1パルスレーザ光と呼び、第2レーザ光源(例えば、
図4のレーザ光源304)で発生したパルスレーザ光を、本出願では第2パルスレーザ光と呼ぶ。第1パルスレーザ光と第2パルスレーザ光とは、パルス繰り返し周波数又はパルス周波数が異なっている。
【0058】
第1パルスレーザ光及び第2パルスレーザ光の各々は、出力パルスレーザ光(例えば、
図4のパルスレーザ光450)とフィードバックパルスレーザ光(例えば、
図4のフィードバックパルスレーザ光452)とに分離される。818では、出力パルスレーザ光がデュアルコムレーザ光源から出射される。
【0059】
820では、各フィードバックパルスレーザ光がフィードバック信号(例えば、
図4のフィードバック信号432)に変換される。822では、フィードバック信号を用いて、圧電変換器(例えば、
図4の圧電変換器406)によって駆動するレーザ共振器の第2ミラー(例えば、
図4のミラー408)の位置を制御し、出力パルスレーザ光のパルス繰り返し周波数の安定化を促す。
【0060】
824では、少なくとも第2レーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源304)のDPSSレーザの出力強度が任意に調整される。この調整には、DPSSレーザの出力強度を高強度値から低強度値へ、又はその逆に遷移させることが含まれ得る。この強度調整を行うことによって、第1レーザ光源及び第2レーザ光源(例えば、
図3のレーザ光源302及び304)のパルス繰り返し周波数の差の高速変調を促すことができる。
図11に示すグラフは、少なくとも第2レーザ光源のDPSSレーザの強度を制御することによってパルス繰り返し周波数の変調が達成できることを理解するのに有用である。
【0061】
826に示すように、デュアルコムレーザ光源は、2つの出力パルスレーザ光を出射し続ける。828では、2つの出力パルスレーザ光が互いに合波し、合波レーザ光を発生させる。830では、合波レーザ光を、CARS信号測定が行われる第1経路(例えば、
図3のブランチ310で規定される経路)と、二色干渉によって群遅延測定が行われる第2経路(例えば、
図3のブランチ312で規定される経路)に沿って進むようにさせる。CARS信号測定と群遅延測定は周知であり、これらを決定する手法も周知である。832では、群遅延測定を任意に用いて、第1パルスレーザ光及び第2パルスレーザ光の位相繰り返し周波数をマッチさせ、及び/又は、第1経路の試料(例えば、
図3の試料320)における各ラマン活性モードの位相を校正する。次いで、834では、方法800が終了するか、方法800の少なくとも一部が繰り返されるか、又は他の動作が実行される。
【0062】
図9を参照すると、TCIに基づいて群遅延測定又は値を決定するための実例となる方法900のフロー図が示されている。方法900は、群遅延測定を行うために
図8のブロック830で実行され得るものである。
【0063】
方法900は902で開始し、その後に続く904では、回折格子(例えば、
図3の回折格子328)を用いて、合波レーザ光を、強度がほぼ等しく周波数の異なる2つのレーザ光(例えば、
図3のレーザ光330、332)に空間的に分散させる。906に示すように、これらのレーザ光が異なる光路に沿って進むようにさせる。908では、光検出器(例えば、
図3の光検出器336又は338)を用いて、一定期間にわたって各レーザ光の光の強度を検出し、測定する。906では、フーリエ変換を用いて各光検出器測定を時間領域から周波数領域へ変換することで、複数のピークを有するスペクトルを生成する。908では、マスク関数を用いてマスクされたスペクトルを生成し、各スペクトルの不要な周波数成分を除去する。910に示すように、マスクされたスペクトルの各々を逆フーリエ変換することで、複素二色干渉信号を再構築する。912では、再構築された複素二色干渉信号に基づいて、2つのレーザ光の間の位相遅延が計算される。そのような位相遅延計算は周知である。位相遅延に基づいて2つのパルス間の群遅延測定が決定される。そのような群遅延測定決定は周知である。次いで、916では、方法900が終了するか、方法900の少なくとも一部が繰り返されるか、又は他の動作が行われる。
【0064】
図10を参照すると、
図3の構成要素340、及び/又は、
図4の構成要素402、416、428の全て又は一部の実施に使用可能な、実例となるコンピュータシステム1000からなるハードウェアブロック図が示されている。マシンは、回路/コンピュータシステムに本出願で議論された任意の1つ以上の方法を実行させるために用いる一組の命令を有することができる。
図10には単一のマシンのみが示されているが、他のシナリオでは、本出願に記載されたように、システムには、一組以上の命令を個別に又は一緒に実行する複数のマシンの任意の集まりが含まれてもよいことを理解されたい。
【0065】
コンピュータシステム1000は、プロセッサ1002(例えば、中央処理装置(CPU))と、メインメモリ1004と、スタティックメモリ1006と、機械読み取り可能な媒体1020を有し大容量データ記憶用の駆動部1008と、入力/出力デバイス1010と、表示部1012(例えば、液晶ディスプレイ(LCD))又は固体ディスプレイと、1つ以上のインターフェースデバイス1014とを備える。これらの様々な構成要素間の通信は、データバス1018によって促すことができる。一組以上の命令1024を、メインメモリ1004、スタティックメモリ1006、及び駆動部1008のうちの1つ以上に全部又は部分的に格納することができる。コンピュータシステムによる命令の実行中、命令はプロセッサ1002内にも存在することができる。入力/出力デバイス1010は、キーボード、マルチタッチ面(例えば、タッチスクリーン)などを有することができる。インターフェースデバイス1014は、外部回路とのインターフェースを促すためのハードウェア部品及びソフトウェア又はファームウェアを備えることができる。例えば、あるシナリオでは、インターフェースデバイス1014は、1つ以上のアナログ・デジタル(A/D)コンバータ、デジタル・アナログ(D/A)コンバータ、入力電圧バッファ、出力電圧バッファ、電圧ドライバ、及び/又はコンパレータを有することができる。これらの構成要素が通信回線に接続されることで、コンピュータシステムは、外部回路から受信した信号入力を解読し、本出願に記載された特定の動作に必要な制御信号を生成することができる。
【0066】
駆動部1008は、本出願に記載された方法及び機能の1つ以上を促すために用いられる一組以上の命令1024(例えば、ソフトウェア)を格納した機械読み取り可能な媒体1020を有する。「機械読み取り可能な媒体」という用語は、本開示の任意の1つ以上の方法を促す命令又はデータ構造を格納可能な任意の有形の媒体を含むことが理解されよう。機械読み取り可能な媒体の例として、固体メモリ、Electrically Erasable Programmable Read-Only Memory(EEPROM)、及びフラッシュメモリデバイスを挙げることができる。本出願に記載された有形の媒体は、伝播信号を含まない限りにおいて非一時的な媒体である。
【0067】
コンピュータシステム1000は、本出願に開示された様々な実施に関連して採用可能なコンピュータシステムの考えられる一例であることを理解されたい。しかしながら、これに関し、本出願に開示されたシステム及び方法は限定されるものではなく、その他の適切なコンピュータシステムアーキテクチャもまた、限定されることなく採用可能である。特定用途向け集積回路、プログラマブル・ロジック・アレーその他のハードウェアデバイスを含むがこれらに限定されない専用ハードウェアの実装も同様に、本出願に記載された方法を実施するように構成可能である。装置及びシステムを備えることが可能な用途には、広範囲な種々の電子システムやコンピュータシステムがある。このように、システムの例は、ソフトウェア、ファームウェア、及びハードウェアの実装に適用可能である。
【0068】
また、本実施形態は、有形のコンピュータ使用可能な記憶媒体(例えば、ハードディスク又はCD-ROM)上のコンピュータプログラム製品の形態をとることができることを理解されたい。コンピュータ使用可能な記憶媒体は、媒体内に具現化されたコンピュータ使用可能なプログラムコードを有することができる。本出願で使われるコンピュータプログラム製品という用語は、本出願に記載された方法を実施可能な全ての特徴で構成されるデバイスを指している。コンピュータプログラム、ソフトウェアアプリケーション、コンピュータソフトウェアルーチン、及び/又はこれらの用語の他の変形語は、現在の文脈では、任意の言語、コード、又は表記で、情報処理能力を有するシステムに、直接的に、又は以下のいずれか若しくは両方の後に、特定の機能を実行させることを目的とする一組の命令の任意の表現を意味している:a)別の言語、コード、若しくは表記への変換、又はb)異なる物質形態での再現。
【0069】
本出願に開示され、説明された特徴、利点、及び特性は、適切な方法で組み合わせることができる。当業者は、本出願の説明に照らして、開示されたシステム及び/又は方法が、1つ以上の特定の特徴なしで実施可能であることを認識するであろう。他の例では、すべての例で提示されていない特定のシナリオにおいて、追加の特徴及び利点が認識される場合がある。
【0070】
本出願で用いられている単数形「a」、「an」、及び「the」は、文脈上特に明記されていない限り、複数形の言及を含む。別段に定義されていない限り、本出願で用いられているすべての技術用語及び科学用語は、当業者によって一般に理解されるのと同じ意味を有する。本出願で用いられている「備える/有する」(comprising)という用語は、「含むが、それに限定されない」(including, but not limited to)ことを意味する。
【0071】
システム及び方法を1つ以上の実施に関して図示及び説明したが、本明細書及び添付図面を読んで理解すると、同等の変更及び変形例が当業者に想到されるであろう。さらに、特定の特徴は、いくつかの実施のうちの1つのみに関して開示されている可能性があるが、そのような特徴は、任意の又は特定の用途にとって望ましく有利であるように他の実施の1つ以上の他の特徴と組み合わせてもよい。したがって、本開示の広さ及び範囲は、上述の説明のいずれによっても限定されるべきではない。むしろ、本発明の範囲は、以下の特許請求の範囲及びそれらの均等物に従って定義されるべきである。
【国際調査報告】